――ゲームセンター――

 リーフにある巨大な二階建てのゲームセンター。

 一階にはクレーンからビデオゲームまで幅広いジャンルのゲームが、二階にはレトロなゲームが置かれている。

 ヤクドナルドを出た祐一と浩之はここにやってきた。

 巴とあかりは、女の子らしくウインドショッピングへ行き、雅史だけは姉が久しぶりに帰ってくるとの事で家へ帰って行った。

「祐一、ガンマンはガンマンらしく、これで勝負だ!」

 浩之は、そう言って目の前のゲーム機――ガンコンタイプのシューティングゲームを指差した。

「受けて立ってやるが、お前の場合ガンマンとは言わねェだろ?」

 ガンはガンでも浩之が使う武器はガンブレードなので確かに言わない気がする。

 と言うか絶対に言わない。

 ガンブレードは片刃の大剣の根元に銃のリボルバーとトリガーがついている武器だ。

 浩之が使うのは爆砕型と呼ばれるガンブレードで、斬撃が対象に当たった瞬間にトリガーを引くと爆発を起こすという代物。

 なので銃弾を撃つことはできない。

 故に、ガンマンとは呼べないのだ。

「そう言う突っ込みはなしだぜ」

「へいへ。それより、浩之。ただの勝負じゃ面白くないよな」

「そうだな。じゃあ、勝負は五回。先に三勝した方の勝ち。勝った奴は相手に一つだけ命令が出来るってのはどうだ?」

「OK。いいだろ」

「んじゃ、俺から行くぜ!」





FenrisWolf's


ACT.15 生死を分かつ罰ゲーム





 第一戦/ガンシューティング。

 100ウェルを入れ、ガンコンを手に取り構える。

 Let's Shootingの文字がディスプレイに表示されゲームがスタートする。

 ゲーム機からは、ほぼ絶え間なく電子音の銃声が聞こえてきた。

 数分後……

「へへッ、どうだ祐一」

 終了と同時にディスプレイにゲームクリアの文字と得点が表示される。

 25万6700点。

「ふむ」

「祐一、お前にこの点を越えられるかな?」

 すでに勝ち笑いを浮かべている浩之を無視して、100ウェルを入れ、ガンコンを構える。

 『Let's Shooting!!』

 浩之の時と同様にゲーム機からは、ほぼ絶え間なく電子音の銃声が聞える。

 数分後……

「こんなもんか?」

 終了と同時にディスプレイにゲームクリアの文字と得点が表示される。

 49万7800点。

「マジかよ!?」

「お前と違って俺は生粋のガンマンだぞ。つっても本物に較べて軽いし、撃った後の反動がないからオモチャの銃は扱いにくいな」

 それでもこの点数出したのは凄いだろう。

 ちなみにこのゲームで出る最高点は50万だ。

「ま、とりあえずまずは一勝だな」

 浩之は悔しそうに呻きながら、ゲーセン内を見渡す。

「なら、今度は格ゲーで勝負だ!」

 第二戦/格闘ゲーム。

 開始直後、浩之の容赦ないコンボが炸裂し秒殺され、浩之にパーフェクト勝利を与えた。

 ラウンド2では、浩之のライフを半分まで削るも、やはり敗北。

 祐一は格ゲーが苦手なのだ。

 ただ単に旅ばかりをしているので、じっくり腰を据えてプレイすることが出来ないというのが理由でもある。

「うしっ! これで一勝一敗だ」

「ぐっ……やはりやりなれてねェゲームは駄目だ」

 第三戦/ダンスバトルゲーム。

 高難度のハイアーランクで対戦。

 下から上へ流れてくる上下左右の矢印を二人は持ち前の動体視力で見切り、軽やかにステップを踏んで行く。

 二人とも身体のキレが良く、ハイアーランクでの息もつけぬ戦いを繰り広げる。

「す、すげェ、ハイアーランク九周クリアだ」

 何時の間にか二人の周りにはかなりのギャラリーが出来上がっている。

 無理もないかもしれない。

 九周クリアしても二人は、ほとんど汗もかかず、息も全く乱れていない。

 それ以上に、注目を浴びているのは祐一だ。

 浩之は何度かステップに失敗しBadを出しているが、祐一は一度も出していない。

 祐一は誰もが目を見張るような滑らかな足運びで寸分狂わぬステップでGreatかGoodしか出していないのだ。

 そうなれば結果は言うに及ばず祐一の勝ちで二勝一敗。

 第四戦/クレーンゲーム。

 300ウェルでいくつ取れるかを競う。

 まずは、祐一が先攻で100ウェルを入れアームを操作し、ウサギのぬいぐるみGet。

 次に、後攻の浩之が100ウェルを入れアームを操作し、ウサギとパンダのぬいぐるみを同時に二つGet。

「秘儀二個掴み」

「ほぅ、それなら俺だって……」

 100ウェルを入れアームを操作し、一気にイヌ、ネコ、クマのぬいぐるみを三つGet。

「なっ!!」

「二つ掴みならぬ三つ掴みってな」

「くっ……そんな高等技を。だが、勝負はこれからだぜ!」

 意地になり、浩之は無茶にも四個掴みに挑む。

 だがそれで取れる確率はかなり低くなるため、一つも取れず100ウェルを無駄にした。

「無茶しすぎだ。これで取れるのは、最高で三個が限界だろ」

「うるせぇよ」

「これでラストだ。二つ取れば、俺の勝ちだな」

 100ウェルを入れアームを操作し、予告通りに二つのぬいぐりみを掴み上げる。

 だがそうは問屋がおろさない。

「おっと、躓いた」

 と言って浩之がクレーンに体当たりをかまして、ぬいぐるみをアームから落下させる。

「あああっ!! 浩之、テメェ!」

「ワリィ。ワザとじゃないんだ」

 爽やかな笑顔を祐一に向けながらそう言い放つ。

 誰がどう見てもどうみてもワザとだった。

「さぁて。俺の番か」

 何事も無かったかのように、100ウェルを入れアームを操作し、不安定ながら三つ掴み上げる。

 それを見た、祐一は先程のお返しとばかりにクレーンに体当たりをかまして、ぬいぐるみをアームから落下させる。

「あああっ!! 祐一、やりやがったな!」

「ワザとじゃねぇんだ。許してくれよ」

 同じように、爽やかな笑顔を浮かべる。

 しかもサムズアップのオマケ付き。

 そんなコトをされても浩之自身が最初にやったコトなので、あまり強くは言えない。

 祐一が四個で浩之が三個なので祐一の勝ち。

 これで、三勝一敗。

 これにて決着。

「ま、これにてゲーム終了。俺の勝ちだな浩之。罰ゲームを受けてもらうぜ」

「ちっくしょー」

 浩之はその場に負け犬の如く這い蹲った。

「あれ? 祐一に浩之さん?」

 聞きなれた声に祐一が後ろを振り返るとイヴと留美が立っていた。

「イヴと留美か。どうした?」

「ん? あたし達は買い物なんだけど……どしたの藤田君?」

「敗北した」

 簡潔に述べられた為、全く理解できず留美は首を傾げたが、藤田君は折原の友達だしと勝手に納得していた。

「でも、ちょうど良かったわ。あんたに渡すものがあったのよ」

 留美はそう言いながら持っている鞄の中から一つの紙袋を取り出し、それを祐一に渡す。

「やたら重いが、なんだこれ?」

「あんたと巴さんの取り分よ。昨日はあんた達と協力し合って終わらしたんだしね」

 そう言われ紙袋を開けると札束がドンッと姿を見せた。

 それを祐一は固まって見ている。

「……あ、あの、留美さん。これ一体いくらあるんでしょうか?」

「ん? 報酬金の半分の750万ウェルだけど……」

「な! なななななな750万!?」

 雷に撃たれたような衝撃が祐一の身体を走り抜けた。

「マジか!?」

「マジよ」

「おおっ……これだけあれば借金が大き減って残り300万に!」

 思わず小躍りしたくなった祐一。

 借金が大きく減るし、小遣いカット宣言も取り消される――多分だが――のだから無理もない。

 もしここに巴がいれば彼女も間違いなく喜ぶだろう。

「残り300万って……あんたら1,000万近く借金があったの?」

「ああ」

 何かに納得したらしく留美が苦笑いを浮かべている。

 祐一は意味が解らず首を傾げたが、イヴには意味が解っていたので、祐一と留美を交互に見渡し言い切った。

「流石は双子……この場合は類友かな?」

「誰が類友かッ!」

 祐一は否定したが留美は否定しなかった。

 自分も祐一達同様に借金が山ほどあったのだから。

「祐一と留美だけど。ねぇ、祐一、その借金は祐一が増やしたの?」

「あ、ああ、まぁな」

「どうやって?」

「えーっと、巴から聞いた内容だと、俺が下手に暴れて色々な物を壊した修理費、運悪くそれに巻き込まれた無関係の人達の治療費に車の修理代に携帯の通話料、あとは各地にあるアジトの維持費らしい」

 聞き終えたイヴは留美を見た。

 その視線に気付いた留美は大きく目線を泳がせる。

「留美……類友だよね?」

「え、ええ、そうね……流石双子」

 イヴの言葉に頷く留美だが、祐一一人だけ納得できずにいた。

 その疑問に答えたのはイヴだ。

「私達も祐一と同じで借金が山ほどあったの。増やした内容は祐一とほぼ同じ理由でね。ちなみに増やしたのは留美だけど……」

「そうなのか?」

「ま、まあね」

「一応、今回の収入で半分に減ったけどそれでもまだ500万近くあるんだよね、確か」

 顎に指を当てながら考え込むイヴを見て留美の胸に罪悪感が埋め尽くす。

「ううっ、ごめんなさいイヴ。そこまで心配させてごめんなさい」

 情けなく年下のイヴに頭を下げる留美を見て祐一は思った。

 祐一と留美、巴とイヴ。

 確かに類友だと。

「類友だな、留美」

「ええ、類友ね、祐一」

 二人は見つめ合うと、肩を落とし重苦しい溜め息をついた。

「ま、それはそれとしてだ。いつまで落ち込んでるんだ浩之」

「遅ェよ! もっと早く声かけろよ!」

 祐一達の会話に入るタイミングを逃した浩之はずっと落ち込んでいたようだ。

 ちょっとだけ目尻に水が浮かんでいた。

「久しぶりね、藤田君」

「お久しぶりです、浩之さん」

「ああ。久しぶりだな、七瀬にイヴちゃん」

 三人の再会の挨拶に祐一は思い出したように手を叩いた。

「お前ら知り合いか?」

「ああ。仕事で思いっきり遠出した街・オネシティで出会った。そん時色々会って共闘することになったんだ。んで、今や友人関係にある。祐一は?」

「俺がまだヴァルハラに居た頃に会った」

「そうそう。こいつ最初はあたしを殺そうとしてたのよ。躊躇いも迷いもなくね」

 知られざる真実に驚く浩之。

 祐一がヴァルハラに居たことは知っていたが、目の前にいる親友二人が殺し合いをしたということが信じられないようだ。

「そう、なのか?」

「そ。あの頃の祐一は残忍で冷酷な、言うなれば殺人機械キリング・マシーンだったわね」

 そんな祐一は留美の影響を受けて知らない内に少しずつ穏やかになっていった。

 ただ、その頃はまだ今のように砕けた性格には至っていなかったが。

「へぇ。祐一がそんなだったなんてなァ。今の祐一からじゃ想像できないな」

「そりゃそうでしょうね。あの頃の祐一を見てなきゃ信じられる話じゃないわよ。逆にあの頃の祐一を知ってるあたし達は偽者って思ったし」

 本人そっちのけで楽しそうに祐一のコトを話し出す二人。

 祐一にとっては晒し者になったような気分でいい気がしない。

 しばらく話して区切りをつけると留美がゲーセン内を指差した。

「話は変わるけど、藤田君。久しぶりに会ったんだし、ちょっと対戦でもしない?」

「おう、いいぜ」

 そう言って二人はゲーセンの中に入っていった。

 祐一とイヴも後に続く。

 浩之達が対戦に選んだゲームは、浩之が先ほど祐一を完膚なきまでに打ちのめしたゲームだ。

 コインを投入し、キャラを選択して対戦が始まる。

 浩之同様に留美もやり慣れているようで、双方ともにかなりのテクニックで相手を追い詰めていく。

 二人の対戦を祐一は観戦していたが、辺りを見渡して何かを探していたイヴがある機械に目を留めた。

 それはシールプリント――撮った写真で、シールを作ることができる機械だ。

「ねぇ、祐一」

「ん? どうしたイヴ?」

「アレで一緒に写真を撮って欲しいんだけど、ダメかな?」

 イヴが指差した機械を見て、祐一はイヴに微笑みかける。

「別にいいぜ」

「ホント!?」

 目を輝かせながら嬉しそうに大きな声を出した。

 それを聞いてもう一度頷くと、イヴが嬉しそうな笑みを浮かべて祐一を連れて行った。

 二人揃って仕切られた中に入り、祐一が隣に立つのを確認したイヴが小銭を投入する。

 流石に祐一は自分が払おうとしたのだが、誘ったのは自分だとイヴが譲らなかった。

 変なところで頑固なのは留美譲りなのだろう。

「ところでよ、俺これやったことないんだけど、これからどうするんだ?」

「えっとね、この中から好きなワクを決めて、それからカメラの前に立つだけ。簡単でしょ?」

 画面に記された色とりどりのワクを指差してイヴが説明する。

「確かに簡単だな。で、どれにするんだ?」

「えっと……これでどう?」

 イヴはシンプルなデザインのワクを選びそれに決める。

「まぁ、悪くないな。それでいいぞ」

「じゃ、さっそく写ろう」

「ああ」

 祐一は少しだけ屈み、イヴは台座の上に立つ。

 二人が並んでいる姿が画面に映し出される。

 画面の端と端いっぱいだ。

 互いに肩と顔を寄せ合い、カメラに向かって笑う。

 そしてイヴの指がスイッチを押した。

 撮影を終え、祐一達は写真が出てくるのを待っていた。

「にしても凄いな」

 祐一が感心したように言う。

「何が?」

「いや、ゲーセンで写真が撮れたりするのが……」

「男の子はあまりこういうの撮らないと思うからそれが普通じゃないかな……あっ、出てきた」

 イヴは出来上がった写真を手に取る。

「で、これはどうするんだ?」

「この鋏で……こうやって半分にするの」

 イヴはシールプリントに備え付けられた鋏できっちり半分ずつに切り分ける。

「はい、こっちが祐一の分だよ」

 半分は自分で持ち、残り半分を祐一に差し出す。

「ああ。ありがとう」

 イヴは嬉しそうな笑顔で写真を見ている。

 それを見た祐一は穏やかな笑みをイヴに向けていた。

「んじゃ、戻ろうぜ」

「あっ、祐一は先に戻ってて。私することあるから」

 そう言ってイヴは別の機械の所に向かって行った。

 それを見送るとシールプリントをジャケットの内ポケットに納め、浩之達の所に戻って行った。

 二人の対戦はまだ終わっていないようだ。

「ふふっ。流石にやるわね藤田君」

「へっ。お前も相変わらず見事な腕前だぜ七瀬」

 台越し闘いながら言葉をぶつけ合う。

 互いの言葉が闘争心をかき立てる。

「つーか、二人ともまだ終わらないのか?」

「これが最終ラウンドよ」

「黙って見てろ」

 視線は画面に向かい、返事をしながらもレバーとボタンを操作し続ける二人。

 祐一はそれに溜め息で返した。

 どうするかと辺りを見渡すと、イヴが戻って来た。

「何してたんだイヴ?」

 戻って来たイヴに祐一が訊いた。

 見るとイヴの手には一つのキーホルダーが握られている。

「これ作ってたの」

 そう言ってキーホルダーを祐一に見せる。

「キーホルダーか。ホント、最近のゲーセンは色んなモンがあるな」

「ぐあッ! 負けたァァァァ!!」

「おほほほほほほほ! 残念だったわね、藤田君!」

 ガクリとその場に膝を突ついた浩之を高笑いで見下す留美。

 それを見た祐一とイヴは互いに顔を見合わせ、同時に溜め息をついた。





































 その後四人はワッフルケーキと飲み物の専門店の山葉堂にやってきた。

 そして勝負に負けた浩之は山葉堂にて新たな味に挑戦することになる。

 三人は席に着き、祐一がレジカウンターに並び注文しにいく。

 ガラス張りのカウンターの中にはワッフルケーキが何十種類も置かれている。

 それを見て頼まれた品があることを確認して注文に入る。

「えっと、ショコラとアプリコットケーキとレアチーズ……それと蜂蜜練乳ワッフルΩをそれぞれ二つずつ」

 注文を受けていた店員を中心に三葉堂にいる全ての人の顔が一瞬にして凍りつく。

「は、蜂蜜練乳ワッフルΩ、ですか?」

 恐る恐ると言った感じで祐一に問い掛ける。

 周りの人達も恐怖からか青褪めている。

 Ωは別のチェーン店で蜂蜜練乳ワッフルを食したつわものがいて、改良に改良を重ねて誕生したらしい。

 このワッフル、名前からしてヤバイとは誰もが思うがこのワッフルは想像を越えている。

 これはワッフルと言うより蜂蜜と練乳を混ぜ合わせ砂糖で固めた物と言ったところだろうか。

「はい」

 ちなみに唯一注文を頼んでいなかった浩之が一番青褪めていた。

「な、なぁ、七瀬。祐一のヤツ蜂蜜練乳ワッフルΩって言ったか?」

「ええ、言ったわよ。アレを藤田君に食べさせる気ね。でも、アレを食せる人間が茜以外にいるとは思えないけど……」

「うん。それにあの様子じゃ飲み物もヤバいモノを頼むと思うよ」

 顔を見合わせて祐一の方を見る。

「んで、飲み物は……ロイヤルミルクティーが一つとコーヒーが二つ……それと」

 祐一がそこで言葉を切り浩之の方を見る。

 不気味とも思える邪笑を浮かべた祐一の顔を見た瞬間、浩之達にはあるモノがしっかりと見えた。

 祐一に悪魔の尻尾と角が生えているのを。

「アビスドリンクが一つ」

 その言葉で客も店員も祐一から思いっきり引いた。

 それの恐ろしさをよく解っている反応だ。

 ――本気ですか? と祐一を見る店員の眼が語っていた。

 祐一はそれを見て頷き返した。

「こ、こちらでお召し上がりになりますか? それともテイクアウトで?」

「こちらで」

「か、かしこまりました。どうぞ、ごゆっくり」

 震える手で注文の品を取り出し、飲み物を入れてトレイに置く。

 祐一はそれを不気味に笑いながら浩之達がいる席まで持っていく。

 イヴの隣に腰を降ろすとそれぞれの注文の品を前に置いた。

「さぁ、喰え」

 目の前に置かれた品を青褪めた顔で見つめている浩之。

 留美とイヴは触らぬ神に崇りなしの状態だ。

 辺りを見渡すと、店員も客も全員が注目している。

 店内は不気味なぐらい静まり返り浩之を見守っている。

「な、なぁ、祐一。これって飲めるもんか?」

「……飲めるに決まってるだろ。飲めないモノを店に置くワケないじゃん」

 Lサイズのカップの蓋を外して中を覗き込んだ浩之の顔が思いっきり引き攣った。

 それを見て留美もイヴも中を覗き込む。

「蛍光色だね」

「ええ、蛍光色ね」

 そう、それは手っ取り早く言うなら、蛍光青緑の液体。

 これを見てドリンクと言える人間がいるだろうか?

 いない、いる筈がない。

 飲めないだろうと思いながらも好奇心旺盛な浩之は恐る恐る指をつけて、一滴だけ舐めてみるが彼は激しく後悔する事になる。

「■■■■■■■■■■■■■■!?!?!?」

 もはや彼が口から発した言葉は、この世界で通じる言葉ではなかった。

 それを見た祐一を除く店内の人間は、身を強張らせる。

(た、たった一滴でああなるなんて!?)

「に、苦くて辛くて甘くて、酸っぱくて不味いィィィッ!!!」

 もはや浩之は涙目。

 恐るべし、アビスドリンク。

「んなモン飲めるかァー! これは絶対飲み物じゃねェ!!」

「一気に飲まねェからだ。それに毒じゃないだから、そんなに興奮すんな」

「そういう問題じゃねェ! 自然界にこんな色の飲み物が存在するか!? こんなモン飲み物じゃねェよ!」

 勿論、蛍光青緑の食べ物は自然界のどこにも存在しない。

 そもそも蛍光青緑という色そのものが存在するのかも謎だが……

 要するに『蛍光青緑』としか形容出来ない色なのである。

 いかなる生物もきっと「毒」だと認識するであろう、そんな物体だ。

「ま、そんなコトはどうでもいいや。さっさと食べろ。ほら、皆さんも注目してるんだから男を見せろよ」

 祐一は両手を広げ、辺りを見渡させる。

 確かに店員も客もさっきから変わらず浩之の行動を注目している。

「それとも浩之は男気もない情けない奴なのかなァ? いやだねェこれだからヘタレは」

 やれやれと大げさに肩をすくめる。

 その言葉と態度にカチンと来た浩之は、祐一の挑発に簡単に乗ってきた。

「誰がヘタレだ! 上等だよ、こんなモン簡単に喰ってやらァ!!」

 ワッフルに齧りつく。

 大口で一口食べただけで浩之の動きが止まった。

 両目には涙が浮かび、汗をかいている。

「あ、甘い……こんなの絶対人間の食べ物じゃねェ」

 文句を言いながらも齧りつき、食べていく。

「ねぇ、留美。さっきの台詞を茜さんが聞いたらどうなるかな?」

「うーん。小一時間近くは蜂蜜練乳ワッフルについてうんちくを聞かされるんじゃない」

 イヴと留美は自分達のケーキを食べながらそんな会話をしている。

 ちなみに周りの客達も小声でだが歓声をあげている。

「くっ……喰ったぞ。フフフ、喰ってやったぞ」

 ちょっと壊れたように笑う浩之はかなり不気味だ。

 それでも二つも食べて意識があるのは別の意味で凄い。

「さて、本日のメインだ。さぁ、飲め。一気に飲め!」

 目が少々虚ろな浩之にアビスドリンクを手渡す。

「鬼だね」

「ホント血も涙も無い男だわ」

 白い目で祐一を見ているが、祐一はそんなものは無視。

 今は浩之にコレを飲ませるのが祐一の最優先事項なのだ。

「おおっ。こうなったら自棄だ。俺はやってやるぜ」

 アビスドリンクの入ったカップを掴み一気に飲み干す。

 アビスドリンクが味覚を大きく刺激し、喉を通り、胃に納められていく。

 どこかで誰かが喉を鳴らす音が聞えた。

 カップをテーブルに叩きつけ、浩之は笑みを浮かべる。

「へ、へへッ。俺はやった……ぞ」

 細い声でそう呟き、テーブルに身を沈めた。

 とうに意識は断ち切れていた。

 シンッ、となる店内。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 湧き上がる大歓声。

「す、スゲェ! スゲェよあんた!!」

「あんたは漢の中の漢だ! 俺はあんたを尊敬するぞ!!」

「伝説だ! 今この瞬間人類史上かつてない伝説が誕生したぞ!!」

「大した青年ですね、店長」

「ああ。私は15mlぐらいのミニカップで瞬殺されたのに……」

 自分ですら飲めないものを作るこの店の店長は凄い。

「藤田、君? 大丈夫?」

 留美が浩之を揺すり、イヴが顔を覗き込む。

「あっ! 祐一、瞳孔開いてるよ!」

「ちょ! これってヤバイんじゃない!?」

「―――あ、スイマセン。重症患者が一名発生しました。救急車お願いします。緊急を要します。場所は――」

 すでに携帯で救急車を手配している祐一。

「……はい、よろしくお願いします」

 携帯を切った祐一は改めて浩之を見る。

 何かを考えるように腕を組み、首を傾げる。

「アビスドリンクを飲み干したのに何も起きねェな」

「何もって……何か起きるの?」

「ココ以外の店で聞いた噂なんだがな、噂じゃ飲み干した人は苦しみぬいて発狂するとか、異形の生物に変身するとか、醜男になってモテなくなるとか、性別が逆転するとか、あっ、それに確か身体が異常に頑丈になるとか、色々な噂を聞いてな」

「あんた、その噂を確かめるために藤田君に飲ませたの!?」

「おう。この様子じゃ異形の生物と醜男と性別逆転って言うのは嘘みたいだな」

 うんうんと納得したように頷く祐一に二つの冷たい視線が突き刺さっていた。

 それから暫くして救急車が到着し、ストレッチャーに乗せて運ばれていく浩之を店内の人間は英雄の凱旋の如く――出て行っているが――拍手と涙で見送った。

「それにしても、あんな危険な代物を作ったこの店は営業停止にならないのかなぁ?」

 イヴの冷静な指摘に言葉を返す者はいなかった。

 そして祐一も――

(アビスドリンクと巴の手料理……どっちが致死量が上なんだろう?)

 などと不謹慎で失礼なことを考えていた。

「あたし達もそろそろ帰ろうか。荷物も纏めないといけないしね」

「そうだね」

「んじゃ、帰るか」

 祐一がトレイに乗ったゴミを捨てに行き、留美達は先に店を出る。

 ゴミを捨て終え、祐一も店の外で待っている留美達の所に歩み寄って行く。

「とりあえず、ココで解散だな」

「そうね。それじゃ、また明日ね」

「またね、祐一」

「おう、また明日な」

 山葉堂の前で祐一達は別れた。





































 ――夜・来栖川邸――

 時刻はまだ22時だと言うのに、祐一と巴はもう就寝する為に部屋に戻った。

 明日の為に早めの休息をとるつもりなのだろう。

「明日、目が覚めたら戻っているといいな」

「はい。一生このままだと洒落になりません」

 そう言いながらベッドに腰を下ろした巴が机の上の紙袋に気がついた。

「祐一さん。その袋は?」

「ん? ああ、これか。見て驚くなよ」

 祐一はそう言いながら紙袋の中身を巴に見せた。

 中を覗き込み、札束の山を眼にすると驚愕。

 祐一は手に入れた事の経緯を話し出すが、時間が止まったようにフリーズする巴の耳には届いてはいなかった。

 それどころか巴は、壁に立てかけていた天羽々斬に無造作に手を伸ばす。

 巴の只ならぬ気配に気づき、視線を向けると眼前に飛び込んできたのは自分に迫る天羽々斬の鞘。

 鞘は吸い込まれるように祐一の米神に炸裂した。

 急な出来事に対処できず、祐一は受身すら取ることなく吹っ飛んだ。

「ぐはっ! ……と、巴、行き成り何を……」

 痛む米神部を押え、冷ややかな眼差し自分を射抜く巴を見る。

 その眼光に思わずビビる祐一。

 躰は小さくとも、その実力に変わりはなかった。

「……祐一さん、こんな大金どこから盗んできたんですか!? いくら借金だらけだからって犯罪に手を染めるなんて、見損ないました!!」

「待てやコラァァァ! テメェは人の話を聞いてねェのかよ!」

「聞いてました! 銀行強盗をやって来たのでしょ!」

「全然聞いてねェじゃねェか! これは留美から貰ったんだよ!」

「留美さんから盗んだんですか!?」

「だーら! 違ェよ! ちゃんと聞けよ人の話を!」





































「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……そ、そういう、コト、だったんですか」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……あ、ああ。や、やっと、分かって、くれたか?」

 二人の子供じみた激論は一時間に及び、巴は漸く納得してくれた。

 向かい合うように四つん這いになって荒い息を吐きあう祐一と巴。

 どれだけ激しい口論をしていたのか、察して余りある。

 もっとも微妙に変形している祐一の顔と、巴の右手に握られている鞘に張り付いている血糊が気になるが、気にしてはいけないのであろう。

「ていうか、死にそう」

 そう言いながら祐一はソファーに腰を落とし、その前に紙袋の中を覗きながら巴が座る。

 その表情はどこか嬉しそうだ。

「祐一さん」

「ん? どうした」

「留美さんの携帯の番号をご存知ですか?」

「知らない」

 即答した。

 まぁ、互いに知っていたら祐一が組織を抜けてからの二年間、全く音沙汰なしではないだろう。

「それがどうかしたのか?」

「報酬金の分け前を頂いたんでお礼を言いたかったんです」

「なる。んなら明日言えばいいさ」

「明日? 明日会いに行くんですか?」

「いや……迎えに行くんだ」

 それだけ言うと祐一は自分のベッドに潜り込む。

「ゆ、祐一さん、今のはどういった意味なんですか?」

「明日になりゃ分かる。今日はもう寝ようぜ」

 それ以上言う事はないと、祐一は無視して眠りについた。

 巴はまだ何か言いたそうにしていたが、諦めたように溜息をつき、部屋の電気を消して自分のベッドに潜る。

 明日になれば分かると言っていたので、それまで待てばいいだけだ。