Episode U

            【嵐駆け巡る宇宙】

 

 祐一は今さっき着艦したばかりの機体を見上げた。形式番号、RX−90−0−A。RXシリーズの新機。あの、ガンダムシリーズの新型だ。

 名を、ガンダムアークレイルというらしい。

 本当ならここにもう二機いるはずなのだが、どこでどうしてこうなってしまったのだろう。ぼやいていても仕方ないのだけど。

「祐一、ごめん。一機しか残せなかった」

「お前は悪くないだろう?舞」

 隣に立つ舞は申し訳なさそうな顔をしている。

「でも、私は整備員だから。これを祐一にちゃんとした形で届ける義務がある」

 祐一は苦笑した。この状況の中でまだ仕事のことを考えているような、そんなどこか抜けている舞が懐かしかった。

「お前、昔と変わってないな」

「そう?」

「ああ」

「祐一は変わったね」

「どこが?」

「昔と違って、なんか逞しくなった」

「・・・それは褒め言葉か?それとも貶しているのか?」

 舞はどちらとも言わず小さく笑った。昔より誤魔化し方がうまくなったかもしれない。

「これからどうするの?」

「そうだな・・・」

 考えることなどない。このコロニーに留まっていられない以上、外に出てネオジオンと戦う以外に術はない。ないのだが・・・。

 祐一は再びアークレイルを見上げた。事実上、この戦艦の戦力はこの一機しかない。

 ペガサスVを当てにしていたこの戦艦にMSは少ない。確か予備のジムVが一機だけあっただけだ。

 それに、七瀬中尉の乗っていたあの青いジムはまだ動けない。

 ペガサスVも堕ちた今、かなり苦しい状況にある。名雪も心配だ。あいつのことだから死んでいるとは思はないが・・・。

「とにかくこのガンダムに誰が乗るか・・・だな」

 ここのクルーはあくまで急遽編成したものだ。MSに乗ったことがあるものは極めて少ない。いや、もしかしたらいないかもしれない。

 かく言う祐一もMSに乗ったことはなかった。となるとやはり・・・七瀬中尉に乗ってもらうか。

「私が乗る」

「そうか・・・・・・って、えぇ!?」

 舞のいきなりの爆弾発言に祐一はそれまでの思考が吹き飛んでしまった。

「さっき乗れたから大丈夫。コツは掴んだ。武装も剣だし、やってやれないことはないと思う」

「いや、そういうことじゃなくてだなぁ。お前は軍人じゃないんだから・・・」

 舞は真剣な顔で祐一を見ると、

「別に遊び心で言ってるわけじゃない。祐一が戦う。名雪だっているんでしょう?なら私が駄って見ていられるわけない」

 ネオジオンにいる佐祐理のことも気になるから、それは口にせず。

「でもな・・・」

「良いじゃない。乗せてあげれば」

 突如格納庫に響く女性の声。青い髪を二つに縛った少女・・・留美である。

「・・・七瀬中尉、こいつはただの民間人なんだ。そんな彼女に連邦の中でも極秘扱いのこの機体に乗せられるとでも思っているのか?」

「あのね、相沢大尉。今この状況でそんな悠長なことを言っていられるわけ?

 彼女は現にそのMSに乗って戦って見せたわ。彼女は戦力になる、それだけで十分じゃない」

「そういう問題じゃないだろう。それじゃ、七瀬中尉のMSはどうする。君だって大事な戦力だ。そんな君にジムVに乗れとでも?」

「あぁ、その点は大丈夫。次の戦闘までにBDは完成させとくって折原が言ってたから」

「折原って・・・、君は折原少尉と知り合いなのか? ・・・って言うかビーディーってなんだ?」

 折原少尉とはこのカンナヅキの乗組員で、メカニックをしている少年だ。

 まだ連邦がティターンズだった時代にはMSに乗っていたらしいのだが、ある事件で心に傷を負い、それからは乗れなくなったという。

「折原とは・・・まぁ、腐れ縁みたいなもんよ。BDって言うのは私の乗ってきたあの機体。

 まぁ、本当はブルーディスティニー4号機って名前があるんだけどね。長いから略してBD。って、今はそんな話より大切な話があるでしょうに」

 ほら、と留美はジェスチャーで舞との話に戻れと示す。

「だがなぁ・・・」

「お願い、祐一。私をこの艦に乗せて」

 真摯なまなざしを向けてくる舞。祐一はしばし考え込むと、根負けしたように笑った。

「・・・はぁ、わかったよ。っていうか、舞は昔から言い出したら人の言うことなんて聞くやつじゃないもんな」

「ありがとう祐一」

 舞も、笑った。祐一が見る、本当に久しぶりの舞の笑みだった。

 

 

 

「さて、説明してもらおうか?倉田少佐」

「・・・・・・」

 4バンチコロニーから無事作戦を果たしてグワンランに帰ってきた佐祐理を待っていたのは祝福でもなんでもなく、詰問だった。

 ここはグワンランの特別室。といっても何が特別なわけでもなくただの空室なのだが。

 そこで佐祐理は聖に詰問をされていた。ほかにも美汐や美凪、はては秋子までもがいる。

「聞こえなかったのか? さっきの通信は何かと聞いている」

 あの通信がまずかったと、佐祐理はいまさらに後悔していた。

 舞に通信を取ったことがまずかったわけではない。ただ、その通信を聖に聞かれたことがまずかった。

 聖は完璧主義者だ。戦闘や作戦に私情を挟むことを最も嫌う、きっての軍人だ。そんな聖にとって今回の佐祐理の行動は目に余るものだった。

「・・・・・・」

 佐祐理だって私情を挟むことがいけないことぐらいは知っている。しかし、相手が舞となれば話は別だった。

 舞は、舞だけは特別だった。昔の自分を見ているようだった。だから、助けてあげよう、一緒にいようと思った。

 学校を卒業して実家に帰るときも舞のことが頭から離れなかった。そう、たとえネオジオンに入っていても・・・。

「親友・・・だったんです」

「それで許されると思っているのか?」

「・・・思っていません」

「では・・・」

「まぁ、良いじゃないですか」

 突如割って入ってきた声。秋子だ。

「庇うのか? 水瀬大佐」

「いくら兵士といえど人間。戦場に大切だと思う人が出てくれば判断ミスもあります」

「それを許してしまっては軍の威厳にかかわるぞ」

「ならお尋ねしますが、戦場で佳乃ちゃんが出てきたら・・・霧島大佐。あなたは平常心のままでいられますか?」

 グッ、と声をのどに詰まらせる聖。その聖を、秋子は薄い笑みを浮かべながらただ見つめていた。

「どうです?」

「・・・フン、勝手にしろ!」

 そう言い残すと聖はあからさまに不機嫌な顔で特別室から出て行った。それまでただ状況を見ていただけの美凪もその後に続いていった。

 不意に静寂が室内を包む。佐祐理は開放されたようにため息をつくと秋子に向き直った。

「秋子さん、どうもありがとうございます」

「良いのですよ。佐祐理さんも反省しているようですしね」

 秋子はそう言ってにこっと微笑んだ。何もかもを許してしまうような笑みだなと佐祐理は思う。

「次の戦闘は出られそうですか?」

 カンナヅキはいずれあのコロニーから出港してくるだろう。

 佐祐理は考える。そのとき舞がいたら。もし舞が出てきたら自分は戦えるのだろうか?舞に対して銃を構えることができるのだろうか?

「佐祐理さん、無理してはいけませんよ。次の戦闘は出撃しないほうが・・・」

 美汐が心配そうに佐祐理の顔を覗き込んだ。

「・・・ううん、出るよ、佐祐理も」

 舞は民間人だ。そもそも出てくること自体がおかしい話なのだ。そう、出てくるわけがない。

 佐祐理はそう自分に思い込ませ、立ち上がった。

 

 

 

「まず、状況の確認が先だな」

 祐一たちは作戦室にいた。これからの作戦を練るためだ。

「斉藤曹長、このコロニーの外にネオジオン艦隊がいるのは確かだな?」

「はい」

 斉藤と呼ばれた男は立ち上がると、モニターの前に立って、

「まずこれを見てください。コロニーの外では先ほどのネオジオンのMS反応がまだ確認されています。

 おそらく、外の戦艦で待機しているものと考えられます。

 待機していたはずのペガサスVですが、この状況ではまず堕ちたと見て間違いないと思います」

 誰もが考えていたであろうことではあったが、希望を捨てていなかったものたちにとってその言葉はあまりに重いものだった。

「川口曹長、こっちの状況は?」

「カンナヅキは最終調整が半ばで終了してしまっているため本来のスペックの七割ほどしかありません。

 ミサイル等の弾薬も少ないです。MSはガンダムアークレイル、BD、予備のジムVが一機です。

 ガンダムのほうはメカニックの折原さんが修理をしています」

 少女、川口はディスプレイを操作しながらそう答えた。ディスプレイにはカンナヅキの詳細な情報が映し出されていたが、どれも喜ばせてくれそうなものではなかった。

「ガンダムの修理、あとBDの調整は終了したのか?」

「ガンダムの損害はたいしたことはなかったようです。すぐ終わると折原さんは言っていました。BDの方はすべての調整が終わったそうです」

「そうか・・・」

 BDが間に合ったのは良かったが、それでも戦力差は明らかだった。かといってこのままここにいれば業を煮やしたネオジオンがコロニーに攻撃してくるかもしれない。

「何か作戦みたいのがあった方がいいかもね」

 そう言ってきたのは留美だ。

「大丈夫。取って置きの作戦がある。出鼻を挫くにはもってこいのな」

 自信満々の祐一。その顔を見て留美はへぇ、と呟き、

「・・・お手並み拝見といこうじゃない」

 薄く笑う留美に対し、祐一も笑顔で答えた。

「さぁ、いこう。各員、第一戦闘配備。ネオジオンに打って出る!」

 

 

 

「コロニーより大型の熱源を確認。連邦の新造戦艦と思われます」

 オペレーターが継げた言葉に秋子は来たかと思った。メインモニターにレーダーが回される。

「たかが一隻でどれだけできるか見ものじゃないか」

 いつの間にいたのか、横には聖がいた。戦闘用宇宙服ではない。私服だ。

「霧島大佐は出ないのですか?」

「ギラ・ドーガはあれで繊細なようでな。先の戦闘でケーブルがいかれてしまったらしい。

 試作機だから仕方ないといえば仕方ないが・・・。なに、あの程度なら美凪だけでも十分だろう」

 そうですか、と秋子は再びモニターに目線を戻した。

「第一種戦闘配備。MS部隊は発進急いでくださいね」

 秋子は聖ほど連邦を甘くは見ていなかった。仮にも新型戦艦。なにかあるかもしれない。

 そう考えていた、その時。

「き、巨大なエネルギー反応確認!」

 オペレーターの驚愕の声に、秋子と聖は目を見開いた。二人が見つめるコロニーから突如放たれた三本の大きなビーム粒子がモニターを埋め尽くす。

 宇宙が大きく揺れた。

「二、三番艦撃沈! 五番艦は大破、独自判断で戦線から下がっていきます!」

「・・・やってくれるな、連邦の分際で!」

「まさかコロニーを出る前に撃ってくるとは盲点でした。油断しましたね」

 カンナヅキはまだコロニーから出てきてはいない。艦収納口のゲートごと撃ってきたのだ。

 当然、コロニーを傷つけないために出てくるものだからとその考えを捨てていたのだ。

「四番艦と平行して最大船速。これ以上は好きにはさせません」

 

 

「三連圧縮メガ粒子砲、命中を確認!敵艦、二隻撃沈、一隻戦線を後退していきます」

 作戦の成功を告げる川口の言葉に祐一は小さくガッツポーズをした。

「よし」

『へぇ、やるじゃない』

 感嘆の声を上げたのは留美だ。奇襲は成功。これで相手の戦力は半減した。これならまだ勝つ見込みはある。

「ミサイル一番から八番まで全点火、ロック方式はパターンCを登録。右舷、左舷の副砲をそれぞれ二時、十一時方向へ接続。コロニーを出るとともに一斉放射を仕掛ける」

『艦長、ガンダムの修理は完璧だ。いつでも出せるぜ』

 モニターの向こうでは折原浩平が親指を立てていた。

「わかった。・・・舞、いけるか?」

『問題はない・・・と思う』

「七瀬中尉は」

『いつでもOK。早く戦闘を終わらせなくちゃね。名雪を助けなくちゃいけないんだから』

「コロニーを抜けます!」

「よし。撃てぇぇぇ!」

 

 

 カンナヅキは自ら破壊したゲートを突き破り出てくると、船首が見えたか見えてないかというところから一斉射撃を始めた。

 ミサイルが唸りをあげてグワンランへと突っ込んでいく。

「緊急回避」

「ま、間に合いません!」

 大半のミサイルが直撃、艦が大きく揺れる。

「損傷は?」

「第五、七、八ブロック、第二格納庫も大破!」

「第三エンジン、出力上がりません!」

「四番艦、メガ粒子砲が直撃した模様。被害は深刻なようです!」

「やりますね・・・。あの連邦の艦長」

 秋子は素直に敵の技量を認めた。あの状況で思いつく作戦としてはもっとも有力な作戦だろう。素晴らしい戦略センスの持ち主だ。

「美凪、倉田、天野、何をやっている! 早く出ろ!」

 冷静に事に対処している秋子に対し、聖は焦りと怒りをごちゃ混ぜにしたような顔で肩を震わせていた。

 連邦だと侮った者とそうでない者の差だろう。

『第二カタパルトをやられました。ガンダムスコーピオン出撃できません』

 メインモニター片隅に現れた美汐の顔はあくまで冷静さは消えていないと見えるが、付き合いの長い秋子には苦虫をつぶしたようにゆがんで見えた。

「くそ!」

 怒りをあらわにする聖を一瞥すると、秋子は正面に振り返った。その顔に、いつもの温厚さはない。

 その顔は、幾多もの戦場を潜り抜けてきた戦士の顔だ。

「出られる者だけでかまいません、全機出撃してください。

 砲撃手は出撃を確認したらメガ粒子砲一斉発射。MSの進行を邪魔させないようにしてください。

 敵艦の主砲はこちらよりも威力が高いですから、操舵手、注意してくださいね」

 的確な指示を出していく秋子の雰囲気が、落ち込みかけた兵士たちのテンションを再び上げていく。

「さぁ、目に物を見せてあげましょう」

 

 

 佐祐理はさっき奪取したばかりのMS、ガンダムグリューエルのコクピットにいた。

 落ち着かない。心臓が妙に高鳴っている。

 彼女がいるかもしれない。それを考えると、自然と手が震えていた。

『倉田少佐?』

 通信モニター越しに映るのは美凪。いつまでもカタパルトへ移動しない佐祐理を訝しく思ったのだろう。

「あはは、すみません。すぐ出ますよ」

 佐祐理は両手で顔を叩き、活を入れた。

 ―――今は考えるのはよそう。今は・・・。

 グリューエルをカタパルトに接続。佐祐理は深呼吸すると、目を見開き―――、

「倉田佐祐理、ガンダムグリューエル、出ます!」

 広大な宇宙へと飛び立った。

 

 

「敵艦よりMS、発進を確認!」

「数は!」

「九・・・いえ、十機です!」

 十機もか・・・。祐一は内心毒づいた。予想ではもう少し少なくなるはずだった。二機のMSで果たしてこの数に勝てるのか。

 ―――愚痴ってても仕方ないか。

 戦闘中は些細な隙も死につながる。祐一は弱気な考えを捨て、二人を信じることにした。

「舞、七瀬中尉。頼んだぞ!」

 

 

「任せなさい。川澄さん、行くわよ!」

「・・・(コク)」

 カンナヅキにある二基のカタパルトデッキが開いていく。眼前に広がる、星の大海。戦いの前だというのに舞は不謹慎にも綺麗だな、と思った。

「七瀬留美、ブルーディスティニー4号機、出るわ!」

「川澄舞、ガンダムアークレイル、・・・出る」

 そして二人のMSは宇宙へと放たれた。

 

 

 両陣営からMSが発進されるのとほぼ同時、グワンランと四番艦がメガ粒子法をカンナヅキにむけて放射した。

「直撃コース! 回避、間に合いません!」

「Iフィールドを展開しろ!」

「ですがあれは調整がまだ・・・!」

「発生装置が焼き切れてもかまわない!死にたくなかったらさっさと起動しろ!」

「・・・了解!」

 操舵手である斉藤が大きく頷いた。

 だが、斉藤はすぐにIフィールドを展開しようとはしなかった。

「もう計算済み! データはそっちに送ってあるわ!」

「はっ、さすが!」

 それと同時。カンナヅキの船首部分が淡く発光すると、放たれてきたメガ粒子砲が、あるものは弾かれ、あるものは霧散した。

「やるじゃないか斉藤! 必要最低限のところにIフィールドを張ってエネルギー消費を抑えるなんて」

「川口の弾道計算が正確なおかげですよ」

「あら、私の計算がいかに合っていても、正確な場所と時間にIフィールドを張れるあなたの腕がなければ無理だったわよ?」

 斉藤と川口はお互いをねぎらった。

 実はこの二人、士官学校時代には成績優秀者としてお互い精進しあった仲である。

『カンナヅキ、大丈夫!?』

 モニターに留美の心配そうな顔が映るが、祐一は黙って親指を立てた。

 大丈夫、と。

 留美はそれを見て、大きくうなずくと通信を切った。

「三連圧縮メガ粒子砲チャージ。まず、あの邪魔な僚艦を堕とすんだ!」

 祐一の力強い叫びがブリッジにこだまする。

 

 

「戦艦にIフィールド・・・ですか。連邦も思い切ったことをしましたね」

 秋子は歯噛みしていた。

 今回、本部からの命令は二つ。ガンダムの奪取と、新造戦艦の破壊である。

 この命令を受諾したとき秋子は、なぜグワンランと僚艦が四隻も必要なのか不思議に思っていた。

 だが、今なら納得できる。

「あの戦艦。今堕とさなければその代償、私たちの命で払わなければいけなくなるかもしれませんね」

 あの戦艦は危険だ。この戦争を引っくり返してしまうかもしれないほどの性能をもっているだろう。

「敵艦より再び高エネルギー反応! 目標、四番艦と思われます!」

「っ!」

「四番艦直撃! 沈黙しました!」

 秋子の隣では、もう声も出ないのか聖が肩を震わすだけだった。

「MS隊に通信。敵MSには構わず、敵戦艦に集中せよ。グワンランは敵艦の射程距離ぎりぎりまで後退します」

 これ以上、やらせるわけにはいかない。

 

 

 この戦力差でネオジオンが押されている。

 その事実に驚いているのは何も秋子や聖だけではない。美凪も、そうだ。

 ―――あの水瀬大佐がここまで良い様にされるなんて。

 美凪は聖の直属の部下で、今まで秋子と組むことは無かったがそれでもその凄さは知っていた。いや、ネオジオンにいる人間なら誰もが知っていることだろう。

 その秋子が、ここまで押されるとは。敵艦のスペックもさることながら、その能力を十二分に発揮している敵の艦長に敬意を表したいほどだ。

「けれど・・・」

 いかに強い戦艦だろうと、小回りのきくMSに取り付かれればどうにもならない。

 それは過去の全ての戦争が証明する、不変の事実だ。

 敵艦からのMSはわずかに二体。恐れるに足りない存在だ。

「ガザD、ガザC部隊は敵艦へ。あの二機のMSは私と倉田少佐で叩きます」

 美凪の言葉とともに、後方のガザ部隊は八方に散った。

 

 

「ガザが散った?・・・なるほど。どうやらあそこの二機が私たちの相手をしてくれるようね」

 他とは違う機体。おそらくはエース級が乗っているはず。・・・やっかいなことになった。

『祐一が危ない』

 舞から通信が入る。まだ会ったばかりだが、それでもわかる焦りきった顔で。

「ええ。だから早く叩くわよ。川澄さんはあっちのガンダムをお願い。私はあの黒紫のバウをやる」

『・・・・・・』

「川澄さん?」

『・・・了解』

 そこで通信は切れた。

 少し様子がおかしいように見えたが、もうそんなことを気にしていられる状況ではない。すでに目視できる距離にあのバウが迫ってきている。

「さて・・・、とっとと堕ちてもらうわよ!」

 留美は大きくペダルを踏み込み、ビームサーベルを抜き放った。

 

 

 佐祐理には嫌というほどわかった。わかってしまった。

 目前で対峙するガンダム。そのパイロットが・・・、舞であることが。

「なんで・・・、なんで、舞」

 通信は開いている。モニターに映る舞の顔は・・・辛そうだった。

「なんで舞が連邦にいるの!?」

 それはもはや絶叫。佐祐理の心からの叫びだった。佐祐理は生まれてから今までで最も大きい声で怒鳴っていた。

『佐祐理・・・』

「舞が連邦にいれば佐祐理は舞と戦わなくちゃいけなくなる! それがわかっていてどうしてMSになんか乗るの! 

 舞は・・・舞は佐祐理と戦って・・・殺しあっても平気なの!?」

『平気なわけない!』

 舞の叫びに佐祐理は思わず驚いた。

『平気なわけ・・・ない』

「じゃ、じゃあ・・・」

『でも、あの艦には守りたい人がいる』

「・・・舞?」

『佐祐理。佐祐理はあの艦の艦長が・・・祐一だと聞いても私たちと戦うの?』

「・・・・・・え?」

 今、舞はなんと言ったのか。そう、聞き違いでなければ、確か・・・、

「祐・・・一さん・・・?」

 舞は、ただ黙って頷いた。

 

 

「第二ブロック大破、第四ブロックで出火を確認!」

「作業班、消火急いで!」

「左舷エンジン被弾!」

「一番から三番までの砲座、中破!」

「ガザ二機、後方に回り込まれました!」

「くそっ!」

 カンナヅキはガザ部隊に苦戦していた。美凪の言ったとおりの展開になっている。

「弾幕を張れ!これ以上取り付かせるな!」

「やっていますが、この数相手では・・・うわ!」

 艦が大きく揺れる。またどこかが爆発を起こしたようだ。

「艦長、このままではジリ貧です!」

「舞たちは!?」

「両機、敵エース級と接触中!」

「くっ!」

 かなり一方的な展開になってしまった。

 Iフィールドもこれだけの数のMS相手では斉藤の腕が追いつかない。

 カンナヅキのミサイルは艦対戦のときにすでに撃ち尽くしたので、連装機銃とサブ、三連圧縮メガ粒子砲しか武装は無い。

 が、三連圧縮メガ粒子砲は艦対戦、あるいは大型拠点の破壊を前提に作られた強力な砲撃であるため、エネルギーの充填に時間がかかり、しかも命中精度が低いため小回りのきくMSには全くと言って良いほど効果が無い。ないない尽くしだ。

 本来なら後いくつかの兵器が内蔵されているのだが、調整途中でまるで役に立たない状況だ。

 ―――どうすればいい!?

 必死に思考を巡らせるが、良い打開策はまるで思いつかない。

 そんな時、祐一に通信が。

『おい、艦長!』

 通信の相手は―――浩平だった。

「折原少尉、現在は戦闘中だぞ!」

『ああ、そうだ。そうだから、あいつを止めてくれ!』

「止める?なにを」

『あの、ポニーテールの嬢ちゃんだよ!』

 ポニーテールの少女。そう言われて思いつく人間は一人しかいなかった。

「・・・観鈴がどうした」

『その観鈴っていう嬢ちゃんがジムVに乗って戦闘に出るって聞かねえんだ!』

「なっ・・・!?」

 

 

「えーと、確かこれだよね?」

 ジムVのコクピットに響くあどけない少女の声。観鈴である。

「あれ、これだったかなぁ?」

 観鈴はこう見えて多少MSの操縦法には覚えがある。母親がフリーのMS乗りで、酔っ払うたびに自分のMS操縦がどれだけ上手いかを延々と語っていたものだ。MSの操縦方法も踏まえて。

 そんなこんなで聞いているうちにMSの操縦方法は覚えてしまっていた。

 勘違いしないでほしいが、決して観鈴の記憶力が良かったわけではない。単に覚えてしまうほど何度も語られていただけだ。

「うーん、やっぱりこれかも」

 ・・・さっきからの観鈴のこの呻きには理由がある。確かに操縦方法は覚えているのだが・・・、どれがどれだかわからない。

 そうして悩んでいると、

『観鈴!』

 突如メインモニター片隅に映し出される男の顔。観鈴はたっぷり三秒その顔を眺め、

「あ、祐一さんだ」

『あ、祐一さんだ。じゃ、ないだろ!!』

「わっ、怒ってる」

『当然だろ』

「・・・なんで?」

 観鈴には本当に皆目見当がつかなかった。それが見て取れたのだろう、祐一は怒りを通り越して呆れてしまった。

『あのな、観鈴。お前は民間人なんだ。そのお前がMSに乗ってどうする気だ』

「戦うんだよ」

『これは遊びじゃないんだぞ!』

「うん。わかってるよ」

 激昂する祐一。しかし観鈴は怯まない。

「でも、見てるだけで何もできないのはとても悲しいこと。だから、できることがあるのなら、それを一生懸命やるべきだとわたしは思う。わたしはMSの操縦法がわかるからこれに乗る。・・・この艦を、この艦に乗る人を守りたいから。にはは」

 そう言って笑って見せた。

『観鈴・・・』

「観鈴ちん、頑張る♪」

『・・・・・・わかった』

 祐一は諦めたようにそう呟いた。その後ろで「艦長!?」と非難の声が聞こえてくるが、祐一はそれを片手を挙げることでやめさせた。

『好きなようにするといい。艦長として許可する』

「ありがとう、祐一さん」

『だけど、これだけは約束してくれ。・・・死んだりするなよ』

 観鈴は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔に戻ると、

「はい! 任せてください!」

『よし、いい返事だ。じゃあ、そのままカタパルトまで移動してくれ。折原少尉にはこちらから言っておく』

「はい、わかりました」

 意気込み、観鈴は操作管を・・・、

 ドカァァァン!

『うわ、なんだ今の音は!?』

「あ、あれ?」

 後ろに倒してしまった。後退したジムVはもちろん格納庫の壁に直撃。

「に、にはは失敗失敗」

『・・・・・・・・・・・・』

 外から聞こえてくる浩平の悲鳴を聞きながら、不安いっぱいの祐一であった。

 

 

「このっ!ちょこまかと動くんじゃないわよ!」

「っ!」

 BDのビームサーベルをすんでのところでかわすバウMkU。

「この人とは・・・相性が悪いです」

 美凪は意外にも苦戦していた。

 相性が最悪なのだ。

 ニュータイプとしての感覚から攻撃の来る位置はわかるのだが、この機体、スピードはそれほどないが各稼働部の反応がやたらと早く、しかも留美の接近戦の技量の高さがそれに拍車をかけてかわしにくくさせている。さらにバウMkUの反応が美凪に追いつかないためさっきから防戦一方の状況だ。

「早く距離をとらないと・・・」

 必死にBDから離れようと後退するが、

「逃がすものですか!」

 留美はそれを許さない。

 BDとバウMkUの機動性はほぼ互角。なので距離は一向に離れない。

 ならば・・・、

「離れてくれないなら、離すまで」

 美凪は一気にスラスターを反転、爆発させた。

「え?」

 あまりに急なことに留美は判断が遅れた。

 バウMkUがシールドを前方に掲げ、BDに突っ込む。

「うあっ!」

 機体が大きく揺れ、留美は頭をしたたかにぶつけた。そのままBDは吹っ飛ばされてバウMkUとの距離が開く。

「しまっ・・・!」

 気付いたころにはもう遅い。その距離は美凪の得意とする中距離にまで開いていた。

 留美は即座に機体を立て直し、再び距離を詰めようとするが、それを許す美凪ではない。ビームライフルとメガ粒子砲の正確な波状射撃に、今度は留美が押され始める。

「近づけないじゃない!」

 留美もビームライフルで応戦するが、まるで当たらない。

 留美が射撃下手なせいもあるだろうが、ここはやはり美凪の回避能力を褒めるべきだろう。

「オールドタイプにしてはやりますが、・・・ここまでです」

 美凪の攻撃が激しさを増す。それでもまだかわし続ける留美の腕は流石と言うしかないが、それでも徐々に追いつかれ始める。

 そしてついに美凪の反応速度が留美を捕らえて・・・、

「・・・なに?」

 突如大きな力を感じた。美凪はそちらの方向にモノアイを向ける。

 そこには例の連邦の新造戦艦が目視できた。どうやら戦闘をしている間にどんどん近づいてしまったようだ。

 そしてそこから感じる二つの強い感じ。

 ―――あそこにニュータイプがいる・・・?

 しかも片方はどこかで感じたことのあるものだ。戦争中ではない。もう少し前、そう、たしか学生時代に・・・。

「よそ見してるんじゃないわよ!」

「あっ」

 美凪の意識が戦闘から消えてほんの数秒。しかしその数秒は留美が距離を詰めるには十分な時間だった。

「悪いけど、一気に決めさせてもらうわ」

 そう留美が宣言した、刹那、

「え・・・、なに?このプレッシャー・・・」

 突如美凪を大きなプレッシャーが襲った。さっき感じたあの二つのものではない。それとはまるで異質。そしてそのプレッシャーは、なぜかオールドタイプであるはずの留美から放たれていた。

「ううん、違う。これは・・・」

 そう、違う。このプレッシャーはパイロットが発しているものではない。この目前にいる機体が発しているのだ。

「私を導いて、EXAM!」

 BDのメインカメラが紅く輝く。

 美凪がビームサーベルを振るうが、既にその時にはBDの姿は無かった。

「!?」

「遅いわ!」

 BDはバウMkUの後ろにいた。なんて反応の早さか。美凪の反応がまるで追いついていない。

 驚愕に目を見開く美凪に、BDのビームサーベルが振り下ろされる。

「一昔前のMSだからってなめないことね。これが『蒼き死神』の力よ!」

 勝利を確信した留美に対し、咄嗟に美凪はバウMkUのドッキングを解除した。はずされた下半身がBDに両断され、爆発する。

 その爆発の風圧を利用して後退、美凪は戦闘から離脱して行った。

「・・・逃げられた、か」

 爆発が目くらましとしての意味もかねていたので留美はそこから動けず、見逃してしまった。

「強かった。またあんなのと戦うことになるのかしら」

 やっと落ち着いたその空間で、留美は大きく息を吐いた。

 

 

「えーと、ジムV、神尾観鈴、行きます!」

 見よう見まねで言ってみる観鈴。カタパルトより射出されたジムVは・・・いきなりバランスを崩した。

「わわっ」

 重力の無い世界にふらふらする観鈴機。

 カンナヅキを攻撃していた一機のガザDがそれを発見、襲い来る。

「えーと、攻撃、攻撃。ビームライフルのトリガーは・・・これ?」

 ふらふらしながら撃ったビームライフルは、しかし見事にガザDの機関部へ直撃、閃光に消えた。

「次は・・・、えっと、右? ・・・じゃなくて、上!」

 姿勢変換して上へと発砲。今こちらに気付いたばかりのガザCが無抵抗のままに堕ちていく。

「観鈴ちん、すごい」

 誰が見ているわけでもないのに、コクピットの中でブイサインをする観鈴。

 そしてそのころになってやっとガザ部隊は慌て始めた。

 

 

「ガザD,C、それぞれ一機レーダーより消失。・・・艦長、あの神尾って子、すごいですよ!」

「あ、ああ」

 カンナヅキのブリッジではにわかに活気付き始めていた。

 誰もの予想を良い意味で裏切ってくれた観鈴のおかげだ。

「さらにガザD、レーダーより消失。彼女、もしかしてニュータイプかもしれませんね」

 メインスクリーンに映し出される観鈴の動きはぎこちないものだが、それでも攻撃は全てかわし、ときたま撃つビームライフルは見事に直撃。ニュータイプと言われても誰も疑わないだろう。このときガザに乗っていたパイロットが新米だったこともあり、観鈴は初搭乗ながら優位に事を運んでいた。

 だが、観鈴にばかり任せてはいられない。

 ―――その時できることを一生懸命に。

 受け売りだが、確かにそうだなと祐一は思った。

「川口、サブメガ粒子砲のコントロールをこっちによこせ」

「え、艦長に・・・ですか?」

「ああ、そうだ」

「ですが・・・」

「大丈夫だ。こう見えて射撃には自信がある。それに、観鈴にばかり頼るのもかっこ悪いだろ?」

 しばし川口は祐一を見つめると、諦めたように了解、と呟くとコンソロールへと視線を戻した。

 しばらくして祐一の手元にサブメガ粒子砲のコントロール画面が現れる。

 それを確認すると、あろうことか祐一は目を閉じた。

「艦長!?」

 驚愕するクルーをまるで気にする風も無く、祐一は集中する。

 ―――敵の数は残り五・・・いや、四に減ったか。

 確かに祐一が目を閉じている間にガザがもう一機堕ちていたが、なぜそれが祐一にはわかるのか。

 ―――見える・・・。

 そう、祐一には見えていた。敵の動きが。自分の周りが宇宙に、いや、自分が宇宙に溶け込むようなそんな感覚。

 その中で動き回る敵。祐一にはその動きが手に取るようにわかった。

 これはある者たち共通の感覚。

 祐一は目を見開き、

「敵意は、そこか!」

 サブメガ粒子砲を発射。それは寸分違わず、二機のガザDを撃ち抜いた。

 その光景を唖然と見るカンナヅキクルー。無理もない。戦艦の、しかもメガ粒子砲クラスの大型兵器で小回りのきくMSを堕とすことはほぼ不可能に近い。偶然に任せるか、相手の動きを先読みでもしない限り。

 だが、祐一にはそれができた。

 いや、祐一だけではない。観鈴も、舞も、美凪も、佐祐理にもできるだろう。

 なぜなら、これがニュータイプの力なのだから。

 

 

 戦況は徐々に、しかしはっきりと傾き始めていた。

「ガザ部隊は?」

「残り一機。いえ、・・・全滅しました」

「遠野少尉は」

「帰還しました。機体は中破していますが、身体に異常はないようです」

「そう・・・ですか」

 もはや誰の目にも勝敗は明らかだろう。

 クルー達にも元気は無い。あれだけの戦力差がありながらここまで追い詰められたのだ、無理もないだろう。

「撤退します。倉田少佐を呼び戻してください」

 ついに秋子からその言葉が告げられた。ブリッジクルーはある者は悔しそうに唇を噛み、またある者は安堵したように息を吐く。

「水瀬大佐、正気か!?」

 しかし聖だけは秋子に食って掛かった。

「これだけの戦力でたかが連邦の艦一隻に負けるだと!尻尾を巻いて逃げるだと!ふざけるな、そんなことがあっていいわけが無い!」

 秋子は激昂する聖をただじっと見ている。

 秋子と聖は二人ともネオジオンで知らないものはいないほど有名だ。だが、二人には唯一にして絶対の違いがあった。

 それは敗北、である。

 秋子は何度も負け戦を経験している。

 しかし秋子は負けて後悔したことはなかった。自分でここまで、と決めたところで撤退するから。何も負けは恥じることではないというのが秋子の持論だ。悔しかったらそれをばねに精進すればよい。無理に死ぬことは栄誉でもなんでもない。生きることに意義がある。生き残れば、必ずチャンスは回ってくる。事実、そうして秋子は数多の戦で勝ち、恐れられてきた。

 対して聖は未だかつて敗戦を経験したことが無い。

 自分より強い相手はいなかった。目に映る敵全てを葬ってきた。それはMS戦にしても艦対戦にしても同じこと。聖は自分に絶対の自信を持ってきた。勝つことが全て。勝てなければそこには何の意味も残らないというのが聖の持論だ。その勝利の執念が敵を圧倒し、そしてそれが聖の自信へ、またさらなる力へとつながって行く。事実、そうして聖は全ての戦で勝ち、恐れられてきた。

「もう無理です。撤退しましょう」

「駄目だ。撤退は許可しない」

 同階級の二人からまるっきり反対の命令をされ、困り果てるクルーたち。

「・・・霧島大佐。なら、この状況でどう戦えと言うのです?」

「まだ倉田がいるだろう? あいつの強さは私も認めている。あいつならMS三機ほどどうって事は無いはずだ。

 MSを堕とせれば戦艦を堕とすことなどわけないからな」

「確かに、並のMS三機なら佐祐理さんの敵じゃないでしょう。

 ですが、そのうち一機は数分でガザ部隊を全滅させ、一機は遠野少尉を負かせるほどの実力をもち、さらにもう一機はまったく実力が不明・・・。

 これでは佐祐理さんはおろか、たとえ私や霧島大佐でも勝てるかどうかわからないですよ」

「私なら勝てる。私は水瀬大佐のように腑抜けじゃないからな」

「なんだと!」

 聖の言葉に怒ったのは秋子ではなくブリッジクルーたちだった。

 このグワンランのブリッジクルーのほとんどが秋子の部下なのだ。そして彼らは今まで秋子の適切な判断の元、戦ってきた。

 彼らは秋子に絶対の信頼を抱いている。そんな秋子を馬鹿にされたのだ、黙って見ていられるような奴は秋子の部下にいなかった。

 秋子はそんな彼らに笑顔を見せた。それを見て、クルーたちは静まって行く。その笑顔は案に大丈夫、ありがとうと物語っていたから。

 秋子は再び聖の方を見やる。その顔に、聖は一瞬ひるんだ。

「撤退します。これ以上の戦闘は無意味です」

 その顔には有無を言わせない、迫力があった。

「水瀬大佐!」

「この件に関する責任は全て私が請け負います。霧島大佐、本部にどう報告してもらっても結構です。ですのでここは下がってください」

「水瀬・・・!」

「よろしいですね?」

「・・・ちっ!」

 最後に舌打ちを残し、聖はブリッジを出て行った。

 秋子はそれを黙って見届けると、一つため息を吐いた。

「さて、では信号弾を撃ってください。撤退しましょう」

 

 

 佐祐理が舞と対峙していると、不意に後方で何かが光った。

「信号弾・・・? え、撤退ですか」

 信号弾の色は黄色。それは撤退を意味する色彩。

 まさかあの戦力で負けたというのか。美凪がいたのだ、そう簡単に負けるとは思えないのだが・・・。

 だが、これで連邦の戦艦は破壊されずにすんだ。そのことを喜んでいる自分、嘆いている自分。親友を思う自分とジオン軍人としての自分との葛藤。複雑な心境だが、とりあえず今回はこれでよかったと思う。

 もし、あの艦に乗っている祐一が死んだと知ったら・・・今はまだ耐えられそうに無い。

 ―――これから、変わるのかな・・・。

 ここで撤退したとして、また戦わないとも限らない。そのとき、自分ははたして祐一や舞たちに銃を向ける事ができるだろうか。いや、向けねばならないのだろう。

「佐祐理はネオジオンの兵士だから」

 その言葉は口から紡がれ、通信波に乗って舞にも届いていた。

「佐祐理。私たちはどうしても戦う運命なの?」

 その舞の問いはそのまま佐祐理の問いでもある。

 だが、誰も答えてはくれない。

 なぜなら、それはお互いが自分で決めることだから。

「祐一さんが連邦にいて、佐祐理がネオジオンにいる・・・。舞は祐一さんを守るために戦うのでしょ?なら・・・佐祐理と舞は敵だよ」

「・・・・・・うん」

 その言葉と心境のなんと相違なことか。

 だけど、口にしなくてはいけない。これは、けじめだから。

「次、戦場であったら・・・迷わない。佐祐理は・・・舞と祐一さんを撃ちます」

 佐祐理の決別の言葉。その決意は語尾が敬語になっていることに表われる。

「・・・うん。佐祐理が祐一と戦うのなら・・・、祐一のために私は佐祐理を斬る」

 舞からも届く決別の言葉。

 これで二人は名実ともに敵同士となった。

 しばし沈黙したまま二人はお互いを見詰め合う。・・・その姿を目に焼き付けるように。

 先に視線をはずしたのは、佐祐理だった。

 佐祐理はそのまま機体を反転、スラスターを展開し、

「さよなら、舞」

「ばいばい、佐祐理」

 そう言い交わして飛び立った。

 舞はそのまましばらく佐祐理の消えた方向をじっと眺めていた。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

RX−78BD−4

ブルーディスティニー4号機

武装:ビームサーベル

   ビームライフル

   胸部ミサイル

特殊装備:EXAMシステム

     シールド

<説明>

 本来ならブルーディスティニー1号機改と呼ぶべき機体。

 一年戦争が終わった後、連邦の大型格納庫に保管されていたものを留美が見つけ出し、改修を依頼した。

 ただ、改修と言っても時代が時代の機体なので、ムーバブルフレームにしたり、装甲を変更したりと実に九割ものパーツを変更してしまい、ほとんど新型機のようなものになっている。それで、4号機の名がつけられた。

 EXAMシステムは健在で、留美も十分にそれを使いこなしている。

 主なパイロットは七瀬留美。

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 実に早くEpisodeUを製作してしまいました。自己新記録です。もともとEpisodeTはこれの前半のようなものですから、すらすらと腕が動きました。

 いやー、このSS初の大規模戦闘でした。書いていて面白かったです。あ、でも、執筆の腕は雑なもので、見づらいかもしれませんが勘弁してやってください。これからも精進しますので。

 さて、次回はいよいよCLANNADの人がほんの少し出てきます。あと、Air本編で立ちCGが無かった人も。

 しばらくは戦闘なしの話が続きます。

 それでは、また今度。

 

 

 

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