Episode ]]]\
【戦士、再び・・・(V)】
「どこ、どこなの・・・!?」
GDストライカーを駆る志乃まいかは秋生や渚から外れ、一人戦場を彷徨っていた。
ネオジオン、カンナヅキらなどその眼中には無い。
あるのは、ただ一つ。
殺したいほどに憎い、自らの姉だけだ。
しかし、そんなまいかの心境をよそにネオジオンのMSが殺到してくる。
「邪魔をしないでください! わたしは・・・!」
その一機を斬り捨て、まいかは叫ぶ。お前たちの相手をしている暇は無いと、その怒りを込めて更に敵のコクピットを撃ち抜いた。
だが敵は減らない。単機でグレミー派の跋扈するテリトリーに入ったのだ。それも仕方ないことだろう。
「ちっ・・・!」
周囲に展開するそれらのMSを苛立ちと共に睨みつけ、
「姉妹水入らずの戦場に首を突っ込むとは・・・野暮ですね」
突如下方から放たれたビーム群にそれらのMSは撃墜されていった。
「なっ・・・!?」
「なにを驚いているのです、まいか。・・・あなたにとっては幸いでしょう? これで・・・邪魔する者はいなくなったんですから」
静かなその声を、まいかはハッキリと覚えている。
憎き相手。両親を殺し、自分だけのうのうと生きている、裏切り者。それは、
「志乃、さいか・・・!」
「・・・」
見る先。そこにいま青に塗装されたキュベレイMkUがある。
そしてそこから感じ取れる気配は、間違いなく志乃さいかのもの。
ようやく見つけた。
そして復讐が果たせる。
その歓喜と憎悪に身体が沸き立ち、まいかはその衝動のままにビームサーベルを構えた。
「・・・相変わらず、わたしを憎んだままのようですね、まいか」
「そういうあなたこそ、相変わらず裏切り続けてるのですね。ハマーンを裏切って、今度はグレミーも裏切るのですか」
平気で仲間を殺す女。志乃さいかとはそういう女なのだ。
だから殺さなくてはならない。何物に変えても、これだけは。
そんなまいかに対し、さいかはどこか自嘲のような笑みを浮かべて、
「裏切り・・・ですか。まぁ、そうとも言えるかもしれませんけど・・・結局、わたしには仲間なんていないんですよ。
所詮わたしはマリオネット。都合の良い、替えの効く代用品でしかない・・・」
怪訝に眉を傾けるまいか。だがさいかのその独白染みた言葉もそこで終わりだった。
「まぁ・・・そんなことはどうでも良いでしょう。いまは・・・あなたとの決着を優先しましょうか」
「決着? はは、なんのことですか? ―――これは単なる粛清ですよ!」
「なら・・・それでも構いません。・・・どうでも良いですからとっとと掛かってきてください」
「っ! あなたはどこまで・・・!」
そのどこまでも人を舐めているような態度に、まいかの沸点は限界を超えた。
ブースターを激しく点火させ、GDストライカーは一気にその距離を詰めようとする。
さいかはすぐさまファンネルを動かし、その進路を断とうとするが、
「この程度の攻撃で!」
まいかがシールドマシンガンでファンネルを迎撃しつつ、ビームをシールドで防ぎ、そしてかわしながら着実に距離を詰めていく。
なかなかの動きだ。とても准尉レベルの動きには見えない。
積み重ねられた訓練、そして爆発した感情が上手い具合に交わっている。
―――いける!
まいかは確信する。これなら倒せると。これなら、
―――仇を、取れる・・・!
その想いが、まいかの背中を後押しする。いつもならば躊躇するであろう攻撃の隙間すら、いまはなんの思考もないままに機体を割り込ませる。
「これは・・・!」
「その程度ですか!」
振るわれるビームサーベルがキュベレイMkUの左腕部を切り裂く。
慌てて下がろうとするキュベレイMkUを、しかし逃がさんとばかりにGDストライカーは機体を突っ込ませる。
推進力ではGDストライカーの方が上だ。距離は詰まり、まいかが必殺を確信し、
「相変わらず、愚かなまでに直情型ですね。あなたは」
「!」
その瞬間、残った大半のファンネルがGDストライカーの周囲を囲んていた。
「くっ・・・!」
咄嗟にシールドを構えるが、一箇所に集中放射されたビームはそのシールドを破壊する。
どうにかそれだけで済ませたまいかは、しかしそれでもなお直進を止めようとはしなかった。
後ろへ下がるわけにはいかなかった。
それはもう、ただ愚直なまでの精神論。下がれば、それこそこの姉に負けを認めるのと同義だと、まいかはそう思っている。
だからこそ下がらない。例えこのまま進むことがどれだけ危険であろうとも、
この敵は、いままで自分が生涯を賭けて追い求めた仇なのだから。
「はぁぁぁ!」
浴びせられるビームの中を、ただ突っ込む。回避などない。それがコクピット、あるいは動力部に当たればそこで終わり。
わかっていながら、それでもまいかはただ真っ直ぐに突き進む。
「まいか。あなたは・・・!」
「志乃さいか! あなただけは・・・!」
後ろへ下がるキュベレイMkUに、前を進むGDストライカーが追いつく。距離は、届いた。
「死ねぇぇぇ!」
ビームサーベルを突き刺さんと振りかぶるまいか。
だが、キュベレイMkUを守ろうとするかのようにファンネルが集まる。
「!」
終わった。
ここでビームが放たれれば、ビームサーベルが届く前にGDストライカーは破壊される。
だから、それで終わりだ。
・・・否、終わりのはずだった。
「・・・え?」
疑問の声は・・・まいかから。
無理も・・・ない。
なぜなら、未だにまいかは生きていて―――そしてGDストライカーのビームサーベルは間違いなくキュベレイMkUの動力部を刺し貫いていた。
「な・・・どう、して・・・?」
いまのタイミング。間違いなく先手を取れたのはさいかのはずだ。それなのに、どうして・・・?
「・・・結局、最後まで・・・非情には・・・なり、きれません・・・でした、か・・・」
届くのは、途切れ途切れの姉の声。
その声音に―――昔感じた優しい姉の声を、まいかは確かに聞いた。
「いえ・・・これこそ、わたしが望んだ・・・終焉、ですね・・・」
「ど・・・どういう、ことですか!?」
しかしさいかは答えず、GDストライカーを突き放すように殴り飛ばした。
「きゃあ!」
突然の衝撃に揺れるコクピットの中、遠のいていくキュベレイMkUをまいかは見る。そして、目を見開いた。
キュベレイMkUを囲うように、いまファンネルがある。しかもその銃口は・・・自身に向いて。
「なにを・・・!」
「まいか。・・・ごめんなさい。弱い、お姉ちゃんを、許してね・・・」
ふ、とさいかは小さく笑い、
「わたしは・・・願います。・・・あなたが、ただ・・・幸せに生きていけるように・・・」
「!?」
「さようなら。・・・わたしの大切な、まいか」
刹那、周囲のファンネルがビームを放ち、その全てがキュベレイMkUのコクピットを撃ち抜いた。
「なによ、それ・・・」
爆発に飲まれ消えていくキュベレイMkUを見つめ、まいかはただ何かを否定するように大きく首を振り、
「なんなのか、なにもわからないよ、お姉ちゃん!」
一際大きな爆発を浮かべ、キュベレイMkUは―――志乃さいかは、消滅した。
「なん・・・なんですか・・・」
そこに・・・何故か仇を果たした歓喜は無く・・・。
ただ胸に浮かぶのは、寂しさと悲しさだけだった。
「なんなのか、なにもわからないよ、お姉ちゃん!」
さいかは、爆発の瞬間、確かにその声を聞いた。
―――あぁ、また・・・わたしのことを姉と呼んでくれるんですね。
それだけで心が満たされるのを・・・さいかは静かに感じていた。
―――わたしさえしっかりしていれば、こんなことにはなからなかったのに・・・。
・・・志乃家はサイド5で有名な会社を創設した家系。しかしその頃の当主夫婦は、子供の生みにくい体質をしていたらしい。
そんな中、どうにかして生まれてきたのがさいかであった。
待望の子供。両親は歓喜し、長女であるさいかはその会社を受け継ぐ重要な跡取りとなる・・・はずだった。
だが・・・志乃さいかは、生まれてすぐに大きな病気を患った。
その病気のせいで教育も上手くいかず、両親はただ罵詈雑言をさいかに押し付けるだけになってしまう。
『どうしてこんな病気にかかってしまうの!?』
『これじゃあ、跡取りにならないじゃないか!』
『希望を与えるだけ与えて・・・これなら最初から生まれてこないほうがまだ良かった!』
そんな言葉をぶつけられて、さいかの精神は徐々に磨耗していく。だが、それでもさいかは必死に頑張ったのだ。
両親の期待を裏切った自分が悪い、と。だからなんとか笑みを浮かべ続け、頑張っていたのだ。
だが、そんなさいかを無視して、その両親は次の手を考えた。
さいかのクローンを作ったのだ。
それこそ志乃まいか。戸籍上は次女となる、志乃さいかのコピー。
それは、そう。『病気に掛からなかった志乃さいか』の具現として、両親の愛情を一心に注がれて育っていった。
さいかは、もはやあって無い存在だった。
だが、救いはあった。まいかがさいかに懐いてくれたのだ。
それだけで心が救われた。自分はここにいて良いのだと、そう思えたから。
・・・だが、それも長くは続かなかった。
まいかが跡取りのための勉強としてコロニーを離れていた時。
両親は車の事故であっさりと死んでしまった。
そして連鎖反応を起こすように、さいかもまた病で息を引き取った。
その時頭を占めていたのは、ただ一つ。
ただ一人残ってしまう、まいかのことだけだった。
・・・そして、気付けばさいかはイリスとして蘇生していた。
さいかは喜んだ。病気も消えた。自由に動ける。そして、これでまいかを守れる、と。
だからさいかはジオンの研究施設を脱走し、まいかのいるはずのコロニーへ舞い戻った。
・・・だが、そこでさいかが見たものは、憔悴しきって人にすら見えないまいかの姿だった。
父が死に、母が死に、姉まで死んだと思っているまいかは、それこそ生きる希望を見失っていたのだ。
自殺をしようとしたことも、何度もあるらしい。
けれど、さいかは大丈夫だと思った。自分だけはここにいる。だから守っていける、と。
しかし、さいかを見つけ目を見開いたまいかの第一声は、
『どうしてお姉ちゃんだけ生き残ってて、お父様もお母様も死んでしまったのですかッ!!』
そんな、悲しみと怒りを孕んだ激情。
あぁ、と。さいかは自分でも不思議なほどあっさりと理解した。
まいかは両親に愛されていた。あれだけ愛されて、まいかも愛さないはずは無い。
結局のところ、さいかの存在はその両親と比べればただただ小さいものでしかなかったのだ。
自分が生きていることでまいかの救いにはならないと思った。生きているだけじゃ駄目なのだと、思った。
このままではまた、自殺をはかるだろう。そして、いつか本当に死んでしまうかもしれない。
それは嫌だった。まいかがどうであれ、さいかにとってまいかの存在は間違いなく救いだったのだから・・・。
だから、さいかは、言ったのだ。
「あの男と女を殺したのは・・・わたしですよ」
憎しみは、生きる願望へと繋がった。
だからさいかはジオンに戻り、ネオジオンに渡り、MSに乗った。大儀など関係ない。ただ、名を。名を上げたかった。
わたしはここにいる、と。
だからわたしを殺すためにここに来い、と。
そしていま、その目的は果たされ―――そして、自分の役目もようやく終わる。
―――まいか。
わたしの、愛しいまいか。
死に逝く悲しみはない。あるのは、大きな充足感。
いま、微笑んでいる。微笑んでいられる。その自覚を、心地良いものとさいかは思い、
―――ごめんね、さようなら。
意識は、真っ白な世界に消えていった。
「はぁぁぁぁぁ!」
ジャムル・フィンから放たれたハイメガキャノンが宇宙を切り裂く。そのあまりの破壊力、余波でそばの機体が消し飛んでいく。
「よくも、よくも椋と勝平を!」
さらに背中から数十発のミサイルが放たれ、シュンのノイエジールUαに襲い掛かる。
が、その向かってくる破壊の象徴を目の前にしてもなお、シュンの薄い笑みは崩れない。
「無駄だよ」
見た目とは裏腹の機動性でハイメガキャノンを回避、襲い来るミサイル群はそのほとんどが間近でファンネルのビームに堕とされる。
「まったく、なにをそんなに怒っているのか僕にはわからないなぁ」
「あんたが、あんたが椋と勝平を殺したぁぁぁ!」
「そんなこと、戦場に出たからには覚悟してたことじゃないのかい? それともなにかな?
君は目の前で死んでいく数多くの兵士を見ながらも自分たちだけは死なないとでも、そんな夢のような幻想を抱いていたのかな?」
「―――っ!!」
その嘲るような笑いが憎い。そんな笑みを見せるな。見れば見るだけ怒りが、悔しさが、不甲斐なさが募る。
「そうだとしたら、君たちはよっぽどの愚か者だね。戦場はそんなに甘くないんだよ」
シュンの言っていることは正しい。そんなことはよくわかっているし、自分だってそれなりの覚悟はしてきた・・・つもりだった。
でも、駄目だ。初めて知った。
自分が死ぬ覚悟だけでは駄目なのだ。・・・大切な人が死に逝くことも覚悟しなければいけなかった。
「戦う以上、誰かが死ぬんだ。君が今まで撃ってきた人間にだって家族はいるし、恋人がいるんだよ?
なら、自分がその立場になることも考えるべきだろう?」
わかっている。わかっているけど・・・!
「だけど・・・」
「ん?」
「だけど・・・、大切な人のために、守りたい人のためにあたしは戦ってきた。それを・・・!」
「そう。君の言っていることは正しいよ。大体の兵士はみんなそうだろう。軍の大儀なんて関係ない。守りたいものがそこにあるから戦う。でも」
そこでシュンは一呼吸。
「それは、僕に言わせれば滑稽以外のなにものでもない」
「っ! あんたはぁぁぁ!」
怒りが振り切れる。
何を考えるでなく、メガビーム砲を撃ちまくる。シュンはよけるつもりもないのか、動かずに、
「ハハハッ、そう怒ることでもないと思うけどね? 所詮、人間なんて滑稽な生き物だよ。君も、僕も含めてね」
放たれたメガビーム砲はノイエジールUαのIフィールドによって遮られる。
「自分の大切な人を守るために、誰かに大切に思われているかもしれない人を撃つんだ。それを滑稽と言わずになんて言う?
人間なんてそんな自己主義の塊さ。誰だってそうだ。そうでなければ戦争なんて起きないし、起きたとしてもすぐに気付くだろう?」
「そうね、確かにそう。あんたの言ってることはいちいち正しいと思う。けどね・・・!」
ジャムル・フィンがMA形態に変形、ノイエジールUαへと突っ込んでいく。
「大切な人が死んだときに何も感じなかったら・・・それはもう人じゃない!」
「僕はその人という種族が愚かだと言ってるんだけどね」
焦る素振りも見せず杏めがけシュンはビーム砲を撃つ。
それは杏と同等か若干劣る程度の射撃。しかし、それでも脅威なのは違いない。かわすことに専念する。
「君じゃ僕は殺せないよ。なんと言ってもMSの相性が悪すぎる」
「うるさいわね!」
そんなことは言われなくてもわかっている。
ビームはIフィールドに遮断され、ミサイルはファンネルによって堕とされる。ノイエジールUαを堕としたいならば接近戦を望むべきなのだろうが、あいにくジャムル・フィンに接近武器はない。
ならば、どうやって墜とすか。
・・・そんな方法は一つしかない。
「・・・ん? まさか君・・・」
シュンも気付く。杏の思惑に。
「自爆する気かい?」
にっと、杏の口が釣りあがる。
さっきからシュンの攻撃をかわしてはいるが、必ず前方に―――つまりシュンの方向へと移動している。接近武器のないジャムル・フィンが接近する理由などそれしか考えられないだろう。
「僕を殺すかい? 僕にも大切に思っている人はいるし、僕のことを大切に思ってくれている人だっているのに?」
「あんたがそれを言うの!?」
「君の言っていることはそういうことなのさ。そしてこの連鎖が新たな憎しみを生み・・・戦争に終わりは来ない」
ノイエジールUαの回りに浮いているだけだったファンネルがこのときになって初めて動く。
撃ち出されるビームの嵐を全てかわすことを杏は不可能と判断。器用に当たっても墜ちない場所へとビームを誘導する。
「もってよ、ジャムル・フィン・・・!」
命など最早どうでもいい。ただ、シュンにぶつかるまでは墜ちることは出来ない。
「君ってさ、根性あるよね。つくづく思うけど」
ファンネルを展開しつつビーム砲を撃ち続けるシュン。いまだその笑みは崩れない。
「余裕ぶっていられるのも・・・ここまでよ!」
そのビーム群を突き抜けていくジャムル・フィン。その距離、既にわずか。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
杏の咆哮と共にジャムル・フィンはノイエジールUαに見事直撃。そのまま腕でがっちりホールドし、逃がさないようにする。
そして杏は自爆するためのコマンドを素早く入力し、
「あんたと心中ってのは癪だけど・・・、一緒に地獄に落ちましょうか!」
「フフフッ、それはなかなか魅力的なお誘いだけど・・・、でも地獄に落ちるのは一人でいい」
シュンがそう言うと、ノイエジールUαの腕からビームサーベルが出現する。
「!」
そしてそのビームサーベルは、ジャムル・フィンの中心を貫いた。そのまま横に薙ぎ、
「え・・・?」
下半身が切り離され、ノイエジールUαから離れていく。―――コクピットも含めて。
「な・・・、どういうこと!」
「いや、勘違いしてもらっちゃ困るよ。別に助けたわけじゃない」
「あんた!」
ジャムル・フィンのエンジンは上半身に残ったままだ。自爆するのはそちら・・・、つまりシュンのほうだ。
「君はもっと迷うべきだ。戦争の意味。あるべき姿。その矛盾。悩みに悩んで苦しむと良い。
その苦悩を思えば、君にとっては生きることの方が地獄だよ」
いまだ活動するジャムル・フィンのブースターはそのまま杏からノイエジールUαをつれて離れていく。
「さいかは・・・どうやら先に逝ってしまったようだね。けれどこの感覚・・・彼女自身は納得して逝けたみたいだね。
それに聖。・・・彼女はもう、戻れない領域にまで手を出してしまったみたいだね。彼女も、ある意味で可哀相な存在だけれど・・・。
さて、そろそろこの舞台の幕も閉じる。最後まで見届けられないのは残念だけど・・・、僕にその資格はないからね。
ま、その役目は君に任せるとしよう」
「シュン!」
「僕はもともと死んでいる人間だからね。これで良いのさ。・・・さよならだ、藤林杏。君はなかなかにおもしろかったよ」
「あんた・・・!」
「悪いね、君に背負わせて。でも・・・僕はこの戦いを乗り越えちゃいけない。さいかや、他の兄妹たちと一緒に・・・ここで果てるさ」
その言葉を最後に、ノイエジールUαは閃光へと消えた。
その光景を見、杏は激しく拳をモニターに打ち付けると、
「勝ち逃げなんて・・・、卑怯じゃない・・・!」
悔しさに、涙が溢れた。
「ほらほらほらぁ!」
ビームやミサイルを惜しげもなく乱発しながら、真琴はただ愉快だと言わんばかりに笑いをあげていた。
どこを見てもどこを見ても敵だらけ。つまり、やりたい放題というわけだ。
はは、と真琴は口元が崩れるのに気付かず、どこか血走った目で辺りを見回す。
撃っても撃ってもキリが無い。倒しても倒しても沸いて出て、そして自分に殺されていく。
実に愉快だった。
身体には快感の波が押し寄せ、他を圧倒するという結果が真琴の心をさらにヒートアップさせていく。
そうして目の前の敵が一掃され、また新たな敵目掛けて撃ちまくろうとした瞬間、
「む」
横合いから現れた純白の機体がその敵MS部隊を撃墜させていった。
「なによ、むかつく・・・!」
あれは横取りだ。自分の狙った獲物を横取りする、嫌な奴だ。だが・・・、
「ふん、どいつもこいつも所詮は一緒よ。まとめて墜ちちゃえ!」
真琴はその突如現れた白い機体に照準を合わせ、積んである武装を一気に撃ち込んだ。
機体を覆わんばかりに放たれたビームとミサイルの嵐。かわす隙間などどこにもない。これでまた一機邪魔な敵が消えたと笑みを浮かべ、
「なっ!?」
しかしその機体はとんでもない機動を見せてそれらを全弾回避してのけた。
真琴の腕が悪いわけではない。むしろ真琴の射撃能力は強化処理によってかなりのレベルにまで押し上げられている。
だが―――相手が悪かった。
このグレミー派のMSが蔓延るこの宙域に単機で突っ込んできた白き機体。
その名はアテナ。・・・パイロットは、天才と謳われた元連邦のパイロット。水瀬秋子。
「あれは・・・連邦の新型ですか。こんなときに・・・」
秋子は、その通常の兵なら絶対にかわせなかったであろう攻撃すら、特になんの感慨もなく回避していた。
彼女にとってはあの程度の射撃苦にもならない。そういうことだ。
そして、秋子にとってそんなたいしたことのない相手はむしろ無視したいという心境であった。
秋子の狙いは現状、霧島聖ただ一人。自分の艦隊が劣勢であるとわかっているからこそ、速やかに倒す必要性があった。
だから秋子は真琴の乗るΔガンダムに背を向けて、ここから去ろうとした。
「っ・・・!?」
だが、その行動こそが自信に満ち溢れた真琴のプライドを大きく傷付けた。
「その態度・・・むかつくのよぉー!」
真琴はリフレクターインコムを射出し、ビームを乱射する。適当に撃っているように見えて、しかし正確に狙われた攻撃だ。だが、
「甘いですよ」
秋子はそれらをやはり容易く、なんの苦もなく回避し続けた。
「〜〜〜っ!!」
真琴の怒りは頂点へ。そして秋子は嘆息しつつ振り返り、
「やはり見逃しては貰えませんか・・・なら、仕方ありません」
奔るビームの中、秋子はシールドの内側からビームトマホークを取り出し、Δガンダムに向かって突っ込んでいく。
相対速度により命中率は上がりそうなものだが、しかしどうしても真琴の攻撃は当たらない。
「なんで、どうして当たんないのよぉぉ!」
まるで攻撃自体が秋子を避けているかのような、そんな光景。どう射線を動かしても、かすりもしない。
そうこうしている間に秋子はどんどん近付いてくる。
「・・・っ!」
事ここに至って、真琴は初めて『恐怖』というものを感じ取った。
そして―――それを感じ取った時点で勝敗は明らかだった。
「く、来るなぁ!」
墜とすため、というより近付かせないためという恐怖が生み出した一撃。ハイメガキャノン砲が撃ち出されるが、
「無駄です」
やはりというか、事もなげにそれはかわされた。
既に距離は近接戦闘を可能とする一歩手前。ここで真琴は焦りから機体を後ろに下げようとしたが、全ては遅かった。
「逃がしませんよ」
アテナの胸から放たれるメガ粒子砲がΔガンダムの頭部を直撃する。
「うわぁ!?」
消え去るモニター。恐怖に駆られ、真琴は震える手でサブモニターに移行し、
「ひっ・・・!?」
見た。
白き死神が、その光の斧を既に振り上げているところを。
―――死ぬ?
そう思い、
―――嫌だ!
そう思った。
「真琴は、まだ、足りない! 殺し足りない! 真琴は、だって、そう、真琴は、殺すために、生まれ、だから、嫌、だ、駄目、死にたくな―――」
焦りと恐怖により混乱し支離滅裂に並んだ単語もそこで途切れた。
死の自覚はあったかなかったか。
真琴の乗るΔガンダムはアテナのビームトマホークに真っ二つに叩き斬られて―――虚空に散った。
しかし、その秋子はもう既に意識を別のところに向けていた。
秋子の頭を占めている相手はただ一人。
霧島聖だけなのだから。
佐祐理はインフィニティでカンナヅキに近寄る連邦軍のMSを次々と撃墜していった。
数の上では最も多い連邦軍。だが、その勢いは確実に減ってきている。このままなら、そう遠くないうちに連邦は撤退するだろうと踏んでいた。
だが、
「来ますか・・・!」
Σガンダム。連邦の新型機。
ゼオン部隊を一機で全滅させたその黒き機体は、まさに威風堂々。圧倒的な威圧感を醸し出していた。
佐祐理はこの相手と戦ったことはほとんど無いが、あの『白銀の狼』とまで呼ばれた智代を一人で押していたというだけでその実力はわかる。
手強い相手だ。だが、
「負けるわけにはいきません・・・!」
MA状態で向かってくるΣガンダム。それ目掛け、メガビームライフルとバスターキャノンを一斉発射する。
「・・・!」
それに反応したΣガンダムのパイロット、茜はすぐさま機体を旋回させ、危なげなくその攻撃を回避する。
「あのときの新型、ですか。・・・しかし」
茜は機体を浮かせ、背部からフェイダルアローを全弾射出しつつ一回転するように機体を滑らせながら変形。MS状態になりビームを放つ。
「!」
縦横無尽に迫る銀の矢。しかしそれにばかり気を取られていてはワンテンポ遅れて放たれるビームの餌食になる。
上手い戦法だ。やはり並の相手ではない、と佐祐理は思いつつ機体を一気に横にずらす。
追いかけてくるフェイダルアロー。それに向けてミサイルを放ってみるが、それらはミサイルを貫通しながら爆発を背にそのまま迫る。
「厄介な武器ですね、これは・・・!」
佐祐理はシールドの先端からビーム刃を展開し、それらを打ち払う。
どれだけの強度なのか、ビームで切り裂くことも適わない。しかし、どうにか弾き飛ばすことはできる。
だが、そんなことをしても解決にはならない。弾き飛ばしたところですぐにフェイダルアローは茜の意のままに動き出すのだ。
このままではジリ貧である。ならば狙うべきは、
「本体・・・!」
インフィニティがスラスターを全開に噴かし、鋭角の挙動でフェイダルアローを回避。
「くぅ・・・!」
無茶な機動はそのまま衝撃となり佐祐理の身を襲うが、歯を食いしばりただ前を見る。
メガビームライフルを撃ち続けるΣガンダムにバスターキャノンを放ち、それを回避するため上へと移動したところを、
「そこです!」
それを狙っていた佐祐理が疾駆しながらメガビームライフルを連射。
しかしそれは移動中に変形したΣガンダムの完璧な機動によって全弾回避されてしまう。そして更にそのまま突っ込んでくるΣガンダム。
「これなら・・・、ファンネル!」
佐祐理の意思に呼応し、ファンネルがバックパックから射出され、Σガンダムへと群がっていく。
しかし四方八方から飛び交うビームを、それでもΣガンダムは華麗にかわし続けた。
そしてΣガンダムはインフィニティの近くで変形を解除すると同時にビームサーベルを抜き放ち、
「っ!」
それをメガビームサーベルで受け止め、弾ける光が二つの機体を淡く照らし上げた。
その中で、佐祐理は思わず問いかけていた。
「あなたたちは・・・なんのために戦っているのですか!?」
「・・・なんですか、突然」
「いまの連邦が正しいことをしていると・・・本当に思えるのですか!?」
「・・・そんなことですか」
ひどくつまらなそうに、茜は答える。
「そんなもの、関係ありません。撃たなければ撃たれる。それだけですよ」
「なっ!?」
「別に驚く必要はないでしょう。それが戦争というものです」
「それだけの理由で・・・!」
「それだけ?」
鍔迫り合いが弾け、茜のフェイダルアローが襲い掛かる。
それを必死に回避するインフィニティを見つめながら、茜は静かに続ける。
「それが全てでしょう。それが人間という種の性。それが人間を支配する悪」
所詮戦争は損得、憎悪、恐怖。その三つから生み出される不協和音に過ぎない、と茜は語る。
確かにそうなのだろう。それは佐祐理とて納得できる。しかし、
「でも、それを続けていては本当に人は殺し合うしかなくなってしまいます・・・!」
「では、どうしろと? 話し合いで平和に解決ですか? ・・・そんな平和、そんな正義、力のないものが振りかざす戯言に過ぎません」
「そんなことはありません!」
「何を激情的になっているのですか? あなたも話し合いでは終わらないと思っているからここにいるのでしょう? 戦っているのでしょう?」
「そ、それは・・・!」
「あなたも今まで自らの正義の名の下に幾人もの人を撃ってきたはずです。そのあなたが、私にそんなことを言う資格があるとでも?」
茜の問いかけは、佐祐理の心に深く突き刺さる。
もしかしたら、茜の言う通りなのかもしれない。
声高に平和を唱えながらも、やっていることは戦い。ネオジオンとも連邦とも変わらないのかもしれない。
そうして自分たちの意思を押し通すために、ここで手に掛けた命もある。
だが・・・、違う。
「だけど・・・」
自分たちはネオジオンとも、連邦とも違う。
「だけど、佐祐理たちは・・・!」
たとえ、いま行っている行動が同じだとしても、目指すべき道は二つとも間違っている。
人間は、道具でもなければ数字でもない。
結局ジオンの血で争いを広げるネオジオン、自らの天下を指し示すため人を物としか考えない連邦。
それでは駄目なのだ。それでは戦いも憎しみもどこまで行っても終わらない。
だから、いま。自分たちは―――、
「戦いを終わらせるために・・・。人が人でいられる、そんな世界を望むから・・・佐祐理たちは、ここにいるんです!!」
「人が人で、いられる・・・?」
佐祐理は両脇から迫るフェイダルアローに対し、メガビームライフルを向けた。
狙うのは、本体ではない。ビームサーベルで切り払えないものをビームで撃ち落とせるかは疑問が残る。
だから佐祐理は、ある一箇所。そこだけを狙い、トリガーを引いた。
「なっ!?」
命中。それは・・・フェイダルアローを動かしている、推進部。
フェイダルアロー自体を破壊できないのなら、要は動かないようにすれば良いだけのこと。
「そう、人が人でいられる世界。強化やクローンやイリス・・・。そんな風に命を弄ばれない世界を―――」
ファンネルが舞う。
先と同じく、狙うのはフェイダルアローの推進部。機敏に動き回るファンネルは、フェイダルアローのそれを的確に貫いていく。
「作ってみせます!」
次々と行動不能に陥らされるフェイダルアローを、茜は焦って回収しつつ、
「そんな・・・」
浮かぶ感情は・・・激昂だった。
「そんなこと、できるはずがないでしょう!?」
「!」
「人は憎しみの連鎖を忘れません! そして人はただ上を目指し、全てを望み、互いを食い合う! 戦争は起こり、止まりません! そして!」
ΣガンダムはMA形態へ変形、そのままファンネルの網を掻い潜り接近してきて、
「戦争が止まらなければ、人は勝つことだけを考え、どんなものにでも手を出し始める! 人体実験も、その一つ!」
インフィニティの横を突っ切った瞬間に変形を解除、振り向き様にビームを放つが、佐祐理はこれをシールドで防御した。
「人が人でいられる世界?」
ハッ、と。茜は嘲笑を浮かべ、
「そんな世界が作れるのなら・・・人はここまで狂ってはいませんよ!」
「だからこそ! 止めるんです! これ以上、人が道を踏み外さないためにも!」
「それをするというのですか!? あなたち程度で、一体なにができるというのですか!?」
「佐祐理たちはたとえ人数は少なくても、強い想いを持っています!」
「想いだけで人が救われるなど・・・!」
「ですが、想い無くして人は動きません!」
激突するビームサーベル。打ち払い、薙ぎ払い、切り結び、
「なぜ駄目だと諦めるのですかっ!? なぜ、立ち向かおうとしないんですかっ!?」
「わかっているからですよ! どうしたところで、この連鎖が止まらないということを!」
「未来を決め付けないでください! 未来は・・・自分たちの手で作り出すものです!」
「未来・・・?」
ギリ、と茜は唇を噛んだ。
自分が愛した一人の青年は、その未来すら見ることなく死んでいった。
戦争の道具として強化処理を施され、そして耐え切れず死んでいった。
・・・戦争の道具として。その失敗作として。無為に。
あのときに茜の心は壊れた。もうどうでも良くなったのだ。
死にたかった。だが運命は残酷なもので、茜は数いる強化人間の中で最も強力な存在として生き残っていた。
なんて末路。周囲には強化に失敗した屍が累々と転がっているのに、死にたいと願った自分が生き残るという、この結末。
加えて同じ小隊として組まされた友里と真琴は既に性格まで歪められていた。
その姿を見るだけで、吐き気がした。まるでお前だけのうのうと生き残りやがって、と死んでいった者たちが言っているような気がしたから。
その憤りとやるせなさを、茜はただぶつけていたのかもしれない。
「未来なんて・・・」
唯一許された世界、戦場という、その場所で。
「未来なんて私には無いのですッ!!」
気迫を乗せて、茜はビームサーベルを叩きつける。だが、それをシールドで受け止めながら、佐祐理はそれでもなお言葉を発し続けた。
「世界の未来だけでなく・・・あなたは自分の未来さえ諦めるのですか!?」
佐祐理は、その茜の物言いがひどく癪に障った。
しかし、その理由はとっくにわかっていた。
似ているのだ。昔の自分に。
戦争は仕方ない、ネオジオンにいるのだから仕方ないと決め付けた世界の未来。
ネオジオンにいるから親友と戦うのも仕方ない、殺すのも仕方ないと決め付けた自分の未来。
そうして決め付けて、そこから先を見ようとしない。そこから動こうとしない。
だが、いまの佐祐理なら理解できる。
それがただの逃げであると。
ただ考えることを捨て、流されるままに動くことで全てに目を瞑ろうとしているだけなのだと。
だから、
だからこそ、佐祐理は思った。
「未来が無いはずがありません。それを決めるのは誰でもない、自分なんです・・・!」
「まだ言いますか・・・!」
「言い続けます! 佐祐理は、あなたと似てましたから!」
「!」
この少女を、ただ救いたい、と。
「佐祐理は馬鹿ですから・・・そうだと理解するまでに多くの時間を必要としました。多くの人たちの言葉が必要でした。
その過程の中で大切な人を亡くしましたが・・・それでも、大切な人が死んだ悲しさを知るからこそ、佐祐理は戦争を止めたいと、強く思います!」
「大切な人が死んだ・・・悲しさ・・・?」
「そうです! あのときの張り裂けそうな胸の痛み、ぽっかりと開いた喪失感・・・。佐祐理は、いまでも忘れられません!
そしていま世界は、全ての人にその感情を強要してるんです! そんなの駄目です、悲しすぎます!」
茜の攻撃が不意に弱くなった。それを感じ取り、佐祐理は想いを紡ぐ。
「人の命は! 戦争なんかで消えて良いものじゃないはずです!」
「!?」
茜は、ふと大好きだった青年を思い出した。
その笑顔を、茜はいまでもはっきりと覚えている。・・・思い出せる。
『茜。俺たちがもっと大きくなったらさ』
友里も、真琴も。強化処理を受けた全ての者は失くしてしまった物を、茜はいまでも思い出すことが出来る。
『結婚して、子供を生んで・・・もっと幸せになろう。いま以上に、もっと・・・』
その言葉を。あの日の、光景を。
「・・・っ」
その青年も、戦争のせいで死んだ。
そしていま、この悲しみを感じている者が多くいる。
そしていま、この悲しみの連鎖を止めようと足掻いている愚か者たちがいる。
それはとても滑稽で、馬鹿みたいで、根拠も何もないものだけど・・・、
「・・・・・・」
Σガンダムのビームサーベルが、消失する。
驚く佐祐理を真っ直ぐに見据え、茜は呟いた。
「あなたたちのしていること。それは滑稽で、馬鹿みたいで、根拠も何もないものですけど・・・、でも、見届けたくはなりました」
「あ―――」
「そこまで言うのなら、見せてみてください、私に。・・・人が人でいられるという、そんな世界を」
「あ、あの!」
言うだけ言って茜はインフィニティから距離を取ると、MA状態に変形。それを見た佐祐理が慌てて制止の声を投げ掛け、
「なんですか?」
「あ、えっと・・・佐祐理は、倉田佐祐理っていいます。あなたは?」
茜は一瞬だけ躊躇し、しかし・・・わずかに微笑を浮かべ、
「里村茜、です」
そうして、茜はΣガンダムを飛ばした。向かう先はグレミー派の方向だ。どうやら、こちらにはもう攻撃しないという意思表示らしい。
それを見て取って、佐祐理は安堵の吐息をこぼした。
「・・・佐祐理も、あながち捨てたものじゃないですね」
有紀寧に救われた自分の未来。
そしていま、自分は茜の未来を救う手助けを出来ただろうか・・・?
出来たのなら、それはとても嬉しいことだと、佐祐理は思った。
「ふははは、あーっはっはっはっはっはっはっ!!」
聖は、ただ狂ったように目に映る敵を撃墜して回った。
ほぼ壊滅状態の秋子艦隊の残党や、連邦、そしてクラナドらのMS。全てだ。
だが、それであってもアマテラスに傷を付ける者すらいない。どれだけ群がろうと、聖の前に全ては破壊されつくす。
「くくくくく・・・もはや、誰にも止められん! 私は、誰にもなぁ・・・!」
唯一のストッパーであった佳乃もこの手で殺した。
これでもう怖いものは何も無い。
あとは思うがままに、望むがままに、世界を混沌へと導き、どこまでも続く戦火の坩堝に叩き込むだけだ。
・・・だが、それを阻止せんとする純白の機体が彼方から飛来した。
「むっ・・・!」
その純白の機体から放たれる四条のメガ粒子砲。それはIフィールドによって遮られるが、それが無ければ撃墜していたであろう必殺のコース。
「ふ、ようやくか」
この技量。そして忌々しいこの透き通ったような気配。
間違えるわけも無い。なぜなら、これは望むべくして望んだ邂逅。
「待ちかねたぞ、水瀬秋子!」
ネオジオンに身を置き、その中でハマーン以上に最も邪魔であった存在。
水瀬秋子。
その秋子は、聖の見慣れない機体・・・おそらく新型なのだろう機体に乗って、目の前に立つ。
だが、そうでなくては面白くない。そうでなくては自らを強化処理し、これだけの機体を手に入れた価値が無いというものだ。
「さぁ、いくぞ、水瀬秋子・・・! 今日、この記念すべき日にお前も殺してやるッ・・・!」
聖の歪んだ憎悪に呼応してテンタクラーメスが駆け巡る。
だが、水瀬秋子はその回避能力においては右に出るもの無しとさえ言われる存在。その程度の攻撃が、当たるはずも無い。
「はははは、どうした、逃げるだけか!?」
その挑発めいた言葉と共に襲い来る攻撃を回避し続ける純白の機体―――アテナと秋子。
秋子はテンタクラーメスの攻撃を掻い潜り、メガ粒子砲を反撃しながら、叫ぶ。
「これがあなたの望みですか! 霧島大佐! いえ・・・、霧島聖!」
コロニー落とし。ネオジオン同士の内乱。連邦の動くタイミング。そして・・・クラナド、カンナヅキ、キサラギ。
それら点と点が結び合い線となり、それがまるで導火線であったかのように戦火は爆発を見せている。
メガ粒子砲がIフィールドに打ち消されるその向こう、見下すように聖はせせら笑い、
「違うな! これが人の望み、人の夢、人の業なのだ! 水瀬秋子!」
「なんですって・・・?」
「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ! 競い、妬み、憎んで! その身を喰い合う!」
「それを・・・あなたが代弁すると、そう言うのですか!」
「私はすでに結果なのだ。故にその権利がある! 自らが生み出した闇に人は喰われるのだよ!」
ネオジオン同士の争い、血。
コロニー落とし、人の数。
ネオジオンと連邦は話し合おうとせず、ただ互いを滅ぼすことしか考えず、そのためには手段を選ばない。
そしてそれはずっと昔から続いている『戦争』という世界の中では当然のことであり、そしてこれが結果だと聖は言う。
「あなたがどのような過去を辿ってきたかは知りません・・・。ですが! あなたが好き勝手して良い理由にはならないはずです!」
「どうかな? お前とて自らの娘が戦争の道具にされたとなれば、それを恨むだろう?」
「なっ・・・!?」
目を見開く秋子を、まるで楽しい玩具でも見るかのような見下した表情で見つめ、
「世界を恨むだろう? そんな技術を生んだ者、そんなことを許す軍、そんなものが要求される戦争をっ!」
「あなた・・・名雪に何をしたのですかっ!?」
「さてね。私にではなく本人に聞いてみれば良いだろう? なぁ、名雪」
「!?」
秋子と聖の間にふらりと現れるキャンセラー。
見てみろと言わんばかりに開かれたコクピット。その中に佇む少女を見て、秋子の表情は凍りついた。
「名雪・・・?」
「・・・・・・」
「ははは、感動のご対面、といったところか? だが―――ボーっとしていると私に喰われるぞッ!」
「くっ!?」
止まることは許さないといった風にテンタクラーメスが秋子を攻める。
油断と驚愕により常時より反応速度が鈍くなっていはいたが、それでも秋子はそれらの攻撃を回避し続けた。
そしてその激しい機動を維持したまま、秋子は名雪に呼びかける。
「名雪! 名雪! お願い、返事をして名雪!!」
「・・・・・・」
だが名雪から答えは無い。
ただ感情の色が見て取れない虚ろな瞳を浮かべ、そこに佇むだけだ。
「ははは、無駄だ、無駄だよ秋子。重度に加え強化処理の重ね掛けしたからな。もはや人の心などあってないようなものだよ」
「・・・っ!?」
秋子の眉が跳ね上がる。その感情すら失せたという瞳を浮かべる名雪を一瞥し、次いでその元凶を強く睨み付け、
「霧島・・・聖ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
吼えた。
ビームトマホークをシールドから取り出し、スラスターを全開にさせてアマテラスへ突っ込んでいく。
そしてそれを見ていた聖は癇に障るような歪んだ大笑いを浮かべ、目を見開き、
「そら見たことか! お前とてこうなれば憎悪で頭が一杯になるじゃないか! にも関わらず、『好き勝手して良い理由にはならない』だと?
ハッ、ほざくな! 人間は、憎しみがあれば周りなど見えなくなる愚かな生き物だよ! 私も、お前も、そして全人類もなぁ!!」
アマテラスの全砲門から高圧力のビームが飛ぶ。しかし秋子はそれを最小限の動きで回避して、なおもアマテラスに接近する。
「どれだけ綺麗事を並べたところで、人の本質は変わらん! そしてそれは誰もが持つ物だ!
そしてそれが人の身を喰い合うというのなら・・・いっそ全てを壊してしまえば良い!」
「御託はそれだけですか!」
肉薄するアテナ。それを迎撃しようとテンタクラーメスが動き回るが、当たらない。秋子にはそのどれもが見えているかのように、かわし続ける。
そして秋子は目標の部位を発見した。
Iフィールドジェネレーター。
しかしそこから遠ざけんとするようにテンタクラーメスが雪崩れ込んでくる。致し方なく距離を離すアテナだが、
「その程度で・・・!」
秋子は振りかぶり、ビームトマホークを思いっきり投擲した。
それはテンタクラーメスを迂回するように弧を描き、確かにジェネレーターへ突き刺さった。
「ちぃ!?」
Iフィールドの効力が消える。それを確認した秋子は更に距離を取り、メガ粒子砲を乱射する。
だが、それはアマテラスの周囲に待機していたキャンセラー部隊が割り込んできたことによって防がれてしまう。
「!」
そしてその中には、いまだコクピットハッチを開けたままの名雪のキャンセラーもあった。
「名雪・・・!」
「ははは、甘いお前に撃てるか!? 実の娘を!」
「っ・・・!?」
どうにかキャンセラー部隊を引き剥がし聖に攻撃を、と思い動き回る。だが、その間に名雪が割り込んでくると、
「くっ・・・!」
トリガーを引けない。名雪の乗っている機体がビームを無効化するとわかっていても、どうしてもそれはできなかった。
「よそ見している余裕があるのかっ!?」
「!」
一瞬の隙。そこにテンタクラーメスが入り込み、メガビームライフルごと右腕を刈り取っていく。
「ぐぅぅ・・・!」
その衝撃に歯噛みしながらも、しかし追い討ちの攻撃だけは回避して大きく距離を取る。
その前、名雪がいる。
その色を失った名雪を見て秋子は、・・・黙っていることができなかった。
「名雪っ!」
反応はない。しかし、それでも秋子は続けた。
「名雪! あなたは、それで良いんですか!? 霧島聖に操られているままで・・・それで良いのですか!?」
「無駄だ。あれだけの強化を施したのだ。いくら声を掛けたところで自我は戻らんさ」
「名雪!」
聖の言葉を無視して、秋子はただ叫ぶ。
その頭に、心に届けと。そう願って、言葉を紡ぐ。
「名雪・・・。あなたはなにをしようとしているのですか? そこで、なにがしたいのですか・・・?」
「・・・?」
わずかに、名雪の視線がこっちに向くのを感じた。
反応している。つまり、声は届いているしそれを判別するだけの自我はまだ残っているということ。
ならば、秋子はそれを一縷の希望とした。
「名雪。あなたは、そこに立って、一体誰と戦うのですか? なんのために銃を持つのですか?
私を撃つためですか? 祐一さんを撃つためですか?」
そのとき、わずかではあったが・・・名雪の顔が変化を見せた。
「・・・違うでしょう!? 名雪、あなたは私も祐一さんも撃ちたくはなかったのではないのですか!?」
「あ・・・」
「目を覚まして、名雪! 私は水瀬秋子! ・・・あなたの母親です! そしてあそこには・・・あなたの大好きな、祐一さんがいるんですよ!?」
「あ・・・あ・・・」
「そこに立ち、あなたは自覚の無いままに大切な者を撃つつもりですか!? ―――名雪ッ!!」
「あ・・・あ、あ、・・・あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
秋子の声に、名雪は咆哮した。
激痛から逃れるように頭を抱き、名雪は目を血走らせてただ叫ぶ。
そしてなにを思ったのか、いきなりビームサーベルを取り出したと思ったら両隣のキャンセラーを切り裂き始めた。
「わ、わた・・・わたし、は・・・ぐぅ、あ・・・る、留美を・・・殺す、殺し・・・わ、たし・・・ゆ・・・祐一を・・・おか、お母さんは・・・ころ・・・殺し・・・?」
「ちぃ! 壊れたか・・・!」
毒吐く聖。
名雪はただ意味不明な言葉を無秩序に並び囁きながら、ただ周囲のMSを破壊していく。
周囲のキャンセラーも名雪を敵と判断したようだが、皮肉にも最も強い強化を施した名雪に一方的に破壊されてしまっている。
「やむをえまい。所詮、ただの実験材料だ。秋子のあの顔を見れただけで良しとしようか」
名雪に強化を施したのは、秋子への当てつけと強化処理の実験として二つの意味があった。
そしてそれを遂げたいま、もう聖にとって名雪の存在価値は無い。
これ以上目の前で暴れ回られるのも目障りなだけだと。聖はその道具の“処分”を決めた。
「さよならだ。君は、少しは役に立ったよ」
テンタクラーメスを放つ。いくら強化処理を施しているとはいえ、あれだけ錯乱した状況でこれだけの数はかわしきれないだろう。
「あ・・・?」
名雪に群がる光刃の触手。それをただ呆然と名雪は見つめ、串刺しに―――、
「名雪ッ!!」
「「!?」」
・・・ならなかった。
「・・・あ」
目を見開き、名雪はそれを見る。
目の前。いまにも自らを貫かんとしていた数多のビーム刃。しかし、それはいま横合いから飛び出してきた別の機体によって阻まれた。
純白の機体。テンタクラーメスによって至るところを串刺しにされた、それは・・・、
「お母・・・さん・・・?」
「・・・名雪、良かった。あなたが・・・無事で・・・」
秋子の、アテナ。
その声に、その言葉に込められた優しい響きに、名雪の頭が透き通っていく。
いままで視界を埋めていた靄が晴れ、頭をかき乱していたノイズが消えていく感覚の中、
・・・しかし名雪は全てのことを覚えていた。
「あ・・・」
祐一を殺そうとしたこと。
あゆを殺そうとしたこと。
留美が死んでしまったこと。
そして・・・いま、秋子が自分を庇った、ということを。
「名雪・・・逃げ、なさい・・・」
「いや・・・」
その呟きは、どのような感情から漏れ出た言葉だろう。
名雪はただ涙をこぼし、子供のようにただ首を横に振り、
「いや・・・いやだよお母さん! わたし、わたしは・・・!」
「良いから逃げなさい! 早く!」
「!?」
「・・・さぁ、早く。祐一さんのところへ・・・」
「祐一の・・・?」
「えぇ、・・・さぁ、早く!」
「・・・ぅ」
涙を一杯にこぼし、それでも名雪は振り切るようにしてこの場を離れていった。
それを横目に見つけながら・・・それで良い、と。秋子は柔らかく微笑んだ。
「く・・・くくく・・・あははははははははははははははは!!」
聖はそんな名雪など意識の外に放り出し、ただ狂ったように笑った。
「実に、実に素晴らしいな水瀬名雪は! 役立たずになったと思えば最後にこれだけのことをしてのけるのだから!
あぁ、認めよう。お前の娘は最高だよ。なぜなら・・・こうしてなんの苦も無くお前を殺せるのだからなぁ!!」
しかし、秋子はそんな聖を見て、笑った。
見下すように、嘲るように、冷たく、鋭利に。
「・・・なんだその笑いは、これから死ぬというのに。最後の抵抗のつもりか」
「・・・いいえ。ただ、あなたの愚かさと悲しさに、思わず笑ってしまっただけですよ」
「なにっ・・・!」
「・・・私が死んだところで、あなたの結末は変わらない。・・・あの子たちが、あなたの存在を許すはずありませんから」
あの子たち。それが祐一たちを指したものだと気付き、聖は勝ち誇ったように笑う。
「ハッ、馬鹿な。このアマテラスがいる限り、あんな奴らにこの私が負けるとでも―――」
「負けますよ、間違いなく」
聖の言葉を打ち消すように、秋子は強く言い切った。その瞳に絶対の自信を宿し、
「あの子たちが、あなたを滅ぼします」
「・・・っ!!」
もう聞いていられないと放たれたテンタクラーメスはアテナのコクピットを容易くぶち抜いた。
即死だ。
しかしその間際まで、秋子はただ静かに微笑んで見せたのだった。
「なんなんですか・・・なんなんですか、これはっ!」
その怒号は、連邦艦隊の先陣を行くムツキの艦橋で響き渡った。
「あれだけいた艦隊が・・・ほぼ壊滅!? ハマーン派とグレミー派、それにあの三隻を合わせたところでこっちの方が数が上なのに!?」
喚き散らしているのは久瀬隆之だ。その姿は、いつも冷静で絶対の自信を持ち笑みを浮かべていた、あの面影はどこにもない。
連邦艦隊は、ほぼ壊滅になっていた。
先遣隊として派遣された五十隻強の艦のうち、半数以上が撃沈、更に大破、中破判定の艦も多い。
戦闘続行可能と思われる艦はこのムツキも含めもう十に届くか届かないかという程度のもの。
かてて加えて、隆之の秘蔵っ子であるあの三機のガンダムからの応答が無い。
一機はシグナルロスト。もう二機はシグナルこそ残っているもののこっちの通信に答えを返さない。
この宙域にいるハマーン派はこちら同様ほぼ壊滅だが、グレミー派はまだ半数ほど残っている。カンナヅキらにいたってはまだ三隻とも健在だ。
―――負けたな。
潤はカンナヅキと撃ち合いながら、そんなことを考えていた。
後続の連邦艦隊がなかなか来ない。このままネオジオン同士の争いを見届けて、両方が潰れてから来るつもりなのか。
隆之の命令でありながらそれでもやって来ないのは・・・、
―――この艦が落ちると、そう思っているわけだな。上層部は。
上層部にとっても久瀬隆之の存在は邪魔だったのだろう。だから従うふりをして隆之だけを戦線に向かわせた。
つまり、このムツキは捨て鉢となった、というわけだ。
連邦艦隊がここまで押されている理由。
数が上だということに慢心したというのもあるだろう。
ネオジオンやイブキの技術力のほうが上だったというのもあるだろう。
パイロットの質もあるかもしれない。
だが、なによりも大きな要因であると思うのは・・・新しい艦が多すぎるということだ。
隆之などのように現場の戦争を知らない者からすれば『新しい物=良い物』という方程式になりそうだが、実際はそうではない。
慣れてないものでの戦闘は、実際はかなり難しいものなのだ。
この先遣隊に選ばれた艦長たちは皆驚いただろう。五十隻のうちその半数近くが新造艦だということに。
それに航海テストもした、ということになっているが、いま考えればこれもおかしい。宇宙がネオジオンにほぼ制圧されていたあの時期に、いつ航海テストをする予定があったのか。
・・・おそらく、何がしかのトラブルで撃沈されていった艦もいるはずだ。
つまり連邦上層部は、久瀬隆之の目を欺き、そして死んでもらうためにこの部隊全てを捨てたのだ。
潤は、横で喚いている隆之を冷めた目で見つつ、思う。
いままでずっと人を騙し続けてきた男が、結局最後の最後で騙されることになろうとは。
滑稽という言葉以外、なにも浮かびやしない。
・・・だが、潤とてみすみすそんな上の計画に利用されるつもりはない。
確かに隆之は連邦によって邪魔な存在であろうが、それにこちらが巻き込まれて良いはずはない。
「オペレーター。ムツキの被害状況は?」
「はい。ミサイル発射管はその七割が破損。サブメガ粒子砲砲台は全て応答無し。Iフィールドジェネレーターも焼きついてしまっています。
メインエンジンは現在三割減で、サブエンジンはその半数がやられてしまっています。また、MSカタパルトも片方が破損。出撃不可です」
と、言っている傍からカンナヅキのサブメガ粒子砲が新たにムツキに突き刺さった。
Iフィールドジェネレーターが焼きついてしまったいま、Iフィールドは張れない。ビームだって普通に直撃する。
揺れるブリッジで、潤は一つの判断をする。
カンナヅキも同じくIフィールドが張れない状況だが、被害はこっちの方が大きいだろう。ならば、
「ここら辺が潮時だな。・・・各艦に通達、これより先遣部隊は後退を開始する。信号弾撃て」
「了解。信号弾撃ちます」
この戦いで、潤は既に見極めていた。
艦の動かし方、武器の扱い方、戦闘の組み立て方。間違いない。あのカンナヅキの艦長は親友である相沢祐一なのだと。
だからこそ、わかる。あいつは撤退すると決めた相手を撃つような人間ではない、と。
だから信号弾を撃ち、ここは後退するのが得策だ。連邦上層部はそれを望んではいないだろうが・・・。
「ちょっと待てぇ!」
だが、それを止める声があった。
見るべくもない。それは久瀬隆之だ。
「後退!? は、ふざけないでください! 周りを見ればわかるでしょう!? まだまだ敵はたくさんいるんですよ!?」
「理事こそ無茶を言わないでください。あれだけの戦力で押し切られた我々が、この戦力でどうにかできると思っているのですか?」
「それをどうにかするのが軍人でしょう!? ならその責務を全うしてくださいよ!」
「理事! これ以上戦闘を続行すればただ無意味に死人が増えるだけです! このままでは我々まで墜とされかねません!」
こっちの様子を伺っていたオペレーターに頷きを見せる。そうして信号弾が放たれ、その光を見た隆之がキッと潤を睨み、
「勝手なことを・・・! たかが大尉風情が、僕に口答えするんですか!?」
いきなり懐から銃を取り出してそれを潤に突きつけた。ヒッ、とクルーの誰かから短い悲鳴が起こる。
潤は汗を浮かべながらその銃口と、それを向ける隆之を見て、
「・・・正気ですか」
「正気!? それは僕の台詞ですね! 連邦の威信を掛けたこの大事な戦局で撤退!? ありえないでしょう!?
直に援軍も来ます! それまで意地でも持ちこたえさせて、反撃に撃って出るんですよ!」
不可能だ。援軍は来ない。通信では体の良いことを言ってはいるが、これだけの時間でまだ来ないとなれば、実際は援軍なんて用意されてない。
それを隆之は理解できていなかった。まさか自分が騙されているなど夢にも思っていないのだろう。
「か、艦長。カンナヅキら、こちらへの攻撃を停止しました」
オペレーターの声に潤は心中で安堵の息をこぼした。
さすがは祐一。そういうところは相変わらずだ、と思わず口元を崩してしまうほどだった。
・・・だが、
「いまだ、撃てぇ!」
その隆之の命令に、潤は目を見開いた。
「攻撃を止めたいまがチャンスでしょう!? いまです、カンナヅキを撃ち落とすんですよ!」
「馬鹿な! カンナヅキはこちらが撤退するとわかったから攻撃を止めたんです! それを撃つなんて―――っ!?」
言葉は途中で打ち消された。
・・・銃声によって。
「・・・かはっ」
潤は自分の脇腹に熱を感じ、見下ろした。するとそこからは、見るだけで意識が遠のきそうな、赤い雫が・・・。
「久瀬・・・お前・・・!」
「命令をしているのは最初から僕です! それをあなたたちは・・・!」
次いで隆之は砲撃管制のオペレーターを撃ち殺し、その席に自ら座り込んだ。
「久瀬、なにを!」
「僕は勝つんですよ! そう、どんなときだって・・・!」
その目はギラギラと、まるで何かに憑かれたように目を血走らせ、
「やめろ・・・!」
潤の制止の声を切り捨てるように、ムツキから三連圧縮メガ粒子砲が放たれた。
祐一はムツキから放たれた信号弾を見て、安堵した。
連邦にいた祐一ならわかる。その色の意味するところは撤退。後退することを決めたのだ。
「攻撃を中止。・・・さすがは北川、だな」
祐一もまた潤同様、ムツキに乗っているのが潤であるとこの戦いで確信していた。
潤は祐一と違い堅実な作戦を採る。この戦況であるなら、これでもむしろ後退は遅い方だ。
おそらく潤以外の誰かが後退を拒否していたのだろう。
だが、これで潤と戦わずに済む。・・・そう、安堵した瞬間だった。
「ムツキより高エネルギー反応!? ・・・さ、三連圧縮メガ粒子砲、来ます!」
「なっ・・・、馬鹿な!?」
川口の悲鳴のような報告に、祐一は愕然とムツキを見やる。
確かにそこからはこちらを墜とさんとする光が放たれようとしていて―――、
「緊急回避!」
「駄目です! 間に合いません!」
「くっ・・・!」
三連圧縮メガ粒子砲クラスのビームはIフィールドでも軽減するのがやっとだろうが、現在はジェネレーターがオーバーヒートしてしまっている。
いくら装甲の高いカンナヅキ級といえど、三連圧縮メガ粒子砲の直撃を受ければ、間違いなく一撃で沈むだろう。
死へといざなう光の放流は目前に迫り、
―――ここまでか!?
祐一が思ったそのとき、
『駄目ぇぇぇぇぇぇ!!』
一機のMSがカンナヅキの前に立ちはだかった。両肩の巨大なシールドを展開し、三連圧縮メガ粒子砲を受け止めるその機体。
「な・・・!」
突然のことに驚く祐一の耳に、
『良かった、間に合った・・・』
とても懐かしい声が響いてきた。
「名・・・雪?」
―――意識が、戻ったのか?
だかその言葉を口に出す前に、名雪のノイズ交じりの言葉が届く。
『・・・留美が死んで、お母さんが死んで、祐一にも死なれたら、わたし・・・』
名雪のキャンセラーが悲鳴を上げる。いくら強力なシールドと言えど、戦艦の、しかも最強の砲撃を防ぎきれるはずがない。
やめろ、と言いたかった。だがモニターの向こうで微笑む名雪はただ嬉しそうで、
『祐一、わたしね。わたし、祐一のことが―――』
声は、そこで潰えた。
祐一の視線の先、モニターの向こうで名雪の乗るキャンセラーが爆発する。
「あ・・・」
震える声。頬からは涙が零れ落ち、
「名雪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
―――折角、折角、またこうして会えたのに・・・!
だが、その結果はあまりに無残なものだった。
「む、ムツキ、第二射のエネルギーチャージ開始・・・!」
いまの光景に半ば呆然としていた川口が、計器を見て慌てて言う。
それを聞き、震える声、そこに怒りを込めて祐一は宣言した。
「・・・目標、ムツキ。三連圧縮メガ粒子砲、撃てぇぇぇぇぇぇ!!」
ムツキの放った三連圧縮メガ粒子砲は、突如割り込んだネオジオンのMSによって阻まれ、カンナヅキに至ることはなかった。
「あ・・・、あぁ・・・!」
その光景を呆然と眺める久瀬。
ネオジオンのMSがどうして、とも思うが、わからないことは仕方ない。潤は痛む脇腹を押さえつつ、勝ち誇ったように笑みを浮かべ、
「お前の負けだ・・・、久瀬」
潤のその言葉に、久瀬が弾かれたように潤を睨み、しかし諦めきれないと言わんばかりに再びチャージを開始しようとする。
「くそ、まだ、まだ僕は・・・!」
だが無駄だ。既にカンナヅキは発射体勢。明らかにあっちの方が早い。
だから、潤は心の底から吼えた。
連邦の上層部の思い通りというのは癪だ。それに、こんなことに付き合わせてしまうクルーたちにも申し訳ない。
しかしこの人間は確かに生きていて良い存在ではない。だから、
「撃てぇぇぇぇぇぇ! 相沢ぁぁぁぁぁぁ!」
潤の咆哮に答えるように、カンナヅキから三連圧縮メガ粒子砲が放たれる。
迫り来るそれに久瀬は絶望し、
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」
久瀬の叫びの中、潤は安らかな笑顔を浮かべ、
戦艦ムツキは閃光に消えた。
あとがき
はい、神無月です。
・・・ここまでを一話で済まそうとしていたんだろうと思うと、すごいことを考えてたんだなぁ、と思いますね(汗
というわけで、ここまで来ました。いよいよ次回でラストです。
多くは語らないことにしましょう。
では、また最終話で。