Episode ]X

            【出会いの調べ】

 

 突如上空から降ってきた独特のフォルムのMSは相対していた銀色のMSにビームサーベルで切りかかった。

(敵じゃ・・・ない?)

 舞の視線の先、その白銀のMS―――坂上智代の駆るレヴェレイションと独特のフォルムをしたMSは二、三回切り合うと大きく振りかぶって切り結ぶ。

「お前、何者だ!」

 訊ねるのは智代。そしてそれに答えるように通信のむこうから若い女の声が聞こえてきた。

「カラバ所属、―――天沢郁未よ!」

 大きな電磁音とともにビームサーベルが離れ合う。大きく距離を取り、その郁未と名乗る少女はこちらを庇うような形で仁王立ちした。

 天沢郁未。

 その名前、舞には聞き覚えがあった。

 いくらか前。アナハイムにカンナヅキが立ち寄ったときの頃だ。

 整備するカンナヅキを仇のような視線で射抜いていた少女。自分と格闘戦を展開し、そしてその拍子に落としたのだろう身分証明書に書かれていた名前。

 それがカラバ所属。天沢郁未少尉だったはずだ。

 舞はもともとコロニー育ちだからカラバという組織を詳しく知らない。知っているのはせいぜいエゥーゴとよくつるんでいる組織、という程度だ。

 つまりエゥーゴ側ということはネオジオンと敵対しているのだろう。

(・・・なら、味方?)

 自分の思考に、しかし舞は首を振る。

 現状確かに敵ではないのかもしれないが、向こうはこちらを味方とは考えていまい。

 あのとき、アナハイムでちらっと見えたあの負の感情をありありと宿して向けられた瞳。そして、この場における彼女の威圧感は銀色のMS相手だけではなく、間違いなく自分や風子にも向けられている。

 下手な動きをしたら間違いなく撃ってくるに違いない。

 そう、おそらく彼女にとってネオジオンも連邦も敵なのだろう。ただ、優先順位があるだけで。

 

「そこっ!」

 郁未の機体、ZUがビームライフルを放つ。

 その命中精度はアムロほどではないにしろ、かなり高い。智代の知る限りはアムロに次ぐくらいの腕前だった。

 カラバは衰退気味とはいえ、どうにもパイロットには事欠かないようだ。

「ちっ!」

 射撃の間髪を縫ってレヴェレイションが前に出る。

「だが、格闘戦ではそうもあるまい」

 振り下ろされる二条のビームサーベルの光。それをなんとかビームサーベルで受けるZUだったが、徐々に押されていく。

 射撃能力なら郁未に分があるだろう。だが、智代と格闘戦で互角に戦える人間などそうはいない。

 加えてレヴェレイションの機動性とスピードなら一度接近すればそうやすやすと距離を取られることもない。ZUの機体性能が良いとはいえ、さすがに地上戦でこうまで近付かれては手の出しようがなかった。

「くっ!」

「勝負あったな」

 レヴェレイションの一刀がZUのビームサーベルを打ち上げる。

「しまった!?」

 ZUにシールドは搭載されていない。つまり、いまZUは接近戦で対処できるものをなにも持っていなかった。

「終わりだ!」

 だが、止めを刺すはずの攻撃は一条の光によって妨害される。

 さらに連撃。貫かんと飛んでくるビームの放流に智代は仕方なしに後ろへ跳ぶ。

「またか・・・!」

 ビームの飛んできた方向には風子のガーベラSF。そう、確かにあの機体はほぼ無傷に近かった。

 智代は着地した途端にすぐさま風子の方へ跳躍。ビームライフルを撃つ。

 それを回避しようとする風子だが、雪に足を取られてしまった。体勢を崩すガーベラSFに智代が肉薄する。

「雪原でバーニア移動しようとすると時に足を雪に取られてしまう。雪原で戦うならば、このように跳んで動くものだ!」

 ビームサーベルの二刀が振るわれる。

 その一刀が頭部を切り裂き、もう一刀が右肩から腰部にかけてを切り落とす。

「うわぁ!?」

「ち・・・!」

 舌打ちする智代。

 若干のタイミングで直撃を回避された。本来なら二刀目は動力部を切り裂くはずだったのだ。

 しかし智代は追い討ちをしようとせずその場を大きく後退する。するとそこにヒートダガーが突き刺さり、さらに数瞬遅くビームが貫いた。

 舞のアークレイルと郁未のZUである。

 とりあえずここは一機を戦闘不能に追い込んだだけで良しとする。舞のアークレイルがさほどの脅威にならないことを考慮し、智代は次いで郁未に向かっていった。

「なめないでよね!」

 だが、その動きはZUから放たれた強力なビームの一撃によって阻まれる。

 跳躍して回避したレヴェレイションの下で、突き刺さったビームが大きな爆音を上げて雪を消し飛ばす。

 その威力、戦艦の主砲、とまではいかずとも副砲なみの威力を持っていた。

「まだあれだけのものを隠し持っていたのか・・・」

 あれでは迂闊に近寄れない。躊躇なく近づけるほど郁未の射撃能力は甘くはなかった。

 智代はちらりとレーダーを確認する。

 ・・・カンナヅキ周辺の攻防はほとんど五分。だが、アムロとコウの突撃によって陣形を分断された今となってはいずれ優勢は向こうに持っていかれるだろう。

 智代は小さく息を吐いた。

(焦る必要はないか・・・)

 思考は一瞬。智代はすぐさまそこから後退すると通信を護に繋げる。

「状況は不利だ。ここは一旦引いて大勢を立て直す」

『仕方ないですね・・・。了解しました』

 逃がすまいとZUから放たれるビームをどうにかかわしながら、智代のレヴェレイションは後退していった。

 

「逃がすもんですか!」

 追いかけようとする郁未。だが、それを阻むように舞のアークレイルが立ち塞がった。

「これ以上深追いはしないほうが良い。あのまま追いかけても負けるだけ」

「・・・なに、あなた。連邦の分際で私に命令する気?」

 動きを止めた郁未の殺気が智代から舞に移る。そのまま銃口もアークレイルに向けられた。

「言っておきますけど、別に私はあなたを助けたわけでも、ましてや仲間でもないの。そこんところ、勘違いしないで欲しいのよね」

「そんなことはこれっぽっちも思ってない。そうじゃなくて、いまは追いかける状況じゃないというだけ」

「・・・あなたにそんなことを言われる謂れはないわ」

「そう。でもいまは私の言ってることの方が正しい」

「っ!」

 殺気が脈動する。

 舞はそれにいち早く反応し、すぐさま後ろに下がる。するとさっきまでいた地面をビームが貫いた。

「連邦の飼い犬風情が・・・私に物を語るなぁ!」

「話は・・・聞いてくれそうにない」

 左に構えたビームライフルを連射しつつ右手でメガビームライフルを放つ。

(上手い・・・!)

 的確な射撃。反応速度が間に合わない舞は、いくつかの強力ではないビームをシールドで捌いていく。

 もしかしたら佐祐理よりも上ではないかと思わせる射撃能力。これをかわしながらも機敏に動いていた先程の敵の技量に、舞は改めて戦慄を抱いた。

「あなたたちなんて、命令さえなければ・・・!」

「この突き刺すような憎しみの感情はなに・・・?連邦はあなたになにをしたの?」

「うるさい!ただ無邪気に正義を語る傲慢な態度が、私は大嫌いなのよ・・・!あなたたち連邦は何をもって正義だと言うの?正義があればなにをしてもいいの?そんな・・・大儀は自分たちにあると言わんばかりの横柄な態度を取る連邦を、私は全て許さない!」

「連邦だって組織。組織である異以上一枚岩じゃない。連邦にだって悪い奴は確かにいる」

 舞の頭に浮かぶのは広瀬真希の顔、声。だが・・・。

「でも、それだけじゃない。連邦にだって本当に平和を信じて戦ってる者もいる」

「なら、逆に言わせてもらいますけどね。その平和を信じて戦う奴らはいったいなにを知っているの?連邦の全貌をどこまで?・・・知るわけないわよね。上層部が教えるわけもないし、仮に教えてそれを知っても連邦に所属していたらそいつはもうただの悪だわ」

「・・・あなたは連邦が悪だと言うの?」

「私はネオジオンも連邦も、自分たちの都合で戦争を始めて巻き込まれる者のことを全く考えない奴等を悪だと言ってるのよ!」

 弾切れを起こしたビームライフルを捨て、先程吹っ飛ばされたビームサーベルを拾い上げ突っ込んでくる郁未。

 それに対し、舞もハンドビームカッターを握り締め応戦しようとする。

 激突はもはや必須。お互いに得物を振り上げて―――、

「そこまでだ、二人とも!」

 瞬間、二人の間に割って入ってきた機体があった。

 そのMSはあの一瞬で二人の得物を持つ腕を固め、動けなくしていた。

 怪訝な表情でそのMSを見つめる舞に対し、郁未は少し呆然とした後、憤慨したようにそのMSのパイロットの名を呼んだ。

「アムロ大尉!なぜ止めたんです!」

 赤と白を基調に輝くボディ。それはアムロ専用のZプラスA型であった。

「郁未。お前が連邦を強く憎んでいるのは知っているが、これは命令違反だぞ」

「で、でも・・・!」

「でもはなしだ。・・・それに君も、郁未の軽い挑発になんか乗っちゃ駄目だ」

 その台詞はきっと自分に向けられたものなのだろう。舞はどこか釈然としないながらも、自分にも悪いところはあったかもしれないと考えて、小さく首を折った。

「・・・ごめんなさい」

「いや、わかってくれればいい。ほら、郁未も謝れ」

「誰が連邦の犬になんか謝るものですか」

「郁未!」

「・・・・・・ふん」

 郁未はアムロの腕を強引に引き剥がすと、変形してカラバの部隊が集結しつつある場所の方向へ飛んで行ってしまった。

「やれやれ・・・。すまないな。あいつはどうしても連邦だけは許せなくてね」

「・・・別に気にしてない」

「そうか。それは良かった」

 モニター越しに映るアムロの笑顔は、舞にはどことなく祐一に似て見えた。

「とりあえず敵も引いたことだし戻ろう。君たちの艦長に会わせてくれ」

 舞は一瞬逡巡するも頷き、風子の機体を背負ってカンナヅキへと戻っていった。

 

 

 

 数時間後。

 カンナヅキの艦長室には向き合うようにして四人の人物がいた。

 デスクに座るのは祐一。その隣にはここまでの案内を務めた舞が無表情に立っている。

 対してソファに座っているのはアムロ。その後ろには厳しい目つきを隠そうともしない郁未が座らずに立っていた。

 アムロはそんな郁未の態度にやれやれと疲れたように息を吐く。

 そんなアムロを見て、祐一はどことなく自分と雰囲気が似ているかも、なんて考えていた。

 祐一も気付かれないように小さく吐息。思考をクリアにし、アムロにその視線を向けた。

「まずはお礼を言おうと思う。カラバのアムロ―――」

「大尉だ」

「そうか。同じ階級ならため口で良いかな?」

「別に構わない。その方がこちらとしてもやりやすいからな」

 すぐに砕けた感じになる二人。舞や郁未が少し驚いたような表情で見ているが、二人にはなんとなく通じるものがあった。

「さて、それじゃまずは俺たちを助けたカラバの真意が聞きたい」

「つまり?」

「とぼけるなよ。まさか襲われてたから助けたってわけじゃないだろ?なにかを持ち掛けたいんじゃないか?“連邦”としてではなく、この俺たちに」

 そんな祐一の態度に、アムロはおもしろそうに口を崩す。

「・・・さすがにその若さで艦長を務めるだけはある・・・か。なかなかに頭の回転が良い」

「持ち上げてもなにもないぞ。事を早く済ませたいんなら要件は率直に言った方が良い。ネオジオンだっていつまでも時間をくれるわけじゃないんだ」

 どことなく横柄な態度を取る祐一に怒りを隠しきれない郁未。滲み出る殺気は明らかに祐一に向けられているのに、その当の本人は涼しい顔のままだ。

 鈍いのか、それともこの程度の殺気などどうとも思わないのか。

 前に出ようとする郁未を、しかしアムロは片手を上げることで止めさせた。

 文句を言おうと振り向いた郁未は、アムロの表情を見てその動きを止めた。

 なぜなら、楽しそうに笑っているから。

「それもそうだな。じゃあ、用件だけを簡潔に言おう。まず、俺たちの任務はあのモスクワ基地のネオジオンの討伐にある」

「それで?」

「だが、あそこにいた軍勢はこちらで把握していたものよりも多く、またパイロットの質も高かった。特にあの白銀のMSのパイロット、坂上智代は普通のパイロットじゃ束になっても敵わないくらいに強い」

 祐一の頭にさっき舞と風子を二人相手にして押していたあの銀色に煌くMSが思い浮かぶ。

 ・・・確かに地上戦に不慣れとはいえ舞と風子を同時に相手取るような奴相手では普通のパイロットでは太刀打ちできないだろう。

「それに俺たちには艦がない」

「艦がない?」

「本当はアウドムラがあったんだが、いまは所要でここを離れててな」

 ・・・確かに戦いにおいて艦がないのは手痛い。特に相手に艦があるのなら尚更に。

 戦艦や巡洋艦とはなにも戦うだけのものではない。それも確かにあるが、まず大きいのはMSの運用、運搬だ。

 無駄なエネルギー消費のカット、ならびに移動中でも可能な整備、補給ができることは戦いにおいて大きい。それに艦が健在ならば、戦闘中だろうが補給できるのだ。

 ・・・なるほど。段々となにを言わんとしているか読めてきた。

「それで、俺たちになにをさせたいんだ?」

「もうわかってるんじゃないのか?」

「そういう問題じゃない。これはもうただの挨拶じゃなくて交渉だ。なら、その要求を口にするのは持ち掛けた者の責務だろう?」

「・・・確かに、一理ある」

 アムロは応接用のデスクの上にある飲み物を口に運び、静かに置く。

「では、現段階でのカラバ部隊最高責任者として申し入れよう。我々と一時的に手を組み、このネオジオン討伐に力を貸して欲しい。詳しく言えば、足、また補給としての艦の運用、ならびに共同の部隊を編成すること」

「見返りは?」

「艦の修理。それに関する資材、人員はこちらから提供する」

 ふむ、と頷いて祐一は椅子に大きく寄っ掛かった。

 これを拒否するのはデメリットこそあれメリットはない。

 艦の修理は向こうも必要でやることだが、確かにこちらでも重要なことである。さらにネオジオンを共同で叩こうと言う誘いもなんら申し分ない。

 観鈴や佳乃のなくなったいま、一時的とはいえあの一年戦争の英雄アムロ=レイやそれに匹敵するほどの力を持つ目の前の天沢郁未やコウ=ウラキなどが仲間になるのだ。

 考えるだけ時間の無駄か、と祐一はそこで思考を切り、アムロに目線を向けた。

「承諾した。我々はこれより一時的に・・・モスクワのネオジオンを討伐するまでの間共同戦線を張ることにしよう。そしてこのことは上層部に報告しない。それで良いんだろう、アムロ=レイ?」

 妙な言い回しに舞と郁未が首を傾げる。だが、アムロだけは小さく笑みを作って答えた。

「やっぱり頭の回転が良い。連邦に置いておくにはもったいないな」

「それはどうも」

 連邦とカラバの関係は良いとは言えない。

 もともと地上において反連邦を抱き続けたカラバであるから、主に宇宙で動いていたエゥーゴよりも連邦上層部の印象は悪い。

 ここ最近衰退気味であるカラバを見て見ぬ振りをする連邦上層部は、きっとネオジオンと共食いをして早くつぶれて欲しいのだろう。いまだに連邦に反感を抱く者たちも少なくはないから、その拠り所となるような組織には早く消えて欲しいのだ。

 そんな連邦がカラバに助力を受けた、ともなれば面子の問題にかかわってくる。

 外見で戦争をしているわけではないのだが、戦争に政治が絡む以上そうも言っていられない。

 それにそうなればそれまでただ放っておいた連邦が何かしらの手でカラバをつぶしにかかってこないとも言い切れない。

 そんなあらぬ火種を生ませることのないよう、この共同戦線は秘密にしておこう、ということなのだ。

 祐一の予想以上の思考能力と人の良さに安堵したアムロは腰を上げる。

「それじゃさっそく艦の修理を始めることにしよう。他になんか注文はあるか?」

「できる範囲で構わないからMS修理のためのパーツが欲しい。こっちはもう底をつきそうでね」

「それくらいなら手配しよう。なんならMSの修理に人員をいくらか分けても良い」

「それは助かるな」

 頷く祐一は「そうだ」と前置きして舞の方へ振り返った。

「しばらく時間が空きそうだから舞、何人かの兵士を連れて食料の買出しに行ってくれないか?」

「別に構わないけど」

 そんな二人のやり取りを見て、アムロ。

「それならこちらからも何人か出そう。そろそろこっちも食料がなくなりそうだったしな。郁未」

「え、私ですか?」

 キョトンとしたような表情で郁未。が、次の瞬間にはその表情を怒りに変えアムロに食って掛かった。

「嫌ですよ、私。連邦の人間なんかと一緒なんて」

「そう言うな。これから共同戦線張るんだからお前も少し慣れておかないと戦闘で支障が出るだろ」

「そんなの私の知ったこっちゃありません。アムロ大尉が勝手に決めたことなんですから私が従う理由はないです」

 ふん、とそっぽを向く郁未。半ば予想していた態度とはいえ、アムロも疲れたような表情は隠しきれなかった。

「・・・郁未、お前もカラバに入ってもう一年経つんだ。食料の大切さはわかるだろう?」

「それとこれとは話が別です。それなら連邦と一緒じゃなくでも良いではないですか」

「いま共同戦線を取ったばかりだろ。一時的とはいえ、お互い助け合っていかなくては」

「知りません。そんなこと」

「・・・・・・子供みたい」

 と、そこまで傍観していた舞がおもむろに口を開いた。

 その言葉に、郁未が弾かれたように振り替える。

「・・・なんですって?」

「子供みたいって言ったの、郁未。まるで親にわがままを言う子供のようだと」

「っ!」

 なぜこいつが名前を知っているのか、とかそういう思考は一切消し飛んだ。一足飛びに床を蹴って、舞に向かって手加減無しに拳を繰り出す。

 だが、

「!?」

 ドン、と重い音を立てて床に沈んだのは・・・郁未の方だった。

 なにが起きたのか、と言いそうになって気付いた。自分の腕が絡め取られて投げられたのだと。これは・・・、

「・・・合気道?」

「私は剣術と一緒に一応合気道も習ってた。・・・同じような攻撃は二度も受けない」

 そこで郁未は思い出した。

 以前に舞と一度出会ったことがあることに。

「あなた・・・あのときの」

「嫌いなものを突っぱねるのは子供と同じ。・・・例え嫌いなものでも、どこか嫌いにならないところを見つけたりそれでも接しようとするのが大人」

「なに、・・・説教?」

「ううん。前に本で読んだだけ」

 なんとなくこちらの棘を抜くような間の取り方は計算づくなのだろうか。・・・いや、きっと天然なんだろうな、と郁未は思う。

 はぁぁぁ、と大きく息を吐き、郁未はゆっくりと立ち上がった。

「わかったわ。一緒に行けば良いんでしょ?それで満足?」

 無表情なまま頷く舞。そんな彼女を見て、郁未は変な子、とか考えていた。

 その後ろでアムロが小さく笑っていたのに気付いたのは祐一だけだった。

 

 

 

「なんかすごいな、これは」

 カンナヅキの格納庫を行き交う見慣れない人々を見ながらしみじみと呟いたのは、簡易パイプ椅子に座ってコーヒーを飲んでいる折原浩平だった。その浩平の周囲にも同じようにカンナヅキの整備班が休憩を取っている。

 その見慣れぬ人というのはカラバより派遣された整備兵。その数、カンナヅキ内のクルー、パイロット全部ひっくるめた人数の倍近いというから驚きだ。

 こうして見るとカラバがもう解体寸前だというのが嘘のように聞こえるが、この部隊だけが特別なのだとあるカラバ兵が言っていた。

「久々だな。こうしてのんびりと休憩を取るのは・・・」

 ここ最近はピンチ続きで休憩なんか取る暇もなかった。最近はろくに一睡もしていない。

「とはいえ、任せっきりっていうのもな」

 本当は仮眠くらい取りたいが、そうも言ってられないだろう。

 祐一の言っていたことを考えれば、敵の中にはかなり頭の切れる奴がいると見て間違いない。

 そんなやつがいるのならこちらが整うのを待ちはしないだろう。自分ならそうする。

 さて、と腰を上げてまた修理に取り掛かろうとした浩平に、

「折原」

 背後から呼び声がかかった。

「・・・七瀬?それに・・・こりゃまた珍しい組み合わせで」

 振り返った浩平の視界に入ったのは留美を筆頭にあゆ、風子の三人という一風変わった組み合わせだった。

「どうした、こんなところまで」

「ちょっと様子見にね。・・・どう?」

「そうだな。月宮のキュベレイはもう直る。けど、さすがにカラバのパーツでもBDの修理は不可能だし、風子のガーベラSFは損傷が激しすぎてすぐには直せそうにないな」

「やっとボクもみんなの役に立てるんだね」

 喜ぶあゆの後ろでしょんぼりする留美と風子。

 そんな二人を見て、浩平は小さく笑みを浮かべた。

「そうしょんぼりするな。カラバからの補給パーツでZプラスC型が修理できる」

「でも、あれって宇宙用の機体じゃなかったの?」

「語弊があるようだから言っておくが、別にあれは宇宙用ってわけじゃない。ただ武装が重すぎて宇宙でもなきゃろくに動かないだけだ」

「それじゃ意味ないじゃない」

「そこらへんは抜かりないさ。しっかり地上でも動けるように改造する」

 実際ZプラスC型を修理、改造した方がガーベラSFを修理するよりも早いだろう。それだけガーベラSFの損傷はすごかった。

「ま、それに誰が乗るかはご両人で決めてくれ」

「う〜ん。やっぱビームスマートガン持ってるんなら私より風子の方が良い気がするけど・・・」

「カラバに頼み込んでMS分けてもらうか?」

「そう簡単にくれるかしら」

「くれやしないだろうが、この戦闘限定なら貸してくれるぐらいはするんじゃないか?」

「・・・まぁ、それくらいなら確かにあるかも」

 聞いてみるわ、と残し留美は艦長室の方へ向かっていった。まだ残っているアムロに訊ねてみるつもりなのだろう。

「さてと・・・。それじゃ俺たちも始めるか」

 浩平の声に渋々と腰を上げ始めるカンナヅキ整備班。本音はもっと休みたいんだろうが、みんないまがどういう状況なのかちゃんとわかっている。なかなかに有能な部下を持ったと、浩平は内心で首肯していた。

 と、不意に袖を引っ張られる。

 振り向けば、どことなく心配げな表情でこちらを見上げる風子の姿。

「どうした?」

「・・・ここ最近ろくに眠っていないんじゃないですか?」

「そりゃ状況が状況だしな。仕方ないだろ」

「カラバとかいう組織の人たちが動いてくれているいまくらいもう少し休んだ方が良いと風子は思います」

「俺は風子みたいに子供じゃないからな。これくらいで疲れたりはしないんだよ」

 いや、実際ものすごく疲れている。だが、ここでそれを言えばこの少女は是が非でも自分を休ませようと躍起するだろう。

 だからおちゃらけた態度でそう答えた。

「いま、風子の心は強く傷付きました。浩平さん、最悪です」

 そんな浩平の言葉に風子は唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。

(やっぱ子供はまずかったか?)

 苦笑し、浩平は少し腰をかがめて風子と視線の高さを同じにする。

「悪い。でも、心配してくれてサンキュな」

「別に風子は心配なんかしてません。いつどこで浩平さんが倒れようと風子にはこれっぽっちも関係がないことですが、とても良い子の風子としてはそれを見てみぬ振りできないだけですっ」

「そうだな。ならそういうことにしておこう」

 ポン、と軽く風子の頭に手を置いて浩平は他の整備班と供にMSの方へと歩いていった。

 そんな浩平の背中を眺め、風子は両手に持った木彫りのヒトデをギュッと握って、

「・・・浩平さんは、風子をこんなにも心配させます。・・・最悪です」

 そんな風子をあゆは隣で微笑みながら眺めていた。

 

 

 

 モスクワとサンクトペテルブルクを直線で結んで若干モスクワ寄りの場所にトベリという街がある。

 西にあるバルダイ丘陵から吹く冷たい風が強い街で、サンクトペテルブルクからモスクワに向かう者くらいしか通らないような小さな街である。

 ただでさえ人気の少ないこの街だが、すぐそばのモスクワがネオジオン占領地となってからはさらに人は減り、定住していた者も半数以上が移住していってしまった。

 そんなトベリの小さな商店街に彼女たちはいた。

「とりあえずの食料はこの程度で良いかしら」

 呟いたのは郁未。それに無言で頷く舞の後ろには連邦とカラバの兵士がそれぞれ三人程度、計六人がいる。

 結局買い出し組に組み込まれた郁未は二台のジープを街の近くに止めてこうしてやって来ていた。

 さっさと帰りたいからだろうか、主に中心になって動いていたのは郁未だった。兵士たちは単純に荷物持ちと化している。 

 しかもこの郁未、意外に金銭に厳しく、あれが高いだのこれが安いだのとあちこち動き回っていた。

 ・・・まぁ、いろいろあったが、こうして食料は整った。

(それにしても疲れた・・・)

 心中でぼやく郁未。

 カンナヅキとカラバのメンバー全員分の食料ともなればやはりボリュームは相当なもので、選ぶだけでも一苦労。しかも隣には結局何もしなかった連邦の女がいたおかげで精神的にも参っていた。

 郁未は手に持っていたメモ帳を近くの兵士に渡して、小さく手を振った。

「それじゃ、これをカンナヅキに届けて。私は疲れたから少し休んでから行くわ」

「ではジープは一台残しておいた方が良いですね」

「当たり前でしょ。あなた私に歩いて帰れとでも?」

「い、いえ!そんな滅相も・・・!で、ではこれより我々はカンナヅキに戻ります!」

 郁未にギロリと睨まれた兵士は冷や汗を噴出しながらも律儀に敬礼をして走っていった。それに続いていくほかの兵士たち。そこから「今日の天沢少尉機嫌悪いな」とか「やっぱりあの店で値切りきれなかったのが原因じゃ?」とか「もしかしたら今日はあの日かもしれないぜ」とかそんなのが聞こえてきた。

 帰ったらただじゃ済まさないと心に決めた郁未だった。

「さて・・・」

 小さく息を吐き、郁未はその長い髪を翻らせて横を向く。

「で?あなたはどうしてまだ残ってるの?」

 そこには最も近くにいて欲しくない人物が立っていた。

「・・・?」

 その少女は本当に何のことだかわからない、といった風に首を傾げる。

 ・・・本当に良くわからない人間だと思う。

 過去に自分の周りにはいなかったタイプだ。

「はぁ」

 吐息一つ。

「もういいわ。・・・あそこの喫茶店入りましょ」

 諦めたように呟く郁未の言葉に、やはり無言で頷く舞。

 変な奴、と思う郁未は、しかし自分の心境の変化に気付いていない。

 郁未は、確かにこの連邦の少女に“憎しみ”を抱かなくなっていた。

 

 入った喫茶店は限りなく小さかった。

 机はわずかに三つ。席にしてたったの十二席しかない。まぁ、もともと人の少ない街の喫茶店などこんなものなのかもしれないが。

 そのうち最奥の席が一人の長い銀髪の少女によって埋まっていたので、郁未は一番入り口に近い席に座った。続いて対面の席に舞も座る。

 ほぼ同時、ウェイトレスがお絞りとメニューを持って席にやってくる。だが郁未はそれを見ず、ありきたりにコーヒーと注文した。

 単純に休みたかっただけで、別になにかが飲みたくて来たわけではないからだ。

 受け取ったお絞りで手を拭いていると、舞はメニューと睨めっこをしていた。

「・・・・・・牛丼がない」

 その言葉に困り顔のウェイトレス。だが郁未は知らん顔。喫茶店に牛丼などあるわけがないだろう。

「・・・私もコーヒー」

 結局そこに落ち着いたのか、舞はメニューをウェイトレスに戻した。

 一礼をして下がっていくウェイトレスを見送り、郁未はお絞りをテーブルに置いた。

 と、そこで郁未はまだこの少女の名前を聞いていないことに気付いた。カンナヅキの艦長が「舞」と呼んでいたので聞いた気がしていたのだが・・・。

「そういえば、あなたの名前まだ聞いてなかったわね」

「・・・川澄舞」

「川澄・・・?」

 ふと、どこかで聞いたような苗字だな、と思考したが・・・、結局思い出せなかった。

 郁未はすぐに思考を切り替え、疑問に思っていたことを口にする。

「それじゃ、舞。あなたはどうして私の名前を知っていたの?」

 その質問に対し、舞は無言で胸元からなにかを取り出しこちらに渡してきた。

「これは・・・私の身分証明書?」

「グラナダで落としたのを拾った」

「どうりで見つからないわけだ。そっか、あのときに落としたのか・・・」

 脳裏に浮かぶのはあのとき、連邦の新造戦艦偵察任務のときに見られてしまい、格闘戦を展開したこと。

 どうやらあのときに落としてそのまま拾われていたようだ。

「私も聞きたいことがある」

「なに?」

「・・・あなたはどうしてそこまで連邦を恨むの?」

 瞬間、郁未の中で時が止まった。

 ほぼ反射のようにして放たれる怒気、殺気。だがそれに対し全然顔色を変えず舞はただ座っていた。

 そんな舞を見て、郁未の殺気も薄れていく。

「・・・なんでそんなことを聞きたいの?」

「ただ聞きたいと思った。それに、私も連邦にいる以上知っておいた方が良いと思う」

 その瞳に嘘や冗談の混じる様子はない。

 ・・・どうやら本気で聞いているらしい。

 郁未は息を吐いた。

 あまり考えたくはなかったが、やっぱりこの舞という少女は一般的に言う良い奴の部類に入るようだ。おそらくはあのカンナヅキにいるクルーも。

 それを認めてしまうと、連邦だから悪と決め付けて戦っていた自分が馬鹿みたいに見えてしまうから嫌だったのに・・・。

(私もまだまだ子供だった・・・、ううん、まだ子供なのかな)

 憎しみをただぶちまけるのが良くないことだというのは理解できる。しかし、それですぐに改善できるほど自分は大人じゃない。

 ・・・これを舞に話せばその一歩になるだろうか。

 改め、認識し、吐息とともに郁未は舞の瞳を直視した。

「あなた、強化人間って知ってる?」

 首を横に振る舞。

 郁未は頷き、ならまず強化人間の話をするわね、と前置きをして口を開いた。

「強化人間っていうのは、その名の通り人を人工的に強化すること。その中でも最も多いのが人工ニュータイプ。ニュータイプの力を人工的に強制で植えつけることを指すの」

「人工・・・ニュータイプ?」

「ニュータイプが戦争において重要な兵器となるのはすでに一年戦争で立証された。でも、そのニュータイプの絶対数は極めて少ない。しかもニュータイプは宇宙に住んでいる者にしかなれないものだから、特に連邦には少なかったの。そこで考え出された計画が、人工的にニュータイプを作ること・・・つまり、強化人間の作成」

 そこで一旦郁未は言葉を切る。ウェイトレスがコーヒーを運んできたからだ。

 テーブルに置かれたコーヒーをブラックのまま口に運び、郁未はさらに続ける。

「やっぱりもともと宇宙に本拠地を置いていて天然のニュータイプがそれなりにいたジオンよりも連邦の方が研究の進みは早かったの。MS技術力で劣勢に晒されていた連邦としてはどうしても強化人間の存在は必要だったし。だから、連邦は多少非人道的な行動も止むなしと考えた。そこで連邦のとった行動は・・・身寄りのない者や金銭面的に貧しい者からの子供の採集だった」

「子供?」

「ニュータイプは子供に多いということは統計的に見ても間違いなかったからね。強化人間にするにしてもその方が成功率が高いと踏んだんでしょ。そして集められた子供たちはまるでモルモットのような扱いを受けながらまだ確立してもいない強化の実験に使われた。・・・ひどいものよ?数千単位で集められた子供たちが第一段階の実験を終えただけで百人にまで減ったんだから」

「まさか・・・」

「そう。ほとんど死んだ。死んでない奴もいたけど、精神が壊れて廃人になったり植物状態に陥ったり・・・。あれならまだ死んだほうがマシだったでしょうね。それでさらに続いた実験のすえ、残った子供なんて十人と少しだった」

 もう一度コーヒーを喉に流す。

 ・・・随分と昔のことのはずなのに、こうしてただ喋っているだけで喉はすっかり渇ききっていた。

「それじゃ、郁未は・・・」

「そ、私はその時の生き残り。研究施設から脱走した完成体の一人よ」

 今でも焼きついて離れない忌まわしい記憶。時々夢にだって見る。

「脱走しようとしたときだって全員で逃げ出したのになんとか逃げ切れたのは私を含めてたったの三人。他は捕まったり殺されたり・・・。それに一緒に逃げた連中も途中で散り散りになっちゃって今頃どうしてるのか・・・」

 思い馳せるのは共に逃げ出すことに成功した二人の少女。

 どこにいるのか。いや、それよりも生きているのか死んでいるのかすらわからない状況で・・・、しかし生きていてほしいと思う。

「その強化人間に・・・後遺症や副作用はないの?」

「それは人それぞれ。馴染むか馴染まないかもあるしね。中には精神操作や記憶操作されてまで強化されたのもいたけど、私はそれなりにすんなり体が馴染んだから特にこれといった精神操作とかは受けなかった。だから特に後遺症も副作用もない。そうね、たまに頭痛がするくらいかしら」

 そこまで言い終わり、郁未は残りのコーヒーを一気に呷る。

「これで話は全部。満足した?」

「・・・・・・ごめん」

 俯いた舞からこぼれた第一声はそれだった。

「そう易々と聞いて良い話じゃなかった」

「ちょっと舞、聞いておいてそれはないんじゃない?」

 そんな舞に郁未は意識せず小さな笑みを持って答えていた。

「あなたが知りたくて聞いて、私が答えても良いと思ったから話したの。それを聞いてあなたがすることは謝ることじゃなくて、どう思って、どうしたいか、じゃないの?」

 舞は考え込むようにして視線を下げ、しかしもう一度顔を上げたときにはその瞳に憂いはなかった。

「うん。きっとそう」

 そう舞が頷き、郁未が笑みを浮かべた―――瞬間、

「「!?」」

 二人の感覚が危険を伝える。

 咄嗟にテーブルの下に潜り込んだ瞬間、ガラスの破砕音と共に強烈な銃声が喫茶店内に鳴り響いた。

「我らは反ネオジオン組織である!ネオジオンに組する者よ、正義の名の下に裁きを受けよ!」

 聞こえてくるのは若い男の声。それに呼応するようにおぉ、という叫び声が聞こえると再び銃声が鳴り響いた。

「なんなのよ、いったい!」

「わからない。でもこのままここにいたら殺される」

 舞の声と同時、カウンターの方から聞こえる女性の悲鳴。どうやら先程のウェイターが撃たれたようだ。

「なにが正義の名の下よ・・・!これじゃネオジオンよりたちが悪いじゃない」

「どうするの?」

 舞の問いに、郁未は胸元から銃を取り出して答える。

「応戦するしかないでしょ。殺気は私たちにも向けられてる」

「誤解だけど、やられるわけにはいかない」

「そ。その通り」

 舞は手元の椅子の脚を折り、それを手に馴染ませるように一度振るう。

「そんなんで大丈夫?」

「形だけ。こういうのがあるのとないのでもかなり違う」

 そこで一旦止む銃声。

 それを機に郁未と舞は同時にテーブルの下から跳び出した。

 見えた反ネオジオンと名乗る連中は全部で八人。

 銃口を構え、左に跳んだ郁未の銃が火を吹く。跳びながらという不安定な姿勢での射撃にかかわらず、その弾丸は四人の男の肩に直撃していた。

 銃を取り落とす四人の男を庇うように横の男たち三人が立ち、銃を構える。だが、その頃にはすでに舞が肉薄していた。

 ヒュン!

 軽く風を切る音とほぼ同時に響く三つの打撃音。

 首に強い打撃を受けたのだろう、その三人の男たちは気絶して崩れ落ちるようにして倒れていった。

「そ、そんな・・・!七人もいた男がたかが二人の少女に・・・!?」

 驚きを隠せないリーダー格のような男に対し、これ見よがしに郁未はやれやれと息を吐いて、

「っていうか弱すぎ。しかもまんまやられ役の台詞だし」

「相手にならない」

 さらに舞も同調する。

 常人よりも反射神経、運動能力、格闘センス、射撃能力、危険察知に優れている舞と郁未だ。たかが銃を持っただけの一般人に遅れを取るはずもない。

「くそぉ!」

 自棄になったように銃を構えるその男。それに反応し再び動こうとする舞と郁未。だが、

「勘違いでそこまでさせるのも気が引けるしな」

 それよりも速く動く銀色の影が一つ。

 その影は刹那に男の背後へと回りこんで、

「ふん!」

 重く轟く巨大な打撃音と共に高く浮かぶ男の体。

 それはただの蹴り。だが、男の体は明らかに人二人分ほどの高さにまで舞い上がっていた。

「狙いは私たちなんだろう?せめて敵が誰であるかを確認してから来ることだな」

 墜落してくる男。その横で銀髪を翻し、小さく吐息を落とす少女。それはあの喫茶店の奥にいた少女だった。

 歳としては舞や郁未と大差はないのだろうが、どことなく「少女」と言語化するのに抵抗を感じさせるような雰囲気を持ったその銀髪の女性。どこかきびきびと、また凛々しいその女性は初見のはずで、しかしその声と戦意の気配は舞と郁未の知るところであった。

 意識せず厳しくなる二人の視線を悠然と受け止め、女性は静かに笑う。

「すまんな。勘違いで攻撃されてはお前たちも不快だろう?」

 それに郁未は鼻で笑って返す。

「別にあなたがなにしたわけじゃないのに謝るの?坂上智代」

 その女性―――智代は名を指摘されてなお笑みを崩さない。

 会話からもわかっていたことだが、どうやら向こうもこちらのことに気付いているようだ。

 無言のまま臨戦態勢を整える舞と郁未。

 空間が張り詰める。いまにも戦闘が始まりそうな気配の中で、

「ここで戦うつもりか?」

 しかし智代は構えをとらなかった。

「私はここにプライベートで来ていてね。戦争をしてないときくらい戦いは止めにしないか?」

「私たちは敵なのよ?」

「確かに。だが、その前に一人の人間でもあるな」

 浮かべる笑みに、舞と郁未からも臨戦態勢が解かれていく。

 本当に智代に戦う気がないのがわかったからだ。

 と、そこで智代はなにかに気付いたように郁未の方に顔を向けた。

「汚れているな」

「え?」

「服だよ、服」

 見下ろしてみれば、確かに郁未の服には黒い染みがついていた。

 おそらく先程の騒ぎのときにコーヒーか何かが掛かってしまったのだろう。

 ちなみに郁未も舞も私服である。それは街の人間にあらぬ刺激を与えないためのものであったが、それが逆に勘違いさせる原因となってしまったのは言うまでもない。

「これはそう簡単に取れそうにはないな」

 染みを見ていた智代が顔を上げて、

「ここから私の使っている家が近い。よければ来ないか?服を貸すぞ」

 そのあまりに突飛な提案に、唖然とする二人。

 一瞬早く我に帰った郁未が口を開く。

「そこで私たちを襲う気なんじゃないの?」

「疑り深いな。だが、そういう悪意があればお前たちにはわかるんじゃないか?お前たち、ニュータイプなんだろう?」

 それは確かにその通りだ。

 ニュータイプである舞と、強化人間としての能力を使いこなしている郁未なら、悪意は感じ取れる。

 だが、それは目の前の人物からは感じ取れなかった。

 二人は顔を見合わせる。舞が頷いて、仕方なし、といった感じに郁未も頷いた。

 それを見たときの智代の笑顔は、二人にとって窺い知れないものだった。

 

 

 

 あとがき

 最近眠くてたまらない、どうも神無月です。

 どうにも日中はラグナ、夕方から深夜にかけてSSの執筆という配分が確立されてはや二週間。

 眠い。

 勉強も宿題のみしかできないというこの状況。こんなんで年明けのテスト大丈夫なのかなぁ・・・?不安です。

 ま、それはさておき本編の話。

 本当はもう少し長くなる予定でした。が、あまりにも長くなりそうだったので急遽二編に分割。当初の後半部分だったところが丸々一話となって次回に見送られました。あぁ、こんなんだからプロット段階より話数が多くなっちゃってるんだろうなぁ。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、プロット段階でガンダムは二十四話で終了する予定だったのです。

 が、現在やっている話は本来の十話部分。めちゃめちゃ繰り上がっている今日この頃。

 このままのペースならきっと終わるころには三十話超えちゃうんだろうなぁ、なんて思ってます。

 ・・・まぁ、気長にお付き合いください(笑)。

 

 

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