……任務でドジを踏んだのはあの時が始めてだった。

 一瞬の気の迷い、僅かな判断の遅れ。

 ターゲットが子供を連れている事に気づいた瞬間、なぜかトリガーを引くのを躊躇ってしまった。

 それでも皆殺しにしたが、一瞬の躊躇いの所為で七発もの銃弾を浴びた体は鉛のように重く、視界もどんどん暗くなっていった。

 湧き上がる痛みの奔流に、流れ出る血の匂い……

 ―――ああ、死ぬのか。

 どうでも良かった。

 自分には何もないから。

 どうでも良かった。

 自分には生きてる価値がないから。

 だから生きてようが死んでようがどうでも良かった。

 殺した奴らと同じように死んでも。

 俺は死を受け入れゆっくり眼を閉じていった。

 闇の中、研ぎ澄まされた聴覚が近づいてくる足音を捕えた。

 ――死神が迎えに着やがったか。

 その死神の足音は、すぐそこまで来ていた。

 ――あんた、大丈夫?

 これが、俺と掃除屋・七瀬留美との出会い――……





FenrisWolf's


ACT.8 来栖川邸の激闘! 護り屋VS始末屋!!





(この方々、祐一さんのお知り合いなのでしょうか………って、あれ?)

 巴は一瞬ある違和感に捕らわれたが、それがなんなのかすぐに気づいた。

 金髪の少女が持っていた祐一を殴ったハンマーがいつの間にか消えていることに。

(それに、あの方の持っている刀……あれは『天月』。それでは、この方が師の言っていた七瀬留美さんですか)

 そこまで考えて巴は漸く祐一に歩み寄る。

 巴は物凄く心配だった。

 ただ、その心配は祐一が気絶することでも、怪我をする事でもない。

 祐一の頭がこれ以上おかしくならないかが心配なのだ。

「流石の祐一も今の一撃は効いたみたいね」

 留美が祐一を見下ろしながらしみじみ呟く。

「敵だと思ったから手加減しないで叩いたけど……祐一なら大丈夫だよね」

「多分、ね」

 祐一の指がピクリと一度動く。

 それを見た二人は安堵の溜め息を吐くが、次の瞬間祐一は勢いよく立ち上がると金髪の少女に詰め寄った。

「オイ、イヴ! テメェ全然手加減しねェで殴りやがっただろ! 俺を殺す気か!?」

「ごめん、祐一。敵と間違えて……でも、祐一なら殺しても死なないって」

「誰だ言った奴ァ!」

「留美」

 金髪の少女――イヴは即答で青いツインテールの少女――七瀬留美を売った。

「テメェか留美! 俺を何だと思ってる!」

「いや、殺しても死なないのは事実でしょ……ていうか、さ。あんたホントに祐一なの?」

「あ? 他の誰に見えんだよ」

 首を傾げながら、呆れた目で目の前の二人を見る。

「それは祐一にしか見えないけど……」

「あんた変わり過ぎよ。昔の祐一は大声出したりなんてしなかったじゃない。少なくともあたしの記憶にはないわね」

 留美にそう言われて、髪を掻きながら昔を思い出す。

 ――確かになかったな、とヴァルハラにいた頃の記憶に殆どなかったのに納得した。

「……祐一さん」

 振り返ると、心配そうな顔で巴が祐一を見つめていた。

「どうした?」

「頭は大丈夫か? ちゃんといつも通りバカですか? 悪化して更にバカになっていませんか?」

「己は一体何の心配をしてるんじゃぁぁぁ!!!」

「いえ、これ以上祐一さんがおかしくならないか心配で」

「でけぇお世話だ」

 二人の漫才を面白くなさそうに見るイヴと、楽しそうに見つめる留美。

 そんな中、留美は気づいた。

 巴の腰にある刀を。

「『天羽々斬』? もしかして、貴女が――」

「ちょい待て、留美……話は後回しだ」

 祐一は十字路を見回す。

 それぞれ四方向から銃や剣を携帯した警備達が走って来ていた。

「確かにね」

 祐一の言葉に留美が頷く。

「10人……か。留美とイヴは何人の警備を潰した?」

「えっと、25,6人ぐらいね」

「俺達が五人。ってことはそう、多くは残ってないな」

「そうね。いてもあと20人前後ってところね」

「まぁ、とりあえず、コイツらはここで潰すぞ」

 祐一がそう言うと、四人は十字路の向こうにからやって来る警備に向って駆け出した。





































 葛城が綾香と同じく拳法の構えを取り、腰を落として地を踏み締め接近する。

「へぇ、中々のスピードじゃない」

 葛城が綾香の懐に飛び込み、腹部に体重の乗った拳が迫る。

 放たれた拳と腹部の間に掌を素早く入れ烈火でその拳を受け止めた。

「……でもね、遅すぎるわよ。本気で来てくれないと楽しめないじゃない」

「くっ……ナメんな!」

 葛城は空いている方の腕を綾香の顔に向けて振る。

 綾香は掴んでいた拳を離し、バックステップで軽々と拳を避ける。

「だから、本気でやってよ。それとも、それで本気なのかな? だとしたら悪かったわね。謝るわ」

「ナメるなと言ってるだろうがァァァァ!!」

 避けるのが困難な胴を目掛けて鋭い突きを繰り出す。

 しかし綾香は慌てず、葛城の腕を取ってそのまま捻り逆に葛城の胴に蹴りをいれた。

 それと同時に綾香の腕が離れたことにより、葛城の体が吹っ飛ぶ。

 葛城は地面の上を無様に転がっていった。

 綾香はそれを見届けると、自分を二丁拳銃で狙っている黒部に視線を向けた。

 黒部の両手にある銃は装弾数16発のベレッタM92。

 ベレッタ社が同社のM951をベースに1975年に開発した自動拳銃だ。

 ベレッタM92の銃口から銃弾が飛び出し、綾香に迫る。

 巧みなフットワークで左右に躱し、烈火で銃弾を弾きながら、真っ直ぐに黒部まで駆ける。

 黒部との距離が残り二メートル地点まで来た時、足にさらに力を入れて距離を零まで縮め、黒部の左側から放たれる上段回し蹴り。

 黒部はそれをバリーで受け流すともう片方の手にあるベレッタM92綾香の頭部を狙う。

 だがトリガーを引くより速く放たれる中段後ろ回し。

 コレを転がって避けつつ両手のベレッタM92を綾香に向けて撃ちながら、間合いを少し空ける。

 体制を整えるとベレッタM92の弾倉を排出し、新しい弾倉と変えるながら、綾香の背後を見遣る。

 黒部が駆け綾香の正面に飛び込み、牽制をしている間に背後から葛城が足音を殺して襲いかかる。

 綾香は銃弾を再び烈火で弾きながら、間合いに踏み込んだところで蹴り飛ばす。

 黒部は胸中でほくそ笑んだ。

 綾香の背後には、もうカウンターが間に合わないほどの至近距離まで葛城が迫っている。

 ――殺った

 二人がそう確信した瞬間――投げた。

 地面に容赦なく叩きつけられ、肺から強制的に吐き出された吐息が声ならぬ声をあげる。

 背後から接近していた葛城は、綾香にその手首を掴まれ投げ飛ばされた。

 綾香は、一滴のロスもなく相手の攻撃エネルギーをダメージとして返した。

 完全に死角からの攻撃だったが、それを綾香は軽々と読んだ。

 綾香は黒部に詰め寄るべく駆ける。

 綾香に銃口を向けるが、さっきの奇襲を破られ呆然としていたので僅かに隙が出来ていた。

 銃口を向けるより速く綾香が銃を持つ黒部の両腕を掴み上げ、力を入れて握り締める。

 黒部の腕は、凄まじい圧搾にみしみしと悲鳴を上げ、痛みに耐えきれず銃を落す。

 それを確認すると黒部の腕を外側に払い飛ばし、攻撃に移る。

 全体重を乗せた右フックは空を巻き込むようにして黒部の側頭部へ吸い込まれた。

 黒部は咄嗟に上半身を後ろにズラしそれを回避する。

 それが空振りに終わると同時に、綾香の身体は旋回しつつ沈み込み、後ろ回し蹴りが黒部の膝に叩き込まれる。

 そして、そのまま沈み込んだ身体を持ち上げつつ、両足で強く地を踏み込み、黒部の胸に双掌打を打ち込む。

 黒部は軽く吹っ飛ばされ砂埃を巻き上げながら地面の上を2転3転するが片手をつき体を持ち上げ空中でバランスを取り足から着地する。

「へぇ、やるじゃない。攻撃に合わせて絶妙のタイミング後ろに跳んでダメージを軽減するなんて……でも、そうでなくちゃ、愉しみがいがないわ」





































 セリオはスタンロッドの高圧電流で男達を次々に昏倒していく。

 始末屋の二人と比べると男達の戦闘能力は低い。

 セリオのスピードに付いていけてる者はいない。

 動きに翻弄され目の前に現れたセリオに気づいた時には昏倒させられる。

 さっきからそれの繰り返しだ。

「残っているのはあなた一人です。もう諦めて撤退して下さい」

「舐めるなよ。ロボット如きが」

 男は黒い液体が入った注射器を取り出す。

 そして、それをコメカミの辺りに突き刺し、液体を注入する。

「ぐっ……■■■■――――――!!!!!」

 男の喉から迸った咆哮は人のソレとは思えないものだった。

 体中に血管が浮かび上がり、筋肉が膨れ上がる。

 男は脳の肉体の限界を知らせる部分に最強最悪といわれる麻薬・BAを注入したのだ。

 地面を踏み砕き、今までにないスピードでセリオとの間を零にする。

 繰り出された拳をブースターのスピードで避ける。

 男の繰り出した一撃はバズーカ並の威力を秘めており、地面が砕けた。

 セリオは拳を繰り出した男の背に廻り込み、電流の威力を今まで以上に上げているスタンロッドの一撃を延髄に叩き込む――だが

「■■■■■――――――!!!!」

 確実に叩き込まれたスタンロッドの一撃はまるで効いていない。

 男は振り向き様に裏拳を振う。

 セリオはその一撃をスタンロッドで受け止めるが、セリオの体では男の繰り出した拳を受け止めきれず、簡単に吹っ飛ばされ勢いで地面を滑る。

 左腕の指で土を掻き、セリオは低い姿勢のまま止まった。

 受け止めた衝撃で罅割れ、今にも折れそうなスタンロッドを投げ捨てコルト・ガバメントに持ち替え、叫びながらこちらに駆けて来る男に銃弾を撃ち込む。

 撃ちだされた弾丸は両太腿、両腕、心臓に突き刺さった。

 否、その部分の皮膚に刺さっただけだ。

 銃弾は地面に落ち、男は真っ直ぐセリオを破壊するために向かって行く。

 今度は連続して同じ箇所に撃とうと脳に銃口を向けた。

 だが突進してきた男は、荒々しい速さで、向けられた銃を拳で弾き飛ばす。

 体が後ろに流され、不利な体勢からブースターを加速させ距離を取ろうとするが、それよりも速く男の手がセリオの左腕を掴んだ。

 セリオの体を振り回すように背中から地面に容赦なく叩きつけた。

 そしてセリオの二の腕に向かって足を踏み降ろす。

 グシャッ! と耳障りな厭な音が聞こえ、セリオの腕が二の腕の真ん中辺りから踏み千切られた。

「ああぁぁぁああぁぁあああっ!!」

 人間により近くをコンセプトに作られているメイドロボ達は高度なフィードバックシステム――感覚を持っている。

 痛覚に該当する感覚も当然あり、片腕を千切られた衝撃に思わず悲痛な声を上げる。

 千切られた肘からは火花を散しているコードや骨格が覗き、紅い循環液が飛び散る。

 痛みに耐えながら体を横に転がして逃げようとするセリオだったが、間に合わず、振り上げた男の靴の爪先が鳩尾部分に突き刺さり、後方へ大きく蹴り飛ばされた。





































「ラァ!!」

 右と左のラッシュを葛城は繰り出す。

 二人の後ろで黒部が落とした銃を拾い綾香に弾丸を撃ち込む。

 葛城と対峙し綾香は黒部に背を向けているが後ろにも気を配り、弾丸を躱しながら戦っている。

 配っていはいるが、ハッキリ言って綾香は飽きてきていた。

 あまりの歯応えのなさに飽きてきているのだ。

 だが、そんな綾香の耳にセリオの悲鳴を耳にしていた。

「!? 今の悲鳴……セリオ!」

 共に護り屋として背を預け戦ってきたパートナーのセリオが悲鳴を上げるなど滅多な事ではない。

 つまり、今セリオは確実に窮地に立たされているのだろう。

 悲鳴が聞こえてきた方に目をやると、片腕を失い地面の上を滑っていくセリオが綾香の視界に入った。

 咄嗟に駆け出そうとするが、葛城が殴りかかり黒部が銃を撃ってきた。

「チッ! 邪魔すんじゃ――」

 舌打ちをしながらその攻撃を躱し、葛城を鳩尾を殴り側頭部ハイキックを叩き込んで倒すと、拳を握りしめ氣を練り上げる。

「――ないわよ! 空牙!」

 氣が纏わりついた拳を高速で振り抜くことによって生じた真空刃が、10メートル以上離れた黒部に迫る。

 躱すよりも速く空牙が襲い掛かり、黒部の体を吹き飛ばした。

 【最源流・氣功闘法術】

 特殊な呼吸法により、氣を操る闘法。

 ただし氣を消費しすぎると身体が疲労する。

 使い方によっては人を簡単に殺すことが出来る闘法だ。

 綾香は素早く身を翻すとセリオに向かって駆けている男に向かって行く。

 だが相手の方が速い。

(クッ! このままじゃ間に合わない……なら――間に合わせるだけ!!)

 綾香は氣を足へ収束させ、そしてその足で地面を弾く。

 刹那で、10メートル以上の距離を零にする。

【最源流・氣功歩術・縮地功】

 足に高密度に圧縮した氣を纏わせる事で行うことが出来る、最源流の中で唯一の高速移動歩術。

 綾香が一度の縮地功で移動できる距離は僅か5メートル前後と短く、長距離を移動するには数回の縮地功を必要とする。

 縮地功でセリオと男の間に入った綾香はその男の胸元目掛けて掌を叩き付ける。

「虎砲拳!」

 掌に圧縮した氣の塊を叩き付けられた男は、まるで鉛玉で殴られたようなダメージ受け、地面の上を滑って行く。

「セリオ! 大丈夫!」

 倒れているセリオの背に腕を回しそっと抱き起こす。

「……大丈夫です。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません、綾香お嬢様」

「なーに言ってるの、私とセリオの仲じゃない……それより、あの男」

 綾香は男の変化した見た目だけで、どういう状況なのか察していた。

 あれが常人なら確実に胸骨が砕けていただろう。

「一体何者なの? 普通じゃないって思ってたけど新しいドープでも使ったの?」

 虎砲拳を喰らっても平然と立ち上がりこちらに向かって来る男を見ながらセリオに訊く。

「BA、それも液体タイプを投与したのです」

「ちょっと待って。私達が知ってる状態と異なってるじゃない?」

 綾香達の持つBAの情報は理性も痛覚もなくなり、首を刎ねる以外では絶対に死なない、ということのみ。

 だが今の男の状況は、体中がBAの効力――筋肉増強作用で異様に膨れ上がり、バズーカ並みのパワーと、その見た目からは信じられないチータ並みのスピードを持っている。

 その上持久力にいたっては無限に近い。

「恐らく改良されたのではないかと」

「……全く、首を刎ねないと死なないってのに、その上怪物染みた力……厄介ね。なら、あいつは私が殺る。セリオは始末屋の残り一人をお願い」

「ですが……」

 セリオは心配そうに綾香を見る。

 別に綾香が負けるとか殺されるとか思っているワケではない。

 セリオが心配なのはもっと別の――

「だーいじょうぶだって。ほら、さっさと行く!」

 セリオの背を押し、自分は自分の相手に向かって行く。

 それを見送りながら、さっさと終わらして加勢しようと決めたセリオはブースターを加速させ葛城に向かって行く。

 間合いを詰め、葛城の繰り出す左ストレートを軽く外側に捌き、がら空きになった左脇腹に拳を突き刺した。

 アバラが数本ヘシ折れる感覚がセリオの拳に伝わる。

「がはっ! はひぃ……がっは……ア……バラが」

 脇腹を押えながら数歩後ずさる。

「申し訳ありませんが、手早く終わらさせていただきます」

 セリオは開かれた距離を詰め勢いよく踏み込むと右ハイキックを葛城の左側頭部に向けて放つ。

 葛城は痛みを堪えながら左腕でガードするが、セリオは左側頭部に放った蹴りの軌道を急降下させ、斜め上から横腹に叩き込んだ。

 次いで前倒れになった葛城の顎目掛けて鋭い拳打を繰り出し、強烈な一撃で葛城の身体が宙を舞う。

 セリオに吹っ飛ばされ起き上がろうとするが、視界に映る全ての映像がぐにゃりと歪み、セリオの姿が二重にも三重にも見え、足下がふらつき尻餅をついた。

 さっきの顎に受けた一撃で脳を大きく揺さぶられ中枢神経に障害を起こしたのだ。

 そうなれば暫く回復はできない。

「くっ! くっそぉぉぉぉ!!!」

 体がヨロヨロしながらもセリオに殴りかかった。

 だが、どの攻撃もセリオには掠りもしない上に、見当違いの場所を殴ったりもしている。

 中枢神経に障害を起こしている為まともに攻撃できないのも無理もない。

 セリオは、腰を落し一気に接近する。

 そのままその勢いを利用して飛び膝蹴りを繰り出した。

 まともにヒットしたため体を仰け反らせる。

 すぐに体勢を立て直し反撃を試みようとする。

 しかし、あまりにセリオが接近しているのと、まだ障害が治まりきっていないため反撃する手段がない。

 その一瞬の隙をつき、セリオは葛城を思いっきり蹴り飛ばした。

 まともに喰らい、真後ろにあった大木に激突し、完全に意識を失った。





































 綾香は男の攻撃を避けながら悩んでいた。

 綾香の悩み、セリオの心配。

 ソレは、綾香はまだ人殺しをしたことが無いことだ。

 綾香の仕事は裏稼業だ。

 ヘタをすれば殺す・殺されるような事になる。

 それでも綾香は『一線』を踏み越えず、気絶か重傷程度で済ましている。

 だが今は違う。

 確実に殺さなければ自分が、ここにいる皆が殺される。

(迷うな! 躊躇うな! 殺らなきゃ殺られるんだから!)

 無理やりに迷いを断ち切ろうした時、脳裏に何かが過ぎった。

 それは最源流を覚える頃の記憶だ。

 ――何のために、強くなりたいの?

 師の下に初めて弟子入りに行った時にそう問われた。

 いきなりの問いかけに驚いたが、思い馳せれば答えはすぐに見つかった。

 ――私は、私の大切なものを護る強さが欲しい。だから、強くなりたい。

 綾香はそう答えた。

 その返答を聞いた師は微笑みながら、弟子入りをOKした。

 そしていくつかの年月が過ぎ、綾香が師の下を離れる時に再び問われた。

 ――綾香……貴女は自分の大切なものを護るために、誰かを殺す覚悟はある?

 ――私は大切なものを護る為に必要なら相手を殺す覚悟がある。

 ――半端な覚悟なら捨てなさい。そんな覚悟じゃ誰も助けられないし、誰も護れない。

 その問いに答える間も無く師は背を向けて道場に戻って行ったのを覚えている。

 その問いに答えるか否かは今この瞬間――

「私は……護り屋。悪いけど皆を護るために今、この場で――あんたを殺す」

 双眸が一気に鋭利さを帯びる。

 迷いも躊躇いもその両の眼には一切ない。

 その眼は覚悟を決めた者の瞳。

 薄っすらと、そしてそれは徐々に激しく綾香の躰から立ち上る紫色のオーラ。

 最源流・氣功闘法術を本気で使う時、躰中の精孔を開き、オーラを爆発的に上げ、攻撃力、防御力、スピードさえもケタ外れに上昇させる。

 ただ、この状態はオーラを放出して居るので長時間この状態でいれば、全身疲労でダウンする。

 綾香がこの状態でいられるのは1時間。

 さらに言えば技を使うことでオーラを消費するので、維持できる時間は約30分ほどしかない。

 為れた者であれば15時間以上の維持が可能である。

「ふぅ……征くわよ」

 一歩踏み出した綾香の眼にこっちに向かって来ているセリオの姿が映った。

「セリオ! こっちに来るんじゃない!」

 綾香に怒鳴られ思わず足を止める。

「こいつは私がここで殺す。邪魔、しないで」

 そう言ってセリオを見る眼には邪魔したらただじゃおかない、絶対に赦さない、と語っていた。

 それを見たセリオはまだ何か言おうとするが、それよりも速く綾香が動いた。

 男の一撃を躱し、渾身の一撃を叩き込む。

 微動だにしない男を見ると綾香はすかさずその場を跳び引いた。

(やっぱりかなり硬い体ね。こんなナイフじゃ傷一つつけるのがやっとってところか)

 自分の足下に落ちているナイフを一瞥する。

 このナイフに限らず普通の刀などでもよくて肉を切るぐらいで、骨まで切れるかどうか怪しいものだ。

 よく切れる名刀クラス+スピードの乗った斬撃でなければ首を切り落とせないだろう。

 綾香は腰を落として左手で右手首を掴み、氣を右手に収斂し始める。

 収斂された氣は手を包むとバチバチ、と放電し始める。

 そして一気に電撃が激しく迸った。

「さぁ……これで終わりよ。雷の奥義……千鳥!」

 縮地功で距離を零にすると、すれ違い様に右腕を一閃。

 宙空を飛び地面に落ちる首。

 斬られた首からは血飛沫が迸り、満天の星空の下に降り注いだ。

 千鳥は何ものをも斬る雷の刀。

 雷属性のオーラを持つ綾香のみが使える雷の奥義の一つだ。

「終わった……」

 息を吐き、その場に座り込んだ。

「綾香お嬢様!」

 よほど心配だったのか、セリオが慌てて綾香に駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか、綾香お嬢様?」

「平気平気っと言いたいトコだけど、ちょっと疲れたから休むわ。あとのことは任せてもいいわね?」

「はい」

 綾香は立ち上がると、開けっ放しの窓から部屋に入りソファーに倒れ込んだ。

 しばらく天井をぼんやりと見上げ、右手を翳す。

「人……殺したのよね」

 蚊の鳴くような声で呟くと、右手を目を覆うように置いた。

 後悔してるワケではないが、人殺しというのは分かっていても気分のいいものではない。

 でも、いずれこんな時が来るだろうとは思っていた。

 護るため人を殺す瞬間が。

「……しばらくの間、悪夢に魘されそうね。祐一も始めて人を殺した時は同じ気分だったのかしら」

 綾香はそんなことを思いながら、祐一達が帰って来るのを待った。