Episode ]U
【離れ行く者】
あれから約半日。
ネオジオンのグワンバン級二隻は相変わらず一定の距離を保ったままこちらの後方をついて来ている。
真希は「追いかけてきたら殺すぐらい言うべきだ」とも意見したようだが、さすがにこれは潤が抑えたようだ。
そして目の前には青い地球が見え始め、そちらからも数隻のネオジオン艦が向かってきているらしい。
祐一はといえば、いまだに迷いから吹っ切れていない。
秋子や有紀寧の言葉、さらに今回の真希の行動。
それら全てを踏まえ、祐一は完璧に見失ってしまった。
連邦で戦う、その意味を。
有紀寧も自分にあてがわれた部屋の中で祐一と同じことを考えていた。
連邦とネオジオンが戦うこと。その意味。戦争と言うものを。
声高に平和を望むのは容易いことだ。口だけではどうとでも言える。
事故ではあったものの、こうして実際に戦場に出てみてそれが痛いほどにわかった。
ネオジオンにいる佐祐理や杏のことを思う。
連邦で出会った祐一や舞のことを思う。
「祐一さん・・・、大丈夫でしょうか」
祐一は見た目に憔悴していた。
人質を使った脅迫紛いで生き延びることと、多くの人の命をその肩に背負う者の責任との板ばさみにあい、その心はひどく病んでしまっている。
まだ会って間もないが、わかる。彼はとても優しい人なのだ。
優しいからこそ迷うし、気付いたのだろう。連邦という片側だけの視点では正義を語れないその真実に。
正義があれば悪がある。
言い換えるならば、正義であるためには悪が必要なのだ。
そうして互いは自己を正義と謳い、相手を理不尽な悪と決め付ける。そして従うしかない下の者は大切な人に死んでほしくないがために、相手を撃つのだ。
なんという矛盾。その皮肉。
なら、どうすれば戦争は・・・その憎しみと悲しみの流れはなくなるのだろうか。
小さく吐息を一つ。有紀寧は思考をクリアにしようと飲み物をとるために立ち上がり、
ポーン。
訪問者を告げる電子音が響いたのはその時だった。
「はい。・・・祐一さんですか?」
聞くが返事はない。
祐一でないのなら誰だろうか、と考える。考えても仕方ないかとそこで思考を打ち切り、有紀寧は扉に近付くとロックを外した。
「・・・どちらさまですか?」
その扉の向こうに立っていたのは祐一でも舞でもない。有紀寧の全く知らない少女。
その長い髪をなびかせ、どこか悲しみのこもった表情でこちらを見下ろしていた。
「あなたは・・・?」
「わたしは水瀬名雪。・・・あなたをネオジオンに戻すために来たの」
その少女―――名雪はいきなりそんなことを言い出した。
「あ、あの・・・」
「・・・・・・」
有紀寧の掛ける声も無視して名雪は跳んだ。
艦内はもちろん無重力。急ぎたいのは山々だが、走ることはかなわない。
「ネオジオンに戻る、というのは一体どういう・・・」
「お願い、黙ってて。わたし、あなたと話してる余裕がないの」
有紀寧の質問を有無を言わさぬような迫力と言葉で遮断する。
有紀寧は仕方なし、といった感じで口を噤む。その様子を一瞥し、名雪は再び視線を前方へと戻した。
もう、MSデッキまではすぐそこだ。このままいけばどうにか・・・。
「水瀬・・・?おい、なにしてるんだ?」
「!?」
通路から出て愛機ジム・ストライクが視野に入った瞬間、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「折原くん」
「水瀬―――って、お前、その娘・・・!」
気付かれた。だが、いま邪魔されるわけにはいかない。名雪は懐に手を入れ、あるものを抜き出す。
「水瀬!?」
浩平の目が驚愕に見開かれる。
名雪の手には、その雰囲気にはまるで不釣合いなもの、銃が握られていた。
ガァン!
同時に、銃声。
浩平は即座に近くのコンテナの裏に隠れる。どうやらいまのは威嚇だったようだ。銃弾は見当違いの方向へと飛んでいっている。
「なにをしてるんだ水瀬!お前、まさか・・・!」
その間に名雪は有紀寧と共にジム・ストライクへと搭乗し、起動。すかさずビームライフルを構え、ゲートを破壊して飛び出していった。
「本気なんだな、水瀬・・・」
くそ、と浩平は毒吐き、すぐさま通路に入り扉を閉めた。のたくたしていたら宇宙に放り出されてしまうからだ。そして傍にある通信機に駆け寄った。
「な、なんだ!?」
突然の爆音と共に揺れるカンナヅキに、ブリッジクルーは混乱していた。
「川口、状況を確認!いったいなにが起きた!?」
「爆発源はMSデッキのもよう!詳細は不明!」
「くそ、一体なにが・・・!」
わけもわからず、なぜか祐一の胸に嫌な予感が去来していた。
なにかが崩れ去るような・・・いや、手元からこぼれ落ちていくようなそんな感覚が。
『祐一!』
と、祐一の手元にスクリーンが開く。そこにはひどくばつの悪そうな浩平の姿があった。
「どうしたんだ浩平、一体なにがあったんだ!?」
祐一の言葉に浩平は躊躇したような素振りを見せたが、それも一瞬。浩平はしっかりと祐一と視線を合わせる。
『すまん。水瀬に宮沢を持ってかれた』
その言葉を、祐一はすぐに理解できなかった。―――違う。理解しようとしなかった。
浩平はさらに続ける。
『あの爆発は水瀬がジム・ストライクでゲートを破壊したものだ。・・・多分、そろそろレーダーにも引っかかるんじゃないか?』
浩平の言うことは当たっていた。
祐一の手元のレーダーにこちらから離れていく友軍反応が一つ映っている。それがなんであるかは、一つしかありえない。
『祐一。水瀬は・・・』
しかし浩平はそれ以上言わなかった。
言う必要などない。この状況から導き出される答えはただ一つなのだから。
名雪は無言のまま、ただひたすらカンナヅキから離れていた。
早く、早く離れたい。
躊躇したら、また決心が鈍ってしまうから。
追いつかれたら、話し掛けられたら、自分はもう戦えない。
だから全力で離れる。そんな暇すら与える時間を失くすために。
有紀寧は何も言わない。ただ、名雪の顔を眺めているだけだった。
ネオジオン艦が見える。
・・・お母さんの艦が見える。
そろそろ射程距離だ。なにも言わずに接近したら、間違いなく撃たれるだろう。
名雪は通信回線を開いた。
「こちら地球連邦軍所属、水瀬名雪中尉です」
そこで名雪はいったん言葉を切ると、目を瞑った。
いまから自分が言うことは、もう取り返しのつかないことだ。
本当に、良いのか?
自問自答し、答えを出して、名雪は目を開けた。
そこに灯る、決意と言う名の炎。そして、
「宮沢有紀寧さんを引き渡します。そして、わたしのネオジオンへの亡命を受け入れてほしいんです」
そう、告げた。
「・・・名雪?」
秋子はその通信に驚いていた。
通信の向こう側に有紀寧が映っているのもそうだが、それ以前に名雪が連邦にいたことすら知らなかったからだ。
・・・だがよくよく考えれば、ありえない話しではない。祐一が大好きなあの娘だ。祐一が連邦に入ったのなら、一緒に入ろうとしても不思議はない。
そして同時に悟った。娘である名雪は、自分と戦うことを拒否したのだろう。・・・例え祐一の元を離れることになっても。
それは、どうなのだろうと考える。良いことなのだろうか。
最初に湧き出た感情は悲しみだった。祐一ではなく自分を選んでしまったのかと、悲しさを感じた。
依存してしまっているのかもしれない。父親を知らずに育った名雪だからこそ、自分に。
・・・できることなら、祐一と供にいてほしかった。一緒に戦い銃を向けてほしかった。・・・名雪には強くあってほしかった。たとえいつか自分を撃つことになっても。
しかし名雪が自分を求めるのなら、親の責任として受け入れるべきだと思う。秋子は口を開いた。
「亡命を許可すると伝えてください」
「艦長?」
「彼女に悪意はありません。疑いがあるのならさいかちゃんや氷上さんを呼んで聞いてもらっても結構です。ニュータイプである彼らなら悪意のあるなしもわかるでしょう」
「ですが・・・」
「肉親に対する甘い判断だと思うのならそれも結構です。上層部に言ってもらってもかまいません。ですが、現状は私が最高責任者で艦長です。・・・良いですね?」
そこまで言われたらオペレーターが口を出すこともなかった。管制に報告し、収容をさせるべく連絡を取る。
収容されていく名雪のジム・ストライクを、秋子はどこか物悲しげな視線で見つめていた。
それを見届け、啓介は視線を前方、カンナヅキ級二隻に向ける。
「有紀寧様がこちらの手に戻った以上、躊躇う必要性はない。全MS発進。前方に控える我が艦隊にも伝えろ。―――あの連邦の新造艦を挟撃する!」
「敵艦隊よりMS多数発進!後方より数十二、前方は・・・数え切れません!」
「敵艦接近!射程距離に入ります!」
「くそ・・・、名雪・・・!」
祐一は力いっぱいコンソロールを叩きつけた。
この絶体絶命な状況に対する八つ当たりもある。こんな状況で勝手に有紀寧を連れて行かれた怒りもある。
だが、最も心を押しつぶしそうになったのは、自分たちを捨ててネオジオン―――秋子の下へ向かった名雪に対する、悔しさだった。
「「艦長!」」
川口と斉藤が椅子ごとこちらに向き直る。
そうだ、自分は艦長。自分の指揮が遅れれば遅れるほど部下を危険な目に合わせることになる。
「・・・っ!」
祐一はもう一度コンソロールを叩いた。それで終わり。
名雪に去られた怒りや悔しさという個を、全員の命を預かる者の責任の長という意識で押しつぶした。
「前方、敵艦の数は!」
そのいつもの祐一の声に、川口や斉藤が安心したように笑みを浮かべると、視線をスクリーンに向け自分の仕事を再開する。
「―――九隻です!ライブラリー照合・・・、確認!エンドラ級です!」
「動けるMSを出せ!北川と通信を繋げろ!」
「了解!」
祐一は必死に考える。この状況を打破する作戦を。
留美はMSデッキに急いで向かっていた。
「名雪、どうして・・・!」
無重力ということが無性にじれったい。
早く行きたい。走って、走ってすぐにMSに乗って名雪に追いついて、力付くでも引きずり戻したいのに。
「名雪ぃ・・・!」
どうして自分はこんなにも無力なのだろう。どうして自分はいつもこんなにも後悔するのだろう。
あのときああしていれば。このときこうしていれば。
それだけが心に募り、視界を覆いつくしてしまう。
「大丈夫。大丈夫・・・!間に合う。・・・いまなら、まだ間に合う!」
それは自分に言い聞かせた言葉。
ネオジオンを倒し、そこから名雪を引っ張り出す。
その思いを胸に刻み、留美は前を向いた。
MSデッキにはすでに留美以外のパイロットが集まっていた。
その中央で全員を動かしているのは浩平だった。
浩平は宇宙服を、他の者は宇宙用戦闘服をすでに着ている。デッキ内は壊れてしまったゲートのため、無酸素状態になっているからだ。
「川澄と風子はすぐにアークレイルとガーベラSFに乗って、観鈴ちゃんもジム・クロウに乗って出撃。いまは発進宣告すら惜しい。どのみちカタパルトもゲートもぶっ壊れてるから、勝手に発進してってくれ」
舞と風子が頷き、自分の機体へと向かっていく。観鈴は少し驚いたように口を開いている。
「すごい。もうジム・クロウ直ったんですか?」
「損傷が一番少なかったからな、真っ先に修理した」
実際問題、戦争において損傷した機体をいかに早く修理できるかは切実な問題である。
いかに機体が強く、パイロットが有能であっても機体に損傷が出ないわけがない。そしてここで修理が遅れることはそのまま戦いの敗北を意味する。
そしてカンナヅキのように負傷機が多く、修理する(できる)人間が少数しかいない場合、なにを優先的に修理するかが最大の問題となってくる。
その辺も踏まえて、浩平は優秀なメカニックだった。修理にかかる時間、戦闘面での重要性、その他もろもろ考えた上でジム・クロウを修理したからだ。
「整備は万全だ。安心して乗ってくれ」
「はい」
観鈴も床を蹴ってジム・クロウへ。
それを見届け、浩平は次に佳乃のほうに振り返る。
「霧島はゼク・ツヴァイに乗って出撃してくれ」
「えー、まだ一回も乗ったことない機体にぶっつけ本番は難しいよぉ」
「なにを今更。お前、いままでの戦闘全部初めて乗った機体ばっかだったじゃないか」
う、と佳乃の動きが止まる。
どうやら単純にゼク・ツヴァイが嫌なだけだったようだ。接近戦主体の佳乃にとって動く武器庫と名高いゼク・ツヴァイは相反するものだ。
酷か、と浩平も思う。しかし、佳乃のどんな機体もすぐに乗りこなす順応の早さはれっきとした才能の一つだとも思う。浩平はその点で佳乃を信頼していた。
「ほら、任せたぞ」
「うぬぬ〜、わかったよう」
渋々、というオーラをありありと醸し出しながら佳乃もゼク・ツヴァイの方へと向かった。
そしてそこに残されたのはあゆ一人になる。
「うぐぅ、ボクは?」
「悪いがキュベレイMkUの修理は終わってないんだ。他の機体もないから今回は待機していてくれ」
「うぐぅ・・・・・・、うん」
なにもできない自分が歯痒いのだろう。しかし何も言ってこない辺り以外に大人なのかもしれない。
と、そのとき浩平の上方を通っていく一つの人影が見えた。
「・・・七瀬?」
「近くで見れば見るほどおっきいなぁ」
佳乃はゼク・ツヴァイを見ながらそんなことを呟いた。
ゼク・ツヴァイは大きい。
どのくらい大きいかというと、パッと見MSではなくMAに見えるくらいに大きい。
そうやって感心しながらコクピットに乗り込むと、どこからか聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ちょっと待って!」
「・・・留美さん?」
声の方向を見れば、こっちに向かってくる留美の姿。
上半身だけコクピットから乗り出し、留美と視線を合わせる。
「どうしたのぉ?」
「ごめん。この機体、私に乗せてくれない?」
「え、でも・・・」
佳乃は逡巡する。それは自分の一任では決められないことだ。
「お願い。・・・私は名雪のところに行かなきゃ」
「駄目だ。お前には行かせられない」
「折原!?」
聞きなれた声に振り返れば、そこにいたのはやはり浩平。
留美は食って掛かるように浩平の胸倉を掴みかかった。
「どうして!どうして行かせてくれないの!?」
「七瀬、頭を冷やせ。お前らしくないぞ」
「私らしくないってどういうことよ!名雪は私の親友なの!だから・・・!」
「だからお前らしくないって言ってんだ!いまこの状況がわかっているのか!?いま機体一つ失ったらカンナヅキはどうなると思ってる!」
びくりと留美の体が跳ねる。浩平の目は本気で怒っている目だ。
怯みそうになる体をどうにか押さえ、留美は負けじと睨み返す。
「別に遊びに行くわけじゃないわ!名雪を救いに行くのよ!」
「それが駄目だって言ってるんだろ!」
「どうしてよ!」
「いま俺たちは前後をネオジオンに挟まれるんだぞ!この状況でこちらから仕掛けられると思ってるのか!できるわけないだろう!?そんなの自殺行為以外のなにものでもない!防衛線に徹することになるはずだ!」
「だから・・・、だから何だって言うのよ!」
「まだわからないのか!お前が勝手に数少ないMSに乗ってネオジオンに突っ込んでいくのは、カンナヅキを危機に晒す行為だってことだ!いまはMS一機で生死が決まる境にいるんだぞ!」
「でも、だけど・・・!」
「甘ったれるな!水瀬がいなくなって苦しんでるのがお前だけだと思ってるのか!いま!この時!俺たちを生かすために必死になって動いているあいつだって同じなんだぞっ!」
「あ・・・・・・」
そうだ。
相沢祐一。
彼が悲しまないわけがない。苦しまないわけがない。
だけど彼はどうだ。名雪を追いかけようなどと、そんなことをしようとしたか?いや、その前にできるのか?
答えはノーだ。それは自分たちこの艦にいる者を危険な目にあわせることになる。
・・・彼にはそうしてはいけない責任と義務がある。
「・・・わかったか?」
浩平の声から怒気が消える。それと同時に頭に乗る温かいもの。
「ごめん、なさい・・・。わ、私・・・」
「わかったんならいい。お前は待機だ。・・・いいな?」
優しく撫でられる髪。それに促され、留美は小さく頷いた。
浩平が佳乃のほうを見やり、無言で頷く。佳乃もそれに頷き返し、コクピットへと消えていった。
潤と通信が繋がると、祐一はすぐに状況の確認を始めた。
「ムツキで出せるMSの数は?」
『悪いが、一機だけだな。出せるのは春原曹長のGDキャノンだけだ。広瀬大尉のGDストライカーは修理が間に合わなかった』
「あのGDキャノンも修理が間に合うようにはとても見えなかったが・・・?」
『あれはもともと二機持ってきてたんだ。それで相沢、どうする?』
「どうするって言っても、俺たちに出来ることは限られてるな。・・・前方の艦隊を突っ切って強引に地球に降下する。それしか生き延びる方法はない」
祐一の言葉に潤は、笑みに口元を崩しながら視線を落とす。
潤もそれしか方法はないと考えていたのだ。
『それしかないよな。やっぱ』
お互いに頷き合う。
それぞれ優秀といわれる指揮官だ。とても分の悪い行動だというのは二人ともわかりすぎるくらいにわかっている。
それでも動くしかない。そこに少しでも生き残る確率があるならば。
「が、がお・・・。敵が多すぎるよ・・・」
「うぬぬ、見渡す限り敵だらけだよう」
「・・・嘆いていても仕方ない。できることをするしか」
「そうです。風子はこんなところで死ぬつもりはありませんよ」
カンナヅキから発進した四機のMS。四人は四者四用の言葉を呟き、どうにか気力を奮い立たせる。
しかし状況はあまりに絶望的。普通に行けば、これは戦闘にすらなるまい。一方的に蹂躙されるだろう。
と、四機に祐一からの通信が入ってきた。
『いいか、みんな。俺たちはこのまま前方を突っ切って地球へ降りる。それまでこの艦に敵を近づけさせないでくれ』
「うわわ〜、祐一くん無茶なこと言うよぉ」
『ここで戦うよりは断然現実的だ。それに前方の艦や大量のMSの方が、後ろのグワンバン級二隻とエース級十二機よりも断然戦いやすい』
「うぬぬ、そうかなぁ・・・」
「うん、わたしもそう思う」
「私は祐一の言うことを信じる」
「風子、承りました」
「・・・うん。わかったよ。かのりんも頑張る」
同意の声を挙げる四人。祐一はみんなに頷き返し、
『舞と風子はカンナヅキとムツキの進路の確保、すなわち前方の敵の駆逐だ。ムツキからも一機出るから合流してあたってくれ。観鈴と佳乃はつらいと思うが後方から来るエース級を抑えてくれ。大気圏に突入し始めたらすぐに艦に戻ること。失敗したら敵の中に孤立することになるからタイミングは充分注意してほしい。―――くれぐれも生き延びることを前提に行動してくれよ。逃げる敵や戦意のない奴を無理に堕とそうとするな。いいな?』
「「「「了解!」」」」
観鈴のジム・クロウの目前に、六機のMSが迫る。
「敵は一機です。慎重にやればいかに優秀なパイロットであろうと恐るるに足りません」
理絵のRガンダムMkXを筆頭に、詩子のハンマ・ハンマ、繭のキュベレイMkU、そして大介と隆と由衣のバウだ。
「生き残ることを前提に・・・。うん、観鈴ちん、ふぁいと!」
観鈴は向かってくる六機を視認し、その中で注意しなければいけない敵を理絵と詩子に絞る。よって、まず他の四機をどうにかすることにした。
スラスターが点火。四基のウイングが開く様は、猛然と襲い掛かる鴉のそれに見えた。
「速い!?」
理絵が驚愕の声を挙げる。ジム・クロウがワンメイド機であることは見た目にわかるが、これだけの速さをジム系統の機体が出すと誰が思えよう。
「それぐらいじゃないと、おもしろくないよね!」
一番最初に反応したのは詩子だった。即座に進路に立ち、メガ粒子砲を照準無しでばら撒く。あれだけの速さだ。照準など合わせていては間に合わない。
しかし、ニュータイプとして充分に覚醒してきた観鈴にとって照準のついていない攻撃などもはや攻撃ではない。かわす、という意識などせずとも体が勝手に反応している。
「速い上に反応も良い、か。理絵ちゃん、あの娘ニュータイプだよね?」
「はい、そのようです。しかも、いままでに感じた中でも上から数えた方が早いぐらいの」
「そっか。う〜ん、ぞくぞくするね〜」
嬉しそうに詩子が唸る。
実はこの詩子、バトルマニアだったりする。
敵が強ければ強いほど嬉しいという、ある意味戦いのために戦場にいるような少女。
「そんじゃ、いっくよー!」
ハンマ・ハンマが奔る。
その見てくれから想像していたスピードよりも速い。その事実に観鈴は進路を変更し、目前に三機のバウを目標に置いた。
「たかが一機で俺らをやるつもりかよ!」
大介のバウからのメガ粒子砲を皮切りに、隆と由衣もメガ粒子砲を撃ち続ける。
「見えるよ!」
だが、観鈴にはまるでかすりもしない。
普通の兵士に多少毛が生えたくらいの能力しか持たないその三人ではジム・クロウ、というより観鈴にはとても敵わない。
「うおっ!」
「わぁ!」
「ぐぁ!」
先頭にいた大介のバウの頭部にビームサーベルを突き刺し、すぐさまそれを抜いてキック。その反動で近場にいた由衣のバウのやはり頭部を突き刺し、反転。こちらにビームライフルの銃口を向けていた隆に対してビームサーベルを投擲する。それもまた頭部に突き刺さり爆発。照準が消えたビームは見当違いの方向に放たれた。
この間、わずか十秒もない。
「一瞬で三機、しかも全員生かしたままっていうのは・・・」
倒せたはずなのにそうしなかった観鈴の思惑に理絵は気付いていた。
それは最も効率が良く、生き残るという点だけで言えば最良の選択。
「詩子さん、繭ちゃん、ここは引きます」
「そんな、どうしてよ!」
「そうそう。三人でかかればあれくらい」
「あの三人をこのままにしておけません。回収して後退します」
「! まさかあの子・・・!」
詩子も気付いたか。
そう。六人の中で最も弱い三人を殺すでなく行動不能の状況に持ち込めば、それを回収して後退しなければならない。そしてこの場にいるのは理絵と詩子と繭のみ。
こうすれば、強い理絵と詩子と戦わずに生き残ることが出来るのだ。
詩子は悔しそうに舌打ちし、しかし次の瞬間には笑みを浮かべていた。
「やるじゃない、あの子。・・・そうね、次ぎ会ったら必ず倒すから」
理絵が由衣、詩子が大介の、繭が隆のバウをそれぞれ抱えて戦線から離脱していく。
それを見て観鈴は安心したように息を吐き、佳乃の方へ向かった。
そしてこの戦闘以降、神尾観鈴はジム・クロウとともに『漆黒の翼』と呼ばれ恐れられることとなる。
しかし一方の佳乃はそうもいかない。
こちらにいるのは全員がエース級。しかも佳乃の方が観鈴より能力が劣るとなれば結果はある意味明白だろう。
「たかが一機で、あたしたちを抑えられるとでも思っていたの!」
杏と椋のジャムル・フィンが走る。続けざまに放たれるメガビーム砲はどうにかかわしたが、敵は二人だけではない。
「こちらにも敵はいるんですよ」
「うわぁ!」
揺さぶられる機体。さいかのビームガンと美汐のハンドビームキャノンが当たってしまったようだ。ゼク・ツヴァイは装甲が頑丈だからなんとかなったが、そこで隙が生まれてしまった。
「とどめです!」
佐祐理のグリューエルの肩部からアサルトビームキャノンが撃たれる。佐祐理の射撃の腕前は誰もが知るところ。それは正に必中の弾道だ。
「あ―――!」
死ぬ。
これはどうあってもかわせない。
故に、死ぬ。
その「死」という単語が頭を巡ったとき、なにかが脈動した。
死ぬ?誰が?
自分が?
それは駄目だ。死ぬわけにはいかない。否―――、
殺させるわけにはいかない。
刹那、佳乃の中でなにかが目覚めた。
宇宙に佐祐理の放ったビームの光が走る。
それで誰もが勝負がついたと思った―――その瞬間。
バシュウン!
爆ぜる音と共にビームはあらぬ方向へと曲がっていった。
「そんな、嘘でしょ!?」
杏の驚愕の声が響く。
無理もない。その目の前で、なんとそのゼク・ツヴァイはアサルトビームキャノンをビームサーベルで弾き飛ばしたのだ。
神業。刹那に走るビームの光をかわすでなく打ち払うとは正に神業と呼べよう。
「なに、この感じ・・・?」
「これは、一体・・・」
佐祐理とさいかが怪訝な顔をする。シュンや美汐も似たような表情をしていた。
気付いたのだろう。彼女らはニュータイプ。その類の変化には最も敏感だから。
「この感じ。・・・まるで別人のよう」
佐祐理の言葉はそこにいるニュータイプ全ての代弁だろう。
気配がおかしい。
いや、おかしいという形容詞すら生温い。それはすでに異質。感情の高ぶりやらなにやらとは次元が違う、変化ではなく変質。
そう、佐祐理の言うようにまるで別人になったかのような・・・。
「く・・・!」
なにかに急かされたように美汐が動き出す。それを見て、ボーっとしていた他の者も動き出した。
一斉に襲うビームの群れ。しかしそのゼク・ツヴァイは動こうとしない。このままでは至るところを撃ち抜かれ、爆発するだろう。
「・・・このこは・・・わたくしの・・・いのち・・・」
佳乃が口を開く。
抑揚のない言葉。まるで人形が喋っているような不気味な声と共に気配が脈動した。
ゼク・ツヴァイの回りをなにか、もやのようなものが覆い尽くしていく。紫色のそれは、なんと、あろうことか群がるビームの全てを吸収、ないし弾いていった。
誰もが驚愕し、言葉すら口から出ない状況の中、ゼク・ツヴァイのモノアイが不気味に明滅し、瞬間その姿が消えたように見えた。
「えっ!?」
神速。
向かった先は椋のジャムル・フィン。あまりに急なことに、椋の対処が遅れた。
「・・・ころさせない・・・このこは・・・わたくしと・・・あのひとの・・・」
従来のゼク・ツヴァイではありえない速度で走り、すれ違いざまにビームサーベルで一閃した。二つに断たれるジャムル・フィン。
「椋!?」
すぐさま駆け寄っていく杏。どうやら間一髪で動力部から離れていたらしく、爆発したのは下半身で椋の乗る上半身は無事だった。
「椋、椋!返事をして!」
コクピットの外部が少し壊れていて、中身が丸見えだった。
椋は気絶していた。命に別状はなさそうだが、出血があるようだ。中に血の球が浮いている。
それを見、頭に血が上った杏がそのゼク・ツヴァイを視野に収めんと振り返り、
「よくも、よくも―――って、そんな!?」
そこで、ありえない光景を見た。
なんとそこにはあの佐祐理、美汐、さいか、シュンという名だたるパイロットたちとたった一機で渡り合っているゼク・ツヴァイの姿があった。
「そこです!」
佐祐理のグリューエルから幾多ものビームが撃たれるが、そのことごとくを吸収し、ゼク・ツヴァイはビームサーベルを手に突っ込んでくる。
「・・・このこのかわいさ・・・ねむりなや・・・」
「っ!?」
光一閃。
速すぎる。そのスピードはジャムル・フィンのMA形態やジム・クロウをも上回る。
回避しきれず、グリューエルは右腕を持っていかれた。
「なんなんですか、あなたは!」
その進路を阻むようにさいかが立つ。ファンネルでオールレンジ攻撃を仕掛けようとしたが、
「・・・てんにたとえば・・・ほしのかず・・・」
ゼク・ツヴァイから放たれるミサイルによってその全てを破壊された。
「そんな!?」
驚くのも無理はない。いまのはどう考えてもファンネルが動いたのを見て撃ったのではなく、そこにファンネルが来るのがわかっていて撃ったといった感じだった。
「やまでは・・・きのかず・・・かやのかず・・・」
ゼク・ツヴァイがその一瞬で距離を詰めて、ビームスマートガンの銃身をキュベレイMkUのコクピットに押し当てる。
零距離。
回避は、不可能。
「あ・・・!」
さいかの視線の先、佳乃がトリガーを―――、
「・・・・・・」
「・・・え?」
引かなかった。
佳乃はそのまま銃口を上にスライドし、キュベレイMkUの頭部を撃ち抜くにとどめた。
揺れるキュベレイMkUの中、さいかは悔しさに唇をかみ締めた。
「くぅ、また手加減された・・・!」
しかし、その行動が手加減などではないことに気付いた者が一人。
「志乃さいかを殺せなかった?・・・まさか、イリスシリーズ・・・?」
それはノイエジールUαに乗った氷上シュンであった。
あとがき
ど〜も〜。神無月です〜。
さぁさぁ、みなさん。今回のお話、どうでしたでしょうか?「名雪が裏切るのかよ!?」と思ったならば、神無月の術中にはまっています。勝った。
そして佳乃。本編をクリアした人ならあの状態の正体は知っていると思います。しかし、全てがあのままというわけでは、もちろんありません。
そこにはいろいろな理由があり、氷上の言った言葉も重要になってきます。ま、そこらへんは追々明らかになってくるでしょう。
では、次回。戦闘の続きとなり、果たしてカンナヅキとムツキは無事に地球に降りることが出来るのか?
こうご期待〜。