Episode ]]T
【隣人の罠】
白い空間がある。色という色は白だけ。
ここはカンナヅキ内の医務室の中だ。
その中央にはやはり白いベッドがあり、そこでは青年が寝ている。
それを挟むような位置に、二人の少女が座っていた。
「そんなことが・・・あったんですか」
しみじみと呟いたのは、向かって右側に座るショートカットの少女―――美坂栞だ。
さらに左側に座る髪を二つに結った少女、七瀬留美はそんな栞の表情を見て、そして寝ている青年―――折原浩平に目を向け、瞼を閉じる。
「うん。そして・・・折原はいまも苦しんでる。決して折原が悪いわけじゃ・・・ないのにね」
息を吐く。おそらくそれからの浩平を最も身近で見てきたのは留美だろう。
だからこそ、留美は知っている。
・・・折原浩平の、その苦悩を。
「ねぇ、栞ちゃん?」
「・・・はい」
留美は顔を上げ視界に栞を納めると、
「あなたは・・・折原を恨む?」
「――――――」
栞は一瞬沈黙し、その視線を浩平の首辺りにまで彷徨わせ・・・そしてこちらを見つめなおす。
「いいえ。この人は・・・救ってくれました」
キョトンとする留美に、栞は笑みを持ち、
「この人は・・・きっと最後に瑞佳さんの『心』を救ってくれました。結果は悲しい結末だったですけど・・・」
そんな栞を見て、留美は思う。
―――この子は、強い子ね。
そして、さらに思う。浩平も、これだけの強さを持っていればな、と。
それとほぼ同時、艦内に声が響いた。
『これよりカンナヅキは宇宙へと上がる準備を開始します。打ち上げ予定はこれより八時間後を予定。各自クルーは・・・』
オペレーターによる宇宙への打ち上げ報告だ。
それを聞いて、留美は静かにパイプ椅子から腰を上げる。
「私は行くわ。折原が倒れちゃったから自分でBDの調整もしなくちゃいけないし・・・。あなたは?」
「あ、私はここに残ります」
栞は留美を見上げ、
「私のウインドは大気圏内専用機なので。カスタマイズしようにもことみさんはカンナヅキの追加武装監督で忙しそうですから、今回は保留です。
だから、・・・私はここに残ろうかと思います」
「・・・そう」
表情には笑みが浮かんではいるものの、その瞳にはなにか揺れるものがある。
色々と思うところがあるのだろう。だから留美はそれ以上何も言わずに医務室を去ろうとして、
「浩平さん!」
だが扉が開いて小柄な身体が入ってきたのはほぼ同時だった。
「・・・風子?」
「七瀬さん!浩平さんが倒れたって・・・!」
風子は入り口の近くに立っていた留美に縋るように目を向け・・・、しかしその途中でベッドに寝ている浩平に気が付いた。
だが風子がそこに駆けるより早く驚きの声が医務室に響いた。
「みさおちゃん!?」
ガタッ、と音をたてて椅子から立ち上がる栞。その瞳は風子を捉え、驚愕の表情をありありと浮かべていた。
そんな栞の近くに寄り、留美は落ち着けるように栞の肩を叩く。
「違う。この子は確かにみさおちゃんに似てるけど、まったくの別人よ」
「え・・・?」
留美の言葉に唖然とする栞などは眼中にないのか、風子はその横を通り過ぎ浩平の傍まで来ると、屈み込んでその顔を心配そうに見やった。
「浩平さん・・・」
「―――」
そんな風子の背中をただ眺める栞は、とても複雑な表情で。
そんな栞を一瞥し、留美は風子の隣に立ちその頭にポンと手を乗せる。
「そんな心配そうな顔しなくても平気よ、風子。だって折原なんだから」
「・・・ですが」
「ほら。あんたも私もやることがあるでしょう。もう行かなきゃ」
「ですが風子は・・・」
振り向いた風子の目尻には輝くものがあった。
それを見て、そして後ろで少し表情を落とす栞を見て、自分を鑑みて、留美は嘆息する。
―――折原。あんたってやつは、いつまで経っても女泣かせな奴よね。
そのまま風子の髪をわしゃわしゃと撫でつけ、
「ほら。行くわよ、風子。せっかくだから折原にはこのまま休んでてもらいましょう。そのためにも、私たちがあいつの仕事をやらなくちゃ」
「あ・・・」
すると風子は浩平を見やり一度頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・風子をこんなに心配させるなんて最悪です。起きたらこれでもかと文句を言ってやると風子はいまここで心に誓いました」
「そうそう。その意気よ」
振り返り、栞を見る。視線に気付きこちらを見る顔に、
「それじゃ折原のこと、お願いね」
「あ、は、・・・はい」
頷きを確認し、留美は風子を伴って医務室を後にした。
後ろで扉が閉まる音を聞き、風子が横へと並んでくる。
「ところでさっきの人は誰ですか?」
その問いに、どう答えたものかと一瞬悩み、
「彼女の名前は美坂栞。まぁ・・・、折原の過去の遺恨であり・・・遠い家族みたいなものよ」
そう答えた。
『各セクション、オールグリーン。各班は持ち場のチェックが完了次第待機に入ってください。打上げ予定時刻まであと二時間です。行動は速やかに・・・』
「やれやれ・・・だな」
艦内に響くオペレーターの声を聞きながら、祐一は疲れたように艦長席に背を預けた。
慌しいとしか言いようのない動きに、さすがの祐一も疲れを隠せない。
だが、自分よりも忙しい人間はそれこそたくさんいるだろう。そんな連中のためにも、祐一がここでへこたれているわけにもいかない。
手元のコンソロールから各部のチェックをしようかと背を浮かせたとき、その手元の通信端末に音が入った。
『こんばんは、なの』
「あぁ、こんばんは。そしてお疲れ」
端末に映る少女の顔に、祐一は労いの声を掛ける。
それに対し少女・・・ことみは苦笑のような笑みを浮かべると、
『ホントに疲れたの』
「ははっ。そりゃ艦長の任とさらに新兵器取り付けの監督までしてれば大変だろ。・・・寝たのか?」
『一時間だけ』
「そうか。悪いな、俺もなにか手伝えると良いんだが・・・」
『気にしなくて良いの。カンナヅキは私の子供みたいなものだから』
「・・・そか」
見た目に疲れているのがわかるのだが、ことみはそれでも笑みを浮かべている。心配を掛けさせないように、と。
そんなことみに、祐一は顔が上がらないような気分になる。
「『クサナギノツルギ』の換装はどうだ?」
『目処はついたの。そしたら整備班の人たちにあとは任せて休んでくれって言われたの』
「慕われてるな」
『そんなことはないと思うの。・・・でも、折角の好意は受け取りたい』
「そうだな。そうしとけ」
ことみは笑みで頷き、しかし次の瞬間には表情が引き締まる。
その表情の変化に話の内容がおよそ予想できた祐一も、表情を改めてことみに向き直る。
『さっき発表された作戦内容・・・どう思う?』
やはりな、と祐一は思う。そして口を開き、
「あぁ・・・。まぁ、現状じゃもっとも有効な手ではあると思う」
ネオジオン艦隊はコロニーを取り巻くようにおよそ五十隻で円形の陣を組み、徐々に地球へと向かっていると言う。
そこで祐一たち地上組は予定を繰り上げて宇宙へと上がり、やはり予定を繰り上げてアナハイムを出立した部隊と合流してコロニー落としの阻止へ向かう。
連邦の艦も集めるだけ集めて約五十隻。これはダカールが落とされてから各所とのコミニケーションが取れていなかったからだ。そして各所とのネオジオンとの戦闘で疲弊した結果でもある。
数は五分五分。しかし技術力で上回るネオジオンの方が多少有利だろう。
そんな状況の中で発表された作戦内容はこうだ。
合流した連邦部隊は陣形を縦長・・・槍のような形で組み、ネオジオン艦隊へと肉薄する。
目標は敵の全滅ではなく、あくまでコロニー落としの阻止。そのために敵艦隊を貫通するための陣形、というわけだ。敵と同じように広がってちまちまと撃ち合っていてはコロニー落としを阻止できない、と。
そしてその部隊の先陣を行くのは現段階で連邦の最高能力を誇るラー・カイラム。そしてカンナヅキとキサラギというわけだ。
一見、理の適った作戦のように見て取れる。
だが、・・・だが祐一にはなにか釈然としないものがあった。どこが、と問われれば答えられないようなわずかな歪のような物を。
そしてそれはことみも同じで、だからこそのこの通信なのだろう。
だが・・・、
「でも、仮になにか裏のある作戦としても、だ。・・・コロニーを落としたくないのは連邦も同じだろ?
ここでコロニーが落ちたらグリプス戦役からの連邦批判を増徴することになる」
それは曲げようのない事実だ。これ以上批判が続けば、それこそ暴動でも起きかねない。
しかしことみは・・・それでもなおどこか不安そうだ。
「一ノ瀬?」
『・・・なんか、ね。嫌な予感がするの。とっても、嫌な予感が・・・』
「嫌な予感・・・?」
『根拠はないんだけど・・・』
言って俯くことみ。
そんなことみに、祐一は優しい笑みを宿し、
「そんなことにならないように全力を出そう。だからお前がそんな顔をするな。部下たちまで不安がっちまうぞ?」
『・・・』
一瞬の沈黙の後、ことみは顔を上げた。その顔には、先程までと同じ柔和な笑みがある。
「さ、それじゃ仕事に戻ろう。まだお互いにやることもあるだろう?」
『うん。わかったの』
「じゃ、また後で」
『あ、待って』
そして通信端末を切ろうとし、だが静止の声が掛かった。
首を傾げる祐一に、ことみは少しばかり頬を染めて、
『その・・・ありがとう』
同時、ブラックアウトする端末。
対し祐一は少しばかりキョトンとした表情の後、どこか照れた様子で頬を掻くのだった。
ネオジオン艦隊は現在コロニーを携えて地球へと向かっている。
先陣を行くのはマシュマー=セロ率いる第二艦隊、そして続くように水瀬秋子率いる第十三艦隊、橘啓介率いる第三艦隊、深山雪見率いる第九艦隊、そして新規に編成された霧島聖率いる第十七艦隊の混成部隊だ。
あまりに豪勢な布陣。ここに智代の率いる第十二艦隊もいればネオジオンの最強部隊が一同に集結したことだろう。
その中、新規編成の第十七艦隊の母艦、グワンゾルの中で歩を進める青年がいる。
聖直属の部隊に属する、国崎往人だ。
彼はパイロットルームに向かっているところだった。いよいよ地球が見えてきて各員に第二戦闘配備が掛かったからだ。
「・・・どうするかな」
迷いがある。
自分はいまだ明確な情報を手に入れていない。だからここに残る必要がある。
だが、ここで戦いに参加するということはコロニーを地球へ落とす手助けをするようなものだ。
しかし自分がいようがいまいがコロニー落としはされる。成功するにしろ妨害されるにしろ自分の存在にどれほどの意味もあるまい。
ならば、と思案する。ならば、ここにこのままいた方が後のためにはなるのではないか、と。
―――そう、だな。
一度決意をすると往人の足は軽くなった。
一つ角を曲がり、そのまま往人がパイロットルームに差し掛かろうとした瞬間、いきなり隣の部屋が開いて人が現れた。
「ん・・・?」
その部屋は女性用のパイロットルームだ。そしてその少女もパイロットスーツを着込んでいる。別段、気にする必要も無い光景だ。
その髪の長い少女もただ無表情に往人の隣を通り過ぎようとしている。だが・・・、
「おい」
往人はその少女に声を掛けた。
少女の動きが止まり、こちらを振り返る。その姿を正面から捉え、そして確信した。その姿を以前見たことがあるということに。
そう、確か名は・・・水瀬名雪だ。
「おい、あんた確かカンナヅキにいた奴だろ。どうしてここにいる?」
だが名雪はそんな往人に対し怪訝な表情を浮かべる。
「わたしがカンナヅキに? 何言ってるの? カンナヅキは祐一の乗ってる艦でしょ?」
「いや、そうだが。だからどうしてあんたがここにいるんだ?」
「っていうか、そもそもあなたは誰?」
「おい、俺とは以前に会ってるだろ。カンナヅキで」
「だからどうしてそこでカンナヅキが出てくるの?」
「・・・?」
会話が噛みあっていない。
それにいま気付いたが、しかしなにか違和感を感じる。それは名雪から感じられる・・・その雰囲気のせいだろうか。
以前感じた柔らかいイメージではなく・・・どこか刺々しい、そんなイメージを。
「用がないならわたしはもう行くけど」
そう言って床を蹴る名雪。だが、往人はそれを見送る前にあることに気付いた。
「おい、ちょっと待て! お前パイロットスーツ着てるってことは・・・出るのか!?」
「当たり前でしょ。カンナヅキは敵なんだよ?」
その言葉で、気付いた。
自分と相手。そこに根本的な齟齬が発生していることに。
「・・・お前」
「なに?」
「相沢祐一を・・・撃つのか?」
問いに、名雪は笑った。声をあげ、さも面白そうに。
そしてその冷たい目が、往人を射抜く。
「当然じゃない。だってわたしは祐一のことを愛してるんだから」
口元がつりあがる。それはただの笑みであるはずなのに、往人にはとても怖いものに見えた。
「だからさ、祐一はわたしが殺すの。そして祐一は一生わたしのものになるの。
あぁ、楽しみだなぁ。早く殺したいなぁ・・・」
恍惚とした表情で呟くその瞳に、もはや以前の輝きはない。
その名雪を見て、往人はある確信をしていた。
「それじゃ、わたしは行くよ。もしも邪魔するんなら・・・仲間だって殺すからね」
そう言い残し、名雪はMSデッキへと向かっていった。
その背中を眺め、往人は壁を強く打ち、
「・・・聖、これがお前の辿る道なのか!?」
宇宙へと上がった連邦艦隊は姿勢制御を施した後、隊列を組み始める。先頭にはカンナヅキとキサラギの姿がある。
そしてしばらくしてアナハイムを出た部隊とも合流し、連邦艦隊は縦に長い隊列を形成した。
そしてカンナヅキの艦橋モニターではキサラギ艦長一ノ瀬ことみと、合流した連邦最強艦ラー・カイラムの艦長古河早苗が映し出されていた。
『お久しぶりですね、相沢さん』
「本当に。その節はどうもありがとうございました」
『いえいえ、お気になさらずに』
にこりと笑うその様は、アナハイムで見たときとなんら変わらない。
そんな早苗に相対するとなぜか自分も笑みを浮かべているのは・・・早苗のその雰囲気からだろうか。
ふと、その感じに懐かしさを感じた。
なんだろう・・・と思い返してみれば、それは、
―――秋子さん、か。
いまは敵となった人のことを考える。あの人も、なぜか周囲の者を笑顔に変える魅力を持った人だった。
『相沢さん、どうしました?』
「あ、いえ。少し考え事をしていたので・・・」
首を振る。その思考を胸の奥に仕舞い込むと、祐一は表情を正し二人を見た。
「敵陣営はコロニーを守るために我々が出るコロニー側面に、弓なりの陣形を取るでしょう」
『ネオジオンはコロニーさえ落とせれば勝ちですから、こちらを足止めするだけで良い分、戦力的にも戦略的にも有利です』
祐一の言葉にことみが続く。
だが早苗は臆した様子もなく、言葉を紡ぐ。
『ですが、コロニーを落とさせるわけにはいきません。例え不利な戦いであっても、地球に住む人たちを危険に合わせるわけにはいかないのです』
そんな早苗に、祐一とことみはただ静かに頷いた。
コロニーが落ちれば、数万・・・いや、数十万という人が死に至るだろう。
そんなことだけは、是が非でも止めさせなければいけない。
『絶対に阻止します。私たちがその要です。頑張りましょう』
「『了解しました』」
早苗に祐一とことみはそろって頷き、通信が終わる。
「そろそろ敵との遭遇予測地点に差し掛かります」
敵との相対もそろそろだ。既にコロニーだけは目視で見え始めている。
このまま周回軌道を進めばいずれレーダーが反応を示し、そして艦隊戦が開始されるだろう。
「各員、第一戦闘配備。いいか、あくまで目標はコロニーだ。敵には目もくれるなよ」
進む。
祐一の号令の下、艦内がにわかに慌しくなる。他の艦もそれぞれ戦闘準備に入る。そして、
「遭遇予測宙域到達!」
「敵艦隊を確認。―――これはっ!?」
オペレーターの川口から漏れる驚いたような声に、祐一は訝しげな表情をやり、
「どうした、なにかあったのか?」
「・・・て、敵艦隊の数およそ・・・百五十!」
「なっ!?」
祐一と、他全てのクルーの目が驚愕に見開く。
当然だろう。当初の情報では敵艦の数は五十前後だったのだ。だから連邦の艦隊、五十隻でもどうにか勝てるかもしれないと祐一は考えていた。
だが、実際は情報の三倍。そして同じくこちらの三倍の軍勢がそこにある。
例え祐一でなくとも、この状況がとても悪いことなどわかるだろう。
なぜ情報と違うのか。とそう思うも、それは確かに事実としてそこに存在している。
戦争ではなにはともあれ数が物を言う。そしてこれから戦う相手はこちらの三倍の戦力を持っているのだ。怯むな、と言うほうがどうにかしている。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
なぜならコロニーが地球に落とされようとしているからだ。
祐一は唇を噛んだ。これから自分が言うことは、死にに行けと言っていることとなんら変わりない。
それでもこれが軍人の務めで、連邦の務めで・・・艦長の務めなのだ。
しかしそんな責任感はいまの祐一にはほとんどない。祐一の心を動かす思いは・・・唯一つ。
「各MS発進開始!カンナヅキはラー・カイラムに続きキサラギと供に前進する!・・・あれを地球に落とさせるな!」
クルーの悲痛な顔が祐一の視界に入るが、それも一瞬。それぞれ覚悟を決めたような顔で各々の仕事を開始し始める。
誰もがわかっている。あんなものをこの青き星に落とすわけにはいかない、と。
それを見て、祐一は心中で謝ると前方、視認できる数多の光源を睨み付けた。
祐一は気付いていない。早苗やことみさえも。
その誤った情報が隆之の策であることを。
その敵艦隊の数は、もちろん最後方に位置するラー・ソウムでも観測していた。
「敵艦隊を確認。数・・・およそ百五十」
「あぁ、いよいよですねぇ」
オペレーターの言葉に声を返したのは、久瀬隆之だ。彼は艦長席の横に取り付けられた特別席で、微笑を浮かべながら眼前の光源を見つめている。
そんな隆之を艦長である大佐は横目で見ながら、
「良いのですか、久瀬理事。この程度の戦力ではダブリンへのコロニー落としを防げるとはとても・・・。それに地上に避難命令も出していないようですが」
「ああ、その方が何かと都合が良いのですよ。我々が何もしないと知ればエゥーゴやカラバが勝手に動く。・・・と、いうことは彼らは地球に縛られたままこちらの邪魔は出来ません。それに、例えコロニー落としによって何万人か死んだとしても、増えすぎた人口が減る分には全然かまいません。ほら、一石二鳥でしょう?」
そう。事実、地上ではコロニー落としに向けてカラバやエゥーゴが人民救助のために輸送機などを駆り出しているとの情報も入ってきている。
しかし、だとするならば疑問が生じる。
「・・・では、なぜコロニー落としを防ぐための艦隊などを編成されたのですか?」
「そうでもしないと古河派の人間が反乱を起こしかねませんからねぇ。ま、名目上は防ぐために頑張ってるという姿勢を見せないと。それに、彼女たちの実戦テストもしたかったですしね」
彼女たち。その言葉に込められたニュアンスを、大佐は敢えて無視した。
「では古河少将他、大部分の将兵に地上の避難勧告を出したと言う嘘は・・・」
「そういうこと言っておけば、安心して戦えるでしょう?」
確かに地上への避難勧告を出していないなどと早苗が知れば、そのまま大気圏に突入し始めてもなんらおかしくない。
艦長の視線の先、隆之は口元を歪めながら、
「では古河少将をはじめ相沢、一ノ瀬両少佐には頑張ってもらしましょう。頑張って・・・そして殉職してもらわないと」
その笑みにヒヤリとしたものが背中を走るのを大佐は自覚した。しかしなおも問う。
「し、しかしならばなぜ最新鋭の艦を?それではあまりにも・・・」
「もったいないと?」
頷く大佐に、隆之は呆れたように息を吐く。
「仮に、古河少将に死んでもらうためにと最初から見合わない艦を割り当てたらどうです? 誰もが不審に思うでしょう?
いいですか?この世で大きなものを得るためにはそれに見合う何かを捨てなければなりません。そのように世界はできているんです。
あくまでも、古河少将は全力を出し、連邦のために必死に戦ったが戦死した、というシナリオでなければ意味がないのですよ。
そうすれば・・・古河派の面々の怒りはネオジオンへと向き・・・そして連邦は憎しみの下に統括されるのです。邪魔者なく・・・ね」
「・・・では、相沢少佐と一ノ瀬少佐は?」
「勘ですよ」
「は?」
隆之はいままでビジネスの世界を生きてきた。
経済は戦いだ。邪魔者は蹴落とし、それを踏み台として昇ることこそビジネスという戦場では生きる道だった。
そこで培った勘が告げるのだ。
「あの二人はいずれ我々の敵になる、と」
言い、隆之は立ち上がる。
この戦い。彼にとって多くの意味がある。だから・・・。
そこにいる皆を見渡し、笑みを強くして、
「さぁ、幕が上がりますよ?しっかりと演じてくださいね。結末の決まった舞台を・・・」
MSに発進準備に入る両軍。
連邦艦隊の先頭にいる最新艦ラー・カイラムも無論同じであり、そのMSデッキでは発進準備が着々と整いつつある。
そんな中、ハンガーから離脱しカタパルトに接続される機体がある。
青い機体だ。だが、そのフォルムはガンダムともジム系とも異なる不可思議なものだ。
MSの名は、アーク・ゾリオン。ただ一人のために製作された世界でただ一つの機体である。
『秋生さん。敵の勢力は情報の三倍もいます。どうか気をつけて』
コクピットに通信が開く。映るのはラー・カイラム艦長の古河早苗だ。表情はどこか暗い。
それに対し秋生と呼ばれたこの男・・・早苗の夫でもある古河秋生は小さく笑みを宿し、
「どうでもいいさ。早く戦い終わらせて俺は早苗と渚と家族水入らずで鍋囲むんだよ」
『秋生さんったら』
早苗の表情に笑みが戻る。それを見て秋生は、
―――やっぱ早苗は笑顔が一番だな。
だからこそ、その顔を落ち込ませたくない。
「つーわけで、ちゃっちゃと片付けてくるぜ」
流れる和やかな雰囲気。だがそれも一瞬。
「渚、まいか。しっかりとついて来いよ」
『『了解』』
モニターに映る二人の少女、古河渚と志乃まいかに頷きを返すと前を向き、
「古河秋生だ。アーク・ゾリオン、出るぞ!」
出る。
連邦で最強と呼ばれる、その男が。
連邦艦隊で後ろに位置する、隆之が乗っているラー・ソウム。
そこでもMSの発進準備がされているのだが・・・どこか趣が違う。
デッキにあるMSはたったの三機。全てがジェガンだが・・・どこか通常とは違う装備をしていた。
しかもそのキャットウォークにいるのは整備員ではなく、白衣をきた研究員然としたものたちばかりだ。
その奥、白衣を着た一人の中年男が通信端末の横に立っている。高槻和幸だ。
「いいか、お前たち。くれぐれも仲間と分類される者たちは殺すなよ。使い物にならないと判断されたら俺もお前たちも終わりなのだからな」
その端末に映るのは三人の少女。それはその三機のMSのパイロット。
『他は全員殺しちゃって良いんでしょう?』
楽しげに笑うは名倉友里。
『ですね』
どうでもいいと言わんばかりに里村茜。
『あんたたち、うっさいわよ!』
そう怒鳴るは沢渡真琴。
三者三様の反応に高槻は苦笑を浮かべ、
「思う存分敵を撃ってこい。お前たちはそのためにいるのだからな。そうしてお前たちの価値があの方に伝われば、新しい力はお前たちのものだ」
「新しい力・・・。それってあの新型ガンダムのこと?」
「それ持てばもっと敵を殺せるよね」
「・・・なにがあろうと、邪魔者は消すだけです」
「そうだ。それで良い。―――行けっ!」
頷きが返され、三機はそれぞれ宙へと踊り出していった。
ネオジオン第十七部隊の母艦、グワンゾルでは一機の新型MSがカタパルトに接続されていた。
正式採用版のキャンセラーだ。
コスト面の都合でいまだ量産ラインには乗っていないものの、十二機が生産されていて、各部隊に数機ずつ配備されている。
そしてこのキャンセラーのコクピットには少女が乗っていた。
『調子はどうだ?』
コクピットに響く声は艦長の聖のものだ。
「爽快なくらいだよ。だって、祐一に会えるんだから」
対し答えるは、どこか歪な笑みを浮かべる水瀬名雪。
ヘルメット越しのその表情にもどこか納得したように聖は頷き、
『本来の作戦はコロニーの防衛だが、お前は好きに動くと良い。お前の部下も好きにしろ』
「うん。ありがとう」
礼を言い、通信を切る。
名雪は聖直々に中隊の隊長に任命されている。計十二機のガザDが名雪の指揮下にある。
だが、名雪は別にそんなものはどうでもいい。名雪の頭に浮かぶ思いはたった一つ。
愛しい愛しい相沢祐一をこの手で殺す。
ただ、それだけ。
「水瀬名雪、キャンセラー、出るよ」
カタパルトから射出され、名雪は恍惚の表情と共に闇を疾駆した。
佐祐理は見る。目の前に続く闇の先を。
瞼を閉じたとて、それは感じ取れた。
「舞・・・」
迷うのは何度目だろう。想うのは何度目だろう。悔やむのは何度目だろう。
「きっと舞は・・・止めたがるよね」
コロニー落とし。
正直佐祐理はこの作戦に乗り気ではなかった。地球にコロニーを落とすなどと、そこまでしなくても良いのではないか、と。
水瀬秋子や宮沢有紀寧の父が講義をしたようだが、それでも止められなかった。むしろ佐祐理の父はコロニー落しを強く推したようでもあった。
「・・・」
考えたいことは多々ある。思うことも多々ある。迷いも・・・ある。
だけど割り切らなければいけない部分がある、と佐祐理は考える。
そこがいまなのだろうと、・・・そう思い込むことにした。
『・・・佐祐理さん』
モニターの先では、美汐がどこか心配したような表情を浮かべている。
だから佐祐理は笑みを象った。大丈夫だよ、と。昔から作り物の笑顔は得意だったから。
しかし、付き合いの長い美汐に通じるだろうか。祐一や、舞にも見破られたこの仮初の笑顔が。
・・・不安を思う。だから佐祐理は再び前を見た。
何かを言われる前に、思われる前に、行く。
「倉田佐祐理、ガンダムグリューエル、行きます!」
発射されるMSのコクピットの中、
「・・・っ!」
佐祐理は迷いを振り払うかのように機体を加速させた。
舞はヘルメットを被り、計器を操作してチェックをかける。
万全。それを確認し、舞はグリップを強く握った。
『敵の数が情報の三倍もある。各員十分気をつけてくれ』
「了解」
祐一の通信に返事だけを返し、しかし視線は前を離さない。
開いたカタパルトデッキから見える黒の向こう、コロニーの周囲を行きかう光源が見える。
そのうちの一つに、あの懐かしい感じを受けた。
「・・・佐祐理」
『まだ迷っているのだろう?戦いの意味を』
あの人は言った。
『それで良い。そう、それはすぐに答えが出るものじゃない。迷って、生きて、その果てに見つけられることなのだろう。だからお前たちは一生懸命迷えば良い。そして見つけろ、本当の戦いの意味を』
いまなおその意味を把握できていない。そんな状態で戦っていて良いのか、と疑問にも思う。
だけど、
「コロニーを落とさせるわけには・・・いかない!」
それだけは事実だから。
・・・舞はペダルを踏み込んだ。
「川澄舞、ガンダムアークレイル・・・出る!」
発進されるMS。交錯する思い。
そしてここに、両軍は激突を開始する―――!
オリジナル機体紹介
RX−91
アーク・ゾリオン
武装:ビームサーベル
ビームライフル×2
スマートビームライフル×2
頭部バルカン
<説明>
秋生用に作られたこの世に一機しかない機体。
スピードと射撃性能に特化した機体で、秋生の注文通りの出来になっている。
一応ガンダムタイプであるが、秋生が嫌ったことでガンダムの冠名は消去された。
主なパイロットは古河秋生
RGM−89−β
ジェガン(β版)
武装:ビームサーベル×2
ビームライフル×2
アサルトビームキャノン×2
特殊装備:シールド
<説明>
正式採用版のジェガンをあるパイロットたちようにカスタマイズされた機体。
各種ありとあらゆるリミッターを解除されており、パイロットを無視した運動値を叩き出す。普通の兵士ならば乗ることすら適わないだろう
主なパイロットは名倉友里、里村茜、沢渡真琴。
AMX−120
キャンセラー
武装:ビームサーベル
ビームライフル
ミサイルポッド
特殊装備:大型IFシールド×2
変形
<説明>
正式採用版のキャンセラー。
攻撃面より防御面を重視して作られているのは相変わらずだが、エネルギー面での効率化が完成されている。
そのため両肩の大型IFシールドの出力も上がり、戦艦のメガ粒子砲レベルなら耐えられるようになった。
ただ、コスト的な問題があり、量産にはまだ至っていない。現在十二機が生産済み。
主なパイロットは水瀬名雪、上月澪。
あとがき
ども、神無月です。
さて、隆之の思惑通りにはめられた祐一たち。
そして始まるあまりに不利な艦隊戦。激突する両軍のエースたち。
そんなこんなで次回も一つ、ご期待あれ。