Episode ]Y
【戦いの意味は】
招待された家は、普通より若干大きいかというくらいのいたって平凡な家だった。
その家は、トベリ中央からわざと離して作ったのだろう、ほとんど街の外と言っても良いくらいに外れに建っていた。
「なにもないところだが、入れ。あぁ、私以外に人はいないから安心してくれて構わない」
それだけ言うとスタスタと勝手に先に進んでいく智代。
ここで自分たちが帰る、という選択肢は頭にないのだろうか。
「なんか・・・調子狂うわ」
「・・・そう?」
「あなたはもともと平常な人から外れてるのよ。まぁ、いいわ。行きましょう」
はぁ、と息を吐いて頭を抱えながら郁未が玄関をくぐる。舞もそれに続いた。
廊下を渡り、智代が消えたであろう部屋に入る。
そこはおそらく居間なのだろう。テーブルを囲むように置かれるソファ。そしてその向こう側はカウンターキッチンになっており、そこで智代はなにかをしているようだった。
「適当に座っていてくれ。いま茶を淹れている」
この人物はいったいなにを考えているのだろう、と郁未は真剣に考える。
気配を探ればわかるが、本当にここには自分たち以外誰もいない。挙句、智代は敵である自分たちに暢気に背中を見せている。
・・・本当にこちらを敵と意識してない。それとも、ここですぐさま銃を抜いても反応できる自信があるのか。
なにはともあれ相手の真意がまるで読めない。
「そしてあなたはなにも勘ぐったりしないのね」
「?」
「いいわ。あなたに期待するだけ私が馬鹿なのよ」
首を傾げる舞はいつの間にかちゃっかりとソファに座っている。
この空間では自分だけがおかしいような錯覚に陥ってしまうのはどういうことなのだろうか。
「どうしたそんな所に突っ立って。茶を淹れたから座ったらどうだ?」
「・・・・・・そうね。そうさせてもらうわ」
再び大きく吐息一つ。
郁未はどこか緩慢な動作で舞の隣に座り込むと、テーブルに置かれた紅茶を眺めた。
毒が入っているのではないか。そういう考えが頭を横切るが、その横で舞は平気な顔でその紅茶に口をつけていた。
「・・・・・・なに?」
「いいえ。もう、なにもかもが馬鹿らしくなっちゃってね」
もうどうでもいい。郁未も紅茶に手を伸ばし半ばやけくそに飲み下した。と、
「あ・・・、おいしい」
「そうか。そう言ってもらえるのは嬉しい」
口の中に広がる味は郁未の想像以上の味だった。あっさりしているにもかかわらず、どこか奥深さも兼ね備えている。
だが、それを素直に口にしてしまったことがどこか気恥ずかしく、郁未はそっぽを向いた。
そんな郁未を柔らかな笑顔で眺める智代。
・・・なんとなく、負けている気がした。
「そうだ。服はどうしようか」
「いいわよ、別に。このまま帰るから」
「いや、それでは私の気が治まらない。洗濯するから貸してくれ」
「本当にいいってば」
「あぁ、あとついでに風呂も入るか?いま沸かしてこよう」
いいわよ、と断ろうとする郁未より先に智代は部屋を出て行った。おそらく本当に風呂を沸かしに行ったのだろう。
やれやれ、と本日何度目かもわからないため息を吐く。
どうにも人の話を聞かない人間だ。しかもどこか憎めない。
「大丈夫」
「ん?」
飲み干したのか、空になった紅茶カップを置きながら舞。
「あの人は戦うときとそうじゃないときの区別をしっかりしてる。心配はない」
「・・・それくらいわかってる。全然邪気を感じないしね、あの人」
「だからゆっくりとお風呂入ればいい」
「お気楽だね、あなたは」
「?」
「褒め言葉と同時に貶したのよ。多いに悩みなさい」
「??」
いつもの無表情なのだが、なんとなくキョトンとしている感じがわかるから不思議だ。
そのままなにも喋らずに紅茶だけを口に運ぶ。
しばらくして智代が風呂が沸いたと言ってきたので、結局そのまま借りることにした。
・・・なんとなく少しボーっとしたい気分だった。
「お代わりはいるか?」
郁未を風呂に案内して戻ってきた智代が開口一番そう聞いてきた。
「・・・うん。おいしいから」
「そうか」
笑みを浮かべてカップを取り、そのまま再びキッチンへ向かう智代。
その背中を見て、
「あなたはどうして私たちにお茶を淹れるの?」
智代はポットに手を掛けて、何を当然のことをといったように答える。
「客人に茶を淹れるのは人として当然だと思うが?」
「そうじゃない。郁未の言う通り私たちは敵同士。なのにどうしてお茶を淹れるの?」
「言ったと思うが、私たちは兵士である以前に一人の人間だろう?この程度のこと、あっても良いと思うがな」
コポコポと音を立てて紅茶をカップに注ぐ。
「君はそうは思わないか?」
「そうであれば良いとは思う。けど、実際にそれをするのは難しい」
「・・・そうだな」
二つのカップを持って智代はテーブルに戻ってくる。
「相手のことを知れば知るほど戦いづらくなるのが戦争だ」
「なら・・・どうして?」
カップの一つを舞の前に、もう一つを自分の手元に置き智代は舞の対面に座り込む。
そのまま笑みを浮かべ、
「全て理屈じゃつまらないだろう?」
それが答えだと、あんにその少し悪戯っぽい瞳が言っていた。
不思議な人だ。
・・・けれど、嫌いじゃない。
舞もその口を笑みにかたどらせ、置かれた紅茶をゆっくりと傾けた。
―――と、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突如家の間中に響き渡る悲鳴。
次いでドドドドと階段を駆け上がってくる足音。
「ちょ、姉ちゃん!うちの風呂場に知らない女の人が・・・!?」
いきなり居間に入ってきた青年は舞の姿を視界に納めると、言葉を切った。
その瞬間に理解したのだろう。自分が知らないうちに客が来ていたことに。そして、
「このド変態覗き魔がぁ!!」
「ぐはぁ!」
追いかけてきたバスタオル姿の郁未の跳び膝蹴りによって青年の姿は廊下の向こうに消えていった。
舞の耳に届いたのは、智代のやれやれという小さなため息となにかが激しく壁にぶち当たる音だった。
・・・しばらくして。
部屋の中には疲れたような表情の智代、相変わらず無表情の舞、むっつりとした表情の郁未と片方の頬を赤く腫らせた少年の四人がそれぞれ別のソファに座り込むという状況が作り出された。もちろん郁未は既に洗濯された服を着ている。
「・・・・・・で?」
トントンと苛立たしそうに小刻みに指を打ちつけていた郁未は、キッと少年の方を睨みつける。
「こいつはいったい何者なわけ?」
「あんたこそいったい何者なんだよ!人ん家で・・・っ!?」
睨まれた少年も負けじと反論をするが、郁未の強烈な眼差しに後半の声は尻すぼみに消えていった。
「まぁ、許してやってくれ。こいつは私の弟で鷹文という。どうにも要領というかタイミングというかその辺が致命的に悪いやつでな。それに、家にいなかったとはいえ弟の存在を言わなかった私にも非はあるしな。すまん」
「・・・まぁ、あなたは嘘を言ったわけじゃないから別に良いけど・・・さ」
頭を下げる智代に郁未はポリポリと頬を掻く。
舞は思う。
もしかして郁未は智代に苦手意識を持ったのだろうか、と。そして更に思うことは、
・・・おもしろい。
「でも、あなたは許さないわ。私の裸を見た罪は重いんだから」
「なっ!?ちょっと待って、全般的に俺のせいか!?そうなのか!?」
「あなた以外に誰が悪いのよ?」
「あんたニュータイプだろ!人の気配くらい気付けよ!」
その言葉に郁未がカチンときたようで、怒気が大きくなっていく。
「あなたこそニュータイプでしょうに気付きなさいよ!それに人の入ってるお風呂くらい見なくたって音とか雰囲気でわかるでしょう!」
話がややこしくなるのを恐れてか、ニュータイプではなく強化人間だということは伏せたようだ。
あまりに迫力たっぷりに詰め寄る郁未に、鷹文は本能か半ば後退してしまう。
「そ、それはそうだけど・・・。あんときはちょっと気が抜けてて気配が読み取れなくて・・・」
「ほらあなたが悪いんじゃない」
「・・・じゃあ、あんたはどうして気付かなかったんだよ?」
「それは・・・、ほら、やっぱ私も女の子だし?お風呂入ってるときくらい気も抜けるわよ」
あははー、といった感じに笑みを浮かべる郁未に、もちろん納得いかないようで今度は鷹文が声を荒げだす。
「なんだよ、ならあんたも同じじゃないか!」
「どこが同じなもんですか!女の子がお風呂に入ったら気が抜けるのは自然の摂理より当然のことなのよ!そんなことも気付けない男が悪いに決まってるでしょ!」
「なっ・・・!?それは男女差別だろ!罪は同じなんだぞ!?俺も悪かったけどあんたも悪かった。これで決まりだろ!」
「なに?同罪にして私の裸を見たことをチャラにするつもり?うわ、あなた見かけ通り最低ね」
「見かけ通りってなんだよ、見かけ通りって!」
「言葉通りでしょ!」
「なんだと!」
「なによ!」
互いは怒りの表情で睨み合う。
それをボーっと紅茶を傾けながら眺めていた舞に向かって、郁未が視線を向ける。
「ちょっと舞!第三者然としてないであなたもなにか言ってやりなさいよ!」
巻き添えだ。
とはいえ、振られたからにはなにかを言わなければなるまい。
考える。この場で状況を静めることの出来る言葉を。
そして、舞は紅茶を口に流して、一言。
「郁未。・・・減るもんじゃない」
「あほかー!!」
大きな声を上げてテーブルを叩きつける郁未。
そしてどうして怒っているかわからないといった風に首を傾げる舞。
「・・・姉ちゃん。この人たちはなんなのさ?」
「おもしろいだろ?私の客人だよ」
半目で睨む鷹文をよそに、実に面白そうに笑みを浮かべる智代。
そんな姉の姿を見て、わしゃわしゃと髪を掻くと鷹文は、
「・・・俺は上にいるよ。ここにいたらいつか殺されそうだ」
「なによそれ。嫌味?皮肉?」
「どっちもだよ」
「人の裸見といてよくもいけしゃあしゃあと」
「見てないよ。湯煙でよく見えなかったんだ」
「・・・それで許されるとでも?」
静かに怒気を広げる郁未を鷹文は横目で眺め、
「それじゃ、姉ちゃん」
そこからの鷹文の行動は早かった。
智代に片手をあげて振り返ると同時にすぐさま扉まで移動。しかも郁未とはテーブルを挟んで反対側を選んでいるあたりしっかりとしている。
「あ、こら!」
「そんじゃ。もう二度と会わないことを願うね」
立ち上がった郁未の言葉を聞く前に、言うが早いか鷹文はその姿を扉の向こうへと滑らせていた。
郁未は数秒呆然とそれを眺め、そして憮然とした表情で座り込むと、
「まったく・・・、なんなのよあいつ。気に食わない」
「裸見られて気に入ったら変人」
「舞。あなたは妙なところで饒舌よね」
「口で負けたくない人がいるから」
「そっ。まぁ、もうどうでもいい」
やけになったように紅茶を流し込む。
そこで会話は途絶え、しばらくそのまま静寂が空間を支配する。
聞こえるのは飾られた時計が刻む秒針の音だけ。
「それにしても」
その静寂を破ったのはやはり郁未だった。
紅茶のカップを片手にぐるりと居間を見渡して、
「よくこれだけ広い家をこんなところに建てられたわね」
つられて舞も周囲を見回す。
確かに広い。だが、言うほど広いというわけでもないだろう。どういう意味で問うたのかと郁未を見やれば、
「ここは外れているとはいえトベリの中。ネオジオン占領地はモスクワであってここじゃない。そんなあなたたちがどうしてここに住んでいるのか?ここに家を構える意味は?理由は?モスクワのほうが物資とか基地との距離を考えても断然良いんじゃないの?」
郁未は紅茶を口へ運びながら、視線は智代を見ていた。
その智代も紅茶を口へ流して頷く。
「そうだな。確かにここに家を構えるのはなにかと不便だ。トベリでは先のような反ネオジオンの連中もいるしな」
「それじゃ、なぜ?」
カップを置き、智代はソファから腰を上げる。
「そもそも根底から間違っているよ。その質問は」
「間違ってる?」
「そう」
智代はそのままキッチンのほうへ向かうのかと思いきや、そのまま壁伝いにまるで別の方向へと歩を進める。
「なにかを考えてここに家を建てたわけじゃない。当然だ。こんな辺鄙な、しかもネオジオン占領地じゃないところに建てることになんの意味はないからな。そう、それは当然のことだ。そして私もそんな馬鹿な事はしていない。この意味、わかるか?」
それは矛盾だ。それはこの家の存在を否定しているのと同義だから。
郁未も同じ考えに至ったのだろう。怪訝な表情で智代を眺めている。
しかし智代がこの家に向けている慈しむような視線に、舞は一つの可能性に思い至った。
「この家は建てたんじゃなくて・・・建っていた?」
ハッとしてこちらを見る郁未の向こうで、智代は小さく頷いた。
「そうだ。ここはネオジオンがモスクワを占領する前から建っていた・・・私の家だ」
「ってことは、まさか・・・」
智代はああ、と囁き、
「私はここで生まれた、れっきとしたアースノイドだよ」
智代は舞と郁未から視線を外し、虚空を眺める。
「まぁ、いろいろとあって、宇宙に出てそのままネオジオンに加わったんだ。そして一艦隊を任せられ、地球侵攻へ。そして偶然そこが実家の近いモスクワだった、というだけのことだ。
たとえネオジオンになったとしてもここは私の・・・坂上の家だ。やはり帰りたくなるのが人情と言うものだろう?」
「だからあなたは私たちにそれほど敵愾心を持たないのね。同じアースノイドだから」
郁未の問いに、しかし智代は返事を返さない。
それはそうだろう。なぜならそれを肯定してしまえば、
「なら、あなたはどうしてそのアースノイドを敵とするネオジオンに入ったの?」
そういうことだ。
ネオジオンに入るという事はそのままアースノイドを敵に回すのと同義だと言っても過言ではない。
もともとアースノイドである智代がそのネオジオンに入ったということは、それだけのなにかがなければ考えにくいこと。
向けられた視線に智代は、小さく笑みを浮かべながら時計の飾られている小物入れの前で止まった。
「譲れないものがあったからだ」
「譲れないもの?」
「君たちもそうじゃないのか?それがなんであるにしろ、なにか他者に譲れないものがあるから銃を取り戦うのだろう?
本当にアースノイドだとかスペースノイドだとかで戦っている奴はごく少数だ。どこで戦うかが問題じゃない。なんのために戦うかによって味方も敵も変わるのが戦争だ。違うか?」
「それは・・・」
逆に向けられた智代の質問に、郁未は視線を落とす。
郁未の所属はカラバ。
反連邦という肩書きを持ち発足した組織も、状況や戦況でいまや連邦と肩を並べて共通の敵と戦っている。
ようはそういうことだ。
どこで戦うか、ではなくなんのために戦うか。
理念が沿わなければ、昨日まで味方であったものですら敵に回る。確かにそれが戦争なのだろう。
だが、それで割り切れるほど舞は慣れていなかった。
「そうして譲れないものがあるからと銃を取って戦って・・・。いったいなにを得られるんだろう」
不意に口から出た言葉。それは舞の心底の疑問だった。
意外だったのか、郁未はこちらをキョトンとした目で見ている。
「その疑問は最もだな。だが」
智代は小物入れから何かを取り出すと、それを持ってこちらに向き直った。
それは銃だ。
だが舞も郁未も反応しない。そこに殺気は微塵も感じられなかったから。
「ならば―――」
向けられる銃口。
「どうすれば戦争は終わる?」
静かな問い。
その中で舞も郁未も、口を閉ざし目線を下げてしまう。
「敵である者を、全員滅ぼして・・・か?」
冗談っぽく「バン」と言って銃口を揺らす。
不意に、
『確かに、どちらかが滅びれば戦争は終わるでしょう。ですが、それは本当の平和でしょうか?』
舞の頭にあの少女の言葉が浮かんだ。
『撃ち撃たれでは、平和はありえません。そこには必ず憎しみが残り、またあらたな火種を生みます。その連鎖・・・。人は一体どこまで続ければ気がすむのでしょうか』
そしてその少女とこの人は同じことを言う。
・・・揺らぐ心。回答は、浮かばない。
一秒、二秒・・・。しばらく経って、智代はフッと笑みを浮かべてゆっくりと銃を下ろした。
「・・・そろそろいい時間だ。いい加減帰らないとお前たちの仲間も心配するだろう」
帰るといい。そう続けて智代は銃をしまった。
横からうっすらと見えるその表情は、悲しそうな苦笑が浮かんでいた。
玄関まで送る、と言って智代は舞と郁未と共に歩いていた。
二人の表情に、会ったときの覇気はない。
いままで考えなかったわけではないだろう。戦闘狂でもない限り、誰もが一度は必ず頭にちらつかせることだ。
そしてこの二人は戦闘狂ではない。なにかの信念の下に戦う、立派な戦士だ。
・・・ただ、そのことを考えようとしなかっただけで。
玄関に着き、靴を履いていく二人。
「・・・今日は久しぶりに楽しい時間を過ごせた。ありがとう。次は・・・戦場で会おう」
俯く二人の少女。
そのまま無言で去っていく背中を見て、智代はほんの少し寂しいような、そんななにかを感じていた。
感傷だな、とは思う。
だが、胸に去来するそれを否定する気持ちは芽生えなかった。
「あの人たち、それぞれ連邦とカラバの連中だよな」
「気付いていたのか」
すぐ後ろから鷹文の声。しかし智代は振り返らず言葉を返した。
後ろで肩を竦めるような雰囲気。これ見よがしに息を吐き、
「これでも俺はニュータイプだぜ?それくらいわかるよ」
「そうか。・・・そうだな」
気配が動く。
鷹文はゆっくりと智代の隣に並んで立つ。
「・・・良いのか、姉ちゃん」
「なにがだ?」
「このままあいつらと戦って。好きだろ、ああいう連中」
一拍。嘲笑の笑みと共に智代は、
「戦争だからな、これは」
そのまま反転。長い髪を翻し、部屋へと戻ろうとする智代。その背中に、
「俺のせいだろ、姉ちゃん」
トーンの落ちた声が投げかけられた。
智代の足が止まる。
お互いは顔を合わせず、背中合わせのまま。
「俺のせいで、姉ちゃんは戦争をしなきゃいけないんだろ」
「・・・鷹文」
「辛くないか、そういうのって」
「・・・・・・」
「俺は辛い。俺のせいで姉ちゃんがしたくもない戦争をしているのかと思うと、やりきれなくなる」
「・・・だが、ネオジオンがいなければお前は助からなかった。そうだろう?」
「いや、こうなるんならいっそあのまま死んで―――」
「鷹文!」
一喝。言葉を中断され、鷹文振り返る。姉の背中を。
「・・・家族のことを助けたいと思わない者がどこにいる?」
「・・・姉ちゃん」
「私は、いまでもあのときの決断を間違っているとは思っていないぞ。だからもう・・・二度とそんなことを言うな」
再び歩を進める智代。
遠ざかる背中を見て、鷹文は悲しそうに瞳を俯かせた。
アムロはカンナヅキのMSデッキでカラバ部隊のMS搬入状況を確認していた。
手に持つ書類と搬入されているMSを照らし合わせつつ、移動をしていく。
「・・・うん。これで全部だな」
頷き、紙越しにバインダーを叩く。
「しかし。あれだけの機体がまさか全部入るとはな・・・」
見渡してみるとカンナヅキのMSデッキは広い。スペック上では総積載数は六十機ほどとなっているが、おそらく詰めれば八十は入るのではないだろうか。
時代だろうか、とアムロは思う。きっとMSの重要性が上がってきているからなのだろう。
と、そのアムロの眼前を二人の少女が横切って行った。
「折原ー」
「浩平さん」
二人の少女が声を上げて一人の整備員の服装をした男に近寄っていく。
それはおそらくその男の名なのだろう。
「折原、浩平・・・?」
しかしその名はひどくアムロの頭に引っかかった。
なんだか聞いたことのある名だ。
どこで、と思案して数秒。すぐにそれは思い出された。
「あれが、あの折原浩平・・・?」
一言二言話をして少女たちを見送ったその青年は、アムロの知るその名の者とはだいぶ雰囲気が変わっていた。
本当に同一人物だろうか。
その疑問を晴らすため、アムロはそちらに足を向けた。
「ん?」
整備のチェックをしていたその青年は視線を感じたのか、こちらを見た。
「あんたは・・・」
その瞳を見たときに、アムロは確信した。
「まさか君とこんなところで会うとはな・・・。『雷神』折原浩平」
近付いてくるアムロに青年―――浩平は自嘲のような笑みを浮かべ、
「・・・その二つ名はティターンズを抜けたときに捨てたよ。アムロ=レイ」
ゆっくりと振り向き、悲しそうな瞳で呟いた。
なにかあったのだろう。
それはどれだけ鈍感な者でもわかることだ。いや、わざとわからせているだけなのかもしれない。もうこれ以上聞くなと、そういうニュアンスを込めて。
だがアムロはさらに近付き、手の届く距離にまで詰めてさらに言葉を紡ぐ。
「当時名実共にティターンズ最強と言われた君が30バンチ事件以来姿を消したと聞いていたが、・・・そうか。ティターンズを抜けていたのか」
「なんだ、嬉しそうだな?」
「それはそうさ。俺は君と一回だけ戦ったけど、正直勝てる気がしなかった」
「なに言ってんだ。勝てないって思ったのはこっちの方だっつーの」
「・・・エリート集団と呼ばれたティターンズは確かに平均的に強かった。だけど、俺が戦った中でもティターンズの中では君が群を抜いていた。そんな君があのままティターンズにいなくて良かった」
「戦況の問題か」
「もちろんそれはある。だが、それ以上に俺は君と戦いたくなかった」
その言葉に怪訝そうな顔をする浩平に、
「君はたくさんの部下に慕われていた。そして君はそんな部下を必死に守ろうとしていた。その念がはっきりと伝わってきて、俺はとても戦いづらかった。・・・君は、本当にただ仲間を守るために戦ってたから」
言って、浩平の顔が俯く。
その様に、アムロは一瞬どう声を掛けたものかと言い淀む。
しばらく逡巡してアムロは、
「聞いて良いか?・・・どうしてティターンズを抜けたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・いや、無理にとは言わない。言いたくなければそれでいい。それだけのことだ」
「・・・悪いな」
なにを、とは言わないし聞かない。
それはどう考えても拒絶の言葉だからだ。
・・・それだけの傷があるということか。
それだけを悟り、アムロはそのまま回れ右をした。このままここにいても彼の邪魔になるだけだから。
「アムロ」
が、去ろうとした背に浩平の声が掛かる。
振り向きはしなかった。なんとなく、この会話がすぐに終わるものと予感していたから。
「なんだ?」
「・・・あんたは自分の戦いが正しいと、胸を張って言えるか?」
問いに、アムロはさも当然のことのように、
「誰にとっても正しい戦いなんてどこにもないさ」
そう答えた。
あとがき
冬の突き刺すような寒さに身を震わせながらお送りしました、どうも神無月です。
自分の部屋には暖房とかいう文明の利器がないので、きついことこの上ありません。ま、そんなことはどうでも良いでしょう。
さて、智代と舞と郁未のお話がメインでした。まぁ、アレを知ってる人にはわかる話でしたねぇ。一応アレに沿ってるものですから。
そして、アムロと浩平の口から少しだけ語られたティターンズ時代の浩平の話。
浩平の過去の話はしっかり一話分をもって紹介するつもりです。合流したあとになりますが。
そして次回はそう、その合流の時を迎えます。
待ちわびていた人(いるかどうか知らないけど)は、いよいよですね。
目標としては向こうとタイトル同じですし、同時に出したいなぁ、と思っています(あくまで予定)。
それでは、次回をお楽しみに。