Another Side U

         【キサラギ、発進(後編)】

 

 紅のドライセンが三機、横浜基地を疾走していく。

 ディープスノー隊、最強部隊であるクリムゾン・スノー隊だ。

「あたしはもう少し先へ行く。二人はここら辺のMSを片付けてから来て」

「「了解」」

 隊長である香里はそう言うと一機で先行していく。それを防ごうと集まるジムVに対し、

「あなたたち程度であたしは止められないわ」

 香里はビームランサーを一閃。たった一振りで三機のジムVを切り裂いていた。

 

 

「はぁぁぁぁぁ、せいっ!」

 晴香のビームランサーが防衛隊のジムVを次々と切り払っていく。

「これで、五機目ぇ!」

 その隣で引け腰だったジムVも横薙ぎにし、爆発四散させる。

「う、わぁぁぁ!」

 あまりに圧倒的な強さに、防衛隊はその責務を忘れ後退していく。

「どこへ行くのですか?」

 その目前。立ちはだかるように葉子のドライセン。

「く、くそぉぉぉ!」

 逃げられない、そう確信した防衛隊はビームライフルを目の前のドライセンに照準を合わせ、

「遅すぎます」

 その腕ごと切り払われていく。ビームライフルもシールドも使えなくなったジムVたちは成す術なく葉子に堕とされていった。

「これでここら辺のMSは一掃したわね」

「そうですね。それでは次は北の方へ―――!?」

 直感が危険を探知する。

 葉子と晴香は弾かれるようにその場を後退すると、一瞬後その場を強力なビームが貫いた。

「なに、どこから!?」

「晴香さん、あそこです!」

 葉子の指す方向、そこにはショルダーキャノンを構えた黄色のMS。

「あれ、外しちゃった」

 みさきのガンダムタイガーである。

「ガンダム!」

「あれが捕獲、あるいは破壊の指令が出てる機体ですね」

 葉子と晴香はお互いを一瞥し、頷きあう。

「敵が乗ってるんじゃ・・・仕方ないわよね?」

「ええ。そうなりますね」

 言い合い、二人は走り出す。葉子がハンドガンを撃ち、その横を晴香がビームランサーを構えて先行する。葉子の攻撃を回避したところに切り込む戦法だ。が、

「残念だけど、その程度の攻撃じゃこの機体は堕とせないよ」

 みさきはあろうことかシールドも何も構えずこちらに突っ込んでくる。

「なっ!?」

 驚く葉子の先で、タイガーの装甲がハンドガンを弾いていった。

「なんて装甲ですか!?」

「いくら装甲が良くたって!」

 互いの相対速度から距離が詰まるのは一瞬。晴香はビームランサーを横に構え、袈裟斬りに振り下ろした。

「おっと」

 それを見て、慌てることなくみさきがバックパックからビームサーベルを抜き、それに応戦する。ぶつかり合ったビームの火花が散る。

 一撃、二撃、三撃。打ち合い、斬り合い、しかしお互いに有効打はない。その接近戦の実力はほぼ同等。

「く、この・・・!」

「やるね」

 しかしその均衡は徐々に崩れていく。みさきがもう一本のビームサーベルを抜いたからだ。ビームランサーはビームサーベルより威力が高い分、小回りが利かないのが欠点だ。接近戦の実力がほぼ同等な場合、一本のビームランサーと二本のビームサーベルで打ち合えば勝敗は明らかだろう。

「晴香さん、下がって!」

 葉子の言葉に、晴香は後方へ跳躍する。そこへいくつかのトライブレードがタイガーへと襲い掛かる。しかし、

「甘いよ」

 ビームサーベルの光が走る。全てのトライブレードが両断され、地へと落ちていった。

「くっ」

「次はこっちの番だね」

 みさきは呟き、ショルダーキャノンが再びビームを吐いた。

 放たれた強力なビームを葉子と晴香はなんとかかわすが、攻撃はそれでとどまらない。

 ショルダーキャノンを放射し、さらにハンドビームガンと頭部バルカンを連射しながらタイガーは走る。その凄まじい弾幕に二人は身動きが取れなくなっていく。

「なんなのよ、あの機体!」

「武装、装甲、いずれもこちらより上ですか」

 愚痴る二人とみさきの距離はざっと三百メートル。MSなら一瞬の距離。

「悪いけど、これで終わりにさせてもらうね」

 弾幕を止め、二本のビームサーベルを抜き放つ。それを振りかぶり、

「―――っ!?」

 感覚に、みさきはその場を後退した。

 直後、凄まじい轟音と共にビームが地面を貫いた。

「艦砲射撃・・・?もうここまで敵艦が進行してたの?」

 みさきの視線の先。そこには、

「「深山さん!」」

 ディープスノー隊母艦、雪見の乗るグワンゾンがあった。

「晴香はその相手とは相性が合わないわ。ここはわたしと葉子でなんとかするからあなたも香里の方へ行きなさい」

「深山さん、でも!」

「艦長命令よ。・・・いいわね?」

「・・・了解」

 渋々ながらも頷き、そこから離れていく晴香。

「逃がさないよ!」

 それをいち早く察知したみさきがショルダーキャノンを向け、

「ミサイル、一斉発射!」

 グワンゾンから放たれたミサイル郡に邪魔された。

「く・・・、まずは、あの艦を堕とさなきゃ駄目みたいだね」

 睨みあう両者。

 互いが昔の親友であることに、まだ二人は気付いていない。

 

 

 ぞろぞろと基地に突っ込んでくるズサを次々と撃墜する二機のMS。

「僕に勝とうなんて十年早いね」

「お前にそんなこと言われたやつはかわいそうだな」

 走る二機のMSは、朋也のジェガンと陽平のジムVである。

「僕の背中はお前に任せるぜ」

「よし、一撃でしとめてやるからな」

「くるなよ!いけよ!」

 戦闘の中にあってなお、二人の雰囲気は通常のそれと変わらない。これはいつものことなのだが、一緒に戦っている防衛隊はさっきから困惑しっぱなしだ。

「―――ん、上!」

 と、唐突に朋也の感覚が上空からの危機を察知する。その声に反応できたのは旧知の仲である陽平だけ。他の防衛隊のMSは回避できずに降り注ぐミサイルに巻き込まれていった。

「いまのは・・・そこか!」

 朋也は感覚の命じるまま、振り向き様にビームライフルを放つ。そこには、他のズサとはどこか形状の違うズサがいた。

「うわぁ!」

 素っ頓狂な声を上げながらビームをかわしたのは、勝平のズサカスタムである。

「あ、危ないなぁ。当たったらどうしてくれるんだい、まったく」

 しかし本人にそれをかわした自覚はない。ただ弾道がそれただけだと思い込んでいる。それが勝平という人間なのだ。

「もうさ、諦めちゃおうよ。ここで粘っててもこっちが疲れるだけなのにさ。

 第四MS小隊、第六MS小隊はそこの二機のMSを狙って。あ、結構強いからね」

 かなり自分勝手な物言いで、しかも本人は言うだけ言って他のエリアへと走っていってしまった。

 これもいつものこととディープスノー隊の面々は割り切るが、それを見ていた朋也たちは半ば愕然としていた。

「隊長機が部下を置いてどっかにいくだと・・・?」

 本来隊長機は部下の行動を随時把握できる場所にいるのが普通だ。視野の広い宇宙空間ならまだしも、ここは遮蔽物の多い地上で、しかも敵軍の基地である。このような状況で取る行動としてはありえない行動なのだ。

 だが、これは決して勝平の隊長としての能力が低いわけではないということに、朋也たちはもう少し後で気付くことになる。

 

 

「くぅ!」

 後ろから迫るミサイルを旋回してなんとかかわす。

 そのまま急速反転し、追いかけてきた三機のズサのMAに向かってガトリングガンを照射する。

 直撃。二機が爆発し、一機はそのまま墜落していった。

「ふぅ・・・」

 なんとか凌ぎ、栞はMA形態に変形したウインドのコクピットでひとまず息を吐いた。

「これが戦場、・・・なんですね」

 コクピットから地上を見やる。空から見た戦場に、栞は初めて戦争というものの本当の意味を知り、そしてその怖さを知った。

 ウインドに乗ってキサラギから出撃した瞬間に、めまぐるしい砲火にさらされ、そしてもう数え切れないほどのMSを堕とした。

 撃って、撃たれて・・・。これが戦争なのだ。

「っ!」

 アラートが鳴る前に、栞の頭に危険信号が走る。

 感覚の赴くままに機体を横にずらすと、そこを大量のミサイルが通り過ぎていった。

「もう、一体どれだけいるんですか!」

 次々に地上から飛来するミサイルを縫うようにかわし、弾幕が収まったその一瞬で反撃。放ったビームは見事に二機のズサを貫いた。

 そのまま空中に戻ろうとした、その瞬間。

「え、右!?」

 右から強力なプレッシャー。すかさずMS形態に変形し、急制動をかける。すると、目の前を手裏剣のような武器が通り過ぎていった。それは栞からすれば知らない武器だが、ドライセンのトライブレードだ。

 そうして栞は振り返り、見る。その、紅い機体を。

 そして感じた。懐かしい感じを。

 なぜなら、二人はニュータイプで―――、

「お姉・・・ちゃん?」

 姉妹なのだから。

 

 

 みさきは一人、奮戦していた。

 葉子をあしらいながら、雪見の艦砲射撃やミサイルのことごとくを回避し、切り払い、そうして反撃も時折加える。

 葉子が実はみさきは目が見えていないと知ったらどういう反応をするだろうか。

「なんなのですか、このパイロットは」

 毒吐き、トライブレードを投げる。しかしまた例の如く切り払われ、逆にビームの反撃が飛んでくる。

「くっ!」

 それを回避し、意味はないとわかっているがハンドガンで弾幕を張る。

「こうまで差があると、正直きついですね・・・!」

 葉子の見た限りでは、パイロットとしての実力はほぼ同等。こと近距離にしては向こうの方が上だろうが、射撃はたいしたことはない。

 しかし、乗ってる機体に性能差がありすぎた。相手の機体は武装、装甲、エネルギー等の面でこちらを上回っている。唯一同等なのはスピードぐらいだろうし、事実あの装甲を打ち破れるような武装は接近武器しかないのだが、到底この相手に突っ込む気にはなれない。

 仕方なく、艦砲射撃やミサイルの合間にトライブレードを投げつけるのだが、あの雨のような攻撃の中にいてもなお、こちらの攻撃を打破する余裕があるらしく一向に当たらない。

 ―――そんなことを考えていたからか、葉子に一瞬隙が出来た。

「戦闘中に意識を外すのは、褒められないなぁ」

 みさきの言葉とともに、タイガーのバックパックが割れて、中から丸い球体が現れた。それを太腿部分から取り出した柄に繋げ、そこから鎖が伸びる。振り上げられた球体は突如としてその至る部分から棘を突き出し、こうして一瞬でアイアンハンマーが完成した。

「近距離だけが格闘戦じゃないんだよ!」

 振り上げられたアイアンハンマーが唸りを上げてドライセンへと放たれる。

「あんな武器まで持っているのですか!?」

 反応が一瞬遅れるも、そこはベテランパイロット。ギリギリでなんとか回避した。が、

「それでこれをかわしたつもりかな?」

 アイアンハンマーの棘の一つが球面の中に消え、そこからなんとブースターが現れる。そして点火。アイアンハンマーは慣性の法則に逆らい、直角にその進路を曲げた。

「なっ!?」

 そのあまりに意外な動きに葉子は驚愕し、そしてもはやかわす術はなかった。

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

 アイアンハンマーはドライセンに見事直撃。機体を大きな衝撃が襲い、ドライセンはそのまま大きく吹っ飛ばされる。建物に背中を打ちつけ、どうにか止まったが、機体はアイアンハンマーのせいで穴だらけ。幸運なことに動力部には刺さらなかったようで爆発こそしないが、誰が見てももう戦闘は出来ないだろう。

『葉子、大丈夫!?』

「は、はい・・・。なんとか・・・」

 モニターに映る雪見にどうにかそう答えたが、正直全然大丈夫じゃない。さっきの機体の衝撃で頭を強く打ち付けたらしく、眩暈がする。

『自力で下がれる?』

「・・・はい。それぐらいなら」

 機体状況をチェックし、ブースターが生きていることを確認すると、葉子は頷いた。

 そして機体を起こし、帰還しようと動き出して、

「今度は逃がさないよ!」

 みさきのショルダーキャノンが吼えた。

「しまっ・・・!」

 いまの葉子にも機体にもその攻撃をかわせる余裕はない。迫る攻撃に葉子は死を覚悟し、

 カシャァァァン!

 ―――突如目の前に現れた機体によって、そのビームは弾かれた。

「え・・・?」

 唖然とする葉子の目の前で、モニターが開く。

『《大丈夫なの?》』

「・・・澪さん」

 そこに映ったのは上月澪だった。さすがに戦闘中にスケッチブックに字を書く余裕はないのか、デジタルで字が画面に浮かんでいる。

 とすると、目の前の機体は新型機として作られたキャンセラーの試作型か。そこまで思考し、納得した。

「ありがとうございます、澪さん。おかげで助かりました」

 葉子の礼に澪はにこっと笑い、続いてキーボードを叩く。

『《困ったときはお互い様なの》』

 画面上に浮かぶその言葉に葉子も笑みで返すと、通信は切れた。早く行け、ということなのだろう。

 葉子はがたついているドライセンをどうにかこうにか下がらせた。

 そして戦場には澪の試作型キャンセラーと雪見のグワンゾン、みさきのタイガーが残る。

「ビームを弾いたってことは・・・、Iフィールドジェネレーターを積んでるってことだよね」

 みさきは確認するようにもう一度キャンセラーに向けてショルダーキャノンを撃つ。

 放たれたビームは、しかしキャンセラーが展開した両肩のシールドによって再び弾かれた。

「あの機体・・・。シールドにだけ強力なIフィールドを張っている・・・?」

 みさきの考えはその通りだった。

 いや、正確に言うなら強力なIフィールドなどは張っていない。Iフィールドで覆う部分を狭くしたことから層が厚くなり、より強力なビームも弾くことが出来るようになったものだ。

 ならばとアイアンハンマーを振るが、この機体意外に素早くてしかもパイロットの反応も良く、そうそう当たらない。

 そうしてキャンセラーだけに集中していると、グワンゾンの攻撃に危うく当たりそうになる。

「このままじゃ、まずいかなぁ・・・」

 悪くなった戦況と、モニター隅で赤く表示され始めたエネルギー残量を見て、みさきはそう呟いた。

 

 

 勝平のズサカスタムが地を走り、手近にいたジムVを一機切り伏せた。

「あれからだいぶ経つけど・・・。さっきの二機、頑張るなぁ」

 爆発するジムVから離れ、しかしその意識はモニター片隅のレーダーに注がれている。

 そこに映る二つの敵のマーカーは消える気配を見せない。むしろ、着実にこちらが減っている。やはりかなりのパイロットのようだ。

「あんまりそっちに割く余裕はないけど・・・。かと言って放っとくわけにもいかないしなぁ」

 レーダーに映る味方機の数は最初の半分近い。ガンダムの奪還は不可能と判断し、撃破に転じたが、狙ったMSはそのことごとくが逆にやられている。新造戦艦の方は戦艦が応戦しているが、一隻で五隻相当の戦力を持つとの報告はどうやら間違いではなかったらしい。着実に押されている。

 だから勝平はせめて基地を落とそうと中央へ進軍していたが、もはやそれも不可能かもしれない。さっきの二機があまりに強力な防衛ラインとなっていて、そこから先に進行できているMSが少ないのだ。しかもそこへ防衛隊のMSがよってたかって攻撃してくるものだから溜まったものじゃない。

「いじめは良くないと思うな。男として腐ってる証拠だよね」

 誰にともなく呟くが、それで状況が変わるわけではもちろんなく・・・。勝平は大きくため息を吐くと、

「・・・ま、仕方ない。こうなったらあの二機だけでもやっつけちゃうかな」

 上がった表情は、さっきとは打って変わった兵士の顔だった。

 

 

「あはは、ほーら。遅いね!」

 陽平は向かってきたズサのビームサーベルをシールドで受け流すと、すれ違いざまに切り払う。二つに分断されたズサはそのまま爆発霧散した。

 その光景を朋也は、なにか釈然としない顔で眺めていた。

「・・・春原。なにかおかしいと思わないか?」

「えー、なにが?」

「こいつらの動きだ」

 そうかい?と答える気楽な陽平の言葉を聞いてなお、朋也の疑念は晴れない。

 朋也が敵の行動を怪訝に思い出したのは、ズサを八機ほど堕としたあとのこと。撃墜することビームサーベルで六回を数えたときだ。

 そう、ビームサーベルで六回である。最初に対峙した機体は別に、さっきの隊長機らしきMSが現れた後の部隊は全て行動が同じだった。

 全機接近戦。相手はズサであるにもかかわらず、である。しかも一機ずつ順番に。他の機体は援護こそすれ、同時に仕掛けてくることは一度もなかった。

 ・・・これで、おかしいと思わないほうがおかしい(これは案に陽平のことを言っている)。

 しかし、その疑惑はすでに遅いものだった。

 突如としてけたたましく鳴り響くアラート音。それは敵にロックオンされたときのもので、

「お、岡崎!」

「・・・ちっ」

 画面に表示されたロックオンの数・・・計二十。

 気付いたときには、見渡す限り全方位にズサが立ち並んでいた。

「時間・・・稼ぎか」

 おそらくは最初から自分たちを狙っていたわけではないのだろう。時間稼ぎが長すぎる。本来なら基地を落とすことでも狙っていて、不可能と判断したから邪魔な自分たちだけでも堕とすことにしたとか。

 ・・・その朋也の考えはまさにその通りだった。

 正面よりわずかに右。さきほど撃ち損ねた機体―――勝平のズサカスタムが建物の上に立ってこちらに照準を向けていた。

「善戦したけど・・・、これだけのMSにロックオンされたらどうしようもないよね。いくら腕の良いパイロットでも数には勝てないさ」

 余裕の表情の勝平。それはそうだ。この状況で倒せない敵などいないだろう。

「やれやれ」

 しかし聞こえてくる声は絶望でも何もない。ただ呆れたような声で。

「俺をそんじょそこらのパイロットと一緒にすると・・・」

 怪訝な表情をする勝平の向こう、朋也は薄く笑いながら・・・こう呟いた。

「痛い目見るぞ」

 瞬間、二機のズサが爆ぜた。

「・・・え?」

 あまりにも唐突なことに頭が追いつかない勝平をよそに、轟き続けるビームの発射音と爆音。それが五つを数えた辺りでようやく勝平はハッとし、

「ぜ、全機攻撃! これ以上はやらせちゃ駄目だ!」

 ズサ部隊のミサイルが放たれた。その数は十三にまで落ちたが、それでも通常ではかわせるものではない。それはいかな朋也とて同じこと。しかし、

「ま、かわせないのなら・・・、かわさなくて良い方法を考えるだけだ」

 朋也は足元に銃口を向けた。

 響く爆音。そして同時に巻き上がった砂塵が壁となり、飛来したミサイルを遮断していく。

「そ、そんな無茶苦茶な!?」

「無茶は俺たちの特権だからな」

「えっ!?」

 その声は頭上から。仰ぎ見た勝平の視線の先には、いつの間に跳んだのか、朋也のビームライフルは銃口を下に向けていて―――、

「さっき、砂を巻き上げたときに同時に飛んでいたのか!」

「いまさら気付いても遅い!」

 放たれたビームは寸分違わすズサたちを撃ち抜いていった。

「こっちもこうげ・・・!?」

 攻撃、と言おうとした言葉も突如視界に入った光に打ち消される。

「くっ!」

 それを紙一重でかわしたが、身近にいた一機のズサがそれに巻き込まれる。

「僕の存在を忘れてもらっちゃ困るね」

 そうだ。すっかり忘れていたがもう一人いたのだ。その事実に勝平は舌打ちし、

「こうなっちゃ、もう駄目だね・・・! 全機、全力後退!」

 ここらが引き際と判断。

 勝平から撤退命令が出たズサ隊の動きは迅速だった。

 それをただ見届ける朋也と陽平。

「いいの? 逃がしちゃって」

「平気だろ。俺たちの任務は敵の全滅じゃない。ここの防衛だ。敵さんから退いてくれるんなら、それに越したことはない」

 

「なに・・・? この感覚はまるで・・・栞?」

 それは香里も感じていた。

 目の前に浮かぶガンダムから感じられる気配はまさに妹のそれ。まさか、と思う反面いままで自分の命を幾度となく救ってきた自分のニュータイプとしての直感を信じないわけにもいかない。

 しばし無言のまま対峙する両者。そして、

「お姉ちゃん・・・だよね?」

 最初に口を開いたのは栞だった。

 その懐かしい声を聞き、香里は嬉しさよりも怒りがこみ上げてきた。

「どうして・・・どうして栞がMSに・・・、しかも連邦のものに乗ってるの!?」

 返ってきた声は栞の知るままの香里の声。こちらは一瞬だけ嬉しそうに顔を綻ばせ、しかししばらくすると悲しそうに俯いた。

 香里の激昂は栞にもわかる。香里がネオジオンに亡命した理由もわかる。

 しかし、だからと言って香里にこれ以上させるわけにはいかなかった。自分の姉にこれ以上人殺しはしてほしくない。

 だから目をしっかりと開け、そこに立つ姉にしっかりと向き直った。

「お姉ちゃん、こんなことやめてよ! こんなの、おかしいよ!」

「どきなさい栞! あたしはね、連邦が―――ティターンズが許せないのよ、憎いのよ! それはあなたも同じじゃないの!?

 ティターンズのコロニーに対する毒ガス攻撃であなたは苦しい思いをしたのよ! お母さんとお父さんは死んだのよ! 他のみんなだって!

 ・・・あなたも見たでしょう!」

 忘れられるわけがない、あの30バンチ事件。目の前で苦しみ、もがき、喘いで死んでいく多くの人々。その姿、その光景。何度も夢で見て、何度もうなされた。だが―――、

「でも、今の連邦はティターンズと違うし、それに関係ない人まで巻き込んだらティターンズのしたこととまるで変わらない!」

 事実栞はいままで見てきたのだ。連邦を、その身近で。

「そんな屁理屈! とにかくどきなさい栞!どかないと、あなたも撃つわよ!」

「どかない! この後ろには連邦には全然関係ない人たちがいるの! だから、どけない!」

 両者はお互いに一歩も引かない。と、

「なにをしているの、香里!」

 香里の後方から疾走して来る紅い機体。晴香のドライセンである。

「邪魔する奴は容赦なく堕とす!」

「ちょ、まっ・・・!」

 そのまま香里の横を通り過ぎ、ビームランサーを上段に構え栞へと襲い掛かる。

「はぁぁ!」

「っ!」

 その行動に対する栞の反応は早かった。

 襲い来るビームランサーを紙一重で回避し、そのまま横へ跳躍。すぐさま飛行形態へ変形し空中へとエスケープする。

「逃がすか!」

 言葉どおり逃すまいと、自らも跳躍し再び斬りかかるが、これは難なく回避された。そのまま上空へと舞い上がるウインドをハンドガンで追うが、地につくドライセンとは違い立体的な動きが出来るウインドには下手な射撃はかすりもしない。

 ウインドはしばらくすると空中で急旋回。晴香の方へと向きなおり、ビームを発射。回避しようと後退する晴香だが、そこの足元にすかさず二発目のビームが直撃、爆発に巻き込まれ一瞬機体の制御を失った。

 そこへ変形を解除したウインドがショルダーチャージ。吹き飛ぶドライセンを追いかける形でビームサーベルを抜き払うと、

「えーい!」

 気合一閃。ドライセンの頭部から右腕にかけてを勢いよく切り払った。

「嘘、でしょ!?」

「え・・・」

「わ・・・」

 晴香は当然にして、香里も、挙句に当人の栞でさえその動きには驚いた。

 MS初操縦にして噂に名高いクリムゾン・スノーの一人を倒してのけたのだ。その才能たるや、凄まじいの一言に尽きるだろう。

(この子・・・)

 その恐ろしいまでの才能を目にして、香里は背中に何かが走ったのを自覚した。

 そして晴香のドライセンを抱えると、香里はそのまま後退していった。

「お姉ちゃん・・・」

 

 

 その光景を少女―――ことみはキサラギのブリッジで見逃していなかった。

「あの子・・・すごいの」

 初搭乗であの動き。もしかしたら朋也やみさきと同じニュータイプなのかもしれない。

「でも、いまはそんなことを考えてるときじゃない」

「敵MS接近! 数・・・五!」

「空中の敵は対空レーザー砲で対処。地上の敵には爆雷を投下。残存の敵艦の数は?」

「残り・・・四隻です。最も近いものは五時の方向、距離五千」

「エネルギー残量の確認。三連圧縮メガ粒子砲、いけそう?」

「・・・無理です。Iフィールドやメガ粒子砲でのエネルギー消費を考えるととてもではありませんが・・・」

 ことみは目を瞑る。この行動はことみが思考するときの癖だと乗組員は知っているので誰もそれを注意したりはしない。

 そうして数秒、ことみはゆっくりと瞼を開けた。

「全ミサイル装填、ロック方式はパターンA。全力加速で敵艦の側面に出るの。そのまま突撃しつつミサイル全発射。撃ちつくすの!」

「了解!」

 ことみの言った案は一見無茶無謀な気もするが、キサラギの武装、エネルギー残量と敵艦の位置を考えれば最も合理的な方法であると言える。エネルギーがないキサラギがちまちまと長期戦をするわけにはいかない。すると一瞬でけりをつけなければいけないわけだが、キサラギにはそれだけの武装とスピードをちゃんと持っている。そして敵艦は上手い具合にこちらを向いていない。

 そしてその艦が接近に気付いたときには、すでにキサラギの射程内だった。

「なっ、いつの間に!?」

「キサラギは私の設計した艦。そこら辺の艦と一緒にされちゃ困るの」

 ことみを知る人間ならおそらく少し驚いたであろうその台詞は、全弾一斉発射されたミサイルとほぼ同時だった。

 それは戦艦にとってとても防ぎきれるような量ではなく、文字通り視界を覆いつくすほどのものだった。

 そのあまりに悲惨な光景にその艦の艦長は絶句し、爆音と共にその意識は消えた。

 

 

「クリムゾン・スノー隊帰還してきます! 巳間機負傷あり!」

「柊小隊撤退してきます!」

「アンドラ、レーダーより消失! 撃墜されたもよう!」

 オペレーターの悲鳴のような声に、雪見は大きく舌打ちした。

 新造戦艦に新型MS、噂以上に厄介なものの様だ。このままでは全滅もあり得る。

 思案は一瞬。

 雪見は艦長席を立ち上がると、大きく手を挙げて叫んだ。

「全軍撤退! これより戦線を離脱する!」

 

 

「敵艦隊、撤退していきます」

 オペレーターの言葉にことみは頷き、小さく息を吐いた。

「・・・とりあえず良かったの」

 

 

 後退していくネオジオン軍を見つめる朋也、栞、みさき、陽平。

 とりあえずの勝利に、安心したように力を抜いた。

 

 

 この後、横浜基地は被害状況の確認や復旧などでごたごたが収まるまで一週間の時を費やすことになる。

 

 

 

オリジナル機体紹介

 

AMX−120

試作型キャンセラー

武装:ビームサーベル

   ビームライフル

   小型ミサイル

特殊装備:大型IFシールド×2

      変形

 <説明>

 ネオジオンの新型機の試作型。

 攻撃面より防御面を重視して作られた機体。

 両肩にそれぞれ取り付けられた大型IFシールドは、シールドの外面にのみIフィールドを張ることにより、従来の、機体にIフィールドジェネレーターを搭載して全体を守るものよりも、少ないエネルギーでかつ高威力のビームを弾くことが可能になった。

 主なパイロットは上月澪。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月でーす。

 キサラギ隊完勝。まぁ、キサラギ隊が勝ったということはすでにご存知の事と思いますが。

 さて、今回の見せ場は美坂姉妹の対立でしょう。

 連邦―――強いてはティターンズに恨みを持ったままネオジオンに亡命した香里と、毒ガスに体を蝕まれ、病院で治療をしながら連邦の温かさを知っていった栞。始まりは同じでも現在に至る経過を違えてしまった両者はお互いを大切に思いながらも、貫き通さなければならないものがあるが故に戦ってしまうのでした。

 これからもこの姉妹の対立はこの物語のネックになります。

 では、次回。Anotherでは新キャラが五人出てきます。お楽しみに。

 

 

 

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