Episode ]]X

         【地獄の始まりを謳う福音】

 

 U.C.0088.11.14

 コロニー落しからおよそ一ヶ月が経ち、地球連邦政府はネオジオンからの要請であったサイド3引渡しの件を受諾。

 サイド3はネオジオンに譲渡され、公約通りネオジオンは地球に展開していた戦力を全て撤退させた。

 宇宙ではネェル・アーガマを旗艦としたエゥーゴの部隊がいまだネオジオンと交戦中ではあるが、地上ではとりあえずの平穏が到来していた。

 

 

 

「とりあえずの平穏・・・か」

 独白のように呟き、祐一は読んでいた新聞を脇へと放った。

 ベッドの上、頭の下に腕を組みながら祐一はボーっと天井を眺めた。

 ―――なにをしているんだろうな、俺は。

 心中での問いは、無論答えなどない。

 ・・・コロニー落し阻止に失敗してからの約一ヶ月。祐一たちはずっとこのイブキで生活をしていた。

 艦はとっくの昔に直っている。しかし、祐一たちはもはや帰るべき場所がないのだ。

 コロニー落としより一週間が経った頃。ニュースでは阻止作戦により死亡した連邦兵士の顔や名前が発表され・・・その中になんとカンナヅキとキサラギのクルー全員のものがあったのだ。

 そう、祐一たちは死んだことにされていた。

 そしてニュースではその後連邦の上層部の者が国民に熱い演説を行っていた。これ以上の犠牲は避けなくてはならない、と。だから大変遺憾ではあるがサイド3の引渡しを飲むのだ、と。

「これじゃあ・・・ハマーン=カーンの思う壺だな」

 ネオジオンの総帥、ハマーン=カーン。面識など無論ないが、いままでのネオジオンの動きを鑑みるに、とてもこのままで終わるとは思えない。

 そして・・・連邦側もだ。

「この平穏はきっと・・・嵐の前の静けさ、だな」

 近いうちにきっと大きな事が起こる。そんな予感がしてならない。

「とはいえ・・・」

 自分は既に関係のない立場になった。連邦ではない。もちろんネオジオンでもない。公子の恩恵により住まわせてもらっている、ただのイブキの住人だ。

 うやむやのまま、自分はいつの間にか戦場から離れてしまっている。

 これで良いのだろうか?

 このままじゃいけないのだろうか?

 どうしたいのか?

 どうしなきゃいけないのか?

 疑問は多く浮かべども、それに対する答えは一つとして見えてこない。

 いや・・・、

「無力な俺は・・・なにもするべきじゃないのかもな」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、祐一はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 伊吹公子は最近周囲が賑やかになったな、と思う。

 それもこれも、隣で歩きながらソフトクリームを舐めている・・・妹である風子のおかげだろうか。

「? どうしました、お姉ちゃん。風子の顔になにかついてますか?」

「うん。ほっぺにソフトクリーム少しついてるよ」

「それは大変ですっ」

 いそいそとポケットからハンカチを取り、頬を拭う風子を見て、公子は温かい気持ちになる。

 ―――やっぱり、どれだけ変わってもふうちゃんはふうちゃんなのね。

 あれからもう五年近い。まさかこうして再び話し・・・また、こうやって買い物が出来るなど、あの頃では予想も出来なかった。

 しかし・・・、

 ―――これも、父さんの罪の証・・・。

 娘を思うが故に、入ってはいけない領域にまで手を出した父の、風子はその証だった。

「お姉ちゃん・・・?」

「あ、え・・・。どうしたの、ふうちゃん?」

「いえ、なんかお姉ちゃん少し悲しそうな顔をしていたので・・・。なにかあったんですか?」

 どうやら表情に出てしまっていたらしい。公子は無理やり笑顔に戻し、風子に向き直った。

「ううん。ちょっと、考え事をしていたの。これでも、やっぱり一国を纏めるのは大変なんだよ?」

「そうですか。では、風子にできることがあったらなんでも言ってください。不肖風子、全身全霊でお姉ちゃんのお手伝いをしますっ!」

 むん、と腕に力を込める風子に、公子は笑みのままありがとう、と答えた。

 そうして笑う風子を見て、思う。

 ―――ふうちゃんには、なんの罪もないのね。

 当然だ。いわば風子は被害者・・・どうしようもない。

「・・・ねぇ、ふうちゃん?」

「はい、なんですか?」

 聞くべきだろうか。しかし、これは・・・全てを知る者として、聞かねばならないことだと思う。

 だから・・・、

「ふうちゃんは・・・あの、折原浩平さんって人のこと、好きなの?」

「ぶふっ!?」

「わ、ふうちゃん、汚いよ」

 吹き出した風子はその反動でソフトクリームを落としてしまう。しかし風子はそんなことなど気にする様子もなく顔を赤くして首を横に振る。

「な、な、なにを急に言い出すですかお姉ちゃん! 風子は決してあんな人を、す、すす、好きになど・・・」

「ホントに・・・? 本当に好きじゃない?」

 公子は屈みこみ落ちてしまったソフトクリームを処理しながら、静かに問う。

 その声音が真剣なものであることに気付いた風子は、耳まで赤くしながら、

「・・・正直、わからないんです。でも・・・多分、好き・・・なんだと思います」

「・・・そっか」

 包んだティッシュを近くのゴミ箱に捨て、公子は・・・なんとも言えない表情で風子を見ていた。

 見守るような、悲しいような、切ないような、暖かな瞳。

「そっか」

 噛み締めるようにもう一度呟き、公子は瞼を閉じる。

 ―――お父さん。あなたの残した罪は・・・どうやら風子自身も苦しめそうです。

「あの・・・お姉ちゃん?」

「・・・ううん、なんでもない。行こうか?」

 微笑み、風子の腕を取って歩き出す。

 わけがわからない、といった表情の風子の手を引きながら、公子は歩き出す。

 全ての因果は、巡り巡って再び集い、またも絡み合っていくものであるらしい。

「折原浩平さん・・・。美坂栞さん・・・」

 罪に重なる二つの人物。その二人が風子と共にいるのは偶然か必然か。

 ・・・公子の部屋にはいくつかの写真立てがあり、そのうちことさら色抜けた写真が一枚ある。

 少しボロボロなその写真には仲の良さそうな三人の少女が写っている。

 右には綺麗な栗色の長い髪を垂らし温和な笑みを浮かべた少女が、左には髪を短く揃えた少女が微笑みながらストールをその身に巻いている。

 そして中央。そんな二人の腕を取り笑っている、風子に似た少女。その足元には、誰が書いたのか字が綴ってあった。

 ただ一つ。『Misao』・・・と。

 

 

 

 広い空間がある。

 諸所にはコンテナやキャットウォークがあり、運搬用クローラーや多くの人間が忙しそうに動き回っている。

 高い天井に下がる照明が照らし出すのは、立ち並ぶMS。

 そう、ここはイブキのMS格納庫である。

 横に並ぶハンガーにはイブキの主戦力である凡庸量産型MS、ゼオンが取り付けられている。

 その正面には同じく主戦力の支援用MSエイレスと、エース用にカスタマイズされたゼオン・・・リアンダー・ゼオンがある。

「毎度思うけど、イブキの技術力はすごいの」

「確かに。連邦の比じゃないな」

 それらを眺め、通路を歩く一組の男女がいる。

 両者共にイブキの制服に身を包み、片手には各種MSのデータが書かれた書類を持っている。

 少女は一ノ瀬ことみ。青年は折原浩平であった。

 二人はその技術力から、イブキのMS研究チームに組み込まれていた。

 とはいえ無論強制ではない。公子はなにもしなくて良いと言ったのだが、さすがにただ飯食らいは良くない、ということで各々できる職種についていた。

 佳乃はイブキ中央病院で看護師をしているし、栞はその手伝いをしている。留美と朋也となつきはイブキの兵士たちの訓練師をやっている。

 あゆは怪我を完治させ、いまは様子見段階。陽平は・・・いまだに芽衣の死を乗り越えられず塞ぎ込んでいる。

 風子はいままでの時間を取り戻すかのように公子にべったりで、祐一はイブキ軍の艦長候補たちに指揮のなんたるかを教えている。

 一ヶ月という期間は決して短くはない。

 皆思うことは多々あれど、こうしてイブキでの生活に溶け込みつつあった。

 ただ、ことみも祐一同様この平穏が一時のものでしかないということは、なんとなく予感している。おそらく、公子も。

 だからと言って何もできないのは事実であり、ことみは・・・どこか歯がゆい感覚を感じていた。

「どうした、一ノ瀬?」

「あ、ううん。なんでもないの」

 こちらの顔を伺う浩平に、ことみは笑みを向ける。浩平は数秒その笑みを凝視し、そうか、と顔を元に戻した。

 何かを既に気付いているのかもしれない。しかしそれでも口にしない浩平の優しさに、ことみは今度は本心から小さな笑みを浮かべる。

 思えば浩平はこの一ヶ月でだいぶ明るくなったと思う。

 祐一の話では昔はただなにかを忘れるように一心不乱にMSの修復などしていたようだが、最近は休みが取れれば風子や栞と共に出かけることが多い。しかも、そのとき浮かんでいる笑顔は本物だと、ことみは思う。

 コロニー落とし阻止作戦直前に栞となにかあったようだが、それ以降の浩平と栞はとても仲が良く、まるで兄妹のようにことみの目には映っていた。

 浩平は浩平で色々ある、ということなのだろう。

「よっ、二人とも。今日もご苦労さん」

 格納庫最奥まで足を運んだ二人を迎えたのは、イブキのMS研究チームの班長である芳野祐介だ。その後ろには他の研究チームの面々も揃っている。

「「お疲れ様です」」

「あぁ。と言っても、もう最終チェックだけだから君たちに来てもらわなくても平気なんだがな」

「でも、やっぱり私たちも設計に加わったMSだから」

「最後まで見届けたいですよ」

「・・・そうか」

 そうして三人の見上げる先、組み上げられたばかりの、新造機独特の輝きを放つMSが二機、ハンガーに取り付けられていた。

 それは、ガンダムタイプであった。

「できることなら、これらを使わなくてすむようであれば良いんだがな・・・」

 祐介の呟きの先、まだ名前も決められていない二機のガンダムは、雄々しくもそこに立っていた。

 

 

 

 朋也と留美となつきはMS演習を行っていた。

 三人が乗っているのはイブキの凡庸量産型MSゼオンである。

 そして演習相手はイブキ軍の部隊、MSにしておよそ十八機である。そのうち二機を除けば実戦経験のない連中ばかりの。

「ミノフスキー濃度50%強、か。MSのレーダーじゃ使い物にならないな」

「こういう状況での戦闘はいつ敵が来るかわからないから、ピリピリするものね」

「実戦慣れしていない人たちは、それこそ厳しいでしょうね。しばらくここに隠れていれば向こうは気疲れしちゃいますよ」

 ここはイブキ本土からわずかな距離がある離れ小島だ。無論、イブキの領土である。

 その中、大きな森の中に機体を埋めた朋也たちは、周囲に気を配りつつ通信を取り合っている。

「まぁ、今回の目的はそういう油断が命取りになる、ということを教えるためのものだ。問題は・・・」

「あの二機、よね」

 留美の言葉に朋也が頷く。相手の中に二人、凄腕のパイロットがいるのだ。

 一人は一年戦争時代を連邦で生き抜いたベテランであり、もう一人は若いながらも過去イブキがネオジオンに襲われた際にスコア三十を叩き出したエースである。

 この二機を隊長に置いて、相手は九機ずつの小隊を組んでいる。指揮官は優秀なので、下手な作戦はかえって返り討ちにあう可能性がある。

 しかし、こういった精神的な部分はいくら指揮官が優秀でもどうにもならない問題だ。こればかりは場慣れである。

「・・・来ましたね」

 なつきの言葉に朋也と留美が頷く。

 レーダーも利かないのにどうしてわかるのか。答えは簡単。地面の振動だ。

 相手のMSは九機で行動している。無論そんなのが群れで行動しているのだから、歩くだけでもそれなりの振動が起こる。

 動いている側はわからないだろうが、止まっている側からすれば簡単にわかるものだった。

「なつき、七瀬。いけるか?」

「はい!」

「任せなさい」

 朋也だけを残し留美となつきのゼオンが一気に森から飛び出していく。

 突如出現した留美たちに反応できたのは隊長格一人であり、他の者はただ慌てるだけで銃すら構える余裕もない。

 留美のゼオンが低出力のビームサーベルで、なつきが模擬銃でそれぞれ二機、計四機を一瞬で撃墜判定にする。

 撃墜判定を受けた機体はパイロットの操作を受け付けずそのまま機能を停止する。そうして崩れ落ちるように倒れるMSを乗り越え、やってくる一機のゼオンがある。それはビームサーベルを構えなつきへと突っ込んできた。

「あんま調子乗るんやないでー!」

「なつき!」

「大丈夫です!」

 振り下ろされた一撃をシールドで受け止め、なつきは模擬銃を落としビームサーベルを構えて突きを放つ。

 だが相手は機体を旋回させることで回避し、そのままの流れでビームサーベルが振るってくる。なつきはそれをビームサーベルで受け、シールドで体当たりして距離を開けた。

「やるやないか、清水!」

「晴子さんこそ、お歳の割には!」

「・・・うちはまだ二十台じゃボケェ!」

 怒りの声と同時、迫るビームサーベルの一撃を同じくビームサーベルで受ける。二度、三度と斬り合う様は、傍目にほぼ互角に見えた。

 なつきと戦っているのは、イブキ軍の神尾晴子。昔は一年戦争を戦い抜いたベテランであり、それ以後は昔馴染みの公子を手伝ってイブキにいる。

 イブキ軍の二大パイロットの一人である。

 そんな晴子となつきが戦っている間に、留美が他の連中を撃墜判定にしていく。

「っかー。やっぱ訓練不足は否めんなぁ」

 その不甲斐なさすぎる自分の部下たちを見て、晴子は思わず頭を抱えたくなった。たかが二人に八人が瞬殺である。これは演習が終わったら地獄のメニューだな、と密かに決定した。

「さて、残るは・・・」

「晴子さんだけですよ!」

「ちぃ!」

 いかに接近戦の得意な晴子といえど、同じく接近戦の得意な留美となつきの同時攻撃は捌き切れない。防戦一方になってしまう。

 しかし、そこへ銃撃が来た。明らかに自分たちを狙っている射線に、留美となつきは晴子から大きく距離を取る。

 だがそれで銃撃は終わらない。逃がさないとばかりに留美やなつきへと向けられる。

「もっとよく狙いなさい! 敵は止まっていてはくれないのですよ!」

 銃撃を行っているのはもう一つの部隊だ。小高い丘の上、留美たちに照準を合わせ撃ちまくっている部下に叱責を放つのは、この小隊の隊長である杉坂葵である。

 だが、その葵は下を眺め、一つの事実に気付く。

 ―――二人? 一人・・・足りない!?

「各員、周囲を警戒しなさい! 相手は―――」

 遅い。

 後ろを振り向いたのは、葵の部下四名が既に撃墜判定を喰らった後だった。

 吹っ飛ばされる四機の中央、二振りのビームサーベルを構えたゼオンがいる。それは、まさに岡崎朋也のものであった。

「くっ・・・、やってくれますね!」

「いや、あんたの反応の速さもさすがさ。できることなら一気に全機片付けたかったんだが・・・な!」

 迎撃しようと無作為に近付いた二機が再び撃墜判定になり、朋也は潮時かと後退しようとする。

「やられるだけやられて、逃がしますか!」

「お前の射撃能力は厄介だ! 一旦退かせてもらう!」

 射線を朋也に合わせようとするが、その朋也はまだ残っている葵の部下の影になるような進路を巧みに取り、撃たせない。

 しっかりと訓練された部隊ならこのようなこともないだろうが、いかんせん葵と晴子がいま任されている部隊はほぼ初心者の集まりだ。

 くっ、と呻き葵は銃身を外す。

 まぁ、そのための演習だ。だが、演習ですらこの体たらくなのならば、まだまだ訓練が必要だろう。

 そうして朋也が葵の射程から外れようとした・・・その瞬間、

「!」

 新たな気配を感じて、朋也は慌てて回避行動を取る。すると周囲を上からのビームの雨が貫いた。

「新手だと!?」

 急ぎ仰ぎ見れば、自分たちと同じ演習用のゼオンの機影。だが、そのパイロットの放つ気配を、朋也は知っている。

「よくよけたわね! 岡崎朋也!」

「天沢・・・郁未か!」

 互いの名を呼び、二人はそれぞれビームを放つ。そしてやはり互いに回避し、郁未は近い距離に着地する。

「どうした、突然」

「・・・引っ込んでてもどうにならないもの。なら、いま自分ができることをするまでだわ」

 郁未の言葉に、ふっ、と朋也は小さく笑みを浮かべた。

 ―――どこかの馬鹿にも聞かせてやりたい台詞だな。

「良い台詞だ。腕、なまってないか試してやるさ」

「ええ。よろしくお願いするわ。あなたくらいの力量なら・・・勘を取り戻す土台には十分!」

「ふん・・・上等だ!」

 両者はビームサーベルを手に、ぶつかり合った。

 

 

 

 暗い空間がある。

 否、空間というには狭すぎるだろうか。ほとんどそれは部屋というよりは・・・廊下、と言ったほうが近いかもしれない。

 そこを一人の青年が歩いていた。

 ただ歩いているだけにもかかわらず、気品が漂っている。同時に威厳、風格なんかもだ。

 そんな青年はしかし、ふと足を止めた。その先に、一つの人影があったからだ。

「・・・何者だ」

「お久しぶりですね。グレミー殿」

「お前・・・霧島聖か」

 相手が近付いてきたことで、陰で隠れていた顔があらわになる。それはまさしく、霧島聖であった。

 珍しい相手だ、と青年―――グレミー=トトは思う。知らない間柄ではないが、そう親しいものでもない。ならば・・・?

 そんな疑問を浮かべるグレミーに、聖は小さな、試すような笑みを浮かべなら開口一番、こう言った。

「グレミー殿。いつまでこのままでおられるのか?」

 ピクリ、とグレミーの眉が跳ねる。

「・・・それはどういう意味だ? 霧島」

 すると聖は笑みを強くし、

「ザビ家の正当な血を受け継いでいるあなたが、ミネバ=ザビの名を前面に出しているだけのハマーンにいつまでついて行くのか・・・という意味です」

 その言葉に、グレミーは一瞬動きを止めた。

「霧島聖・・・。貴様はどこまで知っている?」

「さて・・・」

 はぐらかすな、と叫びたかったが、相手の思惑がわからない以上グレミーも迂闊な行動は出来ない。

 それがわかるくらいには、もうグレミーは大人であった。

「・・・それで、貴様はなにを企んでいる? それを言うためだけにここに来たわけではあるまい?」

「グレミー殿がネオジオンを納めた暁には、私をそれ相応の地位に置いてくださればと・・・」

 一瞬呆気に取られたように、しかしすぐにフッ、とグレミーの表情が崩れた。

「なるほど。・・・つまり、霧島。お前はこちらに付くと言うのだな?」

「確かにミネバ様は正当なザビ家の血筋です。ですが・・・、ハマーンの言うとおりにしか動けない彼女にネオジオンを引いていくことは不可能。それはハマーンの独裁を許すことになりますから」

「フ、フハハハハハ! 良いだろう! ネオジオンを私が納めた暁にはお前にそれなりの地位を約束しよう!」

「ありがたき言葉。・・・それでは、今回はこれにて」

 そう言って聖はグレミーの横を通り抜けていった。

 その背中を見送り、グレミーは笑みを抑えようともせず、ただ心中で漏らす。

 ―――見ていろ、ハマーン=カーン。もう貴様の時代は終わっているのだ・・・!

 

 

 そんなグレミーをわずかに振り返り見ている聖。

「フッ、所詮はまだまだ青い子供、というわけか。・・・ハマーンがすぐに見切りをつけたのも頷けるな」

 表情に浮かぶのは、笑み。しかも、侮蔑の。

「あとは連邦か」

 それだけをポツリとこぼし、聖は再び足を動かし始めた。

 

 

 

 久瀬隆之は一人、自室で諸所の書類を読み漁っていた。

 端末の横に置いてあったコーヒーを手に取り、口に含む。やはり考え事をするにはコーヒーが一番だ。

「さて・・・、これからどうしますかね」

 ネオジオンは、サイド3譲渡の件でしっかりと地上戦力を撤退させた。これにより、連邦の当面の問題にネオジオンは入ってこなくなる。

 無論、これがあくまで刹那的な平穏であることは隆之とてわかっている。だが、準備時間としてはおそらく十分であろうことも同時にわかっていた。

 とはいえ、十分であるということと無駄なことが出来るというのはイコールではない。慌てなくても大丈夫、というだけで遊んでいられる余裕はないのだ。

「・・・おや?」

 と、コーヒーを再び端末の横に戻すと、その端末の一部が点灯していることに気付いた。

 メールだ。

 開いてみれば、それはここ最近で見慣れたアドレス。そして書いてあることは・・・、

「おやおやおや。これはまた・・・」

 内容を読み、思わず隆之は口元を崩した。

 ―――毎度毎度、良い情報をくれるものですね。

 例の機体のデータといい、コロニー落としの情報といい。

 相手の思惑は読めないが、とりあえず利用できるものは利用するのが隆之の性分だ。この情報は有効活用させてもらおう。

「失礼します」

 ドアが開き、いつもの大佐が入室してきた。手にはいくつかの書類。また仕事が増えたか、と隆之は心中で吐息した。

 だが、差し出された書類は、このタイミングにおいてちょうど良い知らせであった。

「ムツキがオーストラリアから戻ってきましたか。ということは・・・」

「はい。例の三機、テストも終えて正式に配備されました」

「そうですか。これは久々の吉報でしたね。さぞかし高槻博士も喜んでいることでしょう」

 ご自慢の強化人間に、最新鋭の機体が送られるのだ。あの歪んだ笑顔を頭に浮かべ、隆之は失笑した。

「さて、では早速実戦で使ってみますかね」

「実戦? ネオジオンが地上にいないときにどこと・・・」

「大佐? このネオジオンが地上にいないこの状況で、我々が一番しなくてはいけないことはなんですか?」

「それは・・・来るべき決戦に向けて、地上の勢力を統括させることで・・・」

「そう、そうですよ。しかし、地上にある戦力が連邦だけとは限らないでしょう?」

 すると大佐の男はやや驚いた様子で、

「・・・まさか、カラバを?」

 その答えに、隆之はあからさまなため息を吐いて見せた。

「あのですねぇ、もうほぼ解散状態のカラバをいまさら叩いてどうするんですか? そんなもの、時間と弾薬の無駄でしょう?

 他にもっと強力で、連邦の傘下に入っていない国があるでしょう?」

 そこで、大佐は大きく目を見開いた。

「まさか・・・イブキを!?」

「ご名答」

 にやりと口元を歪ませ、隆之は腰を上げる。

 デスクから離れ、大佐の横を通り過ぎて移動する隆之の背中に、声が届く。

「し、しかしイブキとてしっかりとした主権国家であり、中立国として世界に認められています。戦うにしても、なにか明確な理由がなければ・・・」

「ありますよ。明確な理由」

「・・・は?」

 隆之は部屋の片隅、本棚の上に置かれた地球儀の前で立ち止まる。

「イブキは、どうやらあのカンナヅキとキサラギを保護しているようでなんですよ」

「なっ!? まさか・・・生きていたのですか!?」

「の、ようですね。ですがそれなら・・・どうとでも言えましょう?」

 カンナヅキやキサラギが実は生きているとわかればうるさく喚く連中も出てくる。しかし、ものは考えようだ。

 言い方一つ、伝え方一つで全てはどうにでもなる。

 隆之は目の前の地球儀をクルクルと回す。

 そしてある一点に、どこからか取り出したナイフを突き立てた。

 そこは、中立国イブキ。

「いつの世も・・・戦いを制するのは情報なんですよ」

 愉快気な隆之の哄笑が、部屋に響き渡った。

 

 

 

 青空が広がっている。

 しかしそれは虚像だ。作り物の青空だ。

 だが、それでも曇よりは良い、と宮沢有紀寧は思う。

 空は可能性だ。どこまでも広がる、無限のようなその雄大さは、いつも自分に勇気と安心をくれる。

 ―――とはいえ、アクシズの中ですからそれは幻なんですけど。

 しかし、要は心の持ちようなのだ、と有紀寧はとても自分に都合の良い解釈をする。

 そうして庭で紅茶を入れた有紀寧は、人数分のカップを盆に置いて持ち、そこへ向かう。

 庭続きとなるそこには三人の人影があった。

 奥、それなりに広い場所では二人の少女が舞っている。・・・否、戦っていた。

 ショートカットの少女が打撃戦・・・主に蹴りを主体とした動きで、長髪の少女は手に木刀を持ちそれに応戦していた。

 そして手前ではそれを見守るようにベンチに座っている老人がいる。その老人の横に有紀寧は腰を下ろし、横に盆を置いた。

「調子、良さそうですね」

「そのようじゃのう」

「これも、幸村先生の医療技術のおかげですね」

「ほっほっ。なぁに、・・・わしはそんな大層なことはしとらんよ」

「はい、紅茶です。まだ少し熱いかもしれませんが、どうぞ。・・・あ、緑茶の方が良かったですか?」

「いやいや、・・・紅茶も好きだから気にしないでおくれ」

 そう言って幸村俊夫はカップを受け取り、口をつけた。

「ふむ、やはり宮沢の淹れる紅茶は美味しいのう」

「ふふ、ありがとうございます」

 そうして二人はしばらく目前の二人の戦いを見ていた。

 格闘技経験のない二人からしても、その二人の実力が相当なものであることくらい理解できる。

 だが、これでも二人は本気を出していない。いわばこれはリハビリの一環であり、身体を適度に動かし慣らせば良いのだから。

 だから、そういう点ではもう完璧のように有紀寧には見えた。

「・・・本当、もう大丈夫そうですね」

「そうじゃのう」

「あれだけの傷・・・。全治一ヵ月半という診断だったのに、二週間で直ってしまうんですもの。さすがは幸村先生」

 そうして笑みで横を振り向けば、しかしその瞳に映ったのは難しい顔をした俊夫だった。

「・・・幸村先生?」

「・・・いや、あれはわしの力ではない。むしろ、彼女自身の尋常ではない回復力にある」

 有紀寧はその言葉に、長髪の方の少女を見やった。

 珠の汗を散らし、目にも止まらぬ速さで剣を振るう。そんな彼女が、どこか普通の人間と違うのだろうか?

「もしかしたら彼女は・・・いや、まさかな」

「幸村先生・・・?」

「・・・いや、老いぼれの独り言じゃよ。気にせんでくれ」

 ほっほっほっ、といつもの笑みを響かせて再び紅茶を口へと運んでいく。

 はぐらかされたような気もするが、俊夫自身確証のないことなのだろうと推察し、追及は止めた。

「ところで宮沢」

「はい?」

「例の計画、本当に行うのかのう?」

「・・・はい」

 カチャン、とカップがソーサーに置かれる音が響く。有紀寧の表情は・・・いつもの彼女からは想像もできないような、真剣なものだった。

「宮沢。お主の取ろうとしておる道は茨の道じゃ。それでも・・・進むのかのう?」

「進みます。もう・・・このままでは駄目だと、思いますから。それに・・・」

「それに?」

 ふと、表情が崩れた。笑みだ。

「それに、わたしは一人ではありませんから」

「・・・そうじゃのう」

 見つめる先。そこには、二人の少女がいる。

 共に来ると、誓ってくれた二人の少女が・・・。

 

 

 

 倉田佐祐理は思わずため息を吐いた。

 なにがどうしてこういうことになってしまったのだろうか、と。

 怪我は予定より少し早く五日前に完治、退院できた。

 するとコロニー落とし作戦の功績ということで中佐に昇進した佐祐理は、水瀬秋子の部隊から外され、なんと一つの艦を任されたのだ。

 つまり、佐祐理が艦長だということである。

 あまりにいきなりな話だ。確かに軍学校で艦の指揮の講義も受けていたが、それはあくまで机上のものでしかない。

 なのにもかかわらず、もう出航準備万全とはどういう手際の良さだろうか。

 ・・・まぁ、これはつまり「倉田の長女は親の七光りではなく、実際に活躍している」というふうに、目立たせたいのだ。

 そうすれば倉田のネオジオン内の立ち位置も良くなるだろうし、顕示にもなるだろう。

 そういうことをする人だ。父という人は。

 というわけで、いま佐祐理がいるのは、エンドラ級アイデラの艦橋、その艦長席だ。

 なんといきなりアクシズ近くの廃墟コロニーの散策を命じられたのだ。

 しかもガルスJやガザD、ズサなどで構成された十六機の中隊を二部隊も与えられたている。

 いくら現在地上戦力を撤収させたから戦力が有り余っているとはいえ、廃墟コロニーの散策なんかに中隊二つは異常だ。

「はぁ・・・」

 父は数さえ多ければ良いと思っているのだろうか。数が多ければそれだけ指揮が大変になるというのに。

「艦長」

「・・・」

「あの・・・艦長?」

「え、あ、はい?」

 一瞬気付かなかった。どうも艦長、という呼び名が自分を指しているのだという実感が追いつかないのだ。

「なんでしょう?」

「機体の搬入が完了しました。いつでも発進できます」

「・・・そうですか」

「あの、・・・艦長?」

「あぁ、いえ。なんでもないですよ。・・・なんでも」

 怪訝そうな表情をしながらも下がっていく部下を見送り、佐祐理は思わず天井を仰ぎ見た。

 ―――また佐祐理は、戦場へ戻るのですね。

 大切な友人を二人も亡くし、それでも自分はまた戦争へと身を投じていく。

 ネオジオンだから仕方ない。倉田だから仕方ない。

 ―――本当に?

 自問自答。だが、その問いはこの一ヶ月の間ずっと自分に投げかけた問いだ。答えは・・・出てこない。

 父に褒められ、ハマーンに褒められ、自分はいまこんなところに座っている。・・・流されるままに。

 そうして自分は・・・結局流されるままに生きていくのだろうか。

 仕方ないと割り切って、敵だと言われる敵を撃つだけの日々。

 迷いはなかったはずなのに・・・。だから戦っていたはずなのに・・・。

 いま、自分はこんな先の見えない暗闇の落とし穴にいる。

「あの・・・艦長?」

 気付けば、クルーが皆こちらを見ていた。

 ―――そう。これは全て・・・仕方のないこと。

 割り切ろう。理解しようと、納得しようとするな。心を殺せ。疑問を浮かべるな。

 暗示のように心中で呟き、・・・前を向いた。

「アイデラ、発進します」

 先は暗い。それは・・・目の前に延々と広がる宇宙のようで。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

IB−001

ゼオン

武装:ビームサーベル×2

   ビームガトリングガン

   グレネードランチャー

特殊装備:シールド

     ビームコーティング

<説明>

 イブキ主力の凡庸量産型MS。

 見た目はモノアイガンダムと呼ばれたシスクードに近いものがある。

 性能はいまだ量産ラインに乗ってないジェガンやギラ・ドーガをも上回っており、イブキの技術力の高さが窺える。

 ビームライフルでなくビームガトリングガンが標準装備なのは、威力よりも命中精度を優先した結果で、このことにより新兵でもそれなりの戦果を期待できるようになっている。

 

IB−001−C

リアンダー・ゼオン

武装:集束ビームサーベル×2

   集束ビームライフル

   拡散メガ粒子砲

特殊装備:シールド

     ビームコーティング

<説明>

 イブキ主力の凡庸量産型MS、ゼオンのエース用カスタマイズ機。

 射撃武器も威力重視の収束ビームライフルに変更され、肩部には対艦用の拡散メガ粒子砲も積み、火力の向上を図っている。

 その他の部分もゼオンを凌駕している。

 主なパイロットは芳野祐介、神尾晴子、その他。

 

IB−002

エイレス

武装:集束ビームサーベル

   変換型ビームスマートライフル(速射型、連射型の変更可)

   肩部リニアレールガン

特殊装備:シールド

     高性能レーダー

     ビームコーティング

<説明>

 イブキの凡庸量産型MS。

 一応リアンダー・ゼオンの援護を前提に製作された機体であるが、単体でも充分な戦闘力を持つ。

 ビームコーティングやIフィールドを搭載したMSが増えてきた現状、有効な実弾兵器をコンセプトに搭載されたリニアレールガンはこの時代においては反則とも言える貫通力を備えており、その威力はMS二機を直線に並ばせてもいとも簡単に貫く。

 主なパイロットは杉坂葵、その他。

 

 

 

 あとがき

 はい、ども神無月です。

 またも戦闘なしのお話しです。しかし、今回は新しい戦いを予感させるような部分があったと思います。

 そろそろ、終わりに向けての動きが活発化してきました。

 いいですね、あぁ、もうここまで来たなー、という感じですね。

 では、また。

 

 

 

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