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          【決意】

 

 カンナヅキ、キサラギはクラナドと共に以前までクラナドが隠れていた廃棄コロニーへと移動した。

 以前の戦闘の生き残りがいることから、連邦にもネオジオンにもこの場所は知られている。そう長居はできないだろう。

 だがイブキからこれまでの連戦で全艦ガタが来ていた。特にカンナヅキの損傷は著しい。しばらくはここで艦の修理で缶詰になるだろう。

 だが、補給の件に関しての問題は解消していた。

 それは郁未の伝で、

「ん、とりあえず運べるだけの資材は積んどいたわ」

「ありがとうございます、美佐枝さん」

「良いって良いって。どうせカラバはもう終わりだし」

 相良美佐江。カラバの中心メンバーの一人である。

 郁未の伝とはつまりカラバだった。連邦でもネオジオンでもない中立の存在。確かにいまの自分たちに似ている、と祐一は思う。

 カラバは中心メンバーの死亡によりそのほとんどが機能を停止していた。

 現在はなんとかエゥーゴの支援だけは行っていたようだが、郁未からこの美佐枝のおかげでその物資がいくらかこっちに回されていた。

「でも・・・良いのか? カラバがどことも知れぬ俺たちなんかに物資なんか与えちゃって」

 すると美佐江は軽く笑い、

「ま、本来は駄目なんでしょうけどね。エゥーゴも実質動いている部隊は一つだし、物資も随分と残ってるわけ。

 後ろ盾が消えたいまもう増えることは無いでしょうけど・・・でも残しておくにはもったいないじゃない?

 なら郁未や・・・あの公子さんの意思を受け継いだあんたたちに与えてやるのも一興でしょ」

「公子さんを知ってるんですか?」

 いまの台詞は郁未にとっても驚きだったらしい。すると美佐江は少し遠い目をして、

「・・・うん。まぁ、昔は世話になったわよ」

 それ以上を聞くのははばかれるような雰囲気。だからそれ以上は祐一も郁未も追求はしなかった。

「物資の搬入、完了しました」

「はいよー」

 カラバ兵に答えつつ、美佐江がこちらを向く。

 どこかさばさばした笑みを浮かべながら郁未と、そして祐一を見て、

「んじゃま、あたしたちにできるのはここまでだわね」

「いや、十分だ。ありがとう」

「気にしないでいいわ。さっきも言ったけどこういうのもまた一興よ。郁未も、そしてあんたも・・・ま、頑張って」

 頷く祐一たちだが、美佐江はどこか表情を落として、ポツリと、

「・・・本来なら、あんたたちみたいな子供に任せるべきことじゃ、ないんだけどねぇ」

「美佐江さん」

 だがそれを郁未が止めた。美佐江の視線の先、郁未の表情はただ柔らかくて。

「大丈夫、大丈夫です。戦争をしている中では、子供だとか、大人だとか・・・ましてや男だとか女だとか関係ないですから。

 私たちは、そりゃあ美佐江さんたちからすれば子供ですけど、その単語を盾に怯えたり、関係ないのにと叫ぶことを捨てました。

 それは私たち自身が選んだ選択です。・・・そりゃあ、舞や、他の人たちみたいに最初は巻き込まれた人もいるけど・・・」

 近くでこちらの様子を見ている舞へ視線を向ける。

 郁未の視線を受けた舞はただ頷くのみ。それに笑みを浮かべながら郁未は向き直り、

「でも、いまこの場にいる者は皆自分でこの道を選んだ人ばかりです。だから・・・大丈夫。私たちは、歩いていけます」

「―――そっか」

 ふぅ、と息を吐き、美佐江は薄く微笑んだ。

「強くなったね、あんたは」

 見下ろす視線はただ優しく。まるでそれは我が子を想う母親のような温かみを持っていた。

 郁未がカラバに入ってから、率先して彼女の世話を受け持ったのは美佐江だった。

 美佐江は郁未を想い、郁未もまた美佐江想った。

 戦いが起こったからこその出会いだったが、そこには確かに絆があったのだ。

 スッと、美佐江の腕が郁未へ伸びる。頭を撫で、その頬に触れ、

「・・・言えた義理じゃないけど・・・死なないで」

 割り切るように力強い一歩を、踏み出した。

 遠くなっていく背中に郁未は敬礼を、次いで大きく頭を下げ、

「ありがとうございました」

 万感の思いを込めて、見送った。

 

 

 

 補給は完了した。あとは艦の修理を待つだけとなる。・・・なのだが、

「カンナヅキの修理はどうだ?」

「正直、よろしくないな」

 艦橋。艦長席に座りながら状況報告のレポートを読む祐一に答えるのは、メカニックチーフの浩平だ。

「カラバのおかげで物資は足りてるが、いかんせん人手と時間がな。

 本来ならしっかりと基地に入れて修理しなきゃいけないところを、ろくな設備も無いこのコロニー、この人数でっていうのはかなりきつい」

「予想で良い。どれくらい掛かる?」

「・・・正直に、か?」

 頷く祐一に浩平は心底から疲れたように嘆息しつつ、

「どれだけ早くても一週間。できるなら二週間は欲しいとこだな」

「・・・絶望的だな」

「間違いなく、な」

 一週間。それだけの時間があればほぼ間違いなく連邦かネオジオンが攻めてくるだろう。

 どちらもこちらをたいしたことないと放っておいてくれれば良いのだが、おそらくそうはなるまい。

「MSの修理状況は?」

「あぁ、そっちはたいしたことはない。とりあえず迎撃はできるだろうさ」

「それがせめてもの救いか・・・」

 レポートをアームレストに放り投げ、祐一は頭が痛いとばかりに天井を仰ぐ。

「完全修理を放棄して航行機能にのみ専念したら、どれだけ短縮できる?」

「それでも・・・四日は掛かるな」

「それで良い。武装系の修理を後回しにして、とりあえずここから離れることにしよう」

「了解。それじゃ、早速他のメンバーにも伝えておくことにするよ」

「あ、浩平」

 ブリッジを出て行こうとした浩平を呼び止める。「ん?」と振り返る浩平に祐一はやや視線を落とし、

「・・・暇な時間が出来たらで良い。風子を見てやってくれ」

「祐一・・・」

「誰が見たってわかる。あいつはお前に一番懐いてる。そして・・・多分声を掛けて良いのもお前だけだ」

 風子はイブキ崩壊からずっと塞ぎ込んだままだ。誰もが心配してるし、そして誰より心配しているのは目の前の本人だろう。

 だが浩平はなにか怖がっているように風子に触れようとしない。

 それは・・・きっと風子に自らの境遇を重ね合わせているから。

 祐一は、先日浩平に過去を聞いた。ティターンズを抜けた理由、そのときに亡くした者たちのことを。

 だからこそ、同じく肉親や大切な者を失った風子に掛ける言葉が見つからない。なまじ痛みを知っているからこそ、言葉なんかで癒えることじゃないとわかるから。

 もちろん祐一もそれはわかる。戦争ではなかったが、祐一も両親を亡くしていたのだから。

 でも、だからこそ、

「こういうときは一人でいたい、とも思うけど・・・、でもやっぱり一人じゃ辛いもんだ。思考は全て負のイメージに落ちていく。

 でも俺は周りに人がいてくれたから、なんとかどん底にまで落ちずにすんだ。お前だって、そうなんだろ? 七瀬がいてくれたんだろ?」

「―――あぁ」

 祐一の言葉に、浩平は静かに頷く。

 瑞佳とみさおを亡くし、ただ悲しみに沈みそうだった浩平の傍にはいつも留美がいた。

 鬱陶しいと思ったこともあった。曖昧だが、邪魔だと言ってしまった記憶もある。

 それでも留美は傍にいた。傍にいてくれた。

 立ち直る、とまではいかずとも、それこそ祐一の言うようにどん底に沈まずにすんだのは紛れもなく留美のおかげだった。

 ―――そういえば、ろくに礼も言ってなかったな。

 今度、いつか言おう、と心に決めつつ、いま自分がそっちの立場にいることを思う。

 ―――俺なんかで良いのか。

 だが祐一は自分しかいないと言った。祐一がそう言うのなら、そうなのだろう。

 風子は大切だ。みさおに似ている似てないを差し置いても守りたい、と改めて思えた人物だ。

 苦しんでいたら手を差し伸べたい。ただそれだけのことなのに・・・、

「なにを、躊躇ってたんだろうな、俺は」

 吐き出すように浩平は呟き、

「わかった。追い出されようとなじられようと風子といるさ」

「大丈夫。そんなことにはならないさ。多分、な」

「多分かよ」

 冗談交じりに言葉を交わし、浩平はブリッジを後にした。

 浩平なら大丈夫だろう、とその背中を眺めながら思う。同じ痛みをわかるからこそ、浩平は上手く立ち回るはずだ。

 そう確信しつつ前を向くと同時、通信を知らせるランプが点灯した。

 この状況下で通信を寄越す相手はことみか有紀寧しかいないだろう。通信を繋げてみると画面に浮かんだのは、ことみだった。

「一ノ瀬か。どうした?」

『ん。ちょっと発見したことがあって』

「発見?」

『ちょっと暇だったからこのコロニーにアクセスしていろいろと調べてたの』

 暇、というのもなんともな話だが、所詮指揮官は戦闘中でもない限りは指示を出すしかないポジションだ。

 それが重要だ、とはわかっているがなんとも申し訳なさが拭えない。

 それはことみも同じなんだろうが、ことみはその中でもなにかを見つけたと言う。

「しかしアクセスって・・・。ここはもう起動してないコロニーだぞ? 回線が生きてるはずないと思うんだが・・・」

『うん。確かに回線はいたるところで断絶してたけど、でもその断片から一つの事実を発見したの』

 それは、と問う祐一にことみは一拍を置き、

『このコロニー。どうやら元はジオンの研究施設だったみたいなの』

「・・・なに?」

 だが、それはおかしい。

 もし仮にこのコロニーがジオンの研究施設だったとして、どうしてこんな地球軌道付近にあるのか。サイド3はここからでは遠すぎる。

『研究の開始は0078年』

「一年戦争の前からか」

『うん。そして研究終了、コロニー破棄が0082年となってるの』

「ジオンが連邦に負けてからも研究は続いていた?」

『もしかしたら、こんなところにあるのもその辺が理由かもしれないの』

「だが、そうして続けておいてたったの四年? どういうことだ・・・。研究が終わったのはなにかトラブルがあったか―――」

『研究していたことが打ち切りになったか。あるいは・・・』

「完成したか、か。それ以上の情報はないのか?」

『繋ぎ合わせた断片データじゃこれくらいしか・・・』

「だよな。むしろ断片だけでここまで再現する一ノ瀬がすごいんだろうが・・・」

 しかし、これ以上は想像の域を出ない。

 ジオンが過去に行っていた研究の施設。もしかしたら、なにか重要な情報が残っているかもしれない。なぜなら、

「断絶しているとはいえ断片データをアクセスして拾えるってことは、中心のメインコンピュータは生き残ってる可能性が高いな」

 ことみの頷きを見て、祐一は一つの判断をした。

「よし、俺が調査に行こう。どうせいまの俺はやることもないしな」

『私も―――』

「いや、一ノ瀬は残ってくれ。こんなに早くはないと思うが、万が一連邦かネオジオンが攻めてきたときに動けるキサラギには艦長が必要だろ?」

 ことみもそれはわかっていたのだろう。しょんぼりしつつ、

『残念なの・・・』

「ま、一ノ瀬ほどじゃなくても俺だって多少コンピュータ関係は強い自負はある。伊達に研究者の子供じゃないしな。

 だから生きてれば情報はしっかり持ち帰るさ。それ以降はお前に任せるよ」

『ん。わかったの、気をつけて』

「了解」

 通信を切ると同時に立ち上がり、小さく背をそらせる。固まった姿勢がほぐれると同時、わずかな骨の音が聞こえ、

「既に機能してないとはいえ重要施設っぽいしな。何人か兵士を連れてった方が良いか」

 探索するにしても人手は多いにこしたことはないし、もしかしたらなにかあるかもしれない。

 慎重になりすぎることはないだろう。

 そう思いとりあえず自らの部屋に行こうと足を踏み出した祐一の耳に、少女の声が届いた。

「なら、私も連れてってくれない?」

「ん?」

 ブリッジの入り口、そこに背を預けてこちらを見ているのは、

「郁未か。どうした?」

「美佐江さんとのことが終わったら暇でね。私は舞とかと違ってパイロット以外にできることって少ないし。でも、護衛くらいならできるわよ?」

 確かに以前舞から郁未の身体能力はかなりのものだと聞いたことがある。断る理由はないだろう。

「ま、暇だって言うんなら付き合ってくれ」

「了解」

「準備してから行く。郁未は何人か手の空いている兵士を集めておいてくれ」

「わかったわ」

 兵士を呼びに先にブリッジを出て行った郁未に続くように廊下へと足を踏み出す祐一。小さく息を吐きつつ、

「さて・・・、なにか見つかるかね」

 しかし、なぜか・・・大きな発見があるような予感があった。

 

 

 

「・・・はぁ」

 浩平は扉の向こうに聞こえぬように小さくため息を吐いた。

 彼がいまいる場所は他でもない。伊吹風子の部屋の前である。

 祐一と話してから直接ここまでやって来た。思い立ったが吉日かと思いこうして足を運んできたのだが、やはりここに立つと、

「・・・気が重いというか・・・」

 正直、なんて声を掛けていいかまるで見当もつかない。 

 こんな状況になって初めて留美のすごさを思い知る。もともと怖いもの知らずな一面もあったが、そういうのとはまた別次元の恐怖がここにはある。

「すー・・・はー」

 深呼吸一つ。

 とはいえこのままここでボーっとしているわけにもいくまい。何かを言おうと考えるのももう面倒だ。腹を決め、体当たりの姿勢で臨もう。

 息を呑みつつ、ブザーに手を伸ばす―――同時にいきなり扉が開いた。

「うぉ!?」

「・・・さっきからなにをしているんですか浩平さん」

「き、気付いてたのか・・・?」

「・・・気配でわかります」

 いきなりのことに驚きながらも、そうかと納得する。

 風子はニュータイプ。扉の前に突っ立てられれば嫌でも気付くというものだろう。そんなことを今更になってわかるなど、どうやら自分はかなりいっぱいいっぱいらしい。

 どうしよう、どうする、といきなりのことにパニックになる思考を抑えつつ久しぶりの風子を見下ろし、

「―――」

 思考は消えた。

 俯きがちな風子の顔。前髪に隠れてはっきりとではないが・・・わずかに覗く赤くなった瞳。

 泣いていたのか。

 よく見れば小刻みに肩も震えてるし、小さく断続的に聞こえる嗚咽がある。

「風子なら、ご心配なく。大丈夫です。風子は元気な子です。一人でもやっていけます」

 何を言うのか。

 さっきまで泣いていて、いまも泣きそうな顔をしているのに。

「皆さんにもきっと心配を掛けさせてしまいました。風子としたことが、遺憾です。ですが、もう心配は掛けさせません。

 これからは前以上に皆さんの役に立つと約束しましょう」

 何を言うのか。

 そんなに身体を震わせて、心配を掛けさせまいと強がって我慢しているだけなのに。

 すぐにばれるぐらいに下手な嘘を吐いて、この少女はいったい何を想うのか。

「・・・風子」

「え―――あ・・・?」

 何を言おう、とか何をしよう、とか。そんなことは必要のなかったこと。

 その少女を見て、言いたいと思ったことを言って、したいと思ったことをすれば良いだけのことだったのに。

 抱きしめる。

 強く。痛いかもしれないくらいに強く。慌てふためく風子を、それでもただ抱く。そして、

「お前は一人じゃない」

「あ・・・」

「家族はいなくなったかもしれないけど・・・、でも、俺がいる。栞がいる。他にも祐一たちがいる」

 その頭を撫でる。安心させるように、慈しむように、ただ優しく。

「大丈夫だ。お前は一人じゃない。俺たちがいる」

 瑞佳を失い、みさおを失い・・・もうあんな思いをしたくはないと思ったから捨てたMSパイロットとしての腕。

 だが、再びそれを手に取ったのは他でもない。また守りたいと、そう思えることができたから。託された思いがあったからこそ。

「だから、風子。我慢するな。俺たちの間に我慢なんていらないんだ。欲しいのは絆、それだけなんだから」

「あ・・・あ・・・」

「だから風子・・・。いまは、泣け」

「あ、ああ、あ・・・あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 縋り泣く。

 いままでもたくさん泣いただろうに、そんなことを感じさせないくらいに強く泣く。

 それで良い。悲しいのなら泣けば良いのだ。

 それを咎める者はここにはいない。逆に、受け止めてくれる者がたくさんいる。

 ―――守ろう。

 いまこの腕の中にいる者も、他の仲間たちも。

 あのときのような思いはもうごめんだから。あんなことにならないためにも、強く誓おう。

 守ろう。

 改めて誓ったその想いを胸に、浩平は泣き叫ぶ少女をただ抱きしめた。

 

 

 

 既に機能していないコロニー内部は酸素はおろか重力もない。

 宇宙服に着替え探索を開始した祐一たちは、ことみの作成したコロニー内部の地図を確認しつつくだんの研究所へと進んでいた。

「どうやら、ここは最初から居住区として造られたコロニーじゃなさそうね」

 宇宙服越しのこもった郁未の声に、祐一も頷く。

 見渡す限り、あるのは機械、機械、機械。居住区にあるような色とりどりの植物や看板や建物は存在しない。

 研究者たちが住んでいたであろう建物もただ無骨で色もなく、生活さえ出来れば良いという考えが目に見えるほど。

 ここは建設から既に研究用として造られたコロニーだったのだろう。

 廃棄されておよそ六年。人気の無いゴーストタウンと化したこの機械の街は、ただ冷たさしか感じさせない。

 そんな風景を横目にしつつ、地図通りに進んだ先に目標物は見つかった。

「ここか」

 一見、研究所というよりは工場に見える建物だ。なんとか研究所、という看板すらなく、正直本当にここだろうかと疑ってしまうほどだ。

 とはいえ、ことみの作成した地図に間違いなどまずありえないだろうし、入ればわかること。

 行こう、と首で促し、入っていく。

 先頭は郁未だ。祐一は一番後ろ。祐一はカンナヅキの艦長。何かあっては困る、ということで最後尾となっている。

 正面ドアを入ると、まず長い廊下があった。それを進むと、再び正面にドア。だがこれは、

「・・・ロックが掛かってるわね。このドア」

「見よう」

 後ろから祐一が先頭の郁未に並び、ドアを見る。確かにそれはロックされていた。

 横を見ればコンソロールがある。生きていることを願いつつ触れてみれば、コンソロールはしっかりと光を浮かべた。

「いけるな。だけどこれは・・・」

「どうしたの?」

「いや、これはロックというより、外部と内部の接続のためみたいだ」

「接続?」

 郁未の疑問に答えるように祐一がコンソロールを起動させる。

 するとどこからか風の流れる音が聞こえ始め、浮いていた足が床へついた。

「重力? それに・・・酸素?」

 郁未が後ろにいる兵士に酸素チェックをさせると、やはり間違いなく酸素が出ているようだった。

「ちょっと待って。なんでこんな機能があるの? コロニー起動時は外にだって酸素も重力もあったのよ?」

「わからん。ここで何を言っても推測の域を出ないさ。少なくとも、今の俺たちに都合が良いのは確かだがな」

 内外圧の差をクリアにしたことをコンソロールが確認し、ドアが開いていく。

 用心して宇宙服のヘルメットをつけたまま入ったが、内部にもやはり重力も酸素もあるようだった。

「よし、各自解散。なにか発見したらすぐに連絡しろ。良いな?」

 ヘルメットを外しつつ部下に指示を出し、祐一は郁未を伴い正面を進む。

 内部を見渡す郁未はやや困惑した表情で、

「ねぇ、ここって本当に研究室? 私には工場にしか見えないんだけど」

 いたるところに置かれた機械、入り組んだケーブル群、そしてその間を走るようにして大きめのベルトコンベアが配置されている。

 郁未の言うとおり外見だけではなく内部も工場の様相を見せていた。

 祐一たちはとりあえず一階は同じようなものしかないのを確認しつつ、二階へと上がっていく。すると、

「・・・こっちは打って変わって研究所っぽいな」

 二階は一階とは違いそれこそ研究所と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。

 だが気になるのは、中央の階段を挟んでエリアが三区画にわかれていることだ。

 ここでは三つの研究をしていたのだろうか。そう考えるのが一番妥当だが・・・。

「祐一、これ、動く?」

「ん?」

 郁未の指し示した先、階段からはわずかに死角となっている場所にコンピュータが置かれている。近付きパネルを弄ってみるが、

「・・・いや、動きそうに無いな。電源がどこかで切れてるのかもしれない」

「そっか。古いしね」

 配置からして三部所のデータを総括しているコンピュータだとは思うので、これが動けば一番便利だったのだが、無いもの強請りをしても仕方ない。

「まぁ、とりあえず探索しよう。俺はこっちを、郁未はそっちを頼む」

「了解」

 あとは足で探すしかない。

 祐一はライトを片手に奥へと進んでいった。

 

 

 

 舞はクラナドに来ていた。

 重要なメカニックの一人として、舞はクラナドの修理にあたっていたのだ。

 とはいえ、戦力比の観点から舞のカノンはクラナドに収容されているので、終わっても舞はこちらにいることになるのだが。

「ふぅ・・・」

 現在舞は他のメカニックと交代して休憩中。クラナド内部の休憩室にて飲み物片手に疲れの一息を吐いていた。

「・・・・・・」

 こうしてボーっとしているといろいろな思いや考えが頭をぐるぐると回っていく。

 これまでのこと、これからのこと、智代のこと、有紀寧のこと、佐祐理のこと、祐一のこと。

 思っても考えてもどうしようもないことばかりだが、それでも考えてしまうのは人として仕方ないことなのだろう。

 そうして今度は別の意味で息を吐いたところに、声が届いた。

「ん、休憩中か、舞?」

「・・・智代」

 あぁ、と頷いた智代は休憩室脇にあるメーカーから一つ飲み物を取り出し舞の横に腰を下ろした。そのままの動作でこちらを向き、

「なにか考え事か?」

「うん。・・・ちょっと、いろいろね」

「いろいろか。・・・そうだな、いろいろあるな」

 視線を外し前を向いた智代はしみじみと言いながら、カップを口に傾ける。一口付けつつカップを下げ、

「倉田佐祐理も、いまの舞と同じ・・・いや、それ以上に悩んでいるようだったぞ」

「佐祐理が?」

「あぁ。さっき廊下ですれ違ったんだがな。私がいることすら気付かなかったようで、俯いたまま去って行ったよ。あれは重症だな」

「そう・・・」

 これから佐祐理はどうするのだろうか。

 自分の思い、考えは佐祐理に言った。それを佐祐理も聞いた。

 その上でこれから佐祐理はいったいどういう行動を取るのだろうか。

 一緒に戦ってくれるのか。それともまた敵として対峙することになるのか。

 ・・・だが、

「私たちはこれ以上何も言うことはできない。私たちの考えはもう全て彼女に話したからな。

 ここからは彼女自身が自分で考え自分で思い、自分で踏み出すべき領域だ。私たちが触れていい場所ではない」

「うん」

 そう、ここからは佐祐理が自分で答えを見つける領域だ。一緒に行こう、と言って良いところではない。

 自ら選んだ道でなければ、言い訳が出てしまう。

 ああ言われたから、ああするしかなかったから、と。・・・以前、連邦にいたというだけで佐祐理に剣を向けた自分の言い訳のように。

 だからそれは駄目だ。踏み出しの一歩は自分が決めた場所でないと意味がない。

 それをもうわかっている舞だからこそ、後は佐祐理に託し、願うしかなかった。

「なぁ、舞」

「なに?」

「もし仮に・・・、仮に、だ。倉田佐祐理が私たちの思想を受け入れられずネオジオンに戻り、そして私たちの敵として立ちはだかったら・・・お前はどうする?」

「・・・」

 そんなもの、もう答えは見つかっていた。

「戦わない」

「戦わない?」

「うん。戦わない。私は決めたから。

 あのときみたいに流されるまま、仕方ないからと戦ったりはしない。

 私が戦うのは戦争をなくしたいからで、そのために大事な人を殺すなんておかしいから。

 ・・・だから戦わない」

「そうか」

 そう頷いた智代は、ひどく嬉しそうな笑みだった。

 そうしてその場をどこか温かい雰囲気が包んだと同時―――、

「「!」」

 それは起こった。

「警報!?」

 艦内に響くアラート音。それと同時に護の声で艦内通信が入り、

『各員、第一戦闘配備! この宙域に連邦艦隊が接近中! 繰り返す、各員、第一戦闘配備!』

「舞!」

「うん!」

 カップを放り出し、二人は駆け出す。

 MSデッキへ行こうと通路を曲がった先で

「「あ」」

 佐祐理と出会った。思わず止まってしまう舞。

 そんな舞と佐祐理を一瞥だけして智代は、

「先に行く! あまり遅れるなよ!」

「あ、うん」

 駆け出す智代を横目に、舞と佐祐理が相対する。

 佐祐理はそんな舞からどこか怯えるように視線を下げ、

「行く・・・の?」

「うん」

「・・・こう言っちゃ失礼だけど、たかが三隻じゃこの先、どうなるかわからないんだよ? それでも舞は―――」

「戦うよ。理想を、どこまでも追いかける」

 断言する。この思いに嘘偽りはないのだから。

「―――」

「だから、もう行く」

 押し黙ってしまう佐祐理の横を、舞は通っていく。

「・・・舞!」

 慌てるようにその背中を追う佐祐理に舞は一言。

「ありがとう。話せて、嬉しかった」

「・・・っ!」

 駆ける。伝えたいことは全て伝えたから。

 ・・・あとは、己が望むままに突き進むのみ。

 

 

「舞・・・」

 遠ざかるその背中を、佐祐理は見ていることしかできない。

 強い意志を感じさせるその背中。それは、本当にどこまでも遠いものに見えて。

 でも・・・、

「佐祐理は・・・」

 自分は、本当にそれを見ていることしか出来ないのか?

 もう、答えなど見つかっているのではないか?

 舞が言ったこと。有紀寧が言ったこと。父が言ったこと。ハマーンが言ったこと。

 全てを思い返し、自分の思考と重ねるように繰り返し・・・、

「―――」

 答えは、決まった。

 走り出す。

 その頃にはもう、佐祐理の表情に迷いはなく、ただ強い意志があった。

 

 

 

 MSデッキにやって来た舞はそのままカノンへと飛び乗り、すぐさま機体を起動させる。

 すると既に発進したらしい智代から通信が入る。

『目標を確認。敵艦の数は七隻だ』

「七隻? この前より少ないの?」

『いや、だが・・・カンナヅキ級が一隻、クラップ級二隻、サラミス級が四隻だ。正直この前の比じゃないぞ』

「カンナヅキ級・・・」

 その名に、複雑な心境が過ぎる。

 それを汲み取ったのだろう智代は息を吐き、

『なにはともあれ、すぐに出撃してくれ。佐織や月宮もいるんだからな』

「わかった」

 切れる通信。そうしてカタパルトに接続しようとして・・・いま、妙な名を聞いたような気がして動きが止まる。それは、

「月宮って・・・あゆ?」

『そうだよ』

 肯定するように新たな通信回線が開く。そこに映っているのは間違いなく月宮あゆだ。

「あゆ、どうしてクラナドに?」

『あ、うん。こっちに量産型キュベレイがあるって聞いたから。戦力比を考えてもボクはこっちの方が良い、って祐一くんも言ってたから』

「そう」

 そういえばクラナドを強奪したさいそんな機体が搬入されたままだったことを思い出す。

 なにはともあれ、頼もしいことに変わりはない。あゆの実力は舞も知るところだからだ。

「それじゃ、頑張ろう」

『うん!』

 通信を切り、今度はしっかりとカタパルトに接続する。既に開かれたデッキに視線を投じ、

「川澄舞。ガンダムカノン、出る!」

 カタパルトが軋みをあげ、カノンが宇宙へと放り出される。その翼とも言えるブースターを点火し、カノンは宇宙を駆けた。

 

 

 迫る連邦艦隊の先頭、カンナヅキ級二番艦ムツキ。その艦橋で北川潤は最初にコロニーから飛び出してきたその艦を見つめていた。

「あれが報告にあったネオジオンの艦ですか」

「しかし、このタイミングの良さを考えると、イブキはネオジオンと通じていたのですかね?

 それとも通じていたのはあのカンナヅキとキサラギの連中かな?」

 隣から響く声は久瀬隆之だ。ただ面白そうな気配を見せる隆之に、潤はどこか得体の知れない悪寒を覚えてしまう。

「相沢たちはそんなことをしません」

「あぁ、そうでした。カンナヅキに乗っていた相沢祐一とはお知り合いだったんでしたね」

 これは失敬、という言葉がただの飾りにしか聞こえないのは潤だけではあるまい。だが、それを言うわけにもいかず、潤はただ前を見る。

「敵サダラーン級よりMSの発進を確認!」

「コロニー内部に大型の熱源を確認。カンナヅキ級と思われます」

「たかが三隻・・・とはいっても、巡洋艦とはいえ十隻を相手に退けた部隊を同時に相手にはしたくないな。火器管制」

「はっ」

「サブメガ粒子砲でコロニー入り口のやや上側を撃て」

「了解しました」

 疑問を抱かず言われたとおりにしようとするクルー。これもいままで潤の下で戦ってきたクルーたちの信頼の表れであった。

「そんなことをしてどうするのです?」

 だが、そんな信頼など持っているわけもない隆之が訊ねてくる。それに答えるのも億劫な潤はただ一言。

「見てればわかります」

 数秒の後、ムツキから発射される一条の光。それは的確に潤の指し示した箇所に直撃し、外壁を崩壊させていく。

 そして砕かれた破片は入り口へと降り注ぎ・・・そこは完全に閉ざされてしまった。

「おやおや、これはすごい」

「廃棄されたコロニーということで外壁も脆いでしょうからね。こうしておけば敵戦力を分断できて勝率もグッと上がります」

 これでカンナヅキ級はしばらく出てこれない。その間にサダラーン級を片付ける。

 こっちは七隻。あっちは一隻。勝てないわけがない。

 だから潤は高々と手を掲げ、

「全艦、対艦戦闘用意! 同時にMSを発進! 敵艦を討つ!」

 

 

 いままさに発進しようとしていたキサラギ。だがその眼前をいきなり爆破された破片が埋めてしまった。

「やられたの・・・!」

 思わず呻くことみ。そこに朋也から通信が入り、

『艦の主砲でどうにかならないのか!?』

「駄目! いまコロニーの中には相沢くんたちがいるの。ただでさえ脆くなってるこのコロニーに下手な攻撃をしたら、コロニー自体が崩れるかもしれない!」

『・・・くそ』

 絶対ではないが、その懸念がある以上大きな武器による除去はできない。

「全MSで破片の除去を! 丁寧に、でも急いでお願い!」

『難しいが、わかった!』

 時間は掛かるが、仕方ない。ここで万が一のことがあって祐一が死ぬようなことがあってはいけないのだ。

 この部隊は、祐一を中心に紡がれている。カラバで言うハヤトのように、中心人物の死亡はその部隊の終わりを意味しているのだ。

「相沢くんに連絡は!?」

「・・・駄目です、取れません!」

 戦闘によるミノフスキー粒子の影響か。とはいえ、先程の一撃でコロニー全体に衝撃が走った。何かがあった事は気付くだろう。

「・・・相沢くん」

 あとは、無事を祈るしかない。

 そして、外にいるクラナドのメンバーも。

 

 

 

「ちっ、なにか起きたな。敵襲か!?」

 ムツキが放った一撃によるコロニーの振動。

 それは研究所の探索に来ていた祐一たちももちろん気付いた。

 大きな揺れが収まったのを確認し、祐一は立ち上がりつつ服を確認する。思わぬ振動に転んでしまったが、どうやら宇宙服に問題は無いようだ。

「くそ、思った以上に早かったな」

 来るにしてももうしばらくは掛かるだろうと踏んでいたのだが、思惑は外れてしまったらしい。

 そう考えているところに、別の場所を探っていた郁未がやってきた。

「祐一! 無事!?」

「俺は大丈夫だ。お前はどうだ?」

「私も大丈夫。でも、いまの振動は・・・」

「どうやら敵が来たみたいだな。急いで戻ろう」

「えぇ」

 頷き合い、駆け出す。

 そうして廊下に出て、そのまま中央の階段から下に降りようとして―――、

「・・・ん、待て!」

「ちょっと、どうしたのよ祐一!?」

「・・・あれを見ろ」

「え、・・・あ」

 郁未も気付いた。

 祐一の視線の先にあるのは、先程見つけたメインコンピュータ。

 それがいまの振動のせいだろうか、電源が入っているようだ。パネルには光がこぼれている。

「でも、いまはそんなことしている場合じゃ―――」

 そんな郁未の声を無視し、祐一はそのコンピュータに駆け寄った。

 パネルを操作し、コンピュータに記録された中身を閲覧する。

「・・・生きてる。データも、しっかりと保存されてる」

「ホント?」

 郁未もやはり気になるのだろう、すぐ後ろからこちらの手元を窺ってくる。

 これまで特に有益らしいものを見つけられなかったからだろうか、わずかに期待が膨らんだ。

 再びパネルを操作していくと、一つのメインページに行き当たった。

「これだ」

 そこに記されているのは三つのプラン名。やはりここは三つの研究を同時に行っていたらしい。

 読み進めようとパネルを操作して・・・、

「「!?」」

 祐一、郁未、双方の顔が驚愕に染まった。

 画面に映される三つの研究の概要。そしてその責任者の名前。

 それは、二人にとって驚きすらも越えた、脅威の真実だった。

 

 

 

「キサラギが、出れない!?」

 発進した直後に横を奔った一条のビーム。それによりコロニーの入り口は塞がれ、キサラギは出られず、またキサラギ、カンナヅキのMSも出られなくなってしまった。

 撤去作業を急いでいるようだが、すぐには出られないという。

 その間、クラナドとたった四機のMSで七隻の連邦艦隊を抑えなくてはいけないということになる。

 正直、かなりきついだろう。だが、

「こんなところで負けるわけにはいかない・・・!」

『その通りだ!』

 レヴェレイションに乗った智代の肯定の頷きと共に、連邦艦隊から数多の光が出現する。

『敵艦より多数のMSの発進を確認!』

 オペレーターに言われるまでもない。その光点はこちらの数で抑えるにはどう考えても多すぎる。

 しかしやるしかない。舞は思いきりペダルを踏み込み、その光点の群れへと機体を突っ込ませた。

『月宮と佐織は艦の護衛を!』

『『了解!』』

 舞のカノンにレヴェレイションも続く。

 この二人でなら、十倍くらいの数を抑えることはできるだろう。だが、

「!」

 突如鋭い砲撃がカノンを襲う。紙一重で回避したその一撃の精度は、おそらく佐祐理にも引けをとるまい。

 誰が、と見据える先。そこから周囲の機体とは明らかに違う三機がやってくる。それは、

「あのときのガンダム・・・!?」

「見つけた、この前の白い奴!」

 三機の中で最後尾にいる射撃メインだとわかる機体、Δガンダムの真琴がカノンを見つけて狂喜に歪む。

「あいつは真琴がやるわ! 地上での借りを返してやるんだから!」

「なら私も参加させてもらおうかしら。後ろの二機よりは強そうだし」

「友里! あれは真琴の獲物よ!?」

「では、私は後ろの銀色のMSを」

 二人を差し置いてMAモードのΣガンダムを奔らせる茜。

 それを見てΩガンダムに乗る友里はからからと笑い、

「ほらほら、こんなことしてるとあの白いのまで茜に取られちゃうわよ?」

「うるさいうるさい! 友里、真琴の邪魔したらあんたも殺すからね!」

「どうぞやれるものならやってみなさい。私も勝手にやらせてもらうから」

「ふん!」

 そうしてΔガンダムとΩガンダムがカノンへと襲い掛かる。

「あのときのガンダムより楽しませてくれるのかしら!?」

 Ωガンダムが前に出てジェノサイドクローを向けてくる。

 鋭利な一撃。回避に関しては他の者より自信のある舞ですら一瞬冷や汗を浮かべるほどの正確さだ。

「上手くかわすじゃない!」

 だがジェノサイドクローは曲がり、進路を変えて再び襲い来る。

「くっ・・・!」

 舞はメガビームセイバーライフルをセイバーモードにしてそれを受けた。が、

「!」

 重い。ブースターで静止しようとしても機体が流される。と、そこへ、

「いただきよぉ!」

 真琴のΔガンダムから幾条ものビームがカノン目掛け放たれる。

 この体勢で回避は不可能。どうにかして下がろうとしてもジェノサイドクローにやられてしまうだろう。だから、

「フェアリーファンネル!」

 舞の意識にサイココントロールシステムが呼応する。背部から出現したフェアリーファンネルが三基で三角形を作り出し、そこにIフィールドが張られる。

 防御支援用サイコミュ兵器、フェアリーファンネルの本髄だ。

 そうして舞の意識通りに動くフェアリーファンネルが向かってきたビームの悉くを消し去っていく。

「な、サイコミュ兵器!?」

「あはは、地上よりも宇宙が良いってのはなにもあんただけじゃなさそうね、真琴?」

「うるさいわね、なら―――」

 怒りに燃える真琴のΔガンダムの背部から大きな四基の板のようなものが出現する。

「こっちも本気を出すまでよ!」

 それらが縦横無尽に宇宙を駆けた。それに次いで再び射撃が開始される。だが、

「なに・・・?」

 それは舞がいる方向とはてんで違う方向だった。だが、不敵な雰囲気を醸し出す真琴に悪寒を感じ、

「!」

 それを感じ取った。

 四方八方から、一斉にビームが飛んでくる。これは、

「あれはビームを反射させる・・・!?」

「リフレクターインコム。なにも宇宙の方が都合が良いのはあんただけじゃないってことよ!」

「くっ・・・!」

 咄嗟の判断で舞はもう一本のメガビームセイバーを取り出し、目の前のジェノサイドクローに斬りかかった。

「おっと」

 それを見てジェノサイドクローをわずかに下げる友里。その一瞬をついて舞は機体を上昇させた。

 とはいえ、それで左右からの攻撃は回避できても上下の攻撃は回避できない。

 だが、カノンにはフェアリーファンネルがある。

 舞の意思のままに動くフェアリーファンネルがカノンを挟むように上下に展開し、そこからのビームを防いだ。

「へぇ、やるじゃない」

「どこまでもムカつく奴!」

 強い。機体性能のせいか地上で戦ったときよりも遥かにそう感じる。この二機を同時に相手にしているだけでもきつい。

 そんな舞を嘲笑うかのように真琴たちの後ろを連邦のGDシリーズやジムVがクラナドに向けて進撃していく。

「止めないと・・・!」

 カノンを奔らせようとして、しかしそれを防ぐようにして漆黒の爪が襲い来る。回避するために後ろに下がる舞に対し友里が笑みを浮かべ、

「行かせないわよ?」

「くっ・・・、智代は!?」

 自分が駄目でも彼女なら、という思惑はしかしその光景に突き崩された。

 三機のうちの一機、深緑のMAにもなれるガンダムに智代が苦戦を強いられていたからだ。

「どうしました? それとも、『白銀の狼』とはこの程度のものなのですか?」

「ちっ・・・!」

 智代のレヴェレイションがメガビームサーベルで肉薄しようとするが、速度で勝るΩガンダムには追いつけない。

 加えて、レヴェレイションの周囲を何か銀色に煌く物体が飛び回っている。それはまるで針のような形状で、

「フェイダルアロー。私の意志に応じて動く無限の矢。・・・宇宙においてΩガンダムはその真価を発揮します。

 さて、・・・いつまでかわし続けられますか?」

 茜の言うことを体現するかのようにレヴェレイションを貫かんと奔るフェイダルアロー。

 一点に攻撃力が集中される銀の矢。MSの装甲など容易く貫くであろう矢が計十六、全てレヴェレイションを狙って飛び交う。

「くそ・・・!」

 智代は回避することしかできず、接近戦に持ち込めない。加えて、茜の回避能力は尋常ではなく、智代の腕では射撃が当たらないのだ。

 しかも茜も飛び回っているだけではなく、時折メガビームライフルを撃ってくるものだから智代としてはどうしようもない。

 智代が敵一人に抑え込まれている。その事実に舞は驚愕を覚えるが、呆然としている余裕はこちらにもない。

「ほらほら、ボーっとしてると怪我じゃすまないわよ!」

「くっ!?」

 舞と智代がたかが三機に抑え込まれる。

 これは誰にとっても予想外の出来事だった。

 

 

『そんな、あの二人がたった三機に・・・!?』

 通信機越しに佐織の驚愕の声を聞き、あゆも思わず戦慄する。

 舞の強さも、智代の強さも十分に知っている。あの二人なら、それこそ十倍以上の敵を前にしても勝ち残るだろう。

 それをたった三機。たった三機で抑えているという事実が、その三機の強さを証明しているようなものだった。だが、

「でも、逆の発想をすればそんな強い三人を舞さんたちが抑えてくれてるってことだから」

 そんな三機がクラナドに向かってくればおそらく自分たちではどうすることもできずクラナドを撃墜されるだろう。

 その心配がないだけまだマシだ・・・とでも思わなければやってられない。

『敵MS群、来ます!』

「うぐぅ、すごい数・・・」

 視認する限りでも五十は軽く越えているだろう。もしかしたら百くらいはあるかもしれない。

 それをたかが二機で抑えようと言うのだから、自分たちもよっぽど馬鹿げてる。

 ―――皆、早くしてね!

 コロニーの内部で除去作業に苦戦している皆を思い、ファンネルを展開した。

 いまは仲間を信じて自分のできることをするだけだ。

 接近するMS。それが互いに有効射程に近付き、あゆがファンネルを動かそうとして―――、

「!」

 刹那、視界を覆わんばかりのビームの群れが連邦のMS部隊に突き刺さった。

 それと同時にクラナドから出撃していく機体がある。それは連邦の部隊へ単身突っ込んで、そのまま敵を撃墜させながら舞たちのもとへと突き進んでいく。

「すごい・・・」

 だが、そう感嘆ばかりしていられない。相手の出鼻を挫いた形とはいえ、敵はまだ多くいるのだから。

「ボクも、頑張らないと!」

 意気込み、ファンネルを展開し敵MS部隊へ身を投げようとして―――横合いからの殺気に身体が勝手に機体を滑らせていた。

「ちっ!」

「なに、ファンネル!? ・・・じゃない、これは、インコム!?」

 横からビームを放った何かが戻っていくその先、そこにあるのはガンダムタイプ。

 そして、そのパイロットはあゆの感じたことがある相手であり、それは・・・、

「この感覚・・・広瀬真希さん!?」

「ふぅん、その声は月宮あゆ、ね。まだカンナヅキと一緒にいたんだ」

 Sガンダムを駆る広瀬真希は、しかしただ一笑。

「ま、誰であろうと関係ないわ。任務の邪魔となるならば―――ただ踏み付けて足場になってもらうだけよ!」

「む・・・!」

 ビームサーベルを繰り出すSガンダムに、あゆもビームサーベルを展開して肉薄する。

 

 

 ΔガンダムとΩガンダム。その二機の脅威の戦闘能力に防戦一方となっている舞。

 せめてどっちか片方だけだったらなんとかなるのだろうが・・・!

「意識が散漫になっているわよ?」

「そのまま死んじゃいなさい!」

「っ!?」

 下方から一対のジェノサイドクローが、そしてリフレクターインコムを通じて周囲からビームの雨が降り注ぐ。

 だが、舞がどうこうするより前に別の場所から放たれた強烈なビームがジェノサイドクローを撃ち払った。

「なに!?」

 それを舞は見逃さず、そこに出来た穴から機体を旋回させビームを全弾回避する。

「なんなのよ・・・うわぁ!」

 真琴のΔガンダムの周囲をファンネルが奔る。なんとか回避するも体勢を崩した真琴はそれを直すためにわずかに後方に下がった。

 そうしてできた一瞬の間。そこを縫うようにしてカノンの前に一機のMSが現れる。

 見紛うことはない。それはまさしく、

「ガンダムインフィニティ・・・」

 無論、コクピットから感じる気配は彼女のものであり、

「・・・佐祐理?」

『決めたんです』

 通信機から聞こえてくる、それは間違いなく佐祐理の声。

 だがそれは先程クラナドで話したときよりも強く、意思を感じさせるものであり、

『自分で・・・自分で決めました。智代さんと話して、有紀寧さんと話して、舞と話して、考えて・・・そして決めたことです』

 一息。その間を持って、佐祐理は言葉を紡ぐ。

『佐祐理は、舞たちと一緒に戦います。きっと、それが正しいことなんだって思えるから!』

「佐祐理・・・」

 うん、と頷く佐祐理。二人はそうして再び肩を並べられることに嬉しさを感じながら、

『まずは、ここをどうにかしないとクラナドが危ないね』

「うん。佐祐理、手伝って」

『わかってるよ』

 頷き合う。これでもう、怖いものなどないのだから。

『蹴散らすよ、舞!』

「うん!」

 二機のガンダムが、二人の親友が―――共に駆けていく。

 

 

 

 そうして舞たちが激戦を繰り広げている頃、コロニーを挟んで反対方向からその戦場へと近付いていく艦影があった。

 艦の数は全部で十。そのうち先頭を行く二隻はそれぞれグワンバン級であり、名をグワンゾルとグワンゾンという。

 そう、この艦隊・・・深山雪見率いる第九艦隊と霧島聖率いる第十七艦隊である。

「ふむ。どうやら連邦に先を越されたようだな」

 グワンゾルの艦長席に座りながら、困った・・・というよりはむしろ面白げな響きを持って聖が呟いた。

「クラナドの追撃の任務でやっては来たが・・・はてさて、どうしたものかな」

「コロニー内部にはクラナド以外に二隻の熱源があります」

「イブキから逃れてきたカンナヅキとキサラギか」

 どうして断言できるのか、とその言葉に困惑を浮かべるクルーを差し置いて、聖は思考に埋没する。

 ―――しかし、まさか相沢の姓を持つ者と“この”コロニーで出会うことになろうとは・・・運命と言うにはあまりに皮肉だな。

 カンナヅキ。名雪の証言やその他の情報から見ても間違いない。

 そしておそらくそこに乗っている霧島佳乃も、自分の妹である佳乃であると見て間違いないだろう。

「カンナヅキ艦長、相沢祐一。キサラギ艦長、一ノ瀬ことみ。そして霧島に、・・・舞、か」

 偶然と言うにはあまりにでたらめだ。これは最早必然と言い換えておかしくはない。

「今回は、私も出るべきだろうな」

 おそらくそれで全てが指し示されるだろう。こちらにも、あちらにも・・・。

「聖さんも・・・出るのですか?」

「あぁ。いろいろと試したいことがあるからな」

 隣に立つ美凪に聖は答えつつ、アームレストに肘を突く。

「これで全ての答えが揃うだろうさ」

「では・・・あの新型は聖さんが乗るのですか?」

「いや、あれには彼女を乗せようと思っている」

 彼女、その響きに美凪からわずかに驚きの気配が漏れるのを感じつつ、聖は言葉を続ける。

「水瀬名雪の際に強化に対するプロセスデータは完成していたからな。あれを応用して精神面だけ破壊させてもらった。

 まったく、素質はあるのだから素直に頷いていればあんなことまでしなかったものを・・・」

 と言いつつ、聖の口調に込められているのは愉悦の響き。

 その少女のことですら、聖にとってはただの実験材料としか思っていないのだろう、と美凪は思う。

「美凪、深山に通信を繋げろ」

「・・・この状態で攻めるのですか? もう少し待ったほうが―――」

「言っただろう? 彼女の実験も兼ねてるのだ、と。敵は多いに越したことはない」

「・・・了解」

 オペレーターのもとへと向かう美凪を一瞥し、聖は正面を向く。

 その懐かしきコロニーと、その向こうで戦いを巻き起こす面々を見て、

「・・・くくっ」

 ただ笑いが込み上げた。

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 随分とお久しぶりの更新でしたが、すんません。だいぶ長いこともあって時間掛かりました。

 佐祐理も正式参戦となり、いよいよ次回全ての伏線が明かされます。

 イヴ、イリスシリーズ、そして祐一や舞、聖の過去・・・。

 お楽しみに。

 

 

 

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