Episode [

             【母と娘】

 

「お母・・・さん?」

 名雪の呆然とした声がカンナヅキの中にこだまする。

「本当に・・・お母さんが、あそこに?」

 

「川口、通信を全チャンネルに合わせてくれ」

「艦長・・・?」

「確認したいことがある」

 真剣な祐一の表情に、何か言いたげだった川口はしかし何も言わずコンソロールを叩く。

「繋がりました。どうぞ」

 祐一は一度深呼吸をし、口を開く。

「こちら地球連邦軍所属、カンナヅキ級一番艦カンナヅキ艦長、相沢祐一大尉である。ネオジオングワンバン級に確認したいことがある」

 

「祐一さん・・・?」

 対峙するネオジオン艦。グワンバンのブリッジで秋子はその声に一瞬驚き、しかしすぐに笑顔になる。

「そういえば、地球連邦に入ってみんなを助けたいって言っていましたものね・・・」

 それはずっと昔。まだ祐一が小さかった頃。

 秋子の家に遊びに来ていた祐一に、秋子は聞いたことがあった。大人になったらなにになりたいのか、と。そうして答えたのが、

 

『おれ、おおきくなったら軍人さんになってみんなの平和をまもるんだ!』

 

 瞳を輝かせてそう言っていた。

「そうですか。夢を叶えたんですね・・・」

 その笑顔は母親が子供を想うときのもの。でも、それもまた一瞬。すぐにその顔は引き締まり、軍人の、いや指揮官としての表情に変わった。

 

 祐一の声を聞いて驚いたのは秋子だけではなかった。

 MSデッキ。カタパルトに接続し、今にも出撃しようとしていたガンダムグリューエル改のコクピットの中。

「祐一さん・・・。本当に、あの艦にいたんですね」

 倉田佐祐理である。

「・・・懐かしい声、ですね」

 そう言って佐祐理は目を閉じる。

 思い出すのは高校のとき。三人で過ごした高校での生活。自分と、親友の舞と、そして・・・初恋の相手である祐一と。

 佐祐理はギュッと手を胸の前で握り締める。まるで祈るような格好で、いったいなにを想うのか。

「佐祐理は・・・ネオジオンの兵士。そして、倉田家の長女」

 口から漏れた言葉は、まるで自分に言い聞かせるもののようで。

「大丈夫。佐祐理は・・・戦えます」

 決意を胸に秘め、佐祐理はグリューエル改と共に宇宙へと飛び立った。

 

 祐一はしばし間を置き、そして再び言葉をかける。・・・万感の思いを込めて。

「そこの艦長は・・・・・・・・・、秋子さん、なのか?」

 しばしの静寂。そして、

『そうです。お久しぶりですね、祐一さん』

 モニターには、記憶の中とまるで変わらない秋子の姿が現れた。

「秋子さん・・・!」

 

「お母さん!」

 名雪もその姿をジム・ストライクの中で確認していた。が、MSの通信では秋子まで声は届かない。

「お母さん、どうして!?どうしてお母さんがネオジオンにいるの!?」

 しかし、名雪の声は止まらない。届かないと、頭でわかっていてもなお、止まらない。

「お母さん・・・」

 モニターを打ち付ける。目の前では、瞳から零れ落ちた涙が漂っていた。

 

「秋子さん、どうして秋子さんがネオジオンにいるんですか!」

 祐一の瞳は悲しみ、怒り、それらの感情がない交ぜになったように揺れている。しかし、それを秋子は強く受け止め、逆に聞き返す。

『・・・祐一さんは、連邦で戦っていて疑問に思ったことはありませんか?自分のしていることは正しいことなのか、と』

 その言葉は祐一のあまりに鋭いところを突いた。それは祐一が戦うたびにいつも自問すること。

「・・・それが、何か関係あるんですか?」

『祐一さんも知っていると思いますが、私は昔地球連邦に所属していました。・・・ですが、あの一年戦争、そしてその後の戦後処理を通して思ったんです。自分たちのしたこと、していることは正しいのか、と。・・・私は、そうではないと判断しました。連邦が掲げる大義名分はあくまでも表向きなものでしかない。仮にその思想を真に思っている人がいたとしても、そんな人はごく少数です』

「だから、だからネオジオンに亡命したと言うんですか!」

『そうです』

「それじゃあ、秋子さんはネオジオンがやっていることが正しいと思ってるんですか!」

『全てがそうとは思えません。ですが、腐敗した連邦よりは遥かにましです』

「アースノイドは駆逐されても良いと!?」

『なら逆に問いますが、スペースノイドは滅びても良いのですか?』

「連邦は、そんなことを目的にしてはいません!」

『確かに表向きは。ですが、祐一さんは賢い人です。連邦の真意が読み取れないはず・・・ありませんよね?』

 ぐっと、声が詰まる。

 確かに祐一はうすうす感じていた。連邦の悪意。その真意。わかっていて、しかし自分にはどうすることも出来ない無力さも理解していた。

『・・・ここで討論していても仕方ありません。祐一さん。例え経緯がどうであれ、思うことがなんであれ、私はネオジオンで祐一さんは連邦。そうして戦場で会ったからには・・・』

「・・・戦うしか、ありませんね」

 祐一は深呼吸する。

「俺はこの艦の全ての命を背負っています。だから・・・、俺は秋子さんを撃ちます」

『はい』

 それで正解だと言わんばかりの笑みを最後に浮かべ、通信は切れた。

 ブリッジを静寂が支配する。

 その静寂を払拭するように祐一は自分の頬をはたくと、視線を前に向けた。

「三連圧縮メガ粒子砲チャージ。照準、敵グワンバン級!」

 その瞳にもう迷いはなかった。

 戦場に迷いを持ち込めば死に繋がる。そして自分には守るべき命があるのだから。

 

 カンナヅキMS格納庫内。

 宇宙用戦闘服を着込んだ風子と佳乃が浩平のもとへ降り立った。

「それで、浩平さん。風子たちのMSは?」

「風子はこれだ」

 浩平はそう言って自分の後方を指差す。そこには少し外見の変わったGP04があった。

「これは?」

「お前が持ってきたGP04を改修したやつだ。今の時代のMSにだって引けは取らないはずだ。名前もガンダム・ガーベラSFに変更した」

「ガンダム・ガーベラSF・・・ですか」

「もう試作機の冠は必要ないと思ったからな」

「SFってなんです?」

 その質問に、浩平はいたずらした子供のような笑みを浮かべ、

「スターフィッシュの略だよ。ヒトデ好きのお前が乗るにはぴったりだろ?」

 ぴっと親指を立てた。

 風子は小さく笑うと、こちらも親指を立て、

「最高です」

 コクピットへと乗り込んでいった。

「あたしは?」

「霧島は・・・。あの二機から好きな方選んでくれ」

 そこにはついさっき搬入したばかりのZプラスC型とゼク・ツヴァイが置いてある。それを見た佳乃は不満そうに、

「これって両方とも中、遠距離系だよね?あたし、近距離の方が好きなんだけどなぁ」

「仕方ないだろ?もうこの二機しか残ってないんだ」

「うぬぬ〜。だったらあたしのMSも作ってよー、ふうちゃんばっかりひいきだよぉ」

「はいはい、考えとくよ。だからとりあえず今回は我慢しといてくれ」

 佳乃はそれでなんとか納得したのか、それでも不満そうにコクピットに乗り込んでいく。・・・ZプラスC型の方へ。

 それを見て浩平は苦笑する。

「やっぱりあっちに乗ったか。量産型とは言えガンダムタイプだからな。・・・さて」

 佳乃を見送り、浩平は視線を横にずらす。そこには名雪の乗っているジム・ストライクがいまだ発進せずにそこにある。

「・・・どうする、水瀬?」

 

 浩平の見守る先。ジム・ストライクの中で、名雪はただ膝を丸めて泣いていた。

 ヘルメットはとうに外し、コクピットの中を漂っている。それを追うように幾多もの涙が宙を舞っている。

「どうして・・・。お母さん・・・」

 呟いた、そのとき。艦が揺れた。

 この状況で艦が揺れる理由は一つしかない。戦闘が始まったのだ。祐一と・・・秋子の戦いが。

 思考がそこまで至り、名雪は慌てて祐一へ通信を繋いだ。

「やめて祐一!お母さんを撃たないで!」

『名雪!?』

「ねぇ、祐一・・・。どうして、どうしてわたしや祐一がお母さんと戦わなくちゃいけないの!?」

『秋子さんはネオジオン、つまり敵なんだ。わかるだろ!』

「だって、わたしが連邦に入ったのはお母さんや祐一や友達のみんなを守りたかったからなのに、大切な人たちを守りたかったからなのに・・・。なのに、それなのにどうしてその大切なお母さんと戦わなくちゃいけないの!?こんなのおかしいよ!」

『名雪!』

「もう・・・駄目だよ・・・」

 涙がとめどなく溢れ出る。どうしてこんなことになってしまったのか、それだけが頭を埋めて、しかし答えは一向に返ってこない。

 ほんの少し前、ほんの少し前は家族として一緒に住んでいた三人が。どうして殺し合わなければいけないのか。

 自分が母を撃つ。それは、絶対に不可能なことだった。

「わたし、もう・・・戦えないよ・・・」

 泣き崩れる名雪。それをモニター越しに見つめ、祐一は通信を切った。

 

 名雪との通信を一方的に切り、今度は浩平に通信を繋ぐ。

『どうやら、駄目だったみたいだな』

 開口一番、いきなりそんなことを言われた。どうやら、なにもかもお見通しらしい。

「名雪は出せない。下がらせてくれ」

『ま、それが賢明だろうな。しかし・・・お前は平気なのか?』

 浩平の心配そうな視線に、祐一は苦笑しながら、

「俺は軍人だからな」

『水瀬だって軍人だろ』

「・・・いや、名雪の反応は軍人としては間違ってるが、人としては正しいよ」

 それは自己への皮肉も込めた台詞。しかし浩平は、

『お前だって人として正しいさ』

「・・・下手な同情はいらないぞ」

『お前だって好きで戦うわけじゃない。できることなら水瀬みたいに泣いて閉じこもりたいはずだ。それをしない。なぜか?―――そこにみんなの命がかかってるからだ。仲間の命が自分の背中に乗っているからだ。そこまでするお前が、どうして人として正しくない?違うだろ』

 ぽかんとした祐一に、浩平は小さく笑う。

『みんなわかってるさ。ここのクルーは良い奴ばっかりだからな』

 浩平の視線に釣られるように周りを見回してみる。すると、ブリッジクルーがこちらに小さな笑顔を向けているのが見えた。

『わかったか?』

「・・・・・・ああ」

 それは信頼する者がその対象に向ける者の顔。その笑顔を一身に受け止め、祐一はもう一度、かみ締めるように頷く。

「ああ!」

『よし、良い返事だ。俺は水瀬を下がらせる。だから、お前も自分の仕事をしろ。正しいと思うことを、な?』

 最後にそう言って浩平は通信を切った。

 暗くなったモニターに祐一は小さく頭を下げると、

「サンキュな」

 そう、小さく呟いた。

 

「カンナヅキよりMS発進。数、六。」

 オペレーターの報告に、潤はやっぱりな、心中で呟く。

 先ほどの通信は全チャンネルで行われていたのでこっちにも全て聞こえていたのだ。

「まさか秋子さんだったとはな・・・」

 実は潤も秋子のことは知っていた。祐一と遊んだときに水瀬家には何度もお邪魔していたからだ。

 しかし、まだ自分は良い、と思う。所詮自分と秋子は他人。血の繋がりなどなく、ただ知り合いの親というだけだ。

「水瀬は無理があるか」

 モニターに映るMSの中に名雪のジム・ストライクがない。・・・祐一が行動不能にならなかっただけ良しとすべきなのだろうが。

(いまはそんなこと考えてる場合じゃないか)

 潤は頭を掻くと、立ち上がり手を振り下げた。

「こちらもMS隊発進させろ!」

 

 ムツキのカタパルトが大きく開いていく。

 中にはカンナヅキより遥かに多くのMS。ジムVやネロがある。

 そしてその先頭。宇宙の黒に映える、金色のMSがカタパルトに接続される。

「さて、給料分の仕事はしますかね」

 広瀬真希である。機体は金色に塗装されたGDストライカー。

「広瀬真希、GDストライカー、出るわよ」

 発進した真希の後ろ、続くようにカタパルトに接続されたのはGDキャノン。

「広瀬先輩の援護は疲れるんですよね」

 そのコクピットで小さくため息を吐くのは芽衣。

「GDキャノン、春原芽衣、出ます」

 そうしてムツキからは総勢十機のMSが飛び出して行った。

 

 カンナヅキ級との戦闘の場合、艦隊戦にはもって行きにくい面がある。

 カンナヅキ級の反則的なスペックがそうさせるのだが、だからと言ってなにもできないというわけではない。

「敵、カンナヅキ級一番艦、二番艦よりMSの発進を確認。数、十六!」

 オペレーターの言葉に秋子は頷く。

「今回は数が多いですね。MSの発進は?」

「完了しています」

「では主砲、敵MS群の中心へ発射。散開したところを各MSで対応させてください」

「了解。主砲・・・、チャージ完了。発射します」

 

 グワンランから出撃した二十四機のMSの中、ガンダムグリューエル改に乗る佐祐理がこちらに向かってくる光点にわずかに目を細める。

「はえ〜、いっぱいいますね〜」

「佐祐理さん。私たちのほうが数は上ですが」

「あ、あははー、そうでしたねー」

 そのMSの中に感じる親友の波動。

(いるんだね、舞)

 それを確認し、しかし今度は心を揺らさない。

「敵なら・・・、撃ちます」

 決意を言葉に出し、先の光点を見据える。

『行くわよ、佐祐理』

 モニターに杏の顔が映る。それに佐祐理は頷き、

『各機、散開!』

 杏の言葉と共に、後方から主砲が放たれた。

 

 そのビームの光は無論、連邦側にも見えている。

「「各機、散開して回避!」」

 皮肉にも留美と真希の言葉が重なる。

 そうして各MSは散開し、やってきたネオジオンのMS群と衝突し、すぐさま乱戦へと突入していった。

 

 感応し合う両者。そして二人は引かれ合うように再び戦場で再会する。

「舞・・・」

「佐祐理・・・」

 言葉はそれだけ。もう語ることなど何もない。

 二人はもう、敵なのだから。

「―――いきます!」

 残った雑念を振り払うように佐祐理の言葉が響く。と同時、通常ではありえないほどの量の弾幕が放出された。

「くっ!」

 乱れ飛ぶビーム、ミサイル、銃弾がアークレイルに襲い掛かる。通常の兵士ならとっくに十回は死んでいるだろう弾幕の嵐を、なんとか回避し続ける舞。だが、それが限界。この弾幕の中、接近戦を仕掛けることは容易ではない。

「まだです!」

 そんな舞に佐祐理はまったく手を抜く気はないのか、今度はファンネルまでも展開する。

「・・・!」

 さらに激しくなる攻撃に防戦一方の舞。すでにかわすのも困難になり、なんとかシールドでカバーしているが、このままではジリ貧だ。

 そんなとき、

「舞さん!」

 その声と共に強力なビームがグリューエルに放たれた。

「―――!」

 咄嗟に危険を感知した佐祐理はその場からいくらか横にずれる。Iフィールドでもそのビームは貫通されるだろうとの判断からだ。

 ビームの軌跡を目で追う。そこには佐祐理には見慣れない機体があった。

 青と白を基調にしたカラー、手には長砲身のビームスマートガン、そしてなんとかガンダムタイプであるとわかる容貌。

 佳乃の乗るZプラスC型だ。

「大丈夫、舞さん!」

「うん、大丈夫。・・・ありがとう」

 交わす言葉はそれだけ。再び佐祐理の凶悪な一斉射撃に阻まれ、二人は回避に専念せざるを得なくなる。だが、

「えーい!」

 佳乃のZプラスC型はアークレイルと違い、かわしながらも反撃が出来る。それほど正確な射撃ではないが、それでも無視できるものではなく、佐祐理も回避行動を取る。

 そこが、舞の付け入る隙になった。

 時折止む弾幕の中を縫うように進む舞。その距離が最初の半分ほどになったとき、ようやく佐祐理は舞の接近に気が付いた。

「これ以上、近付けさせません!」

 再び弾幕を舞に向けるが、

「佳乃!」

「おっけー!」

 フリーになった佳乃の射撃がそれを許さない。再び放たれるビームに佐祐理は舞に集中することが出来ない。

「こうなったら、まず先に・・・!」

 佐祐理は射線を舞から佳乃へと変更し、放つ。荒れ狂う射撃の嵐に、佳乃は飲み込まれていった。

「うわぁっ!」

「佳乃!?」

 佐祐理の射撃能力はこの場の誰よりも高い。その佐祐理の弾幕に、さすがの佳乃も全てをかわしきれていない。

 助けに行こうか、とも一瞬考えたがすぐに捨てた。

「佐祐理さえどうにかすれば・・・弾幕は止まる」

 舞は決断し、そのスピードをフルに活用して佐祐理のグリューエルとの差を瞬時に縮める。

「佐祐理!」

「早いっ!?―――舞!」

 アークレイルがビームサーベルを抜くのを見るやいなや、佐祐理は佳乃への攻撃をやめて距離を置こうと下がる。それを見て、舞はチラッと佳乃のほうを見やる。ところどころスパークしているが、なんとか平気なようだ。

「佳乃。あとは任せて、下がって」

「うぬぬ・・・。ごめんね、舞さん」

 舞の言うまま下がって行く佳乃を見送り、舞は得意の距離へと走った。

 

 縦横無尽に宇宙を駆け巡る観鈴のジム・クロウのビームライフルが美汐のスコーピオンへと襲い掛かる。それをギリギリで回避し、コースを読んでハンドビームキャノンを撃ち返す。的確な読みに何度も当てられそうにはなるが、抜群の反応速度でこれを回避する。お互い、一歩も譲らない。

「この人、強いよ」

「なかなか速いですね。これでは捕まえることは無理でしょうか・・・」

 美汐のスコーピオンは武器の特性上、素早い敵には相性が悪い。本来、素早い敵には弾幕を張り、動きが鈍くなったところを撃つというのがセオリーだが、スコーピオンは中距離格闘戦仕様。装甲は硬いがそれほど素早くない敵にこそ真価を発揮するMSなのだ。

 だが、だからと言って愚痴っていても始まらない。

 目の前でジム・クロウが大きくカーブを描く。そのスピードはまさに突風。勢いはそのまま、ビームサーベルを掲げてこちらへ突っ込んでくる。

「えぇい!」

「小癪な!」

 スコーピオンにはビームサーベルが無いので切り結ぶことは不可能。攻撃は最大の防御と言わんばかりにジム・クロウに向けてクラッシャーハンドを放つ。

 しかし、それだけのスピードを維持しながらもクラッシャーハンドをギリギリで回避し、さらにジム・クロウはこちらへ突っ込んでくる。

「そんな!?」

 なんという反応速度。あれだけのスピードの中で向かってくる攻撃なら体感速度では数秒もないはずだ。それを難なくかわした観鈴の凄まじいまでの反応に、美汐は畏怖の念を抱いた。

 振られるビームサーベル。機体をずらし、なんとか直撃は避けたものの左腕を持っていかれた。

 美汐は歯噛みし、しかし振り返り遠ざかっていくジム・クロウを睨みつける。

「とにかく動きを止めればこちらの勝ちです!」

 美汐の言葉と同時、スコーピオンの肩部が開く。そしてそこから細い、可視できるかできないかという細さのワイヤーが左右三本ずつ、計六本が宇宙へ散る。

「な、なに・・・?」

 一瞬、それの正体が見極められなかったのが観鈴の運の尽きだった。張り巡らされたワイヤーに気付かずそれに自分から突っ込んでしまったのだ。

「え、わわっ」

 ガクン、となにかに引っかかったようにMSが揺れて止まる。

「捕まえましたよ」

 同時、高振動ワイヤーが揺れた。

「わっ!」

 高密度、高周波の振動がワイヤーを伝い、ジム・クロウを切り裂いていく。腕や足はともかく、ジム・クロウの命とも言える背中の翼型のスラスターまでもが切られてしまった。

 しかしそこで美汐の攻撃は止まらない。スラスターのなくなってろくなスピードの出ないジム・クロウにさらにハンドビームキャノンで追い討ちをかける。装甲の薄いジム・クロウにその攻撃を防ぐ手立てはない。いたるところを撃ち抜かれ、すでに判定は大破だ。

「うわぁ・・・!」

「終わりにしましょう。あなたはなかなかに強敵でした」

 揺れるコクピットの中、観鈴は向けられたハンドビームキャノンを見て死を覚悟して目を瞑った。

「・・・・・・?」

 ―――が、いくら経ってもそれはおとずれない。

 恐る恐る目を開いてみると、そこにはこちらを守るようにそびえ立つ一機のMS。

「大丈夫ですか、神尾さん」

「その声は・・・風子ちゃん?」

 シールドを掲げ、ジム・クロウを庇ったのは新機独特の輝きを放っているガンダム・ガーベラSF。

 伊吹風子であった。

「この人は風子が引き受けました。なので神尾さんは下がってください」

「で、でも・・・」

「大丈夫です。マグロ漁船に乗ったつもりで任せてください」

「に、にはは。風子ちゃん、それを言うなら大船・・・」

「船の種類など泥船だろうがタイタニックだろうが何でも良いのです。さ、早く」

 両方とも沈むんだ、とはあえて突っ込まず観鈴は風子の言葉に素直に頷いた。

「気を付けてね、風子ちゃん」

「承りました」

 どうにかこうにか後退していく観鈴のジム・クロウを見届けて、風子は正面に向き直り、

「風子、参ります」

 スラスターが点火、ガーベラSFが加速する。

 

「邪魔よ!」

 向かってくるネロをメガビーム砲で堕とし、杏のジャムル・フィンは走る。後ろには椋もついている。

 目標は苦渋を飲まされたあのMS。

 そして探すこと数十秒。

「いた!この前の青い奴!」

 視線の先にはズサをビームサーベルで突き刺している留美のBDの姿。どうやらこちらにはまだ気付いていないようだ。

「奇襲っていうのは性に合わないけど、これは戦争だからね!」

 そうして照準を合わせ、ハイメガキャノンを発射する。

「―――っ!・・・ちぃ!」

 放たれたビームの光が視界の隅に見えたときになってようやく留美は気付き、ビームサーベルを抜き、ズサを蹴ってその反動で回避した。

「あれはこの前の!」

「やっぱりこんなんじゃ堕ちないか・・・。椋!」

「うん!」

 椋の返事と共に、二人のジャムル・フィンがMA形態に変形、それぞれ左右に分かれる。

「な!?」

 まったく逆方向に分かれた二機に、一瞬どちらを狙えばいいか判断を遅らせた留美。だが、その隙は藤林姉妹には充分な隙であった。

 二機はBDを挟み込むように回り込むとやはり同時にMSへ変形、そのままミサイルを撃ちまくる。

「ち!」

 両サイドから放たれるミサイルに、留美は上へ回避運動を取ろうとする。だが、

「「逃がさない!」」

 重なる声と共に、BDの頭上を二条のメガビーム砲が走った。

 それに反応して後退するが、そこはさきほどのミサイル群の中心だ。距離も既にわずか。もはやかわす術はない。

「くっ―――!」

 そして留美の言葉は爆音に消えていった。

「やった!」

 杏の言葉は、しかし口にするのはまだ早かった。

 濛々とする煙の中から、蒼いオーラを纏った死神が飛び出してきたのだ。

「なっ!?」

「お姉ちゃん!」

「はぁぁぁぁぁ!」

 機体は既にボロボロだが、その迫力たるやまさに鬼のそれ。ビームサーベルを掲げ走るBDはまさに死神の名に相応しい姿だった

 光が走る!

「くっ!」

 杏はどうにか機体をずらし、直撃こそ避けたものの頭部を破壊されメインカメラが使い物にならなくなってしまった。

「くそ、また・・・!」

 揺さぶられる機体の中、レーダーから離れていく敵を示すマーカーが一つ。・・・確認するまでもない。留美のBDだ。

 歯痒さを一身に受け止め、駆けつけてきた椋とともに杏は戦線を離脱した。

 

「く、このぉ!」

 真希のGDストライカーのシールドマシンガンが吼える。だが、目の前を飛び交う青い機体にはまるで当たる素振りはない。

「『金色の鳥』というのも、所詮はこの程度ですか・・・」

 難なく攻撃をかわしている青い機体はさいかのキュベレイMkUだ。そのまま回避し続け、あげくその間にネロを一機撃墜した。余裕の多さが窺える。

 そして、そんなさいかの行動が真希のプライドをひどく傷つけた。

「芽衣、なにやってるの!ちゃんと援護しなさいっ!」

「や、やってますけど・・・!」

 半ば八つ当たりのようにも聞こえるが、実際芽衣の攻撃も当たっていないのだから言われても仕方ないと言えば仕方ない。一応、射撃能力としては真希のワンランク上を行く芽衣だったが、今回ばかりは相手が悪すぎた。

「このっ!」

 意気込み、肩部ライフル砲を撃ち込むが、やはり簡単にかわされる。

「なんで・・・!」

 いくら撃っても当たらないことに徐々にイラつき始めるが、相手は志乃さいか。芽衣や真希の知るよしもないが、ネオジオンのニュータイプ研究所でも抜群の戦闘能力を持った少女だ。生半可なパイロットでは、堕とすことはおろか、彼女に傷をつけることすらままならない。

「・・・生憎と、付き合ってられる時間は少ないので」

 さいかの言葉と同時、後部からファンネルが射出され、まず手近にいる真希へと放たれる。

「これは、サイコミュ兵器!?」

 ファンネルを見て驚愕する真希。実は話には聞いていたが、こうして実際に見ることは初めてなのだ。

 さいかの思念に則って動くファンネルは縦横無尽に、そして法則性などなしに乱れ飛ぶ。

「く・・・、この!」

 ファンネルに囲まれた真希は焦ったようにビームライフルやシールドマシンガンでそれらを堕とそうとするが、まるで当たらない。ニュータイプでもない真希が初見でそれらを迎撃するには、射撃の技量があまりに乏しかった。

「踊りましょうか、楽しいワルツを」

 その言葉とともに、ファンネルが踊る。

「く、ぐ、あぁぁ!」

 まさに四方八方。至る所から放たれるビームに、真希はろくな回避すら出来ずに貫かれていく。それでもどうにか急所は外しているが、はたしてどこまで持つか。

「先輩!」

 真希の危機に、芽衣は動きまわるファンネルに照準を定め、

「えい!」

 肩部ライフル砲を撃つ。それは偶然にも飛び回るファンネルの二つを貫いた。

「まだ!」

 ・・・どうやら偶然ではなかったらしい。続けざまに撃った二発、ともに再びファンネルを貫いた。

「あの人・・・?」

 さいかが遠くで見つめる中、芽衣は目を見張る射撃能力で次々とファンネルを堕としていく。

 どうやら芽衣は、誰かが危機的状況に陥ると自分の基準能力を超えるらしい。

 その様に、さいかはおもしろそうに笑みを浮かべると、

「あの人のほうが、堕としがいがありそうですね」

 真希に向けていたファンネルを一時収納すると、芽衣に向かって疾走する。

 それを見て、芽衣が叫ぶ。

「先輩、いまのうちに下がってください。この機体はわたしが抑えますから!」

「わ、わかったわ。気を付けなさい」

 がたつく機体をどうにか動かして下がって行く真希を一瞥するも、さいかはどうしようともしない。ただ、笑って眺めているだけ。

「一人で私を抑えると言う愚行・・・。やはりちゃんと実力の差は見せ付けなくてはいけませんね」

 すでにさいかの視界には芽衣の姿しかなかった。

 

「うぐぅ、祐一くんの邪魔しないで!」

 あゆのキュベレイMkUから幾多ものファンネルが放たれ、こちらに向かってくるガザDとズサはあっさりと撃墜されていく。

 もともとサイコミュ兵器はネオジオン、ひいてはジオンの技術である。そのため、連邦の兵士はそれなりに受けた経験のある者もいるが、ジオン系のパイロットにそれはいない。連邦にその技術がないためだが、それが如実に現れた結果だった。

「これで結構片付いたよね」

 ファンネルを収容し、辺りを見回せば敵のMSの姿はない。浮かぶのはただの残骸だけだが・・・。

「あれ・・・?」

 あゆはその残骸の中に気になるものを見つけた。

 ガザDやズサの赤や黄色の残骸の中に混じってまるで別の、白の残骸が浮かんでいるのだ。しかも気付いてみればその数は半端なものではない。

「これって、連邦の―――っ!?」

 それが連邦の機体の物であると気付いた瞬間、突如として放たれた大きなプレッシャー。赴く感覚のままに体は横に機体を動かし、上から飛来した強力なビームをかわしていた。

「なに、誰!?」

 あまりに強力なプレッシャー。それはさいかや、まして杏のものでもない。まったく異質、あゆの知らない気配だった。

 そしてあゆの向ける視線の先には、青い機体。不気味に漂う巨大なMAがそこにはあった。

「やぁ、会いたかったよ。・・・月宮あゆ」

 ノイエジールUα。ネオジオン最強の兵士、氷上シュンである。

「君は・・・なに?」

 あゆはなぜか『誰』ではなく『なに』と聞いた。本人はほぼ無意識に口にした言葉だったが、その発言にシュンはおもしろそうに口を歪めた。

「そうだな・・・、なんて答えれば君の質問にとって正しいか・・・。まぁ、とりあえず君の後輩・・・、いや、弟のようなもの、とでも言うべきかな?」

「えっ?」

「そうでなければ・・・、うん、君の過去を知る人物、ってことにもなるだろうね。ま、どの道君にとって僕は重要な人物であることに変わりはない」

「なに、なにを言ってるの・・・?」

 シュンの不可思議な言葉に疑問を隠せないあゆ。それに、なぜかただ知れぬ不気味さが体を覆っている。

「いや、君はあまり気にしなくて良いよ。記憶も曖昧な君にとって僕の存在はタブーでしかない。・・・それでも会いたいと思ってしまう僕のほうがきっと悪いんだろうけどね。しかし―――やっぱり君は連邦についたんだね。相沢祐一には会えたかい?」

「どうして君が祐一くんのことを知ってるの・・・?」

「さっき言ったはずだけどね?僕は君の過去を知る人物だと。それだけじゃない。君がどうして記憶を失ったのか、どうして相沢祐一も記憶がないのか。それらも全部知ってるよ」

「なんで・・・?どうして君がそんなことを知ってるの?」

「さてね。それが知りたければ・・・力付くで聞いてみるといい。そろそろ談話も終わりにしよう」

「っ!?」

 巨大なプレッシャーがさらにその密度を増していった。そのあまりの威圧感にヘルメットの間から汗が垂れていく。

「僕たちは戦争をしているんだしね」

 浮かぶ笑顔。あゆの背中に悪寒が走る。

 同時、ノイエジールUαの体から雨のようなビームが放たれた。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

RX−78GP04G−SF

ガンダム・ガーベラSF

武装:ビームサーベル×2

   ロングビームライフル×2

   フィフスブレード

特殊装備:プロペラントタンク×3

     シールド

<説明>

 GP04・ガーベラを現在のMSと戦えるように改修、さらに風子用にチェーンした機体。

 骨格から変更されていて、動きがスムーズになっているほか、ロングビームライフルが一丁増え、シールド内部にはフィフスブレードを装備。

 フィフスブレードとはシールド内に収納されたネオジオンのMSドライセンのトライブレードを強化した武器で、風子のヒトデの趣味にも合った作りになっている。

 なお、名称末尾の「SF」とは「スターフィッシュ」の略である。

 主なパイロットは伊吹風子。

 

 

 

 あとがき

 はーい、神無月です。

 佐祐理さん&美汐は強かった。

 彼女たち、いままでまともに戦ったことはありませんでしたが、実は彼女たちは乗っている機体も相成って、すごく強いのです。

 そして卑怯なくらいに強い氷上シュンも登場したので、祐一たちには少々荷が重いかもしれません。

 杏や椋、さいかも充分に強い部類に入るパイロットですからね。さて、どうなることか・・・。

 次回はもちろん、バトルの続きになります。そういえば、こういう切れ方は初めてか・・・?

 では、また。

 

 

戻る