夕食時、藍と恋が誘拐された事を知り、心配して彼女達の知り合いがやって来た。

 二人は無事だと聞いて安堵の溜め息を漏らした。

 その後、騒がしくも楽しい晩餐が開かれる。

「へぇ、祐一と巴さんは世界中を旅してるのか」

 女性陣が食事をしながら話しているのを横目で見ながら祐一は男二人で話している。

 一緒に話している男は恋の義理の兄にあたる麻生大輔。

「ああ。まだ見ぬ場所に行くってのは楽しいぜ。なにより強ェヤツと戦えるのが最高だ」

「前半は分かるが、後半は俺には理解できないな」

 タンブラーに氷を放り込み、淵にライムを擦り付けながら言い返す。

 祐一も同じ動作をしているが、双方ともに手慣れている。

「まぁ……平和に生きてる大輔には、俺達が生きてる世知辛ェ世界を知る必要はねェよ。ほれ、大輔」

「おう」

 ボトルを傾け大輔のタンブラーに注ぐ。

 そして互いのグラスを軽くぶつけあい、一口呑むと酒気を帯びてきた溜め息を吐き出しす。

 酒のつまみにはハムやサラミなどが確保されている。

「ふぅ、いい酒だ。さすがは高級品のスコッチだけはあるな」

「ああ、旨いな」

「ところで、大輔……どうなんだ?」

「どうって?」

「だから、どの子が本命なんだ?」

 女性陣の方を見ながら大輔に訊く。

「ど、どういう意味だよ?」

「恍けんな。気づいてんだろ? あの子達の気持ちに」

 女性陣の方から目を正面の大輔に戻し、真剣な目でそう言う。

「うっ。ま、まぁ……な」

「で、このままずっと、今の状況でいるつもりか?」

「そ、それは……」

 真剣な問いに、口篭もる。

 祐一の問いの意味はよく分っているが、大輔的にはまだみんなと馬鹿をやっていたい時期なのだ。

 誰か一人に決めれないというのもある。

 今の関係は、大輔にとっては居心地が良すぎるのだ。

 甘く楽しい世界に浸っている大輔にとってこの関係から抜ける事はそれなりの覚悟を決めた時。

 また、この関係が終わりを迎える時こそ、麻生大輔にとっての人生の大きな転機となるであろう。

 それぐらい、今の大輔にとっては大切な時期のだ。

 まぁ、そんなことだから『優柔不断』やら『女ったらし』と学園で言われても仕方がない。

「分ってると思うが、いつまでも今の時間が続くと思うなよ。どんな幸せな時間でもいつかは終わりが来るんだ」

「……………………」

「例え今は同じ道を歩んでいてもいつかは別れ道に出会い、それぞれが歩むべき道を歩む。自分の『未来』という道をな。お前と彼女達は歩んでいく未来は違う……そうだろ?」

「ああ」

「あっ。あと一言言っとくぜ。あまり女に優しくすると、相手が傷つくぞ」

「……………………」

 天音も藍も恋も、今までそれなりのアプローチしてきたが、大輔は今の関係を壊したくないと思いワザと気づかない振りをし優しくしてきた。

 その結果、彼女達は本当に好かれてると思っている。

 いや、大輔が彼女達を好いているのは間違いではない。

 だが……

「優しさは、時には人の心を抉るナイフになる。それを理解しておけよ」

 大輔が理解してるのか、してないのかは分からない。

 大輔は薄らと微笑む。

「そう……だな。分っているんだ。今のままでいられないことも何もかも……俺もいい加減ハッキリすべきだと思ってはいる……でも、アイツらの悲しむ姿が、悲しむ顔が見たくなくて、つい優しくしてしまう」

 そう、大輔は優しい。

 人を傷つけまいとしている。

 だが、それが逆に彼女達を傷つけているということを分かっていない。

 あまり優しくしすぎると、余計に人は悲しむのだということを祐一は言いたかったのだ。

「言っちゃ悪いが、それは綺麗ごとだ。誰も悲しませず、傷つけずに生きていける人間なんていないんだ。自分では傷つけてはいないと悲しませてはいないと思っていても、相手はそうじゃないかもしれない」

 人と人とが互いを100%理解し合うのは不可能。

 なぜなら、他人の心を100%理解できないだけじゃなく、人は自分の心さえ100%理解する事ができない。

 そんな人間同士が互いに傷つけあわずに、悲しませずに生きていけるわけがない。

「それに……彼女達は覚悟ができてるんじゃないのか?」

「覚悟?」 

「大輔が誰を選んでもそれを受け入れる覚悟だ」

「そう……かな?」

「ああ。だって、それぐらいの覚悟がなかったら、ああゆう風に笑い合ったりできないもんさ。それがライバル同士ならなおさらだ」

 祐一は藍達の方を指差す。

 みんな楽しそうに笑い合っている。

「……確かに、そうかもな」

 二人の真面目な会話はここで終わる。

 祐一はスコッチを一口煽り、いつもの馬鹿をやる目と口調に戻す。

「――にしも、妹に幼馴染にお嬢様と選り取り見取りだな……ああ、そうか。誰かを選ぶ事ができないのなら、ハーレム化を狙えばいいんだ」

「できるか!!」

 大輔が怒鳴りながらテーブルを強く叩くとその音に女性陣がこっちに目をやる。

「大輔ちゃん、どうしたの?」

 茶がかかった赤いショートに緑の瞳の少女――橘天音が心配そうに訊ねる。

「な、なんでもない。気にするな、天音」

 大輔がそう言いながら天音の頭を優しく撫で、撫でられた天音は気持ち良さそうに目を細めた。





FenrisWolf's


ACT.4 賑やかなパーティー





「祐一さん何呑んでるんですか!?」

 巴が祐一と大輔が呑んでいる物に気づく。

「何って酒だぞ。お前も呑むか?」

 タンブラーを持ち上げ左右に揺らしながら悪びれもなくいつも通り軽い口調で返す。

「祐一さんはまだ、未成年じゃないですか!」

「あれ? そうだっけ?」

 ワザとらしく恍けるが、確かに祐一も大輔も互いにまだ17歳だ。

「ちょっと、大輔! アンタも何呑んでるのよ!!」

「祐一と同じく、酒だ」

 こちらでも、同じ会話が繰り広げられていた。

「ダメだよ。大輔ちゃんはまだ17歳なんだよ?」

「お兄様、お酒はハタチからですわ」

「男の酒は15からだ」

 大輔が女性陣全員に言う。

 まるで、そんなことも知らないのか? と呆れが含まれた口調で。

「ダメだぞ、そんな常識を知らないようじゃな」

「まったくだ」

「誰が決めたんです、誰が……」

 巴が頭痛に耐えるように頭を抱えながら二人に訊く。

「巴、あまり細かい事を気にするとハゲるぞ」

「気にさせているのは祐一さんです!! それに誰がハゲるんですか!!」

「まぁまぁ、落ちつけ。あとでお前にも分けてやるから……ほれ、大輔」

「ん? ああ、サンキュー」

 祐一がスコッチに手をかけ大輔のタンブラーに注ぐ。

 その刹那。

 銀の煌きが、祐一の顔を掠め、スコッチを真っ二つにした。

 両断されたスコッチは机の上で割れ、中身は祐一のズボンをずぶ濡れにする。

「おわっ! 何すんだよ、とも……え……さん?」

 思わずさん付けをする祐一。

 それもそのはず、抜刀されたままの天羽々斬は祐一の鼻先に突きつけられているのだから。

「祐一さん……あまりおふざけが過ぎますと……私、斬ってしまいたくなります」

「ごめんなさい。許して下さい。申し訳ありませんでした」

 0.1秒で土下座して謝った。

「大輔! アンタもよ!!」

 物凄いプレッシャーが恋から放たれる。

 さすがに、これには大輔も冷や汗ダラダラだ。

「そ、そうだ、大輔。お前、絵を描くのが上手いんだってな。一枚描いてくれないか?」

 何とか話しを誤魔化そうと大輔にそう振る。

「お、おお。いいぞ。描いてやろう」

 大輔もすかさずそれにのる。

 大輔の絵画の才能はまさしく天才と言っていいほどの腕前だ。

 何しろ、大輔の通う撫子学園ではその才能を認められ特待生として入学したぐらいだ。

 ただ、入学後も、数々の賞を受賞するが、二年に進級後、大輔は絵を描かなくなる。

 その理由は、好きで描いていたはずの絵が、学園の売名行為に利用されるだけの道具だと気づいたから……

 学園は大輔の絵を本当の意味で評価なんかしていない。

 ただいい宣伝になるから籠飼いにしているだけ。

 そのまま絵は描かなくなり、コンクールで大賞をとらなければ特待生資格を剥奪すると言われても彼は描かなかった。

 当然の如く特待生資格を剥奪されたが、大輔は肩の荷が下りたと喜んでいた。

 それからは、自分や自分の大切な人の為だけに彼は絵を描いている。

「んじゃ、祐一、巴さんこっちに来て」

 大輔はそう言って祐一と巴を連れて席を離れた。

 もっとも、描く場所は同じ部屋にあるソファーなのだが。

「そこに座って」

「おう。ほら、巴も来い」

「私もですか?」

「当たり前だ」 

 祐一は戸惑っている巴を無理やり座らせ、自分もその横に腰を降ろした。

「楽な姿勢でいてくれ」

 そう言って大輔がスケッチブックをめくりペンを握った。

「大輔さん……凄い集中力ですね」

「ああ。本当に絵を描くのが好きなんだな……とりあえず、静かにしようぜ」

「そうですね」





































 ――2時間後――

「……よし、出来た。どうぞ」

 大輔は祐一達に声をスケッチブックを渡す。

 見てみると、そこには本人に瓜二つな絵が描かれていた。

「ほぅ」

「大輔さん、とても上手ですね」

「いや、そうでもないよ」

 照れくさそうに頬をかく。

 しかし描かれた絵は、相当なレヴェルのものだった。

 見てるだけで引き込まれるものがあり、その絵は、祐一と巴の瞳にしっかりと刻み込まれた。

「わざわざありがとうございます」

「いや、恋と藍ちゃんを助けてもらったからね。まぁ、こんな物でいいのならいくらでも描くぞ」

「いえ、これ一枚だけでいいです。大輔さんも大変だと思いますから……」

「ああ、そうだな」

「できたの?」

 祐一達が会話しているのを見て終わったと思った恋達が一斉に絵を観せてと寄って来た。

「わぁ〜」

「流石は、お兄様ですわ」

「見事なもんね」

「やっぱ、恋達も描いてもらってるのか?」

「ええ。暇な時にだけどね」

「私はねぇ、ぴょん吉の絵を描いてもらったんだよぉ」

 天音が何かを思い出しながら祐一の問いに答える。

「ぴょん吉? カエルか?」

「違うよぉ〜うさぎさんだよぉ。ぴょん吉はね、ふあふあしててねっ、ころころしてて、いつもぴょんぴょんしてるのぉ〜」

 どこか幸せそうに遠い目をしている。

「この子、天然タイプか?」

「ああ。そうだ」

 祐一の呟きに躊躇う事無く頷く。

「恋と藍は何を描いてもらったんだ?」

「私は藍とのツーショットのやつと、私一人の人物画ね」

「わたくしも、恋ちゃんと同じですわ。あっ。でも、恋ちゃんにはお兄様から貰った一番のものがありますの」

「一番のもの?」

「はい、お兄様がお描きになった海の絵ですわ」

「ああ、あれか」

 藍と恋が入学して間もない頃、一緒に学園を見て回っている時に職員室前に展示してあった大輔の作品。

 恋はよほどその海の絵が気に入ったらしく、藍が話しかけてもきづかないほどにその絵に見入っていた。

 それからしばらくは通い詰めるように鑑賞し、外された時は凄く寂しそうな顔をしていた。

 本当に気に入っていたのだ。

 そしてその絵は恋の誕生日に大輔からプレゼントとして渡された。

「へぇ、つまりは、恋は大輔のファンというわけか」

 大輔と藍から海の絵について聞いた祐一の結論。

 だが、意地っ張りな恋はこれを否定した。

「そんなわけないでしょーが! 私が好きなのは、あの海の絵であって、大輔には興味もなにもありませんよ〜だ!!」

「はいはい。分ってますよ。さてと、そろそろお開きにするか?」

 大輔が時計を見ながらそう言ってくる。

 現時刻22時26分。

「そうだな。俺達も明日の朝には次の町に向かいたいし、そろそろ休むか?」

「そうですね」

「では、お部屋にご案内しますわ」

 六人は連れ立って歩き、玄関で大輔と天音と恋と別れる際

「なぁ、祐一達は明日何時に出ていくんだ?」

「そうだな。8時頃だな。明日も学園だろ?」

「ああ。んじゃ、明日見送りに来るわ」

「そこまでしなくてもいいぞ」

「いいの、いいの。遣りたいから遣るんだ。気にするな」

「まぁ、そこまで言うんなら……」

「んじゃ、明日な」

 という会話があった。





































「……祐一さん……起きてますか?」

「ああ、起きてるぞ」

 二つに並んだベッドに寝ながら会話する。

 時刻は23時を少し回ったところ。

「どうした? 早く寝ねェと明日の朝にはここを出るんだぞ」

「……祐一さんも気付いてたと思いますけど、葛ノ原邸の異様なほどの血の匂いのことです」

「ああ、アレか。俺は直接この眼で見たけど、巴はどうしたんだ?」

「流石に恋さん達にはあの惨劇は見せるワケにはいきませんでしたから、別ルートで脱出しましたよ。それで、どんな様子でしたか?」

 互いに向き合い、話しやすい体勢になる。

 祐一は軽く目を瞑り、瞼に自分が見た光景を映し出す。

「――一言で言うなら……地獄絵図だな。転がっていた躯はどれも50以上のパーツに解体されていた」

「やはり、それを行った者は――緋影零毀。通称『ドクタージャッカル』って呼ばれてる、あの男ですね」

「ああ。殺人が趣味の最低最悪の野郎だ。あの野郎があそこに居たのは誰かに雇われて、葛ノ原狂也を殺しに来たんだろうけど……絶対に関りたくない奴ナンバー1だな」

「そうですね。ですが……裏家業を続けている限り、いつか戦う時が来る……そんな気がします」

「そん時は戦うまでだ……剣の舞姫ソード・ダンサーのお前が居れば恐いモノはねェよ」

「何故、わざわざ暗黒城戦国時代の呼び名を引っ張り出すんですか」

「なんとなくだ」

「そう言う祐一さんだって、あの時代ではFenrisWolf'sのリーダー・漆黒の閃光ブラック・ライトニングとして畏れられてたじゃありませんか」

 ヘルシティ暗黒城の最大勢力の一つだった『FenrisWolf's』。

 巴はその中の『三騎士ドライ・リッター』と呼ばれる三人の一人だった。

 戦場に出れば、舞を踊るかの如く敵を殲滅するコトから剣の舞姫ソード・ダンサーと呼ばれた。

 そして、祐一の暗黒城内での通り名、漆黒の閃光ブラック・ライトニング

 今も昔も変わらないその漆黒を身に纏い、目にも止まらない疾さで戦場を駆けた。

 闘った者達は言う「黒い影だけが見えた」と。

 そう、彼らに目視出来たのは漆黒のソレだけだった。

 そこからだ、漆黒の閃光ブラック・ライトニングという名が祐一につけられたのは。

「リーダーの座には着きたくはなかったんだけどな……」

「まぁ、魔樹也さんは気まぐれですからね」

「譲った理由が飽きた、だかんな。フザケてるぜ、全く」

「さ、もう寝ましょう。明日は早いですから」

「そうだな。お休み」

「はい、お休みなさい」





































「……にしても、ホントに来るとはな」

「言っただろ。見送りに行くって」

「ああ」

 見送りには、大輔、天音、恋、藍がいる。

 茂雄を仕事があるらしく今朝早くから出かけている。

「祐一さん、これを」

 藍が祐一に何かが包まれた風呂敷きと水筒を手渡す。

「これは?」

「私と藍とで作ったお弁当とお茶よ」

「おおっ。サンキュー」

「ありがとうございます」

 祐一は弁当を巴に渡し、巴も受け取りながら礼を言う。

「さて、そろそろ行くか」

 もう少し話していてもいいが、大輔達はこの後学園があるのでそう長く留めるわけにもいかない。

「祐一さん、巴さん。今度、またこの町に来た時は家に寄って下さい」

「ああ。機会があれば寄らせてもらうよ。っと、そうそう。おい、大輔」

 思い出したように大輔に声をかける。

「何だ?」

「今度会う時までに答えを出して恋人を作れよ」

 祐一の言葉に三人の耳がピクッと反応した。

「じゃないと、愛想尽かされんぞ」

「大きなお世話だ!!」

「はは、じゃあな!」

 祐一がエンジンを吹かし車を走らせた。

「あっ! 祐一!!」

 逃げるように車が去って行くのを見て、四人は慌てて別れの挨拶を大声で投げかけた。

「お元気で!」

「また来なさいよ!」

「祐一、巴さん! 元気でな!!」

「さよならだよぉ!」

 四人がそれぞれ別れの言葉を送る。

 祐一と巴は、窓から手を出しそれに答えた。

 車が見えなくなるまで大輔達は手を振り、見送り続けた。





































 セピアタウンから走り去る祐一の車を見つめる影があった。

 その男――赤みがかった茶髪に幼い顔つきの割には鋭い茶眼の少年は、懐から携帯を取り出し何処かにかける。

「……はい、目撃情報は本物でした。すでに確認済みです」

 少年は車が走り去った方角から目を逸らさずに話し続ける。

「わかっています。使命は必ず果たします。全ては……我ら『ヴァルハラ』の輝ける未来の為に」

 少年は電話を切り、携帯をしまうと今度は写真を取り出す。

「……探しましたよ。漆黒の戦狼ヴェーア・ヴォルフ





































 祐一は次の町に向けて車を走らせる。

 この街道はほぼ一本道で、視界も広くかなり遠くまで見渡せ、家などはなく木々が立ち並び草や花が生い茂っている。

 次に向かう街は決まっては居ない。

 気の向くままに旅する彼らに目的地はないのだ。

 行きたい方向へ行く、只それだけだ。

「なぁ、巴。500万も入ったし、今度こそは次の町で豪勢にメシでも食べようぜ?」

 車を運転しながら祐一は巴に訊く。

 だが巴はその願いを……

「絶対にダメです」

 わずか一秒で却下した。

「んでだよ? 500万も入ったんだぜ。気に――」

「しないんですか? 借金が1000万以上もあるんですよ? 早く返済しようとは思わないんですか?」

「はい、すっげー気にします。気にしてますから首筋に圧し当てた苦無を退けてください。お願いします」

 祐一の首には確かに苦無が圧し当てられている。

 少しでも力を入れて引けば、動脈が切り裂かれ、綺麗な血の噴水が出るだろう。

 よくみれば当てられている鋒が皮膚を少し突き破り、血が流れ出ている。

 つまり、祐一が気にしないと言えば、巴は迷うことなく首を切り裂いていたということだ。

 巴、実に恐ろしいヤツである。

「とにかく、この収入の490万は借金の返済に回しますから、よろしいですね?」

「はい……まぁ、豪勢な料理は諦めるとして、腹減ったな」

「そうですね。もうお昼ですし、そろそろ藍さんから貰ったお弁当でもいただきましょうか?」

「そうだな。でも、どこで食うかな?」

 昼飯を食べる場所を探している巴の目に一つの場所が飛び込んできた。

「祐一さん、あそこに湖がありますよ?」

 半径で30メートル前後の大きさで、そのほとりではキャンピングカーやテントが張られていてキャンプをしている組が何組かある。

「ふむ、確かにいい場所だな。よし、あそこで食うか」

 祐一はハンドルをきり、行き先を湖にかえた。





































「祐一さん、見て下さい。とても綺麗な湖ですよ」

 車から降りた巴が弁当と水筒をその場に置き湖を覗き込んだ。

 魚影もこく、底が見えるぐらい汚れのない綺麗な水だ。

「巴、さっさと昼飯にしようぜ」

 祐一がシートを草の上に敷きながら巴に声をかける。

「はい」

 弁当を持ち祐一の傍に寄り、包みを開ける。

 弁当は大きめの弁当箱が2つで、片方にはお握りが入っていて、もう片方は卵焼きや唐揚げ、サラダといったおかずが入っている。

「うほぉ、美味そうだな」

「祐一さん、お箸をどうぞ」

「あんがと。んじゃ、いただきまーす」

「いただきます」

 祐一は卵焼きを、巴はサラダを食べた。

「うっめぇー! 巴が作ったのは焦げてたり、すんげー甘かったりする卵焼きばっかりだったけど、こんな美味い卵焼きは久しぶりだ!」

 祐一はお弁当の美味さに地雷原に足を踏み込んだ。

 丁寧な口調に穏やかな物腰、抜群のスタイルに整った綺麗な容姿の巴だが、致命的な欠点がある。

 それは料理が死ぬほどマズいということだ。

 過去、暗黒城戦国時代の際、数多の被害者が続出し、そのほとんどが1週間は寝込んでしまうほどだった。

 最近はそれなりにマシにはなってはいるが、とても一般人が食べられる代物ではないのもまた事実。

「……フフッ。面白い事を言いますね、祐一さん」

 不気味な嗤いを上げながら、俯く巴に祐一は気づく様子もなく、弁当に箸を伸ばし続けている。

 巴は箸を置くと、隣に寝かせていた天羽々斬の柄を握る。

 そして、裂帛の気合とともに横薙ぎ一閃。

 桜色の剣圧が祐一の頬を掠め、背後にあった巨大な岩が粉々に斬り砕かれた。

「………………と、巴、さん?」

「申し訳ありませんでしたねぇ〜料理が大変下手糞で……」

 巴の額には巨大な怒りマークがピクリと浮かんでいる。

(ヤバイ。死ぬ。殺される)

 祐一は今になって自分が巴の地雷を踏んだ事に気づいた。

「……祐一さん」

「はい!」

「あまり人の気にして居る事を言いますと、祐一さんの躰がああなってしまいますよ?」

 巴が祐一の背後の指差す。

 そこにあるのは先ほど粉々にされた岩。

 ゴクッ、と唾を飲み込むと再び巴に目を向ける。

 巴の目は真剣と書いてマジだ。

 ついでに、言葉も本気と書いてマジ。

 祐一としては『マジッ!?』という感じか。

「分りましたね?」

「………はい、よく分りました」

「それでは、藍さん達のお弁当をいただきましょう」

 祐一はビクビクしながら、箸を伸ばし、食事を続けるのであった。





































「ふぅ、食った食った。ごちそうさん」

「お粗末様です」

 祐一は軽く伸びをし寝転がった。

「それにしても、いい天気だな」

「そうですね」

 祐一が寝転んだ状態で青空を見ながら言うと、巴もそれに倣うように空を見上げる。

「そういえばよ」

「どうしました?」

「何も買わなかったけど、買い足す物はなかったのか?」

「あっ」

 巴が思い出したように手をポンッと叩く。

「そういえば、いくつか買い足さなければならない物がありましたね」

「やっぱり……そんな暇なかったからな」

 正確には暇がなかったのではなく、忘れていただけだ。

「何を買い足すか分るか?」

「もう調べてますよ。非常食と祐一さんの弾薬。あとスペアタイヤにノートパソコンのバッテリー」

「あれバッテリーのストックもうないのか?」

「はい。あと一つしか残っていません」

「ノーパソが使えなくなるとネット上の情報が手に入らないからな。んじゃ、ここから一番近い町で買い出しをして、そこで次の仕事を探すか?」

「はい」

 話しに区切りがついた丁度その時、助手席の棚に置かれているノートパソコンからメールを受信したメロディーが流れてきた。

「ん? メールか?」

 巴は立ち上がり車の中からノートパソコンを取り屋根に置き、手馴れた手つきでメールを開き内容を確認する。

「誰からだ?」

「綾香さんからです」

 メールの相手の綾香とは来栖川のご令嬢で、護り屋を営んでいる闘い大好きの少女である。

 祐一達とは仕事で何度か闘ったことがあるが、どちらかというと仲間と呼べる相手だ。

「綾香から……内容は?」

 ディスプレイを覗き込む。

『久しぶり。祐一、巴元気にしてる? 依頼があるから来て。って言うか来なさい』

 祐一と巴は呆れた目でメールに目を通した。

「何故に命令系なんですか?」

「綾香だからだろ」

「それもそうですね」

 簡潔に答を出し、メールの続きを見る。

『内容はこっちに着てから話してあげるわ。依頼料は200万。それじゃ、受ける返事をお願いね。じゃね』

 メールを全て読み終えると、二人は再び呆れた。

「俺達が仕事を請け負うのすでに確定なのか?」

「綾香さんですから」

「そうだな……依頼料は200万か」

「どうします?」

 祐一が腕を組み考え込む。

「うーん、引き受けてもいいんだけど、依頼内容が分らないのが……」

 腕組をして考え込んでいると、メールが再び届いた。

 今度の送り主も綾香だ。

 小首を傾げながら、巴がメールを開くと二人を強制的に来させる内容が書かれていた。

『ちなみに来なかった場合だけど、姉さんが「呪います」だそうよ』

「……退路は絶たれた!」

「せ、芹香さんが関わってる仕事なんですか!?」

 二人はそのメールに恐怖を憶えた。

 まるでメールに呪詛が込められているようなそんな厭な気配をビンビンに感じた。

 綾香の姉来栖川芹香はリーフでも有名なオカルトマニアだ。

 曰く、大雨を降らせた。

 曰く、落雷で公園を火の海に包んだ。

 曰く、降霊術で本当に霊を降ろした。

 曰く、クリスマスでサンタを召喚しようとしてサタンを召喚した。

 曰く、呪術で人を呪殺――綾香がギリギリで止めに入ったので未遂――しようとした。

 etc……

 このような話が――半分近く真偽不明――リーフでは飛び交っている。

 いくら百戦錬磨、一騎当千の祐一と巴といえど、芹香は脅威の対象なのであった。

「……巴、逝くしかないぞ」

「そのようですね。というか祐一さん、「いく」発音がおかしくありませんでした?」

「気にするな」

 祐一は雲一つない青空を見上げる。

 巴も祐一に倣い空を見上げる。

 青空と違い二人の胸の内はどんよりと曇っていた。

「とりあえず、逝くか?」

「そうですね」

「今から行くと……明日の昼には着くな」

 綾香に受けると返信し、弁当箱と水筒を後部座席に置き、車を目的地の町に向けて走らせた。