Episode ]]Y

         【新たなる力】

 

 アクシズ内、某所。

 比較的高い場所にある一軒の家の中、広間に数人の人影がある。

「・・・さて、そろそろ行きましょうか」

 最奥、ベランダに続く窓に手を掛け外を眺めている少女がそこにいる皆に言った。

「・・・ここから進めば、もう戻れない。・・・宮沢。それでもなお、行くのかのう?」

 広間脇のソファに座った老人、幸村俊夫は少女―――宮沢有紀寧に問う。

 すると少女は窓から手を離し、俊夫へ振り返った。・・・強い眼差しを持って。

 それを見て、俊夫は一度頷き、杖を付いてその場から離れていった。それに頭を垂らし、有紀寧は広間に集まる者たちへ振り返った。

 そこには、四人の人影がある。

 取り付けられた小窓から外を眺める長い髪を一本に纏めた少女。扉に背を預けている短髪の少女。そしてソファに座る男女がいる。

 その四人を等分に見渡し、有紀寧は一歩を踏んだ。

「いまからわたしたちがすることは・・・幸村先生の仰られるように茨の道と言えましょう。

 ですが・・・いままでのようにただ憎しみ合いながら、指し示される敵と戦っているだけではなにも終わりは見えてきません・・・。

 そして先のコロニー落としで・・・わたしは決意しました」

 有紀寧は小窓をからこちらに視線を移した少女を見る。

「舞さん」

 少女―――川澄舞が頷きを返す。

 そして扉に背を預けこちらを見る少女を見る。

「智代さん」

 少女―――坂上智代が頷きを返す。

 最後にソファに座る二人を見て、

「そして護さんに佐織さん」

 二人の男女―――住井護と稲葉佐織が頷きを返す。

 その四人の視線を受け、有紀寧は顔を上げ、高らかに言った。

「だから、戦いを終わらせましょう。戦いを終わらせるための戦い。そのためにも・・・どうか皆さんの力をわたしにお貸しください」

 再び四人が頷きを見せた。

 

 

 

 数時間後、三人はネオジオンの軍服を着て軍本部地下の通路を歩いていた。

 前方を行くのは坂上智代。それを追うように歩くのが川澄舞と稲葉佐織だ。

 その舞は、自らの着るネオジオン軍服の袖を指で掴みながら、

「不思議・・・」

「何がだ? ・・・あぁ、軍服か」

「それもそうだけど・・・こうしてここに、あなたたちと一緒にいることが」

 智代は小さく苦笑し、そうだな、と相槌を打った。

 ・・・舞は、あのコロニー落とし阻止作戦で自分は死んだと思っていた。

 親友である佐祐理の友を殺し、そして佐祐理に芽衣を殺され、佐祐理と、それこそ文字通りの死闘を繰り広げた。

 あのときは、確かに自分は佐祐理に殺意を持っていた。・・・憎しみという名の殺意を。

「―――」

 ギュッと、服を握る。

 いま思い返せば、どれだけ自分が怖いことをしていたのか、嫌というほどわかってしまう。

 殺されることが、じゃない。・・・確かな殺意を持って、人を殺そうとした自分が、だ。

 そうして佐祐理と戦い―――自分は佐祐理の機体の自爆に巻き込まれて地球に落下し、死ぬ・・・はずだった。

 しかし生きていた。

 イブキ近海に墜落したアークレイル。それを一番最初に発見したのは、偶然にも近くの幸村俊夫の離れ家に来ていた有紀寧だった。

 そして医療の知識を持っていた俊夫に命を取り留められて・・・こうして自分は生きている。

 智代もそうだ。

 あのモスクワでの戦いで、智代はしかし生きていた。それこそ重体だったが、護と佐織たちによって、俊夫の元へ運ばれなんとか事なきを得た。

 皮肉のような出来事だな、と舞は思う。

 なぜなら、そうやって戦って、殺してしまったと思っていた智代と、死んだと思った自分が共にいるわけだから。

 ・・・しかも、いまは同じ志を持って。

 不意に、その智代の短くなってしまった髪が目に止まった。

「・・・」

「・・・ん? どうした、舞」

「ん、髪・・・」

 すると智代はあぁ、これか、と笑い、

「もう見慣れたと思っていたが・・・。似合わないか?」

「そうじゃない。そうじゃないけどそれは―――」

 ―――それは、私があなたと戦ったことの爪跡だから。

 しかし、智代は笑った。簡潔に一言。

「気にするな。お前の気にすることじゃない」

「・・・でも」

 智代は前を向く。

「お前はお前の戦いをしただけで、私も私の戦いをしただけだ。それだけだろう? そして、それが戦争というものさ」

「・・・智代」

「だが、お前はそれを失くしたいから・・・戦いというものを失くしたいから、だから有紀寧についていこうと思ったんだろう?」

 顔を上げる。その先で、智代はやはりあの時からいままでの、変わらない笑みを携え、

「そしてそれは私も同じだった。・・・それだけだ。それで良いじゃないか」

「智代・・・」

「過去は過去だ。だが、過去は憂うだけのものじゃない。過去を無かったことにしたい気持ちは・・・私にも痛い程によくわかる」

 一瞬の儚げな笑み。それの意味するところを、舞は知らない。だが智代は前を向き、

「だが、過去を無かったことにしたらいまの私はない。お前もそうだろう?

 なら、目を背けず、前を見よう、舞。そして、もうそんな過去を繰り返さないためにいまを生きるのさ。

 ・・・きっと、それが鷹文のためにもなるだろう」

 最後の一言は、声が小さすぎてよく聞き取れなかった。

 でもその智代の、前を向く視線に舞は・・・自分には無い強さを感じた。

 だから舞は頷く。

「そうだね」

 と、

「止まれ」

 不意に智代から小さな声で静止が掛かった。舞と佐織も歩を止める。

 廊下の先、智代は曲がり角を数度覗き込んで、

「・・・いいか? ここから先は超機密であり、普通の兵じゃ近付く事もできない。タイミングを見誤るなよ」

 舞と佐織が頷きを返す。

 二人はそれぞれ腰から拳銃を取り出し、安全装置を解除する。弾を装填し、グリップを握る。

 それを見て智代が小さく頷き、腰からある者を取り出した。

 手榴弾・・・に似ているがそうではない。睡眠作用を含んだ化学物質を放出する小型爆弾だ。

 それを通路の向こうに放り、智代は壁に身を隠す。

 一瞬の後小さな爆発音は響き・・・しばらくして人の倒れるような音が続いた。

 三人はその間にガス用のマスクを装着し終えている。

「・・・よし、行くぞ」

 智代の合図と共に、三人は駆けていく。

 その先にある物を、目指して。

 

 

 

「すごいですねぇ」

 有紀寧は感嘆の声を上げていた。

 いま有紀寧がいるのはアクシズに複数ある艦艇ドッグの一つの中だ。

 ガラス越しの見下ろす位置にあるのは、つい先日完成されたばかりの新造戦艦。

「いやぁ、まさか宮沢有紀寧様が艦に興味があったとは知らなかったですなぁ」

 隣に立つ、この艦の艦長となる男が嬉々とした表情で言う。有紀寧はそれを笑顔で見上げ、

「皆さんのしているお仕事というものも、わかった気ではいますが、やはり近くで見ないとわからないこともありますから。

 こうして皆さんが戦うために一生懸命に作り上げた物を、是非近くで見てみたいと思いまして」

「ははっ、そう言っていただけると開発局やこの艦に乗る兵たちも喜ぶことでしょう」

 本当に嬉しいのだろう。その艦長は少し自慢げな口調で、続ける。

「サダラーン級三番艦として作られたこの艦は、いまだ名前こそ付いてはいませんが、それまでのサダラーン級のデータを結集した傑作です。

 何回かのテスト航行を経て、いずれ始まるであろうエゥーゴや連邦との本格戦闘で輝かしい功績を作りあげることになるでしょう」

「そうですか・・・。名前、付いてないんですか」

「あ、そうだ。なんなら有紀寧様が付けてください。有紀寧様が付けたとあれば、さぞ兵士たちも喜びましょう」

「そうですか? それじゃ―――」

 と言った瞬間だ。突如小さな振動がドッグを揺らした。

 ここはアクシズだ。地震などというものはない。ということは、・・・考えられるべき結果はただ一つ。

「何事だ!?」

 さきほどまでの表情など無かったかのような表情で、男は状況を確認する。

「はっ! どうやら軍本部地下のMS格納庫の方で爆発があったものかと!」

「軍本部地下・・・!? あそこには新型のMSがあるんだぞ!? 衛兵はなにをしていた!?

 くそ・・・すぐに兵を向かわせろ! 私もすぐそちらへ向かう!」

「はっ!」

 すぐさま指示を出した男はそのままこちらに少しすまなそうな顔をし、

「すみません、有紀寧様がいらっしゃってるときにこのようなことがあって・・・」

「いえ、気にしていません。ですからどうぞ、あなたはあなたの仕事をなさってください。わたしはここで待っていますから」

「はっ。では」

 周囲の兵が皆こぞって爆発が起こったであろう地点へ向かっていく。その背中を、眉を下げた表情で有紀寧は見送る。

「・・・すみません」

 それと同時、天井のダクトから網が落ち、一人の男が降り立った。護だ。

「有紀寧様。行きましょう。・・・有紀寧様?」

 身を隠していた護は、しかしいっこうに返事を返さない有紀寧に怪訝な表情を浮かべる。

 すると有紀寧は苦笑で振り返り、

「わかってはいるんですけどね・・・。こうした方がどちらにも被害が少なくて済むと言うのは・・・。

 ですが、やはり・・・嘘を付くことに、若干の申し訳なさが募ります」

「では、やめますか?」

「・・・もう、護さんは意地悪ですね?」

「はは、すいません」

 有紀寧は小さく笑い、次いでその表情を真剣なものとし、

「そうですね。・・・貫きたいものがあるのなら、中途半端な想いは後の惨事に繋がる。

 ・・・行きましょう、護さん。わたしたちは、ここから先を進まなくてはいけません」

「はい」

 有紀寧は護と共に通路へ出る。そのままエレベーターで下へ、ドックへと降りていく。

 そうして扉が開いた先には、先程上から見下ろしていたあの戦艦がある。

「既にクルーは乗り込んであります。あとは有紀寧様だけですよ」

「ありがとうございます」

 乗り込み、向かう先はブリッジ。そこの自動でスライドする扉の向こうでは、数人のネオジオン兵が各所でスタンバイをしていた。

 そしてその皆が、扉の開く音にこちらへ振り返る。

 集まる視線。それらを全て受け止めて、有紀寧は微笑を返した。

「皆さん、ありがとうございます」

 有紀寧は何を、とは言わない。そして皆も何が、とは聞かない。

 なぜなら皆、これがどういうことで、これからどうするのかをわかってここにいるのだから。

 だからクルーたちはただ頷きを返すにとどめて、それぞれの仕事に戻っていく。

 そして有紀寧は中央横に設置された副官用の座席に座り、護が艦長席に座り込む。

 有紀寧はわずかに上に位置する艦長席に座る護を見上げ、

「では、お願いします」

「・・・ま、艦長なんてやったことないんですけどね。せいぜい頑張らせていただきますよ」

 言って、時計を見やる。

 時間は、作戦とぴったりだ。

「行くぞ。艦の状態、どうだ?」

「バイパス良好。各種スタピライザー、正常です」

「各部エンジン、正常に起動中・・・。行けます」

「よし」

 護は頷き、視線を上げて、勢い良く手を振り上げ・・・、

「あ」

 と、何かを思い出したように護は動きを止めた。

 小首を傾げて有紀寧は護を振り向き、

「護さん?」

「いえ、そういえばこの艦の名前、まだないんですよね」

「あぁ、それなら・・・」

 ぽん、と有紀寧は両手を叩き、

「『クラナド』というのはどうでしょうか?」

「『クラナド』・・・ですか?」

「はい。ある国の言葉で・・・『家族』という、意味です」

「家族・・・ですか」

 護は小さく笑みを浮かべた。

「良いですね、それは」

「はいっ」

 そうして再び前を見る。今度はしっかりと手を下げ、言葉を紡ぐ。

「ゲート、展開しろ」

「了解。外部とのコンピュータ接続・・・確認。ゲート、開きます」

 オペレーターの言葉どおり、艦橋からゲートが開いていくのが見えてくる。

 そして有紀寧と護は視線を合わせ、

「有紀寧様・・・。どうぞ」

「はい」

 立ち上がる有紀寧。そして目の前に広がる広大な宇宙を見据え、

「サダラーン級三番艦―――クラナド、発進! これより、アクシズを出ますっ!」

 

 

 

 舞たち三人は銃を片手に駆けていた。

 とりあえずいまのところ先程以外の兵とは遭遇していない。とはいえ、それも時間の問題だろう。なぜなら、

「・・・いまの爆発は少しまずいんじゃ・・・」

 さっき、この通路へ入るための扉が開かず、智代が強引に爆弾で破壊したのだ。

 強烈な轟音と振動。おそらく多くの兵たちが異常事態に気付いただろう。

 だが先頭を行く智代に悪びれた様子はない。

「どの道注意をこちらに引き付ける必要があったんだ。なら良いじゃないか」

「でも、当初の予定とは大幅にずれた」

 当初の予定では、舞たちのいる場所とはまったく関係ない場所を爆破し、そちらに注意を向かわせるはずだったのだ。

 確かにこれで有紀寧たちは平気だろう。だが、問題はこちら側だ。

「だな。だからまぁ、急げと言うことだ」

 だが、智代はこんなときでもお気楽だ。

 そんな智代の態度に舞は小さく息を吐き、

「・・・なんとなく佐織たちの苦労がわかった気がする」

「わかっていただけるとこちらとしても嬉しい限りです・・・」

 そんな会話をしつつ進むと、通路はキャットウォークへと変わっていった。

 MS格納庫だ。

 だが、狭い。なぜならそこは新型の製造にのみ使われるスペースであるからだ。

「情報通り、三体だな」

 黒い空間の中。申し訳程度に取り付けられた証明の下、新しい機体だとわかる光沢を放つMSが三機、並んでいる。

 見上げる。

 それら三機、全てが―――ガンダムタイプの機体だ。

「ガンダムMk−Xや以前強奪したガンダムからデータを取った機体。

 ・・・ガンダムという機体のイメージはジオン側でも連邦側でも大きい。それを狙っての製作なんだろうな」

 イメージ、というものは大きい。相手やこちらの士気をを大きく左右するからだ。

 もちろんそのためにエースと呼ばれるパイロットたちは自らの機体にエンブレムを付けらりするわけだが。

「大佐。あまりのんびりしている時間はないですよ」

 佐織が時計を見ながら言う。それに対し智代は小さく笑い、

「わかっているさ。・・・あと佐織。私はもう大佐じゃないよ」

「・・・そう、でしたね」

「あぁ。さ・・・行こう。舞が一番手前の、私は二番目、佐織は奥の機体だ。」

「わかった」

「了解です」

 言って舞はキャットウォークからコクピットに飛び乗り、すぐさま起動する。

 コクピットはアークレイルと大きな違いはない。そうして操作をしながら―――、

「・・・」

 思い出す。ここで、有紀寧の家で目覚めてからの日々を。

 目覚め、まず最初に見たのは有紀寧の笑顔だった。

 そうして自分がアクシズに来た経緯を知らされ、そして舞は・・・深い悲しみを背負った。

 親友と、本気で殺し合ったあの戦いが、何度も、何度も悪夢として頭の中で再生される。

 倉田佐祐理。それは間違いなく自分の親友だったのだ。

 だが、戦った。死闘を繰り広げた。

 そして有紀寧は言ったのだ。

『それが戦争ですから・・・仕方ないのでしょう』

 あまりにあっさりとした言葉に驚きを抱いたことを覚えている。そうして目を見開く自分に、しかし有紀寧は強い視線を向けて、

『逆を言えば、戦争をしている限りそんな戦いは無くならないんです。ならどうすれば良いか・・・。答えは簡単。戦争が無くなれば良い。

 でも、その戦いを終わらせるためには敵がいなくならないといけない。だからそれを目指して戦う・・・。

 そんな、矛盾と連鎖が新たな戦いを、そして永遠にも等しき砲火を生み出すのでしょう』

 逸れる瞳。憂いを帯びた視線で有紀寧は息を吐き、

『でも、それは本当にそうですか? 敵を、敵とされるものを皆滅ぼさなければ、本当に戦いは終わらないのでしょうか?

 人とは・・・そこまで悲しい生き物なんでしょうか?』

 問いかけ、しかし有紀寧は自ら首を横に振った。

『いえ、わたしはそうじゃないと思います。・・・そうじゃないと、信じたいのです。

 だから、だからわたしは・・・あのコロニー落としで決意しました』

 一息。そして、

『・・・戦いを止める戦いをする、と』

 続ける。

『相手を殺すための、滅ぼすための戦いではなく・・・抑止の戦いを。

 簡単ではないでしょう。きっと快く思わない方も多くいるに違いありません。でも・・・このままでは滅ぼしあうだけになってしまう。

 だから、止めなければいけません。そのまま突き進もうとする戦いの波を、止めたいから・・・』

 そう。そして自分はそんな有紀寧の思いに共感を抱いたのだ。

 親友である佐祐理の友を殺し。親友の佐祐理に友人を殺されて。そして憎しみ合い、滅ぼしあう。

 そんなのは・・・嫌だ。そんな戦いは・・・したくない。

「―――だから、私はいまここにいる」

 意識を過去から現在へ。

 その間にも覚えた体が勝手に起動のシークエンスを完了させている。

 起動したコンソロールに浮かぶのは、「Gundam−Kanon」の文字。

「ガンダム・・・カノン?」

 それがこの機体の名前だろうか。いや、おそらくそうなのだろう。

 どういった意味かはわからない。だが、なんとなく良い響きではあると思った。

 コクピットから頭を出し、横を見てみる。もう智代は二機目のコクピットに乗り込んだようだが、佐織はまだキャットウォークを行っている。だが、

「!」

 舞は反射の動きで銃を構え、

「佐織! 戻って!」

「えっ・・・?」

 振り向こうとする佐織の向こう、扉が開き数人の兵士が雪崩込んできた。

「くっ!」

 回想していたせいで意識が散漫としていたようだ。覗きこむまで扉の向こうに人がいるの気付かなかった。

 舞は銃を向け、その兵士たちに撃ち込む。出鼻を挫かれたように進もうとする足が止まり、

「佐織! 機体は諦めて智代の方へ!」

「っ・・・!」

 三機目のコクピットまではまだ遠い。だが、智代の乗り込んだ二機目のコクピットならすぐだ。

 佐織はすぐさまそれが得策と判断し、横に跳躍する。それに対し銃弾が奔るが、わずかに佐織の方が早い。

 佐織が飛び込んですぐ、二機目のハッチが閉じる。それを見届けて、舞もコクピットに戻りハッチを閉じた。

『舞!』

 すぐさま通信が開く。その向こうでシートに座った智代と、狭そうに身を縮めている佐織が見える。

「佐織は無事!?」

『私は大丈夫です』

『そういうことだ。だが、ここから三機目の奪取は無理だろう。やってやれないことはないだろうが、時間をロスすれば有紀寧の方にも響く。

 だからこのまま行くぞ! 準備は良いか!』

「こっちはもう起動してある」

『了解だ。こちらも行ける』

 頷き合う。そして機体を完全に起動させ、目の前のキャットウォークを破壊しながら前に進む。

『いまからゲートを破壊する! 宇宙に放り出されたくなければ、通路へ戻れ!』

 智代の声が外部通信で格納庫中に響き渡る。それによって慌てて通路の方へと兵士たちが消えていく。

 それを見届けて、智代の機体が両肩に取り付けられた砲身から二条のビームを放った。

 扉が溶け落ちるように吹き飛び、格納庫にあった酸素がみるみる宇宙へと放たれていく。

 それにつられるようにして、二機のガンダムも格納庫から飛び出す。

『このまま有紀寧たちと合流しよう。悠長にしている余裕はない。そう遠くないうちにMSも出てくるぞ』

「うん」

 舞は頷き、いつものようにペダルを踏み込む。と、

「!」

 強烈な加速。思った以上の速度に思わず驚いた。

 アークレイルと同じような感覚で機体を動かしてはいけないようだ。

 姿勢を直し、遅れた智代を振り返る。

「あれは・・・」

 その向こう、まだ距離はあるが光点が見える。あれは・・・、

「MS・・・! 智代、急いで!」

『む・・・。もう出てきたか。さすがに素早いな、急ごう』

 アクシズを大きく迂回する。先程のMS格納庫は、有紀寧たちの向かったドッグからはかなり離れているからだ。

 ポイントをレーダーで確認する。その方向へと意識を向け・・・、

「まずい・・・」

 舞は、感覚的にそこに有紀寧がいることがわかる。だが、その周囲にも別の気配を多数感じる。これは―――、

 アクシズの外壁すれすれを滑空し、そして視界が開ける。その向こう、

「智代、あれ!」

 そこでは有紀寧たちが乗っているであろう戦艦が複数のMSに襲われていた。

『どうやらわずかにタイミングがずれてしまったようだな・・・。舞、後ろから追ってくる奴らは私が引き受ける。お前は有紀寧の援護を』

「でも・・・」

『大丈夫だ。それともお前は私がそう簡単にやられるとでも思っているのか?』

 通信越しの笑み。それに対し舞は苦笑し、

「・・・任せる」

 思いっきりペダルを踏み込む。この機体の加速なら、あそこまでの距離など数秒だろう。

 

 

「本当に速いな、あの機体・・・」

 あっという間に遥か前方へと飛んで行った舞を見送り、さて、と呟き振り返る。

 向かってくる光点はおよそ二十ほどだろうか。一個中隊規模だろう。

「大佐・・・」

「だからもう大佐じゃないと何度も言っているだろう、佐織?

 ・・・まぁ、そんな心配そうな顔をするな。いまこのアクシズにハマーン、秋子やマシュマーのような主力級はほとんどいない。

 それ以外の連中に私が負けると思うか?」

「それは・・・」

 佐織とて智代の強さは十分理解している。しかし頷けないのには理由があった。

 いま智代は主力級はほとんどいない、と言った。それは正しい。しかし、ほとんど、だ。

 そう、いまこのアクシズで、智代と同等の力を持っている人物が一人だけいる。

 霧島聖だ。

 だが、徐々に明確になってくる機体の群れの中には、聖が乗るような機体は見当たらない。佐織は思わず安堵の息を吐いた。

 そんな佐織を苦笑で一瞥し、智代はコンソロールのキーを弾いていく。

「ふむ・・・。武装のほとんどは射撃武器か。どうやらこのガンダムインフィニティは射撃メインの機体のようだな」

「ということは、あまり大佐には合いませんね?」

「まぁ、近接系の武器の方が確かに得意ではあるが、な。とはいえ、苦手ではないぞ?」

 メガビームライフルと、両肩のバスターキャノンを正面へ向ける。そして、

「戦いを止めるための・・・戦い、か」

 グリップを強く握る。

「・・・謝罪はしない。この道を選んだのは私で、この先を望んだのも私だ。だから・・・私は私の戦いのために、お前たちを撃つ!」

 そしてインフィニティから砲火が迸った。

 

 

 視界が高速になる。その間に舞は手元のコンソロールに手を伸ばす。

「武器は・・・」

 検索するが、

「・・・三つだけ?」

 頭部バルカン。背部からの拡散メガ粒子砲が二門。そして最後に、メイン武器であろう、メガビームセイバーライフル。詳しく見てみれば、どうやら変形する武器のようだ。

 この驚異的なスピードから機動戦仕様であろうことは見て取れる。だからこその軽量化、武器の変形なのだろう。

 その他、検索するとこの機体は、特殊なサイコミュ兵器を持ち、機体自体が変形機構を持ち合わせているようだ。

 確認をそこそこに、すぐさま前方に視線を向ける。戦闘宙域は目の前なのだから。

「有紀寧が、危ない・・・!」

 戦艦で小回りのきくMSの相手は難しい。弾幕を張っていまだ危ないところまで近づかせてはいないが、それも時間の問題だろう。

「そうだ、さっきのサイコミュ兵器・・・」

 データを出す。

 その名はフェアリーファンネル。どうやら対ビーム防御用のファンネルのようだ。ならば、

「サイコミュ兵器なんて使ったことないけど・・・。やらなきゃ・・・!」

 意識をフェアリーファンネルに向ける。

 それにサイココントロールシステムが共鳴を起こし、ファンネルが背後の翼のようなバインダーから展開していく。

 それらを前面へ。有紀寧の乗る艦へと向け、

「行って! フェアリーファンネル!」

 フェアリーファンネルが宙を奔る。

 飛び回るは全部で十二基。それらのうち三基ずつがそれぞれ編隊を組んで飛び回る。

 そして戦艦へ向けられたビームの先で更に三基が三角形状に展開し、その間を光が奔った。

 Iフィールド。それにより放たれたビームが無効化されていく。

 そこでネオジオンのMS部隊がこちらの存在に気付いた。そして、有紀寧も。

『舞さん!』

 通信が来る。それに頷きを返し、

「ごめん。待たせた・・・。でも、大丈夫。これ以上は、有紀寧を傷付けさせない」

 視線を周囲へ向ける。

 戦艦の周囲を飛び交っているのは主にガザDやガルスJ、ズサだ。それらを見据え、舞はメガビームセイバーライフルをそれぞれの腕に構える。

 形状は剣に。そして突っ込んでいく。

「っ・・・!」

 戦いなんてしたくはない。だが、だが戦いを終わらせるためには、時には戦わなくてはいけないこともある。

 相手は兵士。もしかしたらそこに明確な意思はないのかもしれない。ただ、上層部の命令に従っているだけなのかもしれない。

 だが邪魔しないで、と言っても退いてはくれまい。いや、退けないだろう。そんなことをすれば軍法会議ものだ。

 だから、だからいまは倒すしかない。自分は、手加減できるだけの技量を持ち合わせてはいないのだから・・・!

「ごめん・・・!」

 でも、これだけは言える。

 死んでいく人たちのことを、無駄にはしたくない。そのために迷いなく、戦いの終わる日を夢見て、この一撃を振るう。

「泣き言は言わない。甘えも言わない。だから・・・だから私はあなたたちの死を背負うから! だからっ・・・!」

 向けられるビームの嵐。それらを回避し、時にはこちらへ戻したフェアリーファンネルで弾きながら掻い潜り、

「ふっ!」

 斬る。

 瞬時に二機のMSの脇を抜け、爆発を背後にさらに加速する。そうしてMSへ突っ込んで、次々と切り払っていく。

 圧倒的だ。圧倒的すぎる。

 舞の操るカノンは、それこそ天下無双の剣のように、ただ圧倒的な舞いを繰り広げた。

 

 

 その姿を艦橋で眺めていた有紀寧は一瞬だけ悲しそうに目を細めた。

 ―――わたしは、ひどい人間かもしれませんね。

 戦いによって心も身体も傷付いた舞を、またこうして戦いの舞台に立たせたのは他でもない、自分だ。

 けれど、だからこそ思ったのだ。

 そうして戦いの痛みを、苦しみを知っているからこそ、一緒にいて欲しいと、一緒に戦って欲しいと、そう願ったのだ。

 そして舞はそれに頷いてくれて、そしてそんな自分のために戦ってくれているのだ。

「・・・」

 強く首を横に振った。

 迷いを捨てる。

 そうして頑張ってくれている人がいる。ならば、自分も自分でできることをしなければいけない。

「護さん。この宙域を抜けます。無用な戦いはできるだけ避けましょう。クラナドのスピードなら、いけませんか?」

 クラナドはどうやら通常のサダラーンとは趣が違うようだ。戦艦、というよりは高速艦に近い構造をしている。

 オリジナルであるサダラーンより武装やMS積載数こそ少ないが、その分スピードはかなりのものだ。

 それは護もわかっていたが、もどかしそうに首を振る。

「わかっちゃいますが、ね。・・・こうも敵の数が多いと、迎撃を少しでも緩めればこっちがきついですよ」

「そうですね・・・」

 どうすれば、と思った瞬間、前方に展開していた三機のガルスJが横合いから飛んできたミサイルによって撃墜された。

 その方向からは一機の見慣れないMS。それは、

『智代!』

 通信から舞の弾むような言葉が聞こえてきた。それに答えるようにしてモニターに智代と、その脇に佐織が映りだす。

『すまん。一機だけ奪うのに失敗した』

「佐織さんは無事なんですか?」

『あぁ。佐織自身に怪我は一つもない』

 良かった、と有紀寧は安堵する。脇で、やはり護も同じように息を漏らしていた。

『まぁ、それらの件はあとだ。まずは私たちでこの宙域脱出のために敵を食い止める。その間に護、艦を全速でこの宙域から抜けさせろ』

「了解です。しかし大佐たちは?」

『大丈夫だ。だから行け』

「・・・わかりました」

 一拍の間を置き、護はクルーたちに命令を下した。

「全速前進! クラナドはこのまま最大船速でこの宙域を離脱する! 敵MSには目もくれるなよ!」

 それは敵の攻撃など脇目も振らず、ただ前を進めという、ある種無茶な命令だった。

 だが、クルーたちはそれに非難するような雰囲気はなく、むしろ当たり前のように行動に移っていった。

 皆、わかっているのだ。なぜなら後ろを守るのは智代であり、そしてその智代を一度は破った舞なのだから。

 そうしてクラナドは全てのブースターを加速させ、この宙域の離脱を図る。

 

 

 それを阻止しようと防衛部隊のMSが追走するが、そのどれもが途中で爆発と散る。

 クラナドを守るようにして二機の機体がそれらの前に立ち塞がった。

 無論、カノンとインフィニティである。

「適当に時間を稼いだら、私たちもすぐクラナドを追う。良いな?」

「うん」

 カノンがメガビームセイバーライフルを剣形態で構え、インフィニティが左腕に取り付けられたシールドの先端からビームの刃を展開する。

 そして同時に、相対するMSの群れへと突っ込んで行った。

 

 

 

 薄暗い部屋がある。

 室内を照らしている光は、デスク脇に置かれたスタンドグラスだけだ。

 そのデスクの中央には小型の端末が置かれてあり、いまも画面の中を多くの文字が流れている。なにかの情報をロードしているのだろうか。

 それを眺めているのは霧島聖だ。彼女はそうして流れていく文字をただ黙って目で追いながら、コーヒーの入ったカップを口に付けた。

 と、背後から電子音。誰かの来訪を告げる音だ。

「入れ」

 カシャア、とスライド式の扉が開いた。

 同時、廊下からの明かりが、光の少ない部屋をわずかに明るく染め上げる。そしてその宙からこちらに伸びる、シルエット。

 その形に誰であるか当たりを付け、聖は振り向くことなくその名を呼ぶ。

「美凪か。なんだ」

「はい。いましがた、新型MS二機と新造戦艦一隻が何者かによって強奪されました。・・・・・聖さんにも出撃指令が来ていますが?」

「今更出たところでもう遅いさ。・・・それに、その強奪犯はもうわかっている」

「・・・わかっている?」

 そこで聖は椅子を回した。美凪のいる方へ身体を向け、

「あぁ。そして・・・これは私にとっては予想範囲内でのことであり・・・むしろ好都合なことだ」

 聖は口元を崩し、

「そしていまはむしろこのまま逃げてくれた方が都合が良い。出撃できなかった理由など後でいくらでも捏造できるしな」

 美凪はなにも言わない。そんな聖をただ見つめているだけだ。

 そんな美凪に、聖は取って付けたように、あぁ、と手を叩き、

「すまんな、美凪。いま奪われた新型MSは何機、と言ったかな?」

 美凪はその物言いに首を傾げながらも、

「・・・二機です」

 だが聖は口元を歪ませながら、

「いや、三機・・・だろう?」

「―――」

 そこで美凪は理解したのだろう。小さく頭を垂らし、

「・・・了解しました」

 一歩を下がる。そうして振り返り、美凪は自らがすべきことをするために去って行った。

 そんな美凪を一瞥し、聖は再びデスクに向き直る。いまだ情報を映す小型端末の画面を小さく撫でた。

「相沢祐一。まさかと思ったが・・・。あの相沢祐一でもう間違いないだろうな。とすれば、あれもおそらくは・・・」

 呟き、失笑する。

「・・・そろそろ潮時だな。私の仮初の立場も、そして・・・この戦争も」

 小型端末を持ち上げ、数度操作する。

 するとその画面には静止画が映りだし―――それは三組の男女の間にそれぞれ一人ずつ子供を並ばせた写真であった。

 

 

 

 しばらくの間の時間稼ぎを終え、舞と智代、佐織は揃ってクラナドへ帰艦した。

 変形したカノンは、インフィニティが捕まってもなお強烈なスピードを見せつけ、あっという間にクラナドに追いついた。

 着艦し、MSを降りて、いまは三人とも有紀寧や護のいるブリッジにいる。

「さて・・・では、俺たちは当初の予定通り地球へ向かいますか?」

「それが無難だろう。できる限りアクシズからは離れた方が良い。それに・・・」

 護の言葉に智代は頷きを見せ、次いで隣の舞を見やる。

「・・・あのコロニー落しでの戦いで命を落としたという舞の仲間のことも気掛かりだしな」

 舞は神妙な表情を浮かべる。

 以前、テレビによって報道された、コロニー落とし阻止作戦によって死亡した連邦軍人のリスト・・・。

 その中には祐一や、他の皆の名前もあったのだ。

 視線が下がる。が、そんな舞の肩を叩く人物がいた。

 有紀寧だ。

「大丈夫ですよ、舞さん。あの祐一さんたちのことです。きっとどこかで生きていますよ」

「・・・うん。そうだね。私も、そう思う」

 祐一たちが死ぬ、ということはないと信じたい。いや、・・・信じよう。

 自分だって死んだことになっているが、こうして生きているのだ。だから、だからきっと・・・。

 視線を上げ、有紀寧に微笑みを返す。その肩に乗せられた腕を取り、

「行こう、地球へ」

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

AMX−G−001

ガンダムカノン

武装:メガビームセイバーライフル×2

   拡散メガ粒子砲×2

   頭部バルカン

特殊装備:フェアリーファンネル

      変形

<説明>

 ネオジオンが製作したガンダム三機のうちの一機。『輪唱』の名を冠する。

 背中に取り付けられた三対のウイングバインダーは補助ブースターとなっており運動性、反応速度の向上に成功している。

 メガビームセイバーライフルはその名の通り剣と銃との変形が可能であり、これにより武装を少なくし計量化を図っている。

 拡散メガ粒子砲は背部から腰部に設置されている。

 また、フェアリーファンネルとはIフィールド発生装置を取り付けた防御用ファンネルのことで、三基で囲んだ部分にIフィールドを展開する。背中のウイングバインダーに計十二基搭載されている。

 主なパイロットは川澄舞。

 

AMX−G−002

ガンダムインフィニティ

武装:MBABIS(メヴァヴィス)

   メガビームライフル×2

   肩部ミサイルポッド×2(取り外し可能)

   脚部ミサイルポッド×2(取り外し可能)

   バスターキャノン×2

   ファンネル

   頭部バルカン

特殊装備:MBABIS(メヴァヴィス)

<説明>

 ネオジオンが製作したガンダム三機のうちの一機。『無限』の名を冠する。

 両肩と両足に取り付けられたミサイルポッドは全弾放出した後は取り外せるようになっており、機体の軽量化を計っている。

 MBABISとはM.Beam Saber Building into Shield(メガビームサーベル内蔵シールド)の略称で、シールド先端部とメガビームサーベルが直結しており、攻防の両立ができる。この機体唯一の近接武器。

 他の二機に比べて装甲も厚く、バランスの良い仕上がりとなっている。

 主なパイロットは倉田佐祐理、坂上智代。

 

 

 

 あとがき

 どもども、神無月です。

 さて、いよいよ新型が二機登場しました。

 まぁ、タイトル通りの名前のガンダムが出るのは、ある種ガンダムの伝統みたいなものですから、予想していた人も多くいたと思います。

 さて、地球へ向かった舞たち。そして視点は再び地上に戻り、イブキです。

 では、次回もお楽しみに。

 

 PS.今回から文体変えました。いままでの奴もいずれ逐次このタイプに変更していきます。容量の問題から。

 

 

 

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