Another Side X

         【誰がために鐘は鳴る】

 

 ネオジオン第九艦隊は物資補給も済み、いよいよ進路をイブキに取り始めた。

 と言っても、別にイブキとやりあうつもりはない。イブキから出てくるカンナヅキ級を叩くためだ。

 そのための訓練もどうにか補給中の空いた時間に行ったが、さすがに以前ほどのレベルにまでは到達していない。

 救いは新たに指揮下に入った聖、美凪、みちるのエース三人。そして―――。

 

 

「へぇ」

 ドライセンに乗りながら、香里は感嘆の言葉を呟いた。

 対峙しているのは三機のMS。パラス・アテネを先頭に、二機のギラ・ドーガ。

 対するこちらもクリムゾン・スノーのメンバー三人で対抗している。

「晴香、あのパラス・アテネは接近武器がないわ。・・・いける?」

『任せて。・・・と、言いたいところだけど、正直わからないわ』

「そうね。なら、後ろの二機をしばらくあたしが受け持つから、葉子。あなたもあのパラス・アテネをお願い」

『それは良いですが・・・。あの二機も相当強いですよ。一人で大丈夫ですか?』

「長い時間は無理ね。もって四、五分。それまでにあいつを叩いて」

『『了解』』

 そこで通信は切れ、晴香のドライセンが右から、葉子のドライセンが左からそれに続く。

 それを見たパラス・アテネのパイロット、美凪は自分の部下となっている二人に指示を出す。

「・・・どうやら二人で私を一気に畳み掛けるつもりのようです」

『んに、美凪をいじめる奴はみちるが許さない!』

 そう言って前に出ようとするみちるのギラ・ドーガを片手で制し、首を振る。

「・・・この二人はどうにか押さえ込みます。・・・だから、みちると国崎さんは美坂大尉を」

『一人で大丈夫なのか?』

 往人のギラ・ドーガが美凪の横に並ぶ。それに美凪はそっと頷き返した。

 往人はしばらく迷ったが、隊長である美凪の言葉に従うことに決めたのか、みちると供に香里の方へ向かっていった。

 それを見届け視線を前に転ずると、そこにはすでに射程距離に入った晴香のドライセンがあった。

「・・・早い」

「今日は勝つわ!」

 振り上がるビームランサー。それを下ろされる前に美凪は機体を横にずらし、感覚のまま晴香の後ろを連装ビームガンで撃つ。

「っ! お見通しですか!」

 そこには援護をしようと追いかける形で走っていた葉子のドライセン。だが、不意を突いたはずの攻撃を難なく回避される。

 そこへ再び晴香のドライセンが疾走して来る。奔るビームランサーの光を横目に、美凪は距離を取ろうと左右に走り回る。それはランダム回避の意味合いもかねており、葉子のハンドガンが唸るも、当たる気配はない。

 その頃、香里は意外に上手いみちると往人の連携攻撃に手間取っていた。

「なかなかやってくれるじゃない!」

 みちるに向かって投げたトライブレードは、しかし横から放たれたビームマシンガンによって届く前に破壊されてしまった。

「みちる!」

「んに!」

 合図と同時、みちるのギラ・ドーガが右に移動しながらビームマシンガンをばら撒く。それは当てるためのものではなく、あくまでも動きを制限するためのもの。そこにすかさす往人がビームトマホークを掲げて突っ込んでくる。

「もらった!」

「甘いわ!」

 必殺を確信した往人に、しかし香里は無理な態勢でありながらもそれをビームランサーによって受け止める。

「さすがは、クリムゾン・スノーってやつか。・・・だが!」

 二、三撃斬りあうと往人が跳躍。何かと思えば、そのすぐ後ろにビームマシンガンを構えたみちるが立っていた。

「ちぃ!」

 正にコンビプレー。香里は舌打ちしながらも、なんとか回避運動に入る。

 だが、あの体勢から全てをかわせるはずもなく、いくらかもらってしまった。

「逃がすかぁ!」

 そのまま追いかけるようにビームランサーを取り出すみちる。そして今度は往人が後方援護に切り替わり、ビームマシンガンを撃ち始めた。

 それを見て、香里は小さく口元を崩した。

「ごめん。葉子、晴香。四、五分ももたないわ」

 呟いた瞬間、懐に入ったみちるのビームトマホークが一閃した。

 

 

 パァン!

 青空が放たれた信号弾の光に包まれる。

 それは模擬戦終了の合図だった。

 

 

「あー! 悔しい、また負けた〜」

「これで三勝三敗ですものね」

 暑苦しそうにヘルメットを脱ぎ捨てる晴香。模擬戦で負けたのがよほど悔しいのだろう。

「もう、この前まで三戦三勝だったのに・・・。あいつが来てから三連敗よ!」

「国崎往人さん・・・。でしたか」

 それは二日前のこと。

 いきなり現れた現地の志願兵と名乗るその国崎往人と言う青年。

 美凪やみちる、聖と知り合いだったらしいから、そういう理由で入隊してきたのだろうと葉子は考えた。

 そして聖からギラ・ドーガを預かり、勝平に代わり美凪チームに入ったあと、あっという間に模擬戦三連敗を喰らってしまった。

 と言っても、それほど往人が強いわけでもない。おそらくサシで勝負すればクリムゾン・スノーの人間には勝てまい。

 機体性能の差でもない。パラス・アテネの性能はドライセンの遥か上を行くが、ギラ・ドーガと比べれば香里たちの紅いドライセンの方が若干性能が良いのだ。イーブンだろう(ちなみに美凪が乗っているパラス・アテネはもともとティターンズが使っていた高級機だが、これは聖がグリプス戦役時にとある組織から裏取引によって手に入れた設計図から製作したものらしい。他にもボリクーノ・サマーンやバウンド・ドックも手中にあると聞く)。

 むしろ脅威なのはその三人のチームワークにある。自分たちのように言葉にして指示を受け動くのではなく、会話無しで相手の行動や動作からなにをしてほしいのか、なにをすれば良いのかをすぐさま導き出すあの信頼関係こそ、あの三人の強みだ。

「ま、良いんじゃない。あれが敵じゃないだけ」

「・・・香里さんはどこか嬉しそうですね」

「そう?」

 地団駄を踏む晴香とは裏腹に、香里は小さく笑みを浮かべながらパイロットスーツを脱いでいた。

「そうかもしれないわね。・・・ちょっとした好敵手に出会った感じ、かな」

「好敵手?」

「味方だから言えることなんだけどね。あれが敵だったらただ面倒なだけ。

 味方として強い者がいるって言うのは心強いし、信頼も置ける。そしてお互いに強めて行ける関係って、いままでいなかったから」

 戦場で出会う相手は、いくら強かろうとただの敵。

 中にはそこに好敵手の存在を求める人間もいるのだろうが、香里はそれを嫌う。

 だって、これは戦争。殺し殺されるその場で、好敵手なんて存在を作ってどうするのか。不謹慎なようにも思う。

 敵ならば弱かろうが強かろうが容赦なく撃つ。そう決めていた香里にとって、好敵手とは身内でしか出現し得ないものだったのだ。

「なら、私たちは好敵手ではないのですか?」

「そうね。葉子と晴香も好敵手であり大事な仲間よ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う葉子に、悪戯っぽい笑顔で返す香里。

 それを眺めていた晴香も交じり、三人はそのまましばらく笑いあった。

 

 

「ふぅ」

 息を吐く。

 彼―――国崎往人はパイロットスーツをロッカーに突っ込み、タオルを肩にかけると扉を開けた。

 ふと気配。視線を上げればそこには廊下に寄り掛かって立つ一人の女。

「なかなかやるじゃないか。国崎君」

 ロッカールームから一人出てきた往人を迎えたのは、霧島聖だった。

「そんなことを言うだけにここに来たのか?」

「上司としては部下に労いの言葉をかけることも仕事の一つだよ」

 ふふんと。薄く笑いながらこっちを見下ろす聖の仕草は、往人の知る聖となんら変わっていない。

「そうか。ご苦労なことだな」

 ぶっきらぼうにそうとだけ告げて、往人は聖の横を通り過ぎる。

 それを視線だけで追った聖が、小さく口を開いた。

「・・・なにを企んでいる?」

 往人の足が止まる。

「・・・美凪がいきなり君を連れてきたのにも驚いたが、君が軍に志願したことにはなおさら驚愕したよ」

 そう。

 街中で美凪を助けたあと(助ける必要性がないほど武術に富んでいると知ったのは大分先)、美凪がネオジオンにいると知った往人はネオジオンに入隊することを申し出たのだ。

「別に。深い意味はないさ」

「果たして本当にそうかな。君は馬鹿だが、決して愚かじゃない」

 馬鹿は余計だ、と冗談っぽく呟くが、どうやらいまの聖には通用しないらしい。

「もう一度聞こう。・・・国崎君、君は一体なにを考えてここに来た?」

 別に向き合っているわけでもないのに、感じた。聖の向ける、冷ややかな視線を。

 その迫力に飲まれ、小さく息を呑む。

 事実、往人は決して何の意味もなくネオジオンに入ったわけではない。

 観鈴と佳乃のためそのうち潜入しようと考えてはいたが、まさか美凪がネオジオンにいるとは思っていなかった。そしてそれによって難なく潜入は出来たのだが、まさか目的の一つである聖が美凪の直属の上司であったとは想像もしなかった。まさに棚から牡丹餅。

 しかし、それは同時にもっとも危険なことであることに今更ながらに気付いた。

「・・・なにも考えてなんかない」

 探るような聖の視線。できるだけ不自然な動作のないように気を使っているが、はたして聖にはどう映っているだろう。

 数秒後、聖はフッと鼻で笑うと、

「そうか。・・・まぁ、そういうことにしておこう」

 寄り掛かっていた壁から背中を浮かし、聖はそのまま往人とは逆の方向に歩き去っていった。

 治まらない動悸。

 往人の耳にはカツカツと廊下に刻まれる軽い足音がいつまでもこだました。

 

 

 

 イブキを離れてキサラギはインド洋を航海していた。

 強く吹く海の風。潮の香りがするその風を栞は甲板に出て一身に受け止めていた。

 キサラギと併走するカモメを見て、無条件に笑みが浮かぶ。

「風邪、引くぞ」

 後ろからかかる声。

 驚きはない。彼も自分もニュータイプ。その存在はすぐに認識できた。

「大丈夫です。こう見えてもそれなりに丈夫になったんですよ?」

 振り返り、力こぶを見せるように腕を挙げてみせる。そこにいる青年―――岡崎朋也は苦笑しながらゆっくりと近付いて来た。

「気持ちいい風だが・・・。少し潮の香りがきつくないか?」

「でも、私は海を見たことがありませんでしたから」

「・・・そうか。そうだったな」

「はい、そうです」

 栞はコロニー生まれのコロニー育ち。そう、生粋のスペースノイドである。

 地球に来たきっかけは30バンチ事件の治療のためだ。見たことはないが、古川早苗という人がいろいろと配慮してくれたのだと聞いている。

 自分の体をこんなにしたのも連邦ならば、助けられたのも連邦。

 皮肉な話だな、と思っていた。

 でも連邦だって一枚岩ではない。事実、ティターンズと言う存在は連邦の中でも異質な存在であったらしい。ジオンの残党狩りを目的に結成されたそれは多大な権利を独り占めし、いいように動き回っていたのだという。

 ・・・そして、なんの因果か姉である香里と敵対している。

 実の姉と銃を向け合ったときのことを思い出し、栞はわずかに体を震わせた。

「・・・朋也さんは、初めて戦場に出たことを覚えていますか?」

「どうした、急に」

「いえ、ちょっと気になったものですから」

 別に言いたくなければ、と手すりに背を預ける栞。それを見て、朋也は栞の横まで歩き、並んで手摺に手をかけた。

「しっかりと覚えてる。初めてMSのグリップを握り、そして敵を撃った」

「私も撃ちました。必死でしたから覚えてないんですけど、記録には七機とありました」

 初陣で撃墜数七機。

 それはエースと呼んでもおかしくない値だ。だが、それをすごいな、とは朋也は言わない。

「・・・あのときは無我夢中で。どうにかしたくてグリップを握り引き金を引きました。でも、こうしてしばらく経つと・・・。腕が震えてくるんですよ。

 いえ、決して死ぬのが怖かったわけじゃありません。死にそうになったのは一度や二度ではないですから。そうじゃなくて・・・」

 栞はじっと自分の掌を見つめる。

「そうじゃなくて・・・、私が、この手で、人を撃った・・・殺した、という事実が怖いんです」

「でもお前があそこで撃たなかったら、理不尽な理由で死んでいた人間がいた。そして、お前がそれを守ったんだ」

「・・・そうですね。確かにそうなんですけど」

 グッと掌を握る。

 そこに守りたいものがあって。だから引いた引き金。そこに後悔はないが、・・・罪悪感が残った。

 それは朋也も経験したことだった。

 朋也も初陣ですごい活躍をした人間だ。終わってみれば周囲の人間は口々に朋也を褒め称えた。「すごいじゃないか」と。

 だが、朋也は喜べなかった。

 なぜなら、人を殺したからだ。

 たくさんの人を殺してきて、すごいと言われたのだ。それで喜べるほど、朋也は軍人然とはできなかった。

「・・・人は、どうして戦い合わなければいけないんでしょうか?」

「そこに、譲れない思いがあるからだろ」

「そうなんですけどね。・・・虚しいです」

 さぁ、と風が吹く。

 靡く髪をゆるやかに押さえる栞に、朋也は顔を向ける。

「俺たちに出来ることは・・・、人を撃ったという結果を、人を撃っているという事実をいつまでも忘れないことだ」

「忘れないこと・・・?」

「忘れちゃいけない。それを忘れてしまうことは、もう人として終わってることと同じだ」

 一瞬キョトンと、でもすぐに小さな笑みに変わり大きく頷いた。

「・・・そうですね。それは、生き残った者の、撃った者の責任ですね」

 栞がスッと手摺から身を離す。

「少し体が冷えてきてしまいました。そろそろ戻りましょうか」

 腰に巻いてあったストールを解いて、自分の体に巻きつける。横目にこちらを窺う栞の瞳はまだ憂いが残っているものの、優しい輝きもあった。

 大丈夫だろう。そう思う。

「栞は強いからな」

「え、なにか言いました?」

「いや、なんでもない」

 生死の境を何度も歩いた栞という少女。その小さな体には目に見えない、けれど確かな強さを持っている。

 そう感じるのは、ニュータイプとしての感覚なのかもしれない。

 けれどきっとニュータイプじゃなくてもわかったはずだ。

 彼女はこんなにも、悩んで思って考えて、それでも前を向いて立派に生きてるじゃないか。

 

 

 

 グワンゾン艦内はその雄々しい風貌とは裏腹に、案外狭い。

 もともとグワンバン級は艦隊指揮官が乗る高級艦のため、砲撃力、ないしMS艦載能力を第一に製造されている。そしてそれはその通りに実現したのだが、その代償になったのがこの狭さだ。

「少しはクルーのことも考えてほしいものだな」

 そんなことを呟きながら、国崎往人は艦内を散策していた。

 散策の理由は艦内の確認及び把握。といってもそれはあくまで表の理由であり、調査をするというのが本当のところの理由だ。

 往人は右往左往しながらカンナヅキのことを思い出していた。

 あそこは広かった。二倍くらい広かったのではないかと思う。いろんな用途の部屋があり、多少の娯楽施設も存在していた。艦にいるクルーの精神的なケアを狙ったものだと観鈴から聞いてそんなもの必要ないだろうにと思ったが、どうやらあながちそうでもなかったようだ。なまじカンナヅキを見てしまったからこそ余計に狭く見えるのかもしれないが。

 と、廊下の突き当りを右に回ったとき、人影が目の前をかすめた。

「・・・遠野か?」

「あ、国崎さん・・・」

 声に気付き、美凪がこちらへ振り返る。

「なにをしてるんです?」

「いや、艦内の散策をな」

「・・・」

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・スパイ?」

 ギクッ。

 反応して思わず心臓が跳ねる。鋭い指摘に、しかし往人はどうにか平静を装うと、

「なぜそうなるっ」

「・・・・・・違う?」

「違う」

「・・・残念」

 どうして残念なんだ、と言おうとして、なぜか往人は思わず噴出してしまった。

「・・・国崎さん?」

「はは、・・・ああ、いやなに」

 ただ美凪はあまり変わってない事に安堵したのだと、そう思っただけで。

「・・・?」

 首を傾げる美凪に、往人はなんでもないんだと手で制した。

 しかし、と思う。

 訓練の―――戦闘のときの美凪には少し驚かされた。いつもポワポワした感じが綺麗に抜け、残るのは冷静な凄腕パイロットの姿。

 あれも美凪の一つであることに変わりなく・・・、そしてそれは往人の知る美凪のどれともかけ離れた姿だった。

 なにかあったか、あるいはなにかあるのだろうと往人は思う。

 美凪になにがあったのか知りたい。ここに来て増えた目的の一つだった。

 緩まった口元を引き締め、美凪に向き直る。映る端整な顔立ちに、往人は訊ねてみた。

「なぁ、どうして遠野はネオジオンに入ったんだ?」

 その質問に、美凪はなにかつらそうに顔を俯かせた。

 思いが確信に変わる。やはりなにかあったのだ。

 往人は先を促さないし、せっつかない。美凪が口を開くまでひたすら待ち続けた。

「それは・・・」

 数秒か、はたまた数分か。美凪の視線はまだ床に刺さったままだが、ゆっくりと口は開かれた。

「・・・それは、・・・私が救われたかったから、なのかもしれません」

「救われたかった?」

「はい。・・・私は綺麗事を並べながらその実、ただ自分の孤独と悲しみ、絶望からただ逃げ出したくてここにいるのかもしれません」

「・・・遠野」

「国崎さん。・・・良い夢を長く見たいと願うのは、・・・人として当然のことだと思うんです。・・・例えそれが、逃げであるとわかっていても」

 ようやく上がった瞳。そこに込められた思いは一体何なのか。往人にはわからない。

 だが、答えることは出来る。

「確かに、人なら良い夢を見たいと思うのは当たり前だろう。だが、それはあくまで夢だから。・・・現実ではありえないから強く願うんだ」

「もし・・・。もしもその願った夢が現実になり得るのなら・・・、どうしますか?

 もしも、自分が願う夢が現実になり得るのだとしたら・・・、なんでもしようと、そう思いませんか?」

「それが・・・遠野がネオジオンにいる理由か?」

 美凪は苦笑と失笑がない混ぜになったような笑みを浮かべると、スッと往人の横に立つと小さな声で、

「――――――」

 何かを言って去っていった。

 それを聞いた往人は大きく目を見開き、うわ言のように呟いた。

「嘘、だろ? あいつが・・・?」

 

 

 

 インドネシア領内、マレー諸島に差し掛かったとき、キサラギのレーダーがいくつかの艦影を捕捉した。

「ライブラリー照合、確認。グワンバン級一、エンドラ級五です!」

「各員に第一種戦闘配備を通達。急いで」

 ことみの言葉に、艦内がにわかに慌しくなり始めた。

 戦闘配備につくブリッジクルーを尻目に、ことみはしっかりと前方の艦影を見据えていた。

「あれは・・・、この前と同じ艦。ということは、ディープスノー隊」

 この状況、このタイミング。ことみの頭が素早く回転して答えを導き出す。

「待ち伏せされていたの」

 そして相手は新しい、しかも強力な力を手に入れたと考えて間違いない。

 待ち伏せであるにもかかわらず奇襲をかけてこないということは、相手がよほどの馬鹿正直者か、その力に自信を持つ者のみ。そして相手がディープスノー隊であるのなら前者であることはありえない。

「・・・MSパイロットに通達。敵の戦力に充分注意するように、と」

 

 

「・・・了解」

 朋也は自分専用の赤いジェガンのなかで、オペレータの言葉に頷いた。

 ことみが気を付けろと言ったのだ。必ず何かあるだろう。

 朋也は計器類のチェックを済ませ、ヘルメットを被ると、大きく深呼吸した。

 いくら何度も戦場に立とうと、この緊張感はなくならない。

 いつ死ぬかもしれない世界。その中で生きる者にとって、慣れることの出来るものではないのだと思う。

 ふと気になり、朋也は通信を繋げた。

「栞、大丈夫か?」

 相手は栞。

 計器類のチェックをしていたのだろう。栞は突然開いた通信に一瞬驚き、そしてそれが朋也であることにさらに驚き、そしてすぐさま笑みに変わった。

『大丈夫ですよ。・・・心配してくれてありがとうございます』

「無理はしてないな?」

『はい。まだ少し抵抗もありますけど・・・、自分で決めたことですから』

 嘘だろう。

 その笑みこそ、すでに無理をしている証拠なのだと朋也はわかっている。しかし、

「そうか。ならいい。健闘を祈る」

『はい。朋也さんも』

 モニターから消える栞の顔。

 これで良いのだろう。

 彼女が自分で決めた道ならば、何も言うことはない。言ってはいけない。

 朋也は小さく息を吐き、目線を前に向けた。

 邪魔な考えは捨てる。栞のことは栞が自分でどうにかするだろう。

 戦場に余計な考えを持ち込めば、それはすなわち死を意味する。

「まだ、死ねないからな」

 独白。自分はまだ勝手に死ねる命ではないのだから。

 カタパルトに接続。ゲートが開き、目の前に青い空が見えた。

「岡崎朋也、ジェガン、出るぞ!」

 その青を悠然と睨み、朋也は戦場に舞った。

 

 

 朋也のジェガンを筆頭に、キサラギから発進されるみさきのガンダムタイガー、栞のガンダムウインド。そして陽平を始めとするジムVが十九機。キサラギに搭載できるギリギリ一杯のMSたちがディープスノー隊へと向かってくる。

 それを見て、香里は思わず舌打ちした。

「結構いるわね」

「さっとこちらの半分といったところでしょうか」

 答えたのは併行して走る葉子。

「できれば連邦相手なら三倍の数は用意したいわ」

「そうですね。ガザDやズサが向こうのジムVに性能面で負けている以上、数を揃えなくては厳しいものがありますから」

 相手以上の数を揃えるのは戦争の常套手段である。数の暴力に勝るものはなしという理論は、この時代であっても健在なのだ。

「では、どうしますか?」

「そうね。勝平の部隊でジム部隊に対応。空を飛べる以上、あの緑色のガンダムはあたしたちじゃやりづらいからあれを澪の部隊に任せて、あたしたちがあの黄色いガンダムを、遠野さんの部隊であの赤い新型を叩く」

「性能で負けるなら―――」

「数とパイロット能力で勝負、ってことよ。各機、良いわね!」

「「「「「了解!」」」」」

 返る言葉に、ネオジオンのMSはそれぞれ散開し始めた。

 

 

 その動きに最初に気付いたのは、もちろんことみだった。

「みんな・・・」

 だが、どうすることもできない。

 キサラギには敵艦との砲撃戦があるし、数で劣っている以上、一人で複数の敵を相手取るのは最初から考えられたことだ。

 だから、各自の力を信じるしかない。

 ことみはしっかりと視線を前方に並ぶ敵艦に合わせると、大きく叫んだ。

「三連圧縮メガ粒子砲チャージ開始! ミサイル全装填、Iフィールド、ビーム撹乱幕展開! ミノフスキー粒子散布後、ミサイル一斉発射なの!」

 

 

 MA形態で飛ぶ栞のウインドが最も早く敵と遭遇するのは必然だろう。

「敵も飛べるとは厄介ですね」

 やってくるのは澪の試作型キャンセラーを筆頭にしたガザD部隊。

 ガザやズサ、キャンセラーといったネオジオンのMSのほとんどがMAに変形できる能力を持つため、重力下では連邦を相手に戦略性が増している。変形機構にあまり関心を寄せなかった連邦の痛手が、昨今の地上でのネオジオン優勢を作り上げたのだ。

《敵さんのお出ましなの!みんなで囲んでふくろにするの!》

 澪の激が各機のディスプレイに文字として浮かぶ。澪の言動が少し怖くなっているが、度重なる訓練の成果か、特に動揺することなく各機散っていった。

「囲もうと・・・。そうはさせません!」

 ウインドが空中でMS形態に変形、そのまま左右に回り込もうとしていたガザDに向けてビームライフルを撃つ。

 空中で変形するなど夢にも思わなかったのか、動きが鈍くなったガザDがその攻撃で四機撃ち抜かれた。

《しっかりと敵の行動を把握して、臨機応変に動くの!》

 澪はそうキーボードを叩くと、キャンセラーを前進。小型ミサイルを放ちながらウインドの動きを妨げる。

 部下はその間に我を取り戻し、すぐさま再び囲もうと動き出す。それを見て、栞はこの一機だけ違うMAがこの部隊の隊長であると悟った。

「この無邪気な感じ・・・。まだ子供なの?」

《感じるの。強い感じ。でも!》

 ニュータイプとしての感覚が、お互いの存在を強く感じ合わせる。

 栞は小型ミサイルを全弾回避しビームライフルを撃つが、それはキャンセラーが二つのシールドのようなもの(MS形態では肩に当たる部分)がビームを弾き飛ばす。

「ビームが効かない!?」

《その油断が命取りなの!》

 驚愕する栞の前、キャンセラーからのビームが飛ぶ。それと同時に周囲に回りこんだガザ部隊からもビームが乱れ飛び、ウインドはたちまち集中砲火を浴びてしまう。

「くぅ!」

 いまだ十数機現存するMSからのビームをかわしきるのはいくら栞と言えど困難を極める。これがウインドでなければとっくに蜂の巣になっているだろう。

 といってもこのままではその蜂の巣になるのに数分もかかるまい。栞はどうにか打開策はないか思案し、

「こうなったら!」

 MA形態に変形、そのまま上空へとスラスターを爆発させた。

 いくらコクピットの中では緩和されるとは言え、もろに体にかかる重力は栞の体を軋ませるには充分なもの。それを歯を食いしばって耐え抜き、さらに加速する。

「邪魔です!」

 上にいた二機のガザDをビームで一蹴すると、そのままさらに上へ。それを追いかけてきたビームを撃っていたガザや澪のキャンセラーだが、ここに至り急にその動きが鈍くなってきた。

《っ! やられたの!》

 そして澪は気付いた。栞の思惑に。

 もうそこはすでに対流圏を越え、成層圏に届こうかとする高さ。ガザDやキャンセラーのスペックではこれだけの気圧には耐えられない。

 だが、ガンダムならどうか?

 その答えを告げるように、幾条ものビームが上空から放たれた。それは動きの鈍くなったガザDに全て突き刺さり、爆発していく。

《早く! 早く降下するの!》

 このままここにいては単なる的にしかならない。

 澪の叫びにどうにか降下したガザ部隊だが、その途中でも次々に撃墜されていき、普通に動けるようになった頃にはその数は十機を下回っていた。

 

 

 勝平の部隊はジムV部隊を相手に苦戦を強いられていた。

 勝平の部隊はズサ二十機で編成された部隊。十九機のジムVを相手にするということは事実ほとんど一対一に等しい状況になる。

 ただでさえズサよりもジムVの方が性能はわずかに高いのだ。数で押すかパイロット能力で戦うかしか勝ち目はない。だが、ここにいるのはそのほとんどが新兵である。これでは勝てと言うほうが難しいだろう。

「Aグループはもっと前に出て!欠落したDグループの分はCに任せるんだ!」

 いくら勝平の指揮能力が高かろうと、どうにか動ける程度の新兵にはその真価を発揮できないでいる。

 それに、

「僕を無視するとはいい度胸だね」

「うわっ!」

 一機だけずば抜けたこのジムVがさっきから執拗に攻撃してくる。

 ズサカスタムがジムVより性能が良くなければもう死んでいるだろう。

 鍔迫り合いのまま膠着していたビームサーベルを打ち払い、離れ際にミサイルランチャーをばら撒く。

「おっと!」

 回避し、切り払い、シールドで防ぐ。そしてそのまま再び突進。激しくビームサーベルがぶつかり合う。

「しつこいよ、キミ!」

「いまの僕には手柄が必要なのさ。女の子の君には申し訳ないけど、僕はやるときはやる男なんだよね!」

「何言ってるのキミ!? 頭大丈夫なの! 駄目でしょ! 駄目だよね!?」

「君みたいな可愛い女の子を戦うことは忍びないけど、これもあいつらを見返すためにぃ!」

「わけわかんないこと言わないでよ、もう!」

 ・・・なぜかこんなことになっていることが、なおさら勝平の精神状況を追い詰めていた。

 

 

「このー!」

 タイガーのショルダーキャノンとハンドビームガンが吼える。

 それをかわしつつ距離を詰めてくる三つの紅。

「まさかこの前の相手があの有名な『盲目の緑風』だったとは、驚きです」

「装甲の高い機体に接近戦が得意なパイロットか。反則じみてるじゃない」

「装甲が硬くてハンドガンが効かないなら、接近戦しかない。

 だけどいくら『盲目の緑風』といえど、あたしたち三人が同時にかかったら・・・どうかしら?」

 三機が全てビームランサーを構えて走る様は、一年戦争の『黒い三連星』を髣髴させる。

 さすがとしか言いようがない回避行動を取りながら接近してくるクリムゾン・スノーに、みさきは自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「これは少しまずいかも・・・」

 すでに距離は少し。みさきも二本のビームサーベルを取り出し応戦しようとするが、同時に相手できるのは限界二機。

 香里と晴香のビームランサーを受け止めたまでは良いが、そこに葉子の攻撃を受ける余裕などない。

「くぅ!」

 晴香の一撃を払い、そのままの流れで葉子の攻撃をどうにか防ぐ。その間にも襲い来る香里の連撃を片手で捌くが、そんなことをしていると晴香の対処がおろそかになる。

「さて、いつまでもつかしらね!」

 香里の気合の乗った一撃が振り下ろされる。

 ガキィン!

「お、重い・・・!」

 それは決して先程の一撃と威力は変わるまい。

 だが放たれる威圧感と、向けられた殺気がみさきの動きを縛るのだ。

 その隙に左右に回りこむ二機のドライセン。

「く・・・!」

 それは正に絶体絶命だった。

 

 

 そして朋也も似たような・・・いや、それ以上の危機に立たされていた。

「く・・・そぉ!」

 振り抜く刃。それに弾かれるように後退する一機のギラ・ドーガと交代するようにもう一機のギラ・ドーガが突っ込んでくる。

 そのビームトマホークの一撃をビームサーベルで受け止めるも、その隙に後退したギラ・ドーガがビームマシンガンを撃ってくる。

「くっ!」

 目の前のギラ・ドーガを蹴り飛ばし、その反動でその攻撃を回避しつつ反撃にビームを撃ち返す。だが、

「忘れては、・・・いけませんよ」

 さらに強力なMS、美凪のパラス・アテネの的確なビームがそんな朋也に襲い掛かる。

「がぁ! ・・・くそ!」

 左腕部に直撃。これでもうシールドは使えまい。

 振り返り反撃のビームを撃つもすでにそこにパラス・アテネの姿はない。毒吐く間もなく再び機体に衝撃が走った。

「ぐぁ!」

 後方からギラ・ドーガのビームマシンガンが直撃したようだ。祐介の改造がなければいまのでお陀仏だっただろう。

「このままじゃ・・・!」

 とは思うものの、打開策はまるで思いつかない。

 そもそも機体性能が違う。パラス・アテネはジェガンなんかより遥かに高性能だし、ギラ・ドーガでさえ同レベルだろう。いくら朋也のジェガンが多少強化してあるといっても、これはなかなかに難しい。

 そしてパイロット能力も極めて優秀だ。個々の能力は朋也より劣るだろうが、この息の合ったチームプレイは凶悪の一言に尽きるだろう。

 朋也がどうしようかと思案している間も、美凪たちの動きは止まらない。

「やべ・・・。マジでここで終わりかも」

 考えれば考えるだけ悪いことしか思い浮かばなくて、ついそんな言葉も口から出てしまう。

 その隙に、往人のギラ・ドーガが一瞬で近接戦闘の距離に入ってきた。

 シールドはない。駆動部の調子がおかしいいま、ビームサーベルも間に合わない!

「これで、終わりだ!」

「くっ!」

 振り下ろされるビームトマホーク。

 それを見て、朋也が死を覚悟した―――刹那、

 ドシュウン!

「「!?」」

 閃光が煌いた。

 だが、それはビームトマホークのものではない。

 どこからか飛来したその光は、いままさにジェガンを切り裂こうとしていたギラ・ドーガのちょうど腕の部分を消し飛ばしたのだ。

「どこから!?」

 咄嗟にレーダーに目をやる往人。しかし、そのどこにも自分たち以外の機影は映らない。

「流れ弾か―――いや、違う!」

 往人の感覚が危機を告げる。

 その感覚に弾かれるようにして後退したその場所を、数瞬遅れて光が貫いた。それは見紛うごとなきビームの光。となれば。考えられることはただ一つ。

「レーダーに映らないほどの遠距離からの狙撃だと!?」

 馬鹿な、と思うもそれを肯定するように再びどこからかビームが飛んでくる。それは正に正確無比。往人がニュータイプでなければ、なにがどうなったのかを理解する前にこの世から消えているだろう。

「こんな距離からの射撃・・・。まさか!?」

 朋也には心当たりがあった。これだけの射撃をしてみせる、一人の少女を。

「渚か!」

 

 

 戦闘区域からわずかに離れた空中。

 それぞれSFSであるフライングアーマーに乗った三機のMSがそこにはいた。

 その中央には大きく長い砲身の銃を携えたMS。左肩にだんご大家族のエンブレムを付けたそのMSの名は、スナイパージェガン。

 そしてそのパイロットこそ、『静寂なる狙撃手』と謳われる古河渚その人だった。

「わたしはこのまま朋也くんの援護をします。お二人は川名大尉を」

『『了解』』

 離れていく二機のネロ・カスタムには渚の信頼する仲間である清水なつきと志乃まいかが乗っている。

 二人なら大丈夫。なんとかするだろうと渚は頷き、キサラギに通信を送った。

「こちらは地球連邦軍所属、古河渚大尉です。わたしたちラー・ケイム隊はこのままキサラギ隊の援護に入ります!」

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

RGM−89−S

渚専用スナイパージェガン

武装:ビームサーベル

   ビームライフル

   スナイパーライフル

   超長距離用スナイプビームライフル

特殊装備:シールド

<説明>

 先行型ジェガンの長距離狙撃バージョン。

 スペックに大した違いはないが、武装が変更、強化されていて、こと長距離に関しては右に出る機体はないとされている。

 ちなみに、超長距離用スナイプビームライフルは渚の乗る機体のみの専用兵器である。

 主なパイロットは古河渚。

 

MSA−007C

ネロ・カスタム

武装:ビームサーベル

   ビームライフル

   肩部ビームキャノン

特殊装備:シールド

<説明>

 名の通りネロのカスタマイズ機。

 運動性と反応速度が向上されていて、他にも肩にビームキャノンを積んだり、シールドをつけている。

 主に中堅以上のパイロット用に製作された機体だが、そろそろこれに乗るパイロットはGDストライカー、GDキャノンに乗り換え始めている。

 主なパイロットは清水なつき、志乃まいか。

 

 

 

 あとがき

 は〜い、神無月です。

 往人、ネオジオン入り。

 さぁ、彼の行動を予想できた方はいたでしょうか?いたらすごいです。

 観鈴や佳乃のいる連邦に戻るのか、はたまた美凪とみちるのいるネオジオンにこのままいることになるのか。それは彼のみが知ることです。往人はどっちを選ぶことになるのでしょうか?

 そして新キャラ登場。だんご大家族が大好きなあほな娘、古河渚嬢でーす。

 名前だけは大分前から出ていた彼女ですが、やっとお披露目です。さて、彼女はこれからどういう活躍をしていくのでしょうね?ふふふ、教えてあげません。ただ、おそらく誰もが予想し得ない展開になっていくと思います。

 そして今回はちょっぴりしかお目見えしなかったなつきとまいか。

 彼女たちはただの脇役と言うわけでもありません。しばらくは表立った活躍はしない予定ですが、彼女たちの行動もしっかりと見ていてあげて下さい。

 それでは、また次回に〜。

 

 

 

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