Episode ]T

          【敗者ばかりの日】

 

「宮沢有紀寧?」

 広瀬真希はブリッジにいた。

 視線の先には座って組んだ手の上に顎を乗せているムツキ艦長、北川潤である。

 カンナヅキ級はブリッジの構造が二層になっている。一階に各種通信端末やコンピューター、ブリッジクルーがやる仕事は大抵ここで行う。そして二階は艦長など主要スタッフの場所となっており、艦橋の効率化を図った結果である。

 真希は階下を眺める潤にもう一度尋ねた。

「本当にそう言ったの?」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「いえ。・・・そう」

 真希は手を顎に持っていくとなにか考え込むように目線を下げた。

 真希がここに来た理由は、隣で併行して航海している艦、カンナヅキで起きた一騒動の中身だ。

 聞いてみれば、ネオジオンの脱出艇を拾い、その中にいた宮沢有紀寧と言う少女を保護したということらしい。

 真希には「宮沢」と言う名に聞き覚えがあった。記憶が間違っていなければおそらく・・・。

「広瀬?」

 怪訝な表情をした潤が真希を見上げる。それに真希はなんでもない、と言いそのままブリッジを後にした。

 閉まる扉の前、真希はそっと扉に背を預けると小さな笑みを浮かべた。

「これは、もしかしたら使えるかもしれないわね」

 それはどこか、残虐な笑みだった。

 

 人とは得てして、時に奇妙な行動を取るものである。

 カンナヅキ内、艦長室。

 この日、祐一は一人椅子に座りながら本を読んでいた。

 しかも読んでいるのはギリシャ神話の本である。

 それを読む祐一の目はいたって真剣である。そんな彼を見て彼女―――月宮あゆは開いた口が塞がらなかった。

「祐一くんが・・・・・・壊れてるよ」

「いきなり第一声がそれか、あゆ」

 いきなりの壊れている宣言にもかかわらず、祐一は突っ込みはしたものの本から視線を外さない。

 それを見てあゆはさらに思う。

 世界が終わるのは明日かもしれないと。

「・・・お前、いま絶対にひどいこと考えてるだろ」

 言葉と供に視線が本からあゆへ向けられる。的確な言葉に内心どきりとするが、平静を保つように努力する。

「ぜ、ぜぜぜ全然そんなことないヨッ!?」

 ・・・努力はしたのだ。あゆなりに。

 昔の人は言った。

 正直者は馬鹿を見ると。

 だが、と祐一は考える。

 馬鹿な奴が正直なだけなのではないだろうか。

 ・・・とまぁ、そんなことを考えていても仕方あるまい。祐一はデスクの上に本を小さく放ると、体ごとあゆに向き直った。

「それで、なんか用があって来たんだろ?」

「え、・・・うん」

 あゆの顔が下がる。

 何か言いにくいことなのか。祐一はそのまま待つことにした。

 あゆは小さい背をさらに縮こませながらチラチラと上目遣いにこちらを窺ってくる。しばらく経って、あゆはやっと意を決したように口を開いた。

「あの・・・。祐一くん、元気なさそうだったから・・・」

「そうか?」

「うん。秋子さんや名雪さんのこと・・・。それに有紀寧さんが来たあとも祐一くん、なんか暗くなってたし・・・」

 最後に「うぐぅ」と呟いて視線を床に下げる。

 ・・・どうやら自分は傍目にわかるほど落ち込んでいたようだ。

 ここ最近はいろいろありすぎた。考えさせられることが多くありすぎて、でも決断をするにはまだわからなくて。

 そんなこんなで本でも読んで頭を整理しようと考えていたのだが・・・。

 祐一は席を立ち、あゆの正面まで移動する。

「それで、あゆは励ましに来てくれたのか?」

「・・・うん。差し出がましいとは思ったんだけど・・・」

「・・・差し出がましいなんて言葉、よく知ってたな、あゆ」

「いま、そこはかとなく馬鹿にされた気がするよ」

「気のせいだろ」

「うぐぅ」

「うぐぅ」

「・・・・・・・・・祐一くん、もしかしてボクをいじめて楽しんでる?」

「おっ、そういうことに気付けるようになったか」

「祐一くんっ!」

 むくれたあゆの視線が祐一に向けられる。

 それに対し、祐一は小さく笑った。笑えた。

「お前は、いつまでもおもしろいやつだな」

「・・・それって昔から変わってないってことかな?」

「そうとも言うな」

「うぐぅ、それは少し悲しいよ・・・」

「そうか?昔のままの純情さをいまだに持っているっていうのは誇れることだと思うぞ」

「それはボクがまだ子供っぽいってことだよね?」

 そうとも言うかもしれない。だが・・・、

 祐一はポンとあゆの頭に手を乗せた。

「ちょ、祐一くん?」

「・・・下手に大人になって汚いことを知るよりは、よっぽど子供の方が良いと思うぞ」

「・・・祐一くん」

 あゆの表情がかげる。

「・・・でも、子供の純情さは無知からくるものだよ。・・・ボクは、何も知らないで綺麗でいるより、いろんな汚いことも知って、生きていくことの方が尊いと思うんだ」

「あゆ・・・?」

「何も知らないで生きていけるのならそれはすごく楽だと思うよ、確かに。・・・だけど、それって本当の意味で“生きてる”って言えるのかな?ボクはそうは思えないんだよ。・・・えっと、なんて言うのかな?あの・・・、そう。生きるってさ、いろいろ痛い思いや悲しい思いをして、汚いことや否定したいことを見て聞いて知って、それでも乗り越えようと頑張ることなんだと思うんだ」

 祐一は半ば呆然としていた。

 こう言っては何だが、まさかあゆがこんなことを言うとは想像もしてなかった、・・・というより考えられなかった。

 そして同時に思う。

 もしかしたらあゆは自分よりよっぽど大人なのではないか、と。

 そういえば、自分はあゆのことをよく知らない。あゆと昔仲が良かったという感覚はあっても記憶はない。それにネオジオンで過ごしたであろう幾年かのことも。

 ま、つまりは、

「人は見かけによらないってことか」

「うぐぅ?」

「いや、あゆは案外中身は大人なのかもしれないな、ってさ」

「・・・それって外見は子供っぽいってことを言ってるんだよね?やっぱり」

「まぁ、そうとも言うな」

 うぐぅ〜、と拗ねるあゆの頭を、祐一は置いていた手でわしゃわしゃと撫で回した。

「わ、わわ、ゆ、祐一くん!?」

「ありがとうな。・・・俺ももう少ししっかりと“生きる”ことにするよ」

 純情であり続けるより、どんなことも知ってそれを乗り越えていくことが生きるということ。

 あゆの言う通りかもしれない。

 祐一はスッと息を吸うと、あゆの肩を叩いて扉へと向かっていった。

 あゆは振り返り、

「祐一くん、どこに行くの?」

「ブリッジに。そろそろネオジオンに動きがあるかもしれない」

 振り向いた祐一の表情はお世辞にも元気があるとはいえなかったが、それでも強さが感じられた。

 だからあゆは笑顔で言った。

「そっか。頑張って」

 そして祐一も笑顔で、親指を立てて言った。

「おう」

 

 

 

 祐一や潤の知る由もない場所で、しかしネオジオンはしっかりと息の根を止めるべく動いていた。

 祐一たちカンナヅキの進行上、一年戦争やグリプス戦役の傷跡が克明に残る暗礁宙域で一隻の艦が悠然と待ち構えていた。

 第三艦隊旗艦、橘啓介率いるグワンバムである。

「作戦時間まであといくつだ?」

 啓介は艦橋に座り、オペレーターに尋ねる。

「残り三十分を切りました」

「時間には厳にな。このような作戦はタイミングが大事になってくる」

「はっ」

 オペレーターが敬礼して再びコンソロールに向き直るのを一瞥し、啓介は脇に並ぶ六人のパイロットたちに目線を向ける。

「さて、そういうわけだ。君たちにも働いてもらうよ」

「くぅ〜。強いのいるんだよね?楽しみだなぁ〜」

 最初に口を開いたのは柚木詩子。ウキウキしている、という表現がピッタリくるだろう。

 その隣につまらなそうに手を頭の後ろで結ぶ南森大介、順に中崎隆、名倉由衣、椎名繭、そして最後に仁科理絵が立っている。

 それら全員を順に眺め、啓介は小さく頷いた。

「相手はすでに第十三艦隊から敗走しているとはいえ、第十三艦隊が二度も負けた相手だ。油断は出来ん」

「傷を負った獣ほど怖いものはないってね。故人は良いことを言う」

 啓介の言葉に隆が続ける。

 由衣がちらりと隆を見上げ、

「でも、相手はもう動けるMSも少ないと聞いていますが・・・?」

「いいかい、由衣ちゃん。戦争っていうのはなにもMS戦闘だけで勝負がつくわけじゃない。それはほんの一つの要因に過ぎないのさ。そんな慢心は勝ち戦をも負け戦に変えるぞ?」

「・・・そうでしょうか。この時代、MSさえ制すればどうにでもなると思うんですけど」

「確かに昨今の戦争においてMSの占める割合は大きい。だけど、それが全てじゃないのさ」

「なら、中崎さんが敵艦の艦長だったらどうするんです?」

 隆は「そうだな」と一拍置き、

「戦わずにすむ方法を模索するだろうな。MSが使えないんじゃ戦闘で勝つことは難しい」

「後ろから水瀬大佐のグワンラン、前から私たちのグワンバムが挟撃するんですよ?どうやって戦わずにすむんですか?」

 ムッとしたように睨んでくる由衣に、隆はやれやれといった感じに息を吐く。

「さぁな。それはあちらさんが考えることさ」

「・・・・・・結局そんなのはないんじゃありませんか」

「さて、どうかな?」

 由衣の言葉に、しかし隆は勝気な笑みを崩さない。

 言外に何かを込めたような言い回しをする隆に由衣はムッとして、

「あるのらはっきりと―――」

「まぁまぁお二人さん。そこまでにしときなさいな」

 口論に入りそうになる二人を詩子が制す。

 それを機に隆は一歩下がり、それを見た由衣も渋々ながら口を噤んだ。

「どうしてこの二人は喧嘩するのかしらねぇ?」

「相性が合わないんだろうよ。生きてりゃ無条件でそう思う奴が一人や二人出てくるさ。・・・ま、そいつは置いといてだ。仁科」

「は、はい?」

 大介が理恵に視線を向ける。

「お前まで来る必要性があったのか?半死半生の艦が相手ならお前無しでも充分だったと思うが。グワンランにいる奴はほとんどがエース級だと聞くぞ」

「は、はぁ・・・。まぁ、確かにそうなんですけど・・・」

 向けられた視線に理絵は俯く。

 確かに相手の状況を考えれば自分が出るまでもなかったかもしれない。

 グワンランにいるパイロットたちは倉田佐祐理や藤林杏、志乃さいかに氷上シュンといった豪華なメンバーだ。

 しかし・・・、自分はここにいたかった。

 チラリと横を見やる。

 一緒にいたかった人がいるから。

 そんな理絵の心を読みとったように大介は大きなため息を吐く。

(恋する乙女はどこまでも・・・ってか?まったく・・・)

 本人は隠し通しているつもりのようだが、理絵が啓介に好意を持っていることに気付いてないのは本人同士ぐらいだろう。

「さて、話もついたところでみんなにはMSで待機してもらうよ」

 理絵の恥らいながら向ける視線とそれに全く気付かない啓介。

 こればっかりは大介、詩子、隆、由衣が疲れたようにため息を吐いた。残されたのはわけがわかわず首を傾げる繭だけだった。

 

 

 

 カンナヅキの後ろを追うグワンラン。

 その艦橋では少しトラブルが発生していた。

「どういうことよ!」

「そう大声を出されてもね」

 艦橋の中央。向かい合うように立つのは杏とシュン。

 杏は怒りにみちた視線でシュンを睨み、そのシュンはいつものアルカイックスマイルを浮かべてその視線を受け流している。

「お、お姉ちゃん。少しは落ち着いて・・・」

「これが落ち着けますかっていうの!」

 杏の横に立つ椋が宥めようと声をかけるが、杏はそんなのおかまいなしでシュンへと詰め寄っていく。

「本当に、本当にあゆだったんでしょうね!キュベレイを奪っただけの連邦軍兵士じゃないの!?」

「ああそうだよ。月宮あゆは敵に回ったのさ」

 ギリッと歯をかみ締める。

 とてもではないが、信じられることではなかった。あのあゆが、自分たちを裏切った?

「そんなこと、ありえないわ」

「事実だよ。現実から目を背けるのは良くない」

「だから、ありえないって言ってんでしょ!」

 杏はシュンの胸倉を掴み上げ、明らかな殺意を瞳に宿しシュンを睨む。

 脅しでもなんでもないその眼光に、それでもシュンはその笑みを崩したりはしなかった。

「二人とも。そこまでにしてくださいね」

 声は二人より奥から。振り向いてみれば、そこには志乃さいかを連れた秋子が立っていた。

 秋子は杏を窘める意味で一瞥し、次いでシュンのほうへと向き直る。

「氷上大尉。月宮曹長が敵に寝返ったというのは本当なのですか?」

「間違いないよ。僕も彼女もニュータイプ。彼女を知っている僕が間違えるわけがない。それに、志乃さいかも気付いていたんじゃないか?敵に月宮あゆの気配があることに」

 話しを振られたさいかに皆の視線が集まる。さいかはやや言いにくそうにして、

「・・・確かに私も感じた」

「っ!」

 さいかの言葉で杏の表情が強張る。

 二人のあゆを知るニュータイプがそう言っているのだ。ならばそれが真実であることぐらい杏にも理解できた。

「あゆ・・・!どうして!」

 はけ口のない憤り。そんな杏を眺めながら、シュンが事も無げに口を開く。

「そんなのは簡単なことだよ。ようするにこちらよりも大切ななにかが向こうにはあった。それだけさ」

 その投げやりな言い草が、杏の神経を逆撫でする。

 再びシュンの襟元を掴み上げ、腕を振り上げると―――、

「やめたほうが良いですよ」

「っ!?」

 その腕を・・・いつの間にいたのか美汐によって阻まれていた。

「数日前まで仲間だったものが自分たちを裏切った悲しみと怒りはわかりますが、それで氷上大尉を殴る理由にはなりません。氷上大尉は事実を言っているまでですから」

「わかってる!わかってるわよ、そんなの!」

 捕まれた腕を勢いよく振り解き、杏はそのまま俯いた。

「わかってるけど、でも・・・!」

 握り締める掌は力の入れすぎか、わずかに血が滴っていた。

 痛ましげに姉の姿を見る椋の横、さいかはなにか遠いものを見るような瞳でその様子を眺めていた。

「裏切り・・・。そして募る恨み、ですか・・・」

 独白は誰にも届かず、ただ艦橋を沈黙が覆っていた。

 

 

 

 カンナヅキとムツキが暗礁宙域に差し掛かろうとしたとき、突如レーダーがけたたましく鳴り響いた。

「何事だ!?」

「二時の方向!突如グワンバン級一隻を確認!既に射程距離に入っています!」

「なんだと!?どうして接近に気付かなかった!?」

「どうやら暗礁宙域で待ち伏せをされていたらしく・・・」

「くそ、こんなときに!」

 祐一たちの睨む先、暗礁宙域を出てこちらに向かってくる艦はもちろん啓介のグワンバム。

 ここでの差は、やはりその多大な経験の差だろう。

 祐一も潤も艦長に成り立て、しかも宇宙での戦闘経験はシミュレーションのみ。対する啓介は一年戦争から宇宙で戦ってきたMSパイロット上がりであり、艦長という指揮者の立場になってからもゆうに五年は下るまい。地の利を生かす、という昔から地味といわれる戦法は、しかし時として多大な効力を発揮するものである。

 そして祐一たちの危機はそれだけでは終わらない。

 突然進行上に現れた啓介に浮き足立った祐一たちは、しかし体勢を整える前にさらにレーダーが新たな敵の接近を告げた。

「こ、後方よりさらにグワンバン級!先日の艦と思われます!」

「っ・・・!謀られた!」

 前後を挟まれてしまった。迂回しようにも推進剤もなく、仮にあったとしてもこれだけの暗礁宙域では不可能だろう。タイミングも正にドンピシャ。敵であっても褒めたくなる鮮やかな手腕に、祐一は戦慄を肌で感じた。

 そしてすぐにこの状況を打破する術を頭の中で模索する。

(なにか、なにかあるはずだ!なにか・・・!)

 現在出せるMSはわずかに二機。後方の秋子の乗る艦にはエース級がたくさんいるし、前方の艦もグワンバン級であることからやはりエース級がいるであろうことは簡単に予想できる。

 MS戦は負ける。ならば艦隊戦で前方を撃ち砕き離脱というのも一つの方法ではあるが、たとえこの場を乗り切れてもそれほどに無理しては地球までの推進剤は絶望的だろう。それに残ったエネルギーと弾薬で果たしてそれだけのことができるのかという疑問も残る。

 考えれば考えるだけ絶望的な状況しか思いつかない。そんなことをしている間にも前後の艦からMSが発進され、状況はより一層悪化の一歩をたどっていく。・・・わかってはいる。この状況で誰も傷付かない完璧な作戦などありえない。だが自分の言葉が部隊の命を左右するという重みが、このとき初めて祐一と潤を襲っていた。

 補給はない。援軍もない。地形は不利で、敵は間違いなく強い部類に入る。

 体は条件反射のように舞と風子に出撃を、艦の砲口を前方のグワンバン級に向けるようにと命令を出してはいるが、それだけでは間違いなく負け戦になることは誰の目にも明らかだった。

 迫り来る敵部隊。宇宙に浮かぶその光点を祐一が睨み―――、

『こちらは地球連邦軍所属、広瀬真希大尉です。こちらに攻撃を仕掛けようとしているネオジオン軍に告げます。直ちに攻撃を中止しなさい』

 突如、通信が艦内に響いた。それは全チャンネルに設定しているようで、ネオジオンにも聞こえているに違いない。

 と、不意に祐一の後方で艦橋の扉が開く音がした。なにごとかと振り向いてみれば、なぜかそこには有紀寧の姿があった。

「宮沢・・・?どうしてここに?」

「それがわたしにもよく・・・。わたしは広瀬さんという方に艦橋に上がるように言われただけなので」

「広瀬に・・・?」

 それが真希の命じたことなら、この通信と何か関係あるのだろう。

 だが、真希の放った言葉は祐一の想像を遥かに超えたものだった。

『こちらにはネオジオン総議会議員宮沢治樹氏の娘でもある宮沢有紀寧嬢を保護しております。が、これは好意のものであり、これ以上この艦隊を攻撃するようなら、この保護の消去も止むなしと考えます』

「「「!?」」」

 クルーたちに走る衝撃。

 祐一は真希の真意にやっと気付き、

「なにを考えている、広瀬・・・!」

 あまりの怒りに大きく身を震わせた。

 

 驚愕と怒りにその身を貫かれたのは祐一だけではない。いや、むしろ秋子たちの方がその思いは強かった。

『証拠があるのかと言うのならお見せしましょう』

 そして画面に映ったのはカンナヅキの艦橋。そこ―――秋子のよく知る人物、祐一のわずか斜め後方に立つのは間違いなく宮沢有紀寧の姿だ。

 そこで、もう確認は充分だろうと言わんばかりにモニターは切れ、再び女性の声が艦内に響き渡る。

『もう一度告げます。ネオジオン艦隊は直ちに攻撃を中止し、速やかに戦闘宙域から離れなさい。そうでなければ保護の消去も止むなしと考えます』

 グワンランの艦橋を静寂が包む。

 誰もが悔しそうに肩を震わせるその中で、最初に口を開いたのはやはり秋子だった。

「・・・MS部隊に撤退命令を」

「艦長!?これは明らかな条約違反です!訴えれば・・・!」

「いまこの状況で誰に訴えると言うのです?」

「しかし―――っ!?」

 なおも反論しようとしたオペレーターの声が止まる。

 秋子が怒っている。

 声は平静としているが、体は小刻みに震えてるし、なによりそのいつも人の心を和やかに包み込む紫の瞳が怒りで揺れている。その目を見れば誰もが竦み縮こまることだろう。

「撤退命令を」

「・・・・・・了解しました」

 クルーがせわしなく動き回る。誰もが納得できないような表情を浮かべる中で、秋子はカンナヅキの方向をただ真っ直ぐに睨んでいた。

「これが“連邦”としての答えですか。・・・祐一さん」

 

「撤退命令、ですか」

 仕方のないことだろう。ああ言われて攻撃をするわけにもいくまい。

 しかし・・・。

 佐祐理はキッと舞を睨みつける。

「これが連邦のやり方なの、舞!?」

 違う、と言いたい。しかし現実状況はこうなってるし、祐一も何も言わない以上、舞にそれを言う資格はない。

「なにも答えないの、舞・・・!」

 佐祐理の視線が痛い。佐祐理から放たれる怒りの感情が痛い。

 それでも舞には俯くしか手段はなく、佐祐理ももはやなにも言う術はなかった。

 佐祐理も舞も、互いに悔しさに唇をかみ締めながらその場を離れていった。

 

「こんなことが・・・!」

 グワンバムから発進した五機のMSの一機。バウを駆る由衣から驚愕の言葉が上がる。

 その隣に並び、同じくバウの隆が小さな笑みを浮かべて声をかける。

「ほらな。戦わずして戦闘が終了しただろう?」

「でも、こんなの・・・!」

「それが戦争だよ、由衣ちゃん。不条理さも戦争ではつきものなのさ。な、大介?」

 由衣を挟むようにして並ぶ、同じくバウに乗る大介に話しを振る。大介は一瞬逡巡するも、ああ、と小さく頷いた。続けて、

「隆の言うことも最もだ。だが・・・、許せるもんじゃねぇな」

 その三人の後ろには理絵のRガンダムMkXと詩子のハンマ・ハンマ、繭のキュベレイMkUがいる。その詩子はおろか、あまり負の感情を表に出さない理絵や繭でさえ怒りは隠し切れないようだ。

 なかでも詩子の怒り用は凄かった。彼女はバトルを好む部類の人間だが、それ故にバトル以外で戦闘が終了することを良しとしないのだ。

「卑怯な奴ら!勝負は戦ってなんぼでしょう!」

「詩子、少しは抑える」

 勢いあまって突っ込みそうになる詩子を繭が宥める。ここでなにかあって有紀寧が死ねば、秋子と啓介の立場が危うい。

 それは詩子にもわかっているのだろう。グッと唇を噛みながら、渋々後退していく。

「艦長より撤退命令がきてます。・・・各員、納得できないでしょうがここは退きましょう」

 理絵の言葉に促され、由衣たち三人も下がっていった。

 

 ゆっくりと、だがしかし着実に敵のグワンバン級が離れていく。

 前方にいたグワンバン級も大きくこちらを迂回して秋子と合流していった。

 去っていく脅威の中、しかし祐一の肩はわなわなと振るえ続けている。

 強く椅子を叩きつけ、祐一はムツキとの通信を開くとそこに映る真希に怒りを隠すことなく睨みつけた。

「広瀬大尉!一体なにを考えている!これは明らかな条約違反だぞ!」

 真希は飄々とした表情で返す。

『言わせて貰いますけどね、ああでもしなければここで死ぬはめになっていたのよ。使えるものはなんでも使うべきよ』

「お前は、それでも軍人か!」

『軍人だからの行動でしょう?これは戦争なの、綺麗も汚いもないのよ。綺麗事だけじゃ勝てるものも勝てないわ』

 真希の言うことも一理あるのは理解できる。しかし祐一にはどうしても理解は出来ても納得は出来なかった。

「広瀬大尉!お前―――!」

『相沢。少しは抑えろ』

「北川!?」

『確かに広瀬大尉のしたことは褒められたものじゃない。しかし、ああでもしなければやられていたのもまた確かだ。・・・なぁ、相沢。俺たちはここで死ぬべきじゃないはずだ。違うか?』

 グッと、喉が詰まる。

 確かにああでもしなければあの場は切り抜けられなかっただろう。だが、人としてその行為は許せないことなのだ。

『お前も人の上に立つ人間なら私情は抑えろ。・・・広瀬大尉には俺からも言っておくから』

 そう言って通信は切れた。

 シンとするブリッジ。そのなか、祐一は椅子に向かって行き場のない怒りをぶつけた。

「くそっ!」

 潤は言った。

 人の上に立つならば、私情は切り捨てろと。

 ・・・それは要するに、生き残りたければどんな卑怯なことでもやってのけろということか。

「そこまでして、俺たちはなにと戦うんだ・・・」

 真希の言うこと、戦争は綺麗事だけじゃすまないというのは正しい。だが、踏み越えてはいけない一線というのも確かにあるはずだ。

 これだけのことをしてもなお、果たして自分たちが正義と、胸を張って言えるのか?ネオジオンが悪いのだと、そう言えるのか?

 悪はどっちだ?正義は?

「祐一さん」

 肩に有紀寧の声がかかる。

「・・・悪い。少し一人にさせてくれ」

「・・・はい」

 祐一は斉藤にこのまま地球へ進路を取るようにだけ告げると、ブリッジを後にした。

 残ったのは静寂と、有紀寧の心配そうな顔だった。

 

 

 

 それと同じ頃、ある少女の部屋。

「・・・うん」

 ベッドに顔を突っ伏していたその少女がゆっくりと立ち上がる。

「・・・・・・祐一。わたしは」

 少女―――名雪はそこで言葉を切った。

 明かりも点いてないその部屋の中で、しかし名雪の瞳はなにかの決意に輝いていた。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

ORX−013R

RガンダムMkX

武装:ビームサーベル

   ビームライフル

   ファンネル

特殊装備:シールド

<説明>

 ドーベン・ウルフの設計用に分解されたガンダムMkXを再度理絵用に組み直した機体。

 機体性能が若干向上し、武装はインコムではなくファンネルを装備。

 その他は特に違いはないが、色が青ではなく黒に変わっている。

 ちなみに、「R」はリファインの略称である。

 主なパイロットは仁科理絵。

 

AMX−004−4

キュベレイMkU[繭仕様]

武装:ビームサーベル

   連装ハンドランチャー×2

   ファンネル

<説明>              

 MkUのうちの一機。

 カラーリングは紫色になっている。

 主なパイロットは椎名繭。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 中身を読んでくださればわかると思いますが、タイトルの通り今回の戦いは敗者ばかりです。まぁ、ある意味で広瀬の一人勝ちのような気もしますが。

 なにはともあれ戦闘は回避しました。

 祐一と北川の違いが今回少々見えました。みなさんはどちらが正しいと思うでしょうね?ある意味ではどちらも正しく、またある意味ではどちらも間違っているのでしょう。

 地球も目前に迫り、あと二、三話で地球に降りることになります。もう一個のあちらの艦と合流するのもそろそろのことでしょう。

 さて、次回の注目人物は名雪です。彼女の動きによってカンナヅキとムツキは凄まじい状況に。

 それでは、次回もお楽しみに。

 

 

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