Episode ]W
【the danger
zone】
カラバの一部隊が在住している場所がある。
ロシア。モスクワから少し北西に行った場所、サンクトペテルブルク。
以前は活気のあった街だったが、ネオジオンにモスクワを占領されてからというものそのなりは潜めている。
とはいえ、住人にも生活があるので人気がないというほど凄惨もしていないが。
そんな街の端に位置する酒場の中で、一人の男がワイングラスを傾けていた。
その男、名をアムロ=レイ。いまでこそカラバに所属しているが、昔は連邦で一年戦争を戦い抜いた英雄で、世の中に「ガンダム」の名を轟かせた張本人である。
「アムロ大尉」
「ん?」
と、そこにアムロの名を呼ぶ男が入ってくる。
アムロもそうだが、この男も軍服は着ていなかった。これは過度に町民を刺激しないようにとの措置だが、名を呼ぶときに階級をつけてしまっては意味がないだろうにとアムロは心中で苦笑した。
「どうした?」
隣にまでやって来た男にアムロは尋ねる。
「地球連邦の新型艦、カンナヅキがここの近くに降下したとの情報が」
「カンナヅキ・・・?あれは日本の横浜基地に降りるんじゃなかったのか?」
「それが地球軌道上でネオジオンと交戦、降下コースを大幅にずらされてしまったようで」
地球軌道上、となると第三艦隊か。総指揮の橘啓介は頭が切れるともっぱら有名だ。
「それで、そのカンナヅキはいま?」
「どうやら推進剤も尽きているようで動けないようです」
戦艦の足が使えないとなると、戦闘でも不利になる。カンナヅキの落ちたポイントはネオジオンのモスクワ基地からさほど遠くない。こちらで確認が取れたということは遅かれ早かれ向こうも気付くだろう。
さて、どうすべきか。
考え、アムロは身を起こした。
「Zプラスの修理は万全か?」
「は?出撃するのですか?」
「いや、様子見に・・・な。あとコウとも連絡を付けておいてくれ。もしかしたら戦闘になるかもしれない」
じきに郁未も帰ってくる。
そうすればカラバで三強と呼ばれたパイロットが一同に集結することになる。
連邦の艦がやって来たこと・・・。
上手く立ち回ればモスクワにいるネオジオンを叩けるかもしれない。
アムロはワイングラスを一気に呷ると、その場を後にした。
カンナヅキはどうにか地球への降下を成功させた。・・・と言ってもそれは半ば墜落のような形であったことは否めないが。
推進剤がないので着地時の衝撃吸収が上手くいかず焦ったが、地面に分厚い雪が積もっていたのでどうにかなった。
その代償は高くついたが。
「それでどうだ、カンナヅキは?」
場所はカンナヅキ内の艦長室。デスクに座って訊ねる祐一の前には頭を痛そうに抱えている浩平の姿があった。
「もうボロボロだよ。このままじゃ推進剤があったところで動かないだろ」
「・・・そんなに酷いのか?」
「酷いなんてもんじゃない。エンジンからスラスター辺りは直すより新しいのと取り替えたほうが良いくらいだ。Iフィールドジェネレーターもご臨終しちまってるし、ビームジェネレーターもいくつかいかれちまってる。計器の方も狂っちまってるらしいからこっちも直さないとまずいし・・・」
それはもうほとんど駄目だと言うことではないか。
「・・・直せそうか?」
「そうだな。とりあえず直すんなら諸々のパーツと人員と、それから時間が必要だな」
「そうか。大変だな」
おどけて言う浩平と祐一。
とういよりそうでもしないと言っていられないのだ。なぜなら、いま浩平が言ったものはカンナヅキの中に何一つしてないのだから。
二人ともそんなことはわかりすぎるくらいにわかっているので軽口しか口から出ないのだ。
「とするとしばらくここで救助を待つしかない・・・か」
デスク横においてあるモニターを操作する。映りだされたのは、地球の地図だった。それを横から眺め浩平が呟く。
「ロシア領モスクワ付近。・・・モスクワのネオジオン基地でもこっちをもう察知してるだろうな」
「救助が先か、敵が先か・・・」
「十中八九敵が先だろ」
「だろうな。MSの修理はどうなってる?」
「艦の調査だけで一杯一杯だったんだぞ、俺たちは。・・・そうだな、とりあえず損傷の少ないアークレイルとガーベラSFはすぐに直せると思う。あと、キュベレイMkUもそろそろ直りそうだが・・・、夜までに仕掛けられたらこれは出せないな。春原軍曹が乗ってきたGDキャノンも当分修理はできないだろ。できたところでまだパイロットが回復してないんじゃな」
出るのはため息ばかり。
最近は悪い状況じゃなかったことの方が少ないが、それにも増してこの状況は最悪だった。
まずここがネオジオンの領域であること。
故に、この近くに連邦の施設はない。補給などは当分先の話しとなるだろう。
しかし補給がなければ推進剤の切れたカンナヅキはここから一歩も動けない。動けない以上、敵からしてみれば格好の的だろう。
そしてそれを迎え撃つ役割を果たすMSは出せて二機から三機。しかもパーツもそろそろ底をつき、継ぎ破壊されたらもう修理すらできない状況に陥るというこの有様。
加えて観鈴や佳乃とはぐれる始末。成り行きでこの艦に乗ることになった芽衣も怪我でしばらく動けないときている。
まさに絶望的と言うしかない。
しかし、だからと言ってなにもしないような、祐一や浩平たちではなかった。
「愚痴っていても仕方ない。浩平、MSの修理を頼む。艦は後回しで良い」
どうせ一日二日じゃどうにもならないのなら、一日でどうにかなる方を修理した方が良い。
その考えは浩平もわかっていたのだろう、頷いた。
「でも、適度に休めよ?お前は働きすぎだ」
「それはお互い様だろ」
素早く切り返され言葉の出ない祐一を眺め、浩平は微笑を顔に貼り付けたまま艦長室を去っていった。
「・・・適わないな、あいつには」
祐一も小さな笑みを浮かべデスクに肘をついた。
「やれるだけのことはやるさ。俺には守るべきものがある」
カンナヅキ級の医務室は比較的MSデッキから近い場所にある。
これは医務室に収容するまでの時間短縮のためであり、事実このおかげで大事に至らなかった人間も何人かいる。
「はぁ、憂鬱だなぁ」
そして頭に包帯を巻いてベットに横なっている少女―――春原芽衣もそんな者の一人だった。
芽衣の怪我は全治三日程度の軽い傷ですんだ。もう少し収容が遅ければもっと長引いただろうと言われている。
「これからどうなるんだろ」
とはいえ、芽衣にはそんなことよりもこれからの方が大事だった。
いま自分がいるのはムツキではなくカンナヅキ。周りはほとんど知らない人ばかりだ。
・・・まぁ、世渡り上手であることは履歴にも書ける自分の長所であるから付き合い自体はなんとかなるだろう。実際そうしてムツキでやってきた。
というか問題はそんなことじゃない。
寝ているとはっきりわかることだが、この艦全く揺れていないのだ。
この艦は動いていない?
ならば横浜基地に着いたのか、とも思ったがそれなら自分はこうしてここで寝ていないだろう。すぐに基地の医務室に回される。
とすると考えられるのはなにかトラブルが起きて艦が動けない状況・・・、しかも横浜基地ではないどこかに降りてしまった説が一番濃厚になる。
「困ったなぁ・・・」
しかし現状を確認したくても船医もいなければ兵士もいない。偶然席を外しているのかもとからいないのか。ま、今はそんなことはどうでも良いが。
ここから出て聞きに行こうかとも考えたが、誰かがここに来たとき自分がいなければ心配するだろう。
芽衣は自分のことで、あるいは自分のせいで迷惑をかけたり心配をかけさせるのは極端に嫌っていた。
よってここから動けない。
「うぅ、誰か早く来てよ〜」
嘆いたのと同時、扉を軽く叩く音。
願いが通じたのか。芽衣がどうぞと促すと、入ってきたのは黒髪を後ろで一本に纏めた、女である芽衣から見ても綺麗だと思わせる美人だった。
「・・・怪我は、大丈夫?」
紡がれた声に、芽衣はようやくその人物の正体がわかった。
「えっと・・・、舞さん?」
「どうだけど。・・・どうしたの?」
「え、あ、いえ」
あの時は通信越しだったしヘルメットもしていたのであまり顔はわからなかったが、まさかここまでの美人とは。・・・羨望半分、嫉妬半分。
「なに?」
「あぁ、いえいえお気になさらずに」
どうやら気付かぬうちにボーっと眺めていたらしい。反省。
舞はそのままベットに近付いてくると適当な椅子に腰を下ろした。
「怪我の方はどう?」
「あ、はい。おかげさまでなんとか。舞さんの方は怪我とかないんですか?」
「私は大丈夫」
「そうですか。それは良かったです」
そうして笑うと、舞も小さな笑みを浮かべた。
(もっとちゃんと笑えば綺麗なのに)
しかし、なんとなくこの程度の笑みが限界なんだろうと思った。
芽衣はゆっくりと腰を上げる。
「動いて平気なの?」
心配そうな舞の顔が近付いてくるが、それを芽衣は笑顔で制した。
そろそろ本題に入らなくてはいけないから。
芽衣は笑顔を消し、真剣な表情で舞に向き直った。
「それで・・・、いまカンナヅキはどういう状況になってるんですか?」
それに合わせ、舞も表情を変える。
「カンナヅキはあの後いろいろとあって日本への降下コースを大幅にずらして、いまロシアにいる」
「ロシア?ロシアのどの辺ですか?」
「モスクワが近い」
ロシアの首都モスクワ。記憶違いでなければそこは・・・。
「確かネオジオンの基地が近くにあったはずじゃ・・・?」
その問いに、舞は重々しく頷いた。
「あれだけ派手に落ちたから、向こうも気付いているとは思う」
「なら早く動いた方が良いんじゃ?いま、この艦動いてないですよね?」
しかし芽衣は聡い人物。自分で言った言葉と、舞の落ち込む表情で状況がつかめた。
「・・・推進剤が切れた?」
「うん」
芽衣が覚えている範囲でもすでに推進剤は限界ギリギリだった。その上大気圏の強行突入ともなれば推進剤も尽きようというもの。
「・・・ということは」
「連邦の救援を待つ」
「それしか・・・ないですよねぇ」
はぁ、と芽衣は大きく息を吐いた。
モスクワから近い連邦基地といえばウクライナのキエフ基地かノルウェーのオスロだろう。だが、ここらはモスクワとネオジオンとの幾たびの交戦で疲弊しきっているとの噂だ。
それに噂ではダカールにネオジオンの手が伸びつつあるらしい。(すでにダカールがネオジオンの占領下にあることを、祐一や芽衣たちはまだ知らない)大西洋側の連邦基地には力が回らなくなってしまっているのだ。救援は見込めないだろう。
ともすれば、太平洋側でロシアに近い基地ということに限定される。そうなれば中国の北京、あるいは日本の横浜か。
・・・戦力的余裕を考えればおそらく日本の横浜基地からとなるだろう。
日本からここまで戦艦クラスのスピードでも一日弱はかかる。それだけの時間があれば敵が二回は襲えるだろう。
「・・・なかなか絶望的な状況ですね」
まるで出口のない巨大迷路に潜り込んだような心境だ。
だけど、視線を向けた舞の表情はそれほど沈んだものではなかった。
「舞さん・・・?」
「どんなに絶望的な状況でも助かる道はきっとある。みんなそれを手探りで必死に掴み取ろうとしてる。・・・だから、私は諦めない」
強く拳を握り、
「敵が襲ってくると言うのなら、私は全身全霊を持って抗ってみせる」
「・・・舞さん」
真摯な瞳。
冗談のようなことを、しかし本気で言う。
MSもろくになく、しかも動けないこの艦で、ネオジオン五指に入ると名高い艦隊と戦えるとこの人は言った。
根拠のない言葉だ。
でも、とても安らげる・・・安心のできるなにかをそれは内包していた。
(朋也さんみたい)
思い浮かべるのは想い人である男。
兄の親友。いつもどうでも良さそうな表情をしているけど、いざってときは体を張って助けてくれるすごい人。
そこになんの計算も算段もなくただ信じるから動けるあの姿は、まさに最高の男の背中だった。
だから、芽衣は頷く。
「そうですね。諦めたら何もかもがお終い。なら、最後の最後まで抗って突き進むのが・・・人生ですよ」
自分は妙に頭の回る子だったから。いつの間にか諦め癖が付いていた。
それを教えてくれたのは兄、それを変えようと思わせてくれたのは朋也。そしてそれを再認識させてくれたのが・・・舞。
「芽衣・・・」
芽衣はそっと舞の手に自分の手を重ねる。
自分の思いをその手に委ねるように。
「わたしはまだMSに乗ることはできません。だから舞さんの負担を減らすことはできないけど・・・、でもわたしも一緒に考えますから。生き抜く方法を」
「うん。一緒に頑張ろう・・・芽衣」
「はい♪」
ゆっくりと流れる時の中。
二人の少女は固く握手を交わした。
そのカンナヅキを遠巻きに見ているバギーがあった。
「様子はどうだ?」
「はっ。報告通り推進剤が尽きて動けないようです」
「そうか」
双眼鏡で確認する兵士の横、バギーの助手席に一人の男が座っている。
ネオジオン第十二艦隊。別名モスクワ駐留部隊。そこの副指揮官のような立場の男―――住井護である。
「住井副隊長。いかがなされます?」
「基地に報告を。予定通り日が落ちたら仕掛ける。・・・あぁ、それと俺のことは副隊長って呼ぶなって何度も言っただろうに」
「は、すいません。すでに癖になってしまいまして・・・」
やれやれ、と護は吐息一つ。
というのも別に彼が正式に副指揮官というわけではないからだ。そんな肩書きを付けられたのはなにを隠そう自分の直属の上司である坂上智代があまり動かないからである。
坂上智代。
第十二艦隊の総指揮である。また、ネオジオン内でもトップ5に入るくらいのMSパイロットで『白銀の狼』の異名を持つほど。
そんな彼女はしかし妙に割り切り体質で、自分が動くと決めたものにはそのカリスマ振りを発揮し誰もが舌を巻くような仕事をやってのけるのに、自分の興味ないものには全く動こうとしない。
そんなこんなでその後釜を背負うことになるのが智代の片腕とも呼ばれる護であった。
そして今回も智代は動いていない。
智代曰く「足の動かない者を攻撃するなど卑怯この上ない。私はそんな戦闘には加わらんぞ」・・・とのことらしい。
「ま・・・仕方ないか」
そう言って小さく笑みをこぼす護。
智代について行くというのは誰に指図されたものではなく自分で決めたこと。不思議と後悔はなかった。
「さて・・・」
腕時計を見やる。
あと日が落ちるまで約六時間。
鷹文や佐織が来るまでどう暇を潰そうかと考える護であった。
「刻限だな」
ぴったり六時間後。護たちの後方からは三隻のエンドラ級(第十二艦隊にグワンバン級はない)。
以前のカラバとの戦闘で戦力の半分を失った第十二艦隊としては三隻の投入はむしろ破格だった。
「予定より数が多いな・・・」
確か作戦では二隻だったはずだ。なにかあったか・・・?
「俺たちも戻って準備をするぞ」
「はっ」
隣の兵士に合図を送り、バギーをエンドラ級の方へと走らせる。
そしてエンドラ級巡洋艦ガンドラに帰還した護は、ザクVに乗るためにやってきたMSデッキで本来いるはずではない人間を見つけた。
「さ、坂上大佐!?」
「ん?」
無造作にその長い銀髪を靡かせて振り向くのは間違いなく坂上智代だった。しかもノーマルスーツ着用。
「大佐がどうしてここに?っていうかノーマルスーツってことは出るんですか・・・?」
護の当然の疑問に、智代は辟易といった風にため息を付き、
「状況が変わったのだ。カンナヅキ討伐にそう時間をかけられなくなった」
「どういうことです?」
そこで智代の目がきつくなる。
「・・・・・・・・・コロニーを落とすのだそうだ」
「・・・は?」
目が点になる護。
コロニーを落とす?
この地球に?
「まさか・・・」
「いや、ハマーン様直々の命令だそうだ。ダカールをエゥーゴに強襲されたらしくてな。現にマシュマーがエンドラUでサイド4のコロニーの占拠へ向かうらしい。地上の艦隊も戦力の半分は宇宙へ上がるように命令を下された」
「我々もですか?」
「いや、私たちは地上に残るよう命じられている。グレミーらと共同でダブリンの包囲をしろと言われた」
「ということはダブリンに?・・・ダカールではなく?」
どうにも腑に落ちない。
連邦総本部であるダカールではなく、なぜダブリンにコロニーを落とすのか。それでネオジオンに一体何の得が・・・。
「・・・まさか」
そこで護は考え至った。
ある。それをすることでネオジオンが得することが。
「ハマーン様はエゥーゴと連邦を分断させる気ですか・・・」
コロニーが落ちたとなれば連邦も黙ってはいまい。下手をしたら火に油を注ぐことになる。
だが、このコロニー落としをダカールに強襲をかけたエゥーゴのせいにすればどうか。
・・・連邦とエゥーゴは分裂、悪ければ再び対立を起こすかもしれない。
そうなればこの戦争、ネオジオンが取ったも同然となるだろう。
しかし智代はそんな作戦に納得できていないのか、目がきつい。
「坂上大佐、納得できないみたいですね」
「当たり前だ。あれをどうやって納得しろと?」
「なら直訴でもしてみたらどうですか?」
「水瀬大佐や宮沢議員らが直訴をかけたらしいがそれでも無理だったのだ。私が口を出しても結果は変わるまい。それに・・・」
智代の目線が虚空を漂う。
愁いを帯びた瞳。それはなにかを後悔しているかのようで・・・。
「・・・いまはそんなことはどうでも良い。出るぞ、即刻奴等を叩く」
「は、はい」
自機であるレヴェレイションに向かっていく智代の背中を見つめながら考える。
先程切った言葉の続きを。
『私が口を出しても結果は変わるまい。それに、私はただの人形に過ぎんからな』
それは、一体どういう意味だったのか。
・・・いくら考えようと、護にはわからない。
カンナヅキに近付いていく第十二艦隊の艦隊。
「一時の方向に敵艦影確認!数、三!」
「やっぱり来たか」
その接近はカンナヅキでも確認した。
そろそろ来る頃合だろうと踏んでいたが、まさかここまで読み通りとは。
既に第一種戦闘配備。
舞と風子はもうMSに乗っている。
「MS発進!今回は艦が動かせない!弾幕を張って敵を近づけるな!」
祐一の号令の下、カンナヅキ最悪の状況下での戦いが幕を上げる。
その素早い対応をオペレーターから聞き、智代は感嘆の声をあげた。
「早いな。なかなか良い指揮官のようだが」
ガンドラのカタパルトが開いていく。
見えるのはもはや見慣れた広い雪原。その向こうに見える光点を眺め、智代はもう迷わなかった。
「坂上智代だ。レヴェレイション、出るぞ!」
滑走路を滑るカタパルト。そして発射されるは『白銀の狼』、そのレヴェレイション。
「見せてやろう。『白銀の狼』と呼ばれることがどういうことかを」
瞬間、発進されていく後続の味方を引き離して智代のレヴェレイションは疾走した。
「なにか来ます!」
「なに、このプレッシャーは・・・」
真っ直ぐに向かってくる一機のMS。そのスピードはアークレイルとほぼ同等か。・・・いや、直進のスピードだけなら向こうの方が早い。
・・・いや、それよりも。
「・・・風子、少しちびりそうです」
「まずい。これは・・・格が違う」
感じる気配はオールドタイプ。しかし、向けられるプレッシャーはそんじょそこらのニュータイプすら遠く及ばないほどに重く強いもの。
いままで幾多ものエース級と戦ってきた舞と風子ですら戦慄してしまうそのプレッシャーこそ、ネオジオンでもトップ5と呼ばせる強者の証だった。
「さぁ、水瀬大佐や橘大佐の艦隊を退けたカンナヅキの力・・・。見せてみろ」
離れていた間合いが瞬時に狭まる。正に刹那。あれだけあった距離を一瞬で詰めたスピードはMSの能力かパイロットの腕か。
「くっ!」
舞が焦ったように一歩前に出てビームサーベルを振るが、三秒は遅い。その攻撃を機体を捻らせるだけでかわし、そのまま機体を滑らせるようにしてビームサーベルを上擦りに振るう。
閃光。
一気に振りぬかれたその光の線はビームサーベルを持ったアークレイルの右腕を切り払っていた。
「遅いな」
「っ!?」
「川澄さん、右に!」
跳び退く舞のアークレイルとは反対方向から風子のガーベラSFがロングビームライフルを二丁同時に構えて発射する。
だが、当たらない。
レヴェレイションが機体を半回転させそのまま風子に向かって跳躍。雪夜を切り裂くビームの放流を、しかし智代はレヴェレイションのスラスターを片側だけ噴射させて機体を大きく振り回すことで回避した。
「そんな!?」
なんという規格外の行動を取るのか。
驚愕に目を見開く風子に、智代は小さく笑みを浮かべた。
「重力下での戦闘は初めてか?宇宙と地上では戦い方が大きく異なるぞ」
そしてビームサーベルを両手に構えそのまま袈裟切りに振るう。が、それを風子はどうにかシールドで受け止めた。
「良い反応だ。だが」
着地。そしてレヴェレイションはそのまま右足で強く蹴り上げた―――シールドを。
「あっ」
「がら空きだ」
突き刺すような形でビームサーベルを構え、
「せい!」
「む」
横から放たれたヒートダガーに智代は風子との距離を離す。
それを機に舞が距離を詰めてくる。残った左腕にはハンドビームカッター。
舞とて敵が接近戦を得意としていることはこの数秒の手合いでわかっている。しかし、それでも舞には接近戦しかなかった。
その後ろ、体勢を立て直したガーベラSFはシールド裏部からフィフスブレードを取り出し援護をするように投げつけた。
どちらも通常の相手なら直撃を避け得ないような鋭い攻撃だ。
・・・そう、通常の相手なら。
「その程度か」
舞のハンドビームカッターをビームサーベルで軽く捌き、向かってくるフィフスブレードももう片方のビームサーベルで切り払う。
あの舞と風子が片手間に扱われている。
必死に攻撃している二人に対し、智代は余裕が顔ににじみ出ていた。
『坂上大佐』
「私がこの二機を相手する。住井たちは全力であの艦を叩け」
『了解』
やっと追いついてきた後続の部隊を纏める護にそう命じ、智代は再び対峙する二機に視線をやった。
才能はある。腕も良い。だが、どうしても行動に乱雑な部分が目立つ。
おそらくはまだMSに乗り始めてそう時間も経っていないのだろう。経験が浅い。それでもこれだけ動ければ充分な域ではあるが・・・。
「川澄さん、敵の部隊がカンナヅキに!」
「くっ!」
急いで戻ろうとする二機を、しかし逃すわけもない白い影。
「行かせん。お前たちの相手はこの私だ」
「「!」」
「多数のMS、こちらに接近してきます!」
「舞と風子は!」
「現在敵MS一機と交戦中、苦戦しているようです!」
舞と風子が一機相手に足止めを喰らっている?
地球降下の際二人合わせて五十機ものMSを倒したあの二人を、苦戦させるパイロット。
(どんな化け物だ!)
心中で罵るもそれで事態が好転するはずもなく、向かってくるのは五十を超すMSの群れ。
「敵MSよりビーム、ミサイル多数発射を確認!―――来ます!」
「各員ショックに備えろ!」
衝撃がカンナヅキを貫通する。
Iフィールドも発生しないカンナヅキにビームとミサイルの雨が降り注いだ。
「くっ・・・!損害を知らせろ!」
「う、右舷対空レーザー砲一番から七番まで沈黙!」
「ミサイル二番、三番大破!六番損傷!」
「サブメガ粒子砲砲身崩壊!」
動けないカンナヅキを襲う攻撃の嵐。できることはもう攻撃しかないのに、その攻撃を司る部分が次々に破壊されていく。
まぐれなどではない。これは明らかに狙った攻撃だった。
「くそ、向こうもこっちの状況はわかってるってことか!」
優秀な指揮官が向こうに入るのだろう。的確な動きと行動に、残った武器の攻撃もはずれ、そして破壊されていく。
裸に剥かれていくカンナヅキ。武器の七割以上を失ったカンナヅキは、もはや破壊を待つだけの墓標でしかなかった。
「艦長!」
向けられる視線。だが、もう祐一に残された手段はなかった。
「敵機艦橋に接近!」
「なに!?」
驚愕の視線の先、環境の向こうでこちらにビームピストルを構えるシュツルム・ディアスの姿が。
「っ!」
モノアイが、輝く。
砲身にビームの輝きが点り―――、
弾けた。
「なっ!?」
・・・シュツルム・ディアスの腕が。
それと同時、レーダーに映し出される新たなマーカー。
「は、八時の方向より機影確認!数・・・四十弱。これは・・・!」
川口はそこで祐一へと振り返り、
「カラバです!」
そう言った。
「なに、上!?」
腕を消失させたシュツルム・ディアスのパイロット、稲葉佐織はどこからビームが放たれたのか数秒経ってからようやく気が付いた。
そして上空。
夜空に浮かぶ金色の上弦を背に、降りてくるMSのシルエット。
「あれは・・・!」
佐織はそのMSに見覚えがあった。
一ヶ月ほど前、自分の知る限り最強である智代と互角に戦ったあの赤と白のMS。肩に付けられAの文字を模したユニコーンのエンブレム。
間違いない。その名は一年戦争の生きた英雄、
「アムロ=レイ!?」
瞬間、降りてきたアムロ専用ZプラスA型に蹴りつけられ、佐織のシュツルム・ディアスは大きく吹っ飛ばされた。
カンナヅキの艦橋を攻撃しようとしていたシュツルム・ディアスを蹴りつけ距離を離させる。
そしてアムロはさらに艦橋に向かってくる二機のズサをビームカノンで一蹴すると、通信をカンナヅキに繋げた。
「こちら、カラバ所属アムロ=レイ大尉です。ネオジオン討伐のため、この戦いを援護します」
『アムロ=レイ・・・?まさか、あの!?』
モニターに映る返事をしてきた男に、アムロは軽い驚きを覚えた。
予想以上に若い。まだ二十にもなっていないような男を艦長に据える辺り、連邦の人員不足も深刻なようだ。
「話は後だ。いまはこいつらを叩く!」
そう言って通信を一方的に切るとアムロはウェイブライダーに変形、そのままカンナヅキを取り巻くMSの群れに突っ込んでいった。
一気に向けられる銃身。その中を突っ切り、変形を解除するとアムロは声をあげた。
「コウ!」
「はい!」
呼んだ先、若い男の声と同時にビームガトリングガンがアムロに砲身を向けていたMSたちを撃ち抜いていく。
そのビームの方向を辿っていけば、そこには金色に輝くMS。
百式改。そしてパイロットはコウ=ウラキ。
「敵の陣形を一気に突き崩す!コウ!」
「了解!コウ=ウラキ、吶喊します!」
群がるズサとガザの攻撃を異常な反応速度で回避しながら反撃をする二機のMS。そしてそれに続くように数機の量産型百式改。
陣形を崩され、大きく二分されたネオジオンのMS部隊はそのまま新たにやって来たカラバの部隊に飲み込まれるようにして消えていった。
「また来たのか、アムロ=レイ!こんなときに!」
智代もレヴェレイションの中で自軍の戦況の不利を感じ取っていた。
いくら護や佐織、鷹文がいるとはいえアムロにはおそらく勝てまい。それに、その隣にいる者もアムロほどではないにしろかなり腕が立つようだ。
とにかく早く駆けつけて加勢しなければ、あのままやられてしまう。
「ならば、早く片付けないとな!」
この二人も他の一般兵では太刀打ちできないほどの能力を持っている。ここで討たなければ、そのしっぺ返しはすぐに自分たちに返ってくることになるだろう。
両手にそれぞれビームサーベル。その白銀に煌く機体が翻り、加速する。
「させません!」
それを妨害するようにビームを放つ風子。その精度は徐々に上がってきており、この短い間に智代のスピードに慣れてきたようだ。
同じく舞も慣れてきたようで翻弄されることはなくなっている。きっちり残った左腕でビームサーベルとぶつかり合う。
とはいえ、この均衡はあくまで舞と風子の二人が同時に攻撃して初めて起こるもの。どちらか片方だけともなれば均衡は崩れ始めていく。
風子の攻撃が止んだのを隙に、舞のアークレイルを蹴り飛ばす。そのまま雪に脚部を取られ倒れるアークレイルにレヴェレイションのビームサーベルが振り上げられる。
「もらった!」
瞬間、智代と舞の間を遮るかのように強力なビームの光が降り落ちた。
「なにっ!?」
見上げる先から落ちてくる一機のMA。いや、・・・違う。
それは空中で変形、そのフォルムをMSへと移行させていった。
そして二人の間に着地すると同時、瞬時にビームサーベルを抜き放つ。
「ちっ!」
それを同じくビームサーベルで受け止める智代。
「お前、何者だ!」
一拍置き、その答えが返ってきた。
「カラバ所属、―――天沢郁未よ!」
あとがき
ども、最近執筆ペースが遅くなっている神無月です。
原因はラグナロクオンライン。あれおもしろすぎ。
ま、それはさておき。いよいよ話は地上編に突入。郁未もここからがちゃんとした出番になります。
そして再び登場アムロ&新登場コウ。ガンダム知らない人は「誰だこいつは」といった感じでしょうが・・・。
一応コウはテラーズ紛争の後、軍法会議を経て懲役。そして出所した後は行方不明ということになっているのでカラバに所属ということにしました。
まぁ、ガンダムはいろんな説がいっぱい飛び交っていて本来どうなのかは定かではありませんが、とりあえず神無月の世界ではそういうことになっています。はい。
さて次回は戦闘の続きとカラバとの話ですね。郁未の出番が一杯です。
それでは、今回はこれにて。