ここは漁業が盛んな港町セセラタウン。

 港には漁から帰って来た漁船が何隻止まっており、町中には運ばれてきた魚の匂いで満たされている。

 そのセセラタウンを真下に見下ろす事が出来る丘で一人の男が港から運ばれてくる潮風に身を任せ寝転がっている。

 その風を身に受けた男は心地よい眠りに落ちつつある。

 男の名は相沢祐一。

 赤のかかった黒髪に黒瞳。

 中性的で整った顔立ちであり、目は細く、眉も凛々しい。

 鼻もくっきりしていて、口元も意志が固いのかしっかりしていた。

 祐一が通り過ぎれば十人中十人が振り向くくらいに美形の顔立ちをしている。

 服装は白いシャツに黒いズボン、長袖の黒のジャケットを羽織り、首には黒い首輪。

 右足のフトモモには『ラグナロク』と呼ばれる漆黒の装飾銃が収められたホルスターが取り付けられている。

「ふあぁぁぁっ……ねみィ。寝るか」

 欠伸をし、このまま心地の良い眠りに落ちようと眼を閉じた祐一の顔に影が差した。

 それは満面の笑顔を浮かべてはいるが、紫水晶のような瞳は全く笑っていない。

 矢絣の着物に赤の武者袴の祐一と同じか少し上ぐらいの年齢の女性の名は御巫巴。

 艶やかな漆黒の髪は腰まであり、毛先を白い鉢巻で結っている。

 手には1メートル近くはある太刀・『天羽々斬』が握られている。

 巴は天羽々斬を振りかぶり、祐一の顔を両断するかの如く斬り下ろす。

 迫り来る殺気に気づいた祐一は、躰を捻りその一撃を回避。

 その凄まじい斬撃は、地面が弾ぜるほどだ。

「……と、巴! テメェ、こ――ッ!」

 祐一が何かを言う前に天羽々斬が横薙ぎに振られた。

 ツーッ、と祐一の頬に一本の赤い線が引かれ、その血に混ざるように冷たい汗も頬を伝う。

 天羽々斬の鋒が祐一の鼻先一ミリの所に突きつけられている。

「目、醒めましたか?」

「はい。バッチリです」

 祐一は起き上がると、背筋をピンッと伸ばし、敬礼をする。

 それを見て巴は溜息をつくと、天羽々斬を腰の鞘に収めた。

「ところでよ、巴」

「何ですか、祐一さん?」

「……何でここに居るんだ?」

 今気付きましたと言わんばかりに座りながら小首を傾げて、巴を見る。

 その言葉に巴の頬が一瞬引き攣ったのを祐一は見逃さなかった。

 ヤバいと思ったが後の祭りである。

「何故ですって? 祐一さんが仕事を探してくるって言っていつまでも戻ってこないから探しに来たんです。それなのに、こんな所でお昼寝とは……いい気なものですね?」

 そう言って軽く溜め息を吐くと、ニコッと可愛らしい笑顔を見せ――刹那、祐一の背筋に緊張が走る。

 まるで電気ショックを受けたような衝撃――殺意を感じた訳ではない、本能が『逃げろ』と警告していた。

 慌てて身を翻し、巴から距離をとる。

 逃げる事は許されない。

 例え神が許しても、目の前の怒れる鬼人がそれを許してくれないだろう。

「ま、待て! 殴るな、蹴るな、斬るな!!」

 そんな祐一の姿に呆れながら深く、本当に深く溜め息をついた。

「はぁ、もういいです。それで、どうでした?」

「何がだ?」

「……祐一さん、本気で仰っていますか? 仕事に決ってるじゃないですか!!」

「……………………」

「……………………」

 軽く息を吐き視線を巴から海に向けると、ちょうど潮風が吹いて来て二人の髪と服がなびく。

 空ではウミネコがミィーミィー鳴いている。

「ふぅ……ここは気持ちいい風が吹くなァ。そう思わないか、巴♪」

「誤魔化してもダメです」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「寝たふりはもっとダメです」

「……………………」

「沈黙は夕食抜き、雄弁は1回のみとします」

「面白そうな仕事がなかったんだ」

 即答。

 その言葉には、何の迷いも躊躇いもない。

 夕食が食べれなくなるのは祐一にとっては辛い事。

 理由は簡単、巴は仕事を探しにセセラタウンに来たと思っているが、実はそうではない。

 ここ、セセラタウンは海鮮料理で有名な町。

 祐一の目的はそれだ。

 今の祐一には仕事は二の次な事は巴は知らない。

 いや、薄々気づいているかもしれない……

「――っ!」

 巴の額にピクリと青筋が浮かぶ。

「あ、あのォ、巴、さん」

「何がッ! 何が面白い仕事ですかァッ!! 仕事に面白みを求めてどうするんです!? それに、そんな事を言ってる余裕があるんですか!? このままじゃ来週には、塩スープとパンのミミの食生活が始まるかもしれないんですよ!?」

 一息でそこまで言ってのける。

 そして、祐一は気付いていなかった。

 巴が言った「来週には、塩スープとパンのミミの食生活が始まるかもしれない」という言葉――つまり、海鮮料理を食うほどの余裕は今の自分らにないことに……

「大丈夫!!」

「何がですか!!」

「パンのミミは揚げて砂糖をまぶせば結構食べ……」

「祐一さんの耳を揚げてさし上げましょうか!!」

 血を止めてやると言わんばかりに祐一の耳を力強く引っ張り上げる。

「ちょ! マジ痛ェって!!」

「そうですか。それは大変ですね……まぁ、そんな事はどうでもいいので早く仕事を探しに行きますよ」

「分った! 分ったから放してくれェェェ!!」

「仕事が見つかるまで放しません」

 ギャアギャア騒ぎ立てる祐一を無視して、巴はズンズン歩いていく。

 暫く歩いていると、引き摺っていた祐一の重さがなくなり異様に軽く感じた。

 巴は足を止め、自分の右手を見る。

 そこには祐一はおらず、一体の猿人形の耳を掴んでいた。

「ハッハッハ、まだまだ甘いな巴!」

「貴方は忍者ですか!?」

「然らばじゃ!」

 祐一はくるりと身を翻すと、街目掛けて一気に丘の上を駆け降りて行く。

 走り去る祐一の背を見つめながら、巴は深く、本当に深く呆れを含んだ溜息をついた。

 だが、そこからの行動は迅速且つ容赦なかった。

 天羽々斬を鞘ごと腰帯から抜くと、祐一の後頭部目掛けて勢いよく投擲。

 鞘に収まった天羽々斬は風を突き破る程の速度で祐一に追いつき、後頭部に突き刺さった。

「がっ!」

 祐一の躰は宙に浮くと、前転の要領で躰が倒れる。

 祐一は丘の急な坂道を駆け下りており、勢いが十分に乗った躰が前転すればどうなるか?

 答えは一つ。

 止まることなくそのまま坂道を転がり落ちて行く、だ。

「ほんぎゃあああぁぁぁぁ!!!!」

 巴は転がり落ちていく祐一を見ながら、天羽々斬を拾う。

「祐一さんたら、そんなに急がなくても街は逃げませんのに……」

 いや、お前がやったんだろ、と突っ込むものは誰もいなかった。





FenrisWolf's


ACT.0 何でも屋『FenrisWolf's』登場!





「ああっ、まだ後頭部がズキズキしやがる」

「自業自得です」

 後頭部を擦りながら街中を歩く祐一と、それを呆れ顔で見ながらいる巴。

 街を歩く二人をチラチラと視線を感じるが、いつものコトかと気にしない。

 いつものコトなのだが、二人は互いに同じコトを思っていた。

 巴は視線の原因が祐一だと考え、祐一は巴だと考えて、自分は無関係だと思っている。

(相変わらず、祐一さんはモテますね。うっとしいぐらいの視線を感じます)

(巴は美人だしヤローの視線を集めるのは無理もないわな……)

 それに、と祐一の視線が巴の顔から下にズレる。

 その視線の先は、着物の上からでも分かるぐらいの豊満な胸。

「どこを見ているんですか、祐一さん?」

「……バスト92の巨乳」

「死にますか?」

 怖いぐらいの眩い笑みを浮かべ、左手で天羽々斬の鯉口を小さく切る。

 それ以前になぜ祐一が巴のバストサイズを知っているのだろうか?

「すんません!」

 周囲から見れば尻に敷かれる男の図なのだが、二人は相棒であって恋人ではない。

 確かに巴は祐一に恋愛感情を抱いてはいるが、それを表には決して出さないし、出してはいけない。

 祐一を苦しめるだけだし、何より祐一が未だに“彼女”を愛しているのを分かっているから。

 それほどまでに祐一の中にいる彼女の存在は大きいのだ。

「どした、巴?」

「いえ、何でも御座いませんよ。さぁ、早く仕事を探しましょう」

「とは言ってもな。掃除対象も見当たらないし、依頼人がいるかどうか」

 祐一と巴の仕事はどんな依頼も報酬次第で請け負う・何でも屋だ。

 コンビ名を自分達が昔所属していたチームの名を使い『FenrisWolf's』とつけた。

 勿論、必ずしも依頼がある訳ではないので、副業として掃除屋も営んでいる。

「スリでもいりゃ、多少の金にはなるんだが……ん?」

「どうしました、祐一さん?」

「なんだ、あの人だかり?」

 祐一が指差す方には大勢の人。

 その周囲には何台かのパトカーが止まっている。

 その人だかりの上を見るとその店の看板があり、銀行と書かれている。

 銀行に、パトカーとくれば答えは一つしかない。

 銀行強盗だ。

 野次馬の隙間から銃を所持した二人の銀行強盗犯が見えた。

「あら? あの方々は……」

「なんだ、巴の知り合いか?」

「断じて違います」

 巴は祐一のジャケットのポケットからPDA――携帯情報端末――を取り出すと、タッチパネルを手早く操作する。

「確か……掃除対象リストに載っていた筈……ありました。祐一さん、これを」

 PDAの画面には確かに銀行強盗をしている二人の手配書が表示されている。

危険度リスクはC級。報酬金は二人纏めて捕らえれば120万ウェルか。やっぱ小物か」

 掃除対象の危険度リスクは凶悪さに比例して上がり、それぞれのランクや報酬金は罪状などから決められる。

 D:スリやカッパライ規模で殺したら換金できないのは勿論、状況次第では減額もなされる。

 C:強盗クラス。裁判が出来れば多少の怪我は大目に見てもらえる。

 B:傷害あるいは殺人。生きていればいい。

 A:大量ないしは猟奇殺人犯。死体でもいい。

 S&SS:国家転覆のテロリストレベル。とにかく現状のそいつの首を持ってくれば問題無い。

 危険度リスクB級以下はエモノを生け捕る過程で一人でも殺したら報酬は半分以下。

 だが、危険度リスクA級以上は全て生死問わず指定デッド・オア・アライブなので減額はない。

 それは、生け捕りという甘い遣り方では捕らえられるレヴェルではないという証であり、ある覚悟を促す為のものだ。

 危険度リスクA級以上に認定されてる連中はどいつもこいつもクセのある凶悪犯ばかり。

 そんな連中に半端な手傷を負わせて街中に逃逃げ込めば街の住人を人質に取り逃亡する。

 最悪の場合は逆上した犯人が無差別に人を襲う。

 だからこそ、絶対に逃がさない為に覚悟を即す。

 相手を殺してでも止める覚悟を。

「小物でも何でも構いません。今の私達には生活するお金がほぼ零なんですから」

「わーってるよ。けど、ポリ公が来てるし報酬金出るかねぇ」

「出ると思いますよ。あの状況じゃ警察はずっと手出し出来ませんし、出なくても金一封ぐらいは貰えるでしょう」

「二束三文程度の金じゃ、今晩のホテル代程度だな……ま、手に入らないよりマシか」

「……タイミングは祐一さんに任せます」

「了解。分かってると思うけど、子供は最優先に救助しろよ」

「はい。子供の死に様なんてみたくありませんから」

 巴は人込みの間をすり抜け、最前列に出る。

 チラッと祐一の方を窺いながら、二人の警戒も怠らない。

 祐一はラグナロクを抜く。

 祐一が手に持つ異形とも呼べる漆黒の装飾銃・ラグナロクは、現在最強の硬度を誇るオリハルコンという未知の金属で造られている。

 回転弾倉シリンダーを使用した44口径――11.2mm――のリボルバー。

 その弾倉形状のため装弾数は六発と少なく、手動安全装置マニュアルセーフティーも存在しない。

 ラグナロクは特殊な形状で銃身が他のリボルバーより広く、防御の際の守備範囲及び防御力を向上させている。

 その銃身には『DEATH』の刻印が刻まれている。

 片手でラグナロクを持ち、銃口を人込みの更に向こう側にいる二人――その腕に持つ銃に向け撃つタイミングをしっかりと見計らう。

 数秒後、それは訪れた。

 子供を人質にとっている男が銃を空に向け一発威嚇するように撃つと、そのトリガーを絞るタイミングに合わせて二連続早撃ちダブルクイックドロウ

 男の撃った銃声に合わせるように撃ち出された弾丸は男達の銃に当たり、二丁とも空へと舞い上がった。

 男達は一瞬、何が起こったか分からない顔を浮かべているが、それは周囲の野次馬、警察も同じだ。

 そしてその一瞬で勝負は付いた。

 銃が舞い上がると同時に巴が地面を蹴り、子供を捕まえている男の鳩尾に掌底を叩き込む。

 子供を掴む腕の力が緩まると子供を奪いとる。

 子供を抱えたまま躰を旋回させ、側頭部に回し蹴りを叩き込み昏倒させた。

 近くにいた警官に子供を押し付けて残りの一人を肉薄する。

 男は慌てて落ちた銃を拾い上げて銃口を巴へと向けるが、巴はすかさずその腕を掴むと、路面へと男を叩きつけた。

 男に向けて倒れ込むと、その鳩尾に肘鉄を叩き込み、男の意識を確実に刈り取った。

「あのー、警察の皆さん?」

 呆然と未だに動き出さない警察に巴が恐る恐ると言った感じで声をかける。

 そう言われて慌てたように動き出し、二人に手錠をかけた。

「ご協力感謝します」

 一人の警官が巴に敬礼をして挨拶をした。

「いえいえ。それでですね。私、一応掃除屋なんですが、こいつらの報酬金は貰えるのでしょうか?」

「掃除屋でしたか。勿論出ますよ」

 そう言われ、巴はホッとしたように微笑んだ。





































 所轄の警察署の前に愛車のスバル360てんとう虫を止めた祐一は、ボンネットに座りながら巴を待っている。

 巴は銀行の前にいた警官と共に強盗犯の引渡しと報酬金を貰うために警察署の中にいる。

「祐一さん。お待たせしました」

「おう、おかえり」

「報酬金はピッタリ120万ウェンです。それと手配書が更新されていましたのでPDAの情報を入れ替えています」

「どれどれ……うーん。ほとんどB級以下の小物だらけだな」

 運転席に乗り込みながら、PDAの手配書リストに目を通す。

 巴も後部座席に天羽々斬を置き、助手席に座る。

「A級以上はいない方がいいです。いたらそれだけ被害者が増える一方ですから」

「確かにな……」

「それより、祐一さん。これからどうしますか?」

「海鮮料理をたらふく食う!」

 臨時とはいえ大きな収入があったことで、祐一はこの街に来た一番の目的を果たそうと気合を入れて返事をした。

 だが巴はその願いを……

「却下します」

 わずか一秒で却下した。

「何ゆえ!?」

「久しぶりの収入ですので生活費と借金返済に回します」

「金は天下の回りものって言うじゃねェか。気にせ……」

 祐一は言葉を途中で止める。

 理由は簡単、隣に座っている巴から只ならぬ殺気を発していたからだ。

 ギギギッ、と壊れたブリキのように首を廻すと、躰中からダークオーラを放出し、黒い笑みを浮かべている巴がいた。

「あ、あのー、巴さん? ど、どうしてそんなに殺気を出しているのでしょうか?」

「知りたいですか、祐一さん?」

「はい、できれば」

「なら、教えて差し上げます。祐一さんは今私達がどれだけ借金をしているかご存知でしょうか?」

 巴がダークオーラ全開で祐一に質問する。

「えーっと………ひ、100万ぐらい……でしょうか?」

「いいえ、違います。借金総額は1,500万位ですよ」

 総額は余りにも違いすぎた。

 一瞬の沈黙。

「いっ! 1,500万!!」

「何故今ごろ知ってるんですか。この金額は祐一さんがあちらこちらで下手に暴れて色々な物壊すからなんですよ」

「うっ……」

「それから、運悪くそれに巻き込まれた無関係の方々の治療費に車の修理代に携帯の通話料」

「……………………」

「あとは、各地にあるアジトの維持費」

「……………………」

 ぐうの音も出ない祐一。

「何か言う事ございますか?」

「ごめんなさい」

 素直に謝る祐一であった。

「とりあえず、今日はホテルに止まって明日、次の街に行きましょう」

「だな。この近くと言えば……セピアタウンか」

 祐一はエンジンをかけると、ホテルを探しに車を走らせた。




 こんにちは、もしくは初めまして。

 以前投稿していたサイトが閉鎖しましたので、新しくこちらに投稿させていただくことになりましたヴァイスです。

 『届け屋』のタイトルを『FenrisWolf's』と改め頑張って行こうと思います。

 これからよろしくお願い思します。