カノンは、現在世界中のどの国よりも不安定な状態にある。

 この時点において王は不在で、軍の指揮系統は完全に麻痺。

 その上、国民への十分なフォローも間に合わず、国民達の間では不安などの負の感情が入り混じってしまっている。

 もはや国と呼べるのかも微妙なラインの上に、今のカノンという国はあった。

 

 現に、こうして見ても国の復興作業に汗を流している国民の人数は決して多いとは言い難い。

 特に魔族などに対して無条件な憎悪を抱く国民に至っては、復興作業をする魔族やそれに加担する者達に侮蔑の目を向ける姿すら見受けられた。

 

――魔族は敵。魔族に加担すれば悪。

 

 おそらく、カノンに住まう住民の多くにとっての一般常識。

 そこには一欠片の理由も存在しない。

 

――何が善で何が悪か。

 

 元よりそういった理由の無い差別をしないソラは考える。

 あの者達がこの国を攻めてきたのは事実だ。

 だが、この状況を見た上で、どちらが確実な悪と言っていいものだろうか。

 

 そんなことを考えながら歩いていたからか。

 トンッ、とやや重みのある衝撃を受けるまで、正面に誰かが迫っていることにソラは気が付かなかった。

 

「きゃっ」

 

 一拍遅れて、ソラにぶつかった相手が尻餅をついてしまう。

 

「っと、悪い。大丈夫か?」

 

 咄嗟に思考を中断して、ぶつかってしまった相手を見て手を差し伸べた。

 そしてその姿を見て、一瞬だが驚いて動きを止めてしまう。

 

 ソラにぶつかったのは、人間族の少女だった。

 一瞬でそう判断できたのは、少女の気配が明らかに人間族のものだったからだ。

 だが、そんなことでソラは驚きはしない。

 なら、何故か。

 

 ソラが驚いたのは、その少女に"黒い翼"が生えていたからだった。

 

「あ……ご、ごめんなさい……大、丈夫ですから……」

「いや……こっちこそ悪かった。今のはこっちの前方不注意だ」

 

 そう言いながら、ソラは伸ばされた少女の手を取って立ち上がらせた。

 

「怪我とか無いか?」

「え、えと……はい。多分」

 

 自分の体をぺたぺたと触りながら、少し自信なさげに少女は頷く。

 もうちょっと自信を持って欲しいところだったが、まぁ本人がこう言っているのだし大丈夫なのだろう。

 どうにも自信が無いのは性格っぽいし。

 

「あっ」

 

 しかし、唐突に少女が声を上げた。

 まさかやっぱり怪我でもしたのか、と思ったのだが、少女が視線を向けた物をを見て合点がいった。

 おそらく、ソラとぶつかった時に落としてしまったのだろう。 

 その地面には、籠とそこから零れ落ちたらしい包帯がいくつも転がっていた。

 籠は少女が持つにしては少々大きい。

 おそらく、それが少女の動きを邪魔してしまい、ソラとの衝突を避けきれなかったのだろう。

 

 少女は慌ててそれらを拾い集め始めた。

 急いでいるのか、もしくは包帯が汚れてしまうのが気になったのか。

 せっせとそれを拾い集め始める少女の姿を見て、何もしないほどソラは冷たい人間では無いわけで。

 

「手伝うよ」

「え? あ……」

 

 少女が何かを言う前に、近くにあった籠を広いあげ、包帯をその中に収めていく。

 何か少女は言いたげな顔をしていたが、この行動を咎めるような表情では無かったため今は気にしないことにした。

 というか、どちらかと言うとあの表情は、まるでこちらを見て驚いているような――。

 

 

 

「……汚れた奴め」

 

 

 

 そんな時だった。

 どこからとも無く、そんな言葉が聞こえてきたのは。

 

「……っ」

 

 びくん、とその言葉に少女が反応する。

 その一言は引き金だった。

 人の心というのは分かりやすいもので、先立つものがあるとそれには簡単に乗っかることが出来る。

 例えそれが――少し考えれば非常に醜い行動だとしても。

 

 周りにいた、現状に非協力的な国民。

 その者達の口から、不平不満、魔族などに対する侮蔑中傷が小さくだが漏れ始める。

 そしてその中には、明らかに少女の黒い翼を指摘するようなものもあった。

 気配は人間族なのに、人間族が持っているべきではない黒い翼をもつ少女。

 魔族などに無条件の憎悪を抱く者達には、それもやはりいい物には映らないらしかった。

 

「……」

 

 そんな言葉を聞いて、少女は俯くように地面を見る。

 しかしそれでも手は止めずにせっせと包帯を集めていた。

 

――違う、か。

 

 少女は少しでも早く、この場を離れたいのだろう。

 おそらく、ああいった感情をぶつけられることに慣れてはいないから。

 

「あの……ありがとうございました、これで全部ですので」

 

 そうしている間に、少女は包帯を全部拾い終わったらしい。

 それらをソラが持つ籠に収めると、ソラの手から籠を受け取ろうと手を伸ばす。。

 

「いや、悪いのはこっちだよ。お節介だったらごめんな」

「い、いえ……助かりました、ありがとうございます」

 

 ぺこりと小さく頭を下げ、少女はソラから籠を受け取った。

 

「それじゃあ……えっと、ありがとうございました」

「あぁ、俺が言えた義理じゃないけど、気を付けて」

「は、はい」

 

 もう一度頭を下げ、少女は早足で歩き出す。

 少しでも早く、この周りの視線から逃れたいのだろう。

 だが、そのはずの少女は少し歩いたところで立ち止まると、もう一度ソラの方を見た。

 

「……ありがとう、ございました」

 

 それは四度目のお礼。

 だが、今度のそれに込められた想いは今までのは別のものだった。

 

 ――普通に対応してくれて、ありがとうございました。

 

 それが分かったから、ソラも深くは言わずに笑顔を返す。

 

「気を付けてな」

「はいっ」

 

 最後に、僅かだが微笑みを浮かべ、少女はその場を去って行った。

 

 

 

   神魔戦記三次創作『いつか見る明日へ』

    第二話 壊れた日常の中で

 

 

 

――どうしたもんか……。

 

 腕を組み通りを歩きながら、ソラは考えていた。

 先の出来事はソラに取っても気分のいいものではなかった。

 人の心の闇――もっとわかりやすく言ってしまえば醜さ、それを見せられたようなものなのだ。

 もとより魔族などに対しそういった感情を抱いていなかったソラからすれば、胸糞悪くなるのも仕方の無いことだろう。

 

 が、今ソラが考えているのはそのことについてではない。

 

――原因は『あれ』だよなぁ。

 

 考えつつ、先の少女に手を貸した場面を思い浮かべる。

 今思い返せば、あの時に負の感情を向けられていたのは何も少女だけではなかった。

 それに手を貸したソラ自身にも、確かにそれは向けられていたのだ。

 だからこそ、今の状況があった。

 

――……一人、か。

 

 大体、民家二件分ほど後ろ程度。

 それぐらいの距離を保ち、ソラを尾行する気配があった。

 それも、先の出来事があった直後から。

 原因は間違いなくそれと見ていいだろう。

 ……だが、露骨につけられていると分かりながら、ソラはどうするべきかを決めかねていた。

 相手が明らかにソラを狙っている何者、とかなら素直に逃げるなり、対処出来るなら対処するなりすればいい。

 しかしソラを尾行している相手は、そういった者とはちょっと違っていた。

 

――気配すら消えてないし、素人だよな……。

 

 確かに距離は開いているものの、視線はずっとソラから外れない。

 敵意とまではいかなくとも、あまり心地のいいものではない感情が隠れもせずに向けられている。

 どう考えてもこういった事に慣れてはいないのがまる分かり。

 それはどちらかというと、先ほどのソラの行動が気に入らなくて嫌がらせ程度に尾行している、といった感じだった。

 それとなく尾行を撒ければ一番いいのだが、生憎とそんなスキルはソラは持ってはいない。

 かといって、露骨に逃げ出したりして相手を変に刺激するのもいかがなものかと思う。

 そのせいで向こうさんがやる気になってしまう、という可能性もある以上、下手な行動も取れなかった。

 

――しっかし、このままついてこられるのも鬱陶しいし……。

 

 これからシフォンに頼まれた買い物もしないといけないし、このままついてこられるのは非常に面倒臭いというのも事実。

 ならばどうするか。

 ソラは歩きながら考え――そして数秒後に出した結論は一つだった。

 

――やっぱり逃げるか。

 

 考えるのが面倒臭くなったとも言う。

 向こうも大した実力があるようにも思えないし、逃げ切ってしまえば万が一も有り得ないはず。

 そう結論を出して、ソラは僅かに魔力を回して身体強化を施す。

 

「せーの……とっ」

 

 そして、一気に駆け出した。

 周りの人が一瞬何事かとソラを見るが、すぐにソラは路地へと駆け込んだために顔を見られるということも無かった。

 

――これでやめてくれると楽なんだけどなぁ。

 

 大した理由も無い尾行なら、本来それで済むはずなのだ。

 しかし、それでも中にはどうでもいい意地を張る奴というのはいるわけで。

 

「――! ――っ」

「来たし……」

 

 どうやら、自分はなかなか意地っ張りな奴に目を付けられてしまったらしい。

 後ろをちらりと見れば、ソラを追うように路地へと駆け込んできた男が一人。

 

「もっと建設的なことしててくれよ」

 

 自分なんてつまらない人間を追いかけたところで何かが得られるわけでもないのに。

 それどころか、貴重な時間をお互いに浪費することになるだけだということにどうして気づかないのやら。

 まぁ、今はそんなことに文句を言ってても仕方ないわけなのだが。

 

 路地を何度か曲がり、速度を落とすことなく駆け抜ける。

 途中、そこらに立てかけてあった資材を倒したりとそれとない妨害を試みたのだが、距離は多少開いても諦めてくれる様子は無かった。

 

――もうこの際反撃を……って、それじゃああいつ等の言う魔族と変わらないか。

 

 正当防衛と無理矢理に押し通すことは出来そうだが、そんなことをすれば悪意の連鎖の最初の一手を作ってしまうようなものだ。

 そうなると、あまり大事にしないように、と逃げ出した自分の行動が無意味になってしまう。

 

「仕方無い……このまま時間掛けて振り切って――?」

 

 まぁ体力にはそれなりに自信あるし、とか考えた矢先だった。

 背後から、何だか嫌な予感を感じた。

 

――いやまさか、向こうもこんな周りに被害が及ぶような場所であまり馬鹿な行動も……。

 

 そんなことを考えていた時期が、自分にもありました。

 

 肩越しに背後を顧みたソラ。

 そこに映ったのは。

 

 こちらを追いかけながら、その手に――呪具か魔術だかは分からないが――火球を構成して、今まさにこちらに向けて放とうとする男の姿。

 

「おま!?」

 さすがのソラも思わず叫んだ。

 ここまで考えなしに追いかけてきたような連中だったが、まさかここまでするなんて誰が考えるだろうか。

 

――ここでそんなの使ったらどんな被害出るか分からないのか! あの馬鹿!

 

 とか考えた頃には、既に体は行動していた。

 足を止めて急ブレーキを掛ける。

 この状況では逃げ続けるわけにもいかないだろう。

 

「おい! こんな場所でそんなの撃ったらどうなるか分からないのか!」

 

 男へと向かってそう怒鳴り放つ。

 

「し、知るか! 魔族共が復興した国なんてどうなろうと知ったことじゃない!」

 

 しかし、しどろもどろになりながらも、男も怒鳴り返してくる

 男もここまで追い掛けてきた以上、引っ込みがつかなくなっているのだろうか。

 こちらの言うことに反応はあっても、既に形になった魔術を引っ込める素振りはなかった。

 

「大体なんなんだ! 攻めてきたと思ったら次には復興とか、俺達を馬鹿にしてるのか!?」

 

 ソラと相対し、じりじりと距離を詰めながら男は続ける。

 言う相手が明らかに間違えている気がするが、つまるところ、それが男の本音なのか。

 カノンに攻めてきた相手やその行動が気に食わない。

 だから反発して、不平不満を言外に訴えかけようとする。

 しかしそれが出来ないから、どんなものにでも――今回はそれがソラだった――いいからぶつけるしか感情のやり場が無かった。

 

「この国は俺達の国だ! 好き勝手されてたまるか!!」

 

 男自身、もう自分で引き際が分からなくなって混乱してしまっているらしい。

 ずっと溜め込んできたものが、今爆発してしまっているのだ。

 既に言っていることは先ほどと矛盾していて、支離滅裂になっていた。

 

――気持ちは確かに分かるけど、行き過ぎだって言ってんだよ!

 

 もう四の五の言ってはいられなかった。

 ソラは身体強化を解かないまま地面を蹴ると、一気に男に迫る。

 

「――え?」

 

 一瞬で間合いを詰め、ソラは男の懐へと潜り込む。

 混乱して周りも見えていない男に肉薄するのは簡単なことだった。

 そのままこちらに反応も出来ていない男の腕を掴むと、もう片方の腕で男が形成していた火球へと手を添える。

 

「本当に自分達の国って言うならもっと考え直せ……馬鹿野郎」

 

 そして次の瞬間。

 

 男の形成していた火球が、"霧散した"。

 

「……は?」

 

 やっとソラの動きに反応できた男。

 しかし次には、自分の形成していた火球が消えるという事実に、再び理解が追いつかずに硬直する。

 その一瞬に、ソラは男の腕を引いて地面へと引き倒した。

 

「がッ!?」

 

 頭はぶつからないように気をつけたが、それでも男は受身も取れずに全身を地面に叩きつけられる。

 ろくに体も鍛えていなかったのだろう。

 男はそれであっさりと意識を手放した。

 

「っとに……魔族嫌いもここまで行ったら笑えないぞ……」

 

 それでやっとソラは一息をつく。

 本当に、まさかここまでやってくるとは思わなかった。

 確かに男の言いたいことは分からないでもなかった。

 それに魔族に対する憎悪はともかく、現状に対する不信感が今のカノンには強く根付いてしまっている。

 だからああいった考えを抱く者が出てくるのは、実際に不思議なことでは無い。

 しかし、だからと言って実際にその問題に直面してしまうと、何とも言えなくなってしまう。

 

――大丈夫なんだろうな、この国は。

 

 どうしても考えてしまう、そんなこと。

 果たしてこの国は……これからどんな道を辿って行くのだろうか。

 

「……買い物、して帰るか」

 

 そんなこと、自分なんかが考えて分かるわけもない。

 もう一度だけ意識を手放した男を顧みてから、ソラはその場を立ち去ることにした。

 

  

 

 

  

 

「やっぱりまだいるのかぁ……そういう人達」

 

 ソラの話を聞き、呆れたような表情でシフォンはそう吐き出した。

 帰宅後、一応は軍の誰かに伝えておいた方がいいだろう、ということで、ソラはシフォンに先の出来事の一部始終を話すことにした。

 『襲われた』と切り出した時には、全力で驚かれたわけなのだが、事情を話していくうちにシフォンも落ち着いてくれたらしい。

 

「『やっぱり』ってことは、他にもいたのか」

「まぁ……そりゃあね。すぐに不満を爆発させた過激派は昨日までの間にある程度抑える事は出来たんだよ」

「ただ、爆発する前の段階だと何も出来ないわけか」

「こんな状況だもん。不満を抱える人がいて、爆発しちゃうのだって無理はないと思うけど」

 

 だが、それを認められるか、と聞かれれば話は別だ。

 やはりどんな理由があれど、超えてはならない一線というものは存在する。

 

「でも、どうして兵に引き渡さなかったのさ」

「あまり厄介事にしたくないだけだよ。それに、仮にそいつを兵に引き渡したら、今度は別のところで火が付くかも知れないだろ」

「だからって、何もせず放置するのも――って言っても、正しい答えなんか無いかぁ……この場合」

 

 再び疲れたような表情でため息を吐くシフォン。

 どちらにしろ、何が人々の内に潜んだ感情を爆発させるかは分からない。

 軍人という立場もあって、その事実に頭が痛くなるのだろう。

 

「はぁ……もういいよ。キミの言うことも一理あるし、見回りに穴があったこっちの非もあるしね……」

「見回り、増やすわけにはいかないのか?」

「それは無理、だと思う。ただでさえ人手不足だし、指揮系統もまだ麻痺してるんだよ?」

 

 シフォン曰く、一応それぞれの部隊隊長は協力的で、現状の復興活動やその他諸々に一役買っているらしい。

 加えて、エフィランズからも応援が駆けつけてくれていて、復興活動に協力をしてくれているとか。

 でも、とシフォンは続ける。

 

「部隊隊長達が説得をしても応じてくれない非協力的な人は多いから、エフィランズの人達が手伝ってくれてもやっぱり人手不足は否めないんだよね」

「ある程度落ち着くまではこの状況のまま、か」

 

 結局のところ、自分たちに出来ることは何も無いという結論に達してしまう。

 まぁ、たかが一国民のソラ達に出来ることなど、もとより限られてしまっているわけなのだが。

 仮にそんなことが出来るとしたら、それは何処かの空想の話の中だけである。

 

「ま、それでも出来ないことが無いってわけじゃないけどね」

「そりゃお前は軍人だし、この状況下ならそうだろうよ」

「違うって。さっき言ってたけど、キミだって困ってた女の子を助けたんでしょ? だったらそれはキミにとっての『出来ること』だと思うけど?」

「……そんな大層なことじゃないだろ」

「どうだかなぁ。普段からあまり人に関わろうとしないキミにしては、十分に思えるけど」

「困ってる人がいて、それを無視して通り過ぎるほど薄情な人間じゃないつもりだぞ」

「はいはい、そう言うことにしておいてあげる」

 

 にやにやと笑って言われても信用できるわけはなかった。

 が、これ以上突っかかっても薮蛇になるような気もしたので、仕方なくソラもそこで会話を切り上げた。

 

「さて、それじゃあそろそろご飯作ろうかなぁ」

 

 それから少し雑談を交わした後、そう言ってシフォンは椅子から立ち上がった。

 ただそれを待つのも何だったので、ソラも出来ることをしておこうと立ち上がり、

 

「それじゃあ、俺は部屋の掃除でもするかな」

「あ、ごめん、それキミが買い物行ってる間に済ませちゃった」

「なぬ」

 

 しかしその考えは僅か数秒も経たずに砕け散った。

 

「いやぁ、キミを追い出した後に部屋のこと思い出してさ、帰ってきてからやらせるのも悪かったし」

 

 なははー、と苦笑交じりに笑うシフォン。

 そういえば帰ってきた時、彼女の部屋ではない奥の部屋から出てきていたような……。

 

「ま、私が好きでやったことなんだし、気にしないでよ」

「……はぁ」

 

 ソラは諦めたように本日何度目か分からないため息を吐いた。

 もはや言い返す気も失せてしまった。

 あそこまではっきりきっぱりと言われてしまっては、何も言い返せなくなるではないか。

 

 まぁ、言葉は返せずとも行動で返すことは出来るのだが。

 

「じゃあ、飯は俺が作るからお前は休んでろ」

「へ? いいの?」

「分担するって約束したし、部屋の掃除をしてくれたんだからそれぐらいはやるよ」

 

 それにこっちは客人などではなく、いきなり押しかけてきた居候の身だ。

 これぐらいはやらせてもらえないと逆に落ち着けないというものである。

 

「じゃあお願いしようかなぁ」

「ついでに風呂でも入ってこい。お前、さっきから結構汗臭いぞ」

「え、嘘?」

「……気づいてなかったのか?」

 

 今日一日だけでもかなり動き回っていたのだから、それぐらいの汗を掻くのは当然だろう。

 臭う――という程でも無いが、それなりに汗の臭いは嗅ぎ取ることが出来た。

 ソラに指摘されてシフォンは自分の腕の臭いを何度か嗅ぎ、『うわぁ……』などと呟きをもらす。

 

「ホントだ……結構臭う」

「そういうのって、普通女性の方が敏感になるもんじゃないのか?」

「毎日軍の仕事で体動かしてると気にならなくなっちゃうんだよ。特に最近だとそんな暇も無かったし」

 

 そんなものなのだろうか。

 あまり軍の仕事というのがピンとこないソラからしたらよく分からない話だった。

 まぁ、どっちにしても時間があるのなら汗ぐらいは流すに越したことはないだろう。

 

「ともかく入ってこい。さすがにそのままだと一緒に飯が食い辛い」

「うん了解――覗いたら、やだよ?」

「覗かれたかったらせめてもうちょっとスタイルよくしような」

「冷静に諭された!」

 

 冗談のつもりで言ったのだろうが、逆にバッサリと切り捨てられていた。

 軽くショックを受けている辺り自覚はあるのだろう。

 

「お世辞にも胸あるとは言えないしな、お前」

「少しは歯に衣着せろぉっ!!」

 

 そうしてシフォンの手元にあったクッションが全力で風を切った。

 

 

 

『シフォン、いますか?』

 

 シフォンが風呂場へ向かってから少しして、玄関からそんな声が聞こえた。

 

「……?」

 

 ソラが首を傾げていると、少し間を空けて風呂場からシフォンの応答の声が聞こえ、それからさらに少しして、最低限の服だけを纏ったシフォンがお風呂から出てきて玄関へと向かった。

 

『どうしたの? また何かあった?』

『……それはこっちの台詞です。どうしたんですかその格好は』

『お風呂はいってたんだよ』

『あぁ……そうでしたか、急にごめんなさい』

『ううん、それはいいんだけど、何か用事』

『えぇ。いきなりで悪いのですが、今から出れますか?』

『やっぱり何かあったんだ』

『そうなのですが、厄介事ではないので安心して下さい』

 

 話を聞く限り、シフォンの軍の知り合いだろうか。

 会話自体は何やら親しげな間柄のそれだった。

 ……別に聞くつもりがあったわけではないのだが、普通に聞こえてくるのだから仕方ない。

 

『んー……じゃあちょっと待ってて、伝えておかないと』

『伝えて……? 貴女確か一人暮らしじゃ――ってちょっと待ちなさいっ』

 

 知り合いの声は完全スルーらしい。

 シフォンがこちらへと向かってくる足音が聞こえて、すぐに台所へと顔を覗かせた。

 

「というわけなんだけど、ちょっと出てくるね」

 

 会話が聞こえていたのは分かっているらしい。

 

「大変だな、お前も」

「仕方無いよ、軍人なんだから。ご飯までには帰ってこれるようにするから、留守番と夕食お願いしていい?」

「あいよ。精々腹空かせて帰ってこい」

「うん、ありがとー」

 

 もともと食事の用意はしていたし、外出する予定も無いので直ぐに了承する。

 それに満足したのか、軽い笑みを浮かべてシフォンは再び玄関へと向かっていった。

 

『さ、それじゃあ行こうか』

『シフォン、今の声は?』

『んー、同棲相手?』

『なっ!?』

「……」

 

 何か今、とんでもないことを言われた気がする。

 恋人でも何でも無いのだから、その言葉は若干どころか百八十度意味合いが違うのではなかろうか。

 しかし、台所にいるソラの心の突っ込みなど玄関にいる二人には届くはずもない。

 

『まぁ後で話してあげるから、早く行こうよ』

『シフォン? 貴女急に元気になりましたね……?』

『今日のご飯は私の好物だよー』

『わけがわからな――ちょっと押さないでくだひゃぁ!?』

 

 バタン、と扉が閉まる音がして、家の中に静寂が訪れた。

 ソラはしばらく窓から外へ出たシフォン達を見ていたが、やがて苦笑した。

 

「バレてら」

 

 先ほど出したばかりの食材を見る。

 ちょっとしたお礼も兼ねてシフォンの好物を作ろうと考えていたのだが。

 よくもまぁ……これだけで何を作ろうとしていたのか分かったものだと思う。

 しかもあの一瞬でだ。

 

 何と言うか、ある意味尊敬に値する気がした。

 しかしバレてしまったからには仕方がない。

 こうなれば彼女が心の底から満足するようなもの作ってやろうではないか。

 

 そう心に決め、ソラは再度台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 特に面白い場面も山場もない第二話をお送りいたしました。

 まだしばらくはこんなぐだぐだな流れが続くかもなのですが、お付き合い頂ければ幸いです。

 

 さて、ひとまず今回はちょっとばかり無理矢理な戦闘(?)シーンを入れてみました。

 とはいっても、前話のあとがきにも書いたように、ソラは特別強いわけでもありません。

 割とさっくりと勝ってるように見えるかもですが、あくまで『錯乱状態+半分不意打ち』状態での勝利ということをお忘れなきよう。

 相手もそれなりの鍛錬を積んでいれば圧勝とは行かなくなる――ソラの実力は大方そんなものです。

 そこに幾つかの要素が加わることで、大体人並み以上には戦える程度といったところでしょうか。

 おそらく一対一の勝負になるとすると、シフォンには大敗するかと。

 ソラにとってのシフォンは、戦いにおいては最悪な相性の相手だったりするので。

 

 まぁそれはさておき、次回から話が大きく動き始める――予定ですw

 そろそろあの人が登場します。乞うご期待!

 そんなわけで今回はここで失礼します。

 また次回にもお会いできることを祈って。

 

 

 

 あ、シフォンはぺったん娘でウワナニヲスルヤメロオマエハダレd――。