Another Side Z

        【そして時は交じり合い】

 

「久しぶりの日本だな・・・」

 揺れる波間を進む二隻の艦、キサラギとラー・ケイム。

 そのキサラギの甲板で海独特の少し身体にくっつくような風を浴びながら、朋也は近付き始めた日本列島を眺めていた。

 それほど長い時間は離れていないはずだが、ここ最近はドタバタが多すぎてそんな気がまるでしない。

「朋也くんも日本は久しぶりですか?」

 隣には手摺から少し身を乗り出して懐かしそうに日本列島を眺めている渚の姿。

 そんな渚に小さく笑みを浮かべ、

「お前たちほどじゃない。ずっとトリントンに行ってたんだろ?」

「そうですね。かれこれ日本には半年以上来てません」

「やっぱそれだけ離れると懐かしいか?」

「そうですね。やっぱり生まれ育った場所ですから」

「そうか」

 渚は手摺から手を離すと、朋也の顔を見上げて笑う。

「それにそろそろお父さんとお母さんも帰ってきますからね」

「そうか。俺も久々に会いたいな、早苗さんに」

「お父さんには会いたくないんですか?」

「オッサンに会うと口論になるからな。しかもわけのわからんような」

「それはお父さんなりの愛情表現なんですよ」

「嫌な愛情表現だな」

「そうですか?私は羨ましいですよ。お父さん私にそんなことしてくれませんから」

「そりゃせんだろ。お前、どこまでも信じるからな」

「それ、どういうことですか?」

「渚は可愛いってことだ」

「そ、そんなことありませんっ。私はこれっぽっちも可愛くなんか・・・。でも朋也くんにそう言ってもらえるのは嬉しいですっ」

「そうかそうか」

「・・・・・・・・・・・・もしかして、私いま話はぐらかされました?」

「気のせいだろ」

 こんな馬鹿な会話も懐かしい。

 そう、いまとても和やかな気分の中にある。あるはずなのに・・・。

「・・・朋也、くん?」

 急に笑みを失くした朋也に不安そうに首を傾げる渚。

 その朋也は、少し険しい視線で日本の―――横浜基地の方角を凝視した。

 どうしても晴れない、嫌な予感を確かめるように・・・。

 

 

 

 暗い部屋の中。

 一つしかない窓から覗くのは日の光ではなく、開発途中のMSの影。

 その前のデスクに鎮座する一人の青年。

「そうですか。戻ってきたのですか」

 その青年は眼鏡を正し、読んでいた書類をデスクの端のほうに放り投げた。

「それで、どうするつもりです。大佐としては?」

「はっ。このままキサラギとラー・ケイムには他の部隊と合流、宇宙に上がってもらって邪魔な地球軌道艦隊を討ってもらおうかと考えております」

 青年の前には姿勢を正し直立浮動している中年の男がいる。襟の階級は大佐。

 が、どう見ても主導権は青年のほうにあった。

 まぁ無理もない。彼は連邦総議会の中でも上位に食い込むほどの実権と権力を持つ久瀬家の御曹司、久瀬隆之なのだから。

 その隆之は大佐の言葉を失笑で返し、椅子をゆっくりと回転させる。

「それで事は解決しますかねぇ」

「・・・と、言いますと?」

「いえね。どうせそのうちいなくなる地球軌道艦隊にそこまでの力を裂く必要性があるのかと」

「どういうことですか?」

 くくっ、と隆之は小馬鹿にしたように笑うと、

「あぁ、あなたは知らないんですね。それなら無理もない」

「・・・なにがです?」

「ネオジオンは地球にコロニーを落とす気でいるんですよ」

「なっ!?」

 驚愕に打ち震える大佐を尻目に、隆之は続ける。

「そんな状況で地球軌道艦隊をそのまま置いておくわけは・・・ないですよねぇ。

 落とすためのコロニーが近付いてくればそれの護衛に入るでしょうから?」

「その情報は、ほ、本当なのですか!?」

「さぁ。ですがまぁ、ほぼ間違いないと僕は踏んでます」

 あくまで飄々と。隆之はさもどうでも良いことのように話し続ける。

 否、おそらく彼にとっては本当にどうでも良いことなのだろう。

「まぁそういうことなので、そうですね・・・。キサラギにはロシアに不時着したというカンナヅキを迎えに行ってもらいましょうか」

「え、は、で、ですがそれは現在修理中のムツキに行わせようと―――」

「ムツキの艦長は北川潤大尉。キサラギの艦長は一ノ瀬ことみ少佐で間違いありませんよね?」

「え、ええ」

「ならばやはりカンナヅキはキサラギに任せましょう。ムツキはしばらく待機を。ラー・ケイムには地球軌道艦隊が去った後に月から帰って来る古河少将を迎えに行ってもらいます」

 男にはまるで隆之の思考が理解できない。

 だが隆之の頭の中ではしっかりとシナリオが描かれていた。

「これは・・・楽しくなりそうですねぇ」

 悪夢と言う名の、シナリオが。

 

 

 

 

 それから数時間経って。

 一ノ瀬ことみはゆっくりと横浜基地の通路を歩いていた。

 入港した途端大佐に収集をかけられたためだ。

 隣にはラー・ケイムの艦長も一緒である。

 そんな中、ことみは思考を広げる。

 到着早々の収集の意図はなにか。

 余裕があるならばしばらくの待機、その後しばらくの間があってなんらかの命令を受けるのが常だ。

 だが、そうではないということは余裕のある状況じゃないということになる。

 ・・・とはいえ、自分の知る限りの情報の中でとりわけ早く行動しなくてはいけないようなものは何一つとしてない。・・・それとも上層部しか知らないような何かでトラブルでも発生したのだろうか。

「わからないの」

「ん?なにか言ったかね?」

「・・・なんでもないの」

 考えてもわからない。思考して答えを出すには情報が少なすぎる。

 わからないのなら聞くまで、とことみはすぐさま思考を切り捨てた。

 角を曲がり、一際大きい自動扉を潜り、デスクに座る大佐の階級をつけた男に敬礼をして歩を進める。

 と、すぐそこに一人の青年が立っていることに気付いた。

 若いが、襟の階級は大尉。よほどの功績者なのだろうが、ことみは一度も見たことのない人物だった。

「ふむ。来たか」

 大佐の声に視線を戻す。

「・・・?」

 なんだろうか。その雰囲気になにか違和感のようなものを感じた。

「少々急な用件でな。到着早々ですまないが新しい任務を与える」

 ・・・が、それも一瞬。すぐにいつもの大佐の雰囲気に戻った。

 気のせいだったのだろう、とことみは自分に言い聞かせ目線をしっかりと向ける。

「まずラー・ケイム隊はしばらくの休暇の後、宇宙に上がって古河少将並びに古河大佐を迎えに行ってもらう」

「はっ!」

「そして次にキサラギ隊はすぐにロシアに向かってもらうことになった」

「ロシア、ですか?」

「うむ。そこに破損により降下コースを大幅にずらしてロシアに不時着したというカンナヅキ級一番艦、カンナヅキを迎えに行ってもらう」

 確かにカンナヅキ級は連邦の主戦力になる予定の戦艦だ。それが地球に下りてきていて、しかし降下ルートを違えてしまったのならキサラギほど適任もないだろう。

 だが、疑問もある。

「質問よろしいでしょうか」

「うむ。なんだね?」

「どうしてムツキではなくキサラギなんですか?同じカンナヅキ級ならムツキでも良いと思うのですが」

「ああ。そのことはそこにいるムツキの艦長にも言ったんだが・・・」

 と言って視線を向けたのは先程の青年だ。

「ああ、紹介がまだだったな。彼がカンナヅキ級二番艦ムツキ艦長、北川潤大尉だ」

「どうも」

 北川潤、と呼ばれた青年は気さくな笑みを浮かべてゆっくりと手を差し伸ばしてきた。

「そちらはキサラギ艦長の一ノ瀬ことみ少佐ですよね?噂はかねがね聞き及んでいますよ」

「噂、ですか?」

 その握手に応じながら、ことみは聞き返す。

「もちろん良い噂ですよ。カンナヅキ級の開発の第一人者にして天才指揮官。連邦であなたの名を知らない者はいないでしょう」

「過大評価なの」

「そんなことはない。あなたの実力は誰もが認めているところです。ムツキに乗ったからこそ、それも実感しましたしね」

 にこりと。邪心のない笑みを浮かべる潤に、ことみは苦笑で答える。

 ・・・さすがにここまで真っ直ぐに褒められるとくすぐったいものがある。

「話を元に戻すが良いかね?」

「あ、すいません。つい」

 慌てて手を離し謝る潤に大佐は頷くと、ことみに視線を戻す。

「ムツキは地球降下の際に無茶をしすぎて少々念入りな修理が必要なのだ。さすがにそれを待っていてはカンナヅキが気の毒だろう?

 まして不時着したのはあの『白銀の狼』と名高い坂上智代のいるモスクワの近くらしい。救出に手間取っていては撃たれてしまう可能性も多いにあるのだよ」

 カンナヅキ級は少々他の艦とは作りが違う。外壁や武装などの修理ならまだしも、メインエンジンやメインコンピュータなどの修理はそれなりの時間がかかる。最新艦のデメリットでもあった。

「そういうことなら仕方ないですね」

「うむ。少々難しい作戦になるかもしれんから、MSと人員を少しキサラギに送ることにした。

 あとでブリッジの方に詳細を載せたデータを送るから見ておいてくれ」

「了解しました」

「うむ。では健闘を祈る」

 敬礼に敬礼を返しことみは背を向ける。

 部屋を出て扉が閉まったのを音で確認すると、ことみは人知れずため息を吐いた。

「・・・休憩がないのは少しきついの」

 しばらく戦闘&航行の連続でろくな休みを取っていない。身体は盛大に休憩を望み、いま布団に入れば間違いなく十二時間睡眠間違いなしだろう。

 ・・・とはいえ、そうも言っていられない。

 いまにも生死の危機に直面している艦があり、それを救出するのが自分たちの任務なら、それは迅速な行動を要求される。

 もう少し頑張ろう、と自分の身体に言い聞かせ、ことみは再び廊下を歩き始めた。

 

 

 

 ことみがブリッジで確認したデータには十名強のパイロット名とそれに相当するMS。

 その中で二人、明らかに浮いている存在があった。

 なにが、と問われればその個人スコアだ。他の面々は一、あるいは二。何もない者だっているのだが、その二人だけは共に二十を越えていた。

 霧島佳乃に、清水なつき。それがその名だ。

 霧島佳乃はムツキから、清水なつきはラー・ケイムからの増援という事になっている。

 そしていまことみはMSの搬入を行っているはずのその霧島佳乃という少女と会うためにキサラギのMSデッキに足を向けていた。

 なつきの方はもう搬入を終え、いまは朋也とともにラー・ケイムの面々にお別れの挨拶をしている。

 それになつきとは日本に帰ってくるまでに数回会って話もしているので大丈夫だろう。

「・・・?」

 MSデッキに着いてみると、そこには見慣れないショートカットの少女が一人、これまた見慣れないMSを見上げて立っていた。

 ・・・自分はニュータイプじゃないけれど、なんとなくその人物が霧島佳乃だという確信があった。

 近付き、しかし念のため確認は取る。

「霧島、佳乃軍曹・・・?」

「あ、はい。そうですよー」

 声を掛けてみると、およそ軍隊とは不釣合いな返事と元気な笑顔が返ってきた。

「えと・・・」

「私は一ノ瀬ことみ。階級は少佐。この艦の艦長をしているの」

「うわわ、この艦の艦長さん!? え、え〜と、し、失礼しました!」

「気にしなくて良いの。あまり堅苦しいのは好きじゃないから」

「・・・そうなんですか?」

 伺うような視線。それに頷くと、

「良かった〜。てっきり上官になんて口を叩くかー、とか言われてそのまま銃殺刑かと思ったよぉ」

 ホッとしたように息を吐きながらとんでもないことを口にした。いきなり銃殺刑に飛躍するとはまるで軍のことを知らないような口振りで・・・。

「・・・まさか」

 栞の事がある。もしかしたら本当に軍のことを知らないのか・・・?

「佳乃ちゃん、連邦に入隊したのはいつ?」

「え? うーん・・・、カンナヅキがグラナダに入港したときだから・・・ざっと一ヶ月半前ってとこかな?」

 その短期間で個人スコアが二十を越えていることにことみは驚愕を隠せない。いや、確かに栞も一ヶ月ほどで個人スコア二十を叩き出したが、それにしてもそんな人物が他にもいるとは思わなかった。

 そしていま、気になる言葉を口にした。

「佳乃ちゃん、カンナヅキにいたの?」

「うん。いまはムツキ所属になってるけど、本当はカンナヅキにいたの。地球に降下してくるときにはぐれちゃってそのまま観鈴さんとムツキに」

「その観鈴さん、と言う人は?」

「あたしと同じカンナヅキのパイロットだった人だよ。いまはちょっと熱出しちゃってここで休んでるけど。

 ・・・本当はこの機体も観鈴さんのなんだけどね」

「この機体は?」

 見上げた先には見たことのない機体。ジム系統であることはわかるが、背中についている翼のようなバインダーが特徴的だった。

「あぁ、これはカンナヅキのメカニック、浩平くんが観鈴さんのためにジムVを改造したワンメイド機なんだよ」

「浩平くん?」

「折原浩平くん。聞いたことない?」

「・・・少し記憶にあるの」

 そう。確か以前に一度だけ会った記憶がある。

 カンナヅキ級一番艦カンナヅキの製作班にいたメカニックの男。腕前は確かにピカイチだった。

 記憶が正しければ彼はもともとティターンズの兵士で、命令違反から懲役二年をくらい、その後パイロットをやめて整備班に回されたと聞いたような気がする。

 そうか。彼はあのままカンナヅキの整備班に転属されたのか。

「ことみさん?」

「あ、ううん。なんでもないの」

 どうやら彼はメカニックの腕もそうだが、開発者としての才能もあったらしい。

 とりあえず合流後の楽しみが一つ増えたようだ。

「それで、どうしてこの機体が?」

「あたしの機体は地球降下戦の時に壊しちゃって・・・。そして観鈴さんが熱でこれに乗れないなら下手な機体よりもこれが良いだろう、ってことになって」

 使いこなせるかわからないけど、と苦笑して佳乃はその機体を見上げた。

「待っててね、みんな。すぐに、助けに行くから」

 

 

 ―――その会話を近くで聞いていた少女がいた。

「折原・・・浩平?」

 美坂栞。

 そして彼女にとってその名は、忘れようのない者の名だった。まさかここで聞くことになろうとは思わなかったが・・・。

 しかし連邦にいるという話も聞いたことあるので、別におかしくはないか、とも思う。

 世間は案外狭いらしい。

「懐かしい、名前だな・・・」

 数年前になんども聞いたその名前。

 そしてその人物はこれから迎えに行くというカンナヅキにいるらしい。

「・・・会えるんだ、あの浩平さんに」

 一度会いたいと思っていた。

 ・・・そして、聞きたいこともあった。

 あの後、いったいどうなったのか。そして・・・。

「・・・いまは、いいか」

 考えるのは会ってからにしよう。

 そう思考を終わらせ、栞は静かにその場を後にした。

 

 

 

 その頃朋也はなつきと共にラー・ケイムにいた。

 場所は小さなラー・ケイム内の個室。そこは清水なつきの部屋だ。

「これでおしまい・・・っと」

 なつきはスポーツバッグに服を突っ込み、ぽんぽんと叩くとチャックを閉める。

「いやー、半年しかいなかった部屋とはいえこうなると少し寂しい感じですねー」

 すでにそこに人が住んでいた感じはない。いま荷造りは終わり、その部屋はただの空間となった。

「お前は異動は初めてなのか?」

「そうです。最初から渚先輩の隊に組み込まれて、そしてしばらく経ってラー・ケイムに配属されて。それからずっとここにいましたからね・・・」

 もともとパイロットは一定の場所に留まる事はない職だ。

 世界を周り、艦を乗り換え、そして宇宙に上がったりもする。

 朋也は軍に入ったときから異動異動の繰り返しで至る所を転々としてきた。だから一つの場所に愛着を持つようなこともなかった。

 ・・・やっぱり長い間いるとそうなるもんだろうか。

 考え、しかしわからないことはどれだけ考えたってわからないものだとすぐに捨てる。

「そろそろ行くぞ。キサラギの発進までそう時間はない」

 朋也はそう言うと無言でなつきの荷を持ち上げ、そのまま部屋を出る。

「あ、あの」

 後ろから慌てたようになつきも追いかけてきた。

「ん?」

「その、荷物・・・」

「ああ、気にするな。せっかくここに男がいるんだから荷物くらい持たせてやれ」

 一瞬逡巡するような気配。だがクスリ、と小さく笑い声を立てると、

「では、お任せしますね♪」

 笑みのまま朋也に付き従った。

 

 

「朋也くん、なつきちゃん」

 ラー・ケイムを出てドックに下りると、そこには渚とまいかが立っていた。

「お出迎えか?」

「はい」

 笑う渚。

 しかしその笑みも一瞬で、渚は俯いた。

「・・・朋也くんとまた離れ離れになってしまうのは、すごく残念です」

「仕方ないさ。お前はラー・ケイム隊にとって大事な隊長だ。さすがにそんな人材をこっちに持ってくるわけにはいかないだろ?」

「そうですけど・・・」

 そんな渚の前になつきが立ち、ポンと自分の胸を叩いて、

「大丈夫ですよぅ、渚先輩。岡崎さんに悪い虫がつかないようにこのなつきが見張っていますから♪」

「な、なつきちゃん!」

「渚先輩、顔赤いですよ?可愛いですねぇ、もう」

 渚の態度にかみしめながら笑うなつき。そして視線を朋也に流すと、

「・・・」

 ウインク一つ。

 そのままなつきは後ろにいるまいかのところへと歩いていった。

 ・・・まぁ、気を遣われたからにはましな挨拶をしよう。

 そう考え、朋也は渚の目の前にまで寄るとその両肩を掴んだ。

「あ、え、・・・と、朋也くん・・・?」

「またすぐに会える。だからそんな顔はするな」

 間が空く。

 すると渚はおもむろに朋也の腕の中に身を寄せた。

 隙間から見える渚の頬は赤い。

「・・・・・・本当にまたすぐ会えますよね?」

「ああ、もちろん」

「・・・・・・・・・・・はい」

 ギュッと服を握られる感覚。

 だから朋也もそっと渚を抱きしめた。

 ただ安心させるように、優しく・・・。

 

 

 そんな二人の様子を遠巻きに見つめていた二人は、共にやれやれとため息を吐く。

「近付けないね。あれじゃ」

「近付きたくもありません。私は馬に蹴られて死にたくはありませんから」

「でも、あの二人付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

「そう聞きましたが。どこまで本当でしょう」

 そこまで話し、二人は同じタイミングで小さく笑った。

 なつきとまいかは連邦の同期だ。歳は違えど、二人は互いを親友のように感じている。

「さて・・・と」

 うーん、と背を伸ばし、なつきはまいかを見下ろす。そして、

「まいか。渚先輩をお願いね?」

「任されました」

 その返事に満足したのか、なつきはうん、と頷いて朋也に視線を向けた。

 朋也もすでに渚と身を放しており、こっちの視線に対して頷いた。

 こっちへとやって来た朋也になつきも並び、共に歩き出す。

 そして振り返り、

「「行ってきます」」

 そう告げた。

 

 

 

 星が煌く夜。

 その下で横浜基地を発進していくキサラギ。

 その姿を施設の屋上から眺め、一人笑う青年がいる。

 久瀬隆之だ。

 何を考えているかはわからない。だが、その笑みは邪悪なものだ。

 そしてキサラギが夜空の向こうに消え行くと、隆之もその場を後にした。

 

 

 

 日にちが変わり、陽が上る。

 それからしばらく経って眼下の景色は中国やモンゴルの砂漠からカザフスタン北部を越えてロシアの雪原へと移り変わっていった。

 現在はモスクワから東におよそ二千キロにあるエカテリンブルクの上空を越えた辺りを航行している。

 目標のモスクワまであとざっと二、三時間といったところだろう。

 ことみはそれを確認すると、艦内放送をオンにして口を開いた。

「そろそろ目標のモスクワに到着するの。いかなる事態を想定し対応できるよう、第二種戦闘配備のまま命令あるまで待機。よろしく」

 ふぅ、と息を吐き艦内放送をオフにする。

「この距離で第二種戦闘配備ですか?早くないですか?」

 そんなことみにブリッジクルーの男が身体ごとこちらに向いて訊ねてくる。

 ことみはそちらに瞳を向けると、

「なにごとも対処は早い方が良いの。・・・なにかがあってからじゃ遅いから」

「それはそうですけど・・・」

 まだなにか言いたそうな顔をするその男に、オペレーターの女が目で合図する。

 それに対し男はハッとし、バツが悪そうに姿勢を戻した。

 ・・・有名な話だ。

 一ノ瀬ことみの両親・・・一ノ瀬博士夫婦は連邦の戦艦で移動中に宇宙海賊に襲われて死亡した。

 その襲われたエリアは以前から海賊が頻繁に出ると言われていたのに、艦長が戦闘配備を怠ったせいで対処が遅れたのだ。

 ・・・そのせいだろう。ことみは少々過剰なほどに事前に行動を取る。

 だが、それはことみの一つの強い思いから行われること。

 もう誰にも死んでほしくはない。

 その願いを胸に宿し、ことみはいまその席に座っている。

 ―――そして、そのことみの対応は正解だった。

 

 

 

 モスクワ付近に差し掛かるか、といった瞬間、キサラギの計器は一つの反応を示した。

「ん? ・・・艦長」

「なに?」

「北東の方角・・・ミノフスキー粒子濃度が戦闘レベルにまで達しているのですが・・・」

「北東・・・?」

 手元の機器を操作してここ一帯の地図を出現させる。

 それからすると、ここから北東でそれらしいものといえば・・・、

「ネオジオンのモスクワ基地」

 それしかありえないだろう。とすれば、いまそこで戦闘が行われているということだ。

 ネオジオンが戦っているとなると、相手は二つに一つしかない。

 カラバか・・・あるいは連邦。

 そして後者であった場合、この近辺の連邦の情勢を考えると戦っているのは一つしかありえない。

 ことみの表情が、変わる。

「艦首回頭二時。そして各員に第一戦闘配備に移行を通達」

「では・・・」

「目標が戦闘を行っている可能性も否定できないの。なら、行くしかない」

 その言葉にクルーたちは頷き、それぞれの仕事を始めていく。

「艦内各員に通達。これよりキサラギは第一種戦闘配備に移行する。繰り返す、これよりキサラギは―――」

 オペレーターの声が艦内に響く中、キサラギは進路をモスクワ基地へと向ける。

 そして三十分ほど経って近くまで来てみれば、それ―――戦闘は視認で確認できた。

 そこでは一際目立つ艦が浮遊している。遠めにも白く輝くその艦は・・・、

「照合・・・合致しました。カンナヅキ級一番艦、カンナヅキです」

 やはり間違いないようだ。しかし動けなかったのではなかったのか・・・?

「拡大できる?」

「待ってください・・・。望遠、拡大・・・。来ました、スクリーンに出します」

 スクリーンに現れたのは戦闘を行っているカンナヅキとネオジオン。

 そして、それに混じって戦っているカラバのMSの姿だった。

 それを見てことみは全てを理解した。

 おそらくカンナヅキを修理したのはカラバだ。そしてその代償としてモスクワ基地攻略の共闘を申し込んだのだろう。

 詳しい経緯はわからないが、とりあえずそう見て間違いない。ならば・・・、

「全クルーに通達。キサラギはカンナヅキを発見。現在カンナヅキはモスクワ基地内にてネオジオン軍と交戦中。これを援護するの」

 言い終え、視線を前に向けると、

「キサラギ、全速前進!」

 キサラギのメインエンジンが大きく駆動する。

 と、それとほぼ同時にことみの手元のパネルに一つの通信端末が開いた。

『ことみさん、私に先に行かせてください』

「栞ちゃん?」

 そこに映っているのはノーマルスーツ姿の栞だった。

『ウインドの速度ならここから出撃すれば少しは早く戦場に到達できます。

 それにエネルギーの豊富なウインドならそれでも戦闘中にエネルギー切れなんか起こしませんし』

 思考は一瞬。ことみは頷いた。

「わかったの。発進どうぞ」

『はい!』

 

 

 通信を切り、栞は前を向く。

 ここでカンナヅキに堕ちてもらうわけにはいかない。

 聞きたい事があるんだ。あの、折原浩平に。

 開かれていくハッチ。カタパルトまで移動、接続し、一息した後、

「ガンダムウインド、美坂栞、行きます!」

 カタパルトから放たれ、そのままMAに変形して大空に羽ばたくウインド。

 さながらそれは青空を気高く疾駆する鷲のようだった。

 

 

 それを見送ると、戦場で一際輝く閃光が見えた。栞が突入したのだろう。

 そしてここまで近付けばカンナヅキも・・・ネオジオンももう接近には気付いているに違いない。

 ことみは一度頷くと、オペレーターの方を見やり、

「カンナヅキとの通信開いてほしいの」

「・・・通信開きました、どうぞ」

 開いた通信モニターの向こうには、見たこのない青年が座っている。

 ムツキの艦長もそうだったが、予想以上に若い艦長だ。

 でも、なんとなくわかる。

 幾度の修羅場を潜り、死線を抜け、そこにいるのは一人の優秀な指揮官なのだと。

 一息。

 ことみはしっかりと視線を合わせ、高らかに言う。

「こちら、カンナヅキ級三番艦キサラギ艦長・・・一ノ瀬ことみです」

 

 

 ―――こうしてここに、二人の天才指揮官は邂逅を迎えた。

 

 

 

 そして時は交じり合い、一つの物語へと紡がれる―――。

 

 

 

 あとがき

 どうも神無月です。

 ついに合流を果たしました。

 さてさて、そういうことで今回でAnotherは終了となり、次回からは本編と一緒に話が進んでいくことになりますね。

 ではみなさま、次回をお楽しみに〜。

 

 

 

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