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          【戦士、再び・・・(U)】

 

 アクシズ周辺宙域の戦闘はますます激化の一途を辿っていた。

 

 アクシズではグレミーが。

「ニュータイプ部隊をもっと前面に出させろ! モウサを切り離せ!」

「モウサ、切り離します!」

「モウサ、分離完了!」

「方位修正、モウサをハマーン軍にぶつけてやれ!」

 返ってくる返事に、グレミーは腰を下ろすと襟元を緩めつつ、

「ハマーン=カーン・・・。世界を治めようなどという野心は身を滅ぼす元だよ」

 

 コア3ではハマーンが。

「モウサ、砲撃を開始しました!」

「艦隊を散開させつつ、MS部隊を前に出せ!」

 指示を出しながら、ハマーンは怒りに拳を握り締め、

「モウサはネオジオンの象徴だ、それを盾に使うとは・・・グレミーめ、許せん!」

 

 

 

 それぞれの思惑が宇宙を巡る。

 そしてアクシズからやや離れた場所で行われている、祐一たちとネオジオンの二部隊、そして連邦との四つ巴の戦いもまた、熾烈を極めていた。

 三軍に周囲を囲まれる形である祐一たちもそうだが、その他の勢力同士の戦いも徐々にその範囲を広げている。

「お姉ちゃん!」

「椋、このままグレミー艦隊へ突っ込むわよ! しっかりついてきなさいよね!」

「うん!」

 杏と椋のMAモードのジャムル・フィンが宇宙を駆ける。

 殺到してくるバウの間を駆け巡り、ミサイルを展開しつつそれらを撃破していく。

 グレミー派である聖艦隊とハマーン派である秋子艦隊の間の宙域は既に残骸の山だ。

 それらに遮られ射撃武器が使いにくく、ほとんどの者が近距離戦闘に切り替えている中で、その二人の射撃センスは群を抜いていた。

「邪魔よ!」

「えーい!」

 戦況はほぼ五部。だが、徐々に秋子側が押され始めている。

 ガザDやズサ、ガルスJが主力であるハマーン派に比べてグレミー派はバウやドライセン、ドーベンウルフや量産型キュベレイが主力。

 数が同じでも機体性能の差が徐々に表れ始めている、というべきだろう。

 このままこっちの数が減っていけば、そのままなし崩し的に押し込まれる可能性が極めて高い。

 ことここに至って秋子艦隊は戦力の半数以上を聖艦隊に向けようとしていた。

 その切り込み部隊として藤林姉妹はグレミー派のMSの群れを突っ切っていく。

「お姉ちゃん、三時の方向! 突出してる艦がある!」

「オーケー、あれやるわよ!」

 聖艦隊からわずかに突出した艦を見つけた二人は旋回してそれに向かって行こうとする。だが、

「お姉ちゃん! 下からミサイル!」

「っ!?」

 弾かれるようにして急上昇。そのミサイルをどうにかかわし体勢を整えた杏は、そちらに視線を向けた。

 いまのは明らかにこちらが進路を変えるタイミングを狙った一撃。そうなれば、相手はそれなりの技量を持った相手となる。

 その相手を見極めようと視線を向けた先、そこにいたのは、

「ズサカスタム・・・? まさか―――!?」

「勝平さん!?」

「その声は・・・椋さんにお義姉さん!?」

 互いから驚愕の声があがる。

 そう、そこにいたのはズサカスタム。パイロットは柊勝平。・・・椋の恋人だ。

 それを見た杏は舌打ちしつつ理解する。

「そっか、あんた深山大佐の部隊だったわね。だからそっちに・・・」

 しかし当人たちである椋と勝平は困惑を隠せないでいた。

 ある意味で、無理もない。恋人であった相手が、いま敵として目の前に立っているのだから。

 互いが互いの敵主力部隊にいるということを忘れて・・・いや、忘れたかったのか。ともかく、現実として二人は戦場で出会ってしまった。

「椋さん、ボクは・・・」

 何かを言おうとして、しかし言葉が出ないとばかりに口を噤む勝平。

 その後ろには勝平の部下であろうズサ部隊が控えているが、何もしてこない。隊長の判断を待っているのだろうか。

 そうして嫌な空気のまま数秒が過ぎ、

「勝平さん。聞いても、良いですか・・・?」

 ある種の決意を瞳に滾らせた椋が静かに口を開いた。

 勝平は一瞬肩を強張らせるも、すぐに呼吸を整えて、

「・・・なんだい?」

「勝平さん。私たちは、敵、ですか?」

 道は分かたれている。

 ならばそこで返す答えは当然肯定でなければならない。部下を率いる中隊長であるならば、なおのこと。しかし、

「・・・・・・」

 勝平は言葉を返すことが出来なかった。否、したくなかった、の方が正しいだろうか。

 正直、勝平は大儀に共感を抱きグレミー側に着いたわけじゃない。ただ単純に、自分の直属の上官がそちらに着いたから、それだけのこと。

 しかし、それで恋人である相手と離れ、戦場で出会ったときには相手は敵側にいた。

 天秤にかけるべくもない。どちらが自分にとって尊いものなのかは、自明の理だ。

 だが、いままで軍で生きてきた身体が、理性が・・・そして幾人もの命を預かる隊長としての責務が、それを拒絶する。

 どうすれば良いのだろう。そう歯噛みしつつ自問する勝平に、思わぬ声が届いた。

「隊長、我々のことは気にしないでください」

「隊長はあちらへ行ってください」

 それは、勝平の部下たち。

「お前たち・・・」

「隊長、よく俺たちに聞かせてくれたじゃないですか。自分には藤林椋って勿体無いほどの彼女がいるって」

「それ聞いてるだけで隊長がその人のことどれだけ好きかわかります」

「だから隊長、そんな人と戦っちゃ駄目ですよ。俺たちだって守りたい者がいるからこそ、戦ってるんだ」

「隊長だって、そうしたいんでしょう?」

 部下たちのそんな言葉に、勝平は思わず目尻に涙が浮かぶのを自覚した。

 これまでの戦いを共に潜り抜けてきた部下たち。笑い合い、時には喧嘩もしたけれど、ここまで共に生きてきた仲間。

 いま、その皆に背を押されている。だから勝平は心中でありがとう、と呟いて椋に視線を戻した。

 滞空するジャムル・フィン。そこにいる椋の姿を思い浮かべ、勝平ははっきりと告げた。

「椋さん。ボクは君の敵じゃない。ボクは・・・いつだって君の味方だ」

「勝平、さん・・・!」

 椋の安堵するような、歓喜するような声が届く。

 泣かせずにすんだと。最悪の選択をせずにすんだと。勝平もまたそのことに安堵した。

 しかしこれは裏切り行為。それを部下たちに背負い込ませるわけにはいかない。だから振り向き、

「君たちも一緒に来る?」

 すると、

「当然ですよ。我々は隊長以外の隊長に従う気はないですよ」

「どこまでもお供します」

 はは、と勝平は笑みを浮かべる。

 ―――全く、どいつもこいつも。

 自分は恵まれている。そう自覚し、

「それじゃあ、皆。これからもよろしくね」

 その言葉にズサ部隊が返事を返そうとして、

「あぁ、それは無理だね。残念だけど」

 しかし返ってきたのは上から降り注ぐ雨のようなビームと、それに伴う爆発音だった。

「―――な」

 なにが、という言葉すら出ない。椋と杏から息を呑む気配が届くが、そんなことに構っている余裕はなかった。

「いやぁ、僕も心苦しいんだけどね。やっぱり裏切りは感心できないよ」

 ついさっきまでそこにいた部下たちの向こう。そこにいま、凶悪な存在がいる。

 青に塗り固められた巨大MA。それを見て驚愕の声を浮かべたのは、杏だった。

「ノイエジールUα・・・、氷上シュン!?」

「やぁ、久しぶりだね。藤林杏さん。元気だったかい?」

「あんた、どうしてそっちに・・・!」

「僕には僕の事情というものがあってね。とりあえず聖についていくことにしたんだけど・・・」

 そこで、あぁ、と何かに気付いたようにわざとらしく声を洩らし、

「そっか。そうすると僕も裏切りになるのかな? いま死んでいった人たちみたいに」

「―――っ!」

 そこで、勝平の何かが切れた。

「お前ぇぇぇ!」

 スラスターを展開し、真っ直ぐノイエジールUαに突っ込んでいく。

「待ちなさい! あんたの敵う相手じゃ・・・!」

「駄目、勝平さん!」

 それを見た杏と椋から抑止の声。しかしいまの勝平の耳には届かない。

 いま勝平の頭の中を占めている言葉はただ一つ。

 許せない。

 それだけだ。

「恨み、復讐か。・・・うん、やっぱり戦争って何かを守るためというよりそういった負の感情の方が強いよね。

 ま、だからこそ戦争はいつまで経っても終わらないわけだけど」

 その物知り顔と台詞が、全て神経を逆撫でする。

「うぉぉぉ!」

 ミサイルとビームキャノンを撃ちまくる。だがそんな真っ直ぐな攻撃がシュンに届くわけも無く、ビームはIフィールドに遮られ、ミサイルファンネルに迎撃される。

「よくも、よくも彼らをぉぉぉ!!」

 埒が明かないとでも思ったのか、勝平はビームサーベルを抜き放ち、あろう事か接近戦を挑んだ。

「冷静さを完全に失ってるね。まぁ、無理もないのかもしれないけど・・・」

 振り抜かれるビームサーベルをシュンは溜め息交じりにビームサーベルで受け止めた。二度、三度。何度やっても結果は変わらない。

「くそ、くそ!」

 何度も繰り出す攻撃は、しかし同じだけいなされる。その都度勝平の怒りは膨れ上がり、回りが見えなくなっていく。

 だから気付かない。いま彼の周囲をファンネルが完全に包囲しているということに。

 そうしてシュンはどこか可哀相なものを見るかのような視線で勝平のズサカスタムを見下ろし、

「さて、残念だけどサヨナラだ」

 ファンネルからビームが放たれる。しかしなお気付かない勝平はそのビームに貫かれ―――、

「駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」

 その直前、ズサカスタムを突き飛ばす形で椋のジャムル・フィンが突っ込んできた。そして身代わりとなるようにその機体をビームが串刺しにし、

「勝平さ、逃げ―――」

 爆発。

「りょ、椋ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 そして聞こえてくる杏の悲鳴のような絶叫。

「あ・・・」

 その光景を見た勝平の頭が急激に冷えていった。

 いま、目の前で爆発した機体は、まさか・・・。

 しかし、そんなことですら考える時間は許されなかった。

 いつの間にかノイエジールUαは吹っ飛ばされたズサカスタムの目前に迫っていたから・・・。

「身を挺して庇う、か。その行動は尊いものだけど―――」

 モニター一杯に映りこむその青い機体をどこか呆然と眺めていた勝平は、

「意味は無いね」

 その言葉と同時にノイエジールUαが振り下ろしたビームサーベルによって死の自覚も無いまま斬り捨てられた。

「さて」

 何事も無かったかのように、爆発を背にシュンは息を吐く。そうしてこの付近に残った、最後の一人をゆっくりと見据えた。

「どうする? 藤林杏さん?」

「・・・氷上ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 残った一人―――杏は咆哮を上げ、シュンへと向かってくる。

 それを見たシュンはどこか苦笑に似た笑みを浮かべ、

「憎み、憎まれ、かぁ。・・・まったく、そんなになるならこんなところに来なければ良いのに」

 ファンネルを展開し、迎え入れる準備をするのだった。

 

 

 

 名倉由衣は南森大介と共に秋子艦隊の防衛ラインにて敵を迎え撃っていた。

「南森さん、敵が! 八時の方向!」

「おぉよ!」

 徐々にこちらに辿り着く敵の数が増えている気がする。それは即ちこちらが押され始めているということなのだが、

「えーい!」

 目の前に迫ったバウをビームランサーで斬り捨てながら、しかし由衣は全く別の事を考えていた。

 ―――お姉ちゃんは、どこ!?

 連邦艦隊も来ているという情報は届いている。

 なら以前見かけたあのガンダムタイプに乗っている姉・・・名倉友里もこの戦場のどこかにいるはずだ。

 それを探し出して今度こそ・・・、

「今度こそ、わかってもらうんだ」

 自分が妹であると。そして、共に帰る。

 そのために、いま自分はここにいるのだから。

 そう決意した瞬間、視界の隅に連続して爆発が見えた。

「!」

 弾かれるようにして見てみれば、そこにはこちらのMSを蹴散らしている漆黒のガンダムタイプ。

「あ―――」

 間違いない。それはあのときの、友里の機体だ。

「お姉ちゃん!」

 それを確認した瞬間、由衣の頭はそれだけでいっぱいになった。

「おい!」

 隣にいる大介の声も聞こえぬまま、由衣はその機体・・・Ωガンダムへと迫っていく。

「お姉ちゃん!」

 もう一度。渾身の思いを込めて呼ぶ。

 そしてその声は確かに友里に届いた。頭痛と共に。

「くぅ・・・、頭が・・・! この感覚、あのときの・・・!」

 しかし友里の頭に去来する思いは由衣の思い描いたものとは正反対の、激しい憎悪。

 友里にとって由衣の存在はただ頭を痛くするだけの害でしかなかった。

「お姉ちゃん、目を覚まして! わたしだよ!? 由衣だよ!?」

 イライラする。その言葉の単語一つ一つが頭を万力で締められるような痛みを引き起こす。

 舌打ちし、友里は由衣の乗るドライセンを見つめる。

 そこで妙案を思いついた。

 いや、とても簡単なことだ。

「ははっ」

 なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう、と友里は苦笑に近い歪んだ笑みをこぼした。

 それは、

「そうよ、そうよね。とても簡単なこと。・・・要は、あんたさえ殺しちゃえばこの頭痛だって治まるってことでしょう?」

「! お姉ちゃん!?」

「っ・・・! その呼び方であたしを呼ぶなぁぁぁ!」

 頭痛がスイッチとなったかのように、友里は叫びを上げジェノサイドクローを向けた。

「きゃっ!?」

 しかしそれは直撃せずドライセンの肩を打ち抜くに留められた。

 というのも、あれだけ散漫していた殺気が一気に集約したことで由衣ですらどうにか直撃を避けることができたのだ。

 しかし二度目は無い。

 この状態で二度目のジェノサイドクローをかわす術などありはしない。しかし、

「やろう、させっかよ!」

 友里がもう片方のジェノサイドクローを放とうとした瞬間、横合いからビームランサーを構えて突っ込んできたのは大介のドライセン。しかし、

「うるさいのよ、この蝿がっ!」

 だがそれを軽く回避したΩガンダムからカウンターのように旋回してくるジェノサイドクロー。

 それをビームランサーの柄で受け止めた大介だったが、続けて背部から放たれたビームキャノンが直撃する。

「うぉっ!?」

 穿たれた動力部が誘爆を引き起こし、大介のドライセンが撃墜された。

「大介さん!?」

「心配しなくて良いわ。あなたもすぐに後を追うことになるんだから!」

「っ!?」

 戻ってくるジェノサイドクローはそのまま一直線に由衣へと向かっていく。

 その殺戮の象徴とも呼べる魔手が接近するのを見て、由衣は回避を断念した。

 そもそも自分の技量ではかわそうと思ってかわせる確率などほとんどありはしない。さっきのは特殊な例だ。

 ならばかわそうとするだけ馬鹿なこと。ならばその残された時間に、由衣は希望を託した。

「お姉ちゃん! わたしは由衣! 名倉由衣! あなたの・・・お姉ちゃん、名倉友里の実の妹!」

「!」

「だからお願い! 目を覚ましてよお姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 由衣の必死の叫びに、友里の瞳が確かに揺れた。 

「・・・由・・・衣?」

 ・・・そのフレーズをどこかで聞いた気がする。こんな戦場ではなく、どこかもっと別の、平和な場所で・・・。

 しかし、友里も由衣も、全てはあまりに遅かった。

 過ぎていった時が止まらぬように、それもまた止まること適わない。

 次の瞬間、ジェノサイドクローは二人の絆を打ち砕くように、ドライセンのコクピットを叩き潰していた。

「かはっ・・・。お姉・・・ちゃ―――」

 由衣の言葉も、最後まで紡がれぬまま爆発に飲み込まれて消える。

 ・・・そして、皮肉なことに・・・友里はその瞬間、全てを思い出していた。

「由衣・・・?」

 名倉由衣。

 そう、それは・・・まだコロニーで平和に過ごしていたときに、共に生活し、幸せに生きていた自慢の妹の・・・名前。

 名倉由衣は、間違いなく名倉友里の妹だった。

「あ・・・」

 友里は、身体を震わせながら自らの腕を見下ろした。

 妹を殺した、その自らの手を。

「あ―――」

 それは明らかな幻覚。しかし友里には確かに・・・その掌が血に染まって見えた。

「あ・・・あ・・・、ゆ、い・・・由衣・・・!」

 思考が交錯する。

 殺した。殺した。死んだ。殺した。殺したのだ、由衣を。誰が? 誰でもない、自分自身が、殺した。誰を? 妹を。由衣を。

 誰が悪い? 何が悪い? どこから歯車が歪んだ? どこで世界は変わった? いつから平和は崩れた?

 思い出せる記憶。思い出せない時間。失った平和と、手に入れた殺戮の快感。

 あア、駄目ダ。世界ハこンなに歪んで壊れテイる。それともコワレテいるのは自分ナノダロウカ?

 ・・・そう、

「あ・・・、あ、あは・・・あはは、あはははは、・・・は、は・・・あはははははははははははははははははははっ!!!」

 名倉友里は、壊れた。

 悲しそうに涙をこぼし、嬉しそうに口元を歪め、苦しそうに目を見開き、楽しそうに声を漏らして。

 悲しき強化人間は、いま人間ではなくなった。

 

 

 

「この、このー!」

 ファンネルを展開し、あゆはカンナヅキの周囲にやって来る敵機を次々と撃破していく。

 ハマーン派、グレミー派、連邦軍。この宙域は最早どの部隊も入り乱れていて、混戦の度合いは増していく一方だ。

『あゆさん、左舷に敵MS五機! こちらでは対処できません、お願いできますか!?』

「っ! わかったよ!」

 カンナヅキから届く川口の台詞に返事をして、あゆはそちらに機体を向ける。

 向かってきているのは連邦軍のジムVだ。それぞれ肩のミサイルポッドを展開して、カンナヅキを狙っていた。

「行かせないよ! ボクが守るんだ・・・!」

 それを阻止するためファンネルを向かわせようとして、

「!」

 しかしあゆは嫌な気配を感じ取り機体を翻した。

 するとその次の瞬間大量のビームが何処からか放たれ、気付かなかったジムVの部隊がそれにより撃墜されていった。

「なに、どこ・・・!?」

 慌ててその照射元を気配で探り、あゆは弾かれるようにしてそっちを向いた。

「上・・・!?」

「みゅー!」

 そこからやって来たのは量産型キュベレイを二機連れた、紫色に塗装されたキュベレイMkUであった。

「キュベレイ・・・!? それに紫色って・・・」

 あゆは思わず呻いてしまう。

 サイコミュ兵器を搭載した機体を三機も同時にできるほどの技量を自分は持ち合わせていない。

 それこそ舞や智代、佐祐理や浩平といった面々ならそれでもどうとでもできるのだろうが、あゆはそのレベルには遠く及ばない。

 それに確か、紫色のキュベレイには見覚えがある。

 そう、それは確かニュータイプ研究所にいた頃、同じ研究部隊に配備されていた・・・椎名繭のキュベレイ。だが、

「だからって、やらせるわけには・・・!」

 カンナヅキには祐一が乗っているのだ。好き勝手させはしない。

「みゅー、敵は倒す」

 三機は散開。それぞれ別の角度から攻撃をしつつ、ファンネルもまた各々、互いに上手くカバーし合うように駆け巡る。

「う、うわぁ・・・!?」

 繭と二機の僚機はどうやら連携し慣れているようだ。そうでなければ三機のファンネルがああも上手く回るはずが無い。

「ファンネル!」

 あゆが慌ててファンネルを操作するが、周囲を舞うビームの嵐に次々と撃破されていってしまう。

「こ、このままじゃ・・・!」

 ファンネルが半数も撃破されれば、いよいよビームの大半がこちらに向けられることになるだろう。

 回避能力にはそれなりの自信があるが、三機分のファンネルに狙われてかわし続ける自信はなかった。

 だが、この状況を打破する光明がいま現れる。

「下がって、援護します!」

「!」

 反射的に機体を下げたあゆの横を高速の何かが横切っていった。

 それはMA状態のガンダムウインド・・・栞だ。

「数さえ撃てば当たるなんて、思わないでください!」

 ファンネルのビームの弾幕を高速で掻い潜る栞の技量はまさに圧巻。そのまま一機の量産型キュベレイへと接近していく。

 それを知った量産型キュベレイが自分の周囲にファンネルを戻す。それにより攻撃の手が緩んだ。

「いまだ!」

 あゆはそれを好機としてもう一機の量産型キュベレイにファンネルを向かわせた。

 数が違えば競り負けるが、一対一であるならファンネル操作においてあゆの右に出る者はそうはいない。

 ろくな対処もできないまま、そのキュベレイがファンネルのビームを浴びて撃墜される。

 その間に栞はビームを回避しつつ変形、その工程中にガトリングガンでファンネルを撃墜するという荒業さえ見せて、

「そこ!」

 MS状態になったウインドのビームサーベルがその量産型キュベレイを切り裂いた。

「みゅ、みゅ・・・!」

 それを見て慌ててファンネルを向かわせようようとする繭だったが、それはどこからか飛んできたビームに撃破され適わなかった。

「みゅ!?」

「そんなこと、この風子がさせません」

 いつの間にか風子のアークレイルまで来ていた。続けざまに放たれるビームライフルが、次々とファンネルを墜としていく。

「みゅ・・・!?」

 繭は単身、あゆと栞、そして風子に囲まれる形となってしまった。

「これで形勢逆転、だね」

 あゆがハンドビームガンを向ける。とはいえ撃つ気は無い。

「繭ちゃん、だよね。ボクだよ。あゆ。月宮あゆ。覚えてないかな? ニュータイプ研究所で一緒だったんだけど・・・」

「みゅ、みゅー・・・?」

「ね、投降してくれないかな。ボクたち、誰かを殺したくてここに来てるわけじゃないんだ。だから・・・」

 できるだけ優しく、相手を刺激しないようにとあゆは喋る。しかし、

「みゅ―――! 嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

 それを拒否するように繭の絶叫が響き渡った。

「繭ちゃん!?」

「みゅーは・・・戦う! そして、生き返らせて貰う! みゅーの大事なお友達を・・・!」

「「「!?」」」

 生き返らせてもう。その発言に三人の表情が驚きに揺れる。

「生き返らせるって、まさか・・・!」

「風子たちのような存在をまだ作るということですか」

「そんなの・・・」

「みゅーは、みゅーさえいてくれれば良い! 良いの! 良いんだからぁ!」

 それはまるで泣き叫ぶ子供のような慟哭だった。

 射出されたファンネルはまるで駄々をこねる子供のように忙しなく動き回り、三人の周囲を踊る。

「繭ちゃん! もうやめようよ!」

「やー! みゅー!」

 こっちの声ももう届かない。そうとわかるほど、繭の拒絶の意思は強かった。

「あゆさん、もう無理です!」

「でも・・・!」

「ここでカンナヅキや、風子たちが墜とされるわけにはいきません! 違いますか!?」

「・・・っ!」

 あゆは唇を噛み、そして頷いた。それを見て、栞と風子の視線が一瞬交差し、

「風子さん! 仕掛けます!」

「了解しました。風子に任せてください」

 そして二人は頷き合い、同時に繭へと向かっていった。

 敵意を受け、ファンネルがその二機を墜とそうと駆ける。しかし栞と風子はそれを切り払い、打ち落とし、さらに前へ進む。

「いきます!」

 栞がMA形態へ変形、そのままガトリングガンをばら撒きながら加速する。

「みゅー! 来るなー!」

 懸命にファンネルを繰る繭だが、栞には当たらない。栞はそのままガトリングを放ちつつ突っ込んでいく。

「みゅー!?」

 そうしてガトリングガンはキュベレイにも命中し、その機体を大きく揺らす。

 しかしキュベレイの目前までやってくるといきなり急上昇。なんで、と思えば、そのすぐ後ろにアークレイルの姿。

「みゅ・・・!?」

 機体を隠していたのか。そう目を見開く繭の目前、アークレイルが振り被っているのは超大型大出力ビームブレード。

「死んだ人は帰ってきません! それを理解したくない、納得したくないあなたはイリスに縋ろうとした! けれどそれは許される行為じゃないです!」

 それを横に振り抜く。

 戦艦さえ貫く大出力のビームブレードは容易くそのボディを真っ二つにする。そのまま風子は横を通り過ぎていく。そして、

「あなたの願いは・・・こんなところにはありません!」

 そして真上からMS形態に戻った栞が追い討ちのようにビームサーベルで更にキュベレイを切り裂いた。

「みゅ・・・、みゅー・・・の、友達・・・」

 四分割されたキュベレイは一瞬のスパークの後、爆発。宇宙に散った。

 それを見届けたあゆはポツリと、

「誰かが蘇るかもしれない。生き返るかもしれない。そうわかったら・・・やっぱり、願っちゃうのかな。ボクたちは」

 そう、悲しげに囁いた。

 

 

 

 智代は佐織の部隊と防衛ラインまで下がってきたが、相対したエース級の敵は最後まで付きまとってきた。

「ほらほらぁ、もっと戦おうよ!」

 愉悦に表情を歪めながら突っ込んでくるのは、柚木詩子のハンマ・ハンマだ。

 バトルマニアだ、という噂はネオジオンにいた頃に聞いたことがある。

 実際に会った事は無かったのだが、どうやらその噂は真実であったようだ。

「どうしたのよ『白銀の狼』! あなたは逃げることしかできないの!?」

 迫り、届く声はそれこそ心底楽しげな浮ついたものだ。

「ちっ!」

 智代は舌打ちしつつ、有線制御式ビーム砲を回避。ビームライフルで牽制しながら機動を取る。

 正直に言えば、そういう心境もわからないでもない。戦場で強い敵に出会い心が躍った経験は智代とてある。

 だが、詩子のそれはそんなレベルの物ではなかった。

「柚木詩子! お前はなぜ、なんのために戦う!?」

「なんのため? そんなの決まってるじゃない。楽しいからやってるのよ!」

「楽しい、か。それは戦いが、か? ・・・それとも殺しがか!?」

 ハッ、と。詩子はまるでおかしなことでも聞いたかのように区切るような息を吐き、

「もちろん戦いだよ。殺し殺されなんて、その結果でしかないもの」

「それだけのために人を撃つのか!?」

「それだけのため? 坂上智代ともあろう人がそんな無価値な言葉を吐いちゃ駄目だよ〜」

 コロコロと笑いながら―――しかし一転して目を見開き、

「理由なんて、過程なんて関係ないんだよ! 必要なのは戦場に出ているということ、それだけ!

 銃を取ったなら、MSに乗ったのなら! 理由なんて付属品にかまけて勝手に自分が正しいだの恨みだの誰かの仇だの、喚くなっつーの!」

 智代から放たれたビームをシールドで受け止めつつ、

「どの道行き着く道は戦いなのよ! 何を想おうが、何を考えようが、所詮意見が通らなければ人は争う!

 そうして悲しみに耽って何もせず殺されるのを待つよりは―――戦場に自ら飛び込んでそのスリルを味わう方がよっぽど有意義ってものよぉ!」

 感情を叩き込むように撃ち込まれるメガ粒子砲。それを智代は機体を旋回させることで回避しつつ、思う。

 ある意味で、詩子の言い分は正しい。

 しかし、智代はいま信じる道がある。

「柚木詩子! ならばなぜその戦場が生まれない世界を望もうとしない!? その方がよほど有意義ではないか!?」

「あははは、冗談はよしてよね! 言ったくらいで戦いが無くなるなら、とっくの昔に人は争いを捨てて、こんな兵器を生み出したりしないわ!」

「だから行動するのだ。我々は!」

「そ。まぁ、そんなことどうでも良いわ。さっき言ったとおり、理由や過程や思想なんて関係ない。詩子ちゃんの望みはただ一つ・・・」

 間を置くように一拍。その間にビームサーベルを展開したハンマ・ハンマはゆらりと小さく身を伏せて、

「至上の戦いをこの身で感じることだけよ!」

 一気に加速した。

「もはや何を言っても無駄か・・・!」

 それを見て取って、智代もまたビームサーベルを抜く。

 激突するビームサーベル。打ち合う攻撃は数合。しかし格闘戦ならば智代の右に出る者はそうはいない。徐々に智代が押し始めていく。

「良いね、これよ! ゾクゾクしちゃう・・・!」

 しかしそれでも詩子はただ楽しそうに笑うのみだった。

「でも・・・」

 近接戦では分が悪いと判断した詩子はメガ粒子砲を放ちつつ距離を取ろうとする。

 確かに回避するためのタイミングを使えば上手く下がることもできるだろう。・・・だが、

「その程度で私を出し抜こうなど、甘いな!」

 相手はあの『白銀の狼』坂上智代。その程度の策が通じる相手ではない。

 左右から放たれるメガ粒子砲。それを上にでも下にでもなく、機体をハンマ・ハンマに対して垂直に傾けて、間をすり抜けた。

「そんなっ!?」

「遅い!」

 振り上げの斬撃。それはどう考えても回避不可能の一撃で・・・、

「まだまだぁ!」

 しかし詩子は有線制御式ビーム砲を自らの機体に放ち、その爆風で強引にかわしてのけた。

「まだ、まだ楽しみたいんだから!」

 そのままもう片方の有線制御式ビーム砲をレヴェレイションに向けようとする。だが、直上からいきなり放たれたビームがそれを撃ち抜いた。

「な・・・!?」

 仰ぎ見れば、そこにはハマーン派でもグレミー派でもない色に塗装されたドーベンウルフの姿。

 稲葉佐織だ。

「私たちは負けられない戦いをしているのだ。・・・真正直に一対一で戦わなくとも、効率が良いほうを選ぶ!」

「っ!?」

 声に弾かれ振り返るが、もう遅い。レヴェレイションのビームサーベルは完璧にハンマ・ハンマの動力部を突き刺した。

「・・・悲しいな」

「・・・いえ、楽しかったわよ」

 最後の言葉の応酬。ビームサーベルを抜き距離を取った智代の目前で、詩子のハンマ・ハンマは爆発に消えた。

 

 

 

 仁科理絵は最終防衛ラインで敵を迎撃していた。

「これ以上先には・・・行かせませんから!」

 迫り来るバウやドライセン、量産型キュベレイを理絵は次々と撃墜していく。

 だがいくら墜としても敵の数は減る素振りを見せはしない。

 それどころか、現状最も戦力が低下しているのを秋子艦隊だと見極めてか、連邦の機体までもがこちらに流れ込んでいる始末だ。

「くっ!」

 横から現れたジムVの小隊攻撃を掻い潜り、肉薄しビームサーベルで切り払う。

 だが、そこをグレミー派の量産型キュベレイがどちらも撃たんとせんばかりにファンネルを向けて攻撃してくる。

 撃たれていくジムVを尻目に理絵はシールドで攻撃を受け止め、反撃にビームライフルでそのキュベレイを沈めていった。

「行かせない・・・! これ以上は・・・絶対に!」

 磨り減る神経の中、理絵は気合や執念で機体を動かしていた。

 この先には理絵の所属する戦艦、グワンバムがある。そしてそこには彼女の最愛の相手・・・橘啓介が乗っているのだ。

 だから、ここから先には何人たりとも行かせるわけにはいかない。

 そうして再び活を入れた瞬間、アラートがコクピットに響き渡る。―――ロックされたのだ。

「っ!」

 なんとか回避するが一撃だけではない。まるでファンネルのようなビームの雨が降り注ぎ、二発ほど被弾してしまう。

「よし、いまや! このまま防衛ラインを突破する! 問題はあの青い機体や、気ぃ抜くんやないでぇ!」

「「「「了解!」」」」

 そこに飛び込んできたのはグレミー派でも、ましてや連邦の機体でもなかった。

「イブキのMS!? っていうことはあの集団の・・・!?」

 ここにきて、という思いに歯噛みする。

 しかもこの部隊はかなり統率されているようだ。いまの攻撃も部隊での同時攻撃なのだろう。

 かなり訓練が積まれた部隊であることは用意に想像がついた。

 ・・・理絵は知らないことだが、いま彼女を攻撃した部隊は神尾晴子率いる精鋭部隊。

 元々イブキにいた彼女に昔から部隊戦闘を訓練されていた部隊。その一人一人がエース級と呼ばれているイブキ精鋭中の精鋭なのだ。

「フォーメーション、『逃した魚は人魚』!」

 晴子の言葉を合図に付き従っていた四機が晴子と同時にビームを正射、その後それぞれの四方向へ散っていった。

 そして中央にいた晴子が拡散メガ粒子砲を放ちつつビームサーベルを構えて突っ込んでくる。

「いくでー!」

「くっ・・・!」

 最初のビームを回避すると姿勢を整える暇もなく拡散メガ粒子砲が飛んでくる。それをシールドで受け止めるが、その頃には晴子が肉薄してくる。

「そう簡単に・・・って、え!?」

 ビームサーベルをマウントしようとして右腕部が動かないことに気付く。どうやら先程の被弾で駆動系がいかれたらしい。

「おらぁ!」

 それを見逃さず晴子は突撃。シールドを持つ腕を切り払い、そのまま機体を翻し蹴りを放つ。

「くぅぅぅ・・・!」

 RガンダムMkXが激しく吹き飛ばされる中、散開していた二機のゼオンと二機のエイレスがビームサーベルを持って迫る。

 四撃、疾走のままにそれぞれがすれ違うようにしてRガンダムMkXを切り裂き、四機同時に反転。晴子の拡散メガ粒子砲に合わせるようにグレネードランチャーとリニアレールガンを乱射した。

 どこまでも訓練され磨かれた部隊攻撃。これを単機で受けて生き残った者は未だかつていな・・・かったのだが、

「んな・・・アホな」

 仁科理絵は生きていた。

 機体は既に大破判定を受けて良いほどの状況で、いまにも爆発しそうであるにも関わらず、確かにそこにRガンダムMkXはいた。

 そしてその周囲を、なにか薄い、紫色の靄が覆っている。

 まずい、と。

 晴子の長年の戦場での経験と本能が告げていた。

「負ける・・・わけには・・・」

 靄が膨れ上がる。同時、RガンダムMkXの背部から放たれたファンネルもまたその紫の靄に覆われて、

「負けるわけには、いかないんですっ!」

 突き奔った。

 それは通常のファンネルでは到底ありえない速度で展開し、晴子を含め周囲のゼオンやエイレスに襲い掛かっていく。

 彼らもまた晴子の下で直々に戦闘訓練を積んだ者たちだ。そうそう簡単に墜とされはしない。

 が、そのスピードに加えてビーム出力まで上がっているファンネルを回避や防御で処理しきれず、一機、また一機と沈んでいく。

「ちぃ!」

 見かねて晴子が突っ込もうとするが、晴子もまたファンネルに遮られそれどころではない。

 そして理絵の行動はそれだけに留まらなかった。

「行かせない・・・絶対、絶対に、啓介さんのところには行かせないんだからぁぁぁ!!」

「啓介・・・? って、まさか・・・!?」

 晴子の驚きを他所に、さらに靄は溢れ、オールドタイプでも萎縮するだけのプレッシャーを周囲に撒き散らし、ファンネルはさらに鋭角に、機敏に動き回り、晴子たちに限らずこのラインを抜けようとする連邦、グレミー派のMSにまで向けられる。

 たちどころに周囲に踊る光源を目にして、この一帯全てのMSが愕然とする。

 そして、その危機感がある種の一体感を呼び込んだ。

 あのMSを墜とさねばここは通れない、と。

 連邦のジムVやGDストライカー、GDキャノンが、グレミー派のバウやドライセン、ドーベンウルフが一斉に攻撃を開始するが、

「あああああああああああ!!」

 その咆哮と共に膨れ上がった靄に全てを遮られてしまう。そしてファンネルで撃墜される。その繰り返し。

 その中で、誰かがやけくそでビームサーベルを掲げて特攻を仕掛けてきた。それは靄を突き抜け、

「っ・・・!」

 RガンダムMkXを突き刺した。それを見た連邦、グレミー派のMSが次々と雪崩れ込み、ビームサーベルを突き刺していく。

「かはっ・・・!?」

 それはもはや、どこかの国の処刑のような光景だった。

 機体の至るところに突き刺されたビームサーベル。その数は十を軽く越えている。

 動力部にも、そして直撃ではないがコクピットにだって刺さっている。

 だが、だがそれでもRガンダムMkXは爆発しない。

 むしろさらにその紫の靄は強さを増し、溢れ踊りっている。

「私、は・・・私は・・・!」

 周囲のMSがどれも動こうとしない。否、動けない。

 その常識を逸脱したMSに、この付近にいる誰もが戦慄していた。

「行かせ、ません。行かせる、もんか・・・! 守る、んだ・・・! わ、私・・・が・・・私が・・・啓介、さん・・・を、守る、ん、だ・・・!」

 息も絶え絶えに、血をヘルメットの中にこぼしながら、それでも理絵は毅然と周囲を見渡した。

「殺させ、ない! あの人を、支え、て、・・・守っ、て・・・こ、これからを・・・ず、ずっと・・・一緒に・・・私は・・・生き、て・・・!」

 この世界でただ一人。自分が全てを賭けても良いと思えた相手。

 その人物と生きる未来を夢想し―――理絵は涙した。

 もうわかっているから。・・・それがもうただの願いでしかなく、実現できないことであると。

 だから、

 だからせめて、啓介にだけは生き残ってほしいと。

 ・・・そのとき、理絵はあのコロニー落とし作戦の際に戦った一人の少女を思い出し、不意に理解した。

 ―――あのときのあの子も、こんな心境だったんでしょうね。

 そう考え、そしてそう思える自分を誇りに思った。

「啓介さん。私は、あなたを愛していました・・・」

 そうして顔を上げ、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 宇宙に轟く心の咆哮。呼応するように紫の靄は爆発的に周囲へ広がり、連邦やグレミー派、そして晴子をも巻き込んで、

「・・・!」

 閃光へ呑まれていく。

 

 

 

「・・・そうか、仁科くんが」

 グワンバムの艦橋で、橘啓介はその報告を聞き遂げた。

 これで啓介の指揮下にいる主力メンバーは全滅したということになる。

 その事実を受け止め、啓介は苦笑した。

「・・・辛い、ことだね。わかっていたことではあったけど」

 戦力比、状況。全てを考えればまず生還できない戦であることは容易に計算できた。

 だが、それでも現実として突き出されれば、いかに啓介と言えど胸に去来する想いはある。

 それに理絵は特にいろいろと、考えることもあった。

「僕の、せいかな」

 エゴだと、思い上がりだともわかる。しかし、ここで散っていく全ての命が、自分のせいのように感じられてしまった。

 少なくとも、自分の部隊のメンバーの生死は自分の選択如何でどうにかなったかもしれない。

「艦長、正面から連邦艦隊! 数、十!」

 響くオペレーターの悲鳴に近い声。

 理絵のおかげで周囲のMSはあらかた一掃されていたが、さすがに戦艦は健在だ。

 敵艦隊の旗艦は例のカンナヅキ級、その新型であるようだ。

 理絵の行為を無駄にしたくは無い。せめて生き残る努力をしようと啓介は命令を下す。

「主砲撃て! 敵の陣形を崩すんだ!」

「だ、駄目です! 戦闘の影響で破損したのか、主砲の出力が上がりません!」

「敵艦隊より主砲、来ます!」

「くっ・・・」

 敵艦より来る一斉掃射。

 それによりグワンバムは被弾し、僚艦も次々と撃沈していく。

「被害報告!」

「メインエンジン被弾! 出力大幅低下!」

「主砲、応答ありません! 破壊されたようです!」

 燦々たる結果だ。もはやどうしようもない。

 啓介はそうか、と頷くと疲れたように息を吐き、艦長席にどかっと腰を下ろした。

「・・・これが、運命かな」

 そうしてクルーを見渡し、苦笑を浮かべ、

「すまないね。僕が無力なばっかりに君たちも巻き込んで」

 しかし、クルーたちは振り返って・・・しかし非難の声を上げなかった。

「艦長はしっかりとその責務を全うしていました」

「この結果は私たち皆の結果です。・・・我々のほうこそ、不甲斐ない部下で申し訳ありません」

 はは、と。そこで啓介は場違いな程の、綺麗な笑みを浮かべた。

「いや、君たちは僕の自慢の部下たちさ。仁科くんや柚木くん、その他の皆も含めて、ね」

 どこか穏やかな空気の中、アラートが響き渡る。

 敵艦隊の第二射だ。

 現段階での出力では回避はどう考えても不可能。それは誰にとってもわかりきったこと。

 その中で、啓介は懐から一枚の写真を取り出し、握り締めた。

 そこに映っているのは、一組の夫婦とその胸に抱かれた赤ん坊。

 ・・・そもそも、啓介がネオジオンに入ったのは連邦に復讐を果たすためだった。

 一年戦争より前、連邦の圧制がコロニーを苦しめていたとき。貧困に喘ぐ家庭は多かった。

 そして啓介の家もまた同じ。それでも、必死に働き生き抜いていた。

 病弱でありながらも優しく聡明な妻、郁子と、生まれたばかりの愛しき我が子、観鈴。

 それさえあれば例え貧しくてもそれで良いと・・・その時は思っていた。

 だが、現実はそうもいかなかった。

 郁子が倒れたのだ。

 啓介は何軒も何軒も病院を回った。他のコロニーにも足を運んだ。しかし金の問題でどこもお払い箱だった。

 そうこうしているうちに郁子は息を引き取った。

 あのときの悔しさを、あのときの涙を、あのときの絶望を、あのときの怨嗟を・・・いまでもはっきりと覚えている。

 連邦のせいで、郁子は死んだ。

 だからこそ啓介は観鈴を親戚である神尾晴子に預け、ジオンに身を投じたのだ。

 ・・・だが、いつしかそこで手に入れた仲間たちを想う様になり、憎しみの念は薄れていってしまった。

 それがどこか許されざる行為のように感じ、必死に連邦を恨むことでここまで来た。

 そうして、その連邦に討たれるというこの状況の中、しかし悔しさも悲しさも浮かんでは来なかった。

 あるのは虚しさ。自分はどこかで道を誤ってしまったのではないか。ただそれだけ。

 自分を慕ってくれていた理恵も死に、詩子や繭、由衣、大介、隆も・・・死んだ。

 その中で啓介は心のどこかで、『やっと終わる』と。・・・そんな、言葉が浮かんでは消えた。

 ・・・光が迫る。その放流をどこか遠いもののように見つめ、

「郁子、いま行くよ。そして観鈴・・・すまない」

 グワンバムは―――撃沈した。

 

 

 

 グレミー派艦隊へ向かう連邦艦隊とMS部隊。MS同士の激戦を潜り抜け、いま連邦艦隊はグレミー派のそれを射程圏内に入れていた。

「各艦、主砲用意!」

 旗艦からの命令が下り各艦がそれぞれ主砲の準備をする。

 ・・・だが、それが放たれることは結局なかった。

 突如直上から飛来したビームの雨に次々と先頭の艦隊が次々に撃沈されていったからだ。

「なんだ!? 何事だ!?」

「じょ、上方に巨大な熱源反応! こ、これは・・・MAです!」

「な―――」

 んだって、と言葉も続かなかった。

 光の雨が突き刺さり、旗艦であったその艦も遂に閃光に散った。

「くくく・・・ははは・・・あーっはっはっはっはっはっ!!」

 その光景を見下ろしながら、アマテラスに乗った聖は高笑いをあげていた。

 この機体、聖の予想以上であった。単機で艦隊を向こうに回しても勝てるという文句はどうやら本当らしい。

「これで自身を強化した甲斐があるというものだ」

 愉悦に口元を崩しながら、聖は周囲を見渡した。

 光る爆発。散る命。飛び交う怒号と交錯する憎しみ。

 あぁ、素晴らしい。

 これこそ腐った人間の辿り着く果てなのだと、聖は嘲るようにその光景を見つめていた。

「さて、行くか」

 ハマーン派の秋子艦隊はあと数刻を待たず全滅するだろう。秋子がそう簡単にやられるとは思わないが、他の者たちは所詮屑だ。

 連邦艦隊はとりあえずいまので良しとすると―――目標は、クラナドら三隻だ。

「カンナヅキ・・・か。名雪、君も楽しみだろう?」

「・・・」

 隣に控える複数のキャンセラーのうちの一機に乗る名雪は、しかしなにも答えない。

 名雪は一ヶ月前の戦闘以来精神状況が不安定なため再び強化処理を施した。

 だが以前のようにはならず、精神が壊れたかのように無感情、無表情、無口になった。

 虚ろな目でどことも知れぬ場所をただ見つめるだけ。こちらの言うことを聞きその通りに動くだけのマリオネット。

 それをつまらなそうに一瞥し、聖は視線を戻す。

 ―――まぁ、ある意味扱いやすくはなったわけだが。

 MSに乗せてみてもそつなく操縦をして見せているのだから別に構わない。しかし、個人的には以前のように感情をあらわにしている時の方が面白かったのだが・・・、

「・・・来る」

「なに?」

 名雪の呟きに耳を傾けようとして―――そこで聖も気付いた。

 こちらに近付いてくる気配があるのだ。ただひたすら真っ直ぐ、こっちに向かって。

 そしてそれは、聖にとって懐かしく、そしてよく知る気配だった。

 アマテラスの前、そこでいま一機のMSが制止する。

 それはイブキ製のMS、リアンダー・ゼオン。そしてそこに乗っているのは、

「お姉ちゃん・・・。お姉ちゃん、だよね・・・?」

「佳乃・・・か」

 久しぶりに聞く妹・・・否、姉の声にどこか感慨を持ってその名を呟く。

「お姉ちゃん・・・!」

「やはり、カンナヅキにいた霧島佳乃というのはお前だったんだな・・・。そうで無ければ、と思っていたが・・・」

 しかし、現実として佳乃はそこにいる。

 この聖が作り出した戦場に、いる。

「・・・」

「その子の相手は私がする。名雪、お前たちは下がっていろ」

 前に出ようとした名雪たちキャンセラー部隊を下げさせ、聖は単身前に出た。

 その巨大なMAを前にして佳乃は気圧されそうになるが、しかし気合でその場に留まり、聖を見据える。

「お姉ちゃん、やめて! あたしはお姉ちゃんと戦いたくてここに来たわけじゃないんだよ!」

「じゃあ、なんのために来た。佳乃」

 言うべき言葉を捜すかのように間が空き、そして佳乃は毅然と見返し、告げた。

「お姉ちゃんを、止めに来た」

「・・・」

「祐一くんや舞さん、往人くんから聞いたよ、お姉ちゃんのこと。

 すっごく、すごく辛かったと思うんだ。勝手に作っておいて、なのに勝手に役立たずなんて決め付けられて。あたしだったら、きっと耐えられない。

 でもね、だからってこんなのは間違ってるよ! 無関係な人まで巻き込んで、こんなことをする権利はいくらお姉ちゃんだって無いはずだよ!」

「・・・」

「答えてよ、お姉ちゃん!」

「・・・そうだな。そうなのかもしれない」

 聖は・・・どこか優しい表情をその顔に浮かべ、

「このやり方は間違っている。そうかもしれない。ただ平和に暮らしている者や、ただ守りたい者のために戦う者もいるだろう。

 ・・・佳乃。そうやって他人を思い遣れる子になってくれた佳乃を、私は嬉しく思うよ」

「お姉ちゃん・・・」

「・・・だが」

 喜色を滲み出させる佳乃を、しかしそこで押し留めるように言葉が続く。

「だが、だからと言ってもう止められん。そして止める気も無い。私は、既に結末なんだよ、佳乃。人の目指した成れの果てだ」

「お姉、ちゃん・・・?」

「誰かを選別して殺しても連鎖は消えない。技術は継承されデータは残され、それを手にした愚かな者が力を求めて手を染める。

 結局はその繰り返しだ。そして私はその被験者、被害者、そして加害者としてそれを止めなければならない。どうしても。

 恨みもある。憎しみもある。だがそれ以上に・・・私は人間がいずれ全てを食い尽くす未来を恐れているんだ」

 だから、と続け、

「悪いが佳乃。・・・私の前から退いてはくれないか」

「お姉ちゃん・・・!?」

「私は人間を滅ぼす。滅ぼさなければならない。この戦いで全てが滅びるわけでないことはわかっている。

 だがこれはその終焉への幕開けとなる戦いになるだろう。だからこそ、ここで止めるわけにはいかないのだ。

 佳乃。できることなら、お前だけは―――」

「嫌だよ!」

 はっきりとした拒絶の意思。それを剥き出しにして、佳乃は大きく首を振る。

「あたしには、もう仲間がいる、友達がいる! そしてその人たちに死んで欲しくない! ううん、それだけなじゃない・・・。戦いを終わらせたいんだ。

 誰もが平和で暮らせる世界を皆と一緒に作りたい・・・だからあたしは、いまここにいる!」

「・・・そうか。佳乃は相変わらず、強情だな」

 一瞬だけ。ほんのわずか、我が子を見つめるような母の笑顔を見せ―――そしてすぐに戦士の顔へと戻っていく。

「ならば、佳乃。私がお前を殺そう」

「お姉ちゃんの・・・分からず屋ぁ!」

 吼え、佳乃のリアンダー・ゼオンが飛ぶ。

 回りこむように移動しながら拡散メガ粒子砲を放つが、それはアマテラスに当たる前に何かに防がれ消える。それは、

「Iフィールド・・・!」

「驚いている暇があるか、佳乃!」

「!」

 隙を突くようにしてアマテラスの側面部から先端にビーム刃を搭載した触手のような武器、テンタクラーメスが奔る。

「くっ・・・!」

 縦横無尽に狙ってくるビームの刃を直感だけで回避し続ける佳乃。

 しかしそれも長くは続かない。強化処理を施した聖の感覚は以前より鋭さを増し、テンタクラーメスの動き方も半端ではないのだ。

 そのうち一本がリアンダー・ゼオンをかすった。これに大した損傷は無い。だがそうして崩れた体勢に、追い討ちのようにもう一本が迫る。

「っ!」

 慌ててシールドを向ける佳乃。しかし圧縮された光の刃はシールドをぶち抜き、そのまま左腕部を根こそぎ突き壊していった。

「うわあぁぁぁぁぁぁ!」

「死んでくれ、佳乃・・・!」

 完全に制御を失ったリアンダー・ゼオンに、聖は苦しそうにそう呟きつつ全てのテンタクラーメスを向けた。

 さっき言ったとおりだ。

 ここまで来て止まれない。止まるわけにはいかない。

 そして聖に止まる気は毛頭無い。だが、佳乃の説得となれば話は別になってくる。

 霧島佳乃。聖がこの生涯で唯一愛した自らの姉妹。聖はその佳乃の言葉を受け入れたくなってしまう。

 だが、だからこそ逆に、

「死んでくれ、佳乃! そして私は前に進む・・・!」

 佳乃さえ死ねば、もう誰も自分を止められない。

 いや・・・この手で佳乃を殺せば、もう止まれない。

 だからこそ聖は苦しそうに吐き捨てながら、その命を刈り取ろうとした。

 しかし、

「!」

 突如変質する気配。そして驚異的な機動でテンタクラーメスを回避したリアンダー・ゼオン。

 それを見て、聖は理解した。

「出たか。佳乃の中にいる第二人格が・・・!」

「・・・このこは・・・・わたくしの・・・いのち・・・」

「相変わらずわけのわからないことを。・・・だが、結果は変わらない!」

 テンタクラーメスが舞う。それをまるで踊るように、MSでは無茶だと思われる機動を軽くこなし回避していくリアンダー・ゼオン。

 この状態の佳乃は身体能力からして上がっていたのだが、どうやらMSの操縦も相当のものらしいと判断する。

 だが、と聖は考える。

 ―――だが、これならまだ水瀬秋子の方が速い・・・!

 聖はメガビームキャノンを撃ちまくる。しかしそれすら佳乃には当たらない。

 ・・・だが、これは布石。

 ビームによって佳乃の通る道を限定化させるためだけの攻撃。

 佳乃が正確な射撃でアマテラスを狙うが、それらは全てIフィールドに防がれる。聖は回避や防御の観念を捨て、全てを攻撃に集中させた。

「見える・・・、見えるぞ!」

 限界まで研ぎ澄まされた感覚は、明確にリアンダー・ゼオンの動きを捉えている。

 そしてその感覚の指し示すままにテンタクラーメスを繰る。

 数本を最初の攻撃としてかわさせ、それを二度、三度と繰り返す。数本を撹乱に使い、その動きを徐々に抑え付けていく。

 そして、

「そこだ!」

 遂に一本のテンタクラーメスがリアンダー・ゼオンの胸部を串刺しにした。

「!!」

 動力部関係には刺さらなかったのか、爆発は未だ起きない。しかし突き刺さった状態のままでは動きもろくに取れないだろう。

「佳乃」

 その名を、呼ぶ。

 もう一度。

「佳乃―――」

 ・・・憎むべき霧島夫妻の実の娘、佳乃。

 本来ならその憎しみは佳乃にも向けられるはずだった。

 ―――だが・・・。

 聖の成長が佳乃を丁度追い越した頃辺りに、佳乃は事故に合い死んだ。

 そして忌むべきイリス計画。それにより蘇生した佳乃は、しかし部分的な記憶生涯を起こし・・・聖を、佳乃は妹ではなく姉だと認識した。

 そして、頼ったのだ。聖を。姉と慕い、くっ付き、必要としたのだ。

 ・・・必要とされる喜びを、聖はそこで久方ぶりに実感した。

 その時は、純粋に必要とされる喜びから佳乃を溺愛した。しかしいつしかその感情は昇華し、聖はこの世でただ一人、佳乃を愛した。

 だからこそ、戦場になど出てきて欲しくなかった。

 どこかで静かに暮らして欲しかった。

 例えこの世界の全てを壊そうとも、佳乃にだけは生きていて欲しかった。

 それがエゴだとも、矛盾していることだとも理解している。だがそれほどに、聖は佳乃を愛していたのだ。

「私の佳乃・・・」

 だから、

「愛しい佳乃・・・」

 だからこそ、

「私のために、死んでくれ」

 意思に応じたテンタクラーメスが、一斉にリアンダー・ゼオンを突き刺した。

「・・・あ」

 そして最後、佳乃は意識を取り戻し、

「お姉、ちゃん・・・往人、くん・・・」

 そうして、機体は聖と佳乃の過去と想いと共に―――、

「・・・さよならだ、佳乃」

 爆散。そして手向けの言葉。

 聖の頬に、数十年来の涙が伝った。

 

 

 

 あとがき

 ……ども、神無月でーす。

 えー……とりあえずすいませんorz

 また伸びてしまいました。「戦士、再び・・・」は三話構成の予定だったんですが、あまりに長くなってしまったため急遽四話に切りました。

 正直もう少し短くなると思ったんですが……不覚ですっ。

 というわけで、あと二話です。

 もう少し、お付き合いください。

 

 

 

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