――葛ノ原邸――
「でっけー家だな」
祐一は車を草陰に隠し隠れながら葛ノ原邸を眺めている。
「なーんで、金持ちってのはこう権威を示したがるんだ」
「それで、祐一さん。どうやって攻めます?」
巴は葛ノ原邸の門の所にいる四人の黒い服を着た門番に目をやる。
「どうやってって。決まってんだろ。真正面から攻めて助け出す」
「それが私達らしいですね」
祐一は小太刀二刀を腰に帯び、右足のホルスターから相棒・ラグナロクを抜き取り弾を装填する。
装填が終わるとまたホルスターに収めた。
巴も天羽々斬を腰に帯び、抜刀する。
「んじゃ、行くか」
「はい」
右手に手榴弾を持ち、門に向かって一気に駆ける。
その後を巴が続く。
男達は正面切って駆けて来る二人に気付き、懐から取り出し銃を向ける。
「おい、その辺で止まれよ。じゃねェと殺すぜ」
そう言われて止まる二人ではない。
祐一は返事の代わりに右手に持った手榴弾を男達の後ろ、門に向かってぶん投げた。
男達の頭上を飛び越え門に当たった瞬間、轟音が轟き、爆煙が立ち込める。
爆風に飛ばされた男達は驚きながらも、祐一達の方に振り向くが、すでに祐一は男達のすぐ側に来ていた。
祐一は腰に差した王の名を冠する小太刀二刀――覇王と聖皇を抜刀する。
右手の覇王は夜空を切り裂くような白銀の刃。
左手の聖皇は吸い込まれそうになるほどの美しさを持つ薄い蒼の刃。
抜刀した小太刀ニ刀で男達が知覚できないほどの速度で攻撃を仕掛ける。
【我流・円舞】
肉体速度最大まで高め高速体技によって突撃し複数の敵を切り刻む。
一瞬にして四人を倒し、そのままの勢いで爆煙のカーテンを突き破り庭に出る。
ぐるりと辺りを見渡し人数を確認する。
庭に五人、裏から駆けて来るのが四人、屋敷から出てくるのが五人、合計で十四人。
「んだ、テメェら! ここがどこだか分かってんのか!」
全員が銃またはナイフを持ち、祐一と巴を睨みつける。
「どこって、何の力もない女の子二人を拉致したクソ野郎の根城だろ。さぁ、道を開けな。俺達はキサマらに用はない。用があんのは葛ノ原狂也だ」
「フザケんなよ! ガキが!」
「道を開ける気はなしか。巴、潰すぞ」
「はい」
祐一と巴は左右に分かれ男達を潰しにかかった。
――葛ノ原邸のとある一室――
その部屋には二人の少女とその前に座った葉巻を咥えた一人の男。
それを囲む様に黒服を着た四人の男達がいる。
二人の少女は藍と恋だ。
男達の中で二人の目の前に座っている男が葛ノ原グループの社長葛ノ原狂也。
部屋の中はかなり立派な造りで、深紅の絨毯、壁にかけられた高価な絵画。
藍達が座っているソファーも座り心地が良さそうだ。
どれをとってもかなりの高級品だろう。
ただし、これらの品は真っ当なやり方で稼いだ金で手に入れたものではない。
大金を作る最高の方法……
それは悪行を重ねる事。
人を騙し、ゆすり、裏切る。
利用できるものは全て利用する。
邪魔なものは全て排除する。
そして、時には人を殺すことだって必要。
そうやって狂也は富と権力を手中に収めた。
「あんた達どうゆうつもりよ! 私達をこんなところに連れてきて!!」
恋はソファーに座らされ目の前にいる狂也を睨みつけながら怒鳴りつける。
「なぁに、ただ君のお父さんが邪魔でね」
狂也は恋の隣にいる藍に目をやる。
「この町を我が物にするには君のお父さんに消えてもらいたいんだよ」
「わたくし達をそのために利用すると」
「その通りだ。最愛の娘が危険な目にあうと分かればあの男も動かざる追えない」
「……………………」
藍は手を強く握り締め悔しそうに下唇を噛んだ。
「そして、のこのこ乗込んで来た所を……」
狂也が最後まで言う前にどこかから爆発音が聞こえ、窓ガラスがビリビリ震えた。
「おい、何の騒ぎだ?」
狂也が男達に訊く。
男の一人が携帯をかけ確認をとると、通話を切り狂也に報告をする。
「どうやら、侵入者のようです」
「侵入者だと。まさか、鷺ノ宮茂雄じゃないだろうな?」
「はい。侵入者は二人の餓鬼だそうです」
「フン、奴が雇った用心棒かなんかだろうが、絶対に逃がすな。殺させろ」
「はい」
男は再び携帯をかける。
「どうやら、君らを助けに来たらしいが愚かとしか言いようが無いな。ここに来たために死ぬのだからな」
「できれば、大人しく道を明けてくれれば嬉しいのですが……」
「ハッ! 誰がンなことすっかよ! それに大人しくすんのはテメェだぜ女。大人しくすりゃ痛い目に合わねェぞ」
「そうそう、むしろ気持ちいいかも知れねェな」
「ギャハハハハハハ!!」
巴を取り囲む七人の男達の手には銃やナイフが握られている。
巴はそれらを軽く一瞥して、溜め息をつく。
その瞬間、巴の足元の地面が弾ぜた。
それと同時に巴の姿は眼前にいた二人の男達の後ろ2メートルほどの位置に足を付いていたのだ。
ぐらり、と二人の男の躰がふらつくと地面に倒れこんだ。
「やれやれ、殺さないで済ますのって、思いのほか力加減が難しいんですよねぇ……もう一度お聞きしますが、大人しく道を開けてくれませんか。そうすれば痛い目に遭わずに済みますよ?」
「ナ、ナメるんじゃねェ!」
男の一人がポケットからバタフライナイフ取り出し、巴に斬りかかる。
それを屈んで躱すと、体を跳ね伸ばしながら柄頭で顎をかち上げ、男の体は宙に浮き地面に背中から叩きつけられた。
それが、合図と言わんばかりに男達もそれぞれ武装し攻撃に出た。
ある者はナイフで斬りかかり、ある者は銃を撃つ。
巴はその攻撃悉く躱し捌いていく。
ナイフはともかく、秒速200メートルの速度で飛ぶ弾丸を避けるのは容易ではない。
弾丸を見てから避けるというのは人間の反応速度を考えると不可能だが、十分距離があれば――着弾まである程度の時間があれば――発砲炎を見てすぐさま伏せることによって回避するのは可能かもしれない。
だが、今の距離は10メートル以内と、とても不可能な距離だが、巴は弾丸の軌跡を認識して避けたのではなく、撃つ瞬間に発せられる殺意を感じ取って避けたのだ。
殺意を感じ取れたとしても、弾丸を避けるには問題がある。
殺意を感じ取ったその方向にぴったり弾丸が来るとは限らない。
だが巴は避けた。
それは生まれた頃から殺し合いの世界で生きてきた巴の躰に染み込んだ経験による賜物。
空気の流れ、大地の震動、そして敵の動きを肌で感じ取る。
ただ、それだけのこと。
もっとも、それは祐一も同じ事なのだが。
男達を昏倒させながら、飛んで来る弾丸を天羽々斬で切り払う。
その非常識な状況に男達の頭は混乱していた。
弾丸を刀で避ける人間など見た事がない。
「いくら撃っても私には当たりませんよ」
天羽々斬で弾丸を避けながら、銃を乱射してくる二人にゆっくり歩み寄る。
距離が5メートルから3メートルと縮まっていく。
それでも男達は銃を撃ち続け、最後には空撃ちを繰り返すだけになる。
マガジンを取り出そうと、刹那だけ巴から視線を逸らした。
そして次の瞬間には意識を刈り取られ、地面に倒れ込んだ。
「目の前の敵から視線を逸らすなんて愚か者のすることですよ……ああ、そう言えば、ここにいるのはそんな連中の集まりでしたね」
「クッ、このバケモノがァァァァ!!」
気が狂ったように三人の男がサブマシンガンを連射する。
だが恐怖にかられている今の彼らの銃の照準は巴に向いていない。
ただがむしゃらに、闇雲に銃を連射しているだけだ。
「やれやれ、情けない方々ですね。この程度で恐怖するとは……」
巴は男達向けて、天羽々斬を水平に構える。
そして裂帛の気合と共に高速の速さで横薙ぎに一閃。
「桜閃花!」
桜色の剣圧が三人に向かって一直線に物凄い勢い駆け抜け、男達の躰を横一文字に斬りつけた。
血が迸り、崩れ落ちる。
巴が使ったのは八つの流派の一派に属する古流剣術・飛天流――正式名称【永全不動八門一派・飛天無明流・太刀一刀術】の技の一つだ。
「準備運動にもなりませんでしたね」
周囲に無様に倒れている男達を一瞥し、天羽々斬を鞘に納める。
巴は祐一が戦っている方を見遣る。
この程度の連中に祐一が負けるなど杞憂だが、それでも気にはなってしまう。
祐一は10メートル程離れた位置から黒雅を抜刀して数人の男を纏めて吹っ飛ばしていた。
祐一は駆ける足を一切止めずに疾さで男達を翻弄し、ラグナロクを片手で持ち男達に引き金を引く間さえ与えず、銃を持つ手を狙い撃ち、的確に戦意を削っていく。
普通、銃は両手で撃つものだ。
例え格好は良かろうが、腕に掛かる負担は半端じゃないし、反動のせいで狙いも定まらない。
それなのに祐一は難なく且つ的確に発砲している。
祐一は見た目に反してかなりの筋力を持っているのだ。
「ほらほら、しっかりしろよ。そんな腕じゃ蟻一匹殺せねェぞ」
男達は苦痛に表情を歪めながらも逆の手で銃を持ち、祐一を撃つ。
男達が最初に持っていた方の手は恐らく利き腕だっただろう。
だが、今はそうじゃない方の手で銃を握っている。
それは命中率と発砲速度のダウンを意味していた。
さっきまで一発も当たらなかった銃弾が利き腕じゃない方で撃っても当たるワケがなく、発砲された銃弾は全て躱され再び手を撃ち抜かれ銃を落とす。
殆ど使いモノにならなくなった両腕を押さえながら片膝を着く男達を、祐一はラグナロクの銃身で肩を叩きながら見下ろした。
「なぁ、もう終いか? こんなんじゃ準備運動にもならんぞ」
明らかに挑発ととれる言葉を男達に浴びせる。
その言葉で両目には殺意と言う名の焔が点いた。
使いモノにならない手で無理やりナイフを握り、その上から固定するように布でグルグル巻きにする。
四方八方から祐一を取り囲み、一斉に斬りかかる。
舞を踊るように最小限の動きでその斬撃全てを躱す。
(これ以上戦っても意味ないな……さっさと終わらせるか)
祐一は男達から20メートル程の距離をとり、ラグナロクを収めた。
「ふっ……」
祐一は眼を閉じ短く息を吐き出すと、右手を素早く繰り出し、覇王の柄まであと少しの距離に固定した。
左手は鞘に添え、柄の位置を調節している。
あと一挙手で右掌に柄が収まる。
パチンと硬質な音がして柄が持ち上がり、鯉口から銀刃が覗いた。
眼を見開き、こちらに走って来ている男達に向かって カシュッと鞘走りの音を立て覇王を抜刀する。
【我流・弧閃】
男達との距離は10メートル、切っ先は絶対に届かない。
だが、この技の本命は斬撃ではなく、居合いからの剣圧で生じた波動をぶつけ、距離に関係なく相手を薙ぎ倒す。
その波動をぶつけられた男達は吹き飛び、体を地面に激しく打ち付けた。
覇王を納めこちらに歩み寄ってくる巴の方に目をやる。
「祐一さん、準備運動になりましたか?」
「全然ならん。ま、さっさと二人を助けに屋敷に殴りこもうぜ」
「はい」
二人の怒涛の侵入が始まった。
祐一と巴、互いが援護しつつ攻撃する。
一分の隙もないコンビネーションで二人は邸内の奥へと進んで行く。
廊下を走り、敵弾を避け、攻撃する。
男達の銃火を悉く躱し、屋敷の奥へ奥へと突き進んで行く。
「ったく、後から後からキリがねェな」
屋敷の中の至る所に意識を失った男達が蹲っている。
巴が延髄に峰を叩き込んで気絶させながら念のために祐一に確認しておいた。
「祐一さん、ちゃんと外して撃ってますか?」
「当たり前だろーが。俺達は殺しをしに来たわけじゃねェからな……さて、さっさと行くか」
二人は先に進もうと駆け出すが、すぐに立ち止まり背後を振り返る。
「……………………」
「……祐一さん、今微かに感じた殺気」
「……ああ。完全に俺らに向けられてたな。しかも、あの殺気……まさかあの男か?」
「どうします? もしあの男ならば、厄介な事ですよ」
「……こっちから向かう必要はないだろ。攻撃してきたら相手をすればいい……俺らの仕事は恋と藍を助け出すことだ。あいつと殺り合うことじゃねェ」
「ですね。行きましょう」
背後を気にしながら祐一達は駆け出す。
考え事をしながらでも走りながら男達を倒していくが、廊下の先からサブマシンガンを構えた新手が現れた。
二人は咄嗟に廊下の両端に分かれて、銃弾を躱した。
祐一は柱の陰から飛び出した途端、サブマシンガンが一斉射撃にさらされた。
床に手をつき、側転を打つ形で弾丸を躱した。
祐一が囮になっている間に巴は苦無を四本取り出し、サブマシンガンの銃口に向けて投擲。
銃口を防がれた事により、発射場所を失った弾丸はサブマシンガンを暴発させた。
祐一は着地の勢いをそのまま生かし、床を滑りながらラグナロクを男達の肩に向けて連射した。
別の柱の陰に飛び込んだ祐一は、ジャケットの内ポケットから弾倉に一気に弾丸を全弾装填するクィックローダーの取っ手を摘んで取り出す。
祐一のラグナロクは中折れ式なので、排莢・装填をリアサイト部のロックを解除して、銃身と薬室を一緒に下方に中折れして開いて行なう。
クィックローダーをラグナロクの弾倉に弾丸をすぽっと填め込んで取っ手を捻ると、弾丸の尾部をホールドしいてたのが解除され、装填が完了する。
祐一はこのクィックローダーを十個――つまり60発の予備弾が迅速に装填できる状態で持ち運んでいる。
(ったく、大人数で往く手を阻みやがって……これじゃ、キリがねェな。戦意を喪失させて、道を開けさせるか)
祐一は軽く息を整え、ゆっくりと立ち上がると、柱の陰から廊下に足を踏み出した。
男達の攻勢は一旦止んでいた。
そこへ、ふらりと姿を現した祐一に、男達は虚をつかれていた。
「な、何だ? 投降する気か?」
男の一人が呟いた。
「俺達は……葛ノ原狂也に用があるんだ」
祐一は冷たく、殺気に満ちた声で言った。
今や祐一の全身からは、桁外れの殺気が溢れ出していた。
祐一の黒だった瞳が“金色の瞳”に変わった眼と男達の眼が合っただけで男達は戦慄した。
違う。
それは戦慄ではない、恐怖だ――
まるで首筋に刃を当てられたような。
まるで心臓を素手で鷲掴みされたような。
まるで命そのものを握られたような。
それは男達が受けてきたモノとは比べ物にならない、圧倒的な殺意そのものとしての視線だ。
体が震え、手に持っている銃が落ちる。
体中からイヤな汗が流れが、拭く事さえ出来ない。
動けば間違いなく殺される事を本能で感じ取っている。
「そこ……通してもらおうか」
祐一の眼光が膨らみ、男達は完全に恐怖で硬直した。
その間を縫い、二人は屋敷の奥へとゆっくり歩を進めた。
「全滅……だと。50人近くいた警備が……こんな短時間でか!!」
狂也は入ってきた連絡を聞いて表情が驚愕の色に変わる。
「一体何者なのだ……」
「全滅って言ったわね?」
「はい」
「それって、さっき、あの男が言っていた二人の侵入者が倒したって事よね?」
「そうだと思いますわ」
「くっ! お前等、奴らがここに来るのをなんとしてでも……」
咥えていた葉巻を歯で食い千切り、男達に命令をするが、その言葉はドアが蹴破られる音に阻まれ最後まで続かなかった。
「よっ。また会ったな」
「ゆ、祐一さん?」
「どうしてアンタがここに?」
藍と恋は祐一の顔を見て驚きの表情を見せる。
誰かが救い出しに来てくれたとは思っていたが、まさか数時間前に会った祐一だとは思いもしなかったのだろう。
「君のお父さんから依頼されたんだ。『大事な一人娘とその友達が誘拐された。二人を助け出して無事に家まで送り届けて欲しい』てね」
祐一はソファーに歩み寄り二人を立たせる。
側に居た男の一人が銃を手に祐一の後頭部に突き付けるが、祐一は振り返りもせず裏拳を叩き込み鼻っ柱をヘシ折り、続いて巴が鳩尾に肘鉄を喰らわせた。
二撃を喰らわされた男は膝をついて崩折れた。
「き、貴様ら一体何者だ!?」
「只の何でも屋だ」
そう言って恋達の背を押し、巴に外に連れて行くよう頼む。
自分はここに残り、二度とこんなフザケた真似ができないように灸を据えるつもりだ。
「ま、待て! 逃すな!!」
狂也の声に部屋に居た三人の男が銃を抜き祐一達に照準を合わせる。
「そいつらは大事な人質だ。勝手に連れていかれては困る」
「人質?」
「そうだ。まぁ、鷺ノ宮茂雄を殺した後そいつらも殺す……いや、たっぷりその若若しい身体を堪能させてもらうのでな」
「ゲスが……巴、さっさと二人を連れて行け」
「はい」
巴が壊されたドアから部屋の外に出て行く。
ふと、立ち止まると中に入る連中を見渡し、最後に狂也を見る。
「いい事を教えて差し上げますよ……貴方方はこれから地獄を見る事になりますよ。このような下らない事を企んだ事をとくと後悔して下さい」
「逃すな! 奴等を捕まえろ!!」
「おっと、ここから先は行かさねェぞ」
巴達の後を追おうとしていた男達を行かせない様に扉の前に立ち塞がる。
「邪魔をしない方が身の為だぞ小僧」
狂也が祐一を睨む。
その視線を真正面から受け止めながら、ホルスターからラグナロクを引き抜くと同時に祐一の黒色の瞳が金眼に変わる。
「キサマこそ、このままあいつらを素直に行かせた方がいいぜ。そして、二度とあの二人にも、町の住人にも手を出すな。じゃねェと――後悔する事になるぞ」
「――ッ! その銃は!?」
狂也は祐一の装飾銃を見て目を大きく見開く。
「DEATHの刻印を持つ漆黒の装飾銃……キサマらも裏世界で生きてんなら、聞いた事ぐれェあんだろう?」
「もちろんだ」
漆黒の装飾銃・ラグナロク。
かつて、数多の要人を暗殺し裏世界に君臨した伝説の殺し屋『漆黒の戦狼』が愛用していた銃。
『漆黒の戦狼』とは、裏の世界で冷酷非情で残酷、そしてあまりの強さから恐れられていた祐一のコードネーム。
十年前家族を殺され行方不明になるが“ある秘密結社”で『抹殺者』をしていた不破士郎という男に拾われ息子同然に育ててもらった。
そして、腕を見込まれ『抹殺者』の道を歩んで行く。
それから数年間の祐一はただ与えられた任務を忠実にこなし、人を殺すためだけに生きる。
二年半ほど前、自由気ままに野良猫のように生きる一人の少女との出会いを切っ掛けに自分の生き方に、考え方に疑問を抱き始める。
そして、少しずつ人間らしさを取り戻していった。
『漆黒の戦狼』の名は裏の世界では未だに恐れられている。
「フッ……面白い! お前が、あの最強最悪の『漆黒の戦狼』だと言うのなら、俺達がここで仕留めてやる!!」
(下らん。脅しのつもりで、その銃を見せたのだろうが、私達は知っているんだよ。本物の『漆黒の戦狼』は数年前に所属していた組織を裏切り処刑された。すでにこの世にはいない。だが――)
「漆黒の装飾銃を持つ者を葬れば、裏世界に我が葛ノ葉の名は一気に知れ渡る! 殺せ!!」
狂也がそう叫ぶと男達がトリガーを引くより速く祐一は漆黒の風となって駆けた。
男の一人の数メートル前まで一気に詰めると、飛び上がり膝蹴りで顎を跳ね上げ、男の体を宙に浮かす。
残りの二人が宙に浮いている祐一に照準を合わせ、トリガーを引き絞る。
祐一はそれも予想していたので大して慌てず、宙に浮いて落ちつつある男の体を踏み台にしてさらに跳躍.
空中で胸を支点に体を180度廻して天井に着地すると、男の一人に向かって翔けた。
全体重が乗った拳が顔面に突き刺さり、そのまま押し込んで後頭部を床に叩きつける。
殺気の篭った眼を向けられた最後の一人が短く息を呑むと我武者羅に銃を撃ちまくる。
祐一は銃弾を全弾を躱すと、後足の強い踏み切りによる反発力及び纏絲勁を発生させ、腰――骨盤を要として上体の各部で威力を加速させ、僅か三センチの間合いから寸勁を男の腹に打ち込んで相手を吹っ飛ばし部屋の壁に激突させた。
寸勁は、全身の関節を同時駆動させることによって生じた運動エネルギーを相手にぶつける技で、腕の力だけで放つパンチとは、根本的に異なるものだ。
拳法では相手との距離によって、拳、肩、肘、時には腰をぶつけ、見た目にはそれぞれ、突き、肘打ち、体当たりと別な技に見える。
しかし、力学的にはすべて胴体の運動量を相手に伝える体当たりで、寸勁はその延長線上にある技で、一撃必殺を目的としたモノではなく、相手を吹っ飛ばして、地面や壁に叩きつけてダメージを与えることを狙いとしたものなのだ。
故に、防御しても身体が吹っ飛ぶので防御不能技といわれている。
(ば、馬鹿な……選りすぐりの先鋭どもが10秒も掛からず倒される、だと。ま、まさか、この男――本物なのか!?)
あまりの出来事に呆然と立ち尽くす狂也。
その光景は祐一が死んだと噂されていた『漆黒の戦狼』だと納得させるのには十分な状況だった。
「さて……残るはキサマ一人」
祐一は自分の背後にいる狂也に言葉をかける。
辺りの気配を探りながら巴は恋達を庇うような形で廊下を駆ける。
その足が、階段を降りる手前で止まった。
「あの、どうかしたんですか?」
気になった藍が問うが、巴はそれに答えず顔を顰めて階段を降りた先に広がっているであろう光景を想像した。
(なんですか、この異様な程の血の匂いは……私も祐一さんも誰も殺していないからこれほどの血の匂いがする筈がありません。なら、これをやったのはあの男……)
巴はそこまで考えたが、確実にここに居るのは危険と判断して、別の階段の方に走り裏口から逃走するルートを探しにでる。
(こういった屋敷になら、必ずどこかに裏口がある筈。そこからなら……)
「なにかあったの?」
今度は恋が先を走る巴に問う。
巴はチラッと二人の方に目を向けながら、気にしないで下さいとだけ言った。