――リーフタウン――

「さて、アイツのとこに行く前に買出しを済ますか」

 祐一は駐車場に車を止め町へ繰り出す。

「そうですね。ですが、祐一さん。先にセピアタウンからずっと後を着けて来ている連中を片付けてからですよ」

「ああ。それもそうだな」

「『ヴァルハラ』の連中ですか?」

「ああ。間違いなくそうだろうな」

「私もご一緒しましょうか?」

「いや、俺一人でいい。巴は買い物を済ませておいてくれ」

 祐一は腕時計で時間を確認する。

 現時刻は13時07分。

「今は1時だから……30分後に、ここに集合だ」

「分かりました。」

 祐一と巴はそれぞれの目的の為には反対の方角に歩き出す。

 巴は買い物、そして祐一は過去との戦いだ。





FenrisWolf's


ACT.5 ヴァルハラからの使者





「はぁ、自炊すれば買うものも少しで済むんですが……」

 巴がブツブツ言いながら食料などの調達に向かう。

 一応、祐一達のアジトには飯盒などキャンプ用の道具が一式置いてある。

 どれも、一度使っただけだが……

「今度、祐一さんにお願いして料理作らせてもらいましょうか」

 祐一が聞けば即座に却下する事を言う。

 それほど、巴の手料理は不味いのだ。

 見た目だけは美味そうなのだが……

 巴の手料理を初めて食べた者の感想は全員共通して「天国が見えた」と言う。

 その言葉でどれぐらいヤバイか想像はつくであろう。

「うん。今度アジトに戻った時、祐一さんには黙って作って驚かせましょう」

 確かに祐一は驚くであろう。

 逆の意味でだが……

「あれ、巴さん?」

 買い物をするために歩いていた巴を呼ぶ少女の声が後ろから聞こえた。

 巴が振り返るとに声をかけた赤髪で、黄色いリボンをヘアバンドのように着けた赤い瞳の少女――神岸あかりがやっぱりと声を出した。

「あっ あかりさんに浩之さんに雅史さん。お久しぶりです」

「久しぶりだね、巴さん」

 背中に布を巻かれた棒状のような物を背負っているの茶髪茶眼の青年――佐藤雅史が惚れ惚れするよな微笑みを浮かべながら挨拶をする。

「ウースッ、巴」

 最後の一人、一番高く腰にガンブレードを帯びている黒髪黒眼の青年――藤田浩之がダルそうに片手を肩ぐらいまで上げてブラブラ振った。

 この三人は仕事は違えど祐一と巴とは気の合った仲間だ。

 彼ら三人はチームを組み奪還屋をしている。

 奪還屋とは、車や宝石など奪られた品物を奪り還す者達の事だ。

 依頼成功率“ほぼ”100%だが祐一達とブッキングした仕事だと100%失敗する。

 理由は簡単、祐一と巴の方が実力は遙に上だからだ。

 勝敗は今の所5戦1勝4敗。

 1回勝ちがあるがこれは祐一側の依頼人の契約違反により浩之達に奪還の品を譲ったからだ。

 そんな事はプライドが許さないが仕事は仕事なので我慢して品を受け取った。

「ねぇ、巴さん。祐一君はどうしたの?」

 あかりが祐一が居ない事に気がつき音夢に訊く。

「祐一さんなら――」

 巴は思わず口篭る。

 祐一がヴァルハラに属していた事を浩之達は知ってはいるが、流石にヴァルハラの連中とやりあってるとは言えない。

 だから巴はすぐに――というか無意識にこう言った。

「奇行に走ってどこかに行ってしまわれました」

「ああ、いつものことか」

 浩之が思わず納得する。

 雅史とあかりも声には出さないが心の中で納得していた。

「浩之も人のこと言わないと思うよ」

「なんでだよ」

「ここ最近の浩之の行動は……折原君に似てきてるからね」

 ピキッ、と雅史の言葉に文字通り石になる浩之。

「ま、雅史ちゃん。いくらなんでもそれは可哀想だよ」

「そうだけど……あかりちゃんもそう思うでしょ?」

「え? えっと……」

 言いよどむあかりを浩之がじっと見つめる。

「……………………」

「え……えへ」

 笑って誤魔化すあかりであった。

 それを見た浩之はしゃがみ込み、地面にのの字を書いている。

「そ、それで、祐一君は? 本当に奇行に走ったの?」

 話を誤魔化そうと再度巴に訊く。

「冗談ですよ。祐一さんは銃弾を買いに行っているだけですから」

「それで、巴さんは何してるんだい?」

「私は食料の買い出しです。そう言う雅史さん達は何をなさってるんですか?」

「僕達はこれから奪還の仕事で依頼人と会うんだ」

 そう言って雅史は近くにある喫茶店を指差した。

「そうですか」

 浩之を無視して話を進める三人。

 浩之は未だに立ち直ってない。

 よほど、雅史に言われた事がショックだったようだ。

 折原浩平とは、オネシティで掃除屋をやっている男だ。

 ただし、問題がある。

 彼の性格はおちゃらけ、破天荒、ノー天気、と三拍子揃っている。

 そして、彼の生き方は、無駄な事に命をかけ最小限の労力で最大限に人をからかう事を生きがいに生きる。

 仕事の時でもそれらを十二分に発揮するほどのバカである。

 そんな男と似てると言われてショックを受けない方がおかしい。

 雅史がそう言うのも彼と浩之は会ってすぐに気が合い、それから浩平のからかい癖が少しうつったらしい。

「そう言えば雅史さん。さっき言っていた折原さんって誰なのです?」

「折原浩平。祐一と比べると戦闘能力は劣るが、それでも実力は中々の掃除屋だ」

 祐一と実力を比べる時点で間違っている。

 銃技、剣術、格闘術。

 祐一はそれら戦闘技術を組織に居た頃、不破士郎と沢渡まことから教え込まれた。

 剣術は士郎に、格闘術はまことに教わり、銃技は亡くなった父から教わった。

 そして、天才的なバトルセンスで僅か一年足らずで漆黒の戦狼ヴェーア・ヴォルフの名を手に入れるまでに至る。

 祐一本人が望んだことだが、その修行は生半可な覚悟では耐えられないほどの凄まじいものだった。

 一日の睡眠時間を極限まで削り、食事と睡眠、入浴時以外は全て修行と任務に裂き、修行は生と死と隣り合わせで殆ど死合のような形で執り行われた。

 それどころか、睡眠中も食事中も入浴中も一切気を抜くことはできない張り詰めた状況。

 修行をやり始めた頃士郎が言った。

 ――俺達は祐一の行動を常に観察し、いつでも仕掛けに行く。無論、祐一も俺達の行動を常に観察していつでも仕掛けて来い、と。

 それは、殺気、闘気、剣気、その他諸々の人が放つありとあらゆる気をいついかなる時でも判別する修行。

 それらの修行が一年も続いた。

 常人では耐えきれないことを僅か7歳から8歳という幼い年齢で耐え抜いてきた祐一の戦闘能力は超人並と思っていい。

 と言うよりも超人である。

 そんな祐一と比べたらどんな実力者だって劣るに決っている。

「浩之……落ち込んでたんじゃぁ」

 いつの間にか立ち直った浩之に驚く三人。

「五月蠅い。アイツに似てると言われて少しショックを受けただけだ。そんなに落ち込んでねェよ」

 浩之の言葉に三人は心の中で絶対に嘘だ、と思った。

「オネシティって知ってるか?」

「はい。行った事はありませんが」

「そこに行けば会える。そして、誰が浩平かも一発で分かる。あんな変な奴は二人も……いるな。祐一といい勝負だ」

 まるで、自分は変ではないと遠回しに言っているようだ。

 さらには祐一に対してかなり失礼な事を言っている。

 まぁ、祐一が変なのは当っているが……

「祐一さんと、ですか?」

 自分の好きな人が変だと言われても巴はまったく否定しない。

 それは、巴が祐一は変な奴と少なからず理解している証拠。

 巴自身、祐一のイタズラ好き、からかい好きを身をもって知っている。

 無論、その後には制裁を加えられているが、全く懲りることはない。

 巴は浩之の話を聞いて、何かを考え込み始める。

「どうかしたのか?」

 流石に気になったのか、浩之が声をかけた。

「いえ。あれに匹敵する変人がこの世に存在するのですか?」

『何気に酷いな、あんた!?』

 巴のあまりの言い草に突っ込まずにはいられなかった。

 巴は何故突っ込まれたのかよく分からない表情を浮かべている。

「あっ。浩之ちゃん、雅史ちゃん。そろそろ行かないと時間に遅れるよ?」

 腕時計を確認したあかりの声を聞いて浩之達も時間を確認する。

「そうだな、急ぐか。巴、俺達昼頃は殆どあの店にいるから暇なら来いよ」

 浩之はファーストフードのヤクドナルドを指差す。

「はい」

「んじゃあ。祐一によろしくな」

 浩之達は巴に挨拶をし喫茶店に向かって行った。

 巴もそれを笑顔で見送った。

「さて、私も早く買い物を済ませましょう」





































 巴と別れた祐一はあまり人気が無い場所を探して歩いている。

 どうやって知ったのかは解らないが、リーフに着てから、いやセピアにいた時から誰かに付けられているのに気付いていた。

 ずっと後を付けて来ている連中の気配を探りながら祐一は廃ビルが立ち並んだ、ちょっとしたゴーストタウンの様な場所に辿り着いた。

「ここらでいいか。オイ、いい加減出て来いよ」

 背後を振り返りながらそう言うと、ぞろぞろと黒服にサングラスの男が祐一を取り囲んだ。

 数は10人――これだけの人間が後を付けていたのだ、気付かないワケがない。

「ずっと後付けてたけど、俺になんか用か?」

 こいつらが誰で、何の用があるのかは祐一には解りきっていた。

「ご同行願います、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドが一人――第13の騎士ナイト・オブ・サーティーン漆黒の戦狼ヴェーア・ヴォルフ相沢祐一さん」

 祐一の正面に立っている男――恐らくリーダーなのだろう――が一歩前に出てそう述べる。

 そう会話する間にも次々と何処から沸いてくるのか解らないが、祐一を完全に包囲する黒服の男達。

「やだね。俺はもう円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドのメンバーでも、漆黒の戦狼ヴェーア・ヴォルフでもねェ」

 この誰の助けも得られない場所で、ヴァルハラの戦闘のプロである男達に囲まれているという状況であっても、祐一は悠然とした態度を変えない、崩さない。

「――ならば、連行します」

 最初から祐一の答えは予想していただろう。

 男達は全員、無謀にも素手で構えを取り、祐一を取り押さえようとしている。

「素手か。おもしれェじゃねェか。いいぜ、相手してやんよ……でも、たってこれぽっちで俺と闘り合うつもりか?」

「いいえ。我々では貴方に勝てないことは解っています。ですからグロス単位で包囲しているのです」

 グロス単位――1ダース=12の1ダース=144。

 つまりは144人前後の男達がここにいることになる。

 よくもまあそんな数をかき集めたなァ、と祐一は呆れを通り越して感心した。

 男達が一気に祐一に襲い掛かる。

 それはもう黒い波の様に……

 だが祐一はそれに怯む事無く、不敵に笑うと地面を蹴った。

 黒い波よりも疾い黒い風が、押し迫るソレに飛び込んでいった。

 男達の間を駆けながら、鳩尾、延髄といった意識を刈り取るのに最適な部位に打撃を与えて一人一人、確実に倒していく。

 さらに一人の男を倒した直後、背後から一人駆けて来る。

 距離にして五メートル。

 祐一は傍にいた男の鳩尾に拳を突き刺すと、遠心力を乗せて向かってくる男に放り投げる。

 避けることが出来ずにそのまま縺れるように倒れた男の腹に膝を突き刺す。

 殆ど、同じ攻撃で相手の数をどんどん減らしていく。

 数分後、そこは男達がまるでタイルのように地面を覆っていた。

「ふぅ。流石はヴァルハラの戦闘集団なだけはあるな。久しぶりにいい運動になったぜ」

 息切れさえせずに祐一はパンパンと手を払う。

 所詮1グロス程度のアリでは狼に出来ることなどその程度であろう。

「――けど時間を無駄に取っちまったな。巴も待ってると思うし、早く戻るか」

 時計を見て時間を確認した祐一は、再び目的地を目指そうとする。

 が、そこで、

「ヴァルハラを裏切って弱くなったと思ってましたが、腕は落ちてませんね」

 転がってる男達とは違う――かつての仲間との再会だった。

「よう。久しぶりだな、一弥」

 祐一は声のした方へ振り返りながら、廃ビルに背を預けて立っていた少年――倉田一弥に声をかける。

 ヴァルハラに居た頃の祐一の後輩だ。

「ええ。お久し振りですね……祐一さん」

 サァッと二人の間を風が吹き抜ける。

 風が止み、静寂が訪れると最初に口を開いたのは一弥の方だ。

「……貴方が組織を抜けてからのこの二年間……ずっと貴方を探していました」

「へぇ、何でまた?」

 祐一は男達の背を踏んで一弥の方に歩み寄りながら訊く。

「貴方に戻ってきて欲しいからです……祐一さんが組織を抜けてからの二年……ヴァルハラは今や世界の三分の一を裏で牛耳る巨大組織に成長しました」

(まったく、どこまででかくなりゃ気が済むのかねェ)

 祐一は一弥の言葉に心の中で呆れの言葉を呟く。

 世界の三分の一を牛耳る、秘密結社『ヴァルハラ』。

 異大陸を除いた各大陸の各地に支部が点在している。

 各支部には暗殺部隊、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド予備軍が待機している。

 その地にヴァルハラの敵となる者が現れた場合はすみやかに彼らを派遣、抹殺イレイズする事が可能とされている。

 支部のある町には幹部会というヴァルハラの長老会から政策を指示されている幹部がおり、その幹部会のほとんどはいろんな町や国のお偉いさんがやっている。

 だから、各国の政治経済の安定が保たれているのは、ある意味でヴァルハラがまとめているからだ。

 もし今、ヴァルハラが潰れればあっちこっちで混乱が起き戦争になる。

 世の中にはなくてはならない存在だ。

 そして、ヴァルハラ本部には頂点に君臨する三人の長老会がいるが、本部の正確な位置は円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの隊長と副隊長、数人の幹部にしか知らされていない。

 だから、祐一はもちろん一弥もその場所を知らない。

「ですが、未だ組織の敵は多い。貴方、、という戦力をヴァルハラはまだ必要としています」

「よせよ。俺は公式記録では二年前に処刑されてるんだ。今更関係ねェよ」

 軽く肩を竦めて、重たくなる雰囲気に水を差したが、祐一の言葉に一弥は眉を寄せる。

「………長老会はこう言ってましたよ。組織の幹部――円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドとして世界を掌握できる地位を与えられながら、それをしようとしない貴方は理解できない、と」

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド

 それは12人のメンバーで構成された長老会直属の実行部隊であり、最強の戦闘集団。

 全員が、あらゆる状況、戦況、敵において絶対なる生還、殲滅、勝利を誇る者達。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドに選ばれし者達には、No.TからNo.]Uの数字が与えられる。

 円卓に座ることが許された騎士の一人が死んだ場合、その円卓には円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド予備軍から新たな騎士が円卓の成員として追加される。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドは上座も下座もないので、序列順に強いというモノではない。

 ただし、例外として第1の騎士ナイト・オブ・ワン第2の騎士ナイト・オブ・ツーだけは、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドの中で最も強い二人が選抜される。

 なぜなら第1の騎士ナイト・オブ・ワンは隊長、第2の騎士ナイト・オブ・ツーは副隊長になるからだ。

 そんな円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドに祐一がが任命されたのは、クラナドシティを血と殺戮と狂気の町に変貌させた殺戮集団を殲滅した時だ。

 それもまだ9歳のガキだった頃。

 祐一は長老会からその戮集団の殲滅を言い渡された時、何の情報も聞かずにクラナドに向かった。

 すなわち敵の情報なし、内部構造なし、仲間のサポートも一切なしという絶望的な状況でだ。

 だが、祐一は帰ってきた。

 殺戮集団のアジトやメンバーを全て殺しつくし、何人かの少年少女を引き連れて帰ってきたのだ。

 そして、祐一は史上最年少で暗殺部隊の一隊員から長老会直属の実行部隊・円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド、それも特例の第13の騎士ナイト・オブ・サーティーンに任命された。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドは組織にいる者達の憧れる地位であり、捨てる者はいないとまでいわれていが、それを捨てた者がいた。

 それが、相沢祐一だ。

「理解できない、ねェ。俺はあのジジイ共に俺を理解してくれなんて思わねェよ」

 祐一は歩み寄った一弥の横を通り抜け、そのままその場を去ろうとする。

「俺が組織を抜けたのは任務に従うだけのつまらねェ生活に嫌気が差したからだ」

「祐一さん!!」

「動物は餌で飼える。人は金で飼える……だが誇り高き狼を飼う事は誰にも出来ねェのさ」

「――ッ! ……そう……ですか……貴方ならきっとそう答えると思っていました……でも!!」

 祐一の頬を掠めるように投擲されたナイフ。

「……一弥、何のマネだ?」

 祐一がゆっくり一弥に振り返る。

「連れ戻せないなら……殺せ。それが長老会が下した決定なんです」

 怒りを表に出しながらも、どこか悲しげな表情で祐一を見据える一弥。

 自分に迷いはない、と一生懸命言い聞かせてる。

「貴方はヴァルハラの内情を知り尽くしている。野放しにするのは危険なんですよ」

 着ていたジャンパーを脱ぎ捨てた。

 下に着込んでいたのはレザーのベストだった。

 ベストには無数の切れ込みがあり、そこへスローイングナイフが収納されていた。

 ベルトからナイフを抜き取って、右手で一本のナイフを握りながら語り続ける。

「ヴァルハラをおびやかす不安要素は全て排除しなければならない……貴方が戻らないのなら、僕がこの手で貴方を……殺す!」

「……変わったんだな、一弥」

「よく考えて決めて下さい。ヴァルハラに戻るか……ここで僕に殺されるか……」

「俺は自分の生き方を変えるつもりはねェよ。それにお前如きに殺られるつもりもねェ」

 祐一の言葉に一弥の眉がピクリと動く。

「……答えは変わりませんか?」

「何度問われようが俺の考えは変わらねェよ」

「そうですか……なら僕は、今ここで貴方を始末する!!」

 一弥が右腕を真横に振った。

 ナイフが銀色の光線となって疾走する。

 それは過去、祐一が知っている一弥のナイフ捌きとはケタ違いのスピードだった。

 だがそのナイフは祐一に刺さることはなかった。

 それどころか、今投擲したナイフは一弥の足元に突き刺さり小刻みに震えている。

 祐一は一弥は手加減抜きで投げたナイフを一瞬で投げ返したのだ。

 とても人間業じゃないが、この程度のことは円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンドのメンバーなら朝飯前だ。

 例え“元”でもそれは変わらない。

 一弥は今度は三本のナイフを抜き投擲する。

 三本のナイフが銀色の光線となって疾走する。

 祐一は真横に跳び、ナイフを躱した。

 祐一が着地して体勢を整えると同時に、手の中に今度は一本のナイフが握られる。

「流石、祐一さんですね。この程度の攻撃は通じないか」

 そう言うや否や、一弥は地面を蹴って、祐一との距離を詰めた。

 一弥はナイフを握った右手を突き出してくる。

 白銀の刃が祐一の髪の毛を僅かに掠り、切断された髪の毛が空に散る。

 一弥が繰り出す右手のナイフによる、高速の突きが刃の残像を生み出し、剣山が迫っているようだ。

 祐一はギリギリの間合いで一弥の猛攻を躱していく。

 ナイフが空を切り裂く音が続く。

(流石だな。一弥のヤツ、ナイフの扱いが上手くなってやがる)

 確実に昔より強さを増している一弥の猛攻に祐一は賞賛する。

 だが、それでも祐一に決定打どころか、掠り傷一つ負わすことは出来ない。

 接近戦に見切りを付けた一弥は地面を蹴り、祐一から飛び退った。

 距離を置くと、さらにナイフを抜き、左右の手にそれぞれ三本ずつのナイフを構えた。

 振りかぶり、同時に両手のナイフを投擲する。

 祐一の心臓目掛けて走る六本の光線。

 祐一は咄嗟にラグナロクを抜き撃ち、一本に二発ずつ当て、三本を撃ち落した。

 が、残る三本が左胸に襲い掛かる。

 ラグナロクの銃身でそれらを一気に薙ぎ払った。

「――一弥……もう止めようぜ。こんな闘いに何の意味もねェよ」

「貴方に無くとも僕にはある! 僕の……僕の目標の為に!」

 そう言われ祐一は胸が痛んだ。

 一弥が自分に寄せる想いを祐一は知っていた。

 ――祐一さん。僕、貴方に憧れてここに入ったんです。僕、貴方のようになれると思いますか?

 一弥はヴァルハラに入り祐一にそう問うた。

 ――俺みたいに? バカ言ってんじゃねェよ。なっても何の得にもならねェよ。

 冷たく、そう言い返した記憶が祐一にはある。

 祐一は思う。

 ――あの頃にもっとちゃんと反対していれば、こんなことにならなかったんじゃないのか?

 ――そして、それは今からでも遅くはないんじゃないのか?

 そう思った。

「――なぁ、一弥。お前、今の生き方楽しいか?」

「……何を?」

 いきなりの質問の意図が解らず怪訝そうな顔で聞き返す。

「俺はさ、今の生き方楽しいんだ。だから、こうして笑える。一弥の記憶の中にだって、俺が笑ってた記憶なんてこれぽっちもないだろ?」

 一弥に対してそう言って微笑む。

 一弥は俯き、動かない。

「もう一度訊く。今の生き方楽しいか? 言われるままに任務をこなし、人を殺す――楽しいかそんな生き方?」

「言うな……」

 祐一の言葉に、俯いたまま僅かに震える。

 返答も弱々しい。

「考え直せよ一弥。お前は暗殺部隊にいるのは似合わねェよ。それにカノンにはお前の家族がいるだろ?」

「言うな!!」

 俯いていた顔を上げ何かを決意したように、一弥は再びナイフを抜くと、左手に三本、右手に二本構える。

「今度こそ……終わりです!!」

 一弥は左腕を三閃し、時間差で祐一の顔目掛けてナイフを投擲した。

 直後、右手の二本を上空目掛けて発射する。

(上空に二本?)

 一弥の意図が読めなかったが、考える時間はなかった。

 眼前に迫り来る三本のナイフの刃を銃身で叩き落す。

 直後、上空に放たれた二本は切っ先をターンさせ祐一に襲い掛かった。

 躱しきれない。

 そう判断した瞬間、周りから音が消え、聴こえるのは己の心臓の鼓動のみ。

 さらに視界がモノクロに変化し、すべての動きがスローモーションになる。

 同時に体が重くなり、まるでゼリーの中を動いているような感覚に包まれる。

【御神流・奥義之歩法・神速】

 御神流とは八つの流派の一派に属する古流剣術――正式名称【永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術】

 小太刀の二刀流を主体とし、他にも飛針や、糸に鉄粉を焼き付けた鋼糸と呼ばれる暗器や体術を用い、相手を倒すのではなく確実に殺すことを目的として組まれた剣術というよりも暗殺術に近い武術である。

 祐一はコレをヴァルハラで父親代わりになってくれた不破士郎から教わった。

 ただし、祐一が教わったのは小太刀二刀のみだ。

 神速は御神流の奥義之歩法と呼ばれ、集中力を極限まで高めた状態で発動する移動術。

 瞬間的に自らの知覚力を爆発的に高めることにより、あたかも周囲が止まっているかのように振る舞うことが出来る。

 このとき視界がモノクロになる理由は、色の情報を意図的に欠落させ、本来その情報処理にあたる部分を他の知覚に振り分けているから。

 だが同じく神速の領域にいる者は色彩がついた状態で認識されるのだが、その理由は分かっていない。

 これを使うと時間が引き伸ばされたようになり、その中を進むことによって通常では考えられない速度で動くことが可能になるのだ。

 ただし、当然ながら肉体的に過大な負荷をかけるため多用はできない。

 また動作そのものが高まった知覚力に着いてこられないため、自分そのものもスローモーションで動いているように感じられる。

 余計な情報を削ぎ落とされたモノクロ世界、全てがゆっくりと動く中で祐一はそれより少し速く動いていく。

 ラグナロクを構えたまま一弥の背後に廻り込み、神速の領域から抜け出ると、モノクロだった世界が色を取り戻し全ての存在が本来の動きに戻る前に一弥の延髄に手刀を打ち込み意識を刈り取る。

 その一撃で一弥は気を失い膝からガクリと崩れ落ちた。

「一弥……お前も士郎さんやまこ姉、さくら達としばらく一緒に居てみな。そうすりゃ、俺が変わった理由が少しは解るぜ」

 祐一は一弥にそう言って背を向け歩き出す。

(もっとも、俺が変われたのはあの時に出会った野良猫のお陰でもあるけどな)

 祐一は赤く染まった空を見上げながら二人の少女を思い出す。

 自由気ままに生き、永遠に“乙女”を追求する少女。

 そして……

 ――わたし……おになの……

 自分と同じ血の匂いを持ち究極の生体兵器バイオウェポンとして育てられた少女。

(あれから二年半……あいつも変わったんだろうな。あの時望んだ“じゆう”を手に入れたんだからな)

 自分を変える切っ掛けを与えてくれた少女と自分が変えてやりたいと思った少女。

 今は掃除屋を営んでいる。

「……さて、早く戻るか」





































「祐一さん、思ったより遅かったですね」

 祐一が駐車場に戻ってくるとボンネットに座っている巴が呆れたように溜息をつきながら言う。

 その言葉に心配していた様子は微塵も見受けられない。

 まぁ、祐一が負けないと信じているから、心配する必要がないだけなのだが。

「ん。ちと懐かしいやつが来てたんでな。思わず話し込んじまった」

「懐かしいですか?」

「ああ、飼い犬時代の弟分だよ……さて、さっさと綾香んトコに行くぞ」

 運転席と助手席に乗り込むと、祐一は車を走らせた。

 綾香の家に向っていると、思い出したように巴が祐一に声を掛ける。

「そう言えば祐一さん」

「どうした」

「買い物に行ってる時あかりさん達に逢いましたよ」

「アイツらに?」

「はい。これから奪還の仕事だったみたいでしたけど……」

「それで、元気にしてたか?」

「はい」

「そっか……この仕事が終わったら逢ってみるかな」

「昼頃は大体ファーストフードのヤクドナルドにいるそうです」

「オッケー」

 祐一が仕事が終わった後の事を決めると、目の前に大きな屋敷が見えて来た。

「さて、どんな依頼か楽しみだぜ」