「さぁ、乗り込むわよ!」

 留美が天月を抜刀し、手榴弾を左手の掌の上で躍らせる。

「……おい、七瀬」

 留美の横に立っている円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの正装を着た目つきの悪い銀髪の男が声をかける。

 男の名は国崎往人。

 年齢は祐一達より四つ上の18歳だ。

 第3の騎士ナイト・オブ・スリー鮮血の狩人ブラッディ・ハンター

 血を全身に浴びそれを心地よく思いながら血飛沫に踊り狂うことから与えられたコードネーム。

「なに、国崎さん?」

「この仕事が終わったら本当にラーメンセットを奢ってくれるんだな?」

 ここに辿り着くまで幾度となくされた質問。

 うんざりした表情で頷き返す。

「奢るわよ! ちゃんと真面目に協力してくれたらラーメンセットの『ご飯』を『チャーハン』に変えてさらに特盛りにしても良いわよ!!」

「何……マジか」

 その言葉に往人の目がキュピーンと光る。

(い、今、目が光った? 錯覚? 気のせい?)

「え、ええ。本当よ。だからこれ以上質問してこないでね」

「分かった。よし、久しぶりに血飛沫に踊るか」

 やる気、もとい殺る気100%。

 食い物に釣られる、実に単純な男である。

「……ほどほどにね」





FenrisWolf's


ACT.19 囚われの姫





 時は少し遡る――

「で、あたし達三人で乗り込む?」

 実力から言ってこの三人、いや二人でも十分乗り込み壊滅させることが出来る。

 が、広い屋敷内を探すとなると少々キツイ。

「いや、念には念をっていうし、手数は多い方がいいだろう」

「そだね……じゃあ、往人くんはどう?」

「往人? あいつこの街にいんのか?」

「うん。士郎さんに用があるって言ってたよ。一週間ぐらい滞在するつもりらしいし」

「んじゃ頼むか」

 祐一は携帯を取り出し短縮ボタンを押す。

 待つことコール六回、相手が電話口にでた。

『……なんだ祐一?』

「さくらの家。ラーメンセット」

 と、それだけ言うとすぐに電話を切った。

「さくら、往人を呼ぶにはこれでいいんだよな?」

「うん。目的地とラーメンセットを告げればどんなに離れてても五分とかからずに来るよ」

「んじゃ、これでよし」

「よしじゃないわよ! 何よその人を馬鹿にしたような簡単な内容は!!」

 あまりにも意味不明な内容に思わず突っ込む。

「なんだ、問題あんのか?」

「ありまくりよ! あんなので人が呼ばれたと思って来るワケないでしょ!!」

「留美は往人のこと知んねェから仕方ねェさ。さくらに訊いてみろよ」

 さくらの方に目をやると否定する事も躊躇う事もせずに首を上下する。

 未だに信じられない表情の留美は、更に何かを言おうとするが、その前に大広間の襖が乱暴に開け放たれた。

 見ると、そこには目つきの悪い汗だくの男が息を切らせて立っている。

「ラーメンセットはどこにある!!」

 入り口で一度叫んで部屋に踏み入り祐一の胸倉を掴んでもう一度叫んだ。

「祐一! ラーメンセットはどこだ! 隠すとためにならんぞ!!」

「とりあえず、落ちつけ往人」

 顔面に拳を叩きつけ黙らせる。

「ね。来たでしょ?」

 唖然としている留美に告げるさくらは驚くこと無く平然としている。

 唖然としている理由は往人があの電話の内容で来たからか、それとも一分足らずで来たことかは留美本人しか分からない。

「往人、俺達に協力してくれ。ラーメンセットはその後で食わせてやる」

「……分かった」





































(まったく……しかも、なんであたしが奢らなきゃならないのよ!)

 留美は門に向かって手榴弾を投げつける。

 眩い閃光とともに轟音が轟き門が爆ぜ飛んだ。

「な、何だ!?」

 門の爆発に庭にいた男達が目を向ける。

「んだ、テメェら!!」

 男達が銃を抜き二人に照準を合わせる。

「さくらちゃんの話だと、警備は約60人だったわよね?」

「ここには約25人。暴れてれば残りも出てくるだろ」

「そうね」

 25人の男達を完全に無視。

 その態度には男達はいささかキレたようだ。

「なめやがって……殺っちまえ!!」

 トリガーを引くよりは疾く留美は高く跳躍し男達の中心に着地した。

「大地斬!!」

 天月を振り翳し強力な斬撃を地面に叩き込むことで発生する石つぶてが前方の四人の全身を襲う。

 そして刃を峰に反し円を描くように身体を旋廻させ取り囲んでいる五人を薙ぎ払う。

 一気に九人を地に伏せさせた。

「なかなかやるな。じゃ、俺も狩りを始めるか」

 往人は腰の後ろに手をやり、そこにある柄を握った。

 そして、鞘走りの音を立てないように引き抜く。

 現れたのは、幾条もの切れ目が入った往人の相棒の長剣・ジークフリード。

 ヴァルハラお抱えの科学者達が祐一のラグナロク同様にオリハルコンによって作り上げた代物。

 取り扱いは困難だが、その威力は折り紙つき。

 おまけに殺傷力も極めて高い、優れ物だ。

 往人はジークフリードを剣の射程距離外で向って来る三人の男達に振った。

 ここにいる誰もが夢にも思わなかっただろう。

 まさか、その切っ先が腹を抉り、足を、手を斬り落とすとは。

 剣が伸びたのではない。

 刀身に入った幾条もの切れ目で、剣が分裂したのだ。

 それらは一本の鋼線で繋がれ、まるで鞭の如く男達を襲う。

 往人はバラバラになった剣を巧みに操って元の形に戻し、残忍な喜びに満ちた表情で男達を見やる。

「さて、次に狩られたい獲物はどいつだ? 俺を愉しませてくれよ。この鮮血の狩人ブラッディ・ハンターをよ」

 戦いながらも留美は往人が浮かべた表情にゾクッ、と寒気を感じていた。

 往人が次の獲物に向かってジークフリードを振ろうとすると、背後に気配を感じた。

 身体を半身に開き、振り返る。

 視界に飛び込んできたのは、身の丈ほどある――相手を斬るではなく押し潰す為に作られたような大剣を振り上げた男。

 往人は身を仰け反らせて斬撃の襲撃から逃れ、倒れかけの体勢のから振り上げるようにして一撃を叩き込む。

 鋼線で繋がれた刃の列は、その男の身体を削り、傷口をボロ雑巾のように噛み砕いた。

 男の咆哮が木霊し、鮮血が膜のように広がる。

 往人は体勢を整えると続けざまに分裂したジークフリードで男の身体を絡め取り、一気に引き裂いた。

 男の身体はバラバラの肉塊となり地面に落ちた。

 そしてその狂気めいた輝きを宿す眼光で次の獲物に狙いを定める。

 往人は身体を旋廻させ、獲物の胴体めがけてジークフリードを唸らせた。

 波打つ刃は滑らかに、確実に、獲物の肉体を引き裂いた。

 往人はジークフリードを引き寄せ剣の形に戻すと、男の頭部に上から振り下ろした。

 裂けた頭部から血が迸り、往人の身体を朱に染め上げる。

 降りかかる生暖かい血を心地よく思いながら、顔に恍惚な笑みを張り付かせ再び獲物を刈り始めた。

 それを見ながら留美は襲撃前に祐一が言っていた言葉の意味を理解した。

 ――戦闘が始まったら終わるまでの間は絶対に往人に近づくな。近づいたら最後、お前は確実に死ぬぞ、と祐一は静かに語った。

 それがどういう意味なのかは、この惨劇を見せ付けられればよく理解できる。

 今の往人は血に餓えた殺人鬼――否、殺戮鬼という表現がぴったり当てはまる。

(まったく……円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドっていうのはどいつもこいつもバケモノ染みた実力者ばかりね。恐れ入るわ)

 留美は心の中でそう呟くと、往人との距離に注意を払いながら、敵を一人また一人と確実に倒していった。





































 天井から小さな灯りのみが部屋を照らし、見渡しても窓一つ見つからない。

 ベッドも箪笥も、テーブルも置かれておらず、普通の人なら孤独に震え、精神が持たないと思わせる陰湿さが部屋にはある。

 その部屋の中心、只一つだけ置かれた椅子に座ったイヴとヒキガエルのような顔をした男、トルネオ・ルドマンがいた。

「……どうしたというのだイヴ? 外で何があったかは知らんが、全て忘れろ。お前には必要ないことなのだ」

 イヴは何も答えない。

 トルネオから言われた言葉に何を思ったか、ただ瞳から一滴のものが零れた。

 それを見たトルネオは容赦なくイヴの頬を拳で殴る。

「お前に涙など必要ない! わしの言う通りに能力を駆使し敵を殺せばいいのだ!!」

(なみだ……これはそういうの……?)

 イヴは痛いとも言わず、表情すら変えていない。

(イヴめ……殺人人形の分際で自我が目覚め始めているというのか……? 外でどんな刺激を受けたか知らんがこのままでは『兵器』としての応用に問題が生じるぞ……そんなことになればあの御方、、、、にわしは……)

 イヴの問題について考えていたトルネオの思考は突如轟いた爆音に中断される。

 ビリビリと部屋全体が揺れ、咄嗟に身構えた。

「なんだ!」

「トルネオ様!」

「フリット! 一体なんの騒ぎだ!!」

「侵入者です!!」

 流石に少々慌てるトルネオと、慌てて報告に来る彼の部下。

 イスに座り、そんな二人の声もほとんど耳に入らず、ある男の事を考えていたイヴだが

「くそっ! 来い、イヴ!!」

 すぐにトルネオの声で振り向き、その命令に従ってしまう。

 そしてトルネオと共に部屋を出る。





































「始ったな」

「だね。この騒ぎだとそろそろ入っても大丈夫かな?」

 留美達が戦ってる正面玄関の反対側の塀にもたれかかりながらハーディスに弾を装弾する。

 その隣りで地に座りながらポテチを食べているさくら。

「ああ。それより早くそれ食え」

「分かってるよ。あ、祐一くんも食べる?」

「いらん」

 遊び気分全開のさくらにほとほと呆れながら拳骨を軽く叩き込み塀に向き合う。

「痛っ!」

「いい加減行くぞ」

 人体のもてる力の限界と一緒に塀を飛び越えた祐一。

 その後を追うようにさくらも飛び越える。

「もう! 祐一くんレディーを殴るのサイテーだよ!」

「誰がレディーだよ誰が。それよりさくら」

「うん」

 二人はすでに囲まれていることを知る。

 それは警備ではなくしなやかな四肢と鋭い牙を持った三頭の大型犬だ。

 吼えないのは、彼らが番犬ではなく侵入者を噛み殺す凶悪な存在であることを知らしめていた。

 大型犬は二人の周囲をぐるぐると回りながら飛びかかる隙をうかがっている。

 祐一とさくらは動かず、その場にたたずんでいる。

 その漆黒の双眸と碧の双眸はじっと彼らの目を覗きこんでいる。

 動物は、相手の目を見て判断する。

 そこに一片の怯えがあれば、容赦無く襲いかかる。

 だが、彼らは祐一とさくらの目の中に一体何を見たのだろうか。

 唐突に動きを止めると、その場に三匹がしゃがみ込んだ。

「命拾いしたな」
「命拾いしたね」

 祐一とさくらは大型犬に不敵に微笑む。

 大型犬を片づけた二人は歩みを再開した。

 三匹には追跡する意志は無い。

 じっと、立ち去る二人の背を怯えながら見つめていた。

「んじゃ。俺は上から行くからさくらは下から頼む」

「オッケー」

 確認を取り祐一は屋敷の壁に向って疾走した。

 後一メートルと言うところで壁に向かって跳躍。

 壁にぶつかる前に足で壁に着き、そして今度は壁と平行に跳んだ。

 そのまま四階の窓ガラスを蹴破り中に侵入する。

 それを見送り、さくらは目の前の扉に向って駆け出した。





































 さくらは右端から順に部屋を覗き込みイヴもしくはトルネオがいないか確認していく。

 一階部分にいないことを確認し終えたら中央部分の扉を開けた。

 そこは二階分を利用した巨大なホールだった。

 頭上をぐるりと回廊が取り囲み、それが螺旋階段と繋がってホールに降りてくる。

 回廊は左右の外側に膨らみ、テラスになっていた。

 高い位置にある明り取り窓が、真っ黒い夜空を切り取っている。

 しかし、ホール全体を隈なく照らし出す照明が、昼間のように輝かせていた。

「うにゃ? ここにもまだ居たんだ?」

 踏み入ったホールには警備が五人いた。

「フン。侵入するなら囮と本陣を使うのは当然のことだ。気づかないと思ったか?」

「ううん。でもそこに気づかないバカならよかったかな」

「……なめんなよ、ガキが」

「そっちこそね――ッ!」

(この感覚は……なに?)

 男達をじっと見据えいたさくらが何かの気配に気づき辺りを見渡す。

 さくらに顔に向って一発の銃弾が放たれた。

 それに見ずに顔を横にずらし回避する。

「余所見はいけねェなお嬢ちゃんよ」

「そうそう、油断は死だぜ」

「油断? プッ! キャハハハハハ!!!」

 身体をくの字に折り曲げ、腹を抱えて大笑いする。

「ハハハハハハハハ、ふぅ……それ、笑えない冗談だね」

 笑い過ぎというぐらい笑っていたと思う。

「だって……」

 スッ、と一歩踏み出すと同時に、くりっとした双眸は鋭く細まり今までの天真爛漫な少女はそこから消えた。

 次の瞬間、凄まじい殺気が辺りを包んだ。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの化け物の一人鉄血の魔女アイゼン・ウィッチと呼ばれる抹殺者イレイザーの殺気が……

「……貴方達如きに油断なんて生まれる筈ないもの」

(な……なんて殺気だ!)

(このガキが出してんのかよ!?)

 その殺気に男達の身体からは、否応なしに冷や汗が流れ出てくる。

 息を荒くし、歯を軋ませ、今まで感じた事もない雰囲気に精神を絡め取られる男達。

(冗談じゃねェぞ、この殺気の密度……コイツはガキじゃねぇ! ば、バケモンだ!!)

 男達は個人差はあるが、それぞれ敵の実力が認知できていた。

 それは男達が相応の実力を持っている証拠だ。

 それだけで、男達は悟った。

 このガキは化け物だ、と。

 それでも逃げる事は不可能。

 殺らなければ殺られると、銃を構え一斉にトリガーを絞る。

 銃弾を躱しながら間合いを詰め、右手を腰に回し毒香水ポイズン・パフュームの一つ・火炎香を取り男達に向って小瓶を振るう。

「ガハァ! グハッゴホ……ッ!」

 それを吸った二人は体内を焼かれ口から炎を吐き崩れ落ちた。

 火炎香は空気に触れると劇的な燃焼作用を起こす。

 一度吸い込んだら最後、体内から発火してしまう。

「さーって、次にこうなるのはだ〜れかなぁ♪」

 その口調は身に纏う雰囲気とは違い幼い子供が玩具や虫で遊ぶほどの無邪気さが込められている。

「う、うわぁぁぁああぁぁ!!!」

 近距離からトリガーを絞ろうとするが、絞る事はできなかった。

 男が手元を見ると銃全体がぐちゃぐちゃに腐り果てていた。

「な、なんだこれは!?」

 火炎香を持つ右手にいつのまにか小瓶が一つ増えている。

 それは、さくらの持つ七つの毒香水ポイズンパフュームの一つ・腐食香。

 その名の通り者を腐らせる事ができる香水パフューム

 物を腐らせることはもちろんのこと、人体も腐らせる。

 一息でも吸い込めば肺はもちろん内蔵まで腐食して死に、たとえ吸い込まなくても徐々に皮膚に侵食して骨まで腐る。

 これほど危険な毒香水ポイズンパフュームを使ってもさくらは大丈夫なのかと疑問が出てくるが、もちろん大丈夫である。

 毒香水ポイズンパフュームを操って、自分の身を守るためには一つは毒に対する耐性を身につけなければならない。

 もう一つは呼吸法。

 吸い込む空気を選別して猛毒ガスの中でも活動できるように訓練を積んである。

「ダメだなぁ〜。こんな近距離で銃を使うなんて三流のやることだよ」

 そういいながらその男にも火炎香を吸わせる。

「ぐはああぁぁあぁぁ!!!!」

 三人目が地に伏した。

「さて、貴方達はどうする? こうなる? それともボクを先に行かせてくれるかな? ボクとしては前者を選んで欲しいって思ったけど……ねぇ、いい加減出てこない?」

 さくらは男達の後方にある柱に目をやる。

「さっきから気になってたんだ。奇妙な存在感。そろそろ姿を見せてよ」

 さくらの言葉に二人が背後を振り返り助けを求める。

「そ、そうだ! 頼む! 助けてくれ!!」

「もうアンタしかいねェ! このガキを殺してくれ!!」

 スッ、と男が柱の影から姿を見せた。

 痩せ細った肉体にポマードでガチガチに固めオールバックにされた髪。

 とても、戦いに向く肉体とは思えない。

「小娘、中々やるな。次は、俺が相手をしてやる……だが、その前に後始末をしなきゃな」

 そう言うや否や、一人の男の首を鷲掴みにし持ち上げる。

 捕まえられた男に、逃げる暇は与えられなかった。

 ゴキッ、と鈍い――聞く者の顔をしかめさせる響き。

 男の首は、軽く捻っただけで、まるで人形のように折れ曲がった。

 そして、そこからさらに下へ引かれる。

 男の空いた手は、男の腰の辺りに触れていた。

 そこを支点にして身体が折れ曲がり、人体の限界を超えた角度に背骨がへし折れる。

 耳障りな破砕音はやがて、肉が引き千切られる音に取って代わった。

 その身体が凄まじい膂力により、胴の部分で二つに裂断される。

 無造作に投げ捨てられた上半身と下半身は、まだわずかに痙攣しながら、床に叩きつけられた。

「ひっ! 尋様、一体何を!?」

 逃げようとする男の顔面を鷲掴み、持ち上げる。

 凄まじい握力で頭蓋骨がミシミシッ、と悲鳴を上げる。

「言っただろ? 後始末だと。使えない駒に用はない。死ね」

 指先が減り込み、最初に爪が突き刺さった。

 余りの苦痛と間近に死の恐怖を感じ、男の全身が震え始める。

「あばよ」

 尋は情け容赦なく頭をグシャッ、と握り潰した。

 男は悲鳴を上げる間もなく、潰れたトマトのような真っ赤な血肉を、辺り一面に飛び散らせた。

 首から上――正確には下顎から上――を失って、ダランと垂れ下がった四肢が小刻みに痙攣を繰り返していた。

 握り潰した脳幹を鷲掴みにしたまま、未だ尋は爪を離さない。

 口許が愉悦に歪む。

 男の血と脳漿に染まる右手。

 遺体のつま先からピチャピチャと垂れ落ちるのは、何も赤い血だけではない。

 無様に、糞尿も垂れ流していた。

 酷く潰れた顔面など、見るも無残だ。

 限界まで大口を開け、もはや対をなさない下顎に添えられた赤い舌がだらしなく垂れ下がり、血とヨダレに塗れていた。

 暫くしてから男の亡骸をゴミのようにブンと投げ捨てる。

 爪に付着した血をさもつまらなさそうにピッピッと振り払った。

「はい。後始末終わり」





































「コイツら……わしの屋敷を踏み躙りおって……!」

 モニターには屋敷の庭で警備と戦っている往人と留美が映し出されいている。

 気絶してるだけの男達と身体の一部分を切り落とされ心臓を突き破られている男達が倒れ、その数は数秒ごとに増えていく。

「トルネオ様! 屋敷の北棟の四階と中央ホールにも侵入者がいます!」

「なんだと!」

「モニター出します!」

 男の言った通り四階には祐一、中央ホールにはさくらと尋、そして倒れている警備がいた。

(あのひと……あのときの)

 イヴは祐一が映っているモニターをただじっと見つめている。

 その横でトルネオがダンッ、と乱暴にコンソールを叩く。

「なんなんだこいつらは! 何が目的でわしの屋敷に!」

「恐らくイヴが目的かと」

「なにぃ!」

 怒鳴られたフリットは冷静にモニター上の祐一を指差す。

「この男はイヴをこの屋敷から連れ出した張本人です」

「この男が……そう言えばこの男が着ている服……」

 祐一を見て、その服装がどこかで見たことがあるものだと気づいた。

 ただじっと見、気づいた瞬間表情が驚きに変わる。

「こ、この男、ヴァルハラの円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドのメンバーか!?」

 その言葉にモニター室にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。

「しかし、なぜだ!? なぜ円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドのメンバーがイヴを……!」

 侵入者達の目的が何故イヴなのかを考えているトルネオにさらなる事態が襲う。

「ぜ、全滅!? 60人近くいる警備がこんな短時間でか!?」

「はい。残った者も戦意を失い、逃走を始めています。残っているのはここにいる者達と尋様のみです。このままでは侵入者がここを探し当てるのも時間の問題かと……いかがなさいますか?」

 トルネオは荒い息を整え、考えを巡らす。

(逃げるワケにはいかん。地下研究所の『神の研究』を投げ出すワケにはいかない。そんなことをすれば、あの御方にどんな罰を与えられるか……ん? 『神の研究』)

 はっ、としてトルネオはイヴに顔を向けた。

(そうだ。殺人人形イヴの力を今こそ使うときではないか)

 トルネオは口元を歪め言葉を吐き出す。

「中庭で連中を迎え撃つ。フリット……NS増幅振動機を用意しろ……」

「え!? あれをイヴに使用すると……!? しかし、アレはまだ未完成……」

「かまわん! 早く行け!」

「は、はい!」

 トルネオの鋭い声にフリットは背筋を伸ばしたかと思うと急いで身を翻し駆けて行った。

 それを見送ったトルネオはイヴを見やり、モニター内の祐一を睨みつける。

「五月蠅いネズミどもめ……お蔭でイヴにいらん感情まで芽生え始めておる……いや、待てよ。イヴを殺人人形として完成させるのにはちょうどいい機会かもしれんぞ」

 人の心を――感情を抜き取って始めて人は人を躊躇なく殺せる。

 今この場で芽生え始めた下らない感情を二度と生まれないように殺せば、イヴは殺人人形として完成するのだ。





































「こんな光景を見ても表情、眉一つ動かさないとはな」

「見慣れてるからね……それにその力――“異能力”、だね。と言うことは貴方『塔』に棲む住人かな? それとも……」

「ほぅ。『塔』の存在を知る人間があそこ以外の外海にいるとは驚きだ。そう俺は異能者だ。能力は……!」

 凄まじいスピードで間合いを詰めて殴りかかる。

 その一撃を間一髪で横に大きく跳び退いて躱したが、髪の毛が何本か千切れ飛んだ。

「身体能力の強化だ。なかなかのモンだろ。パワーもスピードも思いのままだ」

「随分な自信過剰だね。そんなにペラペラ自分の異能力を話すなんて……実戦経験の中で自分自身の情報が漏れることは即、死に繋がることを知らないの?」

「……なにっ?」

「貴方の実力は大体分かったよ。その実力からいって貴方は……」

 さくらは可愛らしくんーっと唇に指を当てて考え始めた。

 考え込んでいたさくらは、うんと頷くとその指を男に突きつけて、満面の笑顔でハッキリと言う。

「ズバリ下層階――『パルテノン』の住人、だね」

 さくらの言葉に尋の眼光が射抜くように鋭くなる。

 塔には上層階、中層階、そして下層階と三つの階層に分かれている。

 下層階と中層階、そして中層階と上層階の間は果てしなく大きい。

 ハッキリ言ってしまえばレヴェルが違い過ぎるのだ。

 簡単に判り易く例えるな下層階が拳銃、中層階が戦車、上層階が核ミサイル。

 出力は勿論威力も性能も段違いすぎる。

「低いねぇ〜。低すぎだよ。『パルテノン』の住人さんは家に帰れって感じ? キャハハハッ!!」

 二度目の挑発の言葉を吐いた瞬間、尋の殺気は膨れ上がり、さくらの顔に貫手を放つ。

 さくらはその一撃を上に飛んで回避し、尋の腕に着地する。

「貴方の攻撃、破壊力は十分だけど、大振り過ぎて簡単に見切れるよ」

「こ、このアマァァァ!!!」

 左腕で右腕に乗っているさくらに殴りかかる。

「おっと♪ 危ない危ない♪」

 軽くステップをとる要領で距離をとりつつ、相手の倒し方を考える。

 が、そのさくらはこの部屋に自分達二人以外の存在がいることに気づいた。

(うにゃ? この気配……もしかして!)

 さくらが軽く辺りを見渡した瞬間、尋は凄まじいスピードでさくらの首を掴み、遠くの壁まで持っていき叩きつけた。

 口から血を吐き、肺の酸素が外に追い出される。

「おい。こっちからも一言言わせてもらうぜ。戦場では一瞬の油断が命取りになるってな」

「……く! このぉ!!」

 首を掴んでいる尋の手をどうにかしようと、その手に向かって殴りかかるが、腕は軽く受け止められグシャリ、と握り潰した。

 尋の指と指の間から血が吹き出る。

 そしてグチャグチャになったさくらの手をもっと強く握り腕を引き千切った。

「ヒャハハハハ!! さっきまでの威勢はどこいったよ!」

「ふぐっ……ううっ……ボクを」

「ああん? 何だよ?」

「ボクを……甘く……見ない方が……いいよ」

 さくらがそう言うと首を掴んでいる尋の腕が肘からボトリ、と落ちた。

 掴んでた腕は完全に腐食していた。

「ギャアアア!! う、腕! 俺の腕がぁぁぁぁ!!」

「だから言ったでしょ。甘く見ないでって」

 さくらは左腕を押えながら尋と距離をとる。

「ガキが……殺す!」

 左足を叩きつけるように床を蹴り上げると床はクレータのようにへこんだ。

 尋は一つの弾丸になってさくらに突っ込んでいく。

 さくらの心臓を狙い、右の貫手を突き出す。

 狙いたがわずさくらの心臓に尋の手が深々と突き刺さる。

 さくらの口から血液が逆流し、吐血した。

 尋は腕を大きく振り、貫いたさくらの身体を容赦なく壁に叩きつける。

 叩きつけられた身体は崩れ落ち、血の海を作りながらピクリとも動くことはなかった。





































 ――ヴァルハラ・第6支部――

 部屋の中は、高級なイスや机があり、その側にはいくつもの書類が置かれた棚がある。

 部屋の真ん中辺りには三人がけのソファーがガラス張りの机を挟んで並べられ、その机の上にはコーヒーとチェス盤が置かれている。

 そのチェスボードを挟んで向かい合う円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの正装を着た男女――不破士郎と沢渡まことがこの部屋にはいた。

「ねぇ、士郎さん。最近の祐ちゃんどう思う? 祐ちゃん……また標的ターゲットを殺さず見逃したそうよ。今月に入ってこれで三回連続。祐ちゃんが円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドに入隊して、ううん。ヴァルハラに入ってこれまで一度としてなかったことよ」

「……祐一の中で何か心境の変化でもあったんだろうな。チェック」

 士郎がコマを動かしまことに告げる。

「あっ!」

「待ったはなしだぞ、まこと」

「分ってるわよ……まぁ、心境の変化かは分らないけど、三ヶ月程前からある掃除屋と祐ちゃんが何度か接触を持っているみたい」

「掃除屋?」

「名前は七瀬留美。あいつから飛天流を教わった使い手よ」

「飛天流だと。あの野郎がとった弟子ってのが、その七瀬留美って女か」

「そ。で、その子が直接の原因になっているかどうかは、まだ分かんないけどハッキリ言って問題よ、これ。抹殺者イレイザーの使命はあくまで敵を“抹殺イレイズする”ことなんだから」

 黙々とコマを動かし、時折時計を見ながら会話を続ける。

「そう……だな」

「別に私はいいの。祐ちゃんが変わったことが嬉しいから……でも」

「長老会が黙っていない、だろ?」

「ええ。それに最悪の場合、下手をすれば反逆罪として、あたし達に祐ちゃんの抹殺指令が下るわよ」

「だが、分かってる筈だ。指令が下る前に祐一はここから去る、、、、、、、、、、、、、、、、ってコトぐらい」

「そりゃ、ね……止めなくていいの? もしかしたら倉庫アーカイバが創ろうとしている世界。その道標を外れさせるコトが出来るかもしれないわよ?」

「……その程度の小さな歴史の修正ぐらい簡単にし直すだろうが、やらないよりはマシか」

「ええ。とことん抗ってやりましょ」

「ああ……ま、それはそれとして、チェックメイト」

「あーーっ。私の負けかぁ」

「ふっふっふっ。これで96戦74勝6敗16引き分け。まだまだだな」

「次は負けないわよ!」

「いつでも受けてやる」

 不敵に笑い合っていると部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼します。岡崎朋也、只今戻りました」

 ドアを開け入ってきたのは祐一と同い年の少年だ。

 青眼青髪の天辺で跳ねている触角毛を持つ少年の名は岡崎朋也。

「おかえり、朋也君」

「こちらが報告書だそうです」

 朋也は士郎に極秘と書かれた封筒を手渡した。

 士郎はそれを紐解き、報告書に目を通す。

 封筒の中身は朋也の身体能力値と精神能力値の総合値や評価が書かれている。

 その他にも朋也が今まで受けた任務や戦歴なども事細かに書かれていた。

 それを読みながらこれを持って来なければならなかった人物を訊く。

「朋也。監視者ウォッチャーはどうした?」

「あの人でしたら、何か用ができたって言って走ってどこかに行きましたけど……」

「……大方の見当はつくけど、任務放棄とはやってくれるわね」

「まったくだ。ちょいとキツイ灸を据えなきゃな」

 クククッ、不気味な笑みを浮かべながら黒いオーラを発する二人に思わず後ずさる朋也。

 祐一が以前受けたくすぐり地獄の刑はキツイ灸の一つだ。

 あれに耐えれる者は円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの中にはまだいない。

「ま、それはそれとして中々だな」

「そうね。これなら問題ないわね」

 報告書を見ながら感想を漏らす二人。

「でも、それを決めるのは私たちじゃなくて長老会のじいさん達だけどね」

「だな。さて行くか、朋也」

「あっ。はい」

「まことはあいつへのお仕置きメニューを考えといてくれ」

「ええ。分かったわ」

 朋也は士郎の後をついていきながら思った。

 ――これが次期、隊長副隊長候補の二人の本当の姿なのか、と。

 ちなみに朋也は円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの次期頂点トップに相応しい威厳と風格を持ち真面目に雑務や任務をこなす所しか見たことがなかったりする。