Episode Z
【それぞれの思い】
月面。アナハイム・エレクトロニクスのドッグ内。
調整を進めるカンナヅキを、祐一はただ見上げていた。
「どうした、相沢。元気ないな」
「ん、あぁ」
後ろから声をかけてきた人物、潤だ。
「調整が終わるまであと三日ほどかかるそうだ。ま、しばらく休めて良いじゃないか」
「・・・そうだな」
「おいおい、本当に元気ないな。お前、相沢か?」
「俺はいつでも元気だったわけじゃないぞ」
半目で睨む祐一に潤はまぁまぁと手を上げる。
「それよりもお前、古河少将にまだ会ってないだろう? 早く行かなくていいのか?」
「なに言ってんだ。俺が古河少将に会うのは三時だぞ。今はまだ・・・」
そう言って腕時計を覗き込んだ祐一の顔が見る間に青くなっていく。
「・・・えーと、俺の時計が狂ってるんだよな、これ」
「その時計は何時を指してるんだ?」
「三時・・・十分」
「いや、その時計狂ってないぞ」
潤の言葉を聞くが早いか、祐一は最初からトップスピードで走り出した。しかも器用に、
「それを早く言えぇぇぇぇぇぇ・・・・・・!」
走りながら文句を言うというおまけつき。
高校のときはいつも名雪と話しながら早朝マラソンをしていた祐一だ。こんなことは雑作でもないのだろう。
祐一の文句を軽く流しながらその後姿を見ていた潤は、
「ふぅ。まったく・・・、変わってないな。あいつも」
どこか嬉しそうに笑った。
「うわ、本当にまずいな・・・」
腕時計を見ながら走る祐一。
ここから古河少将のいる部屋までには歩いて十分ほど。走ったなら五分といったところか。
「急がないとな!」
上官を待たせるなど、いや、それ以前に軍人が時間に遅れるなどあってはならないことだ。だから祐一はいっそうスピードを上げる。
しかし、前を見ずにスピードを上げたのが災いした。
ドカァ!
「のわっ!」
「うぐぅ!」
いままさに角を曲がらんとしたところで体に走るすさまじい衝撃。祐一はそのままスピードを殺せず壁に激突。思いっきり鼻をぶつけた。
「いたたたた・・・、おい、あゆ!」
ぶつかった犯人はわかっている。うぐぅなんて言葉、使う奴などあゆ以外にはいない。
そのあゆはというと・・・、
「うぐぅぅぅぅぅぅ!」
反動でごろごろと転がっていた。しばらくすると回転が止まりパタッと四肢が力なく倒れていく。そしてそのまま動かない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・動かない。
祐一は無言であゆの近くによって行くと、
「死んだふりか、あゆ?」
「うぐぅ!」
思いっきり背中を踏みつけた。
途端、がばっと跳ね上がり、
「足蹴にしたー! 祐一くんがボクを足蹴にしたー!」
「あゆ。鼻水出てるぞ」
「しかも無視するしー!」
と言いつつもしっかり鼻は拭くあゆ。
「わかってるの、祐一くん! 祐一くんは今、無抵抗の女の子を踏みつけたんだよ? しかも思いっきりだよ?
主人公にあるまじき行為だよ? そこら辺、わかってるのかな?」
「仕方ないだろう。いまのはどう考えてもあゆが悪い」
「なに、あまつさえ全部ボクのせい!? 悪魔だよ祐一くん! 確かにボクも脇目も振らず走ってたよ? でもね、」
「ほら見ろ。お前が悪いんじゃないか」
「話しは最後まで聞こうね祐一くん! 自分の罪を隠そうとしたってボクの目はごまかされないよ!」
「おいあゆ。そこらじゅうに鯛焼きが散乱してるんだが、それはお前のじゃないのか?」
「ああっ、ボクの鯛焼きが!」
思いっきりごまかされてるし。それはもちろん口にしないが。
そうとは気付かずにせっせと紙袋に鯛焼きを詰め込んでいくあゆ。と、ふと手を止め、
「・・・なんか、懐かしいよね。祐一くん」
「ああ、そうだな」
そう。それはあまりにも懐かしい光景で、ついつい悪乗りしてしまった。
お互いにわかっている。いや、正確に言うならぶつかるまでは忘れていた。
ぶつかった瞬間、そのあまりにも懐かしい「全てのもの」が昔のその光景だけを思い出させてくれた。
「他の事は思い出せないのにね」
「考えても仕方ない。少しずつ思い出していけば良いさ」
無理に思い出そうとすると頭痛が襲ってくる。だから、ゆっくりと。
「そう、だね」
鯛焼きを全て紙袋に詰め込み、埃を払って立ち上がる。
「で、あゆ。お前、これからどうするんだ?」
「鯛焼きを食べるよ?」
祐一は無言ででこピン一発。
「うぐっ! 痛いよ、祐一くん」
「あほう。そのこれからじゃない」
視線が合う。祐一の視線をあゆは真摯に受け止める。
「・・・ボク、捕虜だよ? 決定権は祐一くんたちにあると思うけど」
「その俺が、お前に聞いてるんだ。第一、鯛焼き抱えて走り回ってる奴のどこが捕虜だ」
それもそうだね、と小さく笑い、そして真剣な顔に戻っていく。
「ボク・・・、戦いたいな」
「自分の言ってること・・・。わかって言ってるのか?」
頷く。
「わかってるつもり。ボクがここで戦うってことは・・・、昔の仲間に銃を向けること」
「それがわかっていて、どうして戦うなんて言う?」
「それをボクに聞くの?」
いたずらっぽく笑う。
「だって、ボクはここで守りたいものが出来たから」
「あゆ・・・」
「祐一くんは、・・・ボクのこと、守ってくれないかな?」
上目遣いにこちらを窺うあゆ。
その視線を受け止め、祐一はあゆの頭に手を乗せた。
「守るさ」
祐一はそう答え、そのままくしゃくしゃと撫でる。
「もう、子ども扱いして・・・」
そう言ってはいるが、あゆの表情は嬉しそうだった。
「それじゃ、俺そろそろ行くな。急いでたんだ」
「あ、うん。ごめんね」
「気にすんな。今度は走らずちゃんと注意して歩けよ」
「わかってるよ」
よし、と祐一は頷くと再び走っていった。その背中に手を振って―――、
「あ」
そのときになってやっと気付いた。
激突の件が、いつの間にか自分だけの責任になっていることに。
カンナヅキの格納庫にはわずかな時間で増えたMSがずらっと並んでいる。
そのうちの一機、GP04・ガーベラに取り付いていろいろとかまっている男が一人。
もちろん、折原浩平である。そしてその横にも小さな人影が一つ。
「楽しいですか、浩平さん?」
木彫りのヒトデを胸にかかえた風子である。
「んー?」
ガチャガチャと配線をかまっている浩平には小さな声が聞こえない。仕方なしに腕を休めると、ちゃんと風子の方へと振り向く。
「なんだって」
「いえ、ですから楽しいですか、とお聞きしたのですが」
「これか?」
今までかまっていた配線の方を指差すと、風子はこくっと頷く。
「んー、そうだな。ま、好きな部類には入るな。特に改造が」
かく言う今もアナハイムでただ同然でもらってきたジャンクパーツを使用してGP04を改造している。目標は現在のMSにも引けを取らない、である。
「そうですか」
「それがどうした?」
「いえ、ただ暇だったもので」
「ふーん。そっか」
そうして再び配線の改造へと戻る。しばらくしても人の気配は消えないから、本当に暇なのだろう。
「・・・なぁ、風子」
だからかもしれない。ほとんど無意識に話しかけてしまっていた。
「はい? 風子を呼びましたか?」
「ああ」
「なんでしょうか」
さっきも言ったとおり配線をかまいながらでは会話はし辛い。かと言って再び向き合って話すのもどうかと思ったので、腕の稼働率を意識的に下げることにする。
「お前さ、本当に戦う気か?」
「はい」
「死ぬかもしれないのにか」
「はい」
「・・・どうしてそこまでする?」
一瞬考え込む気配。しかし、
「友達がいるから・・・では、駄目でしょうか」
はっきりとした声で答えは返ってきた。
「それは俺たちのことか?」
「はい」
「・・・ついこの前会ったばかりなのにか」
「友情に時間は関係ないと思います。それとも浩平さんが言った言葉は嘘だったんですか?」
『他人じゃないだろ。俺たちは友達だ』
確かにそう言った。そうだな、と浩平は思い直し、
「嘘じゃない。・・・ま、そうだな。友達が死ぬのは嫌だよな」
「そうですよ」
気のせいかもしれない。だけど、気配は笑ったように感じた。
「なんだかな・・・」
ただ顔が似ているだけなのに、風子といると心が落ち着く。もう心では区切りをつけていたつもりだったのだが、まだみさおに依存してしまっているのだろうか? それとも・・・。
「なにか言いましたか?」
「ん? いや、なんでもないよ」
風子は意外に鋭いところがある。いや、もしかしたら女の子はそんなものなのかもしれない。
ということで話を変えることにする。
「ところで、お前ってヒトデ好きだよな」
その言葉に気配が脈動する。見えていないのに、なぜか風子の目が光った気がした。
「浩平さんにもいよいよヒトデの素晴らしさがわかりましたか!」
「すまん。そんなことは微塵も言った覚えはないんだが・・・」
「ええ、確かにわかります。ヒトデの神々しさに当てられてしまったのですね。それはもう人として、いえ、地球上に生まれた生物として仕方ないことです」
すっぱりと無視された。
「まずヒトデのなにが良いかと聞かれれば風子はこう答えます。その愛らしさだと。いえ、決してヒトデの良い所はそこしかないというわけではなく、風子も苦渋の選択でそこを選びました。そもそもヒトデには素晴らしくない箇所というのは無い訳で、風子もできることなら全てですと一言で言いたいのですが、それではヒトデを理解できないのではと・・・」
「やれやれ・・・」
嬉々として語る風子のヒトデ演説には終わりが見えてこない。浩平はそのまま作業を続けることにした。
そして数分が経ったとき・・・。
「・・・ん?」
気付いてみると、風子の声が途切れていた。気配は消えてないから、いなくなったわけではないのだろうが・・・。
怪訝に思い、作業を中断して風子の方を見やる。と、
「風子?」
そこには恍惚とした表情のまま固まった風子の姿があった。
「おーい、風子?」
眼前で手を振ってみるが、まるでなんの反応もない。
「・・・・・・ふむ」
そんな風子を見て、浩平のいたずら心がちょっと疼く。最近ではなかったことだ。
浩平はしばらく考え込むと一度頷き、首にかけてあったタオルで目隠しをしてみた。
反応なし。
「鈍いなー。こいつ」
とりあえずこのまま放置することにする。浩平は再び作業へと没頭した。
そしてさらに数分。
「わぁぁぁ! 黒っ! 黒いです! 世界が黒いです! これが本当のお先真っ暗ですか!?」
突如わきあがった悲鳴(?)に、不覚にも驚いた浩平。
「すごいです! ・・・ではなく、まずいです! 風子、もしかして目が見えなくなってしまったのでしょうか!? このままではいけません! ヒトデのパワーで―――あいたっ!!」
ガコン、という鈍い音が格納庫にこだまする。どうやらどこかに頭をぶつけたようだ。
「まったく、なんだかなぁ・・・」
その様を見て、浩平は本当に久しぶりに笑っていた。
そして少し気になることが頭をかすめる。
・・・ヒトデのパワーって?
アナハイム・エレクトロニクスの支社があるここは通常グラナダと呼ばれる。
かつてはキシリア=ザビ少将率いる突撃機動軍第7師団が駐留していた場所でもある。
現在はどこに属することもなく中立的な場所・・・となっている。名目上は。
「なんか・・・目立つね」
グラナダ名物である(と言われている)月面ピザを租借しながら歩いていた名雪がやにわにそう言った。
「確かに・・・ね。これじゃあ、中立とか言ってても嘘っぱちって見て取れるわ」
答えたのは、名雪の横を歩く、こちらも月面ピザをほおばっている留美。彼女の視線は行きかう人々を越えて向こう―――、通路脇などの狭い道に向けられている。
はたしてそこに人がいた。道を歩いていく一般人とはまるで異質。情景から浮くように軍服を着た数名の兵士。肩には当然のように銃を担いでいる。
「エゥーゴ・・・か」
その軍服は連邦でも、ましてやネオジオンのものでもない。
Anti Earth Union Group。その頭文字をそれぞれとって、A・E・U・G―――通称エゥーゴと呼ばれる反地球連邦組織である。
スペースノイドに対するティターンズの重圧的な台頭に対抗するために作られた組織で、確かにその理念は全うしただろう。彼らの活躍がなければ今頃はさらに連邦はティターンズによって腐敗していたに違いない。が・・・。
「皮肉なものね。反地球連邦組織とか言ってたのに、ネオジオンの動きが活発になった途端、連邦に肩を貸し始めたなんて」
「う〜ん。でも、それは仕方のないことだと思うけど」
留美の言ったことは連邦に所属する大半の者の意見だろう。
もともとエゥーゴのバックは主に月の企業である。つまり、掲げる理念の通り、スペースノイドよりの軍隊だったのだ。
そうなると、自然ネオジオンとは近い存在である。
事実、グリプス戦役時にはエゥーゴとネオジオン―――そのときはアクシズだった―――は、一時だが手を組み、ティターンズと戦ったりもしている。・・・まぁ、先にも述べたとおりあくまで一時ではあったが。
アクシズの実質的な頭首―――ハマーンのあまりにも高圧的な思想や概念にエゥーゴが恐怖を感じたせいだ。・・・今となってはその判断は正しいと言えるが。
結局、グリプス戦役の最後は三者による三つ巴のままティターンズの壊滅によりひとまずの終了を迎えることになる。
エゥーゴもひたすらに疲弊し、戦力のほとんどを使用しなかったアクシズはそれを好機とし、・・・こうしてネオジオン抗争は開始された。
こうなっては、たまったものじゃないのが連邦とエゥーゴだ。ティターンズと言うエリート集団の壊滅した今、連邦は浮き足立ってしまい、また、ただでさえ軍としての力の少ないエゥーゴはダメージの回復すら出来ない状況だった。
こうして、その名称とは裏腹に、エゥーゴは連邦と協力してネオジオン討伐にかかっていると言うわけだ。・・・利害関係が一致していると言う薄っぺらな盟約によって。
こういう背後もあり、エゥーゴのスポンサーでもあるグラナダの連邦に対する態度はおおむね寛大だ。
・・・あまり変なことをして協力関係が切れることを嫌ってのことだろうが。
そんな関係を頭でたどり、留美は大きなため息をついた。
「結局、戦争ってそういうものよね」
「留美?」
「・・・ううん、なんでもないわ」
掲げた大儀のために戦うのが戦争だ。だが、勝ちを急ぐがあまり、それをないがしろにしすぎではないのか。
―――考えても仕方ないか・・・。私は別に連邦の掲げる大儀のために戦ってるんじゃないし、それに・・・。
そんなことを言う資格もないだろう、と留美は思う。自分が連邦に入隊した理由の方がよっぽど不純だ。
なんせただ一人の男と一緒にいたかったがために入ったのだから。
「む・・・」
思考がそこにたどり着くと、途端に留美の顔が赤く染まっていく。
「な、なに考えてるんだろう、私・・・」
いかんいかんと雑念を捨てるように頭を振る。
「留美・・・? 顔赤いよ」
「そ、そそそ、そんなことないわよっ!」
名雪に指摘され、ボッと真っ赤に染まる留美の顔。ここら辺は乙女っぽいのだが、いかんせん本人が恥ずかしがって隠してしまうので、結局がさつな面しか見えないのが悲しいところだろう。いや、無論自業自得ではあるのだが。
「わ、私のことより、名雪は良いの? こんなところにいて」
「うにゅ?」
「いや、だからさ、相沢のこと。あの月宮あゆって子と、なんかすごく仲良かったけど」
「あ・・・うん」
苦し紛れに話題を変えようとした留美の思惑は、はたして成功した。
だが、そのあまりに落ち込む名雪を見て、留美は申し訳なさを感じる。頭で考えるより先に口や体が動く留美にはありがちな失敗だ。いつもなおそうと考えているのだが、それでもこうなってしまうのは留美の留美たるゆえんだろう。
「ごめんね・・・。ちょっと考えなしな発言だった」
「ううん、そんなことないよ」
そう言って笑ってみせる名雪は、しかし空元気だとわかってしまう。
「あの子・・・。あゆちゃんの名前は昔、祐一から聞いたことあるんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。わたしも最近思い出したんだけどね」
そう言って名雪は虚空を眺める。その瞳には過去の光景が浮かんでいるのだろうか。
「でも、留美だって良いの?」
と、いきなり話しを変える名雪。留美はさっきの後ろめたさもあり、その話に乗ることにした。
「なにが?」
「だって折原君、なんかすごく風子ちゃんと仲が良いって聞いたよ」
「・・・まぁ、あれは仕方ないわよ」
「どういうこと・・・か、聞いても良いかな?」
留美は一瞬躊躇し、しかししっかりと名雪のほうへと顔を向ける。
「風子はね・・・。死んだ折原の妹にそっくりなの」
「え・・・?」
「私も最初はあの子の顔を見てびっくりしたわ。だって、本当に似ているんだもの。・・・ま、性格は全然違うけどね」
はは、と小さく笑う。
「折原は妹―――みさおちゃんの死に責任を感じてる。だから・・・え?」
喋っていた口がなにかに遮られる。
「名雪・・・?」
それは名雪の指だった。
「ごめん。わたしが聞いて良いことじゃなかったね。だから、もうそれ以上は言わないで」
「・・・名雪」
その名雪の手を取り、
「私もさっきはごめんね」
名雪は首を横に振り、微笑んだ。留美も釣られて微笑む。
二人の絆が垣間見えた瞬間だった。
「あら、七瀬じゃないの」
そんな時だった。その声が聞こえたのは。
「この声は・・・!」
留美はその方向へと振り向く。そこに立っていたのは二人の少女。そのうちの一人、前に立っている少女は留美のとっても知る人物。
「広瀬!」
「お久しぶりね。七瀬」
広瀬真希。
そう、あの『金色の鳥』と称される広瀬真希である。
「留美・・・?」
しかし、その真希をなぜか親の仇のように睨む留美。
「なんであんたがここにいる?」
その声は名雪でも聞いたことのないような低さ。どす黒い憎しみが込められている。
「当然じゃない。だって私カンナヅキ級二番艦、ムツキに配属されているパイロットだもの」
「なっ!?」
「なんでそんなに驚く必要があるの?カンナヅキ級戦艦量産計画は連邦の一大プロジェクトよ?
カンナヅキにはあなたがいるし、三番艦のキサラギにはあの『爆炎のジョーカー』と『盲目の緑風』がいる。なら、二番艦のムツキに私が乗ってるのも当然でしょう」
確かにそう言えるだろう。留美はその事実に舌打ちし、真希を見る。
「あら、怖い顔。なに、まだあのときの事を恨んでいるの?」
「当たり前よ! あんたの・・・、あんたのせいで折原はねぇ!」
「あ、なーに? まだあんな腰抜けの男のことを好いてるの?」
「っ!!」
あまりの怒りに留美は真希の襟首を掴み上げる。
「留美!」
「あんたは、あんたって奴はぁ!」
「上に命令されたら即刻遂行するのが軍人でしょう? それは当然のこと。
あのとき私がやったことだって命令されたことよ。それをあなたに攻められるいわれはないわ」
留美の迫力にまるで物怖じしないように・・・、いや、逆におもしろそうに笑いながら見下す。
その視線が、さらに留美の神経を逆なでする。
「あんたの取った行動は、そんな崇高なもんじゃない! あんたは折原が憎かったんだ!
自分よりも桁違いに強く、目立ち、上層部からの信頼を独り占めしていた折原が憎かったんだ!
あんたはくだらない、本当にくだらないジェラシーで、折原の目の前で瑞佳とみさおちゃんを殺したんだぁー!!」
さすがにその言葉にはカチンときたのか、真希の表情が変わる。
「私はそんなちゃちな理由で動いていたんじゃないわ! なによ、少しぐらい強かったからってそんな都合の良い解釈しか出来ないなんて、やっぱりあの男はヘたれね!」
「っ! 広瀬ぇぇぇぇぇぇ!」
ついに限界を超えた。留美は大きく拳を振り上げ、
「駄目、留美!」
その腕を名雪に掴まれた。
「離して、名雪! こいつは、こいつだけは・・・!」
「駄目だよ、留美! 軍の人間が軍の人間に暴力をふるったら軍法会議だよ!」
「わかってる! わかってるけど、でも・・・!」
「留美ぃ!」
「っ・・・」
純粋に自分のことを案じている名雪の声に、留美は仕方なしに拳を下げる。
真希は鼻で笑いながら襟元を掴んでいた留美の手を払い、
「ふん。賢い同僚に助けられたわね、七瀬」
そう言いながら、襟元を正す真希。
「広瀬先輩!もうこれ以上相手を挑発しないでください!」
と、そこで今まで黙っていた少女が真希を制止した。
「芽衣、あなたいつから私に口答えが出来るまで偉くなったの?」
「階級なんて関係ありません。過去に先輩方になにがあったかは知りませんが、これ以上は見過ごせません!」
芽衣と呼ばれた少女は、その優しそうな見た目とは裏腹に力強く言葉を紡ぐ。芯はすごくしっかりしているのだろう。
「・・・そう、なら勝手にしなさい」
真希は本当につまらなそうにそう言うと、踵を返してそのまま消えていった。
その後姿を見届けると芽衣は振り返り、ぺこっと頭を下げた。
「本当にすいません。先輩にかわって謝らせていただきます」
「え、えっと・・・?」
きょとんとその姿を眺める留美。なんかふにゃふにゃと力が抜けていってしまった。
「では、わたしもこれで・・・」
そう言って少女はもう一度頭を下げると真希を追って走り出そうとし、
「あんた、名前は?」
留美に止められた。少女はあ、と呟くとくるっと振り返り、
「申し後れました。わたし、春原芽衣といいます。階級は軍曹です。今後ともどうぞ、よろしく」
そうにこっと言って走っていった。
「留美・・・」
「大丈夫よ、ごめん」
深呼吸して心を落ち着ける。芽衣のおかげで毒気を抜かれたのも重なって、案外早く平常心を取り戻せた。
そうして留美は名雪の手を掴み歩き出す。
「さ、行こう、名雪。せっかくの休みなんだし、こんなことで台無しにされてたまるもんですか」
「うん、そうだね」
グラナダ。一般シャトルのゲート。そこには三つの人の姿があった。
「本当に行っちゃうの?往人さん」
「うぬぬ、せっかくまた会えたのに・・・。またさよならなんて寂しいよ」
「今生の別れでもあるまいし、またいつか会えるさ」
観鈴と佳乃、そして往人である。
「往人さんはこれからどこに行くの?」
「そうだな・・・。ここら辺のコロニーはもう全部回ったからな・・・。地球にでも降りようかと思ってる」
「地球か・・・。随分と遠いねぇ」
「そうでもないだろ?お前たちも今日から地球連邦の一員なんだ、地球に来る機会だってあるだろう」
あっ、そっかと二人して納得する。そんな二人をやれやれと、しかし微笑みながら、
「ま、頑張れ。お前たちが自分で決めた道だ」
そう言って往人は二人の頭にポンと手を乗せる。
一瞬二人はきょとんとするが、すぐに笑顔になると、
「「うん!」」
元気に頷いた。
振り返る。まだ、二人はこちらに手を振っていた。
その光景をどこか悲しそうな、やるせないような顔で眺める往人。
「晴子、聖。お前たちがいくら戦争からあの二人を遠ざけようとしても駄目だったみたいだな」
顔を戻す。
「聖、お前は何で佳乃を捨ててネオジオンになんか行った?」
思い出されるのは二年前のあの言葉。
『国崎君。私は・・・この世界がなければと思うことがあるんだ』
その言葉を往人に残して聖は佳乃の前から消えた。
しばらくして、往人が旅をしている最中に聖がネオジオンにいることは風の噂で聞いている。
「・・・いったいなにを恨んでいた?」
あの台詞を言ったときの聖の横顔が今も目に焼きついて離れない。
あの、全ての者を憎み殺すような、滲み出る負の感情を。
「・・・すこし探ってみるか」
そう独り言を呟いて―――気付き、薄く笑った。
「俺は・・・意外に世話焼きだったんだな」
まぁ、それも悪くないかと思い、往人は歩を進めた。
舞は一人ぶらぶらとグラナダの町を歩いていた。
手にはついさっき熊の着ぐるみからもらった風船がある。見た目は熊なのか犬なのか、はたまたうさぎなのかよくわからないへんてこな風船だ。
だけど、どんなにへんてこであろうと舞はその風船が気に入っている。付き合いの長い者でなければわからないが、いたくご機嫌だ。
舞の雰囲気にその風船は極めてナンセンスに見える。行きかう人々はその舞の姿を奇異の目で見ているが、舞は気にしていない。
「あれ、川澄さん?」
「・・・?」
不意に名を呼ばれそこへ振り向くと、そこには月宮あゆの姿があった。
「・・・あゆ」
「川澄さんもお買い物かな?」
「・・・ううん。ただの散歩」
「そっか。それじゃ、一緒にいい?」
「別に、かまわない」
そう言うと、あゆは幼い子供のように嬉しそうに笑うと、とことこと舞の隣に並んだ。
「祐一と一緒じゃなかったの?」
「祐一くん? ううん、なんか急いでるって言って走って行っちゃったよ」
「・・・そう」
ほのかに胸が疼くが、そこを素直に言えないのが舞の悲しいところか。
「ねぇ、川澄さんも食べない?」
言われて今気付いたが、あゆはその腕の中に何かを抱えていた。そこに手を突っ込み、
「はい、鯛焼き」
「・・・鯛焼き?」
確かに鯛焼きである。しかもホカホカ。
と、いうかこのグラナダはピザだけでなくこんなものまで売っていたのか。
「あれ、川澄さんは鯛焼き嫌い?」
いつまでも受け取らないことを、そう解釈してしゅんとするあゆ。それに舞は首を横に振ると、
「嫌いじゃない」
そう小さく笑って言って、受け取る。そしてそのまま一口。
「・・・甘い」
そんな舞に一瞬あゆはぽかんと、しかしすぐに笑い出し、
「そりゃあ、鯛焼きだからね」
「でも、おいしい」
「うん! 鯛焼きはすっごくおいしいんだよ♪」
まるで自分が褒められたかのように胸を張るあゆ。そんなあゆを見て、舞は目をつぶり笑みを強め、
「あゆはおもしろい」
「うぐっ? それって褒め言葉かな?それとも貶されてる?」
「・・・どっちだろう」
「うぐぅ、川澄さんひどいよ」
そう言って二人はお互いに笑いあった。
そうして歩いていると、いつのまにかアナハイムの支社近くまで来ていた。と、
「・・・ちょっと待って」
「うぐぅ、どうしたの、川澄さん?」
関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板の先、その廊下の窓の向こうにはドッグに収容され、いまも修理中のカンナヅキが見える。
それを食い入るように眺めている人影がそこにはあった。
「そこにいるのは、誰?」
「っ!?」
帽子を目深にかぶった人影は舞の言葉に驚いたように肩を震わすと、
「・・・!」
いきなりこっちへと突っ込んできた。・・・殺気を纏って。
「あゆ、離れて」
「え、え? うわぁ!」
答えを聞く前にあゆの背中を突き飛ばす。
繰り出される右の拳。顔めがけ放たれたその拳を左手で払い、カウンターで蹴りを放つ。
相手はその行動に即座に気付くと、左足で蹴りをガード。そのまま体を沈み込ませ肩で体当たりをしてくる。
「く・・・!」
咄嗟に後方へと跳ぶが、それでもダメージが腹に響く。よろけた舞の隙を逃さないとその謎の人影は追撃を仕掛ける。
「ふっ!」
右、右、左のコンビネーションから回し蹴り、さらに膝蹴りから反動でかかと落しまで繋げる。そのあまりにも華麗なる連撃を、しかし全て舞はギリギリの範囲でかわし続ける。
「・・・っ!」
が、それも正直言ってかなりきつい。剣さえあれば互角に戦えるのに、と心中で呟くが、それは叶わぬこと。
それに、逆に言えば剣を持たなければ互角に戦えない相手だ。このままではやられる。
「しぶとい!」
初めて相手から聞こえた声―――、イラついたような声が聞こえてきた。
その相手が体をひねったかと思った瞬間、
「く!」
足首に走る衝撃。それが足払いだとわかった瞬間にはすでに視線は天井を眺めていた。続いてくる背中を打ち付ける衝撃。
「ごほっ」
その衝撃に咳き込む舞の視線の先、まるで手を緩めるつもりのない相手はとどめを刺さんと拳を振り上げ―――、
「駄目ぇぇぇ!」
突如突っ込んできたあゆのタックルに吹っ飛ばされた。
「あ・・・ぐ!」
不意の衝撃に、それでもちゃんと受身を取るその人物。少しはダメージがあるのか、横っ腹を押さえている。
「大丈夫、川澄さん!?」
「・・・うん。ありがとう、あゆ」
ぜんぜん大丈夫そうには見えないが、それでもその程度の痛みには慣れているのだろう。すぐに立ち上がる。
「・・・」
「・・・」
そうして睨み合うこと数秒。
「・・・ちっ」
その人物は走って逃げていった。
「あ、逃げたよ!」
「かまわない。そんなことより・・・」
舞は足元に落ちたいたとあるものを拾う。さっきのあゆのタックルであの人物がそれを落としたのを舞はしっかり見ていたのだ。
「それは・・・?」
「身分証明書・・・みたい」
舞とあゆが覗き込むその証明書の中には、
「カラバ所属、天沢郁未少尉・・・?」
そう書かれていた。
「遅いですね」
広い空間にぽつんと座る女の人が一人。時計を見ながらそう呟き、しかしすぐに笑みを浮かべると、
「きっとなにかあったんでしょうね」
そんな解釈をしてしまうこの人は古河早苗。
連邦のアキレス腱とも呼ばれる、部下からもっとも信頼の厚い上官だ。
と、彼女のいる部屋の扉が突如開く。
「す、すいません! 遅くなりました!」
入ってきたのは、息も切れ切れになっている青年―――祐一である。
「随分遅かったですね。どうしました?」
「え、ええ。いや・・・」
あゆと話し込んでいたら予定以上に遅くなってしまった、などとは言えるわけもない。
「あ、別に攻めてるわけじゃありませんよ?ただ、なにかあったのかなと思っただけですから」
優しそうに笑う。
その笑顔を見ただけで、祐一は早苗がどうして兵士から信頼されるのかを納得した。
その視線に早苗が気付き、
「なにか、わたしの顔についていますか?」
自分の顔をぺたぺたと手で触ってみたりしている。 その光景があまりにおかしくて、祐一はつい噴出してしまった。
「あ、なにを笑ってるんですか?」
「い、いえ、すみません。つい・・・」
つい、で上官を笑ったなどと本来ならクビになりかねない行為だ。しかし、早苗はやはりそんな些細なことを気にするような人ではないらしい。
早苗は書類の束を手に取り、
「では、まずこれを」
そうして一枚の紙を祐一に渡す。
「データは見させてもらいました。志願を受理し、スコア等も参考に階級を定めました」
祐一は頷き、その紙へと視線を落とす。
そこに書かれているのは人物の名前と階級。
川澄舞:曹長。
神尾観鈴:少尉。
伊吹風子:曹長。
霧島佳乃:軍曹。
それを確認し、祐一は視線を上げる。
「観鈴が少尉ですか?」
「その子のスコアを見たことありますか? たったこれだけの短期間で十機以上を堕としているんですよ?
これはエースと言っても過言ではないレベルです」
確かに、と思う部分もある。その観鈴の力に助けられたことも少なくない。実力だけを見るのなら名雪よりも強いだろう。
納得し、話を進めることにする。
「あと、捕虜の件ですが」
「あ、そのことなんですが・・・」
「はい。なんですか?」
「その捕虜が連邦に入隊を希望しています」
早苗は一瞬考え込み、
「どういう理由でですか?」
その質問にどう答えていいか数秒迷ったが、結局素直に言うことにした。・・・この人相手なら、その方がいいと思ったのだ。
「・・・俺の知り合いなんです」
視線を曲げず、そう答える。
早苗は値踏みするようにその目を眺め、
「・・・信頼してるんですね」
フッと、笑みを浮かべた。
早苗はどこからか書類を取り出すとなにかを書いて祐一に渡した。
「連邦の入隊証です。ネオジオンの捕虜となると扱いが大変ですから、一からの入隊としてごまかしちゃいます」
「えっ」
さらっと、上官にあるまじき台詞の早苗に半ば呆然とする祐一。早苗はいたずらっ子のように小さく笑うと、
「あ、もちろん誰にも言っては駄目ですよ? 内緒ですからね」
口元に指をあてて内緒のジェスチャーをする。
祐一は小さく笑うと、はい、と頷いた。
「あと、相沢さんに正式にカンナヅキの艦長の任が降りています」
「そうですか」
これは多少予想していたことだ。潤が二番艦ムツキの艦長に就任したと聞いたときから。
「上層部も相沢さんには期待していましたよ。その指揮能力は一ノ瀬少佐にも引けを取らないって」
「買いかぶりすぎです。俺はそんな・・・」
「謙遜しなくて良いですよ。あと、それと同時にMSも追加されます」
早苗がコンソロールを叩き、モニターに二機のMSが現れる。
「これは・・・?」
「向かって右側がZプラスC型。そして左側がゼク・ツヴァイです。
ZプラスC型は宇宙専用ですが、あのZガンダムの量産機ですから性能は一級品です。
ゼク・ツヴァイはペズンが反乱のさい使っていた機体を終戦後押収したもので、性能はやはり高いです。装甲、武装が強力で、その大きさにしては素早い移動も可能です。もちろん、ZプラスC型には劣りますが」
機体性能の説明を受け、思考を巡らせる。
―――もらえるのは嬉しいがなんとも・・・な。
モニターに映る二体のMSは明らかに中距離から遠距離戦仕様だ。今現在、MSがなくてあぶれてるのは風子と佳乃だが、この二人は共に近距離を得意とする者たちだ。相性が合わない。
それに浩平がGP04を改造しているようだから、これが風子の機体となるのだろうし。
「どうしました?」
「あ、いえ」
ま、とりあえず貰えるものは貰っておくか、ということで祐一は思考をまとめた。
カンナヅキがアナハイムに入航してはや二日。やっとのことで補給艦と合流したグワンランの中は、いつもより少し賑やかだ。
「お久しぶりですね、二人とも」
「秋子さんも」
そう言って笑顔で返すのは佐祐理。その後ろには美汐もいる。
「これが今回の搬入リストです。ご確認ください」
佐祐理は脇に挟んでおいたリストを秋子へ渡す。それを受け取り秋子はさっと目を通す。
「ガザDが十機にズサが八機ですか。・・・あら、ガンダムグリューエルを改良したんですか?」
目に付いた箇所にはガンダムグリューエル改と書かれていた。
「はい。と言っても、ファンネルを搭載しただけですけど」
そのようだ。もともと遠距離戦を想定した機体であるようだし、ファンネルを乗せるのは良いことだろう、と秋子は思う。
と、いきなりブリッジの扉が開き、
「佐祐理!」
嬉しそうな表情で杏が入ってきた。椋とさいかも一緒だ。
「杏さん。お久しぶりです」
振り向き、笑顔で迎える佐祐理。
「本当、何年ぶりかしら」
「あははー、まだそんな経ってませんよー」
「あれ、そうだったっけ?」
そうして二人が久しぶりの再会に話の花を咲かせていると、
「おや。お邪魔だったかな?」
ブリッジに入ってくる男の姿が。
「氷上さん」
佐祐理の呼び声に、その男は少し遅れてしまったよ、と小さく笑った。そのまま前へ進み出て、
「僕は氷上シュン。階級は大尉。よろしく、水瀬秋子さん」
そう紹介すると、笑顔のまま秋子に手を差し出す。
それが握手を望んでのものだと気付き、秋子もそれに答える。
「ちょっと、あんた。上官にため口とはどういうこと?」
そこに杏がシュンへと突っかかる。
「秋子さんはそういう部分でフランクだと聞いていたけど。おや、違ったかな?」
「いえ、良いんですよ」
秋子がそう言ってしまえばもはや杏が口出しすることはない。だが、初対面からため口を利くような奴はどうしても気に食わなかった。
「それでは・・・、このリストに載ってるMAは」
握手を解き、再び搬入リストに目をやった秋子に、シュンは首を縦に振る。
「ノイエジールUαのことかい? それなら確かに僕の機体だ」
けろっと言うシュンに、秋子は多少の驚きを感じていた。
あれは並みのパイロットが使いこなせるものじゃない。ただでさえ使いにくいノイエジールにサイコ・コントロールシステムを搭載した機体だ。
それを任せられたパイロットと言うだけで、その力量の高さが窺える。
「敵は強いらしいね」
シュンの視線は秋子に向けられたままだ。だから秋子は頷く。
「強いです。甘く見ていると痛い目を見るぐらい」
成る程、とシュンは呟き、
「おや?」
何かに気付いたのか辺りをきょろきょろと見回し始める。
「月宮がいないみたいだけど?」
その言葉に、杏や椋の表情が固まる。その様を横目で確認し、秋子は自分の口から言うことにする。
「戦闘中連邦に捕まりました。・・・捕虜です」
「捕虜・・・? あのカンナヅキにかい?」
秋子は沈痛な面持ちで頷く。
「ふーん。そっか」
得心がいった、といった感じにシュンは頷くと、
「・・・そうなると、次に会ったときは敵かもしれないね」
「え?」
「ああ、いや。こっちの話だよ」
気にしないでくれ、と手を振りながらシュンはブリッジを出て行った。
「なんなの、あいつ」
毒吐く杏。どうやらシュンのようなタイプは大嫌いなようだ。
ふん、と秋子のほうへと振り返り―――、と、その途中。そのシュンの背中を妙な表情で見届けている少女が目に付いた。
「・・・さいか?」
「あ・・・、はい?」
彼女にしては珍しい、ボーっとした反応だ。
「あいつのこと知ってるの?」
杏の何気ない質問に、さいかは一瞬表情を強張らせるが、すぐにいつもの無表情に戻すと、
「・・・名前だけは。でも、直接の面識はないです」
それだけ言うと、さいかはなにか逃げるようにブリッジから出て行った。
「・・・?」
気になるが、いつまで訝しんでいても仕方ない。秋子のほうへと向き直る。そこでは佐祐理と秋子が話し合っていた。
「それで、カンナヅキは?」
「月に入航して既に三日が経過してます。そろそろ出てくる頃でしょう。着いたばかりの佐祐理さんたちにはすぐに出撃してもらうことになるかもしれませんね」
「気にしないでください。それが佐祐理たちの仕事ですから」
そう笑って言った佐祐理に、秋子は少し複雑な笑みを顔を浮かべていた。
「さて・・・」
シュンは通路をゆっくり漂っている。
無論、戦艦内は無重力なのだから必然と浮いてくるわけだが、それにしてもゆっくりすぎる。まるでなにかを待っているような・・・。
「氷上シュン」
と、そこへシュンの名を呼ぶ幼い声が通路に響いた。
その声にシュンは口を緩め、ゆっくりと振り返る。
「やぁ、志乃さいか」
その視線の先。やはり漂うようにゆっくりとこちらへ近づいてくる志乃さいかの姿があった。
二人はしばしお互いを眺める。と、
「どうして、あなたがここにいるのですか?」
最初に口を開いたのはさいかだ。
「命令だからさ」
「・・・嘘」
「嘘なもんか。僕はただの一兵士だよ?独断で動けるわけがない」
「あなたならしかねない」
「おやおや。随分と僕を買いかぶっているようだけど、そんなことできないよ。それに」
そこで一度言葉を区切る。一瞬上を仰ぎ、そして再び視線をさいかへ。
「君こそどうしてここにいる?」
その言葉に、空気が固まる。
まるで時が止まったように両者も動かない。
お互いの視線は絡まったまま。そのまま数秒、数分が過ぎ・・・、
「ま、僕にはどうでも良い事だけどね」
シュンは先に視線を外した。そのままさいかに背中を見せ、
「君の目的がどうであろうとかまわない。だけど、あまり僕の邪魔はしないでくれよ」
そう言ってトンと地を蹴る。それだけで体は動き出す。と、
「兄さん!」
さいかの言葉が通路にこだました。
シュンは顔だけを振り向かせて、
「君の価値、その目で見極めると良い。・・・我が妹よ」
MSの搬入も終了し、カンナヅキとムツキは出港準備に入っていた。
「相沢、どう思う?」
「・・・十中八九待ち構えてるだろうな」
カンナヅキ作戦室。そこで祐一と潤は月周辺の地図をモニターに映し、それを眺めていた。
「あれから三日。ネオジオンの方も補給は終わってるだろうし、戦闘禁止区域から出たら攻撃してくるだろ」
祐一の言葉に潤も頷く。
「そうなると、進路は地球だから・・・。戦闘はこの辺か」
言って、潤はモニターの一点を指差す。
「だろうな。今回は北川の隊もいるからいままでよりは楽になるか・・・」
いや、と自分の言葉に首を振る。
あのネオジオン艦の艦長がそんな状況を看破できてないとは思えない。とすれば、戦力を増強するとかなにか思いもしない作戦でも練っているだろう。
「・・・どの道やっかいなことに変わりはない、と」
嘆息する。かと言ってここでうだうだしていても仕方ない。
「行くか。敵がどう出ようとこっちは戦うことしか出来ない」
「だな」
潤が頷き、作戦室を後にするのを確認し、祐一はブリッジへと移動する。
ブリッジに着いてみると、そこにはパイロットの面々が集まっていた。
「どうした」
「ねぇ、ボクどうなったのかな?」
訊ねてきたのはあゆ。そういえば報告していないことを思い出し、せっかくみんな集まっているのだから紹介がてらみんなにも言っておこうか、と考える。
祐一はあゆの隣に立つと、
「前も言ったと思うけどこいつは月宮あゆ。これからは俺たちと一緒に戦う仲間だ。みんな、よろしくしてやってくれ」
「えぇ!?」
みんな驚いた顔をしたが、なぜか声を上げて驚いたのは当人のあゆだった。
「なんでお前が驚く?」
「え、いやだって。まさかこんなに早く決まるなんて思わなかったから・・・。連邦って以外に太っ腹?」
それはある一人の上官の独断であったが、そんなことを言うのは野暮なので言わないことにする。
「さ、紹介もすんだことだし、みんな第二戦闘配備で待機していてくれ」
「第二戦闘配備?」
首を傾げて、名雪。
「ああ。戦闘禁止区域を出たらおそらくネオジオンが攻めてくるだろうからな」
「あ、なるほど。わかったよ」
納得し、ブリッジを後にするパイロットたちその姿を眺め、なぜか首を傾げているあゆ。
「ねぇ、祐一くん」
「うん?」
「いまの人、確か・・・水瀬、名雪さんだよね?」
「そうだけど。それがどうした?」
「うーん。ボクね、水瀬って苗字、どこかで聞いた気がするんだよ」
「気のせいじゃないか?」
「んー。でも、水瀬ってそんなにメジャーな苗字じゃないし・・・」
「とりあえず気にすんのは後にしろ。ほら、第二戦闘配備だぞ」
「うぐぅ。わかったよ」
いまだなにか引っかかっているのかしきりに首を傾げながらブリッジを出て行った。
そうしてカンナヅキとムツキは月を出航した。
それからおよそ一時間と少し。
祐一は手元のモニターに映る地図を見て、そろそろだな、と確認する。
艦内通信を開き、
「各員、第一戦闘配備に移行。じきにネオジオンが攻撃してくるはずだ。気を抜くなよ」
祐一と潤の読みは正しかった。第一戦闘配備に移行した途端、レーダーが敵艦影を捕捉したのだ。
「ライブラリー照合。・・・間違いありません、敵グワンバン級です」
「各MS発進準備完了次第、発進。ミノフスキー粒子散布。ムツキと連携を取る。距離、一定を保てよ」
そこまで命令を出すと、祐一は手元のコンソロールを操作してある人間に通信をつないだ。
あゆはキュベレイMkUのなかで意識を集中させていた。
目の前で留美の乗るBDが発進していく。その後に続くようにカタパルトに接続し、
「ん?」
そこに、通信を知らせる電子音が鳴り響いた。繋いでみると、モニターには見慣れた顔が映る。
「祐一くん? どうしたの。もう出撃だよ」
『・・・あゆ、本当に戦うのか? お前は昔の仲間に銃を向けるんだぞ』
それは最後の確認だったのだろう。元仲間を目の前にして、まだ決意は変わらないのか、と。いまならまだ戻れる、と。
だが、あゆは笑う。
「そうだね。それは確かに心苦しいけど、でもボク言ったよね? ここで守りたいものが出来たから・・・って」
『あゆ・・・』
「祐一くん。戦争で戦う理由ってそれが一番大きいと思うんだよ」
そう笑って言って見せて、
「キュベレイMkU、月宮あゆ、いくよ!」
あゆは宇宙へと飛び出した。その後ろ姿を祐一はブリッジから眺め、
「守るために戦う・・・か」
その言葉を自分の心に浸透させるかのように反芻していた。
「本当に良いのね?戦場に一緒に出るからには・・・あてにするわよ?」
「うん。大丈夫だよ」
隣に並んだBD―――、留美に対して力強く頷く。そして気合を込めてこちらに向かってくるグワンランを視認する。
これからボクはあの艦にいるみんなと、杏さんたちと戦うんだと再認識し、
「あれ、水瀬・・・。あぁ!」
そのときになってやっと気付いた。その名をどこで聞いたのか。
「そうだよ、思い出した! グワンランの艦長だよ!」
「なにが?」
「だから水瀬! グワンランの艦長が水瀬秋子って言うんだよ!」
「「「えっ?」」」
その声は三人。祐一と留美と・・・、そして名雪。
「お母・・・さん?」
虚空に浮かぶネオジオンの艦に、名雪はそう呟いていた。
オリジナル機体紹介
RX−90−2−G
ガンダムグリューエル改
武装:ビームライフル×2
ビームカノン×2
アサルトビームキャノン×2
ミサイルポッド×2
胸部ガトリングガン
頭部バルカン
ファンネル
特殊装備:Iフィールド
<説明>
ガンダムグリューエルにファンネルを搭載したもの。
その他はこれと言った変更点はないが、多少エネルギーが増加している。
主なパイロットは倉田佐祐理。
AMX−002S−α
ノイエジールUα
武装:ビームサーベル×2
80mmバルカン砲
ビーム砲×2
ファンネル
特殊装備:Iフィールド
<説明>
かの有名な『ソロモンの悪夢』アナベル=ガトーがデラーズ紛争の時に使用した機体の改修版。
本来は『赤い彗星』であるシャア=アズナブルの専用機として作成されカラーリングも赤になったが、結局そうなることはなかった。
長い間使いこなす者が現れず、格納庫に眠っていたが、つい先日使える人間が現れたため、急遽その人物用にチェーニングされた機体。赤い塗装も廃止され、パイロットの言い分で青に染められた。
主なパイロットは氷上シュン。
あとがき
どもっすー、神無月です。
いやいや、今回はいろいろとありましたねー。長かった・・・。いままでで一番長かった・・・。まぁ、複線があったほうが物語りは楽しくなります。筆者の中ではとりあえず思っている通りに話は進んでいます。びっくり順調。おーるおーけー。
すいません。なんか脳内アドレナリンが分泌されまくりで調子が・・・(笑)
今回。少し補足があります。作中でグラナダにエゥーゴの兵士が確認できるぐらいにたくさんいたのはちゃんとわけがあります。
ZZに詳しい人ならわかってるかもしれませんが、現在作中の設定は八月頃。
そうです。ついこの一ヶ月前に、グラナダはネオジオンによって爆撃を受けていたのです。その関係で警備が多くなっていたのですが・・・。
すいません。作中にその話を書き忘れてしまいました。
さぁ、いよいよ名雪が母、秋子の存在をネオジオンに確認。次回物語は大きく揺れることになります。こう御期待!