Episode Y
【少女たちは戦場に立つ(後編)】
パァン!
そんな乾いた音と共に宇宙は一瞬黄色に輝いた。
「撤退信号・・・ですか」
グワンランから放たれたであろう信号弾を横目に、さいかはそう呟いた。
「なにかあったのですかね」
しかし、撤退には賛成だった。
さいかの乗るキュベレイMkUの損傷は少なくない。ファンネルも最早なくなるのも時間の問題であったろうし、そうなればもうこの相手には勝てなかっただろう。いや―――、
「負けていた、の方が正しいですかね」
対峙するこのパイロットは確かに強い。が、単純な腕だけなら同等だ。
問題は機体性能の方にある。このガンダム、明らかに過去のMSの全てを逸脱した反応速度と瞬間的な移動速度を実現している。おそらく、現在でもこのMSを越える回避能力を持つ機体はないだろう。
「・・・逃げないの?」
無傷のアークレイルに乗る舞がそう告げる。前回の戦闘で黄色の信号弾が撤退のサインであることは知っていた。
「逃がしてくれるのですか?」
「無駄な戦いはしたくない。・・・あなたが私たちを襲わないのなら戦う意味はない」
「・・・そう、ですか」
さいかはその言葉に笑みを浮かべた。―――それは、嘲笑。
「では、今回はお言葉に甘えて逃げることにします。ですが・・・」
キュベレイMkUを反転。そして、
「その甘さ。戦場ではいつか我が身を滅ぼしますよ」
最後にそうとだけ告げてグワンランの方向へと消えていった。
杏と留美の戦いはその苛烈さをさらに激しく、厳しくしていた。
「いい加減に堕ちなさい!」
「それはこっちの台詞よ!」
二人のMSはお互いもうボロボロだ。留美のBDは右腕、左足が欠け、ビームライフルはとっくの昔に破壊されている。
対する杏のジャムル・フィンは、見た目こそ左足がないだけだが、ミサイルは撃ち尽くし、ハイメガキャノンを撃つエネルギーももう残っていない。
残る武装はメガビーム砲だけだが、これもそろそろエネルギーが尽きようとしている。
それでも二人は戦いをやめようとしない。杏に至っては撤退信号すら見えていない状況だ。
「そこっ!」
杏のメガビーム砲が連続で放たれる。エネルギー切れのことなどまるで考えていないかのような撃ちっぷりだ。
「マリオン!」
おかまいなしにビームサーベルを掲げて突っ込む留美。叫ぶその言葉に、
『EXAMシステム、スタンバイ』
コンピュータが人工肉声で答えた。
刹那、BDが一瞬青く輝き、メインカメラは鮮血のような淡い赤に染まる。
「見えた!」
一撃一撃が必殺必中になり得るメガビーム砲のことごとくをかわしていく留美。そして、そのいままでにない動きを見せられ驚愕する杏。
「なによ、あの反応の速さ!」
「はぁぁ!」
わずか数瞬で懐に飛び込んだBDがビームサーベルを横に薙ぐ。
「くっ!」
機体を反らすも、かわしきれず両足を切り払われるジャムル・フィン。
機体がバランスを崩し、動けない間にも留美はそのままの反動で再び斬りかかってくる。
「これで―――終わりよ!」
BDのビームサーベルがジャムル・フィンを一刀両断しようとしてしかし、
「なめないでよね!」
至近距離から放たれたメガビーム砲がBDの左腕を消し飛ばした。
「!」
「腕はもうない。あんたお得意の接近戦はこれでおしまいよ」
すかさず杏はメガビーム砲を乱射。この距離なら照準など意味などない。
「うあっ!」
二、三発当たるも、なお堕ちるにはほど遠い場所ばかり。この距離で最小の損害で済ませている。
なんとか後退しようとするが、
「逃がすか!」
ここぞとばかりに接近してくる杏。
「しつこいわね! あんた男にもてないでしょう!」
「や、ややや、やっかましいわよ! あんたよかなんぼもましよ!」
なぜか杏は顔を赤くしてわけもわからない反論をする。何か思うところがあるのか・・・?
そんな瞬間、
「っ!」
視界の端に映ったそれを知覚するより早く杏の体はジャムル・フィンを下げていた。半瞬後、そこを一条のビームが飛びぬけていく。
その先、青く輝く宇宙を睨み―――、
「観鈴!」
留美の言葉を具現するかのようにそこから現れた漆黒のMS、その疾風の如き速さは紛(まが)うことなく観鈴のジム・クロウであった。
観鈴は再び留美から杏を離そうとビームを撃ち続ける。その射撃は杏から言わせればまだまだだが、単機でガザ隊を全滅させた強さは伊達ではない。こんな状態のジャムル・フィンではかわせるものもかわせない。
仕方なしに下がり続ける杏。そこへたいした傷も負ってない椋のジャムル・フィンが近寄ってきた。
「お姉ちゃん、もう下がろう。撤退信号も出てるし」
「え・・・?」
戦闘に集中していてそのことに気付いていなかった杏は、その椋の言葉に驚く。
が、椋が言うからには本当のことなのだと即座に認識し、しかし―――、
「でも、まだ決着がついてない」
「お姉ちゃん、いまはもう無理だよ。態勢を立て直さないと」
事実その通りだろう。目の前では先まで椋の相手をしていたMSも現れていて、こちらを警戒している。こちらが少しでも動けば容赦なく撃ってくるだろう。
(確かにきついか・・・!)
悔しさに、杏は唇を歯噛みする。
その悔しさを胸に秘め、杏は顔を上げて留美のほうを見やる。
「今回は下がってあげる。だけど、次はこうはいかない」
それだけ言って、この場を後にした。
あゆは引き際を見極められずにいた。
最初こそ互角の戦いを繰り広げていた風子だが、そこは経験、機体性能共に勝るあゆの方がもちろん上なわけで。
だが、問題はそこではない。
後になって現れたこのドム・グロウスバイルとNT試験用ジム・ジャグラーとの三機の連携があゆの行動を妨げていた。
それでもあゆ優勢なのは変わりない。が、それはあくまで攻撃をしていればということで、逃げに転ずることが出来ないのだ。
はたしてそれだけの腕を持つパイロット三人に対して優勢を維持するあゆがすごいのか、時代遅れのMSでここまでキュベレイを妨げる三人がすごいのか最早わからなくなってきている。
「うぐぅ、でも・・・」
優勢とは言っても、余裕があるわけじゃない。エネルギーは切れかかってるし、なにより自分は一番グワンランから離れてしまっている。
逃がしてもらえない以上堕とすしかないのだが、それも既に厳しい状況にある。
「うぐぅ、どうしよう・・・」
焦りが浮かぶ。このままではグワンランに置いてけぼりを食らいかねない。下手をしたらこのまま連邦軍の捕虜だ。
「それはいや〜」
コロニー育ちのあゆにとって地球連邦軍は恐怖の対象でしかない。親が(と言うより研究員が)連邦がいかに凶悪なところかを綿密(主に過大表現)に聞かされていたのでその恐怖たるや想像の範疇を超えない。
が、そこに油断が生まれてしまった。
「もらった!」
その隙をいち早く見抜いた往人がボールを射出、回り込んで低反動キャノンを発射する。
「うぐぅー!」
それは見事にスラスターを直撃、ファンネル射出機もろとも破壊された。
「これで足は止めたも同然。次でとどめだ!」
往人のNT試験用ジム・ジャグラーにキュベレイMkUを破壊できるほどの武装はない。よって、とどめを刺すのは必然と佳乃か風子となるわけだが―――。
「・・・おい、どうした二人とも」
その二人はそれぞれまったく動こうとしなかった。
モニター越しに佳乃の顔が現れる。表情は、なぜか苦笑。
『うぬぬ、なんでかなぁ。なんか撃っちゃいけない気がするんだよぉ』
『風子もなぜか躊躇ってしまします』
次いで現れた風子の顔も似たよう表情だ。そんな折、
『だったら捕虜としてカンナヅキまで連れて来てくれないか?』
往人の知らない男の顔―――祐一がモニターに浮かんだ。
『あ、祐一くん』
『相沢さん』
『そのままにしておくわけにもいかないだろ。悪いがこっちまで連れて来てくれ』
『うん、わかったよ』
佳乃は返事をし、通信を切る。続いて風子も通信を切ったが、祐一はしばらく往人を眺めた後、
『・・・一応礼は言っとく』
そうとだけ言って通信を切った。
祐一はもともとそんな無愛想な人間ではないし、初見の人間に対してこんな振る舞いはしない。だが、
「あいつ・・・」
一瞬目が会った瞬間にお互いにわかったのだ。
こいつとは気が合わない、と。
「さて、問題はあの所属不明艦だが・・・」
往人たちとの通信を切り、即座に思考を変換する祐一。このあたり、指揮官としてのレベルの高さが伺える。
「艦長」
「なんだ」
「その所属不明艦より通信です。・・・繋げますか?」
川口の質問に、しかし逡巡は一瞬。
「ああ、頼む」
今は考えてなにがどうなる時ではない。味方かどうかはわからないが、ネオジオンを攻撃したところを見ると敵ではないようだ。まぁ、断定は出来ないが。それに、そのカンナヅキと似た―――と言うよりほぼ同一な作りも気になる。
「通信、開きます」
川口の言葉と共にモニターに男の顔が映る。そしてその顔に、祐一は驚きを隠せなかった。
『よぉ、相沢。元気してたか?』
それは見間違えることなどない、士官学校のときからの親友の顔。
「き、北川!?」
『お、なんだその幽霊でも見たような面は』
そう言って気さくな笑顔を見せたのは北川潤。祐一と同期で、階級も同じ大尉。士官学校では共に凌ぎを削った間柄だ。
「どうしてお前がここに・・・。いや、それよりもその艦は?」
『そんなことよりとりあえずこの宙域を抜けようぜ。さっきのネオジオンの艦、もしかしたら戻ってくるかもしれないしな』
「撤退したんだろ?」
『いや、相沢が捕獲した敵さんを助けに来るかもしれないだろ』
ふむ、と祐一は右手を口にあて考え込む。
「よし、わかった。進路は・・・」
『月だろ?俺たちの任務はカンナヅキを月まで護衛することだからな』
「そうなのか?」
『ああ。だからさっさと行こうぜ。月へ向かいながらでも無駄話は出来る』
「・・・確かにな」
いろいろと聞きたいことは多々あったが、とりあえずいまは北川の言うとおりこの宙域を出ることにしよう。
「進路月へ。艦首最大、最大加速。この宙域を離脱する。MSの収容急げよ!」
グワンランブリッジ。
そのなかで秋子は去り行く二つの艦をただじっと眺めていた。
「秋子さん!」
怒声と共に現れた杏は、その怒りを隠す素振りもなくドスドスとものすごい足音を立てながらブリッジへ入ってくる。
「あゆが戻ってこないんですけど、どういうことですか!」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて」
その後ろでおろおろしながら杏をなだめる椋。杏だって秋子にあたるのは間違いだと頭ではわかっているのだが、心がそれに伴わない。
そんな杏を秋子は一瞬横目で見ると、事務的な顔に戻る。
「どうやらあゆちゃんは連邦に捕虜として捕まってしまったようですね」
「っ!」
死んでいないことは素直に嬉しい。だが、それを超える怒りと歯がゆさが杏の心を占めた。
「助けにはいけ・・・ませんよね」
「ですね。こちらは戦力の半分以上をやられました。補給部隊が来てくれるまではどうにも・・・」
そんなことはわかっている。これでも何年も兵士をやってきたし、こんな状況だって一度や二度ではない。かと言って、決して慣れることの出来るものでもないが。
「補給部隊の到着は?」
「そうですね。・・・およそ三日後、早くても二日後でしょうか」
「二日・・・? 少し遅くありませんか?」
「仕方ありません。補給部隊のほとんどは今頃ハマーン様と共に地上ですから」
「あ・・・」
そうだった。本格的な地球侵攻と共に大々的に部隊を投入しているのだ。補給部隊だって同じだろう。
しかしだとすると、
「次戦うことになるのは・・・」
「カンナヅキが月での最終調整が終わった後、と言うことになりますね」
杏は思わず舌打ちする。これでは救出が困難になるだけではないか。
そんな杏の考えを見抜いたのか、秋子は優しく微笑むと、
「大丈夫です。補給部隊と一緒に佐祐理さんと美汐さんも応援に来てくれますから。あゆちゃんの奪還も不可能ではありません」
「そう・・・ですね。そうですよね!」
佐祐理と美汐が来てくれるならなんとかなるかもしれない。そう自分の気持ちを落ち着かせて杏は頬を両手で叩く。
「よし! そうとなったら、休憩よ休憩。今度戦うときまでに力を蓄えなくちゃ。ほら、行くわよ椋、さいか」
「え、え、え、えと、う、うん」
「はい」
杏の雰囲気ががらりと変わる。いつまでもうだうだ言っててたまるかとでも言わんばかりのその態度でブリッジを出て行くのを秋子は満足げな表情で見届ける。
と、不意にさいかと視線が合った。
「・・・? どうしたのさいかちゃん」
「・・・・・・・・・いえ」
さいかは一礼すると杏たちを追って下がっていった。
「あの子は・・・」
その消えいく後ろ姿を眺めているとなにか不安めいたものを感じる秋子だった。
グワンランが追跡してこないことを確認すると、祐一は大きく吐息一つ。
「どうやらこれで月まで行けそうだな・・・」
あの損害でこれ以上茶々は入れてこないだろう。向こうの艦長は聡明だ。あれで手を出すことは自殺行為にも等しい。
「さて、整理したい事柄はたくさんあるんだが・・・」
一息つきたいところだが、そうも言っていられない。
風子たちのこと。潤のこと。まぁ、他にも確認したいことはあるが、差し当たってはその二つだろう。
しばらく祐一は逡巡すると、艦長席から立ち上がった。
「艦長、どこへ?」
「MS格納庫。風子たちに今回のことを聞きたいし、それに捕虜の件もあるしな。そのあと艦長室に行って北川と話しするから隣の艦にそう連絡しといてくれ」
了解、と頷いた川口に頷くと祐一はブリッジを後にした。
MS格納庫内。
そこには新たに増えた四機のMSがハンガーにかけられようとしている。それを一瞥し、祐一はすでにMSから降りている少女たちの元へと進んでいった。
「みんな、お疲れさま」
「あ、祐一〜」
「にはは。祐一さんもお疲れさま」
「今回はちょっと疲れたわ」
「・・・うん。強かった」
祐一のねぎらいの言葉に答える四人。そしてひとまずの挨拶を終えると、四人の視線は今しがたMSから降りてきた三人へと向けられる。
「よっ」
「どもです」
「やっほ〜。祐一くんにみんな」
「・・・ふん」
答えるは風子と佳乃、そして祐一たちの知らない青年―――往人である。
「え、往人・・・さん?」
その青年の姿を見、驚いたように声を上げたのは観鈴だった。
「な・・・、観鈴!? おまえがどうしてここに!」
「あ、そっか。そういえば往人くんに観鈴さんがいること教えてなかったよぉ」
目を点にして驚く往人に、佳乃は納得したように手をポンと打つと、あははと誤魔化すように笑った。
「ちょ、ちょっと待て! なんで観鈴が連邦なんかにいるんだ!」
「えっと、・・・色々あって。にはは」
詰め寄る往人に苦笑いを浮かべる観鈴。
「お前・・・、こんなこと晴子が知ったら怒り狂った挙句にバイクで撥ねられかねないぞ!」
「に、にはは・・・。確かにお母さんならやりかねかいかも」
観鈴は苦笑。でもね、と仕切りなおすと、
「ここはわたしの新しい居場所なんだよ、往人さん。これは自分で決めたことだから。うん、だから心配しないで」
にこっと、笑った。
往人は値踏みするようにその瞳をしばらく見て、そして諦めたように息を吐いた。
「・・・お前が自分で決めたことなら良い。俺がとやかく言うことじゃないだろうしな」
「・・・うん。ありがとう、往人さん」
「礼を言われることなんてしてないぞ」
「にはは。うん、でもありがとう」
観鈴と往人の話しが終わったのを確認し、祐一は風子たちのほうへと再び向き直る。
「成り行きでこうなっちまったが・・・お前たち、これからどうする気だ?」
風子と佳乃は一瞬お互いを振り向くと頷き合う。
「風子はここで一緒に戦おうかと思います。お姉ちゃんの結婚式に出る人に死んでもらっては困りますので」
「あたしも一緒に行くよ。ふうちゃんを一人にはさせられないしねぇ」
「俺は行かんぞ」
「ええー! 往人くん一緒に来てくれないの!?」
「当たり前だ。今回は佳乃の頼みだから手伝ってやったが、俺はこいつらを助けてやる義理もない」
むぅ、と口を閉じる佳乃。往人の言っていることは確かだ。ただの成り行きでほとんど知りもしない者のために命など張れないだろう。
「おい、そこのお前」
「・・・俺か?」
祐一の返事に往人は頷く。
「お前がこの艦で一番偉いんだろ」
「そうだけど。それが?」
「この艦はどこに向かってる」
「一応、月だけど」
往人はしばらく考え込むと、
「・・・わかった。ならそこで降ろしてくれ」
「好きにすればいい。お前は一般人なんだからな」
なぜか刺々しい二人の会話に周囲の人間の方が萎縮している。・・・無理もないが。
往人はもう話すことなどないと言わんばかりに背中を向ける。祐一もやれやれと、わざと聞こえるように言いながら視線をはずした。
「さて、お次は・・・」
祐一の言葉の向こう。視線の先には風子たちに運んでもらった敵MSがある。
タイミングよくコクピットが開く。もう抵抗する気はないのか、あるいは諦めたのか。出てきた少女はゆるゆるとMSから降りてくる。
その容姿を視認し、あまりの若さ(みんなにはそう見えた。実際歳は大して変わらない)に驚く。
通路に降り、少女が顔を上げる。その視線が祐一と合わさり―――、
ズキン!
「つ・・・。この感覚は・・・」
「うぐぅ! ・・・なに?頭痛いよ・・・」
突如として激しい頭痛が襲ってきた。
「ちょ、祐一!? どうしたの!」
「祐一さん!」
名雪や観鈴の声もどこか遥か遠い世界のものに聞こえてくる。
その頭痛は普通の頭痛とは何かが違う、どこか違和感のある痛み。なにか・・・そう、イメージで例えるならなにかが勢いよく溢れ出ようとするのを必死でせき止めているような感覚。
なにか、そこに大切なものがあるのに、それを感じられるのに。自己の心が思い出すな、そいつを見るな、認識するなと強く訴える。
それはあまりに必死。それ故頭痛は痛みをさらに増すばかり。
だが、それでも二人は思い出そうとすることをやめない。いまにも落ちそうな意識の中でなんとか相手の面持ちを再認識する。まるで記憶の奥底からその姿を模索するように。
「うぐ!」
「ぐ・・・!」
痛みはさらに強烈に、耐えられないレベルまで上がっていく。
全てを思い出すのは不可能と認識。ならばせめてなにか少しだけでもと、閉じていく記憶の世界を凝視する。と一瞬、
『ここが俺たちの学校だ』
『ボクたちの学校・・・かぁ』
大きな木の下。二人の幼い少年と少女の姿が見えた。
その容姿は、まるで祐一とその少女をそのまま小さくしたような・・・、
「「あ」」
同時、二人の声がはもる。
会っている。自分たちは。ずっと昔。・・・そう、何年も前に。
「あ・・・ゆ?」
「祐一・・・くん?」
揺れる眼差しはお互いに。
二人はまだ治まらない頭痛に顔をしかめながらも近づいていく。
「あゆ・・・だよな?」
「うん。祐一くん」
「すごい久しぶりだよな」
「そうだね」
「でもお前は昔と大して変わらないな」
「うぐぅ。それは言っちゃいけないことだよ」
展開についていけない周りをよそに二人は歩を進める。
その距離、手の届く範囲まで。
「・・・こういうとき、なんて言えば良いと思う?」
「そうだね・・・。ボクにもよくわからないよ。でも」
「でも?」
「やっぱり挨拶は大切だよね」
にこっと、
「おかえり、祐一くん。・・・そして、ただいま、祐一くん」
「・・・ああ。ただいま、あゆ。・・・おかえり」
お互いに、懐かしむようにゆっくりとした声で再会の挨拶を交わした。
「カンナヅキ級二番艦、ムツキ・・・?」
場所は変わって艦長室。
あゆとの再会の後、すぐに周りの連中(特に舞と名雪)に説明を求められ解放されるまでおよそ三十分。
身体共に疲弊しきったまま、しかし祐一に休む時間などなかったのである。
そして北川との通信を始めた矢先の言葉がそれだった。
『ああ。それがこの艦の名前だ。・・・しかし、三番艦まで完成していることを知らなかったなんてな。驚きだ』
「そんな話は聞いてない」
『・・・まぁ、公に公表されたのは相沢がサイド6に行っちまった後だからな。水面下ではもっと前に決まってたようだが。でも、てっきり向こうで聞いているものと思ったけどな?』
「・・・そんな余裕なんてなかったんだよ。着いてすぐだったんだぞ、襲われたの」
それにあの時点では自分は艦長ではなかった。そんな情報など補佐官程度には回ってこない。
祐一は椅子を倒し背を伸ばしながら、しかし、と前置きして、
「まだロールアウトして間もないって言うのに。もう三番艦まで製造していたなんてな・・・」
『まぁ、カンナヅキはもともと現段階の連邦の技術の結晶だからな。最初からこうするつもりだったんだろ。
実際、カンナヅキはあれだけの戦力から無事に・・・とまでは言わずとも、こうして現存しているわけだし。
俺たちだって月に上がる途中でネオジオンの艦に攻撃されたが、難なく撃退。
三番艦のキサラギだってディープスノー隊に襲われて逆に退けたようだしな』
「おい、ちょっと待て。ディープスノー隊って・・・、あのディープスノー隊か!?」
祐一が驚くのも無理はない。
ネオジオン第九艦隊。通称ディープスノー隊。ネオジオンはおろか連邦ですら知らぬものはいないと言われるネオジオンでも五指に入る最強部隊だ。
戦艦から機体にいたるまで全てを白一色に染めたその部隊は対峙したものに絶望すら抱かせると言う。
なかでもクリムゾン・スノーと呼ばれる三機の紅いMS部隊はめっぽう強いらしく、その紅き機体を見て帰った者はいないとまで言われている。
「よく生き残ったもんだ。って、退けたんだったか」
信じられないとでも言いたげな祐一。
だが、祐一は気付いていない。自分たちが戦ってきた部隊もその五指に入るものだということに。
潤は苦笑すると、
『俺も最初は驚いたよ。でもキサラギに配属された奴を聞けば、まぁ、少しは納得できたけどな』
「へえ。誰だよ」
『まずキサラギの艦長だが、一ノ瀬ことみ自らが指揮を執ってる。さらにあの川名みさきや岡崎朋也がいると聞けば・・・、どうだ?少しは納得できないか?』
「一ノ瀬ことみって、新型のガンダムやこのカンナヅキを設計したっていうあの天才少女だよな・・・。それにその指揮下にあの有名な『盲目の緑風』に『爆炎のジョーカー』か。・・・ま、確かにこれなら多少は納得できるか」
二人とも連邦では名の知れたパイロットだ。いや、ネオジオンでも知らない者の方が少ないだろう。
連邦で異名を持つパイロットはわずか数名。『蒼き死神』七瀬留美、『盲目の緑風』川名みさき、『金色の鳥』広瀬真希、『戦慄のゾリオン』古河秋生、『静寂なる狙撃手』古河渚、『爆炎のジョーカー』岡崎朋也の計六人。いずれ少し増えることになるが、現状ではたったこれだけだ。
グリプス戦役で多くのパイロットが死んでしまったから仕方ないと言えば仕方ないだろう。
この現状で数少ない凄腕パイロットを二人も配属させるだけ、このカンナヅキ級への上層部の期待が窺えるというものだ。
『ま、相沢も俺もそのうち会うことになるだろ』
「なんでだ?」
『とりあえず最初に言っておくが、カンナヅキの月での最終調整は無理だ。パーツがない』
「それは痛いが・・・、それとさっきのこととなんか関係があるのか?」
『まぁ、最後まで聞け。とりあえずデータを見ればカンナヅキのスペックは全開の七割程度。月のアナハイムで九割ぐらいまでは引き出せるだろうが一番重要なパーツがない。そしてそのパーツがあるのが今や日本の横浜基地しかないわけだ』
「・・・成る程な」
つまり、カンナヅキを本来のスペックに戻すには地球に降りなければいけないということだ。
「でも‘も’ってことは北川も地球に降りるのか?」
『ああ。なんの任務か知らないが、とりあえずカンナヅキを無事に月まで運んだら横浜基地まで帰還しろとさ』
やれやれだぜ、とモニターの向こうでふんぞり返る潤。そこで何か思い出したように、
『あ、そうだ。さっき送ってもらったデータ見たんだけど』
「ん。それが?」
『いや、なんか一般人多いだろ。カンナヅキ』
「まぁ・・・な」
潤の言葉に祐一は曖昧に頷く。
それはいままであまりにもハプニング続きでうやむやになっていたことだ。
『どうするんだ? このままだと極秘MSに一般人が乗ったつーことでお前も、その一般人も軍法会議行きだぞ。下手しなくても銃殺刑だな』
潤の言うことは正しい。
まかりなりにも連邦は軍である。一般人に極秘扱いの物を使用させるなどあってはいけないことだ。
祐一はしばらく思考に埋まると、
「やっぱり、表面上は軍に入隊してもらわないと駄目だよな」
『ま、そういうことになるだろうな』
そう、つまりはそういうことである。
一般人で駄目ならば、軍に入隊してしまえばいい。苦しいが、現地での志願兵だと言えば何とか通るだろう。・・・申請する相手にもよるだろうが。
『いや、そこら辺は大丈夫だろう』
「は?」
祐一の考えをいち早く読み取った潤は、安心させるように笑いながら、
『月には一緒に来た古河少将がいる。あの人ならそんなこと笑って済ませてくれるさ』
「古河少将が?」
古河早苗少将。
一見どこにでもいそうなぽわぽわした若い女の人であるが、その実ものすごい切れ者で、その階級にしていまだ現役で戦場に赴く偉人。連邦内で最も部下に信頼されている上官としてもその名は知れ渡っている。また、『戦慄のゾリオン』こと古河秋生の妻であり、『静寂なる狙撃手』古河渚の母親でもある。
確かに温和な彼女であれば、多少のことは目をつぶってくれるだろう。
「でも、なんで古河少将が月に来てるんだ?」
『鎮圧したペズンの反乱の後始末だとさ』
「ペズンの反乱・・・。もう鎮圧されていたのか」
『ああ、俺も驚いた。どうやらだいぶ前に鎮圧完了してたらしいんだが、ネオジオンが表立って動き出しちまったから情報がうまく回らなかったらしい』
「なろほど・・・。なんだ、じゃあ古河少将は体良く追い出されたわけか」
『・・・やっぱりそう考えるか?』
「それが妥当だろう。上層部は古河少将の存在をよろしく思ってない」
祐一の言っていることは正しい。
古河早苗は現状の連邦をあまり良く思っていないらしい。そんな彼女がいつ連邦を見限るかわかったものじゃないと考える上層部の人間は多い。あまりにもカリスマ性のある人間はある意味厄介だ。反旗を翻されたりなどしたら一気に連邦は総崩れになってしまう。
だが、だからと言って早苗を連邦から追い出すことは出来ない。彼女を追放してしまったら、それこそ彼女を慕う幾千、幾万の兵士が反乱を起こすだろう。しかし、逆を言えば早苗さえいれば兵士の士気は保たれる。
つまり、連邦にとって早苗は邪魔な存在であると同時にいてもらわなければならない存在でもあるのだ。
「しかし、まぁ今回は感謝だがな。そのおかげでどうにかなりそうなんだし」
下手に頭が回るのも考え物だと、祐一は思う。
ただの下っ端である自分たちが考えても仕方のないことなのだ。いや、そういう思惑に気付いてしまえるだけ悲しいものかもしれない。
自分たちの正義である連邦。果たしてこのまま信用していて良いのだろうか。
「違うな。完璧で穴のない正義なら戦争なんて起きないさ」
『なんだ?』
「いや・・・。独り言だよ」
自分たちがいましていること。
連邦に所属してネオジオンを倒すこと。
はたしてこれは正しいことか。
祐一の心をいつもの問いが駆け巡る。が・・・、
答えは出ない。
あとがき
ども、神無月です。
あの一部では人気のある名脇役、北川も登場しまして、さて着々とキャラは出てきています。いよいよカンナヅキも大所帯になってきました。これだけいると書くのも一苦労ですが、地道に頑張っていくつもりです。
そろそろ彼女たち(・・・・)も登場します。誰だかわかるでしょうか?
今回はヒントなしです(笑)。まぁ、いずれわかることですので、楽しみにしていてください♪
次はEpisodeZか、もしかしたら・・・。
ふふふ、では今回はこの辺で。
謎を残す神無月でした。