第39話 「閉幕」



































『この圧力…、たいしたものだなお嬢も、アルクェイドも。』

気配を完全に殺しながら、晃也はお嬢の『固有結界』の中へ潜り込んでいた。

名高い『魔族』の姫であっても、祐一とお嬢を相手にしながら気配を殺している晃也には気付かず、

またアルクェイドに相対しているお嬢と祐一も晃也の存在に気付く事は無かった。

膨れ上がる殺気と、増大する濃密な死の気配。

気が狂いそうなまでの気配の中、静かに戦局を見つめていた。

晃也は、この戦いに参加するつもりはない。

無論、お嬢や祐一が殺されかけるような事になれば出張るつもりではあるが、ギリギリの場面になる

までは、絶対に手は出さないと決めていた。

理由は、簡単だ。

透視によって手に入れられる情報を、自分の目に焼き付ける事で対処の方法を頭に刻み付ける事。

そして極限の場面で出る、限界の力を確認したいからである。

晃也にとってその情報は、これから起こるべき事の為に知っておかなければならなかった。

それが、二人の信頼を損ねる事であったとしても。

己が誓ったモノの為に、ただ目の前の光景を見続ける。

―――――闇を潜ませた瞳で。

そして、

「『Patel Wall(花弁の城壁)』…。」

自分のみを護る為に、静かに絶対の防御壁を作り出した。

































爆発する世界。

お嬢の周囲を除いた全ての部位が、一気に火炎に包まれる。

視界に映るのは、炎の柱のみ。

圧倒的な熱量を以って、存在する全ての命を奪いつくす。

しかし、アルクェイドは怯まない。

静かに、息をするかのごとく自然な立ち振る舞いのまま炎を受け流す。

無論、それは自らの力だけで避けているのではなく、魔力行使によって避けている。

自身に降りかかる炎を最小限の力で弾きつつ、ゆっくりとお嬢に向かって前進していく。

燃え盛る炎は、もはや地獄の業火と言っても過言ではないほどの勢いを保っている。

だが、それでさえも魔族の姫を止めるには至らない。

ゆっくりと、しかし確実にお嬢とアルクェイドの距離は縮まっていく。

その時、燃え盛っていた炎が消え去った。

そして、

「全てを喰らい尽くせ! 『海魔・冥獄』!!」

お嬢の、力強い声が響き渡った。

海魔はナイフであった形状を完全に失い、無数の欠片として空に浮かんでいる。

その数は、無数。

数え切れないほどの欠片たちが、お嬢の周囲に浮かんでいた。

「行きなさいっ!!」

お嬢の声に反応し、意思に反応し、欠片たちはアルクェイドに向かっていく。

――――その様子に、アルクェイドは初めて危険を感じた。

アルクェイドが危険を感じると同時に、欠片たちは眩いまでの光を放ち一斉に魔力の塊を放った。

それはレーザーのような形状をして、アルクェイドの全周囲から放たれたもの。

その一撃は上級魔術はおろか、最上級魔術を越えようかと言う一撃。

「はぁぁぁぁぁっっ!!」

裂帛の気合を以って、アルクェイドが周囲に向かって魔力壁を作り上げる。

しかし、最強の魔術師の一撃が急ごしらえの壁で押し止められる筈が無い。

その数を若干減らした魔力の閃光たちがアルクェイドの身体を貫いた。





































「はぁはぁはぁ…。」

お嬢の魔力の全てを使い切ったのか、海魔が元の形状であるナイフに戻る。

質・両共に隙の無い先程までの海魔は、恐ろしいほどに魔力を食い尽くす。

これ以上無理をすれば、お嬢の身体の中の魔力は枯渇し、この場での戦闘は不可能になってしまう。

そうなれば、間違いなく自分と祐一は殺される。

それを直感で感じ取ったお嬢は、荒い息を整えながら、静かに敵が立っていた場所を睨む。

まず間違いなく、『海魔・冥獄』の無数の一撃は直撃した。

考えられる限りでは、即死するのは間違いない。

それほどの密度と量の兼ね備えた一撃だった。

だが、それでも。

魔族の姫、アルクェイドブリュンスタッドは倒れなかった。

間違いなく致命傷である、傷跡。

お嬢の爪は、間違いなく姫の喉元を切り裂いたのだ。

それでも、アルクェイドには倒れられない理由があった。

自分は魔族の頂点に立っているという誇り。

自分はこれからの魔族を統べなければいけないと言う責任。

そして何より、不敗を誇ってきたこれまでの過去が、アルクェイドの敗北を許さなかった。

ボロボロになりながらも、その眼には生気が灯っている。

魔族特有の再生能力も手伝って、1時間もしないうちに元通りになるだろう。

「良くやった、貴様たちは。」

息を乱しながら、アルクェイドは語りだす。

「たった3人で弱小であるとはいえ人間を滅ぼし、魔族を壊滅寸前まで追いやり、私を此処まで追い詰めた。

 それは、もはや賞賛に値する行動だ。」

自らの爪に魔力を注ぎこみ、最後の一撃を撃つ構えを取り、

「さらばだ、『亜族』。 貴様たちの事は永劫、忘れはしない。」

その爪を、静かに振るった。

目の前に映る魔力の塊を前に、お嬢は何も出来ない。

得意の『Patels Wall(花弁の城壁)』を張る事さえままならない。

ガス欠寸前の身体は、ただ立っている事しか許してくれない。

広がる魔力の波動。

その波動に一陣の風が混じった。

優しい匂い、そして見慣れた黒の服が見えた。

その瞬間、お嬢の意識は途絶えた。





































「…薙旋!!」

ギィンッ!!!

アルクェイドの止めの一撃は、今まで気配を消し傍観していた晃也によって打ち消された。

ほぼ完全に無傷な状態にある晃也と、今はまだ瀕死状態であるアルクェイドが向かい合う。

「…今はまだ、終焉の鐘を告げさせる訳には行かないのでな。 無粋な真似だとは理解(わか)っているが、

 此処で消えてもらうぞ、アルクェイド・ブリュンスタッド。」

ゆっくりと『天魔』、いや『桜花』を構える晃也。

倒すのなら今しかない、と。

傷を負っているアルクェイドだから、と言う事ではない。

二人が二人とも見ていない状況だからと言う事に意味があるのだ。

「復讐の第二幕は、『魔族』を滅ぼす事。 最終幕は、全てを滅ぼす事。」

「…つまり、貴様は己が仲間を切り捨てると言うことか。」

晃也の思考が読めたのか、そうアルクェイドは呟いた。

瞬間、晃也の視線が鋭くなる。 

殺意のみを灯したその眼からは、もはや光は無い。

「…ああ、俺達の復讐に『魔族』も『人間』も必要ない。 そして、復讐と言う言葉に正義は無い。

 正義の無い行動をした俺達も、必要ないという事だ。」

ゆっくりと『桜花』に魔力が染み渡っていく。

それは終焉の鐘を鳴らす為の、必要な一歩。

「俺の復讐は、『亜族(おれたち)』さえも殺す事によって終わる。」 

それが俺の全てだ、と。

言葉にはせず、その瞳だけで語った。

「 It eliminates with all the beliefs.
 信念の全てをもって排除する。

 Since all it was not able to protect.
 守れなかった全ての為に。

 Since all it was not able to tie.
 繋ぎ止める事が出来なかった全ての為に。

 One's language promised on that day.
 あの日に誓った自らの言葉は。

 Oneself is poked and moved as a belief.
 信念として自らを突き動かす。

 In order to kill people, to kill an evil spirit and to kill everybody.
 人を殺し、魔を殺し、皆を殺す為に。

 As the revenge song to those who took,
 奪った者への復讐歌として

 As the requiem to those who were taken.
 奪われた者への鎮魂歌として

 It does not matter that there is nothing as being understood by whom.
 誰に理解されなくとも構わない。

 Even if it falls to hell even if,
 たとえ冥府に落ちようとも、

 Just it took an oath on the young day.
 それこそが、幼き日に誓った

 −an eternal regret−
 −永遠の慟哭−          」

広がる光景は、無限の剣が並ぶ場所。

無機質な、ただ無機質な剣(てつ)が並ぶその大地では、剣はまるで殺された者の墓標の様で。

晃也の右腕が、ゆっくりと掲げられる。

それは、終幕を告げる為の揺ぎ無い行動。

晃也の腕に呼応して、無限の剣が中空に浮かび上がる。

開いた左腕に構えられるは、晃也が持つ最強の刀である『桜花』。

菜の花の様な少女を守るためだけの剣は、全てを殺すための剣へと昇華(れっか)し。

桜の名を語るには、あまりに黒く染まったその刀。

「舞い散れ、『桜花・守影』。」

晃也が持ちうる最強の固有結界(せかい)と、晃也が持ちうる最強の武器である黒き桜は同時に動き、

ザシュザシュザシュッ………!!!!!!

完膚なきまでに、生命を断ち切った。

『魔族』の再生力など、関係ないほど完全に。

残ったモノは、ただ無機質な大地(せかい)だけ。

今まで存在していたはずの『魔族の姫』の姿は、何処にも見当たらなかった。

最強を誇っていた、魔族の姫(アルクェイド)は。

もう隔離された固有結界(せかい)を維持する必要はないと、晃也は魔力の供給を遮断する。

薄れていく、剣の墓標。

現実と、異世界が完全に交わろうとしたその時、晃也は

「…たとえ修羅になったとしても、この誓いだけは俺の手で叶えてみせる…。 それが、『人』と『魔』を

 滅ぼした俺の曲げる事は許されない信念だ。」

そう、静かに呟いた。

『魔族』との戦いは、その晃也の一言で終わりを告げた。

呆気ないほど、鮮やかに。