Episode ]]\
【思いの掛け橋】
イブキの領海線からやや離れた場所で、連邦艦隊が静かに佇んでいる。
大破した艦、ラー・カイラムをはじめとした損傷の激しい艦を下がらせた結果、連邦艦隊は十前後にまで落ち込んでいた。
ほぼ無傷に近いムツキの艦橋で、久瀬隆之は苛立たしげにアームレストを指でトントンと打っている。
「本部からの増援はいつ頃着くでしょうね?」
「ざっと半日は掛かるかと」
隣で座る潤が即座に答える。位置的に考えて高速艦でも無い限りそれだけの時間が掛かるだろう。
「まぁ、そうでしょうね。・・・ちょっとイブキをなめてましたかねぇ?」
だろうな、と潤も思う。だがそれは隆之が悪いわけではない。誰の予想をも超えてイブキが強かったというだけだ。
また、カンナヅキやキサラギ、新型と思われる謎のガンダムタイプの出現。
連邦にとっては予想外のことばかりだ。
はぁ、と隆之は嘆息すると、潤を横目に少し口元を歪ませ、
「しかし半日もあれば、イブキの方も態勢を整える事ができるでしょう。さて・・・あなたが向こうの指揮官ならどうします?」
潤は一瞬だけ思考し、
「何を前提にするか、によりますね」
「ほう?」
「戦うことが前提であるのなら、この間に戦闘の準備を整えるでしょう。
向こうとしてもこちらの増援のおおよその到着時間はわかっているでしょうから、もしかしたら攻めてくることも考えられます。
が、逃げる事を前提とするなら重要なデータの移動の後、施設を破壊。脱出用のシャトルか艦を準備するでしょうね。
こちらの場合は出来る限りの時間を必要とするので、向こうから何かしてくることは考えられません」
なるほどなるほど、と隆之は面白そうに二度頷く。
「で、確率的にはどっちが上ですかね?」
「・・・十中八九後者でしょう。前者の場合、今回は勝てたとしても生産力で上回る連邦がいずれ押すのは誰の目にも明らかです。
そんな相手に無謀にも突っ込みますか?
なら、この時間を利用してこの場を離脱する事を考えるのが、上に立つ者ではないでしょうか」
ちょっとした皮肉を込めた言葉だったが、隆之はそれを知ってか知らずか、ただ笑う。
「となると、全ては時間との勝負・・・ということになりますね?
こちらは動けない。あちらは動きたくない。さて、サイの目はどっちを指しますか・・・」
まるでゲームを楽しむような言い草に、潤は眉を顰める。
だが、隆之はそんな潤の視線を気にもせずただ前方・・・イブキを見つめた。
カンナヅキの格納庫。いまそこに皆が集まっている。
その視線の先には、あの凄まじい機動を見せた正体不明のガンダムがある。
コクピットのハンガーが放たれ、そこから一人の少女がラダーを使ってゆっくりと降りてくる。
床へその足を下ろしヘルメットを取れば、流れるように黒髪が踊った。
そうして現れた顔は、他でもない。それはどうあっても間違いなく・・・、
「舞・・・」
思わず一歩進み出た祐一に、少女―――川澄舞は、ただ気恥ずかしさからか、少しぎこちない笑みを浮かべて、答えた。
「・・・ただいま、祐一」
こみ上げてくるものがあった。それは涙か、感動か、それともなにかの声か。どれにしろ、それはただただ歓喜のものでしかない。
けれど、上擦った気持ちはどれをもさせず、ただ潤む視界のまま近付いた祐一はその肩に手を乗せた。
「こいつ・・・心配させやがって」
「うん。ごめん。・・・ありがとう」
笑顔を向け合う。正真正銘の、再会であった。
「舞!」
「舞さん!」
「川澄さん!」
それを皮切りに、他のクルーたちが泣き笑いのような表情を浮かべて舞を取り囲んだ。
もみくちゃにされて困ったように笑う舞。それを少しだけ離れて見るのは郁未。
目が合った。すると舞は一瞬驚いた表情をしつつも、笑みを宿し、
「・・・お久しぶり、郁未」
郁未は少し怒ったような表情でなにかを言おうと口を開け―――しかし止めた。
心配させて、とかどうして祐一たちと連絡を取らなかったのか、とかいろいろと言いたいことがあった。
けれど・・・それを口にしようとするとなぜか言葉にならなかった。
いま言うべき言葉はそうではない。なんとなく、そんな気がして―――。
だから小さな笑みを浮かべて、もう一度口を開く。
「おかえり、舞」
万感の想いがこもった一言。舞も、ただ笑顔のまま頷いた。
この再会は、ただ暗いだけのこの状況で、しかし確かな光だった。
宇宙、廃棄コロニー内に艦を止めているクラナドのブリッジ。
智代はドリンクを喉に通しながら、艦橋からわずかに見える地球を見下ろしていた。
「そろそろ地上へ降りた頃かな、舞は?」
「時間的には、おそらく」
答えたのは副官席に座った有紀寧だ。こちらもやはりドリンクを手に持っている。
「イブキに辿り着いて・・・舞さんはなにをしているんでしょうね?」
「そんなこと、わかりきっていることだと思うけどな」
だろう? という視線に、有紀寧は思わず苦笑する。
いまさら舞が連邦に加担するわけがない。そしてカンナヅキやキサラギが襲われている以上傍観することもないだろう。
・・・確かに、わかりきったことかもしれない。
「相沢さんたちは無事なのでしょうか」
「それはわからないな。それに、舞はそれを確かめに行ったんだ。私たちができることは帰りを待つことだけさ」
「・・・ですね」
大丈夫だと信じたい。きっと舞が朗報を運んでくれるだろう。
そう思った瞬間だ。クラナドオペレーターが声を張り上げた。
「レーダーに大型の熱源感知! こちらへ近付いてきます!」
皆が息を呑む。その中で一番反応が早かったのは、やはりというか智代であった。
「敵艦の特定は?」
「特定中です。・・・完了、艦はエンドラ級一隻と確認!」
「ついに追っ手が来たか。よし。護、クラナドを発進させろ。私と佐織で迎撃に出る。援護してくれ」
「了解!」
智代はドリンクを放りながらテキパキと指示を出しつつ艦橋の出口へ向かう。
その背中を追った有紀寧と、振り返った智代が目を合わせた。すると智代は笑みを浮かべ、
「ここは舞の帰ってくる場所だ。必ず守り通す」
「・・・ご武運を」
あぁ、と軽い返事を返し智代と佐織が格納庫へと向かっていった。
それを見送ると、横へ視線を転じる。そこにいた護はその視線にただ頷きを返し、
「クラナド、発進!」
そのクラナドへ近付いているという艦はアイデラであった。
「艦長! 前方の廃棄コロニー内から出てくる艦影を捕捉! 奪取された戦艦です!」
アイデラの艦長、倉田佐祐理はその報告を聞いて思わず目を見張った。
逃亡ルートからして地球方面であることはわかっていた。だから地球周辺に来てからゆっくり探すつもりであったのだが、まさかこうも早く見つかる事になろうとは。
とはいえ、相手は既にやる気だ。新造艦特有の輝きを伴い、ゆっくりとコロニーから出現する。
行動が素早い。それだけ戦闘慣れしているということか。
・・・なら、こちらも油断は出来ない!
「ミノフスキー粒子産散布! 全砲門展開! MS部隊を発進させてください!」
クルーたちが命令に従って速やかに行動を開始する。だが、佐祐理はただ前方に見える艦を見つめる。
「これは・・・」
うっすらとではあるが、そこには・・・どこかで感じたことのある気配があった。
MSのコクピットで出撃の用意をしていた智代に、オペレーターから報告が来た。
『敵MSの発進を確認。数、三十二機です!』
「数は多いな。なにか特殊なMSは?」
『いえ。ズサ、ガルスJ、ガザDのみです』
「とすれば、敵に名のあるパイロットはいない・・・か。わかった」
頷きを返し、オペレーターからの通信が切れる。だが、見計らったように新たな通信モニターが開いた。佐織だ。
「佐織か。どうした?」
『いえ、あの・・・。たい―――智代さん』
大佐、と言おうとした佐織が慌てて名前を呼びながら、少し気後れするように言葉を続ける。
『本当に、私がこれを・・・?』
これ、というのはいま佐織が乗っている機体だ。
それは、レヴェレイション。破壊されたレヴェレイションを回収、修復ついでにわずかに改造もされたカスタムタイプだ。
「なんだ、不満か?」
『逆です! 私じゃこんな機体とても扱えません!』
レヴェレイションは武装面に加え機動性も上昇している。
ただでさえかなりの機動性を持っていたというのに、さらに上昇したとあってはもう佐織の反応速度では追い付けないのだ。
佐織とてネオジオンではそれなりに名の知れたパイロットではあるが、智代の反応速度にはまだ遠い。
もともとレヴェレイションは智代専用として作られた機体だ。他の誰かが乗る事を想定して作られてはいないのだ。
「じゃあ、偶然格納庫に積んであった量産型キュベレイにでも乗るか? それこそニュータイプでもない私たちではあれは扱いきれないだろう?」
『そ、そうですけど・・・』
「なら諦めろ。他の機体はないんだからな」
『うぅ・・・はい』
そうは言うもののやはり不安の色が消えない佐織。そんな佐織に、智代はヘルメットを被りながら、
「まぁ、そんなに不安にならなくてもお前は艦の防衛に徹していればいい。敵へは私がこのインフィニティで突っ込む」
単機で三十二機の敵の群れへ突っ込むと公言すると智代。
通常ならなにを馬鹿な事言っているのか、という次元の台詞だ。だが、智代と数年来の付き合いである佐織にはわかる。
それを智代が本気で言っており、また―――本当にそれを成し得てしまう人物であると。
だから佐織は頷いた。
『わかりました。艦には誰一人近づけさせません。ですから、智代さんも数機くらいの取りこぼしは気にしないようにしてください』
「あぁ、そうさせてもらうさ」
通信が切れる。それを見届けて智代はヘルメットのバイザーを下ろし、前を向いた。開いていくカタパルトの向こう、やって来る光源を見つめ、
「坂上智代だ。ガンダムインフィニティ、出るぞ!」
発進する。
並行して発進した佐織のレヴェレイションはすぐさま制動をかけてそこに待機する。
それを横目に、智代は機体を加速させた。前方にはネオジオンで見慣れた量産型MSの群れ。
「こちらの力を見せ付ければ後退してくれるかな。さて・・・」
敵機との距離、既に射程距離内。
背部のバスターキャノンが一転して肩に乗り上げる。両肩、両脚に取り付けられたミサイルポッドを展開、両手にはメガビームライフルを構え、
「おぉぉ!」
一斉射撃。
豪雨のような射線がズサやガルスJ、ガザDに次々と降り注ぎ、それらを戦闘不能へと追い込んでいく。
あまりの火力に思わず前進が止まる敵部隊へ、智代はメヴァヴィスを構え突っ込んでいった。
「なっ・・・!?」
佐祐理はその光景を見て思わず腰を浮かした。
一度。そのたった一度の攻撃で十機もの機体が撃墜された。
対群を想定された強力な火力。それはいままで佐祐理の乗っていたグリューエルに通ずるものがある。
それはそうだろう。奪取された新型機はそういったガンダムのデータを取り込んで製作された機体なのだから。
加えてそれを操るパイロットの技量も並ではない。佐祐理だからこそわかる。あの敵は、数で押せる相手ではない。
「・・・っ!」
「か、艦長!? どちらへ!?」
艦長席を立った佐祐理に、クルーの声が飛ぶ。それに振り返り、佐祐理は矢継ぎ早に指示を出す。
「MS部隊を下げてください! あの敵は数で倒せる相手ではありません! MS収容後、艦を後退! 撤退します!」
「で、ですが・・・!」
「向こうの艦はサダラーン級です! MSがない状態で撃ち合ったってやられるのは目に見えているでしょう!? 急いでください!」
「か、艦長は!?」
「佐祐理がMSで出て後退を援護します! MSの用意も、早く! MSが戻ってきたら佐祐理に構わず後退を! 良いですね!?」
それ以降のクルーの言葉など聞かず、佐祐理はMS格納庫へと急いだ。
「はぁっ!」
突っ込んできたガルスJをメヴァヴィスで一閃する。そのまま機体を旋回させ、バスターキャノンを放つ。二条の光は艦へ向かおうとしたガザDを撃ち抜いた。
これで十六機目。敵の数も半分にまで減った。ここまで来れば―――、
「む!」
視界に入った一瞬の煌き。咄嗟にメヴァヴィスを掲げれば、そこへビームが突き刺さる。
向かってきたのは、先日完成したばかりというドーベンウルフの正式採用型だ。
そんな機体を与えられている、ということを抜きにしてもいまの射撃から敵がかなりの相手であることは想像がついた。
だから智代はすぐさまそちらに狙いを定め、メガビームライフルを放つ。だがそれはことごとく回避されてしまう。
逆にミサイルランチャーを放たれる。とはいえ、智代がその程度の攻撃に当たるはずもない。回避しつつ反撃しようとして、
「!」
そこには既に光があった。ミサイルはこちらを誘導するための布石か、と思いながらメヴァヴィスで防御を取る。
弾けるビーム粒子。ビームが消失しメヴァヴィスの構えを解いた途端、後ろから衝撃が奔った。
「なに・・・!?」
急ぎ後ろを見やれば、そこには小型の何かが滞空している。それは、
「ファンネル・・・。いや、インコムか!」
攻撃はそこで止まらない。体勢を崩したインフィニティへ、ミサイル、ビーム、インコムの波状攻撃が襲い掛かる。
「くっ・・・!?」
全てが正確無比の攻撃。オールレンジ攻撃を可能とするインコムも加わるとなれば回避の難しさはかなりのものだ。
こんな攻撃の嵐、全て避けられる者など智代の知る限り舞か秋子くらいのものだろう。
とはいえ、そこはさすが智代。この弾幕の中、かすりこそすれ直撃は受けない。
「とはいえ、このままではジリ貧だな! ・・・ならば!」
機体を翻し、加速する。遠距離戦仕様の機体で申し訳ないことこの上ないが、智代の領分は近距離戦だ。
そして相手は遠距離を得意とするパイロットだろう。ならば、近付いてしまえば戦況は逆転する。
相手もこちらの意図を悟ったのか、射線軸を前方へと集中させる。密度の増した火力の前に、進路がない。だが、ここで退けばまた狙い撃ちだ。
故に、
「意地でも通してもらう!」
ミサイルを射出する。それに敵の放ったビームなどが突き刺さり、破裂。しかし、その爆発によりビームがそこで止まった。
ミサイルを盾にした。そのあまりな行動に虚を突かれたのかドーベンウルフの動きが一瞬止まる。
それを智代は見逃さない。ミサイルパックを分離し、身軽になった機体で一瞬にて肉薄する。
メヴァヴィスからビームの刃を出現させ、斬りかかった。回避しきれないと判断したのか、相手もビームサーベルを抜き、激突する。
「良い腕だ! 何者だ!」
ビームの火花が散る中で、近距離通信で問いかける。すると返答が来た。それは、
『ネオジオン軍、アイデラ艦長・・・倉田佐祐理中佐です!』
「この感じは・・・佐祐理さん・・・?」
その機体に乗っているのが倉田佐祐理であることを、有紀寧も感覚で感じ取った。
倉田佐祐理。昔馴染みの友人であり、また舞の親友でもある存在。
有紀寧が唱えていた平和を真の意味で理解し、
『実現できれば、良いんですけどね』
そう言ってくれた人物。
―――話してみる価値は、あるでしょうか。
「護さん」
「はい?」
「智代さんと連絡・・・取れますか?」
「・・・なんだって?」
智代は思わず顔を引きつらせて問い返した。
モニタの向こうでは護もどこか疲れたような表情で、もう一度同じことを言う。
『ですからね。有紀寧様がその相手・・・倉田佐祐理さんをこっちへ連れてきて欲しいって言うんですよ』
モニタの隅で有紀寧がにこにこ笑っている。
連れて来い・・・ということは撃墜することなく戦闘続行不能にしろということだ。
この倉田佐祐理は智代から見てもかなり手強い。その佐祐理相手にそんなことをしろと言う有紀寧もかなり酷だ。
だが、それをわかっていながらなお有紀寧は笑顔を崩さない。
そんな有紀寧に智代は苦笑し、
「あぁ、わかった。頑張ってみることにしよう」
『お願いしますね』
最後に有紀寧がそんな言葉を残し、通信が閉じた。智代はやれやれ、とこぼし、
「さて・・・」
意識を前方に集中する。
距離は近接距離。こと近距離においては智代のペースだ。そうでなければ通信などままならなかっただろう。
「くっ・・・!」
反面、佐祐理はかなり追い込まれていた。
自分が接近戦を苦手にしていることもあるが、それをおいても相手の近接戦の技量が高い。ほぼ舞と同等ではないだろうか。
なんとか距離を離そうと試みるが、いかんせんドーベンウルフの機動性ではこのガンダム相手に差を付けられない。
「なら!」
切り結んだビームサーベル。その間にもう一方の手からハンドガンを撃つ。これを回避して距離を取らせれば―――、
「!」
しかし、思惑は外れた。回避はされた。が、それは距離を取るのではなく、ドーベンウルフを軸に一回転するように。
―――背後を、取られた!?
それは一瞬の判断。
ビームサーベルとハンドガンを使っているドーベンウルフは、その動きに対処が出来ない。
「・・・あなたは、いったい・・・!?」
さっきのミサイルと言い、機体の動かし方がとにかく上手い。思わず訊ると、答えは来た。
「坂上智代だ」
「!」
坂上智代。
ネオジオンでも五指に入ると言われた、あの『白銀の狼』坂上智代か。
とするならば、納得も出来る。この機体捌き、あの水瀬秋子や霧島聖と同等と言うのも頷けよう。
「くぅ!」
衝撃と共にモニターが消失した。頭部を切断されたらしい。
しかし、佐祐理はそこであることを悟った。
コクピットや動力部を攻撃してこなかった、ということはどういうわけか知らないが・・・こちらを殺す気はないらしい。
ならば―――いくらでもやりようはある!
「あまり・・・なめないでください!」
メガ・ランチャーを接続し、前方へと放つ。もちろんその方向に智代はいない。それに智代は首を傾げ、
「なっ!?」
しかし次の瞬間インフィニティを衝撃が襲った。
それはドーベンウルフの体当たり。
本来メガ・ランチャーのような大型の、機体にまで大きな反動を与える攻撃をする場合は機体の節々にあるバーニアで制動をかける。
が、敢えてそれをせず慣性に任せ、メガ・ランチャーの反動を利用して佐祐理は後ろにいる智代に体当たりをかましたのだ。
メガ・ランチャーが止まりドーベンウルフは止まるが、インフィニティはそのまま押し出されてしまう。
距離が開けば佐祐理に分がある。すぐさまサブカメラにモニターを移行させ、機体を反転。佐祐理は反撃に転じようと、
「・・・え?」
しかしある物を目にして動きが止まってしまった。
メガビームライフル。智代の使っていたのが一丁、目の前に浮いていたのだ。
なんで、と思うのと同時に危ない、と思考が告げている。だが身体が反応するより先にそれは来た。
爆発。それは目前のメガビームライフルのもの。わかったことは、智代が自らのメガビームライフルを撃ったということだ。
爆発に煽られ機体が一瞬制御を失う。その一瞬の隙に肉薄され、
「なかなか優秀だ。土壇場の頭の回転も良い。だが―――」
光が奔る。その斬撃は佐祐理のドーベンウルフの両腕を斬り落とした。
「運がなかったな。機体性能の分、いまは私の方が強い!」
「うわぁぁぁ!」
機体が衝撃に大きく揺れる。だが、それもすぐさま止まった。
どういうわけか、いままで戦っていたガンダムに機体を抱えられていたのだ。
「な・・・?」
「すまんが一緒に来てもらう。有紀寧がお前を待っているからな」
「有紀寧・・・さん?」
そうだ。事前にこの一件に有紀寧が加担しているのはわかっていたことだ。
だがその事実を再び突きつけられて、佐祐理はわからなくなる。どうして、と。
そんな佐祐理の考えに気付いたのか、智代は小さく笑ったような声で、
「わからないなら話してみると良い。わからないから撃つ、なんていう選択肢を選んでは、私たちは本当に滅ぼしあうことしかできなくなる」
息を詰まらせる。そうしてモニターに映るガンダムを見上げて、
「わかるだろう? ・・・舞と戦ったお前なら」
ただ驚きに打ち震えた。
佐祐理は手錠などで身柄を拘束されることなくクラナドの通路を進んでいた。
横には、ついいましがたまで自分と戦闘していた相手である坂上智代がいる。
智代はネオジオンでのパーティーで一度か二度見た事はある。髪形が違うが、本人に間違いはない。
全てが疑問符ばかりだ。いったい、どうして有紀寧や智代が裏切ったのだろう。そして、どうしてこうして自分はここにいるのだろう。そして、
・・・どうして舞のことを知っているのだろう。
しかしそれは、
―――考えても仕方のないことですね。
向こうが話をしたいと言ってきているのだ。だったらこっちもそれを訊ねることにしよう。
と、不意に視線を感じ頭を巡らせた。無論、そんな相手は横を行く智代しかいない。
「・・・なんですか?」
「ん? あぁ、いや。かなり思い詰めていそうだな、と思って」
そうなのだろうか。他人から見たら、そこまで思い詰めているように見えるのだろうか。自分では、よくわからない。
そうして視線を外せば、わずかな苦笑が響いた。
「まぁ、なんだ。・・・有紀寧と話すことはきっとお前にとっていろいろなことをもたらすだろう。それをどうするかは・・・自分次第だが、な」
「え?」
「いや、なんでもない。・・・さぁ、ここだ」
案内された場所。通路からして、ここは艦橋だろうか? やはりネオジオン製だけあって構造はどれも似たようなものであるらしい。
そして扉がスライドした向こう、笑顔でこちらを迎える少女がいた。それこそ、
「お久しぶりですね、佐祐理さん」
「・・・有紀寧、さん」
名を呼べば、はい、とただ笑顔が返ってきた。
その笑顔。その雰囲気。以前とまるで変わらない。しかし、だからこそ渦巻く思いがある。
「なぜ、ですか・・・?」
有紀寧が首を傾げる。そのいつもどおりの姿勢が、憤りへと繋がってしまう。
「なぜ、なぜあなたともあろう人が裏切ったりしたのです!? あなたは・・・あなたは真の意味で平和を望んでいたのではないのですか!?」
佐祐理を知る者からすれば目を見張っただろう。
佐祐理は有紀寧に負けず劣らず穏やかで、柔らかい雰囲気と物腰をした少女なのだ。
だが、彼女はいま叫んでいる。どうして、と。なぜ、と。思いのままに、なにか喪失感に近いようなものを振り払うように。
・・・なにかから逃げるように、必死に。
「答えてください、有紀寧さん!」
「わかりました。お答えしましょう」
え、と佐祐理の喉から小さな声が漏れる。
雰囲気が、変わった。
いままでの、見慣れた笑顔ではない。どこか張り詰めた空気の中、しかし毅然とした表情を浮かべ立つ、見慣れない有紀寧がそこにいる。
どこか萎縮してしまうような厳かな雰囲気。一種の神々しさすら感じてしまうほどの佇まいで、有紀寧は口を開き始める。
「私は、佐祐理さんの言う通り平和を望みました。それは昔も、今も、そしてこれからも変わることはないでしょう」
ならどうして、と言いかけてしかし止まった。
有紀寧の目がそれを止めさせた。いまはなにも口を挟むべきではないと思わせるような、まっすぐな視線が。
「ですが、佐祐理さん。こうして戦い続けて、それで戦争は終わりますか? ただ敵だからと殺し、憎いから殺し、そして殺されて・・・。
そうして循環する憎しみの連鎖は、その波に乗ったままで断ち切れますか?」
「それ・・・は・・・。でも、それが軍の―――」
「なら、敵だからと対峙し、そうして憎しみに駆られ殺しあった―――川澄舞さんとの戦いも、あなたは仕方ないと割り切れるのですか?」
「―――!?」
どうしてそのことを、なんていう疑問は浮かびもしなかった。
それほどに、いまの言葉は佐祐理にとって衝撃的すぎた。
舞。自分の親友。できることならば、ずっと一緒にいたいと願った、生涯で一番の友。
でも、敵だった。
自分はネオジオンで、そしてなぜか舞は連邦にいて。戦いたくないのに、戦うことを余儀なくされて。
そして、
『さゆりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
『まいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
―――殺し、合った。
「・・・割り切れていないのでしょう? そうでなければ、佐祐理さん。あなたのいまの苦悩はなんなのですか?」
「でも!」
佐祐理の表情が激情で歪む。なにかを否定するように首を横に振りながら、
「でも、舞は・・・舞は敵だったんです! 戦いたくなんてなかった! ましてや殺したくなんて、とても・・・! でも、でも―――」
「仕方ない、ですか? 敵だから? 親友であるにも関わらず?」
「だって、そうでしょう!? 舞は・・・舞は美汐を殺したんです! 佐祐理の、佐祐理の友達だった人を・・・だからぁ!」
いつの間にか頬を涙が伝っていた。
だが、それでも有紀寧は力強い瞳で佐祐理を射抜く。
「ですが、それは矛盾していますよ、佐祐理さん。あなたは舞さんが敵だから戦った、と言いました。その前には、軍人としては仕方ない、とも。
ならば―――それはあなたの敵である川澄舞さんとて同じ事です。
経緯はどうあれあの方も軍人だったのです。だから戦った。仕方ないから、敵だから、だから殺した。・・・あなたの友人である美汐さんを。
そうでしょう、・・・倉田佐祐理さん?」
「っ!?」
「なら軍人であるあなたに、そんなことを言う資格があるのですか?」
佐祐理は軍人だ。命令され、戦い、もちろん人を殺した事だってある。
無感動だった。それが人殺しであるとわかっていても・・・そこに確かな現実感は存在しなかった。それで良いと思っていた。思い込んでいた。
だが、違う。
その一撃により散った命にも大切な者はいる。死んだと知れば、泣く者も、嘆く者ももちろんいるだろう。そして憎しみを抱き、新たに銃を抜く者も。
わかっていた・・・つもりだったのに。
こうして自分の大切な者が死ぬまで、真の意味で理解できていなかった。
憎しみで、親友であった者まで手に掛けられるのだ。・・・ましてや他人など、容易く引き金を引けるだろう。
「佐祐理・・・佐祐理は・・・!」
軍人だから。憎いから。それで銃を撃っていては、止まる事などありえない。平和など来るはずもない。
憎しみの上に成り立つ平和など、ありはしない・・・!
けれど・・・!
「でも、なら、佐祐理はいったいどうすれば良かったんですか!?
舞と戦わなければ良かった!? ネオジオンを抜けて舞と一緒に連邦に行けば良かった!?
舞のために、知りもしない人のために動いて知っているかもしれない人を撃てと!?」
そんなのはおかしい。どちらかに付けばどちらかが敵。そんな選択の余地もない天秤、どちらを選んだとて残るのは悲しみだけだ。
平和を願った。アースノイドだからとかスペースノイドだからとか、そんな不当な言いがかりを止めてさえくれればそれで良かった。
なのに、戦いを経て得たものは、望んだものとは正反対のもの。・・・空虚、切なさ、悲しみ、絶望。
「そこまで言うのなら教えてください有紀寧さん! 佐祐理は、佐祐理はいったいどうすれば良かったんですか!?
どうすれば、こんなことにならずに済んだんですか!?」
慟哭。ただ泣き叫ぶしかしらない、それは赤子のようにも見えた。
そんな佐祐理を見て、有紀寧は一瞬悲しい瞳をする。
戦争が、人を狂わせる。そして人の負の感情が渦巻き、戦争はさらに加速する。
暗い循環。いつまで経っても消えようのない、逆に増徴していく闇の迷宮。
しかし、だからこそ願う。
「戦争のない世界を、作りましょう」
佐祐理が涙の溜まった瞳を驚きに見開かせ、有紀寧を見る。
有紀寧はそれに対し嫣然と笑みを浮かべ、
「どこかで断ち切らねばならないその輪廻。憎しみも、悲しみも、そんなものを抱かなくても良い世界を作りたい。
そんな世界があれば、良いとは思いませんか?」
佐祐理は唖然とした表情で有紀寧を見つめる。
「な・・・にを・・・」
そして憤りに表情を歪ませ、
「なにを言っているんですか!? そんな世界、いったいどうやって作ると言うんです! そんなの無理に―――」
「無理に決まっているから、と決め付けてなにもしなければ本当になにも起こりません。
なにかを願うのなら、それ相応の動きをしなければいけないんです。
奇跡とは偶然起きるものではない。自らが切り開き、その先にある小さな希望の光を手にする事・・・それが奇跡、なのではないですか?」
「なっ・・・」
「確かに難しいでしょう。大変でしょう。快く思わない方もいるでしょう。けれど、だからと言ってただ流されるがままにしていたら、傷付くだけです」
違いますか? という視線に佐祐理は答えの返しようがない。
「だから、たとえそれが夢物語だと言われようと続けるんです。そのために・・・わたしはいまここにいます」
「・・・有紀寧さん」
「わたしだけじゃありません。智代さんや護さん、佐織さん、他の皆様方・・・」
有紀寧が周囲を見渡す。それに応じるように智代が、そして護、佐織、クルーたちが頷き合う。
それに笑顔を返し、もう一度佐祐理に向き直ると、一呼吸。姿勢を正し、もう一人の名を口にした。
「そして、舞さんがいます」
「―――え?」
いま、なんと言ったのか。
理解できない、とばかりに呆然とする佐祐理に、有紀寧はもう一度はっきりと、
「川澄舞さんです。・・・大丈夫、彼女は生きていますよ」
―――舞が、生きて・・・いる?
「そんな・・・嘘です!」
甘美な響きを、しかし否定する。そんなことはない。自爆し、そこで大破せずともそのまま地球へ降下したのだ。あれで生きているはずが・・・。
「真実です。彼女もまた、連邦を抜けていまは昔の大切なお仲間を助けに向かっています」
「え・・・?」
「カンナヅキ、キサラギ。舞さんの友人の方々がいま連邦の策によってイブキ共々追いやられているのです。その、手助けに」
「カンナヅキ・・・? ということは、祐一さん・・・?」
その名前に、有紀寧が小さく驚いた表情を浮かべる。
「佐祐理さん。祐一さんを知っているのですか?」
「・・・舞と一緒に、よく三人で・・・遊んだんです・・・」
「そう、でしたか・・・」
儚げな笑み。けれどそれも一瞬だ。有紀寧はすぐにいつもの温和な笑みに戻り、佐祐理の肩に手を置いた。
「わたしの言葉が信じられないというのなら、ご自身の目で確かめられてはいかがですか?」
「え・・・?」
「いずれ舞さんも宇宙に戻ってきます。そのときに、舞さんと直接お話をしてみてはいかがです?
敵としてではなく・・・一人のご友人として」
「・・・あ」
身体を振るわせる佐祐理を、有紀寧がゆっくりと抱擁する。
安心させるように、ただ静かに。
「それからでも遅くはないでしょう? そして・・・自分の正しいと思う道を選んでください、佐祐理さん」
「・・・有紀寧、さん」
ひぅ、という喉に詰まらせた声と共に佐祐理は有紀寧の肩に顔を埋めた。
泣き声は、ない。ただ身体を震わせて、ギュッと服を握った。
戦いの中でいろいろと舞は傷付いた。だが、精神的なもので言えばもしかしたら佐祐理の方が傷付いているかもしれない。
葛藤、友情、思い、憎しみ、悲しみ。
それら全てを胸に秘めて、それでもなお戦おうとした少女、佐祐理。
その少女はいま、ただ静かに、有紀寧の中で泣き続けた。
「・・・舞・・・!」
親友の名を、呼びながら・・・。
オリジナル機体紹介
AMX−099C
レヴェレイション・カスタム
武装:メガビームサーベル×2
メガビームライフル
特殊装備:シールド
<説明>
破壊されたレヴェレイションを回収、改造したカスタム機。
武装を強化し、シールドを追加しただけでなく、機動性も上昇している。
主なパイロットは坂上智代、稲木佐織。
あとがき
はいはい、どうも神無月です。
すいません。またプロットにない話が増えてしまいました。
本来ならこれと次回分で一話配分だったんですが、執筆中に「いや、これ一話とか無理だろ」ということで急遽二話に変更。
あぁ、そうしてまた年内完結が遠ざかって行く・・・。
えぇい、弱音は禁物!
頑張るぞぉぉ!