最終話 「望む未来」





































空虚な領域の中、無限の剣は舞い続ける。

最強の魔術師のお嬢といえど、晃也に次ぐ強さを持つ剣士の祐一といえど、容易に防げるモノではない。

最大出力の花弁の城壁で剣を防ぎ、反撃の機会をじっと待つお嬢。

自らの持つ最強の武器である『真槍・空魔幻蒼』で、何とか剣を弾き続ける祐一。

絶対の優勢を保ちながら、自分からは動こうとしない晃也。

両の手で黒く輝くエネルギーの固まり、黒幻桜を携えたまま2人を見つめていた。

それは、余裕を見せている訳ではない。

今までの仲間を討つ事への躊躇いでもない。

ただ絶対の勝利を収める為に、今一度敵を透視しているだけ。

現在の戦力、持ちうる技、速力、魔力の絶対値…、全ての項目を自らの頭に刻み付ける。

そして、お嬢の元へ向かって来る筈の剣の群れが動きを止めた。

瞬間、晃也の姿がそこから消え、

「…はぁぁぁぁっっ!!」

渾身の力を持って、お嬢を脳天から切りかかる。

だが、お嬢には焦りが見られない。

自身の持つ最強で絶対の防御壁を展開させている以上、慌てるわけにはいかない。

いつもの通り、この花弁が自分を護ってくれる。

―――――その考えこそ、晃也が望む答えだとも知らずに。

「っ!」

黒幻桜は何事も無かったように花弁を潜り抜け、一直線にお嬢の頭部へと疾走る。

ギィンッ!!

咄嗟に取り出した海魔を盾にしてその一撃を何とかやり過ごす。

だが、晃也はあくまで二刀使い。

一撃を止めた所で、刹那の時間も置かず二撃目が襲い掛かってくるのは自明の理。

ザシュっ!!

「かはっ…!」

寸前の所で脚部に魔力を注ぎこみバックステップをしたものの、僅かに及ばず腹部を切り裂かれる。

深くは無い、が浅いという訳でもない。

流れ出る血の量がそれを言葉以上に物語っていた。

その光景を眼前で見ていた祐一は、そしてその攻撃を受けたお嬢は、ただ信じられないようなモノを

見るように流れ出る紅を見つめた。

Patels Wallの展開失敗?

それはありえない、あの攻撃を喰らうまでも展開していたのだから。

何らかの魔術行使の妨害?

自分が認知できない程度の魔術妨害なら、城壁を潰す事なんて出来ない。

脳髄(アタマ)の中に流れる疑問。

それを冷静に一つずつ潰しながら、あくまで動揺を悟られぬように晃也を睨む。

だが、そんな感情さえもお見通しだと言わんばかりに、晃也は薄く微笑み

「…俺が持ちうる最強の切り札、『桜花終景・黒幻桜』。 その能力はあらゆる魔力の貫通。

 つまり、魔力で編み込まれた物はこの刀の前には意味の無いモノへと変貌する。 たとえ魔法であったとしても

 魔力によって作られているのなら、それすらも断ち切る事の出来る最強の二刀小太刀だ。」

あえて、自分の切り札の真実を告げた。

無論それだけがこの刀の能力ではない。

最終形、幾度にも及ぶ解放変化はそれほどまでに強力かつ無二のモノなのである。

「…いい加減、本気を出せ。 貴様の持つ『海魔』がその程度の力のはずが無い…、真実の姿を

 解き放て。 最強の魔術師と謳われたその実力を俺に示してみろ。」

その上でお前を叩き潰す、と付け加えて晃也は静かに構えを取る。

構えは深く、それが絶対の殺傷力を持つ技であるのは誰の眼から見ても容易に想像がついた。

―――――迷いを、断ち切るように。

「…全てを、全てを喰らいつくせっ! 『海魔・冥獄』!!」

晃也の言葉に応え、お嬢の言霊は『海魔』に届きナイフである元の姿を完全に失う。

同時にお嬢の周りに漂う、無数の刃の欠片たち。

もはや数えることさえ出来ない程の無限の欠片たちはお嬢の言霊に反応し、敵である晃也を殺すために

魔力の結晶を撃ち出した。

純粋な魔力を限界まで埋め込んで出来たレーザーのような一撃は、一撃一撃が必殺。

迫り来る無限の恐怖に晃也は、表情を乱す事無く己が持つ最高速、『神速』の4段階目に迷わず入った。

モノクロの世界で、自分以外が止まっている様に見える世界で、更に自分だけが『神速』を掛けている。

その速度は眼にも留まらないのではなく、眼にも映らない。

お嬢の切り札である『海魔・冥獄』をも置き去りにして、お嬢に肉薄し

「…御神流・裏、奥義之参、『射抜』…!」

必殺の技を、お嬢(テキ)に放つ。

生粋の魔術であるお嬢が、最強の剣士である晃也の一撃を受けきれるはずも無く、成す術も無く吹き飛ぶ。

血に濡れるお嬢と、返り血を浴び紅く染まる晃也。

『海魔』はマスターからの魔力提供を失い、元の形状であるナイフの形へと戻る。

−此処に、勝敗は決した−






































祐一は、襲い掛かる無限の剣を弾きながら、その光景を見つめていた。

あれほどまでに強かった、今まで『敗北』と言う文字を殆ど知らなかった筈のお嬢が、完膚なきまでに、

鮮やかなまでに晃也に叩きのめされたと言う事実に。

確かに、お嬢はまだ魔術らしい魔術は使用していない。

広範囲殲滅型の魔術を使えば、話は変わっていたのかもしれない。

だが。

そんな理由をおいてさえ、晃也は強すぎた。

お嬢の固有結界を上回り、お嬢の切り札である『海魔・冥獄』でさえも軽々と上回った。

『亜族最強の剣士・月宮晃也』

その存在が、今ほど怖いと思った事は無い。

それでも。

それでも、お嬢を傷つけたという事は許せない。

その想いを自身の心の中で認めた瞬間、祐一の中で何かが弾けた。

時が止まった様な感覚。

今までは弾く事しか出来なかった速度で襲って来た筈の剣が、止まって見える。

此処しかない、祐一の本能と意識が一致し自身最速の『神速』3段階目に突入する。

止まっている世界を『神速』で駆け抜けている−それは晃也の4段階目よりは少し遅い−感覚のまま

お嬢を手に掛けた憎むべき晃也(てき)を殺しにかかる。

「牙…突!!」

先程は、いや過去から現在に至るまで一度たりとも晃也に直撃する事の無かった技を今此処で再び放つ。

風を切り、唸りを上げて突き進んでいく空魔幻蒼。

だが、晃也も甘くは無い。

危険と直感が判断し、その直感だけを頼りに立ち位置を半歩ずらす。

瞬間、晃也の頬を切り裂いて空魔が通り過ぎる。

そこで初めて、晃也は祐一に対して脅威を覚えた。

この戦いは、いかにお嬢を潰すかを重点に置いていた晃也にとってそれは大きな問題点。

かつて、いや常に言い続けてきた

『祐一は自分を超える力を持っている』

その言葉が、現実になろうとしている事。

「…お前も完全に目覚めたか、『亜族』の血に。」

忌々しいと思いながらも、真実を口にする。

発動させている透視の能力が弾き出している祐一の能力がそれを物語っている。

今までは全てにおいて晃也には勿論、お嬢にさえ及ばない程度だった祐一の能力が、信じられないほどに

上がっているのだから。

「そんな事はどうでも良い。 お嬢を、『亜族(なかま)』を手に掛けるのなら、俺は晃也(あぞく)でも

 許さない。 此処で倒させてもらうぞ、晃也。」

再び牙突の構えを持って、晃也に相対する祐一。

それに対して、晃也は両の小太刀−黒幻桜−を静かに佇ませるだけ。

静寂は、一瞬。

互いが図ったように全く同じタイミングで『神速』の世界に突入する。
 
祐一は3段階目、晃也はまたも禁忌の4段階目に。

モノクロの世界の中を突き進んでいく空魔。

それを嘲笑うように紙一重の所で避わし、

「我流剣技・奥義之壱…『黒牙滅龍刃(こくがめつりゅうじん)』!」

誰一人として見せる事は無かった、己の力だけで編み上げてきた技を、繰り出す。

止まった時が動き出した瞬間、崩れ落ちる祐一。

全身に刻まれた黒き傷跡から血が噴出すのは、倒れた少し後だった。

我流剣技・奥義之壱『黒牙滅龍刃』。

それは、言葉にするにはあまりにも稚拙すぎる剣技。

いや、剣技と呼ぶ事さえおこがましい様な、ただ両の小太刀を振り回すだけの技。

だがそれは晃也が振るう事によって、奥義の力となりうる。

圧倒的な剣速・絶対の威力を持つ対の黒幻桜(こだち)、そしてそれを出す時の自身の速さ。

それこそが、黒牙滅龍刃と言う技の真実であり、強さである。

「…ちっ。」

2人を倒した瞬間、浮かび上がる激痛。

それは、禁忌を犯した罪の痛み。

誰も到達できない4段階目の速さを、この数分で連発した代償。

そして、喉元からも競り上がって来る鉄の味。

対『人間』戦で無茶をし続けた代償、身体の限界が晃也に迫っている。

対『魔族』戦では殆ど前に出る事の無かった晃也、それは実力を見せたくないと言う理由だけではなく、

ただ単純に限界が迫っている身体を酷使したくなかったからだ。

そして迫っていた限界が、先程の『神速』4段階目の連発によって一気に噴出した。

ただそれだけの話。

だが晃也には動揺の色は見られない。

そんな事は承知の上、自らの体の事など自分が一番知っている。

この身体が戦闘に耐えうるのは、もう長くない。

だがそんな身体でも、倒れ伏した祐一とお嬢(てき)を貫く事は容易い。

そう、倒れ伏したままの相手なら。

むくり、と。

よろめきながら、倒れ伏していた筈の2人は立ち上がった。

2人の傷は致命傷になると考えられるほどの深い傷。

その傷の深さを、完全に目覚めさせた『亜族』の力でカバーするだけ。

だがそれでも満身創痍な事には変わりない。

状況は違えど、3人は限界。

その中で、力強い目で自分を睨みつける二人を見て、晃也は微笑い

「…これが最終幕だ。 さぁ来い、全てを此処で終わらせる…。」

限界を感じた体を無視して、再び黒き桜の名を持つ小太刀を持つ手に力を込めた。






































力の入らない全身を無理やりに酷使して空魔を振るう祐一。

詠唱を唱える事さえ辛い状態で、ひたすらに魔術を行使し続けるお嬢。

その見る影も無く弱った二人の攻撃を、時折湧き上がる血を吐き出しながら避け続ける晃也。

満身創痍を体現したまま、踊り続ける3人。

だが、一番時間が無い、命の灯火が確実に短くなっている晃也はこんな戯曲を踊っている場合ではない。

そう言わんばかりに、再び−自身の命を更に削る事と理解っていて−晃也がもちうる最強の黒き桜に

力を込める。

この局面が終わる時が、この戦いが終わる時だと。

言葉にはせず、表情にも見せず、ただ己が心でそれを決意し。

再び、自身の崩壊を招く禁忌の領域−神速4段階目−に突入した。

突如として晃也の姿が掻き消える。

危険、祐一の本能がそれを感じ取った瞬間、祐一もまた己が最高速の領域に突入した。

景色が止まり、身体が悲鳴を上げ、色が消える。

そんな世界を、ひたすらに『神速』で駆け抜けていく。

色の無いただ無機質な世界の中を、二人は限界の力で撃ち合う。

信念と信念がぶつかり合う音は、ただの鉄のぶつかり合う音とは程遠い至上の音色を奏でつつ。

「あぁぁぁぁっっっ!!!!!」

口から出る声は、獣の如く。

「おぉぉぉぉっっっ!!!!!」

口から出る声は、ただ獣の如く。

本能と本能が、意地と意地が、信念と信念が、二人の全てが交錯する。

ガッ! ギィン! ガギィッッッ!!!

お嬢の眼でさえも、殆ど映らない世界で、祐一と晃也は我武者羅に己が誇りを振るい続ける。

だが、あくまで限界が近いのは晃也。

もう既に身体の全てが悲鳴を上げている状態で、神速の4段階目を常時使用しているのだから。

だがそれでも、晃也は苦しさを一欠けらも見せず

「薙…旋!!!」

自身が持ちうる最も得意な剣技で祐一の意識を世界から断絶させようとする。

かつての祐一ならば、間違いなく喰らっていたであろう一撃。

それを視界に捉えつつ、

「牙…突!!!」

最強だと認めている己が半身に向かって、祐一が持ちうる最強の刺突で対抗する。

唸りを上げる刀と槍。

交差する互いの身体と信念。

暴風のように互いの身体を斬り合い、訪れる一瞬の静寂。

その中で膝を付いたのは、晃也だった。

大量の吐血を隠す事など出来ず、晃也の足元を紅く染めていく。

立ったまま、振り向かない祐一。

振り向かないのではなく、振り向く事さえ出来ないのだ、今の祐一は。

一瞬十六斬、しかも晃也の刀は『黒幻桜』。

それで意識を保ちつつ、立っていられた事自体が僥倖過ぎる。

槍を杖代わりに、震える足で何とか踏ん張り地に留まっているだけ。

「…強く、なったな。」

お嬢も、祐一も、言葉を放った晃也でさえ驚いた、その言葉。

敵の晃也では考えられないほどの、優しさを伴った、いつもの晃也の声。

「俺の言った通りに、なっただろう?」

考えられないほどの血を吐き出しながら、言葉を紡いでいく晃也。

―――――そして、お嬢は本当に理解してしまった。

―――――これが、3人の最後になる事を。

―――――自分が思い描く、唯一の、最良だと思える未来が消えてしまったことを。

「この勝負、お前の、お前達の勝ちだ、祐一、お嬢。」

本当に静かに微笑みながら、晃也はそう言った。

「晃也、何を…考えてるの?」

不安の極限に追い込まれたお嬢は自身の身体の震えを押さえようともせず、問いかける。

それがお別れであるという事を理解っていながら。

「…勝てば全てをゼロに戻し、負ければ俺の命を奉げる。 ただ、それだけだ。」

「どういう事だよ、晃也?」

「…見ていれば、理解る。」

そう言って晃也は静かに眼を閉じ、世界に向けて語りかけた。

「聞こえているだろう、この世界の支配者よ。 俺の死後をお前達に預けよう、その代償として…」

晃也の身体が薄れていく。

この世界に初めから存在していなかったように、身体が世界から消えていく。

晃也の言葉に応えるように、世界は晃也の姿を薄く、薄くしていく。

紅く塗れたその身体を。

なびく銀と紅の髪を。

思いも、記憶も、何もかもを。

「『亜族』にとって幸せな世界を、『亜族』とその理解者だけが生きる世界を、2人に与えてやってくれ。」

そして、晃也はお嬢と祐一を視界に捉えると、もう一度静かに微笑んだ。

「お別れだ、二人とも。 最後の最後に、裏切ってすまなかった。」

本心から、心の底から搾り出すように一言。

それだけ言って。

二人の言葉を聞く事無く。

二人の静止を聞く事無く。

虚空の彼方へ消えていった。

まるで、最初から何も無かったかのように。

そして、祐一とお嬢の身体もまた、その場から、完全に消えてしまった。

ただ、静寂だけを残して。

そしてこの瞬間

−全ての戦いが幕を閉じた−