Episode ]]V

             【落ちる宇宙(そら)(後編)

 

 火線が視界を埋める。

 目の前に見える光景は弾幕とビームの嵐。怒号、悲鳴、そして爆発。

 乱れ飛ぶ殺戮の波に、しかし抗うようにその戦艦、カンナヅキは進んでいった。

「全速前進! ラー・カイラムの横につけろ! あれは火力は高いが防御に乏しい面がある。ラー・カイラムを撃たせるな!」

「敵エンドラ級二隻接近!」

「三連圧縮メガ粒子砲発射用意! キサラギとタイミングを合わせて二つとも沈める!」

「了解!」

 祐一は必死に指示を飛ばす。

 目の前・・・ネオジオンの艦隊の向こうにあるその巨大な建造物を見る。

 コロニー。

 それを、地球に落とすわけにはいかないのだ。

 

 

 そんなカンナヅキの横、激突する二機がある。

「目を覚まして、名雪!」

「気安くわたしの名前を呼ばないでよっ!」

 ビームサーベルを切り結び、火花を散らすのはBDとキャンセラー。七瀬留美と水瀬名雪である。

 一度、二度と斬り合い、結び合う。傍目に、その接近戦の様子は互角だった。

「くっ・・・!」

「わたしと祐一のこと邪魔する奴・・・死ねぇぇぇぇ!!」

 EXAMシステムを起動した留美が、あの名雪と互角なのだ。

 名雪が強くなったのも確かにある。だが、これはそういった問題だけではない。

 留美は本気が出せていない。本人は本気でやっているつもりだが、無意識に力が抜け、攻撃のキレがなくなっている。

 加え、名雪は祐一との“愛”を邪魔されたせいで怒りに燃えている。その迫力に飲まれているところもあった。

 故の互角。

 その事実を知ってか知らずか、留美は舌打ちし距離を取ろうとする。接近戦を得意とするはずの、彼女から。

 だがそれを名雪が許さない。

「逃がさないよ! わたしたちの邪魔をする人は、みんな殺す!」

「名雪・・・!」

 再びの一撃を、留美はシールドで受ける。

 ―――どうすれば良いの!?

 目の前で散る火花を見て、そんなことが頭を過ぎる。

 どうして名雪がネオジオンのMSに乗っている?

 どうして名雪はあゆを倒し、そして自分と戦っている?

 どうして名雪がこんなことになっている?

 全てがわからないことばかりだ。けれど、無情にも現実は刻々と進んでいくもので。

「名雪、お願い! もう止めて!」

「うるさいうるさいうるさい! わたしの名前を呼んで良いのは祐一だけだって言ってるでしょー!」

 駄目だ。名雪はまるで人が変わってしまったかのようだ。

 ―――名雪。

 つらいとき、見ていることしか出来なかった自分。弱い自分。情けない自分。

 ならば、ならばそれをするのは今ではないのか?

 いま名雪を止めることが、自分の出来ることではないか?

 留美は一瞬瞳を閉じ・・・そしてカッと見開いた。

 言うことを聞いてくれないのなら・・・、

「そのMSの腕と脚を?ぎ取ってでも・・・名雪、あなたを連れ戻す!」

 迷いは、一気に晴れた。

「お願い、マリオン! 私に力をっ!!」

 叫びに呼応するかのように、BDのメインカメラが一際強く光を放った。

「えぇぇい!」

「!」

 来るビームサーベルの斬撃をシールドで受け流す。浮いた上体に、留美は素早く一閃を繰り出す。

 キャンセラーのビームサーベルを持った腕が吹き飛んだ。

「なっ・・・?!」

「名雪―――!」

 慌てたように名雪は距離を取り、ビームライフルを放つが、それは留美にかすりもしない。

「なに、なんなの!? いきなり・・・!」

 名雪からすれば、唐突だったのだろう。いきなりMSの動きが良くなったのだから。

 ビームを掻い潜り再び接近してきたBDがビームサーベルを切り上げる。今度はビームライフルを持っていた腕が持っていかれた。

「・・・!」

 名雪はことここで理解した。接近戦で勝てる相手ではないということを。

 名雪はそれに対し怒り・・・というよりも憎しみに近い感情でキッと目の前の機体を見た。

「なんなの!? なんでわたしと祐一のことを邪魔するの!?」

 こんなにも好きなのに。

 こんなにも愛しているのに。

 どうして邪魔をするのか。どうして邪魔をされなければいけないのか。

 名雪にとって、その全てのことが不条理なように感じられた。

「・・・祐一!」

 もう、いい。

 こんな敵はいらない。こんな敵を殺したいわけではない。

 自分がこんなにも、殺したいほど、狂おしく愛しているのは祐一ただ一人なのだ。

「名雪!」

 今度はこちらの頭部を狙いに来た一撃を名雪はなんとか回避してBDの胸部分を蹴りつけ距離を離す。

「ぐっ・・・!」

「邪魔しないでよ!」

 衝撃に呻く留美に言い捨て、名雪はキャンセラーをMA形態に変形させると反転、一気に祐一のところへと向かった。

「しまった!? 名雪!」

 またも気安く名前を呼ぶ敵だ、と思うもそんなことを気にしている暇はない。

 殺す。祐一を殺す。

 それだけを思考で埋め、名雪はただ疾走する。

「ゆういちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 視認したカンナヅキ。残っている武装であるミサイルポッドを展開し、撃ち込む準備をする。

 狙うは艦橋。祐一のいるところだ。

 これで祐一は永遠に自分のもの。その歓喜に打ち震え、艦橋へと肉薄しようかというそのとき、

「えっ!?」

 身体はいち早くそれに反応し回避行動を取っていた。だが、わずかに遅い。

 どこからか放たれた強烈なビームの一撃がキャンセラーの肩から頭部にかけてを貫いた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 爆発する頭部と肩。メインカメラが破壊され、肩に直結したIFシールドは破損。煽りを受けてミサイルポッドまで破壊された。回避がもう少し遅れていれば、動力部に直撃だっただろう。

「なに、どこから!?」

 レーダーにはそれを撃ったらしきMSの影はない。

 ということは、即ちそれはレーダー圏よりも遠方からの射撃だということだ。

 名雪はわからなかったが、名雪の後ろを追いかけてきていた留美にはいまの攻撃が誰のものかすぐにわかった。

 あんな距離からの狙撃、連邦でできる者など一人しかいない。留美と同じく二つ名を持つ少女、

「古河さん!」

 あまり親しい間柄ではないが、それでも何度か本部であったことのある人物だ。

 おそらく彼女も、ラー・カイラムの護衛についているのだろう。

 だが、いまはそんなことを考えている場合ではない。あいまのうちに名雪を捕まえなくては。そう意気込み機体を加速させる留美だが、

「くっ・・・!」

 それよりも早くキャンセラーが機体を翻しここから撤退を始めたのだ。

「ま、待って名雪!」

 だが、留美の言葉も名雪には届かない。聞こえてすらいない。

 彼女の頭にあるのは、祐一を殺せなかったという事実。それだけだ。

「・・・次こそは!」

 祐一と自分のことを邪魔する奴ら。許せない。

「次こそは殺すよ、祐一っ!」

 悔しさと憎しみを吐き捨て、名雪はネオジオン艦隊の方へと消えていった。

 その背中を、留美は悔しげに、そして悲しげに見ることしか出来なかった。

 

 

 理絵と風子の戦いは、最初から理絵優勢のまま進んでいた。

「くぅ・・・!」

 風子は強い。これだけの短期間でこれだけ強くなるパイロットもそうはいない。

 それにガーベラSFも良い機体だ。決して現在の主MSに引けを取らないだけのスペックを持っている。

 だが、それだけではこの相手には勝てない。

 上には上がいる。

 そのことを、風子は地上での戦いで知っていたつもりだったが、やはりそう簡単なものでもないらしい。

 純粋に、理絵の方が強かった。

 パイロットとしての腕も、機体性能も、勝つという思いも、生きたいと願う想いも。

 もう一人前のパイロットだからこそ、力の差がわかる。ニュータイプだからこそ、そんな思いがわかる。

 けれど、風子には引けない思いがあった。

 地上にあんなものを落としてはいけない。地上には、姉と、そして結婚相手がいるはずなのだ。

 カンナヅキをやらせるわけにもいかない。あそこには、・・・よくわからないが、どうしても傷付けたくないと思う人がいる。

 だから風子は決して退かない。相手が自分より強いとわかっていても。

「うわぁぁぁぁ!」

 ファンネルの攻撃がガーベラSFの脚を撃つ。爆発の余波にコクピットが揺れ、その振動に唇を噛んで耐え抜く。

 ・・・もう、ガーベラSFはボロボロだった。普通にいけば、大破判定を貰ってもおかしくないほどに。

 対してRガンダムMkXはほぼ無傷である。

 だが、それでも風子は下がらない。背を見せない。戦おうとする。

 そんな風子を見て・・・理絵は少したじろいだ。

「・・・あなたは」

 唯一。

 唯一、理絵に風子が勝っている部分がある。

 それは守りたいと願う心。誰かを守ろうとする、強い意志。

「風子は・・・風子は、こんなとこで負けるわけにはいかないんです。死なせたくない人がいるんです。どうしても・・・。だからっ!」

 ニュータイプの念が、MSを包み込む。

 緑色のオーラだ。それがガーベラSFを覆う。

「くっ・・・、なんてプレッシャー・・・!」

 満身創痍。そうとわかる、しかしだからこそのプレッシャーが風子から放たれていた。

「だから、風子はっ!」

 ビームサーベルを手に、ガーベラSFが加速する。

「なっ!?」

 そのスピード、どう考えても機体の能力を超えたスピードだ。理絵は咄嗟にシールドを構えるが、

「はぁ!」

「!?」

 シールドごと腕が叩き斬られた。どういうわけか、ビームサーベルの出力が尋常じゃないほどに膨れ上がっている。

 突風のように横を通り過ぎていったガーベラSFを追うようにビームライフルを構え振り返り、

「・・・?」

 そこでガーベラSFは止まっていた。

 その意味するところをすぐさま悟り、理絵は銃身を下ろす。

 風子はそのコクピットの中で気絶していた。

 あれだけの衝撃をその身に受け、身体的にも満身創痍だったのだろう。力を込めた一撃によってそれが限界に達したに違いない。

 また、仮に風子の意識があったとしても機体が持たなかったはずだ。理絵の手によって大きく損傷していたその機体が、ニュータイプの力によって限界以上の動きをさせられたのだ。もって数秒だっただろう。

 そうしてもはやただ漂うだけのガーベラSFを一瞥し、理絵は機体を翻した。

 今回の目的は敵を倒すことではない。コロニーを落とすことなのだ。無理に殺す必要もない。

 ・・・というのは建前。理絵は純粋に風子を殺すのが躊躇われたのだった。

 あれだけ強く、ただ一途に誰かを守りたいと強く思ったその少女を。

「・・・私も同じようなものですから」

 だからその気持ちはよくわかる。

 甘いな、と思うも、それでも理絵は止めを刺すことなくその場を離れていった。

 

 

 三機の紅色の試作型ドーベンウルフが疾駆する。

 それに翻弄されるように一方的に攻撃を受けているのはガンダムタイガー、川名みさきだった。

「くぅ・・・!」

 再びくる衝撃に歯噛みし、みさきは機体を翻す。

 既にコクピット内ではアラートが引っ切り無しに鳴り響いているが、そんなコンピューターにみさきは怒鳴る。

「こんな状況じゃどうにもなんないでしょ!」

 後退も、離脱も出来ない。この三機のコンビネーションは前々から卓越してはいたが、地上で戦ったときよりもさらに磨きが掛かっている。いや、もしかしたらこの相手は宇宙戦の方が得意なのかもしれない。

 だが、いまはそんなことを考えている場合ではない。この場をどう切り抜けるかを考えなければ。

 しかしそんなみさきの考えをよそに三機の猛攻は止まらない。

「葉子! 波状攻撃! 晴香はそのまま突撃して!」

「了解」

「任せて!」

 メガランチャーとインコムから放たれる攻撃を避けようとするが、しかし破損のひどいタイガーでは上手く機体が動かず、半分ほどの攻撃を受けてしまう。

 いくらタイガーの装甲が頑丈だとはいえ、これだけの攻撃ではひとたまりもない。砕かれた破片が宇宙へと散っていく。

 それらを掻い潜りビームサーベルを構え突っ込んでくる晴香の量産型ドーベンウルフ。それを回避しようとみさきはレバーを引くが、

「え!?」

 機体が動かない。いまの攻撃でスラスターが破壊されてしまったようだ。

「これであんたとの戦いも終わりよ!」

 下から迫るビームサーベル。それをかわす術のないみさきは息を呑み・・・、

 光の剣が、ガンダムタイガーを突き抜けた。

 ビームサーベルをそのままに晴香は後退し、それと同時に香里と葉子の追い討ちの集中砲火がガンダムタイガーを蜂の巣にし、爆発の閃光が宇宙に咲いた。

「これでやっとおさらばね」

 香里と葉子のもとまで下がってきた晴香が呟き、葉子も頷いた。

「手強い相手でしたからね」

「さ、行きましょ。まだ敵は山ほど残ってるわ」

 晴香と葉子が機体を反転させ宙域から出て行くのを追いかけようとして・・・しかし不意に香里は振り返った。

 なにか頭に引っかかるものがあったのだ。

 そして、香里はそれを見つけた。

「あれは・・・」

 

 

 幾多の砲火を掻い潜って進むは、連邦艦隊の先頭を行くラー・カイラム。

 最新鋭艦であるはずのラー・カイラムだが、その風体は既に歴戦といった風だった。

「敵MS接近! 数、四!」

「サデンヌ、撃沈! ウンバラ、後退していきます!」

「ミサイル発射管、四番五番沈黙!」

「第四エンジン大破!」

「さらにラシウス轟沈!」

 艦長席に座る古河早苗少将はいつもは柔和な笑みを絶やさない女性だが、さすがにこの状況に苦虫を潰したような表情を浮かべていた。

 敵艦隊の数が予想より多かったのと、敵MSのパイロットに技量の高い相手が多いのがかなりの苦戦を招いていた。

 いまもラー・カイラムに続くサラミス改級やロンバルディア級、クラップ級が次々と撃沈並びに大破したという報告が湧き上がるように伝えられる。

「このままでは、まずいですね・・・」

 算出したコロニーの阻止臨界点まであと五分。

 まだ後ろにいる艦隊を待っていてはもう間に合わない。

 どれだけの核パルスエンジンを積んだのか、そのコロニーは誰もの予想を超えるスピードで地球へと向かっていた。

 だが、・・・もうラー・カイラムも限界だった。

 破損率はとうに五十%を越え、いくつものエンジン、ミサイルや対空砲などの武装も破壊されてしまっている。

 百五十もの艦隊へ、一番先頭で突っ込んだのだ。無理もない。

 そうして考えていると、通信が来た。祐一だ。

『古河少将下がってください! このままではラー・カイラムがもちません!』

「いえ、下がるわけにはいきません。いまここでラー・カイラムが抜ければそれこそ艦隊の能力が激減してしまいます」

『私からもお願いします。後退してください』

 今度はことみからだ。

 だが早苗はそれでも首を横に振る。

「あれを地球へ落とさせるわけにはいかないんです」

『それは重々承知しています。しかし、このままでは間違いなくラー・カイラムは沈みます。コロニーまで持つとは思えない』

『わたしも相沢少佐と同意見です』

 確かに、このまま行けばラー・カイラムはほぼ間違いなく沈むだろう。ここから先はいままでよりも敵の密集した区域なのだから。

『古河少将。どうかお下がりください! あなたの存在はあなたが考えているほどに軽いものではありません。いまここであなたが亡くなるようなことがあれば、あなたを支持して連邦で奮闘している皆が崩れてしまいます。そうなってはその後もネオジオンに良いようにやられるでしょう』

『ここから先は私のキサラギと相沢少佐のカンナヅキ、そして後続の艦にお任せを。大丈夫です。カンナヅキ級はラー・カイラム級より火力こそ低いですが、防御面では上をいきます。そうそう墜ちたりはしません』

「しかし―――」

『『古河少将!』』

「・・・・・・」

 早苗は瞼を閉じ、静かに考え込む。

 固唾を呑んで見守る祐一とことみの前で、早苗はゆっくりと瞳を開け、前を向いた。

「ハイパーメガ粒子砲用意! 発射後、ラー・カイラムは後退します!」

「艦長!?」

「コロニーに届かないとなればエネルギーを温存しておく必要もありません。

 この一撃で敵艦隊に穴を開け、カンナヅキとキサラギの進路を確保します。急いでください」

「は、はっ!」

 頷き、順部に取り掛かるクルーを一瞥し、早苗は祐一とことみへ向き直った。

「では、あとはお任せしますね」

『『了解』』

 返ってくる笑顔に、早苗は思う。良い子たちだな、と。

「エネルギー充填完了! 撃てます!」

 早苗は頷き、その言葉を放った。

「ハイパーメガ粒子砲、撃てぇぇぇぇ!」

 そして放たれる光の刃。

 それはネオジオン艦隊へと突き刺さり、その奥へと続く道を強引に切り開いた。

 

 

 古河秋生は、その事実をオペレーターより伝えられた。

「なに、ラー・カイラムが下がるだと!?」

『はい。損傷率が五十%を越えたのでやむなく・・・。コロニーはカンナヅキやキサラギ以下艦隊に任せラー・カイラムは後退します。古河中佐も帰艦を』

「・・・ちっ。仕方ないか」

 ラー・カイラムが下がるのなら、その配属の秋生も下がる他にない。

 コロニー落としを阻止することを託すほかにないというその事実に舌を打ちつつ、秋生は後退し始める。だが、

「逃がすか!」

 それを許すマシュマーではない。ビームサーベルを構え、こちらへと向かってくるザクV改を、しかし秋生はギラリと睨み、

「邪魔すんじゃねぇ!」

 刹那、ザクV改の両腕が吹き飛んだ。

「な、なんだと!?」

 一瞬の出来事だ。振り向きざまに、ロックオンどころかろくに視認すらしない状況でそのビームライフルは放たれた。強化人間となったマシュマーですら反応できないほどの刹那に。

 驚異的な射撃能力。マシュマーに戦慄が走った。

「これで終いだ!」

 続けざまに放たれた一撃。それは完全にコクピットをとらえるコースだ。マシュマーが息を呑み、

「マシュマー様!」

 しかしその攻撃は割り込んできたイリアのリゲルグのシールドによって阻止された。

 秋生はそれを一瞥だけして、止めを刺すことなくその場をあとにした。

 彼にとっては敵を倒すことよりも、妻である早苗の安否の方がよほど重要だった。

 だがそれは、プライドの高いマシュマーにとっては勝ち逃げ以外の何事でもない。

「くそっ!」

 ダン、と強くコンソロールを叩きつけるマシュマー。

「マシュマー様・・・」

「くそ、この私があのような・・・!」

 戦闘不能となりリゲルグに抱えられ艦へと戻るそのコクピットで、マシュマーはただ強く悔しさに打ち震えていた。

 

 

 ラー・カイラムの後退は、すぐさま後続の艦隊にも伝えられた。

「なんですって?」

「いえ、ですからラー・カイラムは損傷が激しく後退すると・・・」

 事実を言っただけのオペレーターを、艦長席の隣に設けられた特別席に座った久瀬隆之は強く睨み付けた。

 それは八つ当たり以外の何事でもないが、隆之にとってそんなことは関係ない。憤りを感じたから表した。それだけだ。

「まさかこんなすぐに後退してくるとは・・・。あの人の性格上、例え墜ちるとわかってもコロニー落としという現実がある以上突っ込んでいくと思ったのですが・・・」

 舌打ちしながらそう呟く隆之だったが、決して彼の読みは外れていなかった。

 ただ、彼が祐一とことみの早苗に対する尊敬の念を計りきれなかっただけだ。

 隆之は何事かを考え、小さく息を吐くと、

「・・・仕方ありませんね。少々早いですが、我々も後退しましょう」

「は?」

「だから後退するのですよ」

 隆之のその台詞に、しかしと前置きし艦長が意見をあげる。

「このタイミングで下がればあの古河少将が疑惑を持たないはず・・・」

「疑惑? 多いに結構。それで取り残された前の部隊に戻るなら良し。それを見捨てて我々と下がるもまた良し。どちらにせよ我々の良い方にしか転びませんよ」

「しかし建前もなければ他の将も納得しません」

 すると隆之は仰々しくため息を吐き、

「少しは頭を使ってください。そんなものどうとでもなるでしょう?

 敵の数が予想以上に多く、コロニー落とし阻止は不可能と判断。戦力の無駄な消費を抑えるべく撤退、・・・とかね?」

 その案に、艦長は思わず唸りを上げた。

 その“敵の数が予想以上に多い”というのも隆之がでっちあげた情報だ。それを利用しさらに事態を展開させるその手腕。

 インテリだのなんだのと言われているが、その頭と手腕はやはり本物だった。

「どうしたんです? ボーっとしてないであなたはあなたの仕事をこなしてください」

 一瞥。その視線に艦長はどこか厳しい表情を浮かべつつも、前方に向き直り声を張り上げた。

「後退する! 各艦にも伝えよ!・・・前方の艦を残してな」

 艦長の言葉に、隆之は笑みを強くした。

 

 

 茜とシュンの戦いは熾烈を極めていた。

 とはいえ、優勢なのは終始茜である。その機体も小さい損傷こそあれほぼ無傷だ。

 対してシュンのノイエジールUαは、損傷率三割、といったところだろうか。

 この戦況はシュンを知る者にとっても茜を知る者にとっても驚きの結果だった。

 シュンを知る者ならば、彼がこれほど苦戦している・・・どころか押されていることに。

 茜を知る者ならば、彼女がこれだけ長い時間戦って相手を墜としきれないことに。

 だが、そんな二人の戦いも思わぬことで幕を迎える。

「・・・後退? もう時間ですか」

 茜のもとに後続の艦隊が下がるという通信が来たのだ。

 彼女は隆之のいる艦のラー・ソウム所属だ。戻らねばならない。

 茜は迫るファンネルを切り払い、放たれるビームを回避しつつ後退を始めた。

「逃げるのかい?」

「命令ですから」

 それ以上は有無を言わさず、茜は素早くその宙域を後にしていった。

 そのあまりに鮮やかな去り方に、シュンはふぅと息を吐き、

「けど・・・助かったのはむしろ僕のほうかな?」

 バーニアの軌跡を眺め、シュンはいつものアルカイックスマイルを浮かべた。

「ま、いまは良いさ。とりあえずは・・・調べてみないとね」

 全てはそれからだと。そう言うかのようにシュンもその場を後退していった。

 

 

 後退している茜はその途中で真琴と合流した。

 と、そこに友里がいないことに気付く。

「友里はどうしたのです?」

「あいつは壊れちゃって途中で帰ったわよ」

「壊れた・・・?」

 茜は一瞬思案し、しかしそれだけだ。

「まったく・・・。まだ暴れたりないわ」

「そうですか」

 真琴のぼやきに適当に相槌を打ち、茜はふと周囲を見やった。

「一、二、三、四、五、六、七・・・八、九」

 この宙域に感じる全ての違和感の数。

 それはシュンと同じ・・・あるいは似た感覚を感じる。

 どういうことか、茜はわからないが・・・。だが、多少気になった。

「どうしたの茜?」

「・・・いえ。なんでもありません」

 茜にとってそれは関係のないこと。なにも考えずただ敵を倒す。それだけで良いのだ。

 そう思い直し、茜は真琴と共にラー・ソウムへと戻っていった。

 

 

「どういうことですか、これは!?」

 バン、と椅子を叩きつけたのは後退し始めたラー・カイラムの艦長、古河早苗だ。

 早苗はいきなり自分たちと共に後退し始めた後続艦隊に、声を張り上げた。

「上はいったい何を考えているのです!?」

「か、艦長! 大将より電文です!」

「・・・読み上げてください」

「はい。『敵の数が予想以上に多く、コロニー落とし阻止は不可能と判断。戦力の浪費を避けるべく、連邦艦隊は撤退する』・・・だそうです」

 ギリッと、そんな音が早苗の口から聞こえた。

 驚きの表情を浮かべるクルーたち。なぜなら、あの温厚で有名な古河早苗という人物がここまでの怒りをあらわにしているのだから。

「上は前方に展開した艦隊を見捨てるつもりですか!?」

 早苗はそう言い捨てると、なにかを決意したかのように前を向いた。

「ラー・カイラム、転進、そのまま前進してください。前方艦隊の後退を援護します」

「艦長!?」

「やめろ、早苗!」

 突如ブリッジにこだまする、あまりに聞き覚えのある男の声。

 振り返れば、そこにいたのはパイロットスーツを着たままの、帰艦した古河秋生だった。

「秋生さん・・・。でも!」

「駄目だ。ここでラー・カイラムが戻っても足手まといになるだけだ」

「でも・・・」

「お母さん!」

 と、声を荒げて入ってきたのは同じく帰艦した渚だ。だが、その渚は血相を変えて、

「まいかちゃんは!? まいかちゃんは戻ってきてる!?」

「どうしたんだ渚。落ち着け」

 隣で秋生が渚を宥めるが、渚は瞳に涙を浮かべて、

「どれだけ通信を送っても返答がないの!」

 そうすがり付いてくる渚に、秋生は階下のブリッジクルーに視線をやる。すると目のあったオペレーターは目を逸らし、言いにくそうに、

「その・・・数分前からシグナルがロストしていて・・・。交信は途絶えたままで・・・」

 ひぅ、と小さな悲鳴をあげた渚は、しかしすぐに強い瞳を浮かべブリッジ後にしようとする。だが、その渚の腕を秋生が掴み止めた。

「待て、渚。どこへ行くつもりだ」

「決まってます。助けに行くんです! それにあそこにはまだ朋也くんたちもいるんです。それを放ってなんかおけません!」

「いまいったら邪魔になるだけだ。お前の機体だって無傷じゃないんだぞ」

「それでも行きます」

「渚!」

 秋生は渚の身体を強引に振り向かせ、その頬を叩いた。

 驚きに目を見開く渚とクルーたち。無理もない。秋生はいつでも自分の娘である渚を溺愛してきたのだ。そんな彼は、一度だって渚に手を上げたことはなかったのだから。

「甘ったれるなよ、渚! ここは戦場だ! お前の独断でどれだけの者に迷惑を掛けると思ってる!? 迷惑だけならまだ良い。それで誰かが死んだらお前はどうするつもりだ!」

「で、でも―――」

「もし! 損傷の激しい機体でお前が飛び出して、それで小僧と出会って、ボロボロのお前を見たらあいつはどうすると思う!?

 ・・・間違いなく、あいつはお前を庇いながら戦うだろうな。そうしてあいつの足に重石をつけて、それであいつが死んだらお前はどうするんだ!」

「・・・あ」

 身体を震わせる渚。

 そんな渚の肩に、今度は優しく手を掛け、秋生はゆっくりとその身体を抱きしめた。

「大丈夫だ。あいつらを信じろ。小僧も、まいかも殺したって死ぬような奴らじゃない。心配はいらねぇさ。

 だからお前はお前の役目を果たせ」

 視線は早苗にも向けられている。

 それは渚と同時に、早苗にも向けられた言葉だった。

 言葉はどこか荒いが、しかしそこに込められた思いに、早苗は小さく頷きを見せた。

「・・・無事に、帰ってくるよね?」

 渚の弱々しい言葉。それに対し秋生は笑みを浮かべ、

「当たり前だろ?」

 掛けられた視線に、早苗はもう一度頷いた。今度は、力強く。そして立ち上がり、

「後退してくる艦を援護しつつラー・カイラムは全速後退! この宙域を離脱します!」

 

 

 無論、この状況はすぐに最前線にいたカンナヅキやキサラギにも伝わることとなった。

「後続艦隊が撤退していく!?」

『上層部はどうやら私たちを見捨てたようなの』

「俺たちはさしずめ逃げるための餌ってわけか。いや、それとも・・・この戦い自体が俺たちを葬るための餌か?」

 祐一の言葉に、沈痛な面持ちでことみが返す。

 どうやらことみも祐一と同じ結論に達していたようだ。

 くそ、と毒吐くも、それで状況が良くなるわけでもない。祐一は嘆息し、

「・・・一ノ瀬の嫌な予感、当たっちまったな」

『・・・どうするの?』

 祐一は小さく笑みを作る。どこか諦めたような・・・、否、吹っ切れたような笑みだ。

「そんなの、決まってるだろ?」

『・・・うん』

 二人は同時に頷き、前を見やる。

 後退することはできない。既に後退した後続艦の穴を塞ぐようにネオジオン艦隊が包囲している。

 いまから転進してその後方の艦を撃つ、ということも案の一つではあるが、おそらく転進してる間に左右の艦隊から集中砲火を喰らっておしまいだろう。

 それに、まだやるべきをしていない。

 ならば、進むべき道は一つ。

「『全速前進! コロニーを破壊する()!!』」

 

 

「こうして裏切られても・・・それでもあなたは向かってくるのですね、祐一さん」

 秋子は静かに、その様子を眺めていた。

 連邦に嵌められ、良いように扱われた。それでも進むその姿勢に、秋子はどこか眩しいものを見るかのような表情を浮かべている。

「敵艦、前進止まりません!」

「第十四MS部隊、突破されます! 敵艦の防御力が高すぎて防衛間に合いません!」

「シャンデラ、撃沈!」

 次々と飛び交うオペレーターの叫び。

 秋子は一間、目を細めて笑みを浮かべると―――次の瞬間には一変して顔を引き締め、立ち上がった。

「部隊を掌握! 後退する艦には手を出さず、向かってくる艦に専念しなさい!

 各部隊は編成し直し、隊列を厳に! 各個でかからず数で攻めます!」

 一息。

「コロニーには、指一本たりとも触れさせません!」

 

 

 強く光が奔った。

 幾条もの流れるような光の放流を掻い潜って、ビームサーベルを構え突っ込んでいくのは舞のアークレイルだ。

 そうして向かう先はこの雨のように振り落つビームの射手、佐祐理のグリューエル。

 二人の戦いは・・・、傍目に舞が押していた。

 まず、佐祐理の射撃が舞に当たらない。

 佐祐理の技量が落ちたわけではない。むしろその射撃能力は以前にも増してキレが掛かっている。

 それは純粋に、舞の反応速度が上昇した結果だった。

 幾多もの戦いを潜り抜けてきた舞。その戦闘能力は、確かに、そしてしっかりと向上していたのだ。

 だが、それでも佐祐理はまだ自分の方が有利であると思っていた。

 ファンネルは切り払われたり撃墜されたりして尽きたが、舞もそれによりヒートダガーやビーム型ブーメランを全て使い果たした。

 ならば遠距離攻撃はもうない。あとは遠距離から近付かせずに撃っていれば消耗戦だと。・・・しかし、

「智代より遅い、郁未より荒い!」

 舞の回避能力、反応速度。全てが佐祐理の予想をはるかに上回っていた。

 あれだけのビームとミサイルの嵐を掻い潜り肉薄したアークレイルの斬撃がグリューエルの片足を薙ぐ。

「くぅ!」

 衝撃で揺れるコクピットで、なんとか佐祐理は距離を取ろうと機体を下がらせようとする。

 が、舞はそれを許さない。

 離れようとするグリューエルの残った足を掴み、そのまま回転して投げつける。

「うわっ!?」

「佐祐理・・・!」

 そうして体勢を崩したグリューエルに、舞がビームサーベルを振り上げる。肉薄は刹那。回避は・・・不可能。

「あ・・・」

 瞬間、全てがスローになったかのようだった。

 やられる。

 自分が、親友である舞に。

 どこか夢のような光景に、しかし光の一撃は目前に迫る。

 不意に、舞ならば・・・、と、そんな思いが頭を過ぎった―――瞬間、

「佐祐理さん!」

 そうはさせまいとビームがアークレイルを襲った。着弾し、グリューエルから離れるアークレイルに追い討ちをかけるようにクラッシャーハンドで突っ込んでいくのは美汐のスコーピオンだ。

「はぁっ!」

「!」

 伸びるクラッシャーハンドを機体を旋回させて回避しつつ振り上げの一撃で切り払い、そのままの流れでスコーピオンの懐にアークレイルが入る。

 補助ブースターを最大限に生かした機敏な動きで、速く、刹那に。

「!?」

 洗練された動きだった。それはいままでの戦いによって舞の身体に刻み込まれた反射という動き。

 だからそこから振り上げられた光の軌跡は、寸分の違いもなく・・・そのコクピットを切り裂いた。

「―――ぁ」

 声にならない悲鳴が上がった。

 そして真っ二つになった灰色の機体は・・・閃光となり、散っていった。

「え・・・?」

 なにが、起きたのか。

 一瞬何も理解できず、けれどスコーピオンに繋げた通信からは・・・ノイズしか返ってこない。

 ・・・そこで、佐祐理は、嫌なほどに、事実を、気付かされた。

「み・・・しお?」

 答えはない。そこにあるのは・・・数秒前まで彼女が乗っていたはずのMSの残骸だけだ。

 いやいや、という風に首を振り、佐祐理は、涙を浮かべ叫んだ。

「みしおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

「岡崎、キサラギが!」

「わかってるさ!」

 朋也は通信を寄越した陽平を怒鳴りつけ、向かってきたミサイル群を切り捨てた。

 その爆炎から割って来るように肉薄してくる緑の機体。放たれる斬撃をビームサーベルで受け止め、火花が視界を埋める。

「くそ、しつこい・・・!」

「・・・そう簡単にはやらせませんよ」

 美凪のパラス・アテネとのビームサーベルでの斬り合いが続く。

 陽平はみちると撃ち合っているし、なつきは往人と切り結んでいる。

 ほぼ互角だった。互いに有効打のないままここまで来てしまっている。

 ―――くそっ!

 朋也は内心焦っていた。

 いきなり後退し始めた連邦艦隊。そして砲火の集中し始めたキサラギやカンナヅキ。

 いくら防御面で優秀な艦だとはいえ、あれだけの艦からの集中砲火、そうもつはずもない。

 急いで援護に戻りたいのだが、先に目の前の敵を倒してからでないとそれも無理な話だ。

「余所見をしている余裕が・・・ありますか?」

「ちっ!」

 近距離で放たれるビームの砲撃をかわしつつ、朋也はビームスマートガンを放つ。だが、当たらない。

 この二人、一対一ならほぼ互角であった。

 だが、そこではない場所で動きがあった。

「ちぃ!」

 往人である。往人が徐々になつきに押されてきたのだ。

「接近戦じゃ分が悪いか・・・!」

 この相手、とにかく接近戦が強い。

 このままではジリ貧だと、距離を取ろうとするが、なつきはそうはさせまいと距離を詰めてくる。

「逃がしはしないよ!」

「この、しつこいんだよ!」

 ビームマシンガンの射線をかろやかに掻い潜り近付いてくるジェガン。それに対し往人はビームソードアックスを取り出し、それを投擲した。

 だがなんと、こともあろうにそのジェガンは高速で振り回されたビームソードアックスを受けるでなく避けるでもなく、正確にキャッチしてみせた。

「なっ!? こいつ、なんつー動体視力してやがる!?」

「えぇーい!」

「しまっ・・・!」

 驚きに機体を止めてしまった往人に、片手にビームサーベル、片手にビームソードアックスを構えたなつきが急速に接近する。

 ビームで応戦するが、止まらない。横薙ぎに振るわれたビームサーベルをなんとかシールドで受け止めるも、今度はそこにビームソードアックスが振るわれシールドを持った腕がもがれる。

 爆発する腕に乗じて下がろうとするが、なおもなつきの猛攻は止まらない。

 ビームサーベルでの振り下ろしが右足を斬り飛ばし、続けざまのビームソードアックスの軌跡は頭部を吹っ飛ばした。

「この・・・!」

 今度はコクピットへと向けられた一撃に、往人は手元に残ったビームマシンガンを放り投げた。

 貫通し、霧散するビームマシンガン。虚を着かれたように一瞬静止するなつきを往人は見逃さない。その間に大きく距離を取る。

「とはいえ、このままじゃ戦えないな・・・。遠野!」

 呼ばれた美凪は往人の機体を一瞥し、

「国崎さんを下がらせて・・・。でも、この三人に二人じゃ勝ち目は0・・・」

 美凪は鍔迫り合いをしていたビームサーベルを強く振り抜き、続けざまにビームを放った。それを回避するため下がったSガンダムと同時に自らも下がり距離を離す。

「仕方ありません。ここは下がりましょう。他の人に任せちゃいます」

「良いのか?」

「・・・もう、コロニーは止められませんよ」

 往人の問いにそれだけを答え、美凪は機体を反転させブースターを煌かせた。

 陽平との戦いに早々に見切りをつけたみちるもすぐにその後を追う。

「止まらない・・・か」

 往人はほんの一瞬だけ朋也たちを一瞥し、二人の後を追っていった。

 そんな三機の後姿を見、しかし朋也はすぐさま思考を切り替えてなつきと陽平に言葉を飛ばした。

「深追いはするなよ。それよりもキサラギやカンナヅキの援護に回る!」

「「了解!」」

 

 

「みしおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 宇宙を劈く悲痛の声が、こだまする。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 その声を、舞はどこか遠くのものであるかのように聞いていた。

(みしお・・・?)

 知らぬ名だ。しかし、その様子から・・・佐祐理の大事な者であること位は推察できた。

 ―――大切な人?

 舞は、自分の手を呆然と見る。

 ―――私が、佐祐理の大切な人を・・・殺した?

『撃ち撃たれでは、平和はありえません。そこには必ず憎しみが残り、またあらたな火種を生みます。その連鎖・・・。人は一体どこまで続ければ気がすむのでしょうか』

『敵である者を、全員滅ぼして・・・か?』

 声がよみがえる。

 ―――わからない。

『それで良い。そう、それはすぐに答えが出るものじゃない。迷って、生きて、その果てに見つけられることなのだろう。だからお前たちは一生懸命迷えば良い。そして見つけろ、本当の戦いの意味を』

 ―――なにも、わからない。

「・・・・・・舞」

 不意に、地の底から響くような声が耳に届いた。

 それは、聞き間違えようもない。佐祐理の声だ。

 ただ呆然と浮いているだけだったグリューエルがゆっくりと体勢を立て直し、こちらに振り向く。

 ゆらり、といった風に、しかしその機体からは徐々に強いプレッシャーが放たれていた。

「舞・・・!」

 プレッシャーの中に混じるものがあった。いままでにはなかった・・・明確な殺気。

 佐祐理のグリューエルを、なにか黄色いオーラが包み込んでいく。溢れるプレッシャー。溢れる激情。

「ふっ!」

 瞬間、グリューエルが突き奔った。

「!」

 速い。

 瞬時に肉薄したグリューエルに身体は勝手に反応してビームサーベルを振るうが、それをミリ単位で回避し、そのままビームラーフルの銃身が腕に突きつけられた。

「はぁ!」

 零距離射撃。

 かわすこともできない射撃がシールドを持ったほうの腕を撃ち抜いた。

「ぐぅ・・・!?」

 先程までの動きとはまるで違う。

 揺れるコクピットで耐えるように唇を噛み、舞は鬼の形相で向かってくる佐祐理を見やる。

「佐祐理は・・・佐祐理は美汐を殺した舞を許さないっ!!」

「佐祐理・・・!」

 不意に、なぜこんなことになったのだろうと考えた。

 全ては、数ヶ月前に始まったことだ。

『なんで舞が連邦にいるの!?』

『舞が連邦にいれば佐祐理は舞と戦わなくちゃいけなくなる! それがわかっていてどうしてMSになんか乗るの! 舞は・・・舞は佐祐理と戦って・・・殺しあっても平気なの!?』

 ・・・いや、あれからまだ数ヶ月しか経ってないのか。

 もうそれは・・・随分と昔のように感じられた。

 だがいま、親友であるはずの佐祐理は、明らかな殺気を持ってこちらに対峙している。

 それは自分が佐祐理の大事な人を斬ったからだ。

「はぁぁぁぁ!」

 乱れ来る銃撃。それら強烈な殺気を込められた一発一発が、以前の比ではないほどの正確性で振ってくる。

 直撃こそ避けてはいるものの、それこそ被弾は否めない。アークレイルの装甲は徐々に低下していった。

 ―――このままじゃ、・・・やられる!

 とはいえ、佐祐理の猛攻は止まる素振りを見せない。

 ―――仕方ない、のかな。

 佐祐理の大事な者を殺した。そしてその佐祐理が殺気を滾らせて自分を殺そうとしている。

 ―――仕方、ない。

 刹那、一条のビームがアークレイルの脚を貫いた。

 大きく機体を揺らせて姿勢を崩すアークレイル。その隙を逃すまいとグリューエルが銃口を向けて―――、

「舞さん!」

 だがそれを阻むようにビームがグリューエルの前を横切った。

 その射線を辿っていけば、春原芽衣のGDキャノン。

 舞はハッとし、叫んだ。

「駄目、芽衣! 来ちゃ駄目!」

 だが遅い。佐祐理は邪魔された芽衣に対し全ての銃口を構え、一斉に放った。

 卓越した反応速度を持つ舞が、最高レベルの機動力を持つアークレイルに乗っていてもかわしきれない銃撃だ。無論、芽衣がかわせるはずもない。

 頭部を、肩部キャノン砲を、腕を、足を、胸を貫き、そして―――コクピットをもそれは貫いた。

「うあ・・・!」

 さらに追い討ちのようなビームの雨が機体にいくつもの穴を開け―――そして耐え切れず爆発。霧散した。

「あ・・・あ、あぁっ・・・」

 その光景を、ただ見ていることしか出来なかった。

「めいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

『あ、すいません。わたし春原芽衣といいます。階級は同じ曹長なんですよ』

 あの攻撃を受けるのは自分だったはずなのだ。

『ええ。それじゃわたしも舞さんと呼ばせてもらいます・・・ね!』

 それを・・・自分が、殺されても仕方ないなどと、そんな風に考えて動きを止めたから・・・、

『そうですね。諦めたら何もかもがお終い。なら、最後の最後まで抗って突き進むのが・・・人生ですよ』

 そして、佐祐理を撃てなかった、その甘さが・・・、

『わたしはまだMSに乗ることはできません。だから舞さんの負担を減らすことはできないけど・・・、でもわたしも一緒に考えますから。生き抜く方法を』

 あの芽衣を、

『うん。一緒に頑張ろう・・・芽衣』

『はい♪』

 ―――殺した!

「―――っ!!」

 瞬間、舞の中でなにかが“壊れた”。

 まるで堰を切ったかのように溢れ出るものがある。殺気だ。

 アークレイルを、青いオーラが包み込んでいく。そして放たれる強烈なプレッシャー、そして殺気。

 舞は・・・目前の“敵”を見た。そして、

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 機体を奔らせた。敵を殺すために。

 佐祐理の攻撃が来る。だが、先程までが嘘のようにそれらが見えた。全て、かわせる。

 無茶苦茶な機動でそれらを回避した舞はグリューエルの下に回り、そのまま急速に上へと昇りその勢いでビームサーベルを振り上げる。

 その軌跡は、グリューエルの左腕とその上のアサルトビームキャノンを切り払った。

 だが佐祐理もさせるだけではない。残ったほうのアサルトビームキャノンを砲口が潰れることも厭わずアークレイルの頭部に押し当て、そのままトリガーを引いた。アークレイルの頭部もろとも、アサルトビームキャノンが破砕する。

 二人の攻防は、まさに一進一退だった。

 アークレイルのバックパックが撃ち抜かれ、グリューエルの脚部が根こそぎ切り取られる。

「さゆりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「まいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 青い星、地球を背にぶつかり合うプレッシャー。鬩ぎ合う殺気。

 両者のコクピットでは互いにアラートが鳴っていた。限界高度が近い。それは地球に近付きすぎだという警告。これ以上近付けば重力圏に捕まり地球へと落ちかねない。

 しかし二人はそんなのお構いなしに・・・否、そんなアラートに気付くことすらなく戦いを続けている。

 だが、その攻防も長くは続かなかった。

「なっ!?」

 佐祐理が驚愕の表情を浮かべる。トリガーを引いてもビームが出ない。・・・エネルギー切れだ。

「せいっ!」

 隙を見つけた舞が、グリューエルに向かってビームサーベルを振るう。だが、それを佐祐理は凄まじい反応で回避し、アークレイルの背中に手を伸ばした。

「!?」

 舞が目を見開く。そこにあるのはアークレイルの最強装備、超大型大出力ビームブレードだ。

 なんとグリューエルはそれを手に取り無理やり引き抜くと背後に回り、ビームを展開してそれをアークレイルの背中から突き刺した。

 それは機体を容易く貫通させ、胸部から突き出る。だが、わずかにずれた。コクピットはわずかに下、動力部はわずかに右だった。

 しかしそこで佐祐理は諦めない。そのままグリューエルでアークレイルに組み付き固定すると、コンソロール横にあるガラスに守られたスイッチをそれごと叩き割るようにして押した。

 自爆スイッチだ。

 佐祐理は訓練で染み付いた動作のまま、脱出装置を使ってグリューエルから飛び出す。

「なっ・・・!?」

 それをサブカメラで確認した舞は声を漏らし―――、

 大きな爆発が、宇宙を染めた。

 轟く爆音、散る爆煙の中で、しかしアークレイルはボロボロになっているもののまだ壊れてはいなかった。

 だが、爆発の衝撃を受けアークレイルは大きく吹っ飛ばされ、捕まった。

 地球の、重力に。

 機体を赤に染め、そのまま落ちていくアークレイル。

 その姿は、さながら奈落へと落ちていく死者のようだった。

 

 

「・・・え?」

 怒号飛び交うカンナヅキの艦橋で、川口は一人そんな言葉を呟いた。

 舞のアークレイルのシグナルがロストした。少し前には芽衣のGDキャノンもだ。

「どうした、川口! ボーっとしている暇はないぞ!」

「あ、はい!」

 川口は頭を過ぎった予想を、しかし首を振って抹消した。そんなはずはない、と。

 不確定なことをこの場で言えば、おそらく皆も混乱する。だから川口はそのことを敢えて口にはしなかった。

「七瀬機、帰艦! 月宮曹長を回収している模様! 同じく霧島機、帰艦! こちらも伊吹曹長を回収しているようです!」

 他のクルーの言葉に、祐一は弾かれるようにして振り向いた。

「伊吹・・・!? 風子もやられたのか!? 容態は!?」

「安否は不明! これより医療班によって運ばれるようです!」

「艦長、いまは・・・!」

「わかってる!」

 また別のクルーの言葉に、祐一はそう返した。

 ―――わかってるさ!

 いまはそんなことを気にしている余裕はない。

 既に残された艦はカンナヅキとキサラギだけだ。後続艦はここに来るまでに残らず撃沈された。

 そのカンナヅキとキサラギも損傷率はとうに五十%を越えている。下手したら七十%くらいはいっているかもしれない。怖くて確認したくもないが。

 さらにコロニー阻止臨界点までもう一分もない。既にコロニーの前頭部分は赤く染まり始めている。

 焦りだけが祐一の頭を支配していた。そこへ、

「こ、コロニーを射程内に捕捉!」

「!」

 待っていた言葉が来た。祐一は強く腕を振り上げ、

「エネルギー充填開始! クサナギノツルギ、発射用意!」

「了解! エネルギー充填開始! クサナギノツルギ、発射シークエンス起動!」

 するとカンナヅキの下部が割れ、そこから一本の巨大な砲が出現した。

 それこそ『クサナギノツルギ』。カンナヅキ級最大にして最強のビーム兵器だ。

 が、それを見てなにかをしようとしていることに感付いたのだろう、周囲のMSが一斉にクサナギノツルギへと集ってくる。

「MS部隊、クサナギノツルギを撃たせるな! 迎撃!」

 祐一の言葉を受け、朋也がたちがなんとかMSをクサナギノツルギに寄せ付けまいと奮戦する。

「エネルギーの充填はまだか!?」

「九十%! ・・・九十五・・・百! エネルギー充填完了!」

「よし! 発射角合わせ! 目標、コロニー!」

「射線軸固定、エネルギーバイパスクリア! 目標、コロニー!」

 咆哮した。

「クサナギノツルギ、てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 刹那、強烈な青い光が宇宙を震撼させた。

 射線上にいたMSや戦艦が一瞬で蒸発し消し飛んでいく。どれだけの数を消し飛ばしても、その威力はまるで衰える素振りを見せない。

 ―――これならいける!

 そう確信し、そしてクサナギノツルギはコロニーへと突き刺さった。

「クサナギノツルギ、コロニーに命中を確認!」

「よしっ!」

 祐一が小さくガッツポーズをとり、他のクルーの表情にも笑みが毀れた。・・・だが、川口だけは違った。

「・・・だ、駄目です! コロニーの損傷率十%以下! 破砕できません!」

「なに!?」

「クサナギノツルギの威力が高すぎて、コロニーを貫通してしまったようです! 損傷は外壁に穴が開いただけで、軌道も変化ありません!」

「そんな・・・馬鹿な!?」

 くそ、と祐一は強く椅子を打ち付けた。

 コロニー落しを阻止するためにわざわざ強力な武装を積んできたというのに、まさかその威力の高さが逆に仇になるとは夢にも思わなかった。

 だが、そうこうしている間にも状況は悪化の一途を辿っていく。

「第三エンジン破損! ミサイル発射管大破!」

「Iフィールドジェネレーター、熱量膨張! もうもちません!」

「春原機、中破! キサラギへ帰艦していきます!」

 そして、

「コロニー、阻止臨界点を突破! 大気圏へ突入していきます!」

「!?」

 最悪の言葉が放たれた。

 艦橋から、赤く染まるコロニーが見える。徐々に、しかしそれはものすごいスピードで地球の引力に引かれ降下していく。

 それを見ていることしか出来ないのかと、祐一が強く拳を握り締めたと同時、それは来た。

『私たちも地球へ降下するの!』

 ことみからの通信だ。

『コロニーと一緒に降下して、ギリギリまで破砕を試みるの! もう落ちるのは阻止できないけど、少しでも地球への損害を軽くしなくちゃ!』

 確かに、それが最良な手だ。

 それならば、ここからの離脱も出来る。ネオジオンの艦隊はそのほとんどに大気圏突入能力がない。四方を囲まれたこの状況では、逃げられる場所といえば下・・・地球へ降りるほかにない。実際、以前もそうやって逃げたのだ。

 祐一とことみは、頷きあった。

「MS部隊を収容! カンナヅキはこれより地球へ降下する! 大気圏突入準備が完了次第降下!  並行して三連圧縮メガ粒子砲チャージ!」

 カンナヅキ、続いてキサラギが急遽進路を変更する。その向かう先の意味を悟り、周囲の艦やMSが阻もうとするが間に合わない。

 先程のクサナギノツルギの威力を見て、二射目を恐れて距離を取った艦隊では、もはやカンナヅキやキサラギには届かない。

 そう考えれば、先程の一撃も無意味ではなかった。

「大気圏、突入します!」

 川口の号令のもと、大気圏へと突入していく。同時、視界は赤一色に染まり、徐々に船内温度も上昇していった。

 上昇度がやけに高い。どこか装甲が破損しているのかもしれないが、そんなことに構っている暇はない。

 いまも目の前でコロニーが落ちていっているのだから。

「チャージ、完了!」

「目標はコロニーを形成している構造体だ! 三連圧縮メガ粒子砲、ってぇぇぇぇぇ!」

 カンナヅキ、そしてキサラギから同時に三連圧縮メガ粒子砲が放たれる。

 だが、大気圏内の強烈な電磁場が電磁素粒子を捻じ曲げ、狙いからわずかに逸れてコロニーの表面に突き刺さった。

「損傷率、いまだ十%未満!」

「くそ、ならもう一度だ!」

「駄目です! いまの三連圧縮メガ粒子砲の反動で船体がわずかに後方に押されてしまい、コロニーが射程から外れました!」

「―――っ!? ・・・くそぉぉ!」

 ガン、と祐一は再び椅子を殴りつけた。

 できることはもうなにもなくなった。あとは・・・ただ見ているだけしか出来ない。

 船内からでも聞こえるゴゴゴォ、という不気味な唸り。そうしてコロニーは地球へと落ちていく。

 コロニー落としの阻止は・・・失敗した。

 大地が・・・焼かれる。

 

 

 

 あとがき

 どうも、神無月です。

 あー、疲れた。今回は長かった・・・(汗)

 しかし、書きたいシーンも多かったので自然と力が篭りましたね。

 さて、ついに落ちてしまったコロニー。連邦に裏切られる形となった祐一たち。そして散った命。

 全ての清算が、次回行われます。

 祐一たちの辿る道は?

 では、お楽しみに。

 

 

 

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