Episode ]]]W

       【開かれしパンドラの箱(後編)】

 

 戦場に浮かぶ光、光、光の連鎖。

 それをどこか遠くのものを見るような虚ろな瞳で眺めているのは、第九艦隊を統べる深山雪見だった。

「・・・良いの? あそこに行くことになっても」

 独白のような呟きは、隣で立つ一人の少女に向けての言葉。

「良いんじゃないかなぁ?」

 なんでもないことのように言う、ネオジオンの軍服を着た少女。その人物は長く艶やかな黒髪を撫でつけながら笑っている。

「・・・本当に? あそこにはあなたの元仲間が大勢いるのよ・・・みさき」

「うん、そだね」

 少女―――川名みさきはただ笑みを浮かべつつ、でも、と前置きし、

「私は雪ちゃんと一緒にいることを望んだから」

「みさき・・・」

「世界は無常でさ、全部を手に入れることは出来なくて。何かを選んだら何かを捨てなくちゃいけないから」

 背を向ける。そのままブリッジを後にするように歩を刻み、扉の前で足を止め、

「だから、私は雪ちゃんを選んだ。それだけだよ」

 去っていく。その言葉を聞いて雪見は仰ぐように天井を見つめ、

「・・・なら私も、全てを捨てる覚悟でみさきを想いましょう」

 それがきっと自分がみさきに返せる唯一のことだろうから。

 

 

 地球連邦と入れ替わるように攻めてきたネオジオン。

 地球連邦は下がったものの、物量として上であるネオジオンの攻撃を、カンナヅキ、キサラギのMSがどうにかこうにか迎撃している。

 地球連邦との戦闘で損傷の激しいクラナドを下げ、キサラギが前に出る形で敵の攻勢を抑えていた。しかし、

「敵の数が多すぎるの・・・!」

 キサラギの艦橋から見える敵の数を見て、ことみが思わず吐き捨てるように呟いた。

 クラナドが抜けたいま、この戦力に対して戦艦一隻というのはかなりきびしい。

 カンナヅキの修理がまだ終わってないとはいえ、いまのクラナドよりはだいぶましなはず。カンナヅキにも出てきて欲しいのだが、

「相沢くんと連絡は!?」

「まだ取れません! カンナヅキにもまだ戻っていないようです!」

 向こうでも既に異変には気付いているはずだ。だが、それでもまだ戻っていないとなると・・・、

 ―――なにかあった!?

 いや、推測で心を乱していられる状況ではない。いまは目の前を見つめていなければ、墜とされるのはこちらだ。

「MS接近! 数、七!」

「右舷ミサイル装填、発射と同時にサブメガ粒子砲放射! 残った敵はゼオン部隊に対処させて!」

「了解!」

 ことみは自軍と敵軍の配置を見て必死に考える。

 この劣勢を立て直すための策を。

 

 

 

「では、呪われしパンドラの箱を開こう。そうすれば、君たちは全てを知ることとなるだろう。

 なぜならば―――ここには人の夢と絶望と業と愚かさ・・・そして私や君たちの過去が詰まっているのだからなぁ!」

 嘲笑うかのような高い声。それに対し反射的に声を荒げるのは祐一だ。

「どういうことだ!」

「祐一・・・?」

 日頃の祐一からは考えられない怒気と戸惑い。それに眉を傾げる舞の向こうで、聖はクツクツと喉を鳴らす。

「おやおや、随分と気が立っているね、相沢祐一? まぁ、無理もない。データバンクを覗いたということは・・・君の父親の名も見つけたのだろうしな」

「やっぱりなにか知ってるんだな、お前!?」

「知ってるもなにも。私はここの研究の当事者だから」

「なに・・・!?」

「まぁ、それを言えばそこにいる川澄舞もそうなのだがね」

「!?」

 いきなり自らの名を出され驚く舞。

 だがそれすらも楽しい、と言わんばかりに聖は笑いを止めない。

「まぁ、良い。物事には順序というものが必要だろうからな・・・。順序立てて話そうか」

 昔話を語ろうとする老人のような優しい口調。だが、そこに滲み出る思いは決してそんな生易しいものではない。

「ジオンが連邦に宣戦布告する少し前・・・MS研究とはまた別に着手された研究があった。

 それはMSではなく、それに乗るパイロットに向けられた研究。その研究は大きく分けて三つ。『強化』、『複製』、・・・そして『生産』だ」

 それは祐一も郁未も知っている。先程見たデータにも同じことが載っていた。

「まず最初に手を付けられた『強化』は、手軽さとそのコストの少なさから大きく期待されていた。だが、結果は上層部の思うようにはいかなかった。

 過剰で強制的な刷り込みや操作は被験者の精神、脳を大きく傷付け、そのほとんどが廃人になるか死んでいった。

 まぁ、連邦のムラサメ研究所はかなりの強化技術を持っていたようだがな。

 次に手を付けられたのが『複製』。これはコストは高くついたが、安定性が高いと睨まれていた。が、これにも欠点があった。

 生まれたクローンは確かにその元となった人間に近い能力をたたき出したが、やはりコピーというのは劣化するものらしく全体的に能力は落ちるし、それに病気などに脆いという部分もあった。どうにか昨今になってちゃんとした技術が確立されて使用されてはいるがな。

 ・・・そしてそこから二年後、研究者たちは最後に残された『生産』という禁忌に触れたのだ」

「生産・・・?」

 舞の疑問の言葉に満足するように聖は頷き、

「そう、『生産』。それは生まれる前、まだ胚が作られる以前に遺伝子を操作し人工的に強力な人間を作るという、ある意味で最高の論理だった。

 それを提唱し、プロジェクトの中心人物となったのは相沢慎也博士。・・・相沢祐一、君の父親だ」

「!」

「そうして作られた子供たちは生まれ出たものから順にA号からZ号と名付けられ、・・・そしてそのうちの一人、H号が研究者たちの期待に答えるような数値を叩き出したのだ」

 謳うように、そして侮蔑のような苦々しさを込め、語る。

「研究者たちは狂喜乱舞した。そして研究者は嬉々として『神のように聖なる力を持つように』と願いと思いを込めて、その子供にHの頭文字をとって『聖』と名付けた」

「それは・・・!」

「そう、それが私だ」

 三人に衝撃が走った。

 そんな三人を他所に、聖は懐かしむような響きを乗せて、静かに続ける。

「私の元になった精子と卵子は結果を出せない『複製』の研究から『生産』の研究に移ってきた霧島夫妻からのものだった。

 ・・・彼らは大変喜んだよ。遺伝子上彼らの子供だというだけなのに、彼らは鼻高々に笑ったのだ。さすが自分の子だと、ね。

 そして私はそう言われて褒められるのが嬉しくて頑張った。両親が誇れるような子供であるように、とね。

 ・・・だが、そんな時間は長くは続かなかった」

 ハハッ、とこぼれる笑い。それは自嘲めいたもので、

「私よりいくらか遅く生まれた実験体。M号とされた彼女は、生まれてさらに学習を重ねた私を軽く凌駕する数値を出したのだよ。

 ・・・M号。『宇宙を舞う気高き鳥の如く』という意味で、やはりMの頭文字を付けて『舞』と名付けられた」

「!」

「舞って・・・、まさか!?」

「そう、君だよ・・・。川澄舞」

 驚愕に身を振るわせる舞。

『なぜなら―――私と君は八年前、出会っているのだからな』

 その言葉の意味すべきこと。つまりはそういうことなのか・・・?

 だが驚きは祐一も同じこと。

 まさか自分の父親が携わっていた研究により生み出された存在が・・・舞だったなんて。

「君は研究者が絶句するぐらいの能力を持っていた。研究者たちは口々に言ったよ。これが完成者だと。・・・そして私は用済みになった。

 研究は舞一人で充分だと私は捨てられたのだ。そして両親からも理不尽な暴力を受けたよ。よくも俺たちの顔に泥を塗ったなと、侮蔑の眼差しで」

 憎しみが込められた言葉。その威圧感と負の感情が、否が応でもこれが事実だと語っている。

 舞はただ呆然としている。しかし祐一はこの事実を認めない、と首を振る。

 根拠も何もない否定だ。ただいきなり吐き出された現実というものを受け入れきれずがむしゃらに否定したいだけなのかもしれない。

 だけど、それでも認めたくなかった。

 ―――俺の親父が、人の命を軽くするような研究をしていたなんて・・・!

 確かに昔はなにかの研究者だったと聞いた。その内容を明確に聞いたことは、結局死ぬまでなかった。

 けど、だけど、それだけは違うと、そう信じたかった。

 だが、そんな舞や祐一の心境など気にも留めず・・・否、そうして驚きに打ち震える二人を半ば楽しみながら、聖はなおも言葉を吐く。

「私も最初に倉田から『舞』という名が出たときは気付かなかったが・・・同じクルーに相沢の姓を聞いたときにね、ピンときた」

「どういう・・・こと?」

 舞が唖然としながらも問う。

 それはただ事実が知りたいと、そう願う本能のような反応だったのかもしれない。

『驚くのも無理はない。これは確信に近い予想だが、君は八年前のことを全くと言って良いほど覚えてないだろうしね?」』

 聖の言うとおり、舞は八年前と言わず過去の記憶がない。あるのはここ四年くらいのものなのだ。

 故に知りたいと、そう思っての言葉だったのかもしれない。

 そんな思いに答えるように言葉が続けられる。

「実験体は私のように研究者の精子と卵子を使っていたからね。君も私と同じく研究者が両親だったのだよ」

「そこに・・・川澄という人が?」

「半分正解だな。だが、半分は違う。・・・少し話題を変えるが、相沢祐一。君は母親のことを覚えているか?」

 いきなり話を振られ驚く祐一。訝しみながらも、ここで喋らなければ話が続かないとわかるので、言うことにする。

 ・・・その時点で、祐一も先を望んでいるのだと、自分ですら気付かぬままに。

「・・・覚えてない。俺の母さんは俺を生んですぐに死んだって親父は言っていた」

「なるほどなるほど。まぁ、それが一番面倒のない言い方ではあるな。まさか自分たちを置いて逃げたのだ、と言えるはずもない」

 ・・・逃げた? それは、

「―――どういうことだ!?」

「そう激昂するな相沢祐一。すぐに答えは教えてやるさ」

 聖は苦笑気味にそう呟き・・・そして思わぬ言葉を口にした。

「舞の両親の名は相沢夫妻。・・・そして、母親の方の旧姓は、川澄」

「「!?」」

「そうさ。君たちは正真正銘血の繋がった―――兄妹(、、)だ」

 

 

 

「浩平さん!」

 栞たちの目の前でビームに貫かれる浩平のリアンダー・ゼオン。

 これ以上大切な人が死ぬのは嫌なのに、なにもできなかった・・・!

 悔しさに涙が溢れそうになる栞。だがそんな栞に風子が檄を飛ばす。

「栞さん、まだです! 浩平さんは生きてます!」

「え・・・!?」

 言われ、慌てて神経を研ぎ澄ませる。

 すると、いる。確かに弱々しいが、その気配を感じ取ることができた。

 あの一瞬で脱出していたのだ。さすがは『雷神』と言うべきか。

 パージされたコクピット部分がMSの爆発に紛れてこちらに向かってきているので、それを慌ててキャッチし通信で呼びかける。

「浩平さん!? 浩平さん!?」

「そう何度も呼ばなくても・・・聞こえてる」

「浩平さん、良かった・・・」

 だが、声もどこか弱々しい。衝撃でどこか怪我をしたのかもしれない。

 しかしそうした栞の心配にすら浩平は気付かず、ただ前に聳えるそのMSを直視する。

「長森・・・」

 わずかに砕けたコクピットから見えるその姿は間違いなく長森瑞佳。

 確かに死を見届けた。そのはずなのに、いま生きてそこにいる。そしてどういうわけか、こちらに気付かず攻撃をしてきている。

 瑞佳は浩平とは違い、ニュータイプ。浩平と栞の存在ぐらいすぐに気付くはずなのに。

 なにもかもがわけがわからない。

 わけがわからないが、確かな事がただ一つ。

 そこにいるのは、他人の空似でもなんでもない。・・・長森瑞佳、本人であるということ。

「どうしてだよ・・・」

 思わずそんな言葉が漏れた。

 脱出の反動で傷付いた身体など無視する勢いで画面に飛びつき、

「なんでお前がそんなところにいるんだよ、長森!!」

 いまでも鮮明に思い出せる。

 30バンチの悲劇。自らの腕の中で息を引き取った二人の少女。最愛の彼女、瑞佳の最後。

『お帰り、浩平』

 その最後の言葉を覚えている。メールだって残っている。

 なのに・・・。

 なのに、どうして・・・!

「答えろよ、長森ぃぃぃ!!!」

 衝動に駆られるように、その名を叫んだ。

 すると、周囲を飛び交っていたファンネルが一斉に動きを止めた。

 なんだ、と怪訝に思えば、

「くっ・・・あぁ・・・!」

 コクピットの中で瑞佳が頭を抱えて蹲っているではないか。

「長森!?」

「やめて、その声で呼ばないで・・・! 頭が・・・頭が割れる・・・!」

 そこで直感する。

 どうして瑞佳が生きているのかは知らない。だが、こうして戦っているのは彼女の意思ではないと。

 おそらく、強化処理を受けている。しかもかなり重度の。

 歯噛みする。・・・おそらくここまでネオジオンに憎しみを抱いたのは初めてではないだろうか。

 あの優しくて笑顔の似合う瑞佳。それを戦場に引きずりだしあんな物に乗せるなんて・・・!

「長森、目を覚ませ! お前はそこにいて良い人間じゃない! お前は、俺と一緒にいるべきなんだ!」

 独りよがりな言い方だろうか。自惚れだろうか。

 だが、本当にそう思うのだ。

 もし30バンチ事件なんてものがなくて、共に過ごせていれば・・・、

 ―――きっと、平和で幸せな生活がそこにあったはずで・・・!

「来い、長森! 俺と―――折原浩平と一緒に!!」

 折原浩平。

 そのフレーズに頭を抱えた瑞佳は、

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 痛みを紛らわすように我武者羅にビームが放たれる。

 照準なんてない。ただ適当に放たれたビームは敵味方問わずその機体を薙ぎ払っていく。

 それに巻き込まれないように回避運動を取るウインドとアークレイル。その向こうで、ビームを狂ったように振り撒いていたエターナルが下がろうとしているのが見えた。

「長森!? ・・・っ、栞! 追ってくれ!」

「無茶です! この戦況でネオジオンサイドに機体を向けるなんてそんな自殺行為・・・!」

「無茶でもなんでもやってくれ! 俺は、俺はあいつを、長森を・・・!」

「駄目です! 私は死にたくありません! そして浩平さんや風子ちゃんにも死んで欲しくありません!」

「!」

「・・・落ち着いてください、浩平さん。お願いしますから・・・」

 搾り出すような、かすかな声。それは涙を堪えて喋っているようで。

 ・・・そう。瑞佳は決して浩平にとってだけ大切な相手ではない。それは栞にとっても同じことのはずだ。

「・・・すまん。取り乱した」

 だから素直に謝った。すると栞はいえ、と呟き、

「仕方ないことだと思います。それに浩平さんが取り乱してくれなかったら、きっと私がそういうことになってました・・・」

「栞・・・」

「いまは・・・瑞佳さんが生きていたってことだけで良しとしませんか? それだけでも、私たちにとっては十分に朗報のはずです」

 気を遣われている、と浩平は感じる。栞だって感情がそこで止まっているはずないのにそう言うのだ。

 ならば、ここは頷くのがそのお返しとなるだろうか。

「あぁ、そうだな・・・」

 ―――だが、ここは戦場。そう感傷に浸っている暇などなく、

「!」

 上から突如飛来するミサイルの雨。それを回避して見上げれば、やって来るは真紅の機体が三機。

「クリムゾン・スノー!?」

 三機の正体を看破した栞は、しかし手にある浩平の脱出ポッドを見やり、

「風子ちゃん! 浩平さんを連れて一旦戻って!」

「ですが―――」

「浩平さんを抱えたままじゃ戦闘なんてできません。お願いします。・・・ここは私が」

「栞!」

「・・・はい、わかりました」

「おい、風子!?」

 脱出ポッドを引き渡すと、アークレイルが全速力で後退していく。きっと浩平がなにか言っているだろうが、それはこちらを心配してくれていることと受け止め、力としよう。

 ・・・この相手は、自らがしなければいけない相手だと。そう思うから。

 ビームサーベルを抜き放ち、栞はウインドを三機に向けて加速させる。

 すると中央の一機がビームサーベルを展開し隊列から突出し、

「!」

 激突する。

 ビームサーベルの火花が散る中で相手を凝視し、

「栞・・・あんたまだいるのね、戦場(ここ)に!」

「お姉ちゃん・・・!」

 道を違えた姉妹が、今一度剣閃を激突させる。

 

 

「どこ、どこ・・・? どこにいるの、祐一?」

 キャンセラーに乗った名雪は戦線中央でひどく隙だらけな風に周囲を見回していた。

 人が―――ニュータイプが多すぎて気配が混濁している。祐一の気配が見つからないのだ。

 祐一が乗っている艦―――カンナヅキと言ったか。それを発見できれば容易いのだが、それも見えない。いったいどうしたというのか。

「あぁ、もう、どこだよ祐一ぃ!」

 迫ってきた二機のゼオンを一瞥すらせずビームサーベルで切り払い、何事もなかったかのように周囲を見やる。

 イライラする。こうまで祐一を愛しているのに、その相手が見つからないとは。

 そして、そんな苛立ちを助長させるような声が通信機越しに響いてきた。

『名雪!? 名雪でしょ!?』

「ん〜?」

 モニターに映る青い機体。それは以前・・・祐一との愛を邪魔した挙句、こちらの名を連呼してきた、嫌な相手だ。

 うざったいことこの上ない。それを無視しようとするが、相手はそれを許してはくれなかった。

『私よ! 七瀬留美よ! お願い名雪・・・目を覚まして!』

「あーあーあー、うるさいなぁ、もう!」

 苛立ちにビームライフルを撃つ。それを回避するその機体を見て、名雪は一つの妙案に思い至った。

『あ、そうか。この子に聞けば良いんだ。祐一の居場所』

 なんだ簡単なことじゃないか、と名雪は笑う。

 そうして武装を展開し、その青い機体を狂気の目で見つめ、

「良いよ、相手してあげる。それで、祐一の居場所を教えてもらうから・・・!」

『名雪・・・!』

 留美の声も届かない。

 名雪の思考にあるのはただ一つの願望だけなのだから。

 愛しい愛しい祐一を殺す。ただそれだけの・・・。

 

 

 

 なんだ、と祐一は思考する。

 いまあの相手はいったいなにを言った、と。

 ―――俺と舞が兄妹?

 そんな・・・、

「そんな馬鹿な!? 俺はそんな話一度も・・・! それに母さんは・・・!」

「お前の母親は、研究材料として使われていた舞のことをひどく悲しんでいた。

 だから決心をした。・・・舞を連れてこの研究施設から逃げ出そうと。そして相沢祐一、君を父の元に置いて彼女は消えたのだ。

 言えるはずもあるまい? 彼女は最高の研究対象を持ち逃げしたのだ。その後の父親も肩身は狭かったと聞く。

 ・・・そして彼女は追っ手から逃げるために相沢ではなく旧姓の川澄を名乗り・・・、というわけだ」

「嘘だ、そんなの・・・!」

「証拠がないと認められないか? なら見せてやろうじゃないか、証拠を」

 声と同時、擦れ合うような音を響かせてなにかが転がってきた。それはちょうど舞と祐一たちの中央辺りで止まる。

 なんだ、と視線を向ければ、転がされたのは小型端末のようだ。

 画面には静止画・・・写真のようなものが映っている。それを見て、

「「!?」」

 祐一、舞、共に言葉を失った。

 映し出されているのは三組の男女と、そのそれぞれの間に子供が並ぶ、計九名の人物が映った画像。

「それはこの研究所にいた、中でも仲の良かった三組の家族の写真でね。同じくらいの子供がいるということで記念に撮ったものらしい。

 左にいるのは霧島夫妻。その間にいる子供は佳乃だ。そして右、当時MS開発の第一人者であった一ノ瀬夫妻とその子供、ことみ」

「佳乃にことみって・・・!?」

 郁未が驚きの声を上げるが、舞も祐一もそこには反応しない。・・・いや、言葉が聞こえていない。

 二人の視線は、ただ中央の一組に注がれている。そうして、二人が同時に漏れるように単語を吐いた。それは、

「親父・・・」

「お母さん・・・」

「そうさ。中央・・・言わなくてもわかるだろう? それこそ相沢夫妻。そして真ん中にいる子供こそ・・・君だ、相沢祐一」

 祐一は中央の一組の男性を見て親父と呟いた。そして舞はその隣の女性を見てお母さんと呟いた。

 それだけで・・・結果は明らかだった。

「これでご納得いただけたかな?」

「でも、私にはそんな記憶・・・」

「推測でしかないが、記憶の消去でもしたのだろう。彼女とて研究員の端くれ。それくらいのことはできたはずだ。・・・まぁ、記憶を消した理由はそれだけではないと思うが・・・」

「それは、どういう・・・?」

「不思議には思わないのか? その研究が行われたのはおよそ八年前。・・・さて、私と君は、いま何歳(、、)だ?」

 ハッとする舞。

 そうだ。もしこの研究により生み出された聖で舞なのだとしたら、年齢が合わないはずだ。

「『強化』や『複製』に欠点があったように『生産』にも大きな欠点があったのだ。・・・さて、ここで生物の授業だ。

 相沢祐一、人がどういうロジックで歳を取っていくか知っているか?」

「・・・DNAを構成するヌクレオチドという物質の3位の部分、そこを延長させるためのテロメアという物質の機能が徐々に劣化していくからだ」

「素晴らしい解答だ。なら、そのテロメアの劣化が早ければどうなる?」

「まさか・・・!?」

「生産されたものたちは過剰な遺伝子操作によってどういうわけか細胞分裂が異常に早くなってしまったのだ。私は生体上はもう三十くらいだろう。舞はざっと二十と少しといったところか?」

「でもそれなら舞も自分の体の異常に気付くはずだ! それに、舞は高校のときからそれほども変わったようには見えない!」

「高校を卒業した辺りから人はもうそれほども成長せんよ。それに、言ったはずだが? 記憶を消した理由は一つではない、と。

 では問うが川澄舞。君に小学校や中学校のときの記憶があるか?」

「舞?」

「・・・・・・ない」

「!」

「つまりはそういうことだよ。小学校や中学などは人が最も成長する時期だ。

 そんなときに人目に出すわけにはいかんだろう? 記憶にあっても困るしな」

 子供の頃の記憶がない理由を知った舞が顔面を蒼白にしている。

 それはそうだろう。こんなこと、いきなり全て聞かされたら祐一とて気を確かにしてはいられない。

 だが、それで全てではなかった。続きがあったのだ。

「・・・そういうわけで川澄舞が消え、他の実験体もそれなりにしか数値を出すことも出来ず、研究は中止されるかのように見えた。

 だが、人の傲慢な研究はそれで終わらず・・・とある研究者がある実験を行ったのだ。

 研究所に残された川澄舞の細胞を生きた兵士に投与したのだ。もしかしたら川澄舞の異常な能力を持つことが出来るかもしれないとね。

 だが、結果はことごとく失敗。それもただの仮想で終わる・・・はずだった」

「はずだった?」

「そう。はずだったのだ。・・・あるとき、相沢慎也博士がとある考えのもとに死者にその細胞を投与し、・・・その死者が目覚めるまでは」

 

 

 

 戦場を駆ける三機のMSがある。

 朋也の乗るスペリオルガンダムを筆頭にした、なつきと陽平の三人組だ。

 ネオジオンが一直線にキサラギへ向かうのを横から討とうと、三機は大きく迂回する。

「いくぞ、これ以上キサラギに負担はかけられない!」

「「了解!」」

 旋回。そうして三機がネオジオンの部隊へ突撃しようかというところに、

「っ!? 散れ!」

 朋也の言葉に従うように三機が散る。その中央を強烈なビームが貫いていき、さらにそこを深紫のなにかが高速で突っ切っていく。

「なんですか、新手!?」

「あの速さ尋常じゃないよ!? MA!?」

 なつきと陽平が突如飛来した謎の機体に驚きを浮かべる。

 だがそれよりも朋也はそのパイロットの気配に驚きを隠せなかった。なぜならそれは、

「―――川名!?」

『さすがは朋也くん。鮮やかな反応だね』

 通信越しに聞こえてくる声も間違いない。あのMAに乗っているのは、コロニー落とし阻止作戦のときに行方不明になった・・・川名みさきだ。

「・・・っ」

 生きていてくれたことは嬉しい。だが・・・、

「川名!? どうしてネオジオンなんかにいるんだ!?」

『・・・』

 みさきは答えず、MAを旋回させる。無論、向かってくるのはこちらだ。

 四角形の筒を横に倒し、その上に円盤を乗せたような不恰好なMAが、しかしMSでは考えられない加速を持って突っ込んでくる。

 その胸部から七つの砲門が開き、そこから強烈なメガ粒子砲が放たれた。

 それを回避し、横を通過していくそのMAを視線で追い、

「川名!!」

『仕方ないよ。だって、ネオジオンにね、いたんだもの。大切な人』

「・・・なに?」

『戦争でわかれちゃった、大切な人。生きてたの。ネオジオンにいたんだ。やっと会えたの。だから私、ネオジオンにいるんだよ』

 その声音は本当に嬉しそうな響きが込められていて。

 ・・・それだけでその相手がみさきにとってどれだけ大切な存在なのかわかる。しかし、

「川名、でも・・・!」

『でも、なに?』

「それなら、そいつと一緒に俺たちのところに来れば良い!」

『駄目だよ。私はそれで良くても、彼女が無理。だって、彼女は十数年をジオンで生きてきたんだもん。友達や、仲間がたくさんいるの。

 ・・・その人たちを守りたいと思って戦場に立つ雪ちゃんへの、それは冒涜だもの』

「それはお前だって同じだろ、川名! お前だって地球で、連邦で生きてきた年月があるだろう!? それは良いのかよ! ことみや・・・俺は、お前の友達や仲間じゃないのかよ!」

 みさきは一瞬間を置き、

『決まってるよ、そんなの。・・・友達だよ』

「なら!」

『でも、雪ちゃんの方が大切なの。私のために全てを投げ打ってくれた雪ちゃんの方が』

 あのね、とみさきは前置きし、

『私、一度死んでるんだよ』

「・・・なに?」

『って言っても信じないよね。うん、私もそうだったし。・・・でもね、真実なの』

 軽やかだった声が強いものに変わっていく。

『私のために、雪ちゃんはある人への忠誠を誓った。・・・私を蘇らせるために』

「なにを言ってるんだ、お前・・・」

『わかんなくても良いよ。でもね、これだけはわかって』

 スッと、朋也の体温が下がる。

 それほどの威圧を放ち、みさきはそのMA―――バンズ・バウを再び旋回させ、

『そんな雪ちゃんのためなら―――私は昔の仲間だって躊躇わずに殺せるってことを』

 バンズ・バウが奔る。メガ粒子砲を連射しつつ、背部からファンネルを射出し、全てのビームを朋也のSガンダムに向けてくる。

 それをどうにかかわす・・・否、かわすのが精一杯の朋也。その中で朋也は叫ぶ。

「やめろ、俺はお前とは戦いたくない!」

『朋也くんは優しいね。でも』

 だがそんなこと知らぬと言わんばかりにバンズ・バウの両脇から有線式ビームカッターが出現し襲い掛かってくる。

 ビームサーベルでその片方を受け止め、もう片方も捌こうとビームサーベルを振るうが、

『そういう躊躇は、後悔を生むよ』

 有線式ビームカッターが軌道を曲げる。ビームサーベルが空を切り、それを縫うようにビームカッターの光が走った。

「!?」

 機体をひねり直撃こそ避けるものの、右腕を切り飛ばされてしまった。

「ぐあぁぁ!?」

『朋也くん、世界は無常なの。世界は取捨選択。全てを選ぶことなんてできなくて、何かを得るのなら何かを捨てなきゃいけないんだよ』

 切断により生じた爆発による衝撃に、身体を振るわせる朋也の耳に届く、ほんの少し悲しげなみさきの声。

『朋也くん、栞ちゃんを見てたでしょ? 相手が実の姉でも戦ってた栞ちゃんの背中。・・・あれくらいの覚悟がないと、守れないよ? 大切なもの』

「川名・・・!」

『ごめんね。でも、もう守れないよね。・・・私が朋也くんを殺すから』

 有線式ビームカッターが戻ってくる。狙いはもちろんコクピット。衝撃に揺れる機体では回避が間に合わない。

 終わる?

 そう思った、その瞬間、

「岡崎!!」

 機体にさらなる衝撃が走った。揺れるコクピットの中で状況を把握できない朋也の耳に、しかし嫌な声が届く。

「春原さん!?」

 なつきの声だ。だが、その叫びには悲壮の色が込められており、慌てて機体を建て直しモニターを見つめれば、

「!?」

 その光景を素直に受け入れることができなかった。

 目の前。自らを貫くはずだった有線式ビームカッター。それを代わりに受けた機体があった。それは、

「すの・・・はら・・・?」

 陽平の、リアンダー・ゼオンで・・・。

『・・・春原、くん?』

「へ、へへ・・・。うちのリーダーを・・・こんなところで死なせるわけにも・・・いかない、ですからねぇ・・・!」

 有線式ビームカッターはコクピットを貫いていた。だが若干ずれている。

「お前・・・」

 俺を庇って、という言葉すら出てこない。

 若干ずれた、とはいえコクピットを貫いた一撃。モニターに映りだす陽平のコクピットは明らかに助かりそうにない量の血が浮かんでいて―――、

「岡崎・・・。僕さ、なんだかんだ言って・・・岡崎のこと、親友だって、思ってたよ・・・」

「春原、お前・・・!」

「さぁ、川名みさき! お前の言いたいことはよーく・・・わかったさ! でもね」

 陽平は必死の形相で有線式ビームカッターの有線部分を掴み上げ、

「岡崎は・・・僕にとっての親友なんだ! お前になんか・・・殺させない!!」

 スラスターを点火。そのまま真っ直ぐバンズ・バウへと突っ込んでいく。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

『っ・・・!?』

 拒絶の意思がファンネルを動かし、一斉掃射を放つ。

 満身創痍の陽平が細かい機動などできるはずもなく、その全てを直撃する。だが、それでも止まらない。止まらずにバンズ・バウに激突し、

「芽衣、いまいくよ。・・・そしたらさ、今度こそ兄貴らしいことを―――」

 爆発した。

「・・・!」

 その光景を見るまでもなく、朋也は感じていた。

 彼はニュータイプ。人の死を・・・否、親友の死をしっかりと感じ取り・・・、

「春原ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 その名を、叫んだ。

 

 

 往人はどうするべきか迷っていた。

 聖についての情報は、それなりに手に入っている。もう抜けても良い頃合だ。

 だが、そうして事実を知った今、こうして併走する美凪を置いていくこともできなくなっていた。

 どうする、ともう何度目かも知れない自問を投げかけ、しかしやはり答えは出てこない。

 しかしそれを決めざるを得ない状況が、ついにやってきてしまった。

「! ・・・この感覚は」

「遠野?」

「・・・敵がきます。しかも、・・・私たちが知っている相手の」

「なに・・・まさか!?」

 この連中で、美凪が知っている相手。そんなもの、既にあの二人しかなく。

『・・・え?』

 困惑の声。

 それは前方よりこちらにやってきたガンダムタイプとジムタイプの二機から発せられたものだった。

『嘘・・・この感覚・・・遠野さん? それに・・・往人さん!?』

「・・・観鈴」

 声はガンダムエアに乗る観鈴のものだ。ジム・クロウに乗る佳乃からは声は聞こえないが、驚いているのはなんとなくわかった。

 往人は舌打ちする。

 ついに実現させたくない状況になってしまった、と。

「・・・なるほど」

 その中で、美凪は静かに頷きを見せた。

「・・・サイド6にガンダムを強奪に行ったときに感じたあの懐かしい気配・・・あれは神尾さんでしたか」

『遠野さん! わたし、遠野さんと戦う気はないよ!』

『あたしも、遠野さんと戦う気はないよ! それに往人くん・・・どうしてそんなところにいるんだよぉ!』

 どう説明すべきか。もしここで本当のことを言えば美凪の傍を離れることになるだろう。

 聖も美凪も聡い人間だから最初からこちらの思惑など気付いていただろうが、口に出してしまえばもうそれで全て終わりだ。

 往人は観鈴や佳乃と戦うことなんてできない。・・・しかし、同時に美凪も救いたいと思っていた。

 しかし、美凪は違う。

「・・・神尾さん、霧島さん。私たちは敵同士なんです。なら・・・戦うしかないでしょう」

『遠野さん!?』

「そちらに戦う気がないのだとしても・・・私にはありますから」

 それだけを言い、美凪のパラス・アテネが突き奔る。みちるのギラ・ドーガもそれに続いた。

 だが往人は動けない。それを横目で一瞥した美凪は、しかし何も言わず前に視線を戻す。そのままビームサーベルを抜き、エアに切り掛かる。

 一撃目を回避され、二撃目をビームサーベルで受け止められ鍔迫り合いになる。そのまま二機は近付き、

『遠野さん、やめようよ! わたし、遠野さんと戦いたくないよ!』

「・・・優しいですね、神尾さんは。でも、私には・・・戦う理由があるんです」

 猛攻。ビームサーベルの斬り合いは数合を繰り返され、徐々に美凪が押していく。

 仕方のないことだ。戦う気がなく受けるだけの観鈴と最初から殺す気でビームサーベルを振るう美凪では、迫力が違う。

『あっ!?』

 それが十を数えた辺りで、エアからビームサーベルが弾き飛ばされてしまう。それを見逃すはずもない美凪はビームサーベルを振りかぶり、

「さようなら。神尾さん」

 振り下ろす。

 だが、それはエアを両断する前に何かによって受け止められた。

 ・・・それは、往人のビームソードアックスだ。

「おぉぉぉ!」

 気合一閃。そのままパラス・アテネを弾き飛ばす。

 そうしてエアの前に庇うように立ち、ビームソードアックスを構える往人。

『往人・・・さん』

 結局、見ていられなかった。

 観鈴が殺されるところを黙って見ていられるはずもなかった。

 そしてその光景を見ていた美凪は、さも当然であったことのように驚きすらせず、

「・・・やはり国崎さんはそっちにつくんですね」

「俺はもともと観鈴たちのために聖の動向を探ろうとネオジオンに潜り込んだけだしな。だが・・・遠野、いまはお前も助けたいと思ってる」

「私を・・・?」

「そうだ」

 往人は出来る限り優しい声を目指し、言葉を紡いだ。

「遠野、お前も一緒に来い。お前はそこにいるべき人間じゃないんだ」

 しかし、美凪の返事は早かった。

「・・・お断りします」

「何故だ、遠野! お前がそこにいる理由はもうないだろう!?」

「ありますよ」

「みちるのことか・・・? でもそれはもう終わっただろう? みちるはこうしてお前の隣にいるじゃないか。だからみちると一緒にお前も来い!」

「駄目です。それでは約束を破ることになりますから」

 その言葉に往人は怒りを感じた。歯噛みし、

「約束・・・? じゃあ、その約束のために観鈴や佳乃を殺しても良いっていうのか?!」

「そうです」

 話のわからない奴だ、と思い、頑固な奴だ、とも思う。

 それが美凪と聖の契約であり制約であり、そして美凪の望んだ夢の結果なのだろう。

『国崎さん。・・・良い夢を長く見たいと願うのは、・・・人として当然のことだと思うんです。・・・例えそれが、逃げであるとわかっていても』

 いつかそう言った美凪の言葉を、往人ははっきりと覚えている。

 その夢を聖に叶えてもらった美凪だから、彼女は聖に従っている。

「夢を叶えてもらった代償を、私は払わなければいけません」

 美凪は往人に言う。

「そうすべきことを、私は願ったのですから」

「・・・それは、お前なりの罪滅ぼしか?」

「そんな崇高なものじゃありません。・・・誤魔化しですよ」

「そうわかってるんだったら・・・!」

 それでも美凪は首を横に振る。

「だからこそ、私はここにいなきゃいけないんです」

 そうして、横を見る。佳乃との戦闘を一旦止めて、こちらに駆け寄ってくるギラ・ドーガ・・・みちるを見て、

「・・・みちるが生きているという、してはいけない夢を望み・・・それを叶えてもらった私の罪と罰のためにも」

 

 

 

 死者が目覚める。

 確かにいま、そんなことをこの霧島聖は言った。

「そんな馬鹿な! 死者が蘇るなんて!」

 思ったことを祐一は叫びとしてそのまま口にする。だが聖はまるで舞台の上に立つ役者のような演技掛かった口調で、

「しかし現実に死者は蘇った。舞ほどとはいかずも、生前よりも遥かに強くなってね。

 つまりはこういうことだ。川澄舞の細胞は生きている者では刺激が強すぎた。あまりに強い細胞が通常の細胞を破壊してしまう。

 だが、死者ならばそれがない。むしろ川澄舞の異常な細胞分裂の早さが傷、脳やその他の損傷を速やかに修復、再生し、しかもその細胞に耐えられるだけの肉体へと革変させる・・・」

 聖が笑みを漏らす。失笑という類の笑みを。

「そして研究者は気付いたのだよ。この細胞の価値に。・・・死者が強くなって蘇る。ただその細胞を投与しただけで、だ。わかるか?

 強化や複製、生産などよりも遥かに高性能かつ低コスト、そして手軽さ。それはそうだろう? 死体などそこら辺に転がっているのだから。

 そして研究者は『生産』の研究より一年が経った七年前。これを一大プロジェクトとし、『イリス計画』と名付けた」

「イリス、計画・・・?」

「世界が誕生し最初に生まれた女性、イブ。そしてそれより生まれ出でた娘、それをイリス。・・・この皮肉めいた意味、わかるな?」

「『生産』の研究で生まれた最強の少女、イブたる舞から生まれた子供。・・・『イリス計画』ね」

 郁未の苦々しい言葉にそうだ、と聖は返す。

「だが、どうやら誰にでも効果を発揮させるものではないらしいことが後の研究によって判明した。

 ・・・とはいえ、実験体はなにも語らず、誰にも迷惑をかけないただの死体。適当に投与していればそのうち共通性も見つかるだろうというのが研究者たちの意見だった。

 このときに生まれた者が後に『第一世代』と呼ばれることになる者たちだ」

「第一世代?」

「ろくな研究もせず手当たり次第に投与した結果だよ。復活した者もなにかしらの欠点を持って生まれてしまったのだ。

 ・・・さて、相沢祐一? 君はこの研究が七年前と聞いてなにか思い浮かばないか?」

「七年前・・・?」

「・・・思い出せないのも無理はないか。君も記憶を消されたのだものな」

「どういうことだ!?」

「七年前。・・・つまり君の幼馴染である月宮あゆが死んだ年だ」

「!?」

「先程述べたな? 相沢慎也博士が死者に舞の細胞を投与し、その死者が目覚めた、と。

 それこそ第一世代最初の成功者。・・・最初のイリス。それが月宮あゆだ」

 あゆが・・・舞の細胞により初めて蘇った存在・・・?

 わけがわからず、ただ呻くように疑問が口を突く。

「そんな・・・、どうして・・・」

「月宮あゆは君と仲が良かったのだろう? そして君の父親は研究者。なにも不思議なこともあるまい?」

 確かに、あゆとは昔遊んでいた記憶がある。

 なら、あゆと再会したとき頭に浮かんだあの大きな木の光景は・・・。

『ここが俺たちの学校だ』

『ボクたちの学校・・・かぁ』

「・・・あ」

 思い出す。

 どうして記憶を失くしたのか。

 ・・・そう、あの木の下で。月宮あゆは死んだのだ。

 事故だった。

 悲しみに耽る祐一を見かねた慎也が祐一の記憶からあゆを消去し、そして一縷の思いを込めて舞の細胞を投与した。

 ・・・子を思うが故の行動だったのに。

 それが後の世を最悪な方向へ導く引き金となるなんて。

 ―――虚しすぎる。

「第一世代は三百以上の死体を用いて十数人が復活を遂げた。その中には月宮あゆの他に私の妹・・・、いや、姉である佳乃の名もあった」

「佳乃も!?」

「不慮の事故だよ。車にはねられたのさ。だが、両親はそれを良しとしなかった。まぁ、研究のためというよりは我が子のためだったのだ。

 ・・・佳乃は私と違い愛されていたからな」

 聖の口調に羨望が混じる。だが、それも一瞬。

「・・・しかし復活した第一世代には誰にも共通して異常が見られた。精神がおかしかったり、しゃべれなくなったりと・・・。

 月宮あゆや佳乃もご多分に漏れずおかしかった。月宮あゆは記憶を失くし、佳乃は二重人格になってしまったからな」

 どうやらあゆの記憶喪失は祐一と違い人為的なものではないようだ。

 そんなことにほんの少しの安堵を覚えた祐一。だが話はまだ終わらない。

「そんなこんなで研究は重ねられ、復活した者の共通点・・・生前強力なニュータイプ能力者だということだとわかり、それよりさらに一年後。

 『イリス計画』の完成形である『第二世代』と呼ばれることになる最初のセカンドイリスが生まれた。その名は・・・氷上シュン。

 どこにも不備はなく、異常も見られず、また第一世代以上の力を発揮した」

「氷上シュン・・・」

 郁未がその名を噛み締めるように呟く。

「ネオジオンに突如現れた謎のエース。まさかそんな秘密があったとはね」

「そう。そして確立された『イリス計画』により次々と舞の細胞は投与され幾十もの人を蘇らせた。氷上シュンを筆頭に志乃さいか、坂上鷹文など。

 ・・・まぁ、私もその技術を用いて遠野みちるや長森瑞佳、川名みさきなどを蘇らせたわけだが」

「そんな、そんなの・・・」

 舞の声は震えている。

 自分の細胞がそんな恐ろしい事態を招いていたと知れば、そうなるのも無理はないだろう。

 そんな舞を横目に、祐一は激しい口調でそれを否定する。

「そんな与太話信じられるか! その話に証拠があるとでも言うのか!」

「証拠ならあるぞ。君たちも見てきたことだ」

「な・・・!?」

「一例だ。蘇ったもの同士が模擬戦をしていたとき、突如片方が精神に異常をきたしたことがあった。第一世代だったからな。おそらくはそういう理由だったのだろうが、しかしそいつは相手を殺さなかった。いや、殺せなかったんだ」

「・・・?」

「訝しく思った研究者たちがそれから何度も実験をしてみたが結果は同じ。『イリス計画』によって生まれた者同士は互いを攻撃こそできるものの、確実に殺すことが出来る一撃を放つことは出来なかった。

 ・・・ここからは研究者たちの仮説だが、川澄舞という一人の人物の・・・、というより全く同一の細胞を体に宿していることから、本能レベルで同じ細胞を破壊するのを抑止しているのではないか、ということだ。

 まぁ、つまり同じ細胞同士が殺しあうということはある意味自殺と同じで、それを拒絶するために体が動かなくなるというわけだ。・・・君たちにもそんな経験が今までにあっただろう?」

 驚き顔を見合わせる祐一と舞。

 確かにいままでそのような光景があったはずで―――。

 

 

「これで足は止めたも同然。次でとどめだ!」

 往人のNT試験用ジム・ジャグラーにあゆのキュベレイMkUを破壊できるほどの武装はない。よって、とどめを刺すのは必然と佳乃か風子となるわけだが―――。

「・・・おい、どうした二人とも」

 その二人はそれぞれまったく動こうとしなかった。

 モニター越しに佳乃の顔が現れる。表情は、なぜか苦笑。

『うぬぬ、なんでかなぁ。なんか撃っちゃいけない気がするんだよぉ』

『風子もなぜか躊躇ってしまします』

 次いで現れた風子の顔も似たよう表情だ。

 

 

 切羽詰ったあゆの口調とは裏腹にシュンは余裕そうだ。いや、実際余裕なのだろう。おそらく本気であゆを堕とそうとしていたならもう三回はできていたはずだ。それをあえてしないのは手加減をしているのか。

 それがことさらあゆには耐えられなかった。手加減をされて生かされているというのは、戦士にとっては屈辱以外のなにものでもない。

「どうして本気で来ないの!」

「どうして、と言われてもね。僕には最初から君を殺すつもりはないし。と言うより殺せないと言った方が正しいけど」

 

 

 ゼク・ツヴァイがその一瞬で距離を詰めて、ビームスマートガンの銃身をキュベレイMkUのコクピットに押し当てる。

 零距離。

 回避は、不可能。

「あ・・・!」

 さいかの視線の先、佳乃がトリガーを―――、

「・・・・・・」

「・・・え?」

 引かなかった。

 佳乃はそのまま銃口を上にスライドし、キュベレイMkUの頭部を撃ち抜くにとどめた。

 

 

「そんな、それじゃ・・・」

「そう。それが逃げられぬ証拠だよ。・・・わかるか、川澄舞?」

 聖が壁からその身を乗り出した。

 それに反応して郁未が銃を構えるが、それすら厭わぬと言わんばかりに聖は無造作に歩を刻む。

「君の存在はただでさえ罪深くて業の塊のような研究者たちに・・・否、人間たちに雑な夢を与えたのだ。

 君の存在が、人の傲慢を生み、人の欲を広げ、そして人として踏み込んではいけない領域に手招きをした!

 ―――その君の存在そのものが罪なのだよ!」

「罪・・・私が・・・?」

「そうだ、罪だ! 君が生まれたことにより人の傲慢に拍車が掛かったのだ!

 神気取りに命を生産し、それすらも道具として扱う、最低最悪の世界を! 君が! 助長させたのだ!」

「違うわ!」

 郁未が銃を聖に向けたまま、舞に向けて言い聞かせるように叫ぶ。

「舞は勝手に生み出された存在よ! その責任を舞本人に突きつけるなんてお門違いだわ!

 ・・・あなたはただやっかんでいるだけよ! 舞が現れることによって捨てられた、自分のためにも!」

「私だけではない! 舞のせいで、勝手に生み出しておきながら役立たずの烙印を押され名も付けられるままに死んでいった者が何人いると思う!?」

「それも舞のせいじゃないわ!」

「そうかな? 君はともかくそうして死んでいった者たちはそう思ったかな? 研究者を恨んだだろう。だが、同時に舞も憎んだのではないか?」

「それは・・・」

「そう、私はそうした者たちの代弁者なのだよ。人の欲深き業によって生み出され、殺された哀れな者たちのな。

 ・・・だから私はここにいる。それら全ての技術を手に入れ、こうしてここに立っている!

 人は! 自らが作り出した技術によって滅ぼされるのだ! 私によって! 全てを!

 スペースノイドもアースノイドもない! 人は皆滅ぶのだ! それこそが、ここまで来てしまった人の辿るべき正しい道だ!」

 突きつけられた真実。

 愕然とする三人と、施設に響く聖の哄笑。

 開けてはならぬ、しかし開かれてしまったパンドラの箱。

 人はやはりどうしようもなく罪深く、欲深く、それを留めることは出来ないのか。

 ・・・開け放たれたパンドラの箱に入っていたのは、絶望か。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

AMX−133

バンズ・バウ 

武装;有線式ビームカッター×2

    メガ粒子砲×7

    ファンネル

<説明>

 ネオジオンのニュータイプ専用MA。

 圧倒的な火力と超加速をコンセプトに製作された機体だったが、そのアクの強さから乗りこなせるパイロットが現れずお蔵入りになっていた。

 が、乗りこなすことの出来るパイロットが現れたため、急遽チェーンされ前線へと送り出されることに。

 主なパイロットは川名みさき。

 

 

 

 あとがき

 どうも、神無月です。

 なんだかんだでまーた長くなってしまいました。前後編に分けて良かったと思います。

 さて、今回いろいろと伏線が消化されたわけでありますが……。

 生物学的な観点の突っ込みはどうぞお控えください。わかってます。書いている自分ですらかなり強引で、無茶なことを書いていることくらい(汗

 なのでどうか勘弁ください。

 では、また。

 

 

 

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