Episode ]][

         【弱者が謳う強き歌】

 

 連邦とイブキ。双方の艦隊から次々とMSが発進されていく。

 その数はかなりの規模のもので、連邦もまったく手を抜く気はないのだと誰もが悟った。

 そして朋也もまた、かつて自らが身を置いた組織を前にして、妙な感覚を抱いていた。

「とは言っても・・・きっと他の奴らの方が受け止め方は重いだろうな」

 それでも、こうしてカンナヅキもキサラギもほとんどのクルーが残ったのだ。皆、たいしたものだと思う。

『清水なつきです。準備、できました』

「OK」

 自らの小隊の一員であるなつきに、朋也は軽い返事を返す。だが、なつきの表情はどこか重い。

 やはり、決意をしても、そう簡単には払拭できない思いというものがあるのだろうか。

『あの、朋也さん』

「ん?」

『あの、春原さんは・・・』

 そっちか、と朋也は頷いた。

「わからん。一応全て話しはしたが・・・その先を決めるのはあいつ自身さ」

『そうですか・・・。でもそうすると、なつきたちは小隊と言っても二人ですね』

 そう、本来は陽平を合わせての三機小隊だったのだ。だが、朋也は小さく笑みを浮かべ、

「大丈夫だよ」

『えっと、それはどういう・・・』

「陽平なんかいなくても、なつきさえいれば背中は安心して任せられる」

 するとなつきが少し頬を染め、

『え、あ、えーと!? そ、そういう発言は嬉しいのですが、でもそういう問題では・・・!?』

「ま、そうじゃなくても大丈夫さ、きっと」

 言って、朋也はグリップを握る。それを力強く握りながら、言い切った。

「伊達に付き合いは長くないさ。あいつは、やるときはやる男だよ」

『朋也さん、それって―――』

「ほらほら、行くぞ。それまでイブキ本土には敵を通すわけには行かないぞんだからな

『―――はい!』

 良い返事だ、と朋也は思う。実際なつきのパイロットとしての能力は高い。安心して背中を預けられるのも事実だ。

 だが、なんとなく足りない。そう感じさせる相手に朋也は内心で、

 ―――早く踏ん切り付けろよ、馬鹿。

 そう告げて、カタパルトに自らの機体を接続させた。

「岡崎朋也だ。Sガンダム、出るぞ!」

 発進する。続けて発進されたフライングウォーカーに機体を接続させ、さらに発進されたなつきのリアンダー・ゼオンと陣形を組んでイブキ艦隊が迎撃している最前線へと突撃して行く。

 と、そこで朋也は・・・予想はしていたが見たくないものを視界に収めた。

「ラー・カイラムか・・・!」

 連邦艦隊の先頭を担っていたのは、ラー・カイラム。つまり・・・そこには古河親子がいる。

 早苗。秋生。そして・・・渚。

 すぐに陽平の懸念が当たる事になる結果となった。

『朋也さん、これは・・・!』

 なつきの慌てたような言動に、朋也も頷かざるを得ない。

「だが、仕方ないから殺す、なんてことはするな。祐一やことみも言っていたが、俺たちは誰かに命令されて戦ってるわけじゃない。

 戦いたくないなら戦わないことだって選択できる。だから殺したくないと思ったら、意地でも殺すなよ。

 だが、これはイブキを守る戦いだ。それを邪魔するようなことだけは、するな」

『朋也さん。それってとても難しいことなんじゃ・・・』

「そうだ、難しい。だが、難しいからって諦めたりするような人間は・・・こんな戦場に立たないだろう?」

 息を呑むなつき。それにただ頷きを返し、

「突っ込むぞ。できる限りラー・カイラムを戦線から離す!」

『はい!』

 二機は突っ込んでいった。

 

 

 もちろん発進したキサラギやカンナヅキからもラー・カイラムの存在は確認できていた。

「出てくるよね、やっぱり」

 仕方ないことだろう、とことみは一人頷く。

 あのコロニー落としでの一件は、どう考えてもことみたちとそして、早苗たちを体良く消去するというのが目に見えていた。

 それに失敗したとはいえ、きっとこれからも連邦の上層部は邪魔な早苗を最前線に立たせるだろう。

 そしてそれを早苗は断ることはできない。最新鋭艦を渡されたにも関わらず、任命された最前線を放棄するようなことをすれば、それこそ上層部の連中につけいる隙を与えるだけなのだから。

 だから、これもおおよそ予想は出来た。他の連邦上層部の人間は戦場にいないか・・・いるとしたって後方艦隊でのんびりくつろいでいるのだろう。

 だが、だからと言ってラー・カイラムは放置できるような艦でもない。そんなことをしていれば、イブキへのダメージは計り知れないだろう。

 最良策は、撃沈しない程度のダメージを与えて、下がらせること。

 そう思考し、ことみは隣を行くカンナヅキへ通信を繋げた。

『どうした、一ノ瀬?』

「相沢くん。ラー・カイラムはこっちに任せて欲しいの」

『・・・・・・』

「ラー・カイラムは撃沈させちゃいけない。でも、放置もできない。だから―――」

『適度なダメージを置いて下がらせる。連邦上層部も口出しできないくらいの、そんなダメージを、か?』

 さすがは祐一だ、と思う。だから頷き、

「かなり難しいとは思うの。でも・・・きっとそういう戦いが、これからの私たちの戦い方だと思うの」

『そーだな。ラー・カイラムの相手をするとなったらキサラギかカンナヅキしかないだろうしな。

 ・・・わかった。ラー・カイラムはそっちに任せる。俺たちはこのまま前進してイブキ艦隊と合流する』

「了解。頑張って」

『そっちもな』

 切れた通信に一瞬だけ笑みを浮かべ、ことみはしっかりと視線を前に向けた。

「キサラギ、前進! ラー・カイラムの前に出ます!」

 

 

 早苗はその光景に驚きを覚えていた。

 開戦してすぐ、イブキ本土から浮かび上がった二つの戦艦。それはまさしくカンナヅキとキサラギだった。

 ―――まさか本当に技術を盗んだ・・・?

 それこそまさか、と早苗は思う。公子との付き合いは長く、とてもそんなことをする人物とは思えない。

 ならば、と思考した瞬間、

「艦長、通信です」

「通信・・・? どこからです」

「それが・・・こちらへ向かってくるカンナヅキ級三番艦、キサラギからなんです」

「!」

 目を見張る。しかも良く聞けば全周波ではなく、こちらのチャンネルにしっかりと合わせた通信だと言う。

 各艦のチャンネルを知っているのは、連邦の者だけだ。とすれば・・・?

「通信、繋げてください」

「はい」

 そして固唾を呑み見上げた通信モニターの先、映りだした顔は―――、

『お久しぶりです。・・・古河少将』

「・・・!?」

 死んだと思われたキサラギの艦長、一ノ瀬ことみだった。

 何かを口にしようとするが、上手く発声できない。そうしてなんとか口を開いて出た言葉は、

「生きて・・・いたのですか」

 そんな言葉だった。それに対し、ことみは苦笑を浮かべる。

『コロニー落としを阻止しようとして、コロニーと共に地球へ降下してきました。

 ですが結局失敗し、艦の損傷が激しく動けなかったんです。そしてちょうどそこがイブキの領海内で、なんとか保護してもらったんです・・・』

「そんな・・・!?」

 早苗だけではなく、クルー皆が驚愕に表情を染める。

 つまり、上層部の言っていたことは全て嘘、ということだ。

 わからなかった、ということではない。あの宙域を捜索しなかったとはいえ、上層部はイブキがカンナヅキとキサラギがあることを知っていた。

 なら、このことも知っていたはずだ。

 ギリッと、早苗は唇を噛む。

 完全に、騙された・・・!

『古河少将、これだけは事前に言っておきます。イブキはなにもしていません。

 この戦いは、ネオジオンがいないこの時を機にイブキの技術や人員を接収するための、上層部が組み立てた戦いでしょう』

 そうなのだろう。そうでなければ連邦がイブキに戦いを挑む意味がない。

「なら、そう言えば良かったのに。そうすれば、戦いは―――」

『いえ、どちらにしろ起きたと思います。連邦は軍で、そして軍とは上からの命令は絶対なものですから』

「・・・・・・一ノ瀬さん」

『・・・たとえ数人、数十、数百の兵士がそれを信じてくれたとしても、上が進めと言えば進むしかないんです。それが軍なんです。

 だから私たちはなにも言わなかった。それで戦いは止まらないと思ったから・・・』

 そこでいったん言葉を区切り、ことみはまっすぐ早苗を見る。

『古河少将。あなたは連邦にとっていなくてはならない存在です。死ぬことも、またこちら側へ来ることも許されません。

 ですから、どうかこの場・・・わざと負けてはもらえないでしょうか?』

 ことみの視線がわずかに下がる。

『私たちはもう、連邦に戻る気はありません。色々と知って、気付いて・・・このまま連邦に戻って戦うことはできません。

 イブキには恩もあります。イブキの思想にも共感を覚えます。だから、イブキのために戦っています。

 ・・・古河早苗少将。連邦を不審に思い、そしてイブキの思想を是と思うなら、どうか・・・』

 ことみは、早苗に一緒に来い、とは言わなかった。

 早苗は良い。秋生も、渚も良いかもしれない。だがこの艦が連邦を離れれば早苗を頼りにしている他の連邦兵が残されてしまう。

 連邦の三分の一の兵士は早苗を支持していると言われている。それらが全て崩れれば・・・それはネオジオンの侵攻をたやすく許すことになるに違いない。

『勝手な言い分だと思いますが、古河少将には内側から連邦を変えていって欲しいんです。私たちは外からやりますから・・・』

 だからどうか、とことみは頭を下げた。

 それはこちらの身を案じての案であることも早苗にはわかっていた。そして早苗には、ことみや祐一、そして公子を撃つなど・・・できない。

「・・・わかりました。そうしましょう」

『古河少将』

「わかっています。どっちが正しいかなんて・・・。だから、だからいまは・・・」

 それでしか道が開けないのなら、と。早苗はゆっくりとこぼすように呟いた。

 艦橋のクルーを見渡す。ラー・カイラムのブリッジクルーは皆早苗を指示している者たちだ。早苗の視線にただ頷きを見せるだけ。

 そのことに、早苗は少し場違いな嬉しさを感じた。

「では・・・」

 意識を整える。そうして一拍を置き、早苗は宣言した。

「ミサイル装填、メガ粒子砲用意! 目標、カンナヅキ級三番艦キサラギ! 良いですか、間違っても当ててはいけませんよ!」

 

 

 

 その頃宇宙では、クラナドが地球軌道上の廃棄コロニーの中で身を潜めていた。

「有紀寧」

 その艦橋へ舞と智代が入ってきて、二人はそのまま共に有紀寧の傍らにまでやってくる。

「どうしたの? なにかあったらしいけど・・・」

 舞の問いに有紀寧は頷き、ただモニターを見るよう視線で促した。

 そこに映りだしているのは連邦の艦隊と・・・舞は見た事もない構造の艦隊が攻撃しあっている映像だった。

「これは・・・」

「連邦と戦っているのは・・・イブキか」

「イブキ?」

 智代は頷き、

「中立国、イブキ。地球連邦にもネオジオンにも属さない国だ。そして、MS技術においてはアナハイムも上回るとすら言われている。

 その技術欲しさにネオジオンも一艦隊を使って一度攻め込んだが、その技術力の前に撤退を余儀なくされている。

 ・・・まぁ、あのときはガザCが主力機だったが・・・いま攻め込んでも、おそらく同数では敵わないだろう」

「でも、そのイブキがどうして連邦に襲われているの?」 

「イブキが連邦の技術を盗んだ、という名目のようです」

 有紀寧がオペレーター席に座っていた佐織に目配せする。するとモニターが移り変わり―――、

「これは・・・!?」

 それを目にした途端、舞の表情が驚愕に染まった。

 無理もない。なぜならそこにはイブキ艦隊と肩を並べて連邦艦隊と戦っているカンナヅキとキサラギが見えたからだ。

「カンナヅキとキサラギ!?」

「この二隻を勝手に回収した、ということのようです。ですがまさかイブキが本当に連邦の技術を盗んだ、ということはまずありえないでしょう。

 となると、これはイブキを落とすための言いがかり・・・」

「連邦もなりふり構っていられなくなってきたようだな。・・・で、どうする、舞?」

 なにが、とは聞かない。智代の言いたいことは舞にもわかったからだ。

 地球へ行きたいのかどうか。それを智代は聞きたいのだ。

 クラナドは大気圏突入機能を持っているが、離脱機能を持っていない。だからクラナドごと降りるわけにはいかない。

 つまり、降りるとしたらMSだけとなる。

 しかし舞はすぐに頷きを返した。

「行く」

 そのカンナヅキとキサラギに乗っているのが祐一たちなのかはまだわからないが・・・近付けばわかるはずだ。

 確認しなければいけない。生死。そしてもし本当にイブキにいるのなら・・・どうして連邦を抜けたのか、などを。

 だが舞は「でも」と続け、舞は有紀寧や智代を見た。ネオジオンに追われているこのクラナドから出るのも少し躊躇われたからだ。

 だが智代は小さく笑い、

「なに、クラナドなら任せておけ。水瀬秋子か霧島聖でも出ない限りは、しっかり守りきって見せるさ」

 そう言って力こぶを作って見せた。

 智代の力は嫌と言うほど舞は知っている。その言葉に嘘はないだろう。だから笑顔を浮かべて、

「うん。お願い」

 舞は格納庫へ向かうために床を蹴って艦橋を後にした。

 その背を少し心配そうな表情で眺める有紀寧の肩を小さく叩き、智代は笑みを見せた。

 それだけで有紀寧も笑顔を取り戻して頷きを返す。

「さて・・・」

 智代は小さく呟くようにして、

「そろそろだろうな。はたして追っ手は誰かな? 橘? それとも・・・」

 その問いかけは、まだ見えぬ闇の向こう。

 

 

「奪取された新造戦艦、並びに新型機の捕獲、あるいは破壊・・・ですか?」

 戦艦アイデラの艦橋。その艦長席で佐祐理は怪訝そうな表情を隠そうともせず、そう問い返した。

 すると通信モニターの向こう、通信員がただ淡々と事実だけを告げていく。

『そうです。倉田中佐の艦がロスト地点に最も近いんです。データを送りますので、よろしくお願いします。

 しばらくすれば第三艦隊も合流すると思いますので、先立って調査をせよ、という命も下っています』

「あ・・・はい。わかりました」

『では』

 最後に敬礼を残し、モニターが消える。だが佐祐理はそのモニターから視線を離せない。

「新造戦艦と新型機の奪取に加担したのは・・・有紀寧さん?」

 工廠のカメラに有紀寧が新造艦に乗って行くのが映っていたらしい。つまりは・・・そういうことだ。

 だが、送られたデータのその映像を見ても、いまだに信じられない。

 平和を謳い、いつも穏やかな笑顔を見せていた宮沢有紀寧。それが、まさか・・・。

 いや、それをはっきりさせる意味でもこの命令はこなすべきだろう。きっとこれは何かの勘違いに違いない。

 だからそれを確かめに行こう。―――と、佐祐理はこのときは軽い気持ちでいたのだった。

 これにより、自分の未来が大きく変わることも知らずに。

「アイデラ、発進。コースは・・・地球へ」

 

 

 

 風子は走っていた。

 見上げればそう遠くない距離で爆発の連鎖が生まれている。

 平和の国と呼ばれたイブキはいま、確かに戦火へと飲み込まれようとしていた。

「そんなこと・・・させてたまりますか!」

 そんなことはさせない。

 ここは姉である公子が必死に建て直した国なのだ。

 一時は父の乱心により経済も政界もなにもかもが落ち込みかけたが、病死した父に変わり公子にその代を変えてからはここまでに成長した。

 風子は、まだ父が国を治めていたときの記憶しかない。あのときも穏やかではあったが、どうやら父が乱心したのは風子の怪我によるものらしい。

 自分が怪我をしていなければ、父は衰弱して病死などせず、きっといまもあの温和な笑みを浮かべて生きていたのだろうに・・・。

 一瞬そんな『もしも』を思い浮かべたが、風子は勢いよく首を横に振った。

 いまはそんなことを考えている場合ではない。いまこうしている間にもイブキは連邦に襲われているのだ。

 そうして風子は沿岸部でも一番大きいMS格納庫に身を投げると、そこには後ろ姿だけで誰かわかる相手がいた。

「浩平さん!」

「って・・・風子!?」

「浩平さんがどうしてここに?」

 駆け寄りながら、気になったことを訊いてみる。

 既にカンナヅキは飛び立っている。とすればここに浩平がいることはおかしい。

「いや、祐介さんからイブキの整備兵が少ないからって、腕の良いのが俺を含め数人こっちに回されてるんだ。

 それより、お前いままでどこに・・・」

「お姉ちゃんと一緒にいました。そして・・・風子もこのイブキのために戦おうと決めました」

「・・・風子」

 目を細める浩平。それを風子は毅然な表情で見上げる。

「だから、風子にMSをください。いまは・・・戦い、大切なものを守れる力を」

 言われた浩平はしばし風子を見つめ、しかしなにか諦めたように小さく息を吐くと、不意に左側を見上げた。

 風子もつられるようにして同じ方向へ視線を向ければ、

「これは・・・!」

「RX−90−0−A、ガンダムアークレイル。・・・本当は川澄の機体だが、イブキの領海内に墜落していたらしい。

 修理して一応ここに運んで置いたが・・・お前が乗るか?」

 見上げる先。白と青を基調とした、風子にしても見慣れたアークレイルが、ただ静かに佇んでいる。

「お前は接近戦の方が得意だろ? だが、イブキに近距離メインの機体はない。だが、これならお前の操縦にもついていけるだろう」

「でも、これは・・・」

「・・・どうするかはお前の自由だ、風子」

 その機体を見上げれば、川澄舞の影が鮮明に思い浮かぶ。

 風子とてさほど仲が良かったわけではないが、それでも『仲間』という意識は強かった。それがいなくなったとなれば、悲しくもなる。

 この機体は、そんな舞のいわば忘れ形見だ。はたして自分が乗って良いのだろうか・・・。

 だが、その迷いも外から聞こえてくる爆発音を聞いて、飛んだ。

 舞も、きっと願っているはずだ。祐一や、ことみや、そして他の皆を守ることを。だから、

「風子、いきます」

 頷いた浩平を横目に風子はキャットウォークを上ってコクピットへと身を投じた。

「舞さん・・・」

 吐息のようにかすかな声で、その名を呼んだ。そしてグリップを躊躇するように・・・しかしすぐに力強く握る。

『その機体は中距離武器が投擲系しかない。一応、リアンダー・ゼオン用のビームライフルも持っていけ』

 起動していくシステムの中届く通信に頷きを返し、風子は腕を動かしてコンテナからビームライフルを取り出した。

 もともとビームライフルを持つことを考えられていないアークレイルに収納場所や設置場所というものがない。だから持っていることしかできない。

 だが、それでも浩平の言う通りないよりは良いだろう。

「では、行ってきます」

『風子』

「はい?」

『・・・気を付けろよ』

「・・・もちろんです」

 キャットウォークから離れるように数歩だけ進み、

「風子、ガンダムアークレイル、・・・行きます!」

 跳んだ。すると後へ続くようにフライングウォーカーが射出される。それに機体を接続させ、風子は機体を戦線へと向けた。

「これ以上、好きにはさせません!」

 こちらに気付き向かってくるジムV三機のうち二機を撃ち落とし、一機を切り払う。

 爆発すら後にして、風子は戦場へと駆けた。自らの守りたいもののために。

 

 

「これは・・・!」

 最前線で戦っていた佳乃は、直感から向かってくる相手が誰かをはっきりと認識した。

 視線を向けた先、その一団の中に一機、肩に黒い羽をあしらったエンブレムを飾るジェガンがある。

 それは『漆黒の翼』と呼ばれるパイロット。いま佳乃が乗っているジム・クロウの本来の搭乗者。

 それは―――神尾観鈴。

 そしてその観鈴も、かつて自分が乗っていた機体のパイロットが誰か、気配で気付いた。

「佳乃・・ちゃん!?」

 死んだのではなかったのか、という思いはすぐに良かった、という思いに塗り潰される。

「佳乃ちゃん・・・って、え!?」

 駆け寄ろうとして、しかしその進路を一機のMSが塞ぎ込んだ。

 観鈴の小隊の隊長である、広瀬真希だ。

「あなた、どこに行こうと言うの!?」

「え、でも、あれにはカンナヅキのクルーが乗ってるんです! 生きてたんですよ!」

「・・・へぇ」

 すると真希は口元を歪め、

「それは良いわね。七瀬、それに折原・・・。自分の手で決着を着けたかったのよね」

「・・・広瀬、さん?」

「でも、まずはあの機体ね。・・・各機、狙いはあの黒いのよ! 私に続きなさい!」

「広瀬さん!?」

 あれはカンナヅキの・・・つまり味方のパイロットだ。なのに、どうして攻撃しなくちゃいけない・・・?

 だが、それに真希はさも当然のように、

「あれはいまイブキと一緒に戦っている。なら、イブキと戦っている私たちにとってあれは敵でしょう?」

「っ!?」

 戦っている相手と共にいるから敵。

 それは確かに軍人としては正しいのだろう。だが、なにも聞かずに昔仲間であったものを撃とうとする真希を、観鈴は理解できなかった。

 そうして出遅れた観鈴を置いて、真希の小隊は佳乃のジム・クロウへと襲いかかっていく。

「各機、散開! 訓練どおりに行くわよ! 抑え込みなさい!」

「「はっ!」」

 真希の小隊は散開すると真希を含む数機がビームライフルで距離を保ちながら、そして数機がビームサーベルを構えて佳乃を包囲して行く。

「くっ・・・!」

 回避しつつビームライフルで応戦するが、あまりの激しい攻撃に狙いが上手く定まらない。

 ―――観鈴さんに教えなきゃいけないのに・・・!

 自分たちがイブキにいる事。その理由。そして―――母親がいることを。

 そんな思考で集中力が散ったか。近付いてきたジムVを切り払うが、予想以上に深く切りつけてしまったそのジムVは目の前で爆発した。

「しまっ・・・!?」

 感覚が危険を告げている。だが、爆発の煽りを受けて機体の制御が止まってしまっている。回避が、できない・・・!

 だが迫る光の放流は、脇から乱入して来た影によって遮られた。その影は―――、

「み、観鈴さん!?」

「・・・・・・」

 シールドを掲げ、佳乃の前に悠然と立つジェガンだ。

 その行動に、真希が声を荒げる。

「観鈴! あなた・・・!」

「わたしは! わたしは・・・連邦に入ったんじゃない! 祐一さんや、佳乃ちゃんや、それに他の皆を守るために、一緒に戦うために、それが連邦だっただけ!

 でも、それで祐一さんたちと戦うことになったら・・・そんなのおかしいよ!」

 ビームを連射する。それによって三機が撃墜され、真希の小隊がわずかに後退する。

「観鈴さん! いまのうちに!」

 佳乃もまた追い討ちのようにビームを放ち、観鈴を伴ってその戦域の離脱をはかる。

 それを阻止しようと真希たちが前に出ようとするが、それは他のイブキの部隊によって阻まれる。

「ちぃ!」

 切りかかってきた一機のゼオンを切り払いもう一度目で追うが、しかし既に二機の姿ははるか遠くにあった。

 

 

「中破以上の機体は捨てろ! 修理は小破のものに絞れ! 他の機体はまだか、急がせろ!」

 イブキ沿岸。戦線から最も近いMS格納庫では、破損したMSに対して整備兵が忙しく動き回っている。

 指示を出している浩平は、どんどん増えていく破損したMSを見て、思わず舌を打つ。

「やっぱり性能で勝ってても数には勝てないか・・・!」

 イブキの主力MSであるゼオン、リアンダー・ゼオン、エイレスは連邦やネオジオンの量産機よりはるかに高性能だ。

 だが、数では圧倒的に連邦の方が上だし、兵の完成度も連邦の方が上だろう。イブキではこれが初陣である者も少なくない。

 イブキ艦隊、またカンナヅキやキサラギが奮戦しているが、最前線は徐々に本土側へと押し込まれている。

 連邦が本土へ侵入し、この辺りまで攻め込んでくるのは時間の問題か・・・。

 と、周囲を見回したとき浩平は意外な影を発見した。パイロットスーツに身を包んだその人は・・・、

「祐介さん!?」

 そう、芳野祐介であった。その姿と、片手に持つヘルメットを交互に見やり、浩平は呆然と呟く。

「まさか・・・MSで出るんですか?」

「あぁ。敵は既に本土に上陸し始めている。これ以上の侵攻を許すわけにはいかない」

 淡々とそう言う祐介のその表情は、決意に染められていた。

「でも、祐介さんはもうMSを降りたんじゃ・・・」

「そうだ。ただ命令されるがままに敵を殺すのが嫌になったかなら。・・・思えば、それを教えてくれたのは公子だったな」

 小さく苦笑。

「・・・だから俺は戦うことを止めた。そうして連邦を辞めて、俺は公子と共にいることを誓った。

 だから、いま俺は戦える。この戦いは俺の意思によるものだ。公子と、そしてこのイブキを守るために」

 グッとヘルメットを握る祐介は、しかし浩平を見やる。

「お前はどうなんだ?」

「・・・え?」

「お前はどうなんだ、折原浩平」

 動きが、止まる。

「お前が戦いを止めたのはなんのためだ、折原浩平?」

 それは、と一瞬口を開くが、しかしそれ以上言葉は紡がれない。それを見て、祐介は苦笑する。

「お前を整備士に育て上げたのは俺だからな。なんとなくはわかってる・・・。

 許せなかったんだろう? 自分が。大切な者を守れなかった自分が」

「!?」

 息を呑み、祐介の目を正面から見る。だが、先に視線をはずしたのはやはり浩平だった。

「・・・お前は、いつまでそうしているつもりだ?」

「俺は・・・」

「お前にとって風子や、あの美坂という子はなんなんだ?」

「・・・?」

 意味がわからず、首を傾げる。すると小さく嘆息し、

「お前にとって大切な存在ではないのか?」

「!」

「いま、あの二人も戦ってる。戦場という、命を掛ける場所で、だ。

 なのにお前はこうして見ているだけか?」

「・・・俺は」

「力があったのに守れなかった悔しさは強烈なものだろう。だが、だからと言って力を捨てて、もしその間にまた大切な者がいなくなったらどうする?

 今度は力を捨てたことを後悔するんじゃないのか? また嘆くんじゃないのか?」

 その言葉は的確に浩平を貫く。

「いま、風子や美坂は戦場にいる。お前の助けられる場所にいる。手を伸ばせば届く場所にいる。

 なのにお前はここで・・・こうして逃げるだけか? それでお前は何かがあった時後悔しないのか?」

 もし、風子や栞が死んだなら?

 ・・・そんなの後悔するに決まってる。

 そうして思考の坩堝に落ちた浩平を、どこか穏やかな笑顔で見つめそして、

「ここは連邦ではなくイブキだ。お前はお前の思う通りに行動すれば良い」

 それだけを言って去っていった。

 その背中を見つめ、浩平は視線を落とす。そして、

 ・・・あぁ、なにもかもお見通しなんだなぁ、と苦笑。

「・・・なぁ、長森。みさお」

 噛み締めるように、その名を呼ぶ。

 守れなかった大切な存在。目の前で消えた大切な命。

 その重みはいまでもこの手に残っているようで・・・。

「俺は、どうすれば良いんだろうな?」

 問いに、答えはない。けれど・・・なんとなく、どんなことを言うかはわかる気がした。

 いままでは見えてこなかった言葉。でも、きっと彼女なら―――、

『頑張れ、浩平』

 きっと、そう言うのだろう。

 見下ろしていた自らの手をグッと握る。

 そうだ。もう二度と・・・もう二度とあんな思いをしたくはない。しない。させない。だから、

「・・・戦う」

 そう、決めた。

「整備員、三人ほどちょっと手を貸してくれ!」

 声をかけ、身近にいた三人の整備兵がやってくる。それを等分に見つめ、

「こんな状況の中悪いんだが、ちょっと手伝ってくれ」

 そう告げた。

 

 

 秋生の眼下で、ラー・カイラムがキサラギの一撃を受け火を噴いた。

「ラー・カイラム!?」

 おかしい。先程から違和感を感じていたが、秋生はここでそれを明確に感じ取った。

 ラー・カイラムに対してキサラギのダメージが少なすぎる。

 真正面から撃ち合いをしているのだ。いくらラー・カイラムより装甲が高いとは言え、そのダメージは少なすぎる。つまりは、

「早苗が手を抜いている・・・?」

 イブキが相手、ということではありえるかもしれない。だが、そうならそれこそイブキの艦に今頃沈められているだろう。

 だとするならば・・・互いに相手を落とさないようにしている? 傍目には戦っているように見せながら、ラー・カイラムだけにダメージを与えて・・・?

「・・・まさか」

 そう思いいたった瞬間、秋生は反射の動きでビームサーベルを抜いて右に構えた。

 すると次の瞬間、そこへビームサーベルを振り落としてくる機体があった。それはもともと連邦の機体だったSガンダムだ。

「っ!?」

 肩に描かれたエンブレムを見て、思わず目を見開いた。そこにあったのは、爆発の中に浮かぶピエロの仮面。つまりそのエンブレムの意味するところは・・・、

『オッサン!』

 近距離通信で響いてきた声に、秋生は小さく笑みを浮かべながら全てを理解した。

 連邦の行動。そしてこのラー・カイラムの状況を・・・。

「なるほど。殺しても死ぬような男じゃねぇとは思ってたが・・・どうやらその通りだったみたいだな?」

『オッサン! 俺たちは―――』

「わかってる。ラー・カイラムの状況を見て、そしてお前が生きていることを考えるなら・・・これは全部連邦の陰謀だろうよ」

 この戦いの意義。それを秋生はようやく理解した。

 ―――ちっ、反吐が出る!

 だからラー・カイラムはキサラギに負けようとしている。そしてキサラギはラー・カイラムを決して撃墜しないように攻撃している。

 つまり上層部に言い訳が出来るような状況を作っている、ということなのだろう。

「だったら―――」

 秋生が強くビームサーベルを振り抜く。反動で距離が開いたSガンダムに向かって秋生は刹那にビームライフルを取り出し、その銃口を向けた。

『オッサン!?』

 放たれるビーム。それをなんとか回避した朋也が体勢を立て直し、そうして再び放たれた光もかわす。

 だが、そうして数発の攻撃をかわすうちに、朋也は違和感を感じた。

 おかしい。

 古河秋生という人物は、連邦、ネオジオン両方合わせても最強と呼ばれるほどの射撃の腕を持っているのだ。

 そんな男の攻撃を、はたして自分がこうもたやすく回避できるものだろうか・・・?

「まさか、オッサン・・・」

 ことここにいたり、朋也は全てを理解した。

 秋生は演じているのだ。早苗同様に、戦っている“フリ”を。だから攻撃も朋也がかわせるような場所にしか放たれない。

 それを理解した朋也もまた、攻撃を開始した。これもまた、秋生にとって苦にならないような範囲で、だ。

「この!」

 秋生が大振りな動きでビームライフルを構えた。作り出された隙。もちろんそれを朋也は見逃さない。

 ビームを掻い潜り、すれ違い様にビームサーベルで脚部を一閃した。SFSとの連結部を失くして浮き上がるアーク・ゾリオンの背を叩きつけ、

『小僧・・・負けんなよ』

「オッサン・・・!」

 腕を振り抜いた。大きく背を殴られたアーク・ゾリオンが海面へと墜落していく。海からさほど高さもないここからなら、機体も無事だろう。

 だが、

『朋也くん!』

「!」

 聞こえてきた通信に、朋也はハッとして振り向いた。そこから向かってくるのは、渚の乗るスナイパー・ジェガンだ。

 彼女はニュータイプ。この距離なら、通信でなくても朋也だとわかるだろう。

 だが、渚の通信は全周波だ。ここでなにかを言われては、早苗や秋生の行為が無駄になってしまう。

『生きてたんですね、朋也くん!』

 どうすれば良い、と朋也が思考した次の瞬間、

『・・・え?』

 飛来したリアンダー・ゼオンが渚のスナイパー・ジェガンの脚部と超長距離用スナイプビームライフルを切り払った。

 そしてそのまま流れる動作で振り上げに通信を司る頭部までも切り飛ばす。これで電波通信は使えない。

『ごめんなさい、渚先輩!』

『な、なつきちゃん!?』

 そのリアンダー・ゼオンに乗っていたのは清水なつきだ。なつきは電波通信ではない近距離通信で、渚に、少し泣いているかのような声で、叫ぶように伝える。

『でも、でもこれ以上なにか喋られたら、早苗さんや秋生さんの行動が無駄になってしまう。・・・だから!』

 そうして舞うように振るわれた剣閃はスナイパー・ジェガンの両腕を切り裂き、

『だから、いまはごめんなさい!』

 その機体を蹴りつけ、海へと叩き落した。

『・・・・・・!?』

 なにかを言いかけたようだが、離れてしまいその言葉はなつきに届くことはなかった。

 秋生のアーク・ゾリオン同様落ちていくスナイパー・ジェガンを見据え、朋也は機体をなつきのリアンダー・ゼオンに近付ける。

「・・・なつき」

『なつき、なつきは・・・!』

 なつきは渚が好きだ。その渚が、死んだと思っていた朋也と出会えたのだ。むしろあの反応は当然だろう。

 だが、それをなつきは無情にも斬り捨てた。仕方ないことだとは言え、だ。

 その渚のショックたるや・・・想像するだけでとても胸が締め付けられてくる。

「大丈夫。いまのお前の行動は正しかった。それに、オッサンや早苗さんがきっとあとで渚に全てを教えてくれるさ。だからいまは・・・」

『・・・そう、ですよね』

 一拍を置き、

『・・・もう大丈夫です。なつきはまだ、戦えます』

 いまはイブキを守らなければいけない。渚たちがどうこうもそうだが、いまはそのための戦いなのだから。

 そうして気張るなつきを見て、朋也は頷くだけにとどめた。それが強がりだとはわかっても、いまはそうでもしなきゃいけない状況なのだ。

「よし、行こ―――っ!?」

 行こう、と言おうとしてしかし朋也は直感のままになつきのリアンダー・ゼオンの腕を取ってその場を退いた。

 するとそこを幾条ものビームが貫いていく。その方向へ目を向ければ、十数機ものジムVがこちらに向かってきていた。

「くそ、相変わらず数だけは多いな、連邦は!」

 そうしてそちらに銃口を向けるが、それより早く横合いから放たれたビームが敵機を貫いていった。

 なつきか、と思ったが違う。ならば・・・?

『やっぱり、僕がいないと締まらないね』 

 通信から届いた声に朋也は小さく笑みを浮かべ、なつきは嬉しそうにその名を呼んだ。

『春原さん!』

『真打ち登場、ってね』

 いつもの口調で春原陽平のリアンダー・ゼオンが朋也の横に並んだ。それを横目で見て、朋也は苦笑する。

「相変わらず遅いのな、お前」

『ここはもっと言うべきことがあるはずですけどねぇ!?』

 いつもの応答に、朋也は小さく頷いた。

 語るべき言葉はない。そんなものはなくても、こうしてまた肩を並べあっているのだから・・・。

 これでこそ、『俺たち』だ。

「さーて。三人揃ったところで、ぶちかまそうぜ」

『なつきたち三人の力、見せ付けてやりましょう!』

『僕がいれば百人力さぁ!』

 そうして三機はジムVの群れへと突き走った。

 閃光が、空に浮かぶ。

 

 

「強いの、見〜つけた」

「!」

 小隊を組んで迎撃に当たっていた悪寒と共に郁未は振り返り様にビームサーベルを振るった。

 だが、それは簡単に回避される。

 いたであろう機体は上へ、そのまま二条の光が郁未の僚機へ降り落ちた。直撃、四散する。

 舌打ちし、その姿を見上げる。同時、太陽を背に、黒一色に染まる機体から鉄槌が来た。

 咄嗟にそれをビームサーベルで受け止めようとする。だが、それは激突の一瞬前に軌道を変えた。

「なっ!?」

 まるでビームサーベルを避けるようにして動いたそれは、左肩を強く打ち抜いた。

 それはまさに蛇。隙間を縫うようにして襲い来る、蛇の牙のそれだった。

「あはははは、これがジェノサイドクローね。良い感じじゃない」

 相手、そのΩガンダムのパイロットである名倉友里は楽しそうに笑いながら、

「とりあえず、さくさく行きましょう。この前暴れたりなかった分、ここで発散させてもらうわ」

 駆けた。

 漆黒の機体が郁未の小隊の中央を強引にかき回す。ジェノサイドクローでコクピットを握りつぶし、ビームでやはりコクピットを貫いていく。

 的確だ。的確なまでに、コクピットばかりを破壊していく。

「くっ・・・!」

 郁未が機体を立て直す頃には、既に七機もの機体が破壊されていた。

「・・・くそっ!」

 フライングウォーカーを駆り、ビームサーベルを構えてその機体へと突っ込んでいく。

 だがそれを難なくかわし、旋回したΩガンダムから肩部に積まれたビームキャノンが発射される。

 一撃は回避したが、もう一撃がフライングウォーカーにかすってしまう。

「しまった!?」

「そのまま墜ちてしまいなさいな!」

 再びジェノサイドクローが放たれる。そのコースはコクピットドンピシャだ。だが、

「この、なめるな・・・!」

 拡散メガ粒子報を撃つ。照準もせず出鱈目に放った一撃だがそれにより軌道の逸れたジェノサイドクローはコクピットではなくそのやや上、頭部と胸部の接合部あたりを打ち抜いた。

「ちっ!」

「ぐぅぅぅ!?」

 その衝撃で機体は大きく吹き飛ばされ、墜落して行く。それを追いかけようとするΩガンダムだが、それを郁未の小隊が抑えた。

 それは、勝とうという行動ではなかった。あくまで、郁未を追わせないための行動。

「・・・!」

 皆、この後どうなるかなどわかっているだろう。それでも、皆は郁未のために身を投じた。

「っ・・・!」

 不甲斐ない。そして、悔しい。だが既に機体は言うことを効かず、そのままイブキ沿岸へと墜落した。

「もう、これは使えないわね・・・」

 コンソロールを操作してMSの状態を確認するが、到底動けるような状況ではない。

 すぐにハッチを開き、コクピットから身を出して、駆ける。

 少し走った先にはイブキ軍のMS格納庫がある。そこへ行けば、まだ機体もあるかもしれない。

 勢い良く扉を開き、郁未はその中を見て―――唖然とした。

「お前は・・・天沢?」

 声は浩平のものだが、そんなものは耳をただ通り抜けた。

「これは・・・」

 見上げる先。そこには新型と思われる―――ガンダムタイプの機体がある。

 イブキがカンナヅキやキサラギのメンバー数人と協力してガンダムを作っていたことは知っている。

 しかし、まさか完成していたとは・・・。

「・・・うん!」

 郁未は頷き、そのガンダムへと駆けていく。

「おい、天沢!」

「この状況で機体を遊ばせておくつもり!? せっかくの新型、使う前に壊されたらどうすんの!」

「いや、だがそれはまだテストもしたことが―――」

 聞き終わる前に郁未はキャットウォークに跳び乗り、そのままコクピットへと身を移した。

 ああもう、と頭を掻く浩平の姿がハッチが閉じる瞬間に見えたような気がしたが、気にしない。

 システムを機動すると、、カメラの作動と共に前面の光景が風景と合致していく。

 その最中でコンソロールには各種チェックパネルの画面が開き、その中央にが大きく文字の羅列が浮かび上がった。

『IB−004   GUNDAM MOON』

「ガンダム・・・ムーン?」

 月、という意味か。確かにアンテナは三日月のようなフォルムをしていたし、機体色はまるで闇夜に浮かぶ月のように金と黒で統一されていた。

 チェックパネルに映りだす武器の一覧。近距離、遠距離、どちらでも対応できるラインナップ。加えてIフィールド搭載ときた。

「良いじゃない、これ」

 これならあの敵新型ガンダムとも対等以上に戦える。そんな自信が浮かぶと同時、通信回線が開いた。浩平だ。

『さっきも言ったがそれはテストもしたことのない機体だ。どんなトラブルがあるかもわからない。

 もしなにか違和感を感じたらすぐに戻れ。良いな?』 

「わかってる。フライングウォーカー、お願い!」

『わかってる! 出せ!』

 浩平が誰かに指示を出しているところで、通信が切れた。

 ・・・なんとなく、カンナヅキの中で見かけたときよりも凛々しくなったと思うのは気のせいだろうか。

 首を横に振る。いまはそんなことを考えている場合ではない。郁未はグリップを握り、眼前を見やる。

「天沢郁未、ガンダムムーン、行くわよ!」

 格納庫の前で動き回る整備兵に注意を促すように言って、跳躍した。同時、後方から発進されたフライングウォーカーがやって来る。

 それに機体を接合させ、向かう先はもちろんさっきの相手のいる場所だ。

 そこでは、Ωガンダムが単独、大暴れしていた。

 郁未の小隊はもう全滅したのか。他の部隊といまは交戦していた。

「っ・・・!」

 これ以上は、という思いから郁未は接近してシールドに取り付けられたヒートロッドを差し向けた。

「!?」

 Ωガンダムは直前に郁未の接近に気付き、その攻撃を回避する。だがそうして通り過ぎる直前にもう片方のヒートロッドを腕に絡ませる。

「くっ!」

「はぁぁぁぁ!」

 イブキの部隊から離すように機体を大きく投げつけ、そこに向かってスプラッシュビームシャワーを撃ちまくる。

 拡散メガ粒子砲ほど威力はないが、放たれるビームの量が比ではない。体勢を崩したΩガンダムにそれを回避する術はない。

 だが、それは衝突する寸前にIフィールドにかき消されてしまう。

「あっちもIフィールド持ち!? けど、エネルギーは無限じゃないでしょ!」

「天沢隊長!」

「あんたたちは他へ! こいつは私が抑える!」

 返事も聞かず、撃ち続ける。それはやはりΩガンダムまで届かないが、確かに郁未の言う通りエネルギーは確実に減少していた。

「新型!? やるじゃない・・・!」

「こいつ・・・あの体勢でSFSだけはしっかり守ってる!?」

 大気圏内のMS戦においてSFSの有無は大きい。それをもちろん知っている友里は、Iフィールドを持つ機体を壁に、SFSだけはしっかりと守っていた。 

 ようやく体勢を立て直し、ビームキャノンで応戦しながら友里は突っ込んでくる。

「ようやく面白そうな奴が出てきたじゃない! たっぷり楽しませてよね!」

「あんたみたいな奴に、イブキを好きにはさせない!」

 二機のガンダムが、激突する。

 

 

 佳乃は観鈴を連れて手近のMS格納庫へと降りた。

 一瞬降りてきた連邦機にイブキの連中が驚愕の表情を浮かべるが、佳乃はハッチを開けて敵じゃない、と皆に告げた。

 それでもなお怪訝な表情を浮かべるイブキ兵だったが、その脇でジェガンのハッチから出てきた観鈴を見て声をあげるものがいた。

「神尾? 神尾じゃないか」

「あ、折原さん。お久しぶりです」

 イブキの整備兵はこの一ヶ月で浩平とことみに多大な信頼を寄せている。その浩平と知り合いというだけで、イブキ兵の嫌疑は多く消えた。

 MSから降りた佳乃と観鈴が、そのまま浩平へと近付いていく。

「ねぇ、浩平くん。観鈴さんになにか機体が欲しいんだけど」

 その佳乃の言葉に、浩平は観鈴を見やる。

「良いのか、お前は」

 細部を尋ねず、また簡潔な問いだった。だが、それだけで観鈴には通じたらしい。ただ強い瞳で頷き、微笑んだ。

「わたしはもともと皆のために戦っていたわけだし・・・。だから、皆がイブキを守るのなら、わたしも一緒。にはは」

「・・・わかった」

 浩平は頷き、再び佳乃へと視線を向ける。

「お前は戻れ。いまは一機でも戦況を左右しかねない状況なんだからな」

「うん。わかった」

 ジム・クロウへと戻っていく佳乃を見送り、浩平は観鈴を連れて再び奥へと戻った。

 そうして最奥まできたとき、観鈴はそれを見て思わず目を見開いた。

「これは―――ガンダム?」

「あぁ。イブキの製作したガンダムエアだ。お前には、これに乗ってもらおうかと思ってる」

「え、でも・・・」

「まだテストもしてない機体でな。正直危ないんだが・・・あんたくらいの腕だとリアンダー・ゼオンよりこっちの方がしっくりくると思うんだ」

 浩平は、観鈴の腕を知っている。

 観鈴は強い。パイロットを何年も退いていた自分ではあるが、見る目は落ちていないだろう。

 いまなら、きっとブランクのある自分よりも・・・。

「で、でもわたし、その・・・いままで連邦で・・・」

「そんなこと気にするな。それを言えば俺も祐一も誰もかれもがそうさ。だろう?」

 振り向き、少しおどおどしたその表情を見据える。

「お前は強い。そしてお前は決めたんだろう? 皆を守ると。・・・なら力を手に取れ、神尾観鈴。

 あんたがその力を間違った方向には使わないと信じている。だから、託す。それだけだ。そしてこの力で皆を守ってやれ」

「折原さん・・・」

 観鈴は一瞬驚いたように浩平を見上げ、次いで決意が見え隠れする笑みを浮かべ、

「はい」

 そう返事をした。それに浩平は満足げな表情を浮かべ、

「だが、悪いがここで少し待っててくれ。お前のエンブレムを付けさせる。こういう混戦状態の時は、案外こういうのが敵に衝撃を与えるもんでな。

 俺もその間にパイロットスーツに着替えて来るから」

 そうしてなんでもないように歩いていく浩平に、観鈴はキョトンとし、

「え、パイロットスーツって・・・、折原さん?」

 数歩だけ進んで浩平は立ち止まり、肩越しに振り返ると、

「俺もあんたと一緒さ。守りたいんだよ・・・。もう、二度と奪わせたりはしないために」

 その表情は柔らかい笑みでありながら・・・しかし強い決意に彩られていた。

 

 

 イブキ本土の上空まで迫った真希はそれを見た。

「・・・なに?」

 MSの格納庫から二機、新たな機体が上がってくるのを。

 一機はイブキの主力MSであるリアンダー・ゼオンだ。だが、もう一機は見たこともないガンダムタイプ。しかもSFSなしで浮いている。そして、

「―――なっ!?」

 真希は、その二機の肩に描かれたエンブレムを見て思わず絶句した。

 右側。水色のガンダム。その右肩には、漆黒の二対の翼をあしらったエンブレムが。

 左側。リアンダー・ゼオンの同じく右肩に描かれたエンブレムは、降り落つ雷。

「そんな・・・馬鹿な!?」

 驚きは前者よりも、むしろ後者の方が比重が高かった。なぜならそれは―――。

 そうして突然現れた敵に対し十機近いMSが突っ込んでいく。だが、

「!」

 それはわずかに前に出たリアンダー・ゼオンによって数秒もしないうちに叩きのめされた。

 その動き・・・見間違うはずもない。まさか、とは思ったが、それは正真正銘の本物。

 そして、驚愕のあまり、真希はその名を叫んでしまった。

「―――折原、浩平っ・・・!」

 その名に、真希の小隊の者たちが揃って動揺を隠せないように呟いていく。

『雷のエンブレムの折原浩平って、まさか・・・』

『あの『雷神』折原浩平!? そんな、馬鹿な・・・!?』

 無理もないだろう。『雷神』折原浩平。その武勇は、既に伝説の領域にまで昇華されている。

 だが、真希はそんな部下を叱責するように声を張った。

「何を言っているの! たとえあれが本物の折原浩平であろうと・・・あのとき程の実力はないわ!

 隊列、厳に! 数でかかれば、たかが二機くらい・・・! 続きなさい!」

『『『は、はっ!』』』

 そうして奔るSガンダムに続くようにして、ジムV七機がついていく。 

 それを見たリアンダー・ゼオンのパイロット―――折原浩平は隣を併走するガンダムエアのパイロット、神尾観鈴に声をかける。

「ここは俺がやる。お前は前のイブキ艦隊を援護してやってくれ」

『え、でも・・・』

「大丈夫。やれるさ。・・・それより、その機体はまだテストもしてない機体だ。違和感があればすぐに戻れ」

『・・・うん』

「ミノフスキークラフト、どうやら安定しているようだが、MSに搭載したのは過去に例を見ない。

 だから、郁未のムーンよりもある意味慎重にいかないといけないからな」

『わかった。・・・気を付けて』

 そう言って、観鈴が離脱して行く。それを横目にだけ見て、浩平は前方へと視線を向けた。

 敵が来る。こちらを殺すために。

 ・・・数年ぶりの戦場。再び、自分はここに立っている。

 震えそうになる腕を、精神力で捻じ伏せる。ここにまた立ったのは敵を殺すためではなく、また無力感に苛まれるためでもない。

 後悔する前に、今度こそ大切な者を守り抜くがため。

 だから―――、

「ふっ!」

 機体を滑らせた。距離は刹那で縮まり、先頭でビームサーベルを振ってきたSガンダムの横を抜け、続くように来るジムVへ意識を向ける。

 ビームサーベルを二本取り出し、すれ違い様に二機の足を叩き切り、旋回してビームライフルで二機のSFSを撃ち抜いていく。

 行動不能となった四機が海面へ落ちていくのを見向きもせず、浩平はそのまま突っ切った。

 慌てたような動作でSガンダムを含む残り四機が反転して攻撃を仕掛けてくるが、当たらない。浩平はまるで背後に目でもついているのかと疑うほどの機動で攻撃を全て回避していた。

 そして浩平も反転し、射撃。ビームはジムVのSFSや脚部、あるいは頭部やビームライフルといった場所へ的確に突き刺さった。

 そうしてまた脱落して行く三機をよそに一機、Sガンダムが物凄い勢いで突っ込んでくる。

 そのビームサーベルをビームサーベルで受け止めた途端、

『あんたは!』

「!」

 近距離通信で、懐かしい声が響いてきた。それは、

「広瀬真希か!」

『あんた! こんな所でしゃしゃり出てきて・・・! なんなのよ!』

 二撃、三撃、と切り結ぶ。その度に弾ける電磁素粒子を前に、さらに真希の怒りが轟く。

『過去の人間が! ・・・たかが知り合いが死んだくらいで落ち込むような女々しいあんたが! どうしてまたこんな場所にいるわけ!?』

「・・・・・・」

『そんなあんたなのに、ろくにMSも乗ってなかったはずのあんたが、こんな・・・! だから私はあんたが憎いのよ! 殺したい程にぃぃぃ!』

 一際強く打たれたビームサーベルの反動で下がったSガンダムが、ビームスマートガンを取り出そうとしている。

 だが、浩平の身体に刻み込まれた戦士としての反応が、それより早く懐に飛び込んでその銃身を切り払っていた。

『なっ!?』

 身体はこの場を覚えている。その事実に浩平は苦笑を浮かべ、しかし、

「―――だからこそ、今度こそ守ってやるんだ! 俺が! ・・・だから広瀬真希!」

 二振りのビームサーベルが振り抜かれる。片方が腕部を、片方がSFSを破壊し、

『くぁ!?』

「お前は―――いなくなれ!!」

 完全に動きを失った機体のそのコクピット部分へビームサーベルを放ち、

「!」

 しかし突如Sガンダムの脚部が跳ね上がり、浩平の一撃を弾き飛ばした。

「なっ・・・!?」

 そしてすぐさま分離、MA形態へ移行すると迅速すぎるような動きですぐさま戦線を離脱していった。

 あまりにすばやい動き。とても真希の動きとは思えない。だとするならば・・・、

「Sガンダム。あれが『ALICEシステム』というやつか・・・」

 逃がしたくはない相手だったが、いまはいなくなった敵を追うよりも、他の敵を倒すことが先決だ。

 なんとなく後ろ髪引かれるような思いが残るが、そう自分に言い残して浩平はその場を後にした。

 

 

 カンナヅキは持ちえる全ての武装を持ってイブキ艦隊と共に連邦艦隊の侵攻を阻止していた。

 だが、艦の数こそほぼ同等とはいえMSの数の差は圧倒的だ。徐々にイブキの艦隊が崩され、戦線は後退している。

「くそ、このままじゃジリ貧だな・・・」

 力でこちらより勝っている相手を正面から受けても、勝てる見込みなどまずない。これでも善戦はしているが、完全に崩れるのも時間の問題か。

 ならば―――、

「こっちから打って出る! カンナヅキ、全速前進! 敵艦隊の右翼へ出る! 同時に『クサナギノツルギ』、エネルギーチャージ!」

 カンナヅキがイブキ艦隊の列から抜け出て、右翼へと回り込もうとする。そこで、

『援護するの!』

 そこへラー・カイラムを迎撃したキサラギも合流する。

 それに対し連邦艦隊は突出したこちらに砲を向けるが、ビームはIフィールドによって阻止される。ミサイルやMSは・・・、

「栞! あゆ! 迎撃を頼む!」

『『了解!』』

 カンナヅキの周囲をMA状態で飛びまわる栞がMSを撃墜し、カンナヅキの甲板に乗っているあゆのエイレスがミサイルを迎撃する。

 その間にカンナヅキは連邦艦隊の右側へと回りこむ。

 いける。祐一がそう思った瞬間、

「敵MS二機・・・いえ、MS一機とMA一機が高速で接近!」

「なにっ!?」

 モニターに新たな機影が映りだす。それを見て、祐一は呻くように呟いた。

「新型か・・・!」

 一機はSFSに乗ったガンダムタイプのMS。オレンジ色に塗装され、その全身を武器で埋め尽くした機体はΔガンダム。

 もう一機、MA状態で高速で飛来する深緑の機体は、これでもガンダムタイプでΣガンダム。

 無論、カンナヅキやキサラギのクルーでそのデータバンクに乗っていない新型機体の正式名称を知る者はいない。

 ・・・ただ、一人を除いては。

『あれは・・・!?』

「一ノ瀬・・・?」

『そんな、あれは・・・ΔガンダムにΣガンダム!? でも、まさか・・・どうして・・・!?』

「一ノ瀬、おい! 一ノ瀬!」

 モニターの先、ことみはただやって来る二機の新型を見て顔を青ざめさせていた。身体が小刻みに振るえ、目の焦点も合っていない。

 舌打ちする。なにがあったのかは知らないが、あの機体はどうやらことみにとって重大ななにかであるようだ。

 ことみはただ愕然と二機のガンダムに見入っており、動こうとしない。

 このままではキサラギは格好の的だ。

「くそ、操舵手、キサラギを下げろ!」

「遅いのよぉ!」

 だが、それを待たず、真琴のΔガンダムが肩のダブルハイパービームキャノンを構えて艦橋へと迫っていた。

「くっ、栞! あゆ!」

 だが、その二人は茜のΣガンダムに抑え込まれてしまっている。

 他のカンナヅキ、キサラギのMSは近辺にいない。イブキのMSも艦隊共々離れてしまっている。

 駄目だ。なにも間に合わない・・・!

 そう思った―――次の瞬間、

「!」

 まるで雷かと思われるような光速のなにかが上空から振り落ちて、Δガンダムのダブルハイパービームキャノンを斬り裂いた。

「あうぅぅぅ!?」

 エネルギーチャージ中だった砲身が破壊され、強烈な爆発と共にΔガンダムが大きく吹っ飛ぶ。

 だが祐一はそれよりもいま急降下して来たなにかに目を奪われた。

 それは・・・MAだった。急降下したその機体は海面ギリギリで旋回、今度は滑空し、吹き飛ぶようにせり上がる。

 向かう先は栞やあゆを相手にしている茜だ。

 それを迎撃しようと茜が攻撃を仕掛けるが、その攻撃は当たらない。

「くっ・・・!」

 突如飛来した機体も、茜のΣガンダムも形状こそ似ているが、その機動力は圧倒的に前者の方が上を行っていた。

 だが、栞とあゆ二人を相手にして優勢を維持していたパイロットが、そんな機動力だけの相手に遅れは取るまい。

 つまり、それだけあのMAのパイロットの反応が凄まじい、ということだ。

 と、次の瞬間その機体は変形した。MS状態となったそれは、まさしくガンダムのものだった。

 そのまま肉薄し、メガビームセイバーでΣガンダムの左翼をかすらせる。

 そうしてただ呆然とその機体を眺めていた祐一の耳に、突如通信で聞き慣れた声が届いた。

『こちら、川澄舞。―――カンナヅキ、応答願います』

「・・・え?」

 一瞬、耳を疑った。だが、そのあまりに懐かしい声は、再び通信を通して艦橋に響き渡る。

『こちら、川澄舞。カンナヅキ・・・祐一、聞こえる?』

「舞・・・? 本当に、舞、なの・・・か?」

『・・・良かった。その声は祐一。てっきり本当にイブキがカンナヅキを強奪しただけなのかと思った』

「舞・・・!」

 間違いない。その声は、記憶の中に鮮明に残る川澄舞の声そのものだった。

 その機体は、とかいままでどこに、とかいろいろな疑問が頭を飛び回るが―――しかし最初に口から出た言葉は、ただ歓喜の中で、

「生きていて、くれたんだな・・・!」

 思わず涙しそうになるが、それも舞の一言によって止められる。

『うん。いろいろと話すことや伝えたいことはあるけど・・・いまはそれよりも優先すべきことがある。でしょう、祐一?』

「舞・・・」

『この二機は私が引き付ける。だからその間に祐一は・・・』

 そうだ。いまは悠長に感動の再会をしている場合ではない。いまはただ、舞が生きていたという現実さえあれば良い。

 いま、この間にもイブキの兵が必死に戦っているのだ。それを助けるためにも、いまは―――、

「頼んだ、舞! その二機、こっちに近付かせないでくれ」

『うん』

 どことなく嬉しそうな弾みのある声で返事を返し、舞は機体を再びMA状態に変形させ、翻り茜と真琴を翻弄する。

 真琴は先程の一撃で逆上し、むやみやたらと舞に向けて攻撃をしまくっている。冷静な茜はそれよりもカンナヅキをどうにかしようとしていたが、舞の攻撃に加え、真琴の目茶目茶な攻撃によってろくな動きが取れないでいる。

 それを横目に、祐一は前方を見やった。

「エネルギーチャージはまだか!」

「もう少し待ってください!」

「敵MS接近! 数、十二!」

「ちぃ!」

 ジムVやGDストライカーの部隊がカンナヅキの正面からやって来る。舞も栞もあゆもいまは手が離せない。

 ならばここは自分たちだけで切り抜けなければ、、と思ったそのとき、横合いから放たれたビームが前方のジムVを撃ち抜いた。

「いまのは―――」

 だが、それで留まらず、再びビームが放たれ、数機のMSを撃墜していく。

 それは突如現れたガンダムタイプのMSの攻撃によるものだった。

 SFSなしで空を縦横無尽に奔るガンダム。それは、イブキにいた祐一も知っているものだ。あれは、

「ガンダムエア・・・? しかし誰が・・・」

『こちらガンダムエア、神尾観鈴です。祐一さん!』

「観鈴!? お前もどうして・・・」

『それも後です。カンナヅキに近寄る敵はわたしが引き受けるから、祐一さんは、早く!』

 そう言ってエアが駆けた。MS状態のまま空を駆ける様はまさに天使の如く。SFSでは実現できない軽やかな動きで次々と連邦のMSを撃墜していく。

 なにがあったのかはわからない。だが、舞も来てくれた。観鈴も来てくれた。

 なら・・・怖いものなどあるはずもない!

「川口!」

「・・・よし、エネルギー充填完了! いけます!」

「よし! 連邦艦隊の陣形を切り崩す! ―――『クサナギノツルギ』、薙ぎ払えぇぇぇ!」

 そして青い閃光がカンナヅキから強く迸った。

 海を割り、直線状にいた艦やMSがまるで叩き切られたかのようにして爆発していく。

 圧倒的な破壊力。その一撃により連邦の布陣は大きく分断され、陣形が崩れた。

「カンナヅキを割り込ませろ! 敵艦隊を中央から打撃する! イブキ艦隊へ打電! 前進せよ!」

 

 

 それを後方で見ていた潤は表情一つ変えず、淡々と言った。

「撤退しましょう」

「なんですって? ここまで来て逃げるんですか?」

 そうして隣から睨み付けてくる隆之を、しかし潤は素知らぬ風にして前だけを見る。

「ラー・カイラムが後退し、艦隊列も中央を寸断されました。このままじゃその隙間に入られて攻めるにしろ後退するにしろ厳しくなります。

 一度動き出した勢いは止まらない。いまの一撃でこちらの艦隊の動きは鈍くなり、しかしあちら側はこれを機とばかりに打って出てくるでしょう。

 だからその前に後退しましょう。いま退けば、援軍を待ってまた戦えます。ですが、ここで退かなければ・・・もしかしたら、負けるのはこちらですよ」

「・・・・・・」

 値踏みするような視線で隆之は潤を見る。

 そして数秒、小さな苦笑と共に嘆息をし、

「えぇ、わかりました。ここはあなたの言うことの方が正しいでしょう。・・・撤退しましょうか」

 許可が出た。潤は頷き、信号弾を撃つように命令を下す。そして、

「ムツキは後退してくる艦を援護しつつ領海外まで後退する。微速後退!」

 そとだけ告げ、潤は小さく嘆息すると椅子に背を預けた。

 ・・・気になることがある。

 あのカンナヅキの動き・・・大胆ではあるが潤から見ても良い作戦だ。実質、自分たちはこうして下がらなければいけなくなったのだから。

 だが、その動きを見て潤は小さな疑問を抱いていた。

 ―――あの艦には、まさか相沢が乗っているんじゃないか・・・?

 まさか、と思うも、先程の動きがどうしても祐一のものと被ってしまう。

 どうなんだろうか。だがそう考えたところで、答えは見えないのだが・・・。

 

 

「撤退、だと?」

 祐一は艦橋から見えた信号弾を見て、思わず目をみはった。

 確かに、いまの一撃により連邦は陣形を崩された。だが、まだやってやれないことはなかったはずだ。

 無論、このまま続ければ連邦とて大きな損害は被っただろうが・・・。

 それを瞬間的に理解するような頭を持つ者が、早苗以外にいるということだ。

 一瞬、自分の親友とも呼べる男の姿が浮かんで、消えた。

「・・・まさか、な」

 いや、十分その確率はある。だがそうは思いたくなかった。

 ―――いや、それよりもいまは・・・。

 撤退して行く連邦艦隊とMS。それを見送るようにしている舞の正体不明のMS。そして、エアに乗っている観鈴。

 その後姿を見て、祐一はとりあえずの安堵の息を吐いた。

 これが、一時的な勝利でしかないと、わかっていながら―――。

 

 

 

IB−003

ガンダムエア

武装:ロングビームサーベル×2

   集束ビームライフル

   ハイパービームキャノン×2

   頭部バルカン

特殊装備:シールド

     ビームコーティング

     ミノフスキークラフト搭載

<説明>

 ことみと浩平と祐介とイブキの開発陣が合同で製作したガンダムの一機。

 全体的にバランスを重視して作られただけあって、欠点らしい欠点もなく、いかな場所や状況にでも対処できるようになっている。

 両肩に積まれたハイパービームキャノンは変形中でももちろん使用可能。

 また、歴史上MSにミノフスキークラフトを搭載した最初の機体である。

 主なパイロットは神尾観鈴。

 

IB−004

ガンダムムーン

武装:集束ビームサーベル

   ヒートロッド×2

   スプラッシュビームシャワー

   ミサイルポッド×4

   超高攻型インパルス砲

   頭部バルカン

特殊装備:シールド×2(腕に取り付けてある)

     Iフィールド

<説明>

 ことみと浩平と祐介とイブキの開発陣が合同で製作したガンダムの一機。

 火力メインで製作されているものの、運動性も装甲面も決して低くない。

 脚部と腰部の左右にそれぞれミサイルポッド、右肩部にスプラッシュビームシャワー、背中のランドセルに二基のインパルス砲身が搭載されている。

 超高攻型インパルス砲は接続式で、二基の砲身を接続する必要がある。これは、あまりにも砲身が長いため二つに分断しないと収納できないからであるが、その手間を補ってもあまりある攻撃力を誇る。巡洋艦を並べても四隻は軽く貫けるほどの貫通力を持っている。

 背部のランドセルにはIフィールド発生器とアポジモーターが搭載されている。

 主なパイロットは天沢郁未。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 い、いやぁ、疲れた。めちゃめちゃ長くなってしまいましたよ奥さん(誰だ

 最近自分事でいろいろとバタバタしていたせいか、かなーり疲れました・・・。

 で、でもこれも年内完結のためだ! が、頑張るぞ〜!

 ・・・と、いうわけで以上神無月でしたー(嘆息

 

 

 

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