いくつも聳え立つ廃墟ビル群。

 その中で一番高いビルの頂上に一人の青い髪の男が瓦礫の上に座っている。

 男はある一点を見つめたまま動かない。

「何をしている?」

 そんな男に一人の少女が後ろから声をかけてきた。

 蒼の瞳に、腰辺りまである灰色の髪に黒のヘアーバンドをつけた少女だ。

 風に吹かれ頬をくすぐる長い髪を指ですくい耳の後ろにかける。

「観てるんだ……あいつの闘いの様子を」 

 声を掛けてきた少女の方を見ず宙に浮いた巨大なスクリーンを観ながら答える。

「あいつ?」

 少女はスクリーンに目をやる。

 そのスクリーンには祐一、巴、イヴ、留美が映し出されている。

 スクリーンに映っている人物を見て少女の目が細く鋭くなり、身体中から殺気が溢れ出す。

「……相沢……祐一」

「そうだ。俺達を見捨てて自分一人だけが幸せを……居場所を手に入れた、裏切り者のユダ」

 少女はスクリーンに映っている祐一から目を離さずに男の声に耳を傾ける。

「……全てはあの『塔』の『倉庫アーカイバ』に記された通り、神の意志通りに進んでいる……だとすれば祐一は私達の前に現れる。その時お前はどうするんだ?」

「現われねェよ。確かに祐一は俺達のいるココに来る。だが、ココで内に封印された魂に総てを呑まれこの世を去る。それが『倉庫アーカイバ』に記された祐一の未来だ」

「悲しそう、だな?」

「バカ言うなよ。ただ、残念なだけさ」

 男は瓦礫の上から10センチぐらいの鉄材を手に取る。

 すると、その手の平の上で電気が発生し、バチバチと蒼白い火花を散らす。

「できうるなら、この俺の手で祐一を永遠とわに冥らせたかったんだ」

 手の平の鉄材が発生した電気により黒焦げになり、それを握り潰すとボロボロと崩れ落ちた。

「あいつとともにあの時代を生きた円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドのメンバー、第11の騎士ナイト・オブ・イレブン戦雷の帝王ライトニング・エンペラーとしてな……」





FenrisWolf's


ACT.10 交わした約束





「くそっ。一体どこにいやがんだ?」

 館の中を走り回り、部屋を見つければ扉を開け中を確認し、居なければ次の部屋を目指す。

 さっきからそれの繰り返しだ。

「そろそろ、当りが出てもいいんだけど……」

「そうだな」

 次の部屋のドアを開けようとしたらイヴが声をかけてきた。

「祐一、留美。あそこ」

 イヴが廊下に面した窓から外――中庭を指差しながら二人に声をかける。

 ソコにはまるで待ち構えているらしく十蔵と何人かの男達がいた。

「なら、ここから飛び降りるか。大丈夫だよな?」

 祐一は振り返りながら、そう言った。

「誰にもの言ってるんだか。大丈夫に決まってるじゃない」

「ヴァ〜クァ。誰がお前の心配してるかっつーの。俺はイヴに訊いたんだ」

「あーっはいはい、そうでしょーね」

 言われなくても分かってたわ、と溜め息を吐きながら続けた。

「三階ぐらいの高さなら大丈夫だよ」

 その言葉を聞いた祐一は窓を開けて、そこから庭に飛び降りた。

「待っていたよ、愚かな侵入者どもよ」

 十蔵は祐一達に声をかける。

「そりゃどうも」

「あんたが榊十蔵ね。単刀直入に訊くけど、あんたは何を思ってBAなんていう麻薬を巷にばら撒いたの?」

 剣呑な眼で榊を見ながら、静かにそう問い質す。

「決まっているじゃないか、金のためだよ。金持ち連中に売れば喜んで購入してくれるよ。無敵の兵が造れるってね。金にもなって駒も造れる、まさに一石二鳥だ」

「ゲスが」

 二人の言葉を代弁するように祐一は吐き捨てた。

 十蔵も鼻で笑い返すと話すことはないと言わんばかりに後ろに下がる。

「あとは任せるぞ」

 十蔵の言葉に五人の男が前に歩み出る。

「分っていると思うが、せっかくの健康的な内臓だ。出来れば殺すな。男を殺る場合は臓器は傷つけず頭を潰せ。女は動けないように足だ。股さえ開けば問題ない。いいな」

 十蔵の言葉に頷いた五人は帽子とコートを脱ぎ、放り投げた。

 その下から出てきたのは特殊防護服に身を包んだ見るからに怪しい連中だ。

 祐一達三人も微妙に引いている。

『具歯葉母! 我ら“卍一族”が中堅――五人そろって「卍X」也ィィィィ!!』

 それぞれが武器を持ち、暗視スコープを付けながら妙なポーズを取る。

 それはさながら戦隊モノのポーズだった。

 さらにはそれぞれの髪の毛が、赤、青、黄、緑、黒とご丁寧に描かれていた。

「うっわー、すんごくむさ苦しい。っていうかいい年して恥ずかしくないの?」

 毒舌バリバリのイヴの言葉に頷く二人。

「にしても“肥満児一族”か」

「確か他にもいる筈よね。横取り屋とか始末屋とか」

「そいつらもやっぱりむさ苦しい連中なのかな?」

「そうじゃねェの。しっかし、よくあんな連中を雇ったな」

「なにグチャグチャとぬかしとるかァァ! これから殺されると言うのにィィ!」

 レッド卍が祐一達を指差し怒鳴った。

 それに合わせて暗視スコープのレンズが伸びたり縮んだりしている。

「ぐふぐふふふふ、お前らああああ! 土下座して命乞いしてみろォ!そうしてら楽に死なせてやるぞォ!」

「お前だ、そこの黒髪のブサイク男の方だ! 何か言わんかい! 泣くとか喚くとか叫ぶとかァァァァ!!」

「あ!?」

「祐一より貴方達の方が100億倍ブサイクじゃない」

 睨みを利かす祐一と、祐一の侮辱にキレて再び毒舌を吐くイヴ。

『だぁぁぁれがブサイクだこのクソガキィィィ!』

 イヴの発言にキレる卍X。

「イヴ、いくらなんでもソレは言い過ぎだぞ」

「そうよイヴ。いくらホントのことでも失礼よ」

「だって……」

 まだ何か言いたそうな不機嫌な顔をしているイヴだが、それを祐一と留美がたしなめる。

 留美の発言の“ホント”の部分が強調されていた。

「上等だワレェ! そのよく回る舌を切り落として、減らず口を叩けなくして、その後両手両足の腱を切り身動きできなくしてェェ!」

 ベラベラと喋り捲る五人に呆れる祐一達。

「よく回る舌はそっちじゃない」

「まったくね」

「わーったから早くしろ。いちいち前置きが長ェな」

「な、なんだと!? このブサイク顔がァ!」

 祐一にファックサインを向け、ナイフを取り出す。

「ぐふふ。このスペツナズナイフをただのナイフと思うなよ。これは特殊部隊が暗殺に用いた油断している敵の意表を衝いてナイフが飛び出すという恐るべき――」

 バカかと思うぐらいに、わざわざ自分の武器の説明をするレッド卍。

「――殺人兵器なのだああああ!!」

 柄のスイッチを押し、ナイフが祐一に向かって一直線に飛ぶ。

 だが、祐一に突き刺さる瞬間――消えた。

 否、そのナイフは宙空を回転しながら、レッド卍の手元に戻って行く。

 そして、伸ばしたままの腕に見事に突き刺さった。

「あぎゃあああああっ! ナイフが俺の腕にィィィ!?」

 レッド卍が悲鳴を上げる中残りのメンバーは今の光景を呆然と見ていた。

「流石祐一ね。イヴには今の見えた?」

「うん。飛んできたナイフを足で蹴り上げて腕に突き刺した、でしょ祐一?」

「大正解。よく見えたな、イヴ。ちなみにナイフを指で軽々と受け止めることもできたぞ」

 右手の人差し指と中指をぶらぶらしながら言った。

「んじゃ、イヴ、留美さっさと片付けるぞ」

「りょーかい」

「うん」

 留美は天月を抜刀し、卍Xを睨みつける。

「さーって、やられ役の五人ども、かかってらっしゃい」

 卍Xがレッド卍の掛け声で四方に散るが、完全に散る前に留美が動いた。

 留美の獲物はブラック卍とイエロー卍の二人だ。

 ブラック卍がベレッタM92を二丁構えて撃つ。

 留美は飛んで来る銃弾を軽々と躱し、天月で薙ぎ払い、ブラック卍とイエロー卍に接近して行く。

 この二人では留美を止める事は絶対に不可能。

「これならどうだァァァ!」

 イエロー卍がダイナマイトの導火線に火をつけ留美に向かって投げつけてきた。

 回転しながら飛んでくるダイナマイトを鋭く睨みつけて、天月を一閃。

 導火線のみを切り落とした。

 さらに今度はブラック卍が銃を撃ち、それと同時に導火線に火をつけた四本のダイナマイトを時間差で投げつける。

 飛んで来る弾丸の弾道を確実に見切り、ダイナマイトの導火線を切り落とす。

 だが切り落としたのは三本のみで、一本は爆発する寸前で投げられ、留美の眼前で爆発した。

「具歯葉母! 殺ったぞ!」

 留美を殺せた事に喜ぶ二人。

 しかし、この二人は十蔵の依頼内容を理解しているのだろうか?

 祐一は殺していいと言っていたが、留美は殺せとは言われていないのだ。

 ハッキリ言って契約違反ものだ。

 と言っても留美は死んではいないのだが。

 爆煙が晴れていく中には留美はいない。

 バラバラに弾け飛んだか、と二人は思ったがそうではなかった。

 留美は遥か上空にいた。

 ダイナマイトの爆発の瞬間ドンピシャのタイミングで爆風に合わせて高く跳躍したのだ。

 ブラック卍の頭上から天月を振り下ろす。

「天槌剣!」

 上空から振り下ろされる斬撃の威力は落下する体重を加えてさらに倍増する。

 頭部に斬撃を喰らわせて、そのままブラック卍を地面に叩きつけた。

 留美は素早く身を起こして、イエロー卍の袈裟斬りに振り下ろし、返す刀で薙ぐ。

 一気にブラック卍とイエロー卍を倒した。

「峰打ちだから、死にはしないわ。って言っても聞えてないわね」





































「んじゃ、イヴ、見せてもらうぜ。お前がどれだけ強くなったのかをな」

「うん」

「って言っても、こいつらじゃ話にならんか」

 正面にいるグリーン卍と右にいるレッド卍、左にいるブルー卍を見渡して言った。

「何をグチャグチャとォ!」

 グリーン卍が火炎放射器を祐一に向けた。

 火炎放射器は、特にその存在を予期していない者に対して、非常に有効な兵器である。

 兵器としての単純な殺傷能力以上に「不快な死を撒き散らす」というその特性が大きな心理的な衝撃を与える点が特徴である。

 火炎放射器は「炎」というよりむしろ「燃える液体のジェット噴流」を作り出すため、塹壕やトーチカの内部のような見通しの効かない空間の壁や天井で『跳ねる』ように撒き散らすことができる。

 火炎放射器のトリガーを絞り、炎を撒き散らす。

 回避しようとするが、イヴが祐一の護るように前に廻り込んだ。

 イヴが左手を前に差し出し、全神経を集中する。

変身トランスシールド

 左手が光り、形状が120cmほどの巨大なシールドに変化していた。

 シールドには巨大な十字架が描かれ、左右の上隅には小さな翼がとりつけられている。

(速い……それに、形状が以前より精密になってやがる)

 イヴの変身トランスの速さに驚く祐一。

 変身トランス能力はイヴだけが使える能力。

 イヴの体内には、イヴの思考に同調して動く超小型機械ナノマシンが無数に存在している。

 変身トランスで消耗するが血と同じように体内で次々とナノマシンは作り出される。

 それが、原子の配列を組み換える事で、体の組成や形状を自由に変える事ができる。

 その気になれば全身が全く別の形に変形する事も可能。

 だが、そのためには変形後の自分の姿を強く想像イメージしなければならない。

 初めて逢った時のイヴは精神的に未熟だったため、腕を簡単な武器状に変える程度しか出来なかった。

 また、大幅な変形は肉体にもかなりの負担をかける。

(イヴの想像力と変身トランス能力が成長したって事か)

 右手でシールドの裏についている取っ手を握り、火炎放射器の炎を受け止めた。

 イヴの表情が微かに歪む。

 腕が熱いワケではなく、熱風の熱さに耐えているのだ。

「なっ!? 腕が盾に変わっただと!!」

「このガキはバケモンだぜェ!」

 レッド卍の発した言葉を聞いた瞬間、イヴがビクッと震え、祐一の瞳が金色に変わった。

 真正面からレッド卍を鋭く射抜く。

「――キサマ……今、何て言った?」

 祐一は完全にキレていた。

 イヴの過去をよく知っているからこその怒り。

 レッド卍の不謹慎な言葉がイヴの心を傷つけたことに対する怒り。

 そしてその暴言は、イヴに対してだけは絶対に赦せることではない。

 殺気を放ちながら、レッド卍に近づいていく。

 レッド卍は未だ感じたことがない殺気に恐怖し、後ずさる。

 スペツナズナイフを構え、祐一の顔目掛けて撃ち出す。

 五メートルの近距離から飛んでくるナイフを祐一は右手の中指と人差し指で意図も簡単に受け止めた。

 ナイフをヘシ折り、レッド卍の距離を一気に詰める。

 二刀目が来る――が、ソレよりも速く祐一がレッド卍を殴り飛ばした。

 胸倉を掴みレッドを持ち上げ、剣呑な眼でレッド卍を睨みつける。

「憶えとけ。あいつは、イヴは人間だ。人を見かけでしか判断できないキサマらの心こそが醜いバケモンだろーが!」

 掴んだレッド卍を空高く放り上げた後、自分も飛び上がる。

【我流・天墜牙】

 空中で蹴撃、拳撃を連続で叩き込み、止めに地面に向かって蹴り落とす。

 白目を剥いて気絶しているだけで、一応息はしているようだ。

「殺しはしねェよ。イヴは人殺しを望んでねェからな。あいつの優しさに感謝しな」

 そう吐き捨てて、イヴの戦闘に目をやる。

 イヴは、まだシールドで炎を受け止めていた。

 動けないんじゃない動かないのだ。

 イヴは祐一の20秒かそこらの戦いが終わるのを待っていた。

 祐一に自分の戦いを見てもらいたいから。

 祐一の戦いが終わったのを横目で見るとイヴはグリーン卍に向かって駆け出す。

 グリーン卍との距離が近くなればなるほどグリーン自身が火炎放射器で焼かれかねない。

 発射口にシールドが当たる寸前でイヴは火炎放射器を下から掬い上げ、撥ね飛ばした。

変身トランスハンド

 イヴの長く綺麗な髪が浮かび上がる。

 その髪は二つの束に分かれ巨大なハンドを創り上げる。

黄金の連弾ゴールド・ラッシュ

 拳が風を切る疾さでグリーン卍に攻撃を仕掛ける。

 壁のように迫って来たパンチを避けきれず、全てぶち当たった。

 最後の一人、ブルー卍がベレッタM92を撃ちながら、腰に添えられた刀を抜刀する。

 イヴはシールドで弾丸を防ぐ。

 抜刀した刀でブルー卍がシールドに幾度となく斬撃を放ち斬りつける。

 ハンドの片方でその刀を受け止め、もう片方でブルー卍を中枢神経に障害を起こさせるために顎に向かって強烈な一撃を繰り出す。

 不安定な体勢で落下してくるブルー卍をドンピシャなタイミングでボディに拳の嵐――【黄金の連弾ゴールド・ラッシュ】をブチ込んだ。

 ブルー卍は地面の上を何度もバウンド沈黙した。

「へぇ、やるじゃねェか。あそこまで変身トランス能力を使いこなすなんて」

「でしょ。あんたとの約束を果たす為に、イヴはかなり努力したからね」

 いつの間にか、祐一の傍に来ていた留美が独り言に答える。

「あれなら問題ないわよね?」

「ああ。でもいいのか? 今まで一緒に旅をしてきたんだろ?」

「……寂しくないって言えば嘘になるけど……イヴが望んだ事なんだから、祐一の力になるってね」

「そっか。ならいい」

 会話が終わると祐一と留美の所にイヴがやって来る。

「――祐一」

 どうだった? とイヴは訊きたいのだろう。

 それに、祐一は素直に思ったことを言う。

「強くなったな、イヴ」

「ありがとう。祐一にはいつまでも足手まといって思われたくないから……」

 その言葉に祐一は微笑みながらイヴの頭を優しく撫でる。

「……子供扱いもされたくないの」

 ふてくされながら、どこか嬉しそうに言う。

「さて……と」

 撫でるのを止め、一斉に十蔵を睨みつける。

「ひっ! 菱木! 何をやっている! 早く奴らを始末しろ!!」

 十蔵が菱木に命令する。

 それを、見ながら留美が何かに気づいた。

「思い出した」

「何がだ?」

「あの、大男よ。確か、護り屋・菱木竜童。通称『アンデッド』。元エクストリームのファイターで最低、10人は殺してる筈よ」

「護り屋、ねェ」

「祐一、イヴ。三対一が卑怯だなんて言ってられる相手じゃないわよ」

「だろうな」

 ラグナロクを抜き、どうやって倒すか考える。

 祐一は生半可な攻撃では倒れることはないだろうと気付いている。

 それは留美もイヴも同じであった。

「菱木! 聞えないのか!!」

 十蔵が足で菱木を蹴りながら命令をしていた。

「さっさと奴らを始末しろ! なにば!?」

 菱木が十蔵の顔に裏拳を叩き込み、地面の上を気絶したまま受身も取れず滑って行った。

 十蔵には見向きもせず菱木は祐一達の方に歩いてくる。

(殺さずに動きを止めるには、やっぱ足狙いなんだが、それで通用するかどうか)

 祐一はラグナロクを菱木の足に向け素疾く二回トリガーを絞り、左右の太腿を穿つ。

 弾は貫通することなく菱木の両太腿の中に埋まった。

 一瞬動きが止まるが菱木は気にした様子もなく歩いてくる。

「……完璧に足に命中させたんだが、普通歩いてくるか?」

「それなら……」

 留美が菱木の懐に潜り込む。

「虎牙破斬!!」

 足腰のバネを利用して跳躍し、顎目掛けて峰で斬り上げて、素早く体重を加えて倍増した斬撃を唐竹に斬り下ろす。

 頭から血が流れ出るが、菱木は倒れることなく唇を歪ませた。

 ソレを見た留美は手を緩めることなく斬撃を再び放つ。

 横回転をしながら、菱木の隣りに向かい、延髄目掛けて薙ぎを放つ。

 留美は菱木の首の骨がイカれる確かな手応えを感じた。

 だが菱木は両手で顔を押さえ、鈍い音を鳴らしながら自らの力で治した。

 しかも痛みに歪む表情を浮かべるどころか、不敵な笑みを見せる。

 『アンデッド』の名に恥じない見事な不死身っぷりだ。

 流石の祐一達もこの状況には開いた口が塞がらないらしく、驚愕の表情で浮かべていた。

 唖然としていた留美の後ろ首を掴んで持ち上げた。

 留美の首が凄まじい圧搾にみしみしと悲鳴を上げる。

 首を絞めるなんて生易しいものじゃない、首をヘシ折る気だ。

 留美は鞘に手を持って行き、その鞘を菱木の顎目掛けて跳ね上げた。

 顎を強打され、首を仰け反らせたがそれだけだ。

 首を絞めている力が弱まることはなかった。

 意識が朦朧とする中、銃声が三発轟く。

 弾丸は留美の首を掴んでいる腕を穿ち、留美の首を離す結果に繋がった。

 だが、落ち往く留美の体を菱木が祐一に向かって蹴り飛ばす。

 祐一は飛んでくる留美の体を受け止めようとするが、留美が咳き込みながら構うな、と叫んできたので受け止めるのを止め攻撃に転じた。

 ラグナロクを収め、覇王を抜刀する。

 反対側からはイヴが、祐一の背後からは壁に着地し天月を握り締め再び留美が駆けて来る。

 覇王を逆手に持って一気に間合いを詰め、神速の抜刀から回転四連撃を放った――

【小太刀二刀・御神流・奥義之六・薙旋】

 抜刀と逆手を用いて廻転しつつの四連撃を菱木は全て喰らったがよろめいただけで倒れない。

 次いで菱木の背後から迫っていたイヴが変身トランス能力を発動させ菱木との間を一気に詰める。

変身トランスハンド

 軽く飛び上がり、菱木の背中後頭部にパンチを放つ。

黄金の連弾ゴールド・ラッシュ

 よろめいたところに来た乱打。

 10発、20発も叩き込まれ、菱木の巨体は地面に倒れた。

 最後は留美が起き上がろうとする菱木に上空から斬りかかる。

「天槌剣!」

 上空から振り下ろされる斬撃を頭部に喰らわせる。

 再び顔が地面にぶつかる、否めり込んだ。

 ――終わったか? 三人は同時にそう思った。

 だがもそり、と菱木の身体が起き上がり、苦痛に歪む表情どころか不敵な笑みを浮かべた。

 ソレを見た三人は本気で泣きそうになった。

「これだけの攻撃を喰らっても倒れねェなんて……」

「この人弱点ないの? ホントに人?」

「知らないわよ!」

 暴れるように襲い掛かる菱木の攻撃を躱すしながら、倒す手段を考える三人。

 菱木の前後に直線になるように祐一と留美。

 この瞬間、二人はほぼ同時に似た技を繰り出した。

【我流・弧閃】

 二刀を納刀し、覇王の柄を握る。

 神速の抜刀で覇王を薙ぎ、剣圧で生じた横一文字の波動を放つ。

「魔神剣!」

 天月を背中に隠した構えから高速で振り下ろす。

 剣圧が地面を抉りながら菱木に向かって一直線に高速で駆ける。

 両者が放った攻撃は菱木の体の前を横一文字に、後ろを縦一文字に斬りつけた。

 血が迸り、崩れ落ちる菱木の巨体。

「ゆ、祐一、やったの?」

「た、多分。ま、死んではねェけど、当分は起きないだろうな」

「そうね。あたし達が同時に技を放ったのが良かったのかもね」

 天月を鞘に納めながら留美が近づいてきた。

「かもな。さて、榊の野郎を起こしてターゲットの居場所を吐かすか」

 そう言って十蔵に近づいていく祐一だが

「ウガアアアアァァァァァ!!!!」

 獣のような雄叫びが祐一達の背後から聞えてきた。

 顔を引き攣らせ、汗を大量に流しながらゆっくり背後を振り返ると、そこには――

「う、ウソォ」

「じ、冗談でしょ?」

「マジで?」

 ――元気な菱木さんがいた。

 菱木は近くにある外灯を片手で引っこ抜き、ソレを祐一達に向けてブン投げてきた。

 散開して、回避する。

「ちきしょー! どーすりゃくたばんだよ、このオッサン!」

「全くよ! まさかホントに不死身アンデッドって言うの!?」

 シャレにならない不死身さに恐怖を覚える祐一と留美だが、イヴは冷静に思ったことを口にした。

「ねぇ、この人を倒すのもっとシンプルに考えたらどうかな」

『シンプルに?』

 イヴの言葉に考えを巡らせ、二人とも何か対処法を思いついた。

 まずは、祐一が動いた。

 祐一は小太刀を鞘ごと抜いて菱木の懐に素疾く飛び込むと、菱木のある部分をその拳鞘の先端で力強く殴りつけた。

【徹】

 『徹』と言うのは打撃による衝撃を外側ではなく内側に伝える技法。

 体の表面、筋肉や皮膚に対して打撃を残すのではなくその内側、体を支える骨格や内臓などに対して衝撃をまさに徹す御神の第2段階だ。

 つかの間の静寂の後、祐一の一撃を喰らった菱木は蹲り両足の小指を押さえブルブル震えだした。

「おおっ! 弱点がないと思っていたら意外な弱点があったぞ!!」

 指先には他の部位よりも神経が繊細に通っているので、どんなにニブくても痛みで立っていられなくなる。

 流石の『アンデッド』もこれは効いたようだ。

「祐一! 退いて!」

 留美の声が聞えて祐一は咄嗟に横に跳ぶと、痛みに耐えながら起き上がろうとしている菱木に更なる追い討ちをかけるべく攻撃を仕掛けた。

 祐一同様に菱木の懐に飛び込み、祐一同様に鞘に入れた天月で突きを放つ。

 その突きは吸い込まれるように菱木の――女にも分かってほしい男の最大の急所に突き刺さった。

 その様子を見てしまった祐一は腰を引き、自分の股間を両手で押さえていた。

 サングラスが外れた目は白目をむき、口から泡を吹いて完全に沈黙した。

「さ、流石に今度こそ終わりでしょ」

「よ、容赦ねェな」

「ねぇ、祐一。あの攻撃はそんなに効くの? 痛いの?」

「ああ、痛い。まさに地獄の苦しみってヤツだ」

 祐一はそれだけ答えて菱木に近寄っていく。

 完全に沈黙しているのを確認した祐一は何を思ったか、菱木の体を担ぎ上げて引き摺りながら塀の傍まで歩いて行く。

 それを見て首を傾げながらも後をついて行く留美とイヴ。

 祐一は塀の傍まで来ると菱木を降ろして小太刀二刀を抜刀し、塀に向かって斬撃を繰り出す。

【斬】

 『斬』、それは御神流において最初に習う基本技法であり、御神の第1段階でもある。

 刃物と言うのは、ただ刃を押し当てただけでは斬ることは出来ず、引くという動作を加えて初めてその真価を発揮する。

 『斬』は、いわばこの『引き斬る』という動作を技としてまで磨き上げたものだ。

 従来刀には反りがついているため、振り下ろすだけでもこの引き斬るという動作は可能である。

 だが御神流ではこれを自分から行うことで連撃の速度を速めたのだ。

 そして、師の士郎が一撃の重さに特化しているのに対して、祐一は連撃の回転速度に特化している。

 実際祐一の連撃の疾さは士郎より4割ほど疾いのだ。

「ねぇ、あんた一体何する気なの?」

 未だに祐一が何をやろうとしているのか解らない二人。

「安全性を高めるんだよ」

 そう言って小太刀二刀を納めた。

 連撃により崩れ落ちた塀の向こう側には、闇夜の海が広がっている。

 その崖っぷちに身を乗り出すと、菱木の巨体をそこから突き落とした。

 祐一のあまりにも非常識な行動に、留美とイヴは驚きで顔を引き攣らせながら、ピシッと固まる。

 下の方から菱木が海に落ちた音で固まっていた二人が動いた。

「ち、ちょっと、祐一あんた何やってんのよ!?」

「あの人殺す気!?」

 祐一のあまりのやり方に詰め寄る二人。

「あの『アンデッド』がこの程度で死ぬかよ。違うか?」

 そう言われ違うとは返答できない二人。

 あの不死身っぷりを見せ付けられたのだから無理もない。

「下手したら俺達がここを去る前に意識を取り戻し襲い掛かってくるかもしれないだろ?」

 間違いなく100%襲い掛かってくるだろう。

 そうなったらもう手に負えないし、さっきの攻めが同じように通用するとは思えない。

「だから、これでいいんだよ。これで、な」