第40話 「全ての終焉」





































眼を覚ますと、全てが終わっていた。

祐一が自意識を取り戻した時の感想だ。

自分達があれほど勝てないと感じた相手を、お嬢が多大なダメージを与えていたとはいえ無傷で倒した晃也。

圧倒的過ぎる仲間の強さに、少し恐れを抱いた。

そして、同時に喜びもあった。

ようやく到達した、誓いの言葉。

『亜族』を滅ぼした全ての者への復讐の旅が、ようやく終わりを見せたから。

早く終わらせたいあまり、ダメージの残っている体を無理に動かそうとすると、

「…まだ動くな、慌てずとも終曲の時は近い。」

そう言って、晃也は俺の意識を刈り取った。

意識が完全に暗闇に落ちる直前に見えた晃也の表情は、いつもと違って見えた。

仲間であるはずの晃也に、初めて敵意を感じてしまうほどに。








































アルクェイドを倒した日から10日。

完全に傷も癒え、体力・魔力の回復した3人は静かに動き出した。

無論、標的は残っている『魔族』と『人間』の命。

それは最も高き壁である『魔族の姫』を倒した3人には造作も無いことでしかなく。

さまざまな場所に逃げ隠れていた魔族・人間の生き残りを容赦なく屠っていく。

黒き衣を紅く染める事も厭わず。

自らの剣を紅く染める事も厭わず。

ただ過去に3人で誓ったモノを達成させるために、ただ淡々と残った全てを滅ぼしていく。

誓いには近付いている筈なのに、硬くなっていく3人の表情。

それが『3人で動く』という事の最後になってしまう。

それを心のどこかで理解っているかのように、3人の表情は曇ったままだった。

そして、旅の終焉を告げる、最後の一人を手にかけた。

切り裂かれる、肉の感触。

流れ出る血飛沫と、終末に向かう生命。

そのまま放置しておいても、間違いなく死ぬ事になる。

それを理解(わか)っていながら、何の躊躇いも無く晃也は心の臓を貫いた。

此処に、復讐の旅を終える鐘が鳴り響いた。

―――――そして。

「終わったな…。」

静かに、ゆっくりと吐き出すように言葉にする祐一。

これまでの事全てを思い返すように、瞳を閉じながら紡がれた言葉は、重い。

見上げた空は青い。

だというのに、祐一の心はなぜか晴れやかな気分にはならなかった。

「うん…、終わったね。」

どこか寂しさを感じさせる声で、お嬢も祐一に続く。

いつもと変わらないのは、晃也のみ。

静かにその場に佇み、2人の言葉を静かに耳に通していた。

…大切なモノを、一言たりとも逃さぬように。

「…ああ、終わりだ。」

『全ての』と付け加えた瞬間、空気が一瞬にして凍りつく。

緩やかに流れていた風が、刺す様な殺気を運ぶ死の住人へと変化する。

あまりの殺意に、祐一とお嬢は晃也から距離をとる。

『神速』を操り、確実に世界最強の剣士である晃也には何の障害にもならないだろうが、一足刀の位置まで。

大気が悲鳴を上げ、晃也の身体に満ちる魔力が流れ込む。

それは魔力の収束と言う言葉では当てはまらない。

魔力の、大気に満ちる魔力の隷属。

魔術師の最高峰にいるお嬢でさえ不可能な事を、晃也はこの場でやってのけた。

もはや、もうこの世には存在しない魔法使いの域に到達しているといっても、過言ではないことを。

「…どういう事だ、晃也?」

硬い声で、晃也に問いかける祐一。

それは、心のどこかで理解しているのに、問わずにはいられなかった言葉。

「…お前達は、俺達がして来た行為が正義だと言えるか?」

それは、祐一の問いの答えには聞こえない。

だが、

「どんな理由があろうと、復讐は正義ではない。 だから俺は決めた…然るべき制裁を行った後、全てを無に

返す、とな。 それが、俺の誓いだ。」

それこそが晃也の根底に眠っていた誓いの真実。

祐一のためではなく、お嬢のためではなく、『亜族』(みんな)のためではなく。

ただ、一人の大切だといえる少女のために立ち上がった少年の物語の最後の彩り。

もう、晃也の眼に映っているのは祐一とお嬢(なかま)ではなく。

絶対に殺さなければならない、ただの親友(てき)としか映っていなかった。

「それって…。」

「…すでに理解しているのだろう、お嬢。 俺が復讐の舞台に上がったのは、確かに皆のためでもある。

だが、それはあくまで前座。 おれはただ、なのはの死を許せないからこそこの手を紅く染めただけだ。」

圧倒的な殺気を纏わせながら紡がれる晃也の言葉は。

3人が今までを織り成してきた全てを溶かしていく。

アルクェイド戦とは違う形の、だがあの時以上にはっきりと感じる絶望感。

それは、仲間だと信じた者に裏切られる、喪失感。

「…話は終わりだ。 お前達を殺し、自らを殺し、全てを無に帰す。 それだけが俺の、殺戮人形と成り果てた

俺の最後の役目だ。」  

銀牙と雪虎を手に取り、静かに構える晃也。

それを、黙って受け入れるしかない祐一とお嬢。

―――――此処に、全ての終焉をつげる鐘が鳴り響いた。






































「…ふっ!」

軌跡を見る事さえかなわぬ速度で、小太刀が舞う。

「ぐっ!!」

ギィン!!!

それを何とか『高月』で防御する祐一。

いや、防御するではなく、防御しか出来ない、と言うのが本当の所である。

今までに幾度と無く刃を交えてきた祐一だからこそ本能で感じ取れる真実。

今の晃也の戦闘力は、アルクェイド・ブリュンスタッドさえ凌駕する場所にいるという事を。

祐一の動体視力を持ってさえ殆ど映らない対の刃。

亜族であってさえ不可能だと思われる剣筋で撃たれる攻撃。

『神速』2段階目を使いながら避けていると言うのに、晃也はまだ1段階目の中程度である事。

それら全てが、祐一の考察が偽証ではないことを証明していた。

誰の眼から見ても劣勢である祐一と、優勢である晃也。

その2人を何処までも泣きそうな表情(カオ)をして、

「…『Spiral Arrow(螺旋の矢)』!!」

大好きである筈の、一番頼りになる筈の、本当の兄のような存在である筈の晃也に向けて己が魔術を撃った。

だが、晃也に動揺は見られない。

どれだけお嬢が心を乱そうと、自分のやるべき事が完全に定まっている晃也には、もはや迷いなどない。

飛んでくる螺旋の矢を右手に持つ雪虎で撃ち落し、

「はぁぁぁぁっっ!!!」

その隙を突いて攻撃してくる祐一に対して、左手の銀牙で打ち払う。

ギィィンッ!!!

「…その程度か、祐一。 ならば、これで終わらせる…!」

ドクン!!!

全身の毛が逆立つほどの殺意と共に、晃也の姿が掻き消える。

晃也が自在に行使できる最速の世界、『神速』の3段階目に入った。

祐一は理解っている。

このあと晃也(てき)がどんな攻撃をしてくるか、と言う事が。

だが、理解っていても反応出来なければ意味がない。

かつての、七夜志貴と戦うまでの祐一ならこの瞬間で終わっていた。

だが、

「絶対の防御を! 『神槍・空魔絶障』!!」

あの死線を潜り抜けた今の祐一には、晃也が持ちうる得意技を防ぐ事が出来る。

ただ心臓を穿つだけだった武器が、主を護る絶対の盾へと変化する。

その過程を目の当たりにしながらも、晃也は薄く微笑んだ。

祐一は、知らない。

晃也には、呪われていると言ってさえ可笑しくない最強で最凶のスキルがある事を。

―透視(スキャン)―

晃也の蒼き瞳に映った祐一は、その時点で全てを解析されていると言うことを。

つまり、

「薙…旋!!!」

ザシュザシュザシュザシュッッッ!!!!

祐一が誇る絶対の防具でさえも、突破できると確信していただけ。

刹那の内に放たれた16斬、かつて祐一に見せていた4倍の数を刹那の内に撃ち込んだ。

発動させた神槍・空魔絶障が防御しえたのはかつての最大数である、4撃。

次の攻撃を理解していながら、晃也の速度に対して防御を張り切る事が祐一には出来なかったのである。

呆気無いほどあっさりと地に伏す祐一。

かつては好敵手のように凌ぎを削った2人の姿は、そこには無く。

無傷で見下ろす晃也(しょうしゃ)と、血まみれで見上げる祐一(はいしゃ)の姿しかありえなかった。

そんな祐一に一切の情けを見せず、小太刀を振り下ろす晃也。

「だめっ! 『Patels Wall(花弁の城壁)』!!」

それを、ギリギリ一歩手前でお嬢によって防がれた。

感情の色を灯さない蒼き瞳で、お嬢を捉える晃也。

その瞳を見て、お嬢は今まで以上に泣きそうになりながら、

「晃也、どうして…? ボク達はずっと一緒にって言ったじゃないっ!」

ありったけの声量で、思いの全てを晃也にぶつけた。

「………。」

だが、その魂の叫びでさえ殺戮人形(あきや)には届かない。

「ボク達は、『亜族(なかま)』なんだからっ!!!」

紡ぎだされる言葉は、全てがお嬢の本心を纏った弾丸。

その弾丸は、間違いなく致死性。

当たれば即、戦闘意思は失われる。

だが、それは晃也に掠る事さえ出来ず、

「…『亜族(なかま)』だから殺さないと言うのであれば、祐一だけだ。 違うか、偽りの『亜族』である

死神の生まれ変わり、水夏よ。」

逆に、自らの身体を打ち貫いた。

「……え?」

「お前なら気付いている筈だ。 お前の過去は『死神』、そしてその記憶を受け継いだまま赤子として生を

受け、今現在この場所にいる。 拾われたのが偶々『亜族』であっただけで、お前は『亜族』ではない。

いや、お前は拾われた者の種族を受け継ぐ事で生を受けるように仕向けられた、ただの厄災。 お前は人に

拾われたなら人に、魔に拾われていれば魔になっていた出来損ないの『亜族』だ、水夏。」

―――――その言葉は、全てを崩壊させるほどの威力を持っている。

「じゃあ、ボクは…。」

「『亜族』でもないのに、皆の命という重き盾に護られて生き残った哀れな人形だ。」

―――――瞬間、世界は凍った。

晃也が行っていた魔力の隷属を超える速度で、お嬢の身体に魔力が収束していく。

「…そう。」

出た声は、かつて無いほどに冷たく。

晃也を捉えた瞳は、かつて無いほどに紅く。

自らの口は、かつて無いほどに歪み。

その眼からは、涙が溢れていた。

「ボクは、生まれた瞬間から全てを裏切り、全てに裏切られていたんだ。」

みしみしと悲鳴を上げる大気。

急激に魔力を奪われ、周りの大気は色素を失い枯渇していく。

「だったら、今更裏切られても関係ないよね。 うん…、じゃあ殺してあげるよ晃也。 これで全部、

今までのこと全部を終わりにしよう、ボクの一番大好きだった晃也(ひと)。」

「…いいだろう。 終わらせる意思はこちらとて同じだ、行くぞ我が最大の障害。」

枯渇した庭園に流れるのは、もはや殺意のみ。

そこで紡がれる唄は、

「It eliminates with all the beliefs.
 信念の全てをもって排除する     」

全てを失った、そして自らも失おうとする晃也の紡ぐ剣の唄と、

「Heretical talent borne by magic.
 魔力から生まれた、異端の才     」

魔術を深淵まで操れる者にしかたどり着けなかった聖域を謳う唄しか、ありえなかった。