Final Episode
【戦士、再び・・・(W)】
戦いは苛烈を極めている。
だが、見るものが見ればそれは終わりが近い故の輝きだと見て取れただろう。言うなれば燃え尽きる直前の蝋燭のように。
所々で起こる爆発に、間隔が開き始めた。
戦闘が終わっているところもある。戦う者がいなくなった場所がある。
もはやこの戦いも終わりが見えてきたということだ。
だが、それがどこに転がるかはわからない。どの勢力とて同じだけ消耗している。
だから最後までわからない。
誰も、何も。
この戦争の行く末を・・・。
「ムツキが・・・墜ちた・・・!? それは本当ですか!?」
カンナヅキ級四番艦ヤヨイの艦橋で、その艦長である早苗は驚きに声を張り上げた。
「は、い。レーダーから消失しています。念のため通信も行いましたが反応も・・・」
ムツキは先程撤退を示す信号弾を撃ったばかりだ。その後なにがあったかはわからない。
だが、あの艦には久瀬隆之理事がいたのだ。それが墜とされたとなると・・・連邦内での反響はいろんな意味で恐ろしいものになるだろう。
「・・・ですが、いまは」
そんなことを考えている余裕もないだろう。恐らくムツキが沈んだことは他の連邦艦隊も気付いているはずだ。
旗艦が落とされたとなれば統制は嫌でも崩れる。
ただでさえ現状連邦の戦力は底が見えているというのに、このままではみすみす殺されるだけだ。
選択肢は後退を置いて他にない。
「信号弾! 残存部隊はこのまま月まで後退します! 離脱、厳に! 我に続け!」
幸運だったのは、全ての艦隊が既に後退体勢になっていたことだろうか。その命令はすぐさま染み渡り他の残存艦隊も宙域を離れていく。
それを追おうとするネオジオンは多くは無い。ネオジオンの戦力も減っていることもあるだろうが、いまは互いの相手で精一杯というところだろう。
だが、もちろん例外もある。
「艦長! 六時の方角より敵MS! 数、六!」
「っ!? 迎撃!」
向かってきたのはネオジオンのMS。信号弾からこれが現段階での連邦の旗艦と判断したのか、六機のキャンセラーが迫ってくる。
《逃がさないの!》
そのキャンセラー部隊の隊長は上月澪だった。
《絶対に、絶対に逃がさないのっ!》
澪は、連邦を憎んでいた。
彼女の両親は一年戦争の折、ジオンのパイロットだったのだ。
そして戦争で死んでいった。
家族を守りたいからと、絶対にお前だけは守ってやると頭を撫でてくれた両親は、連邦に殺された。
そして澪は一人ぼっちになった。
だから連邦を憎むことで自分を奮い立たせ、ネオジオンの兵士となったのだ。
故に、澪は逃げ出そうとする連邦を無視しない。軍として優先順位の低い相手だったとしても、澪は連邦を狙うのを止めなかった。
ヤヨイがミサイルや機銃による弾幕を張るが、澪たちはそれを構わないと言わんばかりに突っ込んでいく。
しかしその途中で全くの別方向から飛んできたビームにより一機が撃破された。
慌てて散開する部隊の中、澪は見た。ヤヨイを守るように割り込ませてきたその機体を。
アーク・ゾリオン。
それは『戦慄のゾリオン』と呼ばれる古河秋生だった。
「わりぃが、こっから先は通行止めだ!」
「秋生さん!」
そしてそれを見た早苗が歓喜の声を上げる。しかし、次の言葉を聞いて早苗は絶句した。
「早苗。お前は先に後退しろ!」
「秋生さん!?」
「艦の足じゃMSにすぐ追いつかれちまうだろうが。さっさと行け」
「でも・・・」
「大丈夫だよ。この俺が、たかがMS六機・・・いや、もう五機か。に負けると思うのか?」
秋生の顔に浮かぶのは、いつもこちらを安心させてくれるような、そんな笑みだった。
だから早苗は一人の女としての意識を封じ、皆を纏める軍人として頷いた。
だが、最後に一言だけ、言った。
「絶対に、死なないでくださいね」
「おうよ」
軽い、しかしどこまでも秋生らしい返事に早苗は笑みを浮かべ―――そしてすぐさま命令を下した。
「ヤヨイはこのまま下がります! 全速後退!」
下がっていこうとするヤヨイを逃がさないと澪たちが動くが、やはりその前に秋生が立ちはだかった。
「だーから、行かせないつってんだろ? そう慌てんなよ」
《・・・っ! なら先にあなたを倒すの!》
「あん? お前、声が・・・」
だがそんな秋生の疑問すら言い切る前に澪たちの攻撃が始まった。
秋生は舌打ち一つ。だがすぐに回避行動を取ると、
「こっちも死ぬわけにはいかないんでな。・・・さっさと片付けさせてもらうぜ!」
ビームライフルを構え突っ込んだ。
「くっ・・・!?」
ムーンを駆る郁未は迫り来る二機のドーベンウルフに対し防戦一方だった。
決して性能や技量で負けているわけではない。むしろ機体の性能もパイロットとしての腕も郁未の方が一枚も二枚も上手だろう。
だが、攻撃できなかった。
なぜなら、そのドーベンウルフに乗っているのは旧知の友人、そして被害者という繋がりを持つ―――晴香と葉子なのだから。
「どうして、どうして二人がネオジオンにいるの!?」
「それはこっちの台詞よ、郁未ッ!」
肉薄してくるのは晴香のドーベンウルフ。繰り出されるビームサーベルと切り結び、
「あんたが、どうしてそんなところにいるのよ・・・!」
「っ・・・!」
叩きつけられる感情は裏切りに対する怒り。だが郁未は彼女たちを裏切ったつもりなどない。
「郁未さん!」
そこで、声。向かってくるのは小隊を組んでいる観鈴だ。
「大丈夫! この二人とは私が決着を着ける!」
だが、郁未はそうして観鈴を近付かせようとしなかった。
この二人は、友人だったのだ。
だから、たとえこの後どのように転がろうとも・・・どのような意味でも決着は自分が着けなければならない、と。そう思った。
「・・・うん、わかった。・・・死なないでね」
言葉に込められた思いを理解してくれたのか、観鈴は反転するとこの場を去っていった。
それを見送った後、郁未は再び向き直り、晴香を見据える。
「私は、ただこの世界から戦争を無くしたいだけ! もう、私たちみたいな存在が作られないような、そんな世界を作りたいから・・・!」
「それは私たちも同じことですよ、郁未さん」
答えたのは葉子。だが郁未はそれに噛み付く。
「同じって・・・! じゃあ本当にこんなことをして戦争が終わると思うの!?」
「終わりますよ。敵となる人間がいなければ」
「なっ・・・!?」
その台詞は、どこまでも郁未の心に突き刺さった。
それはつまり、敵となる人間を全員殺す、ということだ。
だがその言葉の内容よりも・・・郁未は、その言葉を『葉子が放った』ということに、ショックを隠しきれなかったのだ。
「むしろ郁未さん。私からすればそちらの方が疑問です。わかりあえぬから始まる戦争を、いかにして止めると言うのです?」
「戦争自体を止めるのよ・・・!」
「そんなことが本気で出来ると―――」
「思ってるわ! だって実際ここには連邦やネオジオン、カラバやイブキの人間が一緒にいる! 敵だって、話せばわかり合えることだってある!」
ハン、と晴香はつまらなそうに嘆息し、
「・・・理想論で、戦争ができるとでも思ってんの!?」
「でも誰かが願わなければ、理想なんて実現しない!」
言い切り、郁未はシールドで思いっきり晴香を突き飛ばした。
「ぐぅ・・・!?」
「そうやって諦めるから、戦争は終わらないのよ!」
「人を人とも思わない人間がいるのに、それでどうやって平和になれるの!? 幸せになれるの!?
そんな奴らは根絶やしにしなきゃ、本当の平和なんて来ないわ!」
「晴香さんの言うとおりです。この世界にはいてはいけない人間がいる。それの駆除なくして、平和などありえません。
故に・・・この戦いは必然なのです!」
体勢を立て直した晴香が左へ、そして葉子が右へと同時に回っていく。
迫る二人のビームサーベルを、しかし郁未は二つのシールドで受け止め、言い聞かせるように叫んだ。
「だからって、なんの罪も無い人間を殺す権利はないはずよ!?」
「言ったでしょう! 多少の犠牲は仕方ないと!」
「そうです、この世界を戦争から解放するためには、多くの死が必要なのです!」
「そんな考え方・・・あの高槻と同じじゃない!」
「毒には毒を、ってやつよ!」
「その考えは連鎖する! それをどこかで止めなかったら人は永遠に戦いから逃れられないッ!」
「それが人の業でしょう!」
葉子がビームサーベルを振り抜く。弾き飛ばされる郁未。それを晴香は追いかけて、
「邪魔な奴は、敵は、全て滅ぼす! そうでなければ理想の平和なんて来ないのよ!」
「そんな・・・!」
「だから戦ってるのよ! そんな奴らを根絶やしにするために!」
「それで・・・本当に最後は平和になるの!?」
「くどい! 邪魔するのなら死になさい、郁未!」
あぁ遠い、と。
郁未は吹き飛ぶ重力を身に受けながら、そんな諦めに近い感情を抱いた。
いつかは共に過ごした友人たち。身も心も蝕むあの地獄のような日々から抜け出し、分かたれた道。
だが、その結果がこれなのだ。
晴香や葉子。そして自分の間にあるこの距離には、目に見えずとも確かにある、通り越せない深い溝ができていた。
晴香の目にも、葉子の目にも、そこに映っているのはただ黒く燃える憎悪の炎。
もう届かない。
それが、ただ悲しかった。
そしてもう、強化人間として憎悪の感情に絡み取られた二人を、これ以上見ていたくは無かった。
追い討ちを仕掛けようとする晴香に、
「なら、せめて・・・!」
急制動をかけて反転、横から一気にビームサーベルを振るう。
それはドーベンウルフの腕を薙ぎ払いつつも勢いは緩まず、
「っ!?」
一直線に晴香のドーベンウルフを薙ぎ払った。
「あぁぁぁ!」
「晴香さん!?」
目の前、晴香の機体が爆発する。
葉子は唇を噛み、郁未を見据え、
「はぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮。ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。
だが、そこにいつもの冷静さはない。近接戦闘を得意としない、しかもそんな大振りの一撃が郁未に当たるはずもなく、
「葉子さん、ごめんなさい。・・・だからどうか、安らかに・・・」
その隙を縫って、ヒートロッドがドーベンウルフのコクピットをぶち抜いた。
砕けるコクピット。その中で、串刺しになった葉子は苦痛に顔を歪めた後、しかし薄く笑みを浮かべ、
「・・・これで、強化人間の呪縛から―――」
機体が爆発により四散した。
間近での爆発であるにも関わらず郁未は機体をその場から動かそうとしなかった。いや、できなかった。
殺した。
どうしようもなかったとしても、郁未は自らの意思で友を殺したのだ。
「さよなら・・・。私の友達・・・」
言い訳はしない。二人があの頃と変わっていたところで、郁未に二人を殺す権利など無い。
だが・・・だが、目指す世界を貫き通すには、これしかなかった。
力で捻じ伏せることしか、できなかった。
「私は・・・弱い」
いろいろな想いが去来し・・・ 郁未の頬を、ただ雫が伝っていった。
しかし・・・郁未の戦いはここで終わりじゃない。
「っ!」
その悲しみの感情が抜けきる前に、郁未の頭を覚えのある気配が過ぎった。
そしてその気配は、現状で最も感じたくない気配だった。
間違える、なんてことはありえない。なぜならそれは郁未の中で唯一の絶対的な憎しみの対象。それは、
「高槻・・・!」
どうして高槻がここに、などそういった思考は何一つ浮かばなかった。
彼女の思考は黒く塗り潰され、ただその男の気配を追った。
往人は美凪とみちるの攻撃に苦しめられていた。
どこまでも息の合った攻撃に、往人は終始防戦を強いられていた。
「えーいッ!」
美凪の中距離射撃の間を縫うようにして肉薄してきたみちるのギラ・ドーガのビームアックスをどうにかシールで受け止め、往人は歯噛みする。
「よせ、遠野! みちる! 俺は、俺はお前たちとは戦いたくない!」
「うるさいうるさい! 国崎往人は美凪を裏切ったんだ! なら国崎往人は美凪にとってもみちるにとっても敵なんだー!」
「みちる・・・!」
「どれだけ・・・どれだけ美凪が悲しかったと思うんだ! みちるだけじゃ、みちるだけじゃ美凪の悲しみを支えきれないのに・・・!」
「みちる、お前―――」
「国崎往人がいるから、美凪の心は揺れる! ・・・ならみちるは、国崎往人を撃つ!」
ギラ・ドーガの脚部が思い切り振り上げられ、リアンダー・ゼオンの胸部を打ち付ける。
「ぐぁ!?」
反動で揺れるコクピットで苦悶を浮かべる往人に、みちるは攻撃の手を緩めない。
振り上げられるビームアックスはどうにか回避したが、無茶な機動は体勢を思いっきり崩す。既にそこには追いかけるようにビームマシンガンの銃口があり、
「死んじゃえ! 国崎往人!」
「っ!?」
だが、その銃口が火を吹くより早く、水色の疾風がギラ・ドーガの腕を切り裂いた。
「わぷっ!?」
「往人さん!」
「観鈴・・・!?」
それは、観鈴のガンダムエアだ。
エアはビームサーベルを煌かせつつ高速で反転、再び戻ってくる。
「みちる!」
それを見た美凪が即座にみちるを呼び戻す。そして往人の隣に観鈴が並び、様相は二対二となった。
「往人さん、大丈夫?」
「あぁ、なんとかな。けど観鈴、お前こっちに来ても平気なのか?」
「艦の周囲は舞さんや智代さんが頑張ってくれてるから。それに・・・もう、これ以上誰にも死んでほしくないし」
小さくなる語尾に、往人もまた表情を曇らせた。
ついさっき、佳乃の気配が消失した。ニュータイプである往人と観鈴だからこそ、それを鋭敏に感じ取り、理解したのだ。
その意味するところを・・・二人は嫌になるくらいに。
だからこそ、観鈴はここに来たのだろう。
「神尾さん・・・ですか」
ポツリと、美凪がその名を呟く。
その観鈴は、ただ静かに美凪のパラス・アテネを直視し、
「ねぇ、遠野さん。もうやめようよ・・・。わたしたちが戦う理由なんてないよ」
「いえ、あります。あなたたちは止めたいのでしょう? あの人を。なら・・・戦い以外に道はありませんよ」
「でも・・・!」
「言葉の時間はもう終わりです。じきにこの戦争も終結を迎えるでしょう。結果はどうあれ。なら、私たちも・・・そろそろ決着を着けましょう」
それで会話はもう終わりだと言うように、パラス・アテネが動く。そして続くようにギラ・ドーガも。
「遠野さん!」
「くそ、観鈴! こうなったら力尽くで言葉を聞いてもらうぞ!」
「往人さん!?」
「腕とか足とかスラスターとか、そういった部分を狙えば良い! 俺一人じゃ無理だったが、お前がいればできるはずだ!」
「・・・うん、そうだね。そうだよね!」
「あぁ、行くぞ!」
「うん!」
そして観鈴と往人もまた動き出した。
観鈴が先行し、美凪の前に出る。そこで美凪とみちるは左右に展開しようとする。またいつもの連携攻撃に持っていくつもりなのだろうが、
「そうはさせねぇよ!」
「わ!?」
みちると美凪の間に往人が割って入り、ギラ・ドーガに向かってビームサーベルを振り下ろした。
往人と観鈴では、機体性能やパイロット技量からして観鈴の方が上なのは明白だ。
だから往人は美凪とみちるの連携を分断し、美凪を観鈴に任せる形でみちるを抑え込むことにしたのだ。
それをすぐさま理解した観鈴は旋回、ビームサーベルを抜き放つとパラス・アテネに踊りかかる。
「―――っ!」
「遠野さん、言うこと聞いてもらうからね!」
ビームサーベル同士が激突し、光が飛び散る。
攻撃の応酬。だがそれは確実に観鈴の方が押していた。
パイロットの技量としては観鈴と美凪はそれほど大差ない。問題は機体性能の方だろう。
「えぇい!」
「!」
数合の剣戟の後、ついに観鈴のビームサーベルがパラス・アテネの腕を切り払った。慌てて下がる美凪を、しかし観鈴は逃がさないと前進する。
エアのハイパービームキャノンが両肩をぶち抜く。そしてバランスを崩したパラス・アテネを追い抜き、すれ違い様にスラスターをも破壊した。
「ぐっ・・・!?」
「これで、もう動けないよね?」
「神尾さん、何を・・・!」
「わたしたちは戦いたくないんだよ。だから、わたしたちはその意思を貫き通すだけ」
「・・・神尾、さん」
「遠野さん。わたしたちって、本当に敵なの? 違うよね? 話し合えば、、わかりあえるでしょ?」
「今更そんなことが―――」
「できるよ! だってわたしたちは生きてるんだもん! 生きてさえいれば、できないことなんてないんだよ!」
「観鈴・・・」
往人とみちるの戦いも動きを止めていた。そして往人の見つめる先で、観鈴はさらに続ける。
「遠野さんも想うところがたくさんあるんだと思う。そこまでして戦う理由もあるんだと思う。でも、それって人の命より大切なこと?
確かに霧島聖さんは可哀相な人だって、わたしも思う。・・・でも、聖さんだけが辛いんじゃないんだよ。皆、皆辛い想いをしてるんだよ?
それは、戦争のせいなのに、遠野さんはそれでも戦争を続ける気なの・・・?」
「・・・でも、私だけみちるを助けてもらっておきながら―――」
「じゃあその罪悪感で遠野さんは人を殺すの!? 自分だけが助かるのは罪悪感が募るから、だから戦争を続けるの!?
それってとってもおかしいよ! だって、だってそんなの・・・巻き込まれる方はたまったものじゃない!」
「神尾さん・・・」
「遠野さんの気持ち、わからなくもないんだよ。でもね、だからって人を殺して良い理由にはならないはずだよ?
霧島聖さんへの恩義もあるんだと思う。でも、その霧島聖さんが間違っているとわかっててそれに着いて行くのは、恩返しでもなんでもないよ」
「・・・」
「・・・遠野さん」
美凪はしばらくの静寂の後、小さく息を吐くと、
「・・・本当に、強引ですね。神尾さんも、国崎さんも」
「遠野さん、じゃあ・・・!」
「どの道、機体もここまで破壊されてはどうすることもできません。・・・それに、私は、本当は―――」
「美凪ッ!」
「「「!?」」」
美凪が言いかけた台詞は、みちるの叫びによってかき消された。
誰もが状況を理解するより先に、みちるのギラ・ドーガが強烈な勢いで美凪のもとへ突き奔る。
それを目で追いかけた往人が―――そこで初めて気が付いた。
「ミサイル!? 敵か・・・!?」
明らかに美凪を狙ったミサイルが、その向こうから多数放たれていた。
動きを取れないと見越しての攻撃なのか、その向こうにはハマーン派の残党と思われる連中がいた。
「「っ!?」」
観鈴と往人がミサイルの迎撃に出ようとするが、距離的に間に合わない。間に合うのは最初に動いたみちるだけだ。
「この、このぉぉ!」
ギラ・ドーガのビームマシンガンがミサイルを迎撃するが、射撃が得意ではないみちるが全てを撃ち落すにはあまりに距離が足りなかった。
「みちる、逃げて!」
「嫌だ! 美凪を置いてなんかいけないよ!」
「お願い、みちる!」
「―――ッ!」
だが、その言葉ももう遅い。
ミサイルはもうすぐそこまで迫っていた。
そしてみちるは、咄嗟に機体をミサイルと美凪の間に割り込ませた。腕を広げ、まるで庇うように―――、
「みちる!?」
「美凪は、みちるが守るんだから・・・!」
そして、ミサイルがギラ・ドーガに直撃した。
一発や二発ならなんとか耐えられたかもしれない。だが、五発ものミサイルの直撃に耐え切れるほど、ギラ・ドーガの装甲は硬くなかった。
「・・・美、凪。みちるは、美凪といられて、本当に、楽しか―――」
最後の一発がコクピットに直撃し、ギラ・ドーガは耐え切れず爆散した。
「あ・・・あ・・・っあ・・・!」
美凪はいやいやと、首を横に振り、
「みちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!?」
だが悲劇はそこで終わらない。迫ってきたハマーン派のMSが物凄い勢いで美凪へと突っ込んでいく。
「駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
観鈴と往人がMSを撃破していくが、その弾幕の中を強引に突っ切った一機のバウが美凪のパラス・アテネに突っ込み、激突した。
二人の攻撃によりボロボロであったバウだが、それでもどうにか残っていた腕でビームサーベルを振り上げ、
「よせぇぇぇぇぇぇぇ!?」
往人の叫びも虚しく、その一撃はパラス・アテネのコクピットを貫いた。
「あぁっ!?」
「そんな・・・!?」
そして損傷が耐え切れなかったバウと共に、二機は爆発に消えた。
その光景を、観鈴も往人も呆然と見ていることしかできなかった。
理解できなかった。いや、したくなかった。
あと、あと少しだったのだ。美凪は、確かに観鈴の言葉に心を動かされていたのに・・・。
本当にもう少しで、全てが丸く収まるはずだったのに・・・!
「ち・・・畜生、お前らぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「往人さん、駄目!」
怒りの咆哮をあげ、観鈴の制止を振り切って往人がそのMSの群れに突っ込んでいく。
「あと、あと少しだったっていうのに・・・! お前らがぁぁぁぁぁぁ!」
目に付くMSをただがむしゃらに破壊していく往人。だがそれは見る者が見れば隙だらけであり、
「駄目・・・!」
ここにいるハマーン派の兵士たちは、もう皆が命を捨てている。
先程の特攻もそう。ここで生き残ることができないのならば、せめて一人でも多くの敵を道連れにする。
その意識だけで頭を占めている兵士たちは、それだけの猛威を振るう往人が相手だとしても例外ではない。
同士撃ちすら恐れず突っ込むハマーン派のMS。それを迎撃しきれず、一機のMSのビームサーベルがリアンダー・ゼオンを貫いた。
「がぁ・・・!?」
「往人さん、駄目、逃げて・・・!」
しかし観鈴の声も虚しく、その隙に他のMSが群がりリアンダー・ゼオンを串刺しにしていった。
「いや、いやぁ・・・!」
観鈴が必死に周囲のMSを迎撃しているのに、間に合わない。往人には、あまりに遠かった。
「往人さんッ!!」
「・・・く、そ・・・! 俺も、ここまで、か、よ・・・!」
「往人さん、駄目、そんなこと言わないで! わたしが、わたしがいま助けるから・・・!」
「・・・観鈴、お前は来るな! 俺は・・・こいつら、だけでも道連れに・・・!」
「!? 駄目、はやまらないで、往人さん!」
「遠野の・・・いや、美凪と、みちるの仇だ・・・!」
「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
近くにいた最後の二機のMSを切り裂き、観鈴はまるで掴むように腕を伸ばした。
だが届かない。その手の向こうで、往人のリアンダー・ゼオンは・・・多くのMSと共に閃光へ消えた。
「・・・う、そ・・・」
足りなかった。
届かなかった。
頭に浮かぶのは、「どうしてこんなことに」。ただそれだけで・・・。
「こんな・・・こんなのって・・・」
観鈴は血が出るほどに手を握り締め、コクピットに叩き付けた。
「こんなのって・・・ないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
観鈴の慟哭は、しかし誰にも届かない。
「まったく・・・。あの男は最後までつまらん真似を」
高槻は生きていた。
ムツキに乗艦していた高槻だったが、そのムツキが危うくなった頃には既に脱出艇で一足先に飛び出していたのだ。
隆之が負けを許せない性格であることは熟知している。
そんな状況で後退の信号弾なんかを撃てば何をしでかすか。それもおおよそ予想がついていた。
「あんな馬鹿に付き合っていられるか」
自らが作り出した強化人間をあれだけ信用しなかった馬鹿などと心中なんて御免だ、と。高槻は吐き捨てるように呟いた。
「とりあえずは、早く戦域から抜け出さねばな」
いま高槻の乗る脱出艇の回りには高槻専属の強化人間の乗るGDストライカーが四機取り囲んでいる。
茜たちには遠く及ばずとも、一般兵レベルなら簡単に撃退できるだろう。だから高槻はこの状況を特に危機とも思っていなかった。
・・・それまでは。
「ちょっと待ちなさいよ」
「!?」
いきなり届いた声にギョッとする高槻。慌てて視線を巡らせば、やや前方。そこに・・・闇夜に浮かぶ月のような、金と黒の機体が聳え立っていた。
「な、なんだお前は!?」
「あら? 私のこと忘れちゃったの? ・・・私は、あなたのことをハッキリと覚えてるけど」
静かな、底から響くような低い声音。そこに込められているのは、ありありとした憎悪。
そしてその声を・・・確かに高槻は聞いた覚えがあった。
「お前・・・まさか・・・天沢郁未かっ!?」
「覚えてくれていたみたいね。それは良かったわ・・・」
ヒッ、と高槻の喉から短い悲鳴が込み上がる。
ニュータイプでない高槻でもわかる。隠そうともせずぶつけらる、殺気という名のプレッシャーを。
「あなたが・・・あなたがいなければ・・・私たちは、戦わずに済んだのに・・・!」
それが言い訳である、ということは郁未自身理解している。
だが、確かに元凶はそこにあった。
「よ、よせ! 何をするつもりだ止めろ! くそ、お前たちぃ、なにやってるんだとっととそいつを殺せぇ!」
ゆっくりと迫るムーンに耐え切れなくなったのか、高槻の号令により四機のGDストライカーが動き出す。が、
「邪魔よ!」
その一言の下に放たれたヒートロッドに四機は一瞬で撃破された。
「そ、そんな・・・」
「・・・皮肉なものね、高槻。あなたは、あなたが生み出した強化人間によって殺されるんだから」
「ま、待て! そ、そうだこうしよう! お前の強化を解除してやる! 天才の俺ならできる! どうだ!? それで手を組まないか!? なぁ!?」
「・・・っ」
いい加減、我慢の限界だった。
最後の最後まで自分のことしか考えない高槻。その台詞を聞いているだけで腸が煮えたぎるようで、
『晴香さんの言うとおりです。この世界にはいてはいけない人間がいる。それの駆除なくして、平和などありえません』
葉子の言葉が頭を過ぎる。
確かにそうなのかもしれない、と思ってしまった。あれだけ否定して、そしてそれを貫くために最終的には命まで取ったくせに・・・。
―――私は、どこまでも自分勝手だ。
まるでエゴの塊だ、と思う。なんせいまやろうとしていることは葉子の言葉を肯定しているようなことだ。
だが、もう無理だ。この男を前にして、見逃すことなんてできやしない・・・!
「死になさい、高槻。あなたは、ここで・・・!」
「や、やめろぉぉぉ!」
郁未はビームサーベルを掲げ、その脱出艇を両断しようとして、
「な!?」
しかし突如飛来した深緑の機体にその一撃は止められてしまった。
ビームサーベルでこちらの攻撃を受け止めた深緑色のガンダムタイプ。それは、イブキで見たことのある機体だ。そして、
「お・・・おぉ、里村ぁ!」
その機体を見て、高槻はただ歓喜を浮かべた。
「この、お前いままでなにやってたんだ! いや、まぁいまは良い。はは、とりあえずそこの不良品を壊してしまえ。
お前の力なら例え相手があの天沢郁未だとしても軽くやれる! それだけの力がお前にはある! さぁ、殺せぇ!」
形勢逆転だと、そう高々に笑う高槻。しかし、
「あなたは・・・倉田さんの仲間でしょう?」
その茜から放たれた言葉は、そんな意外なものだった。
「え?」
「・・・は?」
疑問の声は郁未と高槻両方から。しかし茜はそんな二人の態度を無視するように、再度問う。
「もう一度お尋ねします。あなたは倉田さんの仲間なんですよね?」
「そ、そうだけど・・・」
「なら・・・こんなことをしてはいけません」
「え・・・?」
「倉田さんは私にこう言いましたよ。憎しみのままに銃を撃てば戦争はいつまで経っても終わらない、と」
郁未はただ目を見張る。
「それを目指すあなたが・・・憎しみに翻弄されて誰かを殺しては、その誓いに反するのではないですか?」
そう。そんなことはわかっている。
しかし・・・という思いに郁未が歯噛みしていると、茜はそっと、だから、と続け、
「・・・この人は、私が殺します」
「「!?」」
郁未からビームサーベルを離し、茜は高槻の脱出艇に機体を向けた。
それをわけがわからない、という風に呆然と眺めていた高槻は、震えの止まらぬ声を張り上げる。
「な、なんだ・・・、一体どうなっている? これはどういうことだ・・・わからないぞぉ、里村ぁ!」
「えぇ、わからないでしょうあなたには。まぁ、わかって欲しいとも思いませんが」
ビームサーベルを無作為に振り上げる茜。その光を見上げ、高槻は愕然と、
「・・・ちょっと、待て。お前、本気なのか・・・!?」
「言ったでしょう? あなたを殺すと」
「お前に力を与えてやったのはぁ、こ、この俺だぞ!? 俺がいればもっと強くなれるんだぞ!? それを、お前は何故―――」
「いつ」
たったの二文字。しかしその言葉に込められたプレッシャーに高槻はヒィ、と小さく悲鳴をあげる。
そんな矮小な・・・どこまでも愚かな一人の人間の成れの果てを見て、茜は叩きつけるように言う。
「・・・いつ、強くして欲しいなどと言いました! 私はただ・・・司と静かに暮らしていければそれで良かったのに・・・!」
忘れ掛けていた感情、その痛み。
戦いに没頭することで忘れさせていたその胸打つ痛みを、しかし茜は大切な物だと言わんばかりに吐露し、
「あなたに、そんな私たちを汚す権利は無い・・・!」
仕舞いこんでいた数多の感情と共に、ビームサーベルを振り下ろした。
「待―――」
そしてその一撃はいともあっさりと脱出艇に突き刺さり、高槻という存在をこの世界から抹消した。
「・・・」
その光景を、郁未はただ静かに眺めていた。
自らの肩代わりをしたその茜という少女に、郁未はどこか連帯感のようなものを感じていた。
意思と関係なく強化人間などにされ、
望んだわけでもない戦場に立たされ、
そして周りの人間をただ殺されていった者として。
だからなのか。その言葉は、何を思うより先に口から出ていた。
「ありがとう。そして・・・ごめんなさい」
想ってくれてありがとう。
背負わせてごめんなさい。
そしてそれを茜はどう受け取ったのか、やや俯いた顔で、
「・・・早く、行ってください。あなたには・・・いえ、あなたたちにはまだやることがあるでしょう?」
「あなた・・・」
「私は、しばらくここにいます。いろいろと・・・疲れましたから」
大丈夫、死にはしません、と。それだけを言い、Σガンダムはただそこに滞空した。
去来する思いがあるのだろう。それがどんなことなのかは郁未の知る由も無いが、それはきっととても大切なことのはずだ。
だから郁未はただ頷き、その場を後にした。
まだ終わりじゃない。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
「サブエンジン、大破! 推力低下!」
「Iフィールドジェネレーター、オーバーヒート! Iフィールド、消失!」
「ミサイル発射管、八割が沈黙!」
「サブメガ粒子砲砲身被弾! 使用不可能です!」
「・・・」
錯綜する情報を、ことみはただ瞼を閉じて聞いていた。
クラナドの前面に出ていたキサラギは、もはや限界だった。ハマーン派とグレミー派両方からの攻撃を一身に受けたのだ。無理も無い。
ハマーン派・・・秋子艦隊の方は既にグレミー派の聖艦隊や連邦にほぼ壊滅させられているが、グレミー派の方はまだ健在だ。
連邦も撤退を開始したいま、聖艦隊と真っ向でぶつかり合うことになったキサラギの損傷率は更に飛躍している。
むしろここまで持ったほうが大したことだろう、とことみは考える。
そしてついに、その宣言を下すことにした。
「・・・総員、退艦用意なの!」
クルーたちがハッとした表情でことみを振り向く。
それはつまり、このキサラギを放棄する、ということだ。
だがクルーたちもいずれその宣言が来ることが分かっていたのだろう。複雑な表情をしながらも異を唱える者はいなかった。
そして皆が退艦の用意をする中で―――しかしことみは全く動きを見せなかった。
それを訝しんだクルーの一人がことみに視線を向け、
「あの、艦長・・・? 艦長も退艦用意を―――」
だが、その言葉にことみは首を横に振った。
「私は残るの」
「艦長!?」
「これは艦長の責任なの。・・・だから、皆は早く退艦を。その後でせめて前に広がる艦隊だけは連れて行くから・・・」
クルーの誰もが理解した。
ことみは死ぬ気なのだ、と。
このキサラギの艦長として、そしてカンナヅキ級の設計・開発者として。この艦と命を共にする気なのだ、と。
ブリッジクルーたちは互いに視線を交わし・・・そして頷いた。
ことみは皆が自分の心情を組んでくれたのだと思い、ありがとう、と言いかけて―――、
「駄目です。艦長は、こんなところで死ぬべき人じゃありません」
え、と。疑問の声を呟くより先に両脇を男のクルーに掴まれた。
「・・・え、え?」
「俺たちが艦長を連れて行く。通信管制、誰か近場のMSを呼んでくれ」
「了解」
「それまでは私たちでどうにかするわ」
「艦長が出るまでは絶対に墜とせないですよ。弾幕、前方に展開します!」
「こっちもギリギリまで頑張ってみます。艦のコントロールこっちに回してください」
ことみが状況についていけない中、クルーたちは連携しつつ仕事をこなしていく。
それを数秒ほど眺めて、そしてやっとことみは気付いた。
「ま、待って! 私は皆に退艦をして・・・!」
「駄目です。艦長が残るのなんて、いけません」
「そうですよ。艦長はこんなところで死ぬべき人間じゃありません」
「その頭脳も、指揮能力も、こんなところで消えて良いものじゃないですよ」
「そうそう。これから来るはずの平和な世界にこそ、艦長みたいな存在は必要になるはずですから」
クルーたちは笑顔を浮かべながら口々に言う。
しかし、しかしその言葉の意味するところは―――、
「駄目! これは私の責任なの! 皆がそれを肩代わりする必要なんでどこにもないの・・・!」
それはほぼ悲鳴に近かった。しかし、誰も聞いてはくれない。その言葉に耳を傾けてくれない。
それどころか、クルーたちは作業に必死に取り掛かっていく。
「敵艦からの攻撃、来るわよ!」
「迎撃! 回避任せる!」
「任せて・・・!」
「くぅ、艦長を早く!」
「急いで。もうこの艦もそう長く持たない・・・!」
その言葉を聞いて頷いた両脇のクルーが、引きずるようにしてことみをブリッジから下げようとする。
「いや! お願い、待って!」
ことみは身体を捩りどうにかその拘束から逃れようとするが、大の男二人に掴まれてはそれも不可能だった。
「駄目・・・! おかしいの、皆が死ぬ必要なんてどこにもないの・・・!」
溢れる涙。こんなことはおかしいと、不条理だと訴えることみに。
クルーたちはただ笑って敬礼を送った。
「・・・っ!!」
その笑顔が、光景が、あまりに悲しかった。
誰もこの状況を嫌がっていない。むしろ受け入れていることに、ことみは涙をこぼした。
その痛いほどの信頼と絆を、ことみは感じながらも首を横に振った。駄目だ、と呟きながら。
だが、それでもことみは引き摺られて行く。ブリッジから遠ざかる。クルーたちの顔が見えなくなる。
そのままMSデッキに着くと、そこには一機のMSが待機していて、コクピットが開かれていた。
「・・・」
ガンダムウインド・カスタム。コクピットで無言のまま待っていたのは美坂栞だった。
二人の男性クルーは押し込むようことみをコクピットに入れると、栞に一度敬礼を向けた。
「艦長のこと、よろしくお願いします」
「・・・はい。任されました」
すると二人のクルーは笑みを浮かべ、元来た道へ戻っていく。
「待って、私も・・・!」
「ことみさん!」
慌ててコクピットから出ようとすることみを、栞が押さえ込んだ。
「駄目です、ことみさん!」
「離して、離して栞ちゅん! このままじゃ、このままじゃ皆が・・・!」
「駄目ですことみさん! 皆さんの、皆さんの気持ちを無駄にするつもりなんですか!?」
ビクリ、とことみの動きが止まる。それでも栞は言葉を続ける。
「ことみさんの気持ち、私にも痛いほどわかります。理解できます。私も昔、こんな感じで大切な人に命を救われたことがあります。
でも・・・だからこそ! 生きるんです! 生き残らなきゃいけないんです! それを望んだ人のためにも! 私たちは・・・!」
「で、でも、そんなの・・・!」
「ここで戻ってどうするんですか!? 相手がどれだけのことを想って私たちを遠ざけたのか・・・それを考えてください!
皆さんは、ことみさんのことを生かしたいと、そう願ったんです! いま戻っても、それは皆さんの救いにはならないんです! なれないんです!」
「でもォ・・・!」
「ことみさん・・・! 皆さんの望みを、叶えてあげてください・・・!」
お願いします、と。栞の方が泣きそうな声で訴えてきた。
卑怯だ、と思う。そんな風に言われたら・・・もう、駄々をこねることもできない。
ことみは伸ばした腕を・・・力なく垂れ下げて俯き、
「・・・・・・わかった、の」
本当に小さく、そう呟いた。
はい、と頷く栞の声と同時にハッチが閉じていく。その向こうにいる皆を、ことみはただ想った。
そしてその頃、ことみを引きずっていった二人の男性クルーがブリッジに戻っていた。
「あれ? お前ら戻ってきたのか?」
「別にあなたたちがいたところで何も変わらないんですけどね」
「うわ、ひっでーな。俺たちだってキサラギのクルーだぜ?」
「そうそう。お前たちだけ残していけるかよ」
「いまどきそういうの流行らないわよ?」
「うっさい」
ブリッジに悲壮感はどこにもなかった。あるのは場違いなほどに和やかな・・・そんな、まるで日常の光景。
「艦長は?」
「無事届けた。美坂さんなら安心だろ」
「それもそうね。それじゃ・・・そろそろいく? もうこの艦も限界だろうし」
「ですね。では・・・最後に一発大きいのぶちかましましょうか?」
「お、良いね」
「世界が平和になることを夢見て、ね」
「ばーか。・・・やってくれるさ、あの人たちなら」
「そうそう。そのためにも私たちここに残ったんでしょ?」
「・・・そう、だな」
あぁ、と。クルーは皆が皆同時に頷いた。互いに見合い、頷き合う。
皆の気持ちはこのとき、確かに一つだった。
そして操舵手であるクルーの一人が代表して、大声で叫んだ。
「さぁ、最後に派手は花火を打ち上げようぜ・・・!」
おぉ、と。艦橋は声に包まれた。
「そろそろあの艦も潮時でしょうね。随分と頑張ったとは思うけど」
そう批評したのは、キサラギを攻撃している艦隊の旗艦、グワンゾン艦長の深山雪見だ。
キサラギは善戦しただろう。たった一隻で七隻もの艦の攻撃をこれだけ凌ぎ、しかもそのうち二隻をも沈めたのだから。
その防御能力には素直に感服するが、それもここまでだ。
「一気に畳み掛ける。全艦、主砲用意! こちらの指示と同時に一斉しゃ―――」
「か、艦長!?」
そのときだ。オペレーターの悲鳴染みた声が艦橋をこだましたのは。
「何事!?」
「て、敵艦が・・・こ、高速で接近! こちらに全兵装を撃ち込みつつ突っ込んできます!?」
「なっ・・・!?」
弾かれるように前方を見やれば、肉眼でもわかるほどの速度で確かにキサラギが突っ込んできている。
そのスピードはもはや撃墜されることなど覚悟していると言わんばかりであり、つまりは、
「特攻する気・・・!?」
雪見は慌てて迎撃を命じるが、攻撃を受けてもキサラギの速度は緩まない。進路もずれない。
無人、ではない。進路がずれないということは逐一誰かが修正しているという証拠なのだから。
「迎撃、急いで・・・!」
しかし、どれだけ攻撃してもキサラギは墜ちない。カンナヅキ級の装甲の硬さは雪見たちが身を持って知っている。
この距離、これだけの武器ではキサラギの撃墜は間に合わないと、誰もが理解していても納得はできなかった。
「駄目です! キサラギ、止まりません・・・!」
「旋回!」
「駄目です、それも間に合いません!」
「艦長ぉ!?」
相手はこのグワンゾンが旗艦であるとわかっているのだろう。ただ真っ直ぐこちらに向かってきている。
因縁の艦、キサラギ。事あるごとに戦ってきたのだ。それくらいわかるだろう。
だが、まさかその艦とこのような結末を迎えようとは・・・。
「くっ・・・」
迎撃、回避、ともに不可能。あんなものに激突されればグワンゾンなどひとたまりも無いだろう。
間違いなく、これで終わりだ。
迫る見慣れた敵艦。悲鳴を上げる者、無駄だとわかって逃げ惑う者。そんなクルーたちを見下ろし、しかし雪見の脳裏に浮かぶのは、
「・・・みさき」
ただ、一人の少女だった。
「ごめんなさい。みさき、あなたを巻き込んだ責任として、せめてこれからをずっと一緒に生きていきたかったけど―――それも、駄目みたい」
結局、収まるところに収まるということなのか、と雪見が嘆息した瞬間。
キサラギの艦首がグワンゾンの艦橋に突き刺さり、全てを砕き潰した。
「あ・・・」
ことみは、見た。
キサラギが敵のグワンバン級に激突し、そしてその両方が光に飲み込まれ消えていく様を。
・・・ただ、見ていることしかできなかった。
「あぁ・・・」
カンナヅキ級の開発主任として、三番艦であるキサラギに配置されてからいままで。苦楽をずっと共にしてきた仲間がそこにはいた。
気の良い連中ばかりで、イブキにて連邦を抜けると言った際には、誰一人として降りなかったブリッジクルーたち。
メカニックやその他のクルーにも多くの苦労を押し付けただろう。
それを・・・恩を返すどころかこのような形で死に至らしめるなんて。
挙句、自分だけのうのうと生き残るなんて・・・。
「・・・っ!」
耐え切れず、ことみは両手を顔面に押し付けて泣いた。咽び泣いた。
「私は・・・私は・・・無能で、最悪な・・・艦長失格なの・・・!」
「いいえ」
だが、栞は静かに首を横に振った。
「もし、ことみさんが無能な艦長だったのなら・・・きっとこんな結果にはなってなかったです。
皆さんがことみさんを認めて、信頼していたからこそ・・・笑顔で、送り出してくれたんですよ?」
だから、とことみを抱きしめ、栞は囁いた。
「誇りに想いましょう。そんなクルーと出会えたことと・・・そんなクルーたちに愛された事実を」
「・・・う、う、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ことみの慟哭は、ただ切なく。
キサラギの残骸浮かぶ宇宙の闇に、解けて、消えた。
朋也とみさきの戦いは、熾烈を極めていた。
パイロットとしての技量は朋也、機体の性能としてはみさき。その優位性も、しかし互いのものによって打ち消しあい、実力はほぼ互角となる。
「うおぉぉぉ! 川名ぁぁぁ!」
「この程度なの、朋也くん・・・!」
その激突する二人の戦闘レベルは、高すぎてなつきが介入できないほどだ。
だが朋也の頭からはなつきのことなどとうの昔に消えていた。
みさきから一瞬でも意識を外せばその隙にやられると、本能が理解していたからだ。
バンズ・バウのファンネルを回避し、有線式ビームカッターをビームサーベルで受け流す。そして反撃にと撃ちだしたビームは、しかしやはり回避されてしまう。
「朋也くん、この程度じゃ私には勝てないよ? 春原くんの仇も取れないよ」
「くそ・・・!」
冷静になれ、と朋也は自分に言い聞かせる。感情的になればなるだけみさきのペースに巻き込まれるだけだ、と。
感情に流された結果が陽平の死なのだと、自分の心を叱責する。
しかし、だからこそ余計に感情は高ぶってしまう。それはもう理屈ではなかった。
「感じる。感じるよ、朋也くんの憎悪を。殺したいんでしょう? 私を」
「っ!」
「だったら、ほら。もっと本気にならないと。そうじゃないとまた大切なもの、失っちゃうよ?」
「川名・・・!」
その言葉が、笑いが、朋也の感情を押し上げる。
それこそみさきの狙いなのだと思いながらも、込み上げてくるそれを抑えきれない。
どうしても荒くなる攻撃が、みさきに当たるはずもない。
焦りも出てくる。全てが相乗化され朋也はみさきに押され始めた。
「朋也さん・・・!」
しかし、なつきはそれを見ていることしかできない。
なつきは自分の力量を理解している。故に、その二人の戦いに自分が身を投じれば朋也の足手纏いになることが痛いほどにわかっていた。
だから、と、なつきは周囲からこの戦闘に介入しようとするMSを迎撃していた。
それくらいしか自分に出来ることはないと、悔しさに歯噛みしながら。
そして、また新たな機影を確認しなつきはそっちに機体を向けて―――動きを止めた。
なぜならそれは、とても見慣れた機体で―――、
「・・・スナイパー、ジェガン」
それの意味することは、
「・・・渚、先輩・・・!」
渚は連邦所属。そしてなつきたちは連邦を抜けた人間。こちらが敵対の意思を見せなくても、連邦からすれば脱走兵扱いだ。
考えたくないが、渚が攻撃してくる可能性だってある。
だから、なつきは考えも纏まらぬままその機体の前に躍り出た。
渚のスナイパージェガンが突如目の前に現れたリアンダー・ゼオンに反射的に銃口を向けるが、しかしすぐに気付いたのだろう。
渚はニュータイプ。数年間を共にしたなつきの気配がわからないわけがない。
「・・・なつき、ちゃん?」
「はい。お久しぶりです、渚先輩」
声を返す。しかし、それを素直に喜べるほど、いまの二人の関係は簡単じゃなかった。
以前に会ったのはイブキでの戦闘のときだ。あのときはとりあえず戦ったが、あのときともまた現在の状況とは大きく違う。
二人はしばし万感の想いを胸に、向き合っていた。
「・・・聞きたいことがあります。先輩」
数秒か、数分か。その間をもって先に口を開いたのはなつきだった。
「渚先輩は・・・なつきたちの敵ですか?」
「え・・・?」
「組織とか、そういう意味で聞いてるんじゃないです。問題は、渚先輩の気持ちはどこにあるのか、ということだけ・・・」
なつきは朋也とみさきの戦いを一瞥し、視線を戻す。
「いま、朋也さんは川名さんと戦っています。自分のために、そして全てのために」
「川名さんって・・・そんな、どうして!?」
「いろいろあったんです。いろいろ・・・。春原さんも、戦死しました」
「!」
息を呑む音が聞こえる。だが、それでもなつきは続ける。
「朋也さんは・・・とっても苦しみました。それでも自分の意思で、また戦場に立つと決めて・・・そして戦ってます」
言って、なつきはビームサーベルを取り出した。
驚きの気配を見せる渚に、しかしなつきは確固とした意思を持ってその切っ先を突きつけた。
「渚先輩。もう一度聞きます。先輩は、なつきたちの―――いえ、朋也さんの敵ですか?」
「・・・」
「もし、そうだと言うのなら・・・なつきは渚先輩を止めますよ。たとえ、命をかけることになったとしても」
その声は、どこまでも強い意志に彩られていた。
迷いなどない。たとえそれが昔の上司で友人であったとしても、迷い無く斬ると。その言葉が物語っていた。
「なつきちゃん、あなたは―――」
だからこそ、わかる。
清水なつきが、どれだけ岡崎朋也を想っているかがわかる。
「・・・うん。そうだね」
言葉を切り、渚はただ頷いた。
わかるに決まっている。
なぜなら、古河渚も岡崎朋也を想っているのだから。
そして、だからこそ答えなど決まっていた。
早苗が連邦でも重要なポジションの人間で、その娘である自分が勝手な行動をすれば迷惑を掛けることもわかっている。
だが、それでもそれ以外の答えなどあるはずがなかった。
ビームサーベル越しにその機体を見る。そこから向けられる静かな気配に真摯に向き合うように、渚は答えを返した。
「私は、朋也くんの―――」
「ぐあぁぁぁ!?」
バンズ・バウの有線式ビームカッターがついにSガンダムの腕を捕らえた。
ビームライフルを構えていた左腕は根こそぎ切り飛ばされ、Sガンダムが大きく体勢を崩す。慌てて体勢を立て直そうとするが、
「そんな暇、与えると思う?」
みさきのメガ粒子砲が連続で放たれる。それをかわし続けるが、無理な体勢も祟ってうち一撃を頭部に受けた。
「がっ・・・!?」
メインカメラが破壊される。そして無くなる視界。
サブカメラに入れ替わるのに数秒もかからないが、その隙はみさきクラスなら十分すぎるほどのものだろう。
「・・・さようなら、朋也くん。ごめんね」
迫る死の気配。みさきの意思に従い殺到するファンネルがSガンダムを撃ち抜こうとして―――、
「え・・・?」
しかし、みさきの動きが止まった。
みさきは、なにか信じられぬものでも見たような、震えた声音で、小さく呟く。
「雪・・・ちゃ、ん・・・?」
そしてその隙を縫うように、遠方から放たれたビームがバンズ・バウの推進部を貫いた。
「!? な、なに!?」
慌てて振り向いた先、そこには見たことのある専用機・・・古河渚のスナイパージェガンがいた。
「『静寂なる狙撃手』!?」
「私は、朋也くんの味方でいたい・・・! だから・・・させません!」
再び一撃が放たれる。
かなりの距離があるにも関わらず、その正確無比な光の軌跡はバンズ・バウの側面部を撃ち抜く。
「くぅ・・・!?」
「川・・・名ぁぁぁ!」
「しま・・・ッ!?」
そしてそれだけの間があれば、カメラの移行など終えている。
朋也のSガンダムがビームサーベルを救い上げるように振り上げた。
「うぉぉぉぉ!」
「っ!?」
渚の攻撃の反動で動けないバンズ・バウ。そこへ突き出されたビームサーベルは、間違いなくその動力部を突き刺した。
みさきは一瞬驚きに目を見開き、・・・しかしすぐに表情を崩した。
まるでなにかを観念したかのように苦笑を浮かべ、
「・・・あ〜あ。私もここまでか」
「・・・川名」
「雪ちゃんもいなくなっちゃったみたいだし・・・うん、もう私が生きている理由もないね」
「川名、お前・・・」
「ほら、早く離れないと爆発に巻き込まれちゃうよ?」
「・・・」
朋也は無言で、その場を後にした。向かう先はなつきや渚のいる方向。
それを見届けて、みさきは小さく笑った。
「・・・朋也くん。大切にするんだよ、仲間を。友達を」
こうやって、どの道を取ったとしても悲しみしか残らない選択肢しかない世界ではなく。
もっと緩やかに、一緒に笑い合える、そんな輝かしい世界を進んで欲しい。
「・・・ふぅ」
雪見の仲間になるのか敵になるのか。朋也たちの仲間になるのか敵になるのか。
その選択肢しかなかった自分は、結局最後まで甘かったのか。
朋也もきっと気付いていただろう。
みさきは、最後の最後まで手を抜いていた。
墜とそうと思えば、何度も墜とせるタイミングはあった。だが、それもできなかった。
春原陽平を殺したとわかった日の夜は、眠れなかった。・・・覚悟していたにも関わらず、一緒にいた友人を殺したという事実に自分は耐えられなかった。
その弱さが、みさきを躊躇させていた。
最後の最後、ようやく撃つ覚悟を決めたというのに。・・・いや、
「できなかった、かな。やっぱり」
あのとき、仮に雪見の気配が消える、などということがなかったとしても・・・みさきは朋也を撃てなかっただろう。
「・・・いつの間に、こんな気持ちになってたんだろう」
誰にともなく、問う。
それに気付いたのは離れてからだというのだから・・・人間の心とは面倒なものだ。
はぁ、とみさきは嘆息し、シートに背を預けた。
「・・・あーあ、ホント、どうして・・・こんなことになっちゃったんだろうね・・・?」
ね、雪ちゃん、と。
そう問う声は、爆音に飲み込まれどこにも届かなかった。
お互いのビームが激突し、破裂する。
そして交錯する二つのシルエット。
浩平のリアンダー・ゼオンと瑞佳のガンダムエターナルだ。
「長森、いい加減目を覚ませ! お前はこんな戦いをして良いやつじゃない!」
「うわぁぁぁぁ! あなたはわたしのなんなの、なんでこんなに頭が痛いの!? 痛いよ、痛いよ・・・。もう、消えてよぉぉぉ!」
瑞佳は、最初から既にこの状況だった。
浩平が声を掛けるたび、ヒステリックに叫び攻撃を繰り返す。
その姿はあまりに痛々しかったが、しかしそれは同時に救いでもあった。
瑞佳は浩平の声に反応している。ならば―――強化が剥がれる可能性だってなくはないのだ。だから、
「今度こそ、今度こそ救うんだ、俺は・・・!」
その可能性が少しでもあるのなら、絶対に諦めたくはなかった。
しかしそんな間にもエターナルから幾多ものファンネルが発射され、浩平のリアンダー・ゼオンへと襲い掛かる。
「ちぃ!」
人離れした操縦でいたるところから放たれるビームをかわす浩平。無茶な機動がスラスターを焦がしていくが、そんなことにかまっている暇なんてない。
「お前は長森瑞佳! 俺の幼馴染で、高校のときはいつも俺の家まで起こしに来てくれただろう!?」
「う・・・あ・・・」
対する瑞佳は、その声によって揺り動かされる何かを必死に抑え込んでいた。
だが、いくら叫んでもなにをしても、その言葉が、瑞佳の頭に響く。
フィードバックされる記憶。その光景。
毎朝、誰かの家に起こしに行った。誰を?
男の子。お調子者で、口が達者で、勉強が嫌いで、朝が弱くて、それでいて優しくて、おもしろい男の子。この人は誰?
学校ではわけのわからない遊びをして教師に怒られていた。この人は誰?
起こしに行った自分をからかうがために隠れたりする。この人は誰?
頭がズキズキする。その靄がかったその世界を無理に見ようとすると頭が割れるように痛くなる。思い出してはいけないと、そんなことは気にせずに戦えと、自分の中にある何かが囁いてくる。
「わたしは・・・」
頭が痛い。心臓が痛い。のどが焼けるように乾いている。汗もひどく流れている。
それでも、何かが囁く。お前は人形。ただ戦うための、人形だと。
「わたしはぁぁぁぁぁぁ!」
エターナルのハイパーメガランチャーが火を噴く。
「長森ッ!」
当たれば一撃で命を刈り取る砲撃を、ギリギリ回避する。
あれだけ錯乱しているにも関わらず、射撃の精密さは微塵も狂っていない。それを見て、瑞佳がどれほど戦闘訓練をつんだかが垣間見える。
考え、浩平は自分でも気付かず噛締めていた。
ネオジオンは死んだ瑞佳を、戦うための道具として勝手に蘇生し、適正があったからといって平気で人を殺せるモノにした。
それが、どうあっても許せない。
長森瑞佳という人間は・・・愚かなほどにお人好しで、無骨なほどに優しくて、滑稽なほどに笑顔を振り撒く、そんな・・・平和の象徴のような少女。
「そう・・・お前は、優しい人間なんだ長森! 平気で人を殺せるような、そんな人間じゃない! ネオジオンに操られているだけなんだ!」
「わたしは・・・、わたしは・・・、う、わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瑞佳の情念に反応し、ファンネルが浩平を墜とさんと動く。その動き、先の数倍早い。
「くっ、ぁぁぁぁぁぁああ!」
さらにハイパーメガランチャーも撃つ。一発、二発、三発。
「ぐぅ!」
いくら浩平の腕が立つとはいえ、オールドタイプでは反応に限界がある。
八方から襲い来るビームが、左足を貫通し、右腕を薙ぎ、ビームライフルは爆発し、頭部も破壊された。
「く・・・そ!」
さっきからアラートが鳴りっぱなしだ。CPUは執拗に脱出を勧め、意味もないのに冷却装置が動き出す。
「んなもん邪魔なだけだ!」
浩平は叫ぶと同時、コンソロールを叩きつけた。けたたましく鳴り響くアラートが止まる。冷却装置も作業を停止した。
これでもうこの機体は数分と持たないだろう。
だからどうした、と浩平は心の中で呟いた。既に生き残ったことを後悔した命。
その後悔を正せる瞬間が今ならば、命などいくらでも差し出して見せよう・・・!
「思い出せぇぇぇぇ! 瑞佳ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「!?」
絶叫。それは恫喝となって瑞佳へと浸透していく。
リアンダー・ゼオンのブースターが爆発する。そんなの知ったことかとそれでもスラスターを展開し、瑞佳の乗るエターナルへと近付いていく。
「あ・・・、駄目・・・だよ・・・」
その光景の中、瑞佳にとある変化が訪れた。
頭の中の霧が薄くなっていく。それまでどうしても見えてこなかった顔が徐々に、しかし鮮明に見えてくる。
瑞佳、と。呼びなれない名前で呼んでくれたその声を、確かに自分は覚えている。
そして・・・その顔を、確かに自分は覚えている。
あぁ、なんて懐かしい顔。
しかし、その夢想のなかにいてまだ、瑞佳の体は戦う兵士の動きを忘れない。
最早、頭と体は別の人間。瑞佳が必死に止めようとしても、体が勝手に相手を墜とさんと攻撃を緩めない。
「駄目・・・、やめて・・・、やめてよぉ」
せっかく思い出せそうなのに。その視界の中で、さらにリアンダー・ゼオンは破損していく。爆発しないのが不思議と思えるほどの破損。それは、今も自分が増やしている。
このままでは、死んでしまう。あの男の子が。幼馴染の、そして自分が愛した青年、折・・・浩・・・が。
駄目だ。それは駄目だ。絶対に駄目。駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目、駄目!
「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ガクン、と。そんな擬音が聞こえた気がした。
今にも浩平を撃たんとしていた攻撃はピタリと止まった。蘇る感覚。体は、自分の命令を受け付けた。
そして急に止まった攻撃に、浩平もまた瑞佳の変化に気が付いた。
「・・・思い出した、のか?」
もうすぐそこまで来ていた浩平の声が聞こえる。
しっかりと、はっきりと、聞こえた。
だからいま、返事を返そう。
「・・・うん、思い出したよ。思い出せたよ、・・・浩平」
長い夢から覚めた感覚。今なら鮮明に思い出せる、あの日々を。そして、あのときの涙と、後悔を。
そしてその声を、言葉を、浩平は緩やかに聞き遂げた。
「・・・そうか。はははっ、そっか。やっと思い出したか」
ホッとした、といった感じに息を吐く浩平。
今度は、今度こそは、救えた。その事実に、浩平は心底安堵した。
あのときの悔しさを、あのときの悲しみを、あのときの痛みを、浩平は二度も味わずにすんだのだ。
そして瑞佳が、焦がれたあの笑みで、こちらを見てくれている。
その事実だけで、これまでの人生を全て許せるような気がした。
―――だが、
現実は、そんな安堵を許さないとばかりに残酷だった。
「!」
浩平は、見た。
瑞佳の機体の向こう側から、真っ直ぐこっちに向かってくる黒の機体を。
そしてその銃口がエターナル―――瑞佳に向かっているのを。
それを見た瞬間、浩平の身体は勝手に動いていた。
「駄目だ、長森!」
「えっ?」
機体を動かしエターナルを横に突き飛ばす。だがいままでの無茶な機動が祟ったのか、そこでスラスターはオーバーヒートを起こし動きを止めた。
そして、目前に迫る光の刃。
かわす術など、なかった。
「・・・え?」
呆然とする瑞佳の視線の向こう、リアンダー・ゼオンの動力部を、そのビームが貫いた。
ただでさえ限界を超えた機体。この一撃は、もう終わりを意味している。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
「良かった・・・。今度は助けることができ―――」
た、と。そう言い切る前に浩平の身体は爆発に焼かれた。
消えいく意識の中で、浩平は瑞佳を救えた事を誇りに思った。
たとえ、その瑞佳ともう一度生きることはできなくとも・・・
そして、その光景を瑞佳はただ唖然と見つめていることしかできなかった。
「浩平・・・?」
名を呼んでも、答えは無い。
目の前には・・・浩平が乗っていた機体の残骸が無残に漂っているだけだ。
「浩・・・平? うそ・・・でしょ?」
折角、折角こうしてまた再び出会えたのに。
こうして話をすることができたのに。
・・・救い出してもらったのに。
それを詫びることも、礼を言うこともできず・・・そして、昔分かたれた道をまた共に生きていけると、そう思ったのに。
それは、ただ一瞬の儚い幻想だったのか。
「ふふふ・・・、あははは」
聞こえてくる笑い声。弾かれるように振り向けば、そこには黒いガンダムの姿があった。
Ωガンダム、名倉友里である。
「あはははははっ!」
壊れている。それを瞬時に理解した。
そこから感じ取れる気配はすでにぐちゃぐちゃ。それが強化による精神の崩壊だということを瑞佳はすぐに悟った。
なぜなら、ついさきほど自分もそうなりかけたのだから。
だが、そんなことよりも瑞佳の感情を支配するものがあった。
それは、彼女が生涯で一度も抱いたことのない感情―――『憎しみ』だ。
「よくも・・・よくもぉぉぉ!」
瑞佳は唇をかみ締め、涙を止めるとキッと前方を睨みつけた。
ファンネルが瑞佳の精神に反応し、Ωガンダムに向かって動き出す。
「ふふふっ」
しかしファンネルから放たれるビームは全てIフィールドによってかき消されていく。
「っ!」
「あははぁ!」
友里が吼え、メガビーム砲とビームキャノンを連続で撃ち出す。
瑞佳はそれをかわしつつハイパーメガランチャーを撃つが、これもIフィールドによって阻まれた。
「これも駄目なの・・・!?」
浩平戦であまりにも撃ちすぎたせいか、威力がけっこう落ちている。
それを見、隙と見て友里が距離を詰めてきた。
「あは、あはははは!」
幾多ものMSを墜としてきた死を司る魔手が瑞佳へと伸びてくる。
その危険さは感覚でわかった。掴まれたら終わりだということも。
しかし、
・・・瑞佳には、絶対に譲れぬ想いがある。
「わたしは・・・死ぬわけにはいかないんだよ!」
この命。浩平に救ってもらったこの命を―――もう二度と取らせはしない!
「っ!」
横にかわすでなく、後ろに下がるでなく、瑞佳は前に突撃した。
相対速度により瞬時で迫るジェノサイドクローを旋回してかわし、すれ違いざまにメガビームサーベルで切り払う。
そしてそのままの勢いでΩガンダムの懐まで飛び込むこと刹那。
「はぁぁ!」
二振りのメガビームサーベルが十字にΩガンダムを切り裂く!
「あはははははははは・・・・・・!」
四つに解体されたΩガンダムは、友里の笑い声と共に爆発した。
「・・・浩、平」
しかし、瑞佳の心は晴れない。
その爆発を背に、瑞佳はただ咽び泣いた。
二度目の別れに、涙した。
「戦いも・・・徐々に収まりつつあるな。ふん、やはり規模が大きいとは言え緒戦はこの程度か」
霧島聖はつまらなそに周囲を見渡した。
この宙域のハマーン派はほぼ壊滅。連邦は撤退を開始しているし、聖の艦隊も雪見が崩されてからは統制もあって無いようなものになっている。
例のクラナドの連中は艦を一隻とMSもそれなりにとやられているようだが、この混戦で随分と善処した方だろう。
問題のアクシズの方は現状こそグレミー派優勢で動いているが・・・それもすぐに押し返されるに違いない。
理由は簡単。気付いている者は気付いているだろう。
「グレミーめ・・・存外に不甲斐ない」
大将であるところのグレミーが戦死したことだ。
先程アクシズからグレミーの気配が消失した。ハマーン派・・・は考えにくい。エゥーゴの連中にでもやられたのだろう。
とすれば残るはハマーン派の少数とエゥーゴとの戦いが残されただけだが・・・どうもハマーンはエゥーゴの少年を気にしているようだったし、戦いは起きるだろう。
たとえそこでどちらが生き残ったとしても問題は無い、と聖は結論付ける。このアマテラスさえあれば恐るるに足らないだろう。とすれば、
「ならば・・・先に最終戦と行こうか。クラナドの諸君」
全ての因縁に終止符を打たんと、霧島聖は動き出す。
キサラギが撃沈してから、クラナドに対する火線が集中し始めた。
だが、それでもさほど致命的なダメージを受けていないのはそれまでのキサラギの奮戦、残る勢力がグレミー派だけだということ、そのグレミー派の戦力も落ちていることやクラナドを防衛するMSの動きが凄まじいこと、いろいろあるだろう。
手早く指示を下していく護を横目に、しかし有紀寧の表情は晴れなかった。
間に合わなかった。
戦いを止めたくてこの場に来たのに、戦いを止めるまでには至らなかった。
アクシズに辿り着くこともできていない。グレミーやハマーンに直接言葉を向けたかったのだが、グレミーの気配は既にアクシズから消えてしまっている。
―――わたしは、無力だ。
遅かった。だが、それを皆のせいにする気はない。
皆は必死に戦ってくれている。問題なのは自分自身だ。
『わかっているじゃないか、宮沢有紀寧』
「!?」
不意の出来事に有紀寧は思わず顔を上げた。
頭に直接響いてきた声無き声。それは、聞き慣れたもの。
そして、
「艦長! 上方に巨大な熱源! MAです!」
「なに・・・!?」
クルーや護が驚きの声を上げる中で、有紀寧だけが気付いていた。その邪悪な気配の源は間違いなく、
「霧島、聖・・・!」
そこに、いた。
凶悪なまでの威圧感を巻き起こして悠然と佇む、巨大なMA。
アマテラス。それに乗る、この戦争の立役者・・・霧島聖が。
「久しぶりだなぁ、宮沢有紀寧。だが、随分と成長したようじゃないか。この状況が自分のせいだと気付けたのだから」
聖は有紀寧を見て、ただ嘲るように笑う。
「どういう・・・ことですか?」
「どういうことも、そのままの意味だが? お前が『戦争を止めたい』などと無謀なことを言うから、散らなくても良かった命が散っていくのだ。
それがわかっているからこそ、お前はさっき心中で無力だと嘆いたのではないのか? ん?」
「・・・」
「理想論を掲げるのは良い。だがそれに巻き込まれた方の迷惑を考えてみたらどうだ。
そんな実現することなど到底考えられない愚かな夢想のために命をかける羽目になるんだぞ?」
「それは・・・!」
「仮にそれを本人が承諾していたとしても、お前がそんなことを言わなければ死ななくてすんだのではないか?」
そうなのだろうか。
自分がそんなことを言わなければ、死ななくてすむ命があったのだろうか。
・・・確かに、それはそうかもしれない。
だが、
「違います」
「なに?」
有紀寧はそう言い切った。
「それは違う、と言いました。死ななくて良い命だとか、そういうことは・・・本人が決めることです。
例え死んでしまっても、本人がそれで正しいと思えたならそれには意味があったんです」
「傲慢な言い草ではないか?」
「・・・かも、しれません。あなたの言うとおりわたしは皆さんに影響を与えた人間でしょう」
しかしだからこそ、と前置きし、
「わたしは迷いません。迷えば、それはついてきてくれた皆さんを裏切る行為になりますから・・・!」
有紀寧は強い調子でそう言いのけた。
聖は一瞬だけ目を見開き、しかしすぐに嘲笑を浮かべると、
「さすがは宮沢の娘、とでも言うべきか。そういう頑固なところは本当にそっくりだな」
宮沢の娘。そのニュアンスに有紀寧の表情が揺れる。
「・・・父に、なにかしたのですか!?」
「ん、あぁ」
すると聖はなんでもないことのように平然と、
「殺したよ。お前が戦争を増徴させたのだろう、とか目障りになるほど言ってきたのでね」
「ッ!?」
有紀寧の表情が凍る。それを聖は髪を掻き上げ愉悦の表情で見下ろし、
「なにを嘆く? 悲しむ? お前はさっき言ったじゃないか。自分が正しいと思える死なら良いと。
おそらくお前の父親もそうであったと思うが・・・それとも、やはり唯一残された肉親ともなると、その重みは違うか?」
「あなたは、どこまで・・・!」
「どこまで酷いことをするのか、か? ・・・その言葉、そっくりそのまま返したいところだがな」
まぁいい、と聖は嘆息した。
その瞳に軽薄な色を宿し、聖はオペラ歌手のように演技掛かった動作で両腕を広げ、
「どうせお前はここで死ぬんだ。言葉や態度の矛盾など、今更指摘したところで意味も無い。
ほら、消えてくれ宮沢有紀寧。お前の存在はとりあえず邪魔だ。・・・光栄に思え。今日という日に死ねることを」
瞬間、アマテラスからクラナドに向かってテンタクラーメスが放たれた。
合計三十二の光の刃が独特の軌道を描きつつクラナドへと襲い掛かる。
「回避ー!」
護の指示に操舵手が動きを見せるが、無駄だ。
いくらクラナドが高速艦だとはいえ、随時修正の効くサイコミュ兵器をかわせるはずがない。
三十二の鉤爪が、クラナドの船体に突き刺さる。
「ぐぅ・・・!?」
激しく揺れる船体。有紀寧たちは歯噛みしその衝撃に耐える。
「く・・・状況!」
「船体の三十二箇所に敵の攻撃が直撃! ですが全て深刻なダメージになるようなものでは・・・!」
わざと外したのだと、有紀寧は直感で理解した。
遊んでいる。霧島聖は。
こちらが何も出来ずにただ弄ばれる状況を、聖はただ愉快だと言わんばかりに。
「さぁ、次はないぞ? どうする?」
「クラナドを、やらせはしない!」
だが聖の攻撃が再度始まるより早く、クラナドの防衛に就いていた佐織のドーベンウルフがアマテラスにメガランチャーを向けた。
「駄目!」
しかしそれと同時に有紀寧は思わず叫んでいた。
聖は、佐織の敵う相手ではない。
「ふん」
それを証明するかのように、放たれたメガランチャーを軽く回避し、反撃にメガ粒子砲が飛ぶ。
それこそ佐織は回避したが、甘い。メガ粒子砲に気を取られ、横から迫るテンタクラーメスに気付くのが、遅すぎた。
「佐織!」
「っ!?」
護の声も、遅い。
「消えろ、雑魚が」
淡々と紡がれるその言葉の通り、テンタクラーメスはドーベンウルフのコクピットをあっさりと貫き、その機体を破砕した。
「あ―――」
爆発する佐織のドーベンウルフを見て、護が膝を着いた。
そんな護を、有紀寧はただ見ていることしか出来ない。その無力感が、心を掴んで離さなかった。
・・・また一つの命がここに消えた。
だが聖はそんな相手など最初からいなかったかのように平然と、メガ粒子砲をクラナドに向けて撃ち込んだ。
佐織という彼女をを殺された護の反応は遅かった。指示が出るより早く、それはクラナドに届く。
これまでか、と有紀寧が瞼を閉じかけた・・・その瞬間、
「させない!」
突如現れた三角形の盾がメガ粒子砲を打ち消した。
「あ・・・」
その光景を、有紀寧は覚えている。
このクラナドを強奪したとき。ネオジオンの追撃部隊の攻撃を遮った、あれと同じ光景。
だからこそ、有紀寧はすぐにそれが誰によるものかを理解した。
そして、呼ぶ。その信頼できる仲間の名を。
「舞さん・・・!」
瞬間、その呼び名を体現するかのようにそれは高速で舞い降りた。
それはまるで天の使い。
純白と蒼青に彩られた翼を振るわせ、断罪の剣と守護の盾を併せ持った、究極の天使。
その天使の名はカノン。『輪唱』の名を冠したMS。
そしてパイロットは―――川澄舞。
「有紀寧、遅れてごめん」
だけど、と続け、
「・・・もう、これ以上好きにはさせない」
「ああ、そうとも」
「もう、こんな戦いは終わらせるんです」
そんな舞の左右に、それぞれ佐祐理のインフィニティと智代のレヴェレイション・カスタムも並んだ。
三人ともがその瞳に絶対の意思を携え、聖を射抜く。
もうこれ以上はやらせないと、その瞳が全てを物語っていた。
そんな舞たちを見て、聖はただ笑う。
「は、ついに来たか川澄舞。それに倉田佐祐理に・・・坂上智代か。あぁ、これは豪華な面々だ。
だがどれだけいたところで、結果はかわらんさ。私を止められる者はもういない・・・!」
霧島佳乃は死んだ。
水瀬秋子も死んだ。
だからこそ、もう自分を止められる者はいないと、聖は嘲るように笑った。
そしてこれで終わる。
舞を殺し、有紀寧を殺し、そして最後に相沢祐一を殺せば全てが終わる。いや、個人的な恨みは終わり、そこからは世界の終焉の始まりだ。
気分が良い、と聖はほくそ笑む。
今日という日をどれだけ待ちわびたことか。
あぁ、いまならどんな敵だろうと屠れるに違いない。聖は間違いなくそう思い込んできた。
それが聖の本心なのか。それとも佳乃を殺したことで精神がいイカレたのか。はたまた強化処理の影響が出ているのか。
定かではないが、確かに聖の思考はこの状況において一点にのみ絞られていた。
舞と有紀寧と祐一を殺し、世界を殺す。
それ以外の思考は完全に頭から消え去り、ただそれの行動と実行だけが聖の意思となっていた。
「ううん」
だが、そんな聖を見てなお舞は毅然と言い放った。
「止める。私たちが、絶対に」
佐祐理も智代も頷く。そこに疑う余地など無いと言わんばかりに、強く、ハッキリと。
そんな三人を面白くなさそうに見下し、そして聖は笑う。
「ふん。なら止めてみるが良い。この私と、このアマテラスを・・・! その命を燃やし尽くしてなぁ・・・!」
そして最後に視線を舞に合わせ、
「川澄舞・・・。私とお前の因縁、ここで終わらせるぞ!」
「・・・うん。それは私も同感」
舞はメガビームセイバーライフルをセイバーモードにして両腕に構えると、
「あなたを倒して、全てを終わらせる・・・!」
「やってみせろ!」
その会話が合図となり、四機はそれぞれ動き出した。
「佐祐理! 智代!」
カノンが先頭となり、その脇にレヴェレイション、後ろにインフィニティの隊列で進む。
バランスの取れた編成だ。しかし、無論聖はそのような状態で近付かせはしない。
アマテラス側面部から数えるのが億劫になるほどのメガビームキャノンが放射される。
「くっ・・・!?」
あまりの数に三機は思わず散開。隊列を崩してしまう。聖もそれを見逃さない。
メガ粒子砲やメガビームキャノンを全方位に撃ち続けつつ、テンタクラーメスを縦横無尽に奔らせる。
佐祐理と智代がギリギリでかわす中、舞だけが軽い動作でその攻撃を回避した。
「良い反応だ、さすがは母なるイヴ、というべきかな?」
「っ!? その名で私を呼ばないで。・・・私には、川澄舞という名がある!」
「その名前とて偽りと狂気の夢の具現だろう? 舞という名は研究者たちによって付けられた名だし、川澄という姓すら逃げ切るためのものだ。
はは、残念だったな川澄舞。お前の名前は全て虚像だよ!」
皮肉を言うようにわざとフルネームで呼ぶ聖に、しかし舞は動じない。
「それでも構わない。私を舞と呼んでくれる人がいる限りは・・・私は正真正銘の『川澄舞』だから!」
フン、と吐き捨てる聖に、テンタクラーメスを回避しながら舞は逆に問うた。
「そういうあなたはどうなの? その名前を嫌っているの!?」
「あぁ、もちろん嫌っているとも。・・・聖、だと? ハッ、イヴの成り損ないが『聖なる者』とは聞いて呆れる!
私の名前はな、一生皮肉染みた烙印として私の背に刻まれた負の結晶だよ!」
だが、と聖は微笑み、
「だからこそ、私は忘れない。これまでの苦しみと痛み、そして意味もなく散っていった兄弟たちの末路を。
故に・・・川澄舞! のうのうと生き残ったお前だけは私の手で苦しめ殺すと決めたぁ!」
テンタクラーメスが錯綜する。
負の怨念を込められたその触手のような攻撃は、粘りつくようなしつこさで舞のカノンを襲う。
「くっ・・・!?」
「舞!」
テンタクラーメスが舞に集中したおかげで身動きの取れるようになった智代のレヴェレイションが一気にアマテラスに突っ込んでいく。
「霧島聖! これ以上好きにはさせんぞ!」
「坂上智代か。ふん、弟を助けてもらった恩も忘れたか!」
「・・・! あぁ、それは覚えているとも。そしてそれがどれだけ身勝手だったかということもな! だが!」
智代はビームサーベルを抜き放ち、
「私はもう二度と間違えは犯さない! 人は! やり直していける生き物だ!」
「愚かな・・・!」
しかしその言葉に聖は失笑を返し、
「やり直しができるだと・・・? 人はどんなことでもやり直せると? ―――だが!」
メガ粒子砲の集中砲火。強引に回避するレヴェレイションに四方からテンタクラーメスが舞う。
「それにより起こされた結果は変わらんさ! それは過去の傷となり、癒えることはない!
そしてそこに恨み辛みが募るからこそ・・・こうして人は戦いを止めないのではないかッ!」
うねりをあげて動くテンタクラーメスをどうにか回避していくが、そのあまりの動きにさすがの智代もかわしきれない。
「くっ・・・!?」
テンタクラーメスの一つがレヴェレイションの右肩をかする。
その体勢を崩した瞬間を狙っていたかのように、智代の背後から別のテンタクラーメスが回り込んていた。
「智代!」
「しまっ・・・!?」
遅い。
テンタクラーメスの一撃が、レヴェレイションのコクピット付近を切り裂いた。
「智代!?」
「油断した・・・! だがまだ大丈夫だ・・・!」
ギリギリで機体をずらしたのだろう。並のパイロットならいまので死んでいたはずだ。だが、
「でも坂上さん、血が・・・!」
佐祐理の言うとおり、通信モニターにはコクピットに浮かぶ血が見えていた。
さっきの攻撃によりコクピットの破片か、あるいはヘルメットの破片でも刺さったのだろう。だが、その出血量は看過するには多すぎる。
「駄目、智代、下がって。あとは私たちでなんとかする」
「だが・・・」
「お願い。いまのままじゃ足手纏い」
「・・・わかった」
佐織の件もある。いま止めなければ智代は死ぬまで戦ったに違いない。
だが、舞はこれ以上誰にも死んで欲しくなかった。
そうして渋々下がっていく智代を一瞥し、舞は再びアマテラスに視線を向ける。
その触手染みたテンタクラーメスと雨のように降り注ぐビームの嵐の前では、接近はかなり難しい。
これを全て回避しつつ突っ込めるのは、水瀬秋子くらいだろう。
難攻不落。まさにその四文字がその機体には相応しい。
「・・・せめて、あの触手みたいなのさえなければ・・・!」
「では、佐祐理が道を開けます。舞はその間に!」
「佐祐理・・・?」
舞は佐祐理を見る。だが佐祐理はそれ以上を口にはせず、ただ舞を見つめ返す。
その瞳は、信じろと。ただそれだけを物語っていた。
だから舞は頷く。
信じる、と。
「・・・わかった!」
カノンが行く。
それを見送り、佐祐理はアマテラスのテンタクラーメス全てにロックオンをかけた。
「ファンネル展開! 十・・・二十・・・三十・・・三十二、全ロック確認! お願い、当たって・・・!」
いや、と佐祐理はすぐに首を振る。
願うだけでは駄目なのだ。
全ては・・・己が手で掴み取るものなのだから。
だから、佐祐理は再び吼えた。
「全弾―――当てます!」
インフィニティから、数多のビームとミサイルが放たれる。カノンを追い越し奔ったそれは・・・見事全弾テンタクラーメスへと直撃した。
「なっ・・・馬鹿なっ! あれだけの数を、全部当てただと・・・!」
それは古河秋生に勝るとも劣らないほどの射撃レベルだ。しかし、聖は諦めない。
「だが、これで全て終わりではない!」
アマテラスの側面からインフィニティのいる方向へビームの雨が放たれる。
それはインフィニティの腕や足をもぎ取り、なおも続く。
「きゃあああ!」
「佐祐理!?」
「佐祐理の事は気にしないで! 舞・・・行って!!」
「!」
頷く。
後ろを振り向かず、舞はそのままビームの雨を掻い潜り突っ込んでいく。
「霧島・・・聖ぃ!」
「川澄舞・・・! まだ歯向かうか、私に!」
「あなたは・・・あなただけは・・・!」
「いてはならぬ存在だとでも言う気か? ならばその言葉、そっくりそのまま返そう!」
聖は猛る。
「貴様がいるせいで、何人の研究者が愚かな夢を見たと思っている!? その夢に何人の命が扱われたと思っている!?
その誕生に、幾人の血が流れたと思っている!? ・・・故に、許されないのだお前という存在は!」
「それをあなたが言うの!? これだけのことをしておいて!」
「私はただ少し背中を押してやっただけにすぎん! この結果は人の選んだ道だ!
己のみが正義と信じ、他の言葉を聞かず、盲信のままに突き進む! ・・・これが人の辿った終局だ!」
「違う・・・! 人はそれほど愚かじゃない・・・!」
確かに、そういう人間もいるだろう。
だがそれが全てだと決め付けるのは絶対に間違いだと、舞は断言できる。
なぜならいま、周りにはそういう人間たちがいるのだから。
人は過ちに進むこともある。だが、それを正すのも結局は人なのだ。
だから、
「人は、まだやり直せる・・・!」
「まだ苦しみたいのか!? そうしていつか、やがていつかはと言い続けて・・・人はいったいどこまで来た!?」
いい加減気付け、とその声は語る。
しかし、
「違う・・・」
それは前が駄目だったから今回も駄目なのだと決め付ける行為だ。
そんなことをしていては、本当に人は駄目になる。どこまでも堕ちて、もう助からなくなるだろう。
だが・・・、
「違う・・・。あなたは、ただ否定されることを恐れているだけ! 全てを投げ捨てて戦って、その後に何も残らないのを恐れているだけ!」
諦めなければ、もしかしたら、という希望がある限り、
「確かにそれは怖い。でも・・・だけど・・・だからって絶望するほど世界はまだ壊れちゃいない・・・!」
人は、まだ動ける。
そして動ければ―――きっと先はあるはずだ。
「人は、世界は・・・まだやり直せる!」
「・・・ッ!? わかったようなことを―――言うなぁぁぁ!」
聖の激昂に呼応するようにしてビームの嵐が更に勢いを増す。
だが数が数だ、全てをかわせるわけもない。・・・いや、
―――もう、回避は捨てる・・・!
この一撃に全てを込めなければならない。
ならば無駄な挙動をしてスピードを殺すわけにはいかないのだ。
「フェアリーファンネル! お願い・・・私を導いて!」
舞は残ったフェアリーファンネルを前面に展開させ、そのままブースターが焼ききれんばかりにペダルを踏み込んだ。
密集するビームの放火に、フェアリーファンネルが悲鳴をあげる。だが舞は退かない。踏み込む。更に、更に前へと。
「くそ、これ以上近付けさせは―――」
ものすごい勢いで迫るカノンに、焦りを感じ出した聖はトリガーをなお引こうとして・・・しかし動きを止めた。
否、止まった。
『お姉ちゃん・・・』
「!? この声・・・馬鹿な、佳乃・・・だと!?」
馬鹿な、と驚愕に身を震わせる。
佳乃は・・・妹である佳乃は自らの手で屠ったのだ。そのはずだ。
『やめて、お姉ちゃん、もうこれ以上は・・・』
「なんだ、この感覚は・・・! やめろ、佳乃! これ以上私の中に・・・入り込むなぁ!」
別のなにかが自分の中へと浸透していく感覚。その違和感から身体が言うことを利かない。
そうしていきなり止まったビームの嵐に眉を潜めた舞の頭にも、その声は響いた。
『舞さん・・・』
「この感じ・・・佳乃?」
だが、その気配はひどく自由すぎて・・・その器がないことを悟る。
それは・・・そう。思念のみの存在。佳乃は・・・もうこの世にはいない。
『舞さん、お願い。お姉ちゃんを・・・お姉ちゃんを解放してあげて』
「佳乃・・・」
『お姉ちゃんをこの呪縛から・・・解き放って・・・』
「・・・わかった」
『うん・・・ありがとう、舞さん』
思念が遠のく。もう、残留している思いが少ないのか。
ならば、・・・せめて意識が残っている間に決めてあげたい。
そしてこの一撃が、いままでの・・・そしてこれからの全てを切り開く一撃となる。
幾多もの命が散った。けれど、これで終わりだ。
全て・・・決まる。
決める。
「聖!」
「また・・・またお前が私の前に立ち塞がるのか! 川澄舞!」
「あなたを解き放つ! これで・・・これで決めるッ!」
カノンの背中に設置されていた追加武装がパージされる。
アメノムラクモ。
その大型剣をしっかりと握り締め、カノンは疾駆する。
対MA、対戦艦用の巨大な刀身に高圧縮されたビームの刃が出現、それを振りかざし、舞はスラスターを限界にまで引き絞った。
「なにっ!?」
驚愕する聖。その一瞬、いや、半瞬の隙。
「霧島・・・聖ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「っ!?」
奔る光。煌く一撃。
カノンのアメノムラクモがアマテラスの―――動力部を貫いた。
「ぐぁっっっ・・・・・!」
スパークするコクピット。飛び散る破片が聖の身体を打ちつけ、額をかすめる。
『行こう、お姉ちゃん・・・。一緒に、戦いのない世界へ・・・』
「佳乃ぉ・・・!」
その言葉に、呑み込まれそうになる。しかし、
「いや・・・まだだ! まだ私はッ!! おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『お姉ちゃん・・・!』
ただで死ぬわけにはいかない。
しかも、川澄舞の手で殺されるわけにはいかない。
その深い憎悪と執念が、佳乃の思念による束縛を強引に引き剥がし、更に動力部からの誘爆すら抑え込んだ。
アマテラスを包み込む紫色の憎悪。その靄はただ果てしなく広がっていく。
この世界への、人への、そして・・・川澄舞への憎悪が、際限なく膨らんでいく。
「川澄ぃ・・・舞ぃぃぃ!」
「!?」
アメノムラクモを突き刺したままのカノンにテンタクラーメスが密集する。
既に先端を撃破され尽くしたそれに攻撃性はない。しかしそれらはまるで逃がさないというようにカノンに巻き付き、
「霧島聖・・・なにを・・・!」
「ただでは死なん! 川澄舞・・・貴様だけは、貴様だけは連れて行く!」
「!」
この至近距離でアマテラスが爆発すれば、いかなガンダムとて耐え切れないだろう。
聖はもう、舞しか見ていなかった。
人類の行く末など、地球の行く末など、もうどうでも良いと。
ただ、自らの人生の全ての終わりを指し示した『川澄舞』という存在だけは許さない、と純粋なまでの憎悪と殺意で動いていた。
「舞!」
それを見て満身創痍のインフィニティが向かおうとするが、
「来ちゃ駄目、佐祐理!」
「舞!?」
「・・・私は、この人と一緒にいく」
「なっ・・・!?」
何を言い出すのか、と目を見開く佐祐理に、アラートを鳴らし続けるコクピットで舞はただ苦笑を浮かべ、
「私は・・・私の存在は確かにいろいろな人の人生を捻じ曲げてしまった。私は、きっといてはいけない存在」
「舞・・・?」
「だから、私はこの人といく。大丈夫、この人の怨念は私が絶対に連れて行くから―――」
「ふざけないでッ!!」
それは、どこまでも大きな叫びだった。
瞠目する舞に、佐祐理は心の底から叱咤の声をぶつける。
「逃げるの、舞!? 佐祐理にあれだけのことを言っておきながら・・・自分だけ死んで逃げる気なの!?」
佐祐理は、泣いていた。だが、それでもなお毅然と言い放つ。
「・・・責任を感じているなら、死ぬなんて言っちゃ駄目だよ、舞! 生きて、生き抜いて、そして行動で責任を取るの!
それに舞が死んだら悲しむ人が多くいる。それを知っていながら、舞は『いてはいけない存在』だなんて言うの・・・ッ!?」
「佐祐理・・・」
「お願い、逃げないで舞・・・! 生きる方が戦いだよッ!!」
「そう、その通りです」
突如割って入ってきた声。それと同時、四方八方から奔る銀閃がカノンを縛り付けていたテンタクラーメスを切り裂いていく。
その銀の光の正体は、フェイダルアロー。そしてそれを操っているのは、無論Σガンダムの、
「里村さん・・・!?」
「あなたたちは私に未来を見せてくれるのでしょう? なら・・・こんなところで死なれたら困ります」
MS状態に変形したΣガンダムはフェイダルアローでテンタクラーメスを切り払いながら、アマテラスに向かってメガビームライフルを撃ち続ける。
「くっ、なんだ貴様は・・・!」
「そうですね、とりあえず・・・あなたの敵だ、ということだけは言えるでしょうか」
聖に軽く言い返し、茜のフェイダルアローはカノンの束縛を解除した。
「さぁ、いまのうちに!」
戒めを解かれたカノンだが、しかし、
「駄目・・・、スラスターが言うことを聞かない・・・!」
「!」
いくらペダルを踏み込んでもスラスターは空の音を吐き出すだけ。無茶な機動が祟ってスラスターが焼き切れてしまったようだ。
「逃がさん!」
その中で聖は再びテンタクラーメスを向けようとするが、
「させないわ!!」
何処かより放たれた強烈なビームがアマテラスを撃ち抜いた。
「おおおぉぉぉぉ!?」
Iフィールドが消失しているとはいえアマテラスの装甲を貫通するビームなどそうはない。
ビームの放たれた方向を目で追えば、そこには超高攻型インパルス砲を携えた、ガンダムムーン。
「郁未!?」
「いまよ、栞! 観鈴!」
「舞さん!」
「これ以上、誰にも死んでほしくないから・・・!」
そして高速で飛来した栞のウインドと観鈴のエアがカノンの両脇を掴み、そのままアマテラスから引き離そうとする。
「く・・・! 逃がさんと―――っ!?」
だが言い終わるより前に再びアマテラスの両脇にビームが突き刺さる。
「がぁ・・・!? 今度はなんだ!?」
「これ以上、やらせません・・・!」
片方は、朋也のSガンダムに肩を貸している、渚のスナイパージェガン。
そしてもう片方は、
「エターナル・・・!? まさか、長森か・・・!?」
愕然とする聖。しかしそこでハイパーメガランチャーを構えていたのは、間違いなく瑞佳のエターナルだ。
「強化が、解けたのか!?」
「あなたに・・・これ以上好きにはさけないんだからぁ!」
再度放たれたハイパーメガランチャーが紫色の靄に直撃し大きく揺れるアマテラスの中で、それでも聖の瞳はギラギラと輝いていた。
「どいつもこいつも・・・私の邪魔ばかりしてぇ!!」
「当然です! 風子たちは、皆で生きているんですから!」
唯一生き残っていた砲門からメガ粒子砲を放たんとしていたアマテラスに、アークレイルの超大型大出力ビームブレードが突き刺さる。
「ただ周りを憎むことしか出来ないあなたには、わからないことでしょうが!」
「なにを・・・! 貴様らに、私の何がわかるというのだ!?」
「わかりたくもありません! どれだけ辛い過去があったとして、それでもあなたのやっていることは周囲に八つ当たりしている子供と同じことです!」
風子は更に、全てを断ち切るように叫び、
「そんなエゴに・・・風子たちを巻き込まないでください!!」
メガ粒子砲の砲門を叩き斬った。
「おのれ、・・・おのれ、川澄舞ぃぃぃ!」
テンタクラーメスを失い、全砲門まで破壊されつくしたアマテラス。しかしその憎悪の波動は衰える素振りはない。
それを遠めで見ていて、舞は・・・ただ悲しかった。
言うなれば、聖は舞にとって『姉』のような存在だったはずだ。
その成れの果てが、これ。
強化した反動なのか。それともこの噴出す憎しみに自ら呑み込まれているのかは定かではないが、
「私は、終わらせるのだ! 世界を! 人類を! だから、くそ、川澄舞! お前だけはぁぁぁ!」
聖はもう、壊れていた。
動かない機体を、既に破壊され尽した機体をそれでも動かそうとして、舞に向かおうと悶えている。
もし、
もしも、
聖と自分が反対であったなら。自分もああなってしまっていたのだろうか。
・・・そう思うと、舞はただ悲しくて、・・・そして聖が『可哀相』だと思った。心の底から、初めて。
だから、終わらせてあげようと思った。
もうこれ以上、見てはいられなかった。だから、
「祐一・・・! お願い、聖を、・・・彼女を・・・!」
「わかってる、舞」
すぐそばまで来ていたカンナヅキ。そこに立つ祐一はその言葉に、ただ力強く頷いた。
艦首は正面に。前方には、蠢くアマテラス。
エネルギーチャージは完了している。宣言すれば、それは放たれるだろう。
祐一は、静かにアマテラスを・・・その中にいるであろう霧島聖を見やる。
もし、祐一の両親が『生産』などという禁忌に触れなければ、霧島聖という悲しい存在は生まれなかったはずだ。
そしていま、その終止符をその息子である自分が打とうとしている。
聖からすれば、さぞかし辛いことだろう。親子二代により勝手に生み出され、そして殺されていくのだから。
・・・だが、だからこそ、これは自分の手でなくてはならない、と祐一は思う。
これこそ、自分が背負うべきものなのだ、と。そう認識し・・・祐一は面を上げた。
「照準、敵巨大MA・・・」
一拍。その間にこれまでのことを考え―――そして、全てを吹っ切るように、終わらせるように、その一言を、告げた。
「クサナギノツルギ―――てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
刹那、カンナヅキから周囲を照らし上げる閃光が宇宙を焼いた。
真っ直ぐに迸る光の刃は、アマテラスの靄に突き刺さり、
「相沢、祐一・・・! 貴様に、貴様に殺されるというのか・・・私は・・・!?」
『お姉ちゃん、行こう・・・?』
「佳乃!? くっ・・・おおぉぉぉぉぉぉ!?」
薄れだす靄を、クサナギノツルギが撃ち抜いていく。
突き出した光の放流は、アマテラスを呑み込んでいき、
「―――くくく・・・ははは・・・あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは―――」
狂ったような哄笑と共に、アマテラスは・・・閃光へ消えた。
そして数時間後。ハマーンの戦死が伝えられた。
グレミー、ハマーンの戦死の報はすぐに戦場にいる兵士たちにも届き、戦いは終わった。
こうして、ネオジオンは事実上の崩壊を迎えたのだった。
《・・・終わっちゃった、の》
「よう、どうやらお前んとこもこっちも戦闘不能らしいが・・・まだ続けるか?」
秋生の問いに、澪はただ静かに首を横に振った。
《もう・・・戦う理由もないの》
その表情はどこか悲しげで・・・それでいて、寂しさのようなものも見て取れた。
雪見たちの気配が消えていくにつれて、気付かされた。
自分はもう、連邦なんて恨んでいなかったのだと。
そう、自分は・・・その新しい居場所・・・雪見や香里、晴香や葉子に勝平、そんな・・・『家族』を守りたかっただけなのだと。
だが、その皆が死んでしまったいま・・・澪に戦う理由はなかった。
そんな澪を見て、秋生は口を開く。
「よぅ、お前。もし行くところが無いんなら―――うち、来るか?」
《え・・・?》
「いやなに。多分近いうちに部屋が一つ空くんだ。巣立っていく奴がいてな。だから・・・良ければ来い」
秋生は、ただ穏やかに笑みを浮かべ、言った。
「俺たちが、お前の新しい家族になってやるさ」
祐一はカンナヅキで、ただ前方を見つめていた。
そこに浮かぶアマテラスの残骸。それをどこか感慨深く見ていた祐一は・・・しかしすぐ微笑みに表情を変え、
「・・・さぁ、帰ろう」
それだけを、告げた。
クルーが、仲間が、皆が・・・頷く。
戦争は―――終わった。
こうして、戦闘は終了。
時は、U.C.0089年。1月17日。
ここに、第一次ネオジオン抗争は多くの犠牲を残し終焉を迎えた。
連邦の援軍が来たのは、結局、全てが終わってからだった。
ミネバ=ザビは行方不明。その他数人のネオジオンの将兵や兵も行方不明のまま。
そうしていくつかの問題点が残りながらも・・・確かに、戦争は終わったのだった。
この後、クラナドらはイブキを再建。その私設部隊として、生き残ったメンバーは真の平和を夢見ながら、戦後処理に追われることになる。
そして一年後―――、
その日は、比較的温かい日だった。
まだ年が明けてしばらくしか経っていない。肌寒さも残っているが、日本よりだいぶマシだろう。
そしてその中でも、今日は一段と温かかった。
「良い天気だな」
小鳥のさえずりが聞こえる中。
家のベランダに出て空を眺めながらその青年―――岡崎朋也は息をついた。
「朋也くーん。ちょっと良いですかー?」
「ん、おう」
中から聞こえてくる声に、朋也はベランダからリビングに足を戻した。
「すいません。いまちょっと手が離せないので、汐ちゃんの相手していてもらえますか?」
「あぁ、わかったよ」
すいません、と続けてキッチンから顔を見せたのは、古河渚・・・いや、岡崎渚だ。エプロン、そして髪を束ねているところを見ると、朝食でも作っているのだろう。
岡崎朋也
戦争終結後、古河渚と結婚。一児の父親となる。
現在はクラナドからも抜け、家族でイブキに暮らしている。
古河渚
戦争終結後、連邦を脱退。岡崎朋也のもとへ。
そのまま朋也と結婚。岡崎渚となり、一児の母親にもなる。
現在はイブキで家族三人平和に暮らしている。
「ほーら汐ー。お父さんと遊ぼうなー?」
キャッキャッ、と機嫌の良さそうな汐を手馴れた動作で抱き上げ、朋也はあやすように軽く腕を振る。
そんな朋也たちを横目に見つつ、渚は小さく笑う。
「朋也くんも随分慣れましたね。汐ちゃんもですけど」
「まぁな。生まれてすぐは俺に抱かれたらすぐ泣いてたからなー」
たはは、と苦笑。もう汐が生まれておよそ二ヶ月になるが、その当初はさすがに落ち込んだものだった。
「あ・・・そういえば朋也さん。今日、行くんですよね?」
「あぁ。・・・あれから一年だしな」
一年。
あの、ネオジオン抗争が終わってから今日でちょうど一年。
あのときの記憶も思いも、鮮明に思い出すことが出来る。苦しいことも、悲しいことも多くあった。
「朋也くん・・・」
渚がこちらを気遣うような視線を送っている。
だからこそ・・・朋也は笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。俺たちはいま幸せなんだ。・・・だろ?」
すると渚は一瞬驚いたように、でもすぐに笑顔に変えて、はい、と頷いた。
「そういえば、おっさんたちはどうなってるんだ?」
「あぁ、手紙が来てました。仕事の方では連邦の体制の立て直しなんかに四苦八苦してるみたいです」
「へぇ」
「あと、プライベートな方面だと、子供ができたみたいですよ?」
「へぇ・・・って、待て!? 子供!?」
「はい。養子をとったみたいです―――って、あれ、どうしたんですか朋也くん。突っ伏したりして」
「・・・・・・いや、なんでもないよ」
「なんでも澪さん、という方だそうで・・・。一度お会いしてみたいです」
「そうだな。お前にすれば姉妹みたいなもんになるんだもんな」
「はいっ」
古河早苗
連邦に残り、連邦をより良くするために動き回っている。
澪とも打ち解けていて、仲の良い親子として有名である。
古河秋生
自分も連邦に残り、妻である早苗を支えている。
養子にした澪との仲も良好で、公私共にその信頼関係は発揮されているらしい。
上月澪
行き場を失った澪は、秋生に誘われたことで古河の養子となる。
古河澪となった澪は、連邦に入隊し、秋生の部下として活躍しているらしい。
それからしばらくして支度が終わったのか、スリッパをパタパタと鳴らしてキッチンから渚が現れた。
そしてその腕には、花束が。
「朋也くん。こっちはもう終わったので、汐ちゃんは私が見ます。ですからそろそろ・・・」
「そうだな。そろそろ行っておくか」
胸に抱いていた汐を渚に渡し、交換するようにその花束を手に取った。
「こんなのより食べ物とか飲み物の方があいつは喜びそうなもんだけどな」
「ふふっ。かもしれませんね」
あぅあぅ、と渚の腕の中で朋也に手を伸ばす汐。まだ抱かれ足りない、とでも言うような不満顔だが、朋也は腰を折り目線を合わせると頭を撫で、
「また後でな、汐。お父さんはこれからちょっと大事な用があるんだ」
「だぅ〜」
「そうですよ? だから汐ちゃん。それまではお母さんで我慢してくださいね?」
あぅ〜、と唸る汐。わかっているのかわかっていないのか。
朋也と渚は互いを見やり、思わず笑った。
「さて、それじゃ行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃ。ほら、汐ちゃんも」
いってらっしゃ〜い、と汐の手を振りながら言う渚に、朋也は手を振って返した。
家を出ると、清々しい風が身を撫でた。手に持つ花が、ふわりと揺れる。
「ホント・・・今日は良い天気だな」
そうして、歩き出した。
しばらく歩いていると、子供の笑い声が聞こえてきた。
視線を上げてみれば、そこにはどこか教会に似た構造の建物が建っている。
つい最近出来たのだとわかる光沢を放ち、そこは光に包まれていた。
「あぁ、そうか。ここは―――」
言いかけて、不意に足元に軽い衝撃を感じて下を見た。
サッカーボールだ。
「あ、ごめんなさーい!」
するとその教会のような敷地から元気の良さそうな子供が数人こっちに駆け寄ってくる。彼らのものなのだろう。
朋也は口元を緩めるとそのサッカーボールを軽く蹴って少年たちに返す。
「気をつけて遊べよ」
「はーい。ありがとうございましたー!」
大げさなくらいに頭を下げて、子供たちは元気にまた戻っていく。すると、
「こら、あんたたち! 遊ぶときはもっと気をつけなさいって言ってるでしょうー!」
「うわ、ふじぴーが怒ったぁ!」
「逃げろー!」
「ちょ、コラ! ふじぴーって言うなって言ってるでしょー!」
ギャーギャーと騒ぎ出す子供たちに苦笑しつつ、朋也はそこに足を踏み入れてみた。
すると予想通りの人物が、予想通りの表情で子供たちを追い掛け回していた。
「ははっ、元気有り余っているみたいだな。杏」
「こらー! って・・・え!? 朋也!?」
うあ、と妙な呻き声をあげつつ頬を赤くして杏は動きを止めた。
「あんた、どうしてこんなところに・・・!」
「どうしてって・・・。まぁ、途中で寄っただけなんだけどな」
そう言って、朋也は持っている花束を掲げて見せた。
するとそれだけで理解したのだろう。杏はやや弱い笑みを浮かべ、
「そっか。・・・そうよね、あれからもう一年経つんだものね」
「あぁ。だからお前もこうしてここにいるんじゃないか」
まぁね、と苦笑しつつ杏は捕まえた少年にヘッドロックをかましつつ「ぎぶ、ギブー!?」と叫ばせている。
「調子はどうだ? 孤児院の」
「見ての通りなかなか大変よ〜。でもまぁ・・・やりがいはあるわね」
藤林杏
古くの友人である朋也、そして佐祐理に誘われ、イブキに。
そして現在はイブキにて戦争孤児のため孤児院を開いている。
「そうか。そう思えるなら良かったじゃないか」
「まぁ・・・ね」
パッと手を離し、少年を解放する。慌てて逃げる・・・しかし笑顔の少年を見送りって、杏は朋也に視線を合わせる。
「でも、本当に平和ね。ここは」
「伊吹や他の連中がいろいろと頑張ってくれてるからな」
「そうね。・・・ホント、この光景を見ていると一年前の出来事が嘘みたいに思えてくるわ」
「でも嘘じゃない。事実はそこにあるし・・・亡くなった者は帰ってこない」
「ええ」
杏は朋也の腕にある花束を、どこか遠い目で見つめ、
「そして・・・あたしたちはそれを覚えていないといけない。痛くても、戦争の悲惨さを知らなければ・・・人はまた繰り返すから」
「そうだ。そしてお前はそれを子供に伝えていくという大きな仕事がある。・・・大丈夫か?」
すると杏は・・・杏らしいどこまでも強い笑みを浮かべ、
「当然よ。あたしを誰だと思ってるの?」
そう胸を張って答えてくれた。
「それよりも朋也。あんたそろそろ行かなくて良いの? きっとあいつも待ちわびてるわよ」
「かもしれねぇなぁ。あいつはああ見えて寂しがりやだからな」
「そーそ。だからほら、早く行ってあげなさい」
「そんな追い出すように言わなくても良いだろうに」
「あたしもいろいろと忙しいのよ。悪ガキ共にお仕置きもしなくちゃいけないし・・・ねぇ?」
流し目で子供たちを見る杏。その姿にビクゥ、と身体を震わせた子供たちは「逃げろー!」と各々散っていく。
その姿をやれやれと・・・しかし笑みのままに顔を上げた杏が、言う。
「守りたいわね、この平和を」
「守るんだよ、俺たちが」
そうね、と言い残し杏は走っていった。子供に負けないくらいの元気さで、こらー! と叫びながら。
それを見送って、朋也もまた本来の場所へと赴いた。
風がそよぐ。
やや小高い丘の上、そこは心地良い静寂に包まれていた。
海を背景に、石碑がずらりと並んでいる。
墓だ。
その一つに近寄り、朋也は花を石碑の元に置いた。一度手を合わせ、そこに眠る者に声を掛ける。
「よぅ、来てやったぞ。・・・春原」
春原陽平。
これは彼の墓だった。
とはいえ、もちろんこの下には何も無い。しかし、だからと建てないのはあまりに悲しすぎる。
連邦を脱走兵扱いで抜けた朋也たちは、戦死しても連邦の石碑には名を刻まれない。
だから、という風子の配慮で、こうして一年前の戦いで散っていった仲間の名前はここに刻まれていた。
「お前に会うのも随分と懐かしいな。ざっと一年振りだからなぁ・・・。まぁ、いろいろとあったよ。何から聞かせてやろうか」
そう言って、少しずつ、言葉を紡ぐ。
イブキの再建や皆のその後。そして自分は渚と結婚し、子供もできたこと。
それらを逐一報告し、朋也は大きく息を吐いた。
「・・・お前に救われた命。俺は大事にするぜ。・・・なぁ、親友?」
そう言うと、彼はどう答えただろうか。
鼻高々に、「まぁ、当然のことだよねぇ」とでも言っただろうか。
そんな想像に苦笑しつつ、朋也は立ち上がった。
「また来るよ。そうだな・・・今度は酒でも持ってくるか。お前も花なんかよりそっちの方が良いだろ?」
そう最後に言い残し、朋也は踵を返した。
と、そこで初めてこの場に自分以外の者がいることに気付いた。
他の墓の前。そこで熱心に手を合わせている少女がいる。その少女を朋也はあまり知らないが、だが話題だけは何度も栞から聞いていた。
声を掛けようか掛けまいか悩んだが、ちょうど手を合わせ終わったところだったので、声を掛けてみることにした。
「よう、お前も墓参りか?」
「あ・・・」
少女もそこで初めて朋也の存在に気付いたのか。やや呆けたように声を洩らし、しかしすぐに笑みを浮かべると立ち上がり答えてくれた。
「こんにちは。えっと・・・岡崎さん、でしたか?」
「あぁ。こうして会うのは・・・あのとき以来だから・・・二度目か。長森さん」
はい、とその少女・・・長森瑞佳は誰もが笑顔になるような、そんな天使のような笑みを返してくれた。
長森瑞佳
栞に誘われ、クラナド―――イブキ軍に所属する。
浩平の跡を継ぐように、現在はパイロットの傍らメカニックの勉強をしているらしい。
「あ、でも呼び捨てで良いですよ? そっちの方が年上なんですし」
「そうか? だが・・・まぁ、このままでいさせてくれ」
長森、という呼び捨ては自分が使って良い呼び方ではないと。朋也はそう思った。
そんな朋也の配慮に気付いたのだろう。瑞佳は緩やかな笑みで小さく頭を下げた。
「ここは・・・折原浩平の墓か」
「はい」
石碑の下には、朋也と同じく花束が置かれていた。あとビンに入った酒も。
このお酒が好きだったんですよ、と瑞佳は笑って言った。
やはり次は酒も持って来よう、と朋也は思った。
「本当は、栞ちゃんや風子ちゃんも来たがってたんですけどね。どうしても休みが取れなくて、わたしだけで来たんです」
「そうだな。あの二人が来ないのは少し変だと思ってたんだが・・・あの二人は元気か?」
「はい、とっても」
「そうか」
なら良い、と朋也は頷いた。
同じ国に住んでいるが、職種が違うとどうしても会う機会は少なくなってしまう。
朋也としては、やはり昔の仲間のことは気になるものだった。が、・・・なかなかどうして、皆元気にやっていそうだった。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。栞たちにもよろしく言っておいてくれ」
「はい。任されました」
じゃあな、と告げて朋也は丘を後にする。
身を撫でるこの風が、どうか陽平や浩平のいる向こうにも届いていますように、と僅かに願いながら・・・。
瑞佳は朋也を見送り、再び浩平の墓を見下ろした。
「ね、浩平。どうやら皆、頑張ってるみたいだよ。この国で」
浩平たちが必死に守ったものが、この国にはしっかりと根付いているように感じる。
それを嬉しいと思い・・・しかし同時にそこで浩平と一緒に過ごせないことに僅かな悲しみを感じながら・・・、
「―――」
しかし首を横に振った。
悲しんでいては先に進めない。ここで立ち止まることを、きっと浩平も喜びはしないだろう。
それにいま瑞佳は一人じゃない。共に過ごす家族がいる。だから、歩いていける。
「それじゃあ、浩平。また来るね。・・・今度は栞ちゃんと、風子ちゃんと一緒に」
最後に一度だけ石碑を撫でつけ、瑞佳も踵を返した。
瑞佳は浩平の墓参りを終えると、イブキ軍の基地に戻ることにした。
一応今日は休暇届を出してはいるが、こういうときにこそ勉強をすべきだと瑞佳は思う。
少しでも浩平に近付きたくて勉強し始めたメカニックという職種。
正直なかなかにハードワークだが、やりがいはあった。それに、浩平と同じ苦しみや思いを共有していると考えると、嬉しかった。
「さて、と」
瑞佳は基地に戻るとMS格納庫へ向かう。そこには演習で小破した機体があるはずだ。
小破程度が勉強にはちょうど良い。今日もそれに手を付けさせてもらおうと思いつつ歩いていると、
「あれ、瑞佳さん?」
不意にこちらを呼ぶ声がした。
振り向いてみれば、イブキの軍服に身を包んだ、見知った少女がいる。
その少女の名を瑞佳は笑顔で呼んだ。
「栞ちゃん」
美坂栞
クラナドに残り、イブキ軍の鬼隊長として部下をしごいている。
現在は瑞佳と風子と三人暮らしをしているようだ。
「どうして瑞佳さんがここに? 今日は休暇届出していたんじゃなかったでしたっけ?」
「あぁ、うん。お墓参りにはもう行ってきたよ。でもほら、メカニックの勉強もあるし」
「・・・そうですか」
一瞬栞は力なく笑う。だがすぐにいつもの笑顔に戻り、
「それじゃあ、三番格納庫なんか良いんじゃないでしょうか。今日の演習でボコボコにされたのが転がってますし」
「また? 三番格納庫って栞ちゃんの部隊のでしょ?」
「たるんでるんですよ。新型機に乗ってるくせに、私一人に十一人全員やられるなんてお話になりません。いま罰として外周を走ってもらってます」
「あはは、相変わらず厳しい。栞ちゃんに勝てるのなんて、もうそうはいないと思うんだけどなぁ」
すると栞はむっと頬を膨らませ、
「そんなこと言う人嫌いです。私、まだ瑞佳さんに一回も模擬戦で勝ったことないんですけど」
「あ、あはは・・・。ほら、わたしはエターナルで栞ちゃんはウインドだから、きっと機体性能の差だと思うよ? うん」
「・・・うぅ、いまに見ててください。ウインドブレイカーが完成したあかつきには瑞佳さんに敗北を味合わせてあげますっ!」
えーと、と瑞佳は苦笑い。このままでは栞の機嫌を損ねる一方だと思ったので、話題を変えることにした。
「そういえば、お墓参りしてきたときに、岡崎さんに会ったよ」
「え、朋也さんにですか?」
うん、と頷く瑞佳に栞はそうですか、と遠い目をする。
「そういえば結婚したんですよね・・・。元気そうでした?」
「うん。栞ちゃんによろしく伝えておいてくれ、とも言われたよ」
「そう、ですか」
まったく、と栞は腰に手を当てつつ怒っています、というような仕草で、
「そういうのは自分で言いに来るのが筋だと思うんですけどね。あれですか、家庭を持ったら友情なんてポイですか」
「まぁまぁ。クラナドを抜けた岡崎さんは基地なんかに近付くことはないだろうし、仕方ないよ」
「・・・ま、それはそうなんですけどね」
平和の道を模索するのに、軍にいる必要があるとは瑞佳は思わない。おそらく栞もそれはわかっているはずだ。
ただ、いろいろと複雑な想いがあるのだろう。聞いた話では、その岡崎朋也を好きだった頃もあるそうだし。
「・・・? いま不穏な視線を感じたんですが・・・気のせいですか?」
「え、うん。多分気のせいだよきっと」
「日本語おかしいですよ、瑞佳さん」
「あ、あはは・・・」
笑って誤魔化す。いまそんなことを言えば栞は顔を真っ赤にして「そんなこと言う人大っ嫌いですっ!」とか言うだろう。
・・・それも一瞬見てみたいかも、とも思ったが、やめておいた。栞の機嫌が悪くなって困るのは彼女の部下なのだし。
「っていうか、栞ちゃん。こんなところで油売ってて平気なの?」
「え、・・・あ! そうでした。・・・私、智代さんのところに行く用事があったんでした」
「あ〜あ。そんなことじゃ部隊長失格だよ?」
「う、うぅ。わかってますよ〜。それじゃあ、瑞佳さん。私は」
「うん、また後でね」
はい、と頷き手を振りながら栞は足早に基地へと向かっていった。
「栞ちゃんは、相変わらずだよ。浩平」
その背を見つめ、そして瑞佳もまた格納庫へと足取りを元に戻したのだった。
基地へ向かっていた栞は、速度を緩めることなく小さく嘆息した。
「まったく・・・。忙しすぎてお墓参りにも行けない、というのは正直きついですね・・・」
この忙しさが平和に直結しているのだから、基本的には別段文句は無い。
だが、せめてこういう日くらい都合を付けてくれてもバチは当たらないのではないだろうか。
しかしまぁ、近日中に休みは取れる手筈になっているので、少し遅れはするがそのときにもで行こう、と栞は思う。
・・・まぁ、そのイライラというかなんというか、それを演習でぶつけてしまった感はあるのだが。
「・・・ま、まぁ十一人がかりで三分持たない方が悪いですよね、うん」
と勝手に自己完結して先に進む。
と、基地の入り口付近で見慣れた人物を見つけた。
「あれ、なつきさん?」
「え? あ、栞さん」
ベンチに座っていた少女がこちらの声に反応し顔を上げる。
眼鏡を掛けたその少女は、栞と同じくイブキ軍にて部隊を任されているエースパイロットの清水なつきだ。
清水なつき
クラナドに残留。イブキ軍にてエースパイロットとして活躍中。
中隊長にも抜擢され、祐一に指揮とはなにかを叩き込まれている。
「なつきさんはどうしてここに? いまは私たちの部隊と交代で演習じゃ?」
栞はなつきの元に近付きつつ訊ねるが、なつきは半目で栞を見て、
「いえー。どうもなつきたちの前の部隊がよっぽど暴れ回ってくれたらしくて演習場を少し直さないといけないそうなんですよー。
なのでいまは待機中です」
「うっ、それって・・・」
「いやー、すごかったですね? ビルに機体を押し付けてのマウントパンチとは。・・・整備兵も嘆いてましたよ」
「ぐっ・・・。し、仕方ないじゃないですか、そういう気分だったんですよ!」
確かにやりすぎたかな、と若干思って心の中で少ーし反省中なのだ。追い討ちのように言わないで欲しい。
「挙句に蹴りだ膝だアッパーだと。あのときの整備兵の叫びを聞かせてあげたいくらいですよ。
まぁ、美佐枝教官は大喜びでしたけどね。似たようなことしてますし」
相良美佐枝
戦争終結後、正式にカラバを解散させる。
その後、郁未に誘われる形でイブキへ。
その後、イブキのパイロット養成所にて有名な鬼教官となる。
「だ、だって! ペイント弾なんか当たっても痛くないじゃないですか! 少しくらい痛い思いをしないと人は育たないんですよっ!」
これも部下を育て上げるための愛なのだと、栞は声高に言ってみる。しかしなつきはあからさまに嘆息すると視線を外し、
「そんなことだから鬼隊長だなんて呼ばれるんですね、きっと」
「お、鬼ぃ!? 一体誰がそんなことを・・・!」
「さーて、誰でしょう」
「な、なつきさーん!?」
ふふ、と笑うなつき。そこで初めて栞は自分が遊ばれているのだと気が付いた。
もう、と栞は嘆息し、反撃の一言でもかまそうかと考え―――そこでなつきの手にあるものに気が付いた。
「それは・・・手紙、ですか?」
「あ、うん。連邦の、古河秋生さん―――渚先輩の父親で、元上司の人から。少し気になることがあって」
「気になること?」
「・・・なつきがまだ連邦にいた頃、渚先輩と一緒に小隊を組んでいたまいかって子がいるんですけど・・・。どうも連邦を抜けてから行方不明らしくて」
志乃まいか
連邦を脱退し、現在は行方不明。まったく消息がつかめないらしい。
なつきは手紙を見下ろし、
「・・・やっぱり、いまは袂を分けたとはいえ・・・昔の仲間ですから。心配で・・・」
「・・・そうだったんですか」
でも、と前置きし栞はガッツポーズをして見せて、
「大丈夫ですよ。きっと、どこかで平和に暮らしてますって!」
それが言葉だけのものでしかないことは栞もわかっている。
だが、それでも少しは元気になると信じて、栞は笑った。
一緒に落ち込むよりも、一緒に笑っていたいと。それはあの戦争でわかったことの一つでもあった。
そんな栞の気持ちがわかったのだろう。なつきはやや歪だがそれでも笑顔を浮かべて、そうだね、と頷いた。
「あ・・・。そういえば栞さんはどうしてここに?」
「あ゛。しまった、いまから智代さんに会いに行くところだったんだ!」
「あ〜あ、ならほら、早く行かないと」
「うぅ、さっき同じような台詞を瑞佳さんからも聞いた気がしますが・・・そうですね、じゃあ私はここで」
「うん。それじゃ」
「はい」
手を振りなつきと別れ、栞は基地の中を歩いていく。
イブキの基地は、以前より随分と縮小された。
風子曰く、
「力の象徴である基地は、やっぱり小さい方が他の国を威圧しなくて済むと風子は思うのです」
とのことだ。
武力を全て消去するのは無理でも、そうして平和な世界を長持ちさせるようにとの配慮を、栞は正しいと思う。
舐められすぎず、しかし怯えられないように。
その力加減は難しいだろうが・・・それは風子たち上がなんとかしてくれるだろう。
そんなことを考えているうちに指定された一室に来た。栞はノックをしつつ自分の名前を言い、扉を引いた。
「美坂栞です」
「あぁ、入ってくれ」
「失礼します」
そうして入室した先では、書類を山のように積み上げたデスクで、坂上智代がコーヒーを飲んでいた。
坂上智代
クラナドに残り、舞や有紀寧たちと共に平和への道を探している。
イブキ軍基地の責任者にもなっていて、日々書類と格闘する毎日を送っている。
郁未とは親友と呼び合える間柄になったらしい。
「忙しいところ、すまないな」
「・・・いえ、私からするとむしろ智代さんの方が忙しそうに見えるんですけど」
「それは正解だ。どうだ、少し手伝ってくれないか?」
「遠慮します」
栞の即答に、智代も思わず苦笑。まぁ仕方ないか、と呟いてコーヒーをソーサーに戻した。
「まったく・・・。住井がいればこの程度の書類どうってことはないんだがな・・・」
「あ、そういえば住井さんって―――」
「どこにともなく旅をしている。時々手紙は届くんだがな」
住井護
クラナドを抜け、一人旅へ出た。
時々智代には手紙を送っているらしい。
「元気そうですか?」
「割かし、な」
住井護は一年前のあの戦いが終わってすぐ、智代の下を去っていった。
いろいろと、一人で考えたいこともあったのだろう。護はそのまま旅に出たのだ。
だが、別に自棄になったわけではない。護は自分を見つけ出すためにいまも歩いているのだろう。
こうして時々送られてくる手紙が、その証拠だ。
「・・・ま、良い。いずれ戻ってきたときにとことんこき使ってやるさ」
「あはは・・・。お手柔らかにしてあげてくださいね?」
「善処しよう。さて、本題だが・・・このレポートを纏めて欲しい」
手渡されたレポートを受け取り、栞は目を通す。
「これは・・・この前の大規模演習のときの?」
「そうだ。清水は今度部隊を引き連れて東側の修繕作業があるからな。とりあえずお前に纏めてもらおうと思って」
イブキはこうして再建されたが、まだ完全ではない。
一年前の爪跡は、まだそこかしこに残っている。だからこうして時折修繕作業なんかが盛り込まれたりするのだ。
それは良い。しかしどうしても栞には納得できないものがあった。それは、
「・・・なんで毎回毎回演習レポートは私なんですかっ!? 私たちだって修繕作業したいですよ!」
言葉の裏に隠された意味では「レポートなんて面倒なものよりも楽な修繕作業に回りたい」といったところだが、もちろん理由はある。
「仕方ないだろう? お前たちの部隊は何故か演習のたびにMSの損傷が激しくなる。修繕作業に出せるはずないだろう」
「ぐっ」
それもまた「派手にやっているそっちが悪い。自業自得だ」という本音が隠されていた。
「やってくれるな?」
「・・・は、はいぃ」
いまにも涙を流しそうな栞の返事。
言葉の裏に隠された真意の応酬は、誰がどう見ても智代に軍配が上がった。
「ちょっと入るわよ」
と、そこへノックも無しに入ってくる人物がいた。
その人物と栞が目が合い、揃って少し驚いたような声が漏れた。
「あら、栞じゃない」
「郁未さん?」
そう、入ってきたのは栞と同じくイブキの軍服に身を包んだ天沢郁未だった。
天沢郁未
公子の跡を継いだ伊吹風子の片腕として里村茜とともに動き回っている。
どうにも風子に引っ張りまわされているらしい。
「あなたと会うのも珍しいわね。今日はお呼ばれ?」
「はい。嫌な仕事を押し付けられまして・・・」
人聞きの悪いことを言うな、という智代の声が聞こえたが栞は平気でスルーした。
「そちらこそ珍しいですよね。郁未さんは風子さんの直轄でしょう?」
そうなのだ。郁未は一応イブキ軍に所属しているものの、配属はイブキ代表の伊吹風子直轄部隊であり、風子の補佐が主な仕事となる。
むしろ軍事的なものより政治的な世界が彼女のステージのはずだ。
すると郁未は苦笑いを浮かべ、
「建前では軍のレポートを受け取りに来た、ってことになってるけど・・・。実際は疲れたからちょっと智代のコーヒーを飲みに来た、ってところなの」
「あ、職務怠慢ですー」
「・・・なら代わってみる? あの風子を補佐するのってめちゃめちゃ疲れるのよー?」
特に政治面ではねー、と本当に疲れたような声でドカッとソファに座り込んだ。
「えーと・・・遠慮します」
風子の破天荒っぷりは栞も耳にするところだ。
イブキがイブキとして他の国と肩を並べていられるのは、それを補佐する郁未や茜のおかげだとすら噂されているほどだ。
まぁ、風子の行動自体はイブキの国民からも信頼されているところだが、言葉の突飛さだけはどうしても直らない。
本当に郁未や茜がいなければ外交などあってないようなものになっていたかもしれない。
「さて・・・それじゃあ、私はこの辺で」
久しぶりに会う郁未と話をするのもありなのだろうが、今日はなにかと忙しい。それにこのレポートだってある。
やや勿体無いような気もするが、会おうと思えばいくらでも会える相手だ。別に今度でも構わないだろう、と栞は二人に軽く頭を下げた。
「あぁ、悪かったな。その程度のことで呼んで」
「いえ、そのおかげで久しぶりに郁未さんにも会えましたし。郁未さん、風子ちゃんをよろしくお願いしますね」
「わかってるわよ。それが私のお仕事だしね?」
その軽い調子の声に栞は微笑み、もう一度礼をすると部屋を出た。
「さて・・・」
まだまだやることはたくさんある。
しかしこれらが全て平和に繋がるというのなら、心地良い苦労だった。
栞は駆ける。その先に、確かな平和があると信じて・・・。
栞を見送った後、智代からコーヒーを受け取り一服した郁未は、再び伊吹邸に戻る道を歩いていた。
一応建前でもある書類もしっかりと受け取っている。そうでなければまた茜にくどくどと説教をされただろう。
「茜は真面目すぎるのよねー」
まぁ、その真面目さが風子の破天荒さと噛み合ってちょうど良い具合になるのだが。
と、そんなことを言っているうちに、郁未は伊吹邸に到着した。
真っ白な、やや広めの屋敷。ここだけはあの頃となんら変わらずそこにあった。
あの爆発の後、奇跡的にほぼ無傷だったこの屋敷を、風子は修理だけで手を加えず再び住まいにしたのだ。
いろいろな想いがあっただろう。けれど、こうして一つでも何かが残ってくれたのは良かった、と郁未は心底思う。
そう思いつつ、郁未はもう歩き慣れた屋敷の中を進んでいく。
そうして一番奥、公子が実務をこなすときに必ず使用していた部屋の前に郁未は立ち、一瞬だけ感慨に耽って・・・扉を叩いた。
「ただいま戻りました」
そうして入ると、公子が座っていた場所に、その妹が座っていた。
公子と同じように書類に囲まれデスクで仕事をこなしている。だが、違うのはその背と、笑顔ではなくややむくれたその表情か。
「遅いです、遅すぎます。あまりに郁未さんが遅いので風子は思わず寝入ってしまうところでしたっ」
開口一番、伊吹風子はそう言って郁未をむーっ、と睨み付けた。
伊吹風子
公子の跡を継ぎ、正式にイブキの代表となる。
国民を想う心は公子と変わらぬほどだと言われているが・・・。
風子を支える天沢郁未や里村茜の方が政治的には優秀だともっぱらの評判である。
「あはは、ごめんごめん。・・・って、別に私謝る必要無いわよね?」
「大有りですっ! 見てくださいこの書類の山を! 皆郁未さんの帰りを待っていたんですよ?」
「ちょっと待ちなさい風子。それは代表であるあなたの仕事でしょう!」
「書類を読んで判子を押すだけの仕事なんて誰でもできます! なので郁未さん、お任せします」
「駄目よ。あなたがやるからこそ意味がある仕事でしょうに。ほら、ぼさっとしてると今日中に終わらないわよ?」
それでもツーンと風子は書類に手を付けようとしない。
風子は自分で動いたり、または誰かを動かしたりとアクティブな面においてはかなりの才能を発揮する。
修繕作業の指揮や街の復興作業なんかでは率先して動き、皆に指示を出していたりもした。
だが政治的な話し合いやこういった書類整理などとなると動きが鈍くなってしまうのだ。
これも得手不得手だと思うが風子はこのイブキの代表なのだ。どれも頑張ってもらうしかない。
さて、どうしたもんかと頭を悩ませていると―――、
「風子さん。あなたのお姉さん・・・公子さんはこの程度のことで不平不満を洩らしていたでしょうか?」
そんな凛とした声が室内に響き渡った。
振り向けば、郁未と同じイブキの軍服を着た少女が入室したところだった。
毅然とした立ち振る舞いは郁未ですら毎度感心するほどで、そして郁未にとって彼女は仕事面での最高のパートナーであった。
その名を、里村茜という。
里村茜
佐祐理に誘われ、イブキへ。その研究施設にて強化人間の苦痛を消すための研究に助力している。
同時にその聡明さを買われ、イブキの新たな指導者である風子の片腕としても動いている。
「茜。遅かったじゃない」
しかしその言葉に茜は訝しげに郁未を見た。
「・・・まさかあなたまで忘れているのですか?」
「え?」
「私、今日はもともと休みなんですけど」
「あれ? ・・・あ、あーあー、そっか。今日は研究所の日か」
はい、と茜は頷いた。
研究所の日とは、強化人間である茜がその解除法などを研究所で話し合い、研究する日だ。
茜はあのことみですら助力を頼むほどの頭をしているらしく、茜がイブキに来た当初はむしろ研究所の方がメインだったのだ。
それがいつの間にか、その論語能力の高さに政治的なバックアップを任せることにまでなっていたのだ。
ここでは郁未同様風子の補佐として働いている。
「じゃあ、今日はどうしてここに?」
「さきほど従者の方に捕まりまして。風子さんが全然仕事をしないと泣きつかれてしまったのです」
なるほど、と郁未は頷いた。その光景がありありと頭に浮かぶようだ。
そんな郁未との会話を一時的に切った茜の視線が、再び風子に向けられる。
「もう一度問いましょう、風子さん。公子さんは、この程度の書類整理で不平不満を言っていましたか?」
「そんなことありません。お姉ちゃんはこの程度の書類、笑顔のまま終わらせていました」
姉を馬鹿にされることを良しとしない風子はハッキリとそう言い切る。
ふむ、と茜は頷き、
「では、公子さんの跡を継いだ風子さんがこの程度のことで弱音を吐いて良いんですか?」
「・・・む」
「それは、公子さんの名を汚すことにはなりませんか?」
「・・・むむ」
「それに風子さん。あなたはほどの人ならこの程度のこと、どうってことはないでしょう? 公子さんと同じく、このイブキ代表のあなたなら」
「もちろんです。風子の力を持ってすればこの程度の書類、むしろ少ないくらいですっ!」
言うや否や、ぺたこんぺたこんと判子を押し始める風子。
負けず嫌いで、背伸びしたがりな風子の精神を的確に突いた言葉使いだ。
それに対し、郁未は思わず感嘆の声をあげた。
「さすがは茜・・・。風子の行動原理をよく理解してるわ」
「一年も一緒にいれば嫌でもわかります。郁未さんもこれくらいはやって欲しいところですが」
「いやー、私にはさすがにここまでは無理だと思うわ」
あれだけ上手く風子を誘導できるのは、おそらく茜くらいのものだろうと郁未は思う。
茜はそうしてぺたぺたと書類をこなしていく風子をしばらく見つめ、これなら大丈夫だろう、というように頷き、郁未を見た。
「さて・・・とりあえずこれで良いですかね。では私は研究所の方に行ってきます。風子さんのことはよろしくお願いします」
「オーケー。そっちも頑張ってね」
「はい」
そうして部屋から出て行く茜を一瞥し、郁未は風子を見やった。
ぺたこんぺたこん、と作業に没頭している風子を見て、郁未は小さく微笑んだ。
「公子さん。あなたの妹、風子は・・・風子なりに頑張っていますよ」
見えていますか? と。郁未は空に向かって囁いた。
伊吹邸とイブキ軍基地。そこと三角形を結ぶようにして、イブキの研究所はある。
そこまでやって来た茜はIDを提示して施設内に足を踏み入れた。
ここは強化人間の強化解除や、クローンやイリスによる身体への悪影響を索敵し削除していくことを目標に造られた研究所だ。
イブキが関係していたわけでも無いのに、これだけの施設を造ってしまうのだから、イブキはすごい。
こういった研究所を建てようと言い出したのは祐一で、それを支援したのがことみで、そしてそれを認めたのが風子だ。
誰もが必要だと言ってくれた。
そんな人間ばかりが集まる世界を・・・茜は眩しいと感じた。
だから茜も手を貸すことにしたのだ。自分たちのことをただ任せるだけなんてできない。そう思ったから。
「失礼します」
通い慣れた研究室に、一応言葉を掛けつつ入室した。
かなり広い部屋だ。先程の風子の部屋の優に五倍はあるだろう。
これはことみ曰く、
「研究にはいろいろなものを使うから、広くて困ることはないの」
ということであるそうだ。が、それだけの広さでありながらもうほとんど足の踏み場も無いというのはどういうことだろう。
茜の知っている身近な研究者といえば高槻だが、彼の研究室もまた乱雑に物が置かれていた気がする。
・・・研究者というのは皆こういうものなのだろうか、と考えていると視界の中で動きがあった。
「あゆちゃん。どこか気になるところはある?」
「ううん。特に無いよ」
部屋の左隅。そこに置かれたスキャン装置のついたベッドに月宮あゆが、そしてその横に取り付けられたコンピュータの前にこの研究所の主任である一ノ瀬ことみが座っていた。
一ノ瀬ことみ
クラナドを抜け、イブキの研究施設の主任となる。
強化人間やイリスに苦しむ人間を少しでも和らげようと、目下研究中らしい。
月宮あゆ
イリス計画の被験者のため、自らイブキの研究機関へと赴く。
いろいろと苦しい研究にも携わっているようだが、本人は笑顔を絶やさず元気に暮らしている。
どうやらいまはあゆの身体データを取っているところのようだ。
茜はなんとか踏み場を見つけつつそちらに近付き、ことみのすぐ隣に立つ。
「遅くなりました」
「あ、茜ちゃん。こんにちは」
「こんにちは」
にこり、と微笑むことみは、とても年上には見えないあどけなさがあった。
その笑みを見れば、確かに研究所内の他の研究員からアイドルのような扱いを受けてもおかしくはない、と内心で納得する。
「? 私の顔になにかついてる?」
「いえ。深い意味はないので気にしないでください」
「???」
首を大きく傾げることみ。このままでは話が変な方向に行きそうだ、と感じた茜は目の前のコンピュータに視線を移した。
イリス。川澄舞の細胞を使い蘇生された者たちの総称。
身の回りではあゆを初めとして風子や瑞佳なんかがこれに当たる。
イリスは強化人間や生産として生まれた舞よりも未知数なので、いろいろと怖いところがある。いつ何が起こるかわからないからだ。
そういうわけでこの研究所で一番その割り振りが大きいのは、イリスの研究だった。
「身体的には特に問題なさそうですね」
画面に表示された波形や数値を見て言う。するとことみも頷き、
「確かに表面上は問題なさそうなの。・・・でもこの前のDNA解析を考えると、あまりのんびりはしていられないかもしれないの」
「結果が出たんですか?」
聞くと、ことみはやや難しそうな顔で、
「うん。テロメアなんかは特に問題はなかったんだけど・・・無茶な細胞の変革による影響があるの。
本来その塩基配列じゃ生み出されないはずのタンパク質が生成されている。・・・その結果がどういう影響に繋がるかは未知数だけど・・・」
「それは現在進行形なんですか?」
「そうなの。でも影響が未知数だからこそ―――」
「どう転がるかわからない、ですか」
もしかしたら放っておいても大丈夫かもしれない。しかし逆を言えばいきなり明日何か変調が起こるかもしれない。
何もわからない、というのはそれだけで怖いものなのだ。だが、
「ボクは大丈夫だよ。それより舞さんをどうにかしてあげて?」
当のあゆは、そんなことを言ってのけた。
「ボクたちイリスは未知数かもしれないけど、舞さんには明確にわかっているまずいところがあるんだし」
あゆが言っているのはテロメアのことだろう。
テロメア劣化が早い舞は、このままでは人の数倍の速度で老いが来る。
だが、ことみは笑って言った。
「その点については大丈夫なの。そっちに関してはもう目処がついてるから」
「え、ホント!?」
「もちろんなの。だからいまは開発班にそっちは任せてあるから、イリスと強化人間の方に集中できるよ」
この一年。まずことみが最初に取り掛かったのがそのテロメアに関するものだった。
そしてその結果は確実に、表れ始めている。
「はい、おしまいなの」
スキャンが終わり、装置が動きを止める。
よっ、と言いながらあゆは身体を起こしベッドから起き上がった。
「今日はこれで終わりかな?」
「うん。あ、でも頼まれて欲しいことが一つあるの。良い?」
「なに?」
「これを病院まで持っていってほしいの」
ことみが取り出したのは、小さな紙袋だった。聞けば、なにやら新薬のサンプルが入っているらしい。
あゆと、茜もまた驚く。これだけの研究をしながら、さらにそんなこともしていたなんて、と。
ことみは頑張っている。だからあゆも、その手助けができることを嬉しく思った。
「うん、わかった。これはボクがちゃんと持っていくね」
「お願いなの」
「うん。それじゃ、また明日ー!」
そうしてあゆは元気一杯といった調子で研究所を後にした。
そんなあゆを見て、茜は思わず苦笑する。
「元気ですね。何もわからないという事実を知っているのに」
「ううん。きっと何もわからないから、だと思うの」
え? と問い返すと、ことみもまた苦笑し、
「あゆちゃんは、すっごく前向きな子だから。きっとわからないことを悩むなんて馬鹿馬鹿しいとか、そういう風に思っているんだと思うの」
「あぁ、なるほど」
それはありそうだ、と茜は納得した。
「さて・・・と」
と、データの整理を終えたことみが立ち上がる。それを眉を傾げて見ていると、ことみは振り向きこんなことを言い出した。
「次は強化解除の研究に戻るの。茜ちゃん、手伝って」
「って、いままでずっとデータを取っていたんでしょう? それに新薬の開発もしていたようですし・・・。少しは休憩を取らなくて良いんですか?」
するとことみは本当に心配なさそうな笑みで、
「大丈夫なの」
言い切った。
「だって、いま私とっても幸せだから」
「幸せ・・・?」
うん、と頷きことみは足を動かす。備え付けられた窓際に立ち、その空を見上げ、綴る。
「私は昔、MSの研究をしていたけど・・・MSは人を殺す道具なの。もちろんそれ以外にも使い道はあるし、MSが不必要だとも言わないの」
でも、と続けて、
「・・・いまの私は、間違いなく人を助ける研究をしてる。できてる。だから、嬉しいの」
「・・・ことみさん」
「だから、全然大丈夫なの」
そう言って微笑んだことみの表情はどこまでも眩しくて。
この人ならできるかもしれない。強化の解除を。そして、救われるかもしれない。いままで苦しんできた者たちも。
そう思い、茜もまた微笑んだ。
あゆはご機嫌で病院までの道のりを走っていた。
舞が助かる。それはとても嬉しいことだ。
そして舞が助かれば、祐一や佐祐理、そして他の皆もきっと喜ぶだろう。
そうしてこのまま強化の解除やイリスに対する対処もできていけば、全ては解決し、皆が幸せに生きていける。
皆で戦い、望んだ幸せが目の前に広がった気がした。
そうして浮かれていたからだろう。道の曲がり角で思わず人と激突した。
「うぐぅ!?」
「うわっ」
あゆはなんとか転ばずにすんだが、相手はそうもいかなかったようだ。
その腰までありそうな長い髪を地面に散らし、その相手の女性は腰をさすっていた。
どうやら思いっきり尻餅をついてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててあゆがその女性を起こそうと手を伸ばし、相手の女性もあゆを見上げ、
「こ、こっちこそごめんねー。ちょっとよそ見してて―――って、あれ・・・あゆちゃん?」
「え?」
いきなり自分の名を呼ばれ、あゆは驚く。
あゆの知り合いにこんな綺麗な人はいただろうか。いや、綺麗な人ならそれこそたくさんいたが、それにしても心当たりが―――、
「・・・あれ?」
いや・・・ある。
確かにどこかで見たことがある気がする。それをどうにか思い出そうとして・・・ようやく理解した。
「もしかして・・・観鈴さん!?」
「うん、そうだよ。お久しぶり、あゆちゃん」
全く気付かなかった。
だって髪を完全に下ろしているし、服装もどこか落ち着いた大人の女性みたいなものだったし・・・。
しかし顔立ちや声、それにその気配が・・・まさしく神尾観鈴のものだった。
神尾観鈴
イブキの医療看護施設の責任者に抜擢される。
のほほんとしているところは相変わらずだが、人の苦しみを少しでも和らげることができればと、現在も躍起している。
「あゆちゃん?」
「・・・はっ!?」
思わずポカンとしていたあゆは慌てて観鈴に手を差し出した。そうして観鈴を引っ張り身を起こさせて、あゆは苦笑する。
「うぐぅ、ぜ、全然気付かなかったよー。観鈴さん、なんか随分と雰囲気違ってるし」
「そうかな?」
「うん。なんていうか・・・落ち着いてる気がするよ」
「あゆちゃんは相変わらず元気だね?」
「うぐぅ・・・。この言葉の流れだと馬鹿にされてる気がするよ・・・」
「え、え、そんなことないよ?」
にはは、と笑う観鈴。それを見て改めて、あぁ、この人は本当に観鈴さんなんだなぁ、なんて思った。
「ところであゆちゃんはどうしてこんなところに?」
「あ、うん。ボクはことみさんに頼まれて新薬のサンプルを届けに病院に向かう途中だったんだよ」
「あ、そうなんだ・・・。それじゃあ、いまわたしが貰っておくよ」
「え? でもこれからどっか行くんだよね?」
観鈴が向かおうとしていたのは病院とは逆方向のはずだ。
「うん。これからちょっと祐一さんのお家にね」
「祐一くんの家? なんかあるの?」
「ほら、佐祐理さんがそろそろだから」
「え、・・・あー! そうなんだ、もうすぐなんだ!」
いよいよかぁ、とあゆまで嬉しくなってしまう。以前からまだかまだかと楽しみにしていたのだ。
しかし、そこでふと思い立つ。
「あ、でもだったらこういう新薬はそっちに持っていかないほうが良いんじゃないの? いまみたいなことになったらせっかくのサンプルが台無しだし」
「それもそうなんだけどね。でもあゆちゃんだって忙しいでしょ?」
「ううん、大丈夫だよ。研究所の方ももう今日は何も無いっていうし、ボクが病院まで届けておくよ」
「良いの?」
「うん。だから観鈴さんは倉田さんを診てあげて?」
観鈴はしばしの間考え込み、
「・・・うん。じゃあ、お願いするよ」
「うんっ!」
膳は急げ、とばかりにあゆは手を振って観鈴を追い越した。だが何か思い出したかのように「あ」と声をあげ静止し、振り返って、
「ねぇ、観鈴さん!」
「なに?」
「そうなったらさ、きっともっと楽しくなるよね?」
観鈴は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、そして噴き出すように笑った。
「うん」
「きっともっと面白くなるよね?」
「うん」
「そして・・・きっともっと幸せになるよね?」
「うん」
そっか、と呟きあゆは空を見た。
快晴だ。
うーん、とあゆは背を伸ばし、笑った。
「未来は、明るいよねっ!」
その言葉に、
「うん!」
元気な返事が耳に届いた。
あゆと別れたあと、観鈴は本来の目的地である祐一の家を目指した。
「今日は、ちょっと暑いくらいかもしれないね」
誰にともなく言う。とはいえ、イブキでの生活はまだ一年だ。こちらの気候にも早く慣れなければ、とも思う。
・・・しかし、
「そっか。・・・もう一年なんだよね」
立ち止まり思うことは、この一年でのいろいろなこと。
本当に、いろいろなことがあった。
観鈴は一年前のあの戦いを終えて・・・皆とイブキに戻ったときに、クラナドを抜けた。
できることならば、もう戦いたくないと思ったのだ。
そしてできることなら、人を救える仕事に就きたい。そう言ったら風子は二つ返事で病院を任せてくれた。
それが一年前。
一年も経ったから、皆は変わり始めている。あゆの言葉を借りるなら、自分も変わったらしい。
そして動きもある。
これから行く相沢家だってその一つだ。そしてその動きは、あゆの言うとおり幸せなものとなるだろう。
全てが全て良い方向に転がるとは思わない。でも、少しでもそっちに転がるように努力をしていこう、と観鈴は改めて思う。
もう二度と、あんな戦いを起こさないように・・・。
「あ・・・」
そう心中で決意し直し顔を上げて―――そこで前方を横切る少女に視線が行った。
遠目でもわかるその存在感。それは一年前に皆を率いたクラナドの象徴で、
「ゆ、有紀寧さん・・・?」
「? ・・・あ、観鈴さん。お久しぶりです」
こちらに気付いた有紀寧は、やはりどんな相手でも許してしまいそうな柔らかな笑みを向けてくれた。
宮沢有紀寧
平和の象徴として、そのままクラナドに所属。
祐一たちとともに真の平和のための道を模索している。
有紀寧が進路を変えてこちらに近付いてくる。
有紀寧に会うのは完全に一年振りだ。いや、テレビなどで有紀寧を見るので観鈴の価値観ではそんなに懐かしいというイメージは無い。
しかし有紀寧からすれば随分と久し振りになるだろう。観鈴はクラナドを抜けてから一度も基地に近寄ったことは無いのだから。
そこで、あれ、と疑問が浮かんだ。
ここは基地とは全く別方向であり、ここの近くにも特に重要な施設は無い。強いて言うなら、観鈴が任されている病院くらいのものだろう。
「有紀寧さんは今日は基地じゃないんですね?」
だからそう訊ねてみると、有紀寧は笑みを崩さないままに、
「ええ。今日は恩師の家に遊びに言ってたんですよ」
「恩師?」
「幸村俊夫さん、という方です。・・・実は一年前にも、いろいろとお世話になったんですよ」
幸村俊夫
有紀寧に誘われイブキに移住。
ただ静かに余生を過ごしているとのこと。
「そうなんですか・・・」
「はい。舞さんを救ってくれた方でもあります」
あ、そうだ、と有紀寧は何かを思いついたのか手を叩き、
「今度観鈴さんも会われてみてはどうでしょう?」
「え・・・? わたしが?」
「はい。幸村先生は医療に大変お詳しい方なので、きっと観鈴さんの助けになると思いますよ?」
「へー。そうなんですか」
それは一度会ってみたいかも、と素直に思った。
と、そこではたと有紀寧の動きが止まる。その様子に首を傾げると、有紀寧はそういえば、と呟いて、
「観鈴さんはこれからどちらに? 病院は・・・逆方向ですよね?」
「あぁ、うん。これから祐一くんのお家を訪ねるところなんだよ」
「祐一さんの家に・・・? あぁ、もしかして佐祐理さんの?」
「うん、そうなの」
すると有紀寧は輝かんばかりの笑顔を浮かべ、手を合わせた。
「そっか。そういえばそろそろですものね」
「そうなの。だから様子見にね。多分、向こうから来るのも辛いだろうし」
いや、それはなないか、と観鈴は思い直す。
あの佐祐理のことだ。どれだけ辛くても笑顔のままにやって来そうだ。そうして祐一や舞を困らせるのだろう。
観鈴は佐祐理とそれほど長い付き合いではないが、ああ見えて結構頑固者なのだということだけはわかっていた。
「そうですか。では、あまり長く引き止めてしまってもご迷惑ですね」
「あ、どうせなら有紀寧さんも一緒に来る?」
しかし有紀寧はすぐに首を横に振った。
「いえ、今回は遠慮しておきます。わたしが行ってもきっと邪魔になるだけですし、舞さんたちとは基地でも頻繁に会うんで」
確かに観鈴と違ってクラナドに残った有紀寧は舞たちとはほぼ毎日顔を合わせているだろう。だが・・・、
「でも、最近佐祐理さんには会ってないんじゃないの? 佐祐理さんはいま軍を休んでるだろうし」
「それはそうですけど・・・」
「それに、ちょっと診察するだけだから邪魔になんてならないよ。お見舞い気分で行けば良いと思うよ?」
有紀寧はしばらく考え込む。チラッと観鈴の顔を見上げ、表情を崩した。
「わかりました。では、ご一緒させていただきます」
「うんっ」
そういうわけで二人は一緒に相沢家にやってきた。
広すぎず小さすぎず、本当に普通の家だ。祐一ならもう少し広いところに住めそうだが、敢えてこういうところを選ぶのがなんとも祐一らしい。
観鈴が前に出てチャイムを鳴らす。すると家の中からはーい、という女性の声が聞こえてきた。
「あ、観鈴さん。それに有紀寧さんも。あははー、こんにちはー」
ドアを開けて迎えてくれたのは、有紀寧に勝るとも劣らない笑顔を携えた倉田佐祐理であった。
・・・いや、その呼び方は御幣があるかもしれない。
いまはもう、彼女は『倉田』ではないのだから。
「こんにちは、佐祐理さん」
「こんにちはー。身体の調子はどう?」
「そうですねー。ちょっと動きにくいですけど、まだ大丈夫ですよー」
そう言うと佐祐理はやや視線を下げ、自らのお腹を手でさすった。・・・その、膨らんだお腹を。
倉田佐祐理
祐一とともにクラナドに残る。
戦争終結から半年後、相沢祐一と結婚し姓を相沢に変更、相沢佐祐理となりさらに一児を授かる。
現在は祐一と舞と三人で暮らしている。
「それじゃあ、診せてもらうね。入って良い?」
「あ、はい。どうぞー」
「それじゃあ、お邪魔します」
観鈴に続き有紀寧も家の中に足を踏み入れる。
中も外同様特に変わり無い普通の一般家庭とほぼ同じだった。
唯一違う点を探すとすれば・・・あまりにも綺麗過ぎる、というところだろうか。
「どうも家でボーっとしてるのが性に合わないらしくて・・・。何度もお掃除してしまうんですよー」
あははー、と佐祐理は笑って誤魔化すが、観鈴は妊娠中に過度に動くことの怖さを今一度叩き込んだ。
どうにも佐祐理はその辺の危機感が足りない気がする。
「まぁ、もう八ヶ月だし定着してるからあんまり心配は無いと思うけど・・・でも危険が無いわけじゃないんだよ?」
「あ、あははー。わかってはいるんですけどね、どうにも・・・。
祐一さんにも延々説教されますし、舞にいたっては無言でジーッとこっち見て威嚇されるんですがー・・・」
「だったら二人に甘えてジッとしてようよ」
ここで頷けるのなら最初からそういう行動は取るまい。案の定佐祐理は困ったような笑みを浮かべるだけだ。
はぁ、と観鈴は嘆息。その後ろで有紀寧はただ苦笑していた。
そこで有紀寧はふと何かに気付いたように周囲を見渡し、
「そういえば、その祐一さんや舞さんは?」
「あ、いまお買い物に行ってもらってるんですよー。佐祐理が行く、って言ってるのに二人とも行かせてくれないんですよー?」
「二人とも佐祐理さんの身体を心配しているんですよ。良いじゃないですか」
「それは、そうなんですけどねー」
「そうそ。だからしっかりと確認しないとね」
それじゃあ診るね、と前置きし佐祐理を布団の上に座らせる。
鞄の中から聴診器やらなにやらを取り出し、佐祐理の状態を逐一チェックしていった。
「・・・うん。順調みたいだね」
「でしょう?」
「だからって、じゃんじゃん動いて良いってわけじゃないんだよ? 佐祐理さん」
「あ、あははー・・・」
もう、と洩らしつつ器材を片付け始める観鈴。ちょうどその時、玄関の方からドアが開くような音が聞こえてきた。
「帰ったぞー」
「あ、祐一さんっ」
声を聞くやすぐに立ち上がりパタパタと玄関まで小走りに迎えに行く佐祐理。
そんな佐祐理の行動に観鈴と有紀寧は見合わせ、思わず苦笑した。
「お、観鈴に有紀寧。来てたのか」
「「お邪魔してます」」
「おう」
最初に現れたのは相沢祐一だ。その落ち着きや雰囲気は一年前と特に変わらないが、その両手に持ったビニール袋がなんとなくシュールだ。
そしてその後ろからは同じくパンパンに詰まったビニール袋を携えた川澄舞がやって来た。
こちらは、やや違った。一年前とは違い、観鈴同様に髪を下ろしていたのだ。それに雰囲気がどことなく大人っぽくなった気がする。
「こんにちは、舞さん」
「うん」
「舞さん、お久しぶり」
「うん。観鈴、久しぶり」
有紀寧の挨拶に笑顔で頷き、観鈴に言葉を返した舞はその長い髪を翻してキッチンへ向かう。その袋を置きに行くようだ。
しかし、こちらももう『川澄』と呼ぶのはおかしいだろう。彼女の姓は、いまや『相沢』なのだから。
川澄舞
祐一とともにクラナドに残る。
戦争終結から三ヵ月後、正式に祐一の妹として書類を提出、相沢舞となる。
祐一と結婚した佐祐理と三人で仲良く暮らしている。
相沢祐一
そのままクラナドの総指揮となる。
ネオジオン抗争終了より半年後、倉田佐祐理と結婚して一児の親となる。
正式に妹になった舞と、三人で暮らしている。
「しかし、本当に観鈴は久しぶりだな。病院の方はどうだ?」
「うん、順調。あ、でも今度栞ちゃんに言っておいてほしいことがあるの」
「うん? 栞に? なんだ?」
「あんまり部下さんをいじめちゃだめだよ、って。しょっちゅう傷の手当てを受けに来るんだよ」
「なるほどねぇ。・・・でもそれはそいつらが観鈴目当てに行ってるだけな気がするんだけどなぁ」
「? 何か言った?」
「あぁ、いやなんでもない。とりあえず注意はしておくよ。・・・あいつらにな」
小首を傾げる観鈴に、祐一はまぁ気にするな、とだけ答えキッチンへ消えていった。
余計に?マークが乱発する観鈴をよそに、キッチンから袋の中身を確認していた佐祐理の声が響いてくる。
「そういえばお二人とも、もうご飯は食べましたー?」
「いえ、わたしはまだですけど」
「うん。わたしもまだ」
すると佐祐理は嬉しそうな声で、
「そうですか。それじゃあ食べていきませんか? これから佐祐理たちはお昼ですから」
「良いの?」
「良いよね? 舞、祐一さん」
「問題ない」
「あぁ、たまには良いんじゃないか。いろいろと話もできるしな」
有紀寧と観鈴は顔を見合わせ、頷いた。
「それじゃあ―――」
「お言葉に甘えちゃうね」
はい、と。嬉しそうな声がキッチンから返ってきた。
「ふぅ・・・」
昼食も終わり、祐一はごろんと床に寝っ転がった。
観鈴と有紀寧は昼食が終わったあとに帰っていった。
有紀寧は基地でしょっちゅう会うので気付かなかったが、観鈴を見て実感したことがある。
一年という、時間の流れだ。
あれからもう一年。
あのとき一緒に戦った仲間は、皆が皆それぞれの道を歩んでいる。そしてそのそれぞれの道で平穏に暮らしている。
それは自分たちも同じことだ。
キッチンで仲良く並んで食器を洗っている舞と佐祐理を見る。
あの二人が、一年前に互いを殺そうと戦っていたなど、誰が思うだろうか。
だが、それも昔のことだ。
いま、こうして自分たちは笑顔で暮らしている。
手に入れた家族という名の絆。そしてそれもまた新たに増えることになるのだろう。
尊いものだ。守りたい、と強く思う。
・・・この平和がいつまで続くか、わからない。しかし、だからこそ頑張っている。
皆、この平和が少しでも長続きすれば良いと、頑張っているのだ。
「もう二度と戦争なんて起こしたくないな」
新たに生まれてくる命。
この子供に、もう自分たちのような思いはさせたくないと、思う。
だから頑張ろう。
いまのこの幸せと平和が、ずっと続いていくように。
自分一人なら駄目でも、舞も、佐祐理も、そして他の仲間たちもいる。
だからきっとやれる。そう信じられる。
「舞、佐祐理」
名を呼べば振り向いてくれる家族がいる。
大丈夫。
この温かさを知っていれば、抱けるのなら、人はきっと戦わずにすむ。そういう世界を作れるはずだ。
「行こうか」
「・・・行くって」
「どこにですか?」
キョトンとする二人に、祐一は指を一本だけ掲げて、言った。
「俺たちの、輝かしい未来へ」
〜 Fin〜
あとがき
えー、はい。どうも神無月です。
終わりました。とうとう、終わりました。完結です。
ラスト、ということで随分と長くなってしまいましたが……どうかご容赦ください(汗
ここまで来るのに二年掛かりました。二年……。いやぁ、けっこー長い間書いていたんですね〜。
思えば、神無月がSSを書き始めたのはこれが最初。つまり処女作というわけです。それを完結に持ってこれて、なんとなく感慨深いというか。
では今回は最後と言いことで、製作秘話なんかをしようと思います。
まず第一話のあとがきにて言ったこと。これはZZとは別のガンダムのシナリオに沿って動くと。
もう大多数の人はわかっていると思いますが(掲示板なんかでも途中から普通にネタばれしてましたし)、これはあの「ガンダムSEED」のことです。
この作品を作るきっかけもあの作品を見たことから始まりました。
もともとガンダムは好きだったのですが、あれはその中でも素晴らしい作品だと思ったのです。……運命に行くまでは(ぁ
だからなにかしたいと、そうして思いついたのがこれなのです。
しかしただSEEDの世界観にKeyのキャラを代入してもおもしろくないと思い、昔書いてそのまま放置していたZZのSSとミックスすることを思いつきました。
これは神無月の挑戦でもありました。ZZの世界観を壊さず、SEEDのシナリオを織り交ぜながら、Keyキャラの特性を失わないようにすること。これが、この作品を書くに当たる前提条件だったからです。
まぁ、神無月の勉強不足と言いますか、ZZの世界観から逸脱してしまったものもあったわけですが……(汗
それはもう、ホントお詫びのしようもございません。ZZファンの皆様、申し訳ありませんでしたm(_ _)m
賛否両論多々ありました。神無月も思うところが多々ありました。それでも最後まで書き上げることができたことは、とても嬉しいことです。
とりあえずこんな終わらせ方をしてはいますが、続編を書くつもりはないですのであしからず。
みなさんにも、「良かった」と言われるような作品であったなら、幸いです。
それでは、また。なにか別の作品でお会いしましょう。