Episode W
【友というもの】
「アルペロンコロニーに行くんですかっ!」
祐一からアルペロンコロニーに補給のために入航すると聞いて、観鈴の第一声がそれだった。
「な、なんだ観鈴。知ってるのか?」
いつもの観鈴からは考えられない反応速度にたじろぎながらも尋ねる祐一。
観鈴はそんな祐一に嬉しそうな顔で答える。
「はい。あそこはわたしが看護婦になったときに初めて勤めた病院がある場所です。お友達もいますよ」
「へぇ、そうなのか。それじゃあ、アルペロンコロニーは懐かしい場所なんだな」
「はい!」
本当に嬉しそうに答える観鈴。そんな観鈴を見て祐一は、
「だったら、会いに行ってこいよ」
「えっ、良いんですか?」
「ああ。かまわないよ。どうせ艦の補給にも時間かかるし、パイロットがすることも無いからな。艦長として許可する」
「うわー、ありがとう!祐一さん!」
それからおよそ一時間弱。カンナヅキはやっとのことでアルペロンコロニーに着いた。
「艦長、アルペロンコロニーより入電。誘導するのでこちらに従ってほしいと」
「感謝すると返信してくれ」
「了解」
川口がコンソロールに振り返るのを確認すると、祐一はふぅ、と小さく息をついた。
「とりあえず一息つけるな」
これで当面の問題である推進剤や弾薬の件は消化される。
「まぁ、問題はその後なんだが・・・」
ネオジオン。あの戦闘から既に四日がたっている。いくらなんでももう復旧作業は終了しているだろう。
そうすると、もうアクシズは出ているはずだから、
―――やっぱり追いつかれるよな。
再び欝な気分になりそうなのを、祐一は頭を大きく振ることで止めさせた。
「艦長」
祐一が思考に沈んでいると、斉藤が話しかけてきた。
「ん、なんだ」
「疲れているのなら休んできてください。補給の件は我々がやっておきますから」
「なに言ってるんだ。疲れているのはお前たちも一緒だ。それを俺一人で休んでられるか」
「艦長。私からもお願いします。本番で艦長が駄目になってしまったらそれこそ収拾がつかなくなりますから」
斉藤の言葉に川口も同意する。
「それもそうだけどな・・・」
先のことはその時になって考えることにする。それが、本来の祐一の考え方だ。
一見、ただ問題を先送りにしているようだが、休めるときに休んでおかないと冷静な判断もなにもあったもんじゃないと祐一は考えている。
それと同じ事を部下たちが言っているのだ。良い奴らだな、と祐一は小さく笑うと、
「わかった。それじゃあ、今回は休ませてもらうな」
そう言ってブリッジを出た。
カンナヅキの艦内にはいろいろな用途の部屋がある。もともとカンナヅキは長距離航行用の作りになっているため、クルーたちのストレスをできうる限り減らす、そう言った精神面のことを考えてのものだ。
そしてこのやたらと広い部屋もその一つ。クルーやパイロットたちが雑談できるようにと作られたこの部屋は、収容人数百人前後とふざけた広さを有している。
だが、そこにいるのはたった四人の少女たち。
「へー、このコロニーって観鈴ちゃんの懐かしの場所なんだ」
「うん。祐一さんも降りて良いって言ってくれたから、すっごく楽しみ」
「それじゃあさ、私たちも一緒に降りて遊ばない?食べ歩きとかさ」
「・・・牛丼」
名雪、観鈴、留美、舞のパイロット組みである。四人はいつの間にか仲良くなっていて、この数日はいつも四人で行動していた。
わいわいと雑談をしていると、そこに祐一がやってきた。
「お、何の話をしてるんだ?」
祐一の姿を見つけた名雪が、誰よりも早く近寄っていく。
「ねぇ、祐一。わたしたちも観鈴ちゃんと一緒にアルペロンコロニーに降りてもいい?」
「ああ。いいぞ」
「え、本当?」
祐一の即答に聞いた名雪が驚く。
祐一は四人が最近仲良くなっているのは知っていたし、ならば一緒に遊びに行きたくなるだろうと、あらかじめ考えていたのだ。
「へー、相沢、太っ腹じゃない」
「祐一はそういう人」
留美の言葉に、そう返す舞。そんな二人を笑顔で眺めていた観鈴は、何か思いついたように手を打つと、
「あ、それじゃあ祐一さんも一緒に行きませんか?」
「あー、それすごくいい考えだよ〜」
名雪も笑顔で賛同する。
「でも相沢は艦長じゃない。仕事もあるんじゃない?」
「いや、仕事なら斉藤たちがやってくれている。ゆっくり休んでこいってさ」
「なら、大丈夫だね!」
本当に嬉しそうに笑う名雪。そんな名雪を見て祐一は、
「ま、たまにはいいか。それじゃあ、邪魔じゃなければ一緒に行かせてもらうよ」
「邪魔なんてこと無いですよ」
「そうだよっ、祐一」
「うん。祐一も一緒の方が楽しい」
「ま、良いんじゃない。私は別にかまわないわよ」
四人の賛成に、祐一は笑顔で答えた。
「・・・と、いうわけでどうよ?」
「その突拍子の無さは相変わらずだな。お前」
場所は変わってMS格納庫。
他の連邦の戦艦に比べても一回り大きいカンナヅキの格納庫には、四機のMSだけがぽつんとハンガーにかかっている。
そのどこか殺風景な中で、浩平は休憩用のパイプ椅子に座ってコーヒーを啜っていた。
横を見やる。
そこには腕を組んで仁王立ちした留美の姿がある。さっきから体勢は微塵も変わってない。
そんな留美を見、浩平は大きなため息を吐く。
「あのな、さっきから言ってるが俺はこう見えて忙しいんだ。お前らはお前らで遊んでくれば良いだろ」
しかし留美はそんな浩平の言葉などどこ吹く風。
「私たちこれからこのコロニーに降りるの。折原も一緒にどう?」
そしてまた会話はループをし始めた。
もう何度目かもわからなくなったため息を浩平は吐く。さっきからずっとこの繰り返しだ。どうやら留美は意地でも浩平を連れて行きたいらしい。
浩平は頭を掻くと、今度はしっかりと留美の方へ体を向けた。合わさった視線に留美はたじろぐが、それも一瞬。再びでん、と身構える。
「あのな、七瀬。お前はどうしてそんなに俺にかまう?」
「折原は疲れてる。違う?」
「そりゃ、もちろん疲れてるさ。この艦に俺並にMSの修理や調整ができる奴はいないからな。ま、たまに川澄が手伝ってくれるから多少は楽だが」
「そんなんじゃ、休むときに休んでおかないと体壊すわよ」
「大丈夫だよ。そんな軟じゃないつもりだ。それに、駄目なときは勝手に休むさ。これでも引き際はわきまえてるつもりだぞ」
「だから、今がそのときでしょ。今を逃したら月に行くまで休めないじゃない」
「何言ってんだ。そんなの休もうと思えばどこでだって休めるさ」
「体力は確かにそうかもしれない。けど、そんなんじゃ精神が参っちゃうわ」
むっ、とお互いを睨む。話はまるで平行線だ。一向に終焉が見えてこない。
そんな睨み合いが数秒続き、
「ねぇ、折原」
先にその視線を外したのは留美だった。視線をしたに下げ、その顔は先ほどまでの覇気が無い。
その顔は、そう。どこか悲しげな。
「あんたさ、まだ笑えないの?」
留美のその言葉に、浩平の顔が凍る。そして空間の温度が一気に下がった。
「・・・・・・七瀬」
「もうあれから一年が経ったわ。あれからあんたは一度も笑ってないんでしょうね」
「・・・七瀬」
「確かにあれはつらい出来事だった。私も悔しい。でも、それは折原が責任を負うようなことじゃない。瑞佳とみさおちゃんが死―――」
「七瀬ぇ!!」
浩平の叫びが留美の言葉を断絶する。ビクッとした留美に、浩平の怒りの視線が容赦なく突き刺さる。その視線から逃れるように留美は顔を下げる。
そのまま静寂が空間を占める。
それははたして何秒か。しばらくして、なにか音がすることに浩平は気付いた。
それは視線の先、細かく体を震わす留美の下げて見えなくなった顔。そこからポタポタと落ちる雫の音だ。
「なっ・・・!?」
それを視認したとき、浩平は怒りなんて消え去り、頭が真っ白になった。
無理もない。浩平と留美の付き合いはそれなりに長いが、こんな光景を見るのは初めてだ。
七瀬が泣いている。
その単語だけが思考を埋めていく。そのあまりの異常性に浩平は半ばパニックになりかけていた。
「・・・心配になるじゃない」
それは本当にボソッと。小さな声で。
そのあまりにも弱々しい声が留美のものだと理解できても納得ができない。浩平の知る留美はこうじゃない。いや―――、
「あんたは、不器用すぎる。あの事件だってあんたのせいじゃないのに、勝手に責任感じてさ。笑わなくなった。
それで、そのことを忘れるために必死に働いて。・・・ねぇ、折原はどうしてそうなの? どうしてそこまで自分を追い詰めるの・・・?」
涙にぬれた瞳が浩平の姿を映す。
いつもの力強い、物を言わせぬ言葉ではない。あまりにも脆く、触れれば簡単に壊れてしまいしそうな、そんな力の無い言葉。
留美がこうなるほどに、自分は傍から見たら精神的に危なっかしかったのだろうか。
留美の流す涙は自分のため。その涙を見て、浩平はなぜか心が和んだ。
浩平の手が留美の頭に乗る。それはあくまで優しく、そして温かい。
顔を上げた留美の目に映ったのは、優しく微笑む浩平の顔だった。
「どうやら心配かけちまってたようだな。ありがとう」
「あ・・・」
「あのことは忘れられない。忘れちゃいけないと思う。でも、ま、これからは心配かけないようにする。約束する」
「・・・・・・」
その言葉を聞き、留美の顔にも小さな笑みが浮かぶ。そして服の袖で涙を拭き、
「本当よ。もう二度と私に涙なんて流させないでよね!」
次の瞬間には極上の笑顔がそこにはあった。
「それで、行くのは仲良し四人組か?」
「なによその呼び方。ま、いいけどさ。ほかにも相沢が来るわよ」
「は? 祐一も来るのか?」
「そうだけど・・・。それが?」
「いや、それならそうと早く言ってくれればすぐ行くって答えたのに」
「・・・え?」
「いや、俺はてっきり女同士だけで行くのかと思ってたから。祐一は面白いからな。―――って、どうした七瀬。そんなわなわなして」
「・・・私の涙を返せ」
「・・・おい、七瀬?」
留美に浮かぶ笑顔はさっきとはまるで異質。気のせいか、背後の空間がゆがんで見える。
「まぁ、落ち着け。その振り上げた腕を下げろ。なんで怒ってるかわからんが、お前の暴力は既に暴力の域を軽く凌駕してるとなぜ気付かない」
「あ〜ら、それは新手のけんかの売り方かしら? いまならいっぱい買ってあげるわよ。あ、ちなみにお釣りはいらないから」
この後の光景は・・・、まぁ、ご想像に任せることにしよう。
アルペロンコロニーはサイド3に属するコロニーの第12番コロニーである。
懸念されるのはここが元ジオンの発端のサイドであり、いまでこそ連邦の傘下にあるがそれでもジオンよりの人間が多いということだ。
アルペロンコロニーは各サイドの中でも医療技術の高さで有名で、医師や看護士を目指す人間はこのコロニーに来ることが多い。また、中立の表明もしていて、金さえ支払えば連邦だろうとネオジオンだろうと補給するし、修理するコロニーとしても有名である。
そんなこんなで補給が始まったカンナヅキから、六人の少年少女が降りてきた。
「うわー、ここも変わってないなー」
観鈴が第一声、腕をうーんと腕を伸ばしながら言う。
「結構綺麗なコロニーだね」
きょろきょろと辺りを眺める名雪。なかなか自然が多く、こういう雰囲気は名雪は好きだった。
「へぇ、動物もいるのね。なかなか良い感じじゃない」
「うん」
留美と舞も気に入ったのか、顔には笑顔が浮かんでいる。
そんな四人の少女を見つめながら、少し後ろを歩く男二人。もちろん、祐一と浩平である。
「こうやって見ると、やっぱり女の子だよな」
「そりゃそうだろうな」
「ところで浩平」
「なんだ」
「その顔の腫れは一体なんだ?」
「聞くな。俺にもよくわからん。理不尽な暴力の結果だ」
「そうか。お前も大変だな」
「お前、まるでそんなこと思ってないだろう」
ばれたか、と言って祐一はからからと笑った。
そういえば、と呟き祐一は視線を前に戻すと、観鈴の方を見て、
「観鈴は確かここに友達がいるんだよな。会いに行かないのか?」
「んー、そうですね。なら、みんなで行きませんか?」
「俺たちも?」
「はい。きっと仲良くなれますから」
一方、その頃のグワンランはと言うと、
「暇だわ」
「暇だねー」
ものすごく暇を持て余していた。
まぁ、無理もない。アクシズを発って丸二日。あと一日ほどで月には着くが、目指すのはそこではない。カンナヅキが停泊しているコロニーだ。よってカンナヅキを探す時間も足されると考えれば、相当な時間がかかるに違いない。
わかっていたこととはいえ、いつも動いている杏やあゆには耐えられないことだった。
もともとおとなしい椋やさいかは占いやら読書やら料理の勉強やら裁縫やらで時間をつぶしている。いや、本人たちにすれば戦闘のない今の方が有意義なのかもしれない。
「いいわねー、あの子達は」
「うぐぅ、ボクも本を読もうかな・・・」
「あゆ。その台詞もう聞き飽きたわよ」
「だって椋さんの本はなんか難しいし、さいかちゃんが持ってる本って絵がないし。読んでてもすぐ飽きちゃうんだよ・・・」
だったら言うんじゃない、と杏は突っ込もうとしたが、それも今日何度も言ったことなので自重した。
「なんかおもしろいことないかな?」
「あったらとっくにしてるわねー」
「うぐぅ、だよね・・・」
そうやって二人は延々とこの会話を繰り返すことになる。
アルペロンコロニーの中央に位置する大型の病院。いたるコロニーから難病を抱えてここに来る人はあとを経たない。
故にでかい。実にコロニーの三割の面積を使った大型病院(見た目はほぼ要塞)が祐一たちの目の前に君臨していた。
「でかいな・・・」
「ああ。コロニーに入航したときから見えてたからでかいとは思ってたが、まさかこんなに・・・」
浩平と祐一が唖然とした表情でその病院を見上げる。ほかの面々も観鈴以外はみんな似たような表情だ。
「ここに友達がいるのか?」
祐一に、嬉しそうに頷く観鈴。久しぶりに会えることがすごく嬉しいようだ。
「それじゃあ、入るか・・・ん?」
祐一の視線の向こう、病院の入り口からなにか小さいのが走ってくる。
「なんだ?」
それは粉塵を巻き上げ、徐々にこちらに近づいてくる。やっと視認できたそれは、どうやら子供のようだ。
「・・・おい、ちょっと待て」
スピードは一向に遅くならない。しかもしっかり祐一の方へ向かってくる。このまま激突したらお互い洒落にならない。
あのスピードでは止まることはできないだろう。だから祐一は少し右にずれることにした。が、
カクン!
「はぁ!?」
その子供はまるで計ったかのようにこちらへと進路を変更した。そのコース、まさにドンピシャ。
ズゴッッッッッッッッッッッ!!
「ぐふぅ!?」
「わっ!」
その衝撃は脇腹直撃。あまりにも鈍い音を放ちながら祐一はきりもみ吹っ飛んだ。
そしてぶつかってきた方はというと、なぜか頭を抑えてうずくまるのみ。
「ゆ、祐一? 大丈夫?」
名雪の言葉に、しかし祐一は答えられる余裕はなかった。上半身は草むらに沈み、見える下半身はぴくぴくと痙攣している。
「あなたは大丈夫?」
祐一に駆け寄る名雪を見て、留美は子供―――少女の方へと近寄ってみる。
「いえ、すこぶる痛みます」
上げられた顔を見て留美は、そして浩平は驚愕した。
似ている。いや、似ているなんてものではない。瓜二つだ。・・・彼女と。
動きが止まってしまった留美たちの横から観鈴がスッと前に出てきた。
「どうやら大丈夫みたいだね」
「いえ痛いです。あまりの痛みに涙がちょちょ切れてしまいそうです」
「そ、そんなこと言える時点で大丈夫だと思うよ」
実際言うほど痛くなかったのか、その少女はすくっと立ち上がり、パンパンとパジャマの汚れを払っていた。
「・・・パジャマ?」
観鈴の当然の疑問に少女はいきなりハッとした表情になると、
「そうでした。風子はこんなことをしている暇はなかったのです」
少女はきりっとした表情で留美を見上げ、
「すみませんが、そこで地面に突っ伏している人が起きたら言っておいてほしいことがあるのですが」
「・・・い、良いけど。なに?」
「よそ見しながら歩くのは危ないと思いますと伝えておいてください。では、風子はこう見えて忙しいのでこれで」
言うだけ言うと、風子という少女は再び粉塵を巻き上げながら名の如く一陣の風となっていった。
その背中を見、観鈴の一言。
「よそ見してたはあなたの方だと思うけど・・・」
最もな意見である。
「こら、待てー! ふうちゃーん!」
と、また入り口の方から新しい人影が現れた。今度はやけにスピードが遅い。―――いや、普通なのだろうが、さっきの少女のインパクトが強烈過ぎてどうにも遅く見える。
「うわー、ふうちゃん速いよー。もうだめだー」
はふぅ、と聞いたら気が抜けそうなため息とともにそのショートカットの看護婦はへなへなと地面に座り込む。
その姿を見て、声を上げたのは観鈴だった。
「佳乃ちゃん!」
「え?」
その看護婦―――佳乃と呼ばれた少女は観鈴の顔を見ると、
「わわわー、観鈴さんだー!」
手を口に当て驚き、そして次の瞬間には嬉しそうに笑った。
「お久しぶりだよー。元気だった、観鈴さん」
「にはは。元気元気。そういう佳乃ちゃんは?」
「かのりんはいつも元気にやってるよー!」
ふん、と見た目にない力こぶを見せる佳乃。それを見て観鈴は「にはは」といつものように笑っている。
ここはアルペロン中央病院の長い廊下。軽く自己紹介を済ませたそこを計七人の人間がとことこと歩いていく。
「視線が痛いわね」
「そうだな」
留美の言葉に浩平が答えた。
七人が歩いている病棟は、アルペロン中央病院の中でも比較的病気の重い人間がいる病棟であるらしい。
そこを軍服を着た人間が歩いているのだ。周りの視線を集めてしまうのは無理もない。舞と観鈴は正式な軍人ではないので私服だが。
さて、そもそもなんでこんなところを七人は歩いているのかというと、
「ごめんね観鈴さん。久しぶりだからちゃんと腰をすえて話ししたいんだけど、まだ仕事が終わってなくて」
「あ、じゃあわたし手伝うよ」
「え、ホントに?」
「うん。ホントホント」
「わー、良い人だよ観鈴さん〜」
と、こういうわけである。その流れで祐一たちも付き合うことになったのだった。
そこでふと名雪が、
「そういえばさっきの子を追っかけてたみたいだけど・・・、あのままで良かったのかな?」
「うん、きっと大丈夫大丈夫。ふうちゃんは足は速いけどおばかさんだから、きっとそのうち捕まるよ」
「おばかさんって・・・」
笑ってそんなことを言う佳乃に、人は見かけじゃないんだな、と今更ながらに認識する名雪。
「それで、なにをするの?」
「まず検診かな。今の時間はそれやったら終わりだよー」
「にはは、了解」
観鈴と佳乃は確認し合い、まず最初の病室へと入っていく。
「はっ!」
そしてそこでベッドに座ってナイフで何かを彫っている先ほどの少女の姿があった。
「なぜ霧島さんがここにいるでんすか?風子を追ったのでは?」
狼狽する風子。それに対し佳乃は、
「あのまま追っかけてもふうちゃんには追いつけないから。それに、ふうちゃんって結構単純だからね。
もう振り切ったと思って病室に戻ってくるかな、なんて思ったわけでしてぇ」
最後にあはっ、と勝ち誇ったように笑う。その姿をむー、と睨み、しかしすぐため息を吐いた。
「わかりました。風子は潔いので素直に負けを認めることにしました」
「んー、さすがふうちゃん。良い子だねー。それじゃ、注射受けてくれるね?」
「お断りします」
きっぱりと、そしてなぜか胸を張って言い張る風子。
「えー、だって負けを認めたんでしょ?」
「いえ、それとこれとは話が別です。風子は霧島さんの策略にはめられたのです。
いわば、風子は被害者なのです。というわけで風子は断固拒否します」
「どういうわけかわからないけど・・・。そっか、ふうちゃんは注射受けてくれないのか」
「はい。残念ですが」
「そっかぁ〜。あ〜あ、これが大人だったら、負けを認めたなら注射ぐらい余裕で受けてくれるのに」
「注射、望むところです」
ころっと、そんな擬音語が聞こえてくるぐらいに態度が変わる風子に、佳乃は微笑み、他の者は多少唖然としている。
「うん。さすがふうちゃん。大人だね」
「はい。風子はどちらかといえば大人ですから」
その光景を見ていた祐一は背伸びしたい年頃なんだなー、とか考えていた。だが、祐一は風子の方が一つ年上だということをまだ知らない。
数分後。
「はい、おしまい。頑張ったねー」
「・・・今更ですが、うまく謀られた気がします」
風子は涙目で今しがた注射された腕をさすっている。その姿が気に入ったのか、
「はぅ〜、かわいいよ〜、抱いてみたいよ〜」
とさっきから名雪がうるさい。
と、そのときになって始めて風子は祐一たちの存在に気付いたらしく、
「・・・・・・」
じーっと眺め回し、浩平と目が合った瞬間、
ガタン!バタン!
と騒がしく動き回った挙句、病室の隅へと高速で移動していった。そしてさらにそこから浩平をしばらく眺めると、
「ふーーーーー!」
威嚇してきた。
「・・・いったい俺が何をした?」
「さあ? 本能が何かを告げてるんじゃない? あの子、どこか動物っぽいし」
「お前の方が俺よりよっぽど危険なのにな」
「何言ってんの。私、乙女よ? 危険どころか寄り付きたくなるわよ」
「本当の乙女は自分のことを乙女なんて言わない。それにお前は俺に数時間前なにをした」
「え、私何かした?」
「・・・お前、よくもいけしゃあしゃあとそんなことが言えるな」
そんな留美と浩平のやり取りが聞こえているだろう風子は、何を思ったのかゆっくりとベッドの方へと戻ってきた。
そしてごそごそとベッド脇の引き出しをあさると、そこから取り出したなにかを二人に差し出した。
「ん?」
「これは?」
二人はそれを受け取ってみる。それは自分で彫ったのか、木彫りの―――、
「手裏剣か?」
「星よね?」
「ヒトデです」
最後の風子の言葉に、一瞬時が止まった。
「・・・で、木彫りのヒトデをどうして俺らに?」
さきに衝撃から立ち直ったのは浩平だった。さすが昔はいたずらのスペシャリストと呼ばれただけのことはあって、この手のことには免疫ができているらしい。
「あげます。もらってください」
「良いのか? 大事なものなんだろ?」
「はい」
意図はわからないが、貰える物は貰う主義である浩平は貰うことにした。留美も一応それにならった。
風子は再び引き出しをあさり、同じものを四つ取り出すと、祐一たちの方へと駆け寄ってきた。そしてそれを差し出す。
「わたしたちももらっていいの?」
「はい」
名雪の言葉に風子は頷く。
「わ〜、ありがとう」
「にはは、ありがとう」
「ヒトデさん」
名雪と観鈴、舞も受け取る。この三人には割かし好評のようだ。
そして祐一。風子はしばし祐一を眺めると、
「あ、よそ見して歩いてた人です」
「それはお前だとあえて強く言ってやろう」
「いえ、風子はよそ見しているように見えて、実は360度全て見えているので大丈夫です」
「そいつはすごいな。それじゃあ今後ろに何がある?」
「壁です」
「んなものは誰にだってわかるわー!」
がぁー、と怒鳴る祐一。風子のテンポにリズムをかき乱されている模様。
「叫ばないでください。唾が飛びます」
「叫ばせてるのは誰だ!」
ぴっと、祐一の方を指差す。
「お前だぁぁぁ!」
そんな二人のやり取りを見て、名雪たちは思わず笑いだした。
その光景を、佳乃はただ嬉しそうに見ていた。
「あの子は伊吹風子っていって、今リハビリ中なの」
風子が検査ということで病室をはずしたとき、佳乃はそう話してきた。
「俺たちが聞いて良い話なのか、それは」
「本当はいけないけど、ふうちゃんが浩平くんたちのこと気に入ったみたいだから」
そう言った佳乃の顔は本当に嬉しそうで、なにより看護婦の顔をしていた。
「でも、あれはとてもリハビリ中には見えないんだが」
「そうだね。わたしにもすごく元気に見えたけど」
浩平に名雪が賛同する。
「頑張ってリハビリしたんだ。三年も眠り続けてたからね。筋肉がぜんぜん動かなくって」
三年眠っていた。予想をはるかに超える話に一同は驚きを隠せない。
だが、よくよく考えてみればここは比較的症状の重い患者がいる病棟。少しは気付いていても良かったはずだ。
「三年も眠ってたせいなんだろうねぇ。あたしより歳二つも上なんだけど、ちっともそんなふうに見えないんだぁ」
さらに全員を走る衝撃。佳乃の二つ年上ということは、祐一や浩平よりも上、舞と同い年ということになる。
「きっと、だから子供って言葉に敏感なんだろうね」
三年間空いた記憶。目が覚めれば、一緒に遊んでいた友人は、さぞ大人っぽく見えたことだろう。自分だけが取り残された感覚。置いてけぼり。
だから子供といわれることを嫌う。たとえ、言動が子供じみていても、本人は一生懸命大人でいようと頑張っている。
「まぁ、あれはふうちゃんの地の性格でもあるんだけどねぇ」
佳乃は小さく笑いながらそう付け足す。
「でもさ、やっぱり看護婦じゃできないこともあるんだよねー」
困ったなー、といった感じにため息をつく。
「祐一くんも浩平くんも舞さんも観鈴さんも名雪さんも留美さんもすっごく良い人だよ。きっとふうちゃんもそう思ってる」
そう言って祐一たちを見る目は優しくて、暖かい。観鈴の笑顔に良く似ている。
「だから、お友達になってあげてね」
その言葉に、五人は何を言うでもなく、ただ頷いた。
そんな六人を見、佳乃はあはは、と小さく笑う。
「やっぱり、みんな良い人だよぉ」
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それから約半日。
カンナヅキの補給は無事終了し、五人は再び風子の病室を訪れていた。佳乃もいる。
時は夕暮れ。紛い物の陽だとわかっていても、オレンジ色に染まる病室はどこか物悲しい。
「もう行くんだね」
「ああ。俺たちは連邦軍人だからな。あんまりこのコロニーに長居しちゃ、なにかとまずくてな」
祐一の返答にそっか、と呟く佳乃は少し寂しそうだった。
しかしもう仕方ないと割り切っていたのだろう。次の瞬間にはいつもの笑顔でいてくれた。
「ほーらぁ、ふうちゃん。言うことあるんでしょ」
ベッドに横になる風子は佳乃に促され、おずおずといった感じで祐一たちの方を見上げる。
「えと・・・」
風子にしては歯切れが悪い。佳乃が後ろから小さな声で「深呼吸だよ」と呟き、風子は頷くと言われたまま深呼吸した。
大きく息を吐き、風子は再び見上げる。ただ、今回は風子の瞳に迷いはなかった。
「みなさんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「それは、なに?」
名雪と舞が聞き返す。
「今度、風子の姉が結婚するんです」
「へぇ、それはおめでたいわね」
「うん。おめでとう」
「ありがとうございます」
留美と観鈴のお祝いの言葉に、風子は自分のことのように嬉しそうな顔をする。
姉のことをとても大切に思っていることは、そこにいる全員の人間に感じ取ることができた。
「それで、みなさんにも一緒に姉を祝ってほしいんです」
「祝うっていうのは・・・、結婚式に出席するってことか?」
「はい」
「なるほど。ようするにあの木製ヒトデは、そのために作ったものなんだな」
「はい」
浩平に風子は頷いてみせる。
「・・・やはり駄目ですよね」
風子は答えを聞く前に自分からそう言った。
これはいままで何度も繰り返してきたこと。だけど、返ってくるのは「どうして見知らぬ他人を祝わなくちゃいけないんだ」という台詞ばかりだった。
だが、
「こら、勝手に決め付けるな」
ぽん、と頭に軽い衝撃。それが浩平が載せた手だということに気付くまで数秒を用いた。
「もちろん行くさ。結婚式」
「・・・え?」
風子は目が点になる。
「なんだ、行ってほしくないのか?」
「いえ、そんなことはないのですが・・・。でも赤の他人の、しかも姉の結婚式ですよ?」
「他人じゃないだろ。俺たちは友達だ」
「え・・・?」
友達。今、この人はそう言ったのか。
浩平の後ろを見れば、そこにいる五人もみんな一様に頷いている。
その光景に、風子は不意に目頭が熱くなってきた。
「友達の姉さんの結婚式。出るのは当然だろ?」
浩平の言葉はどこまでも優しい。それを聞いて、風子は何度も何度も首を縦に振った。
「そう・・・ですね。そう、ですね」
泣くのは躊躇われた。友達と言ってくれた人のためにも、笑っていたかった。
「ありがとうございます」
その視界の片隅で、佳乃も嬉しそうな笑顔で、瞳に涙を浮かべていた。
「浩平は風子に優しいんだな」
病院からの帰り道、浩平の隣に立った祐一はそんなことを口にした。
「そうか?」
「あぁ。いつものお前とは考えられないくらいだ」
「・・・かもな」
浩平は立ち止まり空を見上げた。
その視線はいったいなにを見ているのだろう。その悲しげな瞳でなにを。
「・・・聞いちゃまずいことだったか」
「いや。ただな、似てたんだ」
「似てた?」
聞き返す祐一に、浩平は頷く。
「外見だけだけどな。死んだ妹にそっくりだった」
さらっと、浩平はそんなとんでもないことを言い出した。
「浩平・・・」
「もしかしたら、あの子に優しくしたのも無意識の懺悔だったのかもしれないな」
祐一にはよくわからない。わからなかったが、それでもその妹の死に浩平が責任を感じていることだけはわかった。
祐一は口を開き、しかし逡巡すると口を閉じた。
自分に言うことは何もない。何も言ってはいけない気がした。祐一はまだ、その領域まで踏み込んではいけない気がしたのだ。
しばらくの静寂。聞こえてくるのは風が吹く音だけ。
流れる雲を見上げ、浩平はなにを思うのか。
「・・・ちょっと辛気臭くなっちまったな」
浩平はそう言って頭をかくと小さく笑って見せた。
「戻ろうぜ。七瀬たちが待ってる」
言うだけ言って、浩平は再び歩き始める。
その背中を眺め、祐一はどこか浩平が自分と似ていると感じていた。
「良い子たちだったな」
ここはカンナヅキのブリッジ。
補給も終わり、アルペロンコロニーを出航したカンナヅキの艦長席で祐一は誰にでもなくそう呟いた。
「祐一はああいう子が好き?」
隣に立っていた舞がそんなことを言ってくる。
「なんだ、舞。妬いてるのか?」
ビシッっと、無言の突っ込みチョップが祐一の後頭部に炸裂する。しかも結構強力な。
「舞・・・、今のは結構痛いぞ・・・」
「祐一が変なこと言うから・・・」
そう言う舞の顔はほんのり赤い。と、
ビービー!
突如艦内にけたたましいアラートが鳴り出した。
「どうした!」
「四時の方向に、大型の熱源を確認! ライブラリー照合・・・、グワンランです!」
川口の報告に祐一は舌打ちした。
「祐一!」
「あの艦か・・・!」
「あらあら、どうやら運はこちらに傾いているようですね」
グワンラン艦首からカンナヅキを眺める秋子。
辺りを捜索することわずか数時間。まさかこんなドンピシャで見つかるとはさすがに思わなかった。
「この前の借りは返させてもらいましょう」
秋子は片手を挙げ、
「ビーム撹乱膜、ミノフスキー粒子、両散布。メガ粒子砲はメインからサブまでチャージ。MSの発進急いでください」
そして戦闘開始の烽火(のろし)を上げる宣言をする。
「メガ粒子砲、発射!」
その頃、佳乃と風子はリハビリがてらアルペロンの町に買い物に来ていた。
しかし、歩き行く人の様子は何かおかしく、そしてどこか慌てているようだった。
「なんだか騒がしいですね」
「そうだねぇ。いったいなにがあったのかな?」
もともと興味深いものには、すぐに行動するのが佳乃である。佳乃は身近な人に尋ねてみることにした。
「あのー、なにかあったんですか?」
「知らないのか?すぐそこで連邦とネオジオンがドンパチ始めたんだとさ」
「え・・・?」
連邦とネオジオンが戦っている・・・?
「その連邦って、ついさっきまでこのコロニーに停泊していた艦ですか?」
驚く佳乃に変わり、今度は風子が尋ねる。
「ああ、どうやらそうらしいね。まったく、ここは中立なんだから迷惑かけないでほしいよ」
その人は去り際、「あんたらも早く避難シェルターに逃げた方がいいぞ」とだけ告げていった。
しばらくその場に固まる二人。
しかし数瞬後、風子は突如として走り出した。
「え、ふうちゃん!?」
じっとしていられなかった。
姉の結婚式に出てくれると、自分のことを友達だと言ってくれた人たちが死んでしまうかもしれない。
それが嫌で、風子は走った。
あとがき
ビバ!風子!
はい、お久しぶりです。神無月です。
さて今回霧島佳乃&伊吹風子の登場です。
いやー、風子は難しいですねー。本編のはちゃめちゃぶりをどうにか生かしきりたくて奮闘したのですが・・・。すいません、執筆能力が低くて・・・。だが、見ていろ風子!仮にも風子マスターとなったからには、お前を使いこなしてみせる!(無理っぽい)
で、佳乃です。佳乃の登場でAIRメインヒロインはいち早く全員登場と相成りました。いや、まぁ、無論少ないからというのもありますが。まだ脇役の人たちは残ってますがね。
バキッ!
ごふぅ!い、いま、赤毛のツインテールが鳩尾に蹴りを・・・。ガクッ。
では冗談はここまでにしまして(笑)。次回は、もちろんバトルです!そしてあの「さすらいのカウボーイ」こと某人形遣いさんも登場!
それでは、また今度。