エピローグ





































蒼い空と、白い雲。

大地には緑の絨毯が敷き詰められ、その上で師と弟子が舞う。

二人が持つ武器は二振りの小太刀。

少年は一生懸命に黒を纏う師匠に向かって小太刀を振り続けるが、その悉くを黒の青年は撃ち落す。

傍目には無表情だが、弟子の懸命さに微笑みながら、右からの袈裟を払い、打ち下ろしを弾く。

少年は悔しそうに、届かないモノにただひたすらに小太刀を振るい続ける。

かなり物騒ではあるが、その光景を長閑としか言いようが無い姿で見続ける女性達と少女達。

少女は少年を想い、はらはらしながら。

女性はその姿ですら微笑ましそうに、穏やかな笑顔で。

陰りを見せぬ陽の光を十分に受けながら、二人の姿を見続ける。

「はぁっ!!」

渾身の力を込めて振り上げた小太刀を青年があっさり避けた所で

「よし、今日は此処までだ、祐一。」

いつの間にか納刀し、空いていた手で祐一の頭を撫でながらそう言った。

「…ありがとうございました。」

師匠に届かなかった悔しさと、頭を撫でてもらっている嬉しさがごちゃ混ぜになった複雑な表情で

礼の言葉を告げる祐一。

そして、師匠の終わりの言葉を聞くや否や飛ぶようにやって来た大好きな親友達。

「祐一ぃ、今日もお疲れ様。」

お嬢。

「祐一くん…、大丈夫?」

なのは。

「大丈夫だよ、だって祐一君だもん。」

そして、あゆ。

三者三様、口々に好き勝手な事を言う三人を見ながら祐一は素直な笑みを浮かべる。

かつての世界で夢にまで見た、幸福しか感じさせない世界。

だがそこには、一人足りない。

幸せな風景は4人ではなく、5人で形成されなければならなかったのに。

だが、その世界の記憶を失い、年齢も戻っている少年と少女はそれに気付く事は無く。

ただ目の前で起こっている事を現実と捉え、笑いあう。

大好きな人と、その日を幸せに生きる世界。

晃也と言う親友がくれた世界を、記憶に無い親友がくれた世界を、今日も4人は過ごしていく。






































『幸せに、暮らしているようだな。』

誰にも見えない、誰にも辿り着けない場所で、晃也はそう呟いた。

世界に隷属した晃也に自由は無く、その世界を見る事だけが唯一許された事。

だから晃也は飽きもせずに、自分が含まれない幸せな世界を見続ける。

親友が居る世界を。

全てを教えてくれた師の居る世界を。

優しい姉や兄や母や父が居る世界を。

そして、愛しき人が居る世界を。

だが、心は磨耗していく。

時間軸の違う世界に居る晃也は、もう既に実界の500年分の時を生きている。

あれほど憎み、復讐する事を決めた『魔』にも『人』にも興味は失せ。

何度も死ぬ思いをしてまで辿り着いた戦いの先に感慨を覚える事も無く。

自分の思うとおりに、最後には自分を越えた親友にも何も想えなくなっている。

薄っぺらな戦闘人形と成り下がった自分。

だがそうなっていく事を、決して苦痛には思わなかった。

最後の最後で意地を張る事をやめ、全てを取り戻す選択をした自分を

―間違っているとは、一度たりとも思わなかったから―

だから晃也は今日も見る。

磨耗しきった心のまま、幸せな『亜族(みんな)』の姿を。

誰にも見られぬように。

ただ静かに。






































「何か、忘れてるような気がするんだよな。」

唐突に、祐一は3人の前でそう言った。

何かが足りないような、そんな気がするんだ、と。

頭の片隅でぼんやりと残っている黒い靄を浮かべながら告げる祐一。

それは、3人とも同じだったようで。

何が足りないんだろうか、と。

幼さを前面に出した表情で、必死に考える。

だが、それを思い出すことは無いだろう。

世界が晃也の望みを叶えた以上、自分の存在を忘れさせるように願った以上、思い出せる筈が無い。

だが、4人は飽きる事無く考え続けた。

春が過ぎ、夏が来て、秋になって、冬を越し。

ずっと考え続けているうちに、何時しかかつての世界と同じ齢を重ねるほどに成長した。

誰一人掛ける事無く、皆成長し。

誰一人不当な悲しみ無く事無く、時間は過ぎ。

そんな中で、まだ4人は思い続けていた。

『何かが足りない』、と。

それだけの時間、無意識のうちに世界に抗ってきた恩恵なのか、電撃のようにある姿が浮かんだ。

それも4人が同時に。

同じ、黒を身に纏った無愛想で優しい剣士を。

「やっと、思い出したんだ、足りないモノを。」

祐一の言葉に驚きながら、自分たちも思い出した事を告げる3人。

「その人の名前は――――――――。」

       『晃也』


                                         THE END