Episode ]V
【地球へ】
「第三エンジン被弾!推力七十パーセントに低下!」
「五時の方向よりMS接近!数、四!」
「Iフィールドジェネレーターの熱量、五十パーセントを超えました!」
「第十二番隔壁を閉鎖させろ!弾幕をもっとしっかり張って敵を近付かせるな!Iフィールドジェネレーターは気にするな!ここで堕ちたら元も子もないんだぞ!」
「敵MS、さらに三時、九時の方向からそれぞれ三機と五機接近!」
「敵エンドラ級一隻、急速接近!」
「武器を出し惜しみするな!ミサイル全弾撃ち尽くせ!どうせ回りは敵だらけだ!照準なんかつけなくても当たる!」
ブリッジに響くクルーの声はまるで阿鼻叫喚の地獄絵図を見るようだ。
すでに船体は中破の判定を貰ってもいいぐらいに負傷している。推進剤も地球の重力圏まで果たして持つかどうか。
しかし、ここまで来て戻るわけには行かない。ここは神様にでも祈るしかないと心中で呟き、祐一は再び指示を飛ばした。
「見えました、そこです」
風子は感覚のままにトリガーを引いた。
発射された光撃に直線に並んでいた二機のガザDと一機のズサが撃ち抜かれ爆ぜる。
これですでに撃墜数は十五を越えた。活動停止に追い込んだMSの数ならばさらにそれを上回るだろう。
風子の方と言えば、まだこれといった損傷はないもののもう一丁のロングビームライフルはエネルギーが尽きようとしている。
「全く減りませんね。このままでは風子たちはお陀仏です」
辺りを見回せば、ため息しか出ないほどの数のMSに戦艦が蔓延っている。
視界を覆い尽かさんばかりのビームに、雪崩のように振ってくるミサイル。この中を掻い潜ると言うのだから祐一もよっぽど無茶を言う。だが、
「それでもしなければいけないのですね」
視界の隅に、カンナヅキに取り付こうと来るズサの数機が見えた。
風子はすぐさまそちらに機体を向けると、ペダルを踏み込む。そして放ったビームは寸分違わず敵を撃ち抜いた。
「せい!」
煌く光の線。
同時、霧散するMSの爆発から飛び出るようにして舞のアークレイルは宇宙を疾駆した。
噴出すバーニアの火は戦慄く羽の如く。力強く描かれる光の軌跡は舞える鳥の如く。
駆け巡るアークレイルは接近武器しかないという欠点をまるで微塵も見せることなく、敵機を速やかに撃退していた。
その数、すでに二十。
通常の兵士なら四度の戦場を迎えても届かないだろう撃墜数を叩き出しながらも、しかし敵は一向に減る素振りを見せない。
目の前を強力は艦砲射撃が通過する。
すぐそこまでに近付いた敵艦。これ以上踏み込まれたらカンナヅキが危ない。
舞はアークレイルのバックパックから超大型大出力ビームブレードを取り出し、その大きな柄を握り締め突っ込んでいく。
その刀身はビーム出力部分が伸縮できるようになっており、最高の三段階に伸び上がるとアークレイルの全長の二倍近くにもなる。それがこの超大型大出力ビームブレードが斬艦刀とも呼ばれる所以である。
近付いてきたアークレイルに気が付いたのか、砲身が一斉にこちらへと向けられるが、アークレイルのスピードを持ってくればその間には懐に潜り込める。
「はぁぁぁぁぁ、せいっ!」
奔る閃光。それは大きな円を描き一撃で艦橋部分を切り裂いた。
各所に誘爆し沈んでいくその艦から距離を取り、舞は周囲を見渡す。
と、突如コクピットに鳴り響くロックオンのアラート。
艦を沈めたことで一瞬集中力が切れたところに、上手い具合に入った攻撃。振り向けば、そこには砲身をこちらにむけたガザDがいた。
「だめー!」
しかしどこからか放たれたビームにそのガザは貫かれ、四散した。
ビームの放たれた方向を見てみれば、そこには舞には見慣れない機体―――芽衣のGDキャノンがあった。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、助かった」
識別信号が味方であることから祐一の言っていたムツキのパイロットであることはなんとなくわかった。
芽衣はこちらに移動してくると、舞と背中合わせにするようにして構える。
「ガンダムアークレイル・・・ということは川澄舞曹長ですか?」
「そうだけど。知ってるの?」
「はい。データを見させてもらったときはまさかと思いましたけど、本当にすごいんですね。MSに乗ってわずか一ヶ月程度でこれだけの動きが出来るんですから」
「・・・あなたは?」
「あ、すいません。わたし春原芽衣といいます。階級は同じ曹長なんですよ」
「そう。芽衣で良い?」
「ええ。それじゃわたしも舞さんと呼ばせてもらいます・・・ね!」
近付いてきたガザD三機に対して芽衣の肩部ライフル砲が火を噴き、二機を沈める。残った一機も旋回して回り込んだ舞のビームサーベルによって撃墜された。
「キリがありませんね。これでは」
「カンナヅキとムツキはあとどれくらいで降りられるの?」
「わたしにもよくわかりませんが・・・、信じて動くしかありませんね」
「それしか―――っ!?上!」
瞬間、上方から飛来する数多のミサイル。
舞はなんとか回避が間に合ったものの、芽衣はわずかに遅れ、もろにミサイル群を被ってしまう。
「きゃぁぁぁ!」
「芽衣っ!」
ミサイルの爆風でよく見えないが、そこにまだ芽衣が生きているのは感覚でわかった。それだけを確認し、舞は上方からやってくるズサ二機をさっさと斬り捨てると、芽衣のGDキャノンに近付いていく。
「芽衣、芽衣!大丈夫!?」
「は、はい・・・。なんとか・・・。でも、計器は全部いかれちゃいました」
弱々しい声。もしかしたらどこか怪我をしたのかもしれない。舞は即座にカンナヅキと通信を繋げた。
『舞?どうした?』
「祐一、芽衣の機体が負傷した。この損傷ではムツキまで届かない。お願い!」
『わかった。春原曹長の機体はこっちで請け負う』
「ありがとう」
通信を切り、舞はすぐにカンナヅキのカタパルト付近まで移動するとGDキャノンを放した。
「動ける?」
「はい、少しなら・・・。こっちは自分でどうにかしますから、舞さんは早く戻ってください。これ以上、MSが減るわけにはいきませんから・・・」
「・・・わかった」
舞は頷き、すぐさま戦闘宙域へと戻っていった。
「くぅ!」
激しく揺れる機体。歯をかみ締めなんとか耐えた佐祐理はすぐに機体を立て直し、目前の敵を見やる。
揺らめく紫色のオーラに包まれた佳乃のゼク・ツヴァイ。その強さたるや尋常ではなく、佐祐理と美汐とさいかが束になってかかっても敵わない。
すでにさいかの機体はボロボロで下がり始めている。杏と椋はすでに後退し、なぜかシュンは動こうとしない。
佐祐理のグリューエルはまだなんとかなるが、美汐のスコーピオンはそろそろエネルギーもまずい頃合だろう。
『倉田少佐。そろそろ後退した方が良い』
そのとき、不意に開いた通信回線はシュン。自分も同じことを考えてはいたが、このまま帰還するのはどうかとも思う。だが、
『気付いていないのかい?もう一機、敵がこっちに向かってきてる。この状況じゃ勝つどころか負けちゃうよ?』
言われて気配を感じ取ってみれば、確かにこちらに向かってくる者が一人。その感じは、以前カンナヅキとの戦闘で確かに感じた頃のある気配だった。
「・・・わかりました。グワンラン隊のMSは全機後退します」
頷き、シュンとの通信が切れる。それを横目で確認し、佐祐理はすぐさま美汐と連れ立って後退を開始した。
それを見送るゼク・ツヴァイからあの気配が消えていく。
佐祐理は一瞬後方を見やり、いったいあれはなんだったのかと思考していたが・・・答えは出なかった。
退いていくグワンランのMS隊を眺め、観鈴はとりあえずの安堵のため息を吐いた。
そして佳乃に声をかけようとして・・・、
「・・・?」
異変に気付いた。
なにかが違う。いや、その感じられるほとんどの部分が佳乃のそれではない。まったくの別人。「佳乃」という殻を被っただけの異人のような感覚を観鈴は感じた。
「佳乃・・・ちゃん?」
「・・・・・・・・・・・・あ・・・れ?」
が、それも不意に途絶える。
「あ、れ?あたし・・・どうして・・・?」
困惑の声と供に、感じる気配は観鈴の知る佳乃のものに戻った。・・・いや、変わった、と言うべきか。
「どうしたの、佳乃ちゃん」
「あ、観鈴さん」
声をかけ、そこで初めて観鈴が近くにいたことを知ったような素振りで佳乃。
どうも心ここにあらず、といった感じでボーっとしている。
「佳乃ちゃん?」
「あ・・・のね、なんか知らないうちにあたしあの人たちを追い払ってた。・・・ううん、知らないうちってわけじゃなくて、それは確かにあたしなんだけどあたしじゃなくて、ただ見てるだけって言うか、夢を見ているみたいで・・・」
言っていることが支離滅裂で、どうにも錯乱している。
佳乃自身自分の状況に理解できていないらしい。
それを感じ取った観鈴はゆっくりと機体を密着させる。
「とりあえず戻ろう、佳乃ちゃん。いまはカンナヅキを守らなきゃ」
「あ・・・うん、そうだね。しっかりしないと」
パン、と佳乃が両頬を手で叩く。そして涙。
「・・・痛い」
「に、にはは・・・」
なにはともあれどうにか本来の佳乃を取り戻しつつあるようだ。
観鈴は佳乃と連れ立っていまだ激戦の最中にあるカンナヅキとムツキのほうへと機体を向けた。
戦況を眺めていた秋子の後ろ、いきなり艦橋の扉が開いた。
なにごとかと思い振り向いてみれば、そこには秋子の想像もしない相手が立っていた。
「有紀寧様?」
「いますぐ攻撃を中止してください。一時とはいえ、わたしを善意で置いておいてくれた艦です」
「しかし敵もそんな有紀寧様を人質のように扱いましたが?」
「あれは一人の兵士が独断でやった行動です。向こうの責任者のせいではありません」
「有紀寧様、これは戦争なのです」
「それは百も承知です。ですが、代表慰霊団であるわたしの目の前で死者を出すおつもりですか?」
強い視線。名雪とほとんど歳も変わらないでろう少女のする目とはとても思えない。
「・・・・・・わかりました。攻撃は中止しましょう」
「艦長!?」
「宮沢議員は和平を重んじる方。これ以上の戦闘は我々の立場を危うくさせます」
いささか甘いかとも思うが、組織というのはそういうものだ。
秋子や啓介の立場がネオジオン内で失墜すれば・・・、影で妙な動きをしている聖やグレミーに大きな顔を許してしまう。
秋子はすぐさまMS撤退の指示を出すと、啓介にも伝えるようにオペレーターに告げた。
そしてその報はすぐさま啓介のグワンバムに届けられた。
「攻撃の中止?どういうことだ?」
「はぁ、どうやら有紀寧様が攻撃をやめるように水瀬大佐に掛け合ったそうで・・・」
「・・・・・・ふぅ、仕方ない。全艦撃ち方止め!MS部隊を戻させろ!」
啓介もすぐに秋子と同様の思考に至り、すぐさま撤退命令を出す。
これが彼と彼女を友人にしたる所以だが、啓介と秋子では決定的に違う部分もあった。
とはいえ、群れというものには必ず上の判断に反感を覚えるものも出て来るもので。
「なんだと!撃ち方止めとはどういうことだ!?」
「はっ、どうやら有紀寧様が攻撃の中止を申告したそうで・・・」
「なぜあんな小娘の言うことを水瀬大佐や橘大佐は容認する!?」
「そう申されましても・・・」
第三艦隊の艦の一隻。最もカンナヅキから近い位置で砲撃戦を仕掛けていたその艦の艦長は憤慨した様子で、しかし一瞬後には小さな笑みを浮かべた。
「まぁ、いい。MSを下げさせろ。だが、まだ艦には入れるな。下がったふりだけだ」
「艦長?」
「ふん。小娘の言うことなど、手柄さえ立てればどうということもあるまいて」
不意に止んだ猛攻に、祐一は安心より逆に不安に駆られた。
この状況で攻撃を止める理由は何か。
ネオジオンが連邦を叩くのに躊躇う理由など本来ならない。
ならば考えられるべきは名雪か、有紀寧かしかないだろう。が、例え名雪が何かを言おうとも、寝返ったばかりの名雪の言葉でどうにかなるとは思えない。とすれば有紀寧。彼女を殺されることを恐れて攻撃をしなかったくらいだから、彼女の言葉がそれだけの効果を持っていてもなんら不思議ではあるまい。
なにはともあれいまが千載一遇のチャンスであることに変わりはない。祐一はすぐさまクルーに大気圏突入の準備をさせつつ舞たちに通信を繋いだ。
「観鈴、佳乃、舞、風子は艦に戻ってくれ。有紀寧の好意を無駄にする前に即刻地球へ降下する」
口々に了解の返事が返り、祐一は大きく息を吐いて背もたれに体重を預けた。
張り詰めた気が抜けた。
だからだろう。いつもなら気付く敵意に彼は気付かなかった。
ドォォォン!
突如艦内にこだまする爆音。
それに弾かれるように祐一は身を起こす。
「なんだ、どうした!?」
「後部エンジン全壊!体勢、維持できません!」
「どこからだ!」
「後方、エンドラ級からの攻撃です!なおも攻撃継続中!」
完全に不意を突かれた。
最初からこれを狙っていたのか、それともあのエンドラ級が単に命令を拒絶したのかはわからない。
が、そんなことはどちらにしろ同じことだ。
再度爆発。揺れる艦橋の中、祐一の頭の中に有紀寧の顔が浮かんで消えた。
有紀寧は信じられないものを見るような視線で目の前のモニターを見つめていた。
カンナヅキの背部がここからでも見て取れるぐらいに大きく爆発している。そして不意を討つようにして攻撃している艦の姿も。
「どういうことですか!」
有紀寧は普段の彼女からは信じられないような大声で秋子へ振り返った。
「わかりません。橘大佐?」
秋子は厳しい目つきで啓介を見やる。
啓介は画面の向こうでその視線を真摯に受け止めていた。
『あの艦が独断で命令違反をしているようです。手柄さえ立てられれば黙認されると思っているのでしょう』
命令違反ということになれば、いまさら秋子や啓介がなにを言おうと攻撃は中止されないだろう。
「祐一さん、舞さん・・・!」
有紀寧はギュッと目を瞑り、胸の前で手を握り締める。
もう自分には願うことしか残されていなかった。
サブエンジンを含む全てのエンジンの七割を損傷したカンナヅキは、体勢が維持できず引力に巻き込まれていく。すでに大気圏に突入を開始し始めようとしていた。
「舞たちは!?」
「川澄曹長と伊吹曹長は帰還済みですが、神尾少尉と霧島軍曹がまだ!」
「く!」
先の一撃の衝撃でカンナヅキは当初の降下コースを大幅にずらしていたが、エンジンがいかれている以上修正はもう出来ない。
それにカンナヅキはもう大気圏内に突入し始めている。単機で大気圏突入機能を持っていないジム・クロウやゼク・ツヴァイではもうカンナヅキには間に合わない。
「ムツキと連絡取れるか!?」
「わかりません!向こうはまだ大気圏に突入しきってないのでどうにかなるかも・・・!」
「悠長なことは言ってられん!通信繋げろ!」
川口が頷き、端末を操作する。そしてモニターに映し出された。
「北川!聞こえるか、北川!」
『あ・・・わ・・・大・・・夫な・・・か!?』
すでに画面は荒れに荒れ、なにが映っているのかすら判断できない。音も雑音が激しくなにを喋っているのか聞き取りづらいが、どうにか通信は通っているようだ。
いまはうだうだ言っている暇はない。
「こっちじゃもう観鈴と佳乃を収容できない!ムツキの方で二人を収容してやってくれ!」
『なん・・・って?よ・・・聞・・・え・・・ぞ!』
「観鈴と佳乃の二人を頼む!北川!」
『・・・・・・・・・あ・・・・・た!』
ノイズ音が激しくなりもう聞き取れる音の方が少なくなった次の瞬間、通信は不可能になり画面はフェードアウトしていった。
もうどうしようもない。あとは潤がこちらの声を聞き取れたか、聞き取れていなくても意図を汲み取ってくれたことを祈るしかない。
(大丈夫だ、北川ならきっと・・・!)
祐一はグッと手を握る。そして強い眼差しで、赤く染まる前方を見やった。
「各員、対ショック用意!衝撃に備えろっ!」
「通信、切れました!」
「くそ、ここまでか」
しかし大体言いたいことはわかった。潤は手元のレーダー後方に表示される友軍反応に対し、通信を開いた。
「こちらムツキの北川大尉だ!見ての通りカンナヅキは致し方なく地球へ降下してしまった。君たち二人の機体ではもう後は追えない。収容するからこっちに来てくれ!」
『『わかりました!』』
通信が切れるのを確認して、潤は椅子から立ち上がると手を振り下げて叫んだ。
「砲撃手、後退してくる味方機の援護!相沢から任された奴だ、絶対に死なせるな!収容を確認次第、大気圏突入用意をしつつ全速前進!急げよっ!」
観鈴と佳乃の後方から下がっていなかったガザやズサからの攻撃が襲い掛かる。
放たれるビームの数もさることながら、その攻撃に乗せられた気迫たるや相当なものだ。命令違反をしているのだ、なにがなんでも堕とさなければアクシズには戻れないのだろう。
そんなことを知るよしもない二人はどうにか攻撃を回避しつつムツキに向かってブースターを走らせる。
「がお・・・、しつこいよ」
「でも早く行かないとムツキも・・・」
時たま背後に振り返り牽制のビームを放ったりして入るが、後ろから迫るMSの数は十機をゆうに上回る。しかも全機MA形態なのでスピードで撒くことは難しい。
しかも佳乃のゼク・ツヴァイは無理な動きをした付けか、機体がガタガタで思うように動いてくれない。
そんな佳乃を庇うように後ろに回り、向かってくるMAにビームを撃つが、これではムツキがもつかどうか・・・。
そんな観鈴を見て、佳乃は小さく口を開いた。
「観鈴さん、あたしは良いから先に行って」
「佳乃ちゃん!?」
いきなりの佳乃の台詞に観鈴は目を見開く。
「だって、あたしすごく足手まといさんだよ。このままじゃみんなやられちゃう」
「そんなの・・・駄目だよ!」
「でも・・・」
「駄目!」
それは自分から死ぬと言っているのと同じ。
そんなのは駄目だ。許せない。
観鈴は、昔体が弱かった。母親にも迷惑をかけた。死のうとしたことも一度だけあった。
だけど、それを母が許さなかった。手加減などない、本気の力で頬を叩き、肩を思いっきり掴んで叫んだ。
『勝手に死ぬな!必死に生きようとしとる人間が仰山いるなかで、自分から死のうとする奴は許さん!それに、あんたの命はあんた一人だけのもんやない!あんたを慈しみ、大事に思っている者のものでもあるんや!わかっとるんかっ!』
涙が出た。
いまでも覚えている。母親の泣き叫ぶ顔を。
そして覚えている。自分から死のうとしたことの愚かさを。
だから観鈴は許さない。
戦って死ぬならまだ良い。なにかをかけて、なにかを守るために銃を持った自分だから、撃たれたって文句を言える道理はない。
しかし、自分から死のうとすることだけはしないし、やらせない。
それだけは、観鈴が観鈴として譲れないただ一つのことだった。
「み、観鈴さん!?」
観鈴のジム・クロウが動きを止める。
振り返り、睨むは襲い来る敵MA。ビームライフルを構え、観鈴は言った。
「佳乃ちゃんを残すくらいなら、わたしはあの敵を全部倒す。佳乃ちゃんを死なせはしない。・・・だから佳乃ちゃんは先に行って。すぐに後を追うから」
「でも・・・!」
「大丈夫だよ。わたしは、死ぬつもりなんてないから」
まだ何かを言おうとする佳乃を振り払うように観鈴がアクセルを踏み込む。
唸るスラスターの音とともにジム・クロウのボディが奔る。向かってくるMAにその銃口を合わせ―――、
「―――!?」
そのとき、予想外の介入者が現れた。
気配は左―――暗礁宙域から。そのあまりにも強烈なプレッシャーを放つ何者かはすさまじいスピードでこちらに向かってきた。
目視できる範囲に入ったとき、それが観鈴の見たことのないMAであることがわかった。
(新手!?)
観鈴が慌ててそのMAに銃口を向けるのと、対面していたMA部隊がそれに銃口を向けたのはほぼ同時だった。
「え?」
ネオジオンのMAが銃口を向けたということはネオジオンじゃない?
その高速のMAはその観鈴の疑問を肯定するかのようにして光の放流を―――ネオジオンのMA部隊に発射した。
貫かれる機体。その爆発を見て、MA部隊が慌ててビームを照射するが、緩い。
その程度の照準では、この強いプレッシャーを放つ者には当たらない。
かわす、という仕草すらいらぬといった風でビームの嵐を掻い潜り、その強力なビームでMA部隊を蹴散らしていく。
強い。
まさにそれは一方的な戦いだった。肉薄は数秒あっただろうか。その頃にはこちらを追っていたMA十数機は宇宙に浮かぶ残骸となっていた。
「すごい・・・」
佳乃の洩らす声に、ようやく観鈴は我に返った。振り向き、佳乃のゼク・ツヴァイの腕部を掴んでスラスターを走らせる。
「み、観鈴さん!?」
「いまのうちにムツキに行こう。あの人ならきっと負けないよ」
「・・・そう、だね」
誰かは知らない。
だが、こちらに向けられた感覚の中に敵意がないことから敵ではないのだろう。
とはいえ、これ以降も味方であるという保証はどこにもない。なぜならあんな機体は観鈴の知る限りネオジオンにも連邦にもありはしないから。
後ろをちらっと振り返る。
新たに向かってくるMA部隊に対し、そのMAはMSに変形して応戦しようとしていた。
その謎のMSの登場は、ムツキでも確認していた。
「味方なのか・・・?あの機体、ライブラリーに乗ってるか?」
しばらくしてオペレーターが振り向いた。
「確証はできませんが、エゥーゴで開発しているZUと呼ばれる機体ではないかと。設計段階のデータがライブラリーに残っていたのですが、それと非常に酷似しています」
エゥーゴ。
その単語に潤は眉をひそめた。
この戦闘にエゥーゴが介入してくる意図が読めない。
確かにいまでこそエゥーゴは連邦と共闘の姿勢を構えてはいるが、もともとは敵対していた組織。エゥーゴと連邦の上層部はいまでも諍いが絶えないと聞く。
ならば恩を着せるためか?それとも他に何か裏があるのか・・・。
「艦長、神尾少尉と霧島軍曹が着艦しました!」
その報告で思考は捨てた。
なにはともあれ現状助かったことには変わりない。ならばそれを無駄にさせることなく動くことが自分の役割だ。
「大気圏突入用意!これより本艦は地球へ降下する!各員、対ショック用意!」
群がるガザやズサを一蹴し、そのZUのパイロットはようやく大気圏に突入を開始したムツキを見てため息を吐いた。
「なんとかなったみたいね」
その吐息は安堵の、というよりはやっと肩の荷が下りたというものに近い。
「これで文句は言わせませんよ、美佐枝さん」
独り言を呟き、少女は周囲を見やる。
浮かぶは残骸のみ。向かってきたMA二十三機はすでに葬ったあとだ。
これ以上連邦に手を貸す必要もないだろう。・・・命令でもなければ連邦を助ける気も起きなかったが。
少女はもう一度息を付き、ZUをMAに変形させる。
「それじゃ、私も地球へ行きますか」
ZUはMA状態なら大気圏に単体で突入ができる。
そしてその少女―――天沢郁未は再び高速で機体を奔らせ、地球へと降下していった。
「カンナヅキ級二隻。供に地球への降下を確認。・・・いかがなさいます?」
グワンバムの艦橋で、啓介は大きく息を吐いて背もたれに身を任せた。
「どうにもしようがないだろう?水瀬大佐のグワンランやこのグワンバムは第九艦隊の地球侵攻用グワンバン級でもないのだから大気圏突入機能は搭載されていないし、地球での運用も出来ない。それとも、燃え尽きること覚悟で突っ込むかい?」
「いえ、そんな」
「そうだろう?ま、今回はこの状況を乗り切ったあの艦にとりあえずの勝利は譲るさ。さて・・・」
眼前に広がる青い地球。その隅に浮かぶ、例の艦を見やった。
副官もその視線に気付いたのか、やれやれといった表情で口を開く。
「命令違反では軍法会議は免れませんね」
「そうだね。あれだけのことをしてなにもできなかったんだ。言い逃れも出来まい」
そこで啓介は言葉を切り、次の瞬間軽薄な笑みを浮かべた。
「しかし、どうせ命令違反をするならしっかりと止めを刺せという。・・・堕としてしまえばどうとでも言い訳はたったのにな?」
秋子と啓介の決定的に違う部分。
その言葉は誰にも聞かれることはなかった。
あとがき
地球降下前に北川のムツキと逸れてしまったカンナヅキ。
しかも観鈴や佳乃とも離れてしまい、一応芽衣が変わりにカンナヅキに乗り込むことになったが、戦力は大幅ダウン。そしてボロボロのカンナヅキ。降下ポイントを大きくずれて他のポイントに降りてしまったカンナヅキの運命やいかに!?
そして次回、そんな彼らに襲い掛かるのはあの雪原の黙示!こうご期待!
・・・なんて、一昔前のスーパーロボットの次回予告風のあとがきでした。