Episode ]]]X
【想い、紡いで】
「スペースノイドもアースノイドもない! 人は皆滅ぶのだ! それこそが、ここまで来てしまった人の辿るべき正しい道だ!」
聖の嘲笑が施設にこだまする。
叩きつけられた過去の事実に、祐一も舞も動くことすら忘れたように呆然としている。郁未だって似たようなものだ。
そんな三人を聖は等分に眺め、
「・・・さて、演説もここまでにしておこうか。何分、こちらも忙しい身でね」
その言葉に一番早く我に返った郁未が銃口を聖に向ける。
「逃げる気!?」
「もともとここに来たのは川澄舞に真実を教えてやろうと思っただけだからね。相沢祐一も一緒だったのは僥倖だったが」
それだけのためにここに侵入し、他の兵士たちを殺していたとでも言うのか。
思わず歯噛みし、さらに銃を強く握る。
「・・・逃がすと思っているの?」
「逃がした方が得策だと思うがな」
「どういう意味よ」
「いま、こうしている時にも外ではかなりの激戦が繰り広げられているだろう。特に数で負けている君たちの被害はかなりのものだろうね」
「・・・・・・」
「だが、いまここで私を帰せばその戦闘も終わる。何故ならここでの戦闘はもう意味を成さないからだ」
「・・・どういうこと?」
「この戦闘はハマーンの命によるものだが、もうそれに従う意味もあまりないのだ、私にとっては。とはいえいま疑われては元も子もないのでこうしてやってきたわけだが、戦ったという事実さえあればあとはどうとでも言える。故にもうこの戦いに意味はない」
いま聖はネオジオンの総帥であるハマーンを呼び捨てた。さらにはその命令に従うつもりもない、とも。
ということは、
「・・・まさか、ネオジオンを裏切るの?」
「半分正解、と言っておこうか。だがこれ以上は言えんな。こちらにもいろいろと事情がある」
さて、と前置きし聖は無造作に一歩を踏み込んでくる。慌てて銃を構えなおす郁未だが、聖は撃てと言わんばかりにただ進む。
「判断は君に任せよう。ここで私を殺し、指揮官が戻らぬまま双方共に泥沼の戦闘を繰り広げるも良し。互いの利益を考え銃を仕舞うも良し。・・・さぁ、どうする?」
「くっ・・・!」
「行かせろ、郁未」
「!」
声に振り返る。その発生源は隣、顔面を蒼白にした祐一のものだ。
だが、目は生きている。事実に打ち付けられながらもなお、その瞳は一人の指揮官として強さを失っていなかった。
「祐一、でも・・・」
「奴の言っていることはおそらく嘘じゃない。もし仮にここから逃げるための嘘だとしたら、さっきショックで呆然としていた間に俺らを殺して悠々とここから逃げ出せたはずだ。それをわざわざしなかったということは、つまりそういうことだ」
「祐一・・・」
「加えて言うなら、あいつは俺たちにも生きて欲しいと思っている。・・・きっと奴の企みの上で、俺たちにはまだ死なれちゃ困る存在なんだろう」
すると聖がいきなり小さく笑い出した。
「はは・・・いや、さすがはあの天才、相沢夫妻の実の息子なだけはある。全てはお見通しというわけか?」
「お前の企み全てが目に見えているわけじゃないが、さっきの事実とお前の行動を見ていればおおよその察しは着く。
お前は全ての組織をぶつけ合い殺し合わせようとしている。そうだろう?」
聖は答えず、ただニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。
だが、それこそ答えのようなものだろう。
「戦闘宙域であったにも関わらず派遣された慰霊団。事前に知らされていたコロニー落下作戦。一ノ瀬の両親が作り消えたはずのガンダムの設計図・・・。おそらくそのどれか、あるいは全てにお前の手が伸びていたはずだ」
「ほう」
聖はわずかに驚いたように言葉を洩らす。
「いや、正直驚いた。まさかそこまでわかるとは・・・。しかし、コロニー落下作戦の事が連邦の上層部に事前に伝わっていたとなぜ知っている?」
「対応が良すぎる。慌てた様子もなかった。いくら地球の人口を減らすためには丁度良いとはいえ、コースが少しでも違えば連邦だって被害は出る。それにも関わらず落ち着いた素振りで落下阻止作戦なんてやっていればリークがあったことくらいは想像がつく」
「・・・ははは、いや、実に素晴らしい。君のその着眼点と推測の鋭さは賞賛に値するよ。さすがは相沢の姓を継ぐ者だ」
面白そうに喉を鳴らす聖。彼女は大仰に手を広げ、
「慧眼な君だ。ならばこれから先のことも予想がついているのだろうな」
「・・・現状、ネオジオンの戦力が最も強いが故に、連邦もエゥーゴも迂闊に手が出せなくなっている。このままでは戦闘は起きないだろう。仮に起きてもネオジオンの勝利で終わるかもしれない。だが、それはお前の望むことじゃない」
「ふ・・・」
「お前の望むのは人類同士による殺し合い、その果ての自滅だ。・・・つまり、ネオジオンの圧勝じゃ意味がない。
ならどうするか。答えは簡単だ。ネオジオンの戦力を減らせば良い。ならどうするか。・・・それも簡単だ。内紛を起こせば良い」
「くくっ・・・」
「ネオジオンが二分すれば、連邦もエゥーゴも漁夫の利を狙って動き始めるだろう。そうすれば全て・・・お前の望む通りの展開になる。そうだろう?」
言い終わると、おもむろに聖は大笑いをし始めた。ただ愉快そうに、ただ面白そうに笑いを起こす。
「素晴らしい! 実に素晴らしいよ相沢祐一! 寸分違わず正解だ! 君は最高だ! まさかここまでとは思わなかった、君は天才だな!」
「御託は良い。だからとっとと戻ってこの戦闘を切り上げさせろ。・・・いま自分たちの戦力を減らすわけにはいかないんだろう? ハマーンと戦うためにも」
「くくっ・・・そう、その通りだ。だから私たちにとっても君たちと長時間戦うのはよろしくない」
言って、聖は踵を返す。その背中に銃口を向けようとする郁未を、しかし祐一は自らの手で遮った。
ここで撃っては駄目だ。相手の目論見どおりに事が運ばれていくのは悔しいが、ここで自分たちが死ぬわけにはいかないのだ。
「あぁ、そうそう。楽しませてもらったお礼に一つ、良い情報をやろう」
階段に差し掛かった聖が突如何かを思い出したかのような口調でこちらを振り向く。
「ネオジオンが二分するのはおよそ一ヵ月後だ。つまり、一ヶ月の間だけ連邦などから隠れ切れれば、全ての決着が着くわけだ。
良い情報だろう? 最終決戦の日付がおおよそわかれば水や食料、燃料に弾薬などの心配も随分と減るだろうしな」
「・・・で、お前は各組織のぶつかり合いに俺たちをも巻き込みさらに戦場を混迷に突っ込ませるわけだな」
「不服か? とはいえ、君たちが望む物を手に入れたければどちらにしろその戦場に頼るしかないだろう?」
祐一は舌打ちする。悔しいが、その通りだ。
ネオジオンを討つのなら、ネオジオンが二分したときが最大のチャンス。それは紛らわしようのない事実なのだから。
だからこそ、祐一は強い意思を持ち聖を睨みつけて、言う。
「お前の思惑には乗る。だが最後までお前の敷いたシナリオに乗っかるつもりはない。それをぶち壊して、俺たちは俺たちの道を行く」
「・・・そうか。ならばそれを楽しみにしていよう」
本当に面白いものを待つような笑みを残し、聖は施設を出て行った。
「・・・俺たちも戻ろう」
遠のいていく足音を聞きながら、一番最初に立ち上がったのは祐一だ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの?!」
慌てて郁未も立ち上がり、祐一の様子を伺う。顔はいまだに蒼白だ。
祐一は多少よろめきながらも首を振り、
「正直大丈夫じゃない。いまだって頭がグシャグシャだ。・・・でも、だからってここにボーっとしているわけにはいかないだろ。
俺たちは俺たちのできることをしないと」
強いな、と郁未はそう思う。
あれだけのことを聞かされながら、それでも自分の責任を全うしようとするその姿勢は・・・尊敬しているあの公子にも通ずるものがある。
「舞・・・舞、おい、舞!」
祐一が舞に近付きその肩を揺するが、舞からの返事はない。
慌てて郁未も舞の元へ駆け寄る。前に回り込んでみれば、舞はあまりのショックに茫然自失としていた。
「舞・・・」
「おい、舞! 目を覚ませ!」
いくら揺すってもその瞳に意思の光は宿らない。どうする、と郁未が祐一を見上げた途端・・・小気味良い音が響き渡った。
「「!?」」
それは、祐一が舞の頬を思いっきり平手打ちした音だった。
「何をボーっとしてやがる、舞! お前はこんなところで立ち止まっている余裕はないはずだぞ!」
「祐・・・一・・・?」
「外ではまだ戦闘が続いている。霧島聖が戻れば戦闘は終わるとはいえ、その間お前の穴を埋めてくれている兵士たちがいることを忘れれるな。
浩平、栞、風子、岡崎、一ノ瀬、坂上や他の皆・・・それに佐祐理さんだってまだ戦ってるんだぞ。なのにお前はこんなところで座ったままか!?」
「!」
「お前が早く戻れば戻っただけ兵士の命が救われる。お前にはその力があるんだろう!? ならいまは動けよ! それがお前の責任だろう!?」
赤くなった頬を押さえながら呆然と祐一を見上げていた舞の瞳に、色が戻る。
それは強い意志の色だ。
「・・・うん、ごめん。そうだった、ね」
立ち上がる舞。無理やりであるとわかりつつも、しかしその表情には強さが戻っていた。
「聖が戻って戦闘の中断を告げ、撤退が始まるまでまでおよそ四、五分ってところだろう。・・・一人でも多くの兵を救ってやってくれ」
「了解。祐一も気をつけて」
あぁ、と頷く祐一を横目に、舞は駆けていった。外に待機させてあるMSへ向かっていったのだろう。
それを見届ける祐一のその背中を見つめ、郁未はポツリと呟く。
「・・・強いわね、あなた」
「そうでもないさ。・・・ただ、周りの連中の命を背負ってるからな。それの責任を盾にして自分の気持ちを誤魔化しているだけだ。
・・・そんなことより俺たちも戻るぞ」
「そうね」
駆け出す祐一の隣に郁未もまた並ぶ。
その横顔を見て、でも、と思う。
誤魔化しであっても、そうできることこそ心の強さなんじゃないか、と。
「くぅ・・・!?」
宇宙を縦横無尽に駆けていくガンダムウインド。その周囲を三機の紅が追撃している。クリムゾン・スノーのドーベン・ウルフだ。
インコム、メガランチャーの波状攻撃を直感で回避しつつ、ビームサーベルなどの攻撃は同じくビームサーベルで受け流す。
正直、この三機の連携をここまで耐えている栞の回避、反応能力は尋常ではない。
あの川名みさきですら三機の連携の前には歯が立たなかったのだ。機体の運動性はウインドの方が上だとはいえ、それはたいしたことなのだ。
だが、無論無傷なわけではない。既に左腕は失ってしまっているし、ウイングの損傷も激しい。加えて、強烈な機動のせいでそろそろエネルギーがまずい状況になっている。
「ちょろちょろと・・・いい加減・・・!」
「落ちて欲しいものですね・・・!」
二機のドーベン・ウルフが振り切られまいと横に並びビームやミサイルを放ってくる。
「――!」
それを目視・・・否、レーダーすら見ず感覚だけで機体を動かし、全てを回避する。
「・・・くっ!?」
しかし、無茶な機動はそのまま機体の悲鳴となり、身体にも重圧を向けてくる。
強烈な機体反動の中、しかし耐えるように栞は強く唇を噛め、前を向く。
「死ねない・・・!」
ビームライフルを突如頭上に向け発射する。そこにはいつの間にか残りの一機が放ったインコムがあり、貫通、破砕した。
「あの中でインコムの動きを見切ったの・・・!?」
「私は、死ねないんです・・・!」
再び横合いから撃たれるビームを無視しつつ急上昇。上にいる残りの一機・・・姉、美坂香里の乗るドーベン・ウルフに急接近する。
「なっ!?」
この状況でこっちから接近するとは思っていなかったのだろう。香里が慌ててビームなどを放ってくるが、それを紙一重で回避しつつ栞はビームサーベルを抜く。
「浩平さんがいて、瑞佳さんも生きていて・・・だから私は、こんなところで死ねないっ!!」
栞の意思に呼応するように、機体を靄掛かった何かが包み込んでいく。それはどういうわけか、放たれたビームを捻じ曲げた。
「!?」
その光景に驚愕しつつ、腕はビームライフルを捨てビームサーベルに伸ばされている。
肉薄する栞の一撃を、どうにか直前で受け止める香里。
だが、
「押されてる・・・!? ビームサーベルの出力じゃこっちが上なのに・・・!?」
ウインドを包む靄がビームサーベルにまで取り巻いている。そのせいなのか、出力が上である香里のビームサーベルが競り負けている。
「お姉ちゃん! 過去に恨みを抱いたままでは・・・その先に未来はないんです! なんでそれがわからないんですか!?」
「・・・っ! 過去に清算しなければ、先になんて進めないわ! これは正当な戦いよ!」
「無関係な人たちまで巻き込んだこの戦いに、いったいどんな正当性があるんですか!? 個人の都合と人の意思を混同しないでください!」
「くっ!? わかりきったような口を・・・!」
「少なくともお姉ちゃんよりは理解しているつもりです!」
「生意気なぁ!」
打ち払われるビームサーベル。しかし栞はそこで下がらず更にビームサーベルを叩き込む。
「見てきましたから! いろいろな戦場で、いろいろな人を! 敵だった人にだってそれぞれの正義がありました! そんなことはわかっています!
でも、だからって戦いを続けていれば、終わりがないじゃないですか! どこかでその憎しみの連鎖を断ち切らなければ、人は永遠に戦いを続けることになってしまう!」
「そうならないための戦いよ! 意思が二極化されてしまうから、その間のずれで戦いは起こる! ならその片方を消せば全ては解決する!」
「本当にそんなことを考えているんですか!? それはつまり・・・スペースノイドかアースノイド、どちらかに滅べと言っているんですよ!?
殺された者の痛みを知るはずのお姉ちゃんが・・・それを望むんですか!?」
「そうしなければ戦いが終わらないのなら、それもまた一つの道だわ!」
栞は歯噛みする。
姉は・・・香里は本当にそう思っている。心の底から、そう考えている。それがわかる。
もう自分の声も届かないのか。唯一この世界に残された、ただ一人の肉親にも、もう言葉は届いてくれないのか。
これが戦争。それの本質なのか。
・・・ならば、なおのこと、
―――戦争は、終わらせなくちゃいけない!
「・・・お姉ちゃんの意思はわかりました。なら、私はその最後の肉親として・・・お姉ちゃんを止めるだけです!」
「っ・・・! 栞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ぶつかり合うビームサーベルの脇、ドーベン・ウルフのマウント部分から隠し腕が出現し、ビームサーベルを持って迫ってくる。
コースはコクピットドンピシャだ。
「!」
ブースターを緊急点火、栞は機体をビームサーベルを軸に前転させその一撃を回避する。そして、
「あぁぁぁぁぁぁ!」
頭部バルカンを機動。真上からバルカンの直撃を受けたドーベン・ウルフの頭部が爆発する。
「なっ!?」
モニターを失った香里の動きが一瞬止まる。その間にウインドは後ろに回りこみ背中合わせの状態になり、そしてビームサーベルを逆手に持ち、
「・・・さよなら、お姉ちゃん」
「がっ・・・!?」
後ろ手にビームサーベルを突き刺した。
コクピット直撃。一瞬でその身を蒸発させたであろう姉を想い、栞はビームサーベルを離し機体を離脱させた。
「お姉ちゃんの業は、私が引き継ぐから・・・」
そうしてウインドがそれなりの距離を取った瞬間、香里のドーベン・ウルフは爆発に散った。
「香里!?」
「香里さん!?」
残った二機から悲痛の叫び声が聞こえる。そうして二機はすぐさまこちらに向き直り、
「―――お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
うち一機が強烈なスピードで迫ってくる。それに対し栞がビームライフルを構えた瞬間だ。
パァン!
「「「!?」」」
ネオジオン艦隊の方から打ち上げられた信号弾。栞の勘違いでなければ、それは撤退信号のはずで・・・。
「撤退!? どうしてよ!?」
「・・・晴香さん、下がりますよ!」
「でも!!」
「悔しいのはわかりますが、いまは堪えてください。・・・良いですね?」
「・・・っ!」
二機のドーベン・ウルフは反転。そのまま全速力で離脱していった。
「・・・」
それをどこか遠い目で見送った栞は、不意に視界が歪むのを自覚した。
それは―――涙だ。
「・・・おねえ、ちゃん・・・」
湧き出た涙は、ヘルメットの中をゆっくりと飛び回っていた。
青と青の機体が激突する。
キャンセラーとBD。水瀬名雪と七瀬留美だ。
戦況はほぼ五分五分。・・・いや、わずかに名雪が押しているかもしれない。
「あはははは、ほらほら、どうしたの!? ここぞってときに動きが鈍ってるよ!」
「くっ・・・!」
留美は既にEXAMを起動している。それでなお、名雪との戦闘は一進一退であった。
名雪の言うとおり、とどめを刺せそうな状況になるとどうしても一瞬迷いが生まれてしまうことも要因の一つであるだろう。
だが、なにより名雪の操縦が以前にも増して鋭いのだ。MSに慣れたのか、それともまた強化を施されたのか。それは留美にはわからない。
しかし切実な問題点が一つある。
EXAMシステムの制限時間だ。
EXAMを起動してから既に三分程度経過している。あと二分もすればシステムは機体への負荷を考慮して自動でダウンするだろう。機体もその影響で一瞬動きを失う。
いまの名雪の技量を考えれば、そんな隙を見せればすぐに殺されるに違いない。
故にそれまでに決着を着けなければならないのだ。
「あははは、どうしたの! 何も出来ないの!? だったらさっさと祐一の居場所を吐いちゃってよ〜! そうすれば一瞬で殺してあげるからさぁ!」
「名雪! お願い、正気に戻って! 私のことを思い出してよ!」
「あーあー、うるさいなぁ! 聞き飽きたよそんな言葉! だからわたしは正気だって言ってるでしょぉぉぉ!」
ミサイルポッドから放たれるミサイルを迎撃しつつ、こちらもミサイルで応戦する。無論、名雪がこんなものを受けるはずもない。
軽く回避し、ビームサーベル片手に突っ込んでくる。
「ほらほらほらぁ!」
「!」
シールドで受け止めようとするが、それを見越していた名雪は外側に回りこみ一閃を振るう。
「なっ!?」
「隙だらけだよ! 折角あなたの得意な接近戦で挑んであげたのに――」
斬られたのはシールドを持っていた腕だ。腕部の爆発に機体が後ろに流れ、それを名雪は追撃してくる。
反射に近い動作で、ビームサーベルを抜きその一撃を受け止めようとする。だが、それすらも予想していたのだろう。
急制動。受け止めようとしたビームサーベルが空を切ったその瞬間に名雪のビームサーベルが弧を描き、
「―――こんなんじゃ、つまらないにもほどがあるよ!」
残りの腕も切り飛ばされた。再びの爆発を利用して距離を取ることしか留美にはもうできなかった。
それを追うこともできたはずの名雪は、しかしビームサーベルを展開したままそこに止まっている。
「・・・で、どうするの? 両腕失くしちゃって、もう攻撃の手段持ってないみたいだけど?」
心底つまらなそうに訊ねてくる名雪。確かにその通りだ。ビームライフルはまだ残っているが、腕がないのであればどうしようもない。
胸部ミサイルも数発残ってはいるものの、いまの名雪の反応速度では当たることなど万が一にでもないだろう。
加えて言えば、EXAMシステムの残り時間ももう一分を切っている。
まさに八方塞だ。
・・・・・・。
「ねぇ、名雪。どうしても、相沢を殺すの?」
「もちろんだよ。だってそのためにわたしはここにいるんだから」
「どうして? 好きなんでしょ? なら殺すんじゃなくて・・・一緒に生きようとか考えないの?」
「駄目だよ。それじゃあ、わたし以外にも祐一に触れられるし、話せるし、会えちゃうじゃん。そんなの駄目、そんなの許せない。祐一は一生、永遠にわたしのものなの。だからそうするためには・・・祐一を殺して、永遠の存在に昇華してあげなくちゃ」
恍惚とした語り口調に嘘はないのだろう。
・・・敵に強化処理を受けてしまった名雪。彼女に罪はない。・・・いや、ネオジオンに亡命した時点である意味で罪だったのかもしれない。
だけど、決してこうなることを望んでいたわけではないはずだ。
名雪が相沢祐一のことを好いているのは士官学校時代から知っていた。
少し照れながら、それでも一生懸命にその相沢祐一という人物の良いところを喋わからせようとしたその笑顔を、いまでもはっきりと覚えている。
それがいまや・・・あんな状態になり、歪な笑みを浮かべてその祐一を殺すと声高に叫んでいる。
それを果たして元の名雪が許すだろうか? ・・・いや、絶対にありえない。
そんなことをするぐらいなら、彼女はきっと自決の道を選んだはずだ。それだけ水瀬名雪という少女は相沢祐一を愛していた。
「・・・・・・名雪」
自己釈明だろうか、それは。自分勝手な妄想だろうか。・・・違うと、そう信じたい。
自分はあの・・・天然で、おとぼけで、朝に弱くて・・・でも健気で、優しくて、強かった水瀬名雪の親友だと自負している。
・・・だから、
「名雪。あなたに相沢を殺させはしない」
「ふぅん。で、いまのあなたに何が出来るの?」
「・・・一つだけ、出来ることがあるわ」
その瞬間、名雪の表情が色を変えた。
気付いたのだろう。・・・こちらの企みに。
「・・・まさか」
「ええ、そうよ」
言った瞬間だ。BDが背部ブースターを点火、急遽全速力で前進を開始する。向かう方向は一直線に―――キャンセラーだ。
「名雪、あなたを止めるために・・・あなたを殺す。でも、一人じゃ逝かせない。私も一緒に逝くから!」
「あなた・・・正気!?」
「嘘だと・・・思う?」
薄く笑ってみせる。それで名雪も理解しただろう。
・・・七瀬留美が本気であるということを。
「く・・・来るなぁ!」
後退しながらビームライフルを撃ってくる名雪だが、留美には当たらない。もともと回避能力ではほぼ五分五分なのだ。回避にのみ専念すれば、まず攻撃は当たらない。
それにキャンセラーは防御特化のMS。スピードはBDよりも下だ。特に直線の加速力はBDの方が遥かに上を行く。
・・・捕まえられないはずがない。
「おぉ!」
「うわぁ!?」
激突する。だがそれでもなおブースターは緩めない。腕を失ったいま、この加速でしかキャンセラーをホールドする術がないからだ。
「自爆シークエンス、起動・・・!」
キーボードを操作しながら思い出すことは、30バンチ事件のときのことだ。
後悔ばかりを積み上げた、忌まわしきあの事件。
友人であった長森瑞佳と折原みさおを目の前で殺され、それを自分のせいだとして墜落していった折原浩平。
どちらも、自分はただ見ていることしかできなかった。
もしあのとき四の五の言わず浩平と一緒に出撃していれば。そうすれば浩平のタイムラグも減り、瑞佳やみさおを助けられたのではないか。
そんな考えがこれまでの三年間、延々と頭に残っていた。
そうした後悔はもうたくさんだった。
「・・・ふ」
唯一の心残りは、結局浩平に自らの気持ちを伝えることができなかったことだろうか。
でもそれで良い、とも思う。それで困らせたりしたくはなかった。
いまじゃ浩平の周囲には栞と風子がいる。きっと彼女たちが浩平を支えてくれるだろう。
・・・なら、それで良い。もう自分の役目もこれで終わりだ。
「・・・そう、これが最後。親友のあんたを私が止めて、終わりよ!」
「なんなんだよ・・・! なんなんだよあなたはぁぁぁぁぁぁ!?」
発狂したように名雪がビームサーベルを振り上げる。そのままこちらを串刺しにしようというのだろう。
だが遅い。既に自爆シークエンスは完了している。あとはスイッチを押すだけだ。
「ごめんね、名雪。・・・向こうでは、前みたいに仲良くしましょうね」
振り下ろされるビームサーベル。だが、それよりもいち早く留美はスイッチを押し―――、
「―――っ!」
閃光が二機を包み込んだ。
「春原ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
消え逝く友の命を目前に、朋也の悲痛な叫びが宇宙を駆ける。
「・・・くそ、くそぉ!」
朋也は悔しさに思わずモニターを打ちつけた。
自分の甘さが、この状況を生んだのだ。みさきが相手だということであそこまで躊躇しなければ、こんなことには―――、
『そういう躊躇は、後悔を生むよ』
ああ、認めよう。そう言ったみさきの言葉は確かに正しい。
だから・・・もう次は躊躇わない。どんなことがあろうとも、二度とこんな思いをしなくてすむように・・・!
キッとその爆炎の方向を睨みつける。煙の晴れていく先・・・その向こうに一つのシルエットがある。
それはバンズ・バウ。そう―――川名みさきだ。
「・・・まさか自爆覚悟で突っ込んでくるとは思わなかったよ」
バンズ・バウの正面にあるメガ粒子砲が全門爆発の影響で潰れているが、その他は特に異常はなさそうだった。
陽平が命をかけた結果がそれだけ・・・ということにも悔しさを覚えるが、そういった感情で付け入る隙を与えては元も子もない。
朋也はビームスマートガンを構え、バンズ・バウの頭上から垂直落下しつつ撃ちまくる。
昔の仲間だろうがもう躊躇ったりしない。そんなことでこれ以上自分の仲間を殺されてたまるものか。
「おおおおおお!!」
「!」
みさきがバンズ・バウを急旋回させ回避行動を取る。しかし、
「逃がすかよ!」
インコムを射出し、先回りができる方向に動かしていく。そこへ誘導するようにビームスマートガンを連射。
的確な攻撃に、細かい動きの取れないバンズ・バウは朋也の思い描いた方向へと進まざるをえない。
「くっ・・・!? これが本気の朋也くんなんだね・・・!」
残った数少ないファンネルで牽制じみた攻撃をするも、朋也はなんでもないことのように回避し、攻撃の手は緩まない。
「くっ・・・!」
インコムがバンズ・バウの前面に展開される。この距離、この角度でバンズ・バウに回避の手立てはない。
「川名! 終わりだ!」
インコムからビームが放たれようとした―――その瞬間、
「「!?」」
インコムが爆発。
慌てて周囲を見ればズサカスタムが一機、ミサイル展開状態でこちらを見ている。
「っ・・・!」
こんな距離で敵の接近に気付かなかった。それだけみさきにだけ意識を向けていたということなのだろうが・・・。
そのズサカスタムから発射されるミサイルをかわすため、やむなく機体を後方へ移動する。
その隙にバンズ・バウはこちらの射程外に離脱してしまった。
「柊くんか。ありがと、助かったよ」
「ううん。そんなことより撤退信号出たよ。知ってた?」
「え・・・? ごめん、気付かなかった」
「だろうと思ったよ。じゃ、撤退しよう」
ズサカスタムがバンズ・バウに掴まり、急速離脱していく。
朋也は一瞬それを追いかけようとしたが・・・歯噛みしつつ止めた。
感情に左右されるままに動けば、また先のような後悔を生む結果になりかねない。それを朋也は痛いほどに認識していた。
「・・・朋也さん」
近付いてくるなつきに何も言えないほど、朋也は唇を噛み締めた。
「遠野! もうやめろ! 俺はお前とは戦いたくない!」
「・・・・・・」
往人の言葉は美凪にも届いているだろう。しかし美凪はただ無言で攻撃をしてくるだけだ。
「くそ・・・!」
飛んでくるビームを回避、防御しながら後退する往人と入れ替わるように観鈴のエアが前面へ出る。
「遠野さん! わたしには詳しい理由はよくわからないけど・・・、でも往人さんと同じで、わたしも・・・佳乃ちゃんも戦いたくないと思ってるよ!」
「・・・神尾さん」
「だからお願い! もうやめようよ!」
「・・・駄目です。止まりませんよ」
「え・・・?」
「止まらない、と言ったんです」
一拍の間。そして、
「・・・聖さんは、きっと何が起きようと止まらないでしょう」
「え・・・?」
疑問視を浮かべたのはみちると戦っていた佳乃だ。
「聖って・・・もしかしてお姉ちゃんのこと・・・?」
「そうです。霧島聖さんですよ。・・・正確に言えばあなたの姉ではありませんが」
「え・・・?」
「まぁ、その辺りの事情は後で国崎さんにでも聞いてください」
言った瞬間だ。後方、ネオジオン艦隊の方から信号弾が放たれる。ネオジオンにいた往人にはその意味がすぐにわかった。
撤退の合図である。
「・・・どうやら時間のようですね、みちる」
「んに」
「待て!」
横にみちるが並ぶのを待ち、美凪は後退しようとする。だがそれを往人は止めた。
美凪も少し先で機体を止める。その背中に、往人はネオジオンにいたときに聞こうと思って聞けなかったことを口にした。
「これだけ聞かせてほしい。・・・遠野、お前・・・聖の思惑がわかってて一緒にいるんだよな?」
「・・・はい」
「何故だ!? あれだけのことを企んでいる聖に、どうしてついていける!?」
「・・・」
美凪は一瞬無言になり、機体をこちらに向けた。そうして、
「国崎さん。あの人は・・・とても悲しくて、寂しい人なんですよ」
「・・・それは、なんとなくわかる。・・・だがあいつのしようとしていることはお前にとっても良くないことのはずだ!」
「そうですね。そうなのかもしれません。ですが―――私は、間違いなくあの人に助けられました。それは過去として、確かなことなんです」
「恩返しってことか!? にしたって・・・!」
「恩返し・・・いえ、少し違います。―――私はあの人に助けられた。・・・でも、もしいまここで私が抜ければ、あの人は誰にも助けられない」
「・・・遠野、お前・・・」
「勝手に生み出されて、勝手に期待をしておいて、勝手に捨てて・・・誰からも助けを得られずいままで必死に一人であの人は生きてきたんです。
そうして生きてきた結果として望んだのがそれだというのなら・・・きっとあの人にとって世界はそれだけの価値しかないということなんでしょう。
・・・それはとても寂しいことです。そして、そう思いたくなる気持ちも・・・わかるんです、私には」
「だからお前は―――」
「・・・はい。そんな聖さんを“助けたい”と思います。・・・たとえそれで私が消えたとしても、です」
口調に淀みは、ない。それが本心であるということが十分に伺えた。
もう自分が何を言ったところで無意味なのだと、嫌になるほど理解できた。
「・・・そう、か」
痛くなるくらいレバーを握って出たのは、そんな言葉だった。
「一つ贅沢を言うのなら―――」
「・・・?」
「・・・国崎さんには、隣にいて欲しかったです」
「っ! ・・・遠野!」
「・・・さようなら」
反転、そのままみちる共々去っていく美凪のパラス・アテネ。
それを見つめることしか出来ない往人は、嫌になるくらいにハッキリと認識した。
決別。そして・・・次はその存在が敵になるのだと。
聖は艦に戻り全部隊に後退を指示し、ブリッジにまで上がった。
その頃には既に撤退作業のほとんどが終了していた。
当然といえば当然だ。何故なら最初からこうなる予定だったのだから。
いまここにいる部隊は決起の際には全てグレミー側に回る部隊だ。いまここで下手に戦力をすり減らしている余裕はない。皆わかっている。
・・・それもこれも、ハマーン側に圧勝をさせないための聖の計算であるとも知らずに。
「大佐、深山大佐から通信がきていますが」
「繋げ」
「はっ」
クルーの返事と同時、モニター片隅に雪見の顔が映りだす。
「どうした?」
『はい。我が部隊の上月少尉が大破した水瀬少尉のキャンセラーを発見、引き連れて帰還してきたものですから』
「・・なに?」
あれだけ強化を施した名雪の機体が大破・・・?
秋子とまでは言わずとも、やはりそれなりの腕を持っていた名雪を強化したのだ。パイロットとしての能力はかなり高い。
それを大破。・・・まぁ、あの舞や智代を考えればありえない話でもないのだが・・・。
「水瀬は?」
『はい。コクピット内もかなりの惨状で、水瀬少尉も重傷ではありますが、かろうじて生きてはいます。
とはいえ、水瀬少尉は霧島大佐の直属部隊。こちらで治療しても良いものかどうかと』
雪見はみさきの件以降大体のことは話してある。水瀬名雪にかなり強力な強化処理を施してあるのも伝えてあった。
だからその言葉には『強化処理された人物をこちらで治療しても平気か』という裏の意味が込められている。
「・・・水瀬の様子はどうだ?」
ショックで情緒不安定になっていればおそらく手も付けられないだろう。そうすれば捨てる他なくなるのだが・・・。
『そうですね。特にこれといった変調は・・・いえ、変調と言えば変調でしょうか・・・』
「? どういうことだ?」
『ボーっとしているんです。まるで魂でも抜けたかのように。・・・そう。そういえば、うわ言のように“るみ”、とも言っています』
「“るみ”・・・?」
なんのことか、と考えて一つ思いつくことがあった。
以前、強化処理を施す前に名雪からカンナヅキのクルーを聞いたときだ。
七瀬留美。確かその名があったはずだ。
その相手となにかあったのか。・・・どちらにしろ、名雪の強化になにかしらの影響があったのは確かだろう。
だが暴れる素振りがないのなら治療の余地はある。強化はその後に再びやり直せば良い。
「では、とりあえず治療を頼む」
『了解しました』
切れるモニターから視線を外すときにはもう聖の思考から名雪のことなど消えていた。
頭を占めるのはただ一つ。
・・・これから起こる惨劇の幕開けだけだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
戦闘が終わり、数時間後。帰還した全ての主要クルーはいまカンナヅキのブリッジに集まっていた。
話がある、と祐一が皆を集めたためだ。
祐一が聖から聞いた全て、そしてネオジオンからこちらについた往人の証言。その両方がクルー全員に伝えられる。
さらに春原陽平、七瀬留美らの死が追い討ちをかけ、ブリッジは痛いほどの静寂に包まれていた。
誰も口を開けない。それだけ・・・一連の出来事はショックが大きすぎた。
「あ、あの・・・」
そんな中、おずおずと前に踏み出てきたのは風子だ。
皆が注目する中、風子はどこか震える手で袖から一つの物を取り出した。
「データディスク、です。・・・イブキから逃げるときに、お姉ちゃんに渡されたものなんです。でも、パスワードがあっていままで見れなくて。・・・でも」
カタカタと響く小さな音。データディスクが震えている。・・・違う、風子の腕が震えているのだ。
「相沢さんの言葉が正しいとするなら・・・あのとき、あゆさんに対してとどめを刺そうという気になれなかった風子はもしかして―――」
祐一が無言でそのデータディスクを受け取り、機械に挿入してみる。
同時、モニターにはパスワード入力画面が表示され・・・祐一はそこに『ilith』と打ち込んでみた。
するとエラーが表示されぬまま、パスワード入力画面が消える。それは即ちパスワードが正しいことを意味していて―――、
『・・・ふうちゃん』
「!?」
いきなり画面から聞こえてきた声に風子は目を見開いた。
その声。聞き間違えるはずもない。これは・・・公子の声だ。
『ふうちゃんがこれを見ている、ということは・・・もう『イリス計画』のことについて少なからず知った、ということなんだよね』
どうやらパスワード入力に成功すると同時に自動再生されるようになっていたらしい。
画面の向こう、いまは亡き伊吹公子の姿を見て、風子はただ肩を震わせるだけだった。
だが、その画面に映る公子の表情は・・・ただ哀しげで。
『そうなると、多分・・・多少感付いてはいると思う。でもね、お父さんを責めないであげてね』
「え・・・?」
『お父さんが手を出したことは絶対に許されないこと。・・・でも、そうしてでもお父さんはふうちゃんを助けたかった』
そこで更に公子の顔が悲痛に歪む。
『・・・ごめんね、ふうちゃん。私があのときもっとしっかりと止めておけばこんなことにはならなかったのにね・・・』
「おねえ・・・ちゃん・・・?」
『お父さんのやったことに対する罰なのか・・・、それともこうなることが運命だったのか。どちらにしろ、これに書かれていることはふうちゃんにとってとても残酷なもの。・・・それでも知りたければ、読んでね』
でもね、と言葉は続く。
『どんな形であろうとも・・・ふうちゃん、あなたは私にとって掛け替えのない、大切で、大事な、私の妹だから。これだけは信じてね』
最後に笑顔を残し、その映像は切れた。
祐一は無言のままに風子を見やる。
その意味を汲み取った風子は・・・静かに頷いた。
それを見た祐一がディスクの中にあったデータを開く。
「「「!?」」」
その内容に皆・・・特に風子と―――そして浩平と栞が驚愕した。
そこに書かれていたのは、伊吹風子の記録だった。
その一番上、つまり最初はこんな一文で始まっていた。
・・・伊吹風子。U.C.0085年、交通事故により死亡。
そこから綴られるのは、こんな過去だ。
風子を溺愛していた父、伊吹悠平はその事実に耐えられなかった。
そして彼はイブキの最高権力者としての肩書きを利用して、風子を蘇らせる術を探し始めた。
最初はクローニングを考えていた悠平だったが、そんな彼の耳にそれよりも甘美な単語が届くことになる。
そう、それこそ『イリス計画』。・・・蘇生という禁忌だった。
だが、そこには二つの問題点があった。
まず一つ、既に計画は破棄、施設も放棄されていたこと。そしてもう一つは、蘇生する素体の必須条件としてニュータイプであることだった。
だが悠平は権力に物を言わせ死に物狂いでこれをどうにかしようと考えた。
イリス計画に関与していた研究者をどうにか見つけ出しイブキに連れて来させ、さらには代わりの素体も見つけ出した。
素体の条件は三つ。なるべく傷がついてないこと、死んでから間もないこと、そして風子と容姿が似ている者。
が、偶然にもそれは簡単に見つかった。
・・・その素体の名は折原みさお。同年に起こった30バンチ事件の被害者であり、毒死により身体は無傷、さらに容姿もそっくりであった。
なぜ容姿を揃える必要があるのか。どうやって折原みさおを伊吹風子とするのか。
答えは簡単。イリスの技術により蘇生した折原みさおに、研究者たちは伊吹風子としての記憶を上書き(したのだ。
・・・折原みさおという存在を、伊吹風子に塗り替えるために。
だが、折原みさお・・・否、伊吹風子にされた存在(は、すぐに目覚めることはなかった。
記憶の転写という行為による脳への影響なのか、それとも他の要因なのか。とにかく風子は目を覚まさなかった。
そうして風子は医療施設が充実しているアルペロンコロニーへと搬送され、それから三年間の眠り続けた・・・と、そこでデータは終わっていた。
『三年も眠り続けてたからね』
誰もがあのときの佳乃の言葉を思い出す。
「三年前・・・ちょうど、30バンチ事件のあった年だったんだな・・・」
祐一の言葉も、風子には届いていない。
風子はただ虚ろな目で自らの腕を見やり・・・、
「・・・風子は、風子じゃなかった・・・? 伊吹風子という存在はとっくの昔に死んでいて・・・この身体は・・・風子が風子だと思っていたのは・・・浩平さんの妹さんのものだった・・・?」
風子自身、おかしいとは思っていたのだ。
腕も、足も、自分が覚えているときのものではなかったから。
でも、三年もの間寝ていたのだからそういうものだろう、と医者に言われたから・・・そうだと信じた。
目覚めてからいきなりニュータイプとして覚醒していたのにも驚いたが・・・どれもこれもいまなら当然のことだと頷ける。
なぜならそれは、
「全部・・・風子じゃなかったんですね・・・」
この腕も、足も、顔も・・・ニュータイプの素質もパイロット技術もなにもかも。
全ては伊吹風子のものではなく―――折原みさおのものだった。
「・・・っ!」
視界が歪む。
ただ伊吹風子として確かなのはこの記憶だけ。いや、それだってただのデータで伊吹風子という存在が持っていたものではないかもしれない。
仮にそうだとしても・・・自分は折原みさおという一人の少女の全てを奪ったことになる。
「風・・・子」
その声に弾かれるようにして前を見た。
そこには驚きに瞳を揺らしながらこちらを見ている浩平がいる。
・・・この身体の・・・折原みさおの兄である折原浩平がいる。
『あなたには・・・私とは別に『お兄さん』がいるもの』
あのときの公子の言葉を、風子は痛みと共に理解した。
「っ・・・!?」
風子は何を考えるわけでもなくブリッジを後にした。・・・逃げるように、走りながら。
「ふう・・・!」
その名を呼ぼうとした浩平もまた、腕を伸ばしながらもそれを追うことは出来なかった。
いまその頭の中ではいろいろな思考が渦巻いているのだろう。答えも出ないまま。
だが、それは浩平だけではない。他の者も皆、程度の違いこそあれ今回のことで思い悩んでいる。その証拠に、誰も何も言わない。
祐一だって同じ気持ちだ。
―――いまここでこうして皆と一緒にいても意味ないな。
頭を冷やす時間が必要だろう。誰にとっても。自分にとっても。
そう思い、祐一は立ち上がると同時に口を開いた。
「・・・ここでこうしていても仕方ない。いったん解散しよう」
言うだけ言ってさっさとブリッジを出る祐一。後ろから誰かが名を呼んだ気がしたが、いまは無視を決め込んだ。
なんとか気持ちを抑えてここまで来たが、それももう限界だった。
頭は混乱の極みだ。聖の言葉がグルグルと頭の中を這いずり回っている。
父親も母親もジオンの研究者で。
生産という禁忌の研究をしていて。
そうして生み出されたのが舞や聖で。
母親は舞を連れて逃げて。
その舞の細胞であゆを初め佳乃や風子など数十人、いや、もしかしたら数百人もの人間が蘇生され。
「・・・くそ」
根本へと遡れば、全て両親に辿り着く。
この戦争が全て聖の思惑通りに動いているのだとすれば、その聖を作り出してしまった両親に責任があるということになるのだろうか。
命を作り出すという禁忌に手を出した、これがその罰なのだろうか。
「祐一さん!」
後ろから声。誰かが追いかけてきたのだろうか。だが振り返った祐一が目にしたのは、予想外の人物だった。
「・・・佐祐理、さん・・・?」
無重力のせいで、急に止まれない佐祐理の身体が祐一の身体にぶつかってくる。
そうして後方に流される感覚のまま佐祐理を見下ろせば、佐祐理はこちらを悲しそうな目で見上げていた。
「あの・・・どうして・・・?」
「祐一さんが、とても悲しそうな目をしていましたから・・・」
「俺が・・・?」
はい、と頷く佐祐理の目は真剣だ。
・・・まさか、ばれているとは思わなかった。ポーカーフェイスにはそれなりの自信があったのだが、と頬を掻きながら、
「・・・顔に出ないように善処していたつもりなんですけどね」
「他の人はどうかわかりませんけど・・・佐祐理にはわかります。祐一さん、昔から辛いことは自分だけで背負おうとする人でしたから」
佐祐理が微笑する。
そんな佐祐理を見て、祐一も思い出す。
―――そういえば佐祐理さんって、昔からこっちの心情変化には敏感だったな。
舞と佐祐理が敵同士で、戦い傷付けあいながらもいまは肩を並べて昔のように信頼し合っているのは知っている。
だが佐祐理がこちらに合流してからほとんど話す機会はなかった。
佐祐理は舞と共にクラナドに配備されていたし、祐一もまた舞と佐祐理が仲良くしていればそれだけで良かったからだ。
でもこうしてその声を近くで聞くと、昔と同じで・・・なぜか安らぐ。
こういう気持ちは何年経っても変わらないんだな、と妙に笑えた。
「・・・佐祐理さん、俺は大丈夫だからさ。舞を見てやってくれないか? あいつもかなり・・・ボロボロだ」
けれど、佐祐理は首を横に振った。
「祐一さん。舞はああ見えて祐一さんが思うよりずっと強いんですよ? それはずっと一緒にいた佐祐理が保障します。
・・・佐祐理には、いまは祐一さんの方がボロボロに見えます」
「そんなことはないよ。俺は指揮官だからな」
「指揮官でも一人の人間であることに違いはないです。・・・部下やクルーの前で不安を見せないというのは、確かに責任でしょう。
でも、だからってずっと抱え込んでたら・・・身も心もそれこそボロボロになってしまいます」
トン、と背中に衝撃。どうやら廊下の端に行き当たったらしい。
佐祐理と共に、身体が滞空する。佐祐理のこちらを見る視線は、ただ優しく。
「佐祐理が聞きますよ? なんでも」
「・・・佐祐理、さん・・・?」
「佐祐理は祐一さんの部下でもこの艦のクルーでもないです。・・・それに、当事者である舞にはきっと話せないでしょう? ・・・重荷にしたくないから」
「でも・・・」
「・・・頼ってください。昔も、今も、佐祐理は祐一さんに助けられてばかりでしたから。今くらい頼ってください」
ふわりと浮く二人の身体。その中で、佐祐理は微笑を浮かべたまま祐一をふわりと抱きしめた。
・・・その温かさに、思わず涙さえ浮かんでしまって。
その上で頭など撫でられては、止まるものも止まらなくなる。
「一回くらい、泣いてしまうのも良いかもしれませんよ?」
「・・・でも、男としては泣きたくないなぁ・・・」
「これからも祐一さんには頑張ってもらわなくちゃいけません。だから・・・一度すっきりさせましょう?」
温かな、安らぎを覚える、優しい声音。
それに導かれるように、祐一は泣いた。それでも声を出さなかったのは・・・ちょっとした男の意地だったのかもしれない。
風子は展望ロビーで一人うずくまっていた。
もう何も考えたくなかった。
自分だと思っていたことが全て違ったという事実。言うなれば自己の全否定。
本来の自分・・・元々の伊吹風子はとっくに死んでいて。
自分だと思っていたのは・・・よりにもよって浩平の妹であるみさおのものだった。
虚脱感、浮遊感。足元が崩れるような、という表現はきっとこういうときに使うのだろう。
だが風子は縋るものがなにもない。
自分すら自分ではないのだ。もうどうして良いのか・・・なにもかもわからなくなっていた。
「・・・風子」
声に一瞬背が震えた。でも、それは男の声ではなく女の声だ。
恐る恐る振り向けば、そこにいたのは―――舞だった。
「・・・え?」
「ちょっと隣・・・良い?」
「あ、・・・はい」
頷くと、ありがとうと呟いて舞が隣に座り込む。そのまま窓越しに宇宙を見上げる舞。
その横顔をただボーっと眺めていると、不意にその口元が動いた。
「ごめん」
「・・・え?」
「ごめん、って言った」
「え、あの・・・どうして風子に謝るんですか?」
「・・・私がいなかったら、こんなことにはならなかった」
「!」
ハッとする。舞は顔を伏せ膝を抱えるようにすると、弱い声で、
「だから謝りたかった。・・・謝って許されることじゃないけど」
「な、なにを言ってるんですか!? 舞さんに落ち度なんてどこにもないじゃないですか!? 」
「でもイリスは全て私の存在が発端だから。それに霧島聖がこんなことをしているのも・・・私のせいだし」
「ち、違います! それは、舞さんが舞さんの知らぬうちに起こったことです! 舞さん自身が何かをしようとしての結果では・・・!」
言葉が上手く纏まらない。ただでさえ混乱している頭では、言葉すら支離滅裂になってしまう。
何か上手く並べ立てようとしても無理だと悟った風子は、ただ一言に全てを注いだ。
「とにかく、舞さんのせいなんかじゃありません!」
「・・・ありがとう」
すると舞は弱々しく笑いながら、そう言った。
・・・悲しい、笑みだった。
「でも、私はきっと風子よりは大丈夫」
「え・・・?」
「・・・私は勝手に生み出されて、知らないうちにイブとかイリスとかに巻き込まれているけど・・・でも、こうしてここにいる私は確かに私だから。
でも、風子は違う。自分が自分じゃないなんて知ったら・・・私はきっと立ち直れない」
舞がわずかにこちらを見て、小さく微笑んだ。
「風子は強いね」
違う、と思った。そんなことはない、と。
もし、もしも自分が舞の立場で、知らぬ間に自分を中心にこんなことが展開されていたら・・・。
自分の存在のせいで戦争を悪化させようとする者がいて、自分の存在のせいでその運命を書き換えられてしまう存在がいたら。
・・・そんなの、あまりの重さに押し潰されてしまう。
それは自分の存在がないことと同じくらい辛いことなんじゃないかと、そう思った。
だから風子は首を振る。・・・違う、と。
「風子は強くなんかないです。いまだってこうして逃げて・・・あまりの自分の弱々しさに、風子泣けてしまいそうなくらいなんです」
「・・・」
「でも舞さんはこうしてここに来たじゃないですか。風子を元気付けてくれるじゃないですか。風子には・・・きっとそんなことできません」
「それは違うよ」
「いえ、舞さんがどう思おうと風子にはそうなんです。・・・舞さんの方がよっぽど強いですよ」
そう。そうだ。
いまこうして落ち込んでしまうほどの衝撃に打ちのめされているのは決して自分だけではない。
舞や、祐一や、佳乃や、あゆや、・・・それに浩平だってそうなのだ。
それでも皆悩みながらもこうして前を見ようとしているのに。自分だけがこうして俯いてばかりで良いのだろうか。
・・・そんな自分を、公子が許してくれるだろうか。
―――いえ、許す許さないの問題以前です。
そう、命を賭してまで自分たちに願いを託した公子のためにも、落ち込んでばかりではいられいはずだ。
「・・・舞さん、風子たち、頑張りましょう」
「風子・・・?」
「風子は風子じゃないですけど・・・でも、お姉ちゃんが風子を『ふうちゃん』と呼んでくれたように、風子でありたいと思います。
風子がこうしてここにいることにもきっと意味があるんだと思いたいんです。それは舞さんだって同じだと思うんです。だから―――頑張りましょう」
舞は一瞬驚いたように、けれどすぐに表情を柔らかくして、
「うん」
ゆっくり頷いた。そうして舞は再び宇宙を見上げ、
「・・・そういえば、私たち、似てるね」
「え?」
「・・・好きな人が、お兄ちゃんだった、ってところ」
「そう・・・ですね」
舞は祐一が好きだった。でも、研究として相沢夫妻の精子と卵子を使用した舞は紛れもなく祐一の血の繋がった兄妹だ。
風子は浩平が好きだった。でも、折原みさおの身体に記憶を転写したという時点で風子は紛れもなく浩平の血の繋がった兄妹だ。
「そっちも頑張らないと。・・・この気持ちを、いまどうこうすることはできないけど・・・一人じゃないってだけでも安心できる」
「ですね。風子も少し気が楽になった気がします」
そうして二人は互いの顔を見て、微笑み合う。
いまは弱々しいその笑みが、いつかもっと大きな笑みになると信じて。
浩平は自室のベッドで横になっていた。
雑音もないその中でただそうして目を閉じていると、思考だけがグルグルと渦巻いていく。
瑞佳が生きていた。それは霧島聖という者によって戦いのためだけに蘇らされたということらしい。
そして風子が正真正銘、あの妹である折原みさおであるということ。・・・似ているはずだ。なにせ身体は本人のものなのだから。
加えて、留美の死。あれだけ支えられたのに、結局なにも返すこともなく先立たれてしまった。
どうすれば良いのだろう、と思う。
怒りがある。惑いがある。悲しさがある。それら全ての感情がごちゃ混ぜになり、もう自分でなにがなんだかわからなくなってくる。
こうして横になっていたって考えるのはそのことばかり。出口の見えない迷路のように、思考はただ同じところを進んでいるだけ。
「はぁ・・・」
何度目かもわからない溜め息が出るのと同時、不意に部屋に誰かの来訪を告げる電子音が鳴り響いた。
『あの・・・栞です。浩平さん、いますか?』
「・・・あぁ、開いてるよ」
正直言えばいまは誰とも会いたくなかったのだが、逆に誰かにいてほしいとも思った。矛盾していることはわかるが、人間なんてそんなものだと浩平は嫌なぐらい知っている。
浩平の返事を聞いて、栞が入室してくる。明かりも点いてない部屋に驚いたようだが、それも一瞬。栞はまっすぐベッドに近付いてくる。
そうしてベッド脇まで辿り着いた栞は、浩平を見下ろし一瞬逡巡すると、口を開いた。
「あの・・・大丈夫、ですか?」
「大丈夫じゃない」
即答。そうとしか答えられなかった。
「・・・ですよね。いろんなこと、立て続けでしたもんね」
栞は苦笑混じりにそう言うと、膝立ちになるように身体を沈ませた。
視線の高さが下がる。それでもわずかに高い栞の視線を浩平が横目にすると、栞は小さく笑い、
「愚痴、聞きに来ました。・・・それで浩平さんが少しでも楽になればと思って」
「・・・悪いが、俺、愚痴は言わないタイプなんだ」
「ですよね。・・・はい、七瀬さんの言葉や浩平さんを見る限りそうだと思いました」
と言いつつも、栞の表情は残念そう・・・いや、寂しそうだった。
悪いことをしたような気持ちになるが、ここは譲れない一線だった。
愚痴を言うなど許されない。それは昔から・・・自分なりの罪滅ぼしだったから。自分だけ救われるなど許せない。そう思っていたから・・・。
「じゃあ、浩平さん。良かったら私の愚痴を聞いてくれませんか?」
「ん? ・・・あぁ、少しだけならな」
どういう話題転換か理解できなかったが、なにか話を聞いているだけでも思考に埋没せずにすむと思った。
・・・だが、そう軽々しく思ったことをすぐに後悔することになる。
「・・・私、さっきの戦闘でお姉ちゃんを殺しました」
「!?」
驚きに栞を見れば、その頬を伝っていくものがあった。
涙だ。
「お姉ちゃんは・・・30バンチで死んだお父さんとお母さん、そして倒れた私の復讐のためにネオジオンにいたんです。
・・・でも、その復讐相手である連邦に私がいたことがひどく許せなかったみたいで・・・。
お姉ちゃんは戦いを望みました。いえ・・・連邦という存在が消えることを望みました。
だから私は言ったんです。戦い続ければ憎しみは止まらない、大切な人の死の痛みを知るお姉ちゃんが同じことをするの、って」
顔を伏せる栞。けれどその口からは悲しみしか漏れず。
「・・・お姉ちゃんはそれも仕方ないって、そう言ったんです。どちらかが滅びるしか戦争は終わらないって。
だから・・・、だから私は、お姉ちゃんを、この手で・・・!」
「もう、良い。もう良いんだ、栞」
もうそれ以上聞くに堪えなかった。
浩平は栞の頭に手を乗せ、安心させるようにわずかに撫でながら、もう一度呟いた。
「もう良いんだ」
「う・・・くっ・・・!」
栞は声を噛み締めて泣いていた。
声を出さずに泣くのは、きっと自ら手に掛けた姉に対する最後の想いなのだろう。
自らの意思を貫くために、手を掛けたのだ。その上で声を上げて泣いてしまうのは・・・その結果を否定しているように思えてしまうのかもしれない。
道を違えてしまった二人の姉妹。妹を想い進んだ姉の道と、周囲の者たちを想い進んだ妹の道は真逆だった。
なんて悲しいことなのだろうか。それでも言葉は届かず、意志を通すためにはやはり戦うしかなくて。
・・・そう考えれば、自分の境遇はまだマシのように感じた。
瑞佳は・・・強化されたといえ生きてはいた。正確に言うなら蘇ったと言うべきなのだろうが、結局は同じことだ。
ならまだ救いはある。少なくとも・・・栞たちのようにならないために行動はできる。
風子のことや、留美の死もある。・・・だが、結局どう言おうと風子はみさおではなく風子だし、留美の死が変わるわけでもない。
結果は変わらない。その二つに関しては・・・ようは自分の気持ちの問題なのだ。だから・・・、
「・・・なぁ、栞。そのままで良いからさ・・・俺の愚痴も聞いてくれるか?」
一瞬驚いたように栞は顔を上げ、しかし涙に頬を濡らしながらも無理やり笑顔を作って、頷いてくれる。
「・・・はい・・・」
今は全てを吐き出して、次に備えよう。
こうして傷を負っていながらも心配してきてくれた、この少女のためにも。・・・風子や、留美のためにも。
そして・・・瑞佳を救い出すためにも。
あとがき
はい、どうも神無月です。
だいぶ長くなってしまいました。これでも当初はもっと長かったんですがねぇ。
最後みたいな感じのを朋也や佳乃やあゆの分まで書く予定でしたから。まぁ、同じような感じになるのではしょりましたが(ぁ
その分次回に出ますのでお待ちください。
さて、これで伏線の消化も出し尽くした気がします。あとは最終決戦まで突っ走るのみ!
なんだかんだでようやくここまで辿り着きました。
あと数話。お付き合いくださいね。