――セピアタウン――

 二人の少女がいる。

 一人は腰まであるロングの金髪に黄緑色のリボンをつけた薄い紫の瞳の少女。

 もう一人は黒髪を黄色のリボンで纏め上げポニーテールにしている紫の瞳の少女。

 どちらも学園の帰りらしく制服を着用している。

 その二人の少女は商店街の一角で三人の男に取り囲まれていた。

 二人ともかなりの美少女だ。

 だから、町中でナンパされる事はよくある事なのだが、この男達は明らかにそういった雰囲気を醸し出してない。

「な、何よアンタ達」

 少女達のいる辺りには喫茶店、本屋、スーパーなど商店街らしい店がかなり並んでおり、店にいる客にも店員にもその様子は見る事ができる。

 店の外にも今は夕方近くなので、買い物をしている者、学校帰りの者など人通りもわりとあるが誰も少女達を助けようとはしない。

 厄介事に関わりたくないと見て見ぬふりを決め込んでいる。

「テメェには用はねェよ。用があるのはそっちのお嬢ちゃんだ」

 男の一人はそう言うと金髪の少女――桜塚恋の後ろにいる黒髪の少女――鷺ノ宮藍に目をやる。

「アンタ達が誰だか知らないけど……藍には手を出させないわよ」

「恋ちゃん……」

 藍は危険な状況なのに自分を庇ってくれる親友の恋に言い表せない感謝を抱く。

 そして、それと同時に親友を危険な目に合わせている自分に対し罪悪感がわく。

「へへ、なかなか肝っ玉が据わってるじゃねェか」

 サングラスをかけたリーダー格の男が銃を恋の額に引っ付ける。

「まったくだ。だが一人攫うのも二人攫うのも同じだな。二人とも一緒に来てもらうぜ」

 恋は男達に気づかれない様に藍の手を握る。

「恋ちゃん?」

「残念だけどお断りよ!」

 恋が自分の足を勢い良く蹴り上げ銃を構えている男の股間にその足を思いっきり叩き込む。

「ぐお! ああああああ!!!」

 男が股間を押さえピョンピョン跳ねまわる。

「藍、今の内に!」

 恋は藍の手を引いてその場から駆け出した。

「に、逃すな! お……追え!!!」

 リーダー格の男に言われ二人の男は恋と藍を追って走り出す。

 内一人は携帯電話を取り出し、走りながらどこかに電話をしていた。

「あ、あの女……こ、殺してやる」

 男は股間を押えたまま小走りに後を追いかける。





FenrisWolf's


ACT.1 トラブルの女神に愛される男





 祐一は車を駐車場に預け町に繰り出す。

「それじゃあ、祐一さん。私は仕事を探してきますので」

「おう。見つかったら携帯に連絡をくれ」

「はい、分かっています」

 祐一は巴に手を振りながら見送る。

 そして、巴の姿が見えなくなると、巴とは反対方向に歩き出す。

 この辺りは、高層ビルや大型のショッピングセンターなどが立ち並んでいる。

 その為、飲食店の数も多くどこで食べるか迷うのも事実。

「食いモン……食いモンと。その前にいくら残ってたかな」

 祐一はズボンのポケットを探り、数枚の札と小銭を取り出す。

「えーっと。所持金2,128ウェル……か。これだけあれば何とか食えそうだな」

 どこでメシを食うか考えながら、あちらこちらを見回しながら歩道を歩く。

「ファミレスにするか、ヤクドにするか……どうするかなぁっと」

 歩道を歩いていると、後方の方から数人の走る足音と男の怒鳴り声が聞えてきた。

 後ろを振り向くと、二人の少女が数人のヤクザ風の男達に追われている。

 時折後ろを振り返って走っていた恋が、自分達のちょうど真ん前にいる祐一に気付いた。

「ねぇ! そこの人!!」

「……俺か?」

「ごめんなさい! 助けて下さい!!」

 少女達はそのまま祐一の後ろに隠れる。

「へ?」

「へ? っじゃないわよ! 女の子のピンチなのよ! 助けなさいよ!!」

「助けるってあいつらからか?」

 祐一はこっちに走ってきてる男達を指差す。

「そうよ!」

「んだ、テメェは!」

「死にたくなきゃ、その二人のガキをこっちに渡せ!!」

「だ、誰だか知らねェが、は、早くそいつ等を渡せ。今なら命は助けてやる」

 男達が銃やナイフを構え祐一達を睨みつけてくるが、内一人は今だに恋に蹴られた股間が痛いらしく凄んでもあまり迫力が出ない。

 それでも、銃を何発か撃ち辺りに居る野次馬連中を追い払う。

「コラコラ、街中でそんな物騒なモン振り回すなよ」

(にしても、町に着いて早々こんな騒ぎに巻き込まれるとは……よほど、俺はトラブルの女神に好かれてんだな)

 祐一は心の中でそう思った。

 その言葉は行く先々でトラブルに巻き込まれているのは容易に解る。

 だが、巻き込まれるトラブルの数が多いため、好かれているのではなく愛されているとは巴の談。

「……恋ちゃん」

 藍が恋に声をかける。

「大丈夫。大丈夫よ藍。ねぇ、男なら武器の一つぐらい持ってるんでしょ。それで……」

「いいぜ、助けてやっても。ただし報酬と引き換えにな」

「報酬……ですか?」

「おう! メシ奢ってくれ!!」

「まぁ、それぐらいなら良いけど……アンタ強いの?」

 祐一は唇を歪ませる。

「当然だろ。あんな雑魚連中より動物園のサルの方がよっぽど強く見えるぞ」

 明らかに挑発の取れる言葉に男の一人が反応し、祐一の首筋にナイフを突き付ける。

 首筋が僅かに切れ、赤い線が引かれたのを見て恋と藍が息を呑む音が聞えた。

 祐一はそれを気にした様子もなく冷ややかに男を見つめる。

「おい、調子にのんじゃねェぞ小僧。殺されたくなかったら失せろ」

 ドスの効いた声に大人しい藍は元より、気が強い恋も怯えた様子を見せた。

 二人はこの男達と違ってどこにでもいる普通の女の子だ。

 先程は強気な態度で男達に啖呵を切ったが、それは大切な親友を守る思いで立ち向っていたに過ぎない。

 その証拠に啖呵を切っている間も恐怖で足が――体が震えていたのだ。

 ここまで、足って逃げれたのはある意味幸運と言えよう。

「――粋がんのはいいけど、所詮三流だな。一流だったら一々前口上並べずにナイフを圧し当てた時点で首筋を切り裂くぞ」

「ん、だと!?」

 その言葉に頭に血が上った男は愚かにもナイフを首筋から離してしまった。

 その行為は祐一に攻撃をさせる時間を十分に与える。

 顔面に蹴りを叩き込んで鼻っ柱をヘシ折り、トドメとばかりに廻し蹴りを喰らわせる。

 一瞬の内の流れるような動作に周囲は何が起こったか分からない顔をしてた。

「すまん、間違えたな。ナイフを圧し当てて離す時点であんたは三流じゃなくて五流だ」

 その言葉で我に返った残りの二人は仲間をやられた怒りを顕にして、一人はナイフを、もう一人は銃を構える。

 ナイフを持った男が斬りかかり、銃を持った男はその場で照準を祐一の額に合わせた。

 祐一はそれに対して軽く溜め息を吐き、さっきの蹴りを繰り出した瞬間に奪っていたナイフを銃を構えている男のグリップを握っている指に向かって投擲する。

 ザクッ、という肉を裂く音が聞え、男は呻きながら二本ほど指が切り落とされた手を押さえた。

 ナイフの投擲とほぼ同時に駆けてきていた男のナイフを持つ腕を絡め取り、肩・肘・手首の関節無理やり外す。

 関節は骨による保護が無く、筋肉や皮膚と違い鍛錬によって強化することが出来ない。

 使い方によっては有効な殺人手段となる。

 関節を損傷することに依る急所は、頸・肘・手首・肩・膝・足首などだ。

 特に足首は他の関節に比べ容易に損傷し、被害も甚大なので効果的である。

「片付いた、と」

 手をパンパン叩きながら、恋達を振り返る。

「ね、ねぇ」

「どうした?」

「何、したの?」

 恋がアスファルトの上で腕を押さえて悶えている男を恐る恐る指差す。

「何って……肩・肘・手首の関節を無理やり外しただけだぞ」

 それがどうした、と言った感じで答える祐一に恋達は恐怖を感じた。

 これだけのことをやって平然としているのだから無理もないが……

「ぐっ……テメェ」

 ナイフで指を切り落とされた男が呻きながら、殺意の篭った眼で祐一を睨みつける。

「まだやんの? どうでもいいけど、そいつ早く病院に連れて行ってやんないと関節を損傷して元に戻らなくなるぞ」

 男もそれを理解しているが、自分に与えられた任務は藍を攫うことだ。

 仲間よりも任務優先。

 そう思い銃を無事な手の方で拾って祐一に向けると、男と祐一達の後ろから二台の黒い車が走って来た。

 歩道を走っている時点で誰が見ても明らかに祐一にブチのめされた連中の仲間だろう。

「おいおい、道交法を思いっきり無視かよ……にしても、女二人を捕らえるのにご大層なこった」

「って、感心してる場合じゃないでしょ!? どうするのよ!!」

「どうするって、相手するのもダルから」

 祐一はポケットからビー玉サイズの玉を三つ取り出し、それをアスファルトに叩きつけた瞬間、辺りを煙が包み込んだ。

 いきなりの事にパニックになる恋と藍の二人の腰に腕を絡みつけ、小脇に抱えると一目散にそこから駆け出した。

 車が通れな裏路地を逃走する。

 後ろの方で何かが激突する大きな音が聞えてきたが、恐らく煙幕で前方が見えなくなった車同士が正面衝突をしたのだろう。

「ちょ、ちょっと逃げてどうするのよ!!」

「アレ以上戦っても時間の無駄だろうが」

「それはそうだけど……」

「それに俺は何でも屋だ……今回はあんたらを安全な場所まで届けるのが仕事だ」

「なんでもや……ですか?」

「そ! どんな仕事でも報酬しだいで引き受ける。それが俺達、何でも屋だ」

 最初からこうしてれば良かったなと祐一は心の中で呟いた。

「………ところで、アンタ」

「祐一だ。俺の名前は相沢祐一。祐一でいいぜ。んで、君らは?」

「私は桜塚恋よ。恋でいいわ」

「わたくしは鷺ノ宮藍と申します。わたくしも藍でいいですわ」

 抱えられながら、走りながら、自己紹介をする三人。

「恋と藍だな。んで、恋はさっき何言おうとしてたんだ?」

「私と藍を抱える時、胸触ったでしょ?」

「…………アレは事故だ」

「今の間は何よ!!」

「気にするな」

「気にするわよ! 乙女の胸を触ったのよ! まだ誰にも触らせたことないのに!!」

「だから事故だって言ってんだろ! あんな煙の中じゃ正確な腰の位置が分からねェんだから!!」

 喧々囂々、ぎゃあぎゃあわあわあ。

 見つけてくれと言わんばかりに大声で口喧嘩をする祐一と恋。

 それでも逃走には裏路地をジグザグに駆けているが……

(祐一さん……まるでお兄様見たいな方ですわ)

 祐一と恋の口喧嘩を傍観しながら藍はそんなことを思った。

 ちなみに抱える時に藍も恋同様に祐一に胸を触れられたが、この事を今言うとさらに大きな喧嘩に発展しかねないので黙っていることにした。





































「それにしても、ここの制服って変わってるよな」

 祐一は、オーダーを取って去っていくウェイトレスの後ろ姿を見つめながらそう呟いた。

 昔の女学生が着用していたような袴姿をモチーフにした最近この界隈にオープンしたファミレス『Piaキャロット』の制服は大人気で、女性のみならず男性の客の姿もかなりあった。

 祐一達は十分ほど逃走に時間を費やした後、このPiaキャロットに足を運んだ。

「やっぱりそう思う? ここはPiaキャロットの3号店なんだけど、1号店と2号店のお店も違うタイプの可愛い制服だって言う話なのよ」

「ま、確かに可愛い制服だな」

 客の対応をしているウェイトレスを見ながら、感心している祐一に藍が気になって事を質問した。

「あの、祐一さん。何でも屋ってどう言ったお仕事なんですの?」

「ん? そのままの仕事だ。赤ん坊の子守から護衛まで幅広く請け負う。それが俺達だ」

「それって危険じゃないの?」

「そりゃ裏稼業だからな。時にはさっきのように戦り合うことだってあるさ。でも、世界中を自由気ままに旅できるのは楽しいぜ」

「それじゃあ、祐一さんは何でも屋をしながら世界中を回ってるんですね」

「そ」

「お待たせしました」

 話に区切りがついたタイミングで注文した料理と飲み物が運ばれて来た。

 祐一は数多の料理とコーヒーを、藍は紅茶で恋はミルクティーをそれぞれ注文した。

 そして、運ばれてきた料理を胃に納めながら、さっきの続きを話し始めた。

「でもな、これがなかなか苦労が多くて。相棒はすぐ怒るし、腹は減るし、ビンボーだし、腹は減るしでよー」

 祐一は目の前に置かれた食べ物を凄い勢いで腹に収めていく。

「とりあえずこうしてメシにありつけて良かったぜ」

 喋りながらもみるみるうちに減っていく料理を見ながら恋と藍は呆然と見ている。

 食べるスピードが早いのだ。

 一皿凡そ二分。

 全部の皿を空にしたのは凡そ十分ほどだ。

 食べ終わると祐一は水の入ったコップを手に取り一気に飲み干す。

「ふぅ。食った食った」

 満足そうに腹をぽんぽん叩く。

「それにしても、アンタ良くこんなに食べれたわね」

 恋が祐一の前に詰まれた皿を見ながら呟く。

 その量はざっと六皿はある。

 一皿一人前なので六人前は食べた事になる。

「少しは遠慮しなさいよね」

「しかたねェだろ。腹減ってたんだから」

「さてと、私達はもう行くわ。助けてくれてありがとね、祐一」

 恋が席を立ち机の上に一枚の札を置く。

「悪いけど藍を家に送らなきゃならないの。それじゃあね」

「あっ。祐一さん、本当にありがとうございます」

 藍はぺこりと頭を下げ恋の後を追う。

「あっ。ちょっと待てよ!」

 呼び止められ、二人は振り返る。

「送って行かなくても大丈夫か?」

「大丈夫よ。あいつらだってもう居ないだろうし。居たとしても今度は辺りに注意して捕まる前に逃げるわ」

「しかしだな……」

「それに、これ以上祐一さんにご迷惑をかけられません」

 気にしなくてもいい、と言う祐一の言葉に感謝の言葉を返してPiaキャロットから出て行く二人。

 それを為す術もなく見送る祐一はどことなくイヤな予感を感じていた。

 この時、無理にでも着いて行くか、こっそり後をつけなかったことを祐一はのちに後悔することになる。





































 辺りを警戒しながら、できるだけ人の多い通りを歩き人混みに紛れながら藍の家を二人は目指す。

「それにしても、面白い男だったわね」

「そうですわね。それにどこかお兄様に似ていましたわ」

「そうね。特にあの遠慮の無い所が大輔そっくりね」

 大輔と言うのは恋の義理の兄、麻生大輔の事だ。

「それだけじゃないと思います」

「って言うと?」

「そうですねぇ〜雰囲気、ですわ」

「うーん……そう言われれば何となく似てた気もするけど、あっ! 藍隠れて!」

 恋は藍の手を引いて近くの物陰に身を隠す。

 こっそりと前方を覗き見ると、幾人かの黒服の男達が何かを探している。

 恐らく恋と藍だろう。

「あれって間違いなく私達を探してるわね」

「はい。恋ちゃん、あの……」

「言っとくけどね、藍。自分が囮になるからとか言ったら唯じゃおかないからね」

 長年の付き合いで藍が何を言おうとしているのか分かった恋は藍の言葉を遮った。

 藍は恋が大好きだ。

 それ故にこれ以上自分のことで恋を巻き込むことを心苦しく思っている。

 そして、それは恋も藍が大好きだ。

 恋は親友が危険な目に遭うのに、自分だけが助かりたいなんてことを考えたくない。

 互いが互いを大切に思うが故に――

「さて、どうやって逃げたら……」

「逃げる必要などない」

 突如、自分達の背後から聞えてきた声に驚き、振り返ろうとする。

 だが、それよりも早く首筋にスタンガンを押し付けられ、意識を失った。

「ターゲット確保しました」

 男はポケットから取り出した携帯電話でどこかに連絡をかける。

 その間に、残りの男達が恋と藍を近くに止めていた車の後部座席に乗せた。

「はい。分かりました」

 男は連絡を取り終えると運転席に乗り込み、車を発進させた。





































 ――それから一時間後――

 駐車場に止められた何台もの車のその内の一台の運転席。

 座席を倒し呑気に音楽を聴きながら寝ている祐一。

 それを窓の外から呆れた目で見ているのは巴だ。

 溜め息をつきながら、窓をノックする。

「……さん……祐一さん」

「すう……すう……」

「祐一さん! 起きて下さい!」

 さきほどよりも強く窓をノックするが、それでも祐一は起きる気配を見せない。

「まったく……相変わらず寝起きが悪いんですから」

 巴は助手席の方に回りドアを開け車の中に入る。

「ほら、起きて下さい」

「う……ん」

 今度は祐一の体を揺する。

 少し反応したがそれでも起きない。

「やれやれ、仕方ありませんね」

 巴は軽く溜息をつき、次の瞬間には目つきが変わった。

 鋭く殺意に染まった眼光。

 そして、その身から放たれる桁外れの殺気とプレッシャー。

「…………………」

「ッ! うおっ!」

 祐一が飛び起きる。

 よく見ると、額から止めどなく冷や汗が流れている。

 どうやら巴の殺気の密度が濃すぎたらしい。

「漸くお目覚めですか、祐一さん?」

「と、巴……殺気をぶつけて起すのは止めろっていつも言ってんだろ!!」

「こうでもしないと、祐一さんは起きないじゃないですか」

「だとしても、お前のバケモノ染みた殺気ぶつけられりゃ、怖いんだよ!」

「誰が化け物ですか、誰が。それを言うなら祐一さんこそ、嘗ては裏世界最強の抹殺者イレイザーとして畏れられてたじゃありませんか。それに較べたら私の殺気なんて恐怖するものではありませんよ」

「今はか弱い男の子なんだよ」

「そんなことより仕事ありましたよ」

「突っ込み無しかよ……って仕事? だったら何で電話してこなかったんだ?」

「何度もしましたけど、祐一さんが全然出なかったんです」

「なに?」

 祐一はポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを見る。

 そこには、着信ありという文字が表示されている。

「ほんとだ」

「はぁ、ほんと暢気なんですから」

「あはは、んで仕事はなんだ?」

「あ、はい。とりあえず」

 巴は車に付けられたカーナビを操作しこれから行く目的地を設定する。

「ここに向かって下さい。依頼内容は行きながら話しますから」

「あいよ」

 祐一は倒していたシートを起こし車のエンジンをかけ、目的地に向かって車を走らせた。





































「依頼者は町外れに住んでる鷺ノ宮茂雄って言う富豪の方です」

「鷺ノ宮?」

「どうかしました?」

「いや……なんでもない」

 そうは言うが、祐一はその名前を聞いた瞬間に拭いきれない厭な予感を感じた。

「……にしても富豪ねぇ。で、その依頼内容は?」

「何でも、今から一時間ぐらい前に大事な一人娘とその友達が誘拐されたそうで、その二人を助け出して無事に家まで送り届けて欲しいそうです」

(やっぱりか……クソッ! あの時無理やりにでも着いて行ってれば――)

 厭な予感が現実になった。

 あの時の会話が脳裏を過ぎる。

 ――ごめんなさい! 助けて下さい!!

 ――女の子のピンチなのよ! 助けなさいよ!!

 必死な様子で助けを求めてきた二人。

 ――あの、祐一さん。何でも屋ってどう言ったお仕事なんですの?

 ――それって危険じゃない?

 自分の仕事の話しをイヤな顔せず聞いてくれた二人。

 ――助けてくれてありがとね、祐一。

 ――祐一さん、本当にありがとうございます。

 助けた事に頭を下げてお礼を言ってきた二人。

 ――大丈夫よ。あいつらだってもう居ないだろうし。居たとしても今度は辺りに注意して捕まる前に逃げるわ。

 ――これ以上祐一さんにご迷惑をかけられません。

 自分に心配――迷惑かけまいと去って行った二人。

 何故追わなかった? と疑問ばかりが脳裏を過ぎる。

「それと、成功報酬は……500万ウェルです」

「500万、か」

「あれ? 嬉しくありませんか?」

「いや、嬉しいさ。ただ、ちょっと、な」

「ちょっと、なんですか?」

「……終わってから話すよ」

「分かりました……それとこれがその二人の写真です。二人の名前は鷺ノ宮藍さんと桜塚恋さん。二人を誘拐したのは鷺ノ宮グループとライバル関係にある葛ノ原グループ。なんでも卑劣な事ばかりをやって上まで上り詰めたそうですよ」

「なるほどな。いくら上まで上り詰めてもさらにその上にいる鷺ノ宮グループが邪魔だと」

「はい。鷺ノ宮茂雄さんは善良で町の人からの人望も厚い。この町の人からは尊敬されているみたいです」

「胸糞悪ィやり方だな、娘を人質に取るなんて。とりあえず、そいつには地獄を見せてやるか。飛ばすぜ」

 祐一は一気にアクセルを踏みスピードを上げ目的地に向かった。