一家の小さな家が燃えていた。

 そこにある物の全てを焼き尽くす勢いで、微塵の容赦も無く炎は燃え広がっていった。

 

 この夢を見る時、いつも始まりの光景はそれだった。

 自分の体はまるで自分の体ではないかのように動かなくて、ただそれを見ていることしか出来なかった。

 何度も何度も、そんな体で掠れる声を上げていた。

 焼けてしまった喉では空気のような声しか出なくて、口を開くたびに冷風が喉の奥に激痛をもたらしても、その声を上げることをやめはしなかった。

 

 やがて、消火に駆けつけた人々が口々に叫び声を上げた。

 『離れろ、崩れるぞ!』と。

 唯一の救いは、自分の回りに誰かが張ってくれたらしい魔術障壁があったこと。

 救出こそされども、簡単に動かせるような状態ではなかった自分の体に飛び火することや、降りかかる火の粉をそれが全て払ってくれた。

 だが、それだけ。

 "火を打ち消す"だけが目的のその魔術障壁は、目の前で広がる光景を打破できるものではなかった。

 

 まるで、自分の目にはその光景がスローモーションのように映った。

 一層強く燃え上がった炎。

 徐々に傾いていく小さな家。

 

 そして、倒壊音が辺り一体に響き渡った。

 

 たった一人。

 

 小さな少女を、そこに残したままに。

 

 

 

 『たすけて』と。

 

 その時聞こえなかったはずの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『いつか見る明日へ』

    第七話 最初の一歩

 

 

 

 額に冷たい感触を覚え、ソラは重たい瞼を開いた。

 

「…………ア、キ」

「残念、シフォンちゃんでした」

 

 ぼやけていた輪郭が徐々に形をはっきりとさせていく。

 そこからソラがシフォンの顔を認識するまでに、実にたっぷり十秒の時間を要した。

 

「……シフォン?」

「うん」

「……なんでここに」

 

 覚醒しきっていない頭を何とか回転させながら、視線を左右に走らせる。

 もしや自分が寝ぼけてシフォンの部屋にでも転がり込んだか、と馬鹿なことを考えたが、幸いそんなことはなく確かにここはソラの部屋だった。

 

「嫌な夢かなんか見てなかった? 部屋の前通ったらうなされてたから」

「夢……」

 

 そう言えば、何か夢を見ていた気はする。

 が、それが何なのかをまるで思い出せない。

 不思議なことに、夢の内容を微塵たりとも覚えてはいなかった。

 

「ま、そんなわけだったから」

 

 額から冷たい感覚が消える。

 そこで始めてソラは、自分の額に冷水で濡れた布が置かれていたことに気づく。

 うなされていたソラを案じて、わざわざ用意してくれたのだろう。

 

「……悪かったな」

「昨日いろいろあったもん。ソラだって疲れてるんだよ」

 

 そういうシフォンの方が余程疲れているだろうに、そんな様子はまるで見せない。

 やはり根本的な鍛え方が違うのだろうか。

 

――……あれ?

 

 そんなどうでもいいことを考えてから、思い返す。

 

 ……そもそもどうして、"自分は目を覚ました"?

 

 夢の内容は覚えていない。

 ただ、夢を見ていたことはなんとなく覚えている。

 そして、夢を覚ます直前。

 確かその時に――。

 

『……たすけて……』

「……っ!」

 

 そう。

 昼間にも聞いたその声が聞こえた。

 

 昼間の出来事がそのままリピートされたかのような既視感を覚える。

 いや、これではまるで、昼間の出来事そのものではないか。

 

「ソラ? どうしたの?」

 

 どうやらシフォンには聞こえていないらしい。

 頭に直接響いてくるその声は非常に小さく、念話を無理矢理に拡散させているような弱々しいものだった。

 故に、ある程度魔力に敏感でなければ感じ取ることも出来ないのだろう。

 

「……」

 

 どうするべきか、という思考が頭をよぎった。

 

 妹のアキは、ソラが見ている目の前で燃え盛る家の倒壊に巻き込まれて死んだ。

 誰も逃げたアキを見てはいなかったし、後に家の瓦礫の下からその死体が見つかったと言う話も聞いた。

 

 だから、今聞こえるこの声がアキの声にしか聞こえなくても、それはもうアキではない。

 死人は蘇らない。

 それはこの世の絶対の理だ。

 仮にそれを成すことが出来るとすれば、それはせいぜい魔法使いぐらいだ。

 

 この声がアキのものでないのならば、ソラが関わる必要は無い。

 どれだけ姿が、声がそっくりでも、それはアキとは別人だ。

 今まで通り、関わらずに聞こえないふりをしてしまえばそれでいいんじゃないか。

 

「……ソラ?」

 

 自分から関わりに行ってどうする?

 今までずっと自分に言い聞かせてきた事を反故にしてまで、そうする理由がどこにある?

 いくら自分に言い聞かせても、あの声の主がアキと瓜二つなことに変わりはない。

 だから、行けばきっと放っては置けなくなる。

 ……そうして、また失うようなことがあれば、今度こそ――。

 

「ソラッ!!」

「っ!?」

 

 耳元で響いたシフォンの大声で我に帰った。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

 シフォンは心配そうな表情でソラの顔色を伺う。

 きっとシフォンならば、今言ったことを話せば疑うこともせず信じてくれるだろう。

 そして助けに行きたいと言えば、何の躊躇いもなく頷いてくれるに違いない。

 付き合いが長いからこそそれはよくわかる。

 

 だから、そんなシフォンに対して、ソラは、

 

「……いや、夢の内容を思い出しそうだったんだが、今ので飛んでいったよ」

 

 そう、出来る限り胸の内を隠して答えた。

 

「無理に思い出さないほうがいいよ。うなされてたぐらいなんだからさ」

「あぁ……その方がいいみたいだ。悪いな、心配掛けて」

 

 何とか表面を取り繕い、シフォンへ苦笑を向ける。

 

「……ううん。それじゃあ私は戻るね」

「ん、ありがとう」

 

 一瞬だが怪訝そうな表情を浮かべ、シフォンは部屋を出ていった。

 あの程度ではシフォンに全てを隠しきるのは無理だった、ということだろう。

 だが――だからと言って全てを打ち明けるわけにはいかない。

 シフォンにはソラが何か嘘を付いたと言うことは分かっても、それが何なのかまではわからない。

 だからシフォンもそれ以上の追求はしなかった。

 

 シフォンの気配が部屋の前から無くなるのを何となく感じ、ソラは目を閉じる。

 忘れよう。そうソラは結論を出した。

 あの少女の所へ向かうのは簡単だ。

 シフォンが報告してくれたから、その場所だって分かっている。

 この家からの距離を考えても、十分と掛からないはずだ。

 

 でも――やはりあの少女はソラの中ではアキとは別人なのだ。

 アキは死んでいる、それはもう絶対に覆らない事実。

 だからソラは関わらないことを決めた。

 関わらなければ今までと何も変わらずにいられる。

 失う対象が増えることも、減ることもない。

 厄介事にシフォンを巻き込むこともない。

 きっと、それが最善なのだ。

 

 そう結論付け、ソラは再びベッドに横になると、考えていたことを全て頭の外に追い出して再び眠りに付こうとして――。

 

『たすけて……』

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 気づけば頭から布団を被り、耳を痛くなるほどの力で塞いでいた。

 そんなことをしても頭に直接響いてくる声に対して意味など無いのに。

 

『こわいよ……』

――やめろ……っ。

 

 叫びだしてしまいたかった。

 それで本当にこの声が聞こえなくなるというのならば、きっと今すぐにでも声を張り上げていたに違いない。

 悪い夢ならば今すぐにでも覚めて欲しかった。

 だが、耳を押さえる痛みがそんな幻想をいとも簡単に消し去ってしまう。

 

『おにい、ちゃん……』

――……違う!

 

 あの少女はアキではない。

 ソラはあの少女のことなど何も知らない。

 ついさっき決めたはずだ。

 あの少女にはもう関わらない、と。

 

 しかしいくら抗っても、頭に響く声は止まらない。

 意識をしないように思っても、そんなことが出来るはずもなく。

 

『……やだ、よぉ……』

 

 やがて、限界がきた。

 

「ッ――ぁぁぁああああああああっ!!」

 

 少し前にしたばかりの決意が、ぼろぼろと崩れていく。

 後に待っているのは後悔だけだと分かっているのに。

 何をしたところで、失ったものがが帰ってくることなどありえないのに。

 

「ちょ、ソラ!? どうしたの――って裸ーっ!!」

 

 少し遅れて、突然のソラの叫び声を聞きつけたシフォンが部屋に突入してくる。

 そんなシフォンの目に映ったのは、寝間着をベッドの上に放り投げ、何故か私服に着替えようとしているソラの姿。

 

「ななな、何で着替えてんのさ!」

「……出かけてくる」

「は、はぁ!? こんな時間にどこに!? というかさっきの叫び声って一体何!?」

 

 珍しくシフォンがテンパっていた。

 大体どんな状況でも、頭のどこかは回っているようなタイプなのに。

 まぁ、叫び声に驚いてきてみれば、何故か直面したのはソラの着替えシーンだったのだからわけが分からなくなるのも仕方ないのだろうが。

 

「あの子のところだ」

「は、はい!?」

 

 短くそれだけを告げるが、当然の如くあの声が聞こえていないらしいシフォンには意味がわからないわけで。

 しかしソラはソラで色々とテンパってしまっているので、それ以上細かい説明も出来ない。

 そんなすれ違い状態のまま、着替えを済ませたソラは必要最低限の物を持つと、部屋の入り口で立ち尽くすシフォンを避けて部屋を出る。

 

「あ、ちょ、待――」

 

 待てるはずもない。

 未だに頭に響く声やらもうわけがわからないぐらい滅茶苦茶にかき乱された心境のせいで、ソラも既にいっぱいいっぱいの状態なのだから。

 故に、シフォンの制止の声もソラには届かない。

 

「待てって言ってんでしょうがコラーッ!!」

 

 でも物理的な静止は届いた。

 テンパっていたソラの肩を、同じくテンパっていたシフォンの手が掴み、あろうことか思いっきり自分の方へと引っ張ったのだ。

 そんなことをするとどうなるか。

 答えは単純明快で――ゴッ、という鈍い音が響いた。

 

「あ」

「――!?」

 

 あまりにも間の抜けた声に、そもそも声にならない叫びが上がる。

 

「な……何を……っ」

「ご、ごめん……つい……」

 

 聞く耳持たず、早足で直進するソラを止める一番手っ取り早かった方法。

 ぶっちゃけ力尽くの制止は、ソラの後頭部強打という悲惨な結果を生み出したのだった。

 

 

 

「私には全然聞こえなかったんだけどなぁ……」

「お前、魔力感知とかには疎かっただろ」

「そうだけどさぁ」

 

 人の少なくなった、しかしそれでも復興作業の音は消えていない深夜の城下を、ソラとシフォンは駆ける。

 

「……もしかして、私のせい?」

「は?」

 

 隣を駆けるシフォンから不意にそんな言葉を投げかけられ、ソラは困惑した。

 

「いやほら、屋根の上であんなこと言っちゃったし……」

「あー……」

 

 つまりシフォンは、自分の言ったことでソラが我を見失ったんじゃないかとか、そんなことを考えたのだろう。

 ……まぁ確かに、今までのソラを見てきたシフォンにとって、今のソラが取っている行動は明らかにおかしなものなわけで。

 

「……あんな声が流れてきて、無視できるわけもないだろうが」

 

 しかしソラはそれを否定する。

 正直なところ、ソラ自身で何かが変わったような自覚がないのだ。

 アキを失ったあの時のことが頭にこびりついて離れない。

 受け入れることが出来たわけでもなく、トラウマとして忘れることが出来ない。

 だから大切なものを作ることも、失うことも、人並み以上の恐怖を感じてしまう。

 つまるところ、何一つ変わってはいないのだ。

 

 ただ、助けを求める声を無視し続けることが出来なかった甘さが自分にあっただけのこと。

 

「というか、お前までついてこなくても」

「や、さすがにあの状況で私だけ家に残るっていうのも……ねぇ?」

「まぁ……」

 

 大体の理由を話してしまった以上は、シフォンだって関わる権利はある。

 ……シフォンを巻き込むことはしたくなかったというのが本音だが、それを本人に言うわけにもいかない。

 そんなことを言おうものなら殴られる、確実に。

 

「とりあえず急ごうか? 混乱してるだけかもしれないけど、助けを求めてるのは確かなんでしょ?」

「そう、だな」

 

 念話――あの距離間を届かせるとなると至難の技のはずなのだが――はそもそも使用者に意識がないと使うことは出来ない。

 となれば当然、少女は既に目を覚ましているということになる。

 ただ、その助けが意識的なものか無意識によるものかまでは判別が付かないので、今こうして診療所に向かっているわけなのだが――。

 

「あれ?」

 

 診療所のある通りに出たところで、不意にシフォンの足が止まった。

 

「どうし――?」

 

 少し遅れ、同じく通りに出たソラもまた、シフォンと同じ光景を目にして思わず疑問視が頭に浮かぶ。

 二人の場所から診療所まではもうさして距離はない。

 だから、その光景ははっきりとした違和感として二人の目に映った。

 

「なんか……あったのかな?」

 

 シフォンがそう呟いてしまうのも無理はない。

 診療所の入り口の前。

 そこに何故か、相沢祐一軍の鎧を身に纏った者達が数人集まっていたのだから。

 それも、各々が武器らしい物を所持して、だ。

 

「……少なくとも、ここからじゃ何も分からないな」

 

 何かを話しているようではあるが、さすがにそこまで聞き取れるほどの距離ではない。

 ただ、どこか緊迫したような空気を感じ取ることは出来た。

 ともなれば、やはり何かあったと考えるのが妥当だろう。

 

「ま、直接聞いてみようか」

「……お前のそういうところ、たまに尊敬したくなるよ」

 

 しかしながら、シフォンの判断は実にあっけらかんとしたものだった。

 隣で聞いていたソラも思わず苦笑を浮かべてしまうほどに。

 シフォンが彼らに対して悪意などの感情を抱いていないにしても、普通ならばあんな空気の中に自分から入っていこうと考える者はまずいないだろう。

 

「すいませーん」

 

 そして有言即実行。

 本当に何の躊躇いもなく、シフォンは診療所の前の彼らのもとへと向かっていった。

 止める間なんて当然無い。ソラもその後ろに続く。

 

 シフォンの声に、そこにいた全員――男女混合で五人ほどいた――が振り返った。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

 その中の一人、青髪の少女がシフォンの呼び掛けに応える。

 

「突然ごめんなさい。私、カノン軍のシフォン=フィリスっていいます。それと、こっちは同僚のソラ=リースティンです。私たち二人で深夜巡回をしていたんですけど、皆さんが集まっているのが見えたので、何かあったのかな、と」

 

 まるで台本でもあるかのようにぺらぺらと嘘八百が並べ立てられる。

 その言葉の流暢さたるや、真後ろでそれを聞いていたソラが一瞬違和感を覚えないぐらいのものだった。

 

「カノン軍の……?」

「あー、別に正規ってわけじゃないです。今のカノンの状況はそちらの方が詳しく掴んでるでしょうし、あくまで自主的にやってるような感じなんで」

 

 そもそも、負けた側であるシフォン達を拘束していないのは相沢祐一側の考えだ。

 まだ多くは反発の意を示しているものの、それでも一部は復興活動を手伝ったり昼間の混乱の鎮圧に尽力したりと、ある程度の結果を出して自分達の意思を見せている。

 故に、その言葉にも端から聞いている分にはやはり違和感は感じ取れない。

 

「あ、そうなんだ。こんな時間に、ご苦労様です」

 

 少女の表情は明るいもので、シフォンの言葉にも笑顔で応対する。

 それは少なくともシフォンの言葉を疑っているという様子ではなさそうだった。

 他の四人もそれは同じようで――というか、既に若干名はこちらに興味を失っているようだったが――特に細かい追求をされることもなかった。

 

「それで、繰り返しになるんですけれど、何かあったんですか?」

 

 あくまで『カノンの安全のため』と思えるような態度でシフォンは先の問いを再び投げかける。

 ただ、今のシフォン達にこういったことに関する強制力はない。

 現状のカノン軍は一度は敗北しているため、軍としての機能はまともにしていないからだ。

 だからここで『話せない』と一言返されてしまえばそこまでなのだが――。

 

「んーと……話しちゃってもいいのかなぁ」

「別にいいんじゃねぇか? 祐一からも別に黙ってろなんて言われなかったし」

 

 少女が返答に詰まっていると、その傍に立っていた青年が会話に入ってきた。

 案の定、というべきか、男の口から漏れたのは相沢祐一の名前。

 鎧を見た時点で確証はあったものの、やはり相沢祐一軍の者であるようだった。

 

「でも、騒ぎを起こさないようにって言われたよ?」

「だからってここで黙ってた方が逆に怪しいだろうが」

「あ……それもそっか」

 

 会話の結論は割りと直ぐに出たらしい。

 聞いている限り、どうにも相沢祐一が直接指示したことのようなのだが。

 

「悪かったな。シフォンにソラ――だったか。俺達は見ての通り、祐一側の者だ」

 

 納得した少女の代わりに、今度は青年がそうシフォン達へと声を掛ける。

 相沢祐一のことを呼び捨てにしている辺り、それなりに近しい人物なのだろうか。

 

「俺達はその祐一に頼まれて"探しもの"をしてたんだが、それらしいのがここにいるって情報を貰ってな。今俺達の纏め役みたいな奴が聞きに行ってるところなんだ」

「診療所に、ですか?」

「あぁ。つっても、ちょっとそれが面倒くさいものでな――」

 

 その話を聞きつつ、シフォンとソラの中で先の予感が確信に変わりつつあった。

 この青年は今、探しものが『いる』と言った。

 つまりそれは、その探し物と言うのが生き物であることを示している証拠。

 そしてシフォンとソラには、まさにそこに当てはまりそうな存在を、知っている。

 そう。

 つい半日ほど前。

 ソラとシフォンが保護し、ここに連れてきた――。

 確信から、一つの結論が導き出されようとした刹那のことだった。

 

ドンッ!! と、小さな爆破とともに診療所の二階の一部が派手に吹っ飛んだ。

 

「な――ッ!?」

 

 何が起きたのか――それを理解する間は無かった。

 何故なら、爆発が起きたその直後。

 診療所の壁に開いた横穴から、一人の少女が飛び出してきたのだ。

 

「天野、大丈夫か?」

 

 見事に着地をしてみせた少女の名を呼びながら、青年は少女――天野美汐へと駆け寄っていく。

 

「私は大丈夫です。……ただ、まさかこちらの姿を見るなり魔術を放ってくるとは思ってませんでしたが」

「あの爆発はそれか……」

 

 ぽっかりと穴が開いてしまった診療所の壁を見やりながら、青年は嘆息する。

 

「どうするの? 押さえ込んじゃう?」

「いえ、逃げる様子は無かったので大丈夫でしょう。ただ……酷く何かに怯えているようで」

「下手に刺激しないほうがいい、ってことね?」

「そうですね」

 

 今まで口を閉ざしていた獣人族らしき少女が問いかけに対し、美汐はそう返した。

 

 つまりあの爆発は、その怯えた誰かが美汐に向かって魔術を放った結果なのだろう。

 ……が、いくら怯えているといっても、普通は問答無用で魔術は放つことなんてありえない。

 ともなれば、その誰かは余程何かに対して怯えていることに――。

 

 ――……待て。

 

 あまりに唐突な出来事が連続したため、一瞬忘れてしまっていた。

 自分が先ほど抱いた予感と確信。

 そしてあの爆発が起きた場所。

 

 繋がっていく。

 

 

 

 昨日の昼間――あの少女を寝かせた部屋は、どこだった?

 

 

 

「――」

 

 まったく持ってソラは今の状況を理解なんて出来ていない。

 が、それらのことなどは一瞬にして思考の外に追いやられる。

 

「あ、ソラ!?」

 

 シフォンの驚愕の声も当然のこと。

 気が付けばソラは、既に診療所の中へと駆け込んでいた。

 他にも誰かの声が聞こえた気がしたが、そんなものはどうでもいい。

 階段を数段飛ばしで駆け上がり、ソラは先ほどの部屋へと全速力で直行する。

 目的の部屋の扉は開け放ちになっていて、余計な手間は必要としなかった。

 

 立ち止まることはせず、ソラは部屋へと駆け込んだ。

 

 

 

 刹那、つい先ほど壁に横穴を開けたのと同じものであろう火球が、ソラへと襲い掛かった。

 

 

 

「しま――」

 

 気づいた時にはもう遅い。

 完全に衝動的に行動してしまっていたソラは、突如目の前に迫るそれに気づくことは出来ても、反応することは出来なかった。

 障壁展開も、回避も間に合わない。

 直撃する。

 そう本能で悟ったソラは、思わず目を瞑って――。

 

――……………………え。

 

 ――次の瞬間、ソラは"無意識に魔術を分解"していた。

 

――なん、で。

 

 呆然とする。

 部屋の中に視線をやると、そこには部屋の隅で、何が起きたのかを理解出来ずに硬直している少女がいる。

 姿形はアキに瓜二つで、しかしアキであるはずがないその少女。

 

 ソラは、"その少女を知っていた"。

 

 勘とか第六感とか、そんな曖昧なものではない。

 確かに、ソラはその少女のことを知っていた。

 ……いや。

 『知っていた』なんてものではない。

 "魔術が即座に分解できた"ことがその証拠。

 

 信じることは出来なかった。

 だが、"この感覚"だけは偽ることが出来ない。

 

「……アキ……なのか?」

「…………………………ぇ?」

 

 突然呼ばれたその名前に、少女は大きく間を開けて、ぴくりと反応を示す。

 怯えの色が濃かったその瞳に、僅かだが別の色が浮かぶ。

 驚いたような、信じられないというような、唖然とするような。

 様々な感情が入り混じったその様子からは、少女が正確には何を思っているのかは分からない。

 が、今はそんなことはどうでもいい。

 今重要なのはそんなことではない。

 ただ少女は、ソラの姿をじっと見つめ、そして、

 

「……おにい、ちゃん……?」

 

 そう、確かにソラを見て呟いた。

 

 

 

 言葉が上手く口から出てこない。

 何がどうなっているのか。

 今まで自分に言い聞かせてきたもの、その前提。

 全てがソラの中でごちゃまぜになり始めていて、一体何が真実で正しいことなのかが分からなくなる。

 信じられないという思考と、信じるしかないという本能の二つがせめぎ合い、上手く頭の中が整理できない。

 

 間違えるはずの無い"感覚"が確かに少女のことをアキだと指し示す。

 守ることが出来なかった"過去"が少女がアキであることを否定する。

 

 本当に、一体何がどうなって――。

 

「ソラッ!! 魔術の気配がしたけど大丈キャーッ!?」

 

 そこに、廊下に跡を付ける勢いでシフォンが急ブレーキを掛けながら姿を見せ――そのまま勢い余って盛大にすっころんだ。

 

「お、おい!? 大丈夫か!?」

 その後ろから、先ほど入り口の前にいた青年が着いてきていた。

 

「お……おーけーおーけー……おほしさまがキラキラしてるだけ……」

 

 見事に一回転はしてみせたシフォンが言うべき台詞ではない。

 うつ伏せたまま立ち上がれないその姿は、どう見ても満身創痍のそれである。

 そこに触れるべきではない、と悟ったのだろう。

 青年は呆れ顔で嘆息しつつ、ソラの方へと向く。

 

「……まぁいい。あんたの方は無事――のようだな」

 

 こちらは本当に五体満足で立っているソラの姿を確認し、安心したように言う。

 だが、ここまでの出来事を、ソラはどこか上の空で見ていた。

 

「……? おい、本当に大丈夫か?」

 

 その様子に気づいた青年が問いかけ、ソラの肩を叩くと、はっとしたようにソラは再度青年の顔を見る。

 

「あ……あぁ、大丈夫、だ」

 

 それで、ソラは何とか余裕を取り戻すことに成功した。

 何度か頭を振ると、ぼーっとしていた頭もある程度鮮明になってくる。

 これなら何とか考えを纏めることも出来そうだった。

 

 が、どうやら"もう一人"の方はそうもいかなかったらしい。

 

「や……やぁ……ッ」

 

 先までソラの姿を見て動きが止まっていた少女だったが、アキの奇行に青年が来たことで再び怯え始めてしまっていた。

 また魔術を放つ、という様子はなさそうだったものの、部屋の隅で小さくなり震えてしまっていた。

 その怯え方は尋常ではなく、少なくとも人見知りレベルのものとは到底思えなかった。

 

「あー……くそ……どう見ても"ただの子供"にしか見えねぇっての……」

 

 吐き捨てるように青年が呟く。

 それは別に少女に向けられた物ではなく、何かに納得していないような響きだった。

 もしかしたら青年達がこの場所にいることに何か関係しているのかもしれない。

 

「とりあえず天野を呼んできて――おいッ!?」

 

 呟いていた青年は、咄嗟に声を荒げて叫んだ。

 理由は単純で、ソラが少女の方へとゆっくりと歩み寄り始めていたからだ。

 

「ちょっと待て! そいつは――」

 

 しかし、青年の制止をソラは聞き入れない。

 そのままゆっくりと少女の前に辿り着いたソラは、やはりゆっくりと少女の前にしゃがみ込む。

 

 言ってしまえば、結論は出てはいなかった。

 ただ、もうこれ以上、この少女を放っておくことなど出来なかった。

 この少女は確かに死んだはずのアキ本人であり、その少女がずっと助けを求めていた。

 だから仮に後悔をすることになるとしても、それを無視なんて出来るはずはなくて。

 

 

 

「助けに来たよ――――アキ」

 

 

 

 ソラは、その名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 何だか色々と加速進行の第七話をお届けします。

 

 さて、今回で物語はようやく中盤に差し掛かったというところでしょうか。

 ここへきてやっと役者が揃った感じです。

 察しはついていると思いますが、ソラに助けを求めた声の主と美汐たちが探していた少女は同一人物です。

 そして、当然のように物語の中核になる存在。

 

 死んだはずのソラの妹。

 それに瓜二つの少女。

 二人が同一人物だとソラが確信を持った理由は――さてはて。

 

 というわけで今回はここで失礼します。

 また次回お会いしましょう。