Episode ]]W
【動き出す世界】
ザザーン、ザザーンと一定感覚で耳に届いてくるは波の音。
引いては返すその波を、相沢祐一はただボーっと部屋の窓から眺めていた。
その表情には・・・そう、まるで覇気というものがなかった。
「あれから・・・もう三日か」
ただ遠く見える水平線を見る限りは、平和なように見えるものだが。
・・・けれど、世界はあれから大きく動いている。
コロニー落としが起きてから、早三日が過ぎていた。
コロニーの落ちた地は、ダブリン。死者は・・・もう数えたくもないほどだ。
地上では・・・避難勧告が出ていなかった。
その街の人たちを避難させようとしたエゥーゴ、カラバにネオジオンが邪魔に入り、戦闘となったという。
その戦闘でカラバの重要時人物であるハヤト=コバヤシが死去。事実上カラバは解散に等しい状況であると聞いた。
そうしてネオジオンは地球連邦の管轄化にあったサイド3の譲渡を要請。連邦はまだ答えこそ出していないが、これを飲もうとしているらしい。
批判は多くあった。至る場所でデモだって起きている。しかし連邦はその姿勢を崩そうとしなかった。
世界は、大きく変わりつつあった。
―――そして、俺はいまこんなとこにいる。
自嘲気味な表情を浮かべ、祐一は部屋の中へと振り返った。
そしてその壁には、この国の国旗が描かれている。太陽と月が折り重なった、雄々しいシンボル。
そしてその中心にはこう書かれていた。『IBUKI』と。
そう、祐一のいるここは・・・中立国イブキなのだ。
そして、伊吹風子の実家でもある。
「・・・はぁ」
意味もなくため息が出る。
しかし、それも仕方のないことだろう。ここ最近はもう・・・頭がパンクしてしまうくらいに色々あったのだから。
「・・・舞」
その名を呼ぶ。しかし、不思議と涙は出なかった。
時は三日前。コロニー落とし阻止に失敗したところまで遡る。
海に浮かぶ二つの影がある。
それは、なんとか着水を遂げたカンナヅキとキサラギだ。
コロニー落しを失敗したカンナヅキとキサラギはそのままコロニーとは大きく離れた降下コースを辿り、ここに着水した。
カンナヅキの艦橋で力なく項垂れていた祐一は、緩慢な動作で川口に顔を向ける。
「・・・ここがどこだかわかるか?」
「照合中です。・・・照合、確認。ここは、中立国イブキの領海内です」
「イブキ・・・」
中立国イブキ。連邦に属さず、そしてジオンにも属さない『平和の国』とも呼ばれている国だ。
祐一は噂にしか聞いたことのない国だが・・・、しかし領海内に未確認の艦が二隻も突如落ちてきたとなれば軍も動くだろう。
できることならここから素早く離れたいのだが・・・。
「斉藤。カンナヅキは動かせそうか?」
「・・・・・・無理ですね。損傷が激しすぎて、いくらか修理しないと1ミリも動きませんよ」
「そう・・・か」
ふぅ、と小さく息を吐き祐一は背もたれに背を預ける。
「・・・くそ」
コロニー落しを阻止できなかったことが頭から離れず、なかなか頭が上手く回らない。
どうすれば良いのか、どうしなければいけないのか。考えることは山ほどあるのに、精神的なショックがそれを許してくれない。
しかし、それは更に追い討ちをかけられることになる。
「あの・・・艦長」
「ん?」
視線を向ければ、それは川口だった。だが・・・彼女はなぜか俯いている。
「どうした?」
「え、あの・・・」
珍しいことだ、と祐一は思う。川口とは事故でこの艦の艦長になる前からの知り合いだが、それでもそんな表情の川口を見るのは初めてだった。
だからだろうか。なんとなく、なにかあってはいけないことがあったのだと・・・賢い祐一は悟ってしまった。
そしてこれが戦争であるというのなら・・・その答えは、わかってしまうようなものだ。
「・・・あの・・・」
「誰か・・・死んだのか?」
ハッとした表情で川口が、そして他のブリッジクルーたちが祐一を見る。言い出しにくそうにしていた川口に差し出された祐一の言葉。
そう問われれば、無論川口は答えるしかない。
「・・・戦闘中、シグナルロストした機体がありました」
あえて「死んだ」とは言わない川口の配慮に、祐一は小さく目を細めた。
「それは?」
「・・・・・・」
「川口」
「・・・春原軍曹のGDキャノンと、・・・川澄曹長のガンダムアークレイル、です」
「――――――」
一瞬、祐一の頭が真っ白になった。
その答えは・・・予想を軽く凌駕するほどの衝撃を祐一にもたらした。
「・・・MSデッキの方には確認を取ったのか?」
なんとか言葉を口にする。しかし川口は小さく頷いた。確認をとっても・・・いなかった、と。
「・・・そう、か」
それだけを、絞るように口にする。それだけの言葉を吐くのに、なぜか多大な労力を使った気がした。
ブリッジを漂う嫌な空気。沈痛な面持ちを浮かべるクルーたちに比べ、祐一の表情はどこか冷めていた。
・・・だが、それは外面の話しだ。
祐一は、上手くその事実を処理できないでいるだけだった。
舞と、芽衣が、死んだ。それを、どうしても飲み込めない。
「あ・・・艦長」
「・・・なんだ?」
「キサラギの一ノ瀬艦長より通信ですが・・・」
「・・・繋いでくれ」
ブン、という音と同時、モニターにことみの顔が映りだす。
『相沢くん。これからのことだけどイブキに―――、相沢くん?』
なにかを言いかけたことみだったが、祐一の表情を見て動きを止める。彼女も祐一とはまだ短い付き合いだが、なんとなくわかったのだろう。
『なにか・・・あったの?』
そして、そんな短い付き合いであるはずのことみに異常が気付かれてしまうほどに、いまの自分は表情が崩れているのだろうか、と自嘲気味な笑みを浮かべて、
「・・・こっちの主要メンバーが二人。さっきの戦闘中でシグナルロストしたらしい」
『あ・・・』
その言葉にことみの表情が暗くなる。それは同情などといったものではなく・・・なにか嫌なことを思い出してしまったかのような、そんな痛々しい表情。
聡い祐一はすぐさま悟った。
「そっちにもいるんだな。ロストした奴」
『・・・うん』
深く項垂れることみ。
『みさ・・・川名大尉が』
みさき、と言おうとしたのだろうか。察するに、ことみとみさきは仲が良かったのだろう。それとわかるニュアンスだった。
「こっちは・・・川澄曹長と春原軍曹が・・・な」
『え・・・?』
ことみが呆けたように呟く。それはおそらく後者の名だろう、と祐一は当たりをつける。なぜなら、
「確かキサラギには・・・春原芽衣軍曹の兄がいたよな?」
『・・・うん』
「そうか・・・。その人に恨まれてしまうかな、俺は?」
『そんなことは・・・』
「いや、いいさ。怒りの捌け口ってのは必要さ。それで少しは気が済むのなら、俺は甘んじて受け入れる。それも、上に立つ者の責務だからな」
『・・・でも、それじゃあなたは?』
不意な言葉に祐一の動きが止まる。祐一もことみを察したように、ことみも祐一の言葉から察していたのだ。
だがその静止も一瞬。祐一は小さく、疲れたような笑みを浮かべて、
「そんなの・・・お互い様だろう?」
『・・・・・・』
いや、むしろそれを背負っていながらもすぐにこれからのことに頭を切り替えられることみの方が自分よりよっぽど強いだろう、と祐一は思う。
見る者が見れば薄情に思うかもしれないが、祐一にはわかる。そしてキサラギのクルーも、彼女の友人たちもわかるだろう。彼女がそんな人物ではないと。
・・・ならば、自分も腑抜けてはいられない。
省みて、過去を攻めるのは・・・それだけのゆとりがあるときで十分だ。
これ以上の後悔は・・・したくない。
「それで、一ノ瀬。これからどうするんだ? イブキがどう、と言っていたようだけど」
『あ・・・、うん』
ことみにもそんな祐一の意思が通じたのだろうか。一回だけ大きく深呼吸し、次の瞬間にはいつもの艦長然としたことみの姿勢がそこにはあった。
『以前私はイブキに行って統治者の伊吹公子さんに会ったことあるんだけど、あの人なら事情を話せば悪いようにはしないと思うの』
「随分と信頼しているんだな」
ことみは小さく笑みを浮かべ、
『相沢くんも会えばわかると思うの』
「・・・そうか」
『いずれイブキ軍の人たちが来ると思うけど、そっちには私から言っておくの。だから・・・いまは休んでおいて』
にこりと。そんな笑みを残し通信は切れた。
「・・・まったく」
やれやれ、といった風に頭を掻く。
―――お前だって悲しいだろうに。なに無理して笑ってるんだよ。
とは言っても仕方のないことだろうか。艦長は、クルーが不安になるようなことはしてはいけないのだから。
「そういうわけで、カンナヅキはこのまま待機だ。皆も交代して休んでおいてくれ」
「艦長こそ休まれてはいかがです?」
「そうもしてられないだろ。これから異国に入るんだぞ? いくら一ノ瀬が応対するとはいえ、その状況下で責任者がいないのはまずいだろう?」
「それはそうかもしれませんが・・・」
「だからお前たちが休んでろ。俺もゴタゴタが納まったら休憩を取る」
「・・・はい」
クルーたちが相談をしつつ幾人かがブリッジを出て行く。それを艦長席から見下ろしていた祐一は、視線を天井へとずらした。
疲れている目を休ませるように瞼を閉じ、その上から手で覆う。思わず、再びため息が漏れた。
なるほど。確かにことみの言うとおりイブキは話のわかる国であるらしい。
イブキはこちらの状況を知ると入国を快く受け入れてくれて、航行が出来る程度には艦の修理と補給までしてくれると言う。無論、武装面の補給まではしないだろうが。
そんなこんなでイブキの艦に引っ張られて無事入港を遂げたカンナヅキとキサラギ。
代表である伊吹公子の計らいでクルーたちは皆自由にイブキへの出入りを許され、重傷者も艦内の治療室よりも施設の整った病院へと搬送された。
まぁ、つまりは至れり尽くせり、というやつである。
そして祐一はといえば、ことみと共にそのイブキの統治者であり代表である伊吹公子のもとへと足を運んでいる最中だった。
前を歩くのは従者だそうで、以前にことみと面識があったらしくすんなりとここまで通された。
ここは公子の住まいである屋敷である。
だが、と祐一は考える。どうにも一国の長が住まうには小さすぎる屋敷ではないか、と。
そうして廊下を歩きながらいくらかキョロキョロと周囲を見渡していた祐一の横で、吹き出すような笑いが聞こえた。
「一ノ瀬?」
「あ、ううん。私も最初はそうだったから」
「そうか」
「着きました」
ことみに頷き返したのと同時、目の前の従者が歩を止めて扉を開いた。
そのままことみと祐一は部屋へと足を運び・・・そして祐一は再び唖然とした面持ちを浮かべる。
「ご苦労様です」
「こ、公子様!? お茶の用意は私がしますと何度仰ればご理解いただけるのですか!?」
「そう言わずに。これも私の趣味の一つなんですから、自由にさせてください」
「いや、でもそれは・・・。ほら、連邦の方も驚いていらっしゃいますし!」
視線がこちらに向けられる。するとにこり、と公子は微笑みながら、
「紅茶に好き嫌いはおありですか?」
「え、あ・・・いえ、別に」
「そうですか。それは良かった」
「こ、公子様〜〜」
微笑を浮かべながら嬉しそうに手を合わせるその姿。上に立つ身でありながらそれを感じさせない穏やかな雰囲気。
それは祐一の知る、古河早苗や・・・水瀬秋子のようだった。
「・・・で、では公子様。なにかありましたらお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
どこか疲れたような重いため息を残し、従者の少女がゆっくりと部屋から出ていく。
そうして残された祐一とことみを等分に見渡し、公子はテーブルに紅茶のカップを置きながら、
「お久しぶりですね、一ノ瀬艦長」
「お久しぶりです。伊吹代表」
「あと、そちらは初めまして、ですね。私はイブキ代表の伊吹公子です」
「初めまして。地球連邦軍所属、カンナヅキ艦長の相沢祐一少佐です」
頷き、どうぞ、と座るように促す。それに伴い祐一とことみもその対面に座る。
公子は座ると同時、カップを持ち上げて一口、口に含んでからゆっくりとこちらを見た。
「大体の事情はこちらでも把握しております。色々と・・・大変だったようですね」
その言葉に、祐一もことみも返事を返せない。うやむやに頭を垂らすだけだ。
そんな二人を見て、公子はカップをテーブルに置く。
「現状、世界がどうなっているかはご存知ですか?」
「いえ。艦の損傷が激しいのか、はたまたコロニー落下による電磁場の荒れがひどいのかはわかりませんが、詳しくは・・・」
顔を上げた祐一に、公子は先程紅茶を入れている姿からは想像もできないほどの重い様子で頷く。
「そうですか。・・・では、まずはこちらを見てください」
そうして公子は手近にあったリモコンを手に取り、側面に取り付けられたテレビに向ける。
「!?」
映りだした画面を見て、祐一とことみは思わず小さく声を漏らした。
そこに映っているのは、コロニー落下の際のものだ。コロニーが雲をつき抜け墜落し、大地を穿ち、核か原子爆弾かと思わせるほどの大爆発が街を焼いていた。
コロニー落としの阻止に失敗したときからこうなることはわかっていたことだが、やはりこうして見せ付けられたら、悔しさが募る。
だが、次に放たれるニュースキャスターの言葉に、二人は愕然としてしまう。
『このコロニー落しでの死者は数万から数十万と言われ、これは地球連邦からの避難勧告が出ていなかったことが原因であると―――』
「「なっ!?」」
バン、とテーブルを叩き祐一は思わずテレビに向かって身を乗り出した。
「避難勧告が出ていない!? どういうことだ、ヨーロッパから北アフリカまで避難勧告は出したはずじゃなかったのか!?」
「やはり、なにも聞かされていないのですね」
「それは・・・どういう・・・?」
『地球連邦側は避難勧告は出したが、現地での混乱が予想以上であり、この通達が上手く回らなかった、と謝罪のコメントを発表しており―――』
「相沢さん。地球連邦の軍人ではなく、一人の将兵としてお答えください。いまの言葉、どう思いますか?」
「・・・」
いまの言葉、というのはニュースキャスターの言葉のことだろう。そして『連邦軍人』ではなく『一人の将兵』として、というのは・・・、
―――連邦としての面子ではなく、本音で言ってほしい、ということか。
本来なら「その通りだと思います」と言うのが普通だろう。しかし、それと簡単に言えるほど祐一は連邦に思いを寄せてはいない。
「・・・避難勧告を出したのは大まかな落下ポイントを算出してすぐなので、コロニー落としの二日前です。どれだけ悠長に連絡を取ったとしても、混乱が始まる前には現地に通達は届いたでしょう。となれば・・・」
「故意に、通達を遅らせた。あるいは・・・最初から避難勧告を出していなかった。そういうことになりますね?」
「・・・はい」
公子はふぅ、と息を吐く。
「やはり多くの将兵にはそのことを知らせていなかったようですね。早苗さんがそんなこと知っていたら、見過ごすわけないですからね・・・」
「古河少将をご存知なんですか?」
訊ねることみに対し、公子は小さく笑みを作る。
「ええ、まぁ。このイブキにも彼女の援助はありましたからね。いくら感謝してもしたりないくらいに」
しかし、その表情もすぐさま曇る。
「ですけど、そんな早苗さんだからこそ、いまはどうなっているか・・・。少し心配です」
それは祐一もことみも同意権だった。とはいえ、現状連邦とは連絡が取れない状況であるから、どうしようもないのだが・・・。
「あ、そういえば」
と、不意に公子が祐一へと振り向く。
「どうやらうちの妹がお世話になっていたようですね」
「・・・はい?」
「風子のことですよ。お騒がせしていたそうで」
「・・・あ」
それを聞き、祐一はアルペロンコロニーでのあの言葉を思い出す。
『今度、風子の姉が結婚するんです』
「とすると、今度結婚するという風子の姉と言うのは・・・」
「はい、私です」
祐一を小さな衝撃が襲った。
確かに風子の姓は伊吹。そこからわかってもおかしくなかったのに、彼女の性格や雰囲気からまるで想像できなかった。
しかし、そうなると祐一は公子に謝らなければいけないことがある。
「すいません。病院に入院までしていた妹さんを、軍なんかで使ってしまって。挙句、今回は怪我までさせて・・・」
しかし公子は笑みのまま首を横に振る。
「風子はああ見えて芯のしっかりした子です。きっと、あの子が自分で考えて、自分で決めた結果なのでしょう。なら、私がとやかく言う問題ではありません。まぁ、一度話しはするつもりですけどね」
「そう・・・ですか」
一瞬。一瞬だけだが、その瞳に憂いが浮かんだ。それは一国の長のものではなく、あくまで妹を心配する姉のものだったと、祐一はそんな気がした。
「まぁ、その結婚もこのゴタゴタでは延期せざるを得ませんけどね」
苦笑気味に呟いた公子だったが、次の瞬間にはなにかを思い出したように表情を変え、再び祐一に向き直る。
「そうだ。忘れるところでした。一つお尋ねしたことがあるんですが」
「なんでしょう?」
「形式番号RX−90−0−A、ガンダムアークレイルというのをご存知ですか?」
「!?」
祐一は驚愕に身を震わせた。
「ど、どうしてそれを!?」
「それが―――」
公子がその先を口にしようとしたとき、妙に廊下側が騒がしいことに気付いた。
『ちょ、ちょっと待ってください! いま公子様たちは会合中で・・・!』
『離しなさい! 私はそれよりも聞きたいことがあるのよ!』
そして、バン、と勢いよく開け放たれる扉。その向こうで従者たちの制止を無視してつかつかと部屋へと入ってくる人物を見て、祐一は思わずその名を口にした。
「天沢・・・郁未?」
キッと、郁未のあまりに強い視線が祐一を貫いた。なにが、と訊ねる余裕もない。郁未は祐一に飛び掛りその襟首を掴み上げるといきなり壁に叩き付けた。
「ぐあっ」
「郁未ちゃん!」
「どういうことよ!」
公子の制止すら無視し、郁未は祐一を問い詰めるように襟首を揺する。
だが祐一にはなんのことか皆目見当がつかない。だから問い返す。
「な、なんのことだ!」
「とぼけないでよ! 舞が・・・舞がいないのよ!」
「なっ・・・」
「舞のガンダムがこのイブキの近海に墜落したの! だから急いで行ってみたけど、もうガンダムはボロボロで・・・コクピットに舞の姿がなかったのよ!
脱出してるのよね!? 墜落する前に脱出して、艦にいるんでしょう!? そうなんでしょう!?」
「・・・イブキに舞のアークレイルがあって、・・・でもこっちにも脱出していない?」
「・・・ちょっと待ちなさい。『も』ってどういうことよ・・・?」
郁未がどうしてイブキに、とかガンダムアークレイルが偶然にもイブキの近くに落ちたていた、とかそんなことは祐一の頭にはもうない。
頭を占めるのはただ一つの事実。
舞がいない。アークレイルがあるのに舞がいない。そこから示しだされる結論は・・・わずかな希望すら打ち砕くには十分な威力があった。
「どういうことかって、聞いてるのよ!」
ガン、と郁未が祐一を再び壁に叩きつける。
「あんたほどの男がいながら、どうしてこういうことになったのよ!」
もう一度。
「避難勧告は出さない! 逃げ遅れた人たちを助けようとしたエゥーゴやカラバはネオジオンの妨害やコロニー衝突の余波でほとんど壊滅!
カラバのまとめ役だったハヤトさんも死んだ!」
もう一度。
「そしてなに? 舞まで死んだって言うの!? ・・・あんたは宇宙でいったいなにをしてたのよっ!!」
もう一度。
「なんとか・・・言いなさいよぉ!」
もう一度。打ち付けて・・・しかし今度は郁未がずり落ちていく。床には彼女の瞳からこぼれた雫が跳ねていた。
そんな郁未を緩慢な動作で見下ろして、祐一は小さく、呟いた。
「・・・あぁ、俺は・・・無力だったよ」
「!」
キッと、再び郁未に睨みつけられる。
それを祐一は甘んじて受け入れていた。仕方のないことだと。それだけのことをしたのだと。
「うあぁぁぁぁ!」
郁未が立ち上がり拳を振り上げる。祐一もそれを受け入れようとしていた。
だが、割って入ってくる影があった。
・・・公子である。
「郁未ちゃん。もうやめなさい」
「でも!」
「あなたにだって本当はわかっているでしょう? この人がどうかしたからこうなったわけじゃないと」
「・・・わかってる」
郁未の拳が、力なく落ちていく。
「わかってるけど、でも・・・!
舞は良い奴だったのよ! こんな、こんなところで死んで良いような奴じゃ・・・なかった!」
郁未とてわかっている。戦争をしているのだ。いつ死んだっておかしくはない。
ただ・・・、ただこうも連邦の不手際というか黒い側面ばかりを見せられてしまうと、そこに属している祐一ですら憎くなってくる。たとえ祐一はそういう人物ではないなのだと、頭で理解はしていても・・・。
「郁未ちゃん。あなたももう少し休みなさい。ダブリンから帰ってきてまだそう時間も経ってないんだから」
「・・・・・・はい」
声が震えている。しかし郁未は公子の言うとおり部屋を出ようとした。その途中、
「・・・ごめん」
聞き取れるか取れないかくらいの声で、祐一に囁きながら。
部屋から去っていった郁未の背中を眺めていた祐一に、脇から公子の声が届く。
「すいません。彼女もダブリンでの戦いで多くの仲間を失い、また救えなかった多くの命に対して責任を感じていて・・・」
「・・・いや。責められるだけのことをしたんです。連邦・・・俺たちは」
その言葉に、公子ですら沈痛な面持ちを浮かべる。
そんな祐一を見て、ことみは公子を見やる。
「代表。良ければこの先のお話は私だけで、というわけにはいかないでしょうか。相沢少佐はかなり疲弊しているので、休ませてあげたいのですが・・・」
「ええ、構いませんよ。というより、むしろそうしてください」
「ありがとうございます」
ことみは礼を言い、ゆっくりと祐一へと近寄っていく。
「そういうことだから、相沢くん。後は任せて欲しいの」
「しかし一ノ瀬・・・」
「相沢くん。いまの自分を鑑みて、冷静な判断を下せると思う?」
「・・・思わない」
「そうわかるのなら、いまは休んで。お願い」
「・・・わかった。カンナヅキに戻って仮眠でも取るよ」
そこまで言われては、祐一としては下がるほかにない。これ以上足手まといになるのも良くないだろう。
「すまん、一ノ瀬。あとは頼む」
「任せて欲しいの」
「あぁ、すまない」
ゆっくりと、緩慢とした動作で歩き去っていく祐一の背中は、見ているほうが痛々しいほどだった。
「・・・辛そう、ですね」
「真面目な人なんです。全てを重く受け止めて、自分の力が及ばなかったことを苦悩する。割り切れば楽なのに、決してそれをしない人」
「それは、あなたも同じなのではないですか?」
「・・・いえ。私じゃ、あそこまでは」
ことみが苦笑を浮かべ再び座る。公子もそれに倣い座るのを待ち、ことみは口を開いた。
「けれど、どうしてカラバの天沢郁未さんがこのイブキに?」
「いえ、彼女はもともとイブキに住んでいたんですよ。カラバに行く前は」
「そうなんですか?」
「はい。話して良いのかどうかわかりませんが・・・、いえ、聞いてもらいましょう」
公子はソーサーからカップを持ち上げて口に含む。大分、冷めてしまった。そんなことを思いながら、過去を口にする。
「彼女は・・・昔連邦で行われていた強化人間の被験者なんです」
「え・・・?」
「けれど、彼女はあるときその実験施設から脱走しました。幾人かと共に抜け出したはずが、気付けば散り散りに分かれてしまい、一人だったそうです。
そうして当てもなく彷徨っていた彼女と、私が会ったんです」
「ということは・・・」
「はい。その日から彼女はイブキの人間になりました。
・・・しかし、グリプス戦役が始まりティターンズがその力を跋扈し始めた頃、彼女は連邦への強い恨みと憎しみからイブキを抜けてカラバへと身を寄せたのです」
公子はもう一度カップを傾けて、テーブルに戻す。
「けれど、そのカラバも今回のコロニー落としで大きな痛手を受けたようで、ほぼ壊滅。憂いを感じたアムロさんが郁未ちゃんを説得してここに戻させた、というのが経緯です」
「そう・・・だったんですか」
ことみはそれ以上を口にすることが出来なかった。
そんなことみに、公子は苦笑を浮かべて問う。
「良くも悪くも、今回のコロニー落としは世界の情勢を大きく変えましたし、これからも変わるでしょう。
それはエゥーゴも、カラバも、ネオジオンも、連邦も、・・・そしておそらく我々も。
さて、この状況下で、一ノ瀬艦長。あなたたちは、どうしますか? ・・・どうしたいですか?」
だが、その問いに対する明確な答えをことみは持ち合わせていない。
なにもかもがわからない。いまは、そういう状況なのだから。
「なんだって・・・?」
岡崎朋也はその旨をブリッジクルーから聞き、思わず聞き返してしまった。
「いえ、ですから・・・。川名大尉、川澄曹長、春原軍曹が先の戦闘で行方不明なんです。戦闘中にシグナルロストしたので、おそらくは・・・」
徐々に声を小さくしていくクルーの少女。しかし、朋也にはそんな彼女に意識を向けていられる余裕はない。
「川名と芽衣が・・・死んだ?」
川澄、という少女に関して朋也はほとんど知らない。しかし、残りの二人は知りすぎるほどに知っていた。
馬鹿な、と思う。しかし、この前のコロニー落とし阻止の戦いは各所でかなりの激戦が繰り広げられていた。なんせカンナヅキとキサラギの戦力でも一番被害が少なかったのが朋也たち三人であり、他にも機体が大破していたりする者も多くいると言う。
それならば、もしかしたらそういうことだってあるかもしれない。みさきは二つ名持ちとはいえ、無敵ではないのだから。芽衣に至っては、彼女の実力では・・・と思ってしまう部分もある。
沸々と悔しさが込み上げてくる。そして無力感も。
自分が何かを出来た状況ではないし、あのときできる限りのことをしていたというのは自分でわかっている。
しかし、それとこれとは話しは別だ。身近の者が死んだと聞くと、毎度自分の無力さを呪うのは、もはやパイロットとしての宿命だろう。
だが、誰もが朋也のように順応できはしない。
「あはは・・・なに言ってるんだろうね、この娘は」
それは春原陽平。・・・行方不明になった春原芽衣の兄である。
「まったく。そんな嘘や冗談。性質が悪いにもほどがあるってーの。な、岡崎?」
「春原・・・」
「そんなわけあるはずないの。ほら、早く嘘だって言ってよ」
「・・・え、あの・・・」
「ほら、言ってよ、ねぇ」
「・・・あ、の」
「・・・言えって言ってるだろう!」
「きゃっ!」
「よせ、春原!」
思わずそのクルーの肩を強く握った陽平を、朋也は無理やり引き剥がす。
「落ち着け、春原!」
「そんなわけあるはずないだろう! 芽衣が、あの芽衣が死ぬなんてありえないよ!」
「春原っ!!」
振り向かせ、叫ぶ。それにより動きを止めた陽平だったが、しかし力が抜けたようにずるずるとその場にへたり込んだ。
「芽衣は・・・芽衣はとっても良い奴だったんだ! 僕みたいな兄にも、なんだかんだ言いつついろいろと支えてくれたんだ!
いつも格好悪い気がして突き放すようなことしてたけど・・・とっても、とっても救われてたんだ!」
「春原・・・」
「そんな、こんなとこで死んじまったら・・・、僕、いつ礼を言えば良いんだよっ! くそ、くそぉ!!」
床を強く打ち付ける陽平の姿は、とても不憫でならなかった。
そんな陽平に、朋也は掛ける言葉が見つからない。
こんな光景は、何度も何度も見てきたというのにもかかわらず・・・。
戦場を転々とし、幾度も見てきた。友を撃たれ、家族を撃たれ、慟哭とともに咽び泣く人々を朋也は何度も何度も見てきたのだ。
その度に思う。どうして戦争は終わらないのだろうか、と。
撃つ方も撃たれる方も、近いうちには立場が逆転し、同じ境遇に追い込まれるというのに。同じように悲しみを抱きながらも、それを止めようとはしない。
・・・否、その悲しみがあまりにも強烈だからこそ、思うのだろうか。相手にも同じ思いをさせてやろう、と。
「そんな繰り返しで・・・戦いが終わるかよ」
拳を握る。強く握られた拳からは、血がゆっくりと零れていった。
無機質な照明が部屋を照らし出す。
白く照らされた天井をボーっと眺め、少女はベッドに横たわっていた。
「調子はどうですか?」
不意にドアが開き、一人の女性が入ってきた。しかし少女はそちらに見向きもしない。そんな動きですら億劫なのだ。
「まぁまぁ・・・です」
それとだけ、答える。それに対し女性―――彼女の上官である水瀬秋子は苦笑を浮かべ、
「まぁまぁ、なわけないでしょう? いまだって激痛が身体を襲っているはずですが?」
確かに体の節々が悲鳴をあげている。体の至る部分には包帯が巻かれ、その包帯も既に真っ赤に染まっている。
「出血もかなりのものですが、なにより激戦の中での脱出ポッド射出でしたから、かなり破片が身体に突き刺さっています。中には骨にまで達しているものまであるそうで、これはアクシズに戻ってしっかりと摘出手術をしないといけないそうです」
「そうですか」
「医療班が言うには、おそらく全治一ヶ月程度だ、ということです」
「そうですか」
同じ答えしか返さない少女に秋子は気付かれないように吐息一つ。
しかし、それも仕方のないことだろう。彼女・・・倉田佐祐理は、最も親しい友人を、同時に二人失ったのだから。
秋子はベッド脇の椅子に腰を下ろし、そのボロボロの身体を見下ろす。なによりも痛々しいのは、まるで感情というものをごっそりと失くしてしまったかのように見えるその表情だった。
「佐祐理さん。あれは仕方のなかったことなのです。美汐さんがやられるほどに、あなたの友人は強かった。そしてそれをあなたが倒した。これが戦争であるのなら、それは・・・本当に仕方のないことなんです」
佐祐理はその言葉に対し、小さく頷くに留めた。
それは、言われなくてもわかっている。しかし、理解できるのと納得できるのでは意味が違う。そうして思考の坩堝に落ちていく佐祐理にだからこそ、秋子は再確認のためにと敢えて当然のことを口にしたのだろう。
しかし、こればかりは駄目だ。佐祐理の心は二人の親友を失った悲しみと切なさと虚無感で一杯になってしまっている。
そこへの言葉は、正に暖簾に腕押しだ。
秋子も悟ったのか、小さく息を吐くと何も言わずその部屋を後にした。こういうのは時間だけしか解決できないと、秋子の豊富な経験が告げていた。
そうして再び一人になり、静寂の包まれた部屋の中。佐祐理は小さく口を開いた。
「美汐・・・、舞・・・」
その名を口にして、そして同時に涙が頬を伝った。
夢を見た。
昔の・・・自分がまだずっと幼かった頃の夢だ。
初めての海ではしゃいでいる自分がいる。一緒に水を掛け合いながら遊んでいる親友がいる。そんな二人を微笑ましそうに眺めている両親がいる。
幸せな風景。幸せだったはずの日常。
それは戦争というもので、もろくもあっさりと破壊されてしまった。
両親が死んだ。親友とははぐれてしまった。そして自分は・・・光を失った。
視界にはただ闇だけしか見えなくなった。その事実が、これからの未来を示唆しているようで、・・・とても怖かった。
けれど、憎しみがそんな自分を突き動かした。戦争が憎い。戦争を起こすきっかけになったジオンが憎い。
ジオンがいなければ、こんな戦争なんて起こらず・・・こんな不幸が襲ってくることもなかったのに、と。
その憎しみを糧に、自分は戦うだけの力を手に入れた。
相変わらず目は見えないが、その分他の器官が発達し、ニュータイプとしての感覚も研ぎ澄まされた。
戦うには、それだけで十分だった。
・・・けれど、その力も、戦う意義ももう失った。
再び闇が自分を襲う。もう、何も見えない。見えてこない。
何をしたら良いのかわからない。
誰か、教えて―――。
「・・・き」
誰か―――。
「み・・・き!」
教えて・・・。
「みさき!」
「・・・う・・・ん?」
そこで彼女―――川名みさきのまどろみの中にあった意識が覚醒する。
光を灯さない瞳ではここがどこで、いまが何時で、名を呼んだのが誰かはわからない。だが・・・はっきりと、一つだけわかるころがある。
自分がいまだ生きている、ということだ。
「そっか・・・。生きてるんだ、私」
あのときの戦いでてっきり死んだと思っていたのだが・・・どうやら自分はよっぽど悪運が強いらしい。
「それで・・・ここは連邦? それとも・・・ネオジオンかな?」
「ネオジオンよ。みさき」
「そっか。ネオジオンか・・・って、え?」
不意にその声に懐かしさを感じ、みさきは見えない瞳をその人物がいるだろう方向に向けた。
その挙動に対し、その人物が笑みを浮かべたのがわかる。それくらいには、みさきの感覚は通常時に戻りかけていた。
「久しぶりね、・・・みさき」
「その声・・・。もしかして・・・雪、ちゃん・・・?」
「うん」
「ホントに・・・ホントに、あの・・・雪ちゃん」
「そうよ、みさき」
見えないが、見えるようにわかる。相手・・・深山雪見がきっと微笑んでいるということが。
「あ・・・」
みさきの頬を涙が伝った。
そして次の瞬間、痛む身体を振り切って、みさきは雪見に抱きついた。
「雪ちゃん、雪ちゃん! 生きてたんだね! 雪ちゃん!」
嗚咽をこぼしながら抱きついてくるみさきに、雪見は柔和な笑みを浮かべて、その背に手を置く。
懐かしい温かさだ、と互いに思う。
雪見の瞳からもこぼれるものがあった。
「会いたかった、みさき。ずっと、ずっと・・・!」
「私も、私も会いたかったよ、雪ちゃん・・・!」
雪見は、みさきと戦うとわかってもその姿勢こそ崩さなかったが、それでもだいぶ躊躇ってはいた。
しかし仕方のないことだとなんとか自分の心を誤魔化しやってきたが・・・直に会えばこの様だ。
所詮人というのは、そういうものなのだろう。
そうして二人は互いの名を呼び合いながら、ただ嗚咽を繰り返しながらその身を強く抱きしめあった。
志乃まいかは生きていた。
無論無傷ではない。とはいえ、その身体には大した傷こそなく、およそ全治一週間といった程度だろう。
「ふぅ・・・」
止血された自分の腕や肩を見て、まいかはそのまま壁に背を預けた。
ここは、独房である。
戦闘の際、機体に大きなダメージを受けたまいかはそのままネオジオンに捕まってしまい、捕虜となったのだ。
これからどうなるのだろうか、と思い耽っていると、不意に独房の中に影が差した。
誰かがいる、と、廊下側に目を向けて―――、
「―――っ!?」
思わずまいかは立ち上がり後ずさった。その瞳に・・・憎しみの炎を灯して。
「志乃・・・さいか!!」
吐き捨てるような台詞の先、志乃さいかがただ蔑んだような瞳を浮かべてそこに立っていた。
「お久しぶりですね。・・・まいか」
「私の名を軽々しく呼ばないでください!」
「そういうあなたこそ姉の名を呼び捨てにしているでしょうに。しかし・・・なるほど。どうやらあなたはまだわたしを恨んでいるようですね」
「当然でしょう! あなたのせいで・・・あなたのせいでお父さんもお母さんも死んだ!」
姉妹間にも関わらず敬語という奇妙な会話。
しかしそれよりも・・・姉妹間であるにもかかわらず交錯する視線は厳しく、また冷たい。
「・・・そうですね。わたしのせいで、お母さんたちは死んだ」
しかし、さいかの表情に一瞬自嘲気味な笑みが浮かぶ。それに対しまいかが怪訝な表情を浮かべると同時、さいかが出し抜けに変なことを言ってきた。
「逃がしてあげましょうか、まいか?」
「・・・え?」
唖然とするまいかに、さいかは歳とは不相応な優雅な・・・しかし怖い笑みを浮かべて、
「あなたがわたしの言うことを一つ聞いてくれたら、逃がしてあげますよ。どうします? わたしを、殺したいのでしょう?」
「どういうことですか、これは!」
机を強く叩きつけて声高に叫んだのは古河早苗少将だった。
ここは地球連邦軍本部、ジャブローである。その軍会議にて早苗は他の少将たちを見回しながら、いつもの温和な彼女から想像もできない厳しい表情を浮かべていた。
他の重鎮たちは早苗を侮蔑するような視線を寄越すか、ばつの悪い表情を浮かべて頭を垂らしているかに分かれている。前者は早苗を邪魔者扱いしている面々であり、後者は早苗を支持こそしているものの周囲の反応が怖くて援護できない連中だ。
「どういうこと、と言われましてもね。これが事実ですが・・・それ以外にどう言えと、古河少将は仰るのですか?」
中でも侮蔑の色を強く瞳に浮かべているのは彼女の真正面に座っている久瀬隆之理事だった。
彼は手元の資料を手に取り、挑発するようにヒラヒラと手で遊びながら、
「確かに? これだけの被害は大変遺憾であり、また許せるものではありません。しかし、実際避難勧告は本部から出されたのです。それが現地に届かなかったのは連絡がどこかしらで途絶したからでしょう。もしかしたらなにかしらの妨害工作を受けたのかもしれませんし、自然災害かもしれません。とはいえ、結果的に避難勧告は届かず、こうなってしまった」
「それがそもそもおかしいのです! 我々がコロニー落としの事実を知ったのは墜落よりも二日も前なんですよ!? 避難勧告が届かないなどと、そんなことがありえるはずがありません!」
「ならば古河少将はどのようにお考えで?」
「それは―――」
誰かが・・・しかも連邦上層部の人間が、故意に避難勧告を押しとどめた、と早苗は思っている。
しかしここで一人それを声高に叫んでも意味はない。下手をすれば反逆罪を言い渡されるかもしれない。言いがかりであるが、ここにいるのは自分と同等ないしそれ以上の権力を持った者ばかりだ。
迂闊な物言いで自分だけならまだしも、自分の周りの者を巻き込むわけにもいかない。
そうして悔しそうに口を閉ざす早苗を見ていた隆之は、心中でほくそ笑んでいた。
―――頭が回りすぎるというのも考え物ですね。何も考えずに行動すればいくらかどうにかなるかもしれないものを。
リスクを恐れ、それより先に行動できない。そんな早苗は、しかしある意味隆之にとっては御しやすい存在であった。
「ご理解いただけたようですね、古河少将。では次に―――」
「で、ではあの後、コロニー落下阻止作戦に最後まで残った艦隊の安否は!? それは確認されたのでしょうか?」
なにを今更、と隆之は眉を傾ける。
「古河少将、現実をもう少し冷静に見てください。あそこに残った面々が、あの状況で生きていられるとでも思っているのですか?」
「万が一ということもあるでしょう!」
息巻く早苗に、隆之はやれやれと首を振る。
「光学映像で確認しましたが、地球周期軌道には艦の残骸しか残っていませんでしたよ。生存者は・・・ゼロです」
「そんな・・・そんなことあるはず―――」
「古河少将!」
早苗の言葉を遮り、珍しい隆之の大きな声が作戦室に響く。
「知人が戦死されたという事実は確かに受け入れ難いものでしょう。ですが、我々はそんな過去のことに目を向けている余裕はないのですよ。
ネオジオンがサイド3を譲渡すれば地上のネオジオン勢力は撤退させるという交換条件を提示してきたのです。
いまは、そのための会議のはず。そんな昔の事は早々に割り切って欲しいものですねぇ? それでもあなたは上に立つ者ですか?」
早苗はそんな隆之の言葉に頷き返せるはずもない。
それは過去に死んでいったものなど早々に忘れろ、という意味であり、引いては兵士のことなど使い捨ての駒と切り捨てろという意味だ。
そんなものを認められるはずがない。だが、一聞隆之の物言いは正しいように聞こえる。
事実、他の将兵たちも隆之の言葉に頷きを見せていた。
押し黙る早苗。それが認めていないという意思表示であることを理解しながらも、隆之はさっさと先へと向かわせようとする。
「古河少将にもご理解いただけたようなので、この案件について話し合いましょう。・・・古河少将、どうぞ着席なされてください。まさかそのまま立っているわけにもいかないでしょう?」
明らかに侮蔑とわかる言葉に、幾人かの将兵たちから忍び笑いが漏れる。
早苗は強く歯噛みしながらも、自分を強く律して、腰を下ろした。
隆之が歪んだ笑みを浮かべる。
古河早苗は、悲しいほどに孤独だった。
とある宇宙空港。
そこでは諸々の手配を終えて宇宙へと上がろうとしているシャトルがある。
白い船体の側面には、ある名家の家紋が刻まれている。
その家紋は、ネオジオン官僚である、宮沢のものだ。
離陸準備に取り掛かっているその船体の中では、一人の少女と一人の老人が打ち上げを待っていた。
「すいません。不測の事態だったとはいえ、先生まで宇宙へお連れすることになってしまって・・・」
「ほっほっほっ。なぁに、構わんよ。・・・それだけ世界はいま混乱していると・・・そういうことじゃからな」
「先生・・・」
少女―――宮沢有紀寧はそうやって笑う深い皺を刻み込んだ老人に笑みを浮かべる。
老人の名は幸村俊夫。有紀寧の学生時代の恩師であり・・・また、それ以後の彼女の行動を影ながら支えてきた人物である。
「それだけ大切な友人なんだろう? この娘は」
「・・・はい」
有紀寧と俊夫が横へと顔を向ける。
そこには見た目に重傷な少女が、長く綺麗な黒髪をベッドに散らしていた。
固定のために括りつけられたベルトをその手でなぞり、有紀寧はその少女の顔を覗き込む。
「待っていてくださいね。絶対に、救ってみせますから・・・」
少女は返事をしない。ただ、死んだように深く眠っていた。
あとがき
どうも、神無月です。
さて、今回はお話ばっかりでしたが、次回もこんな感じになりそうです。
上手く事が運べば次々回には新型が出せそうです。そちらもお楽しみに。
では、また。