Episode ]\
【辿り着く場所は】
海の匂いが鼻を突く。
塩を含んだ風は髪に纏わりつくも、それはどこかこちらを安心させるものも含んでいた。
カンナヅキの甲板の上。
仰向けになり、舞は空を見上げている。
煌く太陽の中、影を背負い舞うカモメを眺め、思い出すのはカラバと別れたときのことだ。
妙に晴々とした朝日が空にあった。
その下、奪還したモスクワ基地の入り口に数人の人影が向き合うようにして立っている。
「今回はいろいろ世話になったな」
「いや、それはこっちの台詞だよアムロ。結局また艦の修理もしてもらったしな」
握手を交わしているのはアムロと祐一だ。アムロの横には郁未とコウ、祐一の横にはことみと舞がそれぞれ並んでいる。
「そっちも・・・世話になったな」
アムロはことみにも視線を向ける。それに対しことみも笑顔で答える。
「そんなことはないの。結果的に助けた形になっただけだから」
「いや、助かったことに変わりはないさ。あそこでキサラギが来なければ俺たちもカンナヅキもやられていたかもしれない」
そうは言うものの、アムロの顔は少し難しい表情だ。
その意味を悟り、祐一はことみに目線を向けた。
「大丈夫。一ノ瀬少佐もその辺は理解してくれている。彼女も上層部にこの一件は話さないだろう。・・・ですよね?」
「うん、任せてほしいの。・・・あと、敬語は使わなくても良いの」
「そうですか。なら・・・ため口で」
祐一は戦闘中の通信で一度しっかりとため口になっているのだが、一応相手は上官で、しかもここにはカラバの面々もいる。建前で敬語を使っていたのだが、良いと言われれば使う必要もないだろう。
そんな二人を眺め、アムロがぷっと吹き出す。
「アムロ?」
「いや、すまない。とても二人とも軍人には見えなかったものだから。・・・連邦も、皆がお前たちのような人間なら良いのにな」
どこか遠い目をして語るアムロに、その場にいた誰もが沈痛な表情を浮かべた。
「あぁ、悪い・・・。お前たちに言ってもどうにもならない問題だな。これから良い方向に進んでいくことを祈るしかないか」
アムロの言葉に、しかし祐一は自嘲気味な笑みを浮かべ、
「祈るだけ・・・か。無力だな、俺たちは」
ここ最近はいろいろとありすぎて正直祐一は参っていた。
そんな祐一の肩に、熱が降りる。
それは人の手で、ことみのものだった。
「無力なんかじゃない。きっと、なにかできることがあるの。きっと・・・」
その瞳も憂いを帯びている。
ことみもきっといろいろあったのだろう。
なにも自分だけが悩んでいるわけじゃないということを、祐一は改めて思い知った。
ああ、と返事をして祐一は顔を上げ、アムロを見る。
「そろそろ俺たちは行く。そっちもいろいろあるんだろう?」
「ああ。これからダブリンに向かっていろいろとやることがある」
「そうか。それじゃ、頑張ってくれ」
「ああ、そっちもな。次会ったら敵同士だった、とかだけはないよう祈っている」
去っていくアムロたちの背中を見て、祐一たちも背を向ける。しかし、一人、そのまま見つめ続けている者がいた。
「舞?」
舞はその長い黒髪を靡かせ、祐一を見る。
「少し・・・郁未と話をしたい。・・・良い?」
祐一は苦笑する。
カラバとの共同戦線を決めてからというもの、舞と郁未は偶然にも一緒に行動することが多かった。
いろいろと言いたいこともあるのだろうと、祐一は首肯した。
「あぁ、行ってこい。でも、あまり時間はないぞ」
舞は小さくコクリと頷き、早足でアムロたちを追っていった。
「郁未」
呼ばれ、アムロたちの動きが止まる。
その端に立っていた郁未がこちらを見つけ、
「舞・・・」
呟くと同時郁未はアムロに目を配った。アムロは理解したのか仕方ない、といった表情の笑みを浮かべコウを促し先に進んでいった。
それに笑みで返し、郁未は早足で舞のもとへとやって来る。
「なによ、こんなときに」
「ちゃんとお別れが言いたくて」
「そう」
そう言いつつも舞の口は開かない。郁未も同じだ。
二人に去来する思い。声に出さずとも、なぜか二人は互いの考えてることがわかるような、そんな一体感に包まれていた。
「私は・・・、あんたと戦うなんて嫌だからね」
不意に郁未が言う。どこか優しい表情で。
「・・・うん」
舞も、日頃からは考えられないような柔らかな表情で返す。
「本当にわかってるんでしょうね?」
「うん。大丈夫」
「・・・そう。なら、いいけど」
そうして差し出される手。
舞はその手を見、次いで郁美を見て、その手に自分の手を重ねた。
「頑張んなさいよ」
「郁未も」
笑みを交換し、二人は強く互いの手を握った。
「こんなとこにいたのか」
不意に声を掛けられ、回想が中断する。
聞き慣れた声。振り向かずとも誰かはわかった。
「そっちこそ、こんなとこにいても良いの?・・・祐一」
苦笑を含んだ音が届き、舞の隣に影が差す。
「艦長なんてそれほどやることはないんだよ。やることを指図するだけで、やるのは別の人間だからな。・・・案外俺なんていなくてもなんとかなるかもな」
腰を下ろした祐一に顔だけを向け、舞は小さく笑った。
「そんなことはない。祐一がいなかったら、私たちはとっくに死んでる」
「・・・それを言ったらこっちだってお前―――いや、お前たちがいなかったら死んでたよ」
「そう?」
「ああ、そうさ」
祐一がそう言うのならそうなのだろう。
自分たちは助け合い、こうしていまも無事生き延びている。
―――自分たちは。
「・・・ねぇ、祐一」
「うん?」
「戦いは・・・いつ終わるんだろう」
少し唐突な質問だっただろうか?
祐一は一瞬驚いたように、そして表情を沈ませ空を見上げた。
なにを思い、考え空を見上げているのだろうか。
舞も視線を空に戻した。
「こうしてこのまま戦って・・・。それで本当に最後は平和になるの?」
思い出されるのは、言葉。
『迷って、生きて、その果てに見つけられることなのだろう。だからお前たちは一生懸命迷えば良い。そして見つけろ、本当の戦いの意味を』
本当の戦いの意味。
それを自分は見つけられるのだろうか。
そしてこのまま迷い戦い続けて、
「このまま戦ってとして・・・。それで私たちはどこに辿り着くんだろう?」
祐一はなに答えない。いや、答えられないのか。
そうだろう。
ここで明確な答えが出るのなら・・・誰もこんなに悩んだりはしない。
けれど、けれどこのままなあなあな状態で状況に流されるまま銃を取れば、
―――いずれ取り返しのつかない状況になりかねない。
「辿り着く場所・・・か」
祐一が立ち上がり、舞を見下ろす。
「俺にもわからない。・・・だけど、そう迷っていられる時間もないだろうな」
祐一の瞳は揺れていた。
迷いの、揺れだ。
「なぁ、舞。俺たち連邦は・・・正義か?」
その問いに、しかし舞は首を横に振った。
「迷わず正義と頷ける組織じゃない。それはネオジオンも同じ。でも・・・そもそも『正義』ってなに?誰にも等しい正義って、なに?」
「・・・なにも争いのない、平和、だろうな」
「その平和を得るために、私たちは銃を取っている」
「矛盾だな。そして悪循環でもある」
「撃つのは正義。でも撃たれた側もやはり正義。撃たれたら撃ち返す。撃った方が悪い・・・。その連続」
舞の頭にいままでの出来事が走馬灯のように駆け抜ける。
佐祐理と敵として出会ったこと、戦ったこと。
MSに乗って、祐一たちを守るために敵を・・・殺したこと。
風子や佳乃、観鈴と出会い、共に戦い抜いたこと。
有紀寧と話をしたこと。
真希が行ったこと。
名雪が艦を出て行ったこと。
郁未と出会ったこと。
そして智代に出会い、一緒に紅茶を飲んで、戦い・・・斬ったこと。
全てを反芻し、舞はさらに迷いの坩堝へと落ちていく。
してきたこと、したこと、これからすること。何が正しくて、何がいけないことなのか。
「互いの正義。互いの悪・・・か。お互い、思っていることは同じはずなのにな」
平和に過ごしたいと。願っていることは同じはずなのに。
「祐一」
「ん?」
「・・・ただ呼んでみただけ」
なんだかな、とぼやき苦笑する祐一を見上げ、舞は思う。
祐一なら間違った選択はしないだろうと。そして、
―――私はどこまでも祐一についていこう、と。
閉鎖された空間がある。
明かりも点いていないその空間には二人の人影。
デスクに座る青年はワイングラスを片手に、白衣の男から渡された書類に目を通した。
「久瀬理事。最終調整、整いました」
「あぁ、そうですか。間に合って良かったですね」
しかし通しただけだ。隆之はざっと読んだだけですぐに書類をデスクの上に放り投げる。
その仕草に白衣の男、高槻が眉をわずかに揺らせた。
「こんなデータを見たところでなにもわからないでしょう?ようは本番でどれだけの成果をもたらすか。その一点だけです」
非難の視線を感じ取ったのか、隆之はワインに口をつけて言い放った。
すると高槻は慌てたように頭を下げ、どうにか話題を変えようと模索する。
「そ、そういえばカンナヅキとキサラギが戻ってくるそうですね」
「ええ。あと小一時間もすれば戻ってくることでしょう。それがなにか?」
「いえ。ただ、理事は本当に例の作戦をされるのか、少々疑問に思いまして・・・」
隆之が失笑する。
「高槻博士。あなたはなんですか?ただの強化人間の専門家でしょう?・・・ならばこちらのことには口を出さない方が良い。戦争は戦争家がやるものです。あなたは言われた通りに強化人間を量産すれば良い。違いますか?」
「はっ、出すぎた真似を・・・」
恭しく頭を下げ部屋を去る高槻に見向きもせず、隆之はワイングラスを傾ける。
「カンナヅキとキサラギ。そして月から戻るラー・カイラム。・・・是非とも活躍してほしいですねぇ?」
ワイングラスに反射する隆之の顔は、嘲るような笑みに象られていた。
狭い部屋だ。
いや、部屋自体はさほど狭くはないのだが、そこは様々な機材や延びるコードが床を覆っているせいでごちゃごちゃしていて狭く感じるのだろう。
そしてその部屋は隣の部屋と連結していた。
中央にはガラスが差し込まれてあり、向こう側が互いに見える設計だ。そして向こう側の部屋はここと同じ大きさであるにもかかわらずこれでもかというくらいに物がないので広く見える。
聖は見る。そのガラスの向こうにある、唯一のものを。
「調子はどうだ?」
「はっ。なかなかに強固な精神を持っているようで、引きずり出せません」
答えたのは隣で機材を構っている研究員だ。その機材はいくつかのレバーがあり、一つの小さなコンソロール画面がある。浮かんでいる文字は『Level5』。
「そうか。まぁ時間はある。急く必要はない」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
耳を劈くほどの叫び声。
その声を辿っていけば、そこには椅子に手足を縛り付けられ、目隠しをされた少女がいる。頭にはなにかの装置が取り付けられ、そこから幾多ものコードがこちらの部屋まで延びている。
聖は特になんの感慨も沸かないのか、ガラス越しの部屋へと通じるマイクへ口を近付け、
「そろそろ答える気になったか?お前のいた艦のパイロット、艦のクルー。全てだ」
「・・・・・・・い、いや・・・だよ・・・」
「そうか。おい」
合図と共に隣にいた研究員がレバーを引き上げる。
それに伴いコンソロール面は『Level5』から『Level8』へと移り変わった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
再び響き渡る悲鳴。それを聖はどこか楽しそうな視線で眺めていた。
既にこうして二時間以上。いままでこれだけ耐え切った相手はいない。
果たしてどれだけ持つか。
それから数十分して装置を止めさせる。聖はもう一度マイクを手にした。
「もう一度聞く。お前の艦にいたパイロットは?」
しばらくして、少女の口が開いた。
どうやら堕ちたようだ。聖の口元がつり上がる。
「・・・か、川澄舞。・・・神尾、観鈴。霧島・・・佳乃。・・・月、宮・・・あゆ。なな・・・せ、留美。・・・伊吹、ふう・・・こ」
瞬間聖の眉がわずかに跳ねた。その連なれた名の中に、聞き知った者の名があったからだ。
だが聖は小さく首を横に振る。きっと別人だろう。
気を取り直し、マイクに声をかけた。
「六人か?」
少女が頷く。
「では、艦長は?」
「・・・・・・」
少女は答えない。
どうやらよほど大事な人物であるらしい。これだけの重圧を掛けてなお口を開かないとは大した精神能力だ。驚嘆に値する。
「おい、レベルを10まで上げろ」
「はっ、いえしかし・・・。それではほぼ間違いなく精神が崩壊しますよ?」
「人形に心など必要ないだろう?・・・やれ」
「・・・はっ」
レバーが限界まで押し上げられる。コンソロールには『Level10』の赤文字が浮かび上がった。
「うあぁぁぁあああぁぁああぁいいうぅうぐぅぅぅうぅ!!??」
まるで断末魔のような叫び。身体を強く痙攣させ、口からは泡が吹き始めている。
それを十分ほど続け、再び聞き出しのために止めさせる。
「艦長の、名前は?」
「・・・・・・あい・・・ざ、わ・・・、ゆうい・・・ち・・・」
「あい、ざ、わ、ゆうい、ち。・・・相沢祐一、でいいんだな?」
少女が散漫な動きで首肯する。
それだけを確認し、聖はガラスに背を向けた。
「あの娘どうするんです?」
「使えそうなら実験に使え。そうじゃなかったら破棄しろ」
「良いのですか? 彼女は・・・」
「構わん。ハマーンさまから全権を任されている。だから気にするな」
「・・・はっ」
頷く研究員を一瞥すると、聖はそのまま横を通り過ぎ部屋を出る。
「しかし相沢祐一に川澄舞か。相沢、舞・・・。いや、まさか・・・な」
聖は呟き、しかし小さく首を振るとその場を後にした。
カンナヅキとキサラギが日本基地の横浜基地に着いたのはもう日も沈んだ夜のことだった。
久しぶりの日本だ、と満喫する暇もなく祐一はことみと共に基地内司令官室に呼ばれた。
なにかあったのだろうか、と考える。
思えばドッグ内の整備士たちの動きもどこか慌しかった。
「一ノ瀬、どう思う?」
「わからない。でも、・・・きっとただごとじゃないの」
確かに現状それぐらいしかわからない。
話もそこそこに二人は司令官室へとやって来た。
ノックをし、返事を聞いたうえで入室し敬礼をとる。
そんな二人にデスクに座った大佐級の男は小さく頷くと、腕を組んでこちらを見上げた。
「着いて早々ですまんが君たちには整備が済み次第宇宙へ行ってもらうことになる」
「宇宙、ですか?」
祐一とことみが顔を見合わせる。
「つい先程入った情報なんだが・・・。サイド4のコロニーが一基ネオジオンに占領され、しかも地球に向かってきているそうだ」
祐一とことみが驚愕に目を見開く。
なぜならその言葉の意味するところは一つしかないからだ。
「まさかネオジオンは・・・コロニー落しを!?」
重々しく頷く大佐を見て、祐一は苦々しげに舌打ちをした。
「秋子さん、これがあなたの望んだ結果ですか・・・!」
その呟きはどうやら大佐には聞こえてなかったらしい。デスクの中から一つの書類を取り出し、それをことみに差し出した。
「これは?」
「事が事なので急ぎカンナヅキに『クサナギノツルギ』を換装したい。よって一ノ瀬少佐には悪いんだが武装換装監督を任せたいのだ。これはこの基地にいる整備員のリストだ。頼む」
「了解しました」
「うむ。では速やかに開始してくれ。時間はそうはないぞ」
「はっ」
「相沢少佐はしばらくすることがないので体を休めていてくれ。君には期待しているのだからな」
「はっ。いえ、しかし少佐、というのは・・・?」
「昇格だよ。君のこれまでの戦績を考えれば当然だと思うがね?」
「は、はぁ・・・」
「不満かね?」
「いえ、そんな」
正直祐一は嬉しくなかった。
連邦に不満を抱いているいまとなっては、その肩書きにどれだけの意味があるだろう。
それにその階級は、幾多もの人間を屠った証でもある。
そうして沈む祐一の裾が引っ張られる。ちょうど大佐から見えないような角度で、ことみだ。
視線だけを向ければ、そこには笑みがあった。大丈夫、と言い聞かせるような笑みが。
―――そうだな。
いまはコロニー落しを防ぐと言う連邦に間違いはない。ならばこの肩書きもいくらか上手い具合に使わせてもらおう。
祐一とことみは同時に敬礼し、司令官室を後にしようとして・・・しかし祐一は聞きたいことがあったのを思い出し足を止めた。
「あの、ムツキは・・・?」
「あぁ、ムツキはいま別任務で出払っている。カンナヅキ所属の神尾少尉も正式にムツキに転属となっているから心配はしなくても良い。彼らは今回の作戦には間に合わないだろうから、その分を君たちで補ってもらう。頑張ってくれ」
祐一は小さく返事を返し司令官室を出た。
「どうしたの?」
先に出ていたことみが隣に並ぶ。時間もない、そのまま歩いて話すことにした。
「さっきドッグに入ったときムツキがいなかっただろ?だからムツキがどうしたのかを聞いたんだが・・・、どうやら別の任務で出払っているらしい」
「それは・・・奇妙なの」
「やっぱ一ノ瀬もそう思うか?」
ことみは首肯する。
「このタイミングで別任務っていうのは・・・情報が入る前だったから、という可能性もあるにはあるの。でも、コロニー落としレベルの事件ならすぐに呼び戻してもおかしくないのに、それをしない。ということは・・・」
「その別任務というのがそれほど大切なのか、それとも・・・」
一拍。
「来させたくないのか」
ことみも頷いた。どうやら同意見のようだ。
コロニー落しより重大な任務、というのも考えにくい。
やはり連邦の影ではなにかが静かに、しかしはっきりと動き回っている。
しかしいったい何が・・・?
―――いまは考えても仕方のないことか。
まずは当面の問題を優先しよう。
「そういえばさっきの『クサナギノツルギ』っていうのはなんなんだ?文脈から察するになにかの武装だとは思うが・・・」
「設計当初カンナヅキに装着されるはずだった、ハイパーメガ粒子砲と並ぶビーム兵器の名なの。本当はテストのためにカンナヅキにセットされるはずだったんだけど、結局換装できなくてテストできなかった武装。
でもネオジオンの動きが活発になってしまったから、テスト結果待ちだった二番艦ムツキと三番艦キサラギは急遽そのままロールアウト。多分もう四番艦ヤヨイも五番艦ウヅキもロールアウトしてると思う。だからきっとクサナギノツルギが正式採用されるとしても反映されるのはその後の六番艦サツキからだと思うの」
「間に合うのか?」
「間に合わせるしかないの。コロニーレベルの規模の物を破壊するからには武器はいくつあっても足りないなんてことはない。
どれだけの核パルスエンジンを積んだかわからないけど、速ければ二日、遅くとも四日以内には地球の傍まで来てしまうの。だから頑張らないと」
確かにコロニー落しを防ぐとなれば莫大な数の武器が必要になるだろう。
敵の防衛網だって突破しなくてはいけないのだ。きつい戦闘になるのも目に見えている。
そしてきついのはなにも最前線で戦うものだけには限らない。整備士や、その他クルー全ても。
「言っても無駄だとは思うけど・・・。あまり無理はするなよ」
「それは無理な注文なの」
「だよな。なにか手伝えることがあれば言ってくれ。俺だけ休むっていうのもなんとなく嫌だしな」
そんな祐一にことみは小さく微笑んで、
「ありがとう」
「ふぅ」
思わず出る溜め息。
片手に持つスパナをとりあえず近くに置き、浩平は大きく背を伸ばした。
「ほんとに休む暇もないな・・・」
とはいえ今回も仕方のないことではある。
祐一から聞いた話ではこれからカンナヅキをはじめ横浜基地や北京、その他アジアにあるありとあらゆる基地の艦はネオジオンのコロニー落し阻止のために宇宙に出なくてはならないのだ。
計算によれば、コロニーが地球圏に到達するまで最速で二日。動きはこれに合わさなくてはならない。
となると遅くとも明日の夜には宇宙に上がらなければいけない計算で、さらに逆算すればそれまでに全ての整備を終えていなければならないのだ。
「チーフ。これどうすればいいですか?」
「ん?あぁ、これはいい。新しい機体が搬入されるからネロ・カスタムは修理なしで破棄だ」
「了解しました」
去っていく整備員の背中を眺め、さらに吐息が漏れる。
実は浩平はカンナヅキとキサラギの両艦のメカニックチーフに抜擢されていた。
ここ最近整備員の数の不足が深刻化しており、それと比例して凄腕の整備士も数が減ってきているのだ。
しかしそれは仕方のないことでもある。
腕の良い整備士はもちろん能力の高い艦に配属され、そしてその艦は最前線へと立たされる。もちろん他の艦に比べ戦闘回数も多いわけだから戦死する可能性だって普通より高い。
そんなこんなで最近は腕の良い整備士は通常ではありえないほどの整備士を総括しなくてはならなくなってきているのだ。
「よぉ」
不意に耳を打つ声に振り返れば、そこには三人の人影があった。男二人に、女が一人。そしてそのうちの二人の男は浩平にとって懐かしい顔だった。
「久しぶりだな、浩平」
「朋也に春原か。あぁ、久しぶりだ」
岡崎朋也に春原陽平。まだ新米の整備員時代に同期だったメンバーだ。
「データでキサラギにいたのは知ってたが・・・。何年ぶりかな?」
「そうだな。ざっと・・・一年くらいじゃないか?」
「そんなもんんか。もっと会ってない気もしたがな」
「それだけいろいろあったんだろ。お互い」
「・・・だな」
互いに苦笑が浮かぶ。
「なぁなぁ、そんなことより折原。僕たちに新型機が配備されたって聞いてきたんだけど、どれだよ!?」
そんな二人に、興奮した面持ちの陽平が割って入ってくる。
こいつはいつまでも変わらないな、と苦笑し、端に立つ眼鏡の少女に視線を向けた。
「ということは君が清水なつき少尉かな?」
「はい。そうです」
にこりと、無邪気な笑みを浮かべるなつき。どことなく活発そうな印象を浩平は受けた。
「あぁ、三人には新型機が来てるよ。こっちだ」
そうして三人を先導して浩平が歩いた先には、明らかにロールアウトしたばかりという輝きを放ったMSが三機ハンガーにかけられてあった。
その中央、一際目立つフォルムをしたMSの前で朋也は息を呑む。
「これは・・・」
「MSA−0011、スペリオルガンダム。通称Sガンダムだ。これが朋也、お前の機体だ」
その機体は既に朋也のイメージカラーである赤に塗装されてあり、ちゃんと肩には爆炎の中笑みを浮かべるピエロのエンブレムが付けられている。
「また岡崎だけ別格?しかもガンダムってずるくない?ずるくない?」
「はいはい。で、春原と清水少尉は隣のジェガンだ」
「えー、確かに新型だけどさ、この前まで岡崎が乗ってたのと同じ機体じゃん」
「そうでもないぞ。これは朋也や他のエースパイロットたちが乗ったジェガンのデータをベースに改良、そして正式決定版の一号機と二号機だぞ?」
「一号機!?それってロールアウトして一番目ってことだよね!?」
「そうだが」
「どっち!?どっちが一番目!?」
「向かって右側だが―――」
「ひゃっほう!これは僕のもんだぜー!清水には悪いけど僕のだからねっ」
「別に構いませんよ、なつきはどっちだって・・・」
勢い良くMSに近付いていく陽平に、なつきは苦笑を浮かべ呟く。
そんな二人を苦笑交じりに一瞥し、浩平は朋也の横に並んだ。
「それからお前たち三人には小隊としての訓練命令がきてるぞ」
「小隊?俺と春原と・・・清水でか?」
「ああ。チームプレイも大事だろ、ってことらしい。もう三機とも模擬弾装填済みだからいつでもいけるぞ」
「・・・用意のいいことだな」
「伊達にお前たちと違って整備員続けてるわけじゃないんだよ。ほら、さっさと行け。今は時間が惜しいぞ」
あぁ、と頷き朋也はキャットウォークを上りコクピットに乗り込んだ。
「春原、清水。どうやら俺たちは三人で小隊を組まされるらしい。んでもって既に訓練の仕度もできてるそうだ。
二人ともMSに乗り込め。慣らす意味でもいまは動いたほうが良い」
「いいねぇ。新しい機体で僕の活躍を見せてあげるよっ!」
「了解でーす。時間もないですし、さくさく訓練いきましょう」
そうして朋也は外部音声で陽平となつきに訓練の旨を伝え、機体を発進させた。その後ろから二機のジェガンも発進する。
その後姿を見送り、浩平は吐息一つ。
「さてと・・・」
まだまだやらなければいけないことはたくさんある。
とりあえずBD修理用のパーツを確認すべく腰からバインダーを取り出し、胸ポケットからペンを取り出して紙の束を数枚捲っていると、
「あの・・・」
声がかかった。
振り向けば、そこには少女がいる。だが浩平の知らない少女だ。
その少女はしかし、なぜか不安そうな表情をしている。
「折原浩平さん・・・ですか?」
「ああ、そうだけど。・・・君は?」
「あ、はじめまして。私は美坂栞です」
名前を呼ばれたときに、こっちが忘れているだけでもしかして会ったことがある相手だろうかと懸念したが、そういうわけでもないらしい。
小さく会釈し、しかし栞はどこか哀愁を帯びた瞳でこちらを見上げる。
「でも、・・・あまりはじめて、って感じはしないですね・・・」
どういうことだ、と訊ねるより先に栞が詰め寄ってきた。
「私、ずっと前から折原さんに聞きたい事があったんです」
「俺に?」
はい、と頷く栞の表情はひどく真剣で、そして悲しみに満ちていた。
なんだ、と思う浩平の、しかしその予想を軽く上回る言葉が栞の口から飛び出した。
「私・・・実はあの30バンチ事件の生き残りなんです」
瞬間、浩平の頭の中が真っ白になった。
「な・・・んだって?」
なんとかそれだけを聞き返す。
「あのとき、折原さん。あなたはあそこにいたんですよね?」
確かに自分はあの場にいた。あの、忌まわしい場に。
しかし、それをなぜ栞が―――30バンチの生き残りが知っているのか。
その疑問に答えるように栞は先回りして口を開く。
「だって瑞佳さんが言ってたんです。『浩平が近くに来てる』って・・・」
「・・・瑞佳を、知っているのか・・・?」
「はい。30バンチでは仲良くしてもらってました。・・・私は瑞佳さんに強引に脱出用シェルターに乗せられて一命を取り留めました。だから私は知らないんです。瑞佳さんやみさおちゃんはあの後いったいどうなったんですか?」
手に持っていたバインダーとペンが乾いた音を立てて床へと落ちた。
え、と口にする栞の前で浩平の膝が崩れる。
「あ、あの、折原さん!?」
心配するように屈みこんだ栞は浩平の肩を触って気付いた。
・・・ものすごく震えている。
「・・・すまない」
「え?」
「すまない。全部、全部俺が悪かったんだ。全部・・・、全部、俺が!」
「ちょ、ちょっと折原さん!?」
錯乱したように地へ平伏す浩平。と、
「どうしたの!なにがあったの!?」
そこへ偶然通りかかったのか留美が駆けつけてきた。
留美は浩平を見、ついで栞を見て、
「折原!?ちょっと、いったいどうしたのよ!?」
「わ、わかりません。私が30バンチの生き残りだって言ったら・・・」
その言葉に留美の目が大きく見開く。
「あなたが・・・あのときの、生き残り・・・?」
「え、あの・・・?」
「そうか。だから折原が・・・!」
そこまで聞くと留美はしゃがみ込み、浩平の肩を掴んで強引に上を向かせる。
「しっかりしなさい折原!あれはあんたのせいじゃないでしょ!」
「違う!あれは全部、俺の・・・!」
「折原ぁ!」
襟首を掴み揺さぶりながら浩平の顔を睨む。
焦点の定まってない瞳は留美を映さないが、それでも留美は声を張る。
「あなたはあのときはなにもできなかった!あれ以上のことはできなかった!全部、どれもあなたのせいじゃない!」
だが浩平は首を横に振る。
「俺を・・・、俺が、瑞佳やみさおを・・・!30バンチの人たちを殺したぁ・・・!!」
「・・・え?」
浩平の悲痛な叫びと、栞の驚愕の声が、ただこだました。
あとがき
ども、神無月です。
さて、いよいよ後半が始動しました。
そんでもって次回はついに語られる、30バンチのお話です。
浩平や栞、そして瑞佳やみさおの過去が明らかになります。お楽しみに。