Episode ]

           【平和を願う少女】

 

 サイド4。通称ムーアと呼ばれるこの場所は、さきの一年戦争、グリプス戦役でもよく戦場として使われたコロニー群である。

 理由はいたって単純。場所がちょうど良いのだ。

 ちょうど地球とサイド3―――ジオン公国の中間にあり、月やアクシズに近いということもそれに付随したのだろう。

 そして、ここは地球連邦からの冷遇を最も被ったサイドでもある。ただジオンに近いというだけで食料等の物資を遮断され、あるいは手が付けられないほどの高値を付けられたりとひどい目にあってきた。

 そんなサイド4の連邦に対する認識が良いはずがない。

 結果サイド4は一年戦争時ではジオン、グリプス戦役時ではエゥーゴ、そして現在はネオジオンとことごとく連邦と対立する組織に肩入れをする始末。

 連邦の懸念した通りとなった結果だが、これは元を正せば連邦が招いたものなのだ。皮肉としか言いようがない。

 そんな事情を知っている祐一としては、ここは出来れば通りたくない場所だった。

 例えそれを悲しみ嘆いたところで祐一が連邦の人間であることには変わりない。祐一がサイド4に何もする気がなくとも向こうはそうは見てくれないだろう。

 人は一つの組織、あるいは固まりは一つの意思しかそこにないと思いがちだ。連邦は悪い奴ら、スペースノイドを見下す愚か者たちだと。そこにいろんな人間がいて、スペースノイドとの関係を憂いている者もいるというのも見ようとしないだろう。

「古河少将も頑張るよな」

 古河早苗はスペースノイドを見下しがちな連邦上層部では異色の存在だ。

 いつも会議ではスペースノイドとアースノイドの区別を失くし、供に手を取り合い生きていくべきだと声高に叫んでいる。

 おそらくそれも早苗が上層部から爪弾きにあう要因の一つなのだろう。それでもその姿勢を曲げようとしない早苗の姿は地球や宇宙の見境なく親しまれているというのに。

 そして目の前のモニターに浮かぶのはそのサイド4。距離にしてもうわずかまでに迫ってきていた。

「川口。グワンバン級はどうだ?」

「・・・レーダーには反応がありません。ミノフスキー濃度も常等なものなので確かです」

「そうか」

 後方から追ってきているであろう秋子の駆るグワンバン級はまだ姿を見せない。

 追うのを諦めてくれたのか。いや、それはまずないだろう。なにか策があるのか、それともこちらの隙を窺っているのか・・・。もしかしたら推進剤がもう少ないことにも気付いているかもしれない。

 かと言って、あまり秋子にばかり気をとられているわけにもいかない。目前には連邦を目の仇にしているサイド4があるのだ。あの中央を縦断する以上、なにがあってもおかしくない。気を引き締めなければ。

「周囲の警戒は厳に。なにが起きてもおかしくないからな」

 川口たちが頷くのを確認して、祐一はもう一度目前のスクリーンを見やった。と、

「ん・・・?」

 違和感。

 いや、それは違和感というほどのものでもない。ただこめかみの辺りが疼いただけ。

「なにか・・・いるのか?」

 誰かがいる。そんな感覚が漠然と頭に過ぎる。

「艦長?」

 どこか様子のおかしい祐一に、川口が怪訝そうな顔で振り返る。

「前方に・・・なにかいる」

「レーダーには何の反応もありませんが?」

「いや、感じるんだ。間違いない」

 ムーアに近付いていくにつれてその感覚は大きくなっていく。

 それは・・・悲しみ。切なさと、無力感が交じり合ったようなそんな感情がありありと感じ取れる。

 なぜだろう。このまま放っておくことも出来ず、

「舞と風子に索敵をさせてくれ」

 そう指示を出した。

 あの二人もニュータイプ。必ずこれを感じられるはずだ。

 

 

 

 そして索敵に出た舞と風子は祐一の思った通り、確かにそれを感じていた。

「すごい。こんなにもはっきりと感情を感じ取れたことはない」

「そういうものなのですか?」

 風子は自分がニュータイプなのだと知ったのはカンナヅキに入った後のことだ。どうやら風子は病院で目が覚めた辺りからニュータイプとして覚醒したらしく、最初は結構戸惑っていたらしい。

 まぁ、そこはやはり風子。順応するのも早かったようだが。

 なにはともあれ、これほどの感覚。レーダーなんか使わなくても場所はわかりすぎるほどにわかった。

 そして感覚の赴くままその発信源に近付いていくと、

 ビービー!

「「!?」」

 突如コクピットに響くアラート音。何かと思えばレーダーには敵を示す赤いマーカーが点滅している。

「ネオジオン・・・。こんなところに」

「でも、これは」

 言いかけた風子に、舞は黙って頷いた。

 これは敵が近付いているのではない。こちらから近付いていっているのだ。

 つまり、この感情を当たりに振りまいている人間はネオジオンの人間だということだ。

「どうしますか?」

「こっちでレーダーに引っかかったってことは向こうでもこっちに気付いてるはず」

 舞の言うことを肯定するように、目視できるほどに近付いたネオジオン艦からはいくらかのMSが発進され始めている。

 このままカンナヅキに帰れば、ただでさえ少ない推進剤をまた無駄に消費することになってしまうだろう。出てくるMSの数がそれほど多くないことを確認して、舞は決断した。

「ここで叩く」

 言うと同時、アークレイルを奔らせる。一拍置いて、了解しましたと風子が続いた。

 敵のMSの数は六機。しかも全てガザCだ。いままで戦ってきた敵に比べれば、たいしたことはない。

 舞はビームサーベルを抜き放つと、そのまま向かってくるガザCたちの中へ突っ込んでいく。

 慌てたようにビームが放たれるが、あまり訓練も積んでいない新兵か何かなのか、あまりにも見当違いの方向に飛んでいくそれに舞は見向きもしない。そのまま疾走し、すれ違いざまに二機を切り捨てる。

 ガザ部隊は急いで反転すると、舞に向かって再びビームを放つ。仲間がやられたことでさらに動揺が走ったのだろう。彼らは大事なことを忘れていた。

 突如残る四機のうち二機が爆発四散した。

「風子もいるというのに後ろを向くとは、なっていませんね」

 そう。舞の桁外れな運動能力に目先を奪われ、すっかり風子のガーベラSFの存在を忘れていたのだった。

 そして残った二機のガザのパイロットは前方から再びものすごいスピードで向かってくるアークレイルと、後方でロングビームライフルを構えるガーベラSFにどちらを相手にしていいか混乱しだす始末。

 そうしてただあたふたと動くことすら忘れた二機を、それぞれしっかりと舞が切り払い風子が撃ち抜いた。

「弱い」

「いままで風子たちが戦ってきた敵が強すぎたのです。きっと」

 風子の言うとおりである。たかが新兵程度が佐祐理やシュン、杏といった面々と比べられてはそれこそたまったものではないだろう。

 唯一残った艦が艦砲射撃を掛けてくるが、まるで当たらない。舞と風子はため息混じりに近付いていき、難なくその艦を沈めたのだった。

 

 いくらかの残骸が文字通り宙に浮かぶ中、舞と風子は向き合っていた。

「結局、あの感覚の正体はわかりませんでしたね」

「・・・うん」

 見つかってしまったということでつい堕としてしまったが、いまさらになってこれで良かったのか不安に思い始めてきた舞。

 祐一には確認をしてこいと言われただけなのに敵に見つかり、あまつさえその人間が乗っているのにもかかわらず堕としてしまったのだ。

「怒られるでしょうか」

「う」

 風子の言葉に、思わず舞の肩が揺れる。

 祐一は怒るだろうか。いや、きっとちゃんと説明すれば怒ることはない・・・と思いたい。

 と、不意に頭の中を何かが過ぎった。舞と風子が顔を見合わせる。

「川澄さん、これは」

「うん」

 また感じた。あの感情を。

 二人が同時に振り返ったその先には、あるものが一つ、宇宙を漂っていた。

「あれは・・・」

「・・・脱出艇?」

 

 

 

 帰ってきた二人を迎えようと訪れたMSデッキには、見慣れないものがあった。

「脱出艇・・・だよな。あれ」

 連邦製のものとは形が違うが、大きさからしてそうなのだろう。

 扉の前には整備班数人とチーフである浩平、そして運んできた舞と風子の姿があった。

「お、祐一」

 最初に気付いたのは浩平。次いで、舞と風子もこちらを振り返る。

 浩平の手を借りて、床へと着地する。

「どうなってるんだ?」

「風子たちがネオジオンの脱出艇を拾ってきたんだ。扉がロックされてて開かないからいま焼き切ろうとしてるところだ」

 見れば整備班の連中は圧縮バーナーで扉を焼き切ろうとしているところだった。

「それで、一体どういう経緯でこういうことになったんだ?」

 祐一に聞かれ、舞が半ばおずおずとしながらことの経緯を語り始めた。

「―――なるほど。とすると、状況から考えてこの脱出艇はその艦のものだな」

 どういう理由でムーアにいたのか知らないが、MSの数やパイロットの熟練度を考えれば最初から戦うつもりで巡航していたわけではないのだろう。ムーアとの連絡か、はたまた他の理由か。どの道、この脱出艇に入っている人間に聞けばわかることだ。

「・・・祐一?」

「ん?」

「・・・怒らないの?」

 こちらを見上げる窺ったような視線。勝手な行動を取ったことで怒られると思っているのだろう。

 けど、別に祐一に今回のことを咎めるつもりはなかった。舞と風子に索敵を頼んだ以上、その場での機転や独断は多少容認したのも同然。それに、なにも間違ったことをしているとも思わない。

 だから祐一は何を言うでもなく、ただ舞の頭をそっと撫でた。

 舞は一瞬キョトンとし、次いで驚いたように慌て、そして眼を細めて笑った。

「そろそろ扉が開くぞ」

 浩平の声に、三人が向き直る。その左右には銃を携えた兵士たちが身構える。脱出艇とはいえ、仮にもネオジオンのものなのだ。用心に超したこともない。

 最後の部分も焼き切れ、重い音と同時に扉が倒れた。

 即座に銃を構えた兵士が一歩前に踏み出るが、特にこれと言った反応がない。

 一番近くにいた浩平がそっと中を覗き込み、振り返って兵士に銃を下ろすように促す。

「祐一」

 来い、とジェスチャーする浩平に祐一が近付いていく。

「どうだ?」

「乗ってるのは一人だけ。女の子で、しかも気絶してる」

 お前も見てみろ、と中を指差す浩平に促されるまま祐一は中を覗き込んだ。舞と風子もその後ろから一緒になって覗き込む。

 そこには茶色の長い髪を床に広げた一人の少女が倒れていた。

 

 

 

 夢。

 夢を見ている。

 それは何年か前の記憶。

 まだ、世界が一年戦争に入るいくらか前のこと。

 わたしと兄は地球に住んでいた。決して裕福という訳ではなかったが、わたしはそれに幸せを感じて生きていた。

 父と母はサイド3で仕事をしていた。どういった仕事だったのかはまだ小さかったわたしには知るよしもなかったが、優しい両親はわたしの誇りであり、憧れの対象でもあった。

 けれど、兄はそうでもなかったようだ。

 その時のわたしはどうして兄が両親を嫌うのかがわからなかった。

 

 そうして平和に暮らしていたわたしたちを、ある悲劇が襲った。

 一年戦争の始まりである。

 ジオン公国を名乗り、地球連邦に独立を宣言したのはサイド3。・・・両親のいたコロニー群だった。

 この独立宣言をテレビで見ていたときの兄の言葉は今でもしっかり覚えている。

『やっぱりか』

 苦々しい顔で、また同時にどこか納得した表情でそう呟いた。

 それからのわたしたちに気の休まるときはなかった。

 両親がサイド3にいるというだけでわたしたちは迫害を受けるようになったからだ。それだけではない。殺されそうになったことだって一度や二度ではなかった。

 どうして親がサイド3にいるというだけでこんな報いを受けなくてはならないのか。わたしはその理不尽さにひどく納得がいかなかった。

 だけど、兄は特に不平不満を言わなかった。

 ある日兄は言った。両親は生き残るためとはいえ、ジオンに組したんだと。

 だからあえて堪えていたのだろう。その迫害に。

 だけど、それもそんなにもつわけもなかった。

 

 地球にもう住む場所はなかった。

『どうして世界は平和でいられないんだろうな』

 地球連邦に悪態をついたわたしに、必ず兄が言う言葉。

 兄は憎まなかった。迫害を受けた地球連邦も、両親がいたジオンも。

 けれど、そんな兄だったのに、神様はとても残酷だ。

 

 家にジオン公国からの迎えがやってきた。両親が送って来た者らしい。

 わたしは喜び勇んで家を飛び出したが、それと同時に銃声が鳴り響いた。

 待ち伏せをされていた。連邦は既にわたしたちの親がジオンに通じていることに気付いていたらしい。

 目の前で乱れ飛ぶ銃弾。飛び散る鮮血。轟く断末魔。

 その光景を呆然と眺めながら、どうしてこんなことになってしまったのだろうと必死に考えた。何か悪いことをしただろうか。だからこんなことに巻き込まれるのだろうか、と。

 ・・・まだ小さかったわたしは、その不条理さをなにかのせいにしなければやっていけなかったのかもしれない。

 そして、そのわたしの迂闊な行動が最悪の結果を導いてしまう。

 ボーっと突っ立ったままのわたしに、銃を向ける一人の連邦兵士。気付く間もなく放たれたその銃弾は、しかしわたしではなく庇って前に出た兄を貫いた。

 即死だった。

 わたしは泣いた。多分生涯で一番泣いたと思う。

 

 兄は事実を知らないままに死んでしまった。

 両親は決して弱さからジオンに組したわけではないことを。・・・平和の道を模索するために、わざとジオンにいたことを。

 勘違いはすれ違いのまま、またも悲劇は起こる。

 和平の道を示した母はデギン公王とともに地球連邦との停戦協定に赴いたが、ギレン=ザビによるソーラ・レイ・システムの攻撃によって死んでしまった。

 

 わたしがサイド3に着いた頃、すでにジオン公国は崩壊してしまっていた。

 そして残されたわたしは父とともにアクシズへと赴き―――、

 

 

 

「う・・・うん・・・」

 目を覚ます。

 久しぶりに昔の夢を見た。最近はめっきり見なくなったというのに・・・。

 ふと、違和感を覚える。

 その違和感を探るように辺りを見回してみれば、見慣れない天井。そして知らない女性らしき者の背中が見える。

 頭の処理が追いつかない。一体ここはどこで、自分はどうなっているのだろう。

「・・・気が付いた?」

 女性が振り返り、その長く束ねた黒髪が静かに揺れた。いや、少女と言った方が良いだろう。自分と同程度か、若干年上。寡黙な印象がよりいっそう大人っぽく感じさせる。

「ここは・・・?」

 とりあえず一番の問題を尋ねてみる。すると少女はなにか躊躇うように一瞬口を噤み、しかし向き直ると、

「ここは・・・地球連邦所属艦、カンナヅキの一室」

 そう答えた。

 

 祐一は一人、保護した少女にあてがった一室に向かって歩いていた。

 様子を見ていた舞から少女が目を覚ましたとの報告があったからだ。

 その部屋の前で立ち止まりノックをする。

「俺だ。入っていいか?」

 中から舞の小さな返事が聞こえたので、祐一はドアを開ける。

 スライドした扉の向こう、ベッドに座る形であの少女がいた。

「もう起きても平気なのか?」

「・・・え、あ、はい。大丈夫です」

 最初自分に向けられた言葉だと言うのに気付かなかったのか、少女は一拍置いてから返事を返した。

 祐一はそっと脇の椅子を引っ張ってきてベッド脇に寄せる。

「さて・・・。状況はわかってるか?」

「あ、はい。舞さんにいくらか聞きました。ここが地球連邦の艦で、わたしが入っていた脱出艇を拾っていただいたこと」

 祐一は頷く。とりあえず一通りのことは舞が教えたらしい。

「それじゃまず聞きたいのは、君が誰かってことだ」

「わたしは宮沢有紀寧と申します」

「そっか。俺はこの艦の艦長で、相沢祐一だ。一応階級は大尉だが・・・、まぁ、気にせず相沢とでも祐一とでも好きな通りに呼んでくれ」

「はい。では、祐一さん、と」

 頷き、有紀寧を見る。

 名目上は保護だが、実質的には捕虜となんら変わらないこの状況。そんな状況下でどうしてこの少女は笑っていられるのだろうか。

「怖くはないのか?」

 意識せず、そんな言葉が口から出ていた。

「なぜです?」

「ここは地球連邦の艦内。―――すなわち君は敵の組織の艦にいるんだぞ?いくら条約があるとはいえ、下手なことをされるかもしれないこの状況で、どうしてそう平然としてられる?」

「本当にそのようなことをされる方でしたら、そんなことは言いません」

 間髪入れず返す有紀寧。なるほど、確かにそうかもしれない。が、

「それはいまの話だ。それ以前の段階でも君は確信してたようじゃないか。笑みを浮かべるほどに」

「ええ、確信していました」

 有紀寧は言う。

「特に明確な理由はありません。ですが祐一さんも舞さんも一目見たときに思ったんですよ。ああ、この人たちは大丈夫だと」

「それは早計じゃないか?」

「そうでしょうか。わたし、こう見えて意外にそういうところ敏感なんですよ」

「ニュータイプとしての感覚から・・・か?」

「どうでしょう。わたしはあまり自分をニュータイプだとかオールドタイプだとか考えたことないので。・・・ただ、わたしは信じています。自分の判断に」

 言葉に、祐一は首を傾げた。

「判断を信じる、というのもおかしな日本語だな。確信を持っている、の間違いじゃないか?」

 しかし有紀寧は首を振った。

「信じている、で合っています。なぜならわたしは自分を信じられない者は、他人を真の意味で信じることはできないと考えていますから」

 にこりと、会心の笑みでこちらを見やる有紀寧に祐一は思わず絶句した。

 なにを馬鹿なことを言っているのだろう、と少女を罵倒している自分がいる。常識と言う名の自分。

 だが、同時にそうであると頷いている自分もいた。理想を掲げる自分だ。

 あまりに純粋な心に触れ、祐一は失笑を浮かべた。有紀寧の純粋さは無知から来る穢れのない純白ではない。汚いものや悪を知りつつも、それを跳ね除けるでなく受け入れ信じる強い白だ。

 だから思う。彼女はきっと平和を夢見ている者だと。

 自分は連邦。彼女はネオジオン。

 しかし、同じ場所を夢見るもの。

 話をしたいと、そう強く思った。

「話を変えよう。・・・君はあそこでなにをしていたんだ?」

 その言葉に、有紀寧の顔が一瞬悲しみに染まる。しかしすぐに表情から悲しみは消え、強い眼差しで祐一を見た。

「ここ、サイド4が一年戦争やグリプス戦役で大きな被害を被ったことは承知のことと思います」

 向けられる瞳。それが確認のものであると気付き、祐一は頭を縦に振った。

「ここは数多くの魂が漂流する空間。だからわたしは慰霊団の代表としてこの地に赴いたのです」

「慰霊団・・・?」

 舞の呟きが聞こえた。

「じゃあ、あの悲しみや切なさや無力感は・・・」

「戦争によって死んでいった者への悲しみ、戦争と言う争いに対する切なさ、そして思うだけで何も出来ない自分への無力感、・・・ってところか?」

「そうですけど・・・。よくわかりましたね」

 当然だ。なぜなら・・・、常日頃自分も考えていたことだから。

「それで、君は俺たちを恨むか?君の仲間を撃った、俺たちを」

「恨みはありません。祐一さんたちは敵を撃っただけなのです。それは、この艦にいる人たちの命を背負った方なら当然ですから」

「恨まない?」

「戦争をしているのなら、祐一さんや舞さんの取った行動は当然のことです。それを恨むのでは憎しみの連鎖を生むだけです。・・・真に恨むべきは“戦争”そのもの」

「そんなのは理想論だ。戦争を憎んでなにが解決する?・・・どうしようもないだろう」

「そうでしょうか?誰もがそう思って諦めてしまうから、真の平和が遠ざかっているだけなのではないですか?」

 有紀寧は一息の間を空け、続ける。

「確かに、どちらかが滅びれば戦争は終わるでしょう。ですが、それは本当の平和でしょうか?」

 違います、と有紀寧は首を振る。

「撃ち撃たれでは、平和はありえません。そこには必ず憎しみが残り、またあらたな火種を生みます。その連鎖・・・。人は一体どこまで続ければ気がすむのでしょうか」

 向けられた視線が痛い。

 そして同時にそれは祐一の思うところでもあった。

 祐一はこの手に銃を取った。別に人を殺したかったわけじゃない。守りたかったからだ。自分の周りの人間を。不条理に死んでいく人を少しでも助けたかったら。

 

『だって、ボクはここで守りたいものが出来たからくいう、っていくうけどりにも懐かしい「全てのものが」

 

『わたしは守りたいものがあったから、守りたい人がいたから、だからこの手をいくら血に染めようと平気だったんだよ!』

 

 そう。誰しもがそのために銃を向けるのだ。

 ならばその銃は一体どこに向けられるのか。

 決まっている。人間だ。

 ならばその人間は何のために戦っている?

 ―――なにかを守りたいから、壊されたくないからだ。

 そうして人々は戦う。守りたいものがあるから、守りたいと願っている者を撃つのだ。

 これでどうやって終わる?平和になれる?

 軍に入隊し、活気盛んに敵を撃つんだと考えなしに叫んでいたころとは違う。戦場に出て、戦って、撃って、知ったことがある。

 どうにか自分を誤魔化しここまで来たのだ。そんなのはいま考えることじゃないと。撃たれるから撃つのだと。

 しかし、いま目の前でこちらを見上げる少女の瞳がそんな心を平気で打ち砕いていく。

 本当にそれで良いのか?

 人はそれで平和になるのか?

 そのあまりにも真摯な目が、祐一にはナイフで傷口を抉られるほどに痛かった。

 だけど、なぜかその視線から逃げようとは思えなかった。逃げてはいけない気がした。

「・・・なら、宮沢はどうすれば戦争は終わると思うんだ」

「・・・まだ、わかりません」

「わからないと言うわりには強気だな」

「わたしは自分を信じていますから。理想を諦めずに平和の道を模索すれば、それは必ず成就すると」

 強い瞳。なにごとにも揺るがない強固な自信。

 どこまでも自分を信じて疑わないその様に、祐一は全身に鳥肌が走ったのを自覚した。

 そして舞も、有紀寧と祐一の会話を聞いていてなにかが自分の中で変わっていくのを感じていた。

「守るだけでは・・・戦争は終わらない」

 大切な者を守れればそれで良いと思っていた。だが相手もそれを胸に宿し戦っているのなら、有紀寧の言う通りそれに終わりは来ないだろう。

 有紀寧と祐一と舞。

 この三人が出会ったことが、後の歴史を変えたといっても過言ではない。

 

 

 

 祐一たちの進路のずっと先。地球軌道上。

 そこにはネオジオンでも五指に入る第三艦隊、別名地球軌道艦隊がある。

 主にその仕事は地球に降りる連邦、エゥーゴ艦隊、また宇宙に上がる同艦隊の迎撃。そして牽制の役割もある。

 この艦隊を指揮しているのは橘啓介大佐。アクシズに勤めている軍人としては随分と古株に入る人間だ。

 堅実な行動、作戦を取ることで有名で、過激派からは弱腰だの軟弱だのと散々言われるが、部下からは仕事が楽だと慕われている。

 そしてその啓介は今日も今日とて旗艦であるグワンバムの艦橋にていつものコーヒーを飲んでくつろいでいた。

「・・・うん、今日のコーヒーもおいしいねぇ」

 傍から見たら暢気なものと見えるかもしれないが、実際地球軌道艦隊の仕事は少ない。そもそもそんな頻繁に連邦やエゥーゴに動きはないのだ。

「今日も銘柄を変えたみたいだね」

「はい。いろいろなものを少しずつブレンドしてみたんです。その方が味わい深くなるんで」

「そうだね。・・・うん、本当においしい。いつものことながら仁科くんの淹れるコーヒーは格別だ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 啓介の横、お盆を持って微笑んでいるのは仁科理絵。これでもこの艦隊ではトップのMSパイロットなのだ。こちらもほとんど仕事がないので、趣味である音楽や料理に日々励んでいる。あとは新米兵士の訓練程度だ。

 その微笑む理絵越しに啓介はブリッジクルーをチラリと見やる。やはりブリッジクルーは恨めしそうに啓介のことを睨んでいた。

 その理由は理絵にある。理絵はこの艦隊のアイドルのような扱いを受けているのだ。容姿端整、物腰も良く朗らか。優しく、家事もそつなくこなすというミス・パーフェクトぶり。さらに彼女の奏でるバイオリンやピアノの音色、抜群の歌唱力がその魅力に磨きをかけていた。

 本人にはまったく自覚はないのだが、すでにファンクラブも設立されていてその会員数は三桁をくだらないらしい。

 そしてなぜかその当人である理絵はひどく啓介を気に入ったらしく、いつもいろいろとしてくれている。それはとても嬉しく思うのだが、他の部下からの視線が痛い。胃に穴が開く思いだ。

 啓介はもう奥さんとは離婚しているとは言え、いまは親戚のところに預けているが一応子持ちだ。・・・理絵の自分に対する好意は父親などに対するものと同じだと思いたい。

「艦長」

 やれやれと息を吐いていると、オペレーターから一つの紙を渡された。

「これは?」

「第十三艦隊より電文が届きましたので」

「第十三艦隊・・・あの人か」

 啓介はその電文を受け取ると、真剣に読み始めた。そうして数秒すると小さく笑い、視線を理絵まで上げた。

「仁科くん。柚木くん、椎名くん、中崎くん、南森くん、名倉くんを呼んできてもらえるかい?」

「良いですけど・・・任務ですか?」

「いや。秋子さんから頼まれごとでね」

「秋子・・・さん?」

「水瀬秋子大佐だよ。仁科くんも聞いたことくらいあるだろう?」

 理絵は頷く。

 おそらくネオジオンにいる人間で水瀬秋子の名を知らない人間はいないだろう。理絵の頷きを確認し、啓介は口を開く。

「どうやらこちらの方に連邦の新造戦艦が逃げてくるらしい」

「それの手伝いですか」

「そうなるね」

「わかりました。・・・艦隊で動くのですか?」

「まさか。もしかしたらその艦の増援が地球から上がってくるかもしれないのにそんなことはできないよ。動くのはグワンバムだけだ」

「わかりました」

 理絵は啓介に敬礼をするとそのままブリッジを出て行こうとして・・・足を止めた。

「仁科くん?」

「え、えと・・・」

 理絵は顔だけ振り返らせる。その表情はどこか不安そうで、おずおずとした調子で口を開く。

「その・・・水瀬大佐とは・・・、どういったご関係で・・・?」

「・・・?ただの仲の良い同僚だよ。彼女の立てる作戦や指揮は共感がもてるからね。それがどうかしたかい?」

 その言葉に理絵はなにか安心したように大きく息を吐くと、ほんの少し頬を染めながらにこりと笑い、

「なんでもありません。その・・・・・・なにもなくて良かったです」

 そう言って恥ずかしそうに足早にブリッジを出て行った。

 その言動にしばしポカンとしていた啓介は、しばらくしてそこの空気に気付いた。

 見渡す限りの刺すような視線。啓介はニュータイプではないが、憎悪と言うものが見えた気がした。

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 遂に本格登場と相成りました有紀寧。

 彼女が本当の意味で活躍するのはもう少し先のことになりますが、彼女の存在はこの物語において重要な立ち位置ですので、しっかりと彼女の行動を見届けてあげてください。・・・まぁ、言わなくてもわかる人にはわかるでしょうけどね(笑)。

 そいでもって、新キャラ登場。前回も名前は出てきました観鈴パパこと橘啓介を筆頭に、そしてその部下の脇役ズ。いえ、繭とかもいるんですけどね。ちなみに、この艦隊にいる名倉は友里ではなく由衣です。・・・やはり脇役か。

 そろそろ物語りは中盤に入ろうとしています。みなさま、どうか次回も楽しみにしていてくださいね。

 

 

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