どすん、と割と大きめの音を立てながら、部屋に運び込まれたベッドが床へと下ろされた。
それを朝日が差し込む窓際までさらに動かし位置の微調整をしたところで、ソラは手を叩きながら部屋の中を見回す。
「こんなもんか」
昨日までは殺風景だった、部屋。
当然寝る場所もそれまではなく、昨日は居間にあるソファーで一夜を過ごすこととなったのだが、それも昨日が最初で最後だ。
――一応引っ張り出しておいて正解だったな。
朝を迎え、今日も今日とて見回りと復興活動のために出かけると言ったシフォンを見送った後、ソラは自分の生活環境を整えることにした。
さすがにずっとソファーで夜を過ごすわけにも行かないし、何より折角シフォンが部屋を片付けてくれたのだからそこを使わない手も無い。
というわけで、ソラは昨日のうちに自宅跡から引っ張り出しておいた家具をこうしてこの部屋に運び込んでいた。
ベッドやクローゼットなど、必要最低限の物が無事だったことが幸いしてか、それだけで随分と殺風景だった部屋はソラの生活空間へと姿を変えていた。
――この際服とかは新しく買うとして……当面の問題はこれでクリアか。
あとの問題といえば布団ぐらいなのだが、それもこの家にあるものを借りれば問題は無い。
他に必要な小物なども、今日のうちに買い揃えてしまえば事足りる。
「あー……ひとまず休憩」
言いながらソラは置いたばかりのベッドへと横になる。
さすがに自宅からここまで、何度も家具を持って移動するのは辛かった。
もともとソラは魔力量も少なめなので、高いレベルの身体強化を長時間維持させることは出来ない。
だから最低限の強化だけを済ませて運んでいたのだが、やはり少し無理をすることになったらしい。
さすがに筋肉痛――とまでは行かなくとも、しばらく疲れは取れそうになかった。
しかし、ふとソラは自分の荷物に目をやると、すぐに横たえていた体を起こした。
ベッドの脇に置いていた荷物を手繰り寄せると、その中から一つの物を取り出した。
「お前もちゃんと日の当たる場所にいたいよな」
荷物の中から取り出したのは、ソラの妹――アキの写真が入った写真立て。
変わらぬ満面の笑みを浮かべる写真の中のアキへそう声を掛けると、ソラは日当たりのいい窓辺へとそれを置く。
陽光に照らされた写真立ての中で、アキは一層明るく笑ったように見えた。
神魔戦記三次創作『いつか見る明日へ』
第三話 騒乱の最中 前編
先の戦争の相手の長、相沢祐一が目を覚ました。
そんな情報をソラが知ったのは、昼下がりの大通りにて偶然シフォンと会ってからだった。
「私もさっき知ったばかりなんだけど、実際にその姿を見た人もいるから間違いじゃないと思う」
「それ、俺に話していい情報なのか?」
相変わらず人通りが疎らな大通りだが、そこに先日の様子からの変化は無い。
つまり、その情報はまだ一般には公開されていないということになる。
しかしそんなソラの質問にもシフォンはあっけらかんと。
「いいんじゃない? どうせ隠しててもすぐに知れ渡るような情報だし。それに、現状で隠してるのだって余計な混乱を招きたくないからだろうから、知ったところで混乱しない人になら話しても問題ないでしょ」
「……適当だな」
「まぁぶっちゃけると、私達からしたら隠す義理は無いってところなんだけどね。そりゃ確かに混乱は起こしたくないけど、隠したせいで反発派が一気に爆発しないとも限らないし」
「どっちにしても混乱は免れそうにないか」
「そゆこと」
シフォンの様子で分かったが、まともな緘口令も敷かれてはいないのだろう。
どちらに転んでも結果に大差は無いと判断されたのか、そもそも指揮系統の麻痺が原因か。
考えたところで答えは出ないが、そうなるとまた一騒動が起こるのは確実なのだろう。
「しかしお前がここにいるってことは、もうカノン中に広まるのも時間の問題だろうなぁ」
「そだねぇ。今のうちに巻き込まれない場所にでも避難しておこうか?」
「いや、職務怠慢だろそれ」
「混乱に巻き込まれちゃったらそれどころじゃ無くなるし。それなら最初から動きやすい輪の外にいるべきだと思わない?」
「いやまぁ――」
「それに、キミは厄介事には巻き込まれたくないんじゃないかな?」
「……」
確かにそう言われてしまうと否定は出来なかった。
ソラは一足早く情報を知った上で、混乱を起こすことはなかった。
それなのに、自分が関わらない周りで起こるであろう混乱に巻き込まれるのもなんとも馬鹿らしい話なのは確かなのだ。
それに、ソラとは違い、シフォンはおそらく混乱から逃れたいわけでは無いのだろう。
むしろ自分から関わろうとしているからこそ、状況を確認して対応をするために混乱の外へ予め向かっておく。
目的がここまで違うというのに、向かう先は同じというのもおかしな話だった。
「ヘタレだよなぁ、俺って」
「特別強い力があるわけでもなし、ましてやキミは軍人でも無いんだから、こういう事から離れようって考える事は割と普通だと思うけど」
「と、言われてもな」
「『俺が何とかしてやるんだ』なんて根拠もなく突っ込まれる方がよっぽど迷惑だよ。自分に出来る事と出来ない事を判断できるかどうかは重要」
慰めなどではなく、純粋にそう言ってくれているのだろう。
まぁ、ソラにはそんな混乱を一発で収めれるような大きな力があるわけでもなければ、何かが出来るだけの素質もないのも確かなのだが。
「キミはキミが今出来ることをやればいいの。昨日みたいに女の子一人を助けるだけでもね」
「分かったよ……だから頼むからそんなこっ恥ずかしい言い回しはやめてくれ」
「あはは、照れてる照れてるっ」
「やかましいっ」
よくもまぁ、恥じらいもなくこんな台詞を言えるもんだと思う。
他の誰かが言えば間違いなく赤面ものだろうに、この少女が口にすると何故か違和感が無いのだから不思議だ。
しかし、シフォンはひとしきり笑った後、今度はその笑みを苦いものへと変える。
「でもま、実際は私も人のことは言えないよ。さっき偉そうに言ったけど、多分私一人じゃあ何も出来やしない。でも、じっとしていられないだけだから。そう考えると、キミよりずっと私は馬鹿な子だと思う」
「お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃないだろ」
「な、何おう!?」
食って掛かろうとするシフォンをソラがあしらいつつ、二人はひとまず道を歩き出す。
――今出来ること……ね。
その途中、ソラはシフォンに言われたことを考えながら。
果たして今、自分に出来ることは何があるのだろうか。
答えは見つかりそうで、まるで見つかりそうに無かった。
「そう言えば、結局何処に向かってるんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「輪の外、としか」
「んーとね。仮に混乱が起こっても、そうそう簡単に攻められないし、仮に攻められても耐え切れる場所かな」
そう言うとシフォンは、ちらりととある方向へと視線を送り、
「……おい、まさかお前」
その方向にあり、そんな条件に当てはまりそうな建物と言えば……ソラは一つしか知らない。
確かに、国民であればそこを攻めるのは躊躇うし、仮に攻めたとしても簡単に落ちそうには無い建物――それは、
「城、だよ」
城下の一角。
カノンが普段通りの賑わいを見せていたとしても、人通りなどは殆ど無いであろう小さな通りに、その姿はあった。
全身をすっぽりと衣で覆い隠し、ずるずると足を引き摺りながらもその者は通りを歩いていく。
足には靴すら履いておらず、そんな足は当然として既に全身は傷だらけ。
身体も満足に動かないのか、先ほどから壁に寄り掛かるようにして身体を支えていた。
それでも、その者はまるで何かを求めるかのように立ち止まることはしなかった。
「――ぁ」
しかし少しだけ開けた場所に出た時、その者はゆっくりと空を見上げた。
その拍子にぱさりと頭を覆っていた衣が取れ、その顔を日光が照らす。
そこから現れたのは――まだ年端も行かないであろう一人の少女だった。
覗いた肌はすっかりと薄汚れ、その顔色はお世辞にも健康的とは言えないほどに酷い。
そんな明らかに普通からはかけ離れた姿をするその少女は、しかし自分の体を気にする様子もなかった。
少女は空を見ていた視線を戻すと、再びゆっくりと壁に寄り掛かりながら歩き始める。
既に意識も朦朧としているのだろう、少女の目はしっかりと焦点が定まってはいなかった。
そんな中で、少女はただ一つのことを考えていた。
ぼんやりと薄れる意識の中でただ一人、その姿だけはしっかりと少女の中にあった。
「お――ぃ、……ゃん」
それは無意識に漏れた呟きだった。
頭の中にあるその姿を想うがあまり、少女も意識しないうちにそれが言葉になっていた。
そして、自分がその呟きを発したのだと気づいてから――自分が想う姿を言葉にしたと気づいてから、少女は再び空を見上げた。
建物の合間に広がる、一面の青。
雲一つそこにはなく、ただただ青が広がっていた。
それは先ほど見た時と何ら変化は無いはずなのに、何故か今度は少女の視界がじわりと滲んだ。
朦朧としていた意識の中、ずっと消えることはなかった一番強い想いが少女の感情を揺り動かしていた。
その想いは、ただ一言で済むほどに短い。
ただ『会いたい』と。
やがて自分が泣いているのだということに気づいた少女は、それを拭くこともなく、再び視線を戻して歩き始めた。
今にも倒れそうだったその足取りは、先ほどよりも少しだけしっかりとしたものになっていた。
自分が持っていたただ一つの想いを思い返し、それを諦めたくは無かったから。
故に少女は立ち止まらずに歩いていく。
「……おにぃ、ちゃん……」
見上げた先にあったものと、"同じ名前を持った人"に会うために。
そして、少女が歩き始めたのとほぼ同時。
城下の一角で起こった小さな爆発が、これから起こる混乱の引き金となった。
城の廊下を歩いていたソラ達には、一瞬その音が何の音なのか判断が付かなかった。
しかし窓から城下を見、すぐに何が起きたのかを悟る。
「ば、爆発……?」
「……こりゃまた、一気にいくつかの過程ぶっ飛ばしたな」
城下の一角から立ち上る煙を見つつも、そんな暢気な感想を口にしてしまう二人。
と、いうか。
それは二人にとってもあまりに予想外の出来事で、思考が付いていかなかったという方が正しいかもしれない。
「ってそんな暢気な! 何でいきなり!」
爆発が起こる直前には、まだ混乱は起きてはいなかった。
だが、反発派を筆頭とした多くの人々は、相沢祐一が目覚めたという知らせでその一歩手前の状態にあった。
それでも混乱を免れていたのは、まだ人々に理性が残っていたからだろう。
……だが、その状況でこれはまずい。
「一気に爆発するぞ、これ」
それは当然物理的な話ではない。
ソラが言ったのは、人々の内面的なこと。
この状況であの出来事は、人々の張り詰めた緊張の糸を切るには十分過ぎて――。
そして、混乱――起こるべきことが、起きた。
ほんの一瞬の沈黙の後、一気に広がる混乱の波。
先ほどまではここまで聞こえてこなかった国民達の声は、一瞬でここまでハッキリと聞こえるほどのものになった。
「さいっあくのタイミングで……っ。何の偶然よこれっ」
シフォンが歯噛みするのも分かる。
ソラ達はせいぜい、国民達の中で上がる不満の声などが引き金になると踏んでいた。
そこから連鎖的に不満は広がり、結果混乱が起こる。
多少の違いはあれど、そういう形で起こるものだと考えていた。
そしてその通りになってくれれば、まだ対処のしようはあった。
だがその予想は大きく外れ、それも僅か一瞬で既に手の付けようが無いぐらいに混乱は広がり始めていた。
「どうする?」
「どうするも何も……ここで焦って出ていったら、ここに来た意味が無いでしょ」
内心では今すぐにでも城下に向かい、沈静のために動きたいのだろう。
だがその衝動を押さえ込み、シフォンは急に廊下を走り出す。
「ソラはそこにいて! 私は部隊隊長たちに報告してくるから!」
「お、おいちょっと待て!」
咄嗟に静止の声を出すも時既に遅く、シフォンは既に廊下の角へと消えていった。
伸ばした手が行き場なく宙を掴む。
「……残されても困るんだがなぁ」
頭を?き、何気なく周囲を見渡した。
先日戦争があったばかりだと言うのに、ここから見える範囲の城内は綺麗の一言だった。
目立った損傷はなく、全体的に落ち着いた、しかし決して一般家庭では見られないような装飾などが施されている。
――場違いだよなぁ……。
ここまではシフォンと話しながら来たためにあまり意識はしていなかったが、改めてそう感じた。
どう考えてもここは一国民に過ぎないソラがいていいところでは無いのだ。
――と言っても、戻るに戻れない、か。
窓から外を見る。
目を離していたのはほんの僅かな間だったと言うのに、城下に広がる混乱の波は既にカノン王国一帯を飲み込むのでは無いかと思えるぐらい大きなものに変わりつつあった。
この状況で城の外に出るというのは、あの中に自ら身を投じるのと同義だ。
そんなことをしてしまっては、わざわざここまで来た意味が無くなってしまう。
「どうしたもんかな」
「どうしたの?」
独り言のつもりだった呟きに返答があった。
いや、果たして返答と言っていいかは怪しいものであったが、とにかく反応があった。
どこかで聞いたことがある声のような、とか思いながらも、ソラは声がした方に首を動かす。
そこに、つい昨日出会ったばかりの少女が、首をかしげながら立っていた。
「……リリス?」
「うん。リリスはリリス」
「うん、リリスだな」
見間違えるはずもないし、一言で分かる特徴的な言葉遣いは昨日であった少女に間違いないようだった。
まぁ、今はそれはいいとして。
「どうしてリリスがここにいるんだ?」
とりあえず真っ先に浮かぶその疑問。
さっきソラ自身が考えたように、ここは決して一国民がいていいような場所ではなく、ましてやリリスみたいな子供とあらば尚更のこと。
もしかしたら迷い込んだという可能性も無いとは言えないが、さすがにそこまで警備もザルではないはずだ。
ソラが城に入るのだって、シフォンという付き添いがいても少し時間が掛かったぐらいなのだから。
しかしそんなソラの考えは、リリスの一言であっさりと無意味なものへと変わった。
「? だってここは、リリスのおうちだから」
「……」
思わずリリスを凝視してしまった。
ここが、リリスの家。
聞き間違いでもなんでもなく、リリスは確かにそう言った。
ということは何だ、リリスはこの城で暮らしているということなのか?
――王女がいるなんて話は聞いたこと無いぞ……。
カノン軍の兵、というのならまだ納得できる。
リリスぐらいの歳でも、優秀な兵がいることぐらいはソラも知っている。
しかし昨日会って今日再会した限りでは、明らかにリリスは兵というなりではない。
それどころか、見た目よりも若干幼く感じるぐらいのただの無垢な子供にしか見えない。
「ソラ?」
「……あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」
何でも深読みしてしまうのは悪い癖かもしれない。
リリスが嘘を言うような子には見えないし、きっとここに住んでいるというのも本当のことなのだろう。
だったらそれでいい。
それ以上深いことに、何もわざわざこっちから首を突っ込むこともない。
「ソラも、ここに住むの?」
「いや、違うよ。俺は知り合いの付き添いでここまで来たんだ」
「そうなんだ」
相変わらずの無表情だったので感情は読めなかったが、少なくとも無関心というわけでは無いらしく安心する。
昨日あったばかりの間柄だというのに、リリスはソラのことをまるで警戒する様子も無く、その隣へととことこ歩み寄ってくる。
少なくともそれは、ソラのことを信用してくれているということなのだろうか。
――だとしたら嬉しいけど。
周りと深い関わりを持とうとしないソラにそうやって接してくれる人は、実はそこまで多くは無い。
いつでも一歩前までしか踏み込まないソラは、どちらかと言えば嫌われ、疑われる存在になってしまう。
何か後ろめたいことがあるのではないか……そんな勘ぐりをされてしまうのだ。
故に。無垢だからか、こうやって接してくれるリリスのような存在は素直に嬉しくもあった。
「みんな、慌ててる」
リリスはいつの間にか窓から身を乗り出し、城下へと視線を向けていた。
無論そこに広がるのは、先にソラ達が見たものと同じく、人々の混乱。
それを、リリスは平然とした顔で見ていた。
子供が故に、何が起こっているかなどまるで分かっていないのだろう。
「ん……リリスはあまり見ない方がいい」
「? どうして?」
「それは、だな……」
人という存在の醜い一面。
不安、恐怖、憎悪、困惑。
それが隠れることも無く広がりつつあるあの光景は、まだ子供のリリスには正直見せたくはないようなものだったからだ。
だがそれをどうやってリリスに伝えようか。
それは教えられるものでもなければ、教わるものでもない。
そういうのは本来、自分から学ばなければ意味が無いものだ。
生きていく中で学び、覚えなければならない。
それがどんなに醜いものでも、人はそれを避けて進むことなどまず出来ない。
しかし、それはまだリリスのような子供には早過ぎるのだ。
子供は純粋無垢であるが故に、その醜さの全てを吸収してしまう。
それは少なからず、人生か人格か――何かは分からないが、その子供の将来に何らかの影響を与えることになる。
「……人ってのはな、脆い生き物なんだよ」
考えた末、ソラはそう口を開いた。
「自分達にとって大切なものが無くなったり壊れたりすると、それだけでまともに考えることも出来なくなる」
そう言って、窓の外へと目をやる。
『カノン』という大切なものが壊れ、失われ、国民達は動揺した。
自分達はどうすればいいのかが分からない者達が大半を占め、それがやがて今回の結果に繋がった。
「だから、それが原因で溜め込むことになった感情が、本当に小さなことが引き金でも爆発するんだよ」
そうして国民達の間に広まった負の感情。
それが今回の件で、一気に爆発してしまった。
たったそれだけのことなのだ。
今回の混乱の原因というのは。
「……よく、わからない」
リリスは困ったように眉を寄せ、ちょこんと首を傾げる。
「いいんだよ、それで」
苦笑する。
そもそもあまり分からないように抽象的に話したのだから当然だ。
リリスの立場は分からないが、少なくともこうして城にいる限りはまずあの混乱に巻き込まれることはない。
ただ、今まさにあの混乱に巻き込まれているリリスと同年代ぐらいの子供も多くいるだろう。
しかしソラにはそれをどうにか出来るだけの力は無い。
ただ一人の女の子に、自分の考えを抽象的に伝える――それが、今のソラに出来る精一杯だ。
――小さいなぁ、俺は。
自分という存在が、大したことは何も出来ない小さな存在だと思い知る。
英雄に憧れるというわけではないが、どう足掻いてもそういった大きな人物にはなれそうにはなかった。
「でも」
そんなことを考えていると、窓の外へと目をやったままのリリスが口を開いた。
「自分の生きる意味が分からなくなるのは、凄く、怖い」
「……何だって?」
その表情はソラからは見えない。
きっと先ほどまでと変わらない無表情なのだろう。
だが、その言葉は『無垢な子供』から放たれたものではなく、明らかに『その出来事を経験した者』の放った言葉だった。
語調も先ほどまでとまるで変わらないが、そこには確かに実感が込められていた。
「……リリス、君は……」
一体何を見て、何を経験したのか。
だが、結局ソラはそれを訊くことはやめた。
間違いなくそれはソラが超えることは出来ない一線。
知ってしまえば、ソラはリリスと深い関わりを持つことになってしまうから。
「ソラ?」
「……いや、何でもない」
首を振り、その考えを頭から払拭する。
今までずっとそうやって生きてきたのだ。
今更その考えを変えることも出来ない。
「とにかく、今は城下に行かない方がいいな。少なくともここは安全だろうし、しばらくはじっとしてた方がいい」
「そうなの?」
「リリスだって、自分の大切な人達に心配は掛けたくないだろ?」
「……うん、分かった。それは、嫌だから」
「いい子だ」
ぽんぽんとリリスの頭に軽く手を置く。
きょとんとしていたリリスだったが、やがて少しだけ嬉しそうに目元を緩めてくれた。
こうして見ていると、やはりただ無垢な子供にしか見えなかった。
だからきっとさっきの発言については考えすぎなのだろう、そう考えることにした。
「リ、リリスちゃん! ここにいたんだ、よかっ、た……?」
そんな時、唐突にそんな声が聞こえてきて、ソラとリリスはそちらを振り返った。
「マリーシア」
リリスはその声の主の姿を確認するなり、そちらへととてとてと駆け寄って行ったが、ソラとその声の主はそうもいかなかった。
「……確か、昨日の」
「え……あ、あれ?」
声の主は一人の少女。
おそらくはリリスと似たような理由でここに住んでいるのだろうが、ソラが考えたのはそんなことではなかった。
その少女の背中に生える、一対の黒い翼。
それは間違いなく、つい昨日城下でぶつかった少女のもので。
「マリーシア、リリスは見つかったか?」
しかし、それを確認するよりも早く、マリーシアと呼ばれたに続いてもう一人、今度はソラは知らない男が姿を見せた。
だがリリスはそうでもないらしく、顔を綻ばせるとその男の腰へと抱きついた。
「パパ」
「あぁ。元気だったか? リリス」
「うん。リリスは元気」
もはや展開についていけなかった。
昨日ぶつかった少女と偶然の再会を果たしたと思えば、次にはリリスの父親らしい人物が現れ――。
「ソラ、お待たせ! とりあえずは君のことも話してきたから――って、え? なにこれ?」
そこに、ソラを置いてきぼりにしたシフォンが合流してしまう。
――……あぁ、もう、何というか。
シフォンはシフォンで、何故か一人取り残したはずのソラが複数人と対話している状況に出くわしたわけで。
つまり、若干一、二名を除いてこの現状をまるで理解出来ていないわけで。
――めんどくせぇ……。
とりあえず、ソラはそこで考えることをやめた。
あとがき
どうも、昴 遼です。
誰でしょうか、次回から大きく話が動き始めるとかいった奴。出てきて下さい。
……い、いやでも、ほら、ひとまず今回で結構大事な伏線を幾つか張りましたから、進展といえば進展ですよっ。
ちゃんと例のあの人も出せましたしっ。
ま、まぁ、次回こそは必ず!
では本題に……。
といっても今回は特に語ることも無いのですが、強いて言うなら今回の話で出てきた面子。
この面子はシナリオの中で特に大事な部分に関係してくるキャラなので、今後の動きに期待していて下さいませ。
特に一話から前面的に出していたリリスは特に重要な立ち位置に置こうかと思っています。
多分、下手をすればヒロインのシフォンと同レベルで動くかと……。
とまぁ、現状はこれぐらいでしょうか。
何だか最近、暑さのせいで軽く夏バテしそうで執筆も思うように進まないですが……完結まで何とか頑張っていきます。
神無月さんや他の皆さんも、熱中症などには注意して下さいね。
それでは、また次回。