「歯応えないな」

 祐一達の周りには10人の警備が無様に倒れている。

「まったくね」

「さて。取り合えず自己紹介しておこうか。俺は知ってるからいいだろう。巴」

「あっ、はい。私は祐一さんのパートナーの御巫巴と申します。よろしくお願いします」

「あたしは七瀬留美。掃除屋よ。よろしくね。それでこの子は……」

「私はイヴ。留美とは掃除屋仲間なの。よろしくお願いします」

「それで、留美さん。貴方の持つそれは『天月』ですね?」

 自己紹介を済ますと、巴は先ほどから気になっていた事を聞く。

「ええ、そうよ。巴さんのそれは『天羽々斬』ね?」

 巴の『天羽々斬』、留美の『天月』の二刀は師匠から送られた太刀だ。

 そして巴は『永全不動八門一派・飛天無明流・太刀一刀術』の正統後継者でもある。

「はい。貴女の事は師から聞いてますよ。なんでも初対面で師を殺そうとして、逆にブチのめされたとか」

「うっ……そ、その通りよ。でも、そのお陰で強くなれたし結果オーライよ」

「……それにしても、祐一さんとはどのようなお知り合いなんですか?」

「私と祐一は昔からの親友よ、ま、双子ともいえるけどね」

「祐一は私を助けてくれた恩人なの」

「双子? 恩人? 祐一さん、一体何があったんですか?」

 二人の返答を聞き二人の言葉の意味を巴が首を傾げながら祐一に訊く。

「今度ゆっくり話してやるよ。今は仕事優先だ」 

「そうですね」

 話に区切りをつけ本題に入る。

「それで、留美さん達がここにきたのは榊十蔵の首にかかった褒賞金が目当てですか?」

「ええ、そうよ」

「でしたら、ここで何をなさっているのかはご存知なんですね?」

「BA、でしょ?」

「はい」

 巴と留美の会話に耳を傾けていた祐一だが、ふとある事に気づく。

 それは榊十蔵の首に賞金がかかっていることだ。

「……ん? ちょっと待て。榊って賞金かかってたのか!?」

「当たり前よ。じゃなきゃ掃除屋のあたし達がここに来るわけないでしょ」

 留美の言葉に確かに、と頷きながらPDAを取り出し手配書リストを確認する。

 そこには確かに榊の手配書があった。

 危険度リスクはA級で1,500万と書かれている。

「ホントだ」

「祐一さん、知らなかったのですか?」

「巴は知ってたのか?」

「はい。手配書リストは全部頭に叩き込んでますから」

 祐一さんと一緒にしないで下さい、と最後に付けたした。

「あんた、今掃除屋やってるの?」

「ああ。つっても副業だけどな。本業は何でも屋だ」

「ふーん。で、その何でも屋としていくらの報酬で引き受けたの?」

「1万だ」

「嘘でしょ?」

「いや、マジだ」

 未だに信じられない顔をしている留美に軽く依頼内容を話す。

「ふーん。あんたにしては優しいじゃない」

「どういう意味じゃい」

「そのままの意味よ。他意はないわよ」

「ったく、失礼なヤツだな……ま、とにかく目的はほぼ一緒だしここは共同戦線を張ろうぜ?」

「あたしはいいわよ」

「私もいいよ」

「はい」

「んじゃ、取り合えず二手に別れるか。巴、お前はこれを持って琴音ちゃんの父親の所に行け」 

 祐一はジェラルミンケースを巴に手渡す。

「祐一さんはどうするんですか?」

「俺は留美とイヴと一緒に行く。琴音ちゃんのお袋さんがどこにいるか吐かせないとならないからな」

「分りました」

 巴が祐一の言葉に頷く。

「じゃ、行くか」

 二手に別れ祐一達は駆け出した。





FenrisWolf's


ACT.9 断罪の炎





「あそこですね」

 巴が走りながら地下へ降りるエレベーターがある部屋の入り口を見つけそこに急ぐ。

 部屋への入り口のドアはかなり大きく頑丈に作られ、鍵穴もノブも見当たらない。

 辺りを見渡すと壁の隅に備えられているカードを通す機械を見つけた。

 巴は袴のポケットからカードキーを取り出した。

 このカードは綾香から貰った偽造カードだ。

 かなりの金がかかっているだけあって、カード式のドアはほぼ100%開けることが出来る。

 そのカードを機械に通そうとするが、思い止まる。

 自分達が侵入していることはもう100%バレている。

 そして、この先に警備が複数いる気配を感じ取った。

 開けた瞬間銃弾の嵐を撃ち込んでくるコトは間違いないだろう。

 巴は天羽々斬を抜刀し、カードを通す。

 ドアが左右に開き始める前に中心点に立ち、天羽々斬を上段に構えて開くのを待つ。

 ドアが開き始めると、僅か五ミリほどの隙間を縫うように天羽々斬を振り下ろす。

「桜閃花!」

 桜色の剣圧がその五ミリの隙間を走り抜け、その射線上にいた男の一人を吹っ飛ばす。

 まさかその程度の隙間から攻撃が来るとは予想していなかった残りの男達の思考は一瞬止まる。

 だが、その一瞬が命取りだ。

 人一人が漸く通れるだろうというほどの隙間が開くと、一気に中に飛び込む。

 服のあちらこちらを擦ったがそんな事は気にしていない。

 男達が反応し、銃を撃とうとした頃には巴は居らず、ドアは漸く完全に開ききった。

 ここまで僅か5秒という時間だ。

 男達は手に持ったP90をトリガーに指をかけながら巴を探す。

 二人の手にあるのは使用する弾は拳銃と同じで互換性があり、セミ、フルオートマチックで発射できるサブマシンガン――FN・P90だ。

 P90は専用に開発された新型弾SS90――5.7mmx28――を採用し、この弾は拳銃弾の様なドングリ状ではなくライフル弾を小型化した様な鋭利な形状をしている。

 そのため貫通力に優れており、さらに人体のような柔らかい物体に命中後は弾が傾いて暴れるためストッピングパワーにも優れた良い所取りの性質を持っている。

「クッ……どこに行きやがった!」

 そう叫んだ男の延髄に天羽々斬の峰を叩きつけ、意識を奪う。

 巴は男達が視認出来ない脅威の速度で部屋に飛び込むと、背後に回りこんでいたのだった。

 仲間が倒れた音にそちらを振り向くと、すかさずトリガーを絞る。

 撃ち出される銃弾の嵐から逃げることなく、床を蹴り跳躍。

 左手に持った苦無を男の右手首と左手首に向けて投擲。

 突き刺さった衝撃でP90を落とした男の脳天に斬撃を喰らわせ、そのまま床に叩きつけた。

 軽く天羽々斬を薙ぐと、地下研究場に向かうエレベーターを探す。

 それを見つけ、ボタンを押そうと指を伸ばが

「待ちな」

 後ろから声を掛けられその指が止まる。

「女のクセに中々の腕前だな。コイツらじゃ不服だったろう?」

 気配を絶ち柱の陰に隠れていた男はそう言って足下に転がっている警備達を隅に蹴っ飛ばす。

「天才格闘家、陣凱様がお前を潰してやる。そして、そのあとでお前を俺のナニでヒィヒィ言わせてやるぜ」

 舌なめずりをし、巴の身体を食い入るように見る。

「言っておくが、お前の刀は通じん――ッ!?」

 陣凱が何かを喋っていたが巴は気にした様子もなく、懐に飛び込み顔面目掛けて天羽々斬を薙ぐ。

 ボキッ、と鼻の骨の折れる鈍い音がした。

 鼻を押さえ、床に鼻血をボタボタと零しながら不様に倒れ呻く。

「ゴチャゴチャ言ってる暇があったら、さっさとかかってきたらどうですか?」

「こ、このアマァ!」

 陣凱は怒りを顕に巴に突進。

 大振りで振られた拳は空しくも空を切る。

 陣凱の攻撃を意図も簡単に避け続ける巴には掠りもしない。

 それも全て紙一重で躱している。

 陣凱の拳を屈んで躱し、体重の乗った肘鉄が鳩尾にめり込ませる。

 下がった顎を柄頭でカチ上げ、顔面に迫る渾身の右ストレートは折れた鼻の骨に突き刺さった。

「……なんだか、弱い者虐めをしてる気がしてきました」

 挑発するように宣言する巴に陣凱は鼻と腹を押さえながら睨みつけた。

 戦いにおいて身体能力だけに絞った時、一番必要なのはパワーよりスピード。

 どんなにパワーがあっても当らなければ宝の持ち腐れだ。

 陣凱にはそのスピードが殆どないと言っていいが、決して遅いというワケではない。

 飛天流を学び、暗黒城という殺し合いの世界で生きてきた巴の身体能力や動体視力、反射神経は桁外れに高い。

 故に陣凱の攻撃は巴の眼には遅く映っているのだ。

「私にも攻撃を当てることができもしない貴方のどこが天才格闘家なんですか? 貴方程度の実力では、暗黒城にいる子供にすら勝てませんよ」

「ナ、ナメるんじゃねェ!」

 なりふり構わず巴に襲い掛かる。

 だが巴は何かを思い出したような顔をして右手を動かした。

 その瞬間、辺りに舞う鮮血。

 その飛び散る鮮血を見て何が起きたか分からない顔をしていた陣凱だが、その次の瞬間強烈な痛みが襲い掛かる。

 見ると陣凱の右手首がバッサリと切断されていた。

 巴の天羽々斬が切り落としたのは明らかだ。

「……そう言えば、貴方がさっき私に言ったことを忘れてましたよ。私、女性と見るとゲスなコトしか考えない人って嫌いなんです」

 そう言って天羽々斬を顔の高さまで持ってくる。

「ついでに貴方のそのキタナイモノ、一生使えないように切り落として差し上げましょうか?」

 冷笑を浮かべながら、そう宣告する。

 引き千切った服を手首に巻きながら止血をしていた陣凱は、一瞬何のコトを分からない顔をしたが、すぐに自分が言った言葉を思い出した。

 ――お前を俺のナニでヒィヒィ言わせてやるぜ、と陣凱は言った。

 そしてそれと合わせて巴の言葉が意味するところは――

「じょ、冗談じゃねェぞ!」

 そう紡ぎながら立ち上がった陣凱の眼前から巴は消えた。

 巴は陣凱の頭上に飛び上がり、天羽々斬を振り上げ、振り下ろす。

「菊花咲!」

 頭上から振り下ろされる斬撃の威力は落下する体重を加えてさらに倍増する。

 頭部に斬撃を喰らわせて、そのまま陣凱を床に叩きつけた。

「もちろん冗談ですよ。好きでもない男性のモノを見たいと思いませんから」

 周囲にもう敵がいないことを確認し、天羽々斬を納める。

 そして、今度こそボタンを押し地下に降りて行った。





































「……はぁ」

「んだよ、いきなり溜息ついて?」

 屋敷の主を探しに走る中、留美は落ち込んだように溜息をついていた。

「……ん、巴さんと一緒に行きたかったなァって思って」

 そう言って再び溜息をつく。

「……留美。お前、まさか……」

「そ。あたしは――」

 留美が何か言おうとするが、それを遮るように留美の肩に手を置いた祐一が言った。

「……駄目だぜ留美。いくら巴が美人だからって、レズに走っちゃよ」

「……なんの話よ?」

「ん? あいつが美人だから惚れたんだろ?」

「違うわよ!」

 人をからかうことに生甲斐を感じている祐一は、仕事の最中でもそれを忘れるコトはないようだ。

「照れんなよ。俺は同性愛を否定するつもりはない。だってそうだろ? 愛に性別も種族も人種も生も死も関係ないんだから!!」

「だから違うって言ってんでしょ! てか関係ありまくりだわ!!!」

 祐一のからかいに律儀にツッコミを入れる留美に祐一は心の中で感激していた。

 ツッコミが入るとボケ甲斐があるな、と。

 そんな中で冷静なイヴは呆れながらこのボケツッコミを止めるべき声をかけた。

「それで、留美はどうして溜息をついたの?」

「え、ああ、それは飛天流・正統後継者の彼女の剣技をこの目で見たかったのよ」

 巴も祐一同様に、8歳という幼い年齢で飛天流の技を会得した天才児。

 正式に正統後継者になったのは留美が弟子入りする前――10歳の頃ではあるが。

 留美は未だに免許皆伝には至っていないので、いつか出逢えた時、間近で見て自分に足りないものを探そうと思っていたのだ。

 尤も仮に足りないものが見つかったとしても、肝心の師が行方不明なので皆伝に至るのは先の先である。

「確かに、あいつの剣技は惚れ惚れするなぁ。舞を踊ってるみたいな感じだからな」

「そうなの?」

「ああ。留美が剛の剣技なら、巴は駿と麗を併せ持つ剣技だな」

「あたしゃ、力押ししか脳がないって言いたいわけ?」

「そう言うワケじゃねぇよ。けど、あいつの剣技と較べたらそうなるってだけの話だ」

 そう言うが、心の中では実際力押しだろ、と思っていたのは秘密だ。

「なら、尚更見てみたかったわね……それにしても、あんたはどこで彼女と知り合ったの?」

「まぁ、色々あってな。話したら長くなるからパスさせてくれ」

「分かったわ」

「けど、巴さんって、祐一に着いて来るぐらいだからよほどの物好きなんだね」

「そうだな……ってどう言う意味だイヴ!」

「そのままの意味だよ」

 今の三人には緊張感の欠片もない。

「そうね。でも、そんな祐一との約束を果たす為に努力してる子も余程の物好きになるわね。ねぇ、イヴ?」

 留美が含みを持たせた言い方でイヴを見る。

「……知らない」

 プイッと顔をそむける。

(約束……か。それってやっぱあれだよな)

 祐一はイヴと出会った時の事を思い出した。

 ――わたし……きめたよ。わたし、ゆういちといっしょにいくって……こんどはわたしがゆういちをたすけるの。

(見せてもらうぜ、イヴ。お前がどれだけ強くなったのかを……)





































 ――地下研究所――

 エレベーターが開くと、まず真っ直ぐの長い通路が眼に入った。

 その通路の所々にドアがあり、人の気配がする部屋は二つのみだ。

 一番奥の部屋と、一番手前の部屋。

 気配は手前の方が多いので、おそらくこの部屋が姫川幸助達がいる部屋だろう。

 巴はポケットからカードキーを取り出し、ドアの側に備えられている機械に通す。

 開くドアから中を見渡しながら、足を踏み入れた。

 中には所狭しと様々な電子機器や薬品が並べられ、実験用マウスが入れられた檻が机の上に置かれている。

「君は?」

 部屋にいた研究者の一人が巴の姿に気づき声をかける。

「姫川幸助さんに頼まれた物を届けに来たのですが……」

「姫川君に? それじゃ、彼が手紙に書いて物を持ってきたのか?」

「そうです」

「姫川君! 例の物が届いたぞ!!」

 男の言葉はそこにいた研究員全員に届いた。

 その声に研究員達は巴に向って駆け寄ってくる。

「まさか、君のような女の子が持ってくるとは……」

 一人の研究員が巴に寄る。

 白衣に付けられているプレートには『姫川』と書かれている。

 この者が琴音の父親だろう。

 巴は幸助にジュラルミンケースを渡し、使い方を説明した。

「このスイッチを押してから10秒後に爆発、か。分かった……それと、君にもう一仕事頼みたいのだが、いいかね?」

「別に構いませんが、なんでしょう?」

「簡単な仕事だ」

 幸助は白衣のポケットからケースに入ったDVD−Rを巴に差し出す。

「コレを警察まで届けて欲しい」

 幸助の言葉に巴は顎に手を当て、何かを考え込む仕草を取る。

「――それの中身はBAに関するデータ、ですか?」

「その通りだ。その他にも榊一族が今まで行ってきた悪行の数々が入っている」

 データの中身は主に臓器売買や麻薬売買、人身売買などの取引ルートが入っている。

 取引先のデータは榊自身パソコンで管理しているらしく、幸助はそのパソコンにハッキングし時間をかけてソレを抜き出したのだ。

 無論、足がつかないように細心の注意をはらって。

「では、コレをお願いするよ」

 巴はそのDVD−Rを受け取らず、幸助に疑問をぶつけた。

「……コレを私に依頼するということは、貴方達はこれからどうするんですか?」

「私達は罪を犯した。償わなければならない……」

 幸助は拳を血がでるほど強く握り締める。

「償う? まさかここで死ぬと仰るのですか?」

「そのつもりだ。私達はいくら大切な者を人質に取られたとはいえ研究の名の元に人間の尊厳を踏み躙ってきたんだ。その報いを受け入れなければならない」

「そうですか……貴方達はそうやって自分達が犯した罪から逃げるんですね」

 巴が冷めた目で幸助を、研究員達を射抜く。

 その冷たい眼光に全員が怯んだように後退る。

「別に逃げる行為が悪いとは言いません。貴方方が死にたいと仰るのなら止めもしません……ただ、貴方方は生きて罪を償うとは考えないのですか?」

 巴の言葉一つ一つが研究員達の心に鋭い刃と為って突き刺さった。

「し、しかし……生きて償う資格があるのは被害者家族達がそれを認めた者だけだ」

 確かにその通りだろう。

 『生きて罪を償う』などというのは奪われた側を切り捨てた、ただの戯言に過ぎない。

 結局は踏み躙った側の都合だけで、踏み躙られた側の事など考えてもいない。

「……確かにそうですね。それは認めますよ。ですが……被害にあった人達から死んで償えと言われたのですか?」

「……いや」

「なら、何故死を選ぶのです? ここから出て、自分の犯した罪を償う答えを探してからでも死ぬのは遅くはないと思います」

「………そう……だね。確かに君の言う通りかもしれない。私達は自分の犯した罪が世間に知られるのが怖かった……私達のせいで家族が後ろ指を指されるのが怖かった」

 幸助は研究員全員の顔を見渡す。

「ありがとう。君のお陰で目が覚めたよ。私達は全員でここを出て罪を償う答えを探す。その先に待つのが死でも、ここで死ぬよりはずっと良い」

「お礼を言われる事ではありませんよ。貴方を助け出して琴音さんの所まで無事に送り届けるのが私達の仕事なのですから」

「ははは、そうか……では、コレは自分の手で警察に届けることにするよ」

 幸助は何かを吹っ切った表情で巴の言葉に頷いた。

「ふぅ、これで一つ目の依頼は完了ですね。あとは琴音さんのお父さんとお母さんを送り届けるだけですけど……お母さんの方は何処にいるのでしょうか?」

 もしかしてと、気になっていたもう一つの部屋に足を向ける。

 同じようなカード式のドアなので、カードをドアの側に備えられている機械に通し、中に踏み込む。

 その中を見て、巴は両目を大きく見開く。

 薄暗く、死臭の匂いが漂う部屋。

 いくつもある棚には瓶詰めにされた、眼球・腎臓・肝臓・肺・心臓。

 袋に密閉された、抜き取られた血液・髄液。

 瓶には抜き取った人物の年齢・性別・血液型・そして抜き取った日付けが記載されている。

 中には特殊な稀血――数10万から100万人に一人などのクラスの血液――の臓器までもある。

 そこは臓器の倉庫だった。

「これは……人の臓器? まさか……臓器売買」

 机の上に置かれていた何かの資料を手に取る。

 それは抜き取った臓器の持ち主のリストだ。

 そのリストのいくつかには処分済みと判が押されている。

「ビジネスさ」

 部屋の奥から白衣を着た男が出て来る。

 榊十蔵と容姿が瓜二つだが、この男は十蔵ではない。

 十蔵の双子の弟・榊蔵重だ。

 その容姿を見て巴はこの男が何者なのかを思い出した。

 リーフにある大病院、そこの院長だ。

 蔵重の出て来た部屋は薄暗いが何人かの人間がベッドに寝ているのが見える。

 この状況下で言って、解剖される人か、解剖された人だろう。

「ビジネス?」

 聞き返すまでもないが、聞かずにいられなかった。

 今にも抜刀して、首を刎ねてしまいそうになる躰を無理やり抑え込みながら、返答を待つ。

「どんな手段や大金を使っても、手に入れたい臓器を持っている人が世界のVIPには多いんだ。特に稀血の血液型の臓器は稀少だから高く売れる」

 普通ならこんな事をしていればバレるものだ。

 だが手配書リストに載っていないことから警察上層部などと繋がりがあるのだろう。

 稀血などの臓器を格安で売る代わりに、事故死や自殺の捏造を依頼するなど造作もない。

 ましてや相手は医者だ。

 遺体を解剖に回した事にして、手術跡は簡単に誤魔化せる。

 遺体の中に全部の臓器が揃っているかなんて素人には分からない。

 それに火葬したら全部灰になるのだから。

 だが兄は指名手配されている。

 その理由は至極単純。

 互い同士が無関心だからだ。

 兄は弟がどうなろうが知った事ではないし、弟も兄がどうなろうと知った事ではない。

 だから弟は兄が殺されようが捕まろうが、それを助けるつもりはないのだ。

「世の中には必要な人間と不必要な人間がいるのを知ってるか? 不要な人間は多少いなくなった所で、大して困りはしないだろ? 取り柄のない者の存在価値は健康な臓器だけ。死んで世界中の偉人の役に立つのなら彼らも本望だろう」

「……その通りです。確かにこの世の中には、死んでもいい者もいます」

 手にした資料を元に戻すと、巴は重蔵に向き直る。

 俯いているのでその表情は分からないが、強く握り締めた手からは血が滲み始めている。

 右手を素早く繰り出し、天羽々斬の柄まであと少しの距離に固定した。

 左手の親指で鐔を押し上げると、柄が持ち上がり、鯉口から銀刃が覗いた。

「……もちろん、それは貴方のような外道の事です」

 カシュッと鞘走りの音を立て天羽々斬を抜刀する。

「無駄だと思いますけど、一つお聞きます。貴方に罪の意識というものはあるのですか?」

「罪の意識? そんなものあるワケがないだろう。人は豚や牛を食う為に殺す時、そこに罪の意識を感じるか? それと同じ事だよ」

 蔵重はニヤニヤ哂いながらポケットから何かの機械を取り出す。

 そのボタンを押すと、臓器が納められた棚が床に沈み始める。

 数秒後、部屋はだだっ広い一つの部屋に変わった。

 その刹那、重蔵がいた部屋から二つの影が飛び出し、手に持っていた何かで巴の躰を切り裂く。

 巴は切り裂かれた事を気にした様子も、痛がる様子もなく後ろにいる二人に視線を送る。

 そこには両手にメスを持った男が二人。

「こいつらは、ここの執刀医だ。只の医者ではなく、暗黒城で最高の暗殺術を体得している俺のボディーガードだ」

「執刀医? それでは、彼らを殺したのは……」

 暗黒城の名前が出た事に巴は驚く様子はみられない。

 相手が何処の出身者だろうが、今の巴には関係ないし、興味もない。

 ただ、殺す。

 それだけだ。

「そうだ。ここの内臓は全て俺達が摘出した」

「ま、麻酔無しで執刀してやったから「助けて、助けて」って泣き叫んで五月蠅かったがな」

「助けるわけねェだろーに。俺達はその悲鳴が聞きたくて解剖してんだからよォ」

「全くだ」

『ギャハハハハハハ!!!』

 ただ己の快楽を満たす為だけに、命を奪い喰い散らかしてきた二人に罪の意識など全くない。

 確かに巴も暗黒城内で数多の命を奪ってきた。

 それは仲間を守る為だ。

 だが、どんな理由があろうと命を奪ってきた事に変わりはない。

 殺してきた者達の命を、咎を背負って歩む巴と、殺してきた者達の命を、屍を塵の如く踏み躙り歩む男達。

 違いはそれだけだ。

「……言いたい事は、それだけですか?」

 冷たく見据えていた巴から表情が消えた。

 それはただ単なる無表情とも言えない、『無機質』な表情。

「では、最後に一つお聞きします。法に裁かれるか、閻魔様に裁かれるか。どちらが良いですか?」

「ハッ……俺達がテメェを解剖するってのはどうだ!」

 二人は風の如く巴の周囲を駆け、両手に持ったメスで次々に巴を切り裂いて行く。

 だが切り裂いているのは巴の着物のみだと二人は気づいていない。

 微動だにしていないように見えるが、それは男達が速いからそう見えるだけであって、実際は男達の速さを超える疾さで動いている。

 メスが躰に触れる刹那、最小限の動きで躱した後、元の位置に1ミリのズレもなく立つ。

 巴はそれを何度も繰り返し、躱し続けている。

「オラオラ! さっきまでの威勢はどうし――ッ!?」 

 瞬間、二人は床を蹴り巴から大きく距離を取った。

 二人が突然感じたのはマグマのような熱さ。

 見ると、持っていたメスはチョコレートのようにドロドロに熔け、手も焼け爛れ、形を殆ど失っている。

「……久しぶりです。天羽々斬の力を解放するのは……」

 巴の手にする天羽々斬。

 鍔元から鋒にかけて、紅蓮の炎が纏わりつき、大気を焼き尽くす。

 天羽々斬には炎の神『火之迦具土神』と雷の神『建御雷神』の力が宿る神刀。

 普段その力は封印しているが、解くことにより自在に操る事が出来る。

 解放された天羽々斬の真の力は超軼絶塵・天下無双の如く也。





































『――――ッ!?』

 十蔵を探して走る続ける祐一と留美は突如感じた気配に足を止め背後を振り返る。

 二人の後を追っていたイヴは少し先を行った状態で祐一達を見る。

「どうしたの?」

「……天月が、戦慄いている。これって……」

「巴の奴……天羽々斬の封印を解きやがったな」

「封印って、何?」

「師匠から聞いた事があるわ。天羽々斬は炎と雷の力を宿す神刀って」

「ああ。けど、その力は強大すぎる故に巴は滅多な事では使わない。謂わば切り札だ」

 だが巴はその封印を解いた。

 即ち、それほどの強敵と対峙したのか、巴の逆鱗に触れる愚かな連中と出会ったのかのどちらかだ。

 十中八九後者だと祐一は考える。

「でも、止めないとヤバいわよ。相手が榊十蔵なら別だけど、それ以外の奴なら殺したら逆に犯罪者になるわ」

「それ以外の奴?」

「多分だけど、巴さんと対峙してるのは榊十蔵の弟・榊重蔵。リーフの臓器売買の第一人者」

「臓器売買? それなら尚更手配書リストに載るだろう?」

「祐一なら分かるんじゃない? 載らない理由を」

「……なーる。警察や政府と裏で繋がってるのか」

「そういうことよ……早く止めないと」

「問題ないだろう。そう言った連中はヤバくなったら迷わず切り捨てる……ま、どの道行方不明扱いだろーけどな」

「行方不明?」

「ああ。どっちの力を使ってるか知らないが、どちらの力も本気で発現させれば相手の骨も肉も灰すら残さない。文字通り全てを無に帰す」

「なるほどね。死体が見つからなければ、殺人の証は立てられない。それほどの力なら、尚更見てみたい気もするけど……今は、先を急がないと」

「当たり前だ。どっちの力を使ってるか分からないが、近づくのは危険すぎる」

「……行こう」

 三人は再び駆け出した。





































「あ、天羽々斬、だと……ま、まさか貴様……」

「FenrisWolf'sの御巫巴か!?」

「ば、馬鹿な……なんで貴様がここに!?」

 さっきまでの威勢は何処へ行ってしまったのか、男達の躰を恐怖が蝕み始める。

 それは暗黒城内での巴の強さ、恐ろしさをよく理解している証拠に他ならない。

 もはや男達は戦う意志――戦意を完全に喪失している。

 だが戦意を喪失しようが、命乞いしようが巴は彼らを生かすつもりはない。

「なぜ? それを貴方達が知る必要はありません。なぜなら、貴方達は今、ここで死ぬんですから」

 弧を描くように天羽々斬を動かすと、炎が大気を焦がし、焼きながらその剣筋をなぞる。

 ただ、それだけの動作でここにいる三人は深海の様な深く重い畏怖をその身に刻む。

「桜火――絢爛!!」

 天羽々斬を左から右へ薙ぐと、流された炎が桜の花びらのように無数に散り、二人の男に襲いかかる。

 炎の花びらは男達に次々に喰らいつき、一瞬にして焼き尽くす。

 その場には何もない。

 肉も、骨も、灰も、焼け跡さえ残さず、炎は消えた。

「……犯した罪を閻魔様のお膝元で懺悔して来なさい」

 無機質な表情で背後を振り返る。

 重蔵は今の出来事で完全に恐怖し、尻餅をついている。

「次は貴方です。覚悟は宜しいですか?」

「ひ、ヒィィ! た、助けてくれ……」

「そう言って命乞いして来た方々を貴方はどうしましたか?」

 スッ、と天羽々斬を振り上げる。

 燃え盛る断罪の炎が重蔵に向って振り下ろされた。

 脳天から股間まで切り裂かれ、両断された二つの躰も一瞬で炎に包まれる。

 消え逝く炎を冷めた眼光で見ながら、天羽々斬を横に軽く振るう。

 その動作だけで刀身に纏わりつき、猛っていた炎は消え去った。

 天羽々斬を鞘に納め、重蔵が出て来た部屋に向って足を勧める。

 部屋の中には生命維持装置を繋がれた20人ほどの人が、ベッドで死んだ様に眠っていた。

「……全員、まだ生きてる」

 一人一人の生死を確認するとまだ全員が生きている。

 巴はすぐに身を翻し、幸助達のいた所へ急いで戻って行く。

 この状況で爆弾を爆発させたら間違いなく、あの人達は死ぬ。

 ならば爆破させるわけには行かない。

「ど、どうかしましたか?」

「幸助さん、爆破は中止して下さい」

「は? どういうことですか?」

「こちらへ」

 巴は幸助達を連れて先ほどの部屋へと戻る。

 その部屋を見て幸助達は一瞬だが驚きを露にする。

 臓器売買の事実を知っていたので、驚きは少なかったようだ。

 さらに、その奥の部屋へ幸助達を案内する。

「この人達は、まだ生きているんですか?」

「はい。肝臓の一部と腎臓を一つを取り除かれているだけです」

 それだけで理解は出来た。

 生命維持装置を付けられている事から下手に動かせば危険だということを。

 流石にここにいる人達を死なせるわけにも行かなくなった幸助達は爆破を中止する事に決めた。

「幸助さん……さきほどのDVD。やはり私から届けさせて下さい。この臓器売買は警察上層部や政府と繋がりがあるようです。下手にそれを渡せば揉み消されるだけでなく、貴方方の命も危うくなります」

 そう言われた幸助は白衣のポケットからDVDを取り出し、巴に渡す。

「しかし、そうだとすると、そのDVDは意味ないモノとなるが……」

「いえ、それは大丈夫です。こちらに考えがあるので安心して下さい」

「分かった。君を信じよう」