Episode ]]]T
【舞と佐祐理】
無数の星が輝く場所、宇宙。
無限とも言える広さのその闇の中、地球の青を背景にして二隻の戦艦があった。
カンナヅキとキサラギである。
「・・・また、戻ってきたんだな。宇宙(に」
ブリッジからその見慣れた光景を見て、祐一は再び戦場に立ったのだと再確認した。
イブキでも戦っていたが、あれは急で、少し流れというか勢いみたいなものがあった。
だが、いまは違う。
自ら進んで、先の見えない戦いの場へと足を踏み入れたのだと、そう認識できるだけの時間と意識的な余裕がいまはある。
自分はここにいて良いのだろうか、という自問が浮かぶ。だがそんなもの、答えはとっくに出ていた。
いなきゃいけないのだ。
戦争の恐ろしさを知り、裏切られ、正義が揺らいだいま、望むべきはイブキの目指した道であり、その理想。
戦いのない世界のために。
理想論だ、と罵倒している自分もいる。だが、だからと何もしない、あるいはそれも定まらず戦うのであればやってることは連邦やネオジオンとなにも変わらない。
ならば、と思う。ならば、例え理想論で綺麗事で夢物語であろうとも、それを目指すのも悪くはない、と。
―――それが、きっとイブキへの恩返しにもなるだろうしな。
どこに属することのない孤独。後ろ盾が無いことの不安。そんなものは山のようにある。
けれど、できない、難しいからとなにもしなければそれこそどうにもならない。
望むのならば、率先して自ら動き出さなければ。
「なんか小難しいこと考えてそうだな」
その声に思考が中断する。そうして横を見れば、
「浩平、か」
「よっ」
手を上げながら軽い調子で答えてくるのは正真正銘折原浩平だ。だが・・・以前よりどこかすっきりとした雰囲気を纏っているのは気のせいではないだろう。
イブキではどうやらMSで出ていたようだし・・・きっとなにかがあって、そして吹っ切れたのだろう、と祐一思う。
なにが過去にあって、どうしていままでMSに乗っていなかったのかは知らない。
だが、こうしていままでできなかったことを―――いや、しようとしなかったことをできるようになったのは、浩平にとっての大きな前進のはずだ。
「・・・どうした、こっちじーっと見て。俺にそっちの気はないぞ」
「心配するな。俺にもない」
「そりゃ良かった」
思わず互いに笑みが浮かぶ。これも浩平なりの気遣いなのだろう。
だが、やはり話題は重くなるようなものしかない。それも仕方ないだろう、と思いつつ祐一は口を開く。
「風子たちはどうだ?」
聞かれると思っていたのだろう。浩平は小さく首を横に振りながら、
「やっぱり風子のダメージは大きいみたいだ。自室に閉じこもってるよ」
「・・・そう、か」
祐一は表情を曇らせる。
風子がどれだけ公子を好いていたかは一ヶ月のイブキの生活で十分すぎるくらいに知っていた。
しかも既に両親は亡くなっており唯一の肉親だということでもあったようだし、その悲しみを考えるとどうにもやりきれない思いになる。
「天沢は気丈だな。パッと見は普通だよ。それとキサラギの方のパイロットもなにかあるみたいだが・・・さすがにあっちまではわからないな」
そうか、と頷くと同時、タイミング良く通信が届いたことを知らせる電子音が響いた。
噂をすればなんとやら、とでも言おうか。開けば、そこに映りだしたのはキサラギの艦長、ことみであった。
「一ノ瀬か。どうした?」
『うん。そっちの様子はどうかな・・・って思って』
弱い笑顔だ。
それを受ける自分も似たような表情なんだろうな、と思いつつ、
「風子が、な。ちょっと・・・。そっちはどうだ?」
『こっちはなつきちゃんが少し・・・。でも朋也くんたちが一緒だから、多分大丈夫だと思う』
「そうか」
多かれ少なかれ皆ショックを受けている。そして静かに祐一は続けた。
「で、お前はどうなんだ?」
『・・・え?』
「とぼけるなよ。お前もなにかあったんだろう? ―――イブキであの新型のガンダムタイプを見たときの態度、俺は忘れてないぞ」
『あ・・・』
イブキに連邦が攻め込まれたあの時。例の新型ガンダムを見たことみの動揺といったら普通ではなかった。
あの後は時間も迫られていてそんなことを聞く余裕はなかったが、いまは違う。
「いろいろとあるんだろうが・・・良ければ教えてくれ。あの機体についてはできる限り知っておきたいんだ」
ことみは一瞬思案するように俯き・・・そして決意に満ちた表情で顔を上げた。
『・・・あれは、ΣガンダムとΩガンダムとΔガンダム』
「やっぱり知っているんだな。しかしなぜ?」
『―――細部は違っているけど、間違いない。あれは・・・お父さんとお母さんが設計していたガンダムなの』
「「!」」
祐一と、そして隣で傍観していた浩平も息を呑んだ。
「お父さんとお母さんって・・・一ノ瀬博士夫妻の?」
浩平の確認の問いに、ことみは頷く。
だが浩平は顎に手をやりつつ思案顔で、
「だが、一ノ瀬夫妻がガンダムタイプを設計していたなんて聞いたことないぞ・・・?」
『公には非公開だったから。・・・知っているのは、元ジオンの上層部と、連邦の極一部だけなの』
「ジオン?」
思わぬ単語に、祐一は聞き返す。
『うん。実は・・・お父さんとお母さんはもともとジオンの研究員だったの』
初耳だ。いや、秘匿とされていたのだからそれも当然だろうが・・・。
―――なんだ?
頭の片隅にちらつく、小さな違和感。既視感のようなこれはいったい・・・?
「祐一?」
「・・・いや、なんでもない」
黙ってしまったこっちを心配したような浩平の言葉に、祐一はそう返した。
なんとなく気になる違和感だが・・・いまはそれよりも、こっちの話の方が大事だ。
「それで、連邦がそのデータをもとにガンダムを開発したと、そういうことか」
だがことみは首を横に振った。
『それはないの。だって、あのデータは―――壊れたから』
「壊れた?」
ことみの表情が翳る。どうしたのかと思い答えを待てば、ことりはポツリと、
『新型ガンダムの設計データを持って月へ向かう途中だったお父さんたちは・・・事故で・・・。だから・・・』
「あ・・・」
そうだ。ことみの両親は数年前に事故で亡くなっていた。
嫌なことを思い出させてしまったか、と思いつつも、しかしここは重要なところだ。
「どこかにコピーがあったとかじゃないのか?」
何事もなかったかのように浩平。敢えてその部分に触れずに進めるのは浩平なりの優しさだろう。
『ううん、コピーはどこにもなかった。それに、そんなものがあったらとっくにあの機体は作られているの』
「そりゃそうか。だが、そうするとどうして・・・」
「いや、そうなれば考えられることはそう多くない。実はどこかに隠されていてそれを発見した。・・・あるいは―――」
『連邦じゃない誰かがデータのコピーを持っていて、それを連邦に渡した』
祐一に続くようにしたことみの言葉に、浩平は納得の頷きを見せ、
「なるほど。それなら連邦の中でデータが見つからないわけだな」
『研究者として、研究のバックアップを取ることは必然の行為なの。だから、多分有力なのは後者で・・・』
「問題は、どこから漏れたか・・・ということだろうな」
情報の漏洩。それは、なんとなく引っ掛かりを感じさせる単語だった。
いままでにも、似たような疑問を感じたことがある。
連邦にしろ、ネオジオンにしろ・・・どうにも動きが素早すぎると思われる点がいままでにいくつかあった。まるで最初からわかっていたかのように。
だが・・・、
「・・・とはいえ、いまはそこを考えても仕方ないな。とりあえず、三機の特徴を把握したい。一ノ瀬、できるか?」
『完成度半分くらいのときの設計図なら頭に入ってるから、なんとか・・・。でも、細部が違うからあまりあてにはならないかもしれないの』
「ないよりはマシだよ。頼めるか?」
『わかったの。後でまとめて、送るの』
「頼む。さて、あと話し合うべきは―――」
『これからの、こと?』
だな、と祐一は頷く。
物資はできうる限り積んである。とはいえ、なんの後ろ盾も無い祐一たちにとって安心できるものではない。
食料、水だけなら半年は持つだろうが・・・戦闘となっては二度も行えばもう修理もままならなくなるだろう。
意志を貫く、とは言いつつも物資は無限ではない。その問題をどうにかしなくては・・・。
「そのことで話があるんだけど」
不意に別の声が響いた。
振り向けばブリッジの入り口付近、二人の少女がいる。
舞と郁未だ。郁未が一歩を出た状態で、舞はその後ろに控えるようにそこにいる。
郁未の表情はしっかりとしたものだ。
―――強いな。
そう思いながら、祐一は問い返す。
「話がある・・・とは?」
「補給の件なら、私にあてがあるわ」
「―――な」
驚きで思わず息が漏れた。見れば、ことみや浩平も似たような表情をしている。
「本当か?」
「えぇ。連絡さえ取れればきっと―――」
言葉を紡ぎきる前に、それは来た。
アラート音だ。
だが、カンナヅキからではない。通信先であるキサラギからだ。
「なんだ、どうした!?」
『ちょ、ちょっと待ってなの! どうしたの!?』
ことみがモニターから視線を外し、クルーへ確認を取る。するとことみは驚愕に表情を染め、
『敵・・・? 連邦艦隊!?』
「なに!? 川口!」
カンナヅキにはなんの反応も無い。オペレーターである川口に視線を向けるが、
「い、いえ。こちらのレーダーにはなんの反応も・・・」
「故障か・・・?」
「ありえるな。修理もそこそこに宇宙へ飛び出したからな。諸所にがたがきてても仕方ないだろう」
祐一の当惑に浩平が舌打ち一つ。
「・・・もしかしたら他にも壊れてるところあるかもしれないぞ」
「そういうときに限って戦闘になるのは、もうこの艦の運命なのかもしれないな」
頭を抱えるように呟く。
過去を遡っても、カンナヅキが万全の状態で戦えた戦闘など数える程度しかない。
何が起こるのかわからないのが戦争だ。それもある意味当然と言えば当然なんだろうが・・・。
「ぼやいていても仕方ないか。一ノ瀬、敵艦の数は?」
『十隻。多分ネオジオンが地球から引いた後に衛星軌道上を巡回してた連邦艦隊だと思うの』
「多いな。・・・まぁ、もうこっちの情報は流れてるだろうし、攻撃してくるだろうな。仕方ない。―――第一種戦闘配備だ!」
告げて、祐一は郁未を見る。
「すまんが、補給の件は後回しだ。ここで落とされたら元も子もないしな」
「わかった。私と舞も出撃するわ」
「俺も出よう」
「あぁ、頼む」
ブリッジを出て行くの三人を見送り、祐一は川口を見やり、
「艦の状態はどうなってる?」
「・・・正直、戦闘に出したくないくらいです。装甲や武装、エンジン部にたいした損傷はありませんがコンピュータ関係がどうにも・・・。
レーダーはまるで機能せず、ロック機能も働きません。また、Iフィールドの調子もいまいちで・・・」
「レーダーもロックも効かないとなると・・・。手動攻撃か? 下手すると味方を巻き込みかねないな・・・」
『ならカンナヅキは今回は後ろに下がってて。キサラギでなんとかするの』
なにもできないというのは歯痒いが、味方を巻き込ませるわけにもいかない。
「・・・わかった。頼む」
『了解なの』
通信が切れ、併走していたキサラギが前に出る。
「斉藤、キサラギの後ろにカンナヅキを移動させろ」
「了解」
ゆっくりとキサラギの後ろへつくカンナヅキ。
『祐一』
そこへパイロットスーツに身を包んだ浩平から通信がくる。
『風子はやはり駄目なようだ。自室から出てこない』
「そうか・・・。まぁ、もう俺たちは軍じゃないしな。強くは言わないさ」
『そうしてやってくれ。あいつは強い子だから、すぐに自分の中でケリをつけてくるさ。それまでは俺でなんとかする』
強い口調だ。祐一は思わず笑みを浮かべながら、
「随分強気だな? ブランクは大丈夫なのか?」
『なめんなよ。俺は『雷神』だぜ? 風子一人くらいの穴、俺一人で賄ってやるよ』
笑みのまま通信が切れる。それを心強いと感じつつ、祐一は前を向く。
前方、ギリギリ視認できる距離に艦隊が見えた。
・・・これから、孤独の戦いが始まる。
「どうした、なにがあった?」
クラナドのブリッジに駆け込んできた智代が、有紀寧の隣に立つ。
その後ろには佐織と―――そして伏し目がちの佐祐理もいた。
その佐祐理を一瞥し・・・有紀寧は智代に向き直り、
「つい今しがた、付近の宙域で戦闘と思われる熱量を発見しました」
「戦闘?」
「はい。ミノフスキー粒子が濃くて特定はできませんが、どうもネオジオンの艦ではなさそうです」
「ネオジオン艦隊じゃないのに戦闘となれば・・・」
「はい。カラバはまずありません。エゥーゴもいまはごく少数がサイド3へ向かっています。となれば、残っているのは連邦のみ」
「そして連邦同士が戦っているとなると、残る答えはただ一つ、か」
有紀寧は頷き、
「そこにいるのは十中八九祐一さんたちでしょう」
佐祐理の息を呑む気配を感じた。だが有紀寧はそちらに視線を向けはしない。
「これからそちらへ向かいます。良いでしょうか?」
智代は肩をすくめ、
「良いも何も、決めるのは有紀寧だ。私はただ有紀寧についていくだけだよ」
ありがとうございます、と笑い、有紀寧は護に視線を投げかけた。
護は頷き、
「クラナド、発進! 進路、戦闘宙域へ!」
「では、我々はMSで待機している」
「お願いします」
智代は有紀寧に笑みを向けつつ方向を転換し―――ふと佐祐理と目を合わせた。
「あ・・・」
なんとなく居心地の悪い感じを受けて目を背ける佐祐理に智代は苦笑を浮かべ、ただ労わるように肩を叩いた。
「・・・え?」
「大丈夫だ。もう・・・お前の中では答えは出ているのだろう?」
「なっ―――」
唖然とする佐祐理を尻目に、もう二度肩を叩いて智代は床を蹴った。続く佐織と共にブリッジを出て行く。MSデッキへ向かったのだろう。
それをただ呆然と見送り、佐祐理は一人呟く。
「・・・佐祐理の答えは・・・出ている・・・?」
「違いますか?」
優しい声が届く。振り向けば、そこにいるのは他でもない。有紀寧だ。
「佐祐理さんはなにがしたいですか? 何を望んでいるのですか?」
「佐祐理・・・は・・・」
「ネオジオンの倉田佐祐理ではなく、倉田家の倉田佐祐理でもなく―――ただ、倉田佐祐理というあなた個人は、なにを望んでいますか?」
ネオジオンの兵士としてではなく、倉田家の長女としてでもなく、
―――佐祐理として、望むこと。
それは・・・、
「―――」
佐祐理はただ無言のままブリッジを後にした。
有紀寧は、ただ笑みを浮かべている。
最後、わずかに見えた横顔が―――全てを物語っていたから。
佐祐理は走った。
なにをしたいのか。なにがしたいのか。
倉田佐祐理という、どんな肩書きも無い一人の少女はなにを望んでいるのか。
考えれば・・・否、考えずとも見えていた答え。
そんなこと、ただ一つしかなくて、
―――舞に会いたい。
そして、
―――祐一さんに会いたい・・・!
MS格納庫に着く。
息切れのままに見れば、そこには待っていたかのように智代と佐織の姿。
「やっと来たか」
静かな声だ。不思議とこちらを安心させるような、そんな声。
「で、お前はどうすると決めたんだ?」
問いを投げかけられる。
数度深呼吸。切れた息を整え、背筋を伸ばし、正面から見据え―――口を開いた。
「佐祐理は、舞や・・・祐一さんと会いたいです」
口に出して言ってみれば、それはとても容易いことのように感じられた。
あれだけ悩んだことがまるで嘘のように感じられるくらいに・・・。
もちろん、何も解決していない。ネオジオンのこと、倉田としてのこと。全てに決着が着いていない状態だ。
けれど・・・、けれど、いまなら言える。
そんな肩書きで自分の意思を潰してしまうのは嘘だ。塗り潰された心のままに戦ったって、望む平和は手に入らない。
簡単なことだ。それを、どうしていままでわからなかったのだろう・・・?
会いたい。
後のことはそれからでも良い。
だからいまは会いたいと、そして話をしたいと―――そう、強く願った。
智代はしばらく佐祐理を見つめていたが、ふぅ、と力を抜いた笑みを浮かべ、
「上出来だ」
親指を上げた。
「よし、私はレヴェレイションに乗る。佐織は佐祐理の乗ってきたドーベン・ウルフに乗れ」
「了解」
「え・・・?」
「で、佐祐理はこれだ」
指差された先、そこにあるのは、もちろん、
「ガンダム・・・?」
「ガンダムインフィニティだ。遠距離戦仕様だからな、私よりお前の方が使いこなせるだろう」
「で、でも・・・!」
佐祐理はまだ仲間になると決めたわけじゃない。そんな相手に、この艦の最強戦力を与えてしまって良いのだろうか。
だが智代は、
「その答えに辿り着いたお前なら、大丈夫だ」
さも簡単にそう言い放って、レヴェレイションへと搭乗していった。
本当にそう信じているような、無造作な背中。そんな背中を見て・・・佐祐理は自分が小さく笑っていることに気付いた。
タラップを踏み、キャットウォークを上る。
機体を見上げ、そのコクピットに身を入れる。
システムを立ち上げれば、起動音と共にデータがモニターを埋めていく。
そこで、自分の腕がわずかに震えていることに気が付いた。
―――怖い、んでしょうか。
怖い。そうなのかもしれない。
いままで敵として戦ってきた舞や祐一に会う。そのときに、あの二人はいったいどういう反応を見せるのだろうか。
・・・拒絶されるだろうか。
わからない、わからないけれど―――、
『ネオジオンの倉田佐祐理ではなく、倉田家の倉田佐祐理でもなく―――ただ、倉田佐祐理というあなた個人は、なにを望んでいますか?』
そこに、決めた道があるのだから・・・!
『各パイロットへ通達。戦闘領域へ接近中! 戦闘している艦の中にカンナヅキ級二隻を確認! 各パイロットは発進準備をどうぞ!』
オペレーターの言葉に、佐祐理はグッと手に力を込めた。
『佐祐理。お前が先に行け』
モニターに映った智代がそう言ってくる。そんな小さな気遣いに佐祐理は小さく頷き、機体を動かしカタパルトに接続して、
「倉田佐祐理・・・」
開く視界。その向こうに見える戦場の光景。その中に、確かに二人の感覚を感じながら、
「―――ガンダムインフィニティ、出ます!」
飛び出した。
白亜の機体が疾駆する。
連邦のジムV、GD系MS部隊の間を縫うように突き奔るのは舞のガンダムカノンだ。
どの機体より速く、どの機体より機敏で、どの機体より滑らかで、そしてどの機体より―――強い。
観鈴と郁未の駆るイブキの新型ガンダム二機もかなりの高性能だし、二人の能力も引けを取らない。
だが、それでもカノンとそれを操縦する舞の領域に近づける者はいない。
『すご・・・』
それは誰の言葉か。
祐一も、ことみも、観鈴も、郁未も、浩平も、その他全ての者が驚くような機動、速度、攻撃。
断言しよう。
この戦闘宙域で、一対一であるのなら川澄舞に勝てる相手はいない、と。
・・・だが、
「数が、多い・・・!」
舞が唸るように、連邦の強みはその無尽蔵なような兵力の多さである。
先ほど述べたとおり、舞に一対一で勝てる者はここにはいないだろう。だが、それが複数なら。
・・・結論を言えば、おそらく十機ほどが一度に掛かってもまず舞は負けないだろう。だが、それではいけないのだ。
敵の勝利は舞を撃墜することではない。・・・カンナヅキ、ないしキサラギを撃沈させることだ。
なら、強い敵など避ければ良いこと。
故に、連邦の機体は舞を避けるように大回りしつつカンナヅキやキサラギを狙っていく。
「くっ・・・!」
質はカンナヅキらの方がはるかに高い。観鈴と郁未のツートップは突き崩せないし、浩平はブランクをものともさせない操縦で翻弄している。朋也たち三人小隊もチームプレイで敵を近づかせないし、晴子や留美、あゆや佳乃も敵を圧倒してはいる。
が、イブキの兵を合わせても数が少ない。質の差で抑えてはいるものの、徐々に押され始めている。
風子は出ていない。栞はウインドの宇宙適用改造がまだなので出撃不可。
あと数人。あと数人でも腕の良いパイロットがいれば拮抗・・・どころか覆すことも可能なのに・・・!
―――と、次の瞬間、舞の目の前にいた十機近いMSがどこからか飛来した目を疑うほどのビームの雨に撃たれて揃って爆散した。
「な・・・」
なにが、と思うよりも早くその空いたMS郡の中に躍り出る三機のMS。
銀色に輝く機体を先頭に、ジオン系列のMSとガンダムタイプが続いていく。
「・・・え?」
そのとき、不意にここで感じるはずの無い気配を舞は感じた。
気配の先には、略奪の際には智代が乗っていたガンダムインフィニティ。
しかし、その気配は―――、
「まさか・・・」
その突然のことに思わず動きを止めた舞に向かって数機のMSが襲い掛かる。だがそれは振り返ったインフィニティのビームによって撃墜される。
まるで・・・こちらを守るように放たれた攻撃。
爆発を背に、カノンとインフィニティが向き合う。
この距離。気配を読み違うことなど・・・あるはずもなく。
ただ震える声のままに、舞は“その名”を口にした。
「・・・佐祐理・・・?」
すると、
『・・・舞、だよね』
躊躇いがちに震える、しかし間違えようのない声が返ってきた。
それは・・・佐祐理だった。
「―――っ」
覚えている。
約一ヶ月前、いまと同じく地球の衛星軌道上。
ここで戦い、互いの仲間を殺し、そして―――殺しあったことを。
覚えている。
『さゆりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
『まいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
憎しみのままに叫び、斬りかかり―――心の底から憎み、殺そうとしたことを。
なのに、
・・・なのに、
「・・・うっ」
どうして、こんなにも涙がこぼれそうになるのだろう・・・?
『すまんが二人とも。感動の再開は後にしてもらおうか』
介入してくる声。
それは舞にとっても最早馴染みとなった声で、
『ちょ、あれは・・・!?』
その白銀の機体に反応したのだろう、通信機越しに響く郁未の驚愕の声。そういえば彼女は知らない。その人物が仲間になったことを・・・。
『こちら、坂上智代だ。聞こえるか、カンナヅキ!』
その名に、誰もが驚いたような気配を感じる。
それも仕方ない。坂上智代―――『白銀の狼』とも言えば、皆一度戦い、大苦戦した相手なのだから。
『・・・こ、こちらカンナヅキ艦長の相沢祐一だ。坂上智代・・・ネオジオンの『白銀の狼』が俺たちになんの用だ?』
『ん? その言葉からすると・・・舞は伝えてなかったのか?』
「え、あ・・・ごめん。忘れてた」
『やれやれ・・・。いや、ある意味舞らしいというかなんというか・・・』
嘆息一つ。そして、
『では、改めて言い直そう。私は坂上智代。宮沢有紀寧の仲間だ』
『な・・・に!?』
祐一の驚愕を肯定するように、レーダーは新たな艦影を捉える。それは、
『こちらサダラーン級三番艦クラナド・・・宮沢有紀寧です』
凛とした声。それは戦場を駆け、
『お久しぶりですね、祐一さん。朋也さんも』
『宮沢・・・』
『有紀寧、お前・・・』
祐一と朋也の唖然とした声に少しの笑みが返ってくる。だが、それもすぐにおさまり、
『話したいこと、話さなければならないこと、いろいろとありますが・・・いまはそういう状況でもないですよね?』
声に真剣さが彩られる。それに伴い驚きっぱなしだった皆の気も静まっていく。
『これよりクラナドとその部隊はカンナヅキとキサラギを援護します。―――諸々のお話は、その後にでも』
『まぁ、そういうことだ。だから間違って撃たないでほしい』
半ば冗談交じりに智代が言い、それらの通信が切れる。
そうして舞は佐祐理を見据え、
「佐祐理は、どうして・・・?」
『・・・まだ、有紀寧さんたちの仲間になると決めたわけじゃありません。でも、これを強要されているわけでもありません』
これ、とはMSで戦闘に出てくることだろう。
だが、だとするとこれは・・・?
『ただ、ただ佐祐理は・・・舞や、祐一さんとお話をしたいと、そう思ったんです』
「・・・話を?」
『いろいろとありました。思うこと、考えることがありました。・・・正直、いまもわからなくて、迷ってます。
だから、話をしたいと、そう思いました。・・・ネオジオンでもなく、倉田の長女としてでもなく、倉田佐祐理という・・・一個人として』
「佐祐理・・・」
だが、二人が静かに語り合う余裕などいまはない。
複数のMSが二人目掛けて襲い掛かってきたからだ。
二機はほぼ同時に反応し、機体を翻す。
舞が前に出てメガービームセイバーで敵を切り払い、その向こうから迫る機体は後ろへと移動した佐祐理が援護するように撃ち落していく。
「でも・・・これだけは言える。とりあえずいまだけは・・・敵じゃないんでしょう?」
『・・・うん。そう、だね』
それだけで、十分だった。
後は言葉を交わさぬまま、二機は連れ立って連邦のMSへと向かっていった。
カノンが疾駆する。斬撃を放ちながら突き進み、その穴へとインフィニティが突っ込み周囲へ向けて攻撃する。
背後に迫った敵機に舞は振り返りもせず前方の敵を駆逐していく。数秒後には、後ろにいた機体は佐祐理の的確な射撃によって撃墜されていた。
佐祐理に敵機が接近戦を挑めど佐祐理は射線をそれには向けない。迫るころには舞が割り込み、その機体を切り払っていた。
言葉は無い。だが、まるで昔からずっとそうであったかのように―――二人の連携は完璧であった。
くすぐったい感覚だ、と舞は思う。
数ヶ月前まであれだけ戦いあってきた相手に、どうしてこうも安心して背中を任せられるのだろう、と。
ただ―――これだけは確かだ。
『舞!』
「佐祐理!」
二人が息を合わせ、敵機を蹴散らしていく。
舞は・・・確かにいま、泣きそうなくらいの幸福感を味わっていた。
そして数十分後には、カンナヅキらはなんとか敵を退けることに成功するのであった。
戦闘が終わり、クラナドはカンナヅキ、キサラギと合流することとなった。
これからのことを相談するため祐一とことみ、また私用で舞と郁未が小型シャトルに乗ってクラナドへと向かっていた。
「・・・しかし、まさか佐祐理さんがネオジオンにいたとはな」
着艦寸前、祐一が嘆息するように呟いた。すると舞が咎められたかのように顔を伏せ、
「・・・いままで言えなくて、ごめん」
「いや、佐祐理さんが敵だったら・・・舞の心情もわかる。軍なら許されることじゃないんだろうが・・・。いまは軍じゃないしな」
それに、最初から―――サイド6で襲われたときからどこか懐かしいような気配があった。おそらくそれが、佐祐理なのだろう。
舞は、まだ顔を俯かせている。
いままでは互いの立場からやむなく敵となり、そして流れのままに戦い、仲間の死を経て本気で殺し合った親友同士が、再び顔を合わせるのだ。
その心情たるや、複雑だろう。
「・・・辛かったな」
不意に漏れた言葉は、そんな言葉だった。
視線をこちらに向けてくる舞に、できる限りの笑みを見せ、
「大丈夫だよ。佐祐理さんならきっとわかってくれる。そうじゃなきゃ、ここにはいないだろう?」
根拠のない言葉ではあった。ここにいるから有紀寧の仲間であると言い切れるわけでもない。
だが、逆にここにいるということは少なからず有紀寧の言葉に共感を抱いてはいるということだ。
これから。これからどうとでもなる。
少なくとも、ただ悲しみを背負い戦うしかなかった昔よりは良いはずだ。だから、
「元気を出せ、舞。そして、しっかりと話し合って来い。・・・互いの気が済むまでな」
「・・・うん」
小さな、けれどしっかりとした返答がくる。それに頷いた頃には、シャトルがクラナドへと着艦していた。
「それじゃあ、舞、天沢。俺と一ノ瀬は宮沢に会いに行くよ」
「・・・私は佐祐理に会いに行く」
「私もちょっと会いたい相手がいるの」
「そうか。それじゃあ。また後で」
デッキで降り、各自散っていく。祐一たちは迎えの兵と共に有紀寧の待つ作戦室へと向かう。
「・・・ねぇ、相沢くん」
その途中、横のことみが不意に話しかけてきた。
どうした、という意味で視線を向ければことみは少し心配そうな顔で、
「・・・舞ちゃん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ」
自分でも驚くくらいの即答だった。目を見開くことみに、不思議なくらいの自信ででもう一度、確信を持って言った。
「大丈夫だ」
「三隻を撃沈、一隻を大破、三隻を中破、一隻を小破・・・。わずか三隻でこれだけできるとはたいしたものだな。
まぁ、でもメンバーを考えればそれもおかしくはない、か」
クラナドブリッジ。智代は状況を確認しながら。ある種感嘆のような吐息を漏らしていた。
それを見て、艦長席に座っていた護は小さく苦笑し、
「まぁ、連邦の有名どころが集まったような部隊ですからね、カンナヅキとキサラギは。
・・・いまさらなんですけど、あの部隊とやり合っていたんだと思うとゾッとしますね」
「弱気なことを言うな・・・と言いたい所だが、あいにく同感だ」
あの二機の新型ガンダム、それにあの『雷神』の異名を持つ折原浩平。正直戦いたい相手じゃない。だが、
「まぁ、いまは味方さ。その幸運を噛み締めておこう」
「少し、複雑な心境ですけどね」
それに対し苦笑で答えたときだ。不意にブリッジのドアが開いて誰かが入ってきた。
「失礼するわよ」
振り返れば、そこにいたのは智代にとって知った顔だった。そのことに小さく驚きながらも笑みを浮かべ、
「天沢郁未か。久しぶりだな」
「・・・・・・」
そんな言葉に、しかし郁未は複雑そうな表情を浮かべてわずかに俯いてしまった。
そりゃあ、一度は命を張って戦った敵の元隊長格だ。しかも殺したと思っていた相手がこうして現れれば、困惑もするだろう。
「お前も舞たちと一緒にクラナドに来ていたのか。舞は・・・いまごろは佐祐理のところか?」
だが、最初に出てきた言葉は智代の予想しているものではなかった。
「私は・・・あなたに何を言えば良いんだろう?」
「ん?」
「私はあなたと戦った。殺しあった。それは・・・敵同士だったから」
一拍が空く。そして、でも、と続け、
「・・・正直、私はあなたを殺したくはなかった」
「・・・・・・」
「話をしたから。敵なのに、あなたの言葉は私を強く揺さぶって・・・。そしてそんなあなたが、私は嫌いじゃなかった・・・」
視線が上がる。それは、いまにも泣きそうな顔で。
「前は、それも仕方ないと思った。戦争だし、敵なんだから、って。守るためには、敵を倒すしかないんだって。
・・・でも、いまは、違う。公子さんや、祐一たちや、舞。いろんな人と接してきて・・・それじゃいけないって、思ってる。
それだけじゃ戦争は終わらない。憎しみは、消えない。・・・私たちみたいな戦争の被害者もなくならない」
噛み締めるように、ゆっくりと紡がれる言葉。
その端々に込められた想いをわずかにでも感じ取り、智代は小さく眉を下げた。
そうして郁未に近づき、その肩をポンと叩き、
「なぁ、天沢。―――いや、郁未」
こちらを見上げてくる表情は、弱々しい。まるで叱られるのを待つ子供のようだ。
だが、そんな郁未に智代は笑みを見せ、
「それだけわかっていれば良いじゃないか、郁未」
「え・・・?」
「そのことに気付けただけで良いんだ。間違いを間違いだと認められれば、あとは簡単だ。そこから正せば良い。
その前―――過去のことを一々追求していては、先になど進めるはずもないしな」
「でも、それは都合が良すぎる!」
搾り出すような、叫び。まるで責められるのを望むような、悲痛な声。
いっそ責められれば楽だろう。憎まれれば、仕方ないと割り切れるかもしれない。
だが・・・いや、だからこそ、智代は首を振った。
「違う」
「なっ・・・」
「それは違う、郁未。私は過去を忘れろ、と言ったわけじゃない。過去を捨てろ、と言ったわけでもない。
私が言いたいのは、過去を言い訳にするな、ということだ。そして、過去を抱いて先へ進め、ということだ。
過去に間違いを犯したと思っているのなら、その分先では間違えないと強く心掛けろ。
間違いだと気付かせてくれたのが過去ならば、気付くまでに犠牲になった者たちのためにも強く進もうと誓えば良い」
「・・・智代」
「だから私は郁未を憎まない。恨まない。あれは戦争だった。殺し、殺されるのは仕方のないことだった。
・・・だから、私はそんなことになってしまう戦争そのものを憎む。それを止めるために、私はまた戦うんだ。
それが、私ができる唯一の罪滅ぼしだと信じて・・・」
鷹文のために始めた戦い。鷹文のために手を掛けてきた人々。
だが、鷹文は最後に行った。
『ごめんな、姉ちゃん。でも、これで姉ちゃんは・・・自由だろ? あとは好きに生きてくれよ、姉ちゃん。俺・・・姉ちゃんの生き生きしてる顔が好きなんだからさ・・・』
鷹文は、心を痛めていた。自分のために他者に手を掛ける智代を見て。
智代が鷹文を想うように、また鷹文も智代を想っていて・・・。
『・・・ありがとう、姉ちゃん。俺、楽しか―――』
思えば、あのときすぐに逝く、といって・・・しかし逝けなかった。それはまるで、
―――自分勝手に死ぬんじゃない、と怒られているようだったな。
姉の素行には随分と口煩い弟だった。まったく、と嘆息する鷹文を思い浮かべて、思わず笑みが浮かぶ。
そんな過去を背負い、だからこそ智代はここにいる。
戦争を終わらせたい。この悲しみの連鎖を断ち切りたいと、そう強く思うから。だから、
「だから、郁未。共に頑張ろう」
万感の思いを込めて、『元』敵であり・・・しかしいまは志を共にする郁未に囁いた。
「そう・・・ね」
郁未は一度、二度と頷き、
「それで・・・ううん。それが、良いのよね」
強い、色の灯った眼差しが智代を見据え、
「私も、もう誰も憎まない。この傷の憎しみを消すのは難しいけど・・・でも、それを望んだ公子さんのためにも、私はそうしたい。
・・・舞や、祐一や、そして―――智代、あなたと一緒に戦争を終わらせたいから」
その言葉に、心強い、と思いながら智代も頷きを返した。
「あぁ、そうしよう」
クラナドの展望デッキ。そこに佐祐理はいた。
目の前には宇宙が広がっている。だが、佐祐理が見ているのはそんなものではなかった。
・・・否、最初から佐祐理はなにを見ているわけでもなかった。
ここにいるのは景色を見たいからなどではなく、ただここならば人が少ないのではないかと、そう思っただけなのだ。
・・・いや、もしかしたら、
「ここにいたんだ、佐祐理」
待っていたのかもしれない。
聞いただけで涙が出そうになる、その声。
聞き間違えなどありはしない。いまも昔も、それはずっと同じで・・・。
そっと視線を向ければ・・・そこに『親友』がいた。
「・・・舞」
川澄舞。
通信機越しではなく、こうして直に対するのは―――サイド6でガンダムを強奪して以来だった。
あれから数ヶ月。否、まだ数ヶ月しか経っていないのだ。
随分と昔のように感じてしまうのは・・・それまでに数え切れないくらいの出来事があったからだろうか。
自分はいまかなり複雑な表情をしているんじゃないだろうか、と佐祐理は思う。見れば、舞も自分の知る舞らしからぬ複雑そうな表情を浮かべている。
言葉が、出ない。
先ほど一度言葉を交わしたにもかかわらず、こうして目の前に舞がいる、というだけで口は動いてくれなかった。
そんな・・・永遠にも感じられる沈黙が二、三分も続いたころだろうか、
「佐祐理」
舞が、こちらの名を呼んだ。
そこには、昔のような優しさが込められていて・・・。
思わず見上げれば、昔よりもずっと綺麗な笑顔が見えて。
「話を、しに来た。・・・佐祐理」
柔らかな笑みだ。昔のような無愛想ではなく、はっきりと『笑っている』とわかる笑み。
―――舞は、変わってたんだね。
そんなことすらわからないままに、戦い合っていた自分たち。
・・・その、戦争。
佐祐理はゆっくりと頷き、舞から視線を外しその広大な宇宙へ向けた。
・・・真正面からでは、なんとなく言葉が出ないような気がしたから。
「・・・ねぇ、舞。舞は、連邦を抜けたんだよね?」
それは有紀寧から聞いたことだ。すると舞は間を置かず、頷いた。
「うん。私は連邦を抜けた」
「それは、祐一さんたちが連邦を抜けたから?」
「違う。私が抜けた頃には祐一たちが連邦を抜けているかどうかは知らなかった」
「それじゃあ、どうして?」
「戦争を終わらせるために戦うと決めたから。それは、連邦にいてはできないことだから」
迷いのない即答だった。迷いのない瞳だった。
「だから私は、連邦を抜けた」
思わず呆然とする佐祐理は、しかし息を整え、
「で、でも、それでもし祐一さんたちが連邦に残ってて、戦うことになったらどうする気だったの・・・?」
「戦わない」
「・・・え?」
「だって、敵じゃないから」
平然とした口調で言う舞に、佐祐理は唖然としてしまう。
「理解しあえない相手・・・連邦とか、ネオジオンとか。でも、そこにいるから敵だ、ってわけじゃない。そもそも敵ってなに?
連邦にいるから祐一が敵だとか・・・ネオジオンにいるから佐祐理が敵だとか、そんなのは嫌」
「でも、だって、それは―――」
「戦いたいわけじゃない。ましてや殺したいわけでもない。
・・・前の私はそんなことに気付かないで、守るためには敵を倒さなくちゃいけないと思って―――剣を振り抜いた」
舞は自らの手を見て、そしてグッと握り、
「私は、佐祐理の大切な人を殺した」
「っ!」
その言葉に、記憶が遡る。
舞にやられそうになった瞬間、飛び込んできたスコーピオンの背中。
交錯し、そしてコクピットを貫いたビームサーベル。
爆発の光。消える気配。
そして、
『みしおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
その、痛みを・・・。
「でも、私はその人を知らない。殺したかったわけでもない」
一拍の間。舞は下げていた視線をこちらに向け、
「佐祐理も、芽衣を殺した」
その言葉に佐祐理は息を呑んだ。
そうだ。あのとき、憎しみのままに舞を討とうとしたとき、舞を助けに入ってきた者がいた。
それを自分は、なんの疑問に思うこともなく、撃ち抜いて―――。
「でも、佐祐理だって芽衣を知らない。殺したかったわけでもないと思う」
そう。佐祐理とてできることなら誰かを殺したい、などと思わない。
ただ敵だから。だから・・・自分は引き金を引いた。
その人物が舞の友人で、また他にも大切な人がいて、そして想われて・・・。そんなことを知りもせずに。
佐祐理は自らの手を見下ろす。
この手で、いままでいったい何人の命を奪ってきたのだろう。この手で、いったいどれだけの人を悲しみと絶望に追いやったのだろう。
気付かなかった。否、気付こうとしなかった。・・・違う。気付きたくなかった。
誤魔化さなければ、人なんて殺せなかった。
「私は、もう・・・そんなのは嫌なの」
殺されるから殺して。殺したから殺されて。その繰り返し。負の輪廻。
戦争を終わらせるために、そして倉田家の長女として軍に入隊した自分は、それを助長させていただけなのだろうか。
ただがむしゃらに敵を撃てばいつかは戦争が終わると―――本当に思っていたのだろうか。
馬鹿だ。そんなことで、戦争が終わるはずもない。終わったとしても、その場だけだ、いずれまた戦いは繰り返されることになるだろう。
「戦いたくない。殺したくない。だからって戦いを放棄するのは、無責任。私には・・・いままで殺してきた人たちだけの責任がある。
傍観はできない。私はもう、戦場(に立ってしまったから。だから、私は戦わなくちゃ。
私は私のやり方で。流されるままじゃなく、自分の意思で。綺麗事だってわかってても、だからこそ望む理想だから。
だから私は―――ここにいる」
伝わってくる。言葉に込められた思い、決意、強さ。
いっそ羨ましいと思ってしまうほどの、輝きと自信に満ちた言葉。その瞳。
「佐祐理・・・佐祐理は・・・」
舞はすごい、と思う。きっとこの結論に達するまでにかなり悩んだとは思うけど、それでもこうして胸を張っていられるのだから。
それに比べて、自分のなんと情けないことか。
これだけのことを聞きながら、それでも迷ってしまう自分が歯痒い。
と、不意に肩に暖かい感触が触れた。
視線を上げればそれは舞の手で、そして目の前には微笑を浮かべた舞がいて・・・、
「ゆっくりと考えて、佐祐理。・・・大丈夫、ここは誰も佐祐理に命令なんかしない」
「・・・舞」
「でも、佐祐理。これだけは覚えておいて。もし佐祐理がまたネオジオンに戻ることになっても、私は止めない。それが佐祐理の選んだ答えだから」
だけど、と舞は続け、
「私は、もう佐祐理とは戦わない。たとえ佐祐理がどこにいても、私にとって佐祐理は“敵じゃない”から」
言葉を失う佐祐理にもう一度笑みを向け、舞は踵を返す。
トン、と軽く床を蹴ってもと来た道を戻っていく。最後、通路の角を曲がる前にもう一度こちらを向いて、
「・・・じゃ」
小さく手を振って、その姿は視界から消えた。
・・・それを、ただ眺めていることしかできなかった佐祐理。
「佐祐理は―――」
どうすれば良いんだろう、と思う。いや、
―――どう、したいんだろう・・・?
話は、した。舞の意思を、その口から聞いた。
その上で、自分はいったいどうしたいのだろうか。
答えは見えてこない。・・・いや、もしかしたら、
「・・・もう、答えは見えているのかもしれませんね」
ただ、その一歩を踏み出す勇気が出ないだけで―――。
あとがき
はい、どうも神無月です。
さて、やっと、やっと舞と佐祐理の再会まできましたよー!
カンナヅキとキサラギにクラナドが合流し、いよいよ残る戦いもわずかとなりました。
次回、そんな彼らに、やはり敵が現れます。最終決戦前の最後の戦闘です。
お楽しみに〜。