果たして何が起こったのか、少女はすぐには理解することが出来なかった。

 突然に轟音が響いたかと思えば、それは地面を揺らし、もとより足元が覚束なかった少女はいとも簡単に地面へと倒れこんでしまった。

 それに一瞬遅れて聞こえてきた多くの人の悲鳴。

 

 何かが起きた、と少女はそこで始めて理解する。

 

 しかし意識は既に朦朧とし、まともに頭が働かない少女にはそれ以上のことを理解することは出来なかった。

 だが、生き物としての本能が少女の頭の中で警笛を鳴らした。

 

 ここにいてはいけない。

 

 今すぐにここから離れろ、と――。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『いつか見る明日へ』

    第四話 騒乱の最中 中編

 

 

 

 一体この状況をどうしたものかと考えていると、不意にソラの腕をシフォンが引っ張った。

 シフォンはソラの身体を引き寄せると、リリス達には聞こえないぐらいの声で耳打ちをしてきた。

 

「ちょっとソラ、これどういう状況? キミが誰かといる光景ってレアなんだけど」

「お前何気に酷いこと言ってる自覚あるか?」

「事実でしょ……。ってそれはどうでもよくて、本当にこれどういう状況なわけ?」

 

 どうにも彼女からすれば、こうやってソラが誰かと向き合っている光景自体が珍しいことらしい。

 確かにソラの性格を鑑みれば間違ってはいないのだが、それでももうちょっと言い方というものがあってもいいと思う。

 

「どういう、と訊かれてもなぁ」

 

 ちらりとリリス達の方を見やる。

 リリスがそれに気づいて首を傾げてきたが、苦笑だけを返しておいた。

 

「俺もリリス――あの子と少し話をしてただけなのに、気づいたらこんな感じに」

「あの子って、今頭撫でられてる?」

「そうだよ」

 

 大分端折った気がするが、間違ってはいないので問題ないだろう。

 シフォンからすれば、ソラが誰かと――それも子供と話していたという事実が珍しいのだろう、ちらちらと視線をリリスへと向けていた。

 その視線を向けられたリリスは相変わらず首を傾げるだけだったのだが、その仕草がクリティカルヒットでもしたのか、一瞬で破顔していた。

 

「お前って子供好きだっけか?」

「いつの間にあんな可愛い子と知り合いに……」

「……あぁ、そう」

 

 大好きらしい。

 その幸せそうな顔を見れば一発で分かってしまった。

 いやまぁ、ぶっちゃけどうでもいいのだが。

 

 そんなシフォンは置いておいて、ソラはリリスの隣にいるもう一人の少女へと視線を向けた。

 

「えっと。マリーシア、だったか?」

「え? は、はい。マリーシア=ノルアーディっていいます」

 

 不意に話を振られたからか、少し驚きながらもマリーシアは口を開いた。

 昨日と変わらず、ちょっと気の弱そうな印象を受ける。

 が、昨日と違って今は知っている者が傍にいるというのが大きいのか、少なくとも昨日よりは明るくなっているように思えた。

 

「ソラ=リースティンだ。昨日はあれから大丈夫だったか?」

「あ、はい。包帯も得に汚れたものも無かったので、あの後にすぐに届けることが出来ました」

「そっか、良かった」

 

 本当にソラが訊きたかったのは、ソラの方に来た男みたいな輩に襲われなかったか――ということだったのだが、返事を聞いた限りそういったことは無かったのだろう。

 そこは一安心だった。

 あの時ぶつかってしまったのは自分の不注意のせいでもあったし、それでこの少女が何か悪い目にあっていたとなると、いくらソラとはいえ目覚めが悪くなってしまう。

 

「その子もソラの知り合い?」

 

 そんなことを考えていると、幸せモードから復帰したらしいシフォンがソラへ問いかけてきた。

 ただマリーシアの持つ翼のことには触れず――というか、本当に気にしてないだけなのかもしれない。

 

「いや。マリーシアは……ほら、昨日ぶつかった子だよ。話しただろ」

「あぁ、なるほど」

 

 昨日の帰宅後に話しておいたのが幸いしたか、それだけで合点がいったらしい。

 

「えっと……?」

「あぁ、悪い。こっちは俺の知り合い。さっきリリスには話したけれど、俺はこいつの付き添いでここにいるんだよ」

「シフォン=フィリスだよ、よろしくね」

「あ、はい……よろしくお願いします」

 

 性格柄か若干人見知りをしているっぽかったが、まぁ何度も会うような間柄でも無いし問題は無いだろう。

 

「で、そっちにいるのが――」

「リリスは、リリスって言うの」

 

 ソラが言うよりも早く、リリスはソラの時とまったく同じようにシフォンに自己紹介した。

 その姿がまたシフォンにとってドツボだったらしく、

 

「リリスちゃんかぁ、よろしくねー」

 

 何と言うか、幸せいっぱいだった。

 リリスの一挙一動がツボなのか、無表情のままのリリスを見て悶えていた。

 ……第三者視点で見たら不審者以外の何者でも無かったのだが、あえて言わないでおく優しさである。

 

「水を差すようで悪いが、ソラ=リースティンと言ったな?」

 

 不意に、今まで口を閉ざしていた男がソラの名を呼んだ。

 

「リリスのことを知っているようだが、城に来たことはあるのか?」

「いえ……そんなことはないですが。俺はシフォンの付き添いで来ただけで、城に入るのは始めてです。リリスとは城下の方で知り合いましたから」

「ふむ、そうか――って待て、城下だと?」

 

 一体男がソラに何を聞きたかったのかは分からないが、それ以上にソラが続けて放った言葉に驚いた様子を見せる。

 そしてそれは、その隣にいたマリーシアも同様で。

 

「も、もしかして昨日リリスちゃんがお城にいなかったのって……」

「? リリスは、外を歩いてただけ」

「リ、リリスちゃぁん……」

「……まぁ、今のリリスは好奇心の塊だからな」

 

 なにやらソラ達の窺い知らぬ事情があるらしいが、とりあえずそんな会話でこれだけは悟った。

 リリスはきっと、城を黙って抜け出してあの時あの場所にいたのだろう。

 そこで偶然ソラと出会い、今に至っているに違いない。

 なんと言うか、活動力旺盛な子らしいかった。

 

 まぁそれはいいとして、と男はソラの方へ向き直る。

 

「変なことを聞いて済まなかった。この子はまだ友達と呼べる者が少なくてな。少し気になったんだ」

 

 それは少しばかり以外だった。

 確かにリリスという少女は、人付き合いに長けているようには思えない。

 が、少なくとも人見知りというものとは無縁のように見える。

 子供というのは、人付き合い云々よりも、そういう人見知りをするかしないかが友達といった存在を作る大きな基準点なのだとソラは思っていた。

 

 ともなると、やはり何か特別な事情があるのだろう。

 考えた結果、またもその結論にたどり着いたため、ソラはそこで思考をストップさせた。

 

「よければこれからもリリスとは仲良くしてやってくれ」

「それは、もちろんです」

 

 保護者としての笑い顔を浮かべた男に、ソラも笑顔でそう返した。

 もっとも、当の本人は終始首を傾げているだけだったのだが。

 

 そしてその姿を見、シフォンが幸せそうに顔を綻ばせていたのはもはや言うまでもない。

 

「さて、そろそろ――」

「ご主人様、ここにいらっしゃいましたか」

「……見つかったか」

 

 男は話を切り上げようとしたのだろうが、その言葉を遮るように聞こえた声に、男は苦笑を浮かべた。

 どこか不機嫌――と言うより怒っているようなその声は、マリーシア達が来たのと同じ方向から聞こえてきた。

 ソラとシフォンは男越しに、男達は後ろを振り返ってその姿を確認する。

 

「美咲か」

「『美咲か』、ではありません。あれほど安静にとお願いしたのに、どうしてこんなところにいるのですか? ご主人様?」

 

 聞こえた声の通り、その声の主は怒っていた。

 全員が見た先にいたのは、おそらくはソラやシフォンと同年代程度の人間族の少女。

 その少女は感情こそ表情に出してはいなかったが、語調から男に対して怒っているのは明白だった。

 

「安静も何も、言っただろう。今回はなぜかいつもとは違ってどこにも不調はないんだ」

「"不調が無いのが異常"だということは、ご主人様が一番理解しているのでは?」

「だから万が一に備えて、マリーシアに同行してもらうと書き置きを残しただろう」

「私が言いたいのはそういうことでは……いえ、この話は後にします。そちらの方々に失礼ですね」

 

 もうすっかりソラ達のことを置いて話が進められるかと思いきや、以外にもそのソラ達を気遣った発言をしたのは、美咲と呼ばれた少女本人だった。

 怒りで周りが見えてないのかと思っていたが、そういうわけでも無かったらしい。

 

「見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありませんでした」

「あぁ……いえ。気にしないでください」

 

 確かに置いていかれた感はあるのだが、それはそもそもこの場に不釣合いなソラ自身が言えることではない。

 それに、先ほどの会話を見るに、この少女だって男のことを心配していたのだろう。

 ならばわざわざそこを指摘する必要もない。

 

「それに――」

 

 と、ソラが続けようとしたところで、今までそのやり取りを黙って聞いていたリリスが不意に少女の服の裾を掴んだ。

 

「美咲、パパを怒らないであげて」

「リリスさん?」

「私が勝手にいなくなって、パパを困らせたの。だから、パパを怒らないで」

 

 それは、親を持つ子供としては当然の思考だったのかもしれない。

 が、男達を含め、ソラまでもがその言葉には驚いた。

 何せリリスは、昨日ソラが少し話しただけでも分かるぐらいに感情の機微が少なかったはずなのだ。

 それなのに、こうして今まさに、リリスは男のことを『心配』し、『庇って』いる。

 

 その事実というのは実に小さな変化かもしれないが、しかし明らかにリリスにとっての成長と呼べるものだった。

 それが、純粋にソラ達にとって驚愕すべき事実となっていた。

 

「リリスちゃん……」

「美咲、ダメ?」

 

 周りが今何を考えているかということは気づいてなどいないに違いない。

 ただリリスは、その真っ直ぐな瞳で懇願するように少女を見つめた。

 

 やがて、その視線に少女は折れる。

 

「……分かりました。リリスさんがそう言うのでしたら」

「うん。ありがとう」

 

 そう言って、リリスは微かにだが笑みを浮かべた。

 ソラの後ろでブッと何かが切れる音がしたが、全力で無視することにした。

 

「それではご主人様。今から会議室までご一緒願えますか?」

「もう寝ていろ、とは言わないのか」

「この状況でそう言って、ご主人様は聞き入れてくれるのですか?」

「無いな」

「……ですので、それならばこれから現状についての話し合いを部隊隊長達と行う予定ですので、ご主人様も出席していただければと」

 

 即答した男に少女は少し呆れたような表情を浮かべたが、それも一瞬。

 呼び方から見るに、この男にもある程度昔から仕えている身なのだろう。

 故に男の性格は熟知している、とそういった感じに違いなさそうだった。

 

「分かった、直ぐに俺も向かうとしよう」

「パパ、お仕事?」

「あまり長くいられなくてすまないな」

「ううん。リリスは大丈夫」

 

 リリスの頭を男が優しく撫でる。

 嬉しそうに目を細くするリリスを男は笑顔で見ると、マリーシアへと視線を向けた。

 

「そういうわけでマリーシア、リリスのことを頼めるか?」

「あ、はい。分かりました」

 

 男の言葉にマリーシアは頷くと、リリスの手を取って微笑みを浮かべた。

 その様子に男は満足げに頷き、今度は相変わらず会話には参加できずにいるソラ達の方を振り返る。

 

「どうやら、今はまともに話せる時間も無いらしいな」

「みたいですね」

 

 お互いに窓の外へと視線を送る。

 

「問題は山積みだが、これがまず俺がやること……か」

 

 それは独り言だったのだろう。

 外を見る男の口からそんな呟きがぽつりと漏れた。

 

「……あなたは――」

「俺が奪い、得たものがある。そのためならば、俺に掛かる苦労なんて安いものだ」

 

 果たして今度のそれはソラが言いかけた言葉に対する返事か、独り言か。

 先ほどよりはやや大きく、しかし話掛けたものとは判断しづらい声量でそう告げると、男は窓の外から視線を外す。

 

「人々の悩み、恐れ、怒り。その全てを背負い、助け合い生きていく。俺はそう決めたからな」

 

 だから弱音なんて吐かない、そう言うと男は踵を返した。

 

「それでは忙しなくてすまないが俺は行く。話はまたの機会になるだろうが、すまないな」

 

 そう言って男は歩き出そうとする。

 

「……」

 

 果たして男がどんなことを考えているのか、相変わらずソラには分からない。

 が、ただ一つだけ、確信に近い予感を抱くことは出来た気がした。

 だからソラは一瞬迷い、しかしそれを言葉にすることにした。

 

「……そんな"国が出来ること"を、期待してますよ」

 

「……ほう」

「ご主人様――」

「いや、いい」

 

 ソラの言葉に、何かを言おうとした少女の言葉を男が遮る。

 

「ソラ=リースティン」

「ソラ、でいいですよ。フルネームだと面倒臭いですから」

「そうか。ならば、ソラ」

「はい」

「その期待――応えてみせようじゃないか」

 

 男は凛と告げた。

 迷うこともなく、そして躊躇うこともなく。

 

「即答、ですか」

 

 嫌味ではなく、一つの意思確認としてソラはそう返した。

 常日頃から人との深い関わりを持とうとしないソラにすれば、それは一種の踏み込んだ発言に含まれるだろう。

 そして普段であれば、ソラがまず避けようと意図する発言のはずだ。

 だけど、何故だろう。

 結局は自分がこの国に住まう者だからか、理由はよく分からなかったが、気が付いてもソラはその口をとめようとは思わなかった。

 

「お前が今言ったことが、俺にとって"初めて聞く国民の声"だ。だとすれば、それに応えるのが今の俺のすべきことなのだろう」

 

 ならば、と男は笑顔を浮かべて見せた。

 

 

 

「二言はない。ソラ、お前の声に俺は必ず応えると約束しよう」

 

 

 

 

 

 

 男が立ち去った後、その姿が消えた方向へ視線を送り続けるソラの肩をシフォンが叩いた。

 

「あのさ、結局最後まで私会話に入れなかったんだけど、やっぱりあの人って――」

「まぁ、お前の想像通りの相手だろうな」

 

 あっさりとソラは言ってのける。

 今になって焦りだす、というようなお約束の反応も見せないソラにシフォンは苦笑を一つ。

 

「……キミが自分からあんなことを言うのも驚きだけど、よくあの人相手にあそこまで言えたもんだね」

「俺としても、自分の性格そっちのけにしてもいいぐらいには興味があったんだ」

「そりゃまた、珍しい――って、私もいい加減、こんな場所で油売ってる場合じゃないや」

 

 シフォンとしては普段とは違ったソラの反応に興味があるようだったが、それ以前に今自分が何をすべきかを思い出したらしい。

 ここへ来た以上、それをそっちのけにもするわけにも行かないだろう。

 

「それじゃあ私も行くけど、無茶しちゃ駄目だからね?」

「分かってる。そっちも気を付けてな」

「うん、ありがと。それじゃあ行ってくる」

 

 先ほどの会話の間に多少の落ち着きは取り戻せたらしく、ある程度の余裕を持った歩みでシフォンは廊下を歩いていった。

 まぁ、ここで多少の油を売ったのもいい方向に働いた……という認識をしていいのかもしれない。

 

「さてと」

 

 シフォンの姿が廊下の角に消えるのを確認してから、ソラは振り返り、肩越しにリリスたちを見た。

 

「それじゃあ俺も行くよ。このままここでじっとしてるのも何だし」

「ソラ、どこか行くの?」

「あぁ――って言っても別に具体的な行き先があるわけじゃないけど。さっき言ったように俺はこの城の人間じゃないから、何があるのかも分からないからな」

 

 下手をすれば迷子に……という可能性も一瞬考えたが、さすがにそこまで方向音痴でもないので大丈夫だろう。

 適当にバルコニーやらどこかにあるであろう食堂あたりで時間を潰せばいい、とそんな程度に考えていた。

 

「あ、あの。ソラさん」

 

 ……のだが、どうやら今日は本当にいつも通りにいかないことが多い日らしい。

 

「よければ、お城の中、私達でご案内しましょうか?」

 

 歩き出そうとしたソラを引き止め、そう切り出したのは意外にもマリーシアだった。

 引っ込み思案なところがある彼女からは少し意外な言葉。

 

「いいのか?」

 

 思わず聞き返してしまったのだが、マリーシアは特に気を悪くすることもなく微笑む。

 

「はい。その、昨日のお礼ということで」

「……昨日のあれは、ぶつかった俺が悪い気がするんだけど」

 

 昨日の一連の流れを思い出して苦笑する。

 そもそも自分がちゃんと注意してあるいてさえいれば、あの場所でマリーシアと知り合うことすらなく、そしてマリーシアが転ぶこともなかったはずだ。

 しかし、マリーシアは笑顔を浮かべたまま小さく首を横に振る。

 

「ソラさんは、その……。私を見ても、何も言わないでくれましたから」

 

 マリーシアはそっと自分の背中へと手を回す。

 そこにあるのは、人間族の気配を持つ少女には不似合いの黒い翼だ。

 

「人間族なのにこんなものがある私を、ここの人達は異常な物を見るような目で見るんです」

「……それは」

 

 マリーシアには悪いが、それは少なからず間違いではない、と思ってしまった。

 種族差別という考えを抜きにしても、黒い翼を生やした人間族、というのがそれだけで存在が特殊なものだと少し考えれば分かってしまう。

 事実、ソラだって口にしなかっただけで、初めてマリーシアを見た時は驚いてしまったのだから。

 

「でも、ソラさんは違いましたから」

 

 しかしマリーシアは笑顔のまま続けた。

 

「私、これが生えてから、誰かの気配とか感情とか、そういうものを敏感に感じれるようになったんです」

 

 理由は、難しくてよく分かりませんけど、と苦笑。

 

「だから、分かったんです。ソラさんは私を見ても、驚いただけで普通の人間族として接してくれてるんだって」

 

 黒い翼のせいで、人の気配や感情の動きに敏感になった、というのは少しばかり信じがたい話だった。

 少なからず、ソラは今まで翼の生えた者を何人も見たことはあっても、そんな体質になったという者の話は聞いたことがない。

 しかし、マリーシアの言ったことは憶測で言えるようなことでもなく、さらに言えば、マリーシアが言ったことは間違ってはいなかった。

 

「まぁ、その中には色んな事情を抱えた人はいるだろうからな」

 

 つまるところ、ソラは種族の違いを含め、そういうところが相手を判断する基準にはならないと思っている。

 相手にどういう特徴があれ、最終的にその者を判断できるのはその者自身の内面を知った時だ。

 だから、そういった特徴の一つ一つでその者が異常、などという考えはソラの中には無かった。

 

「私にそうやって接してくれた人……仲間の皆さんはそうでしたけど、この国に住んでいてそうやって接してくれたのは、ソラさんが初めてだったんです」

「だからそのお礼、か」

「はい。……その、ご迷惑でなければ、ですが」

「迷惑というか――」

 

 いい掛けて、ソラは一つの結論に至って苦笑した。

 人の感情などに敏感、ということは、だ。

 

「あぁ。それじゃあお願いしようかな」

 

 それはつまり、ソラがあまり深い関わりは持ちたくはない、と常日頃から考えていることも、はっきりかどうかは知らないが知られてしまっているかもしれない、というわけで。

 おそらく先ほどの迷惑でなければ、とはその辺りの感情が伝わったが故の発言なのかもしれない。

 

「はいっ」

 

 だからソラは笑って答えた。

 確かにこちらのことを考えてくれるのは嬉しかった。

 ……が、マリーシアはまだ子供だ。

 話を聞いた限り、あの黒い翼のせいで間違いなく苦労を強いられてきたのだろう。

 それならば少しぐらいは、せめてこちらのことなど気にせずに子供らしく思ったままに動いてくれてもいいと思ったのだ。

 それに、これぐらいであればまだソラが避けるような深い関わりとは言えないのだ。

 

「……リリスは、置いてけぼり?」

 

 そんな二人のやり取りの中、一人だけ会話に参加出来ていなかったことを悟ったリリスが少し不満げに首を傾げ、二人の苦笑を誘ったのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを三人が話していた時、シフォンの姿は既に城下にあった。

 ただし、その身体には先ほどまで纏っていた鎧はない。

 

――さすがに紋章付けてなければ私が兵士とは思われないよね。

 

 未だ混乱が続く国民達の間を走り抜けながら、シフォンは周りへ視線を送る。

 幸い、自分がカノン軍の兵士だと言うことに気づいている者はいなさそうだった。

 

 この状況で自分が兵士だと言うことが周囲に分かってしまえば、あっという間に国民達が自分のもとに集まってくるのは目に見えていた。

 状況の説明や責任の追及など、今まで抱え込んできた物をぶつけるには兵士という存在は格好の的だからだ。

 しかしだからと言って、城でじっとしていては状況は何一つ変わりはしない。

 

――まぁ何かあった時にまた面倒になるんだけど……それは仕方ないかなぁ。

 

 例えば小さな暴動や喧嘩の一つを止めることだって、ただの一般人を装っていれば簡単なことではない。

 兵士という肩書きがあって始めて、そういった出来事に対しての抑止力というのは生まれるのだから。

 しかしやはりこの状況、そんな細かいことはこの際気にはしていられないのである。

 

「はいはいごめん、ちょっとどいてねー!」

 

 国民達を避けながら、さらにその隙間を縫ってシフォンが向かうのは先ほど爆発があった区画。

 兵士として最優先にすべきは、やはり国民の安全を確保するために奔走することなのだろう。

 そしてシフォンも、最初はそれを最優先だと考えて行動しようと考えていた。

 

 しかし、よく考えればこの状況、兵士一人がどう動いたところでこの混乱を収めることなどまず不可能だ。

 一人一人の安全を確保することなど出来ないし、何を言ったところでそれを今の状態の国民達が聞き入れてくれるかどうかも怪しい。

 ならば今、自分は何をすべきか?

 先ほどの時間を使って少し落ち着けたシフォンがそれを考えて出した結論が、今まさに取っている行動だった。

 

 幸いにも、混乱と言ってもそれは大怪我を負ったり死亡するものが出るほどではない。

 しかしそれは逆を言えば、これ以上混乱が大きくなればその限りではなくなってしまうということだ。

 

「シフォン、お待たせしました」

「おわぁっ!?」

 

 急に路地から飛び出してきた影に思わず驚愕してしまった。

 

「な、何でそんなところから出てくるかな」

 

 が、すぐにそれが自分のよく知る相手であることに気づき、何とか落ち着きを取り戻す。

 

「最短距離で合流しようと思ったら、近道するしかありませんから」

 

 この入り組んだ路地でも、道を知ってれば近道になるんですよ、と得意げに言う。

 

「あー……そう。ごめんね、忙しいのに呼んじゃって」

「構いません。どうせこの状況で何をやったところで、焼け石に水です」

 

 どうやら彼女もシフォンと同意見らしかったが、それでもざっくりと発言してしまうのはいかがなものかとちょっと思う。

 

「それで? 手伝って欲しいこととは?」

「あぁうん。ちょっとさっきの爆破があったところを調べてみようと思うんだけど、私一人だと効率悪いからさ」

「……調べる?」

 

 隣に並んだ少女が怪訝そうに首を傾げるが、生憎と今はあまり説明をしている暇はなかった。

 ただ、それこそがシフォンが考えた、今自分に出来ることだった。

 

「詳しい説明はついたらするよ。ただ私の予想が当たってたらちょっと怖いから、今は全速力で」

「……分かりました。ちゃんと後で説明をしてくださいね」

 

 若干の不満はありそうだったが、それでもシフォンのことを信じているのだろう。

 二人は一気に速度を上げ、爆心地周辺ということもあって疎らになってきた国民達の間を一気に駆け抜けた。

 

 

 

 そして。

 

「……あぁ、くそ」

 

 爆心地に辿り着き、その周辺を一通り探した結果見つかった物を見て、シフォンは悪態をついた。

 

 出来れば自分の考えがただの空回りに終わればいいと思っていた。

 あの爆発は本当に偶然によるもので、いくつかの不運が重なってしまっただけなのだという可能性であることを、出来れば願っていた。

 

 しかし、現実は異なる――もしかしたら、最悪な方向性のものかもしれなかった。

 

「……シフォン。あそこに落ちてるのは、まさか――」

 

 その隣に立つ少女もまた、"そこにあるもの"を見て額に皺を寄せた。

 

「残念だけどそのまさかっぽい」

 

 おそらくはもう役目を終えたのだろうが、それでもまだ何か起こるかもしれない。

 そのため慎重に"それ"へと歩み寄り、しかし何の反応もないことをしっかり確認した上で拾い上げた。

 大きさはシフォンの手の平に収まる程度の小さな球体の物体。

 

 そして、それは兵士であれば基礎知識として持っていてもおかしくはない、実にポピュラーなもの。

 

 

 

「爆弾だよ、これ。それも意図的に起動させないと、起動しないタイプの」

 

 

 

 しかしそれは、決してここにあるべきではない物だった。

  

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、三編に分かれた内の中編をお送りいたしました。

 

 書いてみて分かったのですが、例のあの人って三次創作で書こうとすると凄い動かしにくいんです……。

 立ち回りと言うか、台詞の言い回しと言うか……どうにも原作に比べて違和感しか生まれない;w

 まぁ……その辺りは私の技量が少ないということでお見逃しを……。

  

 さて、少しずつですが本編の方も進行しつつあります。

 ソラ達の方は目立った進展は無し。

 今回大きく動いたのはシフォン達の方ですね。

 やっとこさ城下へと向かい、とあるものを見つけてしまいました。

 本来であればそこにあるものでもなければ、決して偶然起動するようなものではない物がそこにある意味とは――。

 

 

 

 それでは今回はこの辺りで。

 また次回にお会いしましょう。