呆然と。

 ソラとシフォンは、信じられないものを見る目でそこに倒れる少女へ視線を送っていた。

 

「ソラさん……?」

「シフォン?」

 

 唐突な二人の反応にマリーシアとリリスは首を傾げる。

 しかし、ソラ達は既にそんなことに気づけないほど、少女から目を逸らすことが出来なくなっていた。

 

――……有り得ない。

 

 ソラの頭を埋め尽くすのはただその一言。

 

 そこに倒れる少女の顔は、死んだはずのソラの妹のアキと瓜二つで。

 当時のアキよりは年上に見えるが、それでも生きていれば丁度これぐらいの年になっているはず。

 そう思えてしまうほど、その少女はアキそのものだった。

 

 故に、信じられない。

 

「どうして……?」

 

 シフォンも同じことを考えているのだろうか。

 ソラと同じように、信じられないと言う表情で倒れる少女を見つめていた。

 

 そっくりさん、なんてレベルでは無い。

 だからこそ混乱が加速する。

 

 しかしいくら考えてもそこに答えが存在するはずも無く、

 

「っ!? シ、シフォンさん、爆弾が!!」

「――ッ!」

 

 マリーシアのその一言で――硬直状態は再び動き出す。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『いつか見る明日へ』

    第六話 拭い去れない過去

 

 

 

 マリーシアの声が響いてからのシフォンの行動は早かった。

 長年培われてきた兵士としての条件反射なのだろう、何よりも先にシフォンの手はソラ達へと向けられる。

 

「『氷の障壁(アイスガード)』!」

 

 無詠唱で展開される氷の防御結界。

 本来は一面のみに形成されるそれは、しかしながら器用にソラ達を囲うように生み出される。

 

「そこから出ないでね、出たら安全の保障は出来ないよ!」

「シ、シフォンさん!?」

 

 マリーシアが咄嗟に声を上げるが、既にシフォンは地を蹴って倒れる少女の方へと向かっていた。

 先ほどまでの思考は一旦頭の外へでも追いやっているのか、その行動には迷いはない。

 そうして少女のもとへと辿り着くと、脇に転がる爆弾には目もくれずに少女を抱き抱える。

 

「……っ!」

 

 少女の顔を間近で見た際シフォンの顔が曇るが、それも一瞬。

 直ぐに意識を爆弾へと戻すと、少女を抱えたまま結界の傍へと戻った。

 

「この子のことお願い」

「あ、は、はい」

「分かった」

 

 結界の一部を解除し、マリーシアとリリスの間に少女を横にする。

 マリーシアも言いたいことはあるのだろうが、今はシフォンの言うとおりにすることにしたらしい。

 この状況では本職であるシフォンの判断に従うべきと判断したのだろう。

 リリスは言わずもがな――というよりは、最初からシフォンの言うとおりにしようとしていた節があるのだが、今は割愛。

 

 結界を再び閉じると、今度は爆弾へとシフォンは駆け寄る。

 もちろん、そこで何も考えずに爆弾に触れるという愚行を冒しはしない。

 

――本当は確実に分解して停止したいところだけど……。

 

 残念ながら、そんなことを悠長に考えている暇は無さそうだった。

 爆弾は先ほどから点滅しだしていて、既にその感覚も短くなってきている。

 既にいつ爆発してもおかしくは無い状況だった。

 

――信管を……いや、起動スイッチみたいなものはないし、魔力的なタイプか。

 

 頭をクリアに。

 持てる知識を総動員し、目の前にある対象を分析する。

 失敗は許されない。

 その背後には、四人分の命がある。

 大きさとしては小型とはいえ、先に爆発したものの規模を見れば十二分な危険性を持っている。

 確実に、かつ被害を出さずに押さえ込むために頭の中で一つ一つ情報を整理していく。

 

――核の部分は無い……となると、内包した魔力を暴走させて爆発させるタイプ……。

 

 時間が無い。

 点滅は無常にも、シフォンが思考を巡らせている間にさらに点滅を早めて行く。

 

「シフォンさん!!」

 

 マリーシアの叫び声が響く。

 しかしシフォンは引かない。

 

 "守る"。

 

 何故ならシフォンは、ただそのためにこの場所にいるのだから。

 

――なら魔力を循環させるための回路があるから、それを停止させれば……!

 

 そして、ついに至る。

 思考を重ね、短い時間で分析し、その術へと辿り着く。

 

 そして、それと同時だった。

 爆弾の点滅の感覚がもっとも短くなり、そして――。

 

「間に合え……ッ!」

 

 ――ゼロになる――。

 

 

 

 

 

 

 全ての音が消えてしまったような感覚に捉われていた。

 まるで、この辺り一体の時間が完全に止まったようなもので――。

 

「……は、はふぅ……」

 

 なんて、そんなわけはなく。

 今まで止めていた息を一気に吐き出すようなマリーシアの声で、場の硬直が解れていく。

 よほど緊張の糸を張り詰めていたのだろう、その額には冷や汗が浮かんでいた。

 年頃の少女に、先ほどの出来事は少し刺激が強すぎたのか。

 

「止まった?」

 

 しかし、同じく年頃の少女であろうに、リリスの反応は淡白なものだった。

 別段焦った様子も無く――というか様々なことを理解していない感じがする――首を傾げていた。

 その問いは誰に向けられたものかは分からないが、少なくとも一名を除いてはその問いに対する明確な答えなどは持ち合わせてはいない。

 

「どう、だかな」

 

 つい先ほどまで呆然としていたソラも、さすがに目の前の出来事を無視しきれなくなって呟く。

 その視線が直ぐ傍に横たわる少女へ向けられていないのは、意識してか無意識か。

 

 ともあれ、この三人の視線は全てが同じところへ向けられていた。

 

 かすかに立ち上る冷たい白煙。

 魔術が発動したことを確証付ける僅かなマナの流れ。

 

「……ふぅ……」

 

 そして、それらを乱すシフォンの吐息。

 一体それが何を表すか――は考えるに値しない。

 何故ならばそれがあることが、答えだ。

 

「間、一髪」

 

 苦笑を浮かべ、シフォンはこちらにVサインを向けて見せた。

 

「よ、よかった……」

 

 マリーシアがその場にぺたんと座り込んでしまう。

 苦笑すら浮かべる余裕もないらしく、その顔にあるのは一筋の冷や汗だけ。

 この年頃の少女にはやはり刺激が強すぎた出来事だったに違いない。

 むしろ今までそれに耐えていただけでも大したものだ。

 

「マリーシア、大丈夫?」

「うん……ありがとう、リリスちゃん」

 

 ここでやっと心の整理が追いついたのか、無表情ながらも気遣いの言葉を発してくれたリリスに苦笑を返すマリーシア。

 その二人の姿を横目に捉えながら、ソラは今一度シフォン――その足元で氷に包まれた爆弾へと視線を向けた。

 

「……あぁもう、そんな心配そうな顔しないでよ」

 

 別にそんな顔をした覚えも、そもそもそんな余裕も無かったのだが、シフォンはおどけたように苦笑を返してきた。

 

「内部の魔力回路の動きを完全に凍結して停止させたから、爆発はもうしない」

「……そうか」

「ついでに言うと、氷が溶けた後も外部から手を加えて魔力の循環を再開させない限りは起動もしないから安心して」

 

 とは言っても、とシフォンは続ける。

 

「さすがにこのまま近くにいるのは危ないから、ひとまずは安全なところまで行こうか。私が誘導するから」

 

 懐から連絡水晶を取り出しながらそう告げた。

 おそらくは爆弾の処理を仲間の兵に頼むつもりなのだろう。

 

「ソラ」

「……あぁ」

 

 相変わらず思考はぐしゃぐしゃだ。

 それでもシフォンに名を呼ばれ、すべきことの優先順位を頭の中に羅列し無理矢理に自分を納得させて頷きを返した。

 

「マリーシア、立てるか?」

「……えと、あはは……」

 

 地面に座り込んだままのマリーシアに手を伸ばすが、マリーシアはその手を見るだけで掴まろうとはせずに苦笑を返す。

 どうやら安堵から完全に腰が抜けてしまったらしい。

 そんな心境でもないだろうに、それでも何故か苦笑が漏れた。

 

「シフォン」

「あいよ。マリーシアちゃんごめんねー」

「ひゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴と共にマリーシアの体が宙に浮く。

 というか、マリーシアに軽々と片手で抱きかかえられた。

 さすがにマリーシアの回復を待っているわけにもいかないので、一種の強行手段だ。

 

「リリスはどうだ?」

「大丈夫」

 

 ぴょん、と証拠にと言わんばかりにその場で小さくジャンプ。

 

「あ、リリスちゃ――」

「あにゃ!!」

 

 ガツン、と小気味のいい音と先ほどのマリーシアとは打って変わったかのような悲鳴。

 リリスの頭頂部がシフォンの顎を見事に捉えた音とそれに伴う悲鳴であった。

 結構痛烈な一撃だったのだが、辛うじてシフォンが踏みとどまれたのは日頃の修練の成果かマリーシアを抱えている責任感からか。

 どちらにしてもダメージはどこへも逃げないのだが。

 

「……シフォン、ごめんなさい」

「だ、大丈夫……リリスちゃん可愛いからおーるおっけー……」

「いいのかお前それで」

 

 激しく何かが間違っている気がするのは何でだろう。

 でも痛む顎を抑えて涙も滲んでるのに幸せそう辺り、ソラの理解出来ない彼女なりの考え方が絡んでそうなので考えるのはそこまでにした。

 大丈夫、特殊な性癖があってもシフォンは紛うこと無きソラの大切な人物である。

 

「さ、さて、それじゃあ行こうか!」

 

 気合を入れなおしたのか、痛みを意識の外へ追いやるためか。

 片手にマリーシアを抱えたまま器用に少女を背中に背負うと、シフォンは一つ声を上げて歩き出した。

 

「あぅっ、あぅっ」

 

 その歩みの度に揺さぶられるマリーシアが若干不憫に思えたりしたのは、ここでは内緒。

 

 

 

 

 

 

 復興作業は昼夜問わず続けられている。

 今もすっかり日は落ちたと言うのに、そこかしこから復興の音が聞こえてくる。

 昼間の爆発騒ぎなどはまるで嘘のようにその音が止むことは無い。

 

 ソラは屋根の上に腰掛け、そんな音を聞きながら空を見ていた。

 

「こんなところにいた」

 

 ソラが簡単に登れるぐらいだ。

 家主であり、ソラよりも身体を鍛えてあるシフォンにとっては造作もないことだったのだろう。

 ソラを探していたのか、少し呆れた声を出しながら器用に片手だけで屋根の上にシフォンが上がってきた。

 

「何か考え事?」

「いや……」

 

 足を滑らすようなベタな展開もなく、ソラの隣にやってきたシフォンは断りは入れずに腰を下ろした。

 いまさら遠慮するような間柄でもないのだが、果たしてベッドに入る直前の薄着でそこにいるのは女性として如何なものなのだろうかと考えてしまうのは仕方のないことだと思う。

 

「やっぱり気になる? あの子のこと」

「否定、したはずなんだけどな」

「隠せるとも思って無いくせに」

 

 そう返してため息一つ。

 ごろんと屋根の上に寝転がると、ソラとは違う視点から空を見上げた。

 

「とりあえずさっき連絡があったよ。酷く衰弱しててしばらくは絶対安静だけれど、命に別状はないって」

「そうか……」

 

 ソラの言葉を何も待たずにシフォンは言葉を続ける。

 と言っても、考えていることは見事に見抜かれてしまっているようなので口を挟んだところで大差はないのだろうが。

 視点を降ろし、ソラは今も眠らない城下へと目を向けた。

 そこには先と変わらず、復興のために動き回る人々の姿がある。

 

「いつまでこの調子が続くのかな」

「生活に支障がなくなるまでだろ」

「そうじゃなくって……皆がもっと協力的になれば、もっと捗るんだろうなって」

 

 シフォンが気にしているのは復興作業の進行作業などではない。

 それに対しての人々の反応のことを言っているのだ。

 確かに今でも復興作業は少しずつ進んできている。

 ……が、やはり国民の半数以上がそれを積極的に手伝っていない現状では、その効率も決していいとは言えない。

 

「どうだろうな。手伝いたくない奴が手伝ったところで、邪魔にしかならないと思うけど」

「興味無さそうな言い方だねぇ……」

「実際、手伝ってない側の俺には関係のない話だ」

「……そっか」

 

 加えて、今後も手伝いにいくということもないだろう。

 出来るかぎり他人とは関わりを持ちたくはない――ソラのその考え方は変わらない。

 

「もう寝るよ。連絡のこと、教えてくれてありがとな」

 

 そう言ってソラは立ち上がる。

 来た道を辿り、屋根からベランダに戻り――。

 

「ねぇ、ソラ」

 

 戻ろうとしたところで、シフォンが声を掛けた。

 足を止め、ソラはシフォンの方を向き直る。

 いつの間にかシフォンは体を起こし、ソラの方を真っ直ぐに見つめていた。

 そうしてわずかな間が開き、やがてシフォンが口を開いた。

 

「まだ、怖い?」

「……ッ」

 

 ソラの体が小さく反応する。

 他の何でもないシフォンのその言葉に。

 

「いつまでもそのままじゃ駄目だってことぐらい、気づいてるよね」

「……このままも何も無いさ」

 

 僅かに開く間。

 ソラはシフォンから視線を逸らし、屋根からベランダへと飛び降りる。

 

「……アキはもう死んだ、それだけだよ」

 

 そうして辛うじてシフォンに聞こえる声量でそれだけを告げると、家の中へと入っていった。

 まるでその話はそこで終わりだと言わんばかりに。

 

 それを見届けてから、一人屋根の上に残されたシフォンは再び横になると空を見上げた。

 

「……ちょっと性急過ぎたかなぁ」

 

 誰もその言葉を聞く者などいない。

 それが分かっているから、いつもなら頭の中だけで考えるようなことを全て言葉に乗せて吐き出す。

 

「そりゃ怖いよね……"大切な何かを失う"のは」

 

 失ったことがあるから、失うのが怖くなる。

 失うのが怖くなるから、失わないようにする。

 失わないようにするために、失えてしまうものを得ないようにする。

 

 それこそがソラの考え方の根本にあるもので、全てだった。

 妹を失ったあの日から――大切なものを失ったあの日から、大切なものを作らないようにするために。

 もう二度と、同じ悲しみを味わうことのないように。

 

 ソラはそうして、全てに深く関わらないように生きてきた。

 

「でも……そのままじゃ駄目なんだよ、ソラ」

 

 つい先ほどソラ本人へ向けても放った言葉をシフォンは呟いた。

 

「"あの子"は――」

 

 しかしその先に続けられた言葉は、独り言にしても小さい。

 誰に届くことも無い言葉は、風に流され、消えた。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 時を同じくして、カノン城。

 報告を受け、城の"地下"にあったとある空間を訪れた男――相沢祐一は、その光景にしばし言葉を失った。

 

「カノンが行っていたという実験、その動かぬ証拠です」

 

 そこにあったのは、城の地下などという空間にはけっしてそぐわない物。

 巨大な水槽、"何か"の四肢を拘束するための台、床に乱雑に散らかる医療器具に見えなくも無い道具。

 他にも太いケーブルや薬品を納めておくための棚、何らかの資料があちらこちらに見受けられた。

 

 その光景は、間違いなく――。

 

「……リリス――魔導生命体の、実験場か」

「十中八九、間違いないかと」

 

 祐一の出した答えに美汐は頷きを返す。

 まったく事情を知らない人が見ればまた別の答えが出るかもしれない。

 だが、リリスという魔導生命体の存在を目の当たりにした祐一にとっては、それ以外の答えなど出てくるはずが無かった。

 

「よくここを見つけたな」

 

 ここへの入り口となっていた場所は巧妙に隠蔽されており、一定の手順を踏まなければ開くことすらままならないものだった。

 物理と魔術、二重に隠蔽が施されたこの場所を見つけるのは、決して簡単なことではないはずだ。

 しかしそれを、美汐はあっさりと見つけ出してしまったのだ。

 

「主様からあのリリスという子の話は聞いていました。ですから、あとはどこかに地下空間が無いかを探して、私が内部に跳躍して内側から鍵を開けたんです」

「……なるほどな」

 

 美汐の持つ能力の空間跳躍を使えば、いくら地下とはいえ内部に侵入することは容易だろう。

 そして、いくら巧妙に隠蔽された入り口とて、それはあくまで外側の話。

 それが内側から開けるとなれば話は別、いとも簡単に開くに決まっている。

 

「しかし、わざわざ報告だけではなく俺を連れてきたと言うことは、何か見せたい物でもあるのか?」

 

 実験場を見つけた――というのは確かに無下に出来る報告ではない。

 が、それでもわざわざ祐一を連れてくるという理由にはならない。

 それこそ、祐一以上にこの手の者に詳しい者は多いわけで、調査をしたいという理由であれば祐一ではなくそちらを連れてこればいいのだ。

 しかし美汐はそうはせず、こうして実際に祐一を連れてきた。

 

「はい、こちらです」

 

 その読みはどうやらはずれでは無かったらしく、美汐は最深の区画へと向かって歩いていく。

 大小複数の区画からなる巨大な空間。

 城の地下にこんなものが、と驚愕を禁じえない祐一だったが、美汐に案内された最深部で"それ"を見た時、今度こそ言葉を失った。

 

 おそらくは全ての区画の中で最も広いその場所。

 そこには、入り口にあったものと同系統の水槽が実に十五は並んでいた。

 そして、その水槽に繋がる何のためかは分からぬケーブル。

 この区画にあるのは、それが全てだった。

 だが、祐一が言葉を失ったのは当然それが原因ではない。

 

 "それ"は、水槽の中にあった。

 

「……魔導、生命体」

 

 やっとのこと言葉を発した祐一が、一つの答えを呟く。

 美汐はそれに無言の頷きを返す。

 

 立ち並ぶ水槽の中。

 そこに入っていたものこそ、先ほど美汐が言っていた、『動かぬ証拠』。

 

 

 

 実験の果てに生み出された、魔導生命体達。

 

 

 

「リリス一人じゃ無かったというのか」

「複数体を異なる方法で製作し、それぞれの実験結果を集めるつもりだったのでしょう」

「効率化を図っての結果、か……」

 

 言葉で聞くのとはまるで異なる現実味が押し寄せてくる。

 美汐が祐一に見せたかったのは、それが理由だろう。

 確かにこれは、口頭や紙面上だけで把握したつもりになっていい問題ではなかった。

 

「この子達は、生きているのか?」

「いえ……おそらくは」

「そうか……」

 

 全てがリリスのように――とはいかないらしい。

 そう思いながら区画内を見渡していると、一つ空になっている水槽を見つけた。

 水槽の端にはネームプレートが付けられており、そこには『リリス』と刻まれている。

 おそらく、これがリリスの入っていた水槽なのだろう。

 

「それと、もう一つ」

 

 美汐はそう言うと、区画の隅にある水槽へと歩み寄っていく。

 

「主様にはこちらも見て頂きたく」

 

 この光景を見せるため――というのが全てではないらしい。

 相変わらずの無表情の中に、どこか厳しい雰囲気を漂わせながら言葉を発した美汐の示す水槽へと祐一も歩み寄る。

 

「……これ、は」

 

 そして、それを見た時。

 祐一は再三驚愕した。

 

「もし、全ての魔導生命体がリリスのように『敵を殺す』意思を埋め込まれているとしたら」

 

 美汐の言おうとすることを、既に祐一も理解し始めていた。

 そして、美汐が祐一をここに連れてきたもう一つの意味も。

 

 なぜならば。

 

「あぁ……下手をしたら、どこで何を敵として認識するか、分かったものじゃない」

 

 祐一達が見ている水槽の中身もまた――"空っぽ"だったのだから。

 それは即ち、その中にいた魔導生命体が、リリスと同じく外に出てしまったことを意味していた。

 

「如何しましょう、主様」

 

 このままでは、その魔導生命体がどんな騒ぎを起こすか想像が付かない。

 そういう意味を込め、美汐は祐一へと問いかける。

 

「相手はリリスのように子供も同然だ。あまり刺激すると、今度はこっちを敵として認識される。かといって、戦闘能力が低い者を向かわせるわけにも行かない」

「しかし、並の者では魔導生命体を見分けるのも難しいかと」

「あぁ。だから、"それを認識できる者"も向かわせる。それと……美汐、お前も向かってくれ。空間跳躍があれば、万が一逃げられても直ぐに捕縛できるはずだ。他にも数名、手の空いてる奴を向かわせよう」

 

 あまり武器を持たせた状態で城下を歩かせたくは無いが、幸い今は夜で出歩いている者も少ない。

 昼になって騒ぎが起きる前に、何としても自体は水面下で収束させたかった。

 

「名前は覚えておいてくれ。もしかしたらリリスのように自分の名前を認識しているかもしれない」

 

 そう言って、祐一は水槽に貼られたネームプレートを見る。

 そこに刻まれていた名前は――。

 

「『アキ』……ですね、承知しました」

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 だいぶ間が開いてしまいましたが、なんとか第六話をお届けします。

 

 さて、やっとこさ物語の中核部分の存在が出てきました。

 アキ=リースティン。彼女はソラの妹であり、今回の話の中心になる人物です。

 そして間違いなく、動かし方が一番難しいキャラになりますw

 

 さてはて、ソラの過去、そしてアキという少女は一体――。

 

 

 

 というわけで、今回はここで失礼します。