春である。

 桜はこれでもかというくらいに咲き乱れ、温かな風がそれらを揺らし、陽はうららかに大地を照らす。

 これでもか、というくらいに気持ちの良い春である。

『あさ〜、あさだよ〜。朝ごはん食べて、学校行くよ〜』

「ん……?」

 独特の間延びした声が、部屋に響く。

 それにつられる様にして、部屋の主がベッドの中で一度寝返りを打った。

「朝……か」

 確認のように独白し、目覚まし時計を止める。

「よっ……こいせ」

 あまり眠気は残ってないのか、青年は勢いよくベッドから起き上がると背伸び一発。そのままの流れで窓を開けた。

 同時、カーテンをはためかせ春独特の風がそよそよと青年の髪を撫でた。

 ……いい風だ。

「絶好の……始業式日和だな」

 呟き、青年は着替えを始めた。

 袖を通したのはクリーニングから帰ってきたばかりだというのがわかる整えられた制服。

 左胸の部分には校章の入ったエンブレムが貼り付けられている。そして英語でこうも綴られていた。

『National Key High School』

 国立キー学園高等部。この辺りではかなり有名な学園だ。

「よし」

 ネクタイを締め、青年は昨夜支度しておいた鞄を机から持ち上げると自室を後にした。

 閉まるドア。そこにかけられたネームプレートがその反動で小さく揺れた。

 そこには漢字で二文字、こう書かれていた。

 祐一、と。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

一時間目

「さぁ、始業式だよ!・Ver.二年生(前編)」

 

 

 

 

 

 コーヒーを啜りながらパンを食べている彼の名は相沢祐一。

 今日から国立キー学園の高等部二年生になる生徒だ。

「祐一〜? 時間はまだ平気なのー?」

「んー、まだいいんじゃないか?」

「もぅ、あなたってどうしてそうずぼらなのかしらねー。お母さん悲しいわぁ」

 よよよ、とか言いながら台所でエプロンかみ締めてるのは祐一の母親である相沢春子。ウェーブのかかった色の抜けた髪、とても祐一ほどの歳の子供がいるとは思えないようなスタイルに若さ。町内ではじいさんたちにファンクラブがあるとかないとかいうほどの美貌を持った女性だ。

「母さん。演技はいいから早く弁当作ってくれ」

「ひ、ひどいっ! お母さんは使用人じゃないのよ? あなたの母親なのよ? 少しは労わろうとかねぎらおうとかそういう優しい心はないの? そうなの? そうなのね? あぁ、お母さん悲しすぎて悲しすぎて涙がちょちょ切れちゃう」

「朝っぱらからすごいハイテンションだな。まだ7時にもなってないのにその元気はいったいどこからくるんだか」

「一児の母は強いのよ♪」

「そですか」

「あぁ、流した!?」

 いいよいいよクスン、とか言いながら台所に戻っていく春子。背中には哀愁が漂っている。

 しかし祐一は気にもしなければ見向きもしない。

 まぁ、ようするにこれは相沢家におけるいつものコミュニケーションの取り方なのだ。

 相沢家は春子と祐一の二人暮し。父親である慎也は海外赴任していてほとんど一年中帰ってこない。しかし一日一回は春子とメールのやり取りをしているようで、親子、夫婦間に歪はこれっぽちもなかった。

 絵に描いたような平和な家庭である。

 ――と、時刻は丁度7時を回った。

「母さん弁当まだ?」

「えー、とできたできた。持って行きなさい。……ねぇ、祐一。たまには自分でお弁当作ったらどう?」

「一年の三学期は俺が作ってたと思うけど?」

「だってあれは慎也さんがお世話してくれって急に言うから仕方なかったの。夫婦は助け合っていくものでしょう? これが究極の愛なのよ? 羨ましい? 羨ましい?」

「わかったわかった。とりあえず行ってくる」

「あ、もう。もっといっぱい話すことあるのに。いけずぅ」

「もう7時なの。いい加減あいつを起こさないと始業式から遅刻なんて事になりかねない」

「は〜い。名雪ちゃんによろしくね〜」

 玄関に向かう途中で鞄の中に弁当を入れ、靴を履き、振り返って、

「それじゃ、行ってきます」

「はぁ〜い、いってらっしゃい。帰ってきたらさっきの続きを話してあげるからねぇ〜」

 覚えていたのか。

 祐一は息を一つ吐き、家を出た。

 ……まぁ、帰ってくる頃には忘れているだろうけど。

 そしてそのまま隣の家へと向かう。そのルートが既に学園が始まった証のようなものだ。

 そう考え、祐一は小さく笑みを浮かべた。 

 門を潜る。表札には「水瀬」と書かれていた。

 もう完全に押しなれたチャイムを押す。数秒して、

『はい?』

 と温和そうな声が聞こえてきた。

「祐一です」

『あ、祐一さん。ちょっと待っていてね』

 そしてパタパタと廊下を歩く音。鍵が開けられ、扉の向こうに現れたのは、

「おはようございます、秋子さん」

「おはようございます、祐一さん」

 柔らかな微笑を顔に貼り付けたのは、言わずと知れた秋子さん。

 ……これが母さんの妹だっていうんだから世界はおかしい。

 なんて思考に行き着くのも新しい学期生活が始まる毎度のことで、祐一は心中で苦笑した。

「名雪、起きてますか?」

「まさかそれはないですよ」

「でしょうね」

 そしてこれもいつものことだ。

 ふぅ、と息を吐けば、階上からけたたましい目覚まし時計の狂想曲。

 ……あぁ、今年も学校が始まったな。

 そしてこれにより痛感するのも毎度のことだった。

「名雪を起こしてきます」

「いつもいつもごめんなさいね」

「そう思うんでしたら秋子さん、あのジャムを用意しておいてください」

「まぁ、また?」

「名雪は隠していますが実はあのジャムが大好きなんです。あのジャムを突きつければ大好きな匂いに即起床間違いなしですよ」

 もちろん嘘である。しかしあれを突きつければ起きるというのは本当だ。

 だからあれは祐一の最終兵器でもあった。

 ……できるだけ犠牲は少ないに越したことはないので、あくまで最終兵器だが。

 笑顔でキッチンへと向う秋子をよそに、祐一はそのまま玄関を上がって階段を上っていく。

 勝手知ったる人の家。

 慣れた動作で階段を上りきり、やかましい部屋の前で歩を止めた。

 ドアには猫の形のプレート。そこにはアルファベットで『nayuki』と書かれてある。

 必要はないだろう、とは思いつつノックをしてドアを開ける。

「ぐぁ」

 毎度のことなのだが思わずしかめっ面になる。ドアを開けてこの空間に入るだけで騒音レベルは3は上昇するだろう。

 その中でしかし、安らかな顔でベッドに横たわる眠り姫がいる。

 この少女こそ祐一のいとこかつ幼馴染であり秋子さんの娘である、水瀬名雪である。

 その様を見て、祐一は人知れず小さな吐息をつくと窓を開け放ち、ベッド横に膝をついた。

「起きろ、名雪!」

 揺すろうが怒鳴ろうが起きる気配はない。当然だ。ここで起きたらそれは名雪ではない。

 この目覚まし地獄で起きないというスキルは伊達ではないのだ。

 ……いつもながらに面倒な。

 ぼやいていても始まらない。

 祐一は精一杯に息を吸い込み、一拍。そして一気に吐き出した!

「起きろ名雪ーーーーーーーーーーーー!!」

「起きて浩平ーーーーーーーーーーーー!!」

「……ん?」

 祐一の声に重なるようにして聞こえた声は開け放たれた窓の向こうから、向かいの家からだ。

 様子を見るようにそこから眺めて見ると、忙しなく動き回る少女の姿が見えた。

 その様に、祐一は笑みを浮かべる。

「瑞佳も大変そうだなー」

 人事ではないだけにその苦労もわかるというものだ。

 そしてもう一度その苦労を掛ける幼馴染を見やれば・・・、

「……すぅ」

 幸せそうな寝息を立てていた。

 

 

 

「いまのは……祐くんの声だよね」

 開け放った窓の向こうからけたたましい目覚まし音を貫いて大きな男の人の声が聞こえてきた。

 とすれば、それは幼馴染である祐一に間違いない。

 ……あっちも大変そうだね。

 内心で苦笑し、彼女――長森瑞佳は目の前でいまだに眠り続ける青年――折原浩平を見て大きくため息を吐く。

 そして頭の中で計算する。

 名雪は起きてから朝食をゆっくり取るのでそれなりに時間はある。浩平の朝食は数秒で片付くのでそれはいい。が、名雪は性格上もう学園の支度は済んでいるだろう。で、浩平は……、

「ま、してないよね」

 事実浩平はしていなかった。一ヶ月も浩平と一緒にいれば誰でもわかる答えだろう。

 ……なら、それほどのんびりしている時間はない。

 ともすれば、やることは唯一つ。

 ――強行手段。

 おもむろに瑞佳はベッドから落ちたと思われる枕を持ち上げると、

「えい」

 ……浩平の顔を包み込んだ。

 そしてそのまま放置。

 ……十秒経過。動きなし。

 ……二十秒経過。なんか腕や足がぴくぴく動き出したが無視。

 ・・・三十秒経過。枕の向こうから不気味な唸り声が聞こえだし、身体はバタバタと暴れだす。

「もう起きたよね、きっと」

 うん、と自分の問いに笑顔で頷き瑞佳は枕を外した。

 途端、浩平の身体が跳ね上がる。

「ぜは――、・・・ぜはぁ――・・・ぜはぁ――・・・」

「あ、おはよう。浩平」

「あ、おはよう。浩平――――じゃないだろぉがぁ!!

「うわ、汚いよ浩平。唾跳んでる、唾」

「お前は俺を殺す気か!?」

「ほら、そんなことより早く支度しちゃってよ」

「そ、そんなことぉ!? おま、お前俺の命より学園の支度の方が優先度高いのか!?」

「今更何言ってるの、浩平?」

「――――――」

 言葉になりません、といった風に動きを止める浩平をよそに瑞佳は立ち上がる。

「早く着替えて支度して降りてきてね。朝食はもう作ってあるみたいだからさっさと食べないと。祐くんたちに置いていかれちゃうよ」

 てきぱきと動きながら男子制服と鞄を浩平に手渡す。浩平の怨念のこもった視線に気付いていないのか無視を決め込んでいるのかは定かではないが、いい根性をしているのに変わりはない。

「それじゃ、先に下に行ってるから」

 言うだけ言って瑞佳はパタンと扉を閉じて部屋を出て行った。次いで階段を下りていく音も。

 ……平和が来た。

 なにか釈然としない扱いを感じるが、そんなことで神経を使うほどこの折原浩平は繊細ではない。

 故にすでに先程の扱いを忘却の彼方へとすっ飛ばし、嵐が過ぎ去ったかのような開放感の元にもう一度布団の中へと潜り――、

「あ、そうそう」

「うぉっとぅ!?」

「……なにやってるの浩平?」

「見ればわかるだろう? 朝のラジオ体操だよ、ラジオ体操。はっはっはっはっ」

「なんかヨガしてるみたいに見えるんだけど」

「知らないのか瑞佳? 昨今のラジオ体操はヨガがブームなんだ。町内ラジオ体操委員会は今月の目標にちょっとハードなヨガフレイムの習得を公言しててな。俺も早く習得しようとして清々しい日差しの中で訓練にいそしんでいるんじゃないか。

 ……で、お前はいったいなぜにここにいる? さっき下に行ったばかりじゃないか」

「ああ、ちょっと言い忘れた事があったから」

「言い忘れたこと? ははっ、さすが長森は馬鹿だなぁ。で、なんだ?」

 瑞佳はドアから顔だけを出した姿勢でにこりと微笑み、

「二度寝したらそのまま階段から叩き落とすから覚悟してね♪」

「……いえっさー」

 浩平は戦慄を隠し得なかった。

 

 

 

「毎度ながら……多大なタイムロスだ」

 はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いて見せるも、それで目の前の人物の食事スピードが上がるようなことはもちろんない。

「……あれー、なんで祐一が家にいてイチゴジャム飲んでるの〜?」

「いい加減器用にパンを食べながら寝る癖は止めろ。それと俺が飲んでるのはただのコーヒーだ。なんでもかんでも勝手にイチゴジャムにするな」

「……なに言ってるの祐一〜。けろぴーはわたしの大事なイチゴジャムだよ〜」

「いまの言葉をそっくりそのまま返したい」

「駄目だよ〜。けろぴーはぁ、祐一のじゃなくてわたしのイチゴジャムだよ〜」

「そっちじゃない」

 テーブルを挟んだ向こうでふ〜ん、とかわかってるのかわかってないのか……高確率でわかってない返事を繰り出しながら名雪はイチゴジャムをべったりと塗ったパンを頬張る。

 いつもの光景、見慣れた光景だ。

 やれやれ、ともう一度息を吐き祐一は手のコーヒーを煽る。

 コーヒーはいつもこの状態で手持ち無沙汰になる祐一にと秋子さんが淹れてくれた物だ。

 ……美味いな。

 自分の母親と秋子が姉妹だと理解できるのはその料理センスくらいだろうか。まぁ、春子の場合チャレンジャー精神豊富なのでときたまデンジャーな料理が出てくるのがたまに傷だが……。

 ……まぁ、秋子さんにもあのジャムがあるし。

 そう思えば納得できなくもない話だ。……別に無理に納得させようとか思ってるわけじゃない。念のため。

「ふぅ」

 リビングに取り付けられた時計を見やる。

 ……そろそろ出ないと本格的にまずいな。

 始業式から遅刻などいただけない。そんなことをやってしまった日にはこれからの一年、新担任に目を付けられっぱなしになってしまう。

 それだけは避けなくてはならない。

 しかも今日は掲示板に新クラスが発表してある。確認時間のためにも少し早く出ないと間に合わないだろう。

 決断し、祐一は席を立った。

「コーヒー、ご馳走様でした」

「もう行くの?」

 キッチンから顔だけを出す秋子に、祐一は微笑みで、

「はい。今日は新クラスの掲示もあるので。早めに行かないと遅刻になりかねません」

「それもそうね」

 頷き、祐一は名雪へと視線を向けた。

「名雪、時間がない。もう行くぞ」

「えー、まだパン食べ終わってないのに〜」

 ふにゃけた口調が抜けてきている。どうやら半覚醒しているらしい。

 それでも急ごうとしないのは性格なのか足に自信があるのか……。まぁ、おそらく両方だろう。

 だがそれに付き合えるほど祐一はのほほんな性格じゃないし俊足でもない。だから祐一は無言で玄関へと向っていく。

「うわ、祐一どこ行くの?」

「学園しかないだろ。俺は先に行くぞ」

「祐一薄情だよ〜」

 無視を決め込む。そのままスタスタと廊下を横断し、玄関で靴を履く。そしてそのままドアを開け……、

「わ、わ、本気だよ祐一。わたし置いて行く気ー?」

「置いていかれたくなければとっとと起きてとっとと動け」

 後ろでは祐一が本気だと感じてか鞄を脇に挟んで手にパンを持った名雪が慌てて追いかけてきていた。

 そのまま名雪も隣で靴を履き、上目遣いでこちらを見て、

「祐一。人生にゆとりを感じられないようになったら人は終わりだよ?」

「言っていることは間違っちゃいないが根本的に定義が違う」

 そのまま家を出た。

「わ、ちょ、祐一〜!」

「いってらっしゃい、祐一さん」

「はい、いってきます秋子さん」

「うわぁ、お母さん! いまのは送り出すんじゃなくて止める場面だよ!」

「あら、そう? ほら、名雪もいってらっしゃい」

「わ、っと、おっと、うん、いってきます!」

 慌てて靴を履きよろめきながらも出て行く名雪。

 そんな二人の背中を眺めて秋子は笑みを浮かべ、

「さて、それじゃ私も行こうかしら」

 リビングへと戻っていった。

 

 

 

 祐一が水瀬家を出ると、ちょうど向かいの家から一人の少女が出てきたところだった。

「おはよう、瑞佳」

 挨拶をかけると瑞佳はこちらに気付き、次いで笑顔で、

「おはよう祐くん」

 言って、小走りにこちらへと駆け寄ってきた。

 そうして二人顔を合わせ、同時に一言。

「「お疲れ様」」

 笑いがこぼれる。

 お互いここに来るまでが朝の一仕事のようなものだ。そしてこうして労いの言葉を交わすのも。

「なんか……学園始まったなぁ、って感じだよ」

「そうだな。また騒がしい学園生活に迎えられるんだろうな」

「だろうね。祐くんと浩平が一緒なら間違いなく」

「……俺も含まれるんだな」

 その言葉に瑞佳は無言の笑みで答えた。

 その様に小さく息を抜くと同時、前後からドアの開く音がした。

「もう、ひどいよ祐一。置いて行くなんて」

 まず最初にこちらに来たのは後ろから、名雪だ。

 名雪は瑞佳の存在に気付き、挨拶を交わす。

 そして前からはのんびりとした……というよりダルそうな足取りでこちらにやって来る浩平の姿。

「みっともないよ、浩平。ほら、もっとしゃきっとして」

 瑞佳から掛けられた言葉に視線を起こし、その瞳に祐一と名雪を捉えると、瞬間背筋を伸ばして高らかに声を出した。

「グッモーニン、みなさま! グッモーニン、俺! 今日という晴れやかな日に始業式というさも楽しそうで実は面白味のないイベントに向かう君たちに俺からエールを送ってやろう。……俺の分の出席はとっておいてくれ」

「「「やだ」」」

「うわ、予想通りの反応」

 そしてふにゃふにゃともとの姿勢に戻る。

 そんな浩平を眺め、祐一はつくづく痛感した。

 ……浩平は母さん属性だ。

「あー、だりぃ。だいたい春休みってのは短すぎるんだ。もっとこー、なんだ。……なぁ?」

「そこで俺に振るな」

「でも浩平。今日から新学年。新しいクラスなんだよ?」

「そうだよ浩平くん。ほら、考えるだけでワクワクしない?」

 瑞佳と名雪に言われ、浩平は考え込むようにふむ、と手を顎に沿え、

「……なるほど。確かに言われればこうムズムズと好奇心の塊が身体の奥底から湧いてくるようだ。そう、新クラスといえば……」

 溜め、一息。浩平は頭上に手を掲げ、

「新たな出会いが待っている!」

 叫んだ。

 ちなみに現在まだ朝8時である。

「浩平。近所迷惑という言葉を知っているか?」

「あ、金城万国?」

「近所迷惑だ阿呆。聞き間違いにも程があるぞ」

 疲れたように吐息をし、祐一は半目で浩平を眺めた。

「お前はいつも上下の激しい気性だよな……」

「お前、今日始業式だぜ? しかも季節は春ときた!」

「始業式は毎年春だ」

「春といえば出会いの季節。始業式といえば巡り会いの宝庫。ほ〜ら、考えてごらん。めくるめく希望の光に満ち溢れた未来が、お前にもちゃんと見えるだろう?」

「見えんな」

「見えるだろ? ならばしかと聞け! 目をかっぽじってしかと見つめよ!」

「目をかっぽじったら痛いな」

「我ら青春を生きる青少年。ここに新しい出会いを望みいまを生きよう! 生を謳歌し友情を育み愛を語れ! 手に手を取り皆で口ずさむは優しき歌よ! さぁ、ここに示唆せよ! 汝ら若き者が学び舎に望むことはなにかっ!」

「平穏な生活」

「そう、我ら望むは新たな邂逅! この広き世の下で巡り会ったこの幸運に感謝して、共に新たな良き年を迎え生き過ごそーじゃないか!」

「……はぁ」

 祐一はつくづく思う事がある。

 ……平穏ってなんだろう。

「……ま、とりあえず行くか」

 思考はすぐさま捨てた。考えるとどんどんブルーになりそうな勢いだ。

 祐一の言葉に瑞佳と名雪が頷き、三人は学園への道を歩いていく。

「おーい、俺は無視かー!? 無視なのかー!?」

 その少し後ろを慌てて追いかける浩平。

 ……哀れだ。

 

 

 

 国立キー学園。

 日本の、しかも都内にあるとは思えない敷地を誇る国内最大級の学園である。

 初等部、中等部、高等部、大学部があり、それぞれ敷地内の東西南北のエリアに分かれている。

 その中央部分には共通施設の棟が並び、図書館棟、学食棟、研究棟、部活棟、もちろんグラウンドや各種スポーツ施設も存在する。

 なかでも圧巻なのは初等部と中等部の校舎の間に存在する樹齢千年を越える通称“世界樹”と、似たように高等部と大学部の中間に聳え立つ巨大な時計塔だろう。

 それぞれなにかと曰く付きだが、それはここでは割愛する。

 校門は四つ。それぞれの校舎に近い状態に設置されている。

 その東側――高等部近くの校門には続々と人が入ってきている。

 もちろんその中に、祐一たちもいる。

「この分なら余裕そうだな」

「そうだね」

 名雪の返事に頷きつつ、祐一は道の左側――クラス発表が貼ってあるだろう掲示板の方向を見た。

「……うわ」

 そこには思わず呻いてしまうほどの人だかり。ざっと百人くらいいるんじゃないだろうか。

 多少覚悟はしていたが……それにしてもこの数は以上だ。もしかしたら一番人の多い時間帯に来てしまったのかもしれない。

 とはいえ、クラスを確認しないと教室にも行けない。

「まぁ……俺はいいけどな」

 呟き、祐一は一人先に掲示板の方へと歩を進める。

「さて、俺は……」

 祐一は掲示板の前の群衆から一歩下がった状態で自分の名前を探す。

 こういうとき自分の名前は良い。“相沢”だから必ず出席番号は最初の方となるので、こういう場合上の方しか見なくて済む。だからこの群れに突っ込まなくても良いわけだ。

「お、あった」

 目的の名前はすぐに見つかった。

「俺はA組か」

 順番に探そうと思ってA組から目を通したらそこにあったのだ。なんとなく拍子抜けである。

「祐一あったのか?」

「ああ、A組だ」

「とすると俺もA組の可能性が大きいな」

 浩平は一人頷き、群れに突っ込む体勢を取る。

「祐一も見に行こうぜ」

「なんで。俺はもう自分の見つけたぞ」

「そうじゃなくてさ。他のメンバー気にならないか?」

「……」

 気にならない、と言えば嘘になる。祐一は一瞬思案し、頭をポリポリと掻いて、

「仕方ない。付き合ってやる」

「よし、そうこなくっちゃな。長森たちは俺たちの後を来れば安全だぞ」

「「うん」」

「んじゃ行くぞ。せーの!」

 浩平と同時、祐一が走る。そのまま掲示板の群れに突っ込んで、力任せに掻き分けていく。

「はいはい、ごめんよー!」

 なかには浩平と祐一の姿を視認して驚愕の表情を浮かべる者もいた。

 まぁ……無理もない。彼ら二人はいろんな意味で学園では有名人なのだから。

「よっと」

 程なくして掲示板の前までたどり着いた。

 周囲の目が若干痛い気がするが、この四人の中にそれを気にするような人間はいない。

「さて俺は……お、やっぱA組だな」

「またか」

「どうやら俺たちの友情は切っても切れないみたいだな」

「あ、わたしもあった、A組。名雪は?」

「えっと……うん、わたしもA組。これでみんなまた同じクラスだね」

 名雪の言う通りこれでまた全員同じということだ。

 腐れ縁……というやつだろうか。しかしまぁ、……これはこれで嬉しい結果だが。

「しっかしよー」

 浩平がクラス表を見て呟く。祐一にはだいたいなにが言いたいのかわかった。

「このメンバーは……なぁ?」

「……確かに、このメンバーは濃いな」

 祐一も一緒になって見つめる先、そこに2−Aのクラス名簿が張られている。

 そこにはこう書かれてあった。

 

 

 

 

 

 

出席

番号

氏名

相沢祐一
青山林檎
稲木佐織
折原浩平
筧春恵
風上将深
神尾観鈴
川口茂美
北川潤
10 葛原志乃
11 久瀬隆之
12 斉藤時谷
13 坂上智代
14 佐藤恭一
15 里村茜
16 城島司
17 杉坂葵
18 住井護
19 月宮あゆ
20 遠野美凪
21 中崎勉
22 長森瑞佳
23 七瀬留美
24 仁科理絵
25 氷上シュン
26 広瀬真希
27 美坂香里
28 水越萌
29 御堂伸一
30 水瀬名雪
31 南明義
32 南森大介
33 宮沢有紀寧
34 柚木詩子

 

 

 

 

 

 

「……なんか、一年楽しくなりそうだね?」

「名雪。それは楽しい、じゃなくて騒がしい、の間違いじゃないか?」

「そうかもしれない……」

 苦笑を浮かべる名雪。

 無理もない。

 この名簿に載っている生徒はどれも一癖も二癖もある連中ばかりだ。……というかよくこんなメンバーを同じクラスにしたと職員の正常さを疑いたくなる。

「ま、とりあえずは教室に行くか」

 既に時間も頃合だ。周囲にも人が少なくなってきている。

 浩平の言う透り四人は教室へと移動することにした。

 

 

 

 キー学園内高等部校舎。

 全六階建て。一年は四階、二年は三階、三年は二階となり職員室をはじめとしたその他特別教室は五階と六階に並んでいる。一階は購買部があり、校庭と連結して椅子やテーブルが多数設置してある。天気の良い日には、屋上共々昼食を取る生徒も良く見受けられる。

 そんなことはとりあえず置いといて、祐一たちが入った新しいクラス――三階、2−Aのプレートが掲げられた教室の中には既に大半の生徒がいた。

「はー、真面目なクラスだねー」

「いや、これが普通なんじゃないか? 一応ここはレベルの高い国立校だぞ」

「……む、そういえばそうか」

 一年の時のクラスは結構遅刻する者もいたが、これが本来の学園の姿なのだろう。それとも始業式の日だけか?

 ……それはこれからわかることだな。

 黒板には始業式のプログラム時間と席順が書かれた紙が貼られてある。

 見なくてもなんとなくわかるが、やはりと言うか出席番号順だった。

「今日は始業式あるからそろそろ先生も来ると思うよ」

「そうだな。もう座っておくか」

 瑞佳の言う通りだ。新しい担任に喧嘩を吹っかけるような真似は極力避けるに越したことはない。

 浩平や名雪も頷き、各々指定された席へと向っていく。

「はぁ、俺人見知り激しいから新しい友達できないかも」

「お前がそんなたまか」

 席は廊下側から縦に六席の列が窓側に向って五列ある。窓際の一列だけは四席だ。

 頭文字が『あ』と『お』である二人は同じ廊下側の列なので途中までは一緒だ。

「いよっ」

 その道中に声を掛けられた。

 こちらも鞄を持っていることからしていま教室に入ってきたのだろう。そしてその顔は祐一たちの知るところだった。

「中等部以来だな。祐一、浩平」

 肩まで伸びた黒髪を後ろで小さく束ねた、少々きつい目をした青年。

 風上将深。それが彼の名だ。

 中等部時代には将深を加えこの三人で風紀委員を唸らせたものだ。

 将深を確認した浩平がニヤリと笑みを浮かべる。

「ほほう、将深が同じクラスだとは……。血湧き肉踊るな〜」

「お、お前もか浩平。……実は俺もだ」

 くくく、と不気味な笑い声と共に親指を立てあう二人。

 ……今年も俺は巻き込まれるのか。

 まぁ、この二人がいる時点でそれは確定事項のようなものなのだろう。

 しかしまぁ、

 ……面白ければいいか。

 祐一も二人ほどではないにしろ、そういう人間だった。

「じゃ、またな」

「はいはい」

 出席番号1番である祐一は一番前、4番の浩平と6番の将深はその通り前から四番目と六番目だ。

 浩平たちと別れ、祐一は一番前の席に座り荷物を置く。と、

「おはよう」

 横から声を掛けられた。

 笑った拍子にリボンで括った長いポニーテールが小さく揺れる。柔和な笑みが可愛い女の子だ。

 ちなみにまったく知らない相手である。

「えっと……?」

「わたしは神尾観鈴。これから一年、よろしく」

 にはは、と独特の笑いから右手を差し出される。

 その手の意味するところはやはり……、

「握手でしょ」

 今度は後ろの席から。

 振り向けば赤い髪を二つに結った少女がこちらを見ている。

 少々切れ長の眼とその砕けた物言いから推察するに、

 ――なかなかつっけんどんなタイプみたいだな。

 しかし、やはり知らない人物だ。

 祐一に釣られるように観鈴も振り向き、

「林檎ちゃん」

「その子はいつもそうなの。一年のときもそうだったし。友達がいっぱい欲しいらしくて」

 ちゃん、と付けられたからにはこの相手の名前は林檎、というのだろう。

 それは置いておいて祐一は観鈴との握手に応じる。

「俺は相沢祐一。とりあえず……一年よろしく」

 それだけで観鈴は破顔し、またにはは、と笑う。

 どこか天使のような少女だった。

 この世界でまだ『純粋』という単語が当てはまるような少女がいたとは。それだけでどことなく満足した気分になってくる。

「で、……お前は?」

「私? 私は青山林檎。適当に呼んでくれて結構よ」

「それじゃ林檎で」

「いきなり呼び捨てとはね。ま、いいけど」

「俺は――」

「相沢祐一、でしょ。……あんたの噂はかねがね聞いてるよ」

「ほう。噂……ね。どんな噂だ?」

「そりゃいろいろ」

「……教える気はないのか?」

「教えたらお金くれる?」

 祐一は思った。

 こいつ凶悪だ。

「……お前とはなぜだか上手くやっていけそうな気がするよ」

「奇遇。私も」

 言葉に込めた皮肉もさらりと流し余裕の笑みを浮かべる林檎。

 ……こいつは強敵だ。

 そう思った瞬間、

 ガラガラ。 

 ドアがスライドする音が耳に届いた。

 時間からして先生だろう。祐一は顔を黒板側に戻して――、

「……は?」

 その擬音語はおそらくクラス全員の代弁に違いない。

 扉から教室へと入ってきたその人物は驚きの視線が自分に集まっているという自覚がないのか、そのままトコトコと教壇へと向っていく。

「……うにゃ!?」

「「「「「………………」」」」」

 なんていうか・・・とりあえず髪は見えども顔が見えない。

 それもそのはず。

 なぜならその人物の背丈は教壇となんら変わらないレベルなのだから。

「うーん、うーん!」

 ぴょんぴょんジャンプしているがそれでも見える顔はほんの一瞬であり、諦めたのかこほんと小さく息を付いて教壇の横に回った。

 手に持っているのは出席名簿。そして始業式関係のものが書き込まれているであろうプリント類。

 それは間違いなく教師の持ち物だ。

 しかし、しかしこれはあまりに異常。極めてデンジャーだ。

 誰もがその人物の第一声を待っている。

 まさか。そんな馬鹿なと信じ、しかし放たれた言葉は、

「えーと、はじめまして。今日からこの2−Aを担当することになった芳乃さくらっていいます。ってことでこれから一年よろしくね♪」

 その瞬間、教室は静寂から絶叫へと一変した。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 いよいよ始まりましたよキー学。

 あぁ、最初に言っておきますがみんな原作より多少性格破綻しているんでよろしく。

 しかし……長い。さすがは一話目といったところでしょうか。長すぎて急遽二話編成になってしまった。

 しかもその次も三年の始業式だから同じく長いだろうな……、今回ほどにはならないけど。

 でも、なんかあれですね? 書き終って読み直してみると、瑞佳がヒロインに見えますね、これ。

 まぁ、好きなキャラだから出番はあげたいけど。……KWWじゃすぐ退場でガンダムや神魔じゃまだ出番なしだからなぁ……(泣)

 ま、なにはさておきこうして新シリーズスタートです。

 これからもどうかよろしくお願いします〜。

 

 

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